砂漠に降る花

Index ~作品もくじ~


さまざまなジャンルの掌編集です。
文字数は~四千(原稿用紙~10枚)で、オチには毎回苦労させられています。
(一部PG12・R15の作品がありますので、ご注意ください)

高校二年生の香夏は、毎日が部活中心に動いていた。
その夏、香夏に悲劇が襲う。
心を壊しかけた香夏に近づいてきたのは、クラスメイトの秋都だった。

女子高生の優奈は、王子様を求めるピュアな乙女。
理想が高すぎてなかなか彼氏ができない。
そんな優奈がひた隠しにする存在が、キモイ兄・健一だった。
兄を紹介せよと友達に迫られた優奈は、密かに兄の改造計画を実行した!
(ポップで笑える学園ラブコメです。キモ兄の変身をお楽しみください)

百五十センチ弱の身長と、大きな目がコンプレックスの私、相川千夜子。
隣のクラスの俺様系男子・サヤマには、『チビ犬』扱いでからかわれる毎日。
そんな私に突然起こった、小さな事件……犯人は、いったい誰?
クラス中を巻き込む、サヤマの推理が始まった!
(ライトな謎解きをベースに進む、ミステリ要素ありのベタ甘ラブコメです)

「どうして自分の好きな人は、他の誰かを好きなんだろう?」
情熱的な香夏、不器用な秋都、一途な千晶、臆病な理久。
切ない片思いが連鎖する、高校生男女四人の恋愛群像劇です。
※ピュアな少女漫画オムニバス風ラノベ。青春要素も強め。
(短期連載、五章分、三月改め四月完結予定です)

高校二年生の秋都は、昼休みを毎日屋上で過ごす。
心に負った傷を癒せぬまま、遠くから密かに香夏の姿を見つめ続けている。
香夏という鮮烈な存在が、秋都の心を少しずつ浸食して行く。

高校一年生の千晶は、凍てつく放送室の窓から外を眺める。
そこに見える景色が、自分を苦しめると分かっていても、目を逸らせない。
幼馴染の理久や、双子の妹、秋都の存在が千晶の心を揺さぶる。

何気ない暮らしの中で感じる様々な形の愛を、なるべく短い言葉で綴ってみました。
文字数は四百~二千(原稿用紙1~5枚)程度です。
百個目指して細々と更新していきます。
(一部PG12程度の作品がありますので、ご注意ください)

さまざまなジャンルの短編集です。
文字数は四千~四万(原稿用紙10~100枚)で、たぶん掌編よりは読み応えがあるかと。
(一部PG12の作品がありますので、ご注意ください)

五人の男の前に突然現れた、謎の美少女……。
月日は流れ、少女は母へ、そして娘のサラは十五歳の誕生日を目前にしていた。
誕生日パーティーの夜、母から渡された一冊のノート。
そこに書かれた不思議な物語を読んだサラは、突然異世界に召喚される。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

誓いを胸に、男装の騎士として敵国へ乗り込んだサラ。
迎え入れてくれた盗賊の仲間からは、厳しい現実を突き付けられる。
国王に面会するためには、三ヶ月後に開かれる武道大会で優勝するしかない。
サラの過酷な戦いが始まった――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

本編読了された方は、よろしければアンケートにご協力くださいませ。
いただいたご感想にも、必ずお返事させていただいておりますので、ぜひ。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

国王に面会したサラは、ついに自分の正体を明らかにする。
すると母の予言通り、国王から和平に欠かせない“条件”が提示された。
相手は、ひとくせもふたくせもある三人の王子。
サラが見たのは、彼らを取り巻く不吉な魔女の影……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

王城に巣食う魔女の影を、見事に取り払ったサラ。
次に目指すのは、荒野と化した戦場の砦。
忍び寄る魔女の足音に怯えながらも、サラはたった一人で戦地に立つ。
ついに、全てを闇に染める“皆既日食”が始まり……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

不安定な身体を持て余しながらも、サラはオアシスの王城へ戻る。
そこで知らされた、衝撃の事実。
謎の全ては、砂漠の王宮で明かされる。
大切な仲間の命を救うため、再び砂漠を目指し旅立ったサラの運命は――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

戦いが終わった直後、クロル王子が見た不思議な夢とは?(番外編1)
またもやクロル王子の見た夢は、とんでもない話で……。(番外編2)
※以上、三月までの限定公開中。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

天使と呼ばれる母に良く似た美少女のサラ。
十五才の誕生日、母の書いた物語を読んだサラは、突然異世界へと召喚される。
予言された悲しい結末を蹴飛ばすため、身代わりの姫となり旅に出たサラの運命は……?
(番外編1は、途中から別タイトル『グルメ猫』に。番外編2は『シャイニング☆ドラゴン』になります。いずれも3月までの限定公開)
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【全目次一覧】もございます。

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第二章(3)リコの初恋

第二章 王城攻略


【前書き】美形男子なセクハラキャラが、ライトなこと言ったりやったりするので、シモ苦手な方はご注意を。


大通りから、少し王城へと近づいたところで、露店はまばらになり人通りも減ってきた。
リーズは手馴れたように、街路樹に隠れて目立たない小道へと右折、そして何個目かの交差点を左折し、また右折、さらに左折。
うっかり街で悪目立ちしてしまい反省したサラは、黒いフードを目深にかぶってリーズの案内に大人しく着いていく。
あまり周囲をきょろきょろ見ることはしていないが、街並みが徐々に暗く沈んだものになってきたことが分かる。

城の正面に広がる市場通り周辺とうって変わって、10分ほど進んだこのエリアの雰囲気は下町そのもの。
もし火事があったら、逃げられるだろうかと心配になるような、住宅の密集地帯だった。
まあ、この国は湿度が高く、気温も年中安定して温暖なので、日本の冬のようにはならないだろうけれど。

「着いたよ。とりあえず、ここが旅の目的地」

迷路のような一画を過ぎた先に、周囲の小さくごちゃごちゃ立ち並ぶ住宅とは比べ物にならない、大きく立派な石造りの門が現れた。
その特別目立つ邸宅の前で、リーズは立ち止まり、勝手知ったる我が家のようにするりと門をくぐっていく。
なんだかんだ一日歩き通してくたくたになっていたサラは、ようやく休めるかなと、ホッと吐息をついた。

 * * *

この街の住宅は、湿度が高いため木造住宅が多い。
特にこの家は、かなりの古さに見えるが、質の良い木材を使っているようで、渋くくすんだこげ茶色の扉や柱の古さが逆に重厚さや落ち着きを感じさせる。
建物の高さはそれほど高くないようで、背の高いリーズは腰をかがめながらドアの中に入っていく。

カリムが後に続き、ちょっと頭を下げながら建物の中へ。
サラとリコも、おそるおそるドアをくぐった。

「おーい、兄さん、着いたよー?」

玄関の靴は脱がず、建物の中へずんずんと進んでいくリーズ。
木のぬくもりが感じられるテーブルや、布張りのソファが並んでいる、居心地の良さそうなダイニングを抜け、奥の客間と思われる等間隔のドアが並んだ廊下を抜け、さらに奥へ。
家はかなりの奥行きで、相当な豪邸だとサラは感じた。

天井からの採光があるため、屋内は外観に比べると明るく広々としており、ドアの合間には風景画が飾られている。
土足で暮らす家なのに、磨かれた木目の床はピカピカに輝いており、とても清潔だ。
一体どんな人物が暮らしているのだろうか?
サラは、元盗賊とはいえちょっと素敵なロマンスグレーが現れるのではないかと、期待に胸を膨らませながら、リーズの後を追う。

長い廊下をまっすぐ進んだ一番奥の突き当りには、両開きになるタイプの大きな2枚の扉。
白い紙に筆で書いた、達筆な文字の張り紙が貼ってある。


『このとびら、あけるべからず』


立ち止まり、言葉もなく顔を見合わせるサラたち。
開けたら大変なことになるような、でも開けてみたくてたまらないような、いやーな感じの文句だ。

3人からつつかれて、意を決したようにドアを開けるリーズ。
その頭の上に、バフッと四角い物体が落ちて、リーズの頭上で弾んでから床に転がった。

「よっ、リーズ。久し振り。ずいぶん白髪が増えたな」

頭から白い粉をかぶって、がっくりと肩を落とすリーズ。
まるで老人になった浦島太郎のようだ。

遠慮なく大笑いしながら「引退間近のじいさんが来たかと思ったぞ」と言ったのは、この部屋の中に居た人物。
サラがこの世界に来て初めて出会った『細フレームメガネの男』だった。

 * * *

その男は、元盗賊とは思えないような、なにやら優雅な雰囲気の男だった。
肌が白くて背が高いところは、リーズが兄と呼んだだけあって、確かに似ている。
しかし、普段から体を鍛えているのか、長い手足には程よく筋肉がつき、手の甲には打撃系の攻撃を続けた者が作る固いコブが見える。

また、糸のように細くてややたれ目のリーズに比べて、男の目は印象的だ。
いわゆる三白眼、常に睨んでいるような、力強い漆黒の瞳。
表情が柔和なので分かりにくいが、サラの本能が、この男はヤバイと警鐘を鳴らしている。
カリムもやや緊張した面持ちで、男がリーズをからかう様子を見守っている。


リコはこのとき、メガネをかけた男性というものを、生まれて初めて見た。
なぜか強く「あのメガネをはずして、黒い瞳を見つめてみたい」と思ったのだけれど、同時になぜ自分がそんなことを思うのだろうか?という疑問が湧き上がり、一人パニックに陥りかけていた。

リコの白い頬が、サーッと赤くなっていくのを、頭をぐりぐりなで回されながらも、リーズはしっかり見ていた。
マズイと思ったリーズは、ジタバタと小さな子どものように抵抗するが、ガッチリとリーズの首を抱えた兄には敵わない。

「ところで、リーズ。そろそろお客様を紹介してくれないか?」

背はでかくなったがあっちはどうだとか、そろそろどー○ー卒業したのかとか、ひとしきりリーズを言葉でいじった男は、涙目で赤面したリーズを見て満足したのか、興味の矛先をサラたちに向けた。

魔力が宿るかのような黒い視線が向けられ、ゆっくりと頭の先から足の先まで、3人をなめるように見つめる男。
そのときサラは「やっぱメガネっていい……」とぼんやり見つめ、カリムはあからさまな敵意を瞳に宿してにらみ返し、リコは視線を外しうつむいて白い肌を真っピンクに染めた。

3人を見つめる男の視線は、ある一点で止まる。


「オレ、お前気に入ったわ」


足音ひとつさせず、男がスッと近付いたのは……


カリムの前。


あまりの素早さに、カリムは完全に遅れをとった。
しかし、攻撃を受けるかと全身を緊張させたところに、やってきたのは大きく硬い、男の手のひら。

カリムは、美形の大男にべたべたと体中をなでさすられていた。

「うん、いい体だ。少し上半身の筋肉を抑えて、足腰の鍛錬を増やすといいな」

さわさわと、カリムの腰から臀部、太ももへと手のひらをすべらせたアレクは、満面の笑みだ。
リーズは、カリムに同情的な視線を向けつつ、あきれたように言う。

「兄さん自己紹介くらいしろよー」
「めんどくせー。しばらく一緒にいりゃ、わかんだろ?」
「あー、じゃあもう俺から適当に紹介しちゃうよ?」

彼の名は、アレク。
リーズの2才年上の兄で、現在は特別自治区と呼ばれる、この広大な下町エリアの統治者だった。

 * * *

特別自治区とは、砂漠の国でいえば、王宮近くの難民街のような場所だ。
約10年前、戦争の始まりとともに静かに広がり始め、今ではここだけで1つの町と言えるくらいの規模になった。
正直なところ、ガラの悪い連中が集まる、危険な街だ。

王城と城下町を守るはずの騎士たちも、このエリアには近づかない。
複雑に入り組んだ道を覚えることすらできていないという。
だから、自治区エリアで起こる事件は、自分たちで解決する。
住民たちによる自警団が見回ることで、犯罪やトラブルの解決を行っているという。

そもそも、このエリアに住むものは、商売に失敗し財産を失ったもの、親を失った子ども、元盗賊をはじめとした移民、捕虜や奴隷くずれのものなど、貧しく苦しい立場のものばかり。
戦争をきっかけに、住民が増えることで、トラブルは増加していった。

その頃から、被害者がどんなに訴えても、騎士が解決に動くことはなかった。
住人全員が犯罪者扱いなのだから、仕方がない。
城下町の騎士たちは「監視すれど関与せず」という暗黙のルールを作っていた。


犯罪者たちの住む街として、城下町の人間のみならず、商人さえも近づかないこの街。
だが、そんな街を、愛している人物もいた。
この屋敷は、以前このエリアを治めていた下級貴族の屋敷だ。
前の領主は、貴族の威厳がありつつも騎士道を重んじる人格者だったため、一時はこの屋敷が被害者の駆け込み寺のようになっていたという。

ところが、立派な父に対して、息子の方はさっぱりダメで、この荒れきった街が自分の手に余るとみると、父親の死をきっかけに街を逃げ出していった。
その後、街は一時的な混乱に陥った。
力のあるものが、力のないものから、好きなだけ搾取してよいというルールが定着しかけていた。

たまたま引退した盗賊じいの様子うかがいに、アレクが街を訪れたのはちょうど5年前、19才の頃。
たった19才の青年が、その後この街を激変させる。

偉大な先人である盗賊じいが、傍若無人な若者グループに虐げられ、肩身狭く暮らしている。
その様子を見て憤慨したアレクは、半ば盗賊化しかけていた若者グループのリーダーをタイマンで秒殺。
力がルールだと信じていた若者たちは、けた外れに強いアレクへと一気に傾倒し、アレクがこの街に残るならという条件で、自治体の自警団メンバーとなることを約束。
街は平穏を取り戻したそうだ。


アレクはそこで終わらせず、さらに突っ込んで行動した。
街の現状や歴史を書類にまとめ、雇われ貴族の管理には限界があること、そしてこのエリアを特別自治区として自分たちで管理させて欲しいと主張。
頭の固い役人に門前払いされると、5年に1度開かれる国家的イベント『世界最強の勇者』を決める武道大会に乗り込んで、見事優勝。

優勝商品代わりに、王へ直談判し、街の整備と親のいない子が暮らせるだけの補助金をもぎ取ってきた。
自治区の住民は、アレクを歓喜の大声援で迎え、感謝の涙を流した。
そのときアレクは、盗賊の砦に戻ることをしばし諦めたのだという。

アレクは街の英雄となり、自動的にこの広い自治区の領主となった。

 * * *

「アレク兄さんは、小さい頃から本当に強くてねー。ずっと兄さんを見てきたから、俺は別に強くなくても生きていけるかなって、思っちゃったんだよね」

はは、と乾いた笑いを浮かべるリーズ。

リコはリーズをチラリと同情的に見た後、すぐにアレクへと視線を戻す。
まだカリムの肉体に興味津々で、腕を持ち上げたり足を抱え上げたりしているアレク。
胸の動悸が苦しくなったリコは、手のひらで胸元の布地をギューッと握りしめた。
うつむいたまま、前髪の隙間からアレクをチラリと覗き見ては、また動悸を抑えるために視線を外すの繰り返し。


こんなにかっこよくて、しかも強くて、賢くて、人望もあって……

なんて素敵な人なんだろう……


リコは、アレクの容姿にばかり目が向いて、彼の口から紡ぎだされる、かなり恐ろしい台詞の数々がまったく聞こえていない。

サラはというと、リーズの糸目なたれ目がおばちゃん譲りだとしたら、アレクの容姿は父親ゆずりなのだろうと思った。
そして、カリムにぺたぺたセクハラしつつ発する、流暢でノンストップなやや下トークの方は、完全におばちゃんの遺伝子だなと、心の中で深くうなずいた。


→ 【次の話へ
→ 【Index(作品もくじ)へ

【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ゴメンナサイ。こんな人いないって分かってるけど、好きなんです……ちょいシモが。経験豊富な大人のエロカッコイイ男子、リコみたいな初心な娘っこは一発でしょう。サラはパパたちのおかげで慣れてます。アレク様武勇伝、回想シーン風で1個の話にしたかったけど、ストーリーサクサクのためカット。説明調な文章が長くてスマンです。
次回、そんなエロカッコイイ系メンズに対抗できる?またまた王道な美形キャラ登場です。

第二章(4)ナチルの過去

第二章 王城攻略


【前書き】また全体的にちょいシモな部分があります。アレク登場時は、もうこの手のネタを避けて通れないのか……苦手な方はご注意を。


リーズによる、偉大な兄アレクの人物紹介は、現在の仕事内容へと移った。

この屋敷は、アレクが統治者として暮らすようになった5年前に、大がかりな改築が行われた。
それまでは、貴族たちのささやかなパーティやダンス、音楽などに使われていた屋敷奥の大ホールを、畳張りの道場に変えたのだ。
自警団メンバーたちを中心に、アレクが今度は何をしてくれるのかと集まった大勢の住民によって、ほとんど経費をかけずに完成したらしい。

サラは、今自分がいる空間全体を、ゆっくりと眺めた。
古い柱と、少しゆがんだ窓枠、水平とはいえない畳もある。
道場を形作るすべての素材から、住民たちの愛情が伝わってくるようで、なんだか感動的だ。

広さからすると、サラが通っていた遠藤家の道場の4~5倍程度はあるだろうか。
柔術を訓練する畳床と、剣の訓練をするコンクリート床に分かれている。
壁際には、練習用に刃を潰した剣や、先を丸めた槍が、キチンと整列して立てかけてある。
各20組くらいはあるだろう。

この道場を使い、アレクは師範として、普段から住民にさまざまなことを教えている。

騎士に憧れる若者には、キツイ訓練と上下関係を。
魔術師に憧れる子どもたちには、礼儀作法と魔術を。
女性には、護身術と美容体操を。
さらに老人には、長生き健康体操を。

アレクが特に注力しているのが、生徒の才能を見出して伸ばし、自分の手で誰よりも強い剣士を育てることだという。
それはきっと真実なのだろうと、サラはアレクの様子をチラ見した。

カリムを立たせたり、寝転ばせたり、うつ伏せにしたり、仰向けにしたり。
鍛えられたその体を余すところなく触りまくり、腰の聖剣を勝手に奪い振り回して「お前は俺に弟子入り決定」と、満面の笑みでカリムの頭をバシバシと叩いた。

カリムは、仰向けに寝かされたまま、なんだかうつろな表情をしている。
リーズの長い説明も、耳に入っているか疑わしい。
サラはかわいそうにと思ったが、旅の途中に、自分もよく彼にそういう表情をさせていたことには気付いていない。

手ごたえに気を良くした様子のアレクは、次の獲物を探すように視線を動かした。
その視線が止まったのは、サラだ。

カリムには及ばないものの、それなりに鍛え上げているサラの方へと、その触手ならぬごつい両手を伸ばす。
ビクッとして、一歩後ずさるサラ。

「怖がらないでいいんだよー、坊や。優しくしてあげるからね……」

メガネを光らせながら、じわりと近づいてくるアレク。
逃げられるような隙は、一切感じられない。
アレクの長く引き締まった腕が、サラの肩へと伸ばされる。

サラが思わず、女の子の声色で叫び声を上げかけた、その瞬間。


「なにやってんじゃ、このエロ領主ー!」


白と黒の混ざった色をした物体が、目にも止まらぬ速さで飛んできて、アレクの頭を直撃した。
アレクはその衝撃をモロに受けて、サラの足元にバタリと倒れる。

飛んできた物体は、女の子だった。
勢いをアレクの頭でうまく殺し、ふわりと器用に足から着地。
唖然とするサラが、女の子を見下ろすと、彼女はニコッと子猫のように愛らしく微笑んだ。


「ようこそ、当邸宅へ。私コレの専属メイドをしております、ナチルと申します」


丁寧に深くお辞儀をした、黒いワンピースに白いフリルのエプロンをつけた、ツインテールの小柄な少女。
コレと呼ばれたアレクが、まだ諦めつかないようにサラの足へと伸ばした手を、ぐにっと力強く踏みつけた。

 * * *

屋敷の客人たちは、ナチルとともに玄関脇のダイニングへと移った。
砂漠から来た3人は、まだショックが冷めやらぬ表情をしている。
リーズだけは、慣れているのか立ち直りが早いのか、セクハラ中やはり何も聞こえていなかったカリムに向かって、先ほどの話をかいつまんで伝えなおしている。

しばらく倒れていたアレクは、ナチルが夕食の話をし始めると「俺ちょっと出かけてくるから、夕飯いらない」と言い捨て、道場に直結している裏口から屋敷を飛び出していった。
アレクの後ろ姿を消えるのを確認してから、ナチルはサラたちに向き直った。

「私、ちょうど夕食の買い出しに行っておりまして、エロ領主ことアレク様と先に顔を合わせてしまわれたこと、心から謝罪いたします」

これからも、決して二人きりにならないよう気をつけてくださいねと、サラの手をとり上目づかいに見上げる少女。
こげ茶色のくりっと丸い瞳と、ふんわりした栗色の髪を耳の上で2つにまとめたツインテール、そして目鼻立ちのハッキリした色白な顔をした、まさに子猫のような美少女だった。
どこかで徹底的にマナーを学んだであろう、かしこまったその口調やしぐさも、お人形のように可愛らしい。

サラが、少し顔を赤くしながらうなずいたとき、サラのお腹からキュルッと大きな音が鳴った。

「まあ、すぐにお食事をご用意しましょう。今日は皆さんのためにお肉もお魚もたっぷり仕入れてきましたので」

ウインクしたナチルを、4人全員が目にハートを浮かべて見つめた。


ダイニングには、2人暮らしでは大きすぎるくらいの広いキッチンが併設されており、4人は夕食作りを手伝った。
料理は得意だったサラが、するするとジャガイモの皮を剥いていく。
その横では、リコが泣きながら玉ねぎの下処理。
上手に魚をさばくのはリーズで、段取りと味付けを確認するナチル。

カリムは、料理というものに取り組むのは初めてだった。
何をやっても失敗するので、すぐに仕事を干されてしまい、リコから「そこに立ってると邪魔」とまで言われて、大人しく皆の脇に座っていた。
サラは手を休めないまま、そっとカリムを観察してみる。

旅の前には、カリムを無表情で感情表現に乏しい人物だと思っていたけれど、本当はそうじゃない。
王宮では、感情を表に出さないようにと意識していたみたいだから、それが癖になってしまったのかもしれないな。

旅の途中、カリムは常に気を張り、皆のフォローに必死だった。
サラとリコにとって、なんだかんだ言いつつも、頼れるリーダーだったことは間違いない。
でも、今のカリムは、拗ねてしょんぼりとした少年のように見える。

サラが「カリム、この皮剥いたじゃがいも、4等分にしてくれる?」と声をかけると、無表情で「ああ」と言ったものの、そのお尻には喜んでパタパタ振られるしっぽが見えるようだ。
だんだん、年相応に見えてきたカリムを、サラは孫を見るおばあちゃんのように、目を細くして見つめた。

リコは、そんなカリムの耳の先を見て、ああまたカリムの欲求不満度が上がったなと、内心おかしくてたまらなかった。

 * * *

「あとは、煮えるのを待つだけなので、皆さんはお座りになってくださいませ」

料理の仕上げをしながら、ナチルは「手伝ってくださりありがとうございます」と、丁寧にお辞儀をした。角度は、最敬礼の40度。
伸びた背筋と、エプロンの上でそっと重ねられた手のひらが、とても上品で優雅だ。

こんなに小さな少女なのに、その態度も言葉遣いも、あまりに大人びているのは何故だろう?

「ねえ、ナチルはどこでその礼儀作法を身につけたの?」

サラが何の気なしに訪ねると、ナチルは「あまり面白い話ではありませんが」と前置きしてから、自分の複雑な生い立ちを語った。


ナチルはまだ10才。
幼くして、天涯孤独の身となった。
ちょうどネルギとの戦争がはじまった頃に生まれたナチルだが、騎士だった父は戦死し、母もショックで病となり、後を追うように亡くなった。

そのような立場の子どもたちは、当時珍しくなかった。
しかし、突然の戦争による動揺で、トリウムの政治は麻痺状態に陥っていた。
孤児の子どもたちは、政府から手を差し伸べられることもなく、追い詰められ、市街地から徐々に自治区方面へと追いやられていった。

大人の保護を受けられなくなった孤児たちは、自然と集まり一緒に暮らすようになる。
廃屋へと転がり込み、市場でくず野菜をもらったり、時には盗みをしたりしながら肩を寄せ合って暮らしていた。
その間には、餓死したり、大人の浮浪者に襲われたりと、ずいぶんな数の仲間が亡くなったそうだ。

ところが、5年前にアレクが現れてから、状況は一変する。
ナチルは他の子どもたちと一緒に孤児院に入り、ようやく人間らしい生活をおくれるようになった。

孤児院できちんと教育を受けたナチルは、魔術の才能を見出される。
たった5才のナチルだったが、その魔力は大人の魔術師に匹敵するほどのレベルだった。
一緒に訓練する他の子どもたちを凌駕していたため、困った教師は王城へ相談。
幼くとも戦力になりそうだと判断された結果、ナチルは孤児院から王城へ預けなおされた。
そこでナチルは礼儀作法を学び、王に仕える正式な魔術師を目指す道へと進んだ。

魔術師になるという夢が実現したと思った矢先、運命は再び暗転する。
訳あってナチルは、政府の権力者の怒りを買ってしまった。
命を狙われたナチルは、自治区、いやこのトリウム最強の男であるアレクの元に逃げ込んで、一命を取り留めた。
アレクの治癒魔術が無ければ、命を落としていただろう大怪我だった。

そして、まだ諦めていないはずの刺客から身を守るために、現在はアレクの屋敷でメイドとして暮らしながら、同時に一番弟子として武術・魔術の訓練を受けているそうだ。

 * * *

ぐつぐつと煮えるスープを味見しながら、ナチルは言った。

「やはり、あまり愉快ではない話になってしまいましたね」

シン、と静まり返った食堂。
聞いていた全員が、その過酷な生い立ちに、言葉を発することができなかった。
ナチルは、黙り込んでしまった4人を見て雰囲気を和らげるように、くすりと笑って言った。

「だから私、アレク様にはとても感謝しておりますの。そのお礼に、アレク様をマトモな人間に戻そうと、日々努力しているところなのですわ」

その台詞に、皆がなごみかけた瞬間、すかさずリーズが反論。


「あー、たぶん無理だよそれ」


だって、兄さんが初めてしゃべった言葉は、ママじゃなくて○んこだったらしいから。


可憐な乙女3人は、ピシリと石化する。

カリムは、先ほど「お前、こいつももっと鍛えなきゃダメだぞ?」と言われながら、触られまくった自分のそこを思い、ガックリと肩を落とした。


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どーだ!メイドっ娘!幼女!ツインテール!……はぁはぁ。別にそういうので興奮するような趣味はありませんが、王道ファンタジー狙ったら出さなきゃいかんのかなと。しかし悲惨な過去話になっちゃったな。こーいう重いとこは、さくっとシモなオチでカバーっす。
さて、次回。リコちゃんの悩みは深まりつつも、実力まだまだの3人にアレク様の手ほどきスタート。手取り足取りでムフフ……とならないように気をつけます。

第二章(5)強さを求めて

第二章 王城攻略


リーズの爆弾発言後「あら、そろそろ煮えたみたいですわ」と、何事もなかったかのように作業を再開したナチル。
サラとカリムも、ぎこちなく「では食器の用意を」と立ち上がる。

リコも慌てて後を追ったが、その視線はナチルから離れない。
鼻歌を歌いながらお鍋をかき混ぜるナチルの、穏やかで可憐な横顔を眺めた。

 * * *

リコは、ナチルの生い立ちに、誰よりも深く同情していた。

幼くして両親と離され、王宮で魔術師として訓練を受けながら育ったリコ。
境遇がナチルと少し似ているようだが、実際はまったくちがう。

リコにとって、王宮生活で辛いことといえば、わがままな王女の嫌がらせくらい。
両親は健在で、ときどき会いにきたが、なんとなく違和感とよそよそしさを感じずにいられなかった。
ただそれだけで、リコは傷つき、落ち込んでいた。
もちろん、食べることに困ったのは、つい数日前の砂漠の旅が初めてだ。

同情が、本当におこがましいくらい、ナチルの生い立ちは悲しかった。
しかし、ナチルと自分の違いはそれだけではない。

リコには、大きな夢などなかった。
今は「戦争を止める」と言っているが、ただサラの夢に乗っかっているだけ。
サラの考えに同意し、サラのために力を使うというのは、リコにとって「自分の価値」を見出すことができる、お手軽な方法だと思う。

そして何より違うのが「強くなりたい」という貪欲さ。

強い人間に憧れつつも、自分には何かが欠けていることを、リコは痛感していた。
サラを守ると口では言っていたものの、守られてきたのはリコの方だ。
実際に、守れるような実力もない。
オアシスへの旅路も、毎日休まず鍛錬するカリムやサラを、食事の仕度をするという理由で、そっと見つめるだけの自分。

見ているだけなのは、努力するって辛いことだから。
努力しても、才能の無い自分を見つけてしまうくらいなら、最初からやりたくないと逃げていたから。


ああ、そうか。
なぜ私は、あんなにリーズのことが気に入らなかったのか、今わかった。
リーズは、逃げている自分を自覚させる存在だったんだ。

だってリーズは、頑張れるところはしっかり頑張っているから。
旅の仲間の中で、すべてにおいて中途半端なのは、リコだけ。

だけど、自覚したくなかったから。
リーズのことを「あいつはダメで使えないヤツ」って、自分より下に見ることで、安心しようとしていた。
逃げているのは、自分だけじゃないんだって。

私は、なんて嫌な人間なんだろう……


「リコ?ぼんやりして、どーしたの?」


大きなスープ皿を抱えながら、心配げに見つめるサラの青い瞳。
その中に、自分への信頼の色を見つけ、リコは「なんでもないです」とささやいた。

大丈夫、まだ、取り戻せる。
この瞳が、私を軽蔑の色で見つめる前に、気付いてよかった。


「リコ様、お疲れでしたら少し休まれては?」


ナチルも、丸くクリッとした瞳で、リコを素直に気遣ってくる。
こんなにけなげで可愛い子を、本気で嫌いになれるわけがない。

何も言わないものの、カリムもリーズもリコを気遣っているのが分かる。
リーズは、自分が倒れそうなくらい辛そうな顔をしている。
声をかけたくて、でも遠慮して、口を開けたり閉じたりしているのが、ちょっとオカシイ。

みんなに、置いていかれたくないな。
私もこれから可能な限り、アレク様に鍛えていただこう。
せめて努力だけでもナチルに並ばなければ、あの人を見つめる資格なんて無いわ。

強く、なりたい。
あの人の目に止まるくらい、強く。

ナチルに対するかすかな嫉妬を、心の奥に押しやって、リコは自分の指にはめられた魔道具の指輪を硬く握りしめた。

 * * *

楽しく満ち足りた食事の後、一度部屋へ行って荷物をほどき、着替えてから再びダイニングへ集うことになった。
あてがわれた部屋に入ろうとしたとき、リコに声がかかる。

「あの、リコちゃん?」

振り返らなくても分かる。
低くやわらかなイントネーションは、リーズだ。

「なに?」

少し言葉が冷たく放たれるのは、仕方が無い。
リコは今、少し1人になりたかったから。

「ちょっと、一言だけ伝えたくてさ」

リーズは少しうつむき、目線をリコから外して、後ろ頭をポリポリとかいた。
もう覚えてしまった、困ったときのしぐさ。
猫背で自身がなさそうなリーズは、アレクと並ぶと一回り小さく見えたが、やはり背が高い。
リコの首が痛くなるほど顔をあげなければ、目線を合わせられない。

リーズは、無意味に両手をグーパーさせながら、しばらくもじもじしている。
苛立ったリコが、立ち去りかけたとき。

「リコちゃん、もしかしたらさっき、落ち込んでた?」

サラとカリムは、すでに部屋に入ってしまっている。
廊下には、リーズとリコしかいない。
リーズの声も限りなく小さく、耳の良いリコにしか聴こえないサイズだ。
なのにリコは、きょろきょろとあたりを見回してしまった。

いや、そうじゃないんだと、リーズは独り言のように呟いて、また後ろ頭をかく。
何かすごく、言いにくいことを言いたいようなそぶり。
リーズは意を決したように顔を上げると、リコをまっすぐ見つめて、告げた。

「俺、リコちゃんに、誰か好きな人ができたら、応援するよ」

リコは、ビクッと体を震わせて、瞳を見開く。
瞳に映ったのは、旅の間ずっとリコをフォローしてくれた、細くて優しい瞳。
どうして?という言葉が、思わずこぼれそうになったけれど、ぐっと飲み込んだ。

「ああ、何も言わなくていいから。俺、リコちゃんの味方だよ」

それだけだから、と言い捨てて、立ち去ろうとしたリーズ。

「待って!」

思わず、踵を返したリーズの、シャツの背中を掴んでいた。
今言わなければ、意地を張って2度と言えなくなってしまうような気がした。

「こっちこそ、ゴメンね!」

人に信頼されるって、優しい言葉をかけられるって、なんて嬉しいことなんだろう。
リーズは、本当にいいひとだ。
馬鹿にしてた自分が、一番馬鹿だった。

リーズは、なぜリコに謝られたのか分からず、首から後ろだけ振り向いた姿勢のまま、きょとんとしてリコを見下ろしている。
リコは、泣き笑いのような笑顔で、リーズに「ゴメンじゃなくて……ありがとう」と言った。

 * * *

サラたちが少し部屋でくつろいでから、再び食堂へ戻ったとき、ちょうどアレクが帰ってきた。
後片付けをしていたナチルが、お茶とデザートの用意をいたしましょうと、再び台所に立つ。
アレクは、さほど運動したわけではないだろうに、たいそう疲れたようなため息と足取り。
サラの右斜め前の空いている席にドスンと座り、そのままテーブルに突っ伏した。

アレクが入ってきたとき、トレードマークのメガネが無かったので、サラは一瞬別人かと思ってしまった。

「あれ?メガネはどうされたんですか?」

思わず質問したサラ。
ああ忘れてたなと、アレクは顔をあげて、腰にぶら下げた袋からメガネを取り出した。
特に視力が悪くてかけているわけではなさそうだ。

不思議そうに小首をかしげるサラに、アレクはふっと笑みをこぼす。
このメガネは特別なメガネでね、と言ったアレクの表情から、サラは何か悪寒を感じた。

「このメガネつけると、見えちゃうんだよね」

例えば、といいながら、アレクは顔に似合わないごつい指で、メガネをかけた。
素顔からにじみ出ていた、武道に秀でた戦士のたくましさがややゆるみ、一気に顔立ちのシャープさがひきたつ。

アレクは、ニヤリと笑いながら、女子2名の方を向く。
まずは、リコの方。
ゆったりとした衣装の奥にある豊かな胸のあたりを、アレクは真剣に見つめた。
あたふたと慌ててサラやリーズをみやるリコに、グラリとめまいを起こさせる一言。

「うん、君はかなり、あるね」

TKO秒殺で撃沈したリコ。

次は、じーっと、サラの胸の辺りへ。
目つきが悪く睨んでいるようにも見えるが、口からは穏やかに「うんうん、なるほどね」という意味深な言葉が紡ぎだされている。

その結果。

「うん、君にはまったく無いね!」

2人連続TKO秒殺。
サラは涙目で、この世界に来てからもう何度目かの、リベンジの誓いを立てた。

 * * *

その後カリムに「少しだけあるかな」と言って、カリムにも悪寒を与えたアレクは、1人笑顔でメガネが入っていた袋をまさぐると、はいこれお土産と、手のひらを差し出す。

アレクの手土産は、指輪が2つ。
精霊の加護をうけられる、マジックアイテムの指輪だった。


この世界の魔術は、精霊の加護を受けて行う。
自分の体内の魔力を指輪や杖に集め、精霊に命じることで魔術が発揮されるのだが、どの精霊の加護を受けるかによって、使える魔術の種類は大きく変わる。

火(攻撃)
水(防御)
木(攻撃補助)
風(攻撃補助)
土(防御補助)

この5つが、魔術師が加護を受けられる主な精霊だ。

光(オールマイティ)

というものもあるが、使える魔術師はほとんどいないという。


砂漠の旅の前に、カナタ王子からその説明を聞いてはいたが、実はあのときちょっと眠かったので、各魔術の詳細は記憶していない。
実際に魔術を見たこともあまりないので、なにがどれくらいすごいのか、基準もわからない。
リコが以前ジュートの魔術を見て顔面蒼白になっていたときも、サラは「まあ、キレイ」ってなくらいしか感じなかった。

サラは、魔術というものにあまり興味が無かった。
自分が使いこなせないというのも、大きいだろう。
光の矢のことをあまり思い出したくないという、メンタル的なガードも無意識にかけられていた。

対して、魔術師であるリコと、魔術の恩恵を受けているカリムは、真剣そのもの。

「カリム、君は風の加護に頼りすぎているようだ。剣を振った後に体がふらつくことがあるだろう?素早さも大事だが、まずはもっと土の力を取り入れた方がいい」

その方が下半身が安定するから、剣の威力も上がるし不意の攻撃も避けやすくなると、しごくマトモなアドバイスをおくりながら、カリムに指輪を渡した。
2つの指輪のうちの、茶色っぽい宝石がついた1つを差し出されたカリムは、神妙な顔つきで受け取る。

実は、カリムが子どもの頃に憧れていたのが、トリウムで行われる武道大会だ。
ネルギが戦争を起こすまで、密かにカリムはその舞台に立つことを夢見て、鍛錬を続けていた。
アレクが優勝をさらったというエピソードを聞き、こうしてアドバイスを受けたことで、初対面の最悪なイメージが一気に塗り替えられていく。

カリムはアレクに熱い視線を送りながらコクリとうなずき、つけていた風の指輪を抜いて、土の指輪をはめなおした。
アレクは、よしよしというように、カリムの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
次は、リコの番だ。

リコは、自分が何を言われるのだろうかと、小柄な体をより小さく縮ませる。

「君、ええと、リコちゃんだっけ?」

名前を呼ばれた。
それだけで、リコの胸ははちきれそうなくらいいっぱいになった。

「君は、魔力がかなりあるようだね」

このメガネつけてると人の魔力が見えるんだと、アレクはさっきの意味深な台詞の解説をした。
街に出て、大勢の人物を一気に視界に入れるときなどは、目が疲れてしまうので外しているとのこと。
あーそういう意味だったんだと、サラは手でほっと胸をなでおろし……自爆、そして再度リベンジを決意する。

リコは、ぽやんとしてアレクを見つめていた。
アレクに話しかけられ、しかも魔力を誉められたことで、緊張と興奮は頂点に達していた。
顔を真っ赤にしてうつむいたリコに、アレクが差し出したのは、薄い黄色の宝石がついた風の指輪。
水の精霊の魔術が得意で、常に水の指輪をつけているリコにとっては、意外なチョイスだ。

いったい、どんな理由があるのだろう?


「リコちゃん、なんか普段からトロそうだから、これつけてみてね」


リコ、本日2度目のTKO。

リーズはおたおたしながら「大丈夫だよ、リコちゃんのちょっとトロいとこ、俺は好きだよ」と、さりげなく告白したが、リコの耳にはまったく届いていなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
リコ根暗だけど、普通の子は自信無くて悩むよね?作者もこーみえて悩んでます。もう大人なのにこんな中身でいいのか……体は大人、中身は子供。逆コナンです。しかしリーズはイイヤツだ。前回自らシモネタ振ったのは、リコのための話題チェンジ目的でした。一方、気配り神経ゼロなアレク様のメガネはぐりぐりメガネ。筋少聴きつつ読んでください。何か嫌なものを見てもそれは人生の修行さー。
次回、再びサラ視点中心で、物語は一歩先へ。今まで人物&背景紹介的な流れだったんで、この先なるべくスピード上げてきますね。弱いはずのサラちゃんが、実は……才能キラリな王道シーンにご期待を。
追記。某別サイト版、本日ユニークアクセスが2000人突破しました。どうもありがとうございます!9日という短い期間でこれだけ多くの方に読んでもらえて、まさに気分は太陽がハッピー、輝いてラッキー(byハッピー・ラッキー・デイ。えんくみ)です。ついでにご感想などもいただけると……いや、贅沢は言うまい。完成度まだまだの試験作ですが、今後ともよろしくです。m(__)m

第二章(6)王城攻略の条件

第二章 王城攻略


「さあ皆さん、お茶の用意ができましたよ」

紅茶と美味しそうなシフォンケーキをカートに乗せて、ガラガラと音を立てながら近づいてきたナチル。
サラは、隣に座っているリコと手を取り合って、歓喜の声をあげた。

アレクは、普段よりさらにきつく、本気で怒りをにじませるような目つきでサラを見て、ボソリと言い放った。

「君、本当は、女の子だったんだね?」

アレクの言葉に、ハッとしてサラが口を噤むが、もう遅い。
こんなことにならないよう、旅の途中ずっと男言葉と態度を刷り込んできたというのに。
ああ、恐るべし甘い物マジック。

サラがガックリしていると、器用にケーキを取り分けながら、ナチルが言う。

「アレク様、あなた頭領様から、事情をお聞きになっていらしたのでは?」

あーなんだと納得しかけた、サラは、ふと違和感を感じて小首をかしげる。
初対面の時のアレクは、道場で自分を「坊や」と呼んで、体を触ろうとしてきたような?

「でも、道場では私のこと、坊やって……」

先ほどとうってかわって、ニヤニヤと笑うアレクと目が合う。
からかわれたことに気付いたサラは、顔を少し赤くしてアレクを睨んだ。

あれって、マジでセクハラする5秒前!

サラは、可愛らしいナチルの過激なツッコミを思い出し、なんとか溜飲を下げる。
リコは、サラ様に触れようとするなんて100年早いわ!と、恋する相手に初めて敵意を向けた。
リーズは、怒れるリコの表情を見て、ダイニングテーブルの下で軽くガッツポーズを作った。
カリムは、弱点と指摘されたあの部分を、一体どうやって鍛えれば良いのか考えていた。

 * * *

そんな4人4様な感情に、気付いているのかいないのか、アレクは飄々として続けた。

「うん。本当は知ってる。ゴメンね。これから少し君の事聞いてもいいかな?」

アレクの瞳にあったからかうような色は消え失せ、代わりに冷酷な治世者の色がちらつく。
サラは、真剣な表情で、こくりとうなずいた。
お茶を配り終えたナチルが、そっと席を外そうとするが、サラは一緒に聞いてくださいと声をかけた。

「私は、ネルギ国の王女サラです。トリウム王と和平交渉をするために来ました」

今は、こんな少年みたいななりですが、とサラは微笑む。
もし彼女の髪が長く、王女にふさわしいドレスを身にまとえば、それはきっと誰もが目を奪われる美しさになるだろうと、アレクは目を細めた。

「少年の変装は、旅のためだけかい?」

そういえば、とサラは思う。
過酷な旅を想定して、また決意を表明するために髪を切ったが、穏やかな旅の道中、あまり髪を切ったメリットは感じていない。
もちろん、女だと気付かれれば、何者かに襲われていたかもしれないという懸念はあるのだが。

むしろこれから、トリウム王城に乗り込むときに「姫らしく見えないから」と門前払いされては困る。
サラは、早まったかと、少し顔色を暗く沈ませた。

「いや、それは正しかったと思うよ」

アレクの口調は今までとは違い、真剣みを帯びている。
サラも他の皆も、集中する。

「君にはこれから、男として、やってもらわなければならないことがある」

サラがいぶかしげに眉根を寄せると、アレクは1口お茶をすすり「皆も冷めないうちにね、ナチルも自分の分を用意して」と言った。

 * * *

和やかなはずのティータイムが、シンと静まり返っている。
ときおり、カチャリと食器が音をたてるだけで、皆の注目を集めてしまうほどの静けさが漂う。

アレクは、真剣な表情を崩さずに、サラにとって大事な情報を告げた。

「現在、王城は完全に封鎖されていて、特別な許可を受けた者以外は一切入れない」

王城の魔術師による強力な結界がはってあり、城壁に触れようものなら結界に弾き返され、衝撃で大怪我をおってしまうそうだ。
城壁に触れずとも、近づいただけで見張りの騎士が飛んできて、容疑者扱い。

そういえば、市場通りはあんなに賑わっていたのに、少し城に近づくと一気に人通りが少なくなったなと、サラは思い出す。
アレクは、捕まった者がどうなるかを、淡々と語った。

身元や目的が確認できなければ、いやおう無く牢獄に叩き込まれるのは、小さな子どもであっても同じ。
昨日も、遊び半分で城に近づいた孤児院の子どもを引き取るために、城へ行って役人にぺこぺこと頭を下げてきたのだと、アレクはやるせなさそうに言った。

真っ裸にされ、魔力を封じる鎖に腕・足・首をつながれ、冷たい牢獄の床に転がされていた少年の姿を、アレクは冷静な表情で伝えた。
いくらサラが正式な書状を持って訴えたとしても、最初に対応する人物は、マニュアルに従うしか能が無い。
サラが傷つかずに王に面会できる可能性は、ゼロに等しい。

「だから、独りで王城に向かったり、強引に乗り込もうなんて思っちゃいけないよ」

もし、王城の役人に顔が売れているアレクが付き添っても、王まで辿りつくのは難しいという。
なぜなら、アレクは元盗賊であり、トリウム国民ではないから。
今の猜疑心のカタマリのような状況なら、トリウムでかなり上位の貴族が仲介したとしても、難しいかもしれない。

アレクの言葉は、なんとかなるのではと楽観視していたサラたちの心に、冷水を浴びせた。
今、トリウム王城は、戦場と同じなのだ。

そこまでの状況になった理由は、王族を狙う暗殺者の増加だった。

 * * *

戦争が始まってからというもの、耐えることの無いネルギの刺客。
以前、ネルギ王族ではない和平の使者が訪れた日もそうだ。
トリウム王城側も、正式な使者の来訪ということで、一時結界を緩めたとき、そこに隙が発生した。
使者が色よい返答をもらえずに去ったと同時に、ネルギの暗殺者集団が城壁を乗り越えて現れ、警備の騎士が複数殺された。

それをキッカケに、ほんのわずか残っていたネルギへの信頼はもろくも崩れ去り、王城は結界による完全封鎖の措置をとった。
戦争に勝利するまで、その結界が解かれることは無いという。

サラは「ああ、サラ姫がやりそうなことだな」と思い、表情を暗くした。

今でもリアルに思い出せる。
自分が暗殺者に仕立て上げられようとした、あの朱色の床の間。

魔力を持たないサラにとっても、あのときの頭の中に暗い闇が侵食してくるような感触は、吐き気をもよおすくらい気分が悪かった。
イメージすると、腐臭までもが蘇るようで、サラは紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた。


そんな状況では、どうやって使命を遂げれば良いのだろう?
ネルギに向かいたくて動けない商人のように、状況が変わるまで自分もここに足止めをくらってしまうのか。
刻々と、戦場では命が失われ、人々の暮らしは悪化しているというのに。

サラが、無力感にギュッと瞳を閉じたとき。
ちょうど正面に座っていたリーズが、机の下でちょいっと足をつついてきた。
顔を上げると、飛び込んでくる心配そうなまなざし。
ただでさえ瞳の色がまったく見えないくらいの細い目が、ますます細くなっている。

サラは、思わず微笑み返すと、今までの旅を思った。

そうだ、今の自分は、かなり幸運な状況だ。
もし盗賊の仲間にならなければ、そんな大事な情報は得られなかった。
そのまま城へ向かってしまい、暗殺者扱いで捕らわれていたかもしれない。
または、国境を越えることすらできなかったかも。

大丈夫、母のノートではこの先……


「王に会える方法が、たった一つだけある」


サラは、再びアレクに注目する。
アレクは、ニヤッと笑って、その睨みつけるような鋭い瞳を光らせた。


『武道大会に出場し、優勝すること』


4人は、ハッとして背筋を伸ばし、アレクの瞳を見つめた。
アレクが見事使命を成し遂げ、この街の領主になってから、ちょうど5年。
また今年も、全国民が夢中になる国内最大のお祭りが始まるのだ。

アレクは、4人の顔をゆっくりと見回し、最後に再びサラの顔を見つめた。

「今から君には、男としてしっかり武道の腕を磨いてもらうから」

覚悟しろよと、道場主としての顔をのぞかせながら、厳しくも優しい声色で告げるアレク。
サラは、青い瞳を輝かせ、力強くうなずいた。


しかし、アレクが続けて「だから後で、体触らせてね?」とウインクしたため、サラは背筋にぞくっと悪寒が走り、次の瞬間ナチルの食べていたケーキが、アレクの顔にクリティカルヒットした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ほのぼのから、一気にシリアスへ、そして王道な少年マンガ的バトルイベント発生しーの、またいつものセクハラオチ、というジェットコースターな展開でした。スピードーもっともっと早い!と、真心でも聴きながら読んでください。というか、ちょっと長くなっちゃったので後半カットしました。スンマセン。
次回、サラちゃんたちの修行スタート。アレク様の指導(エロ抜き?)で、サラちゃんの隠れてた才能が開花……となります。お楽しみに。

第二章(7)黒剣を抜くとき

第二章 王城攻略


シリアスな話題のせいで、せっかくのお茶とケーキは、あまり味が分からなかった。

手馴れた様子でお茶の片付けをしたナチルは、お風呂の準備をするからとダイニングを出ていった。
アレクは、しばらく名残惜しそうにサラをねめまわしていたが、眉をひそめて睨みつけるサラとリコ、そしてリーズとカリムの冷たい視線を受けて、ようやく諦めた。
触診による体の確認の代わりに、剣だけでも見せて欲しいと言ってきたので、サラたちは再び道場へと向かった。

 * * *

長い廊下を歩きながら、サラは考える。

武道大会というものは、一体どのくらいのレベルなのだろうか?
果たして自分が出場して、優勝できるのだろうか?
アレクが前回の優勝者ということだが、今の自分の実力は、アレクの足元にも及ばないだろう。
あのカリムが、いいようにあしらわれてしまう程なのだから。

「アレクさん、質問していいですか?」

サラは黙っていられず、軽い足取りで先頭を行くアレクに駆け寄って、隣に並んだ。
並んでも、自分の頭は彼の肩のあたり。
まるで自分がとても子どものように思えて、サラは少しでも背を高く見せようと、背筋を伸ばした。

「うん?なんだい?」
「武道大会とは、一体どのような内容なんでしょうか」

分からないことだらけのサラは、質問の意図が伝わるかどうか不安に思い、右側を歩くアレクの顔を見上げた。
あまりに不安げな表情をしていたのだろうか、アレクはくすっと笑ってサラの髪を撫でた。


あ、なんかこのしぐさ、知ってるかも。


サラが思い出したのは、ジュートの緑の瞳と、長い指。
彼女の髪を触るその指が、手のひらのぬくもりが、ジュートを彷彿とさせる。
甘い想いがひととき蘇り、サラの心を熱くする。

とまどって瞳を伏せたサラと、その後ろ姿をじっと見守るリコ。
リコの表情は、凍り付いている。

詳しい話は道場でねと、アレクがサラの耳元に唇を寄せてささやくと、もう見ていられないといった苦い表情で、リーズが声をかけた。

「兄さん、姐さんにあまり近づかないでよー」

この屋敷に来て初めて、リーズはサラを”姐さん”と呼んだ。
リーズは、サラとアレクに駆け寄ってくる。
サラの左側に立ち、「姐さん、ちょっとゴメン」と言いながら、サラの腕を引っ張ってアレクから離そうとした。
アレクは少しむっとした表情で、サラの右腕を掴んで、離すまいと引っ張る。
普通の家よりゆったりして広い廊下だが、体の大きな男2人を含む3人並列にならぶと、廊下の幅いっぱいだ。

サラは、両手をリーズとアレクに引っ張られたまま、なんだか大岡裁きみたいだなと思った。
このまま、腕を持ち上げてくれたら、捕まった宇宙人になれるのに。

かなりのん気なサラに対して、リーズは焦ったような表情で、アレクを説得しようと声をあげる。

「オレ頭領に頼まれてるんだから」

何を頼まれているかは、あえて言わないリーズ。
文脈から、なんとなく察したリコ、カリム、そしてアレク。

一人理解できなかったサラは、きょとんとして左側のリーズを見やる。
リーズは兄の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選んだ。

「あー、姐さん。頭領からの伝言」


『他の男に近づいたら、その男をぶっ殺す』


まさに、快心の一撃。

アレクは、ビクッとしてサラの右腕を放り出した。
リーズもそっとサラの左腕を放す。

サラは口から魂が抜け出たように、ぽかんと大口を開けて立ち止まり、慌てて追いついてきたリコにふらりと寄りかかった。
かなりのショックを受けたようで、真っ赤な顔で瞳をうるませるサラ。
リコは、そんなサラを見て、筋違いに嫉妬したことを恥じた。

そうだ、サラは、あの頭領に夢中なのだ。
確かにアレクは、ほんの少し頭領に似ているように見えるけれど……

すぐに立ち直ったアレクは、弟のことをジトリと睨みつけて黙らせてから、ニヤリと笑う。


「へえ、そりゃ面白い。ますます近づかなくちゃ」


アレクは楽しそうに呟きながら、その黒い瞳を挑戦的に輝かせた。
そして、リコにもたれかかるサラを、長い腕で抱きしめた。

リコごと。


「兄さん!本気で頭領にチクるよっ!」


怒っていても、笑っているようにしか見えないリーズが叫ぶ。

前に憧れのサラ、後ろに恋するアレクの腕を感じて、もうリコはこのまま死んでもいいとさえ思った。

 * * *

リーズの地道な努力と、カリムの「とっとと行こうぜ」というクールな発言により、廊下に発生したピンク色の空気は、なんとか元に戻された。

リーズは、道場に着くまでの短い時間で、アレクが盗賊時代に頭領の側近ポジションにいたことを簡潔に話した。
武術、魔術、政治やリーダーシップ、そして女の扱い方まで、すべて頭領から学んだことだという。
才能のあったアレクは、頭領の愛弟子として、ずいぶん可愛がられていたそうだ。
これまでのアレクの言動を思い返し、妙に納得した3人だった。

サラに沸いたのは、一つの疑問。

女の扱い方って、一体どんなことだろう?
こういうとき馬場先生がいたら、なんでも教えてくれるのにな。
そうだ、後でカリムに聞いてみよっと。

カリムは、急に背中がぞくっとして思わず後ろを振り向いたが、当然何も見えなかった。


道場へと向かいながら、サラの想像は加速していく。
もしかしたらジュートは、アレクを盗賊の後継者にと考えていたのでは?
盗賊たち1人1人と仲良くなったわけではないが、アレクは一般市民でなく盗賊たちに対しても、充分上に立つ素質があるように見える。

探し物が見つかったら、きっとジュートは森へ戻るだろうから。

そして、そのとき私は……

一人思案顔のサラに、アレクが声をかけてきた。

「さて、さっそくだけど、君の実力が知りたい」

いつの間に、道場の中へと足を踏み入れていたのだろう。
サラは慌てて姿勢を正すと、低く澄んだ声で「お願いします」と言い、深く一礼した。

本来なら、道場に足を踏み入れる前に行わなければならない、神聖な行為を忘れてしまった。
サラは、気を引き締めなければと、頭を振ってジュートの面影を心から追い出した。

「よし。まずは、その剣を見せてくれるかな?」

適度に鍛えられたサラの細くしまった腕が、腰に差した黒剣へとなめらかに動く。
剣に触れると同時に、少しぼんやりしたところのある、とびきり可愛い美少年のサラが、一気に戦士の顔つきに変わる。

アレクは、軽くうなずいて、サラが差し出す黒剣に手を伸ばした。

サラの青い瞳と、アレクの黒い瞳がぶつかる。
黒剣が、アレクの手に渡ろうとしたその刹那。

黒剣にはめ込まれた宝石が、光を放った。


『ジャキッ!』


鋭い金属音とともに、黒剣の鞘が、道場の床に落とされた。

アレクも、見ていた3人も、その姿に言葉を失った。


サラのすらっと伸びた腕は、黒剣の柄をしっかり握りしめている。
薄暗い道場の窓からは、かすかに差し込む夕暮れの光。
剣先はその光を受け止め、鈍く輝いている。

アレクをまっすぐ見つめるサラの姿勢は、剣の道を目指す者が、まさに手本とするそのもの。
伸びた背筋、軽く曲げられたヒザ。
適度に力の抜けたしなやかな腕が、まっすぐに相手へと向かい、その腕から繋がる剣先はアレクの喉元へ。

一瞬たりとも目をそらすまいと、決意に光る瞳。
ざわめく周囲の声も、一切聞こえない。
自分の心すら、消え去っている。

存在するのは、自分の体とこの剣、そして目の前の敵だけ。


急所に鋭い剣先を突きつけられて、アレクは驚愕に眼を見開いたまま、しばらく息を張り詰めていた。

アレクが考えたのは、ほんのちょっとしたいたずら。
剣を受け取る振りをして、サラの体を拘束しようとたくらんだのだ。


可愛い女の子が相手だからと、油断したのだろうか?
まさか、自分が、この道場で?


あたかも、剣の魂が乗り移ったかのように見えるサラに、アレクは自然と目を細めた。
戦いを前に、静かに美しく輝くサラの瞳。

サラは、相手を傷つけることをいとわぬ、一振りの剣となっていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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サラちゃん、黒剣に乗り移られてもーた。聖剣パワーすげっ。超人アレク様も魅入られてます。ヤバイ。このままオートマチックに逆ハー展開の匂いが。あれ苦手なんだよなー。でもそれも王道ってやつか?まあ百戦錬磨な遊び人キャラにも、安易に近づくとケガする相手はいるってことで。プラス根っ子には頭領へのライバル意識もあり?
次回、サラちゃん再び隠れた才能発揮……今度は魔術編です。魔術の設定ゆるいんですが、あまりしっかり覚えなくていいレベルがちょうどいいよね?(手抜きしてない?とかいーわーなーいーのー)

第二章(8)光を操るもの

第二章 王城攻略


サラの耳に届いた「ごめん、降参」という、アレクの呟き。
突然テレビのスイッチが入ったように、サラの視界は色を取り戻す。
瞳に映るのは、両手をあげて一歩、二歩とゆっくり体を引きつつ、心底困ったように苦笑するアレクの姿。

「もう何もしないから、ね?」

サラは、何のことかと首を傾げて、自分の伸びた腕を見つける。
その先には、黒剣の柄。

いつのまに握ったのだろう?

手がじっとりと汗ばむ感覚がした。
勇気を出して柄の先を見つめると、美しい刃がむき出しになっている。
さらに刃の先がどこを向いているか分かり……

サラは「ギャッ!」と叫ぶと、剣を放り出してしまった。

その後、必死で畳に額をこすりつけて土下座するサラを、4人がかりでなんとかなだめたのだった。

 * * *

サラが落ち着くのを見計らって、アレクは「やっぱり今日は講義だけね」と言った。
サラの剣についてはさておき、言うべきことを言うことにしたようだ。
しょんぼりして肩を落としたサラ。

なぜ自分は、アレクに刃を向けたのだろうか。
ただ、アレクの瞳から「何かされそうだ」という直感を受けただけだ。
たったそれだけで真剣を向けるなんて、過剰防衛もいいところだ……

サラに気にすんなと声をかけてから、アレクは道場の畳側の端に4人を集め、黒板の前で武道大会の説明を始めた。
4人は大人しく、黒板前に並んで三角座りした。
小学校の授業のように、肩を寄せ合ってアレクの講義を見守る。

暗くなってきた道場には、アレクの炎の魔術によって、黒板の周りだけに灯りが点された。
まるでガスバーナーのような、強く青白い灯りだ。
ロウソクの赤く揺らめく炎より、もっともっと温度が高いだろうその灯りをみて、サラはきっと強力な魔術なのだろうと思った。

「では今から、武道大会について説明を行う」

少しかしこまり、指導する立場にふさわしい口調で、アレクは話し始めた。

武道大会は、今から2ヶ月後。
すでにお触れは全国へと広まっており、腕に少しでも自信のある者は、王城へ出発する準備に取り掛かっている。
中には敵国である砂漠の国の民もいるそうだ。

以前は、精霊の森の向こうに続く大陸からも多くの参加者が訪れたが、今はほとんど存在しない。
精霊の森が、砂漠の水枯渇と同じスピードで増殖し、L字の形の半島の出口を覆ってしまったからだ。
あたかも、オアシスの国と砂漠の国を、その先の大陸から隔離するように。
専門家も原因が分からず、首をひねっている。

オアシスに閉じ込められた大陸出身の商人には、故郷への想いが募り森に飛び込んだ者もいたが、皆死んでしまった。
妖精の森に立ち入った人間は精神を病み、狂い、自ら命を絶つのだ。
森の中でどんな恐怖が彼らを襲ったのか、知る者はいない。

しかし、まれに大陸側からオアシスにやってくる人物がいた。
森の向こうの国には特別な力を持つ巫女がいて、その巫女の力を得て森を行き来することができるのだそうだ。
今回の武道大会にも、巫女の力を借りた挑戦者がやってくる可能性もある。

武道大会は、それほど魅力的なイベントなのだ。
優勝者が手にするのは、地位と、名誉と、願いが1つ。
死者を蘇らせたり、トリウム国を脅かすこと以外なら、ほとんどの願いが叶えられるという。

 * * *

アレクの顔に見合わない太い指が、黒板に数字を綴った。

『200→16』

参加者は約200名。
200名全員で予選が行われ、一気に16名へと削られるらしい。
勝ち残った16名は、翌日に1対1のトーナメント戦を行う。
4回対戦して勝利すれば、見事優勝となる。

トーナメントの会場は、王城に隣接するコロセウム。
チケットを購入すれば一般の住民たちも観戦できるが、観覧席は入手困難なプラチナチケットだ。
人気の理由は、もちろん世界一の勇者誕生を見届けられること。
そして、王族の観戦だった。

普段目にすることができない、偉大なるトリウム国始祖の血脈。
唯一、5年に1度の武道大会決勝戦だけは姿を現わすとあって、国を愛する国民の誰もが、その席を奪い合うのだという。
もちろん、刺客の存在も忘れてはならないのだが、そのときばかりは城全体を包む結界をゆるめ、王族の周囲のみをより強固な結界で覆っての観戦となる。

「トリウムの王族は、国民にとって神にも値する、特別な存在だ」

アレクは、実際に彼らを見たときの印象を交えつつ、トリウム王族について説明した。

数々の武勇伝を持つ、英雄王こと現トリウム王。
聡明で、筆頭魔術師でもある第一王子。
武力が高く、騎士団長を務める第二王子。
美しい容姿と文才で、人気のナンバーワンの第三王子。
そしてオアシスの妖精と呼ばれる、可憐な王女が1人。

「そういえば、君にも通り名があったな、サラ?」

アレクは、記憶を探りながら呟く。

「えっと、確か……」

しばし考え込んだアレク。
リコのやや裏返った甲高い声が、道場に響く。

「わ、ワタシ知ってます!砂漠の黒いダイヤです!」

リコは、勇気を出して授業中に手をあげた内気な小学生のように、アレクを上目遣いで見て「ほめてほめて」と目線で訴えかける。
アレクはリコに微笑みかけ、リコは再び天にも昇る心地になった。

サラは「うん、石炭だね」と思ったが、何も言わずスルーした。

 * * *

そこまでアレクの話を大人しく聞いていたサラだが、ふと疑問を感じた。
確かにこの武道大会は大きなイベントで、国民的なお祭りなのだろう。
だけど、時期が時期なのに?

「アレクさん、今は戦争中なのに、そんなに盛り上がっていいんですか?」

ややとがめるような口調のサラに、アレクはうなずく。

5年前も、中止にしようという声が出たものの、国民の希望で実施されることになった。
国民は皆、戦争によってささくれ立った心を埋めてくれる、刺激的なイベントを求めているのだ。
集ってくる猛者たちも、この時ばかりは戦争のことは忘れて楽しむし、敵である砂漠の民も例外ではないだろう。

ただ、戦争の影響がまったくないわけではない。
前回の武道大会も戦時下だったため、本来500名程度の参加者が集うところが、半分以下になってしまった。

参加者が減っても、レベルが下がるという期待はできない。
このときばかりは、戦場に赴く戦士たちからも、腕に覚えのあるものが一時戻ってくるからだ。
今頃戦場では、戦士の層が薄くなることにそなえて、砦の増強に尽力しているだろう。

「出場者の中でもっとも恐ろしいのは、戦場から戻ってくる者たちだ」

5年前にアレクが苦戦したのも、そんな戦士たちだった。
戦場で、命のやり取りをした者から発せられるオーラには、盗賊として実戦を経験していたアレクも思わずひるんだという。
サラは、訓練や試合と違うであろうその戦いに思いを馳せ、ぶるっと身震いした。

神妙な面持ちの4人に、アレクはフッと強気な笑みを見せる。

「俺の見たところ、お前らの実力はこんなもんだ」

アレクは、黒板の残りスペースの一番上に『戦闘能力』と書き、カリムやリコに簡単な質問をしながら、文字を書き込んでいった。
サラには読めない文字があるので、隣のリコに解説してもらいつつ、知識を頭に叩き込んでいく。


◆サラ
武力 上の下
魔力 ゼロ
装備 聖剣(能力不明?)

◆カリム
武力 上の中
魔力 下の中 風(戦闘スピードを高める程度)
装備 聖剣(風の加護)

◆リコ
武力 下の下
魔力 上の下 火(炎の攻撃)・水(氷の攻撃、水の癒し)
装備 指輪(水の加護)

◆アレク
武力 上の上
魔力 上の上 火(攻撃)・水(癒し)・木&風(攻撃補正)・土(防御補正)・光(発光程度)
装備 聖剣(火の加護)指輪(火の加護)


「どーだ、オレ様の強さが良くわかるだろ?」

自信満々な笑顔だが、事実なので決してイヤミに見えない。

カリムは、自分とアレクの評価を見比べて、そのダークブラウンの瞳に闘志を宿した。
アレクレベルの人間が参加するとしたら、今の自分では勝てないということだ。

たった2ヶ月で埋まるのか?
いや埋めなければならない。
祖国と、自分を信じて送り出してくれたカナタ王子のためにも。

 * * *

「武道大会における絶対のルールは、相手を再起不能にしないこと。癒しの魔術を行っても復元しないダメージを与えたものは、即失格となる」

だが、とアレクは続けた。

「前回も、その失格って不名誉な宣告が、決勝トーナメントで3度ほど出たんだ」

気を失うか、倒れて10秒起き上がれなければ、戦いは終わる。
しかし、予選を勝ち抜くほどの強者同士が全力でぶつかるとなれば、お互い手加減はできない。
打ち所が悪く、死んだ参加者も1人いたという。

ケガや死を回避するのも、本人の実力のうち。
相手の能力を見極めて、勝てないと思えば早めにギブアップを宣言するかない。
ルールで定められる、移動範囲と決められた線を自ら越えるのも有効だ。
それすら叶わぬまま一瞬で再起不能になった者もいたが、運が悪かった、実力不足だったと噂されるだけ。

「前回失格になったヤツら、また3人とも確実に出てくるだろうな」

まあ死んでなければ、とアレクは笑ったが、聞いていた4人はまったく笑えない。

優勝を逃した者や失格となった者にも、5年後リベンジのチャンスは平等に与えられる。
アレクとほぼ同等、いやそれ以上の実力があるライバルもいたという。
武術と魔術との相性や、優勝候補同士が当たるというクジ運にも助けられた、とアレクは当時を回想しながら言った。


シビアな現実をつきつけられ、3人の心はぶるりと震えた。
特にリコの顔は、緊張で青ざめている。

そんなリコの様子をみて、リーズはぐっと腹に力を入れて声をあげた。

「兄さん、オレっ!」
「お前はダメだ」

覆いかぶせるように、アレクはきっぱりと言い放つ。
なぜ、という言葉が出ずに、リーズは悔しそうに唇を噛み締めた。

「分かっているだろう?お前にこの大会は、役不足だ」

しゅんとして、立てかけたひざの間に顔を埋めるリーズ。
1人蚊帳の外のリーズを、サラとリコはかわいそうに思った。
カリムだけは、いぶかしげにリーズを見つめていたが、次のアレクの言葉に集中を取り戻す。

「ただし、お前らに可能性がないわけじゃない。伸びしろはたっぷりあるんだ」

アレクは、チラッとサラを見てから、黒板の一番下に書いた言葉は。


『特殊能力』


サラは、腰に戻った黒い剣を、無意識に握りしめた。

「例えば、オレの特殊能力は炎の魔術の強化だ」

敵に追い詰められたときなど、アレクの髪は炎をまとったかのように、真紅に染まるという。
炎の精霊に好まれるその色が現れることで、アレクの魔術は格段に強まる。

「例えばサラ、君にもそれが、あるんじゃないのか?」

サラは、戸惑いに揺れる瞳でアレクを見上げた。

 * * *

確かにサラには、魔力の代わりになるような、特殊能力がある。
サラは、体育座りの姿勢のまま、恐る恐る尋ねた。

「アレクさんは、頭領から私の力のこと、どこまで聞いているんですか?」
「いや、何も?その剣のことも知らなかったくらいだ」

きっと、サラが運命の剣探しに熱中しているころには、伝達係がウマを駆りアレクの元へ向かっていたのだろう。
あのことは、知らないのだ。
でも、一体何て説明したら良いのだろう?

アレは悪い夢だったのだと、軽く現実逃避な刷り込みをしていたサラは、頭をぶるぶると振った。
嫌だ、思い出したくない。

何か方法は無いだろうか……

サラは、アレクの背後に書かれた、1つの言葉を目に留めた。
それは『癒し』という文字。

「あの、アレクさんは、人を傷つけない魔術も使えますよね?」
「そりゃ、いろいろ使えるけれど?」

軽く切り替えしたアレクに、サラは覚悟を決めて言った。

「では私に、そういう魔術をかけてみてください」

凛と響く声。
サラは、そっと立ち上がる。
座り続けていたお尻が少ししびれていたけれど、緊張でそれどころではなかった。

アレクは不思議そうに目を細めたが、すぐに右手をサラへ突き出して、その手のひらを広げた。
リコ、カリム、リーズは、アレクとサラを見比べながら、不安げな表情で見守る。
これから、何か大変なことが起きるような予感がした。

サラへと向けられたアレクの右手。
そこから現れたのは、一筋の光。

リコは、ゴクリと息を飲み込んだ。

ああ、ここにも光を操る人がいる。
王宮にいたときは、サラ姫の側近魔術師だけが使えると噂に聞いたが、実際に見たことはなかった。
光の魔術なんて、おとぎ話だと思っていたのに。
世界は、なんて広いんだろう。

リコ達が瞬きもせずに見つめる中、放たれた光は、ゆっくりとまばゆい軌跡を残しながら進む。
そして、ふんわりと優しく、サラの体を包み込んでいった。

短くなったサラの髪が、キラキラと輝きを放つ。
アレクには、自分をまっすぐ見つめるサラの瞳が、朝の光を映すオアシスの泉のように見えた。

次の瞬間。


『跳ね返れっ!』


サラの願いと共に、サラを包んだ光は霧散する。
同時に、サラへと放たれた何倍もの強い光が、アレクを襲った。


自分の体を包む、強烈な閃光。
一瞬にして、視界が白一色に染まる。

あまりの眩しさに、アレクは強く目を閉じた。
横で見守っていた3人も、突然現れた閃光を避けようと、腕や手のひらを目の前にかざした。

1人だけ視界のクリアなサラは視線を落とし、自分の体をじっと見つめた。

そうか、やっぱりそうなんだ。
私は受け入れなくちゃいけない……この不思議な力を。


「私の特殊能力は、たぶん、魔術を跳ね返すこと、かな?」


ついでにちょっと増幅されちゃうみたいねと、大きな瞳をきらめかせ、魅惑的に微笑んだサラ。
ようやく目を開けることができたアレク、そして座っている3人も、驚愕に言葉を失った。

サラの全身には、光のカケラがきらめいてまとわりついている。
雲の切れ間からこぼれる月の光に照らされたように、ほのかな発光を続けるサラ。

光をまとうその姿は、まるで壁画に描かれる空の女神のように神秘的だった。

4人は長い時間、魂を奪われたような表情でサラを見つめていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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石炭なサラちゃんの才能キラキラ編part2でした。聖剣+魔術倍返しで、サラちゃんそーとー強いです。あと今回地味にリーズ君もキラキラさせてます。「役不足」の意味を取り違えてるサラ&リコですが、その大会はお前には簡単すぎるよってことです。一番賢いカリム君だけ気付きかけてます。なんて、こーして補足しなきゃわかりにくいエピソードもありますが、ストーリーサクサクのためご勘弁を。(つっても、今回説明調長すぎたかも……今後はもうちょいコンパクトにいきます)
次回、順調なサラちゃんに弱点発覚?男子2人も、だんだん振り回されてるのを自覚しつつ……

第二章(9)諸刃の剣

第二章 王城攻略


サラの特殊能力が発露した後、アレクは心底疲れきったような表情で「今日はもう解散」と宣言した。
アレクは、なかなか立ち去ろうとしないサラの頭をぽんと叩くと「続きは明日な」と言った。
いつもどおりの軽い口調だったので、サラは少しだけ気分が浮上した。

サラたちにとっても、長い一日だった。
道場のドア付近に控えていたナチルに案内され、男湯と女湯に分かれて風呂に入った4人は、久しぶりに贅沢な湯船つきのお風呂を満喫した。
4人とも、その日は夢も見ずにぐっすりと眠った。

 * * *

その夜アレクは、自室のベッドに腰かけながら、考えをめぐらせていた。

目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、あの白い光。
光に包まれたサラの、泉のような瞳のブルー。
彼女の体にまとわりつく、光の精霊たち。

サラの能力は、驚異的だった。
見識の広いアレクだが、あんな力は見たことも聞いたことも無い。
誰も知らない未知なる能力。
神の領域と言っても過言ではないかもしれない。

自分は臆病なのだろうか?
否、あの光を見てしまった者なら、畏怖しないヤツはいないだろう。

「たった1人を除いて、かな……」

アレクは、なぜ頭領がサラに興味を抱き、サラを所有したがったのか分かる気がした。
彼は、特別な才能や能力がある者を好むから。

平凡な者はできる限り庇護し、数が集まれば1つの集合体としてコントロールする。
盗賊たちは、彼のために生きる働きアリのようだ。
そして、無個性な働きアリ集団の中から、次代の女王アリが出現することを楽しむのだ。

頭領本人には、そのつもりは無いのだろう。
しかし、接する者から見ると彼は別格なのだ。
はるかな高みに存在する神のように……

つい考えが逸れてしまい、アレクは両手でペチペチと頬を叩く。
今は、サラのことだ。

アレクは、机の引き出しからノートとペンを取り出すと、考えをまとめ始めた。

1.サラは、魔術が使えない。(魔力ゼロ)
2.サラは、魔術を跳ね返す。
3.サラは、跳ね返した魔術を増幅させる。

書いていて、気付いたことがある。
黒剣を向けられたときのこと。

「ある意味、跳ね返されたとも言えるな……」

盗賊としてさまざまな剣を見てきたアレクが、初めて目にした黒く美しい聖剣。
その力を、アレクは推測した。

4.サラは、物理的攻撃も跳ね返す?(黒剣の能力?)

剣については、明日以降検証してみなければなんともいえない。
黒剣を持つサラと対峙した時のことを思い出したアレクは、あながち大ハズレではないだろうと感じていた。

きっとサラは、自分への武術、魔術、両方の攻撃に対抗できる特殊能力を持つのだろう。
この推測が正しければ、彼女は強い。
攻撃を受ければ、自分へのダメージの変わりに、自動的に相手へとダメージを与えることができるのだから。

「問題は、発動条件だな」

どこでサラの能力のスイッチが入るのか。
それを見極めなければ、彼女の能力はきっと……諸刃の剣となる。

5.サラは、治癒魔術がきかない。(弱点)

例えば、後方から毒矢で撃たれたとき、サラは防げるのだろうか。
毒だけでなく、あらゆる攻撃で試さなければならない。
軽い怪我をするたびに、他の挑戦者たちは癒しの魔術で回復できる。
サラに、癒しの魔術がまったく効かないとしたら、一切ダメージを受けずに勝ち抜かなければならないということになる。

「ああ、なんてやっかいな弟子を持っちまったんだ、俺」

まだ2ヶ月ある。
サラには少しキツイ修行になるだろう。
自分を真っ直ぐ見返す、あのブルーの瞳が怒りで曇るかもしれない。

でも……

「弱点も関係ないくらい、強くしてやるよ」

ノートとペンを机の上に放り投げると、アレクはそのままベッドに倒れこみ、眠りについた。

 * * *

あれから5日が経った。
ナチルのおかげで、充実した食事が提供されることもあり、サラたちは落ち着いた生活を送れるようになった。
だが、長い旅の中で衰えていた筋肉が完全に戻るまでは少し時間がかかる。

4人に対して、しばらくはストレッチや走り込みなどのプログラムで個々に基礎体力を上げていくようにと、アレクは指示した。
1人1人に『今日のノルマ』と書かれた紙を渡すと、「また夜には顔出すから」と告げ、あっさりと立ち去ってしまう。

日中道場を使うのは、居候している4人と、家事の合間に顔を出すナチルだけ。
朝と夜にアレクが顔を出し、プログラムの進捗チェックと目標確認を行う。

実は今、アレクはかなり忙しいらしい。
孤児院の脇に空き家が出たので、そこを改築して自治区の施設にしようと提案し、住民に承認されたところだった。
道場が改築されたときと同じく、手の空いている住民のほとんどが作業に借り出されているという。

サラは、淡々とプログラムをこなしながらも、不安を隠しきれなかった。
時間は刻々と過ぎているのに、アレクはサラに何も言ってくれない。

サラが特殊能力を見せつけた翌日。
朝の光が差し込み、畳の青臭い匂いが立ち込める道場で、サラは自分の弱点を嫌というほど自覚させられたのだ。

左手薬指に巻かれた白い包帯を見つめて、サラはフッとため息をついた。

 * * *

その朝、寝ぼけ眼のサラに、アレクは突然言った。

「ちょっとだけ、噛み付いてもいいかい?」

サラはもちろん、サラ以外のメンバーも、全員が引いた。

「すっ……吸うんですかっ!」

「血ぃ吸うたろか」という地球ギャグを思い出して、思わず叫んだサラ。
メガネの似合う美形なアレクが、以前映画で見た吸血鬼ドラキュラ伯爵とかぶり、サラは両手で首をガードしながら後ずさる。

「何を言ってるんだ?」

呆れたように呟きながら、アレクはスッと至近距離に詰め寄った。
昨日カリムへ接近したときと同じ素早さ。
あらためてそのスピードを見せ付けられ、サラはおびえつつも感心した。

音も無く忍び寄るなんて、まるで忍者だ。
忍者でドラキュラだなんて、キャラが斬新すぎる。

アレクは長い腕を伸ばして、困惑するサラの左手を取った。
あからさまに警戒した表情のサラ。
冷や汗でしっとりした手のひらを感じ、アレクはクスッと笑った。

「バカだな。お前に治癒の魔術が効くか確認するんだ」

細くやわらかく、吸い付くようなサラの指。
逃げられないようにギュッと掴んで、アレクはその整った顔を、薬指に寄せた。
ちょうど薬指の、第二関節の先。
エンゲージリングの宝石が光るところへ。

サラは、少しカサついてあたたかい、アレクの唇を感じた。

『プツッ』

手を振り払う隙はなかった。
アレクに噛み付かれたサラの指から、小さく皮膚が裂けた音がした。

至近距離で見るアレクの顔は、学校の美術室にあった彫像のようだ。
美しいその顔が、サラの指からゆっくり離れていく。
それを見送った頃、ようやくサラの指を鈍痛が襲った。

「痛っ……」
「悪いな、うまくいったらすぐ治してやる」

言いながら、アレクは自分の唇に移ったサラの血を、ペロリと舐める。
砂漠の姫の血はなかなか美味いなと言って、妖艶に笑うアレク。
「ええ、ワタシの血はワインでできてますから」と、地球の女性タレントのようなことを考えつつ、サラはズクズクと鼓動が響くような痛みにじっと耐えた。

サラの薬指には、プクッと赤い血が膨らんで、宝石のように艶めいている。
膨らみきった宝石は表面張力を失い、ツッと流れてポタリと床に落ちた。

ああ、後でナチルに掃除してもらわなきゃ。

サラがぼんやり考えたとき、体全体を包むような空気の動きを感じた。
例えるなら、真夏の部屋に、ムワッと生ぬるい風が吹き込むような感覚。
不快ではないものの、決して快適ともいえない。


「やはり、効かないみたいだな」


サラの指に、変化は無い。
アレクは、水の精霊の癒しを行ったが、精霊たちはサラの指に少しまとわりつくものの、傷に届くこともできずあっさりと霧散してしまった。
傷口からはとめどなく真紅の血が流れ、指を伝ってはポタポタと落ちていく。

腕を組んで、なにやら考えているアレク。
サラは慌てて怪我した箇所を唇で包み、これ以上床が汚れるのを防いだ。
口の中に広がる、苦い血液の味。

砂漠の旅で、ラクタの血を飲もうとしたことを思い出したサラは「ギリギリ有りかも」と呟いた。

 * * *

一連のやり取りを見ていたリコ、カリム、リーズは、サラの弱点をはっきり認識した。
特に、リコとカリムのショックは大きかった。

もしもあの砂漠でサラが倒れていたら?
きっと、自分たちには何もできなかった。
例え自らの命を贄としても、サラには治癒魔術が一切効かないのだから意味が無い。

よくよく考えれば、気付くチャンスはあったのだ。
例えば、砂漠へ出発する前、サラに風の精霊の浮力が与えられなかったとき。
不思議に感じつつも、きちんと確認せずに見過ごして、その後も不注意から水と食料をあっさり奪われた。
運良く盗賊が現れなかったら、サラの命は砂漠に消えていただろう。

リコは、心の中で「ごめんなさい」とサラに謝罪した。

昨日のサラは、あまりにも強く眩しすぎた。
サラがまるで1人で何でもできる女神のように見えて、強く惹きつけられる反面、小さな胸が痛むのを止められなかった。

リコは、サラの存在に寄りかかり過ぎている。
自覚はしているけれど、実際に強いサラを目の当たりにして、また落ち込んでしまった。
こんなちっぽけな自分など、サラには要らない人間だと。

でも今は、違う。

強くて眩しくて、まるで女神のようで……だけど弱いサラ。
サラを守ることが、自分の使命だ。
これからは、自分がサラの盾になるのだ。

今度こそ絶対と、リコは心に誓った。


アレクが「今日はあまり動かすなよ」と言いつつ、手際よくサラの指に包帯を巻いていく。
その様子を、心を煮えたぎらせながら見守るカリム。

カリムは、リコとほぼ同じことを考えていた。

その心の温度は、リコよりも熱かった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃん天才で最強と思いきや、攻撃力MAX、防御力ゼロという極端な子でした。こういう極端キャラがRPGに居たら、自分なら使わないかなー。勇者、戦士、黒、白というベーシックな配置が好きな自分はアイテムコンプ狙って攻略本活用する小市民。しかしカリム君、自覚薄ながら初恋中らしい。絶対タイプじゃないと思ってたんだけどな……若い男女が一緒にいるだけで盛り上がる、大学サークル合宿的恋愛?忍者ドラキュラ君ことアレク様もかなり興味津々で、逆ハーレム警戒警報。でもサラちゃんは一途なのでご容赦を。
次回、地味な訓練はスットバス……ってわけにもいかないか。リコちゃんついに一皮剥けるか?ドMな方にはお勧めな展開かも。

第二章(10)魔術を支配する日

第二章 王城攻略


サラの薬指の絆創膏が取れたのは、トリウム到着後10日目。
その朝、いつもどおり道場に集まった4人に、アレクは告げた。

「今日から俺は、お前ら3人をつきっきりで指導することにした」

だからお前、俺の代わりに行ってこい。

ポンッと肩を叩かれて、ポカンと口を開けるリーズ。

突然道場の裏口が蹴破られ、威勢良い掛け声とともに盗賊ばりにムキムキマッチョな自警団メンバーが数人駆け込んできて、ひょろっとしたリーズを抱えて走り去っていった。
でかい男が、さらにでかい男にお姫さま抱っこで運ばれていく様子は、見送っていた3人の哀れみを誘う。
「うわあああー」という叫び声が、あっという間に遠く消えて行った。

「あいつは器用だから大工に向いてるし、なにより今はここに居ても100%役立たずだからな」

心底愉快そうに笑うアレクを見て、サラは鬼……いや、兄だなと思った。

 * * *

朝日の当たる道場には、サラ、リコ、カリムの3人が残った。
閑散とした道場にはもう慣れたが、1人減っただけで寂しさが増したような気がする。

通常なら、遊びたい盛りのちびっ子たちにとって、たまり場であるこの道場。
生意気で反抗的な子どもたちも、今だけはアレクの命令に従って、おとなしく改築作業を手伝っているという。
仲間が王城に監禁されるというショッキングな事件のせいだった。
助けに来てくれたアレクに、しばらく頭が上がらないらしい。

「なぜ子どもにも作業をさせるんですか?」

それこそ役に立たないだろうに、というクールなカリムの問いに、アレクは確信犯の笑みを浮かべて答えた。

「親のいない子と、子を無くした親が一緒にいると、そのうち本物の親子みたいになるんだよな」

何か達成可能な1つの目標を与えて、住民が団結して取組むことで、自治区には一体感が生まれていく。
それだけで、トラブルや犯罪も少なくなるという。
頭領の受け売りだけどな、とアレクは苦笑したが、実際に成果をあげているのは充分凄いことだとカリムは思った。

便乗して、サラも質問する。

「あの、アレクさんは、頭領にいつから指導を受け始めたんですか?」

特に、女の扱いってやつは……

一番聞きたい部分は言葉にできず、1人もじもじするサラ。
カリムはそんなサラを見て、トリウム到着日の夜のことを思い出す。
サラから「女の扱いって、具体的にはどんなこと?」と質問され、言葉に詰まり逃げ出した自分。

この女は、変なところで好奇心旺盛なんだよな。

そわそわと落ち着きの無さそうなサラを見ると、妙に胸の鼓動が強くなる気がして、カリムはそんなはずないと頭を振った。

落ち着き無いサラとは対照的に、アレクは淡々と答える。

「ああ、物心つく頃にはもう頭領にくっついて、書類整理なんか手伝ってたかもな」

アレクとジュートの見た目は、少しジュートが年上に見える程度。
物心つく頃って、いったい何才?
サラは、4才のアレクと5才の頭領が仲良く書類に向かうところを想像し、めちゃめちゃカワイイかもと一人頬を染めた。

「そういえば、頭領って何才なんだろ……」

独り言のように呟いたサラに、アレクはここだけの話だが、と前置きした。

「俺が生まれた頃から、頭領の見た目はほとんど変わらない」

だから、頭領が何才なのかは誰にも分からない。
盗賊たちの中でも、頭領は人間じゃねぇと噂するヤツがいる。
まあ頭領のおかげで今の俺たちがいるんだから、そんなの些細な問題だがな。

アレクは、そんなのたいしたことじゃないだろ?と、達観したような大人の表情を見せた。

 * * *

アレクの発言内容がどこまで本当か、はかりかねているリコとカリム。
サラは、アレクの言葉をじっくり咀嚼した。

現在アレクは24才。
その頃頭領はもう、25才くらいだった。
となると、今の年齢が……

50才!
ラインオーバーだ!

サラは、馬場先生から教わった「年の差30才、それがロリコンライン」というルールを思い出し、一人苦悩する。
当時小学生だったサラは指折り数えながら「じゃあ、馬場先生とサラはロリコンじゃないね!」と無邪気に喜び、馬場を大いに満足させていた。

でもジュートは見た目若いし、なんたって精霊王だし……
万が一すごい年で、ロリコンって後ろ指さされても、私はかまわないな……
自分が先におばあちゃんになって、死に水とってもらうのは申し訳ないけど……
もしかしたら、そうやって短命な人間たちの生死を、大昔から見守ってきたのかな……

とめどなく、妄想を膨らませていくサラ。

そんなサラの表情を、アレクはチラッと盗み見た。
ブルーの瞳が涙で潤んでいく姿は、アレクの胸に罪悪感を湧き上がらせる。

きっとサラは思いのほかショックを受けたのだろうと、アレクは勝手に推測した。
「年齢のことは頭領本人に聞け」と、軽くかわせば良かったはずなのに、なぜ俺はサラにこんなことを言ったのだろう?
俺はもしかして、頭領からサラを引き離したいのか?

いや、そんなことはないと、アレクは自分への疑問を打ち消した。


頭領の見た目が変わらないことは、ある意味盗賊内のタブーと言ってもよい。
そのことには誰も触れないし、頭領が自分から言い出すこともない。
直球で聞いてみたのは、きっと自分くらいかもしれない。

まだ小さな子どもだった頃、アレクは無邪気に「どうしてとうりょうさまは、としをとらないの?」と尋ねたことがあった。
頭領は困ったように笑って、アレクの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
頭領の表情から、ああこの話はしてはいけないんだと悟った。
緑の瞳を曇らせて、頼りない少年のような表情で告げた台詞を、アレクははっきりと覚えている。

「頭領は、自分の成長が止まった理由を、こう言ってたよ」

サラを少しでも安心させようと、アレクは頭領から聞いた台詞をそのまま伝えた。


『魔女の呪いのせい』


当時も、そして今も、その台詞が何を意味するかアレクには分からない。
子どもだった自分の追及を、おとぎ話に例えることで、やわらかく煙に巻こうとしたのではないかと受け取っていたのだが。

「……っ!」

サラの体が、一気に凍りつく。

魔女の呪いは、サラを悲劇へと導くキーワード。
まさかこんなところで、その言葉を耳にするなんて。

「さあ、そろそろ訓練を始めようか」

雰囲気を変えるように手をパン!と打ち鳴らし、張り上げられたアレクの明るい声。
サラは悪夢を追い払うように、かぶりを振った。

今はまだ、そのことを考える時期じゃない。

自分のやるべきことは、まず王城を攻略することなのだから。

 * * *

訓練10日目にして、ついにアレクからの直接指導がスタートする。
どんな内容になるのかと、サラたちはいつもの黒板前に体育座りをして、アレクの指示を待つ。
アレクは、サラの瞳を見つめながら、簡単な質問を投げた。

「もしリコとカリム、2人が川で溺れていたら、先にどっちを助ける?」
「リコです」

一切迷わず、サラ即答。
リコは歓喜し、カリムはちょっと……いやかなり凹んだ。

「リコ、お前もサラを助けたいか?」
「はい!もちろんです!」

リコの答えに、アレクは深くうなずく。

「では、先に魔術の方からいこうか。サラとリコ、ペアになって」

単に組み合わせを決めるだけなのに、意地悪な質問をするなよと、カリムは内心愚痴った。
そんなカリムを見て、アレクは「お前も次だからな。先に見たらめげるかもしれんが……ま、頑張れよ」と意味深な言葉を吐いた。


リコに命じられた訓練内容に、すぐ隣で聞いていたサラは顔を青ざめさせた。

「今から、癒し以外の、攻撃系の魔術をサラにぶつけてもらう」

様々なパターンの魔術をサラにぶつけて、サラがどのレベルまで耐えられるのか、もしくはどのレベルまで反射するかを確認していく。
もし反射が起こればリコはケガを負うだろうが、水の魔術が得意なら自分の受けた傷は自分で治せと、冷静に命じるアレク。

サラの脳裏に描かれたのは、あの光の矢。

「ダメ!嫌です!」

サラが女の子の声で、悲鳴のような声を上げる。
アレクは、黒い瞳に冷酷な色を宿し、サラに告げた。

「お前はこのままだと、いつか誰かを傷つけるだろう」

武道大会では一発退場、いや死人が出るかもなと、鼻で笑った。
サラは、爪が手のひらに食い込むほどぐっと両手を握りしめ、屈辱に耐えた。

確かに今のサラは、中身の見えないブラックボックスだ。
このまま武道大会に出て、いきなり魔術師と対戦しようものなら、きっと恐ろしい結果になる。
今のうちに、訓練として攻撃魔術を受けておかねばならない。
正論なのは分かる……だけど。

苦悩するサラの隣で、リコも表情をこわばらせている。

リコ自身も、魔術の訓練で仲間から攻撃を受けたことはある。
だが、サラのような未知数の能力には出会ったことがない。
自分の攻撃魔術が、サラの体に触れるだけでも心苦しいというのに。
さらに、その魔術が何倍にも膨れ上がり、報復として自らに向かってくるとしたら……

イメージするだけで、足がすくんでしまう。
リコの背中を、冷や汗がツッと流れていく。

しかし、2人の感情を無視するような、有無を言わさぬ命令が下った。

「リコ、強さをちゃんと調整して、ごく弱い魔術から始めろ」

いつものシャープながら穏やかな笑顔は、一切無かった。
こんな無慈悲なところが、頭領の愛弟子たる所以なのかもしれない。
リコは覚悟を決め、サラに微笑んだ。

「サラ様、私は大丈夫です。これでも水の精霊には好かれているんですよ?」

癒しの魔術は得意なんですと、ささやいたリコの笑顔は、晴れた空のようにクリアだった。
今まで見たリコの表情で一番キレイだと、サラは思った。

 * * *

嫌だ……

やっぱり怖いっ……!


『バシュンッ!』


リコが放ったのは、ごく小さな炎の塊。
塊がサラの体に当たった瞬間、油を得たように炎は勢いづく。
大きさは2倍以上に膨れあがり、リコへと叩きつけられる。

痛みに倒れるほどのダメージは無いが、タバコを押しつけられたような局所的な火傷が発生し、リコはうめき声を上げる。
痛々しい笑顔で「大丈夫ですよ」とサラに声をかけては、水の精霊の魔術で作りたての傷を治していく。

何度も何度も、同じことが繰り返された。
なのに、サラの中で魔術に対する恐怖は消えてくれない。
元々魔術など存在しない国で産まれたのだから仕方ない、自分のせいじゃないと、サラは心の中で言い訳する。

サラの心は魔術への恐怖に慣れることはなく、回数を重ねるたびに消えるどころか増してくる。
それは『またリコを傷つけてしまう』という恐怖。
増幅された恐怖心は、すべて跳ね返る魔術に乗り移り、サラの意思とは裏腹に相手を深く傷つけてしまう。

それでもリコは、サラに魔術をぶつけるのを止めなかった。


「カリム、余所見している余裕があるのか?」


刃のつぶれた剣の腹を、容赦なくカリムの二の腕に叩きつけるアレク。
痛みでぐうっと声を漏らし、カリムは倒れそうになったが、なんとか気力で支えた。
汗をびっしょりかいた肌には、練習着の白いTシャツがへばりつき、あちこちにうっすらと血がにじんで赤い斑点模様を描いている。

カリムにとっても、こんなに苦しい訓練は初めてだった。

すぐ隣で繰り返し発せられる、リコの悲痛なうめき声。
カリムは、訓練前にアレクが言った意味深な台詞を思い出し、舌打ちをした。
カリムもリコも、サラを思いやる気持ちがあるからこそ、この訓練には向いていない。
自分を鬼にしなければ、サラに剣を向けることはできないから。

俺はサラを、傷つけたくないんだ。

カリムは、自分の想いをハッキリと自覚した。

自分が好きだと思った女と戦い、傷つけること。
戦場で顔の見えない無数の敵を倒すのと、どちらが苦しいのだろうか?

「くそっ!」

ハンデとして、利き手を封じたままカリムと対峙するアレク。
1本取れれば、リコと交代というルールだ。

カリムは、早くリコの代わりになりたいと願いながら、アレクへ向かって剣を払った。
しかし、軽くかわすアレクの足取りに乱れはない。
心が乱れたカリムの剣筋は粗く、アレクが目を閉じても避けられるほど単純だった。

これはもう少しリコちゃんに頑張ってもらうことになるかなと、アレクは素直で繊細なリコに心の中で詫びた。

 * * *

いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか?
道場全体が、薄暗くなってきたように感じる。
陽が傾いたのか、それとも自分の頭が朦朧としているせいなのか、サラには分からなかった。

アレクの放った光も、癒しの風も、怖くなかった。
サラ姫の黒い支配の魔術だって、受け止められたのに。

炎が目の前に迫るたびに、サラはジュートを襲った光の矢のことを思い出していた。
どんなに心が嫌だと叫んでも、逃げられない。
繰り返されるこの悪夢からは、どうしたって逃げられないのだ。

ならば、そこから少しだけ、顔をあげてみることにした。
顔をあげれば、リコの笑顔が見られるから。

「もう少し……強くして」

癒しの魔術が済んだリコに、サラはかすれ声で伝える。

「はい、サラ様」

リコの投げる炎は、マッチをすった程度だった1投目に比べると、軽く2回りは大きい。
徐々に大きさを増すよう要求しているのは、アレクではなくサラ自身だ。

自分の練習台として、傷つくことをいとわないリコ。
何度炎に撃たれても「大丈夫」「平気」と笑う茶色の瞳が、あまりにも綺麗で。
サラは心の底から、リコを愛しいと思った。

リコの笑顔に触れるたび、サラの心は少しずつ変化していく。
深い霧のように心を覆っていた恐怖が薄れ、目の前の少女への愛で満ちていくのが分かる。

ああ、分かったよリコ。
私が怖がったり拒絶するとき、必ず魔術は跳ね返る。
魔術を受け止めるか、跳ね返すかは、きっと私の意志しだいなんだ。

リコが、再び手のひらをサラに向け、炎を放った。

激しく燃え盛る炎が目前に迫っても、サラはもう何も感じなかった。
アレクから投げられた光を受け止めたときのように、穏やかに見つめているだけ。

この火は、もう怖くないよ。
きっと、ただの灯りだから。
そして、リコのくれたプレゼント。

炎に向かって、サラは大切な物を受け取るように、微笑みながら両手を伸ばした。


『ジュワッ……』


初めてリコは、体の痛みを覚えなかった。
放った炎はすべてサラの体に受け止められ、パチパチと火花を散らせながら、消えてなくなった。


「サラ様、やった!」
「リコっ!」


駆け寄った2人は、固く抱き合った。

盗賊の砦で抱き合ったときの、何倍もの喜びと信頼を心に抱いて。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
「今日から俺は」って使いたかった台詞です。あと「朝日の当たる道(場)」も。100%自己満足。ロリコン……じゃなくて、魔女の呪い登場についてヒトコト。あまり謎解きみたいに言うと「その程度で謎?オチ見えてるし」なんて賢い方にツッコまれかねないので、この辺はつるっと流しそーめん読み推奨。訓練かなり痛かった。これドMじゃなきゃ無理。ここまで追い詰められなきゃ人間成長しないのか?作者もこたつから出ない限り……いや、それは考えるまい。
次回は、もう辛い訓練脱出!ヤター。レベルアップした黒騎士さまの王道カリスマモテと、ちょっとハートフルな小話にご期待ください。

第二章(11)自治区の変化

第二章 王城攻略


道場の中は、活気に満ちていた。
いつもどおりペアになり、対戦形式で訓練をするリコとカリム。
2人のすぐ隣では、アレクが厳しい表情で腕組みをしている。
リーズは、改装物件の床板張り替えに精を出しているという。
今ではボランティアの住民たちから「棟梁」と呼ばれ、頼りにされているそうだ。

サラは1人、ホフク前進という、いたって地味な基礎訓練をこなしていた。
道場の畳の端から端を、ズルリズルリと行ったり来たり。

そして……


『キャー!』
『黒騎士さまーっ!』
『ステキっ!』


大きな窓ガラスには、顔と顔をギュウギュウにくっつけながら、道場の中をのぞき込む少女たち。
毎日夕方になると、大量の女の子たちが、この道場に押しかけていた。

サラは、這いつくばった姿勢のまま、彼女たちに爽やかな笑顔を向けた。

 * * *

リコの協力によって、サラがなんとか魔術をコントロールするコツを掴むことができたのは、オアシスの国に辿り着いてから10日後のこと。
あのときは、普段仏頂面のカリムまで、目に涙を浮かべながら喜んでくれた。
アレクも、サラとリコの頭を撫でて「よくやった」と何度も繰り返した。

頑張った2人へのお祝いと、日頃から家事を一手に引き受けているナチルへのねぎらいを兼ねて、食事会をしようとアレクから提案があり、サラたち6人は喜び勇んで町へ繰り出したのだ。


夕暮れの賑やかな市場通りは、到着した日と変わらず活気に満ちている。
仲間とのおしゃべりを楽しみつつ、のんびり歩いていたサラだったが、途中から奇妙なことが起こりはじめた。

……なんだか、自分たちの周りに人が集まってくるような?

最初は、前回の武道大会優勝者であるアレクを見て、周りが騒いでいるのかと思った。
自治区の領主だし人気者なんだなと思いつつも、違和感は消えない。
なぜなら、騒いでいるのは、成人になるかならないかの少女ばかりだったから。

頭にカゴを乗せた大人の女たちは、すいっと通り過ぎていくのに、まだ幼い少女たちの反応は違う。
目をまんまるくして立ち止まったと思ったら、連れ立って歩く友人とひそひそ話をした後、サラたちの後をそっとついてくる。
まるでハーメルンの笛吹き男のように、小さな女の子ばかりを惑わせながら進む、サラたち一行。

アレクは、ずいぶん小さい女の子に人気があるのねぇ。
まあ、前回の武道大会優勝者だし、すでに町は盛り上がりつつあるのかもしれないな。

そんなことを考えつつ、斜め前を歩くアレクの背中を見つめたサラは、通りの向こうに見覚えのある店を見つけた。

「あっ、なあリコ、あのお店!」

サラが指差したのは、トリウム到着初日、頭に乗せるカゴを借りた果物店。
地球でも食べたことのないような、とてもジューシーで甘い桃をくれた、優しいオジサンのお店だった。
口の中に果汁の記憶が蘇るようで、サラはネクターのようにねっとりとした視線を店頭に立つオジサンに送った。

サラに促されて店を見たリコは、軒先に意外なものを発見する。
それは、1枚の垂れ幕。


『美味しくて強くなる、黒騎士の食べた桃』


難しい文字の読めないサラは、「な、帰りにまたあの桃買って行こうよ」と無邪気に話しかけてくるが、リコはピシリと固まってしまいノーリアクションだ。
すると、店頭で接客していた店主がこちらに気付き、大きな袋を持って駆け寄ってきた。

「おい!黒騎士さまじゃねぇか!」

あんたどこにいたんだよと、満面の笑みで話しかけてくる店主。
まるで旧友にバッタリ再会したかのようだ。
店主は、日に焼けた愛嬌たっぷりの顔をくしゃくしゃにしながら、サラに「ほら、また桃やるよ」と、たくさん桃が入った布袋を差し出した。

サラが目をぱちくりと瞬かせつつも、まあくれるものはいただこう、据え膳食わぬは男の恥と、手を伸ばしたとき。
突然、周囲から黄色い歓声が沸きあがった。

「やっぱり!」
「あれが黒騎士さま!」
「絶対そうだと思ったんだから!」
「噂より全然ステキ!」

サラたちの後をついてきた女の子集団は、果物屋のオジサンを押しのけて、一気にサラを取り囲んだ。

 * * *

今日の夕食も、美味しくて栄養バランスの良いナチル特製の料理と、デザートには定番になったフレッシュな果物。
もうすっかり顔なじみになった果物屋のオジサンが、毎晩必ず届けに来てくれる品物だった。

もちろん、お金は一銭も払っていない。
オジサンは、ガッハッハと豪快に笑いながら「勝手に宣伝に使わせてもらってるんだ、こいつら売れ残りだから気にすんな」と、カゴに山盛りのフルーツを押しつけて帰る。
ナチルも当初は戸惑っていたがすぐに打ち解けて、フルーツを使ったデザートのレシピについてなど、仲よさげに世間話をしている。

オジサンの来訪を迷惑に思っているのは、リコだけだ。

「黒騎士さまー!」
「サフランさまー!」

実はサフランというのが、サラの男子名。
天使母と同じく、サラは適当にインスピレーションでつけてしまった。
こんな風に、可愛い少女たちに呼ばれるなら、もっとカッコイイ名前をつければよかったと思う。

例えば「サラマンダ」とか。
もう1つ思いついた「サラダマキ」よりは良かったけど。
サフランと呼ばれるたびに、カレーライスが食べたくなるな。
今度、ナチルに頼んで作ってもらおうかな。

サラが黄レンジャーなことを考えている間、リコは「あんたたち邪魔!」と女子に怒鳴っては、「なによブスッ」とブーイングを受けていた。

かしましい女子軍団と対等にやりあうリコを見て、本当にたくましくなったもんだと、サラは感心していた。


毎日夕方頃、フルーツの配達に訪れるオジサンの傍らには、何十人もの少女たちが、ピーチクパーチクと騒ぎながらついてくる。
日が暮れる前の30分程度、オジサンがナチルと立ち話をしている間に、少女たちは道場に張り付いて、窓の外からサラを応援するのだ。

リコは、あんなの応援じゃなくて邪魔なだけとぼやいたが、女子モテに慣れているサラは全然平気だ。
むしろ少年騎士として慕ってくれる少女たちに、「いつもありがとう」と紳士を装って声をかけたり、プレゼントを受け取ったり、交流を楽しんでいる。
プレゼントのお礼に、騎士めいたしぐさで少女の手の甲に口付けたりと、なかなかのなりきりっぷり。

アレクとカリムは、そんなサラたちを見て「緊張感足りねぇ」「俺には無理」と渋い顔で目配せをするのだった。
少女たちが黒騎士に夢中のように見えて、実は「いつも奥にいるあの2人もカッコイイよね!」とささやきあっていることには、気付いていなかった。

 * * *

黒騎士の影響は、思わぬ波紋を広げる。

少女たちが道場に来るようになってから数日後、次の変化が訪れた。
夕方になると、必ず連れ立ってどこかへ出かける子どもたちを心配した親たちが、こっそり後をつけてきたのだ。

「危険な自治区へ行くなんて!」と怒り心頭な親たちだったが、噂の黒騎士サラを目の当たりにし、優美な挨拶1つで心を奪われてしまった。
よくよく見れば、アレクは領主として堂々たる態度だし、砂漠の国の王宮で王子の側近として育ったカリムは品がよく、リコも王女の侍女だけに聡明で愛らしい。
犯罪者の巣窟と恐れ、敬遠してきた自治区というイメージは、少しずつ崩れはじめていた。

領主であるアレクは、そんな状況に戸惑いを隠せずにいた。
領主になってから5年、自治区の治安を改善し、城下町との関係修復に努めてきたが、ほとんど成果は上がらずにいたからだ。
突然降ってわいた黒騎士ブームをきっかけに、自治区が変わったことがようやく城下町の住民に知られようとしていた。


さらに数日後、決定的な出来事が起きる。

「ワタクシの娘を、誑かしたのはどなた?」

お供をずらりと引き連れてやってきたのは、上位貴族の女性。
自分の娘がお忍びで出かけるのを問い詰めて、ここまで辿り着いたという。
ふんわりと広がったスカートのすその後ろで、髪をくるりと巻いて結い上げた可愛らしい少女が「黒騎士さま、ゴメンナサイ」とうなだれていた。

自治区に対する強烈な悪印象をもった貴族の女性は、サラたちの弁解を聞いてもそのレッテルを変えない。
責任者として仕方なくアレクが自己紹介したとき、それは起こった。


「まさか、あなたは勇者様では……」


貴族の女性が、動揺に美しい睫毛を震わせて、口元を覆っていた扇をバサリと落とす。
女性の表情は、サラを見つめる少女たちと同じものだった。

実は、前回の武道大会でアレクは”正体不明の騎士”として出場していた。
優勝後、王に望んだことの1つが「自分は故郷に帰った」という噂をばらまくこと。
自治区の住民にも徹底して戒厳令を敷いたアレクは、二度と見ることのできない幻の勇者として、観覧していた者に強烈な印象を残していた。

「あの勇者さまとお会いできるなんて、ワタクシ……」

5年前、貴重なプラチナチケットを得て勇者の活躍を目の当たりにしたこの貴族女性は、そんな話をマシンガントークで語った後、感極まったのかワンワンと泣き始めた。
娘も、お供の男たちも、唖然として貴族女性を見つめている。
サラは彼女の落とした扇を拾いあげ、そっとハンカチを差し出しながら、やはりアイドルは人気絶頂期に引退すべきだなと思った。

当事者のアレクはといえば、見たこともないくらい苦い顔をしながら「俺がここにいることは内密に」と伝えると、女性は涙で化粧が崩れた顔をきっぱりと上げ「女神に誓って誰にも言いません」と宣言した。
しかしそんな約束を、娘である小さな少女が守れるわけがない。
「誰にも内緒よ?あのね……」と、貴族の子女を通じて広まった噂は、当然親世代の耳にも届く。

それからというもの、貴族の中にも「幻の勇者に逢いたい!」という熱が高まった結果、大勢の供を連れて貴族様一行が来館するようになったのだ。

一気に道場の見学者が増えたため、自警団が整理に借り出された。
ぶっきらぼうながら親切な自警団の若者に、貴族は惜しみなくチップを払い、その金を手にした自警団の若者は城下町に降りて買い物をする。
わざわざ城下町へ降りるのも面倒だろうからと、果物屋の店主が仲間を誘って、定期的に行商にくるようになる。

失業者が溢れ、少しの農業で成り立っていた自治区に、初めて商業が生まれた瞬間だった。

 * * *

こうして一部に支持され始めた自治区だが、まだまだ一般には悪者の巣窟として怖がられていた。
自治区の変化が一般に広く知れ渡ったのは、黒騎士ブームから約1ヶ月後。
1つの幸福な事件がきっかけだった。

見学中にうっかり転んだところを、自警団のマジメな若者リュウに助けられた下級貴族の娘ユッケは、ささやかな恋に落ちる。
当然、身分差があると反対するユッケの両親。
そこで、リュウの仲間である自警団メンバーと、黒騎士ファン仲間の少女たちが一致団結して、見事ユッケの両親を説得し、第一号のカップルが誕生したのだ。

この身分差ロマンスは、瞬く間に貴族や城下町の若者たちに広まり、吟遊詩人によって歌となり、トリウム国全体へと広まっていった。


「私たちの結婚式には、ぜひ仲人としていらしてくださいね!」


幸せいっぱいのリュウとユッケに「黒騎士様のおかげ」と喜ばれて、サラは少し照れたのだった。


また、改築作業が一段落したため、解放された子どもたちが、ようやく道場に戻ってきた。
窓越しに見える身奇麗な少女たちを気にして、少しでもいいところを見せようと、剣や武道の訓練にも力が入る。
見学していた城下町や貴族の子どもたちは、その様子を見て「自分たちもやりたい」と言い出した。

将来は我が子を騎士や魔術師にと願う親たちは、「幻の勇者さまに指導してもらえるなら」と、アレクに交渉を持ちかけてきた。
既に開き直っていたアレクは、活気付いてきたこの街のさらなる発展のためにそれを了承。
改築したばかりの建物は、アレクが図書館にと考えていたが、あっさり第二道場になることが決まった。

子どもたちが通うならばと、自治区へ繋がる道の舗装や街灯設置などのインフラ整備が、貴族たちの出資によって急ピッチで進められた。
自治区の失業者たちは、ボランティアではない仕事を喜び、気合いを入れて作業に勤しんだ。

サラは、メガネの奥の瞳を嬉しそうに細めながら作業を見守るアレクに、そっと耳打ちした。

「この道沿いに、サクラの木をたくさん植えましょうよ」

日本で見逃してしまった、あのサクラが見たい。
それはサラのわがままだったが、アレクは「お前は天才だな」と言って、サラの髪をクシャリと撫でた。

サラの提案で、ベンチも複数置かれたその道は「サクラの散歩道」と呼ばれ、自治区初の観光名所となった。


こうしてさまざまな交流が生まれ、どんな立場の人間でも平等に楽しめる場となった自治区の道場は、子どもたちの笑い声が溢れる、城下町の憩いの場となっていった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃんモテもですが、アレク様の統治っぷりについても触れておきたかったのでこんな話に。サラちゃん王子扱いですが、皆本気で恋してるわけじゃないので、もし女子とバレてもきっと人気は変わらないのでしょう。しかし人と人が関わって、幸せが伝播するのはヨイコトです。うむ。ってこの話、ヒューマン系だったんかい。ユッケちゃんとリュウくんは、小説を読もう版の感想ページに即コメントしてくれた2人の勇者へ、ささやかなお礼を兼ねて。モチベーション上がりました!ありがとです!(もし問題アリでしたら変更するので遠慮なく言ってくださいね……)
次回、一気に大会直前まで進めます。訓練についてまとめ部分がありーの、カリム君ガンバリーノ。ガンガンスピードアップしてきますよ。

第二章(12)夕暮れの道場にて

第二章 王城攻略


夕暮れと同時に見学者は帰宅し、潮が引くように道場は静けさを取り戻す。
サラは、熱気がひいていく道場を見渡しながら、今までのこと振り返った。

なんだかこの2ヶ月弱、すごくすごく濃い時間だった。
サラ姫に召喚されて、過酷な砂漠の旅で死にかけて、盗賊に拉致されて……ジュートと出会った。
オアシスの国についてからは、自分の未熟さと戦って、リコやカリム、アレクという”戦友”ができた。

「サラ、飯行かないのか?」

道場に立ち尽くすサラに、声をかけてきたのはカリムだ。
代謝が良いカリムは訓練時に大量の汗をかくため、今では朝昼晩と3回お風呂に入る。
今日は少し暑かったので、夕食前に一風呂浴びたようだ。

「うん……考えてたの。なんだか、いろんなことがあったなと思って」

そうだな、と同意して、カリムは道場の畳に寝転んだ。
せっかくキレイにシャンプーしたのに、また髪にホコリがついてしまうよと、サラは言いかけてやめた。

カリムは自分の見た目とか、自分がどう見られているかには、まったく無頓着なのだ。
道場へ来る少女たちの一部は、確実にカリムファンなのだか、未だに会話どころか目線すら合わせようとしない。
それだけ、訓練に集中しているということだ。

カリムは仰向けになったまま、軽く目を閉じて呟く。

「アレクが、サラに感謝してたぞ」

男同士だからか、かなりの時間をペアで訓練したからか、アレクとカリムはずいぶん仲良くなった。
サラは、初対面の2人の様子を思い出して、クスリと微笑む。
2人はこっそりつるんで、夜の城下町へ遊びに行ったりもしているらしい。
置いてきぼりをくらったリーズが「ズルイよ兄さ~ん」とまとわりついている光景をたびたび見かける。

アレクは、大人だし、とても優しい。
一度懐に入れた者には面倒見がよくなるところは、とっても盗賊らしいなとサラは思った。
きっと私やリコのことも、懐の深いところまで受け入れてくれているはずだ。
なぜなら、サラたちは「俺のことは遠慮なくアレクって呼べよ」と命令されたから。

未だにリコは、アレクを呼び捨てにすることに戸惑っているようだ。
うっかり「アレクさん」と呼んでは、アレクから拳骨まんじゅうと、たまにセクハラ攻撃をくらっているが、リコはかまってもらって心底嬉しそうだ。
セクハラされてはしゃぐリコを見るたび、サラは心の中で「いやん、まいっちんぐ」とアテレコしていた。

きっとリコは、アレクが好きなんだ。
アレクの方は、リコを妹分として可愛がっているように見えるけれど……

アレクはなかなか本心を見せないので、実際はどうなのか、サラには分からなかった。
普段はマジメな話をしようと思っても、すぐセクハラでかわしてしまう。

アレクが真剣になるのは、この道場に居るときだけだ。

サラの心に浮かぶのは、ずっと自分を見守ってくれていた、指導者としてのアレクの眼差し。
サラは、もう一度道場を見回しながら、訓練のことを思い出していた。

 * * *

攻撃系の魔術を受け止めることができるようになったサラは、翌日パートナーチェンジした。

「次に武力の確認を行う。サラ、カリム、お互い聖剣で打ち合え」

覚悟していたこととはいえ、やはりサラの心は恐怖に震えた。
風の聖剣を構えたカリムの強さが、何よりその闘志が、びりびりと空気を伝わってサラの心を震わせた。

カリムの存在を怖い、傷つけられると思った瞬間。
サラに、スイッチが入った。

初めて黒剣をアレクに向けたときと同じ。
自分の理性が封じられ、黒剣と同調していくのを止められなかった。
そのままカリムへと攻撃を加えたサラは、剣術では一歩も二歩も上をいくカリムを、確実に追い詰めたのだ。

『ダメだ、サラ。そこまでだ』

気付いたときは、止められた黒剣と、至近距離に悲痛な表情のアレクがいた。
激しく打ち合うサラとカリムの剣の中心に、アレクの聖剣が挟まり、どちらの動きをも止めていた。
よほど無理な体勢をさせられたのか、アレクは「俺もう年なんだから、こきつかうなよ」と苦笑した。

あのとき、アレクが間に入ってくれなければ、サラはきっとカリムを切りつけ、傷を負わせていただろう。
アレクから隙があると指導を受けたカリムは、今まで見たことがないような、険しい表情をしていた。
サラはまた土下座して謝ったが、カリムはサラの体を乱暴に抱き起こし、「俺の力不足だ」とだけ語った。


その後サラは、何度もカリムと剣を交わした。
自分の方が、黒剣を支配していると実感できるまで。
黒剣の力とサラの肉体が上手く同調したとき、その太刀筋は美しく、軌跡が残像に見えるほど早かった。
剣のスピードに振り回されずにすんだのは、地道な基礎訓練のたまものだろう。

サラが黒剣を操れるようになると、アレクから次の指令が下される。

「サラ、カリムの攻撃を避けずに受けてみろ」

カリムはアレクに反論しようとしたが、これもサラの能力確認のためと察したのか、しぶしぶうなずいた。

「いいよ。遠慮なくやっちゃって」

サラは、目を閉じてカリムの剣の衝撃を待った。
魔術訓練のときと同じように、自分の心を強く持ち、怖がって襲いかかろうとする剣を押さえ込んだ。

魔術ではダメージを受けないサラも、直接攻撃では普通の人間と同じようにダメージを受ける。
黒剣も、サラの意識の支配下では、沈黙する。
確認したかったのは、その2点。
そして、サラはケガを負った。

ケガといっても、右肩に大きなアザができた程度なのだが、2~3日は触れると飛び上がるほど痛かった。
唇を噛んで謝罪するカリムに、サラは「お互い様だよ」と笑った。
あのときから、カリムとの信頼関係も、ゆるぎないものになったような気がする。

「お前の弱点は物理攻撃だな。剣を最大限活かして、全ての攻撃をかわせるようになれ」

アレクの激が飛ぶ中、サラはカリムと戦い続けた。
時には、剣を奪われたという想定で、素手による攻撃も行った。
合気道でカリムを投げてみると、アレクもカリムも「その技は何だ?」と詰め寄ったので、サラは慌てて「ネルギ王族に伝わる奥義です」と微妙な説明でごまかした。

その後、リコやナチルとペアを組むことで、癒しと補助系の魔術をすべて体験した。
どんな種類の魔術でも、魔力を持たないサラには効果が無い。
ただ、癒しやスピードアップなどの補助魔術も跳ね返せると気付いたときは、アレクも「お前を味方にすると便利だな」と面白がっていた。

 * * *

最後の課題は、アレクとの対戦。
今までとは違って、容赦ない魔術攻撃を受けた。

ぶつけられた魔術の一部を吸収し、威力を減らした上で、一部を跳ね返す。
武道大会で強力な魔術師と当たったとき、魔術反射で相手に深刻なダメージを与えて、失格にならないために。

相手がどんな種類で、どんな威力の魔術を放つのか、瞬時に見極めるだけでも至難の業。
その上、どのくらい吸収するかも判断しなければならない。

吸収するには、サラが相手の存在そのものを受け入れることが必要だ。
サラは何度もアレクを傷つけながら悟った。
リコの魔術を受け止めることができたのは、長い旅を共にしてきた親友だったから、すんなりと上手くいったのだ。


『戦うことは、相手を信じること』


初対面の、しかも自分への敵意を振りかざす武道大会の対戦相手に、そんなことができるのだろうか?
アレクは苦悩するサラを叱咤し、サラが力尽きて倒れるまで訓練に付き合った。


さまざまな角度から行われた訓練で、サラの能力は少しずつ明らかになっていった。

サラが操りやすい魔術は、火、風、光。(攻撃系)
逆に操りにくい魔術は、水、木、土。(防御系)

操りにくいとはいえ、防御の魔術や結界も、サラが相手の体に直接触れただけで消えてしまうことも分かった。
アレクは「お前の力、刺客とかヤバイ人間に利用されかねないから、このことは極秘に」と真剣な表情で言った。

ちょうどその頃から道場が騒がしくなってきたので、サラの訓練は基礎体力と素早さを上げるセルフトレーニングが中心となった。

「魔術師と対戦する場合も、魔術を放たれる前に相手を打撃で倒すように」

アレクはさも簡単そうに命じてくるが、求められるスピードや体力は尋常ではない。
サラの体は毎日悲鳴を上げ続けた。
箸を持つだけで痛みを感じるほどの筋肉痛を繰り返した結果、着実に体は引き締まり、動きが軽くなっていった。

明日は、第二道場がオープンする。
こちらの道場は完全クローズドとなり、大会前の総仕上げだ。
剣士、魔術師と、それぞれが攻撃・防御の魔術を合わせて使ってきたときの、細かなシュミレーションを確認する。

卒業試験は、アレク、リコ、カリムが敵となり、3対1で戦うこと。
この3人に勝利できたなら、サラは誰をも凌駕する強さを身につけたことになるだろう。

 * * *

「サラ?」

ぼんやりと回想していたサラに、寝転んだままのカリムが、首だけこちらを向いて声をかける。
サラは「ゴメン、ぼーっとしちゃった」と微笑んだ。

この道場に足を踏み入れたとき、私は本当に弱かった。
アレクには、いろいろなことを教わったし、どんなに感謝しても足りないくらいなのに。

「そうそう、アレクが私に感謝って、どうして?」

しいて言えば、果物屋のオジサンが、毎日美味しいフルーツをくれるきっかけを作ったくらい?

サラが首を傾げながら問いかける。
カリムは、くすんだ天井の木目を見つめながら、アレクの気持ちを代弁した。

「アレクにとって、この自治区で一番の課題は、人種差別だったんだ」

サラを中心として、広がっていった交流の輪。
一番驚いていたのが、アレクだった。

見かけによらずシャイなアレクにとって、サラの王子キャラは衝撃的だったらしい。
アレクは、サラが気軽に女子モテしたり、怒った親が怒鳴り込んできても逆に取り込んでしまったりするたびに、内心カルチャーショックを受けていたそうだ。
そして、貴族でも荒っぽい自治区の男でも態度を変えず、笑顔で接するところを見てきた。

「きっと王宮で、悪意にさらされることなく純粋に育ったのだろうと、アレクは言ってたぞ」

カリムはくすっと笑い、つられてサラも笑った。
自分が身代わりの姫であることは、まだアレクたちには内緒だ。
無事に王城へ行き、使命を遂げたら打ち明けようとサラは決めていた。

「もうすぐ、大会だな」

心地よい体の疲れが、カリムの頭を麻痺させているのだろうか。
今日のカリムは、いつになく饒舌だ。
サラはうなずくと、カリムの隣にごろんと寝転んだ。
訓練中は何度も痛い思いをさせられたこの畳が、今はやわらかくサラの体を受け止めてくれる。


武道大会のことを考えると、サラの胸はツキンと痛む。
昨日リコに起こった、悲しい出来事。
アレクから、今のリコでは大会で勝つことはできないからと、戦力外通告を受けてしまったのだ。

3人の中では、1人実力の足りないリコ。
全員同時参加の予選中、サラはきっとリコをかばってしまうだろう。
それを見越したアレクは、足手まといになるくらいなら出場はあきらめろとリコに告げた。
サラとカリムは何も言えず、道場を飛び出したリコを見送った。

そして、今朝。
一晩泣きあかしただろうリコは、まだ赤く腫れぼったい瞳のまま、笑顔で言い放った。

「ハッキリ言っていただいてありがとうございました。これからはサラ様のサポートに徹します」

と。

リコはこの国に来てから本当に強くなったと思う。
人は、自分以外の誰かのために、こんなにも変われるんだね。

ねえ、ジュート。


「……私も、少しは変わったかな?」


思わず口に出てしまった、ジュートへの言葉。

カリムは「ああ、たぶんな」と呟いて、横に寝転んだサラの手をそっと握った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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全体、サラちゃんの回想風にしてしまいました。だって話がなかなか進まないんですもの……作者の技量の無さでスンマセン。鬼アレク様の指導っぷりちゃんと描けなくて残念。リコちゃんのドキドキ片思い&まいっちんぐっぷりも。だけど、カリム君の勇気ある行動だけは書きたかったんです。大学サークルorゼミ合宿経験者の皆さま!こんな甘酸っぱい経験ございますでしょーか?なんとなく夜に気になる子と2人っきりになれて、語りモード入って……うっぷす。カリム君には手をつなぐくらいがせいいっぱい。それを親愛ゆえの励ましと受け取る小悪魔サラ。頭はジュートのことでいっぱい。あー甘じょっぱ。
次回、第二章ラストに向けてこれから大会突っ走ります。作者趣味のあのキャラ&新キャラ登場予定です。

第二章(13)再会と、2匹の猫

第二章 王城攻略


城の真上に、華麗な花火が上がった。
城下町の人々は皆歩みを止め、空一面に広がる色とりどりの光に歓声をあげる。

サラは「たーまやー」と心の中で呟きつつ、久しぶりに見る花火を堪能した。
中学2年生の夏、お母さん&パパたちと夏祭りに行って以来の花火。
去年は受験生だったから、季節のイベントは誕生日とクリスマスだけだった。

いろんなことを我慢して、せっかく受かったのにな……

「サー坊、花火見えた?」

サラの斜め後ろから、リーズが声をかけてくる。
満員電車のような人ごみのなかでも、リーズの頭はぴょこんと飛びぬけていて、目印に便利だ。

「うん。見えたよっ」
「なーんだ。俺、肩車してやろうと思ったのに」

そんなにチビじゃないやい!と、サラはリーズの胸を軽く殴るフリをした。

 * * *

サラたち6人は市場通りをぶらぶらした後、少し裏通りに落ち着ける店を見つけた。
あまりの人の多さにもみくちゃにされた6人は、ややぐったりしながら席についた。

武道大会は5年に一度のお祭りと噂には聞いていたけれど、ここまで盛況とは思わなかった。
経験者はアレクとナチルだけ。
ナチルはその頃あの過酷な境遇にいたが「武道大会では……稼がせていただきました」と恥ずかしそうに言っていたので、まあそれなりに楽しく過ごしたようだ。

「では、サラとカリムの健闘を祈念しまして……乾杯っ!」

朝一番で出場申請を済ませたサラとカリムに、皆がグラスを寄せてくる。
サラは「ありがとっ」と言って、カチンをグラスを合わせると、中身のジュースを豪快に一気飲み。
リーズの音頭で始まった宴会は、大いに盛り上がった。

アレクは、多少の酒では酔わないようで、酔っ払って口を滑らせがちなリーズを下ネタでいじっている。
出場しないことになったリコは、ちょっとだけアルコールの入ったカクテルを注文し、慣れないお酒でほんのり赤くなっている。
普段は柱の影からそっと眺めるだけのアレクを、今は目をとろんとさせて凝視しているが、たぶんアレクは気付いていないだろうし、リコも覚えていないかもしれない。

カリムは、アレクたちのやり取りを適当に聞き流しつつ、ジンジャーエールをチビチビ飲んでいる。
気が効くナチルは、料理を取り分けたりお代わりを頼んだり、たまにアレクへ鉄拳をお見舞いしたりと、見事な采配。
サラも、美味しいものを食べて笑って、緊張や不安に押しつぶされそうな心を解放していった。


食事もあらかた片付き、会もそろそろお開きという頃に、サラはナチルから声をかけられた。

「では、ここでサー坊様にプレゼントがありまーす」

響き渡る拍手の音で他の客からも注目され、サラはちょっと照れながらナチルの差し出す紙袋を受け取る。
袋を開けてみると……

「うわっ!」

入っていたのは、黒く艶やかな生地の騎士服だった。

サラは今まで、オアシスの男が普段着ているのと同じ、だぼっと生地がたるんだTシャツのような上着に、幅広のハーフパンツを着て過ごしていた。
いずれも、麻と綿が混ざったような、ゴワゴワして強い生地。
こんな高級そうな生地を触るのは、この世界に来てから初めてだ。
実際に城を守る騎士によく見られる、豪華な飾りはついていないが、その分シンプルで充分カッコイイ。

「実は、ワタシとリコ様で縫ったんですよ」
「ありがとう!嬉しい!」

サラは丁寧に畳まれていた服を広げる。
すると、服の間からバサリと何かが落ちた。

「あっ、それもつけてくださいね?」

それは、金髪のカツラだった。
アレクが、サラが噂の黒騎士だと対戦相手にバレないように、わざわざ取寄せてくれたとのこと。
さらに袋の底には、なにやら説明文のついた黒い布。
リコに読み上げてもらったサラは、しばし絶句した。

『空気は通すが砂は通さない!3層構造で丈夫長持ち!砂漠のお供に……顔面ガード帽(色:ブラック)』

目から下全体を覆い隠す、いわゆる目出し帽だった。

「いろいろ、ありがと、ね……」

どうやらサラは、前回大会のアレク以上に、怪しい騎士として戦わなければならないらしい。

 * * *

サラが「月光仮面セット」と名づけた、その変身グッズを紙袋にしまっているとき。
背後から誰かが近寄ってくる気配がして、サラは戦闘モードで振り返った。

「おっ!やっぱりおめーらか!」

そこにいたのは、意外な人物だった。
サラの救いの神こと、あのひげもじゃ盗賊だ。
相変わらず立派なひげをもじゃらせて、ニヒルな笑みを浮かべている。

「ヒゲオヤジ!」
「よー、アレク。5年ぶりじゃねーか!」

立ち上がったアレクを、ガッシリ抱きしめたと思いきや、整ったアレクの顔に張り手を一発。
メガネをかけていたらきっと吹っ飛ばされて壊れただろう、かなりの威力だ。
アレクもお返しにと、ひげもじゃのアゴに拳骨アッパーを返す。

「痛えな」
「ああ、こっちもだ」

頬とアゴをさすりながら、2人は満足そうに笑いあった。
これが盗賊流のあいさつということなのだろう。
いや、リーズが若干引いていたので、この2人限定のあいさつなのかもしれない。

リーズとカリムは、大きくゴツい手でワシワシと頭を撫でられ、サラとリコは「姐さんとお嬢ちゃんも元気そうだな」と微笑まれた。
かなりガサツだけれど、なかなかイイヤツだ。
ひげもじゃに会うのは初めてのナチルが、いつもどおり丁寧に挨拶すると、ひげは少しそわそわと後方を気にした。

「アレク、このちびちゃんが、もしかしてお前の……」

ひげもじゃが何か言いかけたと同時に、リーズがひっと息を飲んだ。


『アーレークー……』


地の底から響き渡るような声とともに、ひげもじゃの後方に1人の女性が現れた。
一見、盗賊の仲間とは思えないような、ゴージャスなドレスを身にまとった美貌の女性だ。

真紅のタイトなドレスは、彼女の体にぴったりとまとわりつき、深いスリットからのぞくスレンダーな白い脚がなまめかしい。
美しいシルバーの髪が豊かに波うち、大きく開けられたドレスからのぞく胸の谷間へと垂らされている。
リコを軽く凌駕するそのボリュームに、サラは目が点になった。

彼女はアレクを睨みながら近づいてくる。
アレクと同じ漆黒の瞳には、怒りの炎が燃えているようだ。

「あんた、幼女のメイドを囲ってるって、本当だったのね!」

カツカツと、ブーツのかかとを鳴らしながら、歩み寄る女性。
元々背の高い彼女は、ブーツのヒールによってさらに上げ底され、アレクと同じくらいの目線だ。
サラが人生で初めて見る、妖艶で雌豹タイプの美女だった。

「エシレ!」

アレクは逃げようとしたが、しばし硬直したことが時間のロスとなり、あっさり美女に捕まった。
アレクのシャツの襟元が、美女の力強い腕で引き寄せられ……

「お仕置きよっ!」

アレクの顔と美女の顔が、ぴったりと密着した。


サラは、初めて至近距離で見る”生うにうにチュー”に、目が釘付けになった。
ショックで思考停止していたリコが、何秒か遅れで悲鳴を上げかけたが、その直前にリーズが爆弾発言を落とす。

「いいかげんにしろよ、エシレ姉さんっ!」

こんな公共の場でと、しかめ面のリーズ。
アレクから顔を離した美女は、「私にそんな生意気なことを言う口はどれかしら?」と呟き、リーズにもアレクと同じお仕置きをくだす。
精気を吸い取られたのか、アレクはテーブルにつっぷして動かない。

美女はリーズが涙目でゴメンナサイと言うまで拘束した後、ゆっくりとリーズから顔を離し、サラたちに微笑んだ。

「さ、ワタシと次にあいさつしたいのは、だぁれ?」

サラとリコは顔を引きつらせ、カリムはそっとひげもじゃの影に隠れた。
ナチルだけは、けろっとした表情で「アレク様のお姉さまなら、私も容赦しませんわ」とファイティングポーズを作った。

 * * *

エシレは、現在27才。
アレクとリーズの姉、つまりおばちゃんの子どもつながりだ。

「んじゃあらためて、カンパーイ!」

明日があるからとしぶるアレクを姉の権威で押さえつけ、なし崩しで2次会がスタートした。
ひげもじゃは、盗賊内トーナメントを勝ち抜いて、明日から始まる武道大会に参加することになったと嬉しそうに報告してきた。
現在ひげもじゃの一番の恋人であるエシレは、観光を兼ねてくっついてきたそうだ。

「気付いたら、こいつが荷物の中に入ってたから、さすがの俺もちびりそうになったぜ」

旅の荷造りを手伝うからと、ズダ袋に重い缶詰をみっちり詰め込んだエシレは、出発直前にその缶詰を抜いて、自らが袋に納まったという。
かなり無茶な話だが、もしかしたら例のアメリカンな挨拶と同様に、このへんも盗賊ニアンジョークで、ちょっと大げさなのかもしれない。

「だって、可愛い弟たちに会いたかったんだもの」

ひげのひざの上に座り、その首に細い腕をからませて、もじゃっとしたあたりに頬を埋めながら話すエシレを、案外タフなリーズ以外は直視できずにいる。

「へー。でもせっかくなら、姉さんも出場申請すればよかったのに。魔力強いんだからさー」
「いやよ。私、野蛮なこと嫌いなのっ」

白く細い指で、ついっとひげの胸元をなぞりながら、エシレは答える。
金髪ヅラの前髪のスキマから見ていたサラは、「あなたの態度がすでに野蛮ですよ」とツッコミたかったが、エシレのうにうにチュー攻撃を恐れて口をつぐんだ。

「リーズ、あんたは出ないの?そのスプーン……」
「わぁっ!」

落ち着いて会話していたリーズが、突然慌てだす。
バタバタと長い両腕を振って、何かをごまかそうとしているしぐさが、明らかに怪しい。
ひげは、ひざのうえのエシレを軽く片腕で抱きなおして向きを変えると、ズボンのポケットから何かを取り出した。

「そういや、ちょうど明日の朝お前んとこ寄ろうと思ってたんだ。手間がはぶけたな」

ひげが差し出したのは、5つの小袋。
ちょうど手のひらサイズの、黒い巾着袋だ。

「リーズ、お前これ頭領の部屋に忘れてっただろ?」

頭領という単語にビクッとして固まったリーズは、恐る恐るその小袋に手を伸ばす。
リーズ流の定番おしゃれアイテム、ポケットチーフならぬポケットスプーンが、カチャリと音を立てた。

「いいなぁ。これ私も欲しいな」
「俺の分、大会が終わったらお前にやるよ」
「ホント?嬉しい……」

イチャイチャし始める恋人たちと対照的に、リーズの表情は固い。
酔いはすっかり覚めてしまったようだ。
この小袋を砦に忘れてしまったことが、それほどマズイことだったのだろうか?
心配げに見守るメンバーに、リーズはガバッと勢い良く頭を下げた。

「ゴメン、リコ!これがあったら、君も大会に出られたかもしれなかったのに!」

こんなものに、一体どんな力があるというのだろう。
サラは、小袋を凝視する。
リーズは、アレク、ナチル、カリム、リコ、そして最後にサラへと、小袋を配った。

サラが小袋を手にとっても、何も変わらない。
だが、他の4人は違った。

カリムは、落ち着いてはいるものの、怪訝そうに眉根を寄せながら小袋を摘んでいる。
アレクとナチルは、手にしていた箸を取り落とし、リコは目をまん丸にしてリーズを見つめた。

いや、正確にはリーズの胸元を。


『ダーリンたら、本当にうっかりさんなんだからぁ』
『今の今まで、本当に忘れてたんでしょー。まったくぅ』
『でも、そんな抜けてるとこも好きだな』
『あっ、あたしだって好きだもん!』


状況を察したリーズは、リコをチラッと見て言った。

「えっと、このスプーンはね、実は……」

歯切れが悪いながらも、一生懸命言葉をつなぐ。

「そう、実は、光の妖精の……」

リコは、ゴクリと唾を飲み込む。


「飼ってた猫が、いたずらで変化させられたんだ!」


なあ、猫ちゃん?

リーズが胸元のポケットをさわさわ撫でる。


『そ、そうだ……にゃん。あたしたち、本当は猫にゃん』
『光の妖精に、いたずらされちゃったの……にゃよ』


アレクは、肩を震わせたかと思うと、他の客が驚くくらいの大爆笑。
リコは「やだっ!カワイイっ!」と瞳をキラキラ輝かせた。
ナチルは「世の中には不思議なこともあるものですわね」と、感心しきりでうなずく。

サラは、彼らの台詞の意味がさっぱり分からず、同じように不思議顔のカリムと首をかしげ合った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ヒゲ、また出してしまいました。名前あったんだけど、ヒゲという愛称で通すことに。新キャラは姉でした。そうです、ヒゲとボインにしたかったんです!こんな風にテキトーに決まっていく、この物語の主要キャラ……。沈黙を守っていたスプーンズ、お守りパワーでついに解禁です。これでようやくリコちゃんのリーズヘンタイ度ダウン。でもヘタレ扱いは変わらず。正直に言って引かれちゃうのが怖かった少年ボーイなリーズ君でした。好きな子の相談相手ポジションってなんだかんだ気楽だしね。サラとカリムは魔力が足りなくてスプーンズの声は聞こえず残念。ちなみになぜ猫なのかというと、銀のスプーンという猫餌から。
次回、今度こそ大会スタート。まずは予選をどう切り抜けるか……の前に、姉さん事件です!カリム君の身に何かが起こる?

第二章(14)剣の痛み

第二章 王城攻略


薄いカーテン越しの眩しい朝日で、サラは目が覚めた。
いつもはギリギリまで寝ていて、リコにやさしく……最後は容赦なく叩き起こされているサラにしては、珍しいことだ。

うーんと大きく伸びをして、カーテンを開けめいっぱい朝日を浴びる。
光を浴びることで人間の体内時計はリセットされるのだと、何かの本で読んでから、朝日のシャワーはサラの大事な習慣だ。

それにしても、昨夜の激励会は本当に面白かった。
乱入した2人の盗賊には驚かされたけれど、なんだかんだ気分転換できた。
屋敷に戻るとバタンキューで、夢も見ずにぐっすり眠れたはずなのだが、やはり無意識に緊張しているのだろうか。

カーテンを閉め、寝巻き代わりのワンピースを脱ごうとして、サラはふと思った。

昨日もらった変装……じゃなくて戦闘服、どこで着たらいいのかな。
まさかこの屋敷から、月光仮面が出ていくわけにもいかないだろうと、サラはベッドに座り込んだまましばし思い悩んだ。

 * * *

予選当日、つまり決勝トーナメント前日の城下町は、昨夜より一段とパワーアップしていた。
人の波は統率の取れていない蟻の行軍のようで、とうてい真っ直ぐには進めない。
サラたちもその流れに巻き込まれてしまった。
こんなことなら、ちょっと遠回りだけれど裏道を選べばよかったと思うが、後の祭りだ。

「予選会場へ行く者は右端を通るように!それ以外の者はなるべく道をあけて!」

騎士が2人、ロープを操りながら人の流れをコントロールしようとするが、勝手に押されてしまうのだから仕方ないと開き直った観光客の集団には、焼け石に水だった。

サラとカリムは、アレク、リコ、リーズにガードされながら、なるべく道の右端を歩いていく。
ナチルは、彼女を狙う刺客の存在を恐れて、屋敷で留守番だ。
きっと今日明日は、王族を狙う暗殺者たちも活気付くのだろう。
今この瞬間にも、絶好のチャンスと舌なめずりしているのかもしれない。

でも、そんなことはさせない。

サラは、一昨日行われた最後の訓練を思い出す。
アレク、リコ、カリムを敵にまわしての、3対1の実戦。
何度も打たれ、倒れて、それでも立ち上がり、ようやく手にした勝利がサラの自信の源だ。
ようやく見えてきた王城を見やりながら、サラは考えた。

サラ姫にとって、私は単なる駒の一つ。
私が和平を掴み取るか、刺客の罠が成功するか、どっちに転んでもいいやと思っているはず。
だけど、私は絶対に勝つよ。
正々堂々と戦ってね。

その決意に満ちた真剣な表情は、もっさりした金髪ヅラと怪しいマスクに隠され、誰にも伝わらなかった。

 * * *

いつもの3倍もの時間をかけて、ようやく予選会場である王城正門前に到着した5人。

「一旦、ここでお別れだな」

アレクは何も言わず、サラとカリムの頭を、いつものようにぐしゃぐしゃと乱暴になでた。
ヅラがズレそうになり焦るサラを見て、またくすくすと笑い始めるアレク。
リーズがたしなめても、サラの顔を目の端に入れただけで、プッと噴出してしまう。

本当に笑い上戸なんだからと、サラはアレクを睨んだ。
もしかしたら、単に面白がってこんな変装をさせたのではと疑ってしまうくらい、アレクは遠慮なく笑っている。

「サラ様、どうかお気をつけて。カリムも」

サラ様を守ってねと、瞳に力をこめてカリムを見つめるリコ。
カリムは、こくりとうなずいた。

カリムの服装は、いつも道場で着ている生成りの練習着のまま。
それくらいの方が、リラックスして大会に望めたのかもしれないと、サラは自分の変な格好を見ながら思った。
サラの戦闘服を縫い上げたリコも、そのヅラとマスクが無かったらどんなにステキだろうと想像し、現実のサラを見て大きなため息をついた。


アレクとリコが名残惜しそうに去った後、気合いを入れなおして城門の脇の受付へと向かうサラ。
開始時間より少し早めについたので、今なら並ばずに受付を済ませられそうだ。
2人は、城門に向かって歩き始めたのだが。

不意にカリムが立ち止まり、「ちょっと先に行っててくれ」とサラから離れた。
それは、砂漠の旅でよく行われたやりとり。
でも、トイレなら城の中にもあるはずだし、カリムは少し1人になりたいのだろうとサラは思った。

なんだかんだ、カリムも緊張しているのかもしれない。
いつも仏頂面だからわかんないけど、案外繊細なんだな。

サラは、わかったよと苦笑して、単身受付へと向かった。

カリムはサラが城門へ入るのを見届けた後、くるりと踵を返すと、今来た城下町とは違う城壁沿いの道へと歩みはじめた。

節くれだったその手には、昨日リーズから渡された光のお守りが握りしめられていた。

 * * *

強力な結界で守られた王城周辺は、城下町とはうってかわって静けさに包まれていた。
それでも、この街を初めて訪れた無知な観光客集団が、おしゃべりしながら興味本位で城に近づいてくる。
そんな観光客たちを避けながら、ぶらぶらとあてどなく歩くカリム。

リコの望みどおり、サラを守る。
そのことに異論は無い。
しかし、カリムが感じるのは、まったく別の考えだった。

もしかしたら、自分もリコと同じ立場ではないだろうか?

一昨日の夜、サラは強かった。
中途半端な気持ちでは、守るどころか自分が足手まといになりかねない。
大会中はなるべく離れて、お互い別のやり方で優勝を目指すべきかもしれない。

自分の取るべきスタンスを決めたカリムは、元来た道を戻ろうとした。


『キャーッ……!』


カリムの耳は、かすかな女の悲鳴を捕らえた。
尋常ではないその声色に、とっさにカリムは駆け出した。

体が、羽が生えたように軽く感じる。
アレクの指導はさすがで、体調的には今がピークだ。
それなりに体重のある自分が、風の魔力に頼らずにこのスピードで走れることが、カリムには信じられなかった。

冷静に自分の力を分析する一方で、ガンガンと鐘が鳴らされるように心臓は激しく動く。
これは、今までに感じたことの無い胸騒ぎ。
左手に握りしめたお守りを通じて伝わってくる、わけの分からない予感が、カリムを急き立てていた。

『……ヤッ!』

再び、女のかすれた悲鳴が聞こえた。
声の方へと、ぐちゃぐちゃに道を曲がり、民家の庭を突っ切り。
辿り着いたそこは、城壁からさほど離れていないものの、人気のまったく感じられない路地裏だった。

黒いマントの男が2人、女を組み伏せている。
女は1人の男に後ろから羽交い絞めにされ、口を塞がれてくぐもったうめき声を上げている。
女の正面に立つもう1人の男が、ベールをかぶった女の顔を斜め下からのぞき込むと、ニタリと笑った。

笑みと同時に、繰り出される短剣。


「やめろっ!」


カリムは叫びながら、短剣を持つ男に突進した。
体当たりしたカリムだが、思っていたような手ごたえはなかった。
男はカリムがぶつかる直前に、ひらりと体をかわすと、手にした短剣をカリムの背中に容赦なく突きたてた。

「ぐうっ……」

鋭い痛みが、カリムの全身をこわばらせる。
目の前で火花が散るような、チカチカした光の点滅が見える。

まずい。
これは意識が飛ぶ前兆だ。

男が次の攻撃に移ろうとしたのを察したカリムは、痛みを忘れ自分の背中に力を入れる。
カリムの体に深く突き刺さった短剣がうまく抜けず、武器を失った男は、ひょいっと身軽に飛び退りカリムと距離を置いた。

すると、女を羽交い絞めにしていた男が、チッと舌打ちして女を放り出す。
同じ短剣を振りかざしながらカリムに襲い掛かってくる男の姿が、カリムにはスローモーションのように見えた。
早く剣を抜かなければと焦るものの、ちょうど右肩を刺されたため、利き腕の右手にはまったく力が入らない。

女はガタガタと震えながら、路地の真ん中にへたり込んでいる。


どうする……どうすればいいっ!


それは、無意識に行われた。
カリムは、左手で握りしめていたお守りを、天に向かい突き上げていた。

次の瞬間、カリムの左手は小さな太陽へと変化した。


「くそっ……光の魔術師かっ!」


神々しいほどに眩しい光が放たれ、塀に囲まれた薄暗い路地を照らす。
カリム自身も、眩しさに目をやられ、視力を失った。

 * * *

カリムが目を閉じていたのは、どのくらいの時間だったのだろうか?
手の中の光は小さな礫へと変化し、やがて何事もなかったかのように消え去っていた。
視力を取り戻したカリムが周囲を見渡すと、すでに男たちの姿は無かった。
このお守りに宿るという光の精霊の力を、カリム自身の魔力と勘違いしたのだろう。

カリムの視界に映るのは、おびえきった女が1人。
ベールのせいで顔は見えないが、上等な布地の服を着た若い女だった。
きっと、観光にでも訪れた地方貴族の娘なのだろう。
供とはぐれたのかもしれない。

「おい、無事か?」

腰が抜けたのか、座り込んだまま呆然とカリムを見上げる女に、カリムは声をかけた。
女はその声で我に帰ったのか、泣き声混じりの悲鳴をあげた。


「人をっ……手当てができる者を、呼んでまいりますっ!」


そういや、初めて剣で切られたのか、俺……

ドクドクと脈打つ背中から、何か熱いものが湧き出て、カリムのシャツの背中を濡らし、べったりと皮膚に張り付く。
シャツが受け止めきれなくなった分はボタボタと地面へ落ち、カリムの足元に血溜りを作っていく。

最初から、聖剣で切りかかっていけば良かったんだ。
それができなかったのは、自分の甘さだ。

畜生、痛えな……

ほっそりとした女の後ろ姿が、遠く小さくなっていく。
ゆっくりと暗幕が下りるように、カリムは意識を手放した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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ようやく予選開始……と思ったらその前に、カリム君名誉の負傷でリタイヤです。訓練頑張ったのにゴメンよー。けっこう重傷ですが、このままぽっくりとはいかないのでご安心を。つかようやくカリム君活躍させられてホッ。某消防士マンガによると、男の子は本当に痛くても痛いって言わないらしいと聞いて、こんな感じになりました。第一章では無口で地味ムッツリな小僧っこだったけど、多少は面目躍如?
次回は、本当に本当に予選に入ります。もしサラちゃんがここであっさり負けたら……ま、王道なので、たぶんトントン進むはず?
※通りすがりさんから、誤字脱字のご指摘&夢中で頑張るAQにエールを一言いただきました。感謝です!

第二章(15)サラの初陣

第二章 王城攻略


「もう!カリムの馬鹿!やっぱり男ってイザってときに弱いんだから!」

なかなか戻って来ないカリムに業を煮やしたサラは、いつかの砂漠と同じ台詞を呟く。
ただでさえ珍妙ないでたちだというのに、城門付近でいつまでもうろうろしているサラを、明らかに怪しむ受付係の騎士2人。
その視線に耐えかねたサラは、しぶしぶと王城の奥へ進んだ。

 * * *

予選会場は、王城に仕える騎士の訓練場。
ちょうど野球のグラウンドくらいの広さで、多くの騎士たちが日々踏みしめた固い土と、一部に武術の訓練をするための芝生のスペースがある。
さらに奥には厩舎があり、乗馬訓練も行われているようだ。

厳しい規律を守り、国と王族に命をささげる王城の騎士たち。
今、そんな騎士たちのかわりに訓練場を埋めているのは、全国から集まった腕自慢の猛者たちだ。

サラがざっと見たところ、半分ほどが騎士、三分の一ほどが魔術師、残りは盗賊なのかゴロツキなのか、とにかく目つきも身なりも悪い男たち。
サラのように華奢な少年はいないが、魔術師の中にはか細い女性もちらほら混じっている。

突然カリムとはぐれて不安になったサラは、仲間を求めるように女性魔術師の近くに寄っていったが、怪しいマスクの男を警戒したのか、逆に彼女らはじりじりと距離をあけていく。
サラは「確か大澤パパがくれた本に、人は見た目が何割……とかいうのがあったな」と、遠い目をした。


『予選参加者の諸君!注目せよ!』


突然、大きな声が鳴り響いた。
サラは、寺の鐘を鳴らした後のような、ワアーンという不快な余韻を耳の奥に感じ、とっさに両手で耳を閉ざした。
きっと魔術を使って、全員に声が届くようにしているのだろう。

『ただいまより、予選のルールを伝える!一度しか言わないので良く聞くように!』

1.この訓練場を自ら出たもの
2.別の参加者に、癒しの魔術で復元できない傷を負わせたもの
3.剣1本、指輪または杖1つ、合計2つ以上の武器を隠し持ったもの

この条件に当てはまった参加者は、即失格となる。
受付時に同じ言葉と、魔術師による簡単なチェックを受けていたため、この場にいる参加者たちはまだ落ち着いている。

サラは、再度確認するように、自分の懐に差した黒剣をぐっと握りしめた。
胸ポケットには、リーズから渡されたお守りがある。

昨日みんなに配られた小袋の中身が、あの日切り落とした自分の髪だと聞いたとき、サラは正直「オエー」と思った。
袋を指でつまんでみて、ザリッとした髪の束の感覚がすると、背筋がゾゾッとする。

髪の毛って、頭から生えてるときはいいけど、抜けたとたんに不気味な存在になるのはなぜだろう?
こんなものに、不思議な効果があるなんて、とうてい信じられないけれど……

サラは胸ポケットをまさぐると、小袋の存在を確認して、吐息をつく。
魔力ゼロのサラには、小袋の恩恵などわからないが、一応持っておくようにとアレクから言われていた。
ひげからは、盗賊たちがとても喜んだこと、なにより頭領が気に入っていたことを聞いてしぶしぶ受け入れたのだが、本音としては「そんな気持ち悪いもの捨ててよ」と言いたかった。

そういえば、ひげもこの会場にいるんだっけ。
アイツでもいいから、ちょっと一緒に居て欲しいなぁ。

サラはきょろきょろと周囲を見回すけれど、とうてい人探しができるような状況ではない。
背が高くごつい男たちに囲まれ、サラは完全に埋もれてしまっている。

予選にエントリーしたのは、230名。
決勝トーナメントに残れるのは、たったの16名。

『では、これから予選の内容を伝える!』

会場脇に控えていた監視員を兼ねる王城の騎士たちが、一斉に動き出した。
各自、ワゴンを押しながら近づき、参加者1人1人に水の入ったグラスを渡していく。
サラもグラスを1つ渡されると、なみなみと注がれた水をじっと見つめた。

なんだろう。
これを口に含んで、にらめっこ勝負でもさせようって?

チープなお笑い番組にありがちな絵を想像するサラの頭に、責任者からルールを告げる声が響いた。


『このグラスを壊してはいけない。水を空にしてもいけない。残った16名を勝利者とする!』


始め!という合図と同時に、片手を封じられた猛者たちのサバイバルゲームが幕を開けた。

 * * *

予選のルールをいち早く解釈したのが、一握りの魔術師たち。
防御魔術に自信があるそれらの魔術師は、瞬時に自らの体を包む結界を張った。
体をつつむ水の膜を作る者や、土ぼこりを巻き上げて目くらましをする者、固い壁を作り出す者など。

腕力で結界を破るのは、それなりに骨が折れる作業だ。
魔力が消費され弱まるまで、時間をおくしかない。
防御系魔術がそれほど得意でないものや、武力系に頼る騎士たちなど、大多数は結界を張った魔術師をひとまず無視することにした。

手当たりしだい、自分の近くに居た相手に剣や槍で襲い掛かる騎士。
攻撃魔術で、騎士たちのグラスを狙う魔術師。
相手にケガをおわせないよう、ピンポイントで手元を狙っていく。
しかし、攻撃に集中しすぎると自分の手元がおろそかになってしまう。

要領の悪い者、運に見放された者は、実力が出しきれないまま次々と脱落していった。


開始の合図とともに、サラのすぐとなりでも戦闘が起こった。
うっかり利き手にコップを持ってしまったのか、剣を抜けずに立ち尽くした騎士が、風の魔術を操る魔術師の男に体を倒されてコップの水を派手にぶちまけた。

水が、ぴしゃりとサラの靴先にかかる。
サラが顔を足元に向け、再び上にあげると、してやったりという表情の中年魔術師がいた。
魔術師は、先ほどと同じように、サラに向けて指輪をはめた手のひらを突き出した。

風の精霊が、魔術師の召喚に従い、立ち尽くすだけの獲物へと襲い掛かかった。

「……?」

男は、目を瞬かせた。
いったい夢でも見たのだろうか?
風の精霊たちが、目標を失ってゆらめいている。

狙ったはずの華奢な少年騎士は、いつのまにか魔術師の視界から消えていた。


サラは、戦闘を避けてすばやく動きまわりながら、考えていた。
自分の弱点は、物理攻撃のみ。
力の強そうな騎士の近くにいるのは危険だ。

逆に、魔術師に狙われることは平気。

というか……

「あんたら、セコいんだよっ!」

小声で叫ぶサラの声は、喧騒に紛れて誰の耳にも届かない。

強さを競い合うべきこの武術大会で、防御一辺倒の魔術師たちがいる。
賢い戦略なのかもしれないが、サラには気に入らなかった。

そうやって、自分だけは守られた場所に居ながら、戦い合うライバルたちを高みの見物か。
そんなの、私が許さない。

サラは、腕力がありそうな騎士やゴロツキたちをスピードで撒きながら、結界を張ってのんびりとたたずむ魔術師の背後に近づいていく。
油断しきった彼らは、魔力を持たないサラの気配に全く気付かない。

サラが手を伸ばした先には、魔術の結界の壁。


『フッ!』


触れると同時に、サラは素早くその場を離れた。
残されたのは、自分の術が突然消えて、慌てふためく魔術師。

良いカモを見つけたとばかりに騎士の剣が飛び、無防備な魔術師のグラスが打ち抜かれる。
がっくりとヒザをついた魔術師は、結界が破られた真の理由を知ることはなかった。

 * * *

王城の左翼にそびえる塔からは、騎士たちの訓練場がよく見える。
少年は、薄いブラウンの目を輝かせながら、まるで天まで届くかのような怒号と熱気を放つその場所を眺めていた。

「どうだ?今回の予選は」

背後から声をかけられ、少年は嬉しそうに振り返った。

「ああ、5年前と似たような展開だよ」

この様子では、あと半刻もたたないうちに、決着がつくだろう。
何百人いようが、何千人いようが、本当に強いのは一握り。
一握りの、神から選ばれし勇者が、平凡な人間たちをあっという間に蹴散らしていく様が、少年の興味を掻きたてる。

「残りそうなのは、ちょっと見ただけで分かるよね」

あのでっかい長剣を持った騎士と、今魔術師を殴り倒した剣闘士と……
こういう時は、頭で考えずに体が動くような、脳みそ筋肉の馬鹿が強いんだ。

くすくすと邪気の無い笑みを浮かべる少年をたしなめるように、男は呟いた。

「そういう言い方をするから、お前は誤解を受けるんだ」

男は少年の隣に並ぶと、そろそろ人がまばらになってきた訓練場を見やった。
そして、1人の人物に目を留める。

「おい、あのすばしっこいのは……」
「ああ彼ね。僕が一番注目してる大穴君」

まるで気配を消すように、人の背中へ回っては消えを繰り返し、戦わずして生き残っている1人の小柄な男。
いや、あれは少年だろうか?
腰には抜かれていない剣があるので、魔術師ではなく騎士なのだろう。

「ほら、そろそろ決まるよ」

少年は、冷たい微笑によってその美貌をさらに際立たせる。
”氷の王子”という通り名は、トリウム国民なら赤ん坊以外は誰もが知っていること。

最後の1人、しぶとく結界を張っていた魔術師が、騎士の剣によって術を破られ跪いた。
その魔術師の背後には、隠れるのが得意なあの少年騎士がいる。
ああやって、結界を張る魔術師を盾に、逃げ回って勝利を掴んだのだろう。
非力な少年としては、悪くない戦略だ。

「僕、あの金髪の少年騎士に賭けてみよっかな」
「馬鹿なこと言うな、もう行くぞ!」

えー、絶対大穴なのにと文句をたれる少年の首根っこを捕まえて、男は塔を立ち去った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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天下一……じゃなくて、武道大会予選の回でした。展開ちと甘いですが、チャチャッと終わらせたくてさ。スポーツ系漫画でも、雑魚と戦う地区予選とかダラダラ長いとイラツクでしょ?タッ○みたく、ようやく長い予選終わったと思ったら次のページで全国大会も終わってるという手もあるけど……あれは別格ですが。この先の決勝トーナメントもサクサク行きますよっ。(バトルシーン苦手だからやないかーい!ハッハッハッハ……スンマセン)最後の1シーンだけ、やらしく第三章の伏線風に。
次回、ついに決勝トーナメントが始まります。といいたいとこですが……その前に、あの痛いネタを片付けておきましょう。
※明日新パソコン到着です。うまく繋がることを祈りつつ。

第二章(16)事件の結末

第二章 王城攻略


見事に初陣を勝利で飾り、16名の枠に残ったサラ。
敗れた者たちは、それぞれ口惜しそうに顔をゆがめ、リベンジを誓いながら訓練場を去っていく。
会場を去る者の中にはひげも居て、残ったサラに気づくと「俺の分も頑張れよ!」と豪快な笑顔を残した。

16名と運営メンバーの騎士だけがたたずむ訓練場。
喧騒はおさまったものの、戦いはまだ続いていた。

決勝進出者たちの体からは、静かに燃える青い炎が立ち上っている。
これがオーラというやつなのだろうか?
サラは、オーラが見えるという日本のタレントのことを、もうインチキとか言っちゃイカンなと思った。

 * * *

サラたちは、予選のルールを説明したであろう騎士によって、決勝トーナメントの説明を受けていた。
説明を聞かせる対象が少なくなったため、魔術は使われない。
サラは、イイ声110番レベルな騎士のバリトン声に聞き惚れた。

まずは全員が、自分の得意なジャンルを自己申告する。
武道大会運営スタッフにより、予選時の戦い方と比較の上で内容が吟味された後、今晩中には組み合わせが発表されるそうだ。

確かに、対戦相手がどんな攻撃を得意とするのかしだいで、結果は大きく変わるだろう。
遠隔攻撃が得意な魔術師が、長剣一本の騎士と戦っても、きっと観客には面白くない結果になる。
観客のことも考えて、バランスの良い組み合わせになるなら、単なるくじ引きよりは妥当な方法かもしれない。

サラは、なかなかの好青年風なバリトン騎士に「魔術は不得手です」と告げた。
騎士はいぶかしげにサラの全身を見たが、確かに指輪も杖も所持していない。
予選の戦いぶりからも、きっと身のこなしやスピードが売りなのだろうと判断した騎士は、ペンを走らせつつ「行っていいぞ」と呟いた。

帰り際、王城正門近くの木陰に身を隠したサラは、決勝に残ったライバルの顔ぶれを、こっそりとチェックした。
剣と魔術が使えるタイプの騎士が7名、魔術師が5名、剣にも拳にも自信がありそうな剣闘士とゴロツキが3名。
プラス、ひょろっこい月光仮面マスクの少年騎士ことサラ。

自分の申告したデータが正しいと判断されれば、最初の2戦はきっと武力勝負になるだろう。
サラは、これから繰り広げられる死闘を想像し、ぶるりと武者震いした。

 * * *

サラは城門を出るとすぐ、窮屈な変装グッズを取り去った。
オアシスの風が、蒸れた髪や頬をくすぐり、とても爽快だ。

「ふーっ、やっぱ素顔は気持ちいいや」

ふと、手に持ったマスクとヅラに鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでみるサラ。
少し汗を吸ってしまったが、まあ明日1日くらいは我慢できるだろう。
この戦闘服も明日また着るから、早くうちに戻って着替えなきゃ。

上機嫌でそんな行動をとっていたサラだが、町の方から人の気配を感じると、一気に顔を青ざめさせる。
せっかく正体を隠そうと気をつかってきたのに、なんて無防備なことをしちゃったんだろう!
この劇的ビフォーアフターを誰かに見られなかったかと、サラがきょろりと目線を動かす。

すると、城門ちかくの街路樹にもたれかかるように立つ、1人の色白小柄な少女が見えた。

「リコ!」

サラは、満面の笑みで駆け出した。
リコは、つぶらな瞳に涙を浮かべて、サラに手を振った。


サラが勝ち残ったことは、既にひげからでも聞いていたのだろうか。
開口一番、サラは言った。

「サ、フラン様、おめでとうございます!」
「ありがと、リコのおかげ!」

サラは、本心からそう思っていた。
オアシスに着く前の自分では、到底あんな戦い方はできなかったから。
この2ヶ月はとても苦しい時間だったが、すべて自分の糧となった結果の勝利だった。

そこには、リコが居て、アレクと、カリムも……ん?

カリムのことを思い出したサラは、そういえばさっきの予選にカリムの姿があっただろうかと思い返した。
リコは、耐え切れなくなったのか、瞳の縁からぽろりと涙を1滴こぼした。

「落ち着いて、聞いてくださいね?」

リコの涙を見て慌てかけたサラは、ぐっと息を飲んだ。
心臓がどくどくと早鐘を打つ。
これからなにか、嫌なことを言われるのだ。

「今、カリムが……危篤です」

リコの言葉の意味が理解できず、サラの頭に”危篤”の文字がただの記号として舞う。

なぜ?
意味が分からない。
ついさっきまで、元気で、一緒にいたのに?

とりあえず、一緒に病院へ行きましょうと言われ、サラはリコに手を引かれるまま歩き出した。

 * * *

自治区の一角にあるその病院は、小ぎれいな木造の建物だった。
日本育ちのサラから見ると、小さな診療所といった規模だ。
ドアを開けると、ツンとした消毒液の匂い。
こちらの世界でも、病院の匂いは変わらないんだなと、サラはぼんやり考えていた。

長椅子が4つ並ぶだけの閑散としたロビーには、アレク、リーズ、ナチルがいた。
アレクたちの表情は決して明るくないが、サラを見ると大丈夫というように、コクリと深くうなずいた。
ちょうど一足先についたひげとエシレが、寄り添いながら奥の病室へ入っていく。
サラとリコも、無言で後を追った。


病室の引き戸が、カラリと軽い音を立てて開いた。
サラの視界に映ったのは、古いパイプベッドに、真っ白いシーツ。
ベッドの上には、静かに横たわるカリム。
パイプベッドは、あきらかにカリムには小さすぎ、太く鍛えられた腕や足がパイプの隙間から飛び出している。

上半身裸で、薄いタオルケットをかけられて瞼を閉じている。
カリムは、今まで見たことないくらい衰弱し、精気の無い表情だった。
青を通り超して土色に見えるほど顔色は悪いが、呼吸は落ち着いているようで、スースーと静かな音が響いていた。

「おい、どーしちまったんだよ、カリム……」

ひげが沈痛な面持ちで呟くと、エシレはその背中を白い手でさすった。
リコが、事情を説明するので行きましょうと、皆に病室を出るよう促した。

 * * *

「ああ、サラ。予選突破おめでとな。ヒゲオヤジもお疲れ」

無理に明るい声を出したのだろう、アレクは口の端を上げるように、不自然な笑顔を浮かべている。
サラたちは長椅子に腰掛け、アレクの言葉を待った。

「カリムは、暴漢に襲われた女を助けて、返り討ちにあった」

本人が起きなければ詳しいことはわからないがと言いつつ、アレクは自嘲する。
アレクたちは、貴重な当事者であるその女を、取り逃がしてしまっていた。
女は、城壁近くを散策していた通りすがりの観光客に「自分を守ってケガをした人がいる」と告げ、現場まで案内するとそのまま姿を消したという。

1つ目の奇跡は、その通りすがりの観光客が、少しだけ癒しの魔術が使えたこと。
彼の魔術によって、カリムは背中の短剣を取り除かれ、薄皮一枚残して傷を塞がれたことで出血が止まり、九死に一生を得た。
通りすがりの観光客は、カリムの衣服から大会参加証を見つけ、王城の騎士へと報告。
すぐに身元確認のために、自治区領事館へと連絡が入った。

ちょうど、ナチルが館に止まっていたことが、2つ目の奇跡。
ナチルは、風の魔術を使ってすぐさまアレクへ正確な情報を伝えてきたのだ。

そして、カリムにとって3つ目で最大の奇跡が、リーズの存在だった。
アレク、リコと一緒に街をぶらついていたリーズは、風に乗って届いたナチルの声を聞いた瞬間、人を超越したスピードで走り出した。
アレクより一足早く現場に到着したリーズは、誰もいない路地裏で1人息も絶え絶えで倒れるカリムを見つけると、しっかりと抱きしめた。

「大丈夫、生きてる。できる限り治すからね」

いつもどおり穏やかな笑顔をカリムに向け、ポケットから銀のスプーンを取り出す。

それを見ている人間は、誰も居なかった。
静寂の中、リーズは初めてその秘められた能力を発揮した。


『銀の妖精ギーンよ、我は命じる。カリムの傷を全て消し去れ!』


銀のスプーンからは癒しの光が溢れ、カリムの体を繭のようにふんわりと包み……光が消えたとき、カリムの体の外傷はすべて消え去っていた。
リーズは、カリムの血みどろになった服を脱がし、古傷も含めてカリムの肌に傷が無いことはくまなく確認した。

しかし、カリムは意識を取り戻さなかった。
すでに、あまりにも多くの血を流してしまったから。

 * * *

リーズの後を追い、全力で現場へと駆けつけたアレクは、徐々に近づく血の匂いに酔いそうになった。
いざ現場にたどり着いたとき、その目に映ったのは、べっとりと赤黒い血だまり。
狭い路地を埋め尽くすほど広がったそれを、アレクは踏むことができなかった。

カリムの血で全身を汚しながら、絶望に顔をゆがめてカリムを抱きしめるリーズに、アレクはかける言葉を失い、その場に跪いた。
アレクは一瞬、カリムの死を覚悟した。

はあはあと大きく息をつきながら、最後に駆けつけてきたリコは、その光景に頭がぐらぐらと揺れた。
リーズの腕の中でぴくりとも動かないカリムと、跪くアレク。
周囲に漂う、吐き気をもよおすほどの血臭。

今自分が倒れるわけにはいかないと、必死で意識を保ったリコは、この先カリムが運ばれる病院の場所を確認した後、予選が終わるサラを待っていたのだ。

その後すぐに、王城の騎士たちがやってきた。
最初にカリムの応急処置をした通りすがりの観光客が、あちこち駆け回って手配してくれたのだ。
簡単な現場検証が行われた結果、カリムの肩に刺さっていた剣は、貴重な証拠として持ち去られたのだが。

「あの剣には、魔力の痕跡があった」

アレクはギリッと、奥歯を噛み締める。
稀に見る優秀な生徒だったカリムが、単なる暴漢にここまでやられるわけがない。
相手はたぶん、なんらかの意思を持ち行動していた輩だったのだろう。

暗殺者という言葉を匂わせるものの、はっきりとは言わないアレク。
アレクは蘇る悔しさに言葉が詰まり、口ごもった。

そこまで大人しく聞いていたサラは、胸の奥で何かが爆発するのを感じた。
立ち尽くすアレクに飛びつき、その胸にしがみついた。


「どうして!どうしてカリムが、こんな目にっ……!」


アレクの胸に額を押し付けて、逞しく硬いその体に、強く握った拳をドンドンと何度も打ち付ける。
暗殺とか、戦争とか、今までイメージとして描いていた言葉が、サラの胸に暗く深い闇となって流れ込んでくる。

これは、誰の罪なの?
私が、こんなに時間をかけてしまったから?
牢獄に放り込まれるのも覚悟で、もっと早く王城へ向かっていればよかったの?

「サラ、落ち着け。ここは病院だ。騒ぐとカリムが起きちまうぞ?」

冷静ながら温かいアレクの声に、サラの声は小さくかすれ、嗚咽が混じり始める。
リコもナチルもひげも、まだカリムと出会ったばかりのエシレですら、涙を止めることはできなかった。

リーズは、沈痛な表情でそっとその場を立ち去った。

 * * *

ロビーにいた全員が、声を封じられたかのように沈黙していた。
とりあえず着替えましょうと、ナチルは嗚咽を漏らし続けるサラの肩に手をかけ、普段着一式を差し出した。
カリムの着替えと合わせて、館から持ってきたらしい。
サラは、ただ黙ってナチルの導くままに、空いている病室へと向かった。

サラが着替え終わると同時に、リコが飛び込んできた。

「カリムの意識が!」

サラは病院だということを忘れ、カリムの病室へと駆け出した。
ドアが開け放たれたままの病室には、皆勢ぞろいしていた。

「カリムっ!」

サラが悲痛な声でその名を呼ぶと……


「よっ、予選勝ったんだってな?」


ベッドの上で上半身を起こし、「やったな、おめでとう」と元気いっぱいで笑うカリムがいた。
刺されたと聞いてはいたものの、その上半身には本当に傷1つ見えない。
そもそも、ついさっきまではあんなに顔色が悪かったのに、今はなんというか、健康優良児そのものだ。

「あの、なんだか……元気そうだね?」

散々泣いて腫れた瞼のサラが、泣き笑いのような複雑な表情をしたので、カリムはゴメンと言って頭を下げた。

 * * *

リーズはポケットのスプーン猫をよしよしとねぎらうように撫でると、こっそり病室を出た。
後ろ手にぴしゃりと病室のドアを閉めたと同時に、スプーンズが話しかけてくる。

『しょーがないよ、ダーリン。慣れてなかったんだからさっ』
『うんうん。ちょっとだけ、言葉選ぶの間違えちゃったんだよね?』

アレク、リコ、ナチルの3人に、スプーンズの声が聞こえてやいないかと、リーズは閉じられた病室のドアをちらっと気にした。

カリムが襲われた現場に駆けつけたとき、リーズは気が動転していたのだ。
治癒を司る銀の妖精に「カリムの傷を消せ」と命じたが、本当なら「カリムの体を元通りに治せ」と命じるべきだった。
妖精としては、主の命には素直に従うだけ。
それが片手落ちだったとしても、決して間違いとはいえないし、指摘する権利も義務も無い。

かくしてカリムは、表面上の傷だけをキレイに治されて、血の気を失ったまま病院に担ぎ込まれることとなった。


泣きじゃくるサラの姿を見ていられなくなったリーズが、胸に無力感を抱きながら、1人カリムの病室へ入ったのはついさっきのこと。
死人のようなカリムの表情をしばらく見守っていたリーズが、ふと思いついたように呟いた。

「なあ、彼の失った血を取り戻すことはできないのかな?」

胸ポケットでカチャカチャと音を立てながら、スプーンズは言ったのだ。


『そんなの、簡単だよね?』
『うん、ぜーんぶ元通りになあれって言えばいいんだもん』


絶句するリーズに、スプーンズは快心の一撃を与える。


『てゆーかさ、なんで最初からそう命じなかったの?』
『あたし、傷を消せって言われたから、それしかしなかったんだよ?』


その後すぐに、体調万全で予選会に臨んでいた朝一番のカリムが、見事に復活したのだった。

カリムを完治させたリーズは、実は魔術の命じ方が片手落ちで……とは言えず、つい「スプーン猫の特殊な魔術で、自分の血液をカリムに移した」と、ちょっとカッコイイ嘘をついてしまった。
リコは若干顔色の悪いリーズを見て「なんてイイヒト!」と今度は感動の涙を流したし、カリムは深々と頭を下げ、命の恩人とリーズを敬った。

真相に薄々気付いたアレクは、後でお仕置きだなと密かに笑った。


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最強魔術師リーズ君、初の大活躍シーン……のはずだったんだけど、なんともヘタレなオチになってしまいました。頑張ったのに誰も見てないし、めちゃ要領悪いです。アレク様、サラちゃんを泣かせたことに怒り心頭。カリムを救ったことと相殺で、ほんのちょっと意地悪する程度で勘弁してあげるのでしょう。この辺もいずれ番外編扱いかなぁ。くだらない度MAX系になりそうな予感(悪寒)。なんやかんや箱入りだったサラちゃんとカリム君も、戦いをリアルに意識したことで、一皮剥けたことでしょう。あと、通りすがりの観光客さんは、先日誤字脱字を指摘してくださった通りすがりさんへのお礼キャラでした。
次回は、再び大会へ。決勝トーナメントで、吹っ切れた月光仮面サラちゃん元気ハツラツに戦います。その前にプチ笑いシーンあり?

第二章(17)トトカルチョ

第二章 王城攻略


カリムの大怪我という事件のせいで、サラ予選突破へのお祝いはなんとなく先送りされてしまった。
昨夜も激励会があったし、明日は大事な決勝トーナメントだからと、サラは早めに床についた。
体もだるいが、なにより瞼がどっしりと重い。
夕食中も、ナチルに氷嚢を作ってもらって冷やしておいたし、明日には腫れも引くはずだ。

それにしても、ここまで目が腫れるほど泣きじゃくったのは、久しぶりだった。
小学生の頃、学校で瞳の色をからかわれたとき以来かもしれない。
男子たちから「ガイジン」と囃し立てられ、悔しくてどうしていいか分からなくて、学校から一番近かった馬場先生の病院へ大泣きしながら駆け込んだっけ。

馬場先生は、サラに思いもつかないような答えをくれた。
それ以来、馬場先生はサラの心の師匠だった。

今ここに馬場先生がいたら……

ううん。考えちゃいけない。
明日のために、今日はもう眠ろう。
明日も早起きして、アレクと対戦相手の分析をしなきゃだもんね。

お日様の匂いのする布団を頭からかぶると、サラは目を閉じ、おやすみなさいと呟いた。

 * * *

翌朝、サラが月光仮面グッズを小脇に抱えてダイニングへ行くと、すでに全員が揃っていた。
当たり前だが、カリムも元気そうにコーヒーを飲んでいる。
サラと目が合うと、ようと言って片手をあげた。
サラは笑顔で答えながら、キッチンに立つナチルに「私はホットミルクティーね」と声をかけ、テーブルの定位置に腰掛けた。

こうして朝早くから集まったのは、アレクの召集がかかったから。
本当は、昨夜のうちにやっつけてしまう予定だったが、サラがあまりに疲れた表情をしていたので、アレクが翌朝にしようと言ったのだった。

全員がじっと見ているのは、王城から配布された決勝戦のトーナメント表だ。
昨夜遅く、城下町全体に配布されたらしい。
印刷技術の変わりに「転写」という便利な魔術があるため、欲する住民全員が入手できるほどの量がばら撒かれたそうだ。

トーナメント表には、出場者の名前は書いていない。
アルファベットに似た記号が振ってあるだけだ。
当然サラには読めないし、その紙を見ただけでは、自分の試合が誰と何番目なのか分からない。

「サラ、お前の出番は2試合目だぞ」

アレクが、こっち見ろよとトーナメント表をひっくり返す。
サイズとしては、A3くらいの大きな紙。
裏面には、16分割された枠と、枠内に出場者の似顔絵、略歴、得意技などが書かれている。

サラには、文字はほとんど読めないのだが。

「あの、この絵は……」

金色の丸いカサに、黒いジク。
精悍な騎士、狡猾そうな魔術師、いかつい剣闘士に混じって、ぽつりと1つキノコがあった。

「キノコ……」

サラが呟くと同時に、アレクを筆頭としたかけがえのない仲間たちが、盛大に噴出した。

「あっ、アレクさまっ、ちょっと、笑いすぎ……くっ」

今にもこぼしそうなほど、ミルクティーをカタカタ震わせながら運ぶナチル。
リコもカリムも、サラと目線を合わせようとしない。
リーズだけが、やけに同情的な視線だった。

サラは、ふと思い出す。
昨日の予選会後、そういえばバリトン声騎士の隣に背の高い騎士がいて、せっせと何かを書いていたと思ったが、きっとサラの似顔絵だったのだろう。
今まで気づかなかったけれど、アレクやリーズあたりの目線から見ると、きっと金髪のもっさりヅラと黒いマスク部分しか見えないのだ。

ああ、私は自分の姿を美化していたのかも。
月光仮面とか仮面ライダーとか、日本人だから覆面ヒーローに慣れていただけであって。
この世界の人にとっては、今の私ってただのキノコなんだ。

「お前、よくこのカッコでがんばったなぁ」
「アレクがやらせたんでしょっ!」

笑いすぎて涙をこぼしながらサラをねぎらうアレクに、サラは思わずツッコミを入れた。

「でも、よくやった。これでオッズは最高だ」

目尻の涙をぬぐいながら、アレクはサラの黒髪をわしわしとなでる。
ようやく気持ちが落ちついたリコが、サラの手元にあるヅラを見ないように気を使いつつ、書かれている内容を教えてくれた。

サラの似顔絵の下には、簡単なプロフィールが書かれている。
昨日の予選後、サラが告げたほぼそのまま。

・匿名騎士A(15才)
・攻撃タイプ:武術メイン(武器:剣)
・得意技 スピードと身のこなし

「いくら”武力やスピードに自信あり”と書いてあっても、キノコじゃ説得力無いだろ」

アレクは、心底おかしそうに笑いながら言う。
他のメンバーも、アレクに釣られてまた笑いのツボを押されてしまう。

きっとリーズは、こんな経験を何度も乗り越えて、あの温厚キャラに成長したに違いない。
サラはもう、アレクのおもちゃにされて、いちいち傷つくのはやめようと悟った。

 * * *

城下町の商店にとっても、武道大会は5年に一度のかきいれどきだ。
人手は倍増し、露店の商品も飛ぶように売れていく。
普段は売られない、珍しい宝石やアイテムも出回るので、単に買い物のために訪れる者もいるそうだ。

そして、街の中でもっとも盛況な一角が、決勝トーナメント会場であるコロセウムだった。

「うわー、すっげー人っ」

サラは男の子の声で呟いたが、マスクのせいでカツゼツが悪く、もごもごとくぐもって聞こえる。
リーズがサラの声を拾って、そうだねと相槌をうった。

サラは中学2年の夏を思い出していた。
どこを向いても人しか見えない。
まるで、夏祭りの花火会場へ向かう駅のような混雑っぷりだ。
案内係の騎士たちが、交通整理に声を張り上げている。

プラチナチケットを持つ者だけでなく、多くの住民や観光客でにぎわうその場所。
実は、政府主催で行われるトトカルチョの申し込み場だった。
そもそも決勝トーナメントを観戦できない住民の不満を解消するために、政府が考えた苦肉の策だったトトカルチョが蓋を開ければ大当たりで、毎年恒例の目玉企画に育った。

1人100口までという制限内なら、誰でも参加できる。
コイン1枚握り締めてやってくる子どもから、従業員総出でMAXの100口ずつを賭ける貴族まで、城下町に集った全員が参加するといっても過言ではない。
このトトカルチョのために、トーナメント表の無償配布が行われるのだ。

会場整理だけでなく、賭け金の管理やオッズの発表などにも、大量の役人や騎士が投入される。
多少コストをかけても、賭け金が増えることで政府の財布も潤うのだから、担当する役人たちもやる気満々だ。

もちろん、賭ける方も真剣そのもの。
掛け率しだいでは、10年は遊んで暮らせるほどの金を入手できる。
5年前、アレクは自分の勝利に相当の金額を賭けたので、その資金も使って自治区を運営してきたそうだ。

「今年は単純に、観客として楽しめそうだな」

アレクは、腰にぶら下げた袋から、4枚の紙を取り出した。
プラチナチケットだ。

例のアレク大ファンな貴族女性のはからいで、4枚もの観戦チケットを分けてもらえた。
ナチルは例のごとく留守番で、アレク・リコ・カリム・リーズの4人が、観客席からサラを応援することになった。

本当ならそのうち1席は、リーズではなく、サラのために用意された席。
事前に「幻の勇者の弟子である黒騎士が、武道大会に出場するらしい」という噂が広まりかけたが、アレクが「あいつは未熟だから今年は出さない」と火消しに回った。

実は、こうしてキノコに化けて出場しているのだが……

サラは、チケットをくれた貴族女性にも、後でお詫びをせねばと思った。

 * * *

ちょうど観戦する者と、トトカルチョに参加する者が分かれる地点で、アレクは立ち止まった。

「サラ、お前は出場者受付……あの裏口へ回れ。俺たちはここで掛け金を払っていくから」

全員が、MAXの100口ずつサラに賭けるのだ。
頑張ってこいよと、サラの肩をポンと叩いたアレクの目はキラキラと輝き、漆黒の瞳にはくっきりと円&ドルマークが見える。
こうなったアレクには逆らえないと悟ったサラは、しぶしぶうなずいた。

せめてリコだけでも、受付まで付き添ってくれないかな……

チラリとリコを見ると、守銭奴のように表情を輝かせているアレクを見て、目をハートマークにしている。
リーズは、悪いなというように苦笑しつつ、ポリポリと頭をかいた。

「俺、送っていくよ」

カリムが言ってくれたので、不安いっぱいだったサラは手を叩いて喜んだ。
唯我独尊モードのアレクに逆らうなんて、きっと昨日心配をかけた罪滅ぼしのつもりなのだろう。

「こいつ、かなり目立つんで」

気がつくと、サラたちの周りには少しの距離を置いて、多くの住民たちが集まっていた。

『あの金髪頭、やっぱそうじゃない?』
『チビだし、腕力もなさそうだし、弱そうだなぁ』
『オッズも最低だし、大穴狙いは避けておくか』

いつのまにか噂の的になっていたサラは、マスクの奥の頬を真っ赤に染めた。
そこへ、とどめの一撃。


「うわ、あれ本当に似顔絵のまんまだよ!」
「かなりキモいんだけどー!」


小奇麗な女の子たちの集団が、サラを指差してキャッキャと笑った。

これが、前に馬場先生が教えてくれた、羞恥プレイってヤツですか!

サラはカリムの腕をガシッと掴むと、裏口方面へダッシュした。


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早く試合に入りたいのに、ついキノコネタで引っ張ってしまいました……。美少女主人公にこんな格好させて、ちょっぴり反省。セーラー服と機関銃で戦わせたらカッコよかっただろーて。サラのかぶってるヅラは、マッシュルームカットで前髪も後ろ髪もちょい長めなタイプです。ビートルズ風?実際にそんなヅラ見たことないけどイメージで。目出し帽もマンガとドラマでしか見たことないけどイメージで。「(ファンタジーだから)いいんだよ……」(←夜回り先生)羞恥プレイって、美少女キャラに言わせてみたかったんですが、萌え……ませんね。スンマセン。
次回こそは本当に一回戦行きます。インド人嘘つかないです。引っ張った割にはあっさ……いや、読んでいただけると嬉しいです。

第二章(18)決勝トーナメント開始

第二章 王城攻略


キノコ騎士の姿を見ようと騒ぐ野次馬たちをすり抜け、無事カリムに出場者受付まで送り届けてもらったサラ。
別れ際にカリムから頑張れと強く背中を叩かれたサラは、「まったく馬鹿力……本気で痛いっつーの」と呟きつつも、士気を高揚させて出場者控え室へ入った。

ドアを開けると同時に、先に集まっていたライバルたちがじろりとサラを睨んだが、サラは視線を気にせず空いている椅子に座った。

無責任な群集に比べれば、出場者たちはまだマトモだ。
サラの見た目で笑ったり何か言うような者はいない。
何か変装せざるをえない理由があるのだろうと、慮ってくれているのかもしれない。

獣が爪を研ぐように淡々と、剣や指輪の手入れをする男たち。
サラも、先ほどの羞恥プレイを忘れるべく、精神を集中する。
朝一番のミーティングで頭に叩き込んだ、対戦相手のデータを記憶から引き出していく。


一回戦の相手は、アイツだ。
サラの視線に気づいているだろうが、そんなそぶりも見せず、1人鼻歌交じりで自分の大剣を磨く男。
きっと、初戦は楽勝と思っているに違いない。

典型的な、剣闘士……いや、ゴロツキだな。
剣闘士というものは、肉体を鋼のように鍛え、拳そのものを武器とし、剣などの道具にはあまり重きをおかない。
サラの対戦相手の男は、一見剣闘士タイプに見えるが、大剣を大事そうに扱っているし、たぶん盗賊のように実戦で腕を磨いてきた人物だろう。

彼の剣を見ると、盗賊の倉庫を思い出す。
サラが何度も手にした、リサイクルレベルの古い剣。
刃こぼれして切れない代わりに、威力のある重い剣だ。
あえて皮膚を切らないためにあの剣を選んだとしたら、見た目よりは賢い人物なのかもしれない。

サラは、アレクの言葉を思い出しつつ、戦略を練っていく。

『いいか、サラ。戦い方は、お前自身が考えて決めるんだ』

アレクが手伝ったのは、相手の情報を分析するまでだった。
戦略や戦術に関しても、細かい指導を受けるとばかり思っていたサラは、ドキリと心臓を高鳴らせた。
知らず知らず、前回優勝者のアレクに甘えようとしていたことに気づかされた。

データを信じるなら、ヤツは魔力に頼るタイプではない。
だが、指輪もつけているところを見ると、カリムのように補助系の魔術が多少使えるのかもしれない。

サラは、そっと自分の右手を見た。
中指には、シンプルなシルバーのリング。
その中央に、小ぶりな黄金の宝石がついて、光を反射しきらめいている。
黄金は、風の精霊の宿る証だ。

魔力を持たないサラだが、あえてリコから風の精霊の指輪を借りてきていた。
これが、サラの考えた大事な戦略だった。

 * * *

「では、今から1回戦第一試合を行う。出場する2名、前へ!」

唐突にドアが開けられ、聞きなれたバリトン声の騎士が現れた。
おのおの集中していた出場者たちが、瞬時に顔をあげる。

「おや、あっさり一勝とは、ラッキーなこった」

控え室に居たのは、14人。
2名の欠場が出たのだ。

ややガラの悪い大柄の剣闘士は、敵が現れなかったため不戦勝となったのを素直に喜んでいた。

「あのっ」

控え室入り口付近で、他の騎士に何やら命じていたバリトン騎士に、サラは思い切って尋ねた。
他の参加者も、サラの行動に注目している。

「ここに来ていない2名は、いったいどうしたんですか?」

それは、ここに居る全員の疑問だった。
バリトン騎士は、大きくため息をついた後、1人1人の目を覗き込むようなしぐさをしてから言った。

「欠場した2名は、昨日何者かに襲われたそうだ。治癒が間に合わなかったのだろうな」

可哀想にと騎士の表情が語っていた。
2人とも、前回の大会でも決勝トーナメントに勝ち残った、人気も実力も兼ね備える騎士だった。

サラは”襲われた”という言葉に、カリムのことを思い出し、びくりと体を震わせる。

「あー、そういや俺も襲われたなぁ」

一番奥に陣取っていた、黒いローブの男が声をあげた。
軽く撃退してやったけどと言いながら、手にした杖をバトンのようにくるくる回す魔術師。

彼こそが、アレクが苦みばしった表情で「要注意人物」と告げた男だ。
不戦敗となった2名の騎士と同じく、前回の決勝トーナメント出場者でもある。
サラが順当に勝ち進めば、決勝戦の相手となるだろう。

前回決勝トーナメントに進出した実力者だけが襲われ、大会を欠場するような目に合うなんて、あきらかに不自然すぎる事件だ。
いったい何の得があって、そんな事件を起こすかといえば……

自然と、全員の視線は不戦勝となった剣闘士に集まった。

「おいおい、俺は何もしてないぜ?」

不戦勝を勝ち取った剣闘士の男が、筋肉質の太い腕を組みながら、ニヤリと下卑た笑いを浮かべる。
他の出場者は、男の言葉にノーリアクションだ。
疑わしいと思ったところで、証拠も何もないのだから。
もう1人の不戦勝候補は、あまり気の強そうではない騎士で、やや青ざめた表情でぶんぶんと首を横に振っている。

サラとしても、予選を勝ち抜いたこのメンバーを疑いたくはなかった。
ただ、万が一カリムが襲われた事件と繋がるとしたら、サラは絶対に許せないと思った。

武道大会に出場することも、自身の能力も、なるべく隠してきたサラと違って、カリムは道場でもその強さを周囲に見せ付けていた。
街には『幻の勇者の弟子から、今年は剣士が1人出場するらしい』なんて噂も流れたほどだ。

もしも、優勝を狙う出場者の思惑によって引き起こされた事件だとしたら。
カリムが狙われた理由としては、決しておかしくない。

襲われた女を助けさせるというベタな設定で、狙った獲物をおびき寄せ、冷酷に刃を向ける暗殺者集団。
そんなイメージが浮かびかけたところで、サラは慌てて打ち消した。

……ううん、考えたって仕方ない。

この中に卑怯な人間がいたところで、関係ないんだ。
私は全員を倒して優勝するんだから。

 * * *

いよいよ一回戦の第二試合が始まる。
サラの出番だ。

第一試合が流れたためか、コロセウムの中は異様な雰囲気だった。
登場した2人に対して、明らかなブーイング、いや怒声のような恐ろしい声が浴びせられる。
1人1人の言葉ははっきり聞こえないが、正々堂々と戦えと叫んでいるように思える。
きっと、不戦敗で敗退した騎士の情報は、すでに観客たちに流れているのだ。

サラは、なるべく観衆を見ないようにうつむきながら、闘技場の中心へと進んだ。
50メートル四方の、硬いコンクリで形作られた正方形の台座が、バトルエリアだ。
台座の端には階段もあったが、1メートル弱の段差くらい、サラはひょいっとジャンプして飛び乗った。

その中央には、相撲の土俵のように、二本のアンダーラインが引いてある。
サラは、片方のラインに立つと、対戦相手の男と向かい合い目線を交わした。

あらためて、バリトン騎士から観衆に向けて勝敗ルールが伝えられた。

・台座から下に落ちること
・床に倒れ10秒起き上がらないこと
・ギブアップの意思を口頭で告げること

ルールの補足として、失格の条件も告げられた。

・武器は、剣1本と、指輪または杖どちらか1個まで
・治癒の魔術ですぐに治せないレベルの怪我(骨折や、縫合が必要な傷)をさせないこと

「何か質問は?」

儀礼的なやりとりなのだろう。
答えを聞かず、試合を始めようとするバリトン騎士に、サラは歩み寄った。

「1つ、よろしいでしょうか?」

バリトン騎士の耳元にサラがささやくと、騎士は少し眉をひそめたものの、コクリとうなずいた。
対戦相手の大男は、いぶかしげにサラの行動を眺めている。

主審である騎士の許可が下りたので、サラは大男に向き合って、腹に力をこめた低い声で言った。

「オレは、なるべく魔力を使いたくない。お互い、魔術を封じて戦うってルールはどうだ?」

台座の四隅に立つ副審の騎士はもちろん、目の前の大男も驚愕に目を見開いている。
小柄なサラは、風の魔力でスピードアップし、逃げ回りながら好機を狙ってくると思い込んでいたからだ。

目の前の少年騎士からは、臆する様子は見られない。
大男はこの提案を、自分への挑発と受け取った。

「へえ。ひよっこ坊主がオレと腕力勝負か。いいだろう……」

サラが風の指輪をはずすと、男も指輪をはずして、各々バリトン騎士に預けた。
間近で見る大男は、サラの嫌いなタイプだった。
黄色い歯にヤニをつけ、無精ヒゲをはやした顔でニヤニヤと笑っている。
濁ったグレーの瞳には、あからさまな侮蔑の色が見える。

指輪を預かったバリトン騎士が、魔術を使ってそのマイナールールを観衆へと伝えた。
数千人はいるであろう観衆は、シンと静まり返った。

「では、位置について!」

確かにこの男、腕力はそれなりにあるのかもしれない。
背負った大剣の柄を後ろ手に握り締めると、まったく重さを感じさせず、まるでおもちゃを扱うように一瞬で抜き去った。

サラは軽く目を閉じ、開始の合図を待った。


「始めっ!」


腕に馴染んだ相棒の大剣を頭の上に振りかざし、男が一歩前へ足を踏み出したとき。
フッと、首元に吐息がかかるのを感じた。

吐息かと思ったそれは、サラの黒剣が起こしたかすかな風。
男の視界に入ったのは、自らの首を刈ろうと牙をむく、刃の煌めきだった。


「どうする?これ以上、戦うか?」


小さな、しかし殺気を帯びた少年騎士の声が、男の耳元に届いた。
高く上り始めた太陽の光を跳ね返す、美しく研がれた宝剣を見つめ絶句していた男は、かすれ声で「まいった」と告げた。


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キノコちゃん、本当に強かったんですねー。よかったよかった。え?バトル短すぎって?ダイジョブダイジョブー!……はい、ごめんなさい。ところで優勝候補つぶしを行った犯人、分かったかなワトスン君?犯人はこの中にいる!じっちゃんのナニかけて?(←ちょっと字面変えたらエロくなるという例文)もちろん作者はわかってますよ。それはお前だ、サラ!なっ、なぜ私がそんなことを?お前は昨日、早めに布団に入ったと言ったが、部屋にはイビキをかいて眠る音を流したカセットテープとピアノ線と5円玉が……(以下略)※本当に犯人分かった方はこっそりメールください。マジで当たってたらスゴイっす……
次回は2回戦行きます。またサラちゃん、嫌いなタイプと対戦。今度はもうちょっと戦闘時間長くなります。はー、プレッシャー。その前にちょい和みシーンあり?

第二章(19)不穏な噂

第二章 王城攻略


トトカルチョ会場でもあるコロセウム前。
一回戦の結果が発表されると、見守っていた大多数の観衆から失望のため息が漏れた。

番狂わせだったのが、第二試合のサラ勝利。
しかし、対戦相手の男もさほど前評判は高くなかったため、大穴同士がつぶしあった程度だ。
問題は、不戦敗の2試合だった。

会場に姿を見せることができなかった騎士2人は、予選時に「今年こそ頑張れよ!」と住民たちから声をかけられるほど、高名な騎士だった。
トトカルチョでもかなりの人気を集めていたため、彼らに賭けた者たちは一斉に非難の声を上げた。

2人はなぜ、出場できなかったのか?
疑問と不満をぶつけられる対象となった受付の騎士たちは、押しかける住民への説明に苦慮していた。
知らぬ存ぜぬを繰り返す騎士の対応に業を煮やした住民たちは、勝手に憶測をしはじめる。

『決勝トーナメント出場者の中に、犯人がいる』

そんな噂が町中に流れるのを、誰も止めることはできなかった。

 * * *

実際に、2人の騎士が襲われたのは昨夜遅く、場所は市場通りに程近い路地裏だった。
時間が遅いとはいえ、お祭りムードは最高潮。
住民も観光客たちも陽気に酒を飲み、決勝トーナメントの対戦表をつまみに一晩中騒いでいた。
酔っ払いが、ふらりと足を踏み入れた路地裏に、2人の騎士は重なりあうように倒れていたという。

喧騒の間隙を突くように行われた犯行。
誰にも見つからず、手際よく、手練の騎士2名に再起不能の怪我を負わせた犯人は、まだ見つかっていない。
襲われた騎士は重症で、まだ話が聞ける状態ではなかった。
騎士たちが、どうやってその場所に呼び出されたかも、わからぬままだ。

王城を守る騎士たちにとっても、被害者の2名は同僚や先輩に当たる人物だった。
絶対に犯人を捕まえたいという気持ちはあるが、見知らぬ旅人を含めこれだけの数の人間が一同に集まる中、捜査は困難を極めた。

昼間に一度聞き取りを終えた騎士たちが、再度カリムの元を訪れたのは、サラがすでに布団に入ってしまった後のこと。
カリム襲った男たちと逃げた女も、何らかの関連があるかもしれないと、一縷の望みをかけての再訪だった。

「ではカリムさん、あなたの助けた女は、どんな人物でしたか?」

カリムが聞き込みを受けていたのは、領主館のダイニング。
キッチンの奥では、ナチルが明日の観戦用にと、弁当の下ごしらえ中だ。

アレクは一応責任者として、カリムの脇に座っている。
質問されるたびに、言葉足らずなカリムのフォローをしてくれるので、カリム自身が実は犯人一味だという、ありがちな疑いはかけられずにすんでいた。
もっとも、ここにやってきた3人の騎士は、昼間の惨状を実際に見ているので、カリムが犯人側の人物とは露ほども思っていないのだが。

「女は……若い女だったとしか」

困惑するカリムの様子に、捜査担当の騎士3名も顔を見合わせる。
普段から、人の容姿には関心が薄いことが災いした。
フードをかぶった男たちも、ヴェールをつけた女も、記憶の中ではもやがかかるようにかすんでいる。
背中の痛みなら、すぐにでもくっきりと思い出せるというのに。

「では質問を変えます。なぜ女が”若い女”だと判断できたんです?」

カリムは、その質問にぴくりと体を震わせた。
きょろっと、軽く目線を動かした。
今、近くにはアレクしかいない。
騎士たちにに真剣な表情で見つめられ、カリムは覚悟を決めた。

「それは、声と……む、胸の、形で……」

みるみる顔を赤く染めていくカリム。
その頭をワシワシなでて、「お前、大事なとこはしっかり見てんだな」と、アレクは大笑いした。
アレクにつられて、騎士たちも思わず苦笑する。

チッと舌打ちし、拗ねて顔を背けたカリムが目にしたのは、いつの間にか傍に寄っていたナチルの笑顔。
ナチルは、カリムの耳元に「サラ様が先に寝てくださっていて良かったですわね?」とささやき、邪気を含んだ妖猫の瞳で微笑んだ。

 * * *

一回戦の8試合、実質6試合が終わり、会場には10分ほど休憩のアナウンスが流れた。
コロセアム内の観客席も、各試合の内容についてというより、不戦敗となった騎士に対する疑惑の声で埋め尽くされている。

プラチナチケットを入手したのは、やはり貴族とその親類や出入り業者などがメイン。
出場予定だった2人の騎士ともつながりがある人物が多いだけに、怒りや不安も大きいのだろう。
それだけ強い騎士が倒されたということは、今この街に危険人物が紛れ込んでいるということだ。
しかも、その一味が出場者の中に居るかもしれない。

「優勝候補で、元筆頭魔術師のファース様も、襲われたらしいぞ」

誰がどこから聞きつけるのか、数々の新しい噂が飛び交う。
おとなしく座っていたカリムだったが、住民たちの負の感情の連鎖を目の当たりにし、戸惑った。
アレクは三白眼を細めながら、さりげなく噂に聞き耳を立てている。

リーズは、不安がるリコを慰めていたが、同時にサラのことも気遣っているようだ。

なぜかというと……

「あのマスクの男、怪しいんじゃねーか?」
「ああ、さっきの試合の剣さばき見たぜ。ありゃ暗殺者のそれだろう」

試合の行われる舞台を中心に、円形に囲む階段状の観客席。
一部に上がった疑惑の声は、次々と真横へ飛び火し、一周して戻ってくるころにはそれが真実となっていた。

第一試合が流れた直後には、すでに噂は蔓延していた。
根も葉もない噂のおかげで、実際にサラが登場したとき、客席からはサラに対する罵声が飛んだのだった。
なんとなく怪しそうだからという理屈での、聞くに堪えない汚い言葉が。

真実を知る一握りの人間が反論したところで、動き出してしまった群集には勝てない。
アレクの目が「何も言うな」と告げていたため、カリムたちはぐっと我慢した。
サラの圧勝には胸がすっとしたが、同時に暗殺者呼ばわりの声も高まり、喜びに水をさされた。


しかし、カリムとは別のエリアでは、別の噂もかすかに持ち上がり始めていた。

「お母様、もしかしてあの方は……」
「ええ、そうかもしれないわね。勇者さまのお席にも、あの方がいらっしゃらないみたいだし」

この世界ではかなり貴重なアイテムである双眼鏡を覗いていた母親が、ほうっと吐息をついた。

どんなに見た目の印象を変えても、ごまかせないものがある。
長い間、好意とともに見つめてきた相手だからこそ。

「アレク様ったら、ずるいわ!きっと黒騎士様に賭けるために、私たちに内緒にしたのよ!」
「こら、勇者様のことをそんな風にいわなくてよ。きっと何かお考えがあったのだわ」

残念ながら、母親よりも娘の方が、女の勘は鋭かった。

 * * *

会場の異様な雰囲気は、幸運なことに控え室には一切伝わってこなかった。
無事初戦をクリアし落ち着いたサラは、再び指にはめたリコの指輪を見ながらアリガトと心で呟いた。

これは、リコがアレクにもらった、初めてのプレゼントだ。
きっと誰にも触れさせたくないと思っていたに違いない。

最初はカリムのを貸してもらおうと思ったけれど、明らかにサイズが合わなかったので、仕方なくリコに相談したのだが、リコは快く貸してくれた。
指輪に触っていると、リコの向ける全幅の信頼が伝わるようで、サラは勇気付けられた。

「なあ、お前。マスクの小僧!」

サラは、ゆっくりと顔を上げる。
声をかけた男の目線では、顔を上げられたところでサラの表情はまったく見えず、不気味さを強めるだけだ。

男は、一回戦を不戦勝した、サラの次の対戦相手だった。
一回戦の大男と雰囲気は似たタイプだが、より肉体は鍛えられ、軽く小ぶりな短剣を腰に挿した正統派の剣闘士だ。
素手による打撃攻撃が得意だろうことは、データにも出ていたし、服で隠れていない手や腕の筋肉を見ればすぐに分かる。

「お前、また例の条件を出すつもりじゃねぇだろうな?」

男の太い指が、サラの指輪を指し示した。

「そうしたいと思っていますが?」

迷わず答えたサラは、再び指輪を見つめた。
男は、細い目をさらに細めて、ぺろりと舌なめずりした。

「お前がわがまま言うなら、俺からもひとつ、条件を出してもいいだろ?」

うなずいたサラに、男はククッと妙に甲高い声で笑った。
嫌な笑い方だなと、サラはマスクの奥で眉をひそめた。

「おい、貴様!」

控え室に居るのは、たったの8人。
空いた椅子の目立つこの部屋で、存在感を放つ男が2人いた。

1人は、アレクがもっとも危険視していた魔術師の男。
フードに隠れて見えにくいが、年齢的には30前後といったところか。
魔術の強さだけでなく、体格も良いことが黒い布越しに伝わるが、その強さは隠されたままだ。

そして、もう1人。
予選当日に戦場から戻ってきたばかりという、騎士の男。

彼は、サラにも年齢が読めない。
20代のようにも、40代のようにも見えるのは、若々しい笑顔と同時に現れる深い笑いジワのせい。
戦地を経験したとは思えないくらい、その表情は太陽のように明るく、日本のプロスポーツ選手を彷彿とさせられる爽やかさだ。

明るいグリーンの瞳と、日に焼け赤茶けた短髪。
騎士として決して恥ずかしくない、むしろお手本のようにカッチリとした戦闘服がよく似合っている。
バリトン声の騎士とは旧知の仲らしく、親しげに会話していた様子からも、サラは勝手に好印象を持っていた。

その騎士が、サラの目の前に立つ大男の肩に手をかけ、厳しい表情でにらんでいる。

「貴様が何を条件にするつもりか、今ここで言ってみたまえ」

大男は、へらりと愛想良く笑いながらも、肩にかけられた手を強く振り払った。

「部外者が五月蝿いんだよ!騎士様はすっこんでろ!」

なあ、坊主?と同意を求める大男には目もくれず、サラは騎士に頭を下げた。
騎士は、大男に振り払われた手を横に振り、気にするなというポーズを見せる。
この人にはちゃんと向き合わなければならないと、サラは思った。

「お気遣い、ありがとうございます。しかし、元々は私の言い出したわがまま。相手の方にも同じようにルールとしたい条件があるなら、受けるのが道理ですので」

サラの態度は、よほど見た目とのギャップが大きかったのだろうか。
それとも、マスク越しにくぐもったその声に、鈴の鳴るような心地よい響きを感じ取ったのか。

騎士は、一瞬言葉を失ってサラを凝視し、その後ふっと笑みを漏らした。

「分かった。頑張れよ。では……準決勝で戦おう」

長い時間剣を持ち続けてきたであろう、硬くこわばった騎士の手がすいっと差し出され、サラの差し出した白く小さな手と重なった。


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今回、和みシーンとしてカリム君の羞恥プレイ入れてみましたが、どーでしたでしょうか?萌え……はやっぱ無理?むしろ妖猫萌え?あと、前回の犯人当てクイズ、もうちょっとヒント出してみました。アホ系も含めて回答募集中です。本編の方は……また心理戦で終わってもーた。技量の無さでスンマセン。しかし、人の噂って本当に怖いよなー。幸いサラちゃんにはいっぱい味方がいるし、そのうち疑いは勝手に晴れるのでご安心を。緑の瞳の騎士さま、なかなか好青年ですが、バリトン騎士さまと一緒で名前付けるに至らず。どっかでまた出せそうだったらそのときに。
次回、このムカツク大男とサラちゃんの対戦です。かなり苦しい戦いになりますが、最後はまたあっさ……いや、お楽しみにということで。

第二章(20)背水の陣

第二章 王城攻略


太陽に照らされ、熱を増していくコンクリの床。
多くの観衆の罵声を浴びながら、サラはそこに立っていた。

卑怯者という言葉も聞こえたが、サラは対戦相手へのブーイングに違いないと思い込んでいたので、「コイツやっぱり観客にも嫌われてるんだな。ざまあみろ」と、勝気な瞳で目の前の大男を睨んだ。

『では、これから2回戦を行いますが、その前に、特別ルールをご説明します!』

審判であるバリトン騎士には、すでにルールを伝えてあった。
サラと剣闘士の大男は、バリトン騎士に近づいていく。
一回戦と同じように、サラは指輪をはずし騎士へ渡した。

そして……

腰の黒剣をベルトから取り外し、それも預ける。

バリトン騎士の心配げな視線に、サラは大丈夫とうなずいた。
同じように、剣闘士も、お飾り程度の指輪と短剣を騎士に渡す。
サラは男を観察した。

確かに良く鍛えられた体だ。
腕も足も長く、威力がありそうだ。
でも、全然男らしいとか素敵だと思えないのはなぜだろう。

薄汚れた上着の前ボタンを1つしかかけず、必要以上に胸をはだけさせたその姿は、品位のかけらもない。
剣と指輪の存在が、かろうじて男を戦士のように見せていたのだと、サラは気づいた。
もしも『騎士の品格』という本を書くなら、指輪と剣は必須と強く主張した方がよさそうだ。

剣闘士の目は、獲物を捕らえた蛇のように細められ、乾いた唇を舌なめずりで潤している。
きっとこの男は、サラを思う存分いたぶるつもりだろう。
弱い者を追い詰める、狩りを楽しむような目つきだ。

サラは、同じ大男でも一回戦のヤツよりもさらに嫌いなタイプだと感じ、ねっとりと絡みつく視線を振り払うように元の位置へと駆け戻った。


指輪と武器を預かった騎士が、観衆に追加されたルールを伝える。

『今回は両者から1つずつのルールが出て、互いに承諾されました。1つ目はこちらの騎士より、魔術の封印が。2つ目は、こちらの剣闘士より、武器の封印が!』

その瞬間、会場はどよめいた。

一回戦でサラが勝利したのは、どう考えても剣のおかげだった。
スピードを生かし、剣を相手の急所へ突きつけるというサラの必勝パターンは、当然剣抜きではありえない。
アレクたちはもちろん観客もそれを察し、飛び交っていた罵声の代わりに困惑の声が上がった。

一回戦のように、魔術を得意としない2名がお互いに魔術を封印したところで、力の差は変わらない。
しかし、今回はまったく違う。
拳1つで戦える者に対して、剣に頼る者が武器を取り上げられては、力のバランスが一気に崩れてしまう。

サラのことを、暗殺者の一味扱いで好き勝手を言っていた観客たちも、とたんにサラへと同情的になる。
リコは「なによ!さっきまで悪者扱いだったのに!」と文句を言っているが、観客たちは誰も聞いてはいないだろう。

カリムは、苛立ちの限界だった。

どうして俺は、今ここに居るんだ?
お前と共に立つのは、俺でありたかったのに。
そんな不利な戦いをさせるのに、俺は何もできないのか……

爪が食い込むほど、きつく手のひらを握り締めながら、カリムは神に祈った。
どうかサラが、苦しい思いをせずに、この戦いを乗り越えられるようにと。

 * * *

観客たちが想像したとおり、戦いは一方的なものになった。

「そらっ!」

空気を切り裂くハンマーのように、堅く重い剣闘士の拳が、サラへと容赦なく放り投げられる。
男の表情には笑みさえ浮かんでいるようだ。
サラの2倍はあるだろうその顔は、複数の痣や切り傷の痕が残り、男の戦いの歴史を見せ付ける。
こんなか弱い子どもに負けるはずがないという自信に満ちた表情だった。

サラは、身をかがめて拳をかわすと、一瞬バランスを崩しかけ、コンクリの床に手のひらをつく。
そのまま前方へと転がり、立ち上がると同時に大きく跳躍し、敵から離れた。
何本ものピンでしっかり留まっているヅラは、前転程度では取れないのは確認済みだったが、サラは少しヒヤリとした。

この戦いでは、擦り傷1つ負うのも許されない。
簡単に魔術で治せる傷を治さずに次の試合に出れば、今まで隠してきたことが露呈しかねないからだ。
サラは自分の手足をチラッと確認した後、すぐに後ろを振り返り敵の位置を確認する。
50メートル四方というスペースを活かし、なるべく離れた場所へと駆け出した。

この剣闘士は、大柄な割には攻撃スピードも速い。
少し距離を置いたところで、すぐに追い詰められてしまう。

しかも、ヤツはまだ遊んでいるのだ。
なぜなら、まだ攻撃に右腕しか使っていないから。
左手も、もちろん両足も、ヤツの武器に違いない。
さっきだって、サラが前転で逃げようとしたとき、もし男が右足でローキックを入れれば、ヒットしていた可能性もある。

サラの息は、少しずつ上がり始めた。
戦闘エリアの端から端へと逃げ回っているサラと、ほぼ中央に陣取りサラを追い詰める剣闘士では、スタミナの消耗頻度が違うのは当たり前だった。

観客たちは、息を呑んで戦いを見守っている。
獲物であるサラと、狩人である剣闘士、どちらに同調しているのかは一目瞭然だった。
剣闘士の鉄拳が落とされるたび、すばやく身をかわすサラに、観客たちもホゥと吐息を漏らす。

ちょこまかと逃げ回るサラに苛立ちを強めていった剣闘士は、遊びはそろそろ終わりだと言わんばかりに、サラの小柄な背を追って走り出した。
再び戦闘エリア隅で、サラは剣闘士の拳の射程距離内に入った。

「ほら、逃げないと当たっちまうぜっ?」

男の拳が、避けきれなかったサラの左頬をかすった。
ズキリと歯痛に似た痛みが走る。
マスクのおかげで見えないだろうが、軽く痣になったかもしれない。

「こっちも行くぜっ!」

右の次は、左。
とっさに首を後方へ逸らしたサラの左ボディーを狙って、今度は右足の蹴りが繰り出される。

「クッ……」

サラは体を後ろに傾けたまま、襲い掛かる剣闘士の右足を、自分の左足で蹴り返した。
そのまま蹴りの勢いに乗って、全身を後方へと吹き飛ばす。

「ちぃっ!」

蹴りを防がれた剣闘士は、勢いあまって床を転がったサラを追う。
詰め寄った剣闘士は、ふらりと力なく立ち上がったサラに、右ストレートを放つ。
しかしその右は、あくまでも誘いの一撃。
サラの避けるだろう軌道の上に、覆いかぶせるように、左フックをねじ込んだ。

サラには見えない角度から繰り出されたその拳に、剣闘士は勝利を確信した。

 * * *

すぐ後ろは、戦闘エリアの縁。
逃げ回り続け、疲労からずしりと重くなった体が悲鳴を上げている。
息が上がりすぎて、心臓が破裂しそうだ。
勝利の咆哮と共に、容赦なく男の拳が降ってくる。

駄目だ、逃げられない……

絶望に打ち負けそうになる心に、誰かの声が響いた。


『大丈夫。避けられる』


そのとき、サラの瞳には、普段見えないはずの風景が映し出されていた。
それは、男の拳の軌道。

なぜだろう?
この男の動く先が、はっきり見える。

流れる水の上を舞う木の葉のように、ゆらりゆらりと、剣闘士の拳をかわしていくサラ。

そう、次は、ここに来る。

顎の手前に両手をかざすと、予想通りそこに男の拳が飛んできた。
サラは、力の乗った男の左手をやわらかく包み込み、そのまま後方へ飛んだ。
宙返り一回転し、また着地。
サラにダメージは無い。

サラの瞳には、大男の次に繰り出す技が、白い靄のように見えていた。

「くそっ……」

男が次に仕掛けた右ストレート、左ローキックのコンボ攻撃も、紙一重のところでかわし、さらに重ねられた左アッパーも、手のひらでふんわりと受け止められる。
攻撃を受け止めた勢いに乗り、サラの細い体がくるりと独楽のように回る。
そして、気づくと無傷のまま剣闘士の傍を離れている。

拳も蹴りも、すべて受け止められてしまう。
サラの打撃吸収という技に、剣闘士は困惑を募らせていった。

男の中では、もうとっくに勝負は決まっていたはずだった。
前半は充分遊ばせてもらったし、さっさとこの貧弱な少年を叩きつぶして、次の試合に備えるはずだったのに。

なぜこいつは、倒れない?

次第に焦りだした剣闘士は、ケガをさせてはいけないというルールが頭から飛んだのか、致命傷になりかねないような勢いの突きや蹴りを矢継ぎ早に繰り出した。
しかし、当たらない。
いや、当たっても、すべて受け止められてしまうのだ。

まさか、俺の攻撃を予知しているのか?

馬鹿馬鹿しいと男は頭を振って、拳のスピードを上げた。

 * * *

息をつくこともできないような緊張感が、コロセアム全体を包んでいた。
剣闘士の男が、必死で攻撃を続けていることは、観ているものにもよくわかる。
しかし、技を受ける側の少年を見ると、まるで最初から示し合わせた舞踏のようにも見えるのだ。

男の攻撃を避け、時にはやわらかく受け止め、受け流すサラ。
体が無意識に動くままに任せながら、サラは自分の心と対話していた。
正確には、サラの心の中にはっきりと息づく、一振りの剣と。

訓練中、何度もこれと同じ、いやもっと鋭い攻撃を受けてきた。
剣を抜くなという縛りの中で、アレクやカリムの一切手を抜かない拳と対峙してきたのだ。
いつも懐にあった黒剣は、サラの心に共鳴し、サラが恐ろしいと思うたびに震えていた。

そんな臆病な自分が、訓練を重ねるうちに少しずつ変わっていった。
信頼できる仲間の攻撃を受け続けるうちに、いつのまにかサラの心は戦いを恐れなくなっていた。
サラが吹っ切れると、懐の剣もただ穏やかに寄り添う存在になっていた。

『離れていても、一緒にいるんだよね』

サラの腕が、足が、敵の攻撃を予知するかのように動き、止めていく。
アレクやカリムの剣を止め切った、あの日のように。

当たり前のように、剣闘士の攻撃を跳ね返していくサラの心に、もう1つの声が響いた。

『相手を傷つけない、ただ止めるだけの剣。それじゃ勝てないよ?』

うん、分かってる……

一緒に、戦おう!

サラが、心の声に強く答えたとき。
防戦一方だったサラが、初めて剣闘士に牙をむいた。

 * * *

剣闘士の重い拳を受け止めながら、旋回するサラ。
もう数え切れないくらい、繰り返されたパターンだった。

そのときサラは、旋回を止める角度を今までと少し変えた。
男に背を向けるのではなく、向き合う方向へ。
サラは、男の死角である左後方へとすばやく回り込み、そのまま男の懐へ飛び込みんだ。

叩き込んだのは、華奢なサラの右腕。

自分の腹に、深々と突き刺さったそれを見て、男は一瞬細い目を見開いたが、すぐにフッと笑みを浮かべる。

「お前の攻撃なんざ、蚊に……」

鼻で笑いかけた男の表情が、みるみる曇っていく。

「黙れ」

サラは男の懐から飛び退ると、そのままゆっくりと前のめりに崩れ落ちていく男を見守った。

人間の体には、急所といわれる部分がいくつかある。
急所とは、絶対に鍛えることの出来ない場所。
そんな急所の1つが、みぞおちだ。

普通の突きであれば、この剣闘士には耐えられたかもしれない。
だが、サラの突き出した腕には、特別な暗示がかけてあった。

この腕は、堅く鋭いあの黒剣なのだと。

あたかも剣についた血のりを落とすように、サラは右腕をぶるりと振るった。

頭に血が上りすぎたのか、戦闘エリアの淵ギリギリに居たことを忘れたのも、男の敗因。
ぐらりと前へ傾いた体を立て直そうと、必死で踏ん張る男の太ももを、サラの右足が狙った。
太もも中央にある急所へ、容赦なくピンポイントでつま先がねじ込まれた。

耐え切れずよろめいた男の体。
冷静なサラは、さらに別の急所である向こう脛への蹴りを繰り出した。

それが、駄目押しの一撃だった。

最後の蹴りに意識を失いかけた男は、重力に逆らえぬまま、場外へと吸い込まれていった。


次の瞬間、サラの勝利を告げる鐘の音が、静まり返る会場に響き渡った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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ようやく大会2回戦終了です。雑魚2タテとなりました。あっさり。全国の大男のみなさま、どうもスンマセン。大男苦手なんですよねー。格闘技とかもあんまし好きではないです。相撲とかも。あと唯一読めない人気マンガがグ○ップラー某ってやつで……あの大男の筋肉がもう無理です。食わず嫌いでゴメンナサイ。あっ、だからバトルシーン苦手なのかも。まあこの話バトル野郎系兄さんは読まないだろうけど……。合気道やってる知人に聞いたんですが、自分の腕カッチカチ的な暗示攻撃けっこういけるらしいので、か弱い女性の皆様もヘンタイに襲われた際はぜひ。(本当は金○が一番早いらしいです)
次回は、準決勝でようやく好青年とクリーンな戦いです。ほっ。瞬きする間にあと2試合書き終わっちゃうといいな……

第二章(21)騎士との誓い

第二章 王城攻略


次の試合が始まるというのに、観客席のざわつきはなかなか収まらなかった。

判官贔屓という言葉が、これほど当てはまる試合は無かった。
一方的になぶられるだけだった少年騎士に、誰もが憐れみを覚えていた。
勝てる見込みの無い勝負を受けたことに、あきれる者さえいた。

ところが、少年騎士は良い意味で観客の期待を裏切り続けた。
圧倒的に強い敵の攻撃を必死でかわし続け、徐々に攻撃を見極めて、受け止められるようになり。
最後には、完璧な勝利を掴み取った。

見ている観客の誰もが、その劇的な展開に心を動かされていた。
一般席に座る者も、そうでない者も。

「アイツは、何者だ?」

ざわめく観客たちに答えが与えられるのは、もう数時間先のこと。

 * * *

黒剣と指輪を受け取り、控え室に戻ってきたサラは、ドアを後ろ手に閉めると同時に、崩れ落ちるように床に転がった。
ただただ、疲れた。

体の表面に傷も作らず、痛みを感じるところはない。
一ヶ所だけ、剣闘士の拳がほんの少しかすった頬がじわりと痛みを訴ええるが、きっとたいしたことはないだろう。
とにかく、目に見えるところにさえ傷が無ければいいのだ。
せめて、あと1試合は。

「よっ、少年。試合見てたぜ」

危険度ナンバーワンの魔術師が声をかけてくるが、サラは返事をせずに寝転がったまま、はあはあと荒い息を繰り返している。

「俺、お前と戦ってみたいなー」

サラのツヤツヤした金髪ヅラの中心部、つむじのあたりを、ツンツンと杖の先でつつく魔術師。
つつかれるたび、逃げるようにゴロリと横に転がっていくサラ。
控え室といっても、風雨にさらされるコロセウムと接しており、床は砂埃だらけだが、どうせヅラも服も汗や砂でぐちゃぐちゃだし、サラは気にせず転がった。

勝てたのは、本当にラッキーだった。
黒剣ダイスちゃんの意識が自分の中に残っていたから、あれだけ攻撃を受け止められた。
あんな条件を飲まなければ、もっと楽に勝てたのかもしれないけれど……

サラは、気づいていた。
本当に厳しい勝負になるのは、この先だ。
まだ、自分の手の内は見せられない。

「おい、そっとしといてやれよ」

革靴の紐を結びなおした緑の瞳の好青年騎士が、闘技場へと向かいつつも、後ろ髪を引かれて声をかけた。

少年が休めるのは、あと3試合分。
しかし、自分とこの得体の知れない魔術師は、さほど試合に時間をかけるタイプではない。

今のうちに体力を回復しておけよ?

騎士は、大歓声に笑顔で答えながら、颯爽と控え室を飛び出して行った。

 * * *

どのくらい寝転がっていたのだろう。
ベスト4が出揃ったぞと、サラはバリトン騎士から叩き起こされた。

「大丈夫か、少年。リタイアするか?」

体は鉛のように重く、全身に疲労感がまとわりついて、サラを心地よい地面へと誘惑してくる。
するわけねーだろと呟きながら、サラは苔の一念で体を起こした。
首をコキコキと鳴らし、腕をぐるぐる回して軽くストレッチした後、自分の見た目があまりに汚いのを気にして、手のひらで体中の砂を払った。

一試合目に、省エネ戦法で勝利しておいて良かった。
二試合目では、予想外に消耗させられてしまったけれど、少しだけ休めたし戦えないほどではない。

この準決勝が、きっと山になる。
つい先ほど、この手が握手を交わした相手が、敵となるんだ。

サラは、何かのげん担ぎか、靴紐を何度も結びなおす騎士を横目に見ながら、先に闘技場へと向かった。


コロセウムを埋め尽くす観客たちは、登場したサラと緑の瞳の騎士へと惜しみない声援を送った。

2回戦で見せた堂々たる戦いぶりから、サラの人気はうなぎのぼりだ。
一方、騎士の方も負けてはいない。
数年前までこの王城の警備を担当していた騎士には、昔馴染みも多いようで、声援の量からも圧倒的な支持を受けているのが良く分かる。

「オレは最初から、アイツには何かあると思ってたのよ」
「ああ、オレもだ」

大穴狙いでサラに賭けた者たちが、喜び勇んで自分の先見の明を吹聴している。
順当に勝ち進む、優勝候補たちの一角に食い込んだ、不思議なキノコ少年ことサラの評判は、試合を重ねるごとに高まっていた。

げんきんな観客たちの態度を横目に見つつ、カリムは思った。
最初の評判が低すぎたのかもしれないが、高まっていく噂を聞く分には悪くない。
はしゃぐ観客たちの姿を見ながら、アレクは「サラが優勝してもお前の取り分はねぇぞ」と意地の悪い笑みを浮かべたが、カリムはまだ優勝してもいないのに暢気なことだと、内心呆れた。

リコは、準決勝の舞台に立つサラの姿を見ただけで、すでに号泣していた。
そっと差し出されたリーズのハンカチが、瞬く間に水浸しになる。

「リコ、泣いてばかりいないで、あいつの姿をしっかり見ておけよ」

お前も5年後にあそこに立つんだろ?と言いながら、アレクがリコの頭を撫でると、リコは顔を真っ赤にしてコクコクとうなずく。
リーズにも、そのスプーン無しでお前も狙えと無茶な要求をして、猫たちにニャンニャンとブーイングを受けている。

アレクは軽口を叩きながらも、緊張に汗ばむ手を何度もズボンの生地でぬぐっていた。
遠目にも、あの騎士の強さが伝わってくる。
サラにとっては、今までの2試合とはまったく違う次元の戦いになるだろう。
うまく頭が切り替えられればよいのだが。

神様なんて信じないと豪語するアレクだったが、今日だけはサラの勝利と無事を、神に祈っていた。
勝利のおまじないもかけたのだが、今大舞台に立つサラは覚えているだろうか。

今朝のミーティング時、アレクはサラに1つのアドバイスをしていた。

もしも、この王城に仕える騎士と当たったら……


「大丈夫だ、サラ。お前ならやれるよ」


アレクは、心の中に留めておいたはずの言葉を、無意識に口に出していた。
すぐ隣に座って、アレクを意識していたリコだけが聴こえるくらいのボリュームで、そっと。

リコは、初めて聞くアレクのやわらかい声色に、自分の耳を疑った。
幼い頃に聞いた声が、リコの脳裏によみがえる。
そう、あれは、父が母に語りかける声。

もしかして、アレクは……

「どーしたの?リコ?」

顔を青ざめさせているリコに、すかさずリーズが声をかけてくる。
リコは、首を横に振り何でもないと呟いた。
再び潤み始める瞳を、しっとりしたハンカチで軽く押さえるが、なかなか止まりそうもない。

そうだ、私本当は、気づいてたんだ。
知りたくなかったから、またいつもの癖で、見ないフリしてた。
アレクの目が、いつもどこを向いていたか、最初から私は知っていたの。

リコに向けるのは、ナチルと同じ、家族を労わる優しい目。

でも、サラに向けるのは……

闘技場の中心で、立派な青年騎士と対峙するサラの姿が、涙で霞んでふわりと揺れた。

 * * *

「例の条件だが、俺の方に異論は無い」

サラが言い出す前に騎士が告げたので、サラは苦笑しつつも「ありがとうございます」と一礼した。

「では、何か引き換えの条件は?」

この相手は、剣闘士のように武器を手放すことはないだろう。
しかし、本来なら聖剣と魔術を組み合わせて戦うタイプのはず。
サラの一方的なわがままで、相手にだけハンデを負わせるわけにはいかない。

騎士は、緑の瞳をまっすぐ空へと向ける。
一瞬、まつげが影を落としたその瞳の色が深い緑に見えて、サラはドキッとして目を逸らした。

「そうだな……」

考え込む騎士に対して、勝手に焦るサラ。

「な、なんでも言うこと、聞くぞっ!」

何言ってんだ、私はっ!
やばい、緑の瞳は危険!鬼門!

とっさに伏せられたサラの青い瞳は、金色の前髪に隠れて見えない。
その瞳を覗き込むように首を傾げていた騎士は、フッと笑んだ。

「じゃあ、俺からの条件を1つ出そう」

緑の騎士は、優雅に剣を抜くと、磨きぬかれ輝きを放つ剣の中心部に、軽く口付けた。
それは、騎士が神と王に対して誓いを立てる儀式。

「我は誓う。持てる力の全てで、この戦いに臨むことを」

目を閉じる騎士のしぐさに、サラは一時戦いを忘れて見惚れた。
ぼんやりと騎士を見つめるだけのサラに、騎士はお前も剣に誓えと促した。

「全身全霊で、向かって来いよ」

その剣で、俺を殺すくらいの気合で、な。


挑戦的に煌めく騎士の瞳に、サラはぎゅっと口を真一文字に結ぶと、黒剣を抜いた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃん、準決勝直前まで行きました。なかなか試合に入れんのは、やっぱそれなりにどんな相手か書かなきゃとね。うん、技量の問題もあるけどね。緑の騎士、やっぱかっちょいい男です。登場キャラのなかでも、癖が無いし誠実だし優しいし一番モテキャラかも。しかし名無しのままです。年齢は実際かなり上……ついでに既婚者と思われます。あと、アレク様の気持ちにリコちゃんようやく気づいてプチ失恋の回でもありました。とはいえ「今は妹でも満足、だってサラには彼氏いるしぃ」というあみん気分は当分抜けそうにありません。
次回、準決勝の試合まるまるお送りします。初めて剣同士の戦い。しかも好敵手との戦いで、何気にサラちゃんピンチです。技量のない作者もピンチ?

第二章(22)敗北の予感

第二章 王城攻略


お互いの指輪を預けた後、試合は始まった。
好感度の高い2人の対戦に、会場の興奮は一気に高まったが、その後潮が引くように静まり返ることとなる。

広いコロセウムに響くのは、ただ、剣のぶつかり合う音のみ。
鋭い金属音が、途切れることない音楽のように、会場を包み込んでいく。
聴く者の心臓を鷲掴みにするその音は、命のやり取りの音。

刹那的で美しい音楽を奏でる2人から、誰一人、一瞬たりとも目が離せなかった。

 * * *

緑の瞳の騎士は、サラが今まで戦った誰とも違った。
その太刀筋は、どこまでもまっすぐだ。
まさに太陽のような正確さでのぼり、落ちる。

少し癖のある、人を引っ掛けるようなフェイントをするアレク。
師匠がおらず、すべて自己流で剣を学んだというカリム。
その2人とはまったく違う、力強く正しい打ち筋は、なぜかサラの心を怯ませた。

騎士の剣を、教科書のような剣と批判する人間もいるかもしれない。
しかし、教科書がなぜ教科書たるのかを考えれば、その批判が的外れと分かるだろう。

または、こうしてリアルに剣を向け合って見ればいいのだ。
どんな角度から剣を繰り出しても、強く正しく真っ直ぐ返してくる。
拮抗する状況を変えようと、無理にトリッキーな動きをしようものなら、自滅への近道となるだろう。

サラの全身は、試合開始からいくらも経たないうちに、汗でびっしょりになった。
もしかしたらこれは、冷や汗かもしれない。

……この人、強い!

久しぶりに感じた、対戦相手への恐怖だった。
剣闘士に追い詰められたときすら、恐怖など感じなかったのに。

サラは、黒剣を強く握り締めた。
あのときは、自分に寄り添い、支えてくれていた黒剣。
今はその気持ちが分からなくなっていた。

うっすらと敗北を予感しはじめたサラ。
その心を感じ取り、黒剣は勝手にその剣先を動かし始めた。
騎士を敵とみなした黒剣は、尋常ではない速さで切りかかっていく。
相手の致命傷となるだろう箇所へ向かって。

試合前に、騎士とかわしたあの約束通りに。

 * * *

騎士は、サラの剣が変化しつつあるのを感じていた。

先ほどの試合でもそうだった。
この少年は、戦いの途中で”進化”する。

騎士は決して手を抜いていたわけではないが、しばし様子を見ていたのも事実。
序盤の少年は、騎士の剣を受けるのがせいいっぱいだった。

ところが、今はどうだ?

元々表情のまったく見えない、不気味な変装をしているが、その奥に潜んだ魂は熱くしなやかな少年と見えた。
しかし今の少年からは、一切の感情がそぎ落とされたようだ。

瞬きする間も与えられないほど、早い打ち筋。
致命傷になる箇所へと次々繰り出される少年の剣を、騎士はかろうじて受け止めていく。
受けるたびに、自分の腕の骨がみしりと音を立てるのを感じた。

最初は見た目の通り軽い剣だし、たいしたダメージにはならないと思ったが、いかんせん打ち付けられる数が多すぎる。
長引くほど、不利になる。

しかしこの剣を受け止めきれなければ、己がこの場に立つ意味はない。
戦場を捨ててきた自分には、これしかないのだから。


騎士が戦地で感じたのは、苦しさというより空しさだった。
敵は、狡賢い魔術師と、何も知らない農民ばかり。
戦うたびに、何かを失っていく自分がいた。

力のある相手とあいまみえたいと、ただそれだけを強く願っていた。
その欲求が抑えられず、ギリギリで戦場を飛び出した。
自分が腕を認めた好敵手と、お互いの剣を持って、正々堂々戦いたかった。

そんな夢が今、叶ったというのに。

くそっ!
あんな挑発、しなきゃ良かったな……

闘技場の端に追い詰められながら、騎士は必死で逆転のチャンスを待った。

 * * *

小柄な少年に力で押され、じりじりと後退する騎士。
予想外の展開に、観客たちは椅子に座ったまま身じろぎ一つできなかった。
勝利を掴みかけているように見えるサラを、焦りと共に鋭いまなざしで観ているのは、アレクだけだ。

「サラ、そのままでは、勝てないぞ……」

しかし、アレクの呟きがサラに届くことは無い。


騎士を確実に追い詰めながら、サラは絶望的な心境で、剣の望むままに体を差し出していた。

この人は強い。
だからこそ、私は冷静にならなきゃいけないのに。
臆病な心が、不安に震える腕が、抑えきれない。

サラの体には、明らかに自分の肉体の限界を超えてきている兆候が現れはじめた。
徐々に痺れを感じはじめた両腕を、サラはわずかな理性と気力で支え続ける。

今なら、まだ間に合うはず。
騎士の体に、一太刀でも入れられれば勝負は決まる。
それがサラ自身の力ではなく、サラの恐怖を受けて暴走する黒剣の力だったとしても、勝ちは勝ちなんだから。

サラの支配が緩むのを感じた黒剣のスピードは、もう一段階増した。
人間離れしたその剣は、訓練ですら見せたことの無いものだった。
しかし、目の前の騎士はすべて受けきってしまう。

その緑の瞳に感じるのは、戦慄。

黒剣を受けるタイミングが一瞬でもずれたら、この人は死ぬだろう。
なのに、ギブアップなんて絶対にしてくれない。
あと何分持つか分からないが、サラの体は限界に近づいている。

だめだ!
このままじゃ、私は負ける!

今の弱気な自分と、目の前の騎士との違いは、決意だ。
全力で戦うこと、そして散ることを恐れない決意。
それこそが、戦場で培われる魂のようなものなのだろうか?

……私は、どうすればいい?

観客たちの目に追えないほどの速さで、流れ続ける黒い聖剣。
美しい剣舞のような、その太刀筋。

しかし、サラの心も体も、限界へと近づいていた。

 * * *

追い詰められながらも、騎士はサラの剣の変化を再び感じていた。
剣のスピードやキレは変わらない。
しかし、少しずつ、受け止める自分の腕の衝撃が、軽くなってきている気がする。

所詮、少年騎士。
いかに剣の腕が立とうとも、スタミナが切れれば、攻撃を持続することは不可能だろう。
肉体的な限界が近づいているのかもしれない。

試しにと、騎士は思い切り強くサラの剣を跳ね返すと、サラは体を振られて後方へと飛びのいた。
開始の合図から鳴り続いていた音楽が、ようやく止まった。


サラは、汗で滑りそうになる黒剣の柄を握りなおすと、剣先をまっすぐ騎士に向けた。
握力が尽きかけていることは、自覚している。
腕も、もう上がらないかもしれない。
あと使える部分は、足と体だけだ。

騎士の方は、まだ余力が残っているようだ。
表情には、薄く笑みを浮かべる程度の余裕がある。
なにより、剣を握るその腕には力が宿り、緑の瞳には怯えも迷いも無い。

強烈な敗北感がサラの全身を毒し、力を失わせていく。

騎士の聖剣は、きっと魔力を秘めているのだろう。
もしもその手に指輪があれば、サラはここまで優勢に戦うことはできなかったはずだ。

ああ、そうだ。
元々対等に戦える相手なんかじゃなかったんだ……

騎士の剣が、守りでなく攻撃のために振り上げられるたびに、なんとか剣で応えるものの、怯える心はサラの足を一歩一歩後ろへと向かわせていく。
じりじりと後退していたサラだが、いつしか後が無くなっていた。
ついに、戦闘エリアの終わりを示す段差が見える位置まで、追い詰められてしまった。

これ以上、後ろに下がることはできない。
かといって、前へと打って出る勇気もない。
サラに協力してくれた人たちの顔が次々と浮かんで、サラは悔しさに涙をにじませた。

リコ、カリム、アレク……
ゴメン、みんな。
みんなのために、全力で向かったけれど、駄目だったよ。

ゆっくりと振り上げられる騎士の太い剣。
集中を失ったサラに、剣の打ち筋は読めない。

サラが、もうおしまいだと、瞳を閉じたかけたとき。

まるで暗闇に光が差し込むように、サラの脳裏にアレクの言葉が蘇った。


『いいか、サラ。チャンスは一度きりだ』


騎士にとって、剣は神への忠誠を誓った証。
誓いと共に口付けられた剣には、神の魂が宿るとされている。

その剣を、手放す騎士は絶対にいない。

だから。


『ガキィンッ!』


サラは最後の力を振り絞り、黒剣を突き出して、騎士の重い剣を受け止めた。
剣を打ち合わせクロスさせたまま、とっさに体を横にひねり、騎士の太刀筋から自分の体をずらす。

重なりあった剣の勢いを、殺さないまま。

サラは剣を手放し、空へと放り投げた。

 * * *

一瞬、何が起こったのかわからず、宙を舞う黒剣に見入った騎士。
力を受け止めてくれる相手がいなくなった騎士の聖剣が、ゆるやかに床へと向かう。
剣の勢いを止めようと伸ばした腕が、少年の肩に乗せられたと感じたときには、もう遅かった。

まるで少年の剣と同じように、自分の体がふわりと宙に浮き、景色が反転していくのを、騎士は信じられない思いで眺めていた。

サラは、剣を手放すと同時に、騎士の懐に飛び込み、そのまま一本背負いをかけていた。
ブチブチと鈍い音がして、サラが掴んだ騎士の胸元のボタンが飛び散り、闘技場の床の上を転がった。


硬い闘技場の縁から、草の生えた地面へ転がり落ちるボタンと共に、騎士の体も同じ場所へ投げ落とされていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
はー。ようやくサラちゃん、決勝進出です。あー、しんどかった。なんともヘタレな展開で、泥臭い勝ち方になってしまいました。でも、人間そんなあっさり強くなんてなれまへん。アレク様のおまじないこと伏線風指示は、頭文字某の車のマンガから。ピンチひっぱってひっぱって負けそうなときに「そういえば涼○さんが……」って思い出して大逆転。あれ毎度ハマっちゃうんですよね。まさに王道。そして、創造とは模倣である。うむ。……ゴメンナサイ。ちょっとインスパイアされてリスペクトでフューチャリングしたっていうかぁ……もにょもにょ。とりあえず、サンプリング(丸パクり)だけは無いと断言しときます。
次回、決勝戦……の前に、アレク様とサラちゃんのシリアス&ちょいラブエピソード。アレク様の過去に迫っていきます。甘い匂いがぷい~んと。ファブリーズのご用意を。

第二章(23)アレクの望み

第二章 王城攻略


朝からスタートした決勝トーナメントも、残すところあと1試合。
観客たちにとっても、決勝に残った2人の勇者にとっても、一息つける昼休憩となった。
試合を見守ってきた者たちが語り合うのは、先ほどの準決勝第一試合のことだ。
素晴らしい剣技と、想定外のエンディングに、人々は酔いしれていた。

準決勝は、当然もう一試合行われたのだが、人の口にのぼる言葉は少ない。

「やっぱり、ファース様はすげえ方だな」
「ああ、あの方は別格だ」

トトカルチョでも、不動の人気ナンバーワン。
代わりに、魔術師が優勝したところで、戻ってくる金額は一割り増し程度。

どうせならば、お祭り騒ぎに浸れるような番狂わせを期待したい。
観客たちの情熱は、サラへと向かって流れていた。

 * * *

トリウム国民の心をとりこにした、キノコ少年サラは、昼休憩だというのにまだ控え室にいた。

決勝戦の相手である魔術師も、管理側のバリトン騎士も、すでに食事へ行ってしまった。
緑の瞳の騎士だけが「おい、昼飯はちゃんと食べろよ?」と最後まで心配そうに声をかけていたが、微動だにしないサラにさじを投げ、部屋を後にした。

「サラ、いるのか?弁当食べようぜ?」

控え室を訪ねてきたのは、アレクだった。

本来、部外者とは会えないのがルールだったが、そこは前回優勝者の肩書きを持つアレク。
「王城が用意した食事では、サラがアレルギーを起こすかもしれないから」と適当なことを言って、弁当を届けることを管理側の騎士に認めさせたのだった。
もっとも、管理側の騎士にも、すんなり許可したのには理由があったのだが。

ドアを開けたアレクが見たものは……

黒剣を前に、土下座するサラの姿だった。


アレクは、プクッと頬を膨らますサラを、目に涙を浮かべたまま見つめていた。
控え室のドアには鍵をかけたので、覆面を取っていいぞと言われたサラは、またアレクに爆笑された。
第二戦で殴られた痣が、ちょうど左のほっぺの真ん中に、まん丸いお月様のように浮き出ていたのだ。

「乙女の大事な顔が傷ついたのに、笑うなんてひどい!」

ひとしきり笑ったあと、アレクはサラにゴメンと謝って、代わりにある術を施してくれた。

適当なサイズに紙をちぎり、アレクは手のひらに乗せる。
もう片方の手は、サラの右頬をそっと触る。
それだけで、紙はサラの頬と同じ色に変化した。

「これが、転写の魔術だ」

サラが興奮してうわーと声を上げると、とたんに左頬がズクリと痛む。

「おいおい、乙女の顔なんだから、大事にしろよ?」

揚げ足を取りつつも手は動かし、アレクは着色した紙をサラの青なじみの上へそっと乗せた。
紙が肌に溶け込むようにぴったり付着し、サラの傷は完璧に隠れた。

上出来と自画自賛するアレクに、サラは遠慮なく不満をぶつける。

サラは鏡を見て、自分でも確認したかった。
しかし、この世界にはあまり鏡というものが普及していない。
なぜなら、水と器さえあれば、比較的簡単な水の魔術で、鏡にそっくりなものが作れてしまうから。

「本当に本当に、ちゃんとくっついてる?」

サラが気にしていたのは、またマスクをかぶって汗をかいたら、はがれてしまわないかということ。
唇がカサカサする冬に、皮がぺろりとめくれるのも大嫌いなサラは、途中ではがれるくらいなら最初から要らないと思っていた。

「あの、半分剥がれかけた皮とか、ガサガサしてめくりたくて気になっちゃうんだもん!」

サラのこだわりは、アレクにはまったく理解できなかった。
ただ、妙なわがままを言うサラが、年相応に見えて可愛いなと思った。

「本当にくっついてるって、証明してやるよ」

俺の術は完璧だぞと言って、アレクは近くにあった水差しをサラに渡し、簡易鏡に変化させた。
そっと俯いて水鏡をのぞきこむサラ。
確かに、違和感は無い。

大丈夫ならいいけど、と思った瞬間。

水鏡が、サラの動揺を映して大きく揺れた。

サラの頬には、アレクの唇がそっと押し当てられていた。

 * * *

突然頬にキスされて、色付いた紅葉のように真っ赤になったサラに、アレクは言った。

「ほら、ちゃんと見てみろよ。同じ色になってるだろ?」

怒り心頭のサラは、なんのことよと怒鳴りかけたが、アレクは強引に水さしを向けてくる。
サラが再び水鏡を覗き込むと、紙が貼ってある左頬も、右頬と同じように赤く染まっていた。

「すごーい!」

でも、突然ちゅーするなんて、セクハラ!

サラは、得意顔なアレクの頭を軽く叩いて、ぷいっと後ろを向いた。
しかしアレクが「そっち向いてると、弁当やらないぞ」と言ったので、サラはあっという間にアレクに向き直り、げんきんなヤツとまた笑われたのだった。


サラは、ぶつぶつと呟きながら、ナチル特製の美味しくて消化の良いお弁当をつついている。
呟いている内容は、ヘンタイ、セクハラ、エロオヤジなど、すべてアレクを罵倒するものばかり。

チラリとアレクをのぞき見ると、サラの愚痴などまったく気にしていないという風で、クールに弁当を食べている。
サラは、だんだん怒っている自分が馬鹿らしくなり、お弁当に集中することにした。
アレクは「女のヒステリーは、食べ物を与えた上で無視するが吉」という、頭領の指導に従う真面目な弟子だった。

腹八分目で満足したサラは、アレクからあるものを渡された。

「お前、そっちの手出せ」

遠慮なくサラの手を取り、右手の中指にはまっていた指輪を抜き去る。
代わりに手に乗っていたのは、予選で一緒に戦った、サラの髪の毛お守りだった。

「なんでこれ?私こんなの持ってても、使えないよ?」

自分の髪といえど、単純に人毛そのものが苦手なサラ。
理由は、小学生の頃クラスに回ったホラー漫画を読んだせいだと思い出した。
確かタイトルは「わたしの黒髪は良い黒髪」だったっけ。

親友の恋人に横恋慕した女が主人公。
憎い親友の髪をわら人形に入れ、杭で打ちつけるシーンは、今思い出してもぞっとする。
呪うほど憎んだ相手が死んだ後、好きな男を手に入れて幸せになったはずの主人公の首に、いつのまにか死んだ女の長い黒髪が巻きついて……

うわっ、鳥肌!

サラはお守りを机に放り出した。
しかし、さすがに髪の毛が怖いから嫌だとは言えない。

「どうせ役に立たないなら、指輪の方がカッコイイのに!」

子どものような文句をたれたサラを、アレクは漆黒の瞳で容赦なく睨みつけた。
何度見ても、カキンと背筋が固まるような、恐ろしい目力だ。

「サラ、お前さっきの試合に勝てたのは、誰のおかげだと思う?」

サラは、ヒッと呟くと萎縮して背を丸めながら、黒剣様とアレク様のおかげですと言った。

「ああ、俺の助言をちゃーんと思い出して素直に従った、サラのおかげだったな?」

彼は、私を褒めていますか?
いいえ、違います。

サラは英作文のようなことを考えつつ、しぶしぶお守りを手にした。
中身の感触を意識しないように、汗で汚れてべとつく服の胸ポケットにそっとしまった。
しかし、試合の途中で装備アイテム交換なんて、ドラクエだったら贅沢な1アクションだなと考えていたサラに、アレクの言葉が届けられる。

「サラ、決勝戦の対戦相手だけどな……」

そこでアレクは、一度言葉を切ると、そのまま口ごもった。
いつも発言が明瞭簡潔なアレクにしては、珍しく歯切れが悪い。
今日はノーメガネなので、アレクの黒い瞳の色が不安定にゆらめくのが、サラには良く分かった。

アレクは一度部屋の時計を気にしてから、いつも腰にぶら下げている袋をまさぐると、サラにいつものメガネを見せた。

「あの魔術師は、5年前、こいつを俺にくれたヤツなんだ」

あのときのことは、今でもはっきりと覚えている。
アレクは、少し声のトーンを落としながら、今まで心に秘めてきた過去を語った。

 * * *

5年前の大会で、真の優勝者はヤツだったと、俺は信じている。

初めて予選会場でヤツを見たとき、こいつは絶対最後まで残ると感じていたんだ。
しかし、俺も参加者の中では、それなりにずば抜けて強かった。
お互い目線を交わしただけで、そう感じ取ったような気がするな。

決勝をヤツと戦うと思い込んでいた俺は、正直勝てる気がしなくて、体の震えが止まらなかった。
武力ではなんとか互角、しかし圧倒的な魔力の差を感じていたから。
ただ、俺は若かったし、誰にも負けないと自分に言い聞かせていたんだ。

だから、2回戦でヤツが、恐ろしい魔術を使って対戦者を殺したときは、怒り狂った。
この控え室で、ヤツの胸倉を掴んで、くってかかったんだ。

俺と戦うのが怖いからわざと失格になったのか。
お前は俺から逃げたんじゃないかと。

遺族が聞いていたら、どう思うかって考えつかないくらい、あの時の発言は自己中そのものだったな。

するとヤツは、このメガネを俺に渡して言ったんだ。


『こいつは、人間の魔力が見えるメガネだ。さあ、俺のことを覗いてみろよ』


言われるがままにメガネをかけた俺は、ヤツの体から吹き上がる七色の光の洪水に、圧倒されたんだ。
次に、自分の手のひらを見て、その輝きの違いに愕然となった。

ヤツは「お前は指導者に向いてるかもな。こいつは置き土産にやるよ。せいぜい弟子でも育てて、5年後にまた挑戦しにこい」と言って、あっさりと去っていった。


俺は、次の試合でわざと負けようと思った。
そうすれば、優勝なんて肩書きはつかなくなる。
5年後は、俺自身がヤツにリベンジする、いやしなければならないと。

しかし、結局俺は優勝してしまった。
自治区のためってのは、あくまで建前、完全に俺のいいわけだった。
俺は心底、ヤツが怖かったんだ。
5年修行したところで、とうていヤツに勝てる気がしなかったから。

だから、ヤツに勝てる素質を持った弟子を探したよ。
5年探して、結局見つからないと諦めかけたときに、サラ、お前がやってきたんだ。

いくじなしで、ちっぽけなトラウマ抱えたままの俺の心を、お前はあっさり蹴飛ばした。
普通の女の子が到底思いつかないようなでかい目標を掲げて、貪欲に強さを求めて、厳しい訓練にも食らいついてきた。

なによりお前には、俺が今まで見たことがないような、天性の才能があった。


「お前は……俺の、希望だ」


アレクはそういって、サラをそっと抱き寄せた。

 * * *

負けず嫌いで、いつでも自信満々で、人をからかってばかりのアレクが。
今は、幼い少年のように、肩を震わせてサラの体にしがみついている。

まるで道場に遊びに来る、孤児院の子どものような熱い体温だった。
サラは、アレクの体温を感じながら、緑の瞳の騎士と戦ったときに感じた不安がすうっと消えていくのを感じた。
まるで手のひらに落ちた雪のように溶けていく不安と、代わりに湧き上がってくる愛しさ。

私、アレクの心に刺さったままの、小さな棘を抜いてあげる余裕くらいはあるみたい。

「ね、アレク?」

サラが鈴の鳴るような女の子の声で呼びかけると、アレクはゆっくりとサラの体を放した。
その心地よい声を、ずっとそばで聞いていたいと願いながら。

「私、さっきの試合で、分かったことがあるの」

私がこの試合を戦う理由は、誰かのためじゃなく、自分のためだったんだって。
出場できなかったリコやカリムの分もとか、指導してくれたアレクのためにとか、戦争で傷つく多くの民を救いたいとか。
そんなの全部、私にとっても建前だった。

今、アレクの過去を聞いて、良く分かったの。

「私はただ、強くなりたい」

誰のためでもなく、自分のために、この勝負を勝ち抜きたい。
自分に課した目標を、達成できずに放り出すことが、気に入らなくて許せないだけ。

緑の瞳の騎士は、自ら戦いを望んでいた。
しかも、きっと楽しんでいた。
だからあれだけ、迷いのない剣を私に向けてきたんだ。

良く日本のスポーツ選手も言ってたよね。
どんなに大きな舞台でも、自分が楽しめたら最高だって。
結果は、後からついてくるって。

何度も理解したつもりになって、決意したフリして、でも強い敵が現れるとすぐぐらついて。
同じ気持ちを行ったりきたり振れながら、ゆっくりだけど、ようやくここまで来たんだ。
次の試合で、全てが決まる。

「あの魔術師が、どんなに強いかなんて、関係ない」

もしも普通の人が死んじゃうような強い魔術をくらっても、私は平気だもんね。

私は、優勝するんだ。
いつも一緒だった、この履き慣れた靴底に眠っている書状を、王に渡す。

「アレク、私の旅の結末を、どうか見守ってて」

サラが、青い瞳をアレクに向けてくる。
花が開くようなその笑顔と、深いブルーの瞳に魅了されたアレクは、どうしようもなく胸が騒いだ。
情熱の赴くままに、再び彼女を抱き寄せようとして、やめた。

サラの瞳の色はクリアで、まっすぐ前を向いている。
その瞳に、アレクの姿は映っていなかった。

もう彼女は、ただの女の子じゃない。
これから、戦場に立つ戦士なんだ。


「ああ、見守ってるよ。ずっとな……」


うん、と無邪気に微笑んだサラの黒髪を、いつも通りくしゃりと撫でながら、アレクは「ついに頭領と女を争うときが来ちまったか」と心の中で呟いた。

負け戦の予感にも、高鳴る胸をおさえきれなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
あー、甘クサ……遠慮なくファブッてください。実はアレク様、優勝者とか言われて褒められるのが単に悔しくて逃げまわってました。逃げ逃げ逃げても現れるばぁさんのように、結局は立ち向かわなきゃイカン時が来るのですが。しかし大人の男が年下女子に弱さ見せるときって、胸キュンじゃないですか?はい、そこで同意した女子は、立派なダメンズ候補です。大学のサークル合宿で酒入って、顔はまあまあだけど女はコロコロ変わるような先輩男子の些細な悩み相談には乗らないように注意。「わたしの黒髪~」は、恐怖マンガのオマージュです。ベタな短編ギャグホラーとしていずれ世に出すかも?
次回、ついについに決勝戦です!長かったー。相手は、ある意味新キャラというか、一筋縄ではいかない深イイキャラの魔術師君です。エキセントリック度高いです。

第二章(24)天邪鬼な魔術師

第二章 王城攻略


決勝戦の直前、サラが提案したマジックアイテムの交換は、あっさりと受け入れられた。

バリトン騎士は、あまり魔力がないのだろう。
不思議そうにお守り袋を手の中でくるくると転がした後、指輪を持っていないことだけを念入りに確認し、サラを解放した。

光の精霊系のアイテムは希少らしく、盗賊たちもかなり気を使って隠し持っているというし、これは何だと騒がれずに済んだことでサラはホッとした。

 * * *

魔術師はまだ休憩から戻っていなかった。
今朝までは闘志溢れる挑戦者たちで埋め尽くされていた控え室に、今はサラ以外誰も居ない。
少しさみしいけれど、あの魔術師とサシで過ごすよりは1人の方がマシかもしれない。

サラは、頭の中で戦略を練り始めた。

基本は、相手の魔術をなるべく受けないこと。
自分の武器であるスピードと黒剣だけで決着がつけば、それでよし。
黒剣様には、さっきあれだけ謝ったし、きっと許してくれたよね?

サラは、腰につけた黒剣を撫でさすりながら、どうかお願いしますと神頼みならぬ黒剣頼みをした。

次の仮定。
もしも、スピードや剣術で勝てなかったら?

前の試合、緑の瞳の騎士に剣筋をすべて見切られてしまったし、過信は禁物だ。
これから戦う魔術師は、アレクと武力が同等クラスということは、スピードも忍者レベルということ。
重ねてスピードアップ系の魔術でもかけられたら、サラに100%勝ち目は無いだろう。

魔術師があの試合を見ていたなら、サラの弱点がスタミナだということにも気づいているはず。
足を使うとしたら、試合開始からしばらく様子を見る程度にしておいた方が良さそうだ。
初っ端から走り回って、後半へばっては命取りだ。

となると、やはり決勝では、魔術返しの封印を解くしかない。

魔術を受ける前に、相手とそれなりにコミュニケーションを取っておかなければ。
得体の知れない魔術師から、いきなり攻撃系の上位魔術を受けたら、完璧に受け止めきれる自信はない。
きっと自動反射するか、ヘタすると増幅反射してしまう。

一応、アレクからは、あらゆる種類の魔術を経験させられていたサラだが、アレクの過去と魔術師の強さを聞いてしまっただけに、考えれば考えるほど不安が沸いてくる。

アレクの不思議なメガネでは、確か7色のオーラが見えたとか言ってたっけ……
今までの試合では、特に目立つような攻撃も、派手な上位魔術も使っていなかったみたいだけど、それは私と同じで隠していたのかな。

毎試合すんなり勝利していった魔術師は、一球入魂タイプのサラとは大違いだ。
それは、対戦相手に恵まれたことだけでは、説明がつかないような気がする。

どうもあの魔術師には、アレクや自分の想像を超える何かがありそうだ。

 * * *

サラは、自分が不利になるであろう最悪の状況を想定してみる。

仮定3。
もしも、魔術反射を破られてしまったら?
例えば魔術師は防御に長けていて、強力な結界をはれるとか。

だんだん複雑になってくる設定に、サラは1人2役となって演技しつつ考える。

まず自分が、魔術師の攻撃魔術を反射するとしよう。
はい、魔術師が、自分の反射を結界で受け止めました。

……その後、いったいどうなっちゃうんだろう?

サラが直接触れれば、結界は消える。
しかしそこまで接近すれば、魔術師はまた忍者へと変化して、サラと武力勝負に打って出るだろう。

魔術師の直接攻撃では、杖が武器になるのだろうけれど、はたして黒剣と戦えるほどの力があるアイテムなのか?
ドラクエでは、杖の攻撃力って剣より全然弱かったけれど。
アレクに、そのあたりも確認しておけばよかったな……

サラの思考は、そこで行き詰った。
将棋で例えるなら、飛車と角、どちらを動かせばよいか迷うような構図だ。
王を取れるのは、魔術反射か、黒剣か?
それとも、さきほどの試合で歩が金と成ったように、意外な手段があるのか?

何か策が見つかりそうなのに、なかなか思いつかない。

サラがうーんと頭を抱え込んだとき、蝶番が外れんばかりの勢いで、控え室のドアが開けられた。

「マスク少年に、質問がありまーす!」
「はぁ?」

飛び込んできたのはもちろん、決勝戦の相手。
ファースという名の、凄腕魔術師だ。
手にした杖をいたずらに振り回しながら、魔術師はサラに近づいてきた。

長い年月を経てきたであろうその杖は、油が染み込んだような艶のある色合いで、魔力の無いサラが見ても逸品と分かる。
そんな重要なアイテムを、あたかも細身のバトンのようにくるくると片手で回し、空中に放り投げては上手にキャッチ。
こんな場所、こんな立場でなければ、サラは無邪気に手を叩いて喜んだに違いない。

「ラスト!」と言って、高く杖を放り投げると、魔術師は後ろ手にキャッチ……

しようと思ったが、あいにく天井の高さが計算されていなかった。
勢い良く天井にぶつかった杖は、無残にも床に叩き付けられた。

「ああっ、杖がっ!」

慌てて杖を拾い、ふーふーと息をかける魔術師。

なんて、緊張感の無いやりとりなんだろうと、サラはガックリうなだれた。

 * * *

「そういえば、少年に質問があったんだよね」

なんだっけなぁと呟く魔術師。
アレクの話からイメージしていた人物と、目の前の人物はかけ離れている。
サラは、この相手とどう戦うかのシミュレーションも忘れて、ぼんやりと目の前の人物に見入っていた。

こうして正面で見ると、案外……いや、かなり綺麗な顔立ちをしている。
フードに隠れた髪と瞳は、淡いグレー。
歌舞伎や茶道の世界に居そうな、少し中性的な雰囲気の男だ。
緑の騎士のようなカチッとした騎士服か、もしくは着流しなんてのも意外と似合うのではないだろうか。

あとは、メガネもすごく……

「そうだ、あれだあれ」

サラが脳内でメガネ市場に入店しかけたとき、魔術師はぽんと手を打った。

「キミ、また例の条件出してくるの?」

この人は、どこまで本気なのだろうか?
サラは間髪いれず返答した。

「まさか、魔術師に魔術を使うなとは、さすがに言いませんよ」
「でもキミが戦った、あの下品で矮小で筋肉だけがとりえの大男は、キミから大事な剣を取り上げたよね?」

かなりの毒舌発言だったが、サラは馬場先生で慣れていたので、普通にスルーした。

「あれは、仕方なかったんです。勝ったから、別にもういいし……」

ふーん、と呟いた魔術師の周りに、少しずつ黒い靄が見え始めた気がして、サラは目を凝らした。

「そこまでして、キミは隠したかったんだね?」


『魔力が無いってことを』


サラの頭は、一気に戦闘モードに切り替わった。
人の魔力が見えるという、貴重なアイテムを簡単に手放すくらいだ。
この魔術師は、元々あのアイテムと同等の力を持つのかもしれない。

警戒を強めたサラに、魔術師は重ねて聞いてくる。

「もう1つ質問。キミが優勝したら、叶えたいお願いって何だい?」
「……なぜソレを、アンタに言わなきゃいけない?」

サラが慎重に言葉を選ぶと、逆に魔術師からは緩い言葉が飛び出す。

「実は俺、叶えたい願いなんて1つも無いんだよね」

壁際の椅子にどすんと腰掛けて、魔術師はまた懲りずに杖を回し出す。

「だって、地位も名誉も金も女も、ぜーんぶ持ってるし。せめて顔がブサイクとか、オツムが弱いとか、アソコが不能だとか、何か弱点があれば良かったんだけど、残念ながら何も無くってさ」

臆面もなく告げる魔術師のナルシスト発言に、サラは言葉を失った。
バカと天才は紙一重というけれど、やはり何かに秀でた人間は、ちょっと普通の感性ではないのかもしれない。

一通り自分ラブ発言を語り終えた魔術師は立ち上がり、げんなりしているサラに近寄った。

「俺の唯一の弱点、教えようか?」

サラの返事など待たずに魔術師は、至近距離でささやいた。
サラは、おのずと灰色の瞳に釘付けになる。

「それは、天邪鬼ってこと。人の邪魔をするのが好きなんだ。だからね……」

魔術師は、サラの想像を超える台詞を吐いた。


「キミが欲しがるものを、俺が奪っちゃおうと思ってさ」


人が怒り狂う顔ってけっこう興奮するんだよねと、キレイな顔を歪めてくすくす笑う魔術師の姿を、サラは金髪前髪でシャットアウトした。

こいつは、この世界に来て出会った中で、一番のヘンタイだ!

 * * *

ドSヘンタイ発言を聞いて以降、魔術師を存在しないものと無視していたサラだったが、願いを教えろとあまりにもしつこくねだられ、最後はどうでも良くなってしまった。
かわいらしくおねだりする魔術師は愛嬌があり、餌を求めてハフハフとまとわりつくハスキー犬のようだ。

「はいはい、分かりました。オレの願いを教えますよ」

犬バカな飼い主気分でサラが言うと、魔術師は尻尾を振って喜んだが……
その答えを聞いて、意気消沈した。

「キミが相当のお人よしだってことは、試合を見て分かってたけどね」

まさかそこまでだったとはと呟くと、よろけながら椅子に座り、顔を手のひらで覆ってため息をつく魔術師。
頭痛薬のCMに出てくる母親のように、こめかみに手を当てた大げさなポーズだ。

サラが答えたのは『世界平和』の一言。
それが嘘ではないと察した魔術師のリアクションに若干苛ついたサラだったが、もし魔術師が”勇者”としてその願いを叶えてくれるなら、それはそれでアリかもしれないと思ってしまった。

「訂正しよう。俺は単なる天邪鬼ではない。人を困らせて楽しむ、正統派の天邪鬼なんだ!だから、もっと困るような願いを考えてくれ!」

そんな風に迫られ、サラはなんて我侭な男だと呆れた。

「例えば、狙ってる女がいるとか、欲しい土地建物があるとか、手に入れたい宝があるとかさー」

再び餌くれとハフハフ迫る魔術師。
サラはげんなりしつつ、首を横に振る。
この魔術師は、人への嫌がらせに命を賭ける男なのだということは、良く分かった。

アレクはああ見えて意外と律儀な性格だから、きっとコイツの術中にはまってしまったのだろう。
もしも魔術師が「5年後リベンジしに来い」と直球で言っていたら、アレクは死に物狂いで修行し、魔術師に対抗できる力を得て、サラの代わりにここへ立っていたはずだ。
わざと魔力が見えるメガネを渡し、弟子を作れと告げたことが、この魔術師流の嫌がらせだったのだ。

無言で首を横に振り続けるサラに、魔術師はうーんと考えた後、良いアイデアがひらめいたとばかりに、両手を叩いて瞳を輝かせた。

「じゃあこうしよう!キミの大事な恋人を、俺が奪うってのはどう?」

その発言は、サラの心の琴線に触れた。
サラは椅子から立ち上がり、金髪の前髪の隙間から、上目遣いに魔術師を睨み付けた。


「それだけは、許さない。その前に、彼はアンタみたいなヤツ相手にしない!」


本気の怒りをにじませた、サラの低い声。
つい本音で漏らしてしまった台詞の矛盾点に、サラは気づかなかった。

魔術師は、初めてサラを恐れるようにじりじり後退ると、灰色の瞳に警戒心を浮かべて言った。


「キミ……男が好きなの?」


ゴメン、俺は普通に女の子好きだし、さすがに男とは付き合えないや。
いくらキミに嫌がらせしたくても、それはだけは無理、つーか勘弁。

顔の前でバイバイするように手を振りつつ、壁に背中をへばりつかせた魔術師。

ヘンタイ勝負で、サラが大逆転した瞬間だった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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またヘンタイキャラの罠に落ちてしまった……アホな舌戦で一話分終了。チーン。放っといたらこんなやり取り延々と続いちまうわ。とりあえず彼のヘンタイっぷりは試合で小出しにしましょう。ヘンタイなら態度で示そうよです。天邪鬼な彼は、欲しいものが何も無いといいつつ本当はしっかりあるんですが、その辺はまたおいおい。つーか実はファース君、この話に続編があるなら活躍するかも?って方です。なんて遠い未来……まずは足元見ましょ。しかし、ファース君がここで「それは好都合。俺も同じ趣味」と言ってたら、今流行の(?)ボーイズラブな展開になるのでしょうか。それも王道な気もするけど、ここはノーマルに進めときますよー。
次回、ついに決勝戦スタートです。王族チラリと出ます。ファース君の実力もチラリ。サラはやっぱり全力少年で。

第二章(25)武力縛り

第二章 王城攻略


決勝戦の直前、観客たちが密かに待ち望んだ瞬間が訪れた。
両脇にローブ姿の妙齢魔術師を2名従え、コロセウムの中央ステージへと現れた、1人の男。

ゆったりとした黒いサテン地の服に、真紅の甲冑をまとった、大柄な男だった。
胸に描かれた十文字のエンブレムの中心には、人のこぶし大の宝石が埋め込まれ、降り注ぐ太陽の光を乱反射している。
くるぶしに届くかという長いマントが、がっしりと逞しい背中を覆い、歩みに合わせてヒラリとはためく。
宝石が散りばめられた白銀の王冠が、褐色の肌に良く映え、男の神々しさを増す。

1歩進むごとに、空気が震えるほどの威圧感だった。
男は、ビロードの布が敷かれた階段を昇り、戦いを見下ろす位置にある革張りの椅子に、ゆったりと腰掛けた。
昼休憩の間に、戦闘スペース脇にしつらえられたその場所は、男のためだけに作られた特別な観覧席だ。

観客たちは、待ちきれずに叫び始めた。

「国王様ー!」
「トリウム万歳!」

英雄王とも呼ばれるトリウム国王ゼイルは、その声に片手を軽くあげて答える。
選手の控え室とは間逆にある出入り口から、次々と王族たちが現れた。

まずは、第一王子エール。
背中までの美しい黒髪をなびかせ、髪柔和な表情で観客に手を振るが、もう一方の手には国宝の杖が固く握り締められている。
トリウム国の筆頭魔術師でもあるため、自らも含めた王族たちを守る強力な結界を維持していることは、少し魔力のある観客たちには良くわかった。

次に、第2王子リグル。
騎士団長として日々訓練に勤しむことを証明するような、見事な体躯の青年。
大剣を背に、短剣を腰に差した、騎士たちと同じスタイルは、王子といえど気取らない印象を与える。
こちらも、何かあろうものならすぐに相手への攻撃をできるよう、警戒しつつの入場だ。

続けて、第3王子クロル。
賢者と誉れ高く、栗色の髪と理知的な瞳の少年は、観客のどよめきにも無表情で定位置へと向かう。
その美貌は、精霊の森の向こうに果てしなく続く大陸へも伝わっているという。
戦いには向かない分、知力をもって事前に暗殺者の新入するであろうルートを塞ぎ、幾人もの暗殺者を返り討ちにしたともっぱらの噂だった。

少し遅れて現れた、ただ一人の王女ルリ。
結い上げた栗色の長い髪の後れ毛と、ドレスの裾を揺らしながら、羽が生えたように軽い足取りで兄たちの後を追う。
少女からこぼれる笑みには見る者の胸を突く神秘性があり、妖精に例えられるのもうなずける。
穢れを知らない無垢な少女のようだが、大陸の各国からの求婚を全て断り続けているというエピソードからも、意思の強さを秘めているのだろう。

最後に、腰の下まである長い銀髪の女性。
うつむいているため、その表情は観客たちから見えなかったが、王の横に立つその姿はまるで、王を守るために天界から舞い降りた天使のように可憐だった。
王の側近として珍重されている巫女であることは、一般国民にはあまり知られていない。


5年ぶりに姿を見せた王族たちの姿に、観客たちは熱狂し、倒れる者も出るくらいの興奮状態に陥った。
警備の騎士たちが、慌てて観客を諌めてまわった。

それからほどなくして、バリトン騎士から声をかけられたサラと魔術師ファースは、ついに彼らの前に立った。

 * * *

今までの3戦では耳に入らなかった観客たちの声が、今ははっきりと聴こえる。
コロセウム全体が地響きを起こすほど、歓喜の叫びに埋め尽くされていた。
サラと、魔術師と、なによりすぐそこにいる王族へに向けられた声だ。
大変なところへ来てしまったようだと、サラは苦笑した。

舞台へ上がる際、サラは王族の居るであろう方向を見ず、魔術師の後姿を見続けた。
王族を見てしまうと、勝敗を意識しすぎてしまうと考えたからだ。
魔術師はといえば、さすがに手馴れたもので、観客や王族に手を振り投げキッスまでサービスしつつ進んでいく。
本当に、変な男だ。

サラは、先ほどまでの奇妙な舌戦は、自分の貴重なシミュレーション時間を邪魔するためだったのではないかと、今更ながらに悟った。
たぶらかされてしまったものは仕方が無い。
なにより、緻密な計画も試合が始まればすべて無意味になるだろう。

それは、相手の実力が分からないから。

サラは、自分が挑戦者側だと分かっていた。
黒剣と自分を信じて、全力を尽くして立ち向かうだけだ。


バリトン騎士が、すぐ脇に控える王族を気にしたのか、いつにもまして大きな声で告げる。

「両者、試合前に何か言うことはあるか?」

サラは無言で首を横に振る。
魔術師は、はーいと緊張感の無い声で手を挙げた。

「俺の方から、武力縛りを提案します」

控え室では、なんとなくうやむやになってしまったその話題。
サラは、ついカチンと来て言った。

「必要ない!」
「キミがそういうなら、絶対やるよ」
「天邪鬼もいい加減にしろよ!」
「うん、分かってるなら素直に受け入れようね?」

王族の前で繰り広げられる、くだらない水掛け論。
バリトン騎士が割って入り、両者が納得する提案を行った。

試合開始後は、お互い武力のみで戦うこと。
魔術師が「魔術を使わなければ勝てない」と思った時点で、その旨をサラに告げ、魔術を解禁する。

「わかった。せいぜいキミが俺を追い詰めてくれるのを期待しよう」

サラは納得し、天邪鬼な魔術師もあっさりうなずく。
このルールは、事前に考えていたシミュレーションに沿うものであり、むしろ線引きしてもらったことでより戦いやすくなる。

「では、遠慮なく」

王族と大観衆が見守る中、魔術師は不思議な呪文を唱えた。
目を閉じ、手にした杖の先を額に当て、杖を掴む手に力を入れうつむく。
そのしぐさは祈りに似て、今までのふざけた姿とはまったく違う凛然たる態度だった。

呪文の意図は、すぐに分かった。
魔術師が額に当てた部分から、うねりのある木の杖が淡い光に包まれながら、先端にかけてみるみる細く鋭く尖っていく。
木の杖はいつしか微光を放つ鉛色の塊へと変わり、最後は美しい抜き身の刀となっていた。

「これ、俺の武器。いいよね?」

呆気とられるバリトン騎士にウインクして、魔術師はサラへと向き合った。
薄墨を溶かしたような瞳には、静かな闘志が見える。
なにより、手にした異形の刀から感じるのは、サラには見えないはずの膨大な魔力。

サラは、厳しい戦いを予感しながら、黒剣を構えた。

 * * *

あれだけ騒がしかったコロセウムも、魔術師の杖が変化した頃から徐々に静まり、試合が始まった今では物音一つ聴こえなくなっていた。
王族の姿見たさにチケットを入手した、ややミーハーな住民たちも、近づいては離れる2つの影から一時も目を逸らせずにいた。

観客席には、すでに敗退した選手たちの姿もあった。
緑の瞳の騎士は、2人の姿をかろうじて捉えてながら、体の震えを抑えることができずにいた。

驚いたのは、魔術師の武力だった。
剣のスピードが、速すぎる。
遠めには針のようにも見える先端の細い鉛色の剣は、きっと空気抵抗をほとんど受けないのだろう。
自分と戦ったときのように、少年騎士の動きも切れているが、それでも防戦一方だ。
魔術師の顔には、余裕綽々なのだろうか、笑みが張り付いている。

あの剣を、もし自分が受けたら、どうなっていただろうか?
少年騎士ほどねばれたか分からない。
いや、開始すぐの一撃で敗北していた可能性も高いだろう。

あまりにも、圧倒的な実力の差を見せ付けられ、騎士の心には興奮と同じくらい空しさが広がった。
騎士や剣闘士に負けるならわかる。
しかし、魔術師に武力で負けるのだ。
今まで積み上げてきたもの全てが、あっけなく崩されるような絶望感だった。

1回戦で魔術師ファースと戦った男も、騎士の隣で観戦していた。
彼も、地元では名の通った魔術師だった。
上には上がいるし、胸を借りるつもりでと臨んだ武道大会だったが、初戦であの魔術師ファースとぶつかってしまったことが、男にとって運の尽きだった。

『へえ、キミはずいぶんと炎の魔術に自信があるようだねぇ』

最初は、単に炎の精霊の指輪をつけていたが故の言葉かと思ったが、そうではなかった。
試合開始直後、自分がもっとも得意とする炎の魔術を詠唱したタイミングで、魔術師は同じ魔術を発現させてきた。
いや、同じではなく、より精度の高いものを。

偶然かと思った男が、次に放ったより上位の魔術でも、同じ目にあった。
発露した魔術がまったく同等の魔術とぶつかったとき、2つの魔術は互いを食い合い消える。
何度か同じことが起こり、気力を失った彼は自らギブアップを宣言したのだった。
ささやかなプライドは、粉々に砕けた。
自分がこの大会に出ることは、もう2度とないだろうと、男は思った。

もしかしたら、あの少年騎士も自分と同じ気持ちを味わっているのだろうか?
少し同情の混じった視線で、捕らえきれない2つの影を追い続けた。

彼らと少し離れた場所にいたアレクも、固く手を握り締めながら、この試合を見守っていた。
リコも、カリムも、リーズも、目の前の攻防に釘付けだ。

サラが、全力で戦っていることは良く分かる。
しかも訓練時以上の力を発揮している。

それなのに、魔術師の笑みは深くなるばかりだった。

 * * *

魔術師の杖ならぬ聖剣を、ただ無心で受け止め続けていたサラ。
変化を遂げたその剣を見たときから、この展開は予想できていた。

アレクを上回るスピードで、その剣はサラへの攻撃を連鎖させていく。
受け止めたと思った瞬間には、剣先は滑らかに角度を変え、もう次の攻撃に入っているのだ。
流れが魔術師に傾いてしまったのだとサラは思った。
あの神秘的な変化に、自分の心が奪われたから。

開始直後は戦闘エリア中央に居たはずが、防戦一方のサラは、いつしか隅まで追いやられていた。
握力も、腕の力も、そろそろ限界だ。
黒剣を握る手のひらは、豆が剥けて血がにじんでいる。

何か策を考えなければと思ったとき、黒剣の動きが一瞬鈍った。
魔術師の剣先が軽く、喉の下をかすった。
戦闘服の胸元の生地が破れ、猫に引っかかれたような、チリッとした痛みが走る。

サラが傷ついたとき、魔術師の剣が止まった。
咄嗟に魔術師から距離を取ったサラは、一瞬うつむいて傷の状態を確認する。
切れ味の鋭さから痛みは少ないが、けっこうな量の血が流れ出している。

『本当は、私が縫ったのはポケットだけなんです。ヘタクソだから……』

あの日リコがこっそり打ち明けてくれたときの表情を、サラはなぜか今鮮明に思い出していた。

ゴメン、リコ。ナチル。
この試合が終わったら、ちゃんと洗って縫い直して、また着るからね。

傷よりも服を気にしてたサラに、魔術師の冷酷な声が届く。
人をからかうような、貶めるような、不愉快な音色で。

「ああ、ゴメンね?キミの体には触れないように注意してたんだけど」

サラが距離を置くのを追うそぶりも見せず、魔術師はにやけながら手にした剣をくるくると回転させた。

手加減をされていると、サラはようやく気づいた。

全力で防いできた今までの攻撃が、魔術師にとってはほんのウォーミングアップでしかなかったのだ。
あくまでサラに傷を負わせないという手加減の上で、この舞台を盛り上げるために、遊んでいただけ。
圧倒的な実力差だった。

普通の人間なら、勝機は無いと察しギブアップするだろう。
しかし、そのときサラが感じたのは、絶望ではなかった。

平静を装った心の奥に、不安と焦り、なにより恐れを隠し持っていたサラ。
その心が、膨らみきった水風船のように突然弾けた。


「笑うな」


サラは、顔を上げた。
強い風が吹き、サラの前髪をかきあげて通り過ぎる。
今まで前髪に隠れて見えなかったサラの青い瞳を、魔術師は初めて正面からまじまじと見た。

ブルーの瞳が、激情に煌めいたとき。
漆黒の剣の柄に埋め込まれた透明な宝石から、かすかな光が放たれた。


「なっ……」


横一線、振りぬかれたサラの聖剣。

床に転がったのは、確かに握っていたはずの、彼の杖だった。
魔術師は、自分の手元を確認し、再びサラの足元に転がる杖を見やる。

半分に切り裂かれた、魔術師の杖。

それは、剣の姿を留めることはできず、ましてや杖としても使えない、単なる木の枝に成り果てていた。


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ようやく決勝戦前半終わりましたー。ファース君過激な強さですが、ブチキレサラ坊の方が強かったというオチです。しかし、なんだかどんどん敵が強くなるー。そのうち別の星から敵が来襲し「おとうさん、早く来てー!」……みたいな展開まではさすがに行かないです。何度も言うけど、これバトル小説じゃないし。戦闘戦記モノ書ける人って本当にすごいなと思います。この話はあくまでギャグ……ではなく、シリアスラブファンタジーですからっ。しかし、スピード速いことを表現する語彙で「ダッタン人の矢のごとく」が真っ先に思い浮かぶ自分。恐ろしい子……。
次回は、ついに魔術解禁……の前に、ちょっとした舌戦?引っ張ってスマンです。サラちゃんの秘密がバレちゃいます。なんにせよ、ラストまであと2回!
※個人的に、祝50話!祝1ヶ月!祝アクセス1万人(某サイト版)と嬉しいつながりでございます。本当に読んでくださっている皆様、どうもありがとうございます!

第二章(26)新たなターゲット

第二章 王城攻略


静寂の中、魔術師の笑い声だけが響き渡っていた。
無残に折られ、半分の長さになった杖をまじまじと見つめ、肩を震わせる。

「スゲー、予想外!キミ最高だねっ」

魔術師は、目尻に浮かんだ涙をぬぐった。

それ片付けてよと言われた審判の騎士が、慌てて戦闘一時中止の号令をかけ、転がった杖と魔術師の手に残った片割れを回収していく。
念のため、床に破片が落ちていないかもチェックするようだ。

その間、魔術師は何がツボだったのか、笑い続けていた。
サラが笑うなと言えば、余計に笑いたくなるらしい。
戦いの再開を強く求めるほど、まあまあとなだめすかしてくる。

こんな状況の中でもマイペースで天邪鬼な魔術師は、本当に腹立たしい。

「そういえば、その剣についている宝石の名前、キミは知ってる?」

サラは、まいったとばかりに、天を仰いで嘆息を漏らした。
少し会話に付き合わなければ、きっと魔術師は戦闘モードに戻ってくれないだろう。

宝石の、名前か。
ジュートから聞いたような聞かないような……

手にした黒剣の宝石をじっと見つめるサラ。
その表情はマスクと前髪に隠れて見えない。
魔術師はくすりと笑うと、灰色の瞳を猫のように細めてささやいた。

「女神の涙、っていうんだよ」

魔術師は、試合の中断に苛立つ観客に気を使ったのか、澄んだ声で高らかに一つの物語を語った。


『この世界が、女神の手で作り出されたとき、光の源は太陽1つだった。
闇に包まれる夜を少しでも照らして欲しいと願う人間のために、女神は太陽の一部を欠いて、月を作った。
しかし、月は太陽に戻りたいと願った。
それは絶対に叶わぬ願い。
月の悲しみを知った女神が流した涙は、1粒の宝石となって地上へと降った』


話を聞いていた観客たちは、サラの手元で美しく光を放つ黒剣の宝石にそんなエピソードがあったのかと、感心しきりでため息をついている。
魔術師の洗練された立ち居振る舞いや、涼やかで雅な表情にも心酔しているようだ。

すっかり戦闘モードを解いたサラは、エライ女神様でもコチラを立てればアチラが立たずみたいな二択で悩んで泣いちゃうなんて、案外イイヒトなんだなと思った。
そういえば、日本のやおよろずの神様も、ギリシャ神話も、男女関係のモツレがあったり、なんだかんだ人間くさい。
この世界の女神に少しだけ親近感を覚え、心が和んだサラ。

だが、魔術師の小さな呟きで、和みモードは強制終了。

「それ、欲しいなあ……」
「はぁっ?」

ぎょっとしたサラは、思わず黒剣を魔術師に向け構えた。

「うん、俺が勝ったら、そいつを譲ってもらうことにしよう」

悪いけどと口では言うものの、まったく悪びれた様子はない。
呆れるサラの視線も気にせず、魔術師は皮肉げな笑いを浮かべたまま独り言を呟く。

「その剣で、肉を切り刻んだら、かなり美味いハンバーグができそうだ」

聞き捨てならない台詞に、サラの表情は一変する。

自分の魂の片割れとも感じている、サラの大事な黒剣。
その剣で、ハンバーグっ……!

あまりの侮辱に、かあっと頭に血が上ったサラ。
しかし次の瞬間、魔術師の狂気を目の当たりにし、サラの顔からは一気に血の気が引く。


「ハンバーグを作るなら、人間の肉が一番美味いからね……」


発言のたびに表情を変える、グレーの瞳。
今は闇を強め、魔性が宿ったような残忍な色が浮かんでいる。
瞳から放たれる威圧感が、風圧となって襲い掛かるようだった。

試合が再開しても、サラは黒剣を構えたまま、一歩も動けずにいた。

 * * *

2人を縛っていた武力のみで戦うというルールは無効となった。
これからが、本当の勝負だ。

サラは、すぐにでも魔術攻撃を放たれるだろうと、身構えていた。
しかし、魔術が解禁される気配はない。
それ以前に、魔術師は結界やスピードアップなどの補助魔法を含め、何ひとつ魔術を使っていない。
ノーガード戦法で、サラの剣をするりとかわして逃げてしまう。

完全に、舐められている。

サラをからかうように、右へ左へとステップを踏むその姿は、魔術師ではなくマジシャンのように見えた。
Aだと思えばB、Bかと思えばCと、次々と人の心理の裏をかき続ける奇才。
見せかけの姿に騙され、つい翻弄されてしまう。
トリックに引っかかれば負けと分かっているのに、剣は魔術師にかすりもせずに空を切るばかり。

攻撃の手を緩めたつもりはないサラだったが、無手の相手と立ち会うのは初めてだった。
相手に怪我をさせられないと、無意識にセーブをかけたサラの攻撃は、傍から見ていても手ぬるかった。

まるであの不思議な杖を向けられているかのように、気圧される。
圧倒的に有利なはずなのに、なぜか勝てる気がしない。

思考が混濁するサラは、また悪い癖が出た。
サラの怯えを察した黒剣が、自動的に魔術師へと切りかかっていく。
魔術師はといえば、唐突にスピードが上がったサラの攻撃にも、臆する様子は無い。
甘い剣筋を難なく避けては、くすくすと挑発するように笑う魔術師。

そんなやりとりが、どのくらい続いたのだろうか。
再び、サラの体が疲労に引きずられはじめると、先ほどまで痛くも痒くもなかった胸の傷が、ズクズクと主張し始めた。

集中が切れた証拠だった。
サラが、痛みを追いやろうと強く歯を食いしばったとき。

「ちょっと待った!」

華麗な身のこなしで、サラの剣をかわし続けていた魔術師が、いきなり声をかけてきた。

審判に目線を送ると、タイムの合図を待たずにサラへ近づいてくる。
気まぐれな態度に振り回されるのにも、サラは慣れつつあった。
次は何事かと、訝しげに魔術師を見上げる。

「傷が気になるんだろ?治してやるよ」

魔術師は、俺って親切ーと言いながら、サラの胸の前に手をかざした。
サラはとっさに要らないと叫んだが、あとの祭りだった。

破れた布地の奥に見える、血の滲んだ一筋のラインに、魔術師は手のひらを当てた。


「やめろっ……!」


サラは、渾身の力で魔術師を突き飛ばした。
後方へとよろめいた魔術師は、信じられないものを見るように、灰色の瞳を大きく見開いている。

サラは、とっさに自分の胸元を確認した。
当然、傷は塞がれていない。
サラの胸には、癒しの魔術を受けた証拠である不快な熱が微かに残る。

魔力が無いのではなく、受け付けないという特異体質。
サラが隠し続けていた、最後の切り札だった。

こんな些細な傷のせいで、バレるなんて!

サラが、ギュッと目をつぶったとき。
すぐに落ち着きを取り戻した魔術師がサラへと近寄って、マスクに隠れたサラの耳元に手を添える。
それは、内緒話のポーズ。

ささやかれたのは、意外な言葉だった。


「キミ……女だったんだね?」


体を強張らせたサラは、至近距離で見つめるグレーの瞳に囚われた。

最高に面白いおもちゃを見つけたというように、魔術師は満ち足りた笑みを向けた。

 * * *

こそこそと内緒話をする2人の勇者。
いや、1人の魔術師。

なかなか再開しない試合に、観客たちもざわめき始める。
アレクだけは、サラがきっと何かマズイことを言われているに違いないと察していたが、どうすることもできず神に祈るだけだ。


魔術師は、サラの耳元に熱い息を吹きかけながら、こう言った。

「その剣が欲しいってのは、取り消すよ」

所有者ごと手に入れれば、一石二鳥だもんな。
決めた。
キミを、絶対俺のものにする。


マスクの下、真っ青になってイヤイヤをするように首を横に振るサラ。
魔術師はサラの瞳を覗き込み、その深いブルーを確かめながら、舌なめずりした。


「キミを食べたら……美味しいだろうなあ」


サラの背筋に、髪の毛ホラーを凌駕するレベルの寒気が走った。

早く試合を再開しなさいとバリトン騎士の声が飛び、魔術師はペロリと舌を出してサラから離れた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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エキセントリックな魔術師ファース君、本性小出しにしてみましたがどーでしょう。作者は好きですが……いや、さすがに好きじゃないかも。なんにせよ、こんな男実際に居ねーだろ度No.1です。ハンバーグの話はたぶん彼の嘘だと思います。カニバリ……とかいーわーなーいーのっ。この物語ではリアル暴力描写無しです。あと女神伝説、チラリと出ました。太陽と月はこの先のキーワードでもありますが、まだ……えー、プロットのツメが甘い状態なので(←正直者)ここでは一度お忘れください。
次回、かなり振り回されてきたサラちゃんですが、さっぱり決着。長かった第二章もついにオシマイです。サラちゃんも作者も、しんどいのこれでオシマイ……
※前の話で言いまつがいご指摘いただいた匿名さん、どうもありがとうございました!「たぶらかす」ですね……助かりましたっ!

第二章(終)金色の龍

第二章 王城攻略


試合再開の合図とともに、三度静まり返るコロセウム。
サラも魔術師も距離を置き、睨み合ったまま動こうとしなかった。

魔術師の表情は、フードの影で隠れて良く見えないが、薄い唇の口角が上がっていることは分かる。
しかし、サラは魔術師の笑みに動じなかった。
魔術師が、サラを動揺させて面白がっているとようやく悟ったからだ。
サラの心に湧き上がった恐怖は怒りへと変わり、くすぶり続けていた怯えを完全に押さえ込んだ。

王族までもが固唾を呑んで見守るこの大舞台で、人を愚弄するにもほどがある。
もしも悪ふざけでなく、本気で自分を殺しこの黒剣を奪うというなら……打ち砕くだけだ。

「ふーん。いいオーラ出てきたじゃん。俺もそろそろ本気出しちゃおっかなー」

魔術師は、サラの思いをようやく受け止めることにしたようだ。
相変わらずお喋りだが、その口調は僅かに変わった。

「俺を本気にさせてくれた礼に、とっておきの魔術を見せてやるよ」

その台詞にこめられた言霊が、会場全体を駆け回った。
次の攻防が最後になるだろうと、サラも観衆たちも、予感していた。


魔術師は、細い指で自らの指輪に触れた。
その指輪には、光を乱反射し虹色に輝く宝石が埋め込まれている。

サラを挑発するように薄く笑んだまま、詠唱は行われた。
この世界に来てから初めて耳にする、韻を踏んだ歌のような心地よい響きだった。

アレク、そして前回大会を見ていた一部の観客たちの脳裏に、5年前の記憶が蘇ってくる。

あの日も、女神の愛し子である太陽は高く昇り、空は青く澄み切っていた。
魔術師の前に立っていたのは、一人の屈強な剣闘士だった。
目の前の敵に自分の力が到底及ばないことに目を背け、重い体を引きずるように、魔術師へとにじり寄っていった男に、襲い掛かったものは……


「サラ!逃げろ!」


思わず叫んだアレクの声は、観客のどよめきにかき消された。

魔術師の指輪から現れたのは、一匹の龍。

人の背丈ほどもある頭、見るものの魂を奪うという鋭い瞳、長い髭、裂けた口から覗く牙。
水色の鱗がびっしりと敷き詰められ捩れた胴体には、鋭利な爪を持つ腕が2本生えている。
妖精と並んで、伝説の中にしか存在しない生き物だ。

水龍は咆哮をあげながら、長い体をくねらせ、サラへと襲い掛かった。

 * * *

一部の観客に、記憶がフラッシュバックする。
あの日、龍に襲われた男は、二度と意識を取り戻すことはなかった。
魔術師は、やっちまったなと呟くと、審判の合図も聞かずに壇上を降りた。

結末を知っている者たちは皆、絶望に瞼を閉じた。
アレクでさえ、恐怖に張り裂けそうな心を抑さえつけ、薄目を開けているのがやっとだ。
過去を知らない者たちは、ただ目を見開き、呆然とその光景を眺めるだけだった。


龍の召喚は、魔術の中でも最高上位ランクだ。
魔術師の召喚に応えた、力のある幾多の精霊たちが集い、形を変え、龍の姿となる。
一部の魔術師からは”禁呪”と呼ばれ、恐れられる魔術だった。

魔力のある者には鮮明に、魔力の少ない者には水晶のように透き通って見える水龍。
恐ろしくも美しいその存在から、誰1人目を反らすことはできない。
風をまとい、土ぼこりを巻き上げながら、目の前の獲物へと襲い掛かる水龍は、サラの目の前に迫ると、巨大な口を開いた。

そこから放たれたのは、灼熱の炎。
本来なら、火と水は相容れないものだが、稀代の魔術師にとってはわけのないこと。

「この複合魔術ってやつが、俺の特殊能力なんだよね」

呟きをかき消すように、水龍が哮る。
強さを求める全ての魔術師を絶望へと追いやるような、圧倒的な力がそこにあった。


魔術師は、指輪の宝石の艶やかな表面を撫でた。
宝石からは、解放された森の精霊たちの歓喜が伝わってくる。

実は、この龍には秘密があった。
鮮烈な光景を外から見ているだけの者には、決して伝わらない真実。
あの日死んだ男でさえ、気づいていたかどうか。

この龍は、全て幻なのだ。

見るものの恐怖や悪意など、負の感情を餌に暴れ狂う、決して触れることのできない魔物。
恐怖にかられ剣を突き出したならば、その剣の痛みがすべて当人へ返される。
前回、この魔術は1人の男の命を奪った。
だいぶ手加減したつもりだったが、よほどあの男は腹に悪意を抱え込んでいたらしい。

今回の獲物は、果たしてどうだろうか……?

どうか簡単に壊れてくれるなよと、魔術師は残忍な笑みを浮かべた。

 * * *

何か恐ろしいものが近づいてきている。

水龍が迫る気配を察したサラは、身の毛がよだつような恐怖を覚えた。
ここから逃げろと、第六感が訴えてくる。
しかし、迫り来るそれが一体何なのか、サラのブルーの瞳に映ることはない。

炎も、水も、光も、何も見えない。
何の魔術なのか、どの程度の威力なのか、考えても意味が無かった。

サラは、黙って瞳を閉じた。

魔術を、受け止めるために。


まず失ったのは、前方に突き出していた腕の感覚。
魔術師に向かって真っ直ぐ構えていた黒剣を、サラはいつの間にか取り落としていた。

次に、体全体が繭に包まれていくような、温もりを感じた。
眠いような、だるいような、奇妙な感覚だった。
温かい空気の中に、サラの持つ生気が溶け出していくようだ。

サラの体だけでなく、思考をも麻痺させるように、温かくやわらかな繭が広がり、ついにはサラの視界を閉ざしてしまった。
サラの心は、上も下も無い、純白の空間に閉じこめられた。

なんという不思議な魔術だろう。
この魔術を受け止めているのか、跳ね返しているのか、サラにはもう分からない。
自分が立っているのか、倒れているのかすらも。

頭の中に、サラを眠りへと誘う何者かの声が聴こえる。

このまま眠ってしまえば、この戦いは終わる。
楽になれる。


(嫌だ……負けたくない!)


抗う心に応えるように、胸の傷がドクンと熱を放った。

サラの胸の傷の熱さが、唯一残った感覚。
いや、違う。

熱いのは……左胸の奥。


胸に感じる不思議な熱に意識を揺さぶられ、サラはそっと瞳を開いた。

サラの瞳に映る世界は、目映い黄金に染まっていた。

 * * *

水龍の吐き出した炎が少年騎士を包むのを、まるでおもちゃ遊びに飽きた子どものように眺めていた魔術師は、思わず叫び声を上げた。


「何っ……!」


炎に包まれ、ふらりと崩れかけた体を包んだのは、少年の胸から広がった淡い光。
昇る朝日のように輝きを増していく光は、炎の赤をあっという間に飲み込むと、やがて大きなうねりとなり、魔術師の前にその姿を現した。

魔術師の思惑を完全に裏切る、その光の正体は。

まさに魔術師が生み出した、幻の龍そのものだった。


サラの体から現れた龍は、眩しい太陽光を受けながら、水龍の何倍もの大きさへと膨れ上がり、咆哮を上げながら天へと駆け上る。
太陽に届く手前でぐにゃりと体を曲げ、地上へと舞い降りた光龍は、巨大な口を開けて水龍を飲み込むと、そのまま地を這うように一気に魔術師へ向かった。

あまりの眩しさに、目を閉じる時間すら与えられなかった。
魔術師の全身を覆い尽くした光は、彼の意識を一瞬で奪っていった。

光の龍は、立ち尽くす魔術師の心を腹の中におさめると、再び天高く昇り、太陽に溶けて消えた。


黄金の光が消え、静寂に包まれたコロセウム。
その場に居る数千人のうち、正気でいたのはサラだけだった。

眩しい光の中で立ち尽くしていたサラは、発熱する左胸ポケットのお守りに手を当ててみた。

大丈夫、私はちゃんとここに立っている。
変な術を受け止めたせいで頭がもやっとしたときは、もうダメかと思ったけれど。
このお守りのおかげで、意識を失わずにすんだ。

やっぱり、アレクの忠告は聞くもんだなあ。

まさかあのタイミングで、お守りが”ホッカイロ”に変身するなんてねえ……


光が引いて、徐々に視界がクリアになっていく。
さあここから反撃だと、足元に転がっていた黒剣を拾い上げたサラが見たものは……

床に倒れ伏して、ぴくりとも動かない魔術師だった。

 * * *

倒れた魔術師をじっと見つめ、こくりと首を傾げるサラ。
いったい何が起こったのか、さっぱり分からない。

まさか死んでないだろうなと、魔術師へとにじり寄ってみる。
悪夢にうなされるように、うーんと唸り続ける魔術師。
フードが頭から外れてしまったせいで、魔術師の寝顔がばっちり見える。
整った顔が、少し苦しげに歪められているものの、たぶん大きな怪我はないだろう。

浮かんできた数々の疑問はさておき、心の中で10秒数えたサラは、魔術師から離れた。
今度は床にへたりこむバリトン騎士に近づき、ちょいちょいと肩をつつく。
うつろな目でサラを見上げた騎士が、ヒッと叫んでお尻で後退しようとするところに、サラは声をかけた。

「あのー、10秒、経ったみたいですけど?」

夢幻の世界にトリップしていたバリトン騎士は、自らの頬を両手で叩くと、ふらつく体を起こした。

そして、恐怖を振り払うように、声の限りに叫んだ。


「勝敗は決した……鳴らせ、勝利の鐘をっ!」


その声が、引き金となった。

響き渡る鐘の音。
会場全体が揺れるほど、踏み鳴らされる足。
終わらない拍手と大歓声。

王族たちも、全員立ち上がって惜しみない拍手を送っている。

アレク、カリム、リコ、リーズの4人も、一人の観客として、サラに声援を送った。
全員が流れる涙にも気づかず、手のひらが真っ赤になるほど手を打ち鳴らし続けた。


コロセウムの外に居た観客たちも、天高く駆け上っていった黄金の龍を見ていた。

「あの龍は、少年騎士の魔術だ!大逆転勝利だ!」

会場から転がり出てきた観客の1人が叫んだことで、歓声は一気に膨れ上がる。
猛スピードで伝播していく興奮と熱狂は、いつしか街全体を飲み込んでいった。


倒れていた魔術師は、観客たちの上げる声に、うるさいなと思いつつ意識を取り戻した。
魔術師の敗北を告げる鐘の音に、ハッとして立ち上がる。

体に痛みはない。
金色の龍に食われたが、どうやら自分は無傷ですんだようだ。
そして、心はすっきりと晴れ渡る空のように、すがすがしい。

人生で初めての……完敗だった。

立ち上がった魔術師は、きょろきょろと所在なさげに視線を動かすサラに近づき、苦笑しながら「まいったまいった」と告げた。
サラとしては、どうして勝てたのか分からず、まるっきり消化不良だ。

困惑するサラの腕を取り、魔術師が満面の笑みでその手を掲げると、空が割れんばかりの大喝采が起こった。


そっと腕を下ろした魔術師は、サラの耳元で「そろそろ、その覆面を取ってもいいんじゃないか?」とささやいた。

そういやそうかと、サラはうなずく。
流れる汗と熱気で蒸れた、その金色の髪と黒い覆面を外した時。

会場は、水を打ったように静まり返った。

 * * *

覆面の下に隠されていたのは、この世のものとは思えないほどの、美しい少年だった。

輝く漆黒の髪、長い睫に縁取られたブルーの瞳、意志の強そうな眉。
透けて見えるほど白い肌に、すっと伸びた鼻と赤い唇。
上気した頬はバラ色に染まり、汗ばんだ横髪が張り付いている。

つうっと流れた汗を、さも鬱陶しげに手の甲で乱暴に拭い取る。
そんなありふれたしぐさ一つも、目が逸らせないほどの存在感だった。

今まで戦っていた魔術師も、素顔の少年騎士……いや、少女の姿を間近で見て、魂を抜かれたような表情をしている。

誰もが茫然自失で少年を見つめる中、1人の男が立ち上がり、その青い瞳を見据えながら問いかけた。


「勇者よ、お前は、何者だ?」


英雄王と呼ばれるトリウム国王を、サラは初めて視界に入れた。

サラはゆっくりと片膝を付き、その前に黒剣を水平に置く。
一度深く顔を落とし、再び上げたサラの瞳が、挑戦的にきらめいた。


「オレの名は……黒騎士!」


何にも遮られない、力強い少年の声が、会場に響いた。

国王の瞳が、サラのブルーの瞳とぶつかる。
全てを見透かすようなその鳶色の瞳が細められ、国王の顔に笑みが広がったとき、サラはようやくこの戦いの終わりを感じた。

黒騎士と呼び続ける大観衆の中で、サラは太陽のような笑顔を解き放った。

(第二章 完)


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
第二章、終了です!読んでいただいてありがとうございました!最終話も長かったー。苦しかったー。ヒッヒッフー。反省点多々ありますが……似たような表現多用とか……才能キラキラシーンも上手く伝わったか……こんなんでええんのんか……まっ、とにかくこれでようやく作者の苦手なバトルモード終了です。ファンタジーに必須の龍も出してみました。これで王道1個クリア。ついでにサラちゃん、また得体の知れない男子1名引っ掛けちゃいましたけど、彼の出番は第二章で終了です。サイナラッキョ。
次回、エピローグ。ツワモノどもが夢の後、というかお疲れさんモードで一気にゆるくなります。サラちゃん、ホッカイロの真実教わりつつ、和みキャラ(?)登場です。


【ウェブ拍手】

(可愛い猫ちゃんの正体&第二章完結記念のお礼小話が入ってます。ブログ版に載せていたものですので、そのうち転載するかも……?)

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第二章 エピローグ ~魔術師ファース君、受難の日~

第二章 王城攻略


いつの間に眠ってしまったのだろう?
かすかに聞こえたリコの泣き声に、サラはがばっと跳ね起きた。

「リコ!」

パッチリと目を開けたサラは、自分が枕にしていたモノを蹴飛ばし、邪魔なでかい障害物を押しのけ、リコを抱きしめた。

「リコ、泣かないで?私無事だよ?」
「サッ……サラさまぁ……」

泣きじゃくるリコを抱きしめ、慰めながら、サラは自分の現状を思い出していた。

そうだ、今はちょうど決勝戦終了直後。
バリトン騎士から、今後の打ち合わせをするから少し待てと言われて、控え室に戻ったんだ。

負けたというのに妙に嬉しそうな魔術師が「俺もつきあうー」と付いて来たので、しばらくおしゃべりしていた。
お互い全力で戦った結果だろうか、あれだけアクの強かった魔術師も陽気なハスキー犬兄さんになっていて、サラは少し感動した。

これが「なかなかやるな」「おまえもな」の法則ってやつね!

その後、アレクとの修行の話や、旅の苦労話などを少しして。
魔術師が分けてくれた、疲労回復ドリンクをいただいて……
いつの間にか、眠り込んでしまったんだ。


目覚めたばかりのせいか、サラの行動はかなりアニマルだ。
リコを抱きしめ、指でやさしく涙をぬぐい、それでもこぼれる涙を舌でペロリと舐めた。

サラのスキンシップに驚いたせいか、リコの泣き声が徐々に小さくなり、ときどきしゃくりあげる程度までおさまった。
ホッとしたサラは、周囲から視線を感じてふっと顔を上げる。

なぜか泣きそうな顔で、アレク、カリム、魔術師が、サラのことを見つめていた。
リーズが、糸目を細めて苦笑した。

 * * *

ようやく落ち着いたリコが、笑顔で「おめでとうございます」と告げ、サラから体を離した。
そのタイミングで、アレクたちが一斉にサラへと近寄ってきた。

「おめでとう、良くやったな」

くしゃりとサラの頭を撫でるアレク。
カリムは言葉が出ないようで、ただアレクの脇で涙を堪えながら微笑んでいる。
リーズは、控えめにパチパチと拍手した。
リコも、目のフチに涙を溜めながら、本当にすごかったですと呟き続けている。

「アレク、カリム、リーズ、リコ……本当にありがとう」

熱く高揚していた気持ちが、一気に温かく穏やかに変わっていく。
この瞬間をずっと夢見ていた。
トリウムに着いて、武道大会に出ると決まったあの日から。

ジュートは泣き虫が嫌いって言ったけれど、今は少し、泣いてもいいよね……?

サラが瞳を潤ませたとき。

「サーラーちゃん、俺にも感謝の言葉は?」

ニコニコと邪気の無い笑顔で、魔術師が擦り寄ってきた。
何なら言葉じゃなくて態度でと、ナチュラルに伸ばされた魔術師の腕を、アレクとカリムが2人がかりで押さえ込み、最後はリーズのスプーン猫がガッチリ拘束した。

 * * *

部屋の隅の椅子に固定され、むくれる魔術師をよそに、サラはアレクたちと今回の戦いの反省会を始めた。

「一回戦では楽に勝てたけれど、やっぱり次からは辛かったなあ」

二回戦は、剣を失っての苦しい戦い。
準決勝は、サラが剣を裏切ったが故の苦戦。

そして、決勝戦は……

「アレク、お昼休み、私にお守り渡してくれてありがとね」

サラは、笑顔でアレクにお礼を言った。
アレクは口ごもりながら、ああ良かったなと呟いた。
カリムも、リーズも、リコも、今までの温かい眼差しとは少し違う、冷めたコーヒーを飲んだような苦い表情だ。

なんとなく、決勝戦の話になってから、空気が重くなったような?
違和感を感じつつも、サラは話を続ける。

「そうそう。聞きたかったの。どうしてあのお守り、いきなりホッカイロになったのかなあ?」

おかげで気を失わないで済んだけれどと、サラは無邪気に笑った。

「ホッカイロ……?」
「ああ、ゴメン。えっとね、寒いときに熱々になる砂の袋みたいなやつ。手が冷えたとき便利なの」

サラは、胸ポケットにおさまっていた、カイロお守りをアレクに差し出した。
サラ以外の全員が、腰が引けつつもそのお守りに視線を移したとき。

まだほんのり熱を放つ、その小袋から……


『ピュイッ!』


サラを除く全員が、ピシリと固まった。
小さな蛇かトカゲのような生き物が、お守りからするりと飛び出てきたのだ。

それは、金色の羽の生えた、手のひらサイズの龍。


『うわー、龍が生まれるとこ初めてみたにゃあ』
『うん。さっきの水龍も混ざってるっぽいにゃ?』


金色のミニ龍は、つぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせると、パフッと音をさせて小さな炎を吐いた。

 * * *

サラにはまったく見えないし、理解もできないが、どうやら今このお守りには金色の龍が住んでいるらしい。
解説してくれたリーズのスプーンも、サラにとってはただのスプーン。
だが、他のみんなには、可愛い猫に見えているというのだから、本当に魔術というものは不思議だ。

というか、みんなが語る決勝戦の話も、サラにはとうてい信じられないのだが。

「あの光龍も、こんなちびっこになっちまえば、かわいいもんだなあ」

アレクは、パフパフと炎を吐く龍の尻尾をつまみ「腹の方は水色だぞ」と面白そうに言う。
リーズも、スプーン猫も、チビ龍に興味津々だ。
リコは少し怖いのか、リーズの背中の影からそっとのぞきこんでいる。

「つまんねーな……俺には、虫にしか見えない」

カリムは、お守りに顔を近づけるが、微かに生き物のような動きが見えるだけだ。
それでもまだ、見えるようになった方。
サラのお守りを持っていなければ、きっと単なる薄い光としか認識できないだろう。

魔術師は、なぜかノーリアクションだ。
こんな珍しいアイテムに絡まないなんておかしいなと、サラが不思議そうに魔術師を見る。
スプーン猫の魔術で、後ろ手に拘束されていた魔術師は、サラと目が合うと気まずそうにフイッと顔を反らした。

その視線のやりとりを見ていたアレクは、ニッと笑い。

「おい、魔術師さんよお。あんた、コイツが怖いんじゃないのか?」

魔術師は、びくりと体を震わせる。

先ほどサラが聞かされたのは、とうてい信じがたい夢物語。
どうやらこのお守りは、ホッカイロになったのではなく、巨大な光の龍になって魔術師を丸呑みしたというのだ。

「ま、まさか。この俺が怖いものなんて……」

かすれ声で呟く魔術師に、アレクはお守りを押し付ける。

「元々は、お前が作った水龍だろ?挨拶くらいしてやれよ」


『ピュイッ』


嬉しそうな泣き声とともに、パフリと上がった炎を見て、魔術師は引きつったような笑顔を浮かべる。
溜飲が下がってしたり顔のアレクが、お守りをサラへと戻そうとしたとき、サラが瞳をキラキラさせて手を叩いた。


「あっ、そうだ。私、ファースさんの杖壊しちゃったのよね。お詫びに、そのお守りあげる!」


どうせ自分が持っていても、あまり役に立たないのだ。
試合では助けてもらったけれど、正直持っていたくないものでもあるし、一石二鳥ね!

ナイスアイデアと満面の笑みを浮かべるサラに、魔術師は「ゴメンナサイ」と呟き、肩を落とした。

今日は、彼にとって人生初の敗北……そして初の謝罪の日となった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
いきなりゆるくなってしまいましたが、こういうアホな話が作者は一番楽です。重いシリアス話続いたから許してー。ミニ光龍ちゃん、スプーンズに続く不思議ペットpart2です。まだちびっこですがきっとすぐに大きくなって、ファース君のよき相棒となることでしょう。彼らの活躍は……この話が書き終わってしばらく読書三昧してから考えよーと思います。短編か長編か……気まぐれサラダ風に。ウィムッシュ。
次回から、閑話いくつか入れてきます。例の犯人探しもあるんですが、その前にこのプロローグのちょっと前。サラが寝てる間にいったい何が?って話です。プチ逆ハー注意報。

第二章 閑話1 ~眠り姫を起こすのは、誰?~

第二章 王城攻略


決勝戦直後。

前回大会の優勝者である”幻の勇者”ことアレクが、コロセウムの控え室を訪れるのは本日2度目のこと。
先ほど感極まって泣いてしまったことを知られるのは気恥ずかしく、顔を洗ってさっぱりしてきた。

ドアを開けようとして、少し躊躇するアレク。
なんとなく、祝いの言葉を告げるのに手持ち無沙汰なのはカッコ悪いような気がしてしまった。
こんなことなら、花でも用意しておけば良かった。

アレク自身も、サラの優勝を信じきれないところがあった。
自分の二の舞にはさせたくない、後悔だけはして欲しくないと、徹底的にサラを鍛えたものの、あの魔術師が底なしに強いのは分かっていた。

今回だって、純粋にサラ自身の力だけでは勝てなかったかもしれない。

「光の龍……か」

あの水龍が現れたときは、絶体絶命だと思った。
前回大会で対戦相手を死に追いやったあの魔術だけは使わないはずと、勝手に決め付けていたから。
その点は、完全に自分の見通しが甘かった。

ただ……
水龍を飲み込んだ金色の龍を見て、あらためて自分の予想は正しかったと確信した。
サラの特殊能力と、長かった髪を切り落としたときのエピソードを聞いて、アレクは「あのお守りは、必ず役立つ」と思っていたのだ。

光の精霊に好かれるという、サラの黒髪。
黒剣も、やはり光の精霊由来の聖剣だろう。
女神の涙という宝石については、アレクにとっても未知の存在だったが、頭領に聞けば何か分かるかもしれない。

魔力を消去してしまうサラの支配下では、光の精霊もその力を発揮できない。
しかし、ひとたびサラから切り離されたときには、驚異的な力を持つ光の精霊がサラを守るのだ。

サラは、何故これほどまでに光に愛されるのだろうか?
ネルギの姫とはそういう存在なのか?

より深く思考を落としかけて、アレクはフッと自嘲した。
サラにおめでとうと言うのが先決だ。
あの3人も、お呼びがかかるのを今か今かと待っているのだから。

アレクは、そっと控え室のドアを開けた。


そこに居たのは、よほど疲れたのか、床に転がって眠り込むサラ。

と……

そんなサラを膝枕する、灰色の髪の魔術師が1人。

「よおっ」

アレクを見て、魔術師ファースは軽く手をあげ、胡散臭いほど爽やかな微笑を投げかけた。

 * * *

魔術師は、細く長い人差し指を立てて、その形良い唇の上に押し当てた。

「でかい声出すなよ?このコが起きちまう」

トレードマークの黒いフード付マントを脱いで、さりげなくサラの体にかけるなんていう気遣いが、まさかこの男にできるとは。
苦虫を噛み潰したような表情のアレクには構わず、魔術師は眠るサラの黒髪をそっと撫でる。

あの髪を撫でるのは、自分の専売特許だったはず。
苛ついたアレクは強引にサラを奪い返そうと画策してみるものの、いざ手を伸ばそうにも、子どものようにスヤスヤと眠るその表情につい毒気を抜かれてしまう。

しばらく唸った結果、アレクはサラ奪還を諦めて、おとなしく近くの椅子に腰掛けた。

「5年ぶりか。元気そうだな」
「アンタはずいぶん年くったな」

棘のあるアレクの口調にも、魔術師はまったく動じない。
アレクは、あれほど恐れた魔術師と二人きりだというのに、案外冷静な自分に内心驚いていた。

そうだ、忘れないうちに、あの台詞を言っておかなければ。

アレクは、魔術師からもらったメガネを取り出した。
少し指が震えたものの、もう怖いとは思わなかった。

かけられたメガネの奥の三白眼が、涼やかな表情の魔術師を捉えた。
予想通り、七色の光の洪水。
しかし、ひざの上だけ、光はぽっかりと消えている。
アレクは慈愛のこもった笑みをサラに向けた後、魔術師を挑発的に睨んだ。

「5年前のリベンジ、果たしたぜ」

余裕を見せていた魔術師が、その台詞に一瞬眉根を寄せる。
アレクの顔からはずされ、乱暴に投げ返されたメガネを片手でキャッチすると、ふーんと呟きながら手の中でくるくると回した。

「リベンジねぇ……わざわざ女寄こすなんて、俺に食わせ」
「んなわけねーだろっ」

魔術師の発言内容を察し、即否定するアレク。
大声を出したいのに出せないもどかしさに、アレクは仏頂面になった。
この魔術師と話していると、自分の感情表現がストレートになってしまう。
まるで19才の自分に戻ったような、不思議な気分だ。

しかし、サラが女とバレたのは何故だろう。
この手の男が寄って来ないように、男装を徹底させていたはずなのに。

「コイツは、俺の大事な弟子だ。お前に勝つために、俺が仕込んだ。俺がっ。手取り足取りっ」

アレクの主張がだんだん過激になっていくのには、理由があった。

リベンジされたという事実がよほど癪に障ったのか、魔術師はアレクへの嫌がらせを兼ねた、欲求不満解消的行為……いわゆるセクハラをはじめた。
サラの髪をくすぐるように撫で、やわらかな頬に触れ、敏感な耳たぶにも触れた。
そして、甘い呼吸を繰り返すくちびるに……

耐え切れなくなったアレクが、再びサラを奪い返そうと決意したとき。

「んっ……」

調子に乗った魔術師の指に反応したサラが、もぞりと身じろぎした。
サラは、唸りながら右向きから左向きに体制を変えると、魔術師の膝の上でまた眠りに落ちていく。

男2人、ホッと息を吐いた。
どうやら、サラを寝かせておくという目的は共通のようだ。

「しかし、俺って勝負運ないのかなあ?」

魔術師が、無垢なサラの寝顔を見つめたまま、まるで独り言のように呟いた。

5年前はうっかりヒト死なせるしー。
今年は金色の龍にやられちまうしー。
どっかの誰かさんは、たいした実力も無いのにあっさり優勝して、願いを叶えてもらったっていうのになあ。

アレクは、魔術師の大人気ない嫌味攻撃を受け、うっかり凹みそうになる自分を励ました。

そうだ、今日の俺は5年越しの願いだった、仇敵へのリベンジを果たした。
可愛いサラも、近々王城へ正式に呼ばれる。
願いが叶うとなれば、きっと少女の素顔で喜ぶはず。

目が覚めたとき、サラは自分にどんな顔を見せてくれるだろう?
なんといっても、俺は勝利にもっとも貢献した人間なのだから、特別扱いは間違いない。
とびっきりの笑顔で、サラ自ら抱きついてくるかもしれない。

想像して、ニヤつくアレク。
なんとなくアレクの考えていることを察し、気に入らない魔術師。

再び2人の男の視線がぶつかり、火花が散る。

眠り姫が目覚めたとき、一番に笑顔を向けられるのは……

『トントンッ』

そのとき、控え室にノックの音が響いた。

 * * *

待ちきれなくなった、カリム、リコ、リーズが飛び込んできたのは、アレクの予想通り。
心地よさそうに眠るサラを見て、ホッと笑みを浮かべるのも。

そして、サラの頭が乗っている物を見て、顔を歪めるのも……

「てめっ!こいつに何しっ……」

叫びかけたカリムの口を、慌てて抑えるリーズ。
サー坊が寝てるよ?と宥めると、カリムはその安らかな寝顔を見て、一瞬癒される。
しかし魔術師への怒りはおさまらず、リーズの手を口からはずすと、男の胸倉を掴み、脅す。

「テメーは敵だ。こいつから離れろ」
「嫌だね。ていうかお前誰だよ?」

ああ、そういえば予選に来られなかった若造が1人いたんだってな。
通りすがりのチンピラにやられて、大騒ぎしたって?
そんな弱いヤツがこの大会に出ようだなんて、レベルが下がったもんだなあ。

痛すぎるところを突かれたカリムは、魔術師のシャツを放すとよろよろと後退り、ガックリとうなだれた。
勝利にニヤリと微笑む魔術師。
魔術師は、眠り込む前のサラから、仲間たちの情報をきっちり聞き出していたのだった。

きょろりと視線を動かした魔術師は、困ったように微笑む糸目の男を目に留めると、アイツは問題無しとスルー。
あとは、ドアの前から動こうとしないちび女が1人。

何人たりとも、俺からこの女を取り上げることはできな……


「ひぃっく……」


開かれたドアから、どうしても部屋の中に進むことができなかったリコ。
堪えていたリコの瞳から、涙がポロリと零れ落ちたとき。


「リコッ!」


パッチリと目を開けたサラは、自分が枕にしていたモノを蹴飛ばし、邪魔なでかい障害物を押しのけ、リコを抱きしめた。

「リコ、泣かないで?私無事だよ?」
「サッ……サラさまぁ……」

抱きしめた小柄なリコの体を離すと、サラは少しかがんで、その頬に落ちる涙を指でぬぐった。
サラの手のひらにできた、新しい真っ赤な豆を見て、リコは再び涙を落とす。
喉が渇いていたサラは、思わずその透明な涙をペロリと舐めた。

「あっ……」
「ゴメン、舐めちゃった!」

天使のように微笑んだサラは、照れ隠しのように再びリコを抱きしめた。


残された男たちは、全員撃沈した。

リーズだけは、まいっかと苦笑した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
アレク様視点の真面目な話……と思いきや、サラちゃん無駄にモテ話となりました。あー、こーゆー描写薄くて会話中心で中身の無い話書いてると、本当にホッとするなー。(←正直者)この先もう出てこないので書くけど、魔術師君にはちゃんと好きな女子が居るのです。サラちゃんは単なるお気に入り。アレク様も大人なのでアレはナニですし、カリム君も夜の街へ連れ出されて……男とはズルイものです。でもサラちゃん落とすのは不可能なのでしゃーないか。
次回は、引っ張った割には……な、不穏な噂の犯人探し。サラちゃん探偵気取りですが、才能は微妙っぽいです。ファース君の強さの謎にもちょい触れます。

第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(前編)~

第二章 王城攻略


決勝戦終了後、バリトン騎士に言われた連絡事項は、3つあった。

1つ目は、王城へと出向く日程について。
それなりに準備を整えての豪華なパーティになるため、5日後になるとのこと。
前回優勝者は、パーティを見事にすっぽかしたから幻と言われるようになったのだと、ねちねち愚痴られた。
サラがちゃんとパーティに出るなら、王に願いを伝える機会もそのときに設けてもらえるとのこと。

2つ目は、優勝パレードについて。
3日後に行われるそれは、馬車に乗って王城から市内をねり歩くというもの。
こちらも、前回優勝者は逃げたらしい。
「師匠の尻拭いとして、しっかり国民へサービスするように」ときつく言い聞かせられた。

3つ目は、参加者と騎士たちの交流会について。
これは明後日行われる、内輪だけのカジュアルなパーティだ。
騎士宿舎のホールで、決勝トーナメント進出者全員と、管理運営側の有志が参加するという。
こちらも絶対参加と言われた。

となると、サラの休みは明日と4日後。
4日後は、自治区と道場のイベントを入れられるような気がする。
明日は、パーティの準備やらなんやらで一日潰れてしまうだろう。

そういえば、日本のお相撲さんも、優勝したらしたで大変そうだったな。
バラエティ出てトークしたり、プロ野球選手と歌合戦したり……。

「いいか、絶対にサボるなよ!」と騎士からドスのきいたテノール声で念を押され、サラは疲れた顔でうなずいた。

 * * *

大会2日後。
パーティ会場である騎士宿舎の集会室には、ある意味懐かしい面々が揃っていた。
つい一昨日、たった1日顔を合わせただけの参加者たちが、なぜか旧知の仲間のように思える。

「えー、残念ながら1名の欠席者が出たものの、このように武道大会で活躍された勇者の皆様にお集まりいただいたことに、我々大会運営側の騎士一同も……」

責任者であるバリトン騎士の乾杯の挨拶は、彼の性格そのまんまという長くて堅苦しいものだった。
サラがグラスを掲げたまま「校長先生かよっ」とツッコミを入れると「もうこれ飲んじまおうぜ」と、一回戦を戦った大男が声をかけてきた。

この大男が、パーティ会場に到着したサラへ真っ先に駆け寄り、優勝を大喜びしてくれたことには面食らった。
自分があっさり負けた後、必死でサラを応援してくれていたそうだ。
大男曰く「この俺サマを倒すくらいだから、優勝してもらわなきゃ困る」とのこと。
故郷へ戻ったら、不運にも優勝者と一回戦で当たってしまったが、実力では準優勝だったと言い訳するのだそうだ。

そんなこと、わざわざ言わなきゃいいのに。
こいつアホだな。
でも、ちょっとカワイイかも?

サラは、大男ににっこり微笑んだ。
なんだか、獰猛な野猿を懐かせたような気分だ。

「おいおい、勇者様を独り占めするなよ?」

スマートに声をかけてきたのは、緑の瞳の騎士。
彼も、サラの優勝を我がことのように喜んでくれた。

「あの魔術師は、本当に気に入らなかったからな」

私怨で応援してすまんとサラに謝る騎士は、とても律儀でイイヒトだ。
サラと戦ったときも、それまでの試合も、魔術師は全て手抜きで勝利してきたという。
何事にも全身全霊がモットーの騎士としては、そのふざけた態度が許せなかったそうだ。

「しかし、剣を手放すというのは、目から鱗だったよ」

いずれ戦場に戻ったときもキミと戦った経験が役立つだろうと、緑の瞳に憧憬をにじませて、騎士はサラに握手を求めた。
サラは照れながら「あれは自分で考えた戦略ではなく、師匠のおかげで」と言い訳した。
その謙虚さも騎士のツボだったらしく、サラは騎士団にスカウトされてしまったが、やらなければならないことがあるのでと丁重にお断りした。

「サ……黒騎士ちゃんは、俺が連れてくからダメー」

不意に後ろから抱きつかれたサラは、ピシリと硬直する。
緑の騎士が乱暴に引き離し、ガンガン説教をたれているのは、今話題にしていた魔術師だ。
この会場内で唯一、サラを女と知っている人物でもある。

試合後に少し身の上話をしてからというもの、馴れ馴れしくサラちゃんと呼んでくるが、なぜか憎めない。

「黒騎士ちゃん、このオッサンなんとかしてー」

緑の騎士から逃げようと、サラを盾にする魔術師。
じゃれ合っている今年の勇者2名に、周囲がざわ……ざわ……と騒ぎ始めたので、サラは「ふざけるなよ!」と男子の声色で叫んだ。

この手のスキンシップは、まったくもってシャレにならない。
サラと戦っていない参加者たちも、運営側の騎士たちも、覆面を取ったサラの容姿を見て「まるで女のようだ」と囁いているというのに。

サラは、自分の胸元をチラリと見やる。

女のようだとは言うが、女だと言われない理由が、そこにあった。

 * * *

今日のサラの服装は、試合を戦った黒い戦闘服。
キレイに洗濯して、破れた箇所をナチルに縫ってもらった。
明日には、もう1枚新しい戦闘服が縫いあがるので、パレードとパーティ、なんとか使いまわすことができるだろう。

とにかく、王城に乗り込むまで、自分が女であるということは内緒にしなければ。
キノコの正体が黒騎士とバレただけで、すでにややこしい問題が起こっているというのに。

サラが、昨日の買い物中に起きたパニック……良い風に言えばフィーバーについて思い出し、頭を痛めている間、緑の騎士と魔術師は案外仲良さげに話し続けている。

「お前が連れて行くって、いくらなんでもそれは無理だろう!」
「サ……黒騎士ちゃんなら、きっと大丈夫じゃないかなあ」

ね、と同意を求められても、サラは意味が分からず首を傾げた。

「黒騎士ちゃん、キミは俺のこと何も知らないんだね?」

この国の人間なら、誰もが知っている伝説の魔術師ファース。
なぜ”伝説”だなんて大げさなキャッチがつくのかというと……

「俺、森の向こうの大陸に住んでるんだよねー」

今では、誰も通れない精霊の森。
森を抜けて大陸へ向かうのは、小さな子どもなら必ず一度は空想する大冒険だ。
その冒険を、成し遂げてしまった数少ない男が、この魔術師だった。

「コイツは元々トリウム王城の筆頭魔術師だったんだ。その地位を捨てていきなり失踪したと思ったら、そんな大それた……アホなことをしてやがった」

緑の騎士は、不満げな表情をしつつ、褒めてるのかけなしているのか分からない台詞でサラに補足した。
魔術師はサラの手を取ると、まるでお姫様にするように、手の甲に口付けた。

「どう?こんな狭い国を出て、もっと広い世界を見てみたくない?」

魔力が見えるメガネ、剣へと変化する杖、龍を生みだす七色の指輪、女神の涙の伝説……大陸にはいろいろと面白い謎があり、タイクツしないという。
サラは、魔術師の語る大陸という存在に、強く惹かれていた。
森の向こうには、きっとサラの想像もつかない世界があるのだろう。

手を握られていることも、口付けられたことも忘れて、夢見るように呟いた。

「いつか……自分の使命を果たしたら、行ってみたいな」
「今すぐに、じゃないんだ。残念っ」

魔術師が、興味を無くした合図のように、サラの手をポイッと放り出す。
気まぐれな態度と裏腹の笑顔がやけに優しげで、サラは思わず皮肉を言った。

「ファースさんは天邪鬼だから、本当は来て欲しくないんでしょ?」
「あー、天邪鬼ねえ。あれはもう返上!」

あの鬼は龍に食べられちゃったよと、魔術師は笑った。
そのローブの奥には、サラのお守りとともに、小さな金色の龍が隠れているのだろう。
仲良くしてくれればいいけれど。

あの日、びくびくしながらお守りを受け取ったファースの姿を思い出し、サラは笑みを漏らした。

「おい、喋ってないで美味いもん食べようぜっ」

いつの間にか、ビュッフェの用意ができていたらしい。
ご馳走を積み上げた大皿を持って、緑の騎士と、大男がやってきた。
「お酒は20才になってから!」と逃げるサラに、軽く酔った大男は「俺の酒が飲めないのか」と追い回す。
楽しそうに笑う、緑の騎士と魔術師。

そんな和やかな雰囲気は、嵐の前の静けさだった。

嵐は、大会運営側の騎士たちによる、ちょっとした余興からはじまった。

 * * *

突然、会場奥にあるステージに、突然見覚えのある集団が現れた。
サラだけでなく、全員にとって忘れられないあの姿。

「キノコ……」

思わず呟いたサラ。
会場は、笑いの渦に巻き込まれた。

見慣れたあのカツラ、あのマスクをつけた騎士たちが、ステージで繰り広げる創作ダンス。
紙製の剣を使い、真剣白羽取りを受け止め損ねるなどベタなギャグが満載で、露骨に嫌な顔をしていたサラも最後は爆笑していた。


盛り上がるステージの袖から、舞台の向こうを見つめる2人の男がいた。
その場所からは、決勝トーナメント進出者たちの顔がはっきりと見える。

隠そうとはしているものの、あきらかな怯えが見られるその2人の男に、バリトン騎士は声をかけた。

「やはり……いるんだな?」

2人の男は、互いに視線を絡ませた後、青ざめた表情で首を横に振る。
バリトン騎士は、その表情を見て覚悟を決め、ステージに躍り出た。


「お前ら、全員注目!」


次の余興が始まったのかと、にやけていた15人の男たちは、バリトン騎士の鋭い視線に戸惑った。
気づけば、舞台上のキノコダンサーズも、食事やドリンクを配布していた騎士たちも、厳しい表情で15人を取り囲むように立っている。

「今から、お前たちに1つ質問をする。正直に答えるんだ」

問われた言葉に、15人は一瞬言葉を失った。


「予選終了後の夜、何をしていたか……アリバイがある者は、こちらへ上がって来い!」


集められた15人には、ねぎらわれる勇者という夢の後に、容疑者という現実が待っていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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閑話なのに、かなり力入ってしまいました。まず魔術師君、精霊の森の向こうから来た人でした。一応ネタフリしてたんだけど覚えてるかな……森を抜けたときにレベルアップして「メダパニ(敵を混乱させる呪文)」覚えたらしいです。本編で書ききれない過去エピソードはいずれ……気まぐれに。あとこの閑話、あちこちに小ネタ仕込んでみました。仮装大賞とかお笑い系多いです。昭和の歌とかも。うふ。(←自己満足度No.1)
次回、ついに犯人が……の前に、名探偵サラちゃん登場です。謎は全て解けた!っていうかアレが全て解いてくれた!っていう楽ちんな感じで。

第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(中編)~

第二章 王城攻略


酔っ払った男たちも、すっかり酔いが醒めたようだ。
もちろん、アルコールを取っていなかったサラもすっかり興ざめしてしまった。

用意周到な騎士たちの動きからは、計画的な匂いがぷんぷんする。
わざわざ参加者全員が集められたのは、このためだったのかと、サラは心の中でガッテンボタンを連打した。
アレクが「俺がすっぽかしたイベントは2つだけ」と言っていたし、この内輪ねぎらいパーティは、ある意味ドッキリ企画だったのだろう。

一気に仕事モードに変わった騎士たちは、躊躇無く剣に手をかける。
殺気立つ騎士たちに囲まれ、気の弱い魔術師などが我先にとステージへ上がり、アリバイを告げに行く。
アリバイが無いグループに残ったのは、なぜかサラと戦った人物だった。

案外気のいい野猿な大男、緑の瞳の騎士、そして魔術師。
サラは、1人部屋で寝ていたと申告したが、それではアリバイにならないと言われてしまった。

「お前らを疑わなければならないことを……とても、残念に……思うっ」

バリトン騎士は、鼻をこするようなしぐさをしながらも、冷酷な言葉を告げた。
なぜか言葉の合間に、チラチラとサラのことを見ながら。

もしかしたら、自分が疑われているのかもしれないと、サラは察した。
サラが容疑者だとしたら、正式に勇者としてお披露目されるパレードの前に、かたをつけてしまいたいところだろう。
アリバイがあると申告した者たちも、嘘をつくのが下手すぎるバリトン騎士の視線に気づき、各々サラの気配をうかがっている。

「……ちょっと、待てよっ!」

自分への視線と勘違いしたのだろうか、サラの隣に居た大男が、バリトン騎士にくってかかった。

「一番疑わしいヤツが、ここにはいねえじゃねーか!」

それは、1回戦を不戦勝で勝ち上がった、あの筋肉バカ男。
サラもうんうんとうなずいた。

「彼は……来ない。いや、来られない」

バリトン騎士は、視線を足元に落とした。
冷静で精悍な表情が、一瞬悔しそうにゆがむ。

「彼は、昨日……遺体で発見されたそうだ」

暴行事件が、一夜にして殺人事件へと切り変わった。
その事実に、会場の空気が凍りつく。

まるで、豪雪に閉ざされたペンション・シュプールのように。

 * * *

嫌なヤツだったけれど、死んだと聞かされると気持ちは変わる。
サラは、全力で戦わせてくれた相手に、心の中で黙祷した。

祈りつつも、サラは冷静に考えた。
アリバイではなく、大事なのは動機だろう。
優勝候補2名への暴行事件なら、自分たちには「ライバルを減らしたい」という動機がある。
しかし、大会後の殺人事件は、まったく目的が見えない。

「まず我々は、予選後の暴行事件についてのみ調査を行う」

理由は、暴行事件と殺人事件が、同一人物による犯行とは限らないからだとバリトン騎士は告げた。
賢明な判断だとサラは思った。

アリバイの無いサラたちにだけ、再度当日の行動が質問された。

「さっきも言ったけれど、オレは別の事件のせいで疲れて、部屋で寝ていた」

サラは、ブルーの瞳をまっすぐバリトン騎士に向ける。
やましいことは何も無いという気持ちを込めて。

緑の瞳の騎士は「軽く夕食をとった後、外には出かけず宿屋に居た」と主張。
大男は「夜更けまで1人居酒屋で飲んだ後、いつの間にか宿へ戻っていた」と、なんとも頼りない主張をした。
魔術師は「街をブラブラしてたかなー。あまり覚えてないや」と、ヘラヘラ笑いながら、怪しいことこの上ない発言をした。


サラの証言は、領主館に居たメンバーが、間接的に証明してくれる。
4人の中では、もっとも信頼度は高いはずだ。
だのになぜ、歯をくいしばったバリトン騎士は、サラへと苦しげな視線を送り続けるのだろうか?

ゴホンと軽く咳をすると、バリトン騎士は心に染み渡るような声で言った。

「お前たちの証言に、嘘は無いと思いたい、が……」

バリトン騎士は、横に並んでいる4人を順番に見つめ、最後にサラへと目を留めた。

「実は、襲われた2名の意識が戻ったんだ」

サラは、知らず緊張していた。
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる。


「2人は、自分たちを襲った人物の顔は”見えなかった”と言った。真っ暗ではない場所だったにも関わらずな……」


この場にいた全員が思い浮かべたのは、あの黒いマスク。

サラは、背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 * * *

いつの間にか閉め切られた会場。
じっとりと生温い空気が、サラの体に汗をかかせた。
全員からの視線を一身に受けたサラは「違う!オレじゃない!」と叫びたくなったが、根拠無く否定してはますます怪しまれるような気がして、口を噤んだ。

助け舟を出したのは、意外な人物。

「はーい。ちょっといいかな?」

自己申告アリバイ的にはもっとも怪しい、魔術師ファースだ。

「俺は黒騎士ちゃんじゃないと思うよ?なぜなら、俺もあの日襲われたからさ」

その話は、すでに警備の騎士にも報告されていた。
ただし、天邪鬼な魔術師は、捜査担当の真剣な質問に対して「あっという間にやっつけたから、なーんにも覚えてないよ。酔っ払ってたから、手加減できなかったしね」としか告げていなかった。

魔術師は、不安げに瞳を揺らすサラの頭をポンポンと叩いた。
優しくされると好きになる……と、サラは涙目で魔術師を見上げた。

「俺のこと襲った奴らだけどね、そう……確か2人組だったと思ったな」

倒すのに2秒かかったしと、さりげなく恐ろしい根拠を主張する魔術師。
サラも、カリムを襲った犯人も2人組、女もグルなら3人組だったなと思い出した。

「それ以前に、次の試合を控える俺たちが直接手を下すなんて、そんな安易なこと考えるのは……コイツか死んだ男以外いないんじゃねーの?」

魔術師に名指しで毒舌を吐かれた野猿男が「てめえ」と突っかかるが、周囲の騎士たちがなんとかそれを制した。

「ああ、確かに証拠は無い。だが……」

バリトン騎士が、パンと手を打つ。
ステージ脇から2人の騎士が現れた。

その手には、車椅子を押して。

「彼らが、襲われて怪我をした被害者だ。お前たちの姿を、ここからずっと見させてもらった」

バリトン騎士の言いたいことが、サラたちにも分かった。
車椅子の上の2名は、今にも倒れそうなくらい顔色を悪くし、瞳を伏せてカタカタと震えていた。

刑事ドラマでよくある、マジックミラー越しの容疑者チェックを行ったのだろう。
そして、被害者2名は反応した。
よほど恐ろしい目にあったのか、誰が犯人かは分からないと固く口を閉ざしたまま。

 * * *

状況証拠では、確かにサラが不利だった。
図らずも、このメンバーでは一番腕が立つと証明してしまったし。
巨大な龍を出現させたサラは、この飄々とした魔術師にすらトラウマを与えてしまったほどだ。

もしもこの2人を、似たような恐ろしい目にあわせた上で、口止めをしたなら……


まさか、私……

別人格が現れて、無意識のうちに彼らを……?


真夜中は別の顔……と、サラが超訳な妄想をしかけたそのとき。
腰に差した黒い剣がプルプルと動いた。

携帯バイブかと思ったサラが腰の剣を見ると、女神の涙といわれる宝石部分が、着信アリ風にチカチカと目映い光を放っている。
全員が、その光に注目した。

「ん?黒剣ちゃん、どしたの?」

何かを訴えるように、ブルブルピカピカする黒剣。
サラが鞘ごと黒剣を抜いて、至近距離で見つめると……


『ボムッ!』


突然の爆発音に、サラはギャッと叫んで剣を落とした。
乾いた木の床に、カツンと何か軽いものが落ちる音がする。

そこにあったのは……小さな、正方形の石ころだった。


「あ……ダイスちゃんっ!」


ラッキーダイスは、体操選手のー!ように、くるりとバク転しながら、サラの手のひらに飛び込んできた。
サラは、フッと笑むと、久しぶりに現れたダイスをその手に握り締めた。


「オレの名は、江戸川クロキシ……探偵さっ!」


キラキラと瞳を輝かせながら、サラは相棒のダイスに軽くキスをした。


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一番怪しい容疑者が次の犠牲者。はい、王道。ってこの話、土曜○イド劇場じゃないんだけど……ペンションシュプールは、カマイ達の夜という有名ゲームから。私もカマイです……あの歴代全員ジョジョみたいなエンディング一番好き。というか、ぶっちゃけダイスちゃんが出したかっただけだったのに、こんなぐだぐだな展開になってもーた。江戸川クロキシって……字余りにもほどがあるな。肝心の犯人は、次こそ判明します。もうバレバレだよね、ワトスン君?あっ、そのうち赤毛のキャラ何人か出そ!
次回、ようやく犯人判明。すっきり勧善懲悪な時代劇風のオチにご期待ください。チョーン。

第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(後編)~

第二章 王城攻略


いきなり自分を「探偵」と名乗った黒騎士。
それまで容疑者扱いされていたこともすっかり忘れ、得意顔で指示を始めた。

「皆さん、その場に座ってください。いいですね?」

あんぐりと口を開けてサラを見つめていた全員、有無を言わせぬ探偵の要求に答える。

ああ、なんて面白いんだろう。
彼女の行動は、まったく読めない。

魔術師ファースも、切れ長の目を細めてニヤリと笑いながら、その場に座り込んだ。

 * * *

「今からワタクシが、このダイスを使って、犯人を当ててみせましょう……」

ステージ上のバリトン騎士と、その隣にいる車椅子の男2人に向かい、優雅に礼をするサラ。
あの日ジュートがしたように、ダイスにフッと息を吹きかけ瞳を閉じる。

「我は命じる。この2名の騎士を襲った犯人を、見定めよ」

サラがダイスを放り投げると、ダイスはゆっくりと転がりながら、迷うようにあちこちと向きを変えた。
サラの隣に居た野猿な大男、魔術師ファース、緑の騎士、アリバイ申告した者たちへと、一通り近づいては、ぷいっと気まぐれに曲がり、転がり続ける。
誰かに近づくたびに「ヒィッ!」という悲鳴が上がるのを、愉しむように。

ダイスは、床の上に座った者たちの周りを一通りうろうろすると、ステージの上にぴょこんと飛び乗った。

ダイスが近づいたのは……バリトン騎士。
足元にそろりと寄ってくるダイスを、あたかも日本の夏によく見かける黒い虫のように恐れ、じりじりと後退していく。

「な……なぜ俺の方へ……」

バリトン騎士が、ステージの隅まで追い詰められ、段差に足を取られて転んだ瞬間、ダイスはまたもや反転。
ゴロゴロッと勢い良く転がったと思うと……


『カチン!カチン!』


被害者の車椅子2台の車輪を弾いた。


「くっ……アハハハッ!」

堪えきれなくなった魔術師ファースが、突然笑い声をあげた。
サラも、周囲の人間も、魔術師の奇妙な行動に動揺する。

「俺、犯人分かったわ」

細められた魔術師の灰色の瞳が濁り、暗い闇色に輝く。


「犯人は……俺だよ」


魔術師の瞳が発するのは、紛れも無い狂気。
人を殺すことを厭わぬほどの、殺気。

魔術師の隣に座っていた大男と緑の騎士は、恐怖に顔を引きつらせながら、壁際へ飛び退った。

 * * *

車椅子が音を立てて倒れ、被害者の騎士2名が泣きながら土下座したのは、その直後のこと。

彼らをケアしていた警備の騎士たちも、何も言えなかった。
自力では立てない2人の体を抱き起こし、無言で車椅子を押して去っていった。

今年の優勝候補と期待されていた2名の騎士は、予選で魔術師ファースの出場を知った。
よほど精神的に追い詰められていたのだろうか、このままでは勝ち目が無いと判断した2人は、示し合わせて魔術師を襲ったのだ。
その結果、2秒で返り討ちにあい、再起不能の怪我を負ってしまった。

「そりゃあ、犯人が誰かなんて言えないよなあ」

野猿な大男が空気を読まずに苦笑するが、周囲はシーンとしたままだ。
特に、彼らと同僚だった騎士たちのショックは大きかった。
もしかしたら、2人の騎士を追い詰めたのは、仲間である彼らの「頑張れよ」という些細な言葉だったかもしれない。
騎士たるものナンタラカンタラ……と、座り込んだままのバリトン騎士は、ぶつぶつ呟き続けている。

サラはステージの上にあがり、活躍したダイスちゃんを拾った。
指でヨシヨシと撫でると、後味の悪い雰囲気をごまかすように明るい声で言った。

「もう1つ、事件を片付けてしまいましょうか?」

気まぐれなダイスが、まだその姿を保っているうちに。
もう1つの、より大きな事件の解決を。

バリトン騎士が慌てて立ち上がると、頼むと言ってサラに頭を下げた。

「我は命じる。昨日、オレと2回戦で戦った剣闘士を襲った犯人を、見定めよ」

命じ方が合っているか分からず、サラはやや不安げな表情でダイスを転がす。
ダイスは、放心状態の騎士たちの間をコロコロと転がって行った後、奥のほうに居た男の靴先をツンツンと突付いた。

その男は……


「すっ、スマン!」


泣いてはいないものの、やはり土下座。
バリトン騎士は、もう言葉も出ないようだ。

この世界でも土下座って多用されるものねえと、サラはぼんやり考えた。

 * * *

第二の事件の犯人は、なんと警備隊長の騎士だった。

そもそも、筋肉バカの大男は、死んでなどいなかったのだ。
サラに負けてむしゃくしゃし、街でケンカしていたところを取り押さえられて、現在牢屋にぶち込まれているという。

なぜ殺人事件が起こったなどと嘘をついたかといえば、この茶番パーティをセッティングさせるため。

暴行事件の迷宮入りを感じ、どうしてもサラたち決勝進出者を取り調べたかった警備隊長。
しかし、決勝トーナメントの真剣な戦いを間近で見てきたバリトン騎士は「彼らは無実だ。単に動機だけで疑うのは失礼だ」と、真っ向から対立していた。
警備隊長は、バリトン騎士に取調べを受け入れさせるために、新たに殺人事件が起こったと嘘をついたのだ。

警備隊長の言い訳を聞いて、馬鹿馬鹿しいと誰もが呆れながらも、死んだと思った人間が生きているという情報は会場の雰囲気をすこし和らげた。
サラも、大活躍のダイスを拾いつつホッと息をつく。
魔術師は、うつろな表情で床にごろんと寝転がり、もはや全てがどうでもいいという本音ダダ漏れの態度だ。

ざわつく会場の中で、サラはこっそり、ダイスに最後のお願いと囁いた。

「我は命じる……カリムを襲った犯人を、見定めよ」

ダイスは、転がらなかった。
床の上でしばらく固まった後、ボムッと音を立てて、元の黒剣に戻ってしまった。
どうやら、カリムを襲った犯人はここに居ないようだ。
サラは、ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちだった。

ダイスちゃんありがと!と軽くキスをして、サラは黒剣を懐に差し直した。

 * * *

ふと気づくと、バリトン騎士を筆頭に、騎士たち全員がサラの前に並んで正座していた。
バリトン騎士が「疑ってすまなかった!」と頭を下げると、慌てて部下たちも頭を下げる。

サラは、胸の前で腕組みをすると、あの決め台詞を言った。


「これにて、一件落着!」


騎士たちがヘヘーと土下座する中、サラはカーッカッカッと高笑いした。


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ということで、カンタン謎解き編でした。自分、ミステリー書くセンスは無いです。魔術師君の「犯人は……」の台詞は、トラウマなファミコンDS(ディスクシステム)の怖いゲームから。校舎の鏡の中に……いや、思い出さないにしよ。ファミコンのアドベンチャーはポートピアが有名だけど、あのシリーズが一番怖かったと思います。綾代家の方も……卍の中の印……いや、なんでもないっす。あーファミコンの話しかしてないや。まいっか。カマイタチもだけど、怖いゲームを悪友たちとぴゃーぴゃー言いながらやるのって楽しいです。翌日1人の夜に後悔するんだけどさ……
次回、魔術師君最後の見せ場になります。ムーンでちょっぴりおセンチな気分になってください。ヤクルト飲んだ後レベルの甘ねっとり度です。

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