喉ニ小骨ガ

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「その他掌編」
そして私は、夢をさがす


そして私は、夢をさがす

2010.01.30  *Edit 

 スーツのポケットで、携帯が振動している。なかなか止まない。目の前のオジサンの眉がぴくりと動く。
 私は「失礼いたします」と告げ席を外した。薄暗い廊下で、チカチカと発光する携帯を取る。
「――ちょっと、お母さん! 会社の携帯に電話して来ないでって言ったじゃん!」
「だって由子《ゆうこ》ったら、あっちの携帯全然出ないんだもの」
「まだ仕事中なの、切るからね!」
「こんな遅くまで……」
「じゃあね!」
 小声で叫び、私は強制的に通話を終わらせた。灯りの漏れるドアの向こうを見やり、溜息を落とす。応接室のソファでは、未だ怒りの収まらないクライアントがタンタンと靴先で床を叩いているのだろう。私はピシャリと頬を叩いて気合いを入れ直し、ドアをノックした。

 ◆

 私は、この会社では珍しい女性営業だ。
 不景気のあおりで人が減り、仕事は片付ける端から湧いてくる。上司は「ちゃんと休めよ」と苦笑しつつも、休日出勤を重ねる私を止めない。特にこの数ヶ月は、発売したばかりの商品に致命的な欠陥が見つかり、代替品との交換に奔走している。どんなに夜遅くても、営業車を転がして謝罪に向かう日々。
『アンタに文句言ったってしょうがないけどねぇ』
 そう前置きした上で暴言を吐いてくる、大事なお客様たち。私はただ頭を下げ、菓子折を渡す。
 こんなことをするために、この会社に入ったわけじゃない。
 そう思っても、私に会社を辞める気は無かった。次々と消えていく同僚を横目にしがみつき続けるのは、会社への愛情とは違う、個人的な理由のせい……。
 暗闇に包まれるオフィスに戻った私は、自分の携帯を取り出した。着信履歴に並んだ『実家』という文字を選ぶ。
「もしもし、お母さん?」
「あら由子。ようやく捕まった。心配したんだから」
「なかなか電話できなくてごめん。仕事忙しくて」
 免罪符になるひとことを告げると、私は一度室内に視線を彷徨わせた。
 大丈夫、誰も居ない。
「お母さん、私……」
「こっちは相変わらずよ。お父さんもお兄ちゃんも、何言ったって聞きゃあしない」
 田舎の実家には、定年をむかえたばかりの父と、専業主婦の母、フリーターの兄が暮らしている。兄は今年三十歳になるというのに、アマチュアレベルのバンド活動に打ち込んでいて、あまり家に居つかない。口数の少ない父が相手では物足りないのだろう。母はこんな風によく電話をかけてくる。
「本当に、由子はしっかりしてて助かるわ。いつも仕送りありがとね」
 この先お父さんの年金だけじゃ……なんて母の話は、もう何度聞かされたか分からない。私は漏らしかけた弱音と、母の愚痴を合わせて飲みこんだ。

 ◆

 木の葉が色づき、クレームが落ち着きを見せ始めた頃、私は体調を崩した。
 通勤電車に乗ろうとすると、気分が悪くなる。動悸と共に嫌な汗が流れ、呼吸が苦しくなる。乗り降りする人の群れに得体のしれない恐怖を感じる。
 そろそろ限界かもしれない。
 ホームの片隅、色あせた青いベンチに座りこんでうな垂れた時、母から電話が来た。またこんな時間に、と煩わしく思いつつも私はそれを取った。雑踏も押し退ける、威勢の良い母の声が片耳に響く。
「由子、元気?」
「……うん、元気だよ」
「そう、今月も仕送りありがとね。お正月は帰って来られるの?」
「……分かんない。仕事かも」
「いつも仕事仕事って、あんたは本当にお父さんそっくりね! お父さんも勤めてるときは家の面倒なんて一切見てくれなかったし。ああでも退職したらしたで、今度は趣味に夢中だから困っちゃうわ。この前だって、言伝もしないで旅行出かけちゃって……そういう気ままなところは、お兄ちゃんが受け継いだのかしらねぇ」
 とめどなく続く母の愚痴。昔から、母の悩みの種は父と兄だった。
 消去法で残った私は、母にとって自慢の娘。
『うちの娘は、東京の大きな会社に勤めていて――』
 法事の際、親戚に対して誇らしげに語った母の姿が浮かぶ。
 あの時、本当は私も少しだけ誇らしかった。
 母の笑顔を、守りたいと思った。
 だけど……。
 けたたましく響く発車のベル。顔を上げると、急行のドアが閉まるところだった。これで完全に遅刻だ。なのに立ち上がれない。
 ぷつり、と音を立てて、張りつめていた何かが切れた。
「ねぇ、お母さん?」
 母の話を遮り、私は震える声で告げた。
「……会社、辞めていいかなぁ?」
 ひっく、と鳴ってしまった喉。スーツのズボンにはたはたと落ちる涙の雫。堪えたけれど、受話器の向こうに伝わってしまったかもしれない。それでも、もう隠せない。
 母は、一瞬言葉を詰まらせた後、あっけらかんと言った。
「いいわよ」
「おか……さ……」
「ずっと我慢してたんでしょう? まったく由子は、そんなところもお父さんそっくりなんだから」
 ざわつくホームで初めて聞かされた、父の転職話。若い頃の父にも、仕事で躓いた時期があったのだという。涙で水玉模様が描かれていくグレーの生地を見つめながら、私はその話をじっと聞いていた。
 背広姿の父が、今の私とオーバーラップする。父が仕事に打ち込んできたのは、仕事が好きという理由だけじゃなく、家族を養うためだったのだと今さら気付く。
「とにかく一度こっちに帰ってらっしゃい。あんた一人食べさせるくらいの余裕はあるから。しばらくゆっくりして、由子が本当にやりたいことを探したらいいのよ」
「うん……」
「ほら元気出す! あんたは、お母さんの夢なんだからね」
「夢……?」
「そう。お母さんは、子育てとお義父さんの介護で何にもできなかったでしょ? だから由子には、自由に好きなことをして生きて欲しいのよ。それがお母さんの夢」
 お父さんみたいに好き放題なのは困っちゃうけどね、と笑う母の声が胸に沁み込んでいく。兄と私の名前に共通する『由』の文字の意味が、いつの間にか窮屈になっていた私の心を解放する。
「夢、かぁ……」
 すぐには思い浮かばないけれど、少し休日を作ってのんびり考えてみるのもいいかもしれない。お父さんみたいに、ぶらっと一人旅に出かけるのも楽しそうだ。
「お母さん、ありがと……また電話するね」
 なかなか途切れない母の励ましに何度も頷いた後、私は携帯を閉じた。
 気付けば冷たい北風は止み、眩しい日差しがベンチに降り注いでいる。私はスーツの袖で涙を拭い、頬を叩いて気合いを入れ直した。

 ――うん、私はまだ大丈夫だ。


「あ、もしもし課長ですか? すみません、少し遅れますが今から向かいますので――」


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【後書き】補足&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 なんとも地味な話でスミマセン。この話は『電話』というお題の公募向けに書いたものです。(が、ボツ作品に……理由はお題への切り込みが弱かったため。タイトルは『母と私をつなぐもの』と迷いました) 描くべき理想として示されていたのは『現実に起こりうる、ハートフルなコミュニケーション』というものでして。家族の事故や訃報を伝える電話という切り口は、たぶん死ぬほど来る気がしました。よって自分はラブストーリー(電話で告白)で行こうかと思ったのですが……うう。そんな甘酸っぱい経験は無かった。orz ということで、会社を辞めたときの経験を思い出しながら書いてみました。ちょっと脚色しましたが、電話ラブみたいな妄想の塊を書くよりはマシ(=リアリティが出る)かなぁと。しかしこの作品は、どっぷり共感いただける方と、アリガチな話じゃんと冷める方、パッツリ分かれるようです。こういう賛否両論な作品も、たまにゃあなぁ、酒よ……よし、行くぞうっ!(←次の作品へ)



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