喉ニ小骨ガ

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うちのお兄ちゃんを紹介します


うちのお兄ちゃんを紹介します 13.日曜午後/14.日曜夕方

2009.11.06  *Edit 

13.日曜午後

 ミスコンの舞台を降りた後も、波乱は待っていた。
 舞台袖で出迎えてくれたのは、美香とさおりだけじゃなかった。アリスの友達と名乗る多数の学生と、その他野次馬たち。
 戸惑った私が何度電話しても、男子トイレに向かったはずのアリスは出ない。顔のガムと格闘しているのだろうと、私は途中で諦めた。
 たいていの野次馬はしばらくしたらどこかへ立ち去った。残ったのは一部の「ケンイチウジが」と主語を使う学生たち。明るく騒がしい彼らによって、私たち三人はあっちこっち連れまわされた。女の人が混ざっていたから怖くは無かったし、いろいろなお店で食べ物をもらったり、ゲームをしたり、疲れたら休ませてくれたり……私たちは学園祭をめいっぱい楽しんだ。
 しかし、問題はその後だった。
 アリスの魔法から解けた兄に、今度は『ミスター』への臨時出場のお呼びがかかったのだ。
 今度こそ「絶対見に行かない!」と頑なに主張したので、美香とさおりが見学に行ってきた。その間、私は人手不足に陥ったクレープ屋さんの売り子を手伝って……まあ、クレープを焼くのは楽しいし、退屈しなかったからいいんだけれど。
 二時間ほど経ってから戻ってきた美香とさおりは、またもや興奮していた。
「優奈っ、ケンイチウジ、最高だよっ!」
「なんであんなにカッコイイのっ? もう大ファン!」
 売り子さんのお駄賃代わりに、クレープとお茶を三人分いただいて、私たちは店内の片隅に陣取った。
 お茶を一気に飲み干すくらいテンションの高い二人に戸惑いつつも、ひとまずミスターコンテストで何が起きたのかをじっくり聞いてみる。
 今度は『ケンイチウジ』名で参加した兄は、佐藤さんか誰かの手助けがあったのか、顔のガムもメイクもきれいさっぱり取り除かれ、昨夜見た通りの“マッチョで知的な爽やか青年”に戻っていたらしい。
 そして披露した特技は、中学の時にハマっていたヌンチャク。上半身裸になると筋トレの成果が露わになり、会場からは黄色い声援まで上がったとのこと。
 もちろん今回の出場は、主催者にとって完全にウケ狙いだったし、単に『アリス』とのギャップで笑わせたかったはずが……ミイラ取りがミイラとはこのことか。
「惜しかったんだよー、ケンイチウジ。審査員特別賞だって。実質三位ってとこかな。優勝と準優勝の人は確かにカッコ良かったけど、なんかそれだけっていうかさぁ……」
「ケンイチウジさん、決勝の時の歌も良かったよね! “ドラえもんの声で忍者ハットリくん歌います”って。声はそっくりなんだけど、音程が全然合ってないのっ」
 ああ、それは小学生のときに必死で練習してたやつね……。
 アホらしい特技を次々と開発してきた兄の人生を振り返りながら、私は一つの真理へと辿り着いた。
 人生には、何一つ無駄なことはないのだ。
 どんなにくだらないことでも、何かをマスターすればきっと役に立つ。
 ……となると、今こうして二人の話を聞きながらイライラしているこの気持ちも、いつか何かの役に立つのだろうか?
「それにしてもケンイチウジ、素でリアルにカッコよかったよねー」
「うんうん。背も高いし、身体もいいし、なにより性格がすっごく良さそうだし」
 イライライライラ……。
 私の堪忍袋はむくむくと膨らんで、最後は膨らませ過ぎたガム風船のように弾けた。
「――もういいよっ、あんなヤツの話はさあっ!」
 叫んだ私の頭を、小さな子どもをあやすように撫でる美香。
 むくれた私をなだめてくれるのかと思いきや。
「はいはい、分かった分かった。っていうか優奈、あんたの理想が高い理由も納得したわ。毎日あんな素敵な人と一緒に居るからだよ」
「ちょっと美香! それ百パー間違ってるし!」
「あたしもそう思うなー。なんだかんだ優奈ちゃん、お兄さんのこと大好きなんだよね? むっつりスケベじゃなくて、むっつりブラコンって感じ」
「さおりまでっ……」
 ああ、頭が痛い。
 ぐったり脱力した私を気遣うこともせず、その後も美香とさおりのケンイチウジ絶賛はノンストップで続く。
 最後は私も根負けした。
「……もう、そんなに気に入ったならアイツあげるよっ。さっさと彼女でも作って一人暮らしして、うちを出てけってんだっ」
 心底嫌気がさして言い放つと、二人は眉をひそめながら珍しく歯切れの悪い返事をした。
「そりゃあ、ケンイチウジと付き合えたら相当楽しそうだけど……ねえ?」
「うん……残念だけど、あたしたちには高嶺の花過ぎるよ。もっとオトナの女の人が相応しいと思う……」
 やんわりと断ってるわけじゃない……二人は本気だ! 本気で謙遜してる!
 言葉を失った私に、さらなるダメ押しが襲う。
「あのさ、ミスコン優勝したっていう着物の女の人いたじゃない? 優奈が予選で見た中で一番キレイだったって話してた」
「うん、それが?」
「優奈には言いそびれてたんだけどさ……優奈がミスコンの後でギャラリーに捕まってたとき、うちら二人でおトイレ行って……」
 そこまで言って口籠った美香の代わりに、さおりが結論を告げた。
「そのときね、偶然ケンイチウジさん見かけたの。声かけようとしたんだけど、あの女の人と一緒だったから止めといたんだ。あの美女とケンイチウジさん、かなり良い雰囲気だったよ? それ見てちょっとショックっていうかぁ……あれ、もしかして彼女だったりして」
 意気消沈し、背中を丸めてうつむく美香。さおりの表情も、笑っているように見えて本当は落ち込んでる。付き合いが長いから、そのくらい分かる。
 いつもなら何か励ますようなことを言うところだけれど、今の私にはそんな余裕はない。頬はピクピクと引きつり、右脳が命ずるままに唇が動く。
「まっさかー。あのバカアニキが? んなわけ無いって。何か用事があって立ち話してたくらいじゃない?」
 私の推測に対して、二人ははっきりと首を横に振った。
「うちら見ちゃったんだよ。あの人、ケンイチウジの顔から、せっせとガム剥がしてた……」
「そうそう。片手にいっぱい氷握って、手ぇ真っ赤にしてね……」
 美香とさおりは『だから完敗!』とやけにスッキリした表情で告げた。

 再び頭痛を感じた私は、こめかみを抑えながら考えた。
 この不可解な超常現象を、一言で説明するならば……そう、兄は今日『大学デビュー』を成し遂げたのだ。


14.日曜夕方

 嵐のような一日が、ようやく終わりを迎えようとしている。
 私が座っているのは、学食に隣接されているガラス張りのテラスだ。かなりの広さで、たぶん百人以上の生徒が入れるスペース。勝手知ったる生徒らしきグループが数組くつろいでいる。
 テラスの中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。
 私が冷たいウーロン茶をあおったとき、テーブルに置いたケータイが震えた。美香からだ。
「駅に着いたよ、かぁ。私も早く帰りたいな……」
 薄いピンクのネイルを塗った指先が、半自動的にボタンを押して行く。
『おつかれ。私はまだ大学。これから佐藤弟さんとご対面だよ』
 送信ボタンを押したところで、私は力尽きた。テーブルの上に、上半身をもたれかける。このまま三秒目を閉じれば眠れそうだ……。

 *

 ケータイが、また鳴った。
 どうやら五分ほど、本気でうたた寝してしまったらしい。こんな場所で無防備になるなんて危ない。思わず膝の上に置いた小ぶりなショルダーバッグの中身を確認した。特に問題は無し。
 寝惚け眼をこすりかけた手が、ピクッと止まった。こすったらまたアイメイクが崩れてしまう。早く帰って顔を洗いたいと思いつつ、ケータイを手に取る。
 メールの送信者は、さおりだった。
『駅で美香と別れようと思ったんだけど、ケンイチウジのお友達の山田さんと鈴木さんからご飯に誘われたので、今から四人で行ってきます。また報告するね』
「なにそれっ!」
 いつの間に仲良く……って、私がクレープ屋の看板娘やってるときか。
 なんでだろう、嬉しさ五割、寂しさ三割、残りの二割は……。
「空しい。なんか私、置いてけぼりっぽくない? 『が、ん、ば、れ』って一応送ってあげるけどさぁっ」
 確かに佐藤さんは、私が今まで出会った男の人の中で一番素敵だ。今日はたくさんの男子大学生と話したけれど、それでもダントツ。この先も、あんな人にはなかなか巡り合えないだろう。
 私がそんな風に佐藤さんを追いかけて、ある意味高望みで必死に背伸びしている間に、美香とさおりは着々と恋愛を進めていく……。
 私だけが、ふわふわ片思いの雲の上に取り残される。
「もし佐藤さんが、佐藤弟さんだったら、私だって今頃は……」
 どうしてお兄さんと先に会ってしまったんだろう。もしかしたら、外見も中身もそっくりな兄弟かもしれないのに。
 恋愛って、変なところで不公平だ。先に出会った人に心を奪われてしまったら、もう後から誰が来たって遅い。私が簡単に好きな人を変えたり、ましてや二股なんてできるくらいドライな性格だったら、また違ったのかもしれないけれど……。
「あーあ、結局今の私は、どーしても佐藤さんがいいんだもんな。まだ佐藤さんのこと何にも知らないのに、オカシイよね……」
「――優奈ちゃん?」
 突然見知らぬ女の人に呼びかけられ、私は慌てて声の方へと目を向けた。
 私に向かって早足で歩み寄るその人は、私が一方的に知っている人。
 猫のようなアーモンド形の瞳をした、線の細い美人。少し日に焼けた肌に艶やかな長い黒髪を持つ、女優さんのように雰囲気のある人だ。ざっくりしたオフホワイトのセーターのVネックには、シンプルなシルバーのネックレス。淡いピンクのマーメイドスカートがエレガントで良く似合う。
 そう、確か彼女はこの髪を結い上げてかんざしを刺し、美しい鶴が舞う深紅の着物をきていたはず……。
「あ、ミスさん!」
「ミスさん?」
「えっと……ミスコン優勝の、ミスさんですよね?」
 名前を知らなかったことを恥ずかしく思う一方で、私の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
 なぜそんな人が、私の名前を?
 口を開きかけたとき、美香たちのリーク情報を思い出した。
 私が“理想”と認定したくなるような、これほど隙の無い完璧オトナ美女が、アリス、いやケンイチウジこと我がバカアニキと……?
 ――はい、消えた!
 結論が出たところで、私はあらためてミスさんに向き直る。
 兄とは単なる知り合い、最悪でもお友達くらいの関係に違いない。顔のガム? 目にゴミが入ったとか、顔に蠅が止まってたって程度の話に決まってる。もしくは兄が迷惑かけたか……うん、それだ。
「えっと、うちの兄がまた何か……?」
「ケンイチウジ君は、まだサークルで捉まってる。だから私だけ先に来ちゃった。待ちきれなくって」
「はい?」
 ミスさんは三百六十度、どの角度からファインダーを覗いてもパーフェクト! という笑みを浮かべながら言った。
「初めまして、佐藤祐希です!」
「佐藤って……ええーっ!」
 叫んだ私は、慌てて口を抑える。くつろいでいた他のグループが何事かと注目し、ひそひそと「ユーさんだ」と囁き合う。
「佐藤さんって、女の人だったんですかっ?」
「うふふっ。やっぱり誤解してた。ドッキリ大成功!」
 キュートな笑顔でブイサインを作った佐藤妹さんが、私の隣の席に座った。椅子を引くときも腰を下ろすときも、背筋はピンと張っていて美しい所作。私は『立てば芍薬座れば牡丹……』なんて慣用句を思い出す。何をしても絵になる人だ。
 というか……さすが、佐藤家の血筋だ!
 納得した私は、あらためて自己紹介した。
「初めましてっ、斉藤優奈です。この度はうちのバカアニキが大変なご迷惑をおかけしまして……あと私も佐藤さん……あの、お兄さんの方にはお世話に」
「気にしないで。私も楽しませてもらったから。あと私のことは“祐希”って呼んでね。私も優奈ちゃんって呼んじゃってるし」
「あっ、ハイ、祐希さん……」
 優奈ちゃん、と呼びかける少しハスキーな声が佐藤さんと似ている気がして、私はまたもや頬が熱くなり始めた。そんな私を、祐希さんは興味津々といった目で見つめる。
「ねえ、いきなりだけどメアド教えて? できれば私とお友達になって欲しいな」
「ハイ喜んで!」
 居酒屋みたい、と私には分からないツボで笑いながら、祐希さんは携帯を取りだす。「赤外線って使い方が良く分からないの」と苦笑する祐希さんのために、私はアルファベットで一文字ずつメアドを伝えてあげた。
 私の声に合わせて動く、白魚のような細い指。祐希さんの爪は何の加工もされず、短く切りそろえられている。ネイルが似合うのにそれをしないのは、お料理が好きだから……なんて、勝手に祐希さんのイメージが膨らんでいく。
「さて、これでよし、と。ねえ、優奈ちゃん?」
「あっ、はい」
「ちょっとだけ、内緒話してもいいかな?」
 そう言って、祐希さんは頬杖をつきながら、夕闇に染まりつつあるテラスの向こうを眺めた。


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