喉ニ小骨ガ

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うちのお兄ちゃんを紹介します


うちのお兄ちゃんを紹介します 12.日曜昼

2009.11.05  *Edit 

12.日曜昼

 賑やかな正門前エリアを通り過ぎた先に、芝生が広がる中庭があった。
 歩道沿いにちょうど三人座れるベンチを見つけ、私たちはそこに落ちついた。
 芝生の上では、ポツポツとフリマをやっている学生さんがいる。後で見てみようと思いながら、私は買ってきたばかりの湯気の立つ焼きそばを頬張った。
「あー、屋台の焼きそばってなんでこう美味しいんだろうね」
「あー、もうケンイチウジ最高っ。これ食べたらミスコン見に行くよ!」
「あー、あたしも行くー。投票って誰でもできるのかなぁ。決勝残って欲しいよ」
「……私、行かないよっ」
 と言ってみたところで無駄だということは分かっている。この二人に逆らえるわけがないのだ。
 ひとまずクールダウンするべく、香ばしいソース焼きそばをかき込む。空腹が満たされていくのと比例して、私の中の『兄キモ度』もじりじりと進み……またもや針が振り切れた。
 さっきまでは鳥肌が立つほどキモいと思っていたのに、目の前から消えた途端こんな風に気持ちが変わるのが不思議で仕方ない。しかし、こうして一歩引いて見れば、あの姿をした兄はありえないくらい……キモ面白い。
「ね、優奈。ミスコンの一次審査は一発芸だって。ケンイチウジは何してくれるのかなっ」
「美香ちゃん、今それ聞かない方がいいよぉ。どーせなら舞台で楽しみたいじゃない?」
 口元をムズムズさせていた私の頭の中に、以前兄が「なあ、優奈。俺の開発した技見てみるか?」と話しかけてきた、あの記憶が蘇り……。
「――ぷはっ! もうダメ、あいつキモ過ぎっ! アハハッ!」
「ちょっ、優奈、一人で笑って、ズルイ……っぷぷっ」
「ふふ、ふふふっ、もうまた、涙が出ちゃうよぉっ」
 金曜日を遥かに越える爆笑の後、私たちは焼きそばをせっせと平らげて、一応女子トイレでお化粧直しをしてからミスコン会場へ向かった。
 またすぐパンダになるのは、目に見えているのだけれど。

 *

「ユウッ!」
「ユーちゃんっ!」
 ミスコンの観客からの大歓声に、私はビクッと震えた。
 お母さんが私を呼ぶときみたいだけれど、その声が向けられた先は当然私ではなく、ステージの上だ。
 とびきり美人な女の人が、静々と舞台袖に消えていく。なぜか着物姿で髪を結いあげて。審査には『仮装』みたいな条件もあるのかもしれない。
 ぼんやりと美女を見送る私を真ん中に挟み、美香とさおりが楽しそうにおしゃべりする。
「ねぇ、今の人何番目かな。かなりの美人さんだったね。M大ってレベル高い?」
「分かんないけど、女子アナの登竜門っていう話もあるしねー」
「っていうか、別に美人さんが見たいわけじゃないのよっ。ケンイチウジにエールを送りたいのっ!」
「始まったばっかりみたいだし、お兄さんはまだじゃない? 先に出ちゃったらもったいないもん。たぶん中だるみした後半あたりだと思うな」
 さおりの冷静な分析の通り、兄はなかなか現れなかった。ステージには次々とタイプの違う美女が登場しては、歌やダンスなどの特技を披露して去っていく。
 ルールとしては、教授らしきダンディなオジサマを筆頭に、何者かさっぱり分からない男女が合計十人、審査員として舞台の隅に並び、美しさやパフォーマンスを採点している。採点の項目には『ファンの応援』なんてのも入っているらしい。「皆さんの声も大事ですよ!」と、司会進行役のお笑い芸人風二人組が呼びかけていた。なんだかテレビのオーディション番組みたいだ。
 観客の中には、そのことを良く知っている友人や固定ファンが居るのか、中には横断幕を作って団体で声援を送る人もいる。
「うちらも、頑張ろうね。なんて言う? やっぱ『ケンイチウジー!』かなっ」
「うん、それだね。でも先に分かってたら、せめて名前入りのウチワとか用意してったのにねぇ」
「ヤーダー! ホントにそれだけは勘弁っ……」
 さっきまでは自分も他人事で楽しんでいたというのに、今の私はまたもや“鳥肌モード”に逆戻り。兄の出番が近づいていると思うと、心臓がバクバクと不穏な音を立て始める。ぎゅうぎゅう詰めの観客たちに押されて、身体が汗ばんで来たけれど、これは暑さのせいだけじゃない気がする。
 ひとまずハンカチで汗を拭おうと、ショルダーバッグの中をまさぐった私の耳に、司会者の片割れのハイテンションな声が届いた。

『――では、これまでとは少し違うタイプの美女をご紹介しましょう。エントリーナンバー十三、ミス・アリスちゃんです、どうぞーっ!』

「来た来たー!」
「お兄さんっ!」
「……まじでっ」
 興奮した美香とさおりが、左右から手を握ってくる。まるで捕まった宇宙人状態。もうこの場所から逃げられない。
 開き直りの境地に入った私は、半開きの冷めた目でステージを見つめた。
 そこに現れたのは、当然あの男だ。猫背の小股でチンタラと歩いてくる、青いワンピに白いフリフリエプロン、金髪ヅラにでっかいリボンの大男。胸の風船も健在だ。
 私が「やっぱ無理かも」と呟いたとき、すぐ近くから恐ろしく低い……男たちの怒鳴り声が響き渡った。
「ウォォォー!」
「アーリスー!」
「アリス愛してるー!」
 親友二人も、負けじと黄色い声を上げる。
「ケンイチウジーっ!」
「素敵ーっ!」
 やだやだやだやだ……。
 耳を塞ぎたいけれど、両手を掴まれているのでそれすら無理だ。しかもついつい目線は、怖いもの見たさでステージへ。
 失笑した司会の二人が、アリスに適当な質問を繰り出していく。アリスはうつむき加減のままボソボソ返事する。
「では今からアピールターイム!」
「さて、アリスちゃん、今日はどんなことをしてくれるんですかっ?」
 舞台上の兄……いやアリスは、こんなくだらない催しに引っ張り出されておきながら、至っていつも通りだ。良くも悪くも。
「あ、はい。今日は俺……じゃなくてわたしの特技であります、風船作りをやりたいと思います」
「なるほど、風船っていうとあれですか、細長いのをくりくりっと捻って、動物を作ったり?」
「いやいや、そのような器用さは拙者持ち合わせておりませぬ」
「アリスちゃん、なんでいきなり江戸ッ子に!」
 会場がドッと湧きあがる。私は頭を抱えたくなった。あの口調は、高校時代兄が好んで使っていたものだ。やはり、アレをやるに違いない。
「では、アリスちゃんの一発芸“風船作り”です、どうぞっ!」
 兄一人を残して、司会の二人は脇へ下がった。そのデカイ図体に対して低過ぎるスタンドマイクに向かい、兄が「あ、すいません。ちょっと忘れ物しました」と言って、一度走り去る。またもや会場からは爆笑が起こる。
 戻ってきた兄の手には、小さなタッパーがあった。兄が喋ろうとすると、なぜかハウリングするマイク。何度か同じことを繰り返し、それも細かな笑いを誘う。司会の一人が自分のマイクを差し出すと、ようやく話が進んだ。
「えー、こちらはですね、とある男が先程まで噛んでいたガムです。これをまず、わたしが食べます」
 観客は爆笑したり、失笑したり、またはドン引きしたり……美香とさおりは、相当期待が高まっているのか、握られた手の力が強くなっている。
 アリスは、ガムを噛みながら解説する。
「かなりの、量なのですが、これくらい、必要でして、ええー、では今から、このガムで、風船を作ります」
 そこで一旦マイクは司会者へ。兄はくちゃくちゃと大きく頬を上下させながらガムを口の中で温め、舌でこねると一気に膨らませ始めた。
 最初は、ピンポン玉サイズ、それがすぐ野球ボールくらいになり一旦停止。鼻から息を吸い直すとさらに続ける。水風船大になり、汚い顔の下半分が隠れた頃から会場はザワつき出す。
「うわっ、もう小ぶりなメロンくらいありますよこれ!」
「いやまだ膨らんでるっ、どんどん大きくなってます、小玉スイカくらいかっ!」
「もう顔がまったく見えないっ!」
「アリスちゃん、危険ですよ、そろそろヤバイですよおっ!」
 司会の二人が煽るのも上手で、風船を使ったテレビのクイズ番組みたいに、観客のハラハラドキドキ感が高まっていく。美香とさおりも、あんぐりと口を開けて膨らみ続ける風船に見入っている。
「もう限界かっ、アリスちゃんの前髪にくっつきそうだ――ああっ!」
 まさに、お約束。
 膨らませ過ぎたガム風船は、一気に弾けた。
 ガムはべったりとアリスの顔面全体へ……そして、観客のボルテージは一気に頂点へ!
「うわああぁっ! アリスちゃんの美しいお顔がガムに!」
「だっ、大丈夫ですかアリスちゃんっ、息できますかっ?」
 マイクを向けられたアリスは、唇の部分だけを指ではぎ取ると、言った。
「あの、すみませんが後でどなたか、氷分けてください。ガムって冷やすと剥がれるんで。特にこのカツラ大事な借り物なんで」
 再び、爆笑の渦。
 笑っていない人間は、たった一人しかいない……私だ。
 振り切れた『キモ度』の針が一周して、再びキモ度MAXまでやってきた。
「いやー、アリスちゃん最高でしたよ、本当に俺らからパフォーマンス賞をあげたい」
 涙を拭いながらアリスをねぎらう司会者に、ちょいちょいと手招きするアリス。
「あ、ちょっといいですか。最後に一言」
「ええ、なんでしょう?」
 司会者も、観客も、次にアリスが何をやらかすのかという期待からか、シンと静まる。
 そこでアリスは、とんでもないことを言いやがった。

「おーい、優奈見てるかー。お兄ちゃん頑張ったぞー」

 真っ青になって固まる私の横で、美香とさおりが示し合わせたように手を上げた。
 つまり私は、大勢の観客の中で一人、バンザイ状態になった。

 *

「おおっ、妹さんが見に来てるんですかっ!」
「これは面白い……あちらにいらっしゃるようですねっ。妹さーん、もし良かったらお兄さん……じゃなくてアリスちゃんに応援のお言葉をっ!」
 やだやだやだやだ……。
 目を閉じて念じても、夢オチにはならない。これは、現実なのだ。
 ついさっき、あのアリスが私の前に現れたときのように、今度は私の前から人が退いていく。ステージへと続く短い道を、私は美香とさおりに背中を押されながら進む。
 舞台の前まで着くと、司会の男二人が私に手を差し伸べてきた。一メートル程高さがあるので、引っ張り上げてくれるらしい。観念した私は、彼らに「要りません。自分で上りますから」と告げた。我ながら聞いたことがないくらい、低い声が出た。
 ワンピースとガニマタが似合わなかろうが、後ろからパンツが見えようが、関係ねぇ。
 私の身体は、なんとか舞台上へ移動した。観客に背を向け膝をついた私は、ゆっくり立ち上がる。射るような視線が向かう先はただ一つ、正面に居るあのバカ男……。
「さて、アリス妹さんの登場ですが……うわー、これは……どうする相方っ!」
「まだお顔見せないでくださいねっ! 観客の皆さん、心の準備はいいですかー?」
 盛り上がった観客が「いいでーす」と声を揃えて叫ぶ。私を挟むようにして、司会の二人。そして正面には顔全体に白い膜を張った兄。
 ヤツの口が「優奈スマン」と動き、顔の前で両手が合わされる。私は大きな溜息をついた。
 もう、仕方がない。兄が調子に乗るとロクなことにならないのは、分かっていた。のこのこ見物にやってきた自分が悪いんだ。
 だけど……。
「では、あまり時間が無いとのことですし、ついにアリスちゃんの妹さん大公開っ!」
「部外者の方なんで、写真撮影はご遠慮くださいねっ! 皆さん、カメラ下ろしてっ! そうじゃないと許可しませんよー」
「さあ、アリスの妹さんは、こーんな方ですっ!」
 叫んだ男に肩を押され、くるりと後ろを向かされる。肩の上で、外巻きの毛先がぴょこんと跳ねる。
 会場は、一瞬水を打ったように静まり返った。私の目には、居並ぶ人たちが波のように見える。
 こんなに大勢の前に立ったのは初めてだ。緊張しても良いはずだけれど、怒りと羞恥心でそれどころじゃない。
 割れんばかりの拍手と、地鳴りのような大歓声も、私の耳には届かない。
 私の左右に陣取る司会者たちも興奮しているらしく、マイクに向かって唾を飛ばしながら叫ぶ。
「皆さんどうですかっ、アリス妹! なんというクオリティ!」
「イヤ、参った! 信じられない! もしや義理の兄妹じゃないでしょうねっ? 本当の兄妹ですか?」
 マイクを向けられ、私は「はい」と言った。
「声も可愛いですっ! これは奇跡か! こんな妹が世の中に存在していいのかっ!」
「アリス妹さんは、おいくつですかっ?」
「十七です」
「女子高生っ? 大人っぽいなぁ……何年生?」
「三年です」
「じゃあ来年は……」
「大学生になる予定です」
「このM大にっ?」
「いえ、別の学校だと思います」
 そこで『えー』という落胆の声が観客から上がった。それでも、私は無表情のままで……。
「あー、もう本当に残念ですが、妹さんとアリスちゃんにはそろそろご退場いただかなくてはっ」
「はいはいっ、ブーイング分かります。我々も寂しいんですよ!」
「では最後に妹さん、アリスちゃんに何かメッセージを!」
 すぐ脇のスタンドマイクを指し示され、私はそこに歩み寄りながらチラッと後方を見た。相変わらず、顔をガムべったりにしてぼーっと突っ立っているアリス。
 こんな姿を親に見られなくて本当に良かった。特にお母さんは、最近イメチェンしたことを本気で喜んでいたんだから。
 私だってそうだ。なにより、佐藤兄弟だってきっと……。
 絶対に、許さん。
 私はひんやり冷たい空気をスウッと吸い込むと、腹の底から最大ボリュームの声を出した。
 我が兄に、最大のダメージを!

「――このバカアニキっ! もう“お兄ちゃん”なんて呼んであげないっ!」

 直後、この日最大の歓声が沸き上がった。


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