喉ニ小骨ガ

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うちのお兄ちゃんを紹介します


うちのお兄ちゃんを紹介します 8.翌週金曜昼/9.金曜夕方

2009.11.02  *Edit 

8.翌週金曜昼

「優奈、優奈っ」
「ほぇ?」
「あんた、またはみ出してるって!」
 美香に突っ込まれて、私は慌てて目の焦点を鏡へと戻す。
 唇から大きく横へ逸れたリップグロス。まるでカタツムリが這った跡のように、てらてらと頬の方へ伸びている。
 慌ててティッシュオフする私に、さおりが訝しげな視線を向けてきた。
「なーんか、怪しいなぁ。優奈ちゃん、絶対おかしいって」
「そんなことないナ……ううん、そんなことないよっ」
 またもや兄の口癖が飛び出そうになり、私は落ち着くべくヒッヒッフーと呼吸した。
 そんな私の態度に、美香とさおりが顔を見合わせる。疑惑の視線を受け、私は一歩二歩と後退り……最後はおトイレの壁際に追い詰められた。
「優奈、うちらに隠し事なんて許さないよ?」
「美香さん、その顔怖いですよ……?」
 私が某ゴージャスタレント姉妹の姉っぽく言ったところで、効果無し。片眉しかない美香が般若のように凄んでくる。さおりはニコニコとおかめのように笑いながら、より恐ろしげなことを言う。
「優奈ちゃんから言いだしてくれるの、ずっと待ってたんだよ? でも言ってくれないなら、あたしたちもう友達じゃないってことかなぁ?」
「――分かった! 言う、言いますっ!」
 最初から素直にそうしろ、とばかりにうなずく二人の前で、私は縮こませていた頭を上げた。
「えっと、実はぁ……」
「優奈、好きな男ができたんでしょ?」
「そのひと、原宿の美容師さんあたりかな?」
 ――なぜそれをっ!
 私はあーうーとひとしきり唸ったあと、深々と頭を下げて「参りました」と呟いた。
 待ってましたと言わんばかりに、美香とさおりはノンストップのマシンガントークを始める。
「優奈の態度、日曜の時点でちょっとおかしかったしさ」
「そうそう、上の空で、時計ばっか気にしてね」
「だいたい、美容院行くにしては、ずいぶん気合い入った格好してたし」
「そもそもカットモデルみたいなの、怖がりな優奈ちゃんが引き受けるの珍しいしね」
「しかも月曜の朝は、あんた本気で挙動不審だったよ」
「あと、珍しく爽やか王子系な男子の告白断ったんだってね? 噂になってるよ」
 ああ、やっぱり二人に隠し事は無理だった……うなだれる私を見て、二人はふふふと不気味に笑いだす。
「なにより……ねえ、さおり?」
「ふふっ……そうだね、美香ちゃん?」
 何を言い出すのかと身構える私に、二人は一気に襲いかかった!
 私の頭やら顔やら、どさくさで胸やお尻まで撫でまわしつつ、二人は言った。
「あんた、可愛くなったよ! 一皮剥けたって感じ!」
「もうねぇ、全身から恋する乙女のフェロモンが出てるの!」
 二人に叫ばれて、カァーっと頬が熱くなる。
 最近の私は、赤面してばっかりだ。チークなんて全然必要ない。
「どんな人か詳しく聞きたいけど、もうお昼休み終わっちゃうから続きは放課後ね! 駅前のハーゲンカフェでアイス、もちろん水臭い優奈のオゴリ!」
「優奈ちゃん、覚悟しといてね。ちゃんと全部言わないと、あたしが優奈ちゃんのファーストキス奪っちゃうよ?」
 二人の容赦ない攻撃に、私は撃沈した。


9.金曜夕方

 駅ビル一階の一番奥、木漏れ日が心地良いカフェのオープンテラスで、私は罪人のように全てを白状させられた。
 キモい兄のこと。
 兄をなんとか十四日で改造しようとしたこと。
 兄の友人である佐藤さんの協力。
 そして、佐藤さんの兄である和哉さんのこと……。
 全てを聞き終えた美香とさおりは、ある意味二人らしい感想を述べた。
「優奈……あんた、面白過ぎるわっ! 特に健一、いやケンイチウジ!」
「優奈ちゃんってば可愛い……もう食べちゃいたいっ。イケメン美容師なんかに食べられる前にあたしがっ」
 アイスが溶けるのも気にせず、二人は私の恋路について激論を交わし始めた。
 二人が言うには、私に必要なことは情報収集。今は佐藤お兄さんの情報が少な過ぎる。特に大事なのは、現在彼女がいるのかいないのか、またどんな人が好みなのか。それらの情報を仕入れるには、佐藤さんから世間話の中でさりげなく聞きだすのが一番手っ取り早いのに、前回はまるっきり成果が無く終わってしまった。
 私は一番好きなクッキー&クリームを頬張りながら、議論のポイントを心のノートにまとめていった。口の中は、とんでもなく甘ったるいのに、頭の中には苦すぎる言葉が綴られていき……私は凹んだ。せっかくの大好物も、味気なく感じる。
「それにしても優奈ってば、どーしてそういう話題振らなかったのっ?」
「だってぇ……」
 もどかしい気持ちをごまかすべく、私は残りのアイスを一気にかきこむ。
 思い出したように、美香とさおりも目の前のアイスに向き合った。カップじゃなくてコーンで頼んだ美香のアイスが、美香の細い指を伝いテーブルの上に白い雫を落とす。おかげで美香の気が逸れて、それ以上の追及を受けずに済んだ。
 ほっと胸を撫で下ろしながらも、私はあの日の自分に「我ながらヘタレ過ぎ」と烙印を押した。
 あのとき……佐藤さんが『専属モデル』の話をして以降、私の理性は飛んでしまった。その後は「はい」と「いいえ」くらいしか言葉が出て来なくて。無理して喋ろうとしたら、それこそしどろもどろになって大失敗していた気がする。なんて情けない。
 溜息をつく私の斜め右で、美香がウェットティッシュで手を拭きながら呟いた。
「しかし、オトナの男ってのはやっかいだねぇ……優奈のこと気に入ってるのか、単にリップサービスしてるのか読めないし」
「優奈ちゃん、たぶん気に入られてると思うよ? だってそうじゃなきゃ“専属モデル”なんて言わないでしょ。あと、そもそもカットモデルだって向こうがぜひって言ったんでしょ?」
 さおりに問いかけられて、私は力なく首を横に振った。
「そうは言ってたけど……本当にたまたま、私みたいな女子高生を探してたみたい」
 佐藤さんとどんな会話をしたのか、私は脳内でリプレイした。

 *

 佐藤さんの魅力にヤラレて言葉数が少なくなった私を、『疲れたせい』と気遣ってくれたのか、佐藤さんは器用にハサミを繰り出しながら、次々と面白い話を振ってきた。
 いつもフリーペーパーのクーポン券を使って、手ごろな値段のお店でカラーリングを繰り返していた私に、「値段が安い店には、それだけの理由があるんだよ」と優しく諭しながら、カラー剤やトリートメントの大切さを教えてくれたり。
 あと、佐藤さんの個人的なお悩みも聞かせてくれた。と言っても、プライベートじゃなくてお店の経営の話なんだけれど。せっかく『Spoon』の近くには若者向けのショップがたくさんあるのに、あまり若いお客さんが来てくれないのが目下の悩みらしい。
「優奈ちゃんみたいな女子高生が気軽に来てくれるように、学割サービスを考えてるんだ。その前に“生の声”ってのをしっかり聞いてみたくてね。あとは、こういうダメージヘアの再生にもチャレンジしたくてさ」
 そう言いながら、いたずらっ子のように笑った佐藤さんは、カッコイイというよりなんだか可愛く見えた。
 そのまま磁石が引き合うように、佐藤さんは私に顔を近づけて……毛先の枝毛をじいっと見つめてきた。
 そのとき、佐藤さんと私の距離は、約二十センチ。
 これ以上近づかれたら、唇が触れてしまいそうなくらいで……。
 ああもう、このままキスしちゃってもいい。そしたら(少女漫画では)すぐ結婚だけど、そうなってもいいかも……と、私はアホな妄想をして、顔をもみじのように赤くしたのだった。

 *

「……という訳なの。なんだかラッキーだよね」
 あはは、と弱々しく乾いた笑い声を立てる私に、美香とさおりは渋い表情を返して来た。
「あのさー、それって“専属モデル”じゃなくて、単に“パサパサヘア改善モニター”ってことじゃない?」
「その手のモニターなら、使用前使用後の写真も取るだろうし……確かにそれならお金もらってもいいかもねぇ」
「でもさ、さおり。お客さんの中にはさすがに女子高生の一人や二人居るんじゃない? わざわざ優奈をご指名して来なくてもさ」
「うん、そうだね。そういう賢そうな人が、モニターじゃなくて“専属モデル”って言うからには、何か裏がありそう……」
 そこでさおりは一度言葉を切り、考える人のポーズで小首を傾げた。サスペンスドラマで探偵が「犯人はお前だ!」という直前のように、私の胸は高鳴っていく。
 そして、さおりの推理結果は……。
「――あっ、もしかしたら優奈ちゃんのお兄さんが何か言ったのかも。『うちの妹すごく可愛いんですよー』なんて。それで優奈ちゃんに興味持って、モニターを口実に呼び出したとか?」
 私は深い溜息混じりに返した。
「さおり、それキモいから……いや、もしそうだったら嬉しいんだけどさ。でもまさか、あんなキレイな人たちに囲まれてて、私に興味なんて……」
 コロコロ変わる二人の意見が、私の心を一喜一憂させる。
 期待しちゃいけない、でももしかして……そう願ってしまう。なんて苦しいんだろう。
 佐藤さんは、たった二時間で私を翻弄しまくった。笑顔や、真剣な横顔や、繊細な指先や、私の肩を揉んでくれる大きな手のひらや、なにより優しかったりくすぐったかったりする数々の言葉で。
 あの日からずっと、私は佐藤さんという名の海に浮かぶ小舟のように、ゆらゆら揺れている……。
 思わず遠い目をしてしまう私に、次の大波が襲ってきた。発生源は美香だ。
「さおりの意見、案外正しいかも。でもね、間違いなく言えるのは……ちょっと厳しいこと言っていい? 優奈」
「何なの? 美香さん。もう何でも言って……」
 小ぶりなラウンドテーブルに頬杖をついた美香が、珍しく渋い表情をしながら告げた。
「残念ながら、今のところは完全にあんたの片思いね。しかも相当頑張らなきゃ無理な気がする」
「うん、あたしもそう思うなぁ。やっぱ美容師さんって、女に対しては百戦錬磨っていうし」
 ノックアウト。
 私は、目の前の空になったアイスカップをズリズリと横にずらして、テーブルの上に突っ伏した。
 正直、こんな気持ちになるのは生まれて初めてで、右も左も分からない。今までデートしてきた男の子に対する気持ちと全然違う……。
 私はそのときようやく自覚した。
 ――ああ、これが『初恋』ってことなんだ。
 そんな生まれたての小鹿状態な私に、親友たちは率直で厳しい意見をぶつけてくる。
「もちろん、優奈に可能性が無いわけじゃあないと思うよ? ただ、相当戦略練ってかなきゃね。特にこの年齢差は大きいよ。半年経てばまた違うけど、さすがにまともな社会人は女子高生と付き合わないだろうし、長期戦で考えなきゃ。カットモデルで最低月一回は顔合わせるとしても、それだけじゃ足りないかもね。なんとか会う機会増やさないと。ウザがられない程度にさ」
 理系の美香は、クールで論理的。
 私は心のノートに『プライベートでも佐藤さんと会うためには、どうすればいい?』と、課題をメモした。
「戦略も大事だけど、優奈ちゃんの覚悟っていうか、根性とか忍耐も要ると思うなぁ。いつも美人さんに囲まれてるんでしょ? すれ違ったOLさんとか、可愛いスタッフのお姉さんとか。他にもいっぱいお客さん居るんだよね? 優奈ちゃんいちいち嫉妬してたら疲れちゃうよ。それにクリエイティブな人って、べったり依存したり束縛するんじゃなく、一緒に並んで歩けるような相手が似合う気がする。優奈ちゃんはすごく可愛いけど、ただ可愛いだけじゃ足りないっていうか……何か、強みがあったらいいかも。ライバルにこれだけは負けないぞって思えるもの。それが、佐藤さんの役に立つことだとなお良しって感じ」
 国文に進むさおりは、感覚的だけど鋭い。
 心のノートに『ライバルに嫉妬せず、佐藤さんの役に立つためには?』と、課題を加筆する。
「なんかこの課題、めちゃめちゃ難しいんですけど……」
 これに比べたら、英文法や関数の方がよっぽど簡単だ。
 恋愛偏差値最低レベルの自分に、解けるのだろうか?
 胸の中に、不安という名の雨雲がムクムクと広がっていく。鼓動は早鐘を打ち、さっきまで熱かった頬は急速に冷えて行く。自分の選んだ道はいばらの道なんだと突き付けられる。
 それでも、目を背けちゃいけない。
 この二つの課題は、とてもとても大事なことだから。
 確かにハードルは高いけど、挑戦する前に諦めるなんてできない。もし上手く行かなくても、頑張ることは絶対無駄じゃないんだ。
「美香、さおり、ありがとね。相談して良かった。二人のおかげで、私目が覚めたかも……」
 ついさっきまで、綿菓子みたいな真っ白い雲の上に居た気がする。佐藤さんが私に笑いかけてくれる、その記憶を引っ張り出すだけで甘い夢を見られる魔法の国。
 でも、そんなボーナスステージは長く続かない。暖かいその場所に居る限り、ゲームはクリアできないんだ。
「長期戦……うん、大丈夫だよ。いつも私思ってたんだもん。私のこと好きって言ってくれる男の子に『どうしてもっとゆっくり来てくれないの?』って。それと一緒だよね」
 今回、立場は逆転してしまった。
 いつも追いかけられてばっかりだった私が、今度は必死で追いかける番。
「佐藤さんとデートしたいとか、手を繋ぎたいとか、考えると早くそうなりたいって焦るけど……もっと佐藤さんの気持ちを見極めて、迷惑かけたり嫌われないようにちょっとずつ近づいていきたい。私も、佐藤さんのこともっと知りたいし。あと自分も磨かなきゃね。他の女の人に嫉妬しないで済むくらい、イイ女になれるように頑張る!」
「優奈……」
「優奈ちゃん……」
 二人が、左右から私の頭をよしよしと撫でてくる。
 佐藤さんが『今回は、今の優奈ちゃんに一番似合う髪型にしよう』と考えてくれた、ふんわりくるんと外側に巻いた髪の毛先が揺れた。


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