喉ニ小骨ガ

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うちのお兄ちゃんを紹介します


うちのお兄ちゃんを紹介します 7.日曜夜

2009.11.01  *Edit 

7.日曜夜

 今日一日で、かなりの距離を歩いた。
 お昼過ぎに渋谷駅で集合した後、ファイヤー通りをのんびり進んで原宿まで。そこで美香とさおりとは別れた。「この後カットモデルだから」とは言ったものの、詳しい事情は伝えていない。言い出したら、兄の改造計画がバレるからだ。
 私はショップカードを片手に、原宿と表参道の間……いわゆる『裏原宿』エリアへ向かった。この辺は細い道が入り組んでいるため迷いやすい。ショップカードの簡略化された地図ではなく、サイトの地図をプリントしておけば良かったと後悔するけれど、後の祭りだ。心細くなりながらも、電信柱の番地を見ながら路地の奥へと進んでいく。
「――あっ、あった!」
 白地にくすんだシルバーで『Spoon』の文字を発見した私は、歩き疲れた足の痛みを忘れて走り出す。腕時計をチェックすると、時間は約束通り十九時ジャスト。遅刻しないで良かった。
 店は真新しいコンクリート打ちっぱなしのビルの地下一階。たいてい私が行くような美容院は全面ガラス張りで、中の雰囲気がすぐ分かる。佐藤さんのお店はまさに隠れ家だ。
 私は手すりの無い階段をそろりそろりと降りて行く。初めての美容院へ行くときは、いつもドキドキする。今日は、服も靴も大人っぽいものを選んだ。肩にかかったショップの紙袋も、109のお店じゃなくパルコの方。中には学園祭用のワンピースが入っている。
 もしかしたら、大学へ行くより今の方がよっぽど背伸びしているかもしれない。
 くすっと笑った私の斜め下で、半透明の分厚い硝子戸が開いた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ遅くまでありがとう。また来月お願いしますね」
 最後のお客さんだろうか。二十代半ばくらいの、綺麗な女の人だった。栗色の巻き髪をネイルの輝く指先で払い、ピンヒールの踵を鳴らしながら階段を上ってくる。すれ違った瞬間、甘いバラの香り。手にした光沢のある黒いハンドバッグには、私が憧れている海外ブランドの刻印があった。
 階段を下りる足が、固まった。急に顔が熱くなってくる。なぜか無性に恥ずかしくて、逃げ出したくてたまらない。
 ただヤスリで磨いただけの、飾りっ気の無い自分の爪を見ながら立ち止まった私の耳に、低くハスキーな声が届いた。
「斉藤優奈さん?」
「あっ、はい!」
 思わず元気よく返事してしまった私は、吸い寄せられるように最後の数段を降り切った。
「どうぞ、お待ちしてました。佐藤和哉です」
 階段の下で私を出迎えてくれたのは……まさに夢に描いた、理想の王子様だった。

 *

 店内は、思ったより天井が高く広々としていた。
 入口ドアのすぐ脇には受付カウンター。中央にはカットスペース。席は合計四つで、椅子が二つずつ向かい合わせになり大きな鏡で仕切られている。その奥にはシャンプー台が二つ。内装は白とシルバーで整えられていて、観葉植物の緑が引き立つ。ところどころに小さく描かれたスプーンのロゴマークが、隠れキャラみたいで可愛い。
 受付票を書いている間に、佐藤さんとスタッフらしき二十歳くらいの女の人が、せっせと店内を掃除している。こういう閉店後の裏側を見られるのも、カットモデルならではという感じだ。
「あの、書き終わりました」
「じゃあ、ここに座ってくれる? あ、荷物はカウンターの上に置いといて」
「はい」
 紙袋と、肩からたすき掛けにしていたポーチを外して、私は佐藤さんの示した椅子へ向かった。あんなに疲れていたはずなのに、ふわふわと雲の上を歩いているような気がする。しかし、クッションのきいた皮張りの椅子に腰かけると、思わず溜息が漏れてしまった。やはり相当疲れていたようだ。
 ぶらんとさせた自分の足をチェックしてみる。スカートの下から見えるふくらはぎはむくんでいて、いつもより一回りも太く見える。
 ペタンコのパンプスじゃなく、せめて三センチくらいヒールのあるものを履いてくれば良かった。そうすればさっき階段を降りるとき、もう少し背が高くて足も細く見えたのに……。
「今日はお疲れのところ、わざわざありがとう」
「えっ?」
 私の気持ちを見抜いたように、佐藤さんが声をかけてきた。浅黒い肌に、白い歯の印象的な笑顔で。
「渋谷から歩いて来たんだよね」
「なんで分かるんですかっ?」
「あの紙袋と、“疲れたー”って感じの溜息でさ。はい、良かったらこれどうぞ」
 鏡の前の台にコトンと置かれたのは、『バルタンD』と書かれた小さな茶色い瓶。お父さんが良く飲んでいるものと似ているようでちょっと違う。ピンクの文字で『ビタミン、コラーゲン、ヒアルロン酸配合』と書いてある。
「それ、けっこう美味しいんですよー。私が箱で買ってるやつなの」
 シャンプー台を掃除している、ベリーショートの赤毛な店員さんが笑いかけてきた。感じの良い笑顔につられて、私も笑いかけながら頭を下げた。一気に緊張がほぐれるのと同時に、強烈な喉の渇きを感じた。早速いただいたドリンクに手を伸ばす。
「……んっ! あれっ?」
 キャップを回そうとするものの、どうも手が滑ってしまう。握力も落ちているらしい。
 悪戦苦闘する私に、佐藤さんが苦笑しながら近づいてきた。
「貸して。開けてあげる」
「あっ、すみませんっ……」
 至近距離まで近寄った佐藤さんから、バラの香り。先程すれ違った女の人から移されたのだろう。佐藤さんと並ぶと絵になりそうな、オトナの女性……。
 なんて、卑屈になったってしょーがない!
 彼女の姿をなるべく思い出さないためにも、私は佐藤さんウォッチングに集中した。
 今はシャツとチノパンにエプロンというラフな格好だけれど、先日兄が譲ってもらった服を着て街を歩いたら、絶対本物のモデルに間違われるはずだ。それくらいスタイルもいいけれど、なにより顔がカッコイイ。
 日に焼けた肌に、きりっとした太めの眉。奥二重で少し茶色がかった目は大きくて、くるくると良く動く。精悍な顔つきをしているのに、笑うと目尻にシワが入ってなんだか急に子どもっぽくなる。髪型は赤毛の店員さんほど斬新ではなく、ストレートの黒髪を少し長めに伸ばしている。まさに東洋系の王子様という風貌だ。
 キャップの開いたドリンクを差し出されたことにも気付かず、うっとり王子様フェイスを堪能していると、佐藤さんは空いている手で口元を覆いながらそっぽを向いた。
「あの、あんまり見ないでくれる? 照れるから」
「ふわっ! スミマセン……失礼しましたっ!」
 なんたる失態!
 あまりにも佐藤さんが素敵だから見入ってしまいました……とはさすがに言えず、私は「ぼんやりしちゃって」と適当に言い訳し、受け取ったドリンクを一気に飲み干した。苦そうに見えたけれど、さっぱりしたグレープフルーツ味だった。
「あ、美味しい……」
「そーでしょ? 良かった!」
 赤毛のお姉さんが大げさに手を叩いて喜んでくれる。黙っていると近寄りがたい外見だけれど、かなり癒し系キャラだ。やっぱり人って見た目じゃないなと、私は口元をほころばせる。
 そんな私の笑みを一瞬でかき消すほど恐ろしい事を、佐藤さんが告げた。
「斉藤さんって、やっぱりお兄さんと似てるね」
 フリーズ。
 完全に強張った私の表情に気付かず、佐藤さんは私のセミロングを丁寧にブラッシングし始める。
「お兄さんも、うちの店に来た時に俺とかスタッフのことじーっと見ててさ」
 再起動。
 顔とか雰囲気が似てると言われなくて良かった……そうだ、そんなワケがない。だって私はキモくないしっ!
「その後お兄さん、皆のこと分析し始めるんだよ。その意見がまた的確で、アレは驚いたなぁ」
「うわぁ……うちの兄ってばそんな失礼なことを……スミマセン……」
 もにょもにょ、と口籠る私の頭を軽く撫でると、佐藤さんは太陽みたいに明るい笑顔を向けてくれた。
「ごめん。褒めてるつもりだったんだけど。彼は面白いよ、ケンイチウジ君」
 ケンイチウジ!
 あのバカッ! こんな素敵な場所で、こんな素敵な人を相手に、なんてアホなことを!
 っていうか、私もアホだ。
 真っ先に、言わなきゃいけないことがあったのに。
「あのっ! 佐藤さんありがとうございます! うちの兄に多大な便宜をはかっていただいたみたいで……」
「ん?」
 佐藤さんの背丈ほどある大きな鏡。必死の形相をした私のすぐ後方に、きょとんとした佐藤さんの顔が映る。私は髪が逆立つほど思い切り頭を下げた。
「洋服いっぱいもらって、あのバ……兄にはもったいないお品ばかりで、しかもカット代もまけていただいて、私もシャンプーをもらって、今日も無料でカットモデルって……もう本当になんてお礼したらいいのかっ」
「ああ、気にしないでよ。服は祐希に『邪魔だから早く捨てろ』って言われてたヤツだし、お兄さんだけじゃなくうちは身内紹介だったら初回半額だし。シャンプーは新作だから、感想教えて。あとカットモデルはさ……俺が無理に頼んだことだから」
 むしろモデル代を払わなきゃと言いだした佐藤さんに、私は思いっきり首を横に振った。
「まったく、そんな必要無いですからっ! 佐藤さんさえ良かったら、うちの兄は定期的にこちらへ通わせますし、私もそうするつもりですっ」
 連獅子のように頭を振りまくった私。せっかく梳かしてもらったのに、また髪が乱れてしまった。ブラシを掲げ王子様スマイル(苦笑バージョン)を浮かべながら、佐藤さんはさらりと言った。
「分かった。ケンイチウジ君はさておき、優奈ちゃんには毎月来てもらえると嬉しいな。俺の専属カットモデルってことでさ。もうこの髪、他のヤツに触らせたくないし……ダメかな?」
 手荒れして少しかさついた長い指が、私の頬や耳を掠めながら、柔らかく優しく髪を撫でる。
 見知らぬ男に触られるのは、あんなに苦手だったのに……。
 みるみる発熱していく自分の頬を、私は止めることができなかった。


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