喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(8)~

2011.03.29  *Edit 

 ケーキを食べ終わるまで約十分。その後アイスコーヒーを飲み干すまで五分。
 黙っているだけで怒っているように見えるクールな表情は、たった十五分ですっかり崩れてしまった。
「でもウサギ、なんで俺が怪我してるって気付いたんだ?」
 清水みたいにやたら口数が多いわけでも、リクちゃんみたいに極端に少ないわけでもなく、普通の顔で普通に話しかけてくるキャプテン。隣に腰掛ける私は、非日常な空間に迷い込んだアリス状態だった。どこか夢見心地なまま、言葉を重ねる。
「私、視力良いんですよ。両方二.〇で」
「つったって、あんなに遠くからバレるとかありえねーし。チームの奴らだって気付かなかったのに」
「んー、何ていうか、オーラみたいなのも見えた気がします……」
「はぁ? 何だそりゃ。超能力かよ」
 ハハッと声を立てて笑うキャプテン。反論しようと唇を開きかけ、我ながらバカバカしい話だと苦笑する。
 木漏れ日が差し込む窓辺に、二人並んで自己紹介代わりのお喋り。まだ次のお客さんは現れない。お冷のグラスの中で、大きな塊だった氷がどんどん小さくなっていく。
「でもさ……今回は止めてもらって、ホント助かった」
 声のトーンを少し落として、キャプテンは淡々と語った。怖そうな髭の監督は、全てを生徒に任せるという超放任主義。だから部員の練習プログラムを細かくチェックするのも、対戦相手や試合の分析をするのも、全部キャプテン任せ。そうして頼りにされて、頑張りすぎた結果が足の故障だ。
「いつの間にか、俺も意地になってたんだろうな。『俺の力で、絶対このチームを勝たせてやる』って」
 これはきっと、懺悔なのだろう。
 伝える相手は私じゃなくてもいい、とにかく誰かに吐きだしたかった……そんな気がして、私は何も言わず黙って頷いた。
 試合中、フィールドに立つキャプテンは、常に張り詰めた顔をしていた。清水や他のメンバーは、どんなに苦しくても『サッカーが楽しくてたまらない』という顔をしていたのに。
「俺がベンチに下がった後、あいつら死に物狂いだったよ。最後はボロボロだったけど……勝てて良かった」
 ようやく現れた微かな笑み。唇の隙間から白い歯が覗くのを確認し、私もホッと息をついた。決して聞き上手とは言えなかった私に、ねぎらいの声がかかる。
「いきなり変な話して、悪かったな」
「いえ……全然、そんなことないです。私もそれすごい分かります。近くに頼れる人が居たら、つい頼りたくなっちゃうんですよね。しかも甘えてるうちに、相手がどんなに大変か見えなくなるし」
 しどろもどろで伝えながら、イメージするのは千晶ちゃんのこと。毎朝のお弁当作り一つとっても、さも簡単にこなしているように見えて本当はそうじゃない。あれは全部努力の積み重ねなのだ。竹田さんの淹れるお茶が美味しいのも、高野さんの接客が心地良いのも全部そう。私はまだまだその域には届かない。
 もっと頑張らなきゃ……と、心の中で自分を叱咤激励したとき。
「だからさ……アレ、ありがとな」
 今までと違う、耳の奥がくすぐったくなるような優しい音色。反射的に顔をあげれば、そこには私を真っ直ぐ見つめる真摯な眼差しがあった。途端に心臓が跳ね上がる。
「えと、何が、ですか?」
「差し入れのこと。あんだけ作るの、大変だったろ」
「や、全然、皆さんの練習に比べたらたいしたことないです! ちょっと泡立て器で右手が疲れただけで、でもダイエットにちょうどいいし、時々バーミキサーで楽しちゃったし、あと味だって本のレシピそのまんまだし」
 我ながら支離滅裂な言い訳……でも仕方ない。私はこんな風に感謝されることに慣れていない。毎年リクちゃんにバレンタインのチョコを渡したとき、頭を撫でられるだけで呼吸が止まりそうになるのに。
「今食ったのより、美味かったよ」
 それが、とどめの一撃。私の思考は完全に停止した。
 目の前には、ちょっとだけ照れたようなキャプテンの苦笑。リクちゃんに似ているようで、やっぱり全然違う。私のことを、世話の焼ける妹みたいに見るんじゃなくて、もっと……。
 時間にしたら僅か三秒。その間に、私の心臓は百回くらい動いた気がした。
「……そろそろ行くわ。ごちそうさん」
 立ち上がる、衣擦れの音。私はそこに座り込んだまま、レジカウンターへ向かうキャプテンの後姿を見送った。今の沈黙の意味を計りかねて。
 余程気に入ったのか、キャプテンはレジ脇のショーケースを覗き込み、テイクアウトのケーキを選び出す。「オススメどれですか?」と竹田さんに尋ねる表情はだいぶ柔らいでいて、やはり写真におさめたくなるような美少年。竹田さんも目尻を下げまくって「サービスしますよー」なんて揉み手しているから、後で高野さんにぶつぶつ文句を言われるに違いない。
 ケーキの詰まった紙袋を受け取ると同時に、キャプテンの態度が豹変した。まるでふりだしに戻ったみたいに、自信満々の上から目線で。
「おいウサギ。外までお見送りしろよ」
「あっ、はい……」
 もたもたとテーブルを片付けていた私に、ご主人様から本日最後の命令。ドアを半開きにした姿勢で手招きされ、私は小脇にトレイを挟んだまま表に出る。「チリリン」といつもの音色を奏で、一旦閉まる重たい扉。冷房で程よく冷えていた素肌を溶かすような、熱い南風が吹き抜ける。
 眩しい太陽の下、キャプテンは伸ばした前髪を無造作にかきあげると、その人差し指をスッと私の方へ向けた。今度は何を言われるのかと身構える。勇者の盾代わりに、持っていたトレイを胸の前でギュッと抱えて。
「ソレ、そのまんまでいいのか?」
「え、ソレって……え、え……ああっ!」
 慌ててドアに飛びつく。背後からは、クツクツとくぐもった笑い声。
 開店するとき、うっかり『準備中』の札を引っくり返すのを忘れた。しかも、メニューの黒板も出していない。どうりで他のお客さんが来なかったわけだ……。
「ヒドイ、最初から知ってて黙ってたんですねっ」
「お詫びにコレ買ってやったから、いいだろ」
 大きな紙袋を軽々と掲げ、いたずらっ子の笑み。こんな表情もリクちゃんと違う。どっちかというと、高野さんに近いかもしれない。明るい太陽によく映える爽やかな笑み……と見せかけて、その瞳の奥から滲み出る大人の色気。思わぬフェロモン攻撃に、心臓がトクンと高鳴る。
「そーいやさ、一個聞き忘れたんだけど」
「な、何ですかっ?」
「ここでバイトしてること、なんで彼氏に黙ってんの?」
 さりげない口調と裏腹の、射抜くように強い視線。問われた意味が飲み込めず、私はパチパチと瞬きする。そして『彼氏』の指す人物に思い当たって……。
「――やっ、清水は彼氏じゃないですし!」
「へえ、そーなんだ?」
 私はウサギ耳が千切れんばかりに、ぶんぶんと首を横に振った。最初の試合を見に行ったとき、しっかり「違う」と伝えたはずなのに。
 お調子者の清水が、皆に囃したてられてニヤニヤしている映像が蘇り、私は唇を噛み締めた。きっと清水にとって『カノジョが居る自分』は、ちょっとしたステータスなのだ。それが中身の無いハリボテだとしても。
 そんなことに私を利用するなんて、本気で腹が立つ。
「清水と私は、ただの友達ですからっ!」
「そんな風には見えなかったけどな」
「本当に違うんです、だって清水には他に好きな人が――」
 激情のままに口走り、私はヒュッと息を呑んだ。まずい。
「って、嘘です、今のは間違いでッ!」
 もう訳が分からない。頬がカーッと熱を帯びるのに、頭の芯は氷のように冷えていく。トレイを抱きしめたまま身を竦める私に、キャプテンが苦笑混じりの言葉を投げる。
「分かったよ、今のは聞かなかったことにするから」
 良い子の私がしゅんと萎れる。いくらパニクっていたとはいえ、人のプライバシー情報を勝手に話すなんて最低だ。
「スミマセン、お願いします……」
「けどさ、ただの友達ならなおさら黙ってるのは変じゃねぇ? その格好はアレだけど、別にヤバイ店でもなさそうだし……アイツああ見えて、結構心配性だからさ」
 次の言い訳を探すものの、うまく言葉が出てこない。
 きっと清水は、練習後の部室でこんな会話を繰り広げているに違いない。「またケーキの差し入れがあるのか」と尋ねられて、「アイツ最近バイト忙しいみたいで。しかも、何のバイトしてるかも教えてくれないし」なんて文句を垂れて……清水のメンタルは、試合中のプレイに直結するから、キャプテンが案じるのも分かる。だけど。
「友達でも、言えないんです」
 苦い想いと共に、積み木のように重なっていく嘘。今にも崩れそうな、危ういバランスで。
「なんでだよ」
「だって……」
 そこで、私の言葉は掠れて消えた。
 胸がキリキリと締め付けられ、呼吸が苦しくなる。脳裏に蘇る笹の葉と、風に舞う女の子のカード。慌てて席を立ち走り去る、清水の後姿。
 忘れたいのに、忘れられない。記憶の底に封じ込めたはずなのに、その扉の鍵はすぐに壊れてしまう。
 あの映像が蘇るだけで……いつだって、泣きたくなる。
「おい、ウサギ?」
「や、これは、何でもなくて……」
 慌ててゴシゴシと目元を擦る私の耳に、飛び込んでくる気遣わしげな声。それでも私は顔を上げられない。
 すると……私のウサギ耳に、温かくて大きな手がポスンと落とされた。

 ◆

 かなり残念な期末テストの結果も、見ないフリ。
 待ちに待った夏休みが始まった……といっても、私のスケジュール帳の七月八月のページは、見事なまでに『バイト』の文字で埋まっている。楽しい遊びの予定はほとんど無し。
 夏休み前から口コミが広まり始めたお店は、束の間の涼を求めるサラリーマンや、ケーキを目当ての奥さまで大賑わいだった。雑誌の取材が来たり、夕方にはスイーツが売り切れてしまうくらいの人気。その火付け役が、私の友達のネット書きこみと知った竹田さんは、「千紘ちゃんのおかげ」と喜んで、夏休み中の時給を五十円上げてくれた。
 頼りにされて、褒められることが嬉しくて、私はどんどん調子に乗っていく。竹田さんに簡単な焼き菓子の作り方を教わったり、一緒に新商品のプランを練ったりと、ちょっとしたパティシエ見習い気分。高野さんにはホームページのテクニックを教わって、休憩中に自分のブログの壁紙をいじったり。
 くたびれる以上に、充実した楽しい毎日。
 そしてバイトが終わる午後八時、更衣室で携帯を開くと、必ずこんなメールが届いている。
『練習終わったー、今日も疲れたぞー!』
 私はクスッと笑みを漏らす。立ち仕事のせいで両足はパンパンだけれど、同じ時間を外で走り回っている清水を思えば、この程度で泣きごとなんて言っていられない。
『お疲れさま。私も疲れたよー。今日も忙しかったし』
 あの試合の日以来、私は清水と会っていなかった。たまに電話がかかってきても、悩んだ末に居留守を使ってしまう。その分はこうしてメールでフォロー。朝昼晩、三回プラスアルファのやりとりで、ちょうど腹八分目くらいの満腹感。
『ちょと働き過ぎじゃね? たまには羽伸ばそうぜ』
 他愛ない会話の合間に混じる、さりげないお誘い。軽快に返事を打っていた私の指は、ピタリと止まった。こんなとき、こっちの都合で間をおけるからメールは便利だ。もし電話なら、痛い沈黙が訪れてしまう。
 清水曰く、「夏休み中は、まだ地獄の一丁目」とのこと。夏の試合は小さな地区大会や練習試合が多くて、本格的な勝負は秋から始まる。つまり夏休みが終われば、清水の生活はサッカー一色になる。清水の先輩は「特にレギュラーは覚悟しとけよ」と脅しをかけてくるらしい。
 練習メニューを組むのは、鬼監督ならぬ鬼キャプテンだ。律儀に週一回現れる、うちのお店のお得意さん……とぼんやりしかけ、私は慌てて指を動かす。
『ゴメン、夏休み中は無理かも』
『お盆とかは? さすがに店も休みだろ』
『うちのバイト先、年中無休だから』
 いつも通りの冷たい嘘。私はパイプ椅子の背もたれに身体を預け、すっかり癖になってしまった溜息をついた。
 今の情報で、清水は私のバイト先をコンビニと勘違いするかもしれない。「どこでバイトしてんの?」としつこく聞かれても一切口を割らなかった私に、「そういう頑固なとこ、千晶そっくりな」と決まり文句で匙を投げた……フリをして、まだ全然諦めてない。清水は私がうっかり漏らしてしまうヒントを拾い集めている。さすがにキャプテンのように、私を付けるようなことはしないけれど、そう長くは隠しておけない気がする。
『マジでそろそろ、金返したいんだけどな』
 届いた文面に、私の溜息は深まる。
 あの日お店で支払った二人分のケーキ代と、二試合分の『貸しチケット』。それを使わせようと、清水はあの手この手で私を誘惑してくる。美味しいお店がオープンするとか、定番の夏祭りや花火大会、水族館に遊園地。想像するだけで楽しくて、胸がドキドキして、だけどそれ以上に不安で、怖くて。
 清水の“一番”は私じゃない。もしまた千晶ちゃんに何かあったら、私は簡単に置去りにされてしまう……。
 返事を打つ指がフリーズする間に、追加メールが届いた。番犬な清水は鼻が良いから、私の怯えをすぐに嗅ぎつける。
『まあそれは、いつでもいいんだけどさ。後で利子トイチとか言うなよ?』
 そうやって一歩引いてくれるから、私は気軽なメル友でいられる。
 耳に心地の良い言葉だけを選んで、楽しい出来事ばかりを伝えて、互いの心の奥には踏み込まない。それは、傷つくことから逃げたがる私の悪い癖。メールを交わした分だけ、清水の存在はバーチャルに変わっていく。
 一方、彼は……リアルな存在として、私の世界に踏み込んできていた。

「よぉ、ウサギ」
「……また来たんですか?」
 わざとらしく溜息をついて見せても、敵は丸っきりノーダメージだ。私より二十センチ上から、鋭い視線のビームで逆襲する。
「また来たって、お客様にそれはねーだろ」
「ハイ、いらっしゃいませ……」
 店員さんの私を屈服させると、勝手知ったる我が家のように定番スペースの一番奥へ。頼むのは、アイスコーヒーと本日のケーキ。
 病院に行くついでにと、ほぼ週一ペースでお店にやってくるようになった、キャプテンこと長塚さん。今では竹田さんや高野さんとも顔なじみになって、「長塚君いらっしゃい」なんて声をかけられている。
 ふくれっ面をするのは私だけ。
「で、次のウサギはいつだって?」
 お冷を運んできた私に、ニヤッと笑っていつもの挑発を投げてくる。例のスペシャルイベントは、一応お客さん達には好評だったらしいけれど、私はいろいろ懲りてしまった。現在高野さんを味方に引き込んで、第二回を無期延期にしている最中だ。
「残念ながら、当分ウサギはありませんから」
「なんでだよ。似合ってたのに」
 明らかにからかい目的と分かるから、私は返事をしてあげない。言葉の代わりに、トレイの上のグラスをいつもより強めにテーブルへ置く。艶のある古木が微かに揺れたところで、敵はひるまない。フッと鼻先で笑って、美味しそうにお冷を飲み干す。そのシャープな横顔に見とれかけ、慌てて会釈しカウンターに戻る。
 お冷のお代わりとケーキセットを運び、二言三言会話する。ケーキ皿が空になったら、もう一度お冷を注ぎに行く……そのタイミングで、彼はスッと立ち上がる。
「ごちそうさん」
 滞在時間はいつも十五分。おひとり様なお客さんとしてはかなり短い。お土産のお菓子も大量に買って行くから、払ってくれる金額は他のお客さんの三倍。ついでに竹田さんに「今日のケーキも美味かったです」とリップサービス……株は上がりまくりだ。
 長塚さんが来店した日の午後八時過ぎ、私は更衣室で竹田さんに捕まる。
「ねー、ウサギちゃーん」
「ウサギじゃありません、千紘です」
「またやろーよ。長塚君もリクエストしてくれてるしー」
「ダメです。あの頃よりお店も混んでるし、あんな動きにくい格好じゃ効率悪いですから。私もお茶淹れるようになったし、万が一お客さんにお茶でも零したら大変ですしね」
 ……というのが、高野さんに伝授してもらった言い訳。ビジネスライク且つお客様目線で、さすがの竹田さんも引きさがらざるを得ない。
 唇を尖らせてむくれた竹田さんは、すかさず攻撃の矛先を変えてくる。頭に被っていたコック帽を外して、手の中でくるくると回しながら。
「でもさ、長塚君も頑張るよね」
「何がですか?」
「毎週毎週、千紘ちゃんに会いたいからって、わざわざ通ってきてさー」
 むふふ、とイヤラシイ笑みを浮かべる竹田さん。そんなとき竹田さんの表情は、高野さんそっくりになる。私はふいと顔を逸らし、通学用のトートバッグを抱え直した。
「……別に、そんなんじゃないです。本人も言ってるじゃないですか、竹田さんのケーキのファンだって」
「そーかなぁ、それだけには見えないケド」
「そうなんですっ。あ、もうこんな時間」
 わざとらしく時計を気にし「帰らなきゃ」と呟く。バイトを始めてから、通学に自転車を使うようになったものの、夜道は薄暗くて自転車のライトだけでは心許ない。
「ん、気をつけてね。お疲れ様」
 表まで出て、手を振って見送ってくれる竹田さん。私を実の妹みたいに可愛がってくれて……その分、遠慮なく玩具扱いもする。高野さんはお兄さんとお父さんの中間くらい。私たちのやりとりを見守りつつ、竹田さんが暴走モードに入りかけたらストップをかけてくれる、頼もしい存在。このお店に居るとき、私は心からリラックスできている。
 なのに、長塚さんが現れただけで空気は一変する。平穏なリズムを刻んでいた心臓は、坂道を駆けあがった直後くらいに早鐘を打つ。ポーカーフェイスを作って接客するものの、つい気になって横顔を眺めてしまう。
「ホントにあのひと、何のつもりなんだろ……」
 錆ついたペダルが軋んで、キコキコと音を立てる。その音に紛れる、私の独り言。
 最寄りでも何でもない駅で降りて、この道をせっせと歩いて十五分だけくつろいで、私をからかって立ち去る長塚さん。その行動は、竹田さんに指摘されるまでもなく不可解だった。
 最初は単に、私との関係を修復したかったのだろう。大事なチームメイトの『彼女』を恫喝して泣かせた後始末。結局「ごめんなさい」の言葉は交わさなかったものの、私たちの関係はクリアになった……はずだった。
「やっぱり、“ウサギ”のせいかなぁ」
 あのイベントが、運命の分かれ道。変ないでたちを見られてパニック状態の私は、いつにも増して饒舌になっていた。男の子は苦手で、十年の付き合いがあるリクちゃんとすらマトモに話せないくせに、リクちゃんに良く似た彼のすぐ隣に腰かけて、くだらない会話で笑わせて、ついでに彼の懺悔を聴いて。突然涙を見せた私を、優しく慰めてくれるくらい打ち解けた。
 それらのやりとりは、彼にとって『毎週通いたい』と思えるほど、楽しいものだったのだろうか……?
「ううん、きっと竹田さんのケーキが美味しかったせいだよ」
 住宅街を抜けると、川沿いの旧道へ出る。私は独り言のボリュームを心もち大きくする。
 春には桜が鮮やかに咲き誇った並木道。今夜も人気はなく、邪魔な車も通らない。私はペダルを踏み込む力を緩め、夜空に引っかかった三日月を見上げる。
「そういえば、そろそろ秋の大会始まっちゃうのか……」
 夏休み中はひっきりなしに届いていた清水のメールも、今や最低限の報告のみになった。私がリクちゃんに送る報告メールと同じように、リアクションを求めていないだろうライトなネタばかり。
 ただ、試合の話だけはしつこかった。
『再来週の土曜、試合あるんだけど』
『まだバイトのシフト決まるまでわかんない』
『来て! 頼むっ!』
 中三の頃、似たようなやりとりが千晶ちゃんとの間にも発生したことを思うと、ちょっと可哀想にもなる。
 千晶ちゃんは、どんなにしつこく誘われても清水の試合を見に行かなかった。プライベートで清水に会わないというルールは、千晶ちゃんの中では絶対の国境線のようなものだったのだろう。私のルールは、そこまで明確じゃない。
「本当に大事な試合なら、見に行ってあげよっかな。またすっごい喜んでくれるだろうし。長塚さんも、さすがにもう嫌な顔はしないだろうし……無茶しないかもちょっと心配だし……」

 呟いた言葉は、現実になる。
 爽やかな秋晴れの休日、高級な卵で味の上げ底をしたケーキを抱えて、私は清水の学校へ出かけた。予想通り清水は大喜びで、試合でもハットトリックの大活躍。私が褒めると尻尾を振って喜ぶ、憎めない大型犬。でも「午後からバイト」と言うとあからさまにしょんぼりするから、私はつい笑顔になってしまう。
 そしてキャプテンは、ピンチでもないのにフィールドに立ち続けていた。私は芝生の上で膝を抱え、ハラハラしつつその雄姿を見守った。スローインやフリーキックの合間、ふと視線が絡んだとき、向けられるのは不敵な笑み。負けじと私も、思い切り睨みつけてやった。

 私の視線の行く先は、こうして二つに分かれていった。


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