喉ニ小骨ガ

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「一分間のラブストーリー」
ニガダマ


ニガダマ 本編

2009.12.18  *Edit 

 鰻は、関東風が良い。
 まずは生きたままの鰻を冷やし、頭に目釘を打つ。はらわたを傷つけないように小ぶりの専用包丁を使い、背中から尾へかけて一気に引き裂く。血を拭い取り内臓は除けておく。背骨を抜き取り頭を落とす。適度な長さに切り串を打つ。これが『無頭背開き』と呼ばれる関東風の捌き方だ。
 そこからが難しい。『串打ち三年、裂き八年、焼き一生』と言われる所以だ。一度ふっくらと蒸してから、炭火でじっくり焼き上げる。その手捌き、まさに職人技である。
 タレは醤油、味醂、日本酒を煮詰め、氷砂糖で整えたもの。当然『半助(焼いた頭)』と焼き骨を加え、隠し味に山椒を少々。それを何十年も注ぎ足していく。
 米は会津若松産の有機米。精米したての米を研ぐ水は純水だ。米の表面はぶつかり合わせず、ただ撫でるだけで三度水を取り替える。ザルに十五分あげて水を吸わせた後、炊く。小ぶりな土鍋を用い、強めの中火で七分、弱火で十分、蒸らしに十二分……。

 店主の動きを追うだけで、頭には勝手に文字が躍り出す。だが俺はこの店を記事にするつもりはない。俺だけの隠れ家にしておきたいのだ。
 なんて我儘な客だろう?
 自嘲した俺に、威勢の良いしゃがれ声がかかった。
「お待たせしやしたっ」
 置かれた膳を見つめ、湧き上がる唾をゴクリと飲む。
 焼き立ての鰻を、炊き立ての米で食べる。そのために小一時間待たされようが、俺は構わない。
 艶やかな鰻の上に山椒を一振り。柔らかい身を割ると、箸がサクリと器の底へ沈む。適度な量を持ち上げ、勢い良く口に放り込む。

 ――美味い。

 しかしいくら美味くとも、鰻だけでは片手落ちだ。胃袋は膨れても俺の舌は満足しない。やはり『肝吸い』がなければ。
 新鮮な鰻の内臓は余すところなく使える……とはいえ、通常『ニガダマ(胆のう)』だけは取り除かれるのだが、俺はあえてそれも入れてもらう。
 椀の蓋を開け、立ち上る三つ葉の香りを堪能した後、一口すする。箸を入れ、青黒いニガダマを噛みしだく。

 ――苦い。

 恐ろしい苦さだ。舌を痺れさせ、脳天を突き抜ける。
 この店の肝吸いは、最高だ。
 空の椀を白木のテーブルに置いた俺は、古希に近いであろう店主にいつもの言葉をかけた。
「店主……今日も美味かった」
「ありやとごじぇえます!」
 照れると舌を噛むのがこの店主の癖だ。軽く片手をあげて応え、俺は席を立った。
 テーブルの上には、手付かずで残された冷水と茶、そして源氏物語を表にした二千円札。店主が過去数年でたった一日だけ店を閉めた日、『瀬戸内寂聴尼講話の為、本日休業致します』の張り紙を見てから続けている。特上鰻重ランチは千九百円だが、百円はニガダマ代として受け取ってもらう。
 店を出た俺は、くちた腹をさすりつつ帰路を急いだ。

 *

 照明を落とした店内。
 濡れた台拭きをキツく絞り上げた店主は、ふっと息をつくと頭に巻いた手ぬぐいを外した。
 残るは、吸い物の鍋のみ。
 蓋を開け、まだ湯気の立つそれをひとすくい。椀の中に丸い具が入った。何年も毎日のように作ってきて、自らは食したことのなかったもの……ニガダマ入りの肝吸いだ。
 店主はそれを一気にかき込んだ。普通の肝吸いではありえない強烈な苦味に、思わずむせ返る。
「苦え……なんてぇ苦さだ……」
 外した手ぬぐいで乱暴に顔を擦ると、店主は呟いた。
「まったく、苦すぎて涙出てくらぁ……」
 空になった椀を洗い、戸棚へ移す。そこには拭いようの無い違和感。常に同じ高さで揃えられていた椀が、一つ足りないのだ。
 店主は、先ほど帰ったばかりの客を思い浮かべる。
 この椀を持っていったあの女を――。


 それは「肝吸いをニガダマ入りで」と頼む、二人目の奇特な客。
 黒いスーツ姿の女は化粧っ気がまるで無く、小じわの入った目の下には青黒い隈が目立つ。纏め髪はほつれ、折れそうな程細い首には真珠のネックレスが光る。
 チラリと時計を見やると、針は営業終了よりだいぶ前を指していた。しかし店主は、女を最後の客と決め暖簾を下ろした。女は微かに笑みを浮かべ「本当に、あの人がいつも言ってた通りね……」と呟いた。
 静寂の中、パチパチと炭が燃える。土鍋の蓋からふつふつと湯気が漏れ、甘い米の香りが漂う。鰻が仕上がるまで、女はただじっと店主の手捌きを見ていた。
 出来上がった鰻重と、特別な肝吸い。女はゆっくりと味わうように鰻を食べ、苦みに顔を歪めながら肝吸いを飲み干した後、言った。

「この椀を、くださいませんか?」

 カウンター越し、無言で頷く店主。女は涙を堪えて深く一礼した。「主人が最期まで愛したものをいただけて良かった」と告げて。
 椀と引き換えに、一通の封書が残された。


 薄墨色の文字を見つめながら、店主は思う。
 あの椀は、明日には灰へと変わるのだ。何年も毎日のように顔を会わせていながら、名前すら知らなかった彼と共に……。
 店主は、開店以来二度目となる臨時休業の知らせを書いた。

『鰻をこよなく愛した男の旅立ちを見送る為――』


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【後書き】補足&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
『コミカルな話をシリアスに書く』というチャンレンジに一度挫折し、シリアス+シリアスな、あっさりしたオチに変えたものです。珍しく、オッサン&ジーサン主人公の、渋い作品になりました。(文学カテゴリに入るかは謎ですが)
うなぎ好きな方と、うなぎの素晴らしさについて分かち合えたら幸せです。今回の裏テーマは「苦手な細かい描写(小道具系)」だったのですが、好きな題材だとそれなりに書けるっぽい……。補足:なぜ二千円札なのかというと、源氏物語絵があるので。(寂聴先生=源氏物語訳者として有名です。最近はケータイ小説も書かれているようですが……あれは衝撃でした)
※2009/12/18 全体的に加筆修正しました。



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