喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(7)~

2011.03.23  *Edit 

 車の通る国道に辿りついたときには、スカートにこびりついた土が、乾いた砂に変わっていた。
 私は手のひらについた土と一緒に、それを払い落した。ある程度綺麗になったところで、自動的に開いたドアの中へ滑り込む。行き先を告げようと唇を開きかけて、一瞬迷う。
 本当はこのまま家まで届けて欲しいけれど、お財布にはもう現金が少ない。家につけばお母さんからお金を借りられる。でも万が一出かけていたら……。
「お客さん、どこまで?」
「あ、スミマセン……えっと、花園台まで……」
 伝えたのは、いつも私が電車を降りる駅。ここから歩けば二十分、車なら五分もかからない。その間に私は立ち直らなければ。せめて電車の中で、見知らぬ人に指をさされずにすむ程度には。
 タクシーが緩やかに走り出す。私はたすき掛けにしていたポーチの中をまさぐった。ティッシュを取り出して、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭う。
 お気に入りのハンドタオルは、ケーキの入った紙袋と一緒に芝生の上へ置いてきてしまった。きっと試合後に清水が目ざとく見つけて、あとで私に返してくれるだろう。その奥に詰め込んだケーキも、ちゃんと食べてくれるはず。こうして私が、直接手渡す役目を放棄してしまっても。
 後半のホイッスルが鳴るのを聞かず、私はそのまま清水の学校を後にした。
 彼が外したキャプテンマークを誰に託すのか、私とのやりとりを皆になんて説明するのか……不安は波のように絶え間なく押し寄せて、やわな私の胸を押しつぶそうとする。想像するだけで、おさまりかけた涙がまた浮かんできてしまう。
 ――もう、何も考えたくない。
 私は四肢の力を抜き、目を閉じた。何とか冷静になろうと、心を一度身体から解き放ってみる。少しだけ、千晶ちゃんのことをイメージしながら。
 きっと千晶ちゃんなら、こんなことで泣いたりしない。いくら強い言葉で非難されようとも、毅然とした口調で彼を説得する。そしてベンチで休む彼の姿を確認するまで、会場を去ろうとはしないだろう。その後は精一杯応援して、サポーターとしてチームの勝利に貢献する。試合が終わったら、キャプテンに「生意気なこと言ってごめんなさい」と謝って、わだかまりを無くしておく。と同時に、困惑する清水や他のメンバーにも、さりげなくフォローを入れて……。
「ダメだ……私には、無理だよ」
 私は背伸びし過ぎてしまった。責任も取れないくせに。
 今思えば、もっと上手なやり方があったような気がする。例えば清水だけに昨夜見たことを打ち明けて、清水を通じてキャプテンを問い質してもらうとか。部外者の私が、訳知り顔で直談判するなんてサイアクだ。私は彼のプライドを傷つけてしまった。
 後悔の海に沈みかける私を救おうと、心の中の千晶ちゃんが微笑みかけてくる。『大丈夫、千紘は何も間違ったことしてないよ』と。
 それでも……。
「……っく……」
 漏れかける嗚咽を、汚れた手のひらでなんとか抑える。『なぜ泣くの?』と問いかける千晶ちゃんの声に、私は答えた。
 私はずっと、自分を傷つけるものから逃げていた。不器用な癖に、そんなときばかりは直感を働かせて、必死で先回りして。だから今日、生まれて初めて人と本気でぶつかって……本気で傷ついた。
 子どものフリや、曖昧な笑みではもうごまかせないくらいに。

 翌週の月曜になっても、私の熱は引かなかった。
 お母さんが「困ったわねぇ」と苦笑いしながら、学校に電話をかけてくれた。「病院連れてこうか?」と言われて、私は首を横に振る。わざわざお母さんに仕事を休ませるほどのことじゃない。所詮はいつもの『知恵熱』なのだ。私がショックを受けたとき必ず熱を出すのは、家族なら皆分かっていること。どんなに強いお薬を飲んでも治すのは無理で、私が自力で立ち直るしかない。
「あー、もうヤダ。私弱すぎ……」
 お母さんが仕事に出かけてしまい、空っぽになった家の中でひとり溜息を吐く。気だるい身体を起こし、サイドボードに置かれたミネラルウォーターのペットボトルを手にとる。握力がほとんど無くなって、キャップを開けるのも一苦労だ。
 そして、枕元で震える携帯に目をやり……迷ったあげくそれを開いた。
『千紘、大丈夫か?』
 清水からの短いメール。正直に『学校を休んだ』と言ったら、また余計な心配をかけてしまう。『大丈夫』とだけ返事をして、私は電源を落とした。逃げたって仕方ないと分かっていたけれど、もう少し目を閉じていたかった。
 一昨日、タクシーから電車に乗り換えた時には、既にキャミソールが汗びっしょりになるくらい熱が上がっていた。目元だけでなく顔中が真っ赤になってしまったから、多少は泣いた跡をごまかせた気がする。地元の駅からまたタクシーに乗って、家に到着すると同時に倒れ込んで……気付けば携帯の履歴は、清水からのメールと着信で埋まっていた。
 試合の結果は、一対〇で勝利。前半でもぎ取った一点を、なんとか死守した形だ。置いてきてしまったケーキは『最高に美味かった』と大絶賛。少し多めに確保しようとしたのに、あっという間に紙袋をチームメイトに奪われて、結局五分もたたず売り切れたらしい。その文面を見たときだけ、私は少し笑顔になった。
 残りのメールは、全部が疑問符マーク付き。どうして途中で帰ったのか、キャプテンと何かあったのか、返事がないから心配だ……なんて。
『ごめん、また体調悪くなってうち帰ったの。落ち着いたらメールするね』
 迷った末の、飾り気の無い一言。似たような展開が二度目となれば、単純な清水もさすがに怪訝に思うかもしれない。でも熱におかされた私の頭では、他に書きようがなかった。
 すぐに清水から返事が来た。
『またかよ、千紘は貧弱だなぁ。今度俺が鍛えてやるよ! でもとにかくお大事に。元気になったら連絡くれ。ケーキのお礼も二回分待ってるからな』
 メールの語尾には、初めて見るハートマークの絵文字。こうやってふざけることで、私を元気づけようとしてくれている……その優しさが、今の私には辛かった。すかさず携帯の電源を落として、日曜は丸一日眠り込んで、今に至る。
「そうだ、バイト先にも連絡しなきゃ……」
 一旦落とした電源をオンにして電話をかける。耳の奥にコール音が鳴り響く間、胸に広がる罪悪感。清水からの電話はスルーして、最低限のメールしか送っていないくせに……と落ち込みかけたところで、電話越しの竹田さんの明るい声に救われる。
「はい、はい、すみません……たぶん二三日で良くなると思います。今週末は、大丈夫です。あのイベントですよね。分かりました。失礼します……」
 ぼやけた思考のまま口に出した言葉は、毎朝チェックするテレビの占い並に大当たりだった。水曜には学校へ行けるようになり、木曜からはバイトにも復帰。
 その間、清水からは何度も電話をもらった。臆病な私は、一度もそれを取ることはなかった。あと『また次の試合があるんだけど』のメールに、イエスの返事を送ることも。

 ◆

「やっぱ可愛い! 可愛い過ぎるっ!」
「もぉっ、竹田さんってば……」
 手放しでベタ褒めされて、熱が出たときと同じくらいカーッと頬が火照っていく。
 更衣室からそろりと抜け出した私を待ち構えていたのは、コック服の竹田さん。厨房からフロアへ抜ける扉にもたれかかる高野さんも、この時ばかりは竹田さんを止めずに、ニヤニヤ笑いながら見守っている。妙に気恥しくなった私は、ふわふわと広がったスカートの裾を気にした。いくら下に引っ張ってみたところで、これ以上は下がってくれない。
 高校生になってからというもの、私の冒険はどんどんスピードを増していく。次々と初めてのチャレンジを積み重ねる中で、今日も記念すべき一歩を踏み出した。
「私、こんなに短いスカート穿いたの、初めてなんですけど」
 辛うじてお尻が隠れてくれるサイズの、黒くて裾の広がったバルーンスカート。その下にはひらひらフリルのペチコート。黒いタイツの代わりに、太ももの途中までを隠してくれる黒のニーハイソックス。恥ずかしいのは下半身だけじゃない。同じくヒラヒラの白いブラウスに、胸には大きな白いリボンタイ。ベストのウエストはキュッと引き締まっていて、たいして出っ張っていない胸が少しだけ大きく見える。
「あっ、千紘ちゃん大事なの忘れてる! 頭に被るアレ!」
「えー、アレつけるんですか? 仕事の邪魔になりますよ」
「今日はいいの! 特別なイベントなんだからねっ」
 更衣室の棚に忘れたフリをしたアイテムを、竹田さんが目ざとく見つけて取りに行く。小柄で色白な竹田さんの方が、いっそ似合う気がするのに。
「屈んでくれる? つけてあげるから」
「はぁ……」
 竹田さんの指示により、今日は髪を結わえずそのまま背中に下ろしている。その前髪の上に差し込まれた、プラスチックのカチューシャ。少し重たいのは、土台の先に余計なモノがついているからで。
「ほら可愛い! ちょっとタカノ! ぼんやりしてないで、記念写真!」
「はいはい」
 逃げようにも、竹田さんの腕が私をがっちりとロックしてしまった。覚悟を決めて、私は向けられた一眼レフデジカメのレンズにぎこちない笑みを向けた。
 映り込んだ私は、見事な“ウサギ耳”のメイドさんになっていた。
「ねータカノ、この写真サイトにアップしたらダメかなぁ」
 レジカウンターの脇に置かれたノートパソコンを指差し、竹田さんが駄々をこねる。青を基調にした可愛らしいデザインのサイトは、私もお気に入りだ。女の子がティーパーティの準備をするイラストは、どこかで見たことがあったと思ったら、笹イベントのカードの絵だった。それを描いたのは竹田さんで、サイトを作ったのが高野さん。こんなところでも、二人の息はぴったり合っている。
「却下。千紘ちゃんが変な奴に目つけられたらどーするよ」
「それはそうだけど、こんな可愛いのに勿体ないよー。分かった、せめてこの格好するの今日だけじゃなくて、毎月一回の定番にしよ? 次は猫耳でさー。ね、いいでしょ千紘ちゃん?」
「え、えっと」
「大丈夫、サイトに写真は出さないから。今日と同じで『何かが起こるサプライズデー』ってことにして、直前まで日程も隠しとくし。そしたら千紘ちゃん狙いのヘンタイなお客さんも来ないし、ね?」
 瞳を爛々と光らせて、私を見上げる竹田さん。私は悟った。世の中の『姉』という存在は、得てして妹を玩具にして遊ぶものだと。たまたまうちの姉は、千晶ちゃんという非常に出来た人物だったから、そういう目にあわなかっただけで……。
「あー分かりました。もういいですよ、猫でも犬でも、好きにしてくださいっ」
「やった! さ、開店開店! 一人目のお客さんには、例のサプライズプレゼントだから、よろしくね」
「はぁい……」
 壁の大きな古時計を見やれば、十時直前。私はタカノさんばりの溜息を落としつつ、入口ドアへ向かう。
 ちょうど先週の今頃は、大きな紙袋を抱えて軽快な足取りで清水の元へ向かっていた。寝込んでいる間、あの記憶を消してしまいたいと願い続けていたせいか、もう随分前のことのように思える。
 古めかしいドアを開くと『チリリン』とベルの鳴る音。私の身体はオートマチックに動く。ドアの外側に引っかかった『準備中』の板を引っくり返したら、次は今日のメニューを書いた黒板を表に出して……。
「おい」
 不意にかけられた低い声。振り向いた私は、思わず眼を瞠った。
「……え、え、えぇっ!」
 その日は珍しく、開店待ちをしていたお客様がいた。
 記念すべきスペシャルイベント一人目のお客様……その人物は、先週末私が辛勝した、涼やかな眼差しの少年だった。

 男の子は、苦手。
 特に初めて会ったときのリアクションが、キライ。
 まずは私の顔をじいっと凝視する。その視線が胸元に移って、また顔に戻って、今度は頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見つめてくる。
 けれど……今日ばっかりは、それを許さなきゃいけない気がする。
「お前……すげー格好してんのな」
 ぼそりと落とされた、呆れ混じりの一言。フリーズしていた私は一気に解凍する。
「やっ、違うの、これは今日だけトクベツで」
「まあいいけど。もう入れんの?」
「あ、ハイ、いらっしゃいませ……」
 私の案内を必要とせず、彼は長いリーチでスタスタと歩き、窓際の一番奥へ。前に清水が座った横長のボックスチェストに腰かけると、背にしたディパックを降ろし大きく伸びをした。
 焦げ茶色の後ろ髪が、汗で張り付いたうなじ。黄色いTシャツの背中に浮き上がる肩甲骨、日に焼けた逞しい二の腕。程よく色落ちしたデニムと、履きつぶしかけのスニーカー。朝の日差しが差し込む窓辺で、ウッドデッキと観葉植物の緑を背景にした彼は、そこに居るだけで充分絵になる存在だった。
 カウンターの中、伝票を手にしたまま見惚れる私の背後に、忍び寄ってくる小さな影……厨房でスタンバイしていたはずの竹田さんだ。
「ねぇ、あのカッコイイ男の子誰誰っ? もしかして千紘ちゃんの彼氏?」
 耳元で囁かれ、私はパッと飛び退いた。
「ま、まさかっ!」
「ふふふっ。まあその辺の追求はまた後で。とりあえず、例の接客よろしくねっ」
「うそ、竹田さん、それやっぱ無理です」
「だーめ、オーナーの命令は絶対。その分時給も百円アップするから、ね?」
 金欠に陥った身には、見事な飴と鞭作戦。白旗を上げた私は、お冷の用意も忘れてとぼとぼと歩き、窓際へ。
「あの、ご注文は……」
「アイスコーヒーと、本日のケーキ」
 テーブルに置かれたメニューを見たまま、彼がぶっきらぼうに呟く。私も「かしこまりました」と返事をして一旦下がる。ここまでは、高野さん直伝のビジネスライクな応対。
 勝負は、ここからだ。
 オーダーを伝えると、臨時厨房担当にさせられた高野さんが、私に銀のトレイを手渡してくれる。竹田さんはといえば、カウンターの中から私たちのやりとりをニヤニヤ観戦中。ねっとり纏わりつくその視線を振り切り、私は背筋を伸ばして両手両足に神経を集中させた。せめてグラスを倒すような大失敗だけは避けなければ。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーと本日のケーキ、ショコラとクランベリーのシフォンケーキになります。ご注文は以上でよろしいですか?」
「ああ」
「あと……えっと……」
 言い淀んでそわそわする私に気付き、彼が顔を上げる。その眼に含まれる微かな苛立ちが、先週の出来事を否応なく思い出させて……緊張がピークに達した私は、ギュッと目を瞑り一息に告げた。
「あの、今日はスペシャルイベントで店員からメイドさんのサービスがあります! ではお隣失礼いたします!」
 長椅子の脇にドスンと腰かける。と、彼の眉間がクッと寄せられ、端正な面立ちが不快気に歪む。私の頬はたぶん紅葉のように真っ赤になっているけれど、もう自分ではコントロールできない。アンドロイドの私が、早口で問いかける。
「コーヒーにミルクとガムシロはお入れしますか?」
「あ、ミルクだけ……」
「かしこまりました。混ぜさせていただきますっ」
 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいッ!
 感情をぶつけるように、私はずんぐりしたグラスの中のストローをぐるぐると動かす。透明な氷がキンと冷ややかな音を立てても、火照った頬はおさまらない。真横からぶつけられる視線が痛い。
「混ぜ終わりました。では、失礼いたしますっ」
 立ち上がった私の頭の上で、ウサギ耳がぽよよんと弾む。文字通り、脱兎のごとく逃げ去ろうとしたとき……私の手が、素早く捉えられた。
「ちょい待って」
「へっ?」
「あのさあ……やっぱガムシロも入れてくれる?」
「え、え」
 引っ張られる力のままに、私は彼の隣に再び腰掛ける。頭はトリップしていても、染みついた店員魂が私の身体を動かす。またもやアンドロイドのオートコントロールで、指先がトレイの隅に避けたガムシロへ。
 その間に彼は、首から上だけを振り返った。フィールドでもひときわ良く通るあの低い声で、カウンターの竹田さんへ向かって言い放つ。
 私が百パーセント想定外の台詞を。
「あのー、他のお客さん来るまで、このウサギ店員ここ置いといてもいいですか」
 指が滑って、開きかけのガムシロがボタッと落ちた。

 ◆

 これは、神様の下した罰なのかもしれない。
 こんな日に限って、次のお客さんがなかなか現れないなんて……。
 できるなら記憶から抹消したいと思うほど恐れていた人物が、目の前に現れた。しかも私は失笑されても仕方ない、情けない格好をしていて。竹田さんは助けてくれるどころか、なぜか嬉々として二人分のお冷を届けてくれて。
「ごゆっくりっ」
 だなんて……私が恨みがましくジト目で睨んでも、笑顔のまま去ってしまうなんて、ヒド過ぎる。
 彼はといえば、隣に座る私を丸っきり無視して、黙々とケーキを頬張っている。清水なら一口ごとに「うめぇ!」なんて騒ぎそうなものなのに、至って静かだ。
 いつしか私は、目の端でそっと彼のしぐさを眺めていた。フォークを口元へ運ぶ手つきが、とても上品で綺麗だ。切り分ける生地サイズと、乗せるクロデットクリームのバランスも的確。口元からカケラを零すなんてミスは絶対しない。全ての動きが計算づく。そんなところもリクちゃんに似ている……。
 気を抜いたらほわんと見とれてしまう自分に気付き、私は慌ててお冷を煽った。それくらいで私の高ぶった気持ちは冷めないけれど、唇を開く程度の勇気は取り戻せた。
「あの、どうしてこの店へ……?」
 それは私が最も知りたかった疑問。なのに彼は、冷やかな眼差しをケーキ皿に向けたまま告げる。
「偶然」
 嘘だ、と私は思った。その言い回しから、先週の私の行動を暗に責められていることも察した。カッとなった私は、思わず強い口調で口応えする。
「偶然なんてありえません。私のこと、付けたんですか?」
「その台詞、そっくりそのまま返すけど」
 ……やっぱり!
 私は唇を噛みしめ、次の攻撃を仕掛ける。
「別に、信じてくれないならいいです。でも、こんなことしてる暇あるんですか? 今日も練習あるんでしょう?」
「残念ながら、君の忠告を聞いたにも関わらず右足が死ぬほど痛くてね。練習には一切出られないんだ」
「えっ、うそ」
 咄嗟に彼の表情を窺った私は、自分の敗北を感じた。彼の顔には「してやったり」と書かれていた。これも、リクちゃんそっくりの笑顔だ。
 そうだ……私ごときがリクちゃんレベルの相手に、口で対抗できるわけがなかった。
 肩を落とす私を見て溜飲が下がったのか、少しだけ声のトーンを和らげて、彼は語り出す。
「まあおかげさまで、状況は好転してるよ。一応監督にはこのこと話して、激しい練習は免除してもらってる。練習も完全にサボってるわけじゃなくて、他校の偵察に行ったりチームには貢献してるし、足の経過も悪くない」
「じゃあ試合には、出られるんですか?」
「フルは無理だけど、ピンチになったら出てもいいくらいには」
 私はホッと胸を撫で下ろした。張り詰めていた気持ちの糸がするんと緩んで、唇がどうでもいいことを勝手に喋り出す。
「そっかぁ、ほんと良かったです……早く治るといいですね。あ、そういえばこの前清水に貸してもらったバスケの漫画で、そんな感じのチームが出てきましたよ。一番上手なキャプテンが温存されてて、彼を引っ張り出せなきゃ勝てないみたいな展開で、主人公たちが必死になってて」
「そんなんじゃねーし。本当は最初からフルで出られた方がいいんだから」
「そりゃそうですけど、その方がドラマチックじゃないですかっ」
 私がムキになって叫ぶと、彼は手にしていたフォークをお皿に転がした。そしてゆっくりと、私の方を向く。逸らされ続けていた視線が初めて絡み合う。少し色素の薄い彼の瞳の中に、きょとんと丸い目をした私が映る。
 彼の薄くて形の良い唇が、すうっと横へ引っ張られて……。
「くっ……ははっ」
「え、何で、笑うんですか?」
「お前、変な奴だな」
「変って、どこが」
「ウサギだし」
 ――そんなこと言われましても!
 今更ウサ耳だけでも外せば良かった、なんて思っても後の祭り。意外と笑い上戸な彼が、目尻に浮いた涙を指先で拭う。私はその横でうろたえるばかりで。
 ただほんの少し、ポジティブな想いも湧いてきた。
 謝罪の言葉なんて交わさなくても、この人はもう私を許してくれている……そんな気がして、私の胸はじわりと熱くなった。


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