喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(4)~

2010.08.17  *Edit 

 不安の種だった清水の『貸しチケット』は、私の涙腺を壊してしまうほど大きな感動をくれた。
 子どもの頃みたいに泣きじゃくる私の頭を、清水はごつごつした重たい手で叩いてきた。「分かったからもう泣くな」の言葉はぶっきらぼうで、ポンポンと叩く手は時々本気で痛くて、なのにどこか温かくて。清水だけじゃなく、部員の皆も優しく声をかけてくれて、私は少しだけ男子への苦手意識を減らした。
 その後清水は私をうちまで送ってくれて、去り際には「ケーキ美味かったよ」と褒めてくれて、材料費のことも気にして「今度なんかおごるよ」と言ってくれて。
 借りを返すはずが、私はまたいろんなものをもらってしまった。
 胸がいっぱいで夜ご飯を半分残し、私は早々に部屋のベッドへ飛び込んだ。お気に入りの邦楽を流し、軽く腫れた目元を保冷材で冷やしながら考えた。
 私が清水にしてあげられることは、一体何なんだろう……?
 答えに辿りつく前に、私は幸せな夢の中に落ちていた。

 翌朝、腫れぼったさを引きずる目で駅へ向かうと、清水が改札脇の柱時計の下に寄りかかっていた。
 いつもなら、混み合うホームでだるそうに待っているのに、と不可解に思いつつも「おはよう」と声をかけ歩み寄る。清水は私を見つけると、姿勢をしゃんと正して、少しかしこまった顔でゴホンと咳払いを一つ。
 そして、夏の太陽みたいに明るい笑顔を浮かべて――
「あのさ、今日は部活ちょっと早く終わるんだ。試合の後だし来週は試験もあるからって。もし暇だったら、放課後どっか遊びに行かねぇ? ていうか……話したいこともあるし」
 今度は涙腺じゃなく、心臓が壊れかけた。

 ◆

『昨日の約束通り、飯おごるよ。放課後までに、行きたいとこ考えといて』
 清水の投げてきたボールをなんとかキャッチした私は、心の中でくるくると回してみた。いろんな角度から眺めて、中身を分析しようと頑張った。
 でも、昨日の議題と一緒で、どんなに考えても答えは出なかった。
 頭の中に溢れた疑問符は、私の意識を遠くへ切り離し、身体だけをオートコントロールのアンドロイドみたいに動かした。私自身は丸っきり無自覚だったけれど、たぶんいろんな失敗をしたのだと思う。
 ついにお昼休み、仲良しグループの皆に掴まった。
「どーしたの千紘。今日のボケっぷり半端ないよ? 何かあったの?」
 心配げに私を覗きこむ、四人分の瞳。四対一だなんて、単純な私にガードし切れるわけがない。私はすぐに白旗を上げ、今朝清水に告げられた言葉……頭の中で何百回も反芻した言葉を、一字一句正確に伝えた。
 毎朝一緒に通っているせいで、清水の存在はもう皆に知られている。今までは「中学の友達だよ」と答えていたのだけれど……。
「ちょっと千紘っ、それってデートのお誘いじゃん!」
「しかも『話がある』って、どう考えても“告白”だよね?」
「清水君、なかなか良さそうな人じゃん。もう付き合っちゃいなよっ」
「あーあ、ついに千紘も彼氏持ちになるか……寂しいなぁ」
 いつもはバラバラなことを言う四人が、珍しく意見を一致させる。鼻息を荒くして、私に噛みつかんばかりに顔を近づけて。箸の先に刺したままの卵焼きが、お弁当箱にぽたりと落ちる。胸がいっぱいになってしまった私は、玉子を摘まみなおす代わりに、小さな溜息を落とした。
「そんなこと、ワカンナイよ……」
 私と気が合うくらいだから、皆恋愛にはちょっと奥手なタイプだ。スカート丈も標準だし、お化粧も控え目、男の子と付き合ったこともない。憧れ程度の恋は経験している子もいるけれど、恋愛のソースは基本、テレビ、本、ネット。特に皆が大好きなのは、少女漫画。
 当然私も、それらの情報と照らし合わせて、清水のお誘いの意味を推し量ることはできる。
 ただ……皆が口にしたような未来が何度も浮かびかけては、泡になって儚く消えた。
「昨日ケーキあげたから、お礼してくれるだけだと思う……だって清水は」
 私は紡ぎかけた言葉を呑み込み、胸の奥で無理やり解いた。それは漢方の粉薬みたいに苦くて、鼓動のリズムを狂わせる。私は言葉を途切れさせたまま、卵焼きを無理やり頬張った。お砂糖を入れて甘く仕上げたその味で、胸の苦みを中和させる。
 皆にはまだ言えない。清水が中学の頃、見た目は私にそっくりな『双子の姉』を好きだった、なんて。
 私のことを、皆は友達として大切に思ってくれている。そして清水のことはほとんど知らない。何も根回しができていない状態で真実を告げたら、どんなリアクションをするかくらい想像がつく。ポジティブな先行イメージは、簡単にひっくり返る。
 きっと私を守ろうとして、皆は清水を非難するはず。
『お姉ちゃんがダメだったから、妹に乗り換えるなんて――』
 だけど私は、本当の清水を知ってしまった。あの人は誰よりも正直で、決して嘘はつかない。
 だからこそ、分からなくなる。
 清水が真剣に恋する姿は、まだ私の胸に焼き付いている。あれからたったの三ヶ月。
 清水は今、私を見ているの?
 それとも、私の中の千晶ちゃんを見ているの……?

 ◆

 私が清水にリクエストしたのは、前から目をつけていた、オープンテラスのあるカフェだった。
 私たちの住む駅から十分ほど歩く、ちょっと入りくんだ住宅街の路地裏にある隠れ家。普通の学生は駅前のチェーン店に集うから、顔見知りにバッタリなんて恥ずかしいことにはならないはず。
 古民家を改造した店内は居心地の良さも最高、と地元のグルメ情報サイトに書いてあった。オーナーは元パティシエで、紅茶ソムリエの資格を取ってこの店を始めたのだとか。私は清水と並んで歩きながら、そんな豆知識を披露しまくった。
 唇を流暢に動かしていたのは、アンドロイドな私。ニンゲンな私は、ちょっと斜め上の操縦席から、ハイテンションな自分と笑顔の清水を見下ろしていた。どんなに力を入れようとしても、操作は不能だった。
 この状態を客観的に言うなら……浮かれている。いや、浮足立っている。
「――うわぁ、見て見て清水っ、あれ可愛くない? 『願いの叶う笹』だって」
 何度か道を迷いながらも目当てのお店に着き、希望通り庭が眺められる窓際の席に案内された。興奮した私は、いつもより一オクターブくらい高い声を上げ、窓の外に見える緑色を指さした。
「おお。そーいや、そろそろ七夕だなぁ」
 清水もどこか上の空だ。ピーチクパーチクと小鳥のようにさえずり続ける私に、適当な相槌を打つばかり。
 いつもなら、芸人さん顔負けの面白い切り返しや、私を怒らせる皮肉たっぷりの嫌みを吐いてくるくせに……なんて突っ込んでやりたい、とニンゲンの私が考えたところで、身体は思い通りに動いてくれない。とろんとした目でウッドデッキのテラスを見つめ、焦げ茶色のレトロな木製テーブルに頬杖をつく。
 テラスに飾られていたのは、本物の笹をアレンジした緑のオブジェだ。テーブルの隅、シュガーポットの隣には『願い事をご自由にお書きください』と案内があり、数種類のカードが置いてある。
 細長い短冊と違い、様々なイラストが描かれたカラフルなお願いカード。男の子や女の子、動物や植物などの形をしているから、見るだけでときめいてしまう。笹のオブジェには、もう何枚ものカードがくくりつけられ、風にひらひらと揺れている。和を感じさせるキリリとした笹を、柔らかで温かな印象に変える。
「クリスマスツリーみたいじゃない? すっごい可愛いなぁ。このカード、全種類もらって帰りたいよ」
「もらってどーするんだよ」
「えー、メモとか栞にするとか……」
 と呟きながら、私は思い出す。机の引き出しには、そうやって「可愛いから」と集めた小物がたくさん詰まって、もうパンパンだってことを。
 私が言葉尻を濁しただけで、清水には全部バレてしまったようだ。ようやくいつものシニカルな笑みを取り戻し、私をこきおろしてくる。
「お前の部屋がどんな感じか、だいたい想像つくわ」
「あ、何か失礼なこと考えてるっ。ちゃんと片付けてるもん!」
 机の上だけは……という言葉をあえて伏せた私は、きっと正直者検定では不合格。だけど私の本音は、この顔と態度に全部出てしまうから、やっぱり補欠合格?
 唇を尖らせた私を、目を細めて優しげに見つめる清水。笑うと太い眉が垂れ下がって、目尻に皺がクシャッと寄って、日向で昼寝するワンコみたいな顔になる。
 最近三枚目から二.八枚目くらいにランクアップしたのは、きちんと切り揃えられた髪型のせい。毎日外で駆け回るせいで、肌はすっかり日焼けして浅黒く健康的。私の二倍はありそうな太い首、張り出した喉仏、上から二つボタンを外した半袖のYシャツは、ノリが効いて涼しげだ。
 パチパチと素早く瞬きする私の瞳は、カメラのシャッターに変わる。心に取り込んだ今日の清水と、記憶の中の清水の写真を並べてみる。いつもと何か違うような気がして、小首を傾げる。
「あっ、分かった!」
「うぉ、びびった……何だよいきなり」
 大げさに驚いた清水が、あの大きくてごつごつした手を自分の胸に当てる。厚い胸元を上下させ、ふう、と息をつく。私は何度も瞬きを繰り返し、初めて見せる清水の「隙アリ」な表情を激写していく。
「あのね、ここに着いてから清水がちょっと変だなぁって思ってたの。いつもと違うなって」
「……そ、そーか?」
「うん、そしたら理由が分かったよ」
「何だよ……怖いな」
 私は胸を張り、自信満々で告げた。
「目線がね、下なの」
 いつもは見上げるばかりだった清水を、私は見下ろしている。それは私たちが座っているソファの種類が違うからだ。私はアンティークの猫足。清水は背の低いボックス型チェスト。
「お、おお、そういやそーだな。気付かなかったわ。たまには千紘も鋭いこと言うんだな」
「たまにはって余計だよ。でもなんか新鮮っ。ブランコだって、座高が違うから私いつも見上げてばっかりだし」
 清水から定番の皮肉が飛び出したおかげで、私もだんだん舌が乗ってくる。浮足立ち状態は相変わらずで、操縦桿は効かないままだけど、充分楽しいからまぁいっか、なんて楽観的な気分になって。
「あとね、良く考えたら私、男の子と二人でお茶するなんて初めて」
「え、マジ?」
「うん。中学まで男子のこと避けてたし、こうやって正面から向き合って喋ることも無かったかも。清水と仲良くなるまで、男子は皆怖いし苦手って思ってたけど、清水だけは違うみたい。一緒に居てもすごく楽しいし、なんかトクベツ……」
 あれ?
 私今、何言ったんだろ……?
 清水の視線は、窓の外で揺れる笹の葉へとズレていた。頬と耳も、さっきより色づいているように見える。これはタイミング良く灯された、間接照明のオレンジのせい?
「――お待たせいたしました。ロイヤルミルクティにショコラクラシック、ダージリンのストレートにガトーフレーズ、以上でご注文よろしいでしょうか?」
 気付けば私たちのテーブル脇に、重たそうなシルバーのお盆を手にした店員さんが立っていた。事前に調べた口コミ情報の通り、髭を生やしたワイルドな『イケメン』さんだ。清潔感のある白いシャツに、腰から下の黒いロングエプロンが良く似合う。
 店員さんは、湧き上がる笑みを堪えているように見えた。
「はい……」
「はい……」
 私と清水、二人一緒に頷いた。力無い、小さな声で。
 お茶とケーキが無事テーブルに引っ越し、店員さんがそっと離れる間に、ようやく呆けた頭の情報処理が追いついてくる。
 ふわふわ浮かれ気分の私は、清水を全力で褒めてしまった。普段は憎まれ口ばっかり叩いているのに。清水も照れて赤くなって、そのやりとりを店員さんにバッチリ見られて……。
「あ、この茶美味いな」
 くりっとした愛嬌のある目を伏せ、カップで顔の下半分を隠した清水が囁く。私も慌てて熱いお茶を啜った。ロイヤルミルクティはこっくりと甘くて、シナモンの芳香をまとう湯気が鼻腔をくすぐる。リラックス系の作用があるのか、焦りと動悸が徐々に収まっていく。
 アンドロイド任せはもうおしまい。ケーキを食べたら、いつもの私に戻ろう。うん、それがいい。
 一人決意し、フォークへと手を伸ばす私の耳に、清水の溜息が届いた。視線を向けると、清水の方も「気持ちの切り替えは完了」という顔をしている。
 私は思い出した。これは昨日の夕方と同じだ。二対二の同点に追い付かれた直後、センターラインから敵陣ゴールの向こう、山の稜線に沈む夕日を見やったとき……。
「あのさ千紘、“話がある”って言ったろ?」
「あっ、うん……」
 私はフォークを握った中途半端な姿勢のまま固まった。上目遣いでぶつけられる清水の視線が、強すぎて痛い。晴れ渡る青空に、突然の暗雲。そんな気持ちにさせられる。
 何か言われる。何か……。
 ――嫌だ、怖い。
「悪りぃけど、もう来週からは千紘と一緒に通えない」
 高鳴る鼓動にも負けない、清水の低く太い声が、私の胸に刃となって突き刺さった。右手から、フォークが零れ落ちる。コトンと音を立て、木のテーブルに柔らかく受け止められる。
「え、えっと、何で……?」
 動揺し視線を泳がせる私を見て、清水は苦笑した。困ったような、それでいて労わるような、曖昧な笑み。
「うちの部活、朝練は強制じゃなくて自主参加なんだ。今まで俺は、家の近く走って済ませてた。でもレギュラーもらえることになったから、ちゃんと出ることにした」
「あ、そうなんだ、おめでと」
 喜びも中くらいなり……なんて、誰かの俳句が頭に浮かぶ。
 清水が、念願のレギュラーをもらえた。あれだけ部員も多くて上手な先輩もいる中で。こんなに喜ばしいことは無いのに。
 大丈夫。私は置いていかれることなんて、慣れてる。遠ざかる背中を一人見つめることも。
「うん……良かったね、清水スゴイよ。昨日も大活躍だったし、まだ一年生だし、もっと練習したらどんどん上手くなると思う。頑張って!」
 私は心から、清水に祝福の言葉を贈った。
 利己的で寂しがり屋な自分が、悲しみを垣間見せてしまったのは失敗。それも正直な自分だから、仕方ない。そう開き直って。
 清水も少しリラックスしたのか、軽く頬を緩ませた。今度は試合終了直前、三対二になったときの顔をする。
 まだ試合は終わってない……そんな緊張感をまとったまま、清水は軽口を叩いてきた。
「ありがとな。昨日千紘に応援してもらったおかげ」
 薄暗い室内を照らす、太陽みたいな清水の笑顔。胸がドクンと大きな音を立てた。
 いつもなら「そうそう、全部私のおかげ! だからその苺ちょうだい?」なんて意地悪して、清水も「唯一の苺奪うなんて、この鬼嫁!」とかテキトーなことを言って……なのに私の唇は、またもや自動的に動く。心に浮かぶ、素直な想いを。
「ううん、違うよ。清水が努力したからだよ」
「いや、俺は絶対千紘パワーだと思う。千晶なんて、結局一回も見に来てくれなかったんだぞ。薄情な奴だよなぁ」
 久しぶりに耳にした、『千晶』という言葉。胸の中に植えつけられた不安の種が、そろりと根を伸ばす。
 貸しチケットの話なんて出ていないのに、訳の分からない不安が過る。胸がギリギリと締めつけられ、呼吸が苦しくなる。なぜか視界が淡い水の中に沈んでいく。溺れるまいと、私は必死で足をばたつかせる。
 客観的に見れば、私は今幸福の真っただ中にいる。
 お気に入りのカフェを見つけて、紅茶は美味しくて、きっとケーキも私が作ったやつより何倍も美味しくて、目の前では清水が笑っていて、これは生まれて初めての『デート』かもしれなくて。
 なのに、どうしてこんな気持ちになるの……?
 カップの中で、崩れて行くシナモンスティック。俯いてそれを掻き回し続ける私に、清水が告げた。
 からかい混じりに……それでいて、少しだけ肩の荷を下ろすように。
「でも千紘もさ、この三ヶ月でかなり逞しくなったと思うよ。もう一人で電車乗っても大丈夫だろ? お前が花園女子に決まってから、千晶がうるさくてさ。『千紘が電車通学なんてしたら、絶対痴漢に狙われて泣かされる』って――」
 それから清水が何を言ったのか、断片的にしか覚えていない。私はティーカップだけを見ていたから、清水がそのときどんな顔をしていたのかも。
 テーブルに置かれた清水の携帯が、柔らかなボサノバのメロディを奏でた。それは千晶ちゃんの大好きな『L'ete 《レテ》 夏』という曲だった。
 短い通話を終えた清水は、「悪い、三十分だけ待っててくれ! 俺のケーキ食っていいから!」とお店を飛び出してしまった。

 暗闇の色をしたケーキを一口つまんだ。
 味は全然しなかった。仄かに苦いだけのそれをゆっくりと嚥下し、私は可愛い女の子の短冊カードを笹の葉に結ぶと、お会計を済ませてお店を後にした。

『私は、千晶ちゃんになりたい』


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