喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(3)~

2010.08.08  *Edit 

 散り際の桜が痛々しい夜の公園で、正直者の清水が投げた爆弾発言。
 笑ってごまかしたものの、私のちっぽけなプライドは地味に傷ついた。
 それからというもの、私はお父さんとの週末デートを重ねた。新しいケータイをねだる代わりに、いろいろなお店に連れて行ってもらった。行列のできるラーメン屋さんに、カウンターだけの牛丼屋さん、たまーにお母さんに内緒で屋台のおでん屋さんも。
 結果、B級グルメの美味しさにハマった私は、ようやく清水流の褒め言葉を受け入れることができた……と思う。
 あの発言以降、清水は私に対してもう一歩距離を縮めた。別の言い方をすれば、輪をかけて遠慮が無くなった。毎朝顔を合わせる三十分の通学時間、私は笑ったり怒ったりと大忙しだ。
 入学当時、駅で待ち合わせて一緒に通学していた女友達は、部活に入ったせいか、それとも余計な気を回したのか、いつの間にか私より早い電車に乗り換えてしまった。私は清水と二人きりで、ちょっぴりくすぐったいような、それでいて息を吸うくらい自然な、不思議な時間を過ごすようになった。
 清水が『千晶ちゃんを好きな男子』から『気の置けない男友達』に変わっていく中で、季節も少しずつ夏へ向かって行った。
 四月、五月、六月。私が何よりも恐れる『日直』は三回やってきて、そのたびに私は清水に頭を下げるはめになった。なんだかんだ紳士な清水は、文句を言いつつも私を送ってくれた。暗い夜道を二人並んで歩きながら、朝とは少し違う真面目な話をして、清水の家族や将来の夢を知って、最後はうちの近くの公園のブランコで『大ジャンプ』を披露してもらうのが定番コース。
 一人の帰り道よりも何倍も濃厚で、あっという間の楽しい時間……そう感じるのに、私の胸にはどうしても天邪鬼が取り憑いてしまう。楽しければ楽しいほど、心の裏側には不安の澱が溜まっていく。
 清水が手にした、三枚のお札ならぬ『貸しチケット』のことを思うと、なぜか胸がツキンと痛んだ。清水がその権利を忘れてしまえばいいと思った。
 もちろん、いつ請求されてもいいように、答えはしっかり準備しておいた。
 千晶ちゃんは筆不精だし電話も苦手だから、うちで携帯をいじっている姿を見たことがない。だから清水と千晶ちゃんは、ほとんど連絡を取り合っていないはずだ。もし千晶ちゃんの近況を聞かれたら、本当のことを教えてあげよう。『まだリクちゃんとは付き合ってないみたい』って。
 天邪鬼な私が出てきて、『でも同じ部活に入って一緒に登下校してるから、時間の問題かもね』なんて余計なことを口走らないように注意して。
 そんな風に、清水のことが気になる一方で、私は誰よりも好きな人……千晶ちゃんも気になっていた。
 最近の千晶ちゃんは、ちょっと様子がおかしい。部活が忙しくて日々充実している、という態度を装って、また一人で何か悩みを抱えているみたいだ。こんなときこそ力になってあげたいのに、千晶ちゃんは相変わらずの秘密主義。
 中学の頃、千晶ちゃんがリクちゃんへの想いを唯一漏らした相手が清水だった。清水はいつもふざけているように見えて、突然心の深いところを突いてくる。あの真っ直ぐな眼差しには、いつの間にか相手の心のドアを開いてしまう力がある。
 清水になら、千晶ちゃんも悩みを打ち明けるだろうか? 「千晶ちゃん元気無いみたいだから、励ましてあげて」と言ったら、清水は尻尾を振って喜ぶだろう。何なら週末、三人で出かけてもいい。目をつけていたオープンテラスのある可愛いカフェで、美味しいケーキと紅茶を頼んで。私が邪魔なら、途中で席を外してもいい……だけどそれは、最後の手段。
 清水と千晶ちゃんが二人きりになるのは、何となくイヤだ。考えるだけで心の中がさざめいて、私はいてもたってもいられなくなる。清水も、せっかく千晶ちゃんを忘れかけてきただろうに、想いが再燃してしまったら可哀想だ。
 私には分かる。この世界がどんなに変わっても、千晶ちゃんの気持ちは変わらない。例え千晶ちゃんが深く傷ついて、それを清水がどれほど優しく慰めても、リクちゃんがいる限り可能性はゼロだ。
 それでも清水が千晶ちゃんに会いたいと願うなら、私は叶えてあげたい。もし私が清水と同じ立場だったら、そんなことは絶対言わないけれど。
 叶わない夢を見るくらいなら、目を閉じてしまう。それが根性無しな私の身に付けた、自分が傷つかないための処世術。
 だから私は、毎日清水を見ているようで……本当は、目を閉じていたのかもしれない。

「そーだ千紘、今までの『貸し』、一個返してもらいたいんだけど」
 清水がいやらしい笑顔でそう告げたのは、初めての衣替えを済ませた日だった。
 半袖のブラウスに、裏地の無いミニのプリーツスカート。重たいブレザーが無くても汗ばんでしまう、今年最高気温を越えると予言された朝。私の遅刻癖はちっとも改善されず、気の早い蝉に急かされながら駅へダッシュし、額に滲んだ汗をハンカチで拭う間もなく電車に飛び込んだ直後……つまり、不意打ちの一撃。
「え、貸しって……?」
 額どころか、全身の毛穴からドッと汗が噴きだした。見知らぬ幽霊に襲われたときの何倍も、心臓が早く強くリズムを刻む。今まで何度もシミュレーションしたというのに、全部真っ白のパニック状態。私は亀みたいに首を縮めて、清水の要求を待った。
 すると清水は、私の想像の斜め上を行く不思議な話を始めた。
「あのさ、うちの部活こないだ三年の先輩が引退して、新体制に変わったんだ」
 千晶という単語が出そうにないと察し、私はそろりと首を持ち上げる。清水はびくつく私に頓着せず、瞳を輝かせながら語る。胸の前で握りこぶしを作って、真っ白い歯を光らせて。
「新しいチームで、俺レギュラー取れるかもしんない。今度の練習試合が勝負なんだ」
「へぇー、そうなんだ! 頑張って!」
 混み合う電車の中ということも忘れて、私はついはしゃいでしまった。清水はそんな私のリアクションも想定内だったようで、笑顔のまま唇の前で人差し指を立てる。私は慌ててお口チャック。心臓のリズムは変わらないのに、さっきまでとは全然違う。訳の分からない不安から、興奮のドキドキに入れ替わっている。
「で……木曜の夕方なんだけどさ」
「うん、もちろん応援行くよっ! 場所は清水の学校だよね?」
 ときどき私は、妙な勘の良さを発揮する。それは千晶ちゃんや、あの冷静沈着なリクちゃんまでも驚かすくらいに鋭い。今の発言も正解だったらしく、清水は一瞬目を瞠って……すぐにくしゃくしゃの笑顔を作った。
「サンキュ。また詳しい時間が分かったら、メールするな」
 私も嬉しくなって、えへへと笑った。
 これで『貸しチケット』は、残り二枚。毎回こんな使い道なら喜んで引き受けてあげるのに……なんて考えて、我ながら現金だなぁと、今度は自分に対して笑った。

 ◆

 考えてみたら、清水はうちの学校に三回も来てくれたけれど、私が清水の学校に行くのは初めてだった。
 近所でもすぐ道に迷う方向音痴は自覚済みだから、ちゃんと地図をプリントアウトして準備万端。毎朝清水と別れる二股のY字路から先を、恐る恐る進むこと十分。小高い丘の上に清水の学校はあった。
 太陽はもうずいぶん西に傾いて、木漏れ日が柔らかくアスファルトを照らす。私は転ばないように注意しながら、曲がりくねった坂道を進んだ。携帯を片手に、清水がくれたメールの通りに。正門から入って、職員室のあるレンガ色の建物をぐるっと越えたら、グラウンドの左端にサッカーコートがあるから、と書いてある。
 正門へ向かってせっせと坂を上る私を、中型のバスが追い抜いて行く。うちの中学みたいに、丸刈りの男子で満員御礼の。
「あのひとたちが、今日の対戦相手かもしれないな」
 私は既に清水のチームメイト気取りで、バスが吐きだす排気ガスに負けじと、大きく息を吐いた。
 と、遠くで『キーンコーンカーンコーン』と、定番のチャイム音が鳴り響く。正式なホームルームの終わりを意味していたのか、私とは逆方向へ歩む生徒の数が一気に増えた。彼らは校舎へ向かう私を、興味深げに眺めてきた。中には「花園女子の子じゃん」なんて指をさす人もいたけれど、私は黒くてでっかいアリンコだと思って我慢した。ずいぶん逞しくなった自分に、ささやかな感動を覚える。
 少し前まではあんなに内気で、いつも千晶ちゃんの背中に隠れていたのに、たった一人で男子高に乗り込めるまで成長した。
 人生は全てが修行だ。もうお父さんと一緒じゃなくても、私はラーメンだって牛丼だって食べられる。なんて地味なレベルアップ!
「でも、私は元々フツーの子なんだもん……こんなことだって、大冒険だよ」
 肩にかけたトートバッグの位置を直し、手にした紙袋の持ち手をギュッと掴み、携帯をスカートのポケットにしまう。
 私はフィールドを進む勇者のように胸を張り、清水の待つ戦いの場に乗り込んだ。

「おーい、千紘ー!」
 マップの無い校内をうろうろし、周囲から向けられる好奇の視線に耐え切り……ようやくサッカーコートに到着した。ストレッチをしていた清水が、目ざとく私を見つけて駆け寄ってくる。練習用のTシャツじゃなく、ちゃんと背番号のついたスカイブルーのユニフォームを着て。「気合い入れるために」と入学後初めて切り揃えた髪型も爽やかで、戦闘服の青に良く似合う。
「良く一人で来られたなぁ。偉いぞっ」
 清水の台詞は、完全な子ども扱い。まるでフリスビーを取ってきた犬とか、初めてのおつかいに成功したちびっ子みたいに、手放しで褒めちぎる。いつもなら「それくらいできるもん!」と反発するはずが、私はただコクコクと頷くことしかできなかった。
 理由は、清水の後を追ってきたスカイブルーの軍団のせい。
 三十人を超える大柄な男子に取り囲まれて、全身を舐めるように見つめられて……勇者気分だった私は、あっという間にドジでのろまな亀に逆戻り。どんなに首をすくめても、彼らの視線からは逃れられない。背中に甲羅があったら逃げ込めたのに、と本気で思ってしまうくらい恥ずかしい。
 見られているだけなら、よくあることと我慢できる。でも今はそうじゃない。
 彼らは私を『清水の彼女』と勘違いしているのだ。ひそひそどころか堂々と品評して、清水に冷やかしの言葉をかけて……。
「ちょっと先輩、勘弁してくださいよー。見世物じゃないんですから」
 前髪の隙間からこっそり覗き見た清水は、いつものニヤケ顔だ。なんだか、この騒ぎを楽しんでいるようにも見える。堪え切れなくなった私が、文句をつけようと唇を開きかけたとき。
「――お前ら、何してんだ! 早く練習戻れ!」
 突然の落雷にも似た、低く鋭い怒鳴り声。破壊力は抜群で、私を取り囲んでいた部員たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。清水も「悪い、試合終わるまであそこで待ってて」と、グラウンドから少し離れた芝生のあたりを指差し、走り去った。
 一人残された私は、ほうっと安堵の息をついた。清水はこの部活でも、相当可愛がられているみたいだ。ジョギングの列の中で、さりげなく頭を小突かれたり蹴られたりしている。ああいうところも中学の頃と一緒。きっと雨の日には、廊下でふざけて転んでいるに違いない。
 当時の私は、清水を鬱陶しい男子としか思っていなかった。千晶ちゃんを追いかけ始めてからは、粗探しにやっきになっていた。つまり、『嫌い』だった。
 今となっては信じられないな……なんて考えながら、ぼんやり清水の背番号十一を追っていると、ふと一人の男子生徒と目があった。
 背番号は十、腕にはキャプテンを示す腕章。ふわっとした焦げ茶色の猫毛にくっきり二重の目、高い鼻と薄い唇。隙の無い、整った面立ち。私は息を呑んだ。
 彼はリクちゃんに似てる……眼鏡をかけてもう少し髪を伸ばしたら、たぶんそっくりになる。
 まじまじと彼の姿を見つめかけ、慌てて顔を背ける。細められた彼の瞳に、あからさまな苛立ちが滲んでいたから。私は軽く会釈をし、いたたまれない思いで清水の指示した芝生へと向かった。
 ぼんやりしている場合じゃなかった。大事な試合の前に、私はくだらないことでキャプテンを怒らせてしまった。客観的に見れば、怒るのも無理はない。いくら練習試合とはいえ、新チームになって初めての試合。清水は『彼女』を呼び出すくらい浮かれている……万が一そう受け取られて、清水の評価が減点されたら最悪だ。
 もしかしたら、誰よりも浮かれていたのは、私だったのかもしれない。
「私、バカみたい。こんなものまで作って」
 スカートが汚れるのも構わず、私は芝生にそのまま腰を下ろした。トートバッグは脇に置き、紙袋をお腹に抱きかかえ顔を埋める。
 あの朝電車の中で、私は思ってしまった。こうして私が傍にいることが、少しでも清水の力になるのなら嬉しい、なんて。清水に教わって以降、私はサッカーのDVDや雑誌をたくさん見てきた。その中には、応援席の様子も良く取り上げられていた。選手じゃなくても、家族やサポーターだって一緒に戦えるんだと思った。
 でもそれは、あくまで信頼関係ができた上でのこと。今の私は、清水としか繋がっていない。他の選手……真剣に試合に臨む人にとっては、煩わしい雑音の元でしかない。
「駄目だ、どんどんネガティブになっちゃうよ」
 私が落ち込む間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。赤みを帯びた太陽は、遠い山の裾野にたどり着き、風はようやく涼しさをはらみ始める。グラウンドには、例のバスに乗っていた丸刈りの敵チームも到着し、試合前の緊張感が漂いつつある。
 そうだ、俯いてなんていられない。
 私はトートバッグを漁り、大学ノートと一冊の本を取りだした。清水が「一番分かりやすい」と教えてくれた、サッカーのルールブックだ。
 ニワカサッカーファンになってしまった私にとって、今日は記念すべき初の試合観戦。清水やお父さんが言っていたことを復習する、絶好の機会だ。試合が終わったら、今度こそ皆さんにしっかり挨拶して、試合の感想をもっともらしく言えるように頑張ろう。
 ……そんな私の意気込みは、完全に空回りした。
 初めて間近で見る『本物のサッカー』は、私の胸を激しく揺さぶった。

 だいぶ日が長くなってきた。試合が終わっても、空はまだ明るく景色は鮮明。視力は両方二.〇だから、清水や他の選手たちの顔もくっきりと見える。
 私は芝生に座り込んだまま、コートを後にする選手たちを眺めていた。彼らの身体から湧き立つ闘志が、オーラになって立ち上っている気がした。シャツの色をワントーン暗く染め変えた汗、吐きだされる熱い息、用意されていたスポーツドリンクを一気に煽る荒々しいしぐさ……全て私の見たことがない、本物の戦士の姿だった。
 指先から、何一つ役に立たなかったシャープペンがころりと落ちる。フォーメーションだとか、印象に残るシーンをメモしようなんて、おこがましいにもほどがある。試合の最中、一瞬たりとも目を離せなかった。今まで私がスポーツを頑張ったのは、せいぜい体育祭くらい。いかに『真剣勝負』というものから逃げていたかを、まざまざと見せつけられた。
 今なら、ブランコの大ジャンプに拍手した私の甘さも、それを見て驚いていた清水の気持ちも良く分かる。あの程度で感激している場合じゃない。清水の前には、もっと大きな世界が広がっている……。
 私が陶然と見つめる間にも、選手たちはストレッチを済ませ、髭を生やしたコワモテな監督を囲んでの簡単なミーティングが終わり、威勢の良い挨拶が轟いて……彼らの顔に試合前のリラックスした表情が戻るのを見計らい、私はゆっくりと立ち上がった。お尻の土を軽く叩いて、大事な荷物を手にして。
 今日はもう、渡すものを渡して帰ろう。
 今の私には、語るべき言葉なんて何も見つからない。
 それどころか、もし口を開いたら……。
「――千紘っ、見ててくれたか? 俺の稲妻カミソリシュート!」
 清水の学校も今日の相手校も、県内ではなかなか名の知れた強豪らしい。白熱した試合は、三対二で辛くも勝利を収めた。ミドルシュートを一本と、アシストを二本。清水は全得点に絡んだし、MVPといえるくらいの活躍だったと思う。きっとレギュラーも勝ち取れたはず、という祝福は胸の中に止めた。
 部員の皆も、私たちの方を気にしている。試合前の一喝があったせいか、こちらに寄ってきて騒ぐことはないけれど、私たちのやり取りを遠目に見守っている。
「うん、おめでと。これ差し入れ。良かったら皆さんで」
 何とか最低限の言葉を紡ぎ、私はずっしり重い紙袋を渡した。中を覗き込んだ清水の表情が、みるみるワンコに変わる。中身はバナナとメイプルのパウンドケーキ。甘さ控えめの千晶ちゃんレシピだ。
 清水の手に渡ったその紙袋は、部員たちの間を駆け巡り、ほんの五分後には空っぽになってしまった。薄切りにして一枚ずつ巾着包みしてリボンをかける……なんてラッピングが余計な手間だったなと、私は苦笑する。もし次があるなら、リボンなんて無くていいから、その分もっと量を多めに仕込んで来よう。
「じゃあ私、帰るね」
 皆の輪の中心ではしゃいでいる清水に向かって、私は聞こえるか聞こえないかギリギリの声をかけ、踵を返した。これからは、試合を振り返るべき大事な時間。中には自主練習をしていく人もいるかもしれない。そこに清水も含まれるとしたら、これ以上の長居は無用だ。
 この程度の暗がりなんて、たぶんもう平気。今もらったばかりのパワーを使って、私はまた小さなレベルアップを目指そう。駅から家までジョギングしてもいい。
 とにかく、早く帰らなきゃ。早く、誰もいないところに行かなきゃ……。
 そんなことを考えながら、薄闇に紛れ込むように歩きだした私の肩に、大きな手が触れた。
「待てよ、なんで先に行くんだ? 送ってってやるよ」
「……清水」
「つーかお前……なんで泣いてんの?」
 私の顔を覗き込んだ清水が、ぽかんと大口を開けた。私は口をへの字に結んで、垂れそうになった鼻をすすりあげながら、正直な気持ちを告げた。
 いつも能天気な清水ですら、唖然とするようなことを。
「――だって、感動したんだもんっ……!」
 直後、完全に決壊した私の涙腺と、グラウンドに響き渡る清水の大爆笑。
 何事かと駆け寄った部員の皆に、清水はあっさりと真相を暴露してしまった。それでも私は、涙も鼻水も止められなくて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい思いをして。
 だけど最後は、もういいやと開き直った。清水も部員の皆も嬉しそうに笑ってくれたから。
 あの怖カッコイイ新キャプテンも、今度は怒ったりせず、苦笑いを浮かべて私たちを見ていた。


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