喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(2)~

2010.07.10  *Edit 

「やだな……雨降りそ」
 職員室から教室に戻った私は、窓の向こうを見やり溜息をついた。赤々と燃えていた太陽は、急成長した黒い雲にすっかり隠されてしまった。おかげで教室の中も灰色の靄に覆われて、鳥目な私は何度も机の脚に躓きそうになる。
 昼間はあんなに晴れてたのに、とぶつぶつ愚痴ってみるも、空しさが募るばかり。私は重たい鞄から参考書をごっそり抜いて机に戻すと、薄暗い教室を後にした。こんなに遅くなってしまっては、宿題をやる時間なんてない。今夜は見たいテレビもいっぱいあるし……。
 そう言えば今夜のロードショー枠は、何年か前に大流行したホラー映画だったなと、嫌なことを思い出す。急に不安が首をもたげて、私はきょろきょろと周囲を見渡した。廊下にも他のクラスにも一切人気は無い。
 私が、この校舎に残った最後の一人かもしれない。
 毎日誰かがしんがりを務めるのは当たり前だというのに、私のやわな心臓はドクドクと不安を訴え始める。その動きに合わせて、昇降口へ向かう足も自然と早くなる。パタパタと乱れた靴音が、波紋になって廊下の隅々に響き渡る。
 毎朝必ずチェックするテレビの星占いは、やっぱり良く当たる。今日は、予言された通りのアンラッキーデー。日直のついでに、担任から細々した雑用を押し付けられてしまった。私は頼まれごとを断るのが苦手な上に要領も悪いから、結局こんな時間になってしまった。
 闇に包まれる静かな校舎は、昼間とは別の顔を描き出す。古びた壁や床や、全ての物質が意思を持った生き物に変わる。それらの影が蠢いて、私に語りかけてくる。何十年もの歴史の中では、少なからず悲劇も起こったのだと。
 千晶ちゃんの通う学校でも、屋上に幽霊が出るという噂があるらしい。うちの学校にもしっかり『七不思議』がある。それは入学した日のオリエンテーションのとき、一緒にまわったクラスメイトの女の子が教えてくれた。一部のマニアにはとても有名で、学校名でネット検索したらヒットしたのだとか。
『しかもね……この話を聞いたら、まだ知らない人四人に教えなきゃ呪われちゃうんだって。二週間以内に』
 そんな決め台詞に、、私もみんなも「ありがち!」と大笑いした。季節外れの怪談に聞き入っていたのは、語り部の彼女を入れてちょうど五人。それがキッカケで仲良しグループになった。
 彼女たちは私と同じくらい怖がりなくせに、不思議とその手の話が大好きだった。聞きたくないと耳を手のひらで押さえながら、指の間にはしっかり隙間を作っていた。
 話題は何だって構わない。とにかくみんなできゃあきゃあ言いながら喋ることが楽しくて、その場は最高に盛り上がって……こうして後悔するハメになる。
「そういえば、今日ってちょうど二週間目……?」
 呟いた言葉に反応して、ひときわ大きな音を立てる敏感な心臓。私は階段の踊り場で立ち止まり、携帯を取り出した。いつの間にかニ十個近くに増えたストラップが、ジャラッと音を立てる……それだけでドキドキしてしまう。
 カレンダー画面を開くと、確かに今日がタイムリミット。
「二週間以内に、四人……大丈夫だもん。帰ったらすぐお母さんに話して、晩御飯のときお父さんと千晶ちゃんにも言って、リクちゃんにもメールで……あれ?」
 漏らしかけた言葉を、湿り気を帯びた空気と一緒にひゅっと呑み込む。慌ててメールの送信履歴を繰る。二週間前のエリアに届くまで、ひたすら親指連射。女友達相手の雑談メールが多くて、なかなか辿り着かないのがもどかしい。パソコンみたいにスクロールできる最新機種に買い替えよう。週末、お父さんの肩を千回くらい揉んであげたらなんとかなるはず。
 そんなことを考えながら開いた、二週間前のリクちゃん宛メール。そこには、能天気な音符マークの絵文字が舞っていた。
『新しい学校でさっそく友達できたよ。これからみんなとカラオケ行くの。演歌熱唱してカロリー消費してくるねっ♪』

 ◆

「お前、バカだろ」
「ううっ……」
「ていうか、アホ?」
「ううーっ……」
 声の主をじと目で睨みかけて、私はぷるぷると首を横に振った。助けてもらった相手を逆恨みするなんて、さすがに失礼過ぎる。
 例えソイツが、十秒ごとにバカだアホだと罵詈雑言を浴びせかけてきたとしても。
「ま、これで貸し一個な。後できっちり回収するから、覚悟しとけよ?」
 そう言って清水は大口を開けて笑う。真っ白い歯をキランと光らせて。一見爽やかっぽいけれど、細められた目が何となくイヤラシイ。
 それにしても、自分で自分が理解できない。あのとき、なぜ清水なんかに電話してしまったんだろう? リクちゃんでも同じ中学の誰かでもよかったのに、よりによって清水……ああ、そっか。
「番犬だもんね」
 清水に聴こえないボリュームで内緒のあだ名を呟くと、それだけで気分が浮上する。実際清水は、私にまとわりついていた幽霊の影を「バーカ」の一吠えで蹴散らしてしまった。
「ん、何か言ったか?」
「別にっ。雨降らなくて良かったって言ったの」
 苦し紛れな私の言い訳をすんなり信じた清水が、「今日も月がキレーだなぁ」と呟いて、大きく伸びをしながら両腕を空に突き上げた。その視線の先に浮かぶ、オレンジ色の丸い月。足元から伸びる影は、街灯や月明かりに照らされて、花びらみたいに幾重にも広がっている。隣に立つ清水の影とは、親子ほど大きさが違う。
 あんなに分厚かった雲は、春の夜風に飛ばされたのか、清水がうちの学校に到着したときには消えてしまっていた。
「そーいや、満月の夜には何かが起こるっていうよな」
「……ちょっと、やめてよ」
「ハハッ、千紘の弱点発見っ」
 ヤラシさ全開の笑顔を作る清水。堪え切れなくなり、私は思いっ切りじと目で睨んでやった。
 階段の踊り場にしゃがみこんで、半泣き状態で電話をかけたのが、ちょうど清水の部活が終わったタイミング。騒がしい部室でチームメイトにひやかされながらも、清水は私のバカ×百乗な幽霊話を根気良く聞いてくれた。しかもジャージ姿のままダッシュして、うちの学校まで私を迎えに来てくれた。何度も「いいよ」って言ったのに、電話越しに私の本音を見抜いてしまったから。
 最寄り駅に着いた後も、自転車を引いてわざわざ家まで送ってくれるなんて、ちょっとジェントルマン過ぎる。確かに、きっちり返さなきゃいけないレベルの恩をもらってしまった。
「貸しっていうけどさ、私に何して欲しいの?」
 私は俯いたまま小石を蹴り、隣に伸びる細長い影を見つめた。一定の距離を保っていたその影が、私の方へ寄り添ってくる。さっきとは質の違う不安が、私の心臓を早く強く動かす。まだ夜は肌寒いのに、手のひらにじわりと汗をかいてしまう。
 清水が私に望むこと……そんなの分かり切ってる。なのに、直接聞かされるのが怖かった。
 きっと清水は、私にこんなことを囁くはず。普段のおふざけは封印して、あの切なげな眼差しで。
『千晶に会いたい』
「アソコ寄っていいか?」
 想像上の台詞に重なった、リアルな清水の声。そのトーンはいつも通りで、それなのに私の身体はぶるりと震えた。慌てて顔をあげると、聞き慣れた犬の遠吠え。
 清水の指差す方向には、散りかけの桜が一本ぽつんと佇んでいた。

「懐かしいなぁ、このブランコ。生徒会で遅くなったとき千晶送って、ついでにココで良く喋ったんだよ。まだ一ヶ月も経ってないのにな」
 デカ過ぎる図体に、子ども用の遊具は全く似合わない。冷ややかな視線を送る私を余所目に、清水は無邪気に笑ってブランコを大きく漕ぐ。童心にかえったのか、それとも幸福な思い出に浸っているのか、横顔を見るだけではさっぱり見当がつかない。
「いくぞ千紘、見てろよ、俺の大ジャンプ!」
 得意げに言い放ち、長い両足を大きく振り上げる。そして、宣言通りに宙を舞う。
 私は唖然としてその姿を見守った。運動神経がいいのは知っていたけれど、まさかこんなに――
「スゴイスゴーイ! 背中に羽が生えたみたいっ!」
 思わず立ち上がって、パチパチ拍手してしまった。膝の上に置いていたトートバッグが転げ落ちて、それでもさっきの清水の残像が消えなくて。
 両足で軽く着地を決めてみせた清水が振り返り、怪訝そうに眉根を寄せる。
「……もしかしてお前、それ本気で言ってる?」
「えー、本気だよ? どーしたらあんなに飛べるの? あっ、そういえばこの間お父さんにお願いして、清水が言ってたサッカーのDVD借りてきてもらったんだよ。ナントカって選手のシュート! あれもスゴかったなぁ。オーバーヘッドで、こんなに高く飛んでたよ!」
 指先までピンと伸ばしても、背伸びしても足りない。ジャンプしてもまだ足りない。きっと私があの高さに届くことは不可能だ。
 私は小さい頃から、諦めが早いことだけが取柄だった。駄々をこねて何とかなることも多かったけれど、一旦無理と察知したことには執着せず、あっさり手放した。だからこそ、自分に絶対できないことをやってのける人には、強烈な憧れを抱いてしまう。身近な人なら、リクちゃんと、千晶ちゃん、そして……清水にも。
 気づけば清水が目の前にいて、私が落っことしたバッグを拾ってくれていた。生成りの布地についた砂埃を大きな手のひらで乱暴に払って……不思議そうに首を傾げながら私を見下ろす。つられて私も首を傾げる。
「千紘はさぁ……」
 私にバッグを手渡し、ポリポリと頭を掻く。そろそろ一度切り揃えるか、せめてハード系のワックスで撫でつけた方が良さそうな、激しいボサボサヘッド。でもDVDで見たあの選手みたいに髪を伸ばして、軽く色を抜いたりしたら、今より一ミリ分くらいはカッコ良く見えるかもしれない。それであんなシュートを決めたら、たぶん……。
 ぽわんと妄想する私を見つめながら、清水は困ったような、それでいて少し浮ついたような明るい口調で告げた。
 私にとって、最大の禁句を。
「そういうとこ、千晶と全然似てないよなぁ」
「なっ……」
 ――そんなの、言われなくたって分かってる!
 顔に血が上り、みるみる熱を帯びていく。清水の存在を受け入れかけていた心のドアが、一気に閉ざされる。
 私が清水を『男子』というだけで拒絶しなかったのは、清水が私の中に千晶ちゃんを見ていたから。そして、私に「千晶ちゃんと似てる」と言ってくれたから。仄かな寂しさもあったけれど、私には最高の褒め言葉だった。
 千晶ちゃんのニセモノ扱いだとしても、本気で嬉しかったのに……!
「え、何で? 怒ってる? オレ褒めたつもりだったんだけど」
 私が傷ついたことを察したのか、清水が目に見えてうろたえ始める。私の顔より大きくてごつい手のひらが、ボサボサ頭と口元とをせわしなく行ったり来たり。そのしぐさを見ているうちに、私の頭も少しずつ冷えていく。
 軽く鼻をすすって、目尻に浮いた涙を指先で拭って、私は唇を噛みしめた。
 この程度の言葉で傷つくなんて、私は弱過ぎる。こんなの、千晶ちゃんなら笑い飛ばしてしまうような些細なこと。
 何より、清水の言ったことは紛れもない事実だ。
 どんなに憧れたって、真似してみたって、私は千晶ちゃんにはなれない。
「なんか良くワカンネーけど、ごめんな」
「……謝んなくていいよ」
 謝らないで。優しくしないで。
 そう願いながら見上げたのに、神様は清水を逆の方向へ導いた。あの大きな手が、私の頭をぽんぽんと叩く。リクちゃんはふわりと撫でてくれるのに、清水は叩くんだ……なんて、また変なことに気が行ってしまう。
「千紘のこと褒めようとしたのは本当。なんつーか、他の男が騒ぐのも軽く納得したかも」
「……何それ」
 唇を尖らせると、頭の上にあった手のひらの重さがふっと消えた。清水は目尻にシワをいっぱい寄せて、私に微笑みかけてきた。優しげなその目は、やっぱり千晶ちゃんを探している……私にはそう思えた。
 私の予想通り、清水は千晶ちゃんへの想いを語り始めた。
「怒るなよ? っていうか、笑ってくれてもいいけどさ。オレ千晶のこと、うちの中学で……いや、世界最強に可愛いと思ってたんだよな」
 私は怒るでも笑うでもなく、しごく真面目に同意した。こくこくと何度も頷く私に、清水がいつもの屈託ない笑顔を向けてくる。千晶ちゃんの話をするときに限って、私と清水は百パーセントシンクロする。
「だから、周りの奴らが千晶じゃなくて千紘の方に騒いでたのが、ずっと謎で」
 本当に、清水の言う通りだ。千晶ちゃんは世界最強に可愛いから、並大抵の男じゃ太刀打ちできない。そんな千晶ちゃんを選んだ清水の目は正しかったと思う。百点の花丸はリクちゃんにしかあげられないけれど、清水には『良く頑張りました』の花びらスタンプを押してあげたい。
 それに比べて、私に言い寄ってくる男の子たちは全然ダメ。ホンモノに挑む勇気がなくて、端からニセモノでいいやと諦めているようにしか見えなかった。
 そこまで考えて、私は一つの事実に気付いた。こんな風に、自分を『ニセモノ』と思うようになったのは、もしかしたらリクちゃんのせいかもしれないと。
『――こっちがチアキで、こっちがチヒロ』
 初めて会ったときに、千晶ちゃんが仕掛けた意地悪なクイズ。リクちゃんは見た目瓜二つな私たちを完璧に見分けていた……ううん、真っ先に千晶ちゃんを見つけて、残った方が千紘だと判断していた。それが悔しくて、私だけを見てもらいたくて、必死になっていたのはほんの僅かな時間。小学生になってすぐ、千晶ちゃんには敵わないと悟った私はあっさり白旗をあげた。このまま張り合って、千晶ちゃんに嫌われるのも怖かった。
 私はリクちゃんを好きな以上に、千晶ちゃんが大好きだったから……でも一緒にいると、自分をどんどんキライになった。
 私だって本当は、千晶ちゃんみたいになりたかった。賢くて誠実で、リクちゃんの隣が似合う女の子に。でもパワーも能力も全然足りなくて、何より頑張る勇気が出なくて……。
「そっか、自分と似てるからキライだったんだ……」
 類は友を呼ぶという格言は正解かもしれない。根性無しな私に、根性無しな男子が寄って来るのは当然だった。
「千紘?」
「ううん、何でもない」
 私は首を横に振って、ネガティブな自分を心の奥に追いやった。私は自分のことがキライ。だけど少しでも好きになりたいから、自分なりに頑張ってきた。その努力くらいは認めてあげなくちゃ。
 一人吹っ切れた気分で頷いたとき、神様が私にささやかなプレゼントをくれた。
 それは、不意に投げられた清水の言葉。
「あのさ千紘……お前には、お前だけのイイトコロがあると思うんだ」
 心臓が、痛い。
 私はトートバッグの取っ手を強く握りしめて、ローファーのつま先だけを見て、夜空から降ってくる清水の言葉を受け止めた。
「さっきの話の続き。オレには今まで見えなかったっつーか、見ようともしてなかったけどさ。この二週間でだいぶ分かってきた気がする。確かに千晶は世界最強だけど、千紘はそういうんじゃなくて……」
 鼓動がうるさくて、清水の声が聴こえなくなる。私は目を伏せて、両耳に意識を集中させた。
 千晶ちゃんとは違う、私だけの魅力は――
「……まあ、良い意味でフツー?」
 普通。
 確かにその通り……。
「や、これ褒め言葉だから。千晶が世界一の高級フレンチなら、千紘はラーメンとか牛丼って感じ。オレらみたいな庶民には、それくらいがちょうどいいんだなって……おい、千紘?」
 高まった緊張が一気に緩み、私は力無くブランコに座りこんだ。
 千晶ちゃんが去年言っていた清水の評価が、胸に蘇る。

『清水は本当にイイヤツだよ。童話で泉に斧落っことした人くらい正直者だしね!』


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