喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
春 ~理久の章~


番外編2~恋ノ蕾(1)~

2010.06.22  *Edit 

【前書き】千紘主人公の番外編。本編読了後推奨です。(本編掲載休止中は、ゴメンナサイ。orz)


 男の子は、苦手。
 特に初めて会ったときのリアクションが、キライ。
 まずは私の顔をじいっと凝視する。その視線が胸元に移って、また顔に戻って、今度は頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見つめてくる。人によっては、つま先から頭の先にもう一回戻って、それからまた下りて……何往復もするからホント呆れる。
 そうやって見られている間に、私がどれほど恥ずかしい思いをしてるかなんておかまいなし。その後に「カワイイ」なんて言われてしまったら、もうサイアク。友達や、通りすがりの知らない人が聞いているときだってあるのに。
 千晶ちゃんがいたら、絶対そんなことにはならない。彼らの視線は最初から半分になる。その上、千晶ちゃんは先制攻撃してくれる。あの透明な氷みたいにクールな眼差しで「何?」と呟けば、それだけで彼らは尻尾を巻いて逃げてしまう。
 だから私は、いつもいつも千晶ちゃんの背中に隠れていた。弱虫な私のことをキライな女の子たちが、私を『千晶ちゃんのお荷物』と陰で噂しているのも知っていたけれど、どうしても離れられなかった。
 そこは私にとって安全地帯。鬼ごっこの鬼が来てもタッチできない、唯一心安らげる場所。
 でも千晶ちゃんにとっては、そうじゃないってことも分かっていた。千晶ちゃんの安全地帯は、リクちゃんの部屋だったから。
 安全地帯という言い方は少し違う。リクちゃんの部屋は、千晶ちゃんにとって戦場でもあったのだと思う。誰よりも賢いリクちゃんについていくために、千晶ちゃんはいつも必死で努力していた。リクちゃんに憧れる私の気持ちなんてゴミ箱に放り込んでしまいたくなるくらい、千晶ちゃんは誠実に真っ直ぐにリクちゃんを見ていた。
 私には、一つの悲しい予感があった。
 いつか千晶ちゃんは、私を置いて遠くへ行ってしまう。後ろに隠れている私には見向きもせず、リクちゃんの背中だけを見つめて、私がとうてい追いつけない場所へ。
 そうなったときに、無様に泣くのだけは嫌だと思った。だから私は変わりたかった。千晶ちゃんみたいに、自分の声と言葉ではっきりと意志を伝えられる人に。
 中学二年のとき、千晶ちゃんと初めてクラスが別になった。背水の陣だとか四面楚歌だとか、臆病な私がネガティブな言葉を漏らしそうになったとき、私は千晶ちゃんのピンと伸びた背筋を思い出した。せめて姿勢だけでも真似してみよう……そう心に決めて、私を無遠慮に見てくる新しいクラスメイトの視線にも俯いたりしなかった。
 震えそうになる身体と心を抱えたまま、弱虫なりの努力をしているうちに、いつの間にか心を許せる友達ができた。千晶ちゃんと違って頭も良くないし、口ばっかりで根性無しな私を「しょうがないよ。双子だからって全部一緒にはならないよ」と肯定してくれる、優しい友達が。
 もちろん千晶ちゃんの後ろにいるときほどは安心できなくて、ときどき油断すると見えない角度から攻撃されたりもするけれど、私はなんとなく大丈夫だと思った。ここが自分の新しい居場所になる……そんな気がした。千晶ちゃんやリクちゃんが目指す場所とは違う“女の子”の世界。それは甘くて柔らかで、踏み込み過ぎるとちょっと苦くてドロドロしている、溶けかけのチョコレートみたいな世界。
 新しい友達も、甘いものが好きだった。いつも誰かしらがお菓子を隠し持っていて、お昼休みの後こっそり更衣室でそれを食べた。食べ過ぎると太っちゃう、そう言いながら食べ続ける私を「千紘はもうちょっと太ったくらいがちょうどいいよ」と笑いながら許してくれた。だから私も彼女たちのささやかな、でも宇宙レベルで壮大な悩みを全部許してあげた。
 たいていのお悩みは、恋したいとか、恋されたいとか、そんな感じのこと。
 恋話が出たときだけ、私は素の自分に戻った。私に向けられる男の子たちの無遠慮な視線も、女の子たちの少し嫉妬が混じったビターな視線も全部ひっくるめて、正々堂々と否定してやった。
「恋なんて興味無い。てゆーか、チアキちゃんよりカッコイイ人じゃなきゃヤダし!」
 私がそういうと、男の子も女の子もみんな笑った。
『千紘はまだ子どもだから、恋を知らないんだね』
 少し上から目線の言い方に拗ねた素振りを見せながら、内心望み通りの結果に満足していた。
 そうやって小バカにされるくらいがちょうどいい。私は誰も傷つけたくなかったから。私に告白してくれる男の子も、そんな彼らに敏感なアンテナを向けている女の子も。
 私が誰も好きにならなければ、みんな傷つかない。笑っていてくれる。
 ごくたまに、私のガードを破るくらい本気の告白をくれる男の子もいたけれど、そんなときは少しだけ泣いて、リクちゃんと千晶ちゃんにちょっぴり甘やかしてもらえば大丈夫。
 私が恋を知るのは、うんと後でいい。千晶ちゃんが遠くへ行くのを見送って、少しだけセンチメンタルな気分になった頃に……。

 ◆

 私たちは高校生になった。
 初詣で五百円玉を投げて、お守りを何種類も買って、絵馬からはみ出るくらい太い文字で合格を祈る……までもなく、ごく当たり前のように千晶ちゃんは桜ケ丘高校へ進んだ。リクちゃんの待つ、県下一の進学校へ。
 入学式の次の日から、千晶ちゃんはリクちゃんと一緒に通学している。それも空気を吸うみたいに当たり前のこと。
「行ってきます」
 隙が無いと周囲に噂されるくらい、千晶ちゃんの笑顔はパーフェクトだ。内面から滲み出る自信が、千晶ちゃんにそんな顔をさせる。私は「いいなぁ」とか「寂しいな」という言葉をゴクンと呑み込んで「行ってらっしゃい」と手を振った。
 中学生の後半、だてに怠けていたわけじゃない。こっちの準備も万端。私は笑顔で千晶ちゃんを見送ることができるようになった。これは自分的に、猿が人間になるくらい大きな進歩だ。
 とはいえ、寂しいモノは寂しい。玄関からリビングへ戻った私は、そのまま窓辺へ立った。二人が並んで歩く姿を、カーテンの影からこっそり見守る。ひんやり冷たい窓におでこをくっつけて。ちょっと痒みが残る額のニキビも気にせずに。
 こうして後姿を眺めていても、二人はとてもお似合いだと分かる。私にも、オーラが見える特殊能力があったらいいのにと思う。二人の持つ色はきっと淡いピンクとブルーで、それらはとても綺麗に混ざり合っている……そんな妄想をしたくなるほど、トクベツな空気感。
 それなのに、千晶ちゃんもリクちゃんも、お互いどこか遠慮しているみたいで、私は軽くヤキモキしていた。
 オーラなんて見えなくたって、二人がお互いを想い合っているのはバレバレ。早くくっついてしまえばいいのに。
 そうすれば、あの“邪魔者”だって――
「千紘、何ボケッとしてんの? さっさとご飯食べちゃいなさい」
 お母さんの声で、ハッとする。壁にかかった鳩時計を見上げると、もう出かける予定の時間だった。
「もうっ、お母さんもっと早く言ってよ!」
 甘えるなといきり立つお母さんを尻目に、私は口の中にフレンチトーストを突っ込んだ。少し苦いマヌカハニーがかかっていることに食べた後で気がついて、もごもご文句を言いながら部屋へ駆け込む。制服のブレザーを羽織って、通学用のトートバッグを漁る。昨夜のうちに時間割を見て、教科書を揃えておけば良かった。あとフレンチトーストが焼きあがったときに「メイプルシロップにして」と言えば良かった。
 気を抜いた私が、何もかも後手後手になってしまうのは相変わらず。新しい学校でも、千晶ちゃんっぽくなりたくて軽く背伸びしてみたけれど、すぐにボロが出てしまった。自己紹介もしどろもどろだし、フルメイクだって三日坊主だし……。
 ああ、そんなことを考えている場合じゃない!
 結局フレンチトーストを一口しか食べられないまま、私は家を飛び出した。千晶ちゃんたちが利用するJRの大きな駅から、踏切を越えてもう三分。同じ駅名なのに各駅停車しか止まらない小さな私鉄駅が、私の目的地だ。
 こっちの駅は電車の本数が少ないから、この時間帯は隣町の私立高に通う生徒でぎゅうぎゅうになる。今日こそは一本早い電車に乗りたかったのに、もう間に合わない。ううん、絶対間に合わせる!
 私の願いを、神様は半分だけ叶えてくれた。人生最高速度でダッシュし、息を切らせて到着したとき、乗りたい電車がちょうどホームに滑り込んでくるところだった。私は改札の前でホッと一息つき……直後に全身冷や汗をかく。
「もうやだ、私のバカバカバカっ……!」
 ポケットに入れていたはずの定期が、なぜかトートバックの底に隠れていた。時間的には間に合っていたのに、悔しい。
「今日の夜は絶対、鞄の中整理しよ。時間割もちゃんと揃えて、あと荷物小分けできるもの……帰りに雑貨屋さんでポーチ買おっかなぁ……」
 ぶつぶつ独り言を呟きながらホームへ上ったとき、野太いガラガラ声が私を出迎えた。
「よっ、千紘。今日も相変わらず冴えねぇ顔してんなぁ。千晶と違って」
 無駄にデカくて、お笑い芸人に似た三枚目で、伸びかけの髪がめちゃめちゃカッコ悪い……何より一言多いムカツク男。大きめのスポーツバッグを肩にかけ、まん丸い目をふにゃっと細めて笑う……そいつに怒鳴りつけるのが、いつの間にか毎朝の恒例行事になっていた。
「もぉ、うっさいなぁっ!」
 トートバッグの取っ手を強く握りしめ、渾身の力を瞳に込めて睨みつけてやる。なのに奴はノーダメージ。不意に腰をかがめて、私の目元を覗き込んでくる。その口の端がむずむずっと持ち上がりかけては、くっと下がる。
 鈍いと良く言われる私にも察することができる……これは笑いたいのを我慢している顔だ。
「何よ、なんか言いたいことでもあるのっ」
「あのさぁ……その眉毛、さすがに太過ぎじゃね?」
「――うっさいうっさい!」
 私は清水に背を向け、ブレザーのポケットからコンパクトを取り出した。最近引き出しの最奥地から発掘した、キラキラビーズが塗されたハート型のコンパクト。小学生のときお気に入りだったアイテムは、自分的流行リバイバル中だ。
 それを開いて、眩しい朝日の下で見ると……悔しいくらい清水の言うとおり。やっぱり薄暗い洗面所で眉毛を描くのは失敗の元だ。そんなこと最初から分かっていたけれど、部屋のドレッサーに戻る余裕は無かったからしょうがない。眉毛だけじゃなく、全力疾走のせいで髪もボサボサ。もちろんお下げに結う暇なんてゼロ。
 とり急ぎ手櫛で髪を整え始めた私の背後から、腹立たしい提案が投げられた。
「手伝ってやろっか? オレ姉ちゃんによくやらされてるから、上手いぞ?」
「要らないっ。自分でできるもんっ!」
 振り向いて叫んだ瞬間、清水がブハッと噴き出した。極太眉毛を指差して「それ毛虫みてー」と笑う。次の電車に合わせてホームへやってきた学生たちが、何事かとこっちに注目する。私は恥ずかしさのあまり言葉も出ず、ホームに隣接されているおトイレに駆け込んだ。

 今どきあり得ない、木造の古めかしいトイレ。それでもうちの洗面所よりはワントーン明るい。ひび割れた鏡に顔を接近させ、濡らした綿棒を眉の下でくりくり動かしながら、私は心の中で思う存分愚痴った。
 女の子に向かって毛虫だなんてヒド過ぎる。自分だってゲジゲジ眉毛のくせに。しかもこんな日に限って、電車が一緒になる女友達が誰もいないなんて。誰かしらいれば「清水言い過ぎ」って庇ってくれるのに。
 ていうか、毎日毎日……なんで私は清水と喋ってるんだろう?
 通学初日にこのホームでばったり顔を突き合わせて、強引にメアドを交換させられたのが運のツキ。清水の通う男子高とうちの女子高が、実はかなりご近所さんだったこともそのとき初めて知った。人懐っこい清水は、男子高との分岐点まで私に付き纏ってくる。切り過ぎた前髪を容赦なく笑われたり、全然興味無いサッカーの話題を振られてうんざりしたり。
 とはいえ、悪いことばかりでもない。女友達が『番犬』と名づけたのは、言い得て妙。清水が傍にいるだけで、他の知らない男子が近寄ってこないのはとても楽だ。混み合う電車の中でもさりげなく私たちに隙間を作ってくれるから便利。
 何より他の男子と違って、清水は喋りやすい。
 その理由は、清水の性格そのまんまに単純明快だった。
 清水は“私”を見ていない……私の中に、いつだって千晶ちゃんを探している。メアドを聞き出したのも、駅のホームで私を待つのも、さっきみたいに私の顔を覗き込んでくるのも、全部千晶ちゃんを求めての行動。
 そんな清水の本音は、愛嬌があってくるくる変わる表情や、しょーもないギャグを混ぜ込んでくるポップな会話や、その他全部の行動から漏れまくっている。同じ中学の友達もみんな気付いていて、「アイツ口開けば千晶千晶って、千紘に失礼じゃない?」なんて陰で眉をひそめたりする。
 私はその発言の裏に、繊細で女の子らしい思いを汲み取ってしまう。『自分のことも見て欲しい』なんて……それは恋をしたい女の子特有の、甘い毒。
 恋を知らない、そして恋なんてまだ先の話と決めつけている子どもの私は、無邪気な笑みで彼女たちの放つ毒を無効にする。
「しょうがないよ。あんなに好きだったんだもん」
 私がそう言うと、彼女たちも去年の大騒動を思い出して苦笑する。千晶ちゃんがリクちゃんを追いかけるよりもっと情熱的に、清水も千晶ちゃんを全力で追いかけていた。最後は全校生徒が判官びいきになって、清水の恋を応援してしまうくらい。
 敵対していたのは、千晶ちゃんの恋心を知っていた私だけ。
 本音を心の奥に閉じ込める癖がある千晶ちゃんは、リクちゃんの存在を学校の誰にも言わずにいた。「どうして清水じゃダメなの?」という率直な質問をぶつけられても、千晶ちゃんは毅然とした態度を崩さなかった。本当は辛かったはずなのに。
 ああやって千晶ちゃんが限界まで我慢してしまうのは、小さい頃から私にいろんなものを譲ってきたから。でもそんな千晶ちゃんが絶対に譲らなかったのは、リクちゃんと過ごす時間で……。
「おーい、千紘? そろそろ電車来るぞー」
 指から洗面台へ綿棒が転がり落ちた。ハッとして腕時計を見やる。もうこんな時間!
「ありがと……って、覗いちゃダメっ!」
 綿棒をゴミ箱に捨ててざっと手を洗う。濡れた手は適当に水気を払う。「早く早く」と私をめいっぱい焦らせるおトイレドアマンの清水は、燦々と輝く太陽の下でこんなことをぬかした。
「遅っせーなぁ。眉毛直すとかいって、実は“大”してたんじゃねーの?」
「なっ、何言ってんのバカ!」
 思わずゲンコツで清水の腕を殴ると、清水は大口を開けて笑った。混み合うホームの上でもどこでも関係無い。いつだって清水はくだらないことばかりして、冗談と本気の境界線が分からなくて。だから、私の方も遠慮せずに言いたい放題になってしまう。
 私が強気な発言をするとき、決まって清水は「そういうとこ千晶そっくりだな」と囁き、嬉しそうに笑う。そして切なげに目を伏せる。一秒後にはまた笑っている。
 たぶん自覚症状が無いその癖を目にするたびに、私の胸はチクンと痛む。
「……清水の方こそ、リクちゃんそっくり」
「ん? 何か言ったか?」
「なーんでもないっ!」
 改札の近くに友達を発見した私は、そっちに向かって駆け出した。気まぐれな猫みたいに、ホームの人だかりをすり抜けて。清水が追ってくる気配を感じながら。
 昔から気付いていた。千晶ちゃんの知らない、私だけが知っているリクちゃんの癖。疲れているときや眠いときに必ず出てくる。
 リクちゃんも、私の中に千晶ちゃんを探そうとする……。
 それはオールマイティなリクちゃんと、アホでカッコ悪い清水の、唯一の共通点だった。


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