喉ニ小骨ガ

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「その他短編」
放課後レクイエム


雪に咲く花 本編

2010.04.30  *Edit 

 優衣の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
「ほら、食べなよ」
 教室の床は埃まみれで汚い。ベランダやトイレに出入りする私たちの上履きは、もっと汚い。
 二つの汚い物に挟まれて粉々に砕けたのは、新商品のチョコレート菓子だ。今朝私がコンビニで見つけて、皆のために買ってきたもの。私のグループは七人で、お菓子は八個入っていた。一つ余る。
 それを優衣にあげよう。皆はそう言って笑った。
「ごめんなさい……許して」
 軽く小突かれただけで崩れ落ちてしまう、人形みたいに華奢な優衣の身体。スカートの下から伸びる足はあまりにも細くて、見るだけで苛立つ。
「友達だから分けてあげたんだよ。遠慮しないで食べなって」
 リーダー格の茜ちゃんが言うことには、誰も逆らえない。私は少し遠巻きに、その光景を眺めていた。手を使うなと命じられた優衣の頭が、犬みたいに下がっていく。砂埃と一緒にチョコレートをついばむ唇からは、だらしなく涎が垂れていて、床を這いずる舌は妙に赤かった。
 嗚咽を漏らす優衣の視線がゆらゆらと彷徨い、私に辿り着いた。大粒の涙と共に『助けて遥ちゃん』と訴えてくる。私はいつものように、ふいと顔を逸らした。
 自業自得だ。こうなったのは全部、優衣のせいなんだから。

 ***

 文化祭の準備で校内が活気づく、九月の終わり。お昼休みの残り時間に、私は「話したいことがあるから」とグループの皆を誘った。そして、隠してきた気持ちを打ち明けた。
「好きな人ができたの」
 私の告白に、皆は目の色を変えた。女の子にとってその話題は、何よりも甘美なデザートになる。
「うそっ、相手は誰っ?」
 大柄な茜ちゃんに詰め寄られ、私は首をすくめ縮こまった。洗面台の鏡には、見たこともないくらい赤くなった自分の顔が映し出される。
 名前を告げたら、もう後戻りはできない。見つめるだけの片思いから卒業しなければならない。
 覚悟を決めて、私は口を開いた。
「えっと……うちのクラスの、川原君……」
 今にも消え入りそうな囁きをしっかり拾った皆は、一斉に黄色い声を上げた。内緒話をするために、わざわざ人気の少ない旧校舎のトイレを選んだから、他の人に聞かれる心配はない。そう分かっていても、私は入り口のドアを気にした。
「アイツ良い奴だよ。頑張りな、遥!」
「うん、うちらも協力するからさっ」
「遥は可愛いし、絶対うまく行くよっ」
 皆は思い思いのポジティブな言葉をくれた。私は「ありがとう、相談して良かった」と笑う。照れくさいけれど、どこか晴れがましいような不思議な高揚感があった。
 私は今まで恋をしたことが無くて、少女漫画を読んでは憧ればかりを募らせていた。高校生にもなって初恋もまだなんて、女の子として不完全……そんなプレッシャーから解放された気がした。
「遥ちゃん、あの……」
 メンバーの中で一番仲良しの優衣が、おずおずと私の傍に寄って来た。私たちのグループは八人だから、ペアになるときは大抵優衣と一緒だ。お互いそれほど自己主張が強い方ではないし、皆で居る時は聞き手にまわることが多いけれど、二人きりになったときは同じくらい良く喋った。
 入学当時、密かに抱えていた悩みを最初に相談したのも優衣だった。両親が毎晩喧嘩している、もしかしたら離婚するかもしれない……駅のベンチで何本も電車を見送りながら、私は涙混じりのたどたどしい言葉で伝えた。優衣は黙って私の話を聞いた後「“喧嘩しないで”って言ってみなよ」と微笑んでくれた。その夜、不安にかられた私が電話をかけると、優衣は力強い声で私の背中を押した。
『大丈夫、遥ちゃんならできるよ』
 優衣にもらったアドバイスは、大成功だった。勇気を出して胸の内を吐露すると、お父さんもお母さんも私に謝ってくれた。バツが悪そうに目配せし合っていたけれど、今までみたいに棘のある視線じゃなかった。
 それ以来、優衣とは何でも話せる友達になった。
 こうして、好きな人の名前も教えられるくらい……。
「あのね、遥ちゃん。わたし……」
 瞬きもせず、大きな瞳で私を見上げる優衣。その声が微かに震えている。
 私はさりげなく、優衣の言葉を遮った。
「――そうだ、確か優衣って川原君と同じ中学だったよね? 今度卒アル見せて欲しいな」
「あっ、それいいね! アタシも見たい!」
 私の提案に、茜ちゃんが便乗してくる。皆も賛成してくれた。全員の注目を集めた優衣が、ぎこちなく頷く。
「あ……うん。分かった。明日持ってくるね」
「じゃあ明日のお昼、それ見ながら作戦立てようよ。今年のクリスマスまでに、遥と川原君がうまく行くようにさ」
 茜ちゃんが指定したリミットまでは、あと三ヶ月。川原君の姿を見るだけで緊張してしまう私が、この想いを実らせることができるかは分からない。
 でも私は、玉砕覚悟でその戦いに挑んだ。
 男子と仲が良い茜ちゃんのお膳立てもあり、休日にはクラスの有志でカラオケやボーリングに出かけた。その際は川原君と隣の席に座れるように、皆が影でサポートしてくれた。私なりに精一杯努力して、ようやく笑顔で世間話ができるくらいの関係になれた。
 周りの皆は大いに盛り上がり、私もほんの少しだけ、期待した。
 優衣は、そんな私たちから距離を置くようになった。茜ちゃんが強引に誘い出そうとしても、「男の子が来るなら遠慮するね」と頑なに拒んだ。

 ***

『旧校舎の屋上には、幽霊が出るんだって。その幽霊は優しくて、生徒たちの願いを叶えてくれる。逆に、ふざけたり嘘をつくと罰を受ける。だから本気の告白をしたいとき以外は、屋上に行っちゃ駄目だよ』
 まことしやかに流れる噂を真に受けた私は、ずっと避けていたその場所に、初めて足を踏み入れた。
 錆びた鉄の扉を押し開けると、今にも雪が降り出しそうな灰色の空。思わず身震いしたとき、突き当たりのフェンス際に私を呼び出した人物――優衣を見つけた。
 ずいぶん前からそこに居たのか、ただでさえ色白な肌は透き通るくらい青ざめて、小さな唇が花のように赤い。その唇がわななき、私が予想した通りの言葉が漏れた。
「ごめん……ごめんね、遥ちゃん……」
「どうしたの、優衣。何があったの?」
 白々しいくらい、棒読みの台詞。優衣に歩み寄りたいのに、足が金縛りにあったみたいに動かない。
「遥ちゃんには、早く言わなきゃって、思ってたのに、わたし……どうしても言えなくてっ……」
 堪え切れず、泣きだしてしまった優衣。容赦なく吹きつける北風に、セーラー服のリボンが揺れる。優衣の細い髪は、風に煽られてくちゃくちゃになる。あの髪を傷まないように、毛先から少しずつ梳かしてあげた春の日の記憶が蘇る。
 そんな陽だまりみたいな関係には、もう戻れない。
「わたし、ずっと、川原君のことが――」
 優衣が垂れ流す一方的な懺悔を、私はどこか他人事のように受け止めていた。中学のときから意識し合っていた二人は、想いを告げるタイミングを逃していたらしい。私という存在が二人の心をかき乱した結果、ようやく互いの気持ちを確認できた……馬鹿馬鹿しくて吐き気がする。
 優衣の言い訳を全て聞き終えた私は、用意していた断罪の言葉を告げた。
「嘘つき……応援してくれるって言ったのに」
「遥ちゃん……」
「付き合うなら勝手にすれば。でも私は、優衣のこと許さないから」
 私は階段を一段飛ばしにして、教室へ駆け戻った。待っていた茜ちゃんたちに、辛辣な言葉で優衣の裏切りを伝えた。
 女の子の友情は甘いようで、苦くて脆い。その日、優衣は私たちのグループから切り捨てられた。
 といっても、裏切り者を受け入れるグループなんて他にあるわけがない。優衣がしつこく謝ってきたから、私たちは“一緒に居る”ことだけは許した。その代わりに、川原君や他の人には“何も言わない”ことを約束させた。
 優しくて繊細な優衣は、私たちの玩具になって……壊れた。

 ***

 日が暮れる少し前に、雪は止んだ。
 肩や髪に降りた雪が、白い固まりになってこびりついている。軽く振り払うと、冷え切った身体が軋んで嫌な音を立てる。
 私はゆっくりと白い息を吐き、目の前のフェンスを掴んだ。
 長期間雨ざらしになり、色褪せてしまった屋上のフェンス。その隙間から見える広いグラウンドは、朝から降り続いた雪に覆われている。
 ついさっきまで世界は銀色に輝いていて、それは夢みたいに綺麗な光景だった。
 太陽が沈むと同時に、グラウンドは薄墨色に染め変えられた。三日月が淡い光を放つものの、モノクロームの世界を壊すほどの力は無い。
 ぼんやりと月を見上げた私は、ふと文化祭のお化け屋敷を思い出した。優衣は子ども騙しな暗闇を怖がって、私の腕にしがみついてきた。私が顔にこんにゃくをぶつけられて痛がると、今度は私をかばうように抱きしめて「係の人やり過ぎ!」と叫んでくれた。
 大人しそうに見えて意外と芯は強い、正しいと思ったことは迷わず口にする子だった。
 なのに優衣は、私に嘘をついた。
 私が、嘘をつかせた。
「本当は、知ってたの。優衣が誰を見てたのか……」
 ときおり切なげに細められた、優衣の瞳。視線を辿った私は、川原君を見つけた。優衣に「なぜ彼を見てるの?」と聞けないないまま、いつしか私も彼を見つめるようになっていた。
 夏休みが明けてから、優衣の視線が僅かに熱を帯びた気がして……私は焦りを覚えた。だから、あんなことをした。
 あのとき優衣が「私も彼が好きなの」と素直に告げていたら、きっと運命は変わっていた。その後も、私や周囲の期待が高まる前に想いを打ち明けてくれたら、こんなことにはならなかったはずだ。
 でも優衣は優しいから、限界まで気持ちを封じ込めてしまった。私も優衣が言い出せなくなるのを見越して、先手を打った。私たちは生温い友達ごっこを演じていた。
 嘘つきで卑怯者だったのは、お互いさま。それなのに、私は一方的に優衣を非難した。周囲を味方につけて、汚いやり方で優衣を追い詰めた。
 あれから始まった優衣にとっての生き地獄は、そう長くは続かなかった。優衣は早々と楽になれる道を選んだ。
「ごめんね、優衣……」
 上を向いているのに、私の目からは涙が零れてしまう。凍てついた頬を熱い雫が濡らしていく。
 優衣の机に置かれた花は、既に枯れかけている。その花をいつまで飾ればいいのかと、戸惑うクラスメイトたち。川原君は未だに学校を休んでいる。先生は“事故”の詳しい原因を語らず、淡々と授業を進めていく。
 皆の不安は暗い渦を巻いて、私へと流れ込んできた。
『遥のせいだよ』
 お葬式の翌日、目を真っ赤にした茜ちゃんがポツリと漏らした。茜ちゃんの意見には誰も逆らえない。皆に取り囲まれた私は、埃まみれの床に額を擦りつけて謝った。許してもらえるなんて思わなかったけれど。
 薄汚い教室の床に落ちて、踏みつぶされたチョコレート。誰からも見向きもされないただのゴミ。それが今の私だ。
 もう、戻れない。
 私はフェンスのより高い位置に指をかけてみた。すっかりかじかんでしまい、感触は無い。心もとうに麻痺している。なのに、どうしても一歩が踏み出せない。
 力無く目を閉じたとき、私の胸にあの言葉が響いた。
『――大丈夫、遥ちゃんならできるよ』
 顔を上げると、ふわりと舞い降りた一片の雪。
 天使の羽みたいに真っ白なその雪が、私の背中を押してくれた。


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【後書き】補足&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
『応援』というお題をいただき書いた作品です。時は冬季オリンピック直前、テレビの中は(やや無理矢理の)ポジティブな応援で溢れており……「チッ、皆偽善者ヅラしやがって」と思いながら、とことんネガティブに仕上げてみましたw 内容的には、少女漫画のような(一見綺麗に見えて実はドロッとした)世界を、さっぱりライトに描けたらなぁと。また、いつも直球なタイトルばかりつけてしまうのですが、今回は少し捻って暗喩を仕込みました。そちらにもご注目いただけると嬉しいです。(当然お分かりかと思いますが、雪に咲いたお花=真っ赤な……ちょっと怖い?)
※この作品はいずれ三部作になり、もう少しボリュームアップさせると思いますので、その際はまたよろしくお願いいたします。



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