喉ニ小骨ガ

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「砂漠に降る花」
番外編


番外編1(6)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その5

2009.11.30  *Edit 

5.四日目・昼。

 俺の眠たい病は相変わらずで、またもや昼時に目が覚めた。
 ゴローは今日もハイテンションで、四日目の課題である『苦味』へのチャレンジを宣言した。
「しかし、苦い食べ物って一体何だろうね……ヒデキ君の大きい割りにシワが少ない脳ミソからは検索できないよ」
「じゃあ、インターネットのヤホーさんにでも聞いてみろよ」
 ゴローはなるほどと手を打つと、嬉々としてパソコンを立ち上げる。案外スムーズにキーボードを叩き、一つの情報を見つけた。
「これだ! 夏野菜の定番……“ゴーヤ”!」
「それ、たぶんスーパー行かないと売ってないぞ?」
「よし、勇気を出して初めてのおつかいに行ってくるよ。あっ、迷って戻れなくなったらゴメン」
「――待て、俺も行くっ!」
 ハタチを過ぎた大の大人が、迷子で保護されるなんて洒落にならん。そうでなくても、スーパーにはコイツが引っかかりそうな誘惑が多いのに……。
 キャリーバッグに入れられ、買い物に付いていった俺は……スーパーの誘惑に負けた。
「まったく、キミは我侭な子猫ちゃんだなあ。はい、戦利品っ」
「あ、ありがとうございます……」
 恐るべし、鮮魚コーナー!
 あの「さかなさかなさかなー」という軽快なリズムに、つい踊らされてしまったぜっ!
 夢中で生魚にむしゃぶりつく俺の隣では、ネットで調べた通りの手順でゴーヤチャンプルーを作るゴロー。
「やっぱりコンビニで済ますより、手料理の方が美味いし安上がりだね」
 人間の俺そっくりな台詞で、自画自賛しつつそれを平らげた後、同じくスーパーで入手したブラックコーヒーと『大人のチョコ』という苦味が強いチョコ菓子をデザートにする。合わせて買ったクリームチーズは、今夜か明日以降のオヤツ用だろう。
「なるほど、苦味とは人間にとっても、ストレートに“美味い”と感じるものではないらしいな。その苦行に耐えることが大人の証……ゆえに、苦味とは大人の味と称されるのであろう」
 ゴローは文豪気取りで一人ごちながら、俺にぬるくなったコーヒーを差し出す。ゴーヤとチョコはさすがに無理だった俺は、コーヒーを猫の舌で一舐めし……「同じ苦いなら、トイレの後のアレの方がイケるな」と、悟りを開いた高僧気取りで呟いた。



 その後ゴローは、よせばいいのに『缶ビール』に手を出し……ひとしきり興奮してはしゃいだ後、予想通り酔っぱらって、カーペットの上にパタリと倒れた。
 すやすやと眠るゴローの肩先で丸くなり、惰眠をむさぼっていた俺に転機が訪れる。
『ピーンポーン』
 突然鳴ったチャイムに、俺はぴくりと体を震わせ起き上がった。なんだか、玄関の向こうから懐かしいニオイがする。
 俺がタシタシッとゴローの鼻面にパンチを食らわせると、酒臭い息を吐きながらゴローが立ち上がった。目を半開きにし、幽鬼のように揺れながらもなんとか玄関へ辿りつき、ドアを開ける。
 と、飛び込んできたのは……博美だった。
 さらさらで艶のある黒髪のおかっぱ頭に、ちょっと太めの眉と愛嬌のある垂れ目、ふっくらした頬とあまり高くない鼻、いつも「高校生どころか中学生に間違えられることもあるんだよっ、失礼しちゃうよね」と文句を呟いていた赤く小さな唇。
 ほんの数日会わなかっただけなのに、こんなにも輝いて見えるのは、この猫目のせいか、それともひいき目のせいか……。
 夕焼けをバックにうつむく博美に向かって、夕焼けより赤い顔をしたゴローはさらりと言った。
「何か用?」
「――バカッ! ここはゴメンだろう! 許してくれ、俺が悪かった、もうあんなこと言わないでも何でもいいから謝れえっ!」
 玄関先で狂ったように鳴き喚く俺を、無表情の博美がふわりと抱きかかえる。
「ごめんね、ゴロちゃん。寂しかったでしょ」
「猫の俺より、人間の俺の方が寂しかったよー!」
「そっかそっか。じゃあ、ちょっとだけ一緒に来てくれる?」
「ちょっとじゃなく、一生一緒に居てくれやー!」
「悪いけど、この中入ってねっ」
「……うにゃっ?」
 悲しいことに、博美に俺の言葉は通じず、人間の姿をしたゴローとの会話も一切交わされず。
 俺は、博美が抱えてきた籐カゴに詰め込まれ、ゆさゆさと移動させられていた。


四日目・夕方。

 電車に揺られること約一時間。埃っぽい都会のニオイから、青臭い田舎のニオイが混じる駅で降り、さらに徒歩数分。到着したのは、どうやら博美の家らしい。
 ちょうどそろそろご挨拶にいかなければと思っていたところだが、まさかこんな姿で初訪問することになろうとは……全く残念過ぎる。
 ふにゃぁと溜息をついたとき、籐カゴの蓋が開いた。微笑む博美が、俺を見おろしてくる。
「疲れたでしょ、ゴメンね。後で美味しいご飯あげるからね」
 マドンナのように優しい博美の声に反応し、俺はランランと目を光らせた。あくまで博美の優しさに感動したせいだ。“ご飯”って言葉のせいじゃないぞっ。
 元気を取り戻した俺は、籐カゴの縁に前足を乗せて、周囲の景色を眺めてみた。一階は店舗になっており、『純喫茶 郷(ふるさと)』という色あせた看板に電気が灯されている。俺はご両親と挨拶もせず、そのまま二階に上がらされた。
 俺の家より若干手狭なリビングに着くと、ようやく窮屈なカゴから解放される。
 そこは、懐かしいニオイに満ち溢れた空間だった。
「ゴロちゃん、覚えてる? キミはここで生まれたんだよ」
「ああ、なんとなく……でももうほとんど俺のニオイは残ってないみたいだ」
 猫本能の赴くままに、俺は家具や柱などに体をすりつけマーキングをしていく。それでもあちこちに気になるニオイがして、俺はどうにも落ち着かず、借りてきた猫状態で部屋の中をうろうろした。
 なんだろう……この部屋には、何かが足りないような気がする。
 博美はそんな俺を掴まえると、ギュッと胸に掻き抱いた。その力があまりに強くて、俺はとっさに爪を立てる。
「ごめん、ゴロちゃん……痛かった?」
「いや、別に平気だけど……」
 せめて人間らしく手を横に振ろうとしたとき、俺の肉球が柔らかいモノ――博美の胸に当たった。ぷにぷにとそれを押すと、なんともいえない甘い記憶が蘇る。
 ぷにぷに、ぷにぷに……。
 しばらく無心になって押し続けると、博美はなぜか泣き笑いを浮かべて言った。
「やっぱりゴロちゃんも、まだ覚えてるんだね。ここでいつもおっぱい飲んでた、お母さんのこと……」
「お母さん……?」
 そうだ。部屋の中に残る微かなニオイは、俺が……いや、ゴローがずっと求めてきたもの。
「もうすぐ、お母さんと合わせてあげるから、待っててね」
 何かがオカシイ、と俺はあらためて思った。
 博美は単純で、思い込んだら一直線な性格だけれど、こんな風にゴローを拉致するような真似はしない。いつも太陽みたいに明るく笑っていて……あのケンカの日だって涙は見せなかったのに、今は目の縁に涙をたっぷり溜めながら俺を見ている。
 不安に震える俺が、博美の白いサマーセーターに爪を立ててしがみついた時、トントンと階段を昇る足音が聞こえた。やってきたのは、博美と良く似た背格好の中年女性だ。少し太めの眉と垂れ下がった目尻も似ている。たぶん母親だろう。
 そして、博美母の腕にそっと抱えられた一匹の猫に、俺は心を奪われた。



 古いアルバムが捲られるように、俺の記憶は手のひらに乗るくらい小さなゴローに帰っていく。
 甘く優しいミルクの香り……俺の体を舐めてくれた舌触り……猫として生き抜く知識、猫又になるという夢をくれた、最愛の人の面影……。
 ずっとずっと会いたかったのに、どうしてだろう。近づきたいのに、怖い。
 なぜなら彼女は、俺には耐えられない強烈な悪臭を放っているから……。
「タマちゃん、ゴロちゃん連れてきてあげたよ。覚えてる? タマちゃんが産んだ、最後の子だよ」
 最後って、なんだよ。記憶の中の母親は十分若くて、まだ子どもが生めたはずだ。
 悪臭に混じって彼女の体から漂う、このスースーするニオイは、病院のニオイ……今さら避妊手術でもしてきたのか?
「なんだよ、これ……」
 俺の肉球は、汗びっしょりになっていた。耳の裏が猛烈にかゆい。体がむずむずして舐めまくりたい。
 なのに、博美は俺を放そうとしないし、俺も博美の胸にしがみついたまま震えることしかできなかった。
「さあ、タマちゃん。疲れたでしょ。ちょっと横になろっか」
 古びた毛布の上に、博美母が“タマ”を寝かせる。四肢をだらりと投げ出し、身じろぎ一つしない茶トラのメス猫は、微かに目を開き鼻をひくつかせた。
「ゴロちゃん……お母さんだって分かるなら、挨拶してあげて?」
 そっと床に降ろされた俺は、恐る恐る毛布の方へと歩み寄った。
 気持ちが悪い腐臭は、一昨日食べた冷やし中華と同じ。それなのに、俺はその香りを嗅ぐのを止められなかった。その奥に、求めるものがあるような気がして……。
「お、おい……」
 吐き気がするほどの悪臭を我慢し、なんとか近寄って声をかける。
 腹に白い包帯を巻き、ヒューヒューと荒い呼吸を繰り返すその猫は、微かな声で俺に言った。
「坊や……」
 痛みを堪えるような、それでいて温かく優しい声だった。
 うろたえた俺は、その場に立ち止まる。
「元気そうで、良かった……」
 ――なんで今日なんだ?
 そんな風に、愛情に満ち溢れた目で見られても、伝わらない。俺には、ゴローの記憶がほんの少ししか引き出せない。
「いいひとに、もらわれたんだね……ケホッ」
「バカッ! もう喋るな!」
 俺はその猫に飛びつくと、必死で顔を舐め始めた。腐臭なんか気にせずに、ただひたすら舐めた。
「ふふ……ありがとう。もう十分よ……」
「なあっ、お前のゴローは俺じゃないんだよっ!」
「分かってるよ……アタシは猫又に、なれなかった……」
「今からでも頑張れよっ! なあ、明日には本物のゴローに会わせてやるって!」
 俺は猫パンチを、やせ細った頬に繰り出した。まったく力が入らないそれは、ゴローを叩き起こした百分の一くらいしか威力が無かった。それでも多少の効果はあったのか、閉じかけた目を薄く開き“タマ”は、夢見るように語り続ける。
「猫は、自分の死を、子どもには見せないもの……でも、どうしても伝えたい、ことがあったの。だから神様に、この日まで命を、永らえるように……お願い、あの子に、伝えて……立派な、猫又に……」
「そんなの本人に直接言えよっ……頼むから!」
「皆にも……アタシは、このうちで飼われて、幸せだったって……」
 俺はもう何も考えず、気が狂ったように痩せ細った体を舐めた。彼女も一度だけ、おずおずと熱過ぎる舌を出して、俺の耳の後ろを舐めた。
 それを最後に、彼女は二度と目を開くことはなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 すみません、改稿していたらすっかり予定オーバーです。理由は……またもや察してください。書きながらもう気持ちが揺れまくりで。ペットロスは、動物を愛する誰もが直面しなければならない悲しい運命。この話は起承転結をイメージしながら書いたのですが、転に何を持ってこようかと思ったときに、ここに切り込もうと思いました。コミカルとシリアスの融合を目指したいなぁと……でもこれで良かったのかは謎です。書き過ぎると重くなりすぎ、書き足りないと浅くなる……難しかったです。さて気持ちを切り替えて、今回の猫補足をば。お胸ぷにぷには、猫の可愛いしぐさナンバーワンです。赤ちゃんがママのおっぱいを絞るしぐさらしいのですが……ときどき寝ていると肩のあたりをぷにぷにしてくれて、どんな揉み師さんよりええ塩梅です。あとギャグ説明。「一生一緒に~」は大好きな曲から。また博美=マドンナは、某昭和の歌姫さんから、そして『純喫茶 郷』がイチオシギャグでした。
 次回は、博美の家からの帰り道。どうしてこんなことに……というあたりを軽く。ラストまであと2話。サクサク進みますっ。



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