喉ニ小骨ガ

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「砂漠に降る花」
第五章 砂漠に降る花


第五章(36)魔術師の望んだ未来

2009.10.04  *Edit 

 サラが、最後に立ちはだかったその扉をぶち破ったときには、もう全てが終わっていた。
 女神が見せたとおりの映像が、トレースしたように寸分の狂いも無く具現化されて。

 散らかり切った室内。
 仰向けに倒れ、固く瞳を閉じた美しいサラ姫。
 サラ姫の足元に覆いかぶさるように、うつぶせで倒れたカナタ王子。
 白い布を幾重にも巻きつけた、この国の王子だけが着ることを許されるその服が、溢れだす血を受け止めて深紅の布に染め変えられている。

 サラ姫の腹部に開いたはずの穴は、既に塞がれていた。
 一足先に到着した魔術師が、サラ姫の傷を治したせいだ。
 サラが着いたことにも、当然その背中に光をまとう二つの翼が生えていることにも、何の興味も示さず……魔術師はサラ姫の頭を膝の上に乗せ、形良いその額を撫でていた。
 閉ざされた瞼の隙間から、幾筋もの涙を流して。

  * * *

 凄惨な事件現場に乗り込んだベテラン刑事のように嘆息しながら、サラはカナタ王子に近づく。
 事切れている可能性は高い……そう思いつつも、サラは僅かな期待と共に手のひらをかざし女神の癒しを与えた。
 しかし、カナタ王子はぴくりともしない。
 直接手を触れなくても、分かる。
 カナタ王子は既に肉体を捨て、魂は冥界へ旅立ってしまったと……。

「魔術師さん、サラ姫は……?」
「まだ、生きております」

 その言葉が、魔術師の願望なのかそうでないのか、それはサラにも分からなかった。
 サラは、魔術師に同意する。
 サラにはそう言えるだけの確信があった。

「そうだね、サラ姫はまだ死んでない」

 弾かれたように、首から上を捻じ曲げてサラの方を向いた魔術師は、初めてその声の主が何者なのかを知った。
 常に目深にかぶり、その下にある醜い顔を隠し続けていたローブのフードが、ぱさりと背中へ落ちる。
 国王の間よりずいぶん明るいカナタ王子の私室では、ただれた肌の状態がくっきりと見えた。

 先程、サラは聞きそびれてしまった。
 なぜ魔術師が、目が潰れて見えなくなるほど酷い火傷を負ってしまったのかを。
 しかし今のサラにとっては、最早どうでもいいことだった。
 すでに運命は動き出してしまったから。
 罪人が神に祈るように、魔術師はサラに向かって頭を深々と下げる。

「お願いします……この子を、助けてください……」
「死ぬつもり?」

 とめどなく涙を流しながら、絶句する魔術師。
 サラ姫の額を撫でていた手が力を失い、ぽたりと床へ落ちる。
 ネルギ国王と同じく、骨と皮だけの……誰よりも老いた手だった。

「サラ姫が目を覚ましたとき、あなたは死ぬ。ううん、あなたは『サラ姫に殺してもらうために』ここに来た……そうでしょう?」

 サラの告げた予言は、やけに冷淡に響いた。
 それは、魔術師の悲願を打ち砕く言葉だった。

「サラ姫は、確かに一度命を落とした。けれど、まだ生きている……生かされてる」

 もう少ししたら、サラ姫は何事も無かったかのように目を覚ますのだ。
 長い睫毛に縁取られた、形良い瞼を持ちあげたサラ姫の瞳は、片方はいつも通りの漆黒、もう片方は鮮やかな赤。
 二つの瞳は、良く映えるだろう。
 艶やかな長い黒髪と、ドレスに残る鮮血に。

「そして、あなたはサラ姫に殺される。それが“魔女”の描いたシナリオだから。まあ、私がいるからには、そうはさせないけどね」

 魔女のシナリオでは、魔術師の死は避けられない。
 魔術師も、疲れ切った身体を手放し、この呪縛から解放されたことに陶酔しながら、冥界への旅路を急ぐ。
 魔術師の肉体が死に絶えた後、閉ざされた瞼の奥へと、サラ姫の可愛らしく整えられた爪が抉りこむ。
 引き離された双子のきょうだいを求めるように、歓喜の微笑みを浮かべながら……。
 打ちひしがれる魔術師を冷酷な目で見下ろしながら、サラは先程より少し柔らかい口調で告げた。

「今、サラ姫は戦ってるはず。冥界の入り口で、自分の運命とね」

 語りかけるサラの記憶の中で、日に焼けた古い大学ノートがめくられていく。
 予言に記された試練を、サラ姫はその身に受けた。

『魔女の呪いの真実に迫ったそのとき、“サラ姫”は最愛の者の手で命を落とす』

 表向き、予言は叶った。
 女神となったサラにとって、この先の明るい未来は約束されたも同然。
 大地にかけられた呪いを解くために……サラにできることは、もう無いのだ。
 この先のことは、運命を担う別の人物に任せるしかない。
 さしあたっては、探し求めていた“魔女”に。

「だから、あなたも戦うべきでしょう……ねえ、“太陽の巫女”さん?」

 魔術師――太陽の巫女は、流れる涙を止めた。

  * * *

「なぜ、それを……?」
「私の辞書に『分からない』なんて文字は無いの」

 ハッタリ半分で、サラはしゃあしゃあと答えた。
 太陽の巫女の思考が、冥界から現世へと移ったのを感じながら。

「そうですか……では私がここに居るわけも、女神様は全てご存じなのでしょうね」

 この老婆が太陽の巫女と言われたら、普通の人はまさかと一蹴するだろう。
 しかし、今のサラには分かる。
 しわがれた声、閉ざされた瞼の奥に見える太陽の巫女の魂は、月巫女と対になるもの。
 そして、サラと同質のもの。

「以前、あなたが語った話には、幾つか意図的に省かれたところがあったでしょう。例えば、なぜあなたの目が見えなくなったのか。なぜあなたがこの王宮に務めるようになったのか。なぜあなたがサラ姫の養育を任されたのか……全て、あなたにとって都合の悪い話だったから伏せられたんでしょ?」

 サラの推測は、間違っていなかった。
 太陽の巫女は、サラ姫の頭を膝の上にのせて座りこんだまま、クツクツとおかしそうに笑った。

「鈍い方と思っておりましたが、そうでもなかったのですね」
「むぅっ。バカにしないでよ。こう見えて私、勘だけは鋭いんだから」
「そう……あなたが女神として現れることも、わたくしには薄々分かっておりましたよ」

 本当は、止めて欲しかったの?
 素直なサラの気持ちを表したその言葉を、サラは声に出さず飲みこんだ。
 代わりに、今まで通りの強気な女神モードの発言を落とす。

「まあ、あのキッツイ邪神を倒せるのは、女神様しか居ないからねえ」

 いずれサラ姫が邪神をその身に宿し、本物の魔女になることを、太陽の巫女は知っていた。
 推測するに、片方の瞳を国王に譲り渡したとき、太陽の巫女は器としての役割を半ば終えたのだ。
 サラ姫が生まれてからは、彼女が人としての短い生をなるべく幸福に過ごせるよう、心を砕いてきたに違いない。
 人間の死を積み重ねる役割を、国王とサラ姫に譲り渡して、ただ苦しみに耐えながら見守るだけ。

 でも、太陽の巫女はギリギリでシナリオを変えた。
 魔女を止めることができるのは、女神だけだ。
 サラのことを『サラ姫を救う存在』として呼び出した。
 邪神を倒す聖なる女神……そんな馬鹿げたおとぎ話を、太陽の巫女は信じていたのだ。

「あなたは、辛い役目を国王とサラ姫に押し付けた。まあ、国王は喜んでやってたのかもしれないけどね。でも本当なら、その赤い瞳を、あなたは最後まで引き受けるべきだった……そうじゃない?」

 太陽の巫女は、顔に奇妙な笑みを張り付かせたままうなずいた。
 もし姿形が醜く衰えていなかったら、きっと「妖精のようだ」と言われるはずの笑み。

「あなたは、知ってたはずよね? 本来あなたに課せられた使命は、妹……“月巫女”と戦うことだった」
「――っ!」

 大陸では大変重用されているという、精霊の森の巫女。
 予言された双子のうち、太陽の巫女は「世界を救う女神」側として伸びやかに育った。
 精霊の森へ招かれてからも穏やかに暮らし、運命の相手であるトリウム国王と出会った。
 導かれるままに、森を出た太陽の巫女の心には、常に大きな不安が隠されていたのだ。

「チャンスは、幾つかあったはずよね。森に月巫女を置き去りにするも良し、王弟に彼女を差し出すも良し……」

 ほんの少しだけ未来が視えるという“女神の力”を授かってしまったのが、この人の運の尽きだったのかもしれない。
 幼いころから可愛がられて育ったことが、カナタ王子と同じく脆い心を育てていたのも背景の一つ。
 だからあの事件のとき、全てを壊すほどの闇を背負ってしまったのだ。

「あなたは、血を分けた妹が可愛かった。殺し合いたくなかった。そうでしょう?」

 太陽の巫女は、何も答えない。
 もう遠い過去のことで、忘れ去ってしまった記憶を掘り起こすように、静かに首を縦に動かす。
 優しさゆえに自らを犠牲にする……その行動を、女神のサラは否定した。
 結局、問題をこうして他の人間に押し付けるくらいなら、覚悟を決めて自分で引き受けて欲しかった。

「あなたが逃げたせいで、こうして私とサラ姫が巻き込まれて……まったく、人に迷惑かけるにもほどがある!」

 サラの『喝!』に、太陽の巫女は「申し訳ありません」と震える声で呟いた。

  * * *

「大陸で予言されていたのは、魔女の復活。ただし、そこにはもう一つの対照的な予言があった。魔女が復活するときには、必ず女神も現れると……でもこれって、今まで何度も繰り返された、この世界の恒例行事ね」

 おとぎ話になるくらい昔から、女神と邪神は争ってきたのだ。
 ストーリーは、毎度同じ。
 大地に生きる人間の心が闇に沈み、死と嘆きが大地覆うとき、邪神は復活する。
 しかし、この広大な大地を生み出し、生命を育んだ女神が、全てを死に追いやる魔女……邪神を打ち砕くはずだと。

「あなたたちは、『女神&魔女』のペアで生まれると予言されたわけよね。当初の予定だと、二人は命をかけて戦って……最後はきっと、あなたが月巫女を殺してオシマイになる。あなたは、その話を耳にしてしまった……というか、予知しちゃったんでしょ」

 太陽と月。
 女神の涙。
 二つの伝説が、サラの中でリンクした。

「あなたは、月巫女を常に傍に置いて、覚醒しないように見張ればいいと思った。とんだ浅知恵ね。あなたがどんなに頑張っても、全部運命に覆えされちゃうのよ。月巫女も、トリウム国王も……二人とも、あなたの思い通りには動いてくれなかった」

 太陽の巫女は、月巫女を守っているつもりで、問題を先送りしていただけだった。
 本来なら、大陸の向こうで決着がつくはずの争いを、この半島に持ち込んで、関係の無い人間を巻き込み続けた。
 もしかしたら、悪者というレッテルが張られている王弟も……。

「精霊の森で、あなたは迷ったはず。でも残念だけど結果は同じ。あなたがもし月巫女一人を置いて、トリウム国王と二人で森を出たとしたら……その後すぐに、王弟は森へ向かったはず。国王と同じように神殿へ辿りついて、月巫女を所望するのよ。結局、神殿の封印は解かれる。赤い瞳は、そのまま森を出たら月巫女に宿ったはず」

 苦渋に満ちた笑みを返すだけの太陽の巫女に、サラは言葉の刃をぶつけ続ける。

「その運命を避けるために、あなたは月巫女も連れていった。でも結局運命は変えられない。トリウム王城で何が起きるかも、あなたは予期してしまったのよね。二人を連れて帰った国王に対して、王弟は言うのよ。『あなたが太陽の巫女を王妃とするなら、自分は月巫女が欲しい』と。その条件を呑むなら、自分は臣下に下ってもいいと。当然、その時にはもう赤い瞳は王弟か、王弟の近くの……殺された七人の側近の誰かに憑いていたわけ。あとはその器が、月巫女に殺されれば憑依完了って流れね。それもあなたは、覆そうとした」

 運命に逆らい続けた太陽の巫女には、悲しい報復が待っていた。
 太陽の巫女は、国王にも月巫女にも黙って、王弟と話をつけにいったのだ。
 相手は、幼少期から悪意をばら撒きながら生きてきた王弟たち。
 赤い瞳を宿した彼らと、箱庭を出たばかりの小娘が相対すれば……どうなるかなど分かり切っている。

「あなたは、月巫女の身代わりになって……彼らに乱暴された。あなたの心はその事実に耐えかねて、結局相手を殺してしまった。そのとき、自分の体に赤い瞳が乗り移った。元々は女神になるべくして生まれた器に、真逆の存在が憑いてしまったなんて皮肉なものね。だからあなたは」
「もう、おっしゃらないでください」

 太陽の巫女は、微動だにしないサラ姫の頭をそっと床へ降ろした。
 サラ姫の体の近くからは、ガラス片などの異物が除けてあり、カナタ王子の衣類がかき集められ簡易ベッド代わりにされている。
 この人は、サラ姫を心から愛しているのだ。

「分かっております。こうなってしまったのは、すべてわたくしの罪。邪神に操られるままに、このような惨いことを……この罪は、償います」
「どうやって?」
「私が、もう一度全てを引き受けます」

 太陽の巫女は、サラの目の前で立ち上がった。
 ゆらりと緩慢な動きで歩き出すと、近くに放り出されていた、カナタ王子の聖剣……二人分の命を奪った証がこびりついたそれを手に取った。

「……あなたも、死ぬの?」
「いいえ、まだ死ぬことはできません。この赤い悪魔を、大地に眠らせるまでは――」

 剣は、風に乗って自動的に動いた。
 あたかも太陽の巫女の正面に歴戦の剣士が居るかのごとく、横一線。
 切られたのは、己の瞼。

「これを一つ、わたくしはずっと隠し持っていました。そのせいで、もうこの体は使い物になりませぬ」

 太陽の巫女は、炎で炙った鉄製の剣を、自らの瞼に押し当てたのだ。
 決して中の悪魔……その片割れが表に出てこないように。
 女神の器だったからこそ、そんなことができたのだ。
 只人の身なら、それを堪えながら十五年も生きてくることはできなかったに違いない。

 サラが見守る中、太陽の巫女はゆっくりと血に濡れたその瞼を指で押し広げた。
 斬られなかったもう片方には、サラの宿敵である赤い瞳があるのだろう。
 開かれた瞼の奥には、トリウムの国王が語った通り……サラと同じ青い瞳があった。

「さあ、もう一度ここに来なさい」

 太陽の巫女が、我が子を呼ぶように語りかける。
 待ちわびたように、眠りについていたサラ姫の瞼が開いた。

  * * *

 赤い瞳は、迷わなかった。
 未だ心の奥深くで、冥界に落ちることへの抵抗を続けているサラ姫に憑くよりは、馴染みのある体へ。
 しかも、一つではなく二つの目が揃うのだ。
 一つは固く閉ざされたままとはいえ、それが揃うということは……考えたサラの背筋に、冷や汗が伝う。

 サラの心配は杞憂に終わった。
 オセロが裏返るように、青い瞳を赤く変えた太陽の巫女は、手のひらから放出した熱で再びその瞼をしっかりと閉じた。
 痛々しい傷跡を隠すように、背中に落ちたローブのフードをいつものように目深にかぶり直すと、サラに対して深々と頭を下げた。

「さて、わたくしはそろそろ行きます。サラ姫さまを、どうかお願いいたします」
「どこに行くの? 森の神殿へ?」
「一度あの場所を出たわたくしを、精霊は許しません」
「じゃあトリウム王城へ? 月巫女と戦うの?」
「まさか、そのようなことを今さら……わたくしには、一つ思い当たることがあるのです。この悪魔を封じるために、試してみたいことが」

 時間がありませんので、と言い残して、太陽の巫女は消えた。
 サラ姫が使ったのと同じ、闇の魔術による瞬間移動で、跡形も無く……。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ヒー! またもやギリギリで改稿してしまいました。ついに引っ張り続けてきた、魔女こと太陽の巫女さんの正体暴露編でした。分かった方はいらっしゃいますでしょうか。もし居たら、作者白旗(の変わりに、ご希望の番外編)を贈呈しますので「予想的中!」と名乗り出てくださいませ。今回は、女神サラちゃん冷め冷めでクールな謎解きでした。しかしMモード(女神モード)検索は便利です。未来も過去も半分くらい視えるらしいので、話がサクサク進みます。このMモードが使える女神魂と、ルビーのように美しい赤い瞳さんをセットで、特別価格なんと一万円! ……さて、ふざけずに解説を。ある程度伏線回収できたとは思いますが、まだ意味不明な部分もあるかと思います。しかも謎解きは太陽の巫女さんが途中で打ち切ってしまったので、後半が残ってます。彼女がどこへ行って、何をしようとしているのか……二人きりで、しかも死体が転がる部屋でやるのはもったいないのでねー。
 次回は、女神的サラ姫ちゃん救済話です。こんな可愛いヤンデレキャラ、ヘタレ王子(←ヒドイ)に殺させてなるものかっ。



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