喉ニ小骨ガ

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「砂漠に降る花」
第五章 砂漠に降る花


第五章(35)予言の成就

2009.10.02  *Edit 

「ごめんなさい……サラ様、私何も覚えていない、みたいです……」

 サラの涙の宝石を、胸の谷間でたっぷり受け止めたリコが、それを慎重に丸めた手のひらへと移動させる。
 作業が終わると、リコは顔を赤らめてもぞもぞと腰を動かした。
 絵画の女神そっくりなサラを見て、その腕に抱きしめられているとなれば、落ち着かないのはごく当たり前のリアクションだろう。

 サラは「もう大丈夫ね」と呟くと、翼の力でリコを抱き起こしながら、自分も立ち上がった。
 手を離した途端よろめいたリコの体が、背後から伸びた二本の腕で支えられる。
 リコの二の腕を掴んだ、大きな手。
 そこに、先程までの火膨れの赤みはもう無い。

 リコは首をめいっぱい捻じ曲げて、自分を支えてくれるひとを見上げた。
 枯れかけた涙が、じわりと浮かぶ。

「リーズも、ごめんね。私のせいで」
「いいんだよ。あいつら、きっとリコの中で生きてるから」
「……うん」

 リコの目に映るリーズは、相変わらずひょろっとして、号泣したせいか目の周りを腫らしているのがちょっぴり情けないまんま。
 けれど、支えてくれる腕も、何を考えているのか分からない糸目も、以前とはどこかが違うとリコは思った。

 リーズの胸ポケットでは、色を失った二本のスプーンがカチャカチャと金属質な音を立てる。
 もう、話し声も笑い声も聴こえない。
 けれど、リコの心の中には、ランプのように暖かな灯りがともる。
 胸に広がる、不思議な想い。
 それはまるで、自分の中に生きている二人の妖精の気持ちを代弁しているように思えて、リコは涙をぬぐい微笑んだ。

 そんな二人を見て、サラは自然と頬を緩めかけ……慌てて引き締めた。
 自分にはもう一つ、やるべきことが残っているのだ。
 サラが表情を変えるだけで、その場の空気がキンと引き締まる。

「カリム、アレク……もう少しで、ネルギ軍がここに来る。受け入れの準備をお願い」

 サラ早口で告げると、皆まで言わずとも分かっているというように、二人は頷いた。
 軽く宙に浮いたサラと、目の高さがほぼ同じになった二人。
 先程まで涙を流していたのが嘘のように、その顔つきは戦士のものに変わっている。
 サラはそのうちの一人、伸びかけの前髪を鬱陶しげにかきあげるカリムに、ほんの少し茶目っ気のある笑みを見せた。

「あと……カリム?」
「なんだ、サラ」
「さっきの口上、なかなかカッコよかったよ!」

 サラは、すっと風も起こさずカリムに近づくと、日に焼けたその頬に素早く口づけを落とした。
 そのまま、吹き抜けの天井近くへと舞い上がる。
 思わぬ女神の祝福を受けたカリムは、みるみる顔に血を昇らせていく。
 横で見ていたアレクが、反射的にその頭をグーで殴りつけるも、カリムの顔色は変わらない。

「本当に、ね……」

 カリムを見つめるサラの心に、一つの予感が浮かび上がる。
 けれどそれは、今告げるべきことではない。
 再びこの場所へ戻ってくるときには、全てが確定した事実になっているだろうから。

 サラは、純白の翼をはためかせ、再び王宮奥深くを目指して飛び立った。
 もう一つの、逃れられない運命へ向かって。

  * * *

「まったくリーズもリコも……お人よしなんだからっ」

 女神の力を全開にし、壁を突き破りつつ進みながら、サラは乗り越えた一つの運命を検証する。
 リコたちの元へ向かった時より進みが早い気がするのは、壁や柱にまとわりつく黒い瘴気が消えたせいだろうか。
 それとも、自分の中の女神が目覚めたせいなのか……。

「それにしても、本当に間に合って良かった……」

 国王の間から見えた、二つの道。
 一方には、赤い瞳に襲われるカリムたちの姿が見えた。
 過去と現在、未来が入り乱れる映像の中で、サラが見つけてしまったのは、自分の命を懸けて皆を救おうとするリーズとリコの姿だった。

『お前が向かう先で、もし誰かが“死”を選ぼうとしたら……何があっても止めて欲しい』

 ジュートの予言が、サラの中でリフレインする。
 人を救おうとする気持ちは、正しいことだ。
 ただし、自分の死と引き換えにしようとするなんて、許さない。

「でもやっぱり、二人が頑張ったおかげよね。特に、リコは……」

 リコが覚醒したのは、やはり奇跡だったのではないかとサラは思う。
 サラ姫にかけられた闇の魔術は、シンプルなものだったはずだ。
 日食で傷ついた魂に、月巫女の銀の髪、女神になったサラの癒し、心のバランスを崩したサラ姫と、人間では無い者が操る闇の魔術……そして、リコの内側から輝いて現れた光の魔術。

「闇鍋が、大成功したって感じ?」

 我ながら言いえて妙だと頷いたサラは、自分の大事な人が助かったその影で、ひっそりと命の炎を消した人物を思った。
 目に焼き付いてしまった、一つの骸。
 腕や足の一部を欠き、痩せ細った憐れな老人。
 アレクが身にまとっていたローブを脱いでかぶせると、その中にすっぽりと収まってしまうくらい小さかった。

 骸の眼孔に、赤い瞳はもう無い。
 きっと赤い瞳も、早く別の器に移動したくて仕方が無かったのだろう、とサラは思った。
 サラ姫の監視下から解き放たれても、あれを自分の体に縛り付けるくらいこの世界に執着すること……それが良くも悪くも、赤い瞳の行動を鈍らせた。
 ネルギ国王の存在も、一つの奇跡だったのかもしれない。
 そして、最高の奇跡が……。

「スプーンちゃん、みんなを守ってくれてありがとね……」

 光の妖精も、魔術で呼び出される精霊たちも、使命を遂げた後は消えてしまう儚い命。
 人が生きて行くために、動物や植物の命をいただくのと同じだ。
 だから悲しんではいけない。
 その代わりに、感謝を捧げよう。

 目を閉じ、最後の宝石を追いだしたサラは、意識を切り替えた。
 人が死を選ぶ理由は、もう一つあるのだ。
 それは……絶望。

「お願い、頑張って……サラ姫……」

 サラ姫は、あの時確かにサラと約束したのだ。

『人を傷つけたり、死なせたりするのは悪い子のすること。そういうことはもう言わないしやらないの。やろうとする人が居たら、止める側に回りなさい』

 今思えば、この約束を取りつけたのは、サラの中の女神の思惑が働いたのかもしれない。
 サラ姫にとっては、きっと生まれて初めてのポジティブな約束だったはずだ。
 あの約束は、サラ姫の心を開放する鍵になる。

「……絶対、間に合わせる!」

 サラの望みを受けて、背中の翼が激しく動いた。

  * * *

 枝分かれしたもう一つの道。
 サラが放り出してきたその先にあったのは、カナタ王子の私室だった。
 見えたのは、カナタ王子、サラ姫、そこへと必死で向かう盲目の魔術師だ。

 サラがもしそちらを選んでいたら、運命は大きく変わっていたかもしれない。
 暗闇の中、サラが異世界へと落ち行く過去のサラを救うかどうか……それくらいの規模で。
 しかし、サラには選べなかった。
 運命とは、そういうものなのかもしれない。

 女神が見せた映像に映ったのは、怒りを抑えきれず室内の家具をぶちまけるカナタ王子だった。
 生まれてからずっと、周囲の大人に嫌われないように『良い子』を演じてきた彼にとって、初めての暴力であり、挫折の証だった。
 庇護してやっていると信じて疑わなかった、ワガママで可愛い最愛の妹。
 ところが、自分の与り知らぬところで、妹は敬愛する父と結託し全てを動かしてきたのだ。

 嫉妬と怒りと、根深く刻まれた強烈な疎外感が、暴力となって発散される。
 しかしカナタ王子は、ふと気付くのだ。
 自分は十分、恵まれていたのだと。
 サラ姫に優しくしてあげたことで、呪われた子に見染められたおかげで、義母や他の兄弟のように安易に殺されずに済んだのだから……。

 そんなことを考えて、カナタ王子は自分を嘲笑う。
 妾の子である自分が、正しい血統の王子たちを含め、多くの人の死を踏み台にして生きながらえてきた。
 他人を犠牲にするほど、自分の命に価値があるとは思えなかった。
 常に争いを避け、目に映る優しいもの、耳触りの良い言葉ばかりを心に止めてきたカナタ王子は、生き抜くには弱過ぎた。

 部屋を荒らし、一人笑い声を上げながら、カナタ王子は考える。
 サラ姫だけは、違うと思っていた。
 しかし信頼し愛情を注いできたか弱き妹に、手ひどく裏切られた今……。
 自分に心を開き、真剣にぶつかってきてくれた人物は、たった一人しかいない。
 幼いころから傍に居て、手足となり自分を支えてきてくれた、強く優しい孤児の少年。

「カリム……そうだ、自分にはまだ、味方がいる。臣下とはいえ、心を開いてくれるかけがえのない友が」

 ふっと含み笑いをすると、カナタ王子は自分が荒らした部屋を見まわした。
 先程までと違い、瞳に理知的な光を取り戻して。
 苦笑しつつ、嵐が過ぎ去った直後のような自室を、自分の力で整え始めた。
 もう、この王宮に過分な人手は無い。
 自分が見て見ぬ振りをする間に、サラ姫が器や贄として使ってしまったのだから。
 現状を知って、逃げ出した者も少なくないだろう。

 憂う気持ちを振り払うように、両腕と下半身に力を入れ、倒れた大きなチェストを持ち上げたとき。
 カナタ王子の指先に、刺すような痛みが走った。
 引き倒したときに前面のガラス戸が割れ、そこを掴んでしまったのだ。
 慌てて持つ位置を変えるものの、流れ出した血液は純白のチェストの側面を伝い、一筋の線を描いていく。
 痛みを我慢し、手を離さずにそのままチェストを持ちあげ終えたカナタ王子は、違和感に気付いた。

「なんだ、これは……?」

 流れた血液が、チェストの側面に不自然な膨らみを浮き上がらせたのだ。
 そのチェストは、自分が幼少期から気に入って、ベッドルームに長く置いていたもの。
 壁際に張り付けられ、何年も動かしていなかったその側面に、一体何があるというのか……。
 流れ続ける血も気にせず、カナタ王子は指先を伸ばす。
 そこに触れた瞬間、ほろほろと崩れながら劣化し切った白い紙が落ちていった。

「転写の、魔術……」

 貼り付けられていたのは、元々何の変哲もない無地の紙。
 白木の木目に合わせて、違和感なく模様が描かれた、完璧な魔術だった。
 十数年もの間張り付いていたのだから、それを施した人物の魔力がうかがい知れる。
 誰がこんなものを、と独り言をいいかけたカナタ王子の唇が、固まった。
 閉ざされていた記憶の扉が、ぎしりと音を立てながら開かれる。

『……それとね、もう一つあなたに贈り物を授けましょう。あなたがこれを見つけるのは、あなたの心が苦しくてたまらないとき。これを見つけたら、きっとあなたは楽になれる――』

 カナタ王子は、耳を塞いだ。
 蘇ったのは、心を奪う艶やかな声。
 幼い頃に一度見ただけの、赤く燃える瞳を持つ美しい女性。
 ずっと忘れたくて忘れられなかった彼女の姿が、封じられた記憶の底から鮮やかに蘇る。

「彼女は、俺に何を……?」

 転写された紙の下に張り付いていたのは、もう一枚の赤茶けた古い紙。
 それを見たとき、カナタ王子の心は完全に凍った。

  * * *

 サラ姫が飛び込んできたのは、その少し後だった。

「――お兄さまっ!」
「サラっ?」

 カナタ王子の手の中で、その紙は燃やされていた。
 慣れない炎の精霊を強引に呼びだしたせいで、カナタ王子の手のひらは火傷を負っている。
 部屋の惨状と、自傷行為にも見える不可解な行動。
 常に冷静沈着だった兄の乱心を目の当たりにし、サラ姫は形良い眉をひそめる。
 それでもいつものように微笑みながら、怪我をした手へ指を伸ばし……。

「触るな!」
「お兄、さま……?」

 滅茶苦茶に荒れた室内も、サラ姫には単なる無色透明な背景にしか映らなかった。
 ただ、最愛の兄だけを見つめる。
 カナタ王子も、突然音も無く室内に現れたサラ姫の異変……発露した闇の魔術に気付かない。
 絶望という名の狂気が、カナタ王子らしからぬ台詞を生み出す。

「お前は、俺のことを憐れんでいたんだろう……?」

 カナタ王子の頬は、ひくひくと痙攣するようにひきつった。
 もう、優しい兄の仮面はかぶれない……カナタ王子は、そう悟った。
 笑顔の代わりに、虫けらを見るような目でサラ姫を睨みつける。
 火傷と切り傷で血にまみれた右手の痛みも忘れ、腰の聖剣へと動かした。

「本当は、もうとっくに死んでいてもおかしくない……俺は、それだけの存在だった」
「ねえ、どうしたのお兄さま? 何をおっしゃっているのかわからないわ」
「俺は、全部思い出したんだ。あのひとが俺に、何を教えてくれたのか――」

 自分だけに、「助かる方法を教えてあげる」と彼女は言った。
 これから生まれる妹は、呪われし子。
 地中深く眠る冥界の王……その魂を宿すために、この世に生を受けた子なのだと。

「サラ、お前に殺されないために、俺はお前に優しくした。そうしろって、あのひとが言ったから」
「お兄さまひどい! 私はお兄さまを殺すなんて、絶対しないわっ!」
「誰でも良かったんだろう? 自分に優しくしてくれる人間なら、誰でも……」

 カナタ王子は、発した言葉の中に潜む矛盾に気づく。
 なぜ無垢な妹を責めなければならない?
 自分の仕掛けた罠にはまって、まんまと自分を慕うようになった、この愛しい妹を……。
 妹は、悪くない。
 自分こそが、諸悪の根源なのだ。

「もう、俺は疲れたんだ……」
「そんなことより、聞いてくださる? ねえお兄さま、驚かないでね? 私たち本当は」

 砕けたガラス片、床へと放り投げられた衣類や書物。
 足取りを乱すそれらの物を、存在しないかのように踏みつけながら、満面の笑みを浮かべたサラ姫がカナタ王子へと歩み寄る。
 二人の距離が、少しずつ縮まる。
 あと少しで手が届く。

「本当は、兄妹じゃな――」
「もう、終わりにしたいんだ」

 抱きつこうとしたサラ姫の腹部に、抜かれたばかりの研ぎ澄まされた刃が、深々と突き刺さった。
 突き刺した剣は、すぐさま抜き取られる。
 大量の血液を浴びて深紅に染まった視界の中、カナタ王子は笑った。

 ほんの少し前……別の場所では、器としての役割をようやく終えた国王が地にひれ伏していたことを、カナタ王子は知るよしもない。
 サラ姫の血液よりも色濃い瞳が、カナタ王子の眼孔の中で煌めく。

 杖の音を響かせ、体当たりで扉を開き飛び込んできた盲目の魔術師の目の前で。
 カナタ王子は、大声をあげて笑いながら、自らの腹部に血塗られた剣を突きさした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 いやー……またもやキャラ死亡。残念ながらこれも当初からの予定通りでした。すみませんっ。ここにきて殺伐としております。今回は、カナタ王子ぶっ壊れるの巻。やっぱり若いうちに挫折は経験しておかなきゃねという教訓、なんちって……。とりあえず解説を少しすると、カナタ王子はサラ姫ちゃんを殺すための重要人物として、魔女さんに仕込まれていたのです。まず赤い瞳さんは、一回だれかの器に入るとそいつが死ぬまで出られないというルールがあります。(サラ姫ちゃんの命令&フィーリングカップルなキール将軍は例外)なので、そーとー現世への執着がしぶとい国王がようやく死んでくれて、それと同時に狙ってたカナタ王子にすっぽり。どろっどろの絶望を抱えたカナタ王子は、魔女の仕込み通りサラ姫を殺す道具に変身。その後サクッと自害してくれたので、赤い瞳さんは魂が死んだサラ姫の体に乗り移る……それが完全復活メソッド! わーいわーい……という段階です。ああ、補足が無くても通じる筆力が欲しいっ。
 次回は、ようやくサラちゃん到着です。もう一回、ギリギリのタイミングで手を差し伸べようとします、が……さてどうなることやら。



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