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喉ニ小骨ガ

「砂漠に降る花」
第五章 砂漠に降る花


第五章(14)二度目の砂漠越え

2009.08.19  *Edit 

 縁起が良いのか悪いのか分からない、微妙な夢で飛び起きたサラは、誰よりも早く出発の準備を終えた。
 寝ているリコの横顔を確認した後、一人食堂へ向かう。
 ドアを開けた途端、活気ある調理の音が響いてきた。
 朝日が昇るずいぶん前から作業していたようで、既におばちゃんたちによる朝食の支度もすでに佳境だ。

 戦場のような特大キッチンのすみっこにお邪魔し、サラはその手早い調理技術を盗み見た。
 ほとんど手元を見ずに剥かれる野菜の皮。
 その皮も、目にも留まらぬ早業で千切りにされ、キンピラへ加工されていく。
 本当に使えないクズ部分のみ、汚れた鍋を拭うなどの作業に使われた後バケツへ放り込まれ、その後は飼っている動物や植物の肥料へまわる。

 水が豊富なため、食器洗いや洗濯が楽にできるという条件を除けば、クロルが考案したシシトの砦のリサイクルシステムと重なる部分が多かった。
 ポイントは、無駄を極力失くすこと。
 これは、単純だけれど実践するのはそう簡単じゃない。

 砂漠の向こうにも当然導入されるべきシステム……でも、もしかしたら今すぐには難しいかもしれないとサラは思った。
 これはあくまで余裕のある人間、手馴れている人間だからできること。
 今、コップ一杯の透明な水も手に入らず、切羽詰った状態にある砂漠の民には、まずその余裕を与えてあげることが優先なのだ。

 ベテランおばちゃんたちの、魔術のような手さばきをじっくり見学した後は、もう少し奥へ。
 調理スペースを抜ける途中、スプーンのある食器棚正面の壁には『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ』の絵画が飾られている。
 夕べも見たそれは、あまりにも実物のリーズとかけ離れていて……サラはアレクと同じくらい爆笑させてもらった。
 視界に入れると、また笑い袋のスイッチが入りそうなので、なるべく見ないようにしながら進む。

 奥の配膳スペースでは、たおやかな白い手を持った苺ちゃんたちが、せっせと盛り付けを手伝っていた。
 リーダーのおばちゃんが、作業の合い間に「頑張れっ! 一番早くキレイに仕上げたグループに、ご褒美だよ!」と声をかけた。
 笑顔で元気良く「ハイッ!」と返事する苺ちゃんたち。
 決して楽しいとは言えない労働も、小さなご褒美があるだけで痛快なゲームへと変わるのだ。

 ご褒美の中身が気になったサラが、朝食後おばちゃんに確認したところ、「指名した男と一晩過ごせる権利」と聞いて……彼女たちの逞しさに脱帽した。
 今はまだお嬢様然とした苺ちゃんたちも、次に訪れるときは立派に熟した女盗賊になっているに違いない。

  * * *

 一晩しっかり休んだ馬も、サラたちも、王城を出発したときくらいの体調に戻っていた。
 リコの顔色もさほど悪くない。
 しゃべったり人物を認識することはできないものの、時には馬車の中で目を開き、きょろきょろと周囲を見渡すくらいの元気もある。
 十年弱ぶりの古巣を堪能したアレクも、当然元気いっぱい……かと思いきや、「夜這いが……」と呟いて押し黙った。
 サラは、それ以上触れず、そっと寝かせてあげることにした。

 徐々に草木が枯れ、大地が砂に覆われていく。
 日が暮れる前には、車輪が空回りしてしまうくらいの砂地に到着していた。
 あちこちに、不自然に地面が掘られた形跡がある。
 カリムたちもこの場所で一休みし、そう遠くない場所にいるはず……と思いつつ、サラはそのこんもり盛り上がった砂の小山を踏まないように歩いた。

 夕焼けを背に、ベージュ一色の砂漠を見つめていると、一人馬車で周囲を散策していたリーズが駆け戻ってきた。

「おーい、サー坊、兄さん、お待たせっ!」

 リーズは、一人ではなかった。
 連れてきたのは、サラが見知らぬ盗賊の三人組だ。
 ヒゲほどではないが、立派なもじゃを生やし、堂に入った姿勢でラクタを操っている。
 リコを膝の上に乗せたまま、ぼんやり座り込んでいるアレクも、ようやくその鋭い瞳を薄く開く。
 三十代くらいに見えるその盗賊たちが、「よおっ、アレク! 久しぶりじゃねーか」と声をあげたところを見ると、それなりに立場が上のグループなのかもしれない。

「リーズ、これって……」
「事前に打ち合わせして、待っててもらったんだ。砂漠の入り口で、ラクタに乗り換えるって」

 危なっかしそうに見えて、実はバランス感覚抜群なリーズが、ラクタのこぶの間からぴょんっと飛び降りた。
 残りの盗賊たちも軽やかにラクタを降りると、しゃがませて少し水を飲ませる。
 ラクタのお尻には、必要な荷物がきっちり積まれていた。
 内緒にされていたことが、嬉しくもあり、悔しくもあり……サラはリーズを軽く睨みつけた。

「てっきり徒歩で行くんだと思って気合い入れてたのに……先に言ってよねっ」
「ごめんごめん。ギリギリまで、ラクタを手配できるか微妙だったからね。砦で飼ってた分は、全部カリムたちに貸しちゃったし、この近くの商人に交渉したんだ」

 リーズは爽やかに告げると、ラクタに装着された荷物袋からバスタオルを細くしたような長い布を取り出す。
 まだ半開きの目をしたアレクと協力し、リコをラクタに乗せて慎重にくくりつけていく。
 その紐は、昨夜自分で縫ったらしい。
 リコが落ちないようにというだけでなく、リコの肌が傷つかないように、なるべく厚手の生地を使って。

 サラは、そんなリーズの頼りがいのある行動に目をみはった。
 常に最悪のケースを想定して、余計な期待は持たない……リーズの強さを垣間見た気がした。
 そういえば、砦からオアシスへ向かうときもスマートな案内だったし、なにより自治区の建築工事でもリーズの才能は発揮されていた。
 リーズの良いところを再発見して上機嫌になったサラは、その薄っぺらい背中をバシッと叩き、江戸っ子口調で言った。

「さっすが棟梁! 手際がいいねえっ!」
「おい、サー坊っ! その呼び方やめろって!」
「ははっ、棟梁様、これからも建て直しの方よろしくなっ」

 ようやく目が覚めたのか、弟いじりのチャンスを嗅ぎつけたのか、アレクが便乗して褒め殺しにかかる。
 焦っているのはリーズ一人。
 なにせ、そこには事情を知らないギャラリーが三人も……。

 その後、砦に帰った三人の盗賊は、こんな噂をばら撒いた。

『どうやら、時期“頭領”はリーズに決まっているらしい。ああ、確かにナンバーツーのアレクと“姐さん”がそう言ってたんだ、間違いねぇ。リーズはこの組織を立て直すつもりらしいぞ』

 その後、食堂に飾られた絵画のタイトルには『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ(次期頭領)』と、補足の一言が付け加えられた。

  * * *

 ラクタに乗った四人は、日の暮れかけた砂漠をハイペースで進んで行った。
 なにしろ、ここには人類最強クラスの魔術師が二人も居るのだ。
 魔力が安定しないサラも、風を受けお尻を浮かせることはできるし、その分ラクタの負担も軽くなる。
 また、前回の旅でとにかく邪魔だった、ズシッと重いばかりの寝袋は消えた。

 行きがけにサラが『寝袋寒いし重いー』と文句をつけていたのを聞いて、ジュートの指示で軽量コンパクト寝袋が開発されていたのだ。
 それは身内の商人を通じて販売され、現在かなりの利益を上げているという。

「ついでに、これも本当は俺らの商品……よっと」

 アレクがマントの内側から何か黒いモノを引っ張り出し、「風が強くなったらかぶれよ?」と手渡してきた。
 それは、武道大会でサラがかぶらされていたあの覆面マスク。

「えーっ! これも『盗賊印』メーカーだったのっ?」
「俺たちがあれだけの人数食ってくには、盗賊家業だけじゃ成り立たねーからな。ああ、家業っつっても狙うのは悪い奴らだけ。そいつらが奪った獲物を横取り……じゃなく取り戻して、本当に大事なモノはちゃんと持ち主に返すんだ」

 当然、返さないモノもあり、お礼として何かをもらうこともあり……とは、皆まで言わずとも理解できた。
 天然資源の水は、いつ枯渇するか分からないものの、このご時世では立派な商材だ。
 砦の近くには農地も開拓し、家畜も飼っている。
 農業あり、工業あり、そして広い意味での警備というサービス業あり、物販もしているから流通もある。
 何より彼らは『家族』というくくりを大事にしているため、決してタテワリにはならない。

 盗賊ってスゴイと、サラはあらためて思った。
 そして、この目の前でニヤニヤ笑っている、盗賊ナンバーツーの男も……。

「昨日はやけに待遇いいなと思ったけど、あれってもしかして、単に私が頭領の……だからじゃなくて?」
「そういうこと。サラが売り上げに貢献してくれた御礼も兼ねてなっ」
「もー! アレクのずるっ! 詐欺師!」

 ラクタの上で、覆面マスクを握った手を振り回すも、笑いながら遠ざかるアレクには当たらない。
 リコの乗ったラクタのケアに集中していたリーズも、アレクの発言を補足してくる。

「戦争が始まってから、砂漠越えの旅人が減っちゃってねー。あれ本当に不良在庫でどーしようかと思ってたんだけど、サー坊のおかげで無事在庫処分できて助かったよ。しかも最近じゃファッションアイテムとして別のカラーも売れてるっていうし、黒騎士サマサマだね」
「リーズまで……そんな純朴そうな顔してっ」

 サラがぷうっと口を尖らせたとき、前方で大きな砂煙が上がった。
 一瞬、三人は顔を見合わせる。

「――行くぞ、サラッ!」
「リーズはリコを見ててっ!」
「分かった、気をつけてー」

 アレクとサラは、ラクタの胴を強く蹴飛ばした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 今のところ、まだ楽しい砂漠の旅です。今回で、盗賊さんたちの暮らしっぷりが、だいぶ伝えられたような……作者もこんな社会で暮らしたいなーという夢を詰めてみました。ちょっと、日本の高度経済成長期の家族経営企業ってイメージです。中盤では、あまり目立たず地味キャラナンバーワンのリーズ君をヨイショしてみました。地味だけど気がきいて、なにより仕事ができる男……実際リアル日本だとモテまくりに違いありません。この世界では残念な結果ですが。まあリーズはリコちゃん一筋だから、モテなくてもOKでしょう。そして、第二章でしつこくやってたリフォームは、ここで『棟梁』の小ネタを使うためだけに配置してました。一個お題消化! なんて自己満足……他の伏線ちゃんと拾えっちゅーねん。アレク様ぼんやりについては……作者もノーコメントで。
 次回、カリムたちと合流します。が、ちょっとしたトラブルが……まあアッサリ解決して先を急ぎます。



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