喉ニ小骨ガ

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「砂漠に降る花」
第五章 砂漠に降る花


第五章(6)二人の巫女

2009.08.11  *Edit 

 初めて聞いた『太陽の巫女』という言葉が、サラの心に嵐を巻き起こした。
 無意識の海から湧き上がる津波のような激情が、サラの意識を飲み込もうと襲い掛かる。
 あまりの苦しさにうめき声が漏れそうになり、サラは騎士服の胸を掴み必死で耐えた。
 国王はサラを見ているようで、見ていない。
 サラの瞳を透かして、遠い過去を見つめながら語り続けた。

「あれは、名のとおり月巫女とは対照的な女だった。神殿に着いたとき、俺の姿はボロボロで……息も絶え絶えで転がりこんできた俺に、あの女は癒しの魔術を施しながら『貧民』と馬鹿にしたな。傷が癒えたら、適当な宝石を放り投げて『それでも持って出て行け』とあっさり追い出そうとするわ……」

 初めて誰かに伝えるその思い出話は、幸福に満ちていた。
 国王の表情が穏やかで柔らかいものに変わっていく。
 サラの心臓も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 むしろ、国王の話す楽しげなエピソードから風景が想像できて、微笑ましい気持ちになる。
 この威厳たっぷりな国王が、小娘から若造扱いを受けるなんて、面白すぎる。
 サラの笑い声が聞こえたことで、国王もようやくサラ自身に焦点を戻し、笑った。

「巫女の態度があまりにも気に食わないから、俺は言ってやったんだ。『欲しいのはお前だ』と。あいつは驚いて椅子からずり落ちて……そう、先日のサラ姫みたいに見事にひっくり返っていたな」
「ちょっ、その例えは要りませんからっ!」

 赤くなったサラに、国王は愛しげな視線を送る。
 国王が、サラの瞳を見つめるとき、別の誰かを重ねて見ていることはもう明らかだった。
 国王の心には今でも、森で出会った美しく気高い巫女姫が住んでいるのだ。
 だからこそ国王は、月巫女を選べなかったのだろう。

「森から持ち帰れるものは、たった一つ。しかし、俺には“姉と離れたくない”と訴える妹を、そこへ置き去りにすることはできなかった。二人は双子で、生まれたときから常に一緒だったという。本来神殿の巫女は一人だが、例外的に二人で遣わされたと言われるくらい、互いを補完しあう存在だった。結局、俺はその二人の姉妹を城へ連れ帰った……それがどんな結果をもたらすか、知らずに」

 再び表情を曇らせる国王。
 サラは肌がけの上に投げ出され、固く握り締められたその拳を包んだ。
 そこからは、あの夜と同じ。
 国王は捨てられた子犬のように、すがりつくような瞳でサラを見つめた。

「太陽の巫女と、月巫女……約束を破って二つの宝を持ち帰った俺に、“女神”は罰を与えたのかもしれない」

 サラの背中が、ズクッとうずいた。

  * * *

 神殿を出て、森の中からトリウム王城へと必死で逃げて来た道を戻るその道中は、楽しく和やかなものだったという。
 しかし、城下町に着く頃には雰囲気が一変。
 町は殺気に溢れ、夜だというのに松明を手にした人びとが、道という道を覆っていたという。

「俺は下町で暮らすうちに、それなりの友人を得ていた。俺が逃げている間、事情を察した彼らが貴族へ顔のきく商人たちと意思疎通をはかり、ある程度の仲間を集め結束していた。冷遇されている貴族とともに、弟へ反旗を翻そうと狙っていたんだ。俺はマズイと思った。弟には腕の立つ魔術師が付いていて、彼らは国民だろうが容赦なく排除するだろうと」

 国王に同調した市民たちが革命を起こす寸前に、国王は舞い戻った。
 市民グループの代表は、国王が生きていたことを喜んだ。
 森を抜けた国王の魔力は増し……何より二つの宝を見つけていたことが、国王の立場を確固たるものにした。
 彼らは、旗を掲げ声高に主張したのだ。
 自分たちが真の王と認める人物は、女神に祝福を受けた『英雄』であると。

「しかし、俺は武力で革命を起こすことを望まなかった。弟への負い目が、まだ残っていたんだ。なるべく穏便に和解する糸口を探るために、俺は弟と密談の場を設けた。そして、話し合いは成功裏に終わった。成功することは最初から分かっていたんだ。なぜなら」
「太陽の巫女は、未来が視えるから……そうですね?」

 サラは、再び荒れ狂い始めた心を必死でおさえるように、国王の手を強く握った。
 国王の秘密は、一つの結末へと導かれていく。

「そうだ。太陽の巫女は未来を、月巫女は過去を読む。彼女は予言したんだ。俺がこの国の国王になることを」

 何の問題も無い。
 虐げられた国王が、自力で掴んだ勝利だ。
 なのに、国王の目頭には深いシワが寄り、口からは色濃いため息が漏れる。

「二人の巫女の力を、俺は女神が与えた全能の力だと思っていた。だから気付くことができなかった。巫女の予言には、致命的な欠陥があることを」
「欠陥、ですか?」
「ああ……彼女たちは他人のことしか分からない。自分自身のことは視えないんだ。だからあれだけ驚いたんだな。神殿で俺が、彼女を望むと告げたときに」

 明るい口調の中に漂う悲劇の匂いに、サラの体は震えた。
 国王は、そっと瞳を閉じた。

「その夜、あの事件は起こった。弟たちは無残な最期を遂げた。太陽の巫女はこの王城から姿を消し、月巫女だけが残った。生き残った唯一の目撃者……筆頭魔術師の女は、気が触れてしまった。ただ『魔女が現れた』と言い残して」

 国王の閉じられた瞳からは、透明な一筋の滴が流れ落ちた。

  * * *

 サラの体が、カタカタと勝手に震えだす。
 振動にあわせて、長い髪が小刻みに揺れる。
 ほの暗い開かずの間の最奥、不自然に黒ずんだ壁の色が蘇る。

 あの場所に、彼女は居たのだ。
 嫌がる一人の女をおさえつける、複数の男たち。
 彼女の憎悪に満ちた青い目が、真紅へと色を変えたとき……。

「――イヤッ!」

 サラは、思わず叫んだ。

「サラ姫っ?」
「嫌……嫌なの……嫌……」

 死ねたら良かったのに。
 あのとき、あの男たちを全員殺して、そのまま……。
 それはできない。
 自分にはやらなければならないことがあるから。
 何を?
 それは、この世界を――。

「滅ぼすのよ……裏切るくらいなら、全てを……」

 自分の声ではない誰かの声が、サラの唇を無理やりこじ開けて溢れ出した。
 直後、苦しげな嗚咽へと変わる。

「サラ姫、大丈夫かっ!」

 自分の肩を揺さぶる男の手が、気持ち悪い。
 これ裏切り者の手だ。
 血塗られた手。

 サラは、ゆっくりと顔を上げる。
 はだけたガウンと、乱れた髪、褐色の肌にじっとりと汗をまとわりつかせた男が、なぜ生きているのか分からず、サラは小首を傾げた。
 まあいいや。
 これでようやく、終わらせることができる。

 サラの狂気に満ちた笑みに、国王が背筋を凍らせたそのとき。

「――やめなさいっ!」

 鋭い痛みが、サラの頬に走った。
 猛スピードで繰り出されたのは、骨ばった華奢な拳。
 それが、サラの頬にめり込んでいた。

「あら……私、生まれて初めて人をグーで殴ってしまいましたわ」

 ニュッと伸びた右腕を引っ込めて、「失礼いたしました」と告げる無表情な美女は……月巫女だった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 うう……サラちゃん発狂しかけてしまいました。女神様モードになると、どうも誰かの気持ちにシンクロしやすくなるようです。過去もミエマスミエマス……。そのピンチを救ってくれたのが、月巫女さま! 国王様の身の危険を察知し、彼を守ることにだけ命を賭ける乙女……ん? ちょっとカッコイイぞ。悪役だったはずなのにおかしいな。ということで、ぶっちゃけ過去話編でした。太陽の巫女さんは、作者が本当に好きなタイプの女子です。いわゆるツンデレなんだけど、賢そうに見えてどっか抜けてる。残念ながらサラちゃんには、ツンデレ要素が無いんだなー。しかも『どっか抜けてるように見えて、ときどき賢い』というキャラなので、太陽の巫女さんとは微妙に違います。機会があればちょっと長めの番外編で、若かりし頃の国王様&太陽の巫女がメインの、神殿攻略編が書きたいっす。
 次回は、月巫女さん乱入でサラちゃん大混乱。そろそろ暴露話も終盤です。月巫女さん、もっと壊れるかもしれません。



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