喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
秋 ~秋都の章~


番外編1 ~サクラサク(後編)~

2010.02.22  *Edit 

 彼女と“契約”を結んでから、俺は毎日彼女の家に通った。
 栄養満点の夕食と風呂を提供してもらい、代わりに勉強を教える。お互い損をしないバーター取引……というのは建前で、本音は違った。
 彼女にとって、俺は応援すべき苦学生で、優秀な家庭教師で、亡くなった弟の身代り。そう分かっていても、彼女に惹かれる自分を止められなかった。
 彼女の髪に触れたくて我慢して……秋、冬と季節が過ぎた。
『受験が終わったら告白する』
 その目標が新たなモチベーションとなり、俺は過酷な浪人生活を乗り切った。
 俺の熱血指導のおかげか、彼女の成績もうなぎのぼり。最後の模試では合格圏内に入っていた。
 そうして二人で駆け上った階段の先には――

 ◆

「……本当にゴメンね、藤井君」
 申し訳なさそうに頭を下げた彼女は、細い指先で横髪を耳にかけた。
 その毛先は肩に届かず、彼女の頬をくすぐっている。
「もう謝るなって。佐倉さんは良く頑張ったよ」
 結局奇跡は起こらず、彼女にサクラは咲かなかった。
 不合格と判明した日の夜、残念会と称して呼び出された俺は、なぜか手芸用の大きなハサミを手渡された。
『今から断髪式するから、よろしく!』
 溢れる涙を拭いもせず、彼女はくしゃくしゃの笑顔を俺に向けてきた。かけるべき言葉を失った俺は、唇を噛みしめながらそのハサミを受け取った。初めて触れた彼女の髪が、指の間をすり抜けて乾いた新聞へ落ちて行くあの感触は、たぶん一生忘れられない。
 髪を切った彼女は心も軽くなったのか、涙の面影はもうどこにもなかった。
 そして今日は、俺の祝勝会だ。「話があるから」と呼びだされたのに、部屋のドアを開いた途端クラッカーを鳴らされ、テーブルにはケーキが用意してあった。見たこともないような、サーモンピンク色のクリームが塗りたくられたケーキ。いびつなスポンジの上には、イチゴの代わりにプチトマト。今流行りの『野菜を使ったケーキ』に挑戦してみたらしい。
 見た目は危険だけれど、やはり美味い。俺の舌は、すっかり彼女の味に慣れてしまったようで、ぺろりと平らげた。
 彼女の手料理を食べられるのも、これが最後かもしれないと思いながら……。
「それで、話って?」
「うん……昨日、親から連絡来たんだ。来月でこの部屋解約するって」
「そっか……」
 爽やかなパステルカラーの部屋が、今日はやけに薄暗く感じる。注がれたココアの湯気も消えてしまった。
 彼女は「でも大丈夫」と俺を勇気づけるように微笑むと、お尻をもぞもぞさせ座布団の下から何かを取りだした。
 それは見覚えがあり過ぎる、一枚のチラシ。
「ジャーン! 私も新聞奨学生になる!」
「――アホかっ!」
「そのツッコミ、やっぱりいいねえ」
「ていうか、マジでやめとけって! 俺のこと見てたら、どんな目にあうか分かんだろ?」
 新聞奨学生の中には、確かに女子も居る。でも最後まで続けられるのは、ほんの一握りだ。
 瞼の裏に、未来の彼女の姿がありありと浮かぶ。
 インクで黒く染め変えられた、か細い指。疲労のせいで頬は痩せこけ、透き通るような肌はくすんでしまう。睡眠不足がたたり、授業中も半分居眠りして過ごす。集金作業では“女の子だから”と舐められて踏み倒される。新規の営業をかければ、もしかしたら変な野郎に誘われるかもしれない。
 聡明な彼女は、そんな未来を充分理解しているはずだ。
 なのに、彼女は微笑んでいる。
 髪を短くしたせいだろうか。いつも通り、天使のような可憐さにプラスアルファ、雑草みたいな逞しさを感じさせる、目映い笑顔だった。
「うん、そう言われると思った。でも私、もう少し頑張ってみたいんだ」
 俺は二の句がつけず、押し黙った。髪を切ったときと同じだ。一度言い出したら彼女はテコでも動かない。
 ましてや“弟”の忠告なんて……。
 ふて腐れた俺は、ココアの表面に浮かぶ膜をスプーンでかき混ぜた。ねっとりと軸にまとわりつくそれを剥ぎ落としたくて、何度もスプーンを動かす。
 そんな俺の頭を撫でる、柔らかな手。俺の嫌いな“お姉ちゃん”の手だ。この手が薄汚れるところなんて、俺は見たくないのに。
「ねえ、いつも藤井君がお風呂入ってるとき、私が何してたか分かる?」
「……なんだよ、料理だろ?」
「ふふっ。それも正解だけどね。本当は、藤井君が毎日履いてるスニーカー見てたんだ。だんだん靴底がすり減って、つま先に穴が開いて……どんなにボロボロになっても、藤井君はずーっと大事に履いてたでしょう? それって、藤井君が夢に向かう姿勢と同じだなって思ったの。凄くカッコイイなぁって」
 不覚にも、俺は涙が出そうになった。そんなものを見られていたなんて、ちっとも知らなかった。
 そうやって、俺が死ぬ気で追いかけている夢は、まだ誰にも告げていなかった。俺なりの願掛けのつもりで。親父と母さんは薄々勘付いているけれど、何も言って来ない。弟の秋都《あきと》は、もちろん気付いていない。去年、怪我でサッカーを諦めてから、腑抜けになっているアイツは。
「藤井君のおかげで気付いたんだ。私は自分に甘過ぎたんだって。もっと追い詰められて、もっと必死になって、それでも駄目なら諦めがつくと思うから」
「そーじゃねぇだろ……?」
 唇から、掠れた声が漏れた。彼女が決めた道を否定する言葉が。
 俺の真摯な眼差しを受け、彼女の穏やかな笑みが崩れる。どうしてと問いかけるように、小首を傾げる。
 俺は、そっと彼女の手を取った。
 手のひらのサイズは、俺よりふたまわりも小さい。この部屋と同じく“女の子”を感じさせる手だ。華奢で骨ばっているのに、柔らかくて温かい。
 この手が常に何を握っていたのかを、俺は知っている。
「佐倉さん、本当は他にやりたいことがあるんだろ?」
「えっ……?」
「例えば、栄養士とかさ」
 彼女は一瞬目を見開いた後、力強く首を横に振った。艶やかな髪が、ふっくらした白い頬で弾む。例え髪が短くなっても、浮かんだ天使の輪は決して消えない。
 そんな彼女が眩しくて、俺は目を細めた。
 大事な家族にさえ何も言わず、我が侭を押し通す形で家を飛び出した俺とは違う。彼女の眼差しに、全てを受け止めて包み込んでしまう、太陽のような優しさを感じた。
 親の夢と失った弟への想いを抱え、彼女はこれからも医者を目指し続けるのだろう。例えそれが茨の道だとしても……。
「私はお医者さんになるの。確かに藤井君の専属栄養士も、楽しかったけどね」
「ったく、頑固なやつ!」
 なによぅと唇を尖らせる彼女に、俺は不敵な笑みを浮かべてみせた。彼女の手を強く握りしめ、高鳴る胸を落ち着かせる。
 気分は満身創痍のピッチャーだ。九回裏ツーアウト満塁、カウントはツースリー。勝てる自信なんて一パーセントも無い。それでも、俺はどうしても言いたかった。
 大きく息を吸い、気合いを入れて……。
「でも俺は……そんな佐倉さんが好きだよ」
 握りしめた手が汗ばんでいくのが分かる。心臓がうるさい。
 彼女はそんな俺の手を握り返し、満面の笑みを浮かべて言った。
「ふふっ。奇遇だね。私もこんな私が好き!」
 一球入魂、全力で投げた直球はあっさり打ち返されてホームラン。俺は心のマウンドに崩れ落ちた。
 これはもうフルスイングで振られたってことだ、潔く負けを認めよう……そう納得しかけたのに、彼女は俺を逃がしてくれなかった。握ったままの手をぶんぶんと横に振りながら「冗談よ」と無邪気に笑う。「私も藤井君のことが好き」と、それこそ冗談みたいに告げる。
 いたずらっ子のように細められた瞳と、軽やかな笑い声。俺はその態度に少しむっとした。こんなシチュエーションでも弟扱いだなんて、プライドが許さない。
 だったら、と俺は彼女の手を解き、用意していた最終兵器に手を伸ばした。もぞもぞとお尻を動かし始めた俺を、彼女は興味津々といった表情で見守る。
 俺が座布団の下に隠しておいたのは、サクラが咲いた証。その紙を取り出して、彼女の目の前に突き付けてやった。
 返ってきたのは、予想通りのリアクション。
「――ええっ! なんでっ? だって藤井君、他の学部受かったはずじゃ……」
 唖然とする彼女に、俺はしてやったりの笑みで告げた。
「実は俺も、医者になるのが夢だったんだ」
「嘘、ズルイ、信じらんない!」
「黙っててゴメン。落ちたらカッコ悪いから、言えなかった」
 俺を可愛らしく罵倒し続ける彼女。言葉とは裏腹にその頬は緩み、瞳には涙まで滲んでいる。同じ夢を目指すライバルの勝利を、心から喜んでくれている。
 彼女の優しさが伝播して、胸がじわりと熱くなる。
 調子に乗った俺は、ダメ押しの攻撃を仕掛けた。座布団の下に仕込んでおいたもう一枚の薄紙を取り出すと、コホンと咳払いを一つ。
 背筋を伸ばし、その紙をゆっくりと差し出しながら、俺は新たな“契約”の提案をした。
「あのさ、もし良かったら、俺にお父さんを説得させてくれないか? 卒業までもう六年、佐倉さんが俺のこと待っててくれるなら……」

 ◆

 その年は、例年より少し早めに桜が咲いた。
 満開の桜並木を、俺と彼女は寄り添いながら歩いている。淡いピンクの花びらが、祝福のシャワーとなって俺たちに降り注ぐ。
 目的地は、市役所だ。

「ねえ藤井君、本当にいいの? 後悔しない?」
「七海さんはシツコイなぁ。大丈夫だって。俺次男だし、うちの親もなんだかんだ喜んでるみたいだし」
「でも、変な名前になっちゃうよ?」
「縁起良い名前じゃん。どうせなら、今日から下の名前で呼んでくれよ」
「うん……じゃあ、朔君」

 あの日二人で名前を書いた紙は、蕾のまま六年。ようやく今日、花開く――。


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