喉ニ小骨ガ

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「春夏秋冬」
秋 ~秋都の章~


番外編1 ~サクラサク(前編)~

2010.02.20  *Edit 

【前書き】本編の方が少々煮詰まっている間に(すみません……)、『秋』の番外編をお届けいたします。主人公は、秋都の兄の朔です。頑固親父に反発して家を飛び出した彼が、どんな人生を送っているのかを、コミカルなラノベにしてみました。シリアスな本編の口直しに、どうぞお楽しみくださいませ。


「すみません、読朝新聞ですけど! 田中さーん、居ませんかっ!」
 チャイムを連打し、ドアを叩いたものの反応は無し。俺は額から吹き出す汗をTシャツの袖で拭うと、閉ざされた分厚いドアに向かって溜息をついた。
「しょーがねぇ。また出直しか……」
 マンション七階の通路には、真夏と変わらない西日が照りつけ肌を焦がす。死ぬほど暑い。早く日陰に行きたい……。
「あのー、お隣さん出かけたみたいですよ?」
 俺を陽だまりに引き止めた、か細い声。その主は、代金滞納者の隣人だった。薄く開いたドアの隙間に向かい、俺は頭を下げる……と、突然視界がぐにゃりと歪んだ。
「ちょっと、大丈夫っ!」
 大きく開かれたドアから裸足のまま飛び出してきたのは、一人の美しい――天使。
 俺は最後の力を振り絞り、彼女に伝えた。
「新聞、取りませんか……」

 ◆

 この道を選んだのは、高校三年の秋だった。
『もういい、自力で結果を出してやる。それなら文句無ぇだろ!』
 頭ごなしに夢を否定され、高ぶる心のままに宣言した俺は、金のありがたみなど何も知らない生意気盛りのガキだった。
 憮然とした表情で「だったら一年だけやってみろ。受験費用も含め一切援助はしないがな」と告げた父。母はその隣でおろおろするだけで、兄と弟は「またかよ」という冷たい目で俺を見ていた。
 春先に上京した俺は、いわゆる“新聞奨学生”として寮生活をしながら予備校に通っている。毎日午前二時半に起き、眠るのは日付が変わる直前。睡眠三時間に対して、労働は軽く十時間オーバー。唯一仕事から解放されるはずの日曜夕方も、こうして集金作業に追われるはめになる。
 疲れた、腹減った、眠い、辛い、苦しい……。
 俺の泣き言なんて、神様は聞いちゃくれない。なぜならここは『地獄』だからだ。
 そうだ、俺にとってこの地獄から抜け出す方法は一つしかない。
 早く帰って、勉強しなきゃ……。
「勉強……しなきゃ……」
「――あ、起きた? 大丈夫?」
 朦朧とする意識の中、俺は例の天使と再会した。
 水の入ったグラスを差し出す彼女の手が、俺の目の前でつるりと滑った。

 ◆

「まったく無茶し過ぎよ! ろくにご飯も食べないで歩き回るなんて、頑張るにしても本末転倒!」
「う、ゴメンナサイ……」
 冷水シャワーによるスッキリ爽快な目覚めの後、俺は強引に彼女の部屋へ連れ込まれた。
 まずは犬っころみたいに、バスタオルでゴシゴシとやられ。
 濡れた髪とTシャツに、ドライヤーを当てられ。
 水分摂取をと、スポーツドリンクをがぶ飲みさせられ。
 血糖値を上げるべしと、アイスココアを飲まされ。
 実家から大量に送られてきたからと、かの有名な『ぷくや』の明太子入りおにぎりを頬張らされ……というのが今の状況。
 ココア&明太子。この甘さと辛さの組み合わせは絶妙に微妙だが、そんなことはたいした問題じゃない。空腹は最大の調味料。
「はい、具だくさんのお味噌汁もどうぞ。好き嫌いは許しませんよっ」
 ローテーブルの上に置かれたのは、熱々どろどろの味噌汁……美味い。美味過ぎる。まるで先月寮の仲間とやって奇跡的に大成功した闇鍋のような味がする。
 緑と茶色がマーブル模様を描く奇妙な色の味噌汁に、腹ペコの野良犬状態でがっつく俺を見つめ、彼女はふにゃりと目尻を下げた。
「そうやって美味しそうに食べてくれると、作りがいがあるなぁ。私ずっと一人暮らしだから、お料理作ってても張り合いが無くて。また困ったらいつでも食べに来てね」
 新聞を半年も契約してくれた上、ご飯まで……サラサラの長い黒髪に光る天使の輪が、やけに神々しく映る。
 なのに俺は、彼女の好意を百パー素直には受け取れなかった。
「それスゲー嬉しいんですけど、何でそこまで……?」
 彼女のことは、佐倉七海《さくらななみ》さんという名前しか知らない。あとは実家が九州で、料理上手……と言えないものの栄養と愛情はたっぷり。なにより印象的な、透明感のある白い肌に映える黒髪と、天使のように可憐な笑顔。
 彼女も、俺の名前と仕事内容しか知らない。見た目はそれなりに小ざっぱりしているし、半年で十キロ減った体重と疲れのせいで、ナイーブな勤労少年に見えるはずだ。少なくとも、悪人には見えないだろう。
 しかし『人は見かけによらない』ということを、俺は東京で学んだ。一緒に頑張ろうと誓った仲間たちは、舌の根も乾かぬうちに次々と脱落。俺に仕事を一通り教えてくれた寮の先輩は、先月集金した金を持ち逃げした。優しくて真面目そうな人だったのに。
 一見イイヒトほど信用できない……特に、美人で性格も良いなんてありえない。
 そんな猜疑心たっぷりの視線をものともせず、彼女はなにやら含み笑いを浮かべた。
「さて、なぜでしょう? ヒントは部屋の中にあるよ。探してみて」
 呑気なクイズに毒気を抜かれた俺は、遠慮がちに室内を見まわした。コンパクトなワンルームは、これぞ“女の子の部屋”という雰囲気だ。淡いピンクのカーテンと、白で統一された家具類。ベッド、ドレッサー、机、本棚――
「あ……赤本?」
「そう、実は藤井君のお仲間でした。今年で四年目だから大先輩だねっ」
 四浪という悲惨なキャリアを、彼女はなぜか誇らしげに語る。俺は並んだ赤い背表紙を見ながら尋ねた。
「医学部、目指してるんですね」
「うん、正解。でも全然レベル足りなくて。今年も厳しいかなぁ」
 彼女は味噌汁のお代わりをよそいながら、簡単に身の上話をしてくれた。
「うちの実家って、代々お医者さんなんだ。古臭い田舎の名家ってやつで、どうしても私が継がなきゃいけなくて。でも元々は違ったの。後継ぎにって期待されてた優秀な弟がいたんだけど、中学生のときに白血病でね……だから、君が倒れたときは本当にビックリしたよ。つい弟のこと思い出しちゃって……」
 俺はそっかと呟き、テーブルに置かれた碗と箸を手に取った。ふと、黒いインクが染みついた自分の指先が目につく。逃げた先輩曰く、この手の黒ずみは『新聞配達員の勲章』とのこと。俺はこんなもの、誇りだなんてとうてい思えなかったけれど。
 視線を少し先に移せば、そこには白魚のような彼女の手が見える。箸より重い物を持たないと言われても納得できるくらい、華奢な白い手が。
 本音を言えば、見ず知らずの小汚い新聞配達員を部屋に上げるなんて、不用心な女だと思った。所詮金持ちのゆるい女子大生なのだろうと。でも、そうじゃなかった。
 何かお礼をしなければ。俺にできる精一杯のことを……。
 俺は一旦箸を置き、彼女にきちんと向き合った。
「あの、俺自分で言うのもナンですが、成績は良い方なんです。特にセンターはかなり自信あるんで、良ければ軽くアドバイスでも……いや、要らなければ別に」
「えっ、ホント? それすごく嬉しいっ」
 彼女はふわりと微笑んで立ち上がった。育ちの良さをうかがわせる、綺麗な立ち居振る舞い。薄手の白いキャミソールと麻のロングスカートが、ナチュラルな黒髪に似合っている。笑うとえくぼができる頬が可愛らしい。
 思わず見惚れる俺に、彼女はおずおずと一枚の紙を差し出した。
「実はこの間の模試がサイアクで、予備校の先生にもさじ投げられちゃって」
 そこに並んだ数字を見た俺は、思わず叫んだ。
「――あんたアホかっ!」
「そのツッコミいいねえ。関西人ぽくて」
「誰だってツッコむわ! 国英社が満点、理数が三十点! これ私立文系ならとっくに合格してるだろ!」
「……だって私、どうしてもお医者さんに」
「何浪するつもりだよっ」
「……今年が最後、かも」
「落ちたらどーすんの?」
「……結婚」
「――はあっ?」
「今年ダメだったら、結婚しろって言われちゃった。お婿さんになってくれるお医者さん探す方が早いからって……」
 語尾に悔しさを滲ませ、彼女は唇を強く噛みしめる。テーブルの上には、固い握り拳。
 その話は決して本意ではないのだと悟った俺は、それ以上の追及を止め、代わりに一つのアイデアを伝えた。
「佐倉さん、俺と“契約”しませんか?」
「え……?」
「俺にご飯作ってくれたら、代わりに勉強教えます。どうせなら、最後まで悪あがきしてみましょうよ」


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