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第四章(22)女神降臨

第四章 女神降臨


 長い夢を、見ていた気がする。
 この大地の歴史を巻き戻し、人々が生まれては消えるその儚い命のきらめきを見つめてきた。
 暗闇の中、黒い蟻のように映った彼らは、光の中では笑い、時に怒り、悲しみ、涙し、また笑うのだ。

 赤い花の咲く緑の森は、静かで幻想的で、キレイだと思った。
 でもそれは、テレビや写真の映像を見るようで物足りない。
 私はやっぱり、人が好き。

『だから、生きていて欲しい』

 そう、こんな風に輝く世界とともに……。

 ゆっくりと目を開いたサラは、あまりの眩しさに一瞬視力を奪われた。
 皆既日食は終わったのだ。
 そして、自分はまだ生きている……。

『ザクリ』

 大地を踏みしめる足音が、激しい風に紛れるように聞こえた。
 砂埃が巻き上げられる中、近づいてくる九十度傾いた二本の足。
 いつか見た光景が、そのまま現実となった。

  * * *

 履き潰しかけの薄汚れた革靴、細く引き締まった足首、強い脚力を支える足、麻を黒く染めた膝丈のズボン。
 立ち止まり、腰を屈めるジュートのズボンの裾から、角ばった大きな膝が現れる。
 そして、風を受けてはためく白いシャツの裾、適当に留められた胸のボタン、はだけた胸元からのぞく胸筋とキレイな鎖骨……。

 カメラのファインダーをのぞくように、少しずつ移ってゆく風景。
 太い首、シャープな顎のライン、薄い唇、形の良い鼻……。 
 そして、ずっと会いたいと願っていたその緑の瞳を見つけた。

「サラ?」

 名前を呼ばれるだけで、胸が苦しくなる。
 人間の欲望と血で穢された大地を守る、偉大な精霊王。
 真昼の太陽を一身に浴び、光輝くその姿を見ながら、サラは自然と涙を零していた。
 ジュートの瞳はこれ以上無いくらい見開かれ、すぐに甘く優しく細められた。

「ようやく、見つけた……俺の女神」

 サラの両手両足を縛っていた縄は、ジュートの「消えろ」という一言で霧散した。
 よいしょ、と似合わない掛け声とともに、サラはその体を抱きかかえられて起こされた。
 うまく力が入れられず、バランスを崩してジュートにもたれかかりながら、サラはその緑の瞳を見上げた。
 これが幸福な夢ではないと、確認するように。

「良く頑張ったな、サラ」
「ジュート……?」

 大量の水を呼び、強引に顔を洗い口をすすがせた後、濡れたサラの顔を自分のシャツの袖で拭う。
 そのしぐさがあまりに乱暴で、サラは唇を突き出してムーッとうなった。
 乙女の肌は、摩擦に弱いのにっ。

「おい、あまり変な顔するなよ? お前は一応」
「あれっ?」

 サラは、ようやく違和感に気付いた。
 腫れた頬も、切れた唇も、折れたと思った骨も……不思議なことに、あれだけ長時間の暴行を受けた痛みは完璧に消え去っている。
 代わりに、なんだか背中がズシッと重い。
 まだ木の棒を背負っているかのように……。

 あとは、さっきからほっぺたが痛い。
 誰かが小石をぶつけているみたい。
 チクチクチクチク……。

 強い風に、髪がなびいた。
 コンブのようにくねくねと長い、艶やかな黒髪……。
 視界を塞ぐその立派なコンブを、手のひらで掴んで耳にかけながらサラは思った。

 おかしい。
 いろんなことがおかしい。

「私、やっぱり死んじゃったの……?」

 動揺し、涙がとめどなく溢れるサラの足は……確かに宙に浮いていた。

  * * *

 その高さは、約十センチ。
 先ほどまで時空を越え、世界を駆けていたときと比べものにならないくらい低いけれど、確かに飛んでいる。
 足をぶらんぶらん動かしてみても、空を蹴るばかり。

「ごめん、ジュート……私、幽霊になっちゃったみたい……」
「あのなあ、サラ」
「地縛霊……でも飛んでるから、浮遊霊っ?」

 涙が止まらなくなったサラは、十センチ背が高くなってもまだ少し上にあるジュートの顔を見上げた。
 いつ本当のお迎えが来るか分からないなら、最後までこの凛々しい顔を見ていようと決意しながら。

「いいから降りろ」

 両腕を掴んで引っ張られ、地面に降り立ったサラは、自分の発言の矛盾に気付いた。

「あれ……幽霊って、足あったっけ?」

 視界にくっきり映るのは、ジュートの靴に文句をいう筋合いが無いほど、薄汚れた小汚い靴。
 昇りきった太陽に照らされた、短い影もできている。
 幽霊は確か影ができなかったのでは、と考えながらじっとそこを見ていると、不思議な異物を発見した。
 着地した足元に、砂や小石に混じって、透き通ったガラス片のようなものが散らばっている。
 散らばるというより……降ってくるような……。

「ほっぺが、痛い……」

 サラが頬に触れると、その物体はコロリと手のひらを転がって、砂に落ちた。
 コロコロ……。
 目から、透明な石ころが出てくる……。

「なに、これ……?」

 怪奇現象にビクッと震えたサラは、またフヨッと宙に浮いた。
 重たい背中が引きつる。
 B級ホラー映画のように、恐い何かがあると分かっていながらも、サラが首を捻じ曲げてそっと背中を覗き込むと……。

「――ぎゃあぁあああああっ!」
「あー、うるせー!」

 再びジュートに抱き寄せられて、サラは固い胸板に思い切り鼻をぶつけた。
 痛みでまた目から石ころがポロポロ落ちる。

「いひゃい……」
「ちょっと落ち着け。アホ」
「アホって……アホって……だって……」

 ガッチリ抱きしめられて動けない体の代わりに、背中のソレがハタハタと動く。
 サラの肩甲骨から飛び出した……大きな二つの羽が。

  * * *

 ジュートの胸の中で、サラは傘の上を転がる枡のように、ぐるぐると同じことを考えていた。
 確かに、母のノートには『女神に助けられる』と書いてあった。
 だけど、まさか……。

「私が、女神様になっちゃうなんて……」

 否定して欲しくて、頼りなげな捨て犬のように鼻を鳴らすサラの頬に、コロリと涙の粒が転がる。

「ほっぺ痛いよぅ……」
「ああ、こんなに零してもったいねーなぁ。これ後で誰かに拾わせるか」

 ジュートが、トリウム軍の居る西を向きながら、抜け目無い盗賊の顔で呟く。
 サラのパニックは、深まるばかりだ。

「ねえ、なんなのコレ?」
「お前の剣にもついてるだろ? “女神の涙”」

 きょとんと目を丸くしたサラの頭に、魔術師ファースの声が再生された。
 あれは、決勝戦の試合中に語り出した、あの神話。

『女神が流した涙は、1粒の宝石となって地上へと降った』

 そんな貴重なモノが、サラがまばたきするたびにボロボロと砂に落ちていく。
 サラは、思わず呟いた。

「スーパー、リーチ……」

 昔こっそり千葉パパが連れて行ってくれた、パチンコ屋のフィーバーに似ている。
 サラは、抱き寄せるジュートの胸をおしやると、両頬に手のひらを当て宝石を受け止めた。
 ジャンジャンバリバリ出続けるそれは、あっという間にサラの手のひらいっぱいになった。
 ここには、溜まった玉を入れるドル箱を持ってきてくれる、マイクパフォーマンスの上手な店員さんは居ない。

「……コレ、どうしたら止まるの?」

 生まれたての雛のようにぷるぷる震えながら、サラはジュートを見上げた。
 そんなサラが可愛くて、ジュートはつい意地悪な台詞を吐いた。

「そーだなぁ、もうしばらく泣いててくれよ。できればデカイ粒のやつよろしく」
「なっ……そんなのやだあっ!」

 腰までの長さに伸びたサラの髪を一房つまみ、その毛先に口付けながら、ジュートは緑の瞳を細めて笑った。

  * * *

 無駄に色気のあるそのしぐさに頬を染めつつ、サラはジュートから体を離した。
 とりあえず何かの役に立つかもと、手のひらにためた宝石をズボンのお尻のポケットに押し込む。
 そのままサラの手は、無意識に右の腰をまさぐり……あるべきものが無いことを思い出した。

「ダイスちゃん……」

 ネルギ軍のアジトに、あの姿で置いてきてしまった。
 赤い瞳の魔術師に、壊されていなければいいけれど……。

「ていうか、今この世界って……?」

 夢見心地だったサラの頭は、覚醒した。
 世界をこの目で見たいと願った瞬間、背中の翼が大きく広がり、体は大空へと一気に舞い上がる。
 伸びた髪が風になびき、豪快に破れた服の背中がスースーする。
 地上では「おーい、気をつけろよー」とのん気な声を上げるジュートが居るが、サラの耳にその忠告は届かない。

「――みんなっ!」

 眼下に広がる景色は、あの夢の中で見たそのものだった。
 大地に倒れ伏した人々が、黒い蟻のように見えて……。
 でも、赤い花は無い。

「キール将軍!」

 サラは、自分の一番近くに倒れていたキール将軍の元へと降り立った。
 半ば砂に埋もれた体を引っ張り上げ、痩せた上半身を抱き起こし、ローブと顔から砂を払った。
 土気色の肌をしたその姿が、トリウム王城で砂に埋もれていたコーティの姿と重なる。
 闇の魔術の贄となった者の末路は、サラも良く知っている。
 魂が冥界へ行ってしまったなら、彼はもう……。

「戻って来い!」

『――バキッ!』

 サラは、キール将軍のやつれた頬を、思い切りゲンコツで殴った。
 キール将軍は微かに身じろぎするが、興奮したサラには見えない。

「……っ」
「死ぬな! キースに会うんでしょ!」
「おい、サラ」

 もう一発お見舞いしようと思ったサラの拳を、駆け寄ってきたジュートが掴んだ。
 サラは、ジュートを睨みつけると、その手を勢い良く振り払った。

「邪魔しないで!」
「生きてるから、そいつ」
「えっ」
「皆生きてるよ。お前がそう願ったから」

 サラは、再び天高く飛んだ。
 地面に転がる黒い蟻のようだった人々が、少しずつ体を起こし、人として立ち上がる姿が見える。
 ダメージの少なかったトリウム軍の騎士の一人が、空を指差しながら「女神だ!」と叫ぶ声が聞こえた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 第四章のタイトルシーンまで、ようやくたどり着きました。ホッ。この話はファンタジーの王道追求ってことで、主人公最強・下克上モノなのですが、主人公女神化……もう誰も叶いません。ちょっと前まで虐げられてたのが嘘のようなブイ字回復。でも、もしかしたら想像ついてた方もいたかも? 以前からサラちゃんが変化してた『アニマルモード』は、実は『女神モード』だったのです。予言しーの、人類皆平等にかわいがりーの。ジュート君だけが特別で、他の男子には全て人類愛だった……ということで、他の逆ハーキャラとくっつく隙はありませんでした。みんなゴメンよっ。ラストは絶対幸せにしてあげるからねー。しかし、一番盛り上がるはずのシーンだったけど、緊張感というか神々しさが無く……パチンコ屋を思い出しつつの覚醒。まあこの話はそんなもんです。
 次回は、誰だ、誰だ、誰だー空のかなたに……なシーンと、あとは第五章へ向かって突っ走る助走を。せっかくの逢瀬だけど、ジュート君とはすぐお別れです。
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第四章(21)光の向こうへ

第四章 女神降臨


 ザクザクと、荒野を蹴る足音が聞こえる。
 目がうまく開かず、体の感覚を失ったサラには、耳だけが頼りだ。
 閉じた瞼の向こうがオレンジに染まっていることから、すでに太陽が高く昇っていることが分かる。

 今、サラはキール将軍によって運ばれている。
 十字に組んだ直径二十センチほどの丸太に、両手両足を荒縄でくくりつけられ、こすれる手首と開いた唇から血を溢れさせながら。
 殴られたときに内臓が傷ついたのだろうとサラは思った。
 ときおりむせかえるほどの血液と胃酸があがり、嗚咽とともに吐き出す。
 そのたびに、サラの騎士服は汚れ、汚物は砂へと垂れ流された。

 その上を歩き、サラの吐いた血をかき消してしまう集団がいた。
 彼らは“弾”と呼ばれる老人たちだ。
 一瞬だけ視界に入った彼らの体は幽鬼のように揺れ、時によろめき倒れながらも、無言で後をついてくる。
 心に闇を、体に炎をまとわりつかせたネルギ軍の幽鬼兵。

 先頭に立つキール将軍は、魔力を使って丸太ごとサラを抱え上げているため、足取りはぶれない。
 サラが声にならない声で止めようとしても、当然聞く耳を持たない。
 赤い瞳から距離が離れたところで、その支配力は衰えないようだ。
 今頃あの屋敷では、銀の粉で支配を強められた魔術師たちが集い、最終決戦へ向けて詠唱を続けていることだろう。

 最前線に送られたキール将軍は、爆薬の一つだ。
 サラを救いに来るはずのトリウム軍を巻き込み、全てを炎に包むための大事な弾薬。

『この男は、罪を償うべきなんだ。そうは思わないかね? 異界のサラ姫』

 赤い瞳を受け継いだ魔術師は、サラの腕を縄できつく縛りつけながら、悲願達成を目前に感傷に浸っていた。
 最後に漏らした言葉は、赤い瞳が言わせたものとは少しだけ違った。

『この戦地には、数え切れない仲間が……墓標も立てられず朽ち果ててきた。この男はそれを知りながら、我々に死を与え続けた。あなたはそれを知らないのだ。だからこの男をかばったり、簡単に“戦争を終わらせる”などと戯言を言う。もう止められないのですよ。全てを壊し尽くすまでは……』

 首を横に振り抵抗するサラを、聞き分けの無い子どもを見るような目つきで見つめながら、男はサラの黒髪を一度撫でてから、出陣の命を下した。
 けれど、彼こそ知らないのだ。
 この太陽が陰るとき……赤い瞳の悪魔が、その瞬間を狙ってきたことを。

  * * *

 荒野の中心に、サラは置かれた。
 両手を広げ、力なく頭を下げ、血を垂れ流し続けるボロボロの姿で。
 キール将軍の力によって、一度高く掲げられ、その後地面へと降ろされた。
 丸太の先は砂に少しめり込むものの、安定感は無く風で揺れる。
 キール将軍の魔術が途切れれば、容易に倒れるだろう。

 瞼を閉じていても、サラには分かった。
 サラの姿が、距離を置いて相対したトリウム軍の騎士たちにも、見えてしまったことが。
 強烈な憎悪ととも湧き上がる怒声が、荒野を包んだ。

 サラを奪還せんと、突進する力強い足音。
 その地響きは、導火線に火がつくカウントダウンとなる。

「来ない、で……」

 サラは顔を上げようとし、そのたびに力を失っていった。
 止めなければいけないのに、体がまったく言うことをきかない。
 そういえば、トリウム王城で毒を盛られたときも、こんなことがあったと思い出した。

 あの時は、ジュートが助けに来てくれた。
 今回は……。

「もう、遅い……」

 呟いた言葉は、風にかき消された。
 瞼の向こうの世界が、少しずつ色を失っていく。
 テレビでしか見たことの無い、丸い太陽の縁が欠け光が少しずつ弱まっていくあの光景が、今まさに起こっているのだろう。

 赤い瞳によって、闇に染められたネルギ軍の贄たち。
 サラの姿によって、心に闇を抱いたトリウム軍の騎士たち。
 この場に居る全員の意思が闇を欲し……その意思に呼応するように、闇が色付いていくのだ。

 遠く、風の吹く向こうから、戸惑いを含むざわつきが聞こえた。
 本格的な皆既日食はこの世界でも珍しいと、クロルが教えてくれた。
 太陽が陰ると同時に、枯れた荒野にも異変が訪れ始める。

「――なんだ、これはっ!」

 すぐ近くから、トリウム軍の騎士の声がはっきり聞こえた。
 ネルギ軍の幽鬼兵を目の当たりにしても怯まず、サラを助けんと突き進んで来たのだろう。
 獲物が射程距離に入った合図のように、キール将軍の詠唱が始まった。
 その低い声に応えるように、幽鬼兵たちも言葉をなさないうめき声を上げ続けている。
 陰鬱な唱和の中で、サラの耳が、トリウム軍の誰かが発した言葉を掴まえた。

「花が……」
「赤い……」

 閉じた瞼は、ほんのわずかな光をも失いかけている。
 もうすぐ世界は、漆黒の闇に染まる……その直前、サラの脳裏には一つの光景が描かれた。

 黄土色の荒野が、赤い絨毯を敷いたように赤い花に覆われる。
 命を落とした何千何万もの人間たちが、闇に照らされて命の花を咲かせる。
 それは、あまりにも幻想的で美しい光景だった。

 この戦場は……今から、森になるのだ。
 人間が誰一人生き延びられない、聖なる森に――。

  * * *

 ふっと詠唱が途絶え、すぐ近くでズシリと何かが落ちる音がした。
 同時に、サラの体も大地へと投げ出される。
 すでに痛覚が失われているため、痛みは感じなかったが、体が不自然な形に曲がったことは分かった。
 サラの体がはりつけられた木が倒れた……それは、支えていたキール将軍が倒れたせいに他ならない。

 贄として連れてこられた老人たちのうめき声も、聞こえなかった。
 トリウム軍の足音も、ましてや風の音すら聞こえない。
 完全な静寂の中、サラの視界は何も映すことはなかった。
 サラがこの世界へ誘われたあのときのような、どこまでも続く暗闇が広がっていた。

 ついに、そのときが来たのだ。
 全ての生命が無に還り……大地の穢れは拭い去られる。
 それが、魔女の望み。

「皆、ごめん……」

 分かっていたのに、止められなかった。
 自分は“この時”のために呼ばれたのに――。

『――サラっ!』

 誰かが、サラの名を呼んだ。
 サラの意識は、今一度揺り起こされる。
 しかし、サラの体はもう動かないただの塊となっていた。

『ごめんなさい……』

 サラの心が、贖罪の言葉を呟いたとき。
 体はもう動かないはずなのに、ふわり、とサラの心だけが宙に浮いた。
 高く上空へと浮かんでいく浮遊感を不思議に心地よく感じながら、サラは大地を見下ろしていた。
 魂を縛り付けていた重く歪んだ体が、眼下に映る。

『私、本当に死んでしまったのね……』

 見上げれば、輝きを失い縁だけを白いリングのように輝かせた太陽が一つ。
 見下ろせば、黒い蟻のようにちっぽけな人間たちが大勢蠢いている。
 まるで早回しのビデオを見るように、黒い蟻たちが次々と力尽き、赤い花を咲かせていく。

 あの蟻のうちの一匹が、自分だ。
 体はすぐに大地へ溶け、その場所には一輪の赤い花が咲く。
 他の蟻たちも、すぐ花になれるだろう。
 少し寂しいけれど、きっと美しい光景となる……。

『……けて』

 ある種の感慨とともに大地を見下ろしていたサラの耳に、微かな声が聞こえた。
 あまりにも小さく、儚く……しかし、決して聞き逃せない音色。
 サラは耳を澄ませてその声の聞こえた場所を探った。

 サラの魂が声の主を求めてさまよう中、コマ送りのビデオは、自動的に時間をまき戻していった。
 赤い花は消え、砂に埋もれた大地は緑に覆われていく。
 小さな蟻たちの顔が、一人一人見えてきた。
 それは、サラの大事な……守りたいと思った人たち。

 そして、誰よりも大事なものが、サラの目の前に現れた。

『……助けて!』
『――お母さんっ!』

 サラは、下腹部をおさえながら必死の形相で走る母に、手を差し伸べた。
 背後に迫りくるのは、あの暗闇。
 母を闇に取り込もうと触手を伸ばすように、波打ちながら近づいてくる。

 とっさに周囲を見渡すと、いくつもの枝分かれした道の先に、一つの光り輝く星が見えた。
 あそこなら、きっと――。

『行って! あの光の向こうへ!』

 サラの願いと同時に、母は闇を振り切って光の中へ飛び込み、消えた。


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 ついに何日遅れで皆既日食。サラちゃん、楽しい幽体離脱&三途の川体験ツアー。そして秘密が一つ……母&サラちゃんを救ったのは、サラちゃんでしたっ。イッツ時間ループ……ファンタジーというよりSFの王道ですね。夢オチと同じく禁じ手って感じもしますが、作者は大好きです。素晴らしき無限ループの世界。この逃げ場が無い感じにうっとり。オカンがもともとこっちの世界の人だったということは、すでに第一章でバラしてるんですが、こんな感じで逃げてきたのです。T市(どこだよ)を選んだのは、サラちゃんがテキトーに……パラレルワールドのどっかに放り込んだということで、それ以上の追求はご勘弁ください。オカンが逃げた理由は謎のままですが、その辺は第五章で。魔女さんの呪いもまたちょっぴり出ました。いろんな思惑の魔女が居るので困りますわー。
 次回は、遅ればせながらジュート君の登場です。たまに出て来てイイトコ持ってくヤナヤツです。そして、生き返ったサラちゃんに何かが起こる……。

第四章(20)血に染まる瞳

第四章 女神降臨


 口の端から血を流し、打ちひしがれた表情でうつむくサラに、男は笑いながら言った。

「私に逆らわないでくださいね、サラ姫。私は今すぐに、この男を自害させることもできる。あと、せっかく助けた“贄”が、どうなっても知りませんよ?」

 キール将軍は、自分の知識を全てこの男に伝えたようだ。
 まだ彼らが知らないことで、自分の強みは何か……逆転の方法を探そうとして、サラは目を閉じ熟考を試みた。
 しかし、誰かの命がかかっているという焦りが、冷静な思考を阻害する。

 大事な人を奪われ、無理やり言うことをきかされる……それは、サラにとって初めての経験だった。
 サラ姫に強要されて始まった旅も、サラには「やらされている」感覚は無かった。
 先に母のノートを読んでいたせいかもしれない。
 また、サラ姫に感じるシンパシーが、サラを必要以上に寛容にしていた。

 今は、違う。
 家族のために、悪魔の指示に従い続けたキール将軍の気持ちが、ようやくリアルに理解できた。
 同時にその行為を非難していた先ほどまでの自分が、いかに高飛車だったか……。

 葛藤するサラの心を知って知らずか、男はサラに近づき、腫れた頬に手のひらをかざす。

「へえ……あなたには本当に、魔術が効かないのですね。異界の姫とは面白い」

 打たれた頬にまとわり付いてくる熱を吸収し打ち消しながら、サラは初めて他人のことを心の底から拒絶した。
 こんな魔術は、要らない。
 男が積み重ねてきた十四年の苦しみや恨みなんて、耳にしたくない。
 耳にすれば、サラはきっと許してしまうから。

「あなたの、望みは何?」

 サラは、痛む頬をなるべく動かさないように、唇を少しだけ開いて問いかけた。
 自分語りを始めかけていた男は、ぎょろりと瞳を動かし、痩せこけた頬が病的な笑みを作る。
 男は、サラの唇の端から流れ出た血を筋張った指先で拭い、美味しそうに舐めた。
 嫌悪感で寒気が走るサラに、男は夢見るような表情で告げた。

「何が望みか……そうですね。今の私にできることは無尽蔵にある。まずは、小賢しいトリウム軍を滅ぼしましょう。その後はネルギ王宮です。私は、この世界を解放する。私に従えば、あなたを元の世界に返してあげても良い。良い案でしょう? “異界のサラ姫”殿……」

 この男は、狂っている。
 そんなこと、できるはずがないのに。

『でも、もし自分を呼び出したあの魔術師が死んだら……?』

 赤い瞳が、サラの心に甘美な誘惑を持ちかけるようで、サラは男の顔から目を逸らした。

  * * *

 今太陽は、どこまで昇っているのだろう?
 慣れない馬車の旅、シシト将軍と緊張の対面、その後騎士たちを治療し、ろくに休まずこの場所へ来た。
 体は、食事と睡眠を欲している。
 なのにサラは日の当たらない部屋で体を拘束され、男の夢を聞かされる人形として、ずっとこの場所に置かれた。

 気に入らないものは壊し、逆らう者は殺し、自分を苦しめてきた敵軍を滅ぼし、虐げてきた国家を滅ぼす。
 自分には神や悪魔のごとき力がある……そんな妄想でできた、コールタールのような黒い夢だった。
 サラは、唾を飛ばし熱弁を振るう男の狂気を見つめながら思った。

『この男は、近いうちに死ぬ』

 刻々と過ぎていく時間の中で、サラだけが気付いている。
 赤い瞳が彼の命を吸い続け、その色を濃くしていることを。
 一秒ごとにより深く刻まれるシワと、削げ落ちていく肉。
 魔力の強いキール将軍だからこそ律することができた赤い瞳は、凡人に寄生すればこうなるのだと、サラは冷酷な判断を下した。

 男は、幸せなのかもしれない。
 長年思い描いた夢が叶う……一瞬でも、そんな甘い夢が見られたのだから。
 サラの思考が、男への見切りをつけたそのとき。

「――将軍っ、失礼いたします!」

 扉の前に立ちふさがっていたキール将軍が少し体を横にずらし、引きずられるようにサラも動く。
 熱弁を邪魔された“将軍”が、舌打ちしつつ「入れ」と命じると、一人の若い魔術師が飛び込んできた。
 彼は目的の人物に対して、頭を下げながら報告した。

「キール将軍……トリウム軍が再び行軍を開始しました!」

 下っ端の伝達係なのだろう。
 彼は、伝えるべき相手が変わったことに気付かなかった。
 サラの背後で腕を掴まえるという役目しかない人形に、話しかけてしまった。

「誰に向かって報告しているっ……」
「止めて!」

 サラは叫んだ。
 掴まれた腕を振り払おうとしたが、体力を奪われ続けた体は重く、しびれた腕は解けなかった。
 魔術師の男は、机の上に置いたサラの黒剣を掴むと、伝達係の男に向かって叩き付けた。
 突然の身内からの攻撃にろくな防御もできず、うめき声を上げながら崩れ落ちた男に、何度も黒剣が打ち下ろされる。

 赤い瞳がたぎるように輝き、黒剣の鞘が血に染まる。
 サラが手にしてから、初めて浴びる血……。
 剣を抜かないことで、殺すつもりは無いと分かっていても、サラには直視できなかった。
 自分の分身が、こんな風に人をいたぶるために使われるなんて……。

「もう、止めて……お願い」

 黒剣は、所有者であるサラの意思を汲んだ。

  * * *

 サラが涙混じりに呟いた声に、黒剣が反応した。
 束に埋め込まれた宝石が光り輝き、暗い部屋を一瞬だけ真昼のように照らす。

「――何っ!」

 空中へ放り出されると同時に起こった、突然の爆音。
 “将軍”の手にしていた、相手をいたぶる便利な道具は、煙に包まれて消えた。
 一秒後、赤い瞳が見つけたのは、剣の代わりに足元に転がる小さな石ころだった。
 シワだらけの黒ずんだ顔が、憤怒によって赤く変わっていく。

「貴様……何をした?」

 カーペットの上に異物として転がる石を、“将軍”は靴の底でギリギリと踏みつける。
 赤い瞳が見ているのは、部屋の隅に拘束されて立ちすくむサラ一人。
 ターゲットから外れた伝達係の男は、ヒイッと叫び声を上げて部屋を飛び出そうとした。

「待て!」
「逃げてっ!」

 伝達係の男は扉の前で立ち止まり、うつろな目をしたまま“将軍”の指示どおりに軽く口を開いた。
 茶色の小瓶を手にした将軍は、彼の口の中へと銀の砂を一つまみ放り込み、赤い瞳を輝かせながら「行け」と呟く。
 怯えを消した伝達係の男は、頭部からダクダクと流れる血も気にせぬ様子で「はい、将軍様」と一礼し立ち去った。

 サラは、何も出来なかった。
 体から力が抜け、背後に居るキール将軍に支えられる。
 男はカーペットから小さな石を拾い上げると、赤い瞳がサラという標的に向き合った。

「おまえは、魔術が使えないというのは、嘘なのか?」

 黒剣がダイスへと変わる……初めて見た者には“何かの魔術”として映るのかもしれない。
 自分自身も、初めて目にしたときはジュートが何かしたと思ったのだから。
 サラは、ゆるゆると首を横に振りながら言った。

「嘘じゃない。それは――」
「私に逆らうのか!」

 再び打ち付けられる手のひら。
 目の前に火花が散るような、鋭い痛みだった。

 サラは、吊るされたサンドバッグのように、男の怒りを受け止めていく。
 いつしか平手は握りこぶしとなり、サラの顔だけでなく体へと振り上げられた。
 もしこの男が非力な老人の腕でなければ、またサラが日頃から体を鍛えていなければ……死んでいたかもしれない。
 無抵抗なサラが口から大量の血を流し、ぐったりと頭を下げたことに満足し、男は告げた。

「トリウム軍か……攻撃には贄を使おうと思ったが、ちょうどいい。お前を餌に奴らを誘き出そう。お前のような嘘をつく人間は、早めに処分した方がいい」

 ククッと再び嫌な笑い声を立てながら、男は席へと戻った。
 赤い瞳の色が、徐々に濃い血の色に変わっていくことにも気付かずに。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 またもや痛い回になりました。うー。ごめんサラちゃん。ダイスのバカバカ! とヤツアタリしてください。本来こんな小悪党にやられるサラちゃんではないのですが、今回は苺ちゃんたちの命がかかっているので……まあ、何を言っても言い訳でございます。もうこの痛いシーン終了なので、ご勘弁くださいませっ。何か楽しい話を……うーんうーん。とにかく今が底辺なので、この先のV字回復にご期待いただければ……ジュート君もそろそろ到着するし。え? なんで今ここに来て助けてやらないんだって? はい、物語進行のためにはしょーがないのです、この先アレがナニしなきゃいけなくて……急展開必至なのでぜひ続きをお待ちくださいませっ。
 次回は、話をグッと進めます。そろそろ太陽も高く昇ってきた頃合い。死なばもろともな大作戦が決行され、サラちゃんの秘密が一つ……。

トーストにピーナツバター 本編

トーストにピーナツバター


 腰に巻きつけるカフェ風エプロンは可愛いけれど、上着が汚れるから料理には向かない。私はあくびを噛み殺しながら、今日も普通のエプロンを手に取った。せっかく彼にねだって買ってもらったのに、悲しいことに一度も出番が来ない。「用と美は相容れないもの」という彼の言葉はやはり正しかった。
「さて、今日のメニューはどうしよっかな……」
 冷蔵庫に貼り付けたカロリー表とにらめっこした結果、私はアボカドとトマトを選んだ。角切りにして手作りマヨネーズをあえ、ちょっぴりのニンニクと黒胡椒をアクセントに。メインはカリカリベーコンと半熟卵。それらを大きめのセラミックプレートに盛り付ければ、彼の好きなものばかりが詰まった完璧な一皿になる。コーヒー豆もセットしたし、あとは……。
『――ガタン!』
 洗面所の引き戸が開く音が響いてきた。トーストを焼く合図だ。
 トースターに差し込むのは、彼が好きな『ヴィアン』のホテルブレッド。週二回バスで来店する私は、店員さんにすっかり顔を覚えられてしまった。焼き上がり前に着いてしまうと「もうちょっと待ってね」と声をかけられたり、たまに私の顔色が悪いときはお店の隅で休ませてくれたりする。
 そんなとき私は決まって「スミマセン」と言っていたけれど、彼に「ありがとうの方が良い」と教わってからは、それが私の口癖になった。
「うん、今日も良い匂い」
 レトロなポップアップトースターから、キツネ色の耳がぴょこんと飛び出した。この子はいつもお値段以上の幸せをくれる。
 何もつけなくても甘いけれど、うちではピーナツバターをつけるのが定番だ。「ピーナツ油はオレイン酸が豊富で健康に良い」からって。オリーブ油や椿油みたいにお肌につけても良いらしい。彼はいつも私が知らない世界を教えてくれる。
 鼻歌をうたいながらバターベラを繰り、ピーナツバターをたっぷり塗り終えたとき、彼がリビングにやってきた。
「おは、よ……」
 言葉が、喉に詰まった。トーストを手のひらに乗せたまま、私の体は人形のように固まった。
 ああ今日は“あの日”なんだ。彼が良く眠れなかった日。
 昨夜、私を殴り足りなかったせい。
 彼の冷たい手のひらが、トーストを持つ私の手に重ねられ……次の瞬間、私の視界は真っ暗になった。顔全体にぬるりと生温い油の感触。口の中に甘いピーナツバターが入り込む。目にも、鼻にも。
 パンが、床にベシャリと落ちた。
 遠ざかる足音を聞きながら、私の唇はいつもの呪文を唱えていた。

 ありがとうございます。
 ありがとうございます。

 感謝しなきゃいけない。彼は私の顔に、肌に良いピーナツ油を塗ってくれたのだから。(了)


【後書き】補足&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
『DV』という社会問題に興味があり、そこに陥った女の人の生活を切り取ってみようと思いました。世間的には『ポジティブ最高』みたいな風潮がありますが、ポジティブに受け取ることが、決して良いことではないケースもある……そんなことが皮肉っぽく伝わればいいなーと。(でも、彼女は幸せなのです。だから抜け出せないという……)

※リベンジ(アホ)作品『トーストに、何つける?』をお口直しにどうぞ。

トーストにピーナツバター あらすじ

トーストにピーナツバター


「トーストにピーナツバターは幸せの象徴」私と彼の朝食をめぐる甘い生活。それが崩れて……一分間の泥沼ラブストーリー。問題作。
※『3Pで物語を作る』という課題作。短いくせに濃厚ドロドロ系。ポジティブって本当に素敵なことなのか? がテーマです。PG12。
※リベンジ作『トーストに、何つける?』をお口直しにどうぞ。

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第四章(19)劣勢

第四章 女神降臨


 風の魔術が使えればいいのにと、サラはこの世界に来てから何度目かの無いものねだりをした。
 ドクドクと鳴り響く心臓の音を振り切るように、ネルギ軍のアジトへと駆け戻ったときには、すでに廃墟は朝の光に包まれていた。
 昨夜は見えなかった、瓦礫の合い間に息づくほんの少しの雑草……今のサラには、そんな微笑ましい小さな命に気付く余裕も無い。

 サラが戻ってくることが事前に知らされていたのか、アジトの門は開かれていた。
 飛び込んだサラは、扉の奥で待ち構えるキール将軍に出迎えられた。

「お待ちしておりましたよ。さあ、こちらへ」

 光に慣れていた目が、建物内の圧倒的な暗闇によってダメージを受ける。
 何度かまばたきをしたサラは、あらためてキール将軍を見た。
 左目を長い前髪で隠し、ローブのフードをかぶり……左手には新たに用意した赤い指輪をはめている。
 何もかも、夜明け前と同じ……。

「早くいらしてください。皆、あなたをお待ちしているのですから」

 キール将軍に強く促され、サラは館の奥へと付いて行った。

  * * *

「あなたが出迎えるなんて、珍しいんじゃない?」

 サラの問いかけに、彼は応えない。
 静かに任務をこなすだけだ。

「私は……間違えてしまったの?」

 目の前の大きな背中に、心もとなげなサラの声がぶつかり、遮断されて落ちる。
 建物の外観に対して、蟻の巣のように入り組んだ地下通路を進み、連れて行かれたのは『将軍』の部屋だった。
 簡素な木の扉ではなく、そこだけは大きく頑丈な鉄の扉で仕切られており、中は十畳ほどの広さだった。
 敷かれた緋色のカーペットと、背もたれの高い布張りの椅子、艶のある大きなデスク。
 通風孔が設けられており、冷たい風がサラの前髪を跳ね上げた。

「戻って来られたのですね、サラ姫」

 デスクの上には、サラが預けたままの黒剣と、茶色の小瓶が並べて置かれている。
 二つのアイテムを手のひらで撫でるその男に、サラは見覚えがあった。

「あなたは……誰?」
「名乗らなくとも良いでしょう。新たな“将軍”と覚えていただければ」

 サラが、キール将軍に会う直前に見た、小柄な魔術師の男だった。
 見立てどおりならば、ネルギ軍のナンバーツー。
 命を燃やすほどの魔術を使い続けた証として、顔中にシワが寄り、年齢は読めない。
 分かるのは、その目がまだ生を欲していることだけ。

「お前はもう良い。出て行け」

 男に軽く頭を下げたキール将軍は、頭を上げつつ邪魔な前髪を耳にかける。
 涼やかな両の黒い目を隠そうともせず。

「待って、キール将軍!」
「将軍は私だ!」

 後姿のまま、ドアに手をかけた姿勢で固まったキール将軍は、スローモーションのように振りかえる。
 射抜くようなサラの視線と、さげすむ様な“将軍”の視線、両方を感情の無い目で受け入れた。

「キール将軍、あなたはまた同じ道を辿るの?」

 支配されることに慣れた目は、サラの言葉にも反応しない。
 背後にいる魔術師の男が、ククッと甲高い嫌な笑い声を立てた。

「奴が居た方が良いというなら、望みを叶えてやろう」

 出て行けという命令が取り消され、キール将軍は扉の前に立った。
 とりあえず、魔術師の男と二人きりにならずにすんだことに安堵しつつ、サラはデスクの方を向く。
 サラの気持ちを悟っているのか、男はサラが嫌いな声色で笑い続けている。

「何がおかしいの?」

 サラが問いかけると、その男は伏せていた顔をあげた。
 外は朝日が昇ったというのに、この部屋は暗い。
 小さなランプ一つの明かりの中でも、男の左目に輝く赤は、十分に良く見えた。

  * * *

 自分は、いくつかの間違いを犯したとサラは思った。
 一つ目は、シシトの砦に手紙を残していかなかったこと。
 二つ目は、キール将軍に必要以上の銀の砂を飲ませてしまったこと。
 三つ目は、赤い瞳のしくみについて、深く追求しなかったこと。
 そして最後は……自分の心が発する警鐘を無視して、キール将軍を一人残してしまったこと。

「その男には、ずいぶんと無理な要求を呑まされてきたんですよ」

 魔術師の男は椅子から立ち上がると、一歩ずつサラへと歩み寄ってくる。
 動けないサラは、近づく男を見つめたまま唇を噛んだ。

 あの時クロルは、サラに大事なキーワードを伝えてくれていた。
 闇の魔術については、まだ分からないことが多い……アレがどんな形で人間に憑依するのかを、しっかり確認するべきだった。
 キール将軍の目から離れた黒い靄は、別のよりしろを見つけたのだ。
 今までの宿主より力は弱くとも、居心地の良い場所を。

「もう、十四年……私の体は、魔術に蝕まれた」

 増えた指輪を重そうに持ち上げながら、男は両方の手の甲を見つめる。
 水が飲めなかった砂漠の旅で、サラもああして手の甲を見たことがあったなと思い出した。
 しかし男の皮膚に刻まれたシワは、水を飲めば治るものとは違うのだ。

「ようやく、私は手に入れた。この男に……いや、私をおびやかした者全てに復讐できる方法を」

 サラの胸に鳴り響く警鐘は、昨夜以上に強くなった。
 しかし、動きたくとも動けない。
 サラの背後では、赤い瞳の手下と化したキール将軍が、ガッチリとサラの腕を掴んでいる。

 銀の砂を飲み過ぎると薬が毒になるのだと、クロルは言っていた。
 より闇の魔術にかかりやすくなったキール将軍は、この男の操り人形だ。
 最愛の義妹に似たサラに対しても、苦痛を与えるほど腕を締め上げてくる。

「復讐って、何をする気……?」
「あなたを使えば、いろいろなことができる」

 男はサラに向かって老人のように枯れた手を伸ばし、頬から首筋へと這わせた。
 不快感で身震いするサラの表情を見て、愉快でしかたないといった顔をしながら。

「私は、役に立つような人間じゃない」
「あなたは、結界を崩せる。魔術師にも近づける。剣の腕もそれなりにあるらしいですね」
「……そんな要求を、呑むと思う?」
「あなたの大事な人間を、一人ずつ殺して行きましょう。まずは、この男から」

 汚らしく伸ばした爪の先が、サラの頭の上を指した。
 そこにあるのは、感情を失くした人形が一人。
 サラは、悔しさに唇を噛み締め、悪意を込めて魔術師を睨みつけた。

「そんなに……このクズが大事か?」

 背筋を伸ばせば、魔術師の男はサラとそれほど身長は変わらなかった。
 落ち窪んだ瞳の赤が近づき、サラは思わず顔を逸らす。
 同時に、男の指輪をはめた手の甲が飛んできて、サラの頬を打った。

「――っ!」
「あなたに支配の魔術が効かないのは残念だ。しかし別の方法で、従わせることはいくらでもできる。なるべく傷をつけたくないんですよ……言うことを、聞いてもらえませんか?」

 シシトの砦で、キースに打たれたときとは比べ物にならない痛みが走った。
 唇の端が切れ、口の中に苦い血の味が広がる。
 固い指輪が当たった部分が、また青痣になったかもしれない。
 指を触れて確認することもできず、サラは鈍い痛みから意識を逸らした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 苦しいシーンです。今までで一番のピンチ。人質取る悪人が一番嫌いじゃー。時代劇でも……こんなとき、やしち、おぎん、とびざるが居たら、こっそり皆を助け出してくれてて、知らぬは悪代官のみという痛快な展開なのですが、残念ながらそうは問屋が卸さねえのです。まあ、この悪役魔術師も可哀想な人ではあるのですが……この世に根っからの悪人なんてもんはいねえってこった。しかしここまで“悪よのう”になったら、落としどころが大変。あまり人に死んでほしくないんだけど……はー。さて第四章に入ってから、サブタイトルがだんだん短くなってきました。タイトルつけるの、本当に苦手です。改稿時(すでに無期延期)には、その辺ももうちょい考えよかな……第一章のノリで……ああ思い出したくない。
 次回は、第四章の終盤に入っていきます。サラちゃんのピンチもうちょい続きます。すみませんっ。でもピンチの後にはチャンスあり……。

第四章(18)足手まとい

第四章 女神降臨


 あれほど美しくまたたいていた星たちは影を潜め、荒野には夜明けの気配が満ちてきた。
 薄靄に包まれる中、結界の向こうに武装し剣や槍を構えた騎士たちをぼんやりと捉える。
 両翼が後方へ下がる、方円の陣に似たその形なので、正確な人数は掴めない。
 その陣の正面、先頭には……サラの良く知る人物がいた。

「――サラっ!」
「カリム……」

 円の中央には、きっとシシト将軍か、もしかしたらリグルやクロルも居るのかもしれない。
 彼らは自分たちが守るべき人だけに強固な結界を作っているようで、カリムの後方にはサラの目にも分かるほどくっきりと、ドーム状の膜が浮かび上がっている。
 その結界とは無縁な場所に、最初からカリムは居た。
 きっと、城を出たときからそこに居たのだろう。

「今助け」
「――来ないで!」

 サラは廃墟の縁から、声の限りに叫んだ。
 他の騎士たちを置き去りに駆け寄ってきたカリムが、一瞬たじろいでその場に立ち止まる。
 サラがネルギ軍の結界から出てしまえば、困るのはキール将軍だ。
 元々魔力の強いキール将軍でも、赤い瞳が消えれば“一般レベル”の魔術師だ。
 すでにこの結界をキープするだけで限界なのに、サラの手でそれを消してしまうわけにはいかない。

「サラ……?」

 カリムは警戒をあらわにしながらゆっくり歩み寄り、サラの数メートル先で足を止めた。

  * * *

 乾いた地平線の向こうから、少しずつ朝の気配が立ち上ってくる。
 そのスピードに合わせるように、廃墟へ近づくにつれ、いつもの仏頂面がより険しくなってくるカリム。
 もしかしたら、サラの苦しげな表情に気付いたせいかもしれない。

「お願いだから、それ以上来ないで」
「サラ、何言ってんだ?」
「シシト将軍と皆に伝えて欲しいの。私は大丈夫だから、砦に戻って結界を強化して待っていて」

 カリムの瞳に、獰猛な獣のような光が宿った。
 サラはそこで初めて、自分の失敗を悟る。
 カリムは、完璧に誤解してしまった。

「お前をここに一人残して、帰れるわけがないだろ?」

 口調は淡々としているものの、サラには言葉の裏の激情が伝わった。
 砂混じりの微風になびく髪と、サラの手前を容赦なく睨みつける視線。
 しなやかな腕が腰の聖剣に伸びる。

「カリム……結界を破るつもりっ?」

 サラの背筋に、ゾクリと悪寒が走った。
 今のカリムなら、その剣で本当に結界を打ち抜いてしまう。

「ダメ! やめてっ!」

 カリムの剣が抜かれ、旋風が巻き起こる。
 その剣先が向かう軌道が、サラにははっきり見えた。
 とっさにその場所へ動き、立ちふさがるように両手を広げる。
 結界を斬るなら、サラ自身も斬られる……ギリギリのポジションへ。

「サラ!」
「お願いっ、私の話を聞いて!」

 ピタリと止まった剣が、静かに下ろされた。
 サラは額に浮いた冷や汗を騎士服の袖でぬぐうと、小さくため息をついた。
 直情型のカリムには、別の言い方をしなければならなかった。
 もっと、順序だてた説明を。

「ここには、私が自分で来たの。誰かに連れてこられたわけじゃない」

 剥きだしの聖剣を手にし、いつでも戦闘に入れる姿勢のまま、カリムはサラの話を聞くフリをした。
 アゴをぐっと引き、師匠のアレク並の三白眼を作って、サラの背後に居る魔術師たちを確認していく。
 自国の民……しかし今は、敵としか見えない者たちを。

「大丈夫。私に魔術は効かない。誰かに脅されてるわけでも、操られてるわけでもないから」
「サラ……」

 苦笑するサラに、カリムはようやく振り上げた剣を降ろした。

  * * *

 カリムという人物は、こうやって相対すると本当にやっかいだ。
 物怖じしなくて、行動派で、一度決めたことは貫き通す……頑固オヤジ。

 クロルなら、サラの意図を汲み取ってくれる。
 リグルなら、サラの感情に反応してくれる。
 エールなら、冷静に状況を分析し、結論を出してくれるだろう。
 アレクなら、何も言わずに「お前を信じる」と言ってくれるような気がする。

「カリムって……国王様に似てる?」
「はぁっ?」

 サラは、さすがに「見た目と性格がオヤジ臭い」とまでは言えず、一人くすくす笑った。
 意味わかんねーと呟くカリムの台詞は、年相応の少年らしくぶっきらぼうなのに……成熟し落ち着き払った見た目とミスマッチ過ぎる。

「まあ、お前が無事で良かったよ」

 まるっきり緊張感の無いサラの態度を見て、カリムも少しだけ警戒を緩めた。

「皆には心配かけちゃって、ごめんね。私がここに来たのは、理由があるの。ちゃんと手紙残していけばよかったね」
「理由って何だよ。場合によっちゃ許さねーぞ」

 サラは先ほどの失敗を教訓に、慎重に言葉を選んだ。
 カリムも皆も、今はただ自分を連れ戻したいだけなのだ。
 来ないでとか、帰ってと言ったところで、反発されるのは当たり前。
 北風と太陽の、北風をやってしまった。

「理由は……皆が弱いから」

 選んだ言葉は、辛らつなものだった。
 クロルなら、または魔術師ファースなら言うかもしれない……相手の心をえぐるような言葉。

「今の私は、自分を守るだけで精一杯なの。ついてこられても、守ってあげられない。だから帰って」

 サラの言葉は、カリムの胸を焦がす灼熱の太陽。
 ダメージを振り切るように、カリムは叫んだ。

「俺は別に、お前に守ってもらおうなんて思ってねーよ!」
「――闇の魔術が相手でも?」

 激したカリムの心が、一気に冷えていく。
 珍しく顔色を青ざめさせるカリムに、サラは追い討ちをかけた。

「これは私にしかできないの。皆がもし操られたら、足手まといになる。分かってくれる?」

 言葉にして初めて、サラはそれが真実だったことに気付いた。
 なぜ夜明けを待たずに、誰にも告げずに、一人ここまで来たのか。
 サラには、敵の姿が見えていたのだ。
 もしかしたら、銀の砂を託してくれたクロルにも、見えていたのかもしれない。

「くそっ……あいつの、言うとおりかよ……」

 やっぱりね、とサラは思った。
 今頃クロルは「だから言ったのに」と皮肉たっぷりで微笑んでいることだろう。

「本当に、俺たちは何もできないのか? ただ待つことしか……」

 口惜しさに、握りこぶしを振るわせるカリム。
 汗で濡れた前髪が、額に張り付いている。
 目尻に光るのは……悔し涙だ。

「ごめんね、カリム」

 本当は誰よりもこの戦いを止めたいと願ってきたのは、カリムなのだ。
 この手を伸ばして、ありがとうと手を握りたくなって……サラは自重した。
 こんなに近くにいるのに、結界が二人を阻むのが悔しい。

「全部終わったら、必ず帰るから」

 言いながら、サラは不思議な感覚を味わっていた。
 誰かがこの体を使って、何かを言わせようとしているような……なのにうまく言葉にならないような、もどかしさ。
 昨日見た夢を思い出せない、そんな感覚とも似ている。

「終わるのは、いつだ?」

 そんなに長くは待てないと、苛立ちをぶつけるようなカリムの視線を、サラはやわらかく受け止めながら微笑んだ。
 カリムが目を見張るほど、美しい笑みで。

「今日の午後……太陽が消えた後には、必ず」

 伝えた瞬間、サラの心にピリッと電気が走った。
 もう、時間が無い。

「サラっ!」

 カリムの呼び声を背中で聞きながら、サラは廃墟の奥へ向かって再び走り出した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 普段地味キャラ路線なカリム君……やっぱり地味です。小娘サラちゃんに手も足も出ません。なぜこんなに地味になっちゃうんだろ。おかげでこの後書きでもあまり書くことがありません。とにかく彼はオッサン臭いという結論で。ちなみに、サラちゃん逆ハー相手の分析してますが、作者的補足を。国王様はもうちょっとえげつないはず。本気で結界に斬りかかる風に見せて、実は嘘。しかも「お昼までに来なかったら○○するぞー」と交換条件置いてきます。ジュート君なら……やっぱ「見ててやるよ」(=見てるだけ)かな。一番厳しいですが、サラちゃんにとってはそれが最高という……Mか? 愛弟子アレク様も似たようなスタンスですが「何かあったら頼れよ?」と言います。ツメが甘い。そして魔術師ファース君は「失敗しても知らないぞー」と呪いの言葉を吐く(一応止めようとしてる)でしょう。ここらがキャラ書き分け限界……。
 次回、サラちゃんがアジトに戻ると状況一変。ピンチの足音がひたひたと……もう覚悟決めてシリアスモードで突っ走ります!

第四章(17)解放

第四章 女神降臨


 ゴロリと床に転がったまま無反応の少女をやさしく抱き寄せると、サラは一応確認した。

「ねえ、口を開けて? これを一口だけ飲んで……?」

 サラの横には、すっかり毒気を抜かれたキール将軍。
 その後ろには、贄として送り込まれた女子の世話係をする中年女性が三名。
 世話係の女性たちは、いずれもわずかなお金と引き換えで、残りの人生をこのネルギ軍に捧げたのだという。
 突然の軍指令官来訪、そこについてきた男装の少女騎士の行動に、驚きを隠せなかったようだが……すでにその奇行の意味を知ったため、ただ静かに見守っている。

「あなたも飲めないのね……分かった。では遠慮なくっ!」

 ガブッ!

「……」
「……」
「……」
「……」

 見ている四人は、全員無言だった。
 サラの艶やかな唇から、銀の水がつうっと一筋零れ落ちる。
 残りの水は、すべて少女の口の中へと落とされ……眠り姫が目覚めるように、サラの腕の中の乙女は目を覚ました。

 無理やり流し込まれる流動食で暮らしているため、少女たちの体はあまりにも細く軽い。
 それでも、サラ姫似として集められただけあり、つぶらな瞳を開けば黒目がちな美少女ばかりだった。
 いきなり目の前に現れたサラの顔を、これ以上ないくらい大きく見開いた瞳で見つめると、彼女たちは一様に同じリアクションを取る。
 それは、シシトの砦でキースが見たものと同じ、恐怖のフラッシュバック。

「え……あ……サラ姫、さま……?」
「――ゴメン!」

 パニックで叫びだす前に、サラは少女の首筋に手刀を一発。
 再びぐったりとした少女を、キール将軍がお姫様抱っこで回収し、おばちゃんたちが部屋の隅に広げた清潔な毛布の上に乗せていく。
 そしてサラは、銀の水を片手に持ったまま、次の獲物へとにじり寄る。

 まるで、パックに詰まった苺を一粒ずつ洗うように、その作業は繰り返された。
 苺ちゃんは、合計57粒。
 腐りかけ……もとい、命の危うい少女もいたため、サラは疲労困憊状態のキール将軍にムチ打って、少女へ癒しの魔術をかけさせる。
 全員を助け終わった後、サラは両手を合わせて丁寧にお辞儀した。

「ごちそうさまでした!」

 四人の傍観者も、無言で頭を下げた。

  * * *

 おばちゃん三名に「少女たちの目が覚めたら、とにかく落ち着かせるように」と指示を残し、サラとキール将軍はその部屋を出た。
 鼻を突くすえた臭いと、若干の悪臭から解放されて、サラは大きく深呼吸する。
 シシトの砦で、クロルが実行したリサイクルシステムの素晴らしさを、ようやく実感した。
 水が無い場所に、大勢の人間が閉じ込められて暮らすということは、本当に大変なことなのだ。

「サラ姫、一つ言わなければならないことがある」
「なに?」

 先ほど駆け足で通り過ぎてきた地下通路を、早歩きくらいのスピードで歩きながら、キール将軍は告げた。

「あの少女たちの中には、まだ贄として使われた者は居ない。私は、それをしたくなかった」

 そこで一旦思い悩むように言葉を途切れさせる。
 目的がひと段落したことで、だいぶ勘が鈍くなってきたサラは、素直に続きを促した。

「それって、どういうこと……?」
「贄として使っていたのは、他の人間だ。主に、この付近の住民たち……先ほどの世話係の女と同じようなものだ。ただし女は採らない。若すぎる者も。彼らは“弾”と呼ばれ、こことは別の建物に収容されている」

 そこまで聞いて、サラはようやくキール将軍の言いたいことが分かった。
 お腹のベルト奥に手を突っ込むと、先ほどしまったばかりの小瓶を取り出す。

「分かった。他にもコレが必要な人が、まだ居るんでしょう?」
「サラ姫……」

 笑顔で差し出すサラ。
 と、なぜかなかなか受け取らないキール将軍。
 二人は狭い通路を横並びに歩きながら、作り笑いを浮かべる。

「あのね、いくら私でも、オッサンにアレは無理よ?」
「奇遇だな。私も、オッサンにアレは無理だ」

 しばしの舌戦を経て、すばしっこさでは群を抜くサラにより、茶色の小瓶はキール将軍の外されたフードの中に納まった。

「大事なものだから、落とさないようにねっ。余ったら後で返してよ」

 小瓶の重みで首のあたりが絞まり、不愉快そうに襟元を緩めるキール将軍。
 サラが勝利の笑みを浮かべたとき、通路の向こうから誰かの足音が聞こえた。
 緩んでいた空気が、一気に引き締まる。
 キール将軍が、さりげなくサラの姿を自分の背中の後ろに隠した。

「キール将軍!」
「何事だ?」

 やってきたのは、先ほど「結界が崩れている」と報告しに来た魔術師。
 彼の息は荒く、よほど体力を消耗したのか、途切れ途切れに叫んだ。

「この砦の……結界の向こうに、トリウム軍がっ!」

 サラとキール将軍は、思わず顔を見合わせた。

  * * *

 考えてみれば、当たり前のことだった。
 自分が何も言わずにこっそり抜け出せば、心配性な彼らが探しにくるのは当然。
 しかも「攫われた」なんて大きな誤解をうむことだって、十分考えられたのに……。

「まったく、私ってバカ……」

 せめて、クロルのように置手紙をすれば良かった。
 自分は、自分の意思で出てきたこと。
 そしてもし、自分を取り戻しに来てくれるのなら……。

「もう少し、待って。明日の午後まで」

 呟いたところで、応える者はいない。
 何人かの監視はついているようだが、今サラは一人きりだ。

 この廃墟の街を、足元の瓦礫に注意しながら西へと真っ直ぐ進む。
 碁盤の目のような道は迷うことは無いが、足取りは心もとない。
 勘が鈍ったサラにとって目印になるのは……トリウム軍の騎士たちが発する声だ。
 近づくにつれて、彼らの言葉が何を意味しているのかが分かってくる。

「まったく……恥ずかしいなぁ、もう」

 高鳴る心臓は、さっきから走り通しだからだ。
 決して彼らが大声で叫び続ける……自分の名前のせいではない。
 サラは両手の平でパチンと頬を叩き、今後の自分のとるべき行動について、冷静に考える。

 得体の知れない恐怖が警鐘を鳴らし、とりあえず無我夢中で破壊してきたのは『爆弾』だった。
 スイッチは、あの赤い瞳。
 爆薬は、贄の少女たち。
 スイッチを入れる時計は……明日の昼に起こるだろう、皆既日食だ。

 もしもそれが実行されたとしたら……イメージしかけて、サラは身震いする。
 過去大澤パパが聞かせてくれた、地球で起こった戦争のイメージが、今見える廃墟と重なった。
 戦地に倒れるのは兵士だけではなく、むしろ物言わぬ市民や動物、植物……大地そのものだ。

 闇の魔術に、どこまでの破壊力があるのかは分からない。
 だからこそ、先手を打つ形で動いたつもりだった。
 こんな風に自分一人が、あのアジトを離れるのは、想定外だったけれど……。

「キール将軍、大丈夫かな」

 託してきた銀の砂の行方を、サラは少しだけ心配した。
 キール将軍は信頼できるけれど、甘い人だ。
 ネルギ王宮で、カナタ王子に対して抱いた感情と似ている。

 赤い瞳に操られていることを薄々察しながらも、家族のことを言い訳に軍の指揮を続けてきた彼に、罪が無いとは思わない。
 それはむしろ、罪深いことではないか。
 『決して戦地に立たないキール将軍』の名は、戦地を見たくないという気持ちの裏返し。
 指示を出すだけなら、バーチャルな感覚でいられるのだから。

 しかし、自分の義妹が贄として現れて、初めて気がついたのだろう。
 この戦いが、夢ではなく現実なのだと。
 そういう意味では、サラがこの砦にたどり着いたのは、非常にタイミングが良かったとも言える。
 キール将軍の心に隙が生まれたせいで、サラはああやって軍の内部に入り込むことができたのだから。

「とにかく、早く戻らなきゃ」

 サラの足は小石を弾き、めいっぱい大きなストライドで地を蹴り続ける。
 サラが言い残してきたのは、過去のキール将軍にとってみれば簡単なことだ。
 ネルギ軍を統制し、パニックを起こさせずに待機させる。
 もし可能であれば“弾”として隔離してきた市民に銀の水を飲ませ、闇の魔術から解放する。

 いずれも『赤い瞳』が無い状態では初めての指令となるため、傍目にもキール将軍は戸惑い、頼りなげに見えた。
 サラは「その前髪はまだ垂らしておいた方がいい」とアドバイスしたのだが……。

「素のキール将軍に、シシト将軍くらいの威厳があればねぇ……」

 無いものねだりをしつつ、サラは廃墟の終点へと走った。
 そこでサラを待つ、大事な仲間たちの元へ。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 予告通り、サラちゃんのオイシイ(?)苺狩りな回でした。PG12(12才以下は親御さんの許可がいる)小説なので、まあこの程度は大丈夫でしょう。だよね? さすがにオッサン何十人とは、美しくないので却下しました。『ガキ』のおばちゃんみたいな人を雇ってやらせるのが良さそうだけど。キール将軍はすっかり手下化していますが、彼とおませな妹キースちゃんの関係はこんな感じだったということで、脳内補完してくださいませ。後半は、サラちゃんの失敗取り戻し&流れの再確認。なんとなく不安なニオイがしてますが、今のところ深刻さはそれほどなく、ほのぼのと。
 次回、サラちゃんうるさい保護者たちを追い返します。なぜそんなことをするかは……おいおい。

第四章(16)赤い瞳との決別

第四章 女神降臨


 キール将軍の動揺を受けて、一人の魔術師がサラたちの居る小部屋を訪れた。
 どうやら一部結界が崩れたらしい。
 取り澄ました顔で「心配ない」と告げると、報告に来た魔術師はすぐに去った。

 五人の魔術師も今の下っ端魔術師も、皆キール将軍に対して同じような態度を取ることに、サラは気付いた。
 不自然なほどの無表情と、完全な従属。
 何か感情を露にしようとする瞬間、スイッチを切られるように押し黙るのだ。
 サラは、思いついたことを遠慮なく口にした。

「あなたは、彼らを操っているのね? あなたがというより、その『赤い瞳』が……?」

 サラの疑問に、キール将軍は何も答えなかった。
 それは肯定したも同然。
 キール将軍とこのネルギ軍に関して、バラバラに散らばったピースが、少しずつ形を作っていく。

 キール将軍は、傀儡のトップなのだ。
 サラが『異界のサラ姫』として、傀儡にさせられているのと同じ。
 彼はただ黙って、任務を遂行するだけ。

 実質この軍を操っているのは、彼に寄生したあの赤い瞳だろう。
 そして、魔術師たちを操るのはもちろん、闇の魔術だ。
 贄となるのは『敵意』……もしくは『怯え』かもしれない。
 心に暗い闇を持つ者ほど、闇の精霊に取り込まれやすくなるのだから。

 だからといって、キール将軍に罪がまったくないとは言えない。
 もう一つの黒い瞳が、自らの罪を全て見ているのだから。

「人に操られることを憎みながら、あなた自身もまた人を操っている……」
「うるさいっ!」

 サラの言葉は、キール将軍の心に深く突き刺さった。
 ポーカーフェイスを崩し、うつむき拳を震わせるキール将軍に近寄ったサラは、苦しみを取り除くようにその拳を両手で包み込んだ。
 その歪められた顔をのぞき込み、諭すようにささやく。

「私が、助けてあげる」

 治ったばかりの左手で、キール将軍の降ろされた前髪をそっと横に退けると、現れたのは燃えるような緋色。
 二つの相反する感情が、サラに向かってぶつけられた。
 黒い瞳からは救いを求める声が、赤い瞳からは敵意の咆哮が。

 サラはクスッと笑いながら、踵を上げて背伸びし、赤い瞳にフッと息を吹きかけた。
 たったそれだけで、赤い悪魔は黙った。
 所詮この瞳は、何者かに押し付けられた居候なのだ。
 今ならまだ、本物の瞳を取り戻せる。

「言って。あなたが、本当に望むものを!」

 キール将軍は、漆黒の瞳だけを使ってサラを見た。
 自分の義妹の面影を探すように、視線をやわらげて。

「私は……私が望むのは、ただ家族と穏やかに暮らしたい……それだけだ」

 サラは「良く出来ました」と、まるで小さな子どもにするように、キール将軍の頭を撫でた。

  * * *

 貴重な水をある程度の量コップに注いで用意してもらったサラは、おへその真上に隠した茶色の小瓶を取り出した。
 一番下に着たシャツの裾に巻きつけ、パンツの中に突っ込んだので、多少揺れても安心。
 パンツのゴムは緩んでしまったが……また今度エシレに会ったらもらえるような気がする。

「これは、特別な砂なの。飲めば闇の魔術は消えるから」

 サラの説明に、キール将軍は興味深そうにその小瓶を見つめた。
 慎重に蓋を開け、キール将軍の手にするコップへと近づける。
 正直、クロルが入れた量はうろ覚えだったが、まあ多いにこしたことはないだろう。
 なにせこの人は、もう十年以上もこの悪魔にとりつかれて来たのだから。

「――あっ!」

 小瓶を適当に傾けると、ザラッと予定以上の粉が入ってしまった。
 底に沈殿するくらい銀の粉がたっぷり入り、キラキラ輝くその水を見て、サラは取り繕うように不自然な笑みを浮かべる。
 右手にコップを持ち、左手で赤い目のあたりをおさえたキール将軍は、露骨に嫌そうな顔をした。

「今の“あっ”というのは何だ?」
「何でもない。いいから早くこれ飲んで。時間が無いんだから」

 小瓶に蓋をし、またお腹にもぞもぞと隠すサラを見下ろしながら、キール将軍は「さっきとは別人だな」とサラに聞こえないくらいの声で呟くと、覚悟を決めてその水を口に含んだ。
 一口、二口と飲むにつれて、その表情は変わっていった。
 最初に浮かべたのは、苦悶。

「つうっ……!」
「キール将軍!」

 キール将軍の左手にはめた指輪の宝石が、音を立てて粉々に砕けた。
 次いで、サラにも見えるくらい濃い瘴気が、おさえつけた手の隙間から黒煙となって立ち昇る。
 同時に、前髪をつたって滴り落ちる……赤黒い液体。

「――大丈夫っ?」

 癒しの魔術など使えないサラは、ただ声をかけることしかできない。
 キール将軍は、右目を薄く開くと「平気だ」と言い、手にした水を全て飲み干した。
 よほどの苦痛に耐えているのか、額からは脂汗がにじみ出ている。
 暗い闇色から、薄墨色へと変わっていく瘴気の靄が消えると同時に、赤い血の涙も止まった。

 汗ばみ血に濡れた左手をゆっくりと外し、べたつき束になった前髪をかきあげる。
 ぴくぴくと瞼が動き、少しずつ開かれたその瞳は……。

「あ……元に、戻ってる」

 猫のようなキール将軍のつり目は、両方とも同じ漆黒に変わっていた。
 頬の皮膚に浮き出た紋様のような血管も引いている。
 赤い涙の跡はおどろおどろしいが、顔を洗ってキレイになれば人目を引くような美青年となるに違いない。
 サラは安堵のため息を漏らすと、キール将軍の肩を人差し指でツンツンつついた。

「これで、堂々とキースに会えるね」

 キール将軍は、コップの中に新たな水を呼び、そこを水鏡にして自らの容姿を確認している。

「これで、堂々とキースに会えるね」

 ローブのポケットをまさぐるとハンカチを取り出し、その水で少し湿らせた血に汚れた顔と髪をぬぐう。

「これで、堂々と」
「――うるさいっ!」

 拭われた肌の色が明らかに赤く染まっていたので、サラは声を上げて笑った。

  * * *

「それで、あなたはこれから何をしようと? 異界のサラ姫」

 素に戻ったキール将軍に問いかけられ、サラはこんなことをしている場合ではないと、慌てて気持ちを引き締めた。

「今から、贄として掴まっている女の子を助けに行く! 案内してっ」

 力強くうなずいたキール将軍は、コップとハンカチをその場に投げ捨てると「着いて来い」と部屋を飛び出した。
 長いリーチに必死でついていきながら、サラは心の中で情報を整理する。

 キール将軍は、ずっと赤い瞳に縛られていた。
 その理由は、家族にある。
 この場所で使命を果たさなければ、故郷の家族に危害を加えるのだと暗に脅されていたから。
 トリウム軍に勝利すれば故郷へ帰れると信じて、戦い続けてきた。

 しかしネルギには、銀の髪のような便利なアイテムは無かったのだろう。
 赤い瞳に操られつつも、キール将軍の魂が闇に蝕まれることはなかった。
 だからこそ、この状況で正気を保っていられたのだ。
 危害を加えないと約束されたはずの家族……最愛の義妹が、贄としてこの地に送られてきたときも。

「贄の少女たちは、どのくらい生き残っているの?」

 キール将軍が手のひらに浮かべた、ごくわずかな灯りを頼りに走るサラは、息を切らせながら尋ねた。
 赤い瞳と決別し、指輪の宝石も砕けてしまったキール将軍の力は、格段に弱まった。
 結界の維持へと魔力のほとんどをつぎ込んでいるため、今できることは限られてしまう。

「五十人程度だろう。日々衰弱死する者が後を絶たず……正確な人数は分からない」
「そう、分かった」

 銀の砂が足りそうだと分かり、サラはひとまず安心した。
 キースと同じくらいの濃度でいいなら、さっきの半分の量でほんの一口分。
 五十人に無理やり飲ませるのも……うん、問題ないっ。

「他に、誰か闇の魔術にかかっている人は?」
「居ない……はずだ。密偵はもしかしたらと思うが、今ここには居ない」
「了解!」

 早く、早く終わらせなければ……。
 赤い瞳の悪魔が後方から迫ってくるような、嫌な予感を振り払うように、サラは走った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ちとスランプ気味です。夜型になっちったーと思ったら、近所で工事が始まり……眠い。おかげで推敲がダメダメ状態。誤字等あったらスミマセン。前回の後書きで書いたとおり、赤い瞳さんにはソッコー消えていただきました。バイナラ。キール将軍の小心っぽさもちょっと出してみました。所詮田舎の農家の息子なので、夢は小さく堅実に。ビビリなので赤い瞳の悪魔さんに頼って、この軍をまとめてきました。攻撃しろと命令下すときは、赤い目がピカッと光りました。(もう出てくることはなさそうなので補足) 黒目に戻った彼は、田舎帰りたくてしょーがありません。そしてできればキースちゃんを嫁に……年齢差的には、国王様とサラちゃんより全然少ないのでアリです。そんなキール将軍には、この先もうひとがんばりしてもらいます。
 次回は、サラちゃんのちゅーカウント急上昇です。この物話はその手の話ではありませんが……さすがに多すぎか? その後、若干シリアスモードに戻ります。

第四章(15)キール将軍との対話

第四章 女神降臨


 五人の魔術師を即座にひざまずかせた男は、明らかに別格と分かるほどの異彩を放っていた。
 細められた目は若干つりあがり、瞳の色は黒い。
 暗幕を下ろしたように、長い前髪で顔の左半分が隠されており、後ろ髪は束ねられフードの中へ。
 その髪の色はやはり漆黒だ。

「私が、キールです。どうぞお見知りおきを」

 蝋のような青白い肌をしたその男は、カナタ王子に良く似たしぐさで一礼すると、地を這うような低い声で語りかけてきた。

「そうですか……あなたがここへ現れたということは、トリウム王城が落ちたということですね」

 キール将軍の言葉に、サラはすかさず反応する。

「“落ちた”ね……どちらの意味か分からないけれど、とりあえずお願い。部外者には出て行って欲しいの」

 初めて聞くサラの高い声に、五人の魔術師は一斉に顔を上げた。
 サラは、自分がまだ少年で通じることがハッキリ分かり、落胆を通り越して少しおかしくなった。

  * * *

 二人きりになって、サラはまず一番聞きたかったことに触れた。

「ねえ、あなたのその顔……どうしたの?」

 床に座り込んでいるサラは、その隠された部分を見透かすように目を細めた。
 シシト将軍が、サラの左手の包帯を疑った気持ちがようやくわかった。
 前髪の下に何があるか、サラにはうっすら見える気がしたのだ。
 異質なものが、そこにあるのだと。

「気になるなら、お見せしましょう」

 マントの裾が床につくのも気にせず、キール将軍は長い脚を折り、サラと目線を合わせた。
 サラの中に、一つの映像が浮かぶ。
 幼いキースを可愛がる兄の姿。
 小さなキースに、彼はこんな風に目線を合わせながら、語りかけたのだろう……。

「あまり面白いものではありませんが」

 サラの目の前で、キール将軍はフードを脱ぎ、顔半分に垂らされた長い前髪をかきあげた。
 大きく骨ばった左手の下から現れたのは……。

「目が、赤い……?」

 目の形そのものは、右目も左目も同じだ。
 しかし、漆黒の右目と違って、左目の方は血のように赤い。
 左右の目の色が違うことを『オッドアイ』と呼ぶ……マンガで見たそんなキャラを思い出しながら、サラはその異質な瞳を観察した。
 赤い目の下には、まるで手の甲のように青黒い血管が浮き出て、頬の中心部あたりまで根を伸ばし這い回っている。

「この目って、視力はあるの?」

 サラの声に滲んだのは、明らかな好奇心。
 察しながらも、キール将軍は表情を変えずに答えた。

「ええ、見えますよ。ただしこの目は“見えないはずのもの”も映すのですが」
「見えないはずのものって……?」

 パチパチとまばたきしながら、サラはその赤い瞳に見入った。
 キール将軍も、サラの澄んだブルーを見つめる。

「あなたには……見えませんね。なぜでしょう」
「何のこと?」
「あなたにとって、どうやら私は“敵”ではないようだ」

 台詞の行間から、サラは少しだけキール将軍の性格が掴めたと思った。
 先ほどまでの、サラを取り囲んだ魔術師たちと同じ。

「怯えてるのね。自分を害するものの存在に」

 キール将軍は、一瞬その赤い瞳の色を濃くすると、その整った顔を不快そうに歪めた。
 前髪をかきあげていた左手を下ろし、視界を黒い右目のみに戻す。
 赤い瞳が無くなったキール将軍は、ただの魔術師となる。
 アジトがこの滅びた街に溶け込むように、自然に。
 サラだけは見破ってしまう、巧妙な擬態。

「その瞳がある限り、あなたはこの場所から逃げられない……違う?」
「――お前は、何者だ?」

 一歩二歩と身を引き、視線を鋭くするキール将軍に、サラは笑った。
 何を分かりきったことを、と。

  * * *

 サラは、ようやくほどけた手首をさすりながら、今日はやけに縛られる日だなーと感想を呟いた。
 黒剣はあの魔術師に預けたままだけれど、それくらいは仕方ないだろう。
 キール将軍の中で、まだサラのポジションは、敵でも味方でもない……そんな曖昧な場所に置かれているのだから。

「ねえ、喉渇いたんだけど」

 サラのワガママな要求に、キール将軍が苦い表情で水を呼ぶ。
 グラスの用意もせず、どうするのかと思ったサラの目の前で、水の粒が一口大に丸まった。
 透明なシャボン玉状の物体が、サラの口に直接飛び込んではじけた。

「……んぐっ……ちょっ、ケホッ!」

 気管のほうに少し水が入り、サラは咳き込んだ。
 その様子を見ながら、キール将軍は少し溜飲を下げたようで、しゃあしゃあと告げる。

「ここでは、水は貴重だ。一口飲めただけでもありがたいと思え」
「うーっ……ありがとうございましたっ!」

 アゴを上げ、まったく感謝のカケラもないという表情で、サラはうわべの謝意を伝えた。
 どうやらこの相手と仲良くなるには、それなりに時間がかかりそうだ。
 最初は、そうじゃなかったのに。
 初めに自分を見たときは……。

 サラは、にっこりと天使の笑顔を作りながら言った。

「お礼にイイコト教えてあげる。彼女は、無事よ」

 形勢逆転。
 私が助けてあげたからーと皮肉げに笑うサラに、キール将軍はぐっと唇を噛み締めながら、ごく僅かに頭を下げた。
 優位に立つうちにと、サラは思い浮かんだ疑問を次々とぶつけていく。

「彼女の他にも、この砦には“贄”として送られてきた少女がいるのね?」
「ああ、そうだ」
「彼女たちは、無事なの?」
「生きているかという意味では、無事だな」

 ため息とともに、キール将軍は無意識に前髪をかきあげた。
 一瞬のぞいた赤い瞳が、妖しく輝きながら、キール将軍の言葉を補った。

『今日までは……』

 ビクリ、とサラは体を震わせる。
 心臓が嫌な音を立てながら、訴えてくる。
 この赤い目は、危険な存在だと。

 きっとキール将軍は、自覚しているのだろう。
 だから、たった一人大事な者を、無理にでも逃がした。

「あなたは、明日何が起こるか、知っているの……?」
「明日?」

 怪訝そうにサラを見返すキール将軍の黒い瞳に、陰りは無い。
 サラの体からは、緊張による汗が吹き出てきた。
 動揺を抑えようと右手が腰の位置をまさぐるけれど、そこにあるべきものは無い。

「異界のサラ姫……何を隠している?」

 懐かしいその呼び名に、サラは正気を取り戻した。
 そう呼ばれたのは、たったの一週間だけ。

「キール将軍、あなたに、一つだけ確認したいことがあるの」

 キール将軍のサラに関する知識は、断片的なものだった。
 異界から呼び出された、サラ姫の身代わり。
 本物のサラ姫とカナタ王子から、和平の使者としてトリウム王城へ遣わされた。
 その後、和平交渉に失敗し、直接戦争を止めるために戦地に乗り込んだ……馬鹿な女。

 それらの情報を得たところで、キール将軍のやるべきことは変わらない。
 彼は、トリウムという国を滅ぼすために操られる人形なのだから。

「あなたの本当の敵は、誰だと思う? トリウム国民か……それとも、ネルギ国家?」
「――っ!」

 サラは、背の高いキール将軍を見上げながら、黒騎士の声である予言を発した。

「明日、この戦場には死の雨が降る。トリウム軍も、ネルギ軍も、すべてを巻き込むような……」

 キール将軍の黒い瞳に、わずかな怯えが見えた。


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 ついに出してしまいました『オッドアイ』キャラ! 王道また一個クリアだー。ヤター。ついでに血管はわせてみたのは、筋肉少女隊好きにより。正直、リアルにこんな人が居たら気持ち悪いのですが、ファンタジーだとカッコヨク思えるのはなぜだろう。赤い瞳のパワーについては、若干お茶濁してしまいました。なぜかというと、すぐに……まああまりネタバレせずにおきましょう。そしてキール将軍、性格はチキンです。ビビリです。なぜかというと……ま、このへんもおいおい。サラちゃんは相変わらず微アニマルモードで、鋭いことズバビシッと言ってしまいます。クロル君が居ないから……話進めるのに勘を働かせてくれるのは大事であります。一個だけネタ補足。「すみませんでしたっ!」は、お笑い芸人響のミツコというキャラから。一発屋脱出目指してガンバレ。
 次回は、予言回避のためにサラちゃん奔走します。まずはキール将軍をしっかり落としてから。

第四章(14)ネルギ軍本陣へ

第四章 女神降臨


 風の音と、ザクザクと砂地を踏みしめる音だけが聞こえる。
 今日の自分はいつもと違う……サラは星の明かりだけが頼りの荒野を歩きながら、そう思った。

 パーティをこっそり抜けたとき、誰かに見咎められても良かった。
 例えば勘の鋭いクロルや、なんだかんだ過保護なカリム、臭いを嗅ぎつける力が強いリグル、歴戦の猛者であるシシト将軍や騎士たちに。
 しかし、サラは闇に溶けるように会場を出て、あの強固な城さえすんなり抜け出してしまった。

 城内では、方向音痴という能力も鳴りを潜め、何かに導かれるように進んだ。
 城門を守っているはずの騎士も、なぜか居なかった。
 今夜はもう安全と見込んでパーティに参加していたのか、もしくはちょうどトイレや交代のタイミングだったのか。
 サラは、湧き出てくる疑問を振り払うように空を見上げた。

「すごい星空……落ちてきそう」

 思わず、降り注ぐ星の光に両手を伸ばした。
 当然星は遠く、手に掴めるわけはないのだが、サラは指の隙間から零れる星の光に目を細めた。
 夜になると冷え込むのは、荒野も砂漠も同じだ。
 空気が乾いて冷えるほど、星たちの輝きが強くなる。
 足元の石につまずかない程度に照らしてくれている、月のカケラたち。

 この世界に来てから、サラの近くにはいつも必ず誰かがいた。
 こんな風に一人きりになったのは、初めてだった。

「みんな、ごめんね……」

 涙が零れないように、上を向いて歩く……そんな歌みたいなことが自分に起こるのを、サラは他人事のように感じながら歩いた。
 パーティを楽しく過ごして、キースと添い寝して、明日の朝まで待てば明るい太陽の元を歩けたのに。
 今夜動くとしても、誰かの生み出す炎があれば、星に頼らずとも容易に歩けたのに。

 そうしなかったのは、ただ『予感』に突き動かされたからに他ならない。
 得体の知れない不安を抱えたまま、サラは空を見上げながら黙って進み続けた。

  * * *

 ときおり星の位置を確認し、冷たい東風に向かって進んだ。
 サラの頬が上気し肌が汗ばみ始めた頃、一つの街にたどり着いた。
 そこは、命の気配がしない街だった。

 砂漠の国で見かけた廃墟とは異なり、石造りのしっかりした屋敷が碁盤の目のように広がる道沿いに並ぶ。
 王城の城下町を真似ているのだと分かった。
 ここはかつて栄えていた、トリウムの国境で一番大きな街だった。

 整備されたはずの石畳の道は、分厚い砂に埋もれていた。
 街路樹は枯れ、道端には農具らしきものが壊れたまま置き去りにされている。
 もう十年以上前に住民は消え、ネルギ軍の陣地となった。
 この街のどこかに、キール将軍が居る。

 そして、もう……。

「出て来いよ。いるんだろう……?」

 風の音が一瞬静まり、代わりに少年の低く澄んだ声が響いた。
 声をかけたサラは、体にまとわりつく靄を振り払うように、黒剣の束を握った。

「戦うつもりは無い。ただ、話をしに来ただけだ」

 街に張られていた結界を越えたサラに、警告も無いままぶつけられた魔術攻撃。
 全て吸収しながら、サラは歩みを止めず進む。
 肌を刺す冷たい風の代わりに、真夏の夜のように生温く不快な風を受けながら。
 しばらく歩くと、五感以上に正確な状況を伝える第六感が、薄暗く視界のきかないゴーストタウンの中から一軒の屋敷を見つけ出した。

「ここか……」

 今日は、見えないはずのものが見える。
 街の中を突っ切る間に、何軒もの大きな邸宅を通り過ぎてきたが、外観はそれらの屋敷となんら変わりない。
 むしろより砂に埋もれて、存在感を消している。
 しかしサラの目には、黒く冷たい靄が滲み出ているのが見えた。
 サラが一歩近づくたびに、その靄の濃度が濃くなる。

「いくら結界を強化しても、無駄だ」

 呟きながら歩み寄ったサラは、錆び付いたその館の門に手を触れた。
 指先一つで、門のように見えていた鉄柵が崩れ落ちる。

「この中に、キール将軍が居るんだろう? 彼と、話したい。望むのはそれだけだ」

 一人芝居を続けていたサラの前に、ようやく人影が現れた。
 黒いマント姿で、フードを深くかぶった小柄な男たちが数十名。
 サラが通り過ぎてきた道端の小屋や、折れた街路樹の影や、朽ちた住居の裏からまるで虫のように湧き出てくる。
 一定の距離を置き、無言でサラを監視し続ける無数の視線に、「盗賊とは大違いだな」と内心苦笑しながら、サラは腰に差した黒剣を門の中へと放り投げた。

  * * *

 汗ばんだ肌にこびりついた砂埃がざらつき、口の中はいがらっぽい。
 後手に縛られ床に転がされたサラは、とりあえずお腹に隠した小瓶が見つからずにすんだことに安堵しつつ、上半身を起こした。

 もうこれで、部屋を移されるのは三度目だ。
 移動中は目隠しされているものの、徐々に深いエリアへと進んできているのが分かる。
 自分は魔術が使えない、だから結界の影響も受けない、そのおかげでこの街へ入れたのだと何度も説明し、指輪の類を身につけていないことを確認されたサラは、こうしてアジトの地下へ引き入れられた。

「……お前は、何者だ?」

 六畳ほどの小部屋には、派手な指輪をつけた五人の魔術師が並んでいた。
 乱暴にサラの腕の縄を引っ張りながらここへ連れてきた男が、静かに問いかけてきた。
 五人は壁際に並んで、感情の見えない顔でサラを見ている。
 もっとも小柄な一人が、案内役の男から取り上げた黒剣を両手で抱え、その束に埋め込まれた宝石を撫でている。

「キール将軍に会いたい」

 サラの言葉に、目の前の男が一瞬苛立ちの表情を見せたが、後方を気にしつつすぐに元の無表情に戻った。
 この五人は、今までサラを糾弾してきた魔術師たちとは違った。
 髪や瞳の色は違えど、全員の顔には深いシワが刻まれ、その年齢は計り知れない。

『贄や指輪の力を超えるほどの魔術を使うとき、魔術師自らの魂が燃やされる』

 唐突に、記憶の中の閉じられたドアが開くように、過去カナタ王子の教えてくれた言葉が現れた。
 彼らの年齢は、見た目でははかれない。
 侍従長の額のシワも、もしかしたら苦労させられたせいではなく、無理をしたせいかもしれない。
 ふうっと息を吐きながら、サラは何度目かの同じ台詞を告げた。

「あんたらには用は無い。キール将軍に会わせて欲しい」
「……どこの誰かも分からぬ者を、将軍に会わせると思うか?」

 別の男が、口を挟んできた。
 それはサラの黒剣を手にした、もっとも小柄な男だ。
 サラはその男を見上げながら、不敵に笑った。
 ようやく、キール将軍の一歩手前までたどり着いたらしい。
 これで、王手だ。

「お前たちは、誰に仕えている? キール将軍か……それとも、ネルギ国家か?」

 サラの言葉は、喉の渇きにより掠れていた。
 それでも、暗く狭い室内では十分すぎるほど。

「とにかく、顔を見ればわかるはずだ。“私が”ここに何をしにきたか、ね……」

 低い天井に一つ吊るされたランプの下、床に座り込んだサラは、黒剣を持つ男だけを見つめた。
 挑発するように細められ、ほのかな灯りの元で宝石以上に煌めくブルーの瞳。
 男は一度ごくりと唾を飲むと、サラの黒剣を手にしたまま軽く目を閉じ、何か意味を成さない言葉を呟いた。

 しばしの静寂の後、一人の背が高い男が現れた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 更新時間が遅れ遅れですみません。今回は遊びもなく少し話進めました。ようやくアジトまで辿りつきましたよー。良かったー。サラちゃんちょっと性格変わってます。相変わらず描写力が無いのですが、少し硬派な感じにしてみました。廃墟の街は、正直ちょっと……かなり手抜きです。ストーリー進行のため、ギャグ以外の描写はガリガリ削って行きますよっ。脳内でドラクエに出てくるドムドーラ(廃墟の町)でも思い浮かべていただければ……。時間があればうろうろ探索して、どっかの家のタンスから薬草でも拾ったところなのにー。しかし、暑くなったり寒くなったりで、しんどい毎日ですわ。作者ヘタレてます。すんません。
 次回は、おまたせキール将軍とご対面です。サラちゃんにとっても、意外な展開になる……予定。話がうまく進めば。

第四章(13)情報収集

第四章 女神降臨


 サラの話は、トリウムにとって都合の悪い事件を除いて、すべて正直に伝えられた。
 ときに笑い、ときに目を伏せながら話を聞き終えたキースは、一度目を閉じると覚悟を決めたように強い視線をサラに向けた。

「サラさま……いえ、サラ姫さま。どうもありがとうございました。お話をお聞きして、私はもう逃げられない、逃げても仕方が無いと悟りました。私もあなたに、全てをお伝えします」

  * * *

 同い年くらいにも見えた童顔なキースは、実はサラより三つ年上の十八歳だった。
 両親と三人、比較的裕福な暮らしを送っていたのは、すべて十五才年上の兄のおかげだという。

「私と兄には血のつながりはありません。ちょうど母が私を身ごもっているときに、私の本当の父が亡くなってしまいました。同じく奥さまに先立たれていた今の父が、母を支えるためにと再婚したのだそうです。生活は、決して豊かではなかったので」

 キースが暮らしていたのは、王宮にほど近い小さな町。
 そこで家族四人、細々と農業をしながら暮らしていたとのこと。

「血のつながりは無いはずなのに、兄と私は同じ黒髪黒目で、良く似ていると言われていました。そんな私のことを、兄もずいぶん可愛がってくれました。物心ついたときから兄の魔力は高く、周りの大人からも一目置かれていて……私にとっては英雄のような存在でした」

 年の離れた妹を可愛がっていた優しい兄。
 彼が変わったのは、王宮に呼び出された二十歳の頃だった。
 妹を怯えさせるほど冷酷な人物に豹変した兄は、家族に何も言わず戦場へ旅立ち、そのまま一度も戻らなかった。
 兄からの便りもなく、代わりに王宮からは相応の手当てが渡されたという。

「私は両親の反対を押し切って、王宮に向かいました。ただ兄の情報を知りたかったのです。黒髪黒目の若い女性をサラ姫の侍女として求めていると聞いて、こんなチャンスはもう無いと。立場のある兄に迷惑をかけるわけにはいかなかったので、身分は隠して……でも、結局それが間違っていたのですね……」

 気付いたときには、もう遅かった。
 必死で仕事を覚えながら、少しでも兄の痕跡を探ろうと画策した少女は、何も結果を得られぬうちにサラ姫の真の目的を知る。

「サラ姫は、私や他の侍女をあの部屋に閉じ込めて言いました。『私の身代わりとしては失格』だと……そして、トリウム王城の方はしばらくいいから、戦地の方で役に立って欲しいと」

 サラは、キースの言葉から確信した。
 やはりサラ姫は、サラたちが和平を実現できるなんて信じていなかったのだ。
 サラたちには和平を命じながら、一方では戦況を有利な方へ導こうと画策を続けていた。
 その結果、こうして罪も無い少女を次々と闇へ落としていく……。

「サラ姫は、私の額に指を当てながら、最後に『黒髪黒目の女は、魔術にかかりやすいから楽だ』と言いました。その先は……すみません、記憶が無くて……気づいたら私はここにいました」
「キース、ありがとう」

 彼女は何も知らない、ただ利用されただけだった。
 そのことに、サラはホッとしつつも、ネルギ軍の情報がほとんどえられなかったことに落胆した。
 ただ、キール将軍の容姿がある程度分かったことは、収穫だった。

 キースに面立ちが似ていて、今の年齢は三十三歳。
 魔術師なので、髪も長いだろう。
 特別目立つような、杖や指輪を持っているかもしれない。
 そんな人物がいたら、きっとキール将軍だ。

「サラ姫さまっ、私はいったい何を……何をしてしまったんですか……?」

 すがりつくような瞳が、サラの目の前に迫ってきた。
 サラは、小さく震えるキースを抱き寄せ「今日はもうオシマイ。続きは明日ね」とささやいた。

  * * *

 夜は、サラたちを囲んでの、盛大なパーティが行われた。
 もちろん、トリウム王城で開かれたパーティとは比べ物にならない素朴なものだったが、限りある物資の中から工夫された料理やおもてなしに、サラは素直に感激した。
 サラたちが馬車に積んできた食材や、シシト将軍秘蔵のお菓子とお酒が惜しげもなく振舞われ、そのほとんどが遠慮を知らないリグルの腹におさまった。

 お楽しみグッズを放出し、若干覇気を失ったシシト将軍に、クロルが「今度、補給物資と一緒にまた持ってきてあげるよ」と慰めたため、シシト将軍はコロッと機嫌を直す。
 あの怖すぎる笑顔で、クロルのローブの首根っこを掴まえ、無理やり酒を飲ませながら騎士道について懇々と説くという……クロルにとっては想定外の拷問が行われていたが、サラはそれを遠巻きに眺めつつ「クロル王子にはやっぱりあの手の騎士が合うのね」と微笑ましく思った。

 パーティには、両手の戒めを解かれないままのキースも加わった。
 キースが参加を許されたのは、夕方に聞いた打ち明け話で彼女が単なる駒だということが分かったからだった。
 一部から反対の声は上がったが、サラは「和平への近道は、民間人どうしの交流だ」と強く主張して、シシト将軍を唸らせた。
 案外気の利くカリムが、キースの傍に寄り添って食べ物を取り分けるなどのケアをしている。
 二人がときどき微笑みあっているのは、きっと砂漠の国の思い出話に花を咲かせているせいだろう。

 サラは皆の様子を伺いつつも、奇跡で復活した騎士たちを中心に、挨拶まわりをしていた。
 そのついでに、ネルギ軍の情報をさりげなく……しかし、根掘り葉掘り聞き出す。

「じゃあ、ネルギ軍の攻撃がまたそろそろ……?」
「ええ、サラ姫様のお話を伺って確信しました。彼らの攻撃は、月の満ち欠けに連動すると」

 月明かりの消える新月の前後、夕陽が沈む頃を狙って、ネルギ軍の魔術攻撃は行使される。
 そのからくりはサラにとって納得のいくものだった。

「とはいえ、連日の攻撃はありません。最低でも一日か二日おきに」
「キースのことがあって、今日は攻撃が無かったということは、明日か明後日にはまたあるということね?」

 サラが到着したタイミングは、絶妙だったのかもしれない。
 もしくは、もう二日早く到着していれば、皆を守れたのかも……。
 不安げに唇を噛んで黙り込んだサラに、話していた騎士たちは動揺する。

「はい、明日の夜は新月ですから、たぶん明日には……でもサラ姫のことは、私が全力でお守りします!」

 一人の若い騎士が叫ぶと、横に居た騎士たちが俺が俺がと雪崩状態になる。
 日本のベタなお笑い芸人のように、最後は「どうぞどうぞ」となって……はくれなかったことに苦笑しつつ、サラは笑顔でお礼を言った。

 飲み物を取りにいく振りをして、サラは一人壁際に移動した。
 冷たい水を一杯飲み干し、かなり薄ぼんやりとしてきた地球の知識を懸命に紐解いた。
 教えてくれたのは、五人のパパたちのうち一番インテリな大澤パパだった。
 もしもこの世界が、地球と同じだとしたら……。

「皆既日食が起こるのは、新月の夜。つまり明日のお昼には……」

 ぶるり、とサラは身震いした。
 ずっと感じていた『時間が無い』という根拠の無い焦り。
 それが警告音となり、サラの頭の中に鳴り響く。

「行かなくちゃ……」

 ネルギ軍の居る場所は聞いた。
 腰には黒剣もある。
 ポケットには、銀の砂も入っている。

 サラは、近くに居た騎士に「おトイレ行ってくるね」と告げると、そのまま一人会場を抜け出した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 今回は遊びほぼ無しでした。一ヶ所「どうぞどうぞ」(ダチョウ竜ちゃん)だけっす。キール将軍のお話は、特に濃ゆい情報ではなかったし。しいて言えば、三十代独身猫顔男子……しかもかなりのドSということくらいでしょう。重要な新キャラは出さないといいつつ、ちょっとドキドキ。ご対面はもうすぐです。あとは、悲しいかな終わってしまった皆既日食ネタ……。数日遅れでこの世界でも起こりますので、どうぞイメージを忘れずに。物語的にはあと半日なんだけど、実際は何日かかるかなー……。そして今回クロル君の勘を封じるため、シシト将軍に活躍してもらいました……すまん、クロル君。本当の地球では、未成年はお酒飲んじゃダメですからねっ。
 次回は、サラちゃん夜の単独行動スタート。当然目的地はアソコです。ちょっぴりシリアスモード入って行きます。

第四章(12)少女の正体

第四章 女神降臨


 ようやく素の状態に戻った少女は、サラのことを大きな瞳をきょろきょろと動かし、余すところ無くチェックした末に言った。

「あなた、サラ姫さまの……弟?」

 真横でプッと噴き出すクロルをひと睨みすると、サラは少女のゲンコツに固定された手をとった。
 魔力が弱い人間には、指輪をはずし手のひらを開けない状態にするだけで、簡単な魔術封じとなる。
 ゲンコツではたして分かるかな? と思いつつ、サラは少女の手を自分の胸に近づけようとして……方向転換。

「ねっ、女でしょ?」

 顔を赤くしながら「はい……」とか細い声を出す少女。
 しゃがみこんで膝を開いたサラは、しごく当然といった自信満々の笑み。
 そのシンプルながら豪快な確認法は、またもやカリムとシシト将軍にショックを与え、クロルの笑いのツボを刺激した。

  * * *

 地下通路に、ピチャンと水滴が垂れる音がする。
 大勢の人間の人いきれで、湿度が上がったせいに違いない。
 それくらい静かになった牢の中には、サラと少女だけが取り残されていた。

 サラが「あなたのこと、教えて欲しいんだけど」と言うと、パニック癖がついてしまったのか、少女はまた怯えたように首を振った。
 理由を聞くと、少女は「怖い」と呟きながら、サラの肩の向こうに視線を向けた。

 まず目についたのは、笑っていても黙っていても般若ヅラの鬼将軍。
 サラが「シシト将軍、ちょっと出てって」と宣告すると、寂しそうにサラたちの方を振り返りながら、牢の向こうへ消えた。
 これで大丈夫かと思いきや、少女はまだ檻の中の人物を気にして、視線をさまよわせた。

 察したサラが「カリム、笑顔作るか出て行くか、どっちがいい?」と言うと、カリムは一瞬唇の端を上げようと頬をピクピクさせた後、自ら退場を選んだ。
 ついでに、ずっと笑っていてウザかったクロルも、サラの権限で強制退場。
 繊細な少女は、檻の向こうから男たちに見られるのもダメらしく、猛獣状態なリグルを含め騎士たち全員が通路の方へ退去させられた。

「さ、これでもう安心でしょ?」

 日の当たらない地下牢に、小さなランプ一つ残して、サラたちは簡素なベッドの上に横並びに座った。
 万が一少女の魔術が解けていなくて、サラに何かあったら……とシシト将軍たちは心配したけれど、サラには大丈夫だという確信があった。
 クロルの言う大丈夫とは違って、裏づけは無い。
 まあ、女の感ってやつだ。

「ねえ、名前教えて?」
「はい……私は……キースといいます」

 赤い炎に照らされた少女の頬に、少しだけ血の気が戻ってみえた。
 この名前を告げることに、ありったけの勇気を出した……そんな風に見えた。

「もしかして、キール将軍の妹?」

 サラの問いかけに、サラよりもひとまわり以上小柄な少女が、小さくうなずく。
 この会話を通路の奥で聞いているはずのクロルが「やっぱりね」と笑ったような気がした。

「キースさん、今までのこと簡単に教えてくれる?」
「あの、あなたは……」
「ああごめん。私の自己紹介がまだだったね。私の名前はサラ。サラ姫の身代わりとして、今ここに居るの」

 身代わりという言葉に、キースは反応した。
 顔色は一気に青ざめ、カタカタと全身を震えさせる彼女の肩を抱き、細く女の子らしい二の腕をさする。
 薄汚れ艶を失った長い黒髪が、キースの不遇を物語るようで、サラは胸を痛めた。

「安心して。私はあなたに怖い思いはさせない。約束する」

 首を傾け、キースの瞳を正面から掴まえながら、サラは発した台詞に言霊を乗せる。
 その言葉は、キースの心に届いた。

「はい……信じます」

 寒い冬の日、ダンボールに入れて道端に置かれた子猫のような瞳。
 サラは思わず「可愛い」と言って、軽く頬にキスした。
 青白かった頬が一気に赤く色付くのを見たサラは、アニマル黒騎士の笑みを浮かべながらキースの体を離した。

  * * *

 両手の拳をベッドのシーツに押し付け、布靴の下の冷たい床を見つめながら、キースはぽつぽつと話し始めた。

「私が王宮に勤めるようになったのは、確か四ヶ月ほど前のことでした。サラ姫付きの侍女として、ほんの一月だけ働いていました」

 サラは、あごに手を当てながら考える。

「四ヶ月前ってことは、私たちと入れ違えになったのかな。サラ姫の侍女だったリコと、カリム……あ、さっきの作り笑いが不気味な男。どっちか知ってる? 私の旅のツレなんだけど」
「リコさま……確か、どこかでお名前を聞いた気がします。サラ姫さまがおっしゃっていたような……すみません。私は新参者だったので詳しいことは何も」

 サラたちが出発した後も、どうやらサラ姫の傍若無人な性格は変わりなく、侍女たちは振り回されながら必死で世話してきたという。
 基本、侍女同士の会話が禁じられていたため、新人のキースは先輩の動作を見て真似たり、サラ姫お抱えの魔術師から指導を受けていたという。

「ともかく、私は王宮での暮らしに慣れるだけで精一杯でした。なぜ私が必要だったのか、分かったときには、もう遅くて……」
「キースさん」

 サラは、キースの肩を抱いた。
 ついさっき笑っていた顔は、サラより年下でも通じるくらいの可愛らしさだったのに、今こうして何かを堪えるようにうつむいたキースは、サラより何歳も年上に見えるほど……疲れ果てて見える。

「何も言わなくていい。私の質問が正しかったらうなずいて。あなたは、朱色の床の間に連れて行かれた……そうなのね?」

 リアクションは、サラの予想通り。
 深いため息をつきながら、サラは腕の中のかよわい少女にかける言葉を捜した。

「実は私も、あの部屋へ連れて行かれたことがあるの。だから、キースさんに何があったかなんとなく分かるんだ。怖かったよね……」

 サラの声を聞いているのかいないのか、キースはただ何も言わず震えているだけ。
 下手な慰めなど、きっとキースの心には届かない。
 こんなときは……とびきりの、面白い話を。

「今からちょっとだけ、私の話をするね? 私は他の女の子と違って異質だったから、サラ姫からは別の任務を与えられたの。サラ姫の身代わりとして、トリウム国王に和平の書状を届けるようにって」

 思わず顔を上げたキースに、サラは愛しむような笑みを返した。

  * * *

「砂漠の旅では、サンドワームって怪物に襲われて、水を失って死にそうになった。これは本当の話よ? あまりにも長い時間水を飲まないと、肌がおばあちゃんみたいにしわくちゃになるの。ビックリでしょ」

 話しながら、サラは自分の手の甲を見た。
 ハリのあるきめ細かい、十代の肌だ。
 あのときがもしかしたら、最大のピンチだったかもしれない。
 おかげでだいぶ打たれ強くなったなと、サラは一人思い出し笑いした。

「もうダメかもってときに、ギリギリで助けてくれたのが、なんと盗賊! そのまま彼らのアジトにさらわれてね。その後……まあ、なんとか解放されてトリウムにたどり着いたら、ネルギの刺客のせいで王城が封鎖されてて入れないの。国王に会うためには、有名な武道大会で優勝しなきゃいけないって言われて」

 泣きそうだったキースが、おとぎ話を聞く子どものように目を爛々と光らせながら、サラの話に聞き入っている。
 サラは、してやったりという得意げな表情で語り続ける。

「丸三ヶ月、みっちり訓練して試合に出たのね。もちろん対戦相手は私より何倍も大きい、さっき居た騎士みたいな大男やら、この大陸一の魔術師やら……とにかく大変な戦いだったけど、なんとか優勝できたのよね。信じられないかもしれないけど、私こう見えてけっこう強いんだ。そうそう、その時にこの男装をして戦ったの。女だってバレるといろいろやっかいでしょ?」

 ついでに、師匠から命じられたキノコの変装について、サラはおどけながら説明した。
 キースは、くすっと笑みを漏らす。

「それで、ついに国王様と会えたから、優勝のご褒美に『和平』って言ったのね。そしたら一つ大事な条件をつけられて。それが“トリウムの王子三人のうち誰かと結婚すること”だっていうから……困っちゃった。私、身代わりなのにこっそり結婚したら、さすがに本物のサラ姫に怒られちゃうよねえ」
「まあ、サラさまったら……それで、どうなさったんです?」
「その三人の王子様がまた、曲者揃いでね……」

 止まらない、女の子二人の密やかなおしゃべり。
 すっかり話し終えたとき、キースはもうゆるぎない笑顔を取り戻していて……通路の奥では、たぶん聞き耳を立てている曲者二人がどんな顔をしているだろうと考えながら、サラも笑った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 女のおしゃべりは長い。これが今回の教訓です。うむ。今までストーリー進行をずっと気にしていましたが、もう諦めました。皆既日食の日に、皆既日食ネタ書こうと思ってたんだけど……もうズレズレです。流行遅れでサングラス買い求める恥ずかしい人みたいな展開になります。ごめんなさい。さて今回は、少女ちゃんの名前と立場が分かりました。そこ進んだだけでも御の字さっ。本当にそれだけ……ふふ。前半でアホなことしてたのもデカイか……すんません、次回こそサクサク進めますんで。もう邪魔者は誰もいないしねっ。
 次回は、うちとけてくれた少女ちゃんのお話と、サラちゃんの暴走再び。今度の暴走は、ちゃんとストーリー進める方向に行きますのでっ。

第四章(11)天岩戸

第四章 女神降臨


 一口、二口と、少女が銀の水を飲み込むたびに、嫌がってばたつく手足から力が抜けていく。

「僕がいいよって言うまで飲ませて」

 騎士たちが静まり返る中、クロルの声が飛び、サラは何度かその水を口に含みなおした。
 ゲンコツの形で固定された少女の手が、サラの胸や二の腕に向かって、ポカポカとロボコンパンチを繰り出す。
 駄々をこねるチビッコのような、ノーダメージな攻撃。
 サラは笑顔で受け止めつつ、強引な口付けを繰り返していたのだが……。

「――いやぁあああっ!」
「あっ、もういいよ」

 突然瞳を見開いた少女が放った、渾身の一撃。
 その固い拳が、油断していた黒騎士サラの左頬にヒットした。

  * * *

「クロル王子のバカバカバカ……」
「ごめんってば」

 治癒魔術が得意な騎士に、とりあえず応急処置で『冷えた紙』を頬に貼ってもらったサラは、さきほど受けたロボコンパンチをクロルの背におみまいしていた。
 所詮かよわい女子の一発。
 武道大会で受けた傷のように、青痣にはなるまでは至らないが、痛いものは痛い。

「おかげで適量が分かったよ。ずいぶん少なくて済むみたいだね」

 理由も分かれば嬉しいんだけどなーと言いながら、クロルは紙コップにまだ半分近く残った銀の水を見詰める。
 そのマッドサイエンティストのような目つきに、見守っていた騎士たちがブルッと体を震わせた。

「おいっ、どういうことか説明しろっ!」

 檻の向こうから叫ぶリグル。
 ガシャガシャと柵を揺さぶる様子が、檻の中に居るサラからすると、捕らえた猛獣のようにも見える。

「リグル兄、まだ分かんないの? サラ姫は分かったよね」
「うんっ!」

 相変わらず檻の一番奥にうずくまり、長い髪をかきむしるように両耳をおさえている少女。
 この状況が怖いのは、女の子として当然だろう。
 つまりは、心を持たない動物から、心のある人間に戻ったということだ。
 サラは頬の痛みも忘れて、笑顔で正解を言った。

「武道大会でも、王城の地下牢でもそうだけど……誰かのかけた魔術を破るには、別の人の魔術とぶつければいいんだよね。ちょうど同じくらいの大きさで、打ち消す効果があるものを」
「はい、良く出来ました」

 頭を撫でられて喜ぶサラと、檻の向こうで「そっ、そんなの俺だって分かってたんだからなっ」と強がりを言うリグル。
 黙り込んでいたカリムが、少女を見つめながら疑問を口にした。

「じゃあ、さっき俺にその粉を舐めさせたのは……」
「まあ、変化が無かったってことは、かかってない証拠になるよね」

 ほぅっと息をついたカリムに「そーだ。あの粉抜けるまでは、かかりやすくなってるから気をつけて。いつ抜けるかは分かんないけど」と、注意だか嫌がらせだか微妙なアドバイスをすると、クロルは再びサラに茶色の小瓶を差し出した。
 戸惑いつつもそれを受け取ったサラは、意外な言葉を耳にした。

「これ、サラ姫にあげる」
「えっ……」
「きっとこれから必要になるよ。ネルギ軍へ、乗り込むんでしょ?」

 サラは、汗ばんだ手のひらで小瓶を強く握り締めた。
 これは、サラ姫が操る闇の魔術に抵抗できる、貴重な武器。
 オアシスでは毒でしかなかったものが、砂漠では薬になるのだ。

「クロル王子は、こうなること分かってたの?」

 さあねと、とぼけたように笑うクロル。
 小瓶をお尻のポケットにしまいながら、サラは今までの道のりを思った。
 王城での事件の解決も、この砦に来てからも、全てがお膳立てされたように進んだのはクロルのせい。
 でも、それは決して運や思いつきなんかじゃない。

 たぶんサラが現れる前から、クロルは考え続けていたのだろう。
 闇の魔術と、立ち向かう方法を。

「ありがとう……私、絶対にネルギ軍を止めてみせるよ」

 サラは手を伸ばして一瞬クロルを抱きしめると、黒騎士の声でささやいた。
 初めてのサラからの抱擁に硬直するクロルの横で、シシト将軍が「美少年同士も悪くないですねえ」と呟いた。

  * * *

 意識を未来に向けたサラは、目の前に残った課題に着手した。

「ねえ、もう泣かないで。私の質問に答えて?」
「いやぁっ……こない、でっ……」

 先ほどよりいっそう頑なになった少女の態度に、サラは大きなため息をついた。
 さすがのクロルも、パニックになって怯える相手をなだめる方法までは知らないらしい。
 小さな子どもが居るというグリードに、サラは一瞬期待をよせたが、たまに会いに行けば怯えて泣かせるだけという役立たずなエピソードを披露し、騎士たちの涙を誘って終了。

 打つ手が無くなったサラは、少女の前にしゃがみこんで、なるべく優しい口調で話しかける。

「ね、お腹減ってない? 何か食べたり飲んだりすると落ち着くかも」
「いや……要らない……」
「じゃあ、何か欲しいものはない? なんでも用意してあげる」
「要らない……帰りたい……」

 サラは、その一言を聞き逃さなかった。

「帰してあげる。どこに帰りたいの?」
「うち……うちに帰りたい……お兄さまと……」

 クロルは後方を向き、人差し指を立てて唇に押し当てるポーズをする。
 騎士たちは、全員小さくうなずいた。

「そう。じゃあお兄さまとおうちのこと、少し教えてくれる? 帰してあげたくても、場所が分からないと無理でしょう?」
「それは……」

 ずっと目を閉じ、耳を塞いでいた少女が、涙でぐしゃぐしゃな顔をあげた。
 初めて見る相手のようにサラのことを見つめると、少女はささやいた。

「さ……サラ姫、さま……?」

 穏やかに語りかけていたサラの心に生まれた、確かな動揺。
 涙に濡れた瞳が、それを見つけてしまった。

「――いやぁあああっ!」

 突然瞳を見開いた少女が放った、渾身の一撃。
 その固い拳が、油断していた黒騎士サラの左頬にヒットした。

 ……なんだろう、このリプレイは。

 どうやら『北風と太陽』の太陽作戦は、失敗に終わったらしい。

  * * *

 殴られた頬を押さえたサラに、再びパニック状態に陥った少女が、意味を成さない言葉を呟く。
 両方の目からは、滝のように大量の涙を流し続けながら、もうそれ以上進めないというのに後退ろうとして、壁へと後頭部を打ち付ける。

「ああっ、申しわけありません、私がっ、でもっ……!」
「ちょっ、待って」
「いや、来ないで、お願い……いや、いやです……」
「あのね、私は」

 サラは、鈍い痛みを訴える頬から、すっかりぬるくなった湿布を剥がして、床にペシッと投げ捨てた。
 心の中には、有名な『天岩戸』の物語が浮かぶ。

「ねえ、ちゃんと見て」
「いや」
「――オレの目を見ろっ!」

 少女の両肩の脇に手をつき、至近距離で怒鳴ったサラに、少女はびくりと震えて固まった。

「あんたの知ってるサラ姫は、こんな目の色をしてたか?」
「え……?」
「ちゃんと見て」
「あ……青い……?」

 サラがその答えを聞いて、良しと一度うなずくと、少女は「でも」と言ってまた泣きそうになる。
 チッと舌打ちしたサラは、少女の顔の脇から両手を外すと、自分の着ている黒い騎士服の腹を掴んだ。
 下に着ているTシャツごと、一気に引き上げる。

「――あんたの知ってるサラ姫は、こんな腹筋してたかっ?」

 見ろやこの筋肉!
 腹筋一日千回の成果!

「え……サラ姫さま、じゃない……?」

 見事なカニ割れ腹筋を見せ付けられて、少女は呟いた。
 突然現れたサラの柔肌に、カリムは鼻の頭を指でおさえ、シシト将軍は目を伏せ、クロルは「一日千回……」とため息をついた。
 デカイ男二人の裏側で起きた、決定的瞬間を見逃した騎士たちは、とりあえず『一日千回』の言葉に心の中で拍手を送った。


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 毎回言いますが、なかなか進みません。理由は自分の中にありました。この先ちょぴっとシリアスシーンが続くので、今のうちにギャグを入れておきたいという……。とりあえず、少女ちゃんは正気に戻りました。月巫女さんの髪も、案外役に立つということですね。補足すると、侍従長や王姉さんたちは自分たちも銀髪を飲んでたので、属性が一緒ということになります。クロル君はまだ微妙。とりあえず月巫女さんの髪は、サラちゃんの髪と同様の激レアアイテムってことですね。この辺の展開はRPG意識しつつ。ギャグの補足は簡単に。天岩戸は、引きこもってた神様が、外で脱いで踊るのを見て出てきたというちょいエロ神話です。カッチカチの筋肉ギャグは、ワンパターンで飽きたけどなんとなく使いやすくて。(きんに君との比較により)
 次回は、少女とサラちゃんツーショットでお送りします。少女の正体しっかり聞き出してから、サラちゃんまたもや暴走決意。

第四章(10)銀の砂

第四章 女神降臨


 階段エリアが終了すると、天井から水滴が落ちるような、湿気が多く薄暗い地下通路へたどり着いた。
 石壁に生えた苔や黒ずみから砦の古さと歴史が感じられ、サラはゲームの地下ダンジョン探索気分になる。
 ゲームではたいてい、しゃれこうべなどデッド系モンスターが現れるのだ。
 滑りやすい階段が終わったというのに、サラは自分の二倍は太いシシト将軍の腕にしがみついたまま進んだ。

 普段は手を繋ぎたがるクロルも、腕にまとわりつくサラを見て目尻を下げるシシト将軍に負けたのか、好き勝手なペースで先頭を歩いていく。
 クロルは気まぐれに振り返ると、サラに話の続きを振った。

「ねー、サラ姫がネルギで見た闇の魔術ってどんなの?」
「うんと……やっぱり、人の意思を操ろうとする感じの魔術だったよ。私には効かなかったけど、頭の中に靄がかかる感じになって、気持ち悪かった」

 そっか、とクロルがため息をついた。

「ネルギの魔女がどんな力を持っているのか、本当はもうちょっと分かってた方がいいんだけど、まあなんとかなるかな」
「ねえ、いったい今から何するつもりなの?」

 サラの質問にクロルは微笑み、謎かけで答える。

「では、サラ姫になぞなぞを一つ。いま出来てる僕たちの影を完全に消すためには、どうすればいいと思う?」

 シシト将軍の腕に掴まったまま、サラは自分の足元を見つめた。
 後方の騎士が魔術で灯してくれた炎のおかげで、この地下通路はそれなりに明るい。
 サラとシシト将軍の影は凸凹の形になりつつも、真っ直ぐ正面へと伸び、その先はクロルの黒いローブとぶつかっている。
 しばらくきょろきょろと視線を動かした後、サラは自信無さ気に言った。

「こっちから光で照らしたところで、また逆方向に影ができちゃうからダメでしょ」
「うん、そうだね」
「あらゆる方向から光を当てては?」

 便乗してきたシシト将軍に、クロルは「残念」と首を横に振る。

「ちょっといじわるな問題だったかも。正解はね……」

 クロルは、うさぎのようにぴょんと飛んで、サラのすぐ手前に戻ってきた。
 サラの影の中に、クロルの体がすっぽり入る。

「僕の影は、こうしてサラ姫の影に隠せば消えるんだ」
「そっか。“木を隠すには森”っていうもんね」
「そう、闇は光で消せない。でも別の闇で消すことができる」

 クロルの謎かけの意味を知り、サラが思わず目を見開いたとき、頭の上から「着きました」というシシト将軍の野太い声が届いた。

  * * *

 牢の中に居たのは、美しい少女だった。
 年はサラより少し上くらいだろうか。
 両手に、丸いグローブのようなものがはめてあること以外は、いたって普通のオアシス市民に見える。

 誰かが近くに来たことを察したのか、床をハイハイしながらサラたちの方へやってきた。
 しかし、人物を視認することも、声を発することもできない……ただ笑顔を浮かべるだけの、愛玩動物のような少女だった。
 檻に頭をぶつけると、一瞬泣きそうな顔をして、少し後退りしてごろんと寝転ぶ。

「この牢に入れたのは、彼女を守るためでもあるのです。ここに居る騎士たちの中にも、邪な考えを持たない者が絶対居ないとは言い切れませんから」

 苦い表情で告げるシシト将軍に、サラは黒剣をさすりながら「今度ダイスになったら、ムッツリな危険人物を当ててねー」と話しかけ、再び少女に視線を戻した。
 冷たい床にぺたりと座り込んだ少女の髪は、背中の真ん中まで伸びた長く艶やかな黒。
 白い肌は砂にまみれ、荒れて粉を吹いているが、お風呂に入りスキンケアすれば元に戻るだろう。

 そして、特徴的なのが、黒くつぶらな瞳だ。
 少し吊り目気味だが、整った目鼻立ちといい、口元といい……。

「サラ姫に、似てるね」
「そうなのか?」

 サラの問いかけに生返事をしたカリムは、予想以上に美しい少女の姿に戸惑っていた。
 カリムが思ったのは『サラに似ている』ということだった。
 サラ姫に似た人物として、サラが異世界から呼ばれたということは知っていたが、後宮に篭っている生身のサラ姫とは会ったことがない。

「サラに似てるとは思う」
「まあ、サラ姫と私はそっくりだからね……」

 違うところは、たった二つ……今では三つか。

「じゃあ、試してみよっか。サラ姫、あれ出して?」

 あー、と意味を成さない言葉を発する少女を前に、サラはお尻のポケットから茶色の小瓶を取り出した。
 手渡されたクロルは、アロマで使う精油を取り扱うように、蓋を慎重に外し、手で仰いでニオイを確認し、少量を手のひらに出した。

「まずお願いしたいのは、カリム君」
「なんだ」
「これ、ちょっと舐めてみて?」

 クロルの手を口元に差し出されたカリムは、露骨に嫌そうな顔をする。
 サラが「カリム、お願い」と言ったので、しぶしぶその手を取り、粉薬を煽るように口の中に入れた。

「……味は無いぞ。細かい砂を舐めたみたいだ」
「体調は、変化無さそうだね」
「ああ。まったく」

 クロルは、手のひらに残った細かい粉をローブの裾で払うと、どこからか紙コップを取り出した。
 サラが「また魔術使ったな!」と突っ込む隙を与えず、クロルは水を呼び出すとその中に注ぎ、慎重に銀の砂を入れた。

「シシト将軍、ちょっと中に入っていいかな。彼女にコレ飲ませてみたいんだ」

 強固なドアが開かれたとき、夢見るようなトロンとした目の少女が、初めて何かを見つけたように怯えた。

  * * *

 騎士たちが見守る中、牢の中に入ったのは四人。
 サラ、クロル、カリム、シシト将軍。

「やっぱこういうのは、女の子がやった方がいいよね。ちょっとずつ飲ませてみて」

 紙コップを渡されたサラは、七分目まで水の入ったそれを慎重に掴むと、膝をかかえて座り込む少女に近づいた。

「ねえ、これ少しだけ飲んでくれる?」
「うー」
「お願い、ちょっとだけ、ね?」
「うあー」

 サラがコップを口元まで差し出しても、イヤイヤと首を横に振るばかり。
 零してはまずいと引っ込めると、また警戒心をあらわにして「うー」と唸る。
 サラを認識できるということは、聞いていたより症状は軽いようだが……これはまさに少女漫画で見た『狼に育てられた少女』と同じリアクションだ。
 困り果ててクロルを見ても「頑張ってー」と手を振ってよこす。

 だんだん口調がキツくなるサラに恐れをなしたのか、少女は足とお尻でずるずる後退した。
 サラが、奥の壁際まで追い詰められたとき。
 サラの脳裏に、ある台詞が浮かんだ。

『泣いても許しません! 飲みなさい!』

 それは、苦い風邪薬を無理やり飲ませようとした母の顔。
 まだ幼稚園児くらいのサラは、生まれたての赤ん坊のように手足をばたつかせ泣きじゃくった。
 鬼のように恐ろしい顔をした母は、その後確か……。

「もう逃がさないよー、子猫ちゃん……」

 ふふふと笑ったサラは、手の中の水を見つめると。

「サラっ!」
「サラ姫!」

 カリムとシシト将軍が叫ぶと同時に、サラはその銀の水をあおった。
 そのまま、怯える少女にがばっと覆いかぶさり……。

「うん。やっぱ可愛い女の子どうしっていいなー」

 デカイ男二人の裏側で起きた、決定的瞬間を見逃した騎士たちは、クロルののん気な台詞からムッツリな妄想をむくむくと膨らませていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 サラちゃんのファーストキス話でした。相手は母です。しかもディープなやつでした。……というのは、話の本筋ではありません。はい、ようやく少女ちゃん登場です。この話には女の子キャラが案外少ないので、女子が出てくるとちょい嬉しいです。しかし黒騎士モード且つアニマルモードのサラちゃんは、本当に危険かもしれません。やりたい放題です。着々とちゅー記録更新ちゅー。いや女子どうしってこういうの、あると思います! 飲み物飲ませるのはさすがに無いかもですが……あれ、すぐ話が脱線するなあ。月巫女さんの髪を飲ませる理由、もう九割くらい出しましたが、残りは補足的に次回。ちょいシモは今回で終了です。まあこれくらいのシモはこの先もちょいちょい、あると思います!(←開き直り)
 次回は、意識を取り戻した少女ちゃんとご対面。正体聞き出しーの、サラちゃん弾けーの、トツギーノ。(←お笑い芸人さんのネタです)

第四章(9)闇の魔術の可能性

第四章 女神降臨


 目の前で涼しげに揺れる、キラキラの毛束を見つめながら、サラ一人が言葉を失っていた。
 騎士たちやカリムは、正体を知らないだけに「それが何か?」というきょとんとした顔をしている。
 クロルは、おかしそうに笑いながら言った。

「これはねー、さっき言った王城の魔女“月巫女”の髪なんだ」

 当然、サーッと青ざめていく騎士たち。
 シシト将軍のみ、興味津々で身を乗り出す。

「そのような恐ろしげなものは、処分されたのではなかったのですか?」
「うん、対外的にはね。こんなものがまた誰かに利用されたら困るし」

 僕が使う分には構わないけど、と補足するクロルに、隣の席で腕組みしていたリグルが突っ込んだ。

「それ、忘れ物じゃなくて“探し物”だろっ! 面倒なこと俺に押し付けやがって!」
「まあまあ。リグル兄もたまには役に立って良かったじゃん? あの事件では何もできなかったんだし」

 噛み付きかけていたリグルが、シンプルな毒舌攻撃に「キャン!」と鳴いて尻尾を丸めた。
 ようやく解凍したサラの脳みそが、月に代わっておしおきせねばと命令する。

「クロル王子、人にものを頼んでおいて“役立たず”だなんてひどい! リグル王子は、ちょっと単純だけど“役立たず”じゃないんだから、“役立たず”扱いしたこと謝りなさい!」

 何気にひどいことを連呼するサラと、しょんぼりしてゴメンナサイと頭を下げたクロル。
 リグルは「サラ姫が俺をかばってくれた……愛だ」と感激し、残りのメンバーはこの三人の立ち位置をようやく理解した。

  * * *

 クロルの忘れ物は、シシト将軍の魔術により粉々に砕かれ粉末状にされた後、密閉容器に詰められた。
 銀色の砂が詰まった、ピカピカの茶色い小瓶を手に、サラたちは少女が捕らえられているという地下牢へと向かっていた。

 なぜかそれを、持たされているのはサラだ。
 手の中の小瓶が気になって仕方なく、ついそぞろ歩きになってしまう。
 右手を底に、左手をサイドに添えて、落とさないように運ぶ。
 かといって、手の方ばかりに注意していると、石畳の縁に革靴のつま先をとられコケそうになるため、右足左足にも注意。

 しかも、横ではクロルが騎士たちにせっせと『闇の魔術』に関する説明をしているので、頭もそちらへ向けようとすればまた注意力が分散される。
 しかたなく、その小瓶はお尻のポケットに詰め込んだ。
 もしポケットが破れて落っことしたら、それは縫ってくれたリコのせいということにしよう。

 小瓶を避難させ、クルッと踵を回してクロルの方を向いたサラの耳に、ちょうどシシト将軍の低くしわがれた声が飛び込んできた。

「それでは、闇の魔術は誰もが使える可能性があると……?」
「うん。素質によって力の差はでてくると思うけどね」

 リグル兄なんかは絶対無理だねとクロルは笑い、リグルは「要らねえな」と引きつり笑いする。

「人を思うままに操ったり、不自然に寿命を延ばしたり、ましてや死んだ人間の魂を呼び戻そうなんて……弱さの証拠じゃねーか」
「ふーん。だったら今ここでサラ姫が死んじゃったらどーするの? しかも、リグル兄のお尻に敷かれて圧迫死」
「なっ……!」
「ちょっと、クロル王子! 縁起でもないっ!」

 サラはクロルに突っかかった。
 リグルはといえば、「サラ姫が俺の体重のせいで……」と妄想の世界へ浸っている。

「そもそも闇の魔術は禁呪でしょっ? 広めてどーするの!」
「んー、そんなつもりは無かったんだけど」

 クロルは、サラとリグルの間に体を割り込ませ、二人の肩に手をかけながら言った。

「リグル兄も、サラ姫も、皆も、心の中に必ず闇は持ってるんだ。いくら騎士道を唱えたって、心が壊れそうになるときがある。それを無理に押さえつけようとするから溢れるんだよ。そうなる前に、まずは認めること。誰もが闇に囚われる可能性があるってね。心に闇があれば、それは魔力になるんだから」

 サラは、取り戻したばかりの黒剣を撫でさすりながら、クロルの言葉の意味を咀嚼した。
 確かにクロルの言うとおりで、暗い気持ちは誰もが持っていること。
 だけど本当に悪いことを考える人は、それを表に出さないんだ。
 そういえば、馬場先生も言ってたっけ。

「むっつりスケベが一番危険……」

 ポロリと漏れたサラの台詞に、聞いていた男全員がビクッと反応する。
 特に、斜め後ろを歩いていたカリムは、サラのお尻のぷくっと膨れた箇所から慌てて目を逸らした。
 クロルは笑い涙を拭いながら「サラ姫って、本当に面白いねー」と言った。

「あっ、話の腰折ってゴメン。それで?」
「うん。僕が言いたいのは、闇の魔術は誰もが使えるけどその使い方が大事ってこと。まずは自分の闇をコントロールできることが必要かな。それができずに手を出せば、闇に食われるだけだから。『罪悪感』って感情があるけど、あれが一番たちが悪いんだよ。自覚していながら止められない。罪悪感を持ったまま闇の魔術に手を出せば、絶対に心が壊れる」

 クロルの言葉に、サラは二人の人物を思い描いた。
 そういえば、月巫女もサラ姫も、罪悪感なんてものは持ち合わせていなそうだ。
 王姉のケースでも、強すぎる想いが罪悪感を凌駕したのだろう。
 罪悪感を失った人間が『魔女』と呼ばれるのは、正しいことなのかもしれないとサラは思った。

 魔女という存在について、深く考え始めたサラの耳に、クロルのやわらかい声が届く。

「月巫女の髪はね、使う人間によって毒にも薬にもなるんだ。だから僕は“絶対捨てちゃダメ”って言ったんだけど……エール兄が、なんか勘違いして部屋に隠しちゃったんだよねー。ちょっと探したけど見つからなくてさ」

 ハハッと明るく笑うクロルに対して、サラを始め聞いていた者はまったく笑えなかった。
 好奇心に煌めくクロルの瞳を見ていると『好奇心も罪悪感を凌駕するのか?』という疑問が湧き上がる。

「そうだよ。本当に大変だったんだぞ? デリスから詳しい理由聞かなかったら、俺だって反対してるぞ。ていうか、最初からエール兄にもそう説明すれば良かったのに」
「エール兄は疑り深いから、僕が言っても聞いてくれないよ。こうするのが一番楽……いや、スムーズにいくと思ったからさ」
「でも俺、戻ったら絶対エール兄に怒られるっ。あの夜、部屋漁ってるとこ見つかっちまったんだよ。だから逃げてきた」

 何もない空間に鋭いパンチを食らわせるしぐさをしながら、ハハッと明るく笑うリグルに対して、残りのメンバーは……そっと目を伏せた。
 サラは『単純さも罪悪感を凌駕する』と悟った。

  * * *

 長い階段を下りながら、サラが転ばないようにサポートしてくれたのは、シシト将軍だった。
 ごわごわ硬い騎士服の袖に掴まりながら、この腕を取った自分の選択が正しかったことを知る。
 すぐ後ろで、足を滑らせたリグルがクロルを巻き込んで転んだ音がした。
 すかさず始まる口ゲンカに紛れるように、シシト将軍が言った。

「サラ姫には謝らねばなりません。その容姿から、男のふりをしていることは察しておりました。その理由を“魔女だから”ではないかと疑ったのです。左手の包帯も、指輪を隠すためと思い込んでしまいました」

 意外な発言に、サラは上機嫌になった。
 ちょっと前、武道大会に出ていた頃は『女のような男』としか見られなかったのに、女と分かるということは……。

「シシト将軍、気になさらないで。きっと私から女らしさが……」
「魔女は、自らの容姿を自在に変えることができる。それが我々の掴んだ情報の一つ。その情報のせいで我々はネルギ人全員に疑いの目を向けざるを得ず」

 シシト将軍は、薄暗い視界の中でも真剣そのものだった。
 話しながら首から上だけ振り返ると、すぐ後ろにいるカリムを見た。

「実は、カリム殿が魔女という疑いの方が強かったのです。その逞しい騎士然とした容姿こそが、完璧な擬態であると」
「キモ……」

 呟いたのは、リグルだ。
 ムッとして睨みつけたカリムは、自分の代わりになぜかサラが黒剣で攻撃してくれたのを見て、溜飲を下げた。
 クロルは目の前の細かすぎるギャグに笑いながらも、新しい情報を分析した。

「魔女は容姿を変えられる、か……ネルギの魔女も、乗り移る器をいっぱい持ってるのかもね」

 黒剣を鞘ごと腹に突き刺されたリグルは、涙目で腹をなでながらも反応する。

「じゃあ、もしかしてコイツの中身が、本当に魔女って可能性もあるのか?」
「可能性は低いけど、絶対無いとも言えないよね。なんせ闇の魔術でどんなことができるのか、ほとんど分かってないんだから。もしかしたら、カリム君が魔女の手先ってことも……」

 クロルの予言めいた台詞に、自分の手のひらをじっと見るカリムと、シシト将軍の腕にギュッとしがみついたサラ。
 クロルは、軽い足取りでサラたちを追い越すと、大きくジャンプした。
 一瞬ドキッとしたサラの目に、無事着地したクロルの太陽のような笑顔が飛び込んでくる。

「大丈夫。ぜーんぶ僕が解決してあげる!」

 眼下で優雅な礼をするクロルに、サラは「期待してるね」と笑いかけた。


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 会議室から、地下へと移動して終了。はー、ちまちま。出すべき情報がいろいろあってねー。ついギャグも入れたくなっちゃって……。まずは分かりにくい小ネタ説明。リグル君に「キャン!」言わせたのは、なにわ金融道という大好きなマンガから。関西弁ってあちこち可愛いです。茶色の小瓶と、右手左手右足……は両方とも好きな童謡から。内容的には、闇の魔術のびみょーな解説編となりました。禁じられた遊びほど魅力的に映るというのが、世の常だと作者は思います。こういうのはオープンにしちまえば、たいしたことは無いのです。たぶん……。しかし、今回もクロル君のおかげで助かりました。また次回もよろしくお願いします。
 次回は、ようやく捕虜少女とのご対面です。クロル君の秘策実行……といっても、もうバレバレかもしれませんが。

第四章(8)クロルの秘策

第四章 女神降臨


 再び、会議室。
 サラの座ったお誕生日席には、なぜか人の頭の二個分ほどある巨大な焼きこみフルーツケーキ、そしてジョッキサイズのグラスに甘いジュースが置かれていた。

「サラ姫には、私の秘蔵の品を差し上げましょう」

 はんにゃの面のようなイカツイ顔で微笑んだのは、この砦の主……シシト将軍だった。
 さすがのサラも「こんなに食べられません」と主張したため、皆でシェアすることになった。
 旅の途中に不味い飯を我慢してきたクロルは「ワーイ」と素直に喜んだし、さっきから腹減ったと呟いていたカリムもすぐに手を伸ばした。

 騎士たちはさすがに遠慮しようとしたが、シシト将軍の「この際だからお前たちも食え」の一言に、諸手を上げて喜んだ。
 より若い騎士も居る中で、末席を与えられたグリードがせっせとケーキを切り分け、飲み物を配り歩いた。
 会議室へ戻る途中、サラがようやく打ち解けてくれたシシト将軍に「グリードさんを怒らないで」とこっそり耳打ちすると、気難しげな顔で「では、皆に示しをつけるため相応の罰を与える」と言っていたのが、特命パシリ長へと繋がったようだ。

「あっ、美味しいっ!」

 口の中の水分が無くなるボソボソしたケーキは、まさにサラ好みの逸品だった。
 サラが笑顔でケーキを頬張る姿を、シシト将軍並びに騎士のおっちゃんたちが目を細めて見守る。
 フォークを持つ手首には、まだ赤い跡が薄く残っている。
 待遇が一気に好転したことを、サラはあらためて不思議に思った。

 まずはクロル王子とリグル王子が、頑ななシシト将軍の心に楔を打ってくれた。
 その後、ハンマーを振り下ろすがごとく、相手の役に立つことをして認めてもらった。
 まるで以前テレビで見た巨大な墓石の切り崩し作業のような、見事な連携作業だ。
 思わずにやけたサラに、シシト将軍の低い声が飛ぶ。

「今、夕食のしたくもしておりますので、ゆっくりお召し上がりください」

 サラは、笑顔がすでに怖いシシト将軍の最大限に優しげな台詞に、コクンとうなずいた。
 負傷者が消えた臨時医務室では、先ほどまで寝ていた騎士たちが、せっせと後片付けをしているという。
 今夜は、王子たちをゲストとして、久しぶりにパーティが催されることになった。
 トリウム国民のお祭り好きは、戦場の騎士たちも一緒のようだ。

 リグルが、口の中をもごもごと動かしながらシシト将軍に、ざっくばらんに話しかけた。

「だから言ったろ? サラ姫はこの国の救世主なんだって。ついでに将来は王妃に……モガッ!」

 最後の余計な一言が、リグルの喉を詰まらせた。
 慌てて咳き込みジュースを飲み込む様子を、横から見ていたサラは……その手前で悪魔の微笑みを浮かべるクロルを見てしまった。
 クロルの前に置かれた皿のケーキが、いつのまにか不自然に欠けている。
 このケーキがリグルの喉に瞬間移動……いや、きっと気のせいに違いないと、サラは見てみぬフリをした。

  * * *

 甘いもので少し体力回復したサラたちは、今後の戦略を語り合った。

「なるべくお互いに犠牲が出ない形で、和平を進めたいのです。何か良い案はありませんか?」

 発言したサラは、シシト将軍の席の向こうにある、明かりとりの小窓を見上げた。
 差し込む光の色が濃いオレンジに変わったのを確認し、一人焦りを感じながら。
 もう時間が無い……なぜかそんな気がした。

「可能性は低いが、もしネルギ軍の統括者であるキール将軍と話し合いを持つことができれば、事態は動くかもしれん」

 シシト将軍の発言に、騎士たちがざわつく。
 そのうち、将軍のすぐ脇に座った騎士が手をあげ「それは難しいのでは」と語った。
 騎士曰く、キール将軍とは冷酷無比な悪魔の手先……という噂だけが流れる謎の人物。
 戦場には一切立たず指令を出すだけなので、トリウム軍にとっては魔女と同じくらい恐ろしい存在だった。

「彼の張る結界は誰も壊せず、また使者を送ろうものなら無残に殺される……接触するのは不可能でしょう」

 騎士の発言に、シシト将軍も黙りこくった。
 全員が同じように黙り込む中、ずっと黙っていたカリムが言った。

「俺が行きます。同じネルギ人なら、もしかしたら」
「いや、無理だろう。彼は“同じネルギ人”こそを、モノとして扱うのだから」

 シシト将軍が、強い口調でカリムの言葉を遮る。
 腰を浮かしかけたカリムが、唇を噛みながら椅子に座りなおした。

「なるべく遠く離れたところから、弓矢で手紙を放つといい。しばらくは相手にされないだろうが、何度でもやれば……」

 シシト将軍の提案は、サラにとっては夢物語にしか聞こえなかった。
 それでは、遅いのだ。
 カリムと同じように、唇を強く噛み締めたサラの頭に、ポンとやわらかい手のひらが乗せられた。

「ねえ皆、僕のアイデア聞いてもらえる?」
「クロル王子……」

 スッと立ち上がったクロルは、眩しい西日の中で髪や頬をオレンジに染めている。
 幻想的なその姿に全員が目を奪われる中、クロルは語った。

「今までの話で、なんか違和感あったんだよね……その、うちの砦に来たってネルギ軍の少女のことがさ」

  * * *

 クロルは、サラの逆側に座るリグル王子をチラリと見下ろすと、いつも通りの皮肉を撒き散らす。

「シシト将軍も、騎士の皆さんも、いくらトップが単純だからってそれに習わなくていいんだよ?」
「てめっ、また俺のこと」
「そういうのたぶん、向こうにバレてると思うし。そうじゃない?」

 シシト将軍も、居並ぶ騎士たちも、苦笑を浮かべつつも否定せずにいる。
 さすがのリグルも、騎士たちのリアクションに憮然としてため息をついた。
 一瞬微笑んだクロルは、すぐに表情を引き締める。

「ネルギ軍は、きっとこんな風に考えてるはず。敵国は、騎士のみで構成されるいびつな軍隊。そいつらは“騎士道”なんて甘ったるいジュースみたいなことを信じてて、たぶん女や子どもには危害を加えないだろう……そう思って少女を送り込んだ。どうかな?」

 反論を許さない目つきで、クロルは畳みかけるように告げた。

「でもね、僕は思ったんだ。少女がこうして生きたまま捕らえられているのは、ちょっとオカシイなって。今までの捕虜は全員自殺で死んでる。その子だけが生き残ってるのは不自然だよね。それが事実なら、発想を切り替えなきゃ」

 ツンツンと、人差し指で自分の頭をつつくクロルを、サラはドキドキしながら見上げた。
 きっとクロルには、もう答えが見えているのだ。

「僕の推測だと、彼女はあえて逃がされたんだと思う。理由は、ただ生き延びるために。逃がしたのはネルギ軍のかなりトップに近い人物。そんな戦略を実行させられるくらいだからね。じゃあなぜ彼女は逃がされたのか……」

 ゴクリ、と全員が唾を飲んだとき。

「それは、僕にもワカンナイや」

 ハハッと笑ったクロル。
 緊張していた空気が、一気に弛緩する。

「……だから、本人に聞いてみようよ」
「しかし、彼女は精神を病んでいて、まともな会話など」

 シシト将軍が反論しかけるのを、伸ばした手のひらで制すと、クロルはリグルに視線を向けた。

「大丈夫だよ。ねえリグル兄、あれ出して? 僕が頼んだ忘れ物」 

 固い芝生のような黒髪をザワワと撫でられたリグルは、不愉快そうに眉をひそめつつも、騎士服の胸ポケットから“あるモノ”を取り出した。
 西日を受けて光り輝く、それは――。

「うん、良かった。ちゃんととってあったんだね」
「――クロル王子っ!」

 思わず叫んだサラに、クロルは「大丈夫」ともう一度言ってウインクした。
 リグルの手からクロルの手へと渡されたのは、一束の銀色の髪だった。


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 はい、ちまちま進んでおります。ああ嫌な予感……また長くなりそうな悪寒が。時間的には全然進んでないのにー。前半は少しだけ和み系シーンを。こういうの削っちゃうと、シリアスシリアスでどーもね。中盤からは、恒例のプチ謎解きでした。忘れ物、さすがにコレだと分かった人はいないはず。すっかり処分したってニセ情報流してたしねーふふ。その辺の詳細は次回もうちょっと。しかし今回は、またもやクロル君にのお世話になりました。作者もうおんぶにだっこ状態です。主人公クロル君でもいいんじゃね? くらいな。サラちゃん、次の次くらいからはもっと目立たせてあげる予定ですが、目立つっていうか……ピンチの後にチャンスありという展開になりそうです。
 次回、クロル君の狙いどおりに事が進みます。クロル君の予想を裏切るのは、サラちゃんだけという回に?

第四章(7)できることから

第四章 女神降臨


 騎士たちによる、サラへの握手会ならぬ右手キス会は無事終了した。
 その間、隣からは「ただ女の子の手触りたいだけじゃないの」とか「君さっきトイレ行って手洗ってなかったでしょ」とか、非常に気になる発言が飛び出したが、サラは身につけた王女スマイルでなんとか切り抜けた。

 トイレの手洗いについては、サラも同罪なので突っ込みの余地は無いが、確かに王城の騎士たちと違って、ひとりひとり時間をかけて手をニギニギされたような気がする。
 顔を上げた騎士たちの幸せそうな笑みを見て、こんなことも両国の友好への第一歩かと諦めた。

 全員が元の席に着席した後、シシト将軍が大きな咳払いをした。

「では、これから会議を仕切り直す。まずはサラ姫とカリム殿に、この砦の現状をお伝えしよう」

 シシト将軍からは、ネルギ軍との戦いの歴史について簡単に説明された。
 戦争のきっかけは、砂漠の民との小さないさかいだった。

 水を求める砂漠の民が国境を越えてくるようになった頃、トリウム軍の兵士は対応を誤った。
 少し恵んでやると、それ以上の人数が押しかける……その繰り返しの中、ついには武力で追い払ってしまったのだという。
 逆恨みした砂漠の民は、徒党を組んで国境を越え、民家を襲撃しはじめた。
 始めは鎌やクワを使い、そのうち武器を手にするようになり、最終的には魔術師軍団が指揮をとるようになったという。

「開戦当時から比べると、彼らの戦い方は変わった。今では武器を捨て、自らが兵器と化した」
「兵器って、どういうこと?」

 クロルの質問に、シシト将軍は疲れたような笑みを浮かべた。

「彼らの精神には闇の魔術が、体には炎の魔術が仕込まれている。そのまま、この砦に襲い掛かるのですよ。自らの命を贄としてね」

 砦に近づけるまいと剣や魔術で彼らを討つと、その体からは赤黒い炎が立ち上るという。
 それを目にした者は、体を焼かれ、心を蝕まれる。
 攻撃を受けた人物がどうなるかは、先ほどサラたちが見たとおりだ。

「特に先日の攻撃は、恐ろしいものでした。この砦に、一人の少女が訪ねてきたのです。曰く“ネルギ軍から逃げてきた”と……」

 トリウム軍は、罠にかかった。
 彼女は内側からこの砦を破壊し、人間兵器を招きいれようとしたのだ。
 大量の犠牲を伴いながらも、なんとか撃退した後に残ったのは、心を失い抜け殻となった少女が一人。
 現在は魔術封じがほどこされ、牢に繋がれているという。

「その少女を、我々は殺すこともできず……そちらにも、後でお連れいたしましょう」

 シンと静まり返る会議室。
 きっと彼女は、ラッキーだったのだろう。
 トリウム軍に保護されれば、命の保障だけはされるのだから。

 サラは、朱色の床の間に転がされていた少女たちの悲しい末路に、ただ胸を痛めることしかできなかった。

  * * *

 サラの顔色があまりにも悪かったのを心配したクロルによって、会議は休憩となった。
 会議室の隣には、ソファが置かれたラウンジがあり、サラたちはそこでしばし体を休めた。
 移動中は疲労など一切感じなかったのに、心が重くなったせいか、体までもが鉛のように重く感じる。
 ソファに座ることを拒んだカリムが、サラの目の前でひざをついた。

「サラ、お前が気にすることはない。この罪咎は全て俺が引き受けるから」

 その目がただ優しいだけではなく、悲しみの光を放つのを、サラは見つけてしまった。
 首を横に振ったサラは、カリムの手を握る。
 クロルにすることで、すっかり定番になってしまったその行為に、カリムは少し顔を赤くした。

「カリムは、何も知らなかったんだから。私は薄々気付いてた……なのに、止められなかった」

 ネルギ軍は、国王直結の部隊だ。
 魔術師を中心に編成されるため、実質指揮をとるのはサラ姫とその側近の魔術師になる。
 主に内政を受け持つカナタ王子の側近であるカリムには、詳しい戦況などは一切知らされることはなかったという。

「国王の言葉を聞いて、それを魔術師に伝えるのはサラ姫の役割。ネルギ軍をこんな風にしてしまったのも……そうでしょ?」
「サラ……」

 サラは、やはり自分は闇の魔術にかかってしまったのかもしれないと思った。
 そうでなければ、サラ姫をかばいたくなるこの気持ちに理由がつかない。
 たった一週間過ごしただけのサラ姫は、なにより自分の欲望に忠実な……純粋な少女なのだと。

「サラ姫が闇の魔術を操ることを、私は知ってた。ずっと傍に居たリコも知らないみたいだったし、たぶん知ってる人はほとんどいないはず。カナタ王子は分かっていて見逃しているのか、もう闇に囚われているのか、どちらかだと思う」

 サラは、たぶん後者ではないかと思った。
 あの誠実なカナタ王子が、こんなやり方を黙認するとは思えない。
 そし、闇にて囚われた者は、カナタ王子以外にも居るかもしれない。

 カリムが歯を食いしばり何かに耐える姿を見て、サラは握った手のひらの力を強めた。
 ネルギ軍を止めるということは、その先に居て彼らをコントロールしている人物を止めるということ。
 その中に、サラ姫や魔術師だけでなく、敬愛してやまない王子が居るとなれば話は別なのだろう。

「サラ、お前はこれからどうするつもりだ?」

 暗く沈みかけた雰囲気を変えるように、サラは明るく声を上げた。

「そうだね……まずは、やれるところからやる! ね、クロル王子、リグル王子!」

 向かいのソファに腰掛け、サラとカリムの会話を黙って聞いていた二人は、サラの言葉に顔を見合わせた。

  * * *

 短い休憩を終えた後、会議再開の前にサラはある提案をした。

「できるか分からないけれど……彼らの傷を癒すために、力を貸してください」

 騎士の中でも、癒しの魔術が使える者たちを集めてもらい、負傷兵がいる部屋へと向かった。
 何度見ても胸が締め付けられるような光景の中、サラは目を背けずに室内を見渡した。

 薄暗くしめった空気の中に、まるで呪詛のようなうめき声が鳴り響く。
 ところどころに赤い旗が立っているのは、重傷者のしるし。
 比較的軽症な者は、手元の水差しを掴んで自力で水を飲むが、そうでない者はケアをする騎士が交代で水や食料を与えているという。

 サラは、患者の中からもっとも軽症で、なおかつ癒しの魔術が使える騎士を教えてもらうと、その若い騎士に近づきこう言った。

「私に、癒しの魔術をかけていただけませんか?」

 驚いた騎士は上半身を起こし、サラの横に立つ二人の王子とシシト将軍の顔を見つめた。
 全員がうなずくのを確認した後、指輪をはめた手のひらをサラへと差し出した。
 伸ばされた手が、触れるか触れないかの距離で放たれる、水の魔術。
 飛び出した水滴は細かい霧となってサラの体へ降り注ぐ。

 シシト将軍以下、砦の重鎮たちが見守る中で、奇跡は起こった。

「――っ!」

 サラの体から、室内を照らす神々しい光が放たれると同時に、騎士の体はずぶ濡れになった。
 少年のような姿をした、美しい少女の笑みとともに、発した霧のシャワーがどしゃ降りになって返って来る……それは、騎士にとって想定外の出来事。
 放心状態の騎士は、濡れそぼった自分の体や、だらりと垂れ下がった腕の包帯を見つめた。

「どうですか? 変わりありませんか?」

 役目を終えた水の精霊たちが、嬉しそうに飛び跳ねながら消えていく姿を見送りながら、騎士は告げた。

「痛みを……感じません。これは、いったい……?」

 念のためにと、サラが騎士の腕に巻きついた包帯を慎重に外すと、そこにあったはずの膿みもケロイドもキレイに無くなっていた。

「サラ姫っ!」
「すごいよっ!」

 両脇に飛びつく大型犬と子猫に「はいはい、じゃれるのは後でね」と微笑みかけると、サラは立ち上がった。

「癒しの魔術が少しでも使える方から順に、治していきましょう。もし魔術を使えない方がいたら、別の方から受けた魔術を転送してみます。すぐ済みますから、会議は少しお待ちくださいね」

 そう言って優雅に礼をしたサラに、心の全てを奪われた騎士たち。
 最後までサラを懐疑的に見ていたシシト将軍ですら、孫を見るような目でサラを見つめながら「よろしく頼む」と頭を下げた。

 奇跡を全て見届けた後、彼らがサラを『女神』と呼ぶようになったのは、本人の与り知らぬこと。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 ううっ、またもや長くなりました。前半……ここで固まった作者。書き直し書き直しで、こんな感じになりました。重い話は苦手じゃー。でも書かなきゃと。戦争のドキュメントを良く見たり、被爆したお年寄りのお話を聞きに行ったりしています。本来もっともっと生々しく、直視すると吐き気と涙が止まらないのですが、そこまで深く行くともう止まらないのでこの辺でご容赦ください。ラストは、予告通りというか予想どおりのサラちゃん活躍シーンでした。エール君を治したときより全然楽チンです。救いのあるシーンが書けて、作者もホッと一安心。
 次回、もう一回会議室へ戻って、忘れ物の話とこの砦のシメを……はやくネルギ軍に行きたいです。頑張ります。

第四章(6)和解

第四章 女神降臨


 手枷をはずされたサラとカリムは、クロルと一緒に城内を軽く見学した。
 つい先ほど、負傷兵たちを見てしまっただけあって、たいていのことでは動揺しない。
 城内の中庭で牧草や野菜が育てられ、それを食べる馬と家畜がいて、家畜を食べる人間がいて……そんな食物連鎖サイクルに、自分たちがぼっとんと落っことしたモノが使われていても。

「クロル王子は、ここ初めてなんだよね? リグル王子は、この砦に来たことあるの?」
「うん、何度かね。定期的に、戦死した騎士に祈りを捧げる儀式があるんだ。リグル兄は単純だから、その度に自分が討って出るって暴れて大変だったみたい」

 発言したクロルも、聞いていたサラとカリムも、その絵が浮かんで笑った。
 監視兼案内係の騎士たち数名も、会話を聞きながら苦笑する。

「この砦の騎士たちにとって、リグル兄は希望だ。唯一、自分たちの気持ちを分かってくれて、一緒に戦ってくれる……」

 サラは、繋がれた右手を気にした。
 手を洗えないかったという心苦しさから、繋ぐことをためらったけれど。
 こうしてクロルの手のひらが熱くなるときに、自分の手が役に立つなら、いくらでも繋いであげたい……そう思った。

「そうじゃないって、ちゃんと伝えたら?」
「サラ姫……」
「戦うって、そういうことだけじゃないでしょ?」

 クロルの十八番を奪ったサラのウインクに、クロルは破顔した。

  * * *

 会議室に戻ったサラたちは、コの字型に整然と並べられた机の一画、お誕生日席に座った。
 先ほどまでの緊張感が戻ってきて、サラは背筋を伸ばす。
 サラたちが席を外している間に仮眠を取ったリグルが、すでに燃料満タンといった表情でサラに微笑みかけ、間に入ったクロルにあっさり邪魔された。

 一人、ポツンと置かれた講師席ポジションの机にいるのは、シシト将軍。
 じゃれ合う王子たちを、まるでわさびのきき過ぎた寿司を食べたような顔で見やる。
 リグルという甘い中トロと、クロルというわさびを、両方味わっている……まさに清濁併せ呑むといったところか。
 本当はどっちも『清』なのにねと、サラは心の中で笑った。

「では、今から緊急会議を行う。議題は、使者殿の処遇と今後の戦略について――」
「あー、その前にちょっといい?」

 鬼将軍の言葉を遮ったのは、クロルだった。

「クロル王子っ!」
「固いことは抜き。今日は本音で言い合おうよ。騎士の皆さんたちもね?」

 目の前のやりとりにデジャブを感じたサラは、はたと気付く。
 なんだか王城で良く目にした、国王と侍従長のようだ。
 もしそうだとすると……きっと二人は、仲良くなれるはず。

「まず僕から言わせてもらうけどさ……この砦の水が枯渇してから、画期的な資源循環システムを考えたのって、誰だっけ?」

 立ち上がったクロルは、鼻から思い切り息を吸い込んで深呼吸すると「うん、匂わないね」と言った。
 過去、この砦の中がどんな匂いに包まれていたか……サラは、想像しようとして止めた。

「あと、補給部隊編成して、武器と馬を限界まで注ぎこんで、砦補強の人工手配して……その予算組んだのって誰?」
「それは……」
「うん、文官だよね? 僕も手伝ったけど。あと、許可出したのは国王。その元は国民の税金」

 騎士たちが見守る中、シシト将軍は憎憎しげにクロルを睨みつつも、軽く頭を下げた。
 ふさふさに見えた白髪混じりの黒髪のてっぺんが、若干薄くなっている。
 溜飲が下がったのか、クロルは皮肉げな笑みを引っ込めて、淡々と告げる。

「ここに留まるシシト将軍も、騎士たちも、僕は尊敬してるよ。ただ、君たちがここに居ない人間を無下にするのは間違ってる。僕たちだけじゃなく、国民が皆何かを失って苦しんでいる。国民たちにとって、たまには息抜きのお遊びも必要だよ? それが、政府の吸引力維持に繋がるならなおさらね」

 限界まで見開かれた大きな瞳が、澱みなく紡ぎだされるクロルの苦言を受け止めていく。

「シシト将軍は、この場所に長く居すぎたのかもしれない。自分の意思を機械的に実行するだけの部下を何人揃えても、意味が無い。戦いに勝てないのは君たち自身のせいでもあるんだよ。状況は常に変化するんだ。情報収集を怠って勝てると思う? まずはしっかり情報を集めて、内容を見極めて、柔軟に対応しなきゃ。ね、リグル兄?」

 唐突に話を振られたリグルが、オートマチックにうなずいた。
 左右に居並ぶ騎士たちは、図星をつかれたことに顔色を赤くしたり青くしたりしながらも、一様にうつむいている。
 シシト将軍だけが、真剣な面持ちでクロルを見つめていた。

「僕は……ずっとあの王城で戦っていた。僕なりにやれることはやってたつもりだった。それを“間違っている”と、ぶち壊してくれた人がいるんだ」

 クロルの視線は、いつしかすぐ左隣に居るサラに向けられていた。
 愛しむような、包み込むような、やわらかい視線。
 サラの白い頬が、一気に色を変えていく。

「シシト将軍、まずは一度頭をリセットして。ネルギ人とかトリウム人とか関係なく、一人の人間として彼女を……サラ姫を見て欲しい。細かい話は、それからだ」

 シシト将軍の目が、サラを捕らえた。
 威嚇するようなその目から逃げず、真っ直ぐ見つめ返すと、サラは一度頭を下げた。

  * * *

 言いたいことをある程度言い終え、満足気な笑みを浮かべて着席したクロルの代わりに、リグルが立ち上がった。

「サラ姫の手枷と今のクロルの話で、事情はなんとなく分かった。俺からも言わせてもらうが、サラ姫はトリウムの救世主だ。もちろん俺も救われた。国王も、エール兄も、クロルも、ルリも、バルトも……病んでた奴ら全員だ。国民だって、サラ姫のおかげで明るさを取り戻した。そもそもサラ姫は最初、一市民として武道大会に参加したんだ。グリード、ちゃんと説明してやれ!」

 グリードは、サラが男装して武道大会に出場し、優勝したことを語った。
 正々堂々と戦った結果自分が負けたことも、その後の犯人探しについても。
 犯人がシシト将軍とも面識のある騎士だったことに、会場はざわついた。

 サラは、左隣に座ったカリムをチラリと見た。
 この砦についてからまったく崩していない、ポーカーフェイスがそこにあった。
 シシト将軍の眼光にやられ動揺しっぱなしのサラは、そしらぬ振りをして机の下の足を踏んづけてやった。
 カリムがサラを睨みつけたタイミングで、右隣のクロルが再び立ち上がる。

「じゃあ、その後の話は僕からするね。優勝したサラ姫は、国王の前で身分を明かし『和平』を望んだ。国王も一度は承諾したけれど、その後が大変だったなー」

 クロルによる『サラの武勇伝』は、一時間にも及んだ。
 時系列で整理されたエピソードと、合間に補足されるクロルの解釈が、あたかもその現場を見てきたように臨場感タップリで語られた。
 ただし、エールに呪いをかけた魔女の正体や、すでに把握しているだろう緑の瞳の侵入者についてはキレイに省きつつ。

「というわけで、王城は再び平和を取り戻しましたとさ。おしまい!」

 話が終わったクロルが、サラの頭をよしよしと撫でながら着席する。
 シシト将軍も、騎士たちも、自分たちの世界とは次元の違う『戦い』の物語に、黙りこくっていた。
 バルトの怪我が治ったエピソードでは驚き、自分たちが願いを託したリグル王子が次期国王に決まったシーンでは歓喜の笑みを浮かべ、赤い花の真実と侍従長、月巫女の末路に吐息を漏らした。

 サラは、自分に集まる勇猛な騎士たちの視線に耐え切れず、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
 あらためて人から聞かされると、いかに自分が危ない橋を渡ってきたかを自覚させられる。
 足を踏みつけられてもそ知らぬ顔をしていたカリムが、話が佳境に入るにつれてみるみる眉を吊り上げていき……最後は、サラの足を容赦なく踏み返してきたけれど、サラはその足の痛みを享受した。

「あっ、今聞いたことは内緒ねっ。特に、サラ姫が身代わりの姫だってことは」

 思い出したように付け足したクロルの声に、サラを凝視していたシシト将軍が動いた。
 静かに椅子を引き立ち上がると、サラの心を見透かすような強烈な眼光で、サラを睨みつけた。

「使者殿……いや、サラ姫」
「ハイッ!」

 立ち上がろうとしたサラを、大きな手のひらで制する。

「あなたのその左手の包帯は、魔術で傷が治せないからなのですね?」

 意外な質問に、サラは戸惑いつつも小さくうなずいた。
 無意識に、薬指だけに薄く巻きつけられた包帯をさする。
 すでに傷はほとんど塞がり、痛みも感じない。
 しかし、突っ込みどころ満載の話を聞いた後でそこに食いつくとは……やはりシシト将軍は目の付け所が違うなと、サラは妙に感心した。

「分かりました」

 シシト将軍は騎士たちの後ろを通り過ぎ、サラの元へ歩み寄った。
 間近で見るシシト将軍の肌は荒れ、目の下には黒いクマが現れている。
 疲れた顔……素の表情を、初めて見せた気がした。

 砦の外壁には触れないようにと、入城前にクロルから念を押されていたことを、サラはなんとなく思い出した。
 甚大な魔力を持つエールと違って、騎士であるシシト将軍が張り続けている結界はもろく、サラの手で消えてしまう可能性があるという。

 シシト将軍は、サラの椅子の背もたれに手をかけ、片手で簡単に百八十度回す。
 サラと向かい合う形になると、その前に跪いた。
 瞬きする間に、かさついた大きな唇が右手へ触れて……サラの心に不敵な笑みの残像を残すと、何も言わず元の席に戻ってしまった。
 頑固で意地っ張りな将軍なりの謝罪だった。

 クロルがぶーぶー文句を垂れる中、サラは次々訪れる騎士たちに、右手を貸し出し続けた。


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 やばい。予定の半分しか進まなかった……。出だしはお下品でスミマセン。いや、下品なんかじゃなく大事なことですから! ちなみにおトイレは男子用ですが、個室だったのでOKでした。その後はサラちゃん武勇伝披露の巻。本当はもっと各エピソード並べたかったけど、それだけでかなりのボリュームになっちゃうのでガッツリ削りました。説明要員としてクロル君連れてきて良かったー。しかし第三章、五十話分か……。この間にサラちゃんはずいぶん成長しましたが、作者はほぼ変わりなし。もう今年が半分過ぎたってことに衝撃。書き始めたのは、うららかな春の日じゃった……夏中には絶対終わらせるっ!
 次回は、サラちゃん今度こそ活躍します。クロル君の忘れ物ネタも。あまりギャグで遊ばず進めなければー。

第四章(5)逆転への布石

第四章 女神降臨


 部屋を出るとすぐ、シシト将軍は冷酷な瞳で告げた。

「使者殿には、ひとまず牢でお待ち願いましょう。今度こそ本当に魔術師の援軍が来るのならば、その際には処遇を見直してもかまいません。ああ、その前に全身を調べさせていただきます」
「シシト将軍!」

 無言でうつむいたままのクロルに代わり、グリードが噛み付いたが、視線一つで黙らされてしまう。
 逆らうものは決して許さない……高みから見下ろすような眼光から、サラはそんなメッセージを受け取った。

 シシト将軍の強さは、守りたいものがあるからだ。
 彼の手では、全てを守ることはできない。
 だから、切るべきところは切る。
 ネルギの使者という存在は、シシト将軍の腕の中に入ることは不可能なのだ。

「私は、国王から直接命じられたのです……使者殿をお守りするようにと……」

 グリードが、掠れ声で呟く。
 周囲の騎士たちは、憮然とした態度のシシト将軍を前に黙りこくっていたが、戸惑いは感じているようだ。
 緊張し強張った表情で、シシト将軍とサラたちを交互に見つめている。
 自国の王子と国王直筆の書状、そして信頼する同僚の言葉を前に、それぞれが頭の中で落としどころを模索していた。

  * * *

 広い通路で立ち止まったまま、睨み合うシシト将軍とグリード、そして傍観する騎士たち。
 静寂を破ったのは、クロルだった。

「……牢も、調査も要らない。彼らを解放して」

 初めて聞く、地を這うような低い声。
 まるで、闇の魔力が込められたような、聞くものの心を凍らせる声だった。
 シシト将軍も少しひるんだようで、一度ゴホンと咳払いをした。

「……いくらクロル王子とはいえ、そのご希望には答えかねます」
「どうしても、僕の言うことが聞けないんだ?」
「クロル王子こそ、なぜそこまでネルギの肩を持つのです? 王城では魔女がらみの事件があったようですが……もしやクロル王子も、魔女の毒牙にかかって」
「――ふざけるなっ!」

 いくら声を荒げても、クロルの言葉はシシト将軍の胸には届かない。
 むしろ、サラたちをかばうたびに、自らの印象を悪くしていく。
 このままでは、クロルも牢へ放り込まれかねない……。

 さすがに周囲の騎士が止めるはず、というポジティブな希望は、シシト将軍の額に浮かんだ青筋と、下げられた口角を見るだけであっけなく打ち砕かれる。
 シシト将軍は、やると決めたらやる人物なのだ。

 焦りで握った手のひらがびっしょり汗ばむのを感じながら、サラは冷静にならなければと自分の心に言い聞かせた。
 自分が何か発言すれば、事態は動くはず。
 しかし、戦争に十分貢献したはずのクロルや、戦友であるグリードの言葉にすら耳を貸さない相手に、『敵』と見なされている自分が、いったい何を言えば良いのだろう?

「シシト将軍、とにかく一度会議室へ戻りましょう」

 騎士の一人が告げたため、問題は先送りとなった。
 もと来た道を歩きながら、サラは必死で考えた。

 どんなに低い声を作ったところで、シシト将軍には通じないような気がする。
 シシト将軍と会う前に、「黙っていて」とクロルに念を押されたのは、きっとサラが女だということを悟らせないため。
 クロルの指示とグリードの懸念の意味が、シシト将軍の態度で分かった。
 今ここでサラが“サラ姫”とバレたら、始まるのは魔女裁判だ。

 ただ、このまま黙っていたところで、本当に体を調べられたらおしまいなのだ。
 どうしたらいい……?

「大丈夫だよ。心配しないで」

 サラの隣を歩いていたクロルが、サラの頭にポンと手を乗せた。
 さすがに、クロル王子のことは蹴り飛ばせないのか、サラはぐりぐりと頭を撫でられ続ける。
 開かれた会議室のドアをくぐっても、サラの頭には温かい手のひらが乗せられたままだった。
 乱暴なようで優しい手つきに、サラは思わず鼻をスンッと鳴らした。

「それにしても、まいったなあ。計算が狂った……」

 劣勢を感じさせない、明るい声。
 サラは「何が?」と聞きたくて聞けないもどかしさに、唇を噛み締めた。
 シシト将軍も、騎士たちも……そこにいた全員がクロルの独り言の意味をはかりかね、怪訝な面持ちでその美しい微笑を見つめる。

「もう少し、早いかと思ったんだけど」
「――てめぇ、クロルっ!」

 一人の大柄な騎士が、息を切らせながら会議室へ飛び込んできた。

  * * *

 砦の騎士たちは、呆然と立ち尽くし、二人の王子の攻防を見守る。

「なんなんだ! 俺に何の恨みがあって、こんな目に!」
「遅いよリグル兄ー。もう一時間は早いと思ったのに、体なまってるんじゃないの?」
「バッ……ふざけんなっ、俺はっ、もう丸一日寝ないで馬かっ飛ばして……」

 そこまで言って力尽きたのか、顔から滝のような汗を流したリグルが、ガクリと膝を折った。

「それにしても、この部屋まで一人で来たの? すごいね、その嗅覚」
「バカ、俺は、鼻だけは良いんだ……サラ姫の匂いが、分からないわけが……」

 唐突に漏らされた、自分の正体。
 騎士たち同様、目を丸くして事態を見守っていたサラが、思わず息を呑む。
 一度床に崩れたリグルが、蛙のように大ジャンプして、サラの目の前に詰め寄った。

「――サラ姫! 無事だったか!」
「はっ、はい……」
「なんだこの手枷は! ふざけるな! 俺のサラ姫になんてことを!」

 クロルが「リグル兄のじゃないよー。僕のだよ」と呟く中、リグルはサラの手を縛っていた縄を、腕力のみで引きちぎった。
 縄の切れ端が遠くへ飛んでいくのを、サラは真っ白になった頭で見送った。
 気付けば、目の前にやんちゃな少年のようなリグルの笑顔があった。

「サラ姫……良かった」
「メロス……」

 サラの言いマチガイにも気付かず、どさくさでサラに抱きつこうとしたリグル。
 そのデカイ図体と、涙ぐむサラの間に、ニュッと太い腕が伸ばされた。

「おい、俺のも頼むわ」
「てめー、カリム……」

 嫌悪感丸出しで、はしたなく舌打ちするリグル。
 サラが呟いた「騎士……」という単語をキャッチすると、リグルはガバッと頭を下げた。

「すまん、カリム殿! 今の態度は騎士としてあるまじきものであった!」

 サラにするよりは、瞬間的なパワーが足りなかったらしい。
 何度目かのトライの後、ようやくカリムの腕の縄を引きちぎったところで、リグルは再び電池切れし床に両膝をついた。
 クロルが「だれか癒してあげてよ」と告げると、硬直していた騎士たちが慌てて動き出す。
 そして……シシト将軍も。

「リグル王子……あなた様まで、このような場所へいらっしゃるとは……?」

 シシト将軍の態度は、クロルへのそれとは明らかに違った。
 人間的な情をはっきりと感じられる、ごく親しい家族を労わるような口調。
 先ほどまでは、人を見下し威圧するだけの冷酷な君主に見えたシシト将軍が、今はなぜだか普通のオジサンに見える。

 息を切らせたリグルは、騎士服のズボンから一枚の紙を取り出して、皆に見えるように高く掲げた。
 ちょうどサラの目の前に突き出されたそれには……。


『リグル兄へ。忘れ物しちゃったから届けに来てね。ただし一人で来ること。もし父様とエール兄に見つかったら、サラ姫は僕の嫁にします。あ、僕が居なくなってから二日後の夜に出発するようにね。詳細はデリスに言ってあるからよろしく』


 ふうっとめまいがしたサラは、横に居たカリムに支えられる。

「なんでわざわざ、二日後にっ?」
「だってリグル兄なら、ここまで一日で来れちゃうしさー」
「途中で追いついてもいいだろう!」
「んー、それじゃ面白くないし」

 クロルは、困惑を隠せずにいるシシト将軍に、天使のような笑みを向けた。

「おかげで、楽しませてもらったよ……シシト将軍の本音が分かってさ」

 顔面蒼白となったシシト将軍と、開いた口が塞がらない騎士たち……そして、カリムの胸に背中を預けたままこめかみを抑えるサラ。
 カリムは「どーでもいいけど、俺便所行きてえ」と、無表情で告げた。


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 シリアスムードが一転、ギャグへと転がりました。本当にこの話は……だんだん自分でも何を書きたいのか分からなくなってきた。とにかくサラちゃん、ピンチ脱出です。すべてはクロル君の手のひらの上で踊る、鏡の中のマリオネットたち。でも、負傷兵を見たときのリアクションはリアルなやつですが。トランプで言えば、シシト将軍はキングのポジション。基本は誰も敵いませんが、リグル王子というジョーカーがあった……ということですね。頑固ジジイ&孫という関係にも似ております。孫に勝てるジジイ無し。関係ありませんが、作者はなぜか『孫』という演歌が好きで仕方ありません。サラちゃんにもときどき演歌や時代劇などの渋いボケさせてますが、今回は正統派に『走れメロス』で。
 次回は、自由を手に入れたサラちゃんに活躍の場を用意しました。あまりここでモタモタしてられないので、スピーディに行きますよっ。

第四章(4)シシト将軍

第四章 女神降臨


 サラたちは、砦の西側に位置する会議室へ連れてこられた。
 複数開けられたあかりとりの小窓からは、やわらかな西日が差し込む。
 いつのまにかずいぶん時間が経っていたようだ。

 会議室と言っても、特に机や椅子が並ぶわけでもなく、六コースあるプールくらいのサイズの、がらんとした部屋だった。
 室内の中央に、両手を拘束されたサラとカリム、二人に心配げな視線を送るグリード、一人飄々とした表情のクロルが並んだ。

 四人を取り囲むのは、二十名の部隊長。
 大将、中将、少将、大佐……と名乗り出た彼らは、王城に居る騎士とは何もかもが違った。
 全てを切り捨ててここにいる、追い詰められた獣のような目。
 そして整然と並ぶ彼らより一歩前に出た大男が、シシト将軍だった。

「クロル王子、このたびは我が砦へお越しくださり、ありがとうございます」

 ひざまずくシシト将軍を前に、クロルは「こっちこそ、急に来て悪かったね」と、いつもどおりのくだけた口調で返事をする。
 顔を上げたとき、将軍の目が一瞬鋭さを増したのを、サラは見逃さなかった。
 当然、クロルも分かっていることだろう。
 クロル王子はもちろん、サラもカリムも、一切歓迎されていないということが。

  * * *

 バルトが着ていた騎士服の色違い、ベージュを着込んだシシト将軍は、全身から覇気がにじみ出ていた。
 坊主頭に、太くつりあがった眉、ぎょろっとした大きな黒い目と、ずんぐりした鼻、分厚い唇。
 あごのエラが張り出ていて、『鬼将軍』とあだ名をつけたくなるような風貌だ。
 年齢的には国王より少し上だが、実物を間近でみるともっと年配に見える。

 グリードから事前に聞いていた情報によると、正式な階級は元帥で、将軍というのは愛称のようなものらしい。
 戦争が始まってから、貴族の名も暮らしも捨てたという。
 家族とも離縁し、この場所で陣頭指揮をとってきた。

 グリードがシシト将軍に近づき、国王の印がある書状を手渡す。
 サラの目の前で書かれたその書状に書いてあるのは、簡単な一言。
 サラが正式なネルギの使者であり、和平に向けて善処するようにと。

「それ読んでも、まだ二人の拘束取らないつもり?」

 立ち上がったシシト将軍を見上げるクロルは、笑みを浮かべた。
 クロルの目は、絶対的強者の目。
 その目が、驚愕に見開かれることになる。

「ええ、認められません。むしろ、このまま地下牢へお連れしようと考えております」
「――なっ!」

 叫びかけたカリムが、トリウムの騎士から蹴りを入れられた。
 サラは、拘束された縄の先の手を握り締めて耐える。

「……その理由を聞こうか?」
「理由は、言わなくても分かるでしょう。彼らが“ネルギ人”だからですよ」
「意味わかんないんだけど?」
「ネルギ人は、すでに同じ人間ではない……それが我々の結論です」

 針のようなクロルの視線を軽く受け止め、シシト将軍は皮肉げな笑みを返した。
 国王に匹敵するほど存在感のあるシシト将軍を前に、クロルは子猫のようにあしらわれている。

「理由をご存知無いなら、お教えしましょう。ネルギには……魔女が居るのですよ」

 サラの心臓が、魔女の言葉に反応する。
 ドッと湧き出る冷や汗を感じながら、サラは二人の会話の行方を見守った。

「へえ。僕も魔女については情報集めたけど、ネルギにも居るとは知らなかったよ」
「はい、居るのです。ただもしかしたら、クロル王子のおっしゃる魔女と我々の言う魔女は、別の存在かもしれませんね」
「シシト将軍の言う魔女って、何者?」
「ネルギの魔女……それは“闇の魔術”を操る者。ネルギの人間を兵器へと変える、恐るべき敵です」

 ずっと余裕の表情を浮かべていたクロルが、キュッと口を引き結んだ。

「捕らえたネルギの捕虜曰く、その魔女はどうやら人間の女の姿をしているようですが、中身は悪魔でしてね……申し訳ありませんが、我々の戦いは、魔女を殺すまで終われないのですよ」

 シシト将軍は、自嘲するような笑みを漏らすと、やけに明るい口調で告げた。

「論より証拠といいますし、今からあるものをお見せしましょう。魔女の所業について、良くご理解いただけるものをね……」

 シシト将軍は数名の部下を呼ぶと、何やら耳打ちした。
 サラたちは、大勢の屈強な騎士に囲まれ、再び砦内を移動させられた。

  * * *

 扉の先には、地獄があった。
 明らかに顔色を悪くし呟いたクロルに、平然とした顔でシシト将軍が告げた。

「ここは……」
「ええ、見てのとおり負傷者の収容所です」

 鼻が曲がるような悪臭の中、床に粗末な毛布を敷いて寝かせられた何百名もの騎士たち。
 年配から若者まで、さまざまな者がいる。
 その共通点は……火傷しただれた真っ赤な皮膚。
 顔や腕や、全身に巻かれた包帯からは、じゅくじゅくした膿が湧き出ている。

「この部屋は元々、大会議室として使われていました。しかし、負傷した者を収容するスペースが足りなくなり、現在はこのような状態に」

 口篭ったクロルと、目を伏せるグリード、ただ呆然と目の前の光景を見詰めるサラとカリム。
 サラたちを取り囲んだ騎士たちですら、直視するのが苦しい現実。
 気を取り直したクロルが、ある意味クロルらしくない単純な問いかけをする。

「癒しの魔術で、治せないの?」
「ええ。治せません。これは闇と炎を掛け合わせた魔術ですから」
「そんなことが……なぜ……」

 ただ、目の前の光景を否定するかのように頭を振り、絶句するクロル。
 汗ばんだ額に張り付いた薄茶色の前髪が、束になり引き剥がされる。

「とくに状況が悪化したのが、ここ数ヶ月です。国王が長年魔術師を野放しにし、楽しいお遊びに夢中になっている間に……」

 おっと失礼、と失言を認めて謝るシシト将軍。
 見守る騎士たちも、そして“お遊び”に参加したグリードも、奥歯をギリギリと噛み締めている。

「ネルギは、危険な国です。人の心を操り、人の命を弄ぶ魔女が支配する国……何が、和平だと?」

 シシト将軍の視線は、サラとカリムに向けられた。
 射殺すような、激しい憎悪をぶつけられ、サラは思わず瞳を閉じた。
 自分のせいではない、そう叫びたい気持ちを堪えるので精一杯だった。

「シシト将軍の気持ちは、良く分かった。でもね、ここに居る彼らは違うんだ。本当に和平を」
「闇の魔術について、クロル王子もご存知でしょう。あれは人の心を操る。この使者殿が操られていないという証拠はありますか? 野放しにしたとたん、我々を殲滅すべく動いたらどうします?」
「……国王の書状があっても、僕が何を言っても、ダメなの?」

 無言でクロルを見下ろす目は、まるで柄の無いビー球のよう。
 シシト将軍は、国王もクロルも信じていない。
 この砦の中で、彼は唯一無二の王だった。

「そう、分かったよ……」

 クロルの呟きは、力なく床へと落ちた。
 サラは、この手の拘束を初めて憎いと思った。
 クロルの手を握ってあげたいのに、それができない。

 何もできないまま……サラたちは、苦しげなうめき声のこだまするその部屋を出た。


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 予告通り、若干痛い展開になりましたが……表現的にはなるべくライトにしてみました。なんかこういうシーンって、どこまで書いたらいいかワカンナイです。お伝えしたかったのは、中央でぬくぬく暮らしてる人たちと、現場でせっせと働いてる人とは、相当のギャップがあるってことですね。賢いクロル君も、実績がなきゃただのボンボン。小さい会社のワンマン社長と跡取り息子に苦言を呈する年上の専務……みたいなイメージですかね。もちろんサラちゃんとカリム君も同じく甘ちゃん状態です。そして、もっとも甘ちゃんなのは、この作者……いや、けっこう頑張ってますよね? ね?(←甘ちゃん)
 次回、捕虜扱いで大ピンチのサラちゃんに、クロル君の策略がヒット。急展開です。この四章は遊びを減らしてガツガツ展開転がしてきますっ。

第四章(3)砦の事情

第四章 女神降臨


 砦の少し手前で止められた馬車を降りて、サラが真っ先に漏らした言葉は「大きい」だった。
 荷台から飛び降りたカリムとクロルも、その巨大な要塞を見上げた。

 シシトの砦は、盗賊の岩山とは比べ物にならない規模だった。
 トリウムの王城より大きいかもしれない。
 遠目に見ると、乾いた大地にそびえ立つ巨大な柱のようにも思える。

「ひとまず俺一人で行ってくるから、ちょっとここで待っててくれ」

 今までにない固い声色から、グリードの緊張が伝わり……サラの胸には微かな不安の火が灯った。

  * * *

 小一時間ほど経って戻ってきたグリードは、苦々しい表情で唇を噛んでいた。
 鮮やかな緑色の髪には、砂埃がまとわりつき、白くくすんでいる。
 結界を通り抜ける前に、外でしばらく足止めされたのかもしれない。

 この場所は、まさに荒野だ。
 細く枯れかけた木の幹と、ほんのわずかの雑草に覆われた、生命の感じられない大地。
 砂漠から吹き付ける風が、砦を叩きつける音が鳴り響く。
 サラたちも、馬車の幌の陰に隠れなければ、あっという間に砂だらけになってしまうくらいの風だった。
 それが、ネルギの魔術師によるものか、天変地異によるものか、サラには分からなかった。

「サラ姫、カリム……君たちには、最悪なタイミングだったかもしれん」
「どういうことですか?」

 普段からコワモテな顔を一段ときつくして、カリムが詰め寄る。

「それが……つい昨日、ネルギの刺客が砦に侵入して、何人もの死者が出てしまったらしい。そいつは投降するフリをしたそうだ。もしかしたら君たちも、同じ穴のムジナと思われかねない」
「じゃあ、俺たちにここで待てとっ? それとも、ネルギ軍へ行けって?」
「――カリム!」

 サラがたしなめると、カリムはグリードの上着から手を離した。

「グリードさん……あなたは、どうしたら良いと思うの?」

 サラは、なるべく穏やかな声色で尋ねた。
 砦にどんな人が居て、どんな感情が渦巻いているか分からない自分たちには、判断材料が無いのだ。
 
「君たちを砦に連れていくことは可能だ。ただし、もしかしたら捕虜扱いになるかもしれない。特にサラ姫は女性だから……非常に、微妙な立場になるだろう」

 サラは、腰の黒剣を握り締めた。
 それは心が揺らぎそうになったときの、おまじないのようなもの。

「一般的な捕虜の扱いとは、どのようなものなんです?」
「まずは牢に入れられ、手かせ足かせをつけられるだろう。食事や睡眠をとらせてもらえるかも分からん。もしかしたら、拷問のようなこともあるかも……」
「ふざけるなっ! サラは、あんたらの国王の命でここへ来ているんだぞっ!」

 再びカリムがいきり立ち、グリードに掴みかかったとき。
 ずっと、黙っていたクロルが告げた。

「僕が言うよ。シシト将軍に」
「クロル王子……しかし」
「とりあえず、ここに居ても時間の無駄だね。カリムも、グリードに怒っても意味無いよ」

 クロルの涼やかな視線を受けて、二人はばつが悪そうに顔を見合わせた。
 黒剣を握り締め、三人のやり取りを見守っていたサラにクロルは笑いかけて……短い髪を撫でた。
 まるで、アレクがするみたいに優しくて、ちょっと乱暴な手。

「さ、行こう。サラ姫は何も心配しないで、僕に任せて!」

 いつのまにかサラの背を追い越してしまったクロルが、あの会議の日と同じ逞しい笑顔を浮かべた。

  * * *

 とんぼ返りしたグリードが、再び城門を守る騎士に交渉すると、サラたちは砦の中に入ることを許可された。
 ただし、サラとカリムは武器を取り上げられ、両手を縛られた。
 クロルが憤慨し、グリードも粘り強く交渉したものの、命令は覆らなかった。
 どうやら「将軍の命令」は絶対らしい。
 サラは、盗賊の砦では目隠しもされたし、それよりマシかもねと思った。

 砦の内部は、思った以上に複雑なつくりをしていた。
 もともと辺境伯だったシシト将軍の好みで、からくり屋敷のようになっているらしい。
 長くこの場所に居たグリードですら、城内の一部分のエリアしか知らないそうだ。
 全てを把握するのはただ一人、シシト将軍のみ……。

「グリード、黙れ」

 サラたちを取り囲んだ騎士の一人が、先ほどから『独り言』という名の情報提供を続けるグリードに命令する。

「グリード、僕が許可する。もっと話して」
「クロル王子っ……」

 国王に憧れているのか、立派な髭を伸ばした妙齢の騎士が、初めて至近距離で見るクロルに頭を下げた。
 その様子を見ながら、サラはこの砦での力関係を考える。

 本来グリードは、この砦内で中堅どころのポジションだった。
 自分の意思を貫く形で、砦を出発し武道大会へ向かったことが、若手の指示を得る代わりに彼のような年配の騎士から目をつけられる結果となった。
 目の前に居る、このヒゲオヤジタイプの騎士が何人居るかは分からないが、あまり発言力は無いのかもしれない。

 となると、頼みの綱はやはりクロルだ。
 クロルは、シシト将軍より確実に立場は上だし、なにより武器の改良やこの砦の物理的な強化に貢献しているため、信頼度も高い。
 こうしてヒゲオヤジ騎士を黙らせることもできるくらい。
 それでも、実際シシト将軍と並んだときには……騎士たちは、将軍の方を向くのだろう。

 サラは、自分の腕をキツく縛っている縄を見つめた。
 少し日に焼けたけれど、まだまだなまっちろい手首には、縄がこすれた赤い跡が見える。

 一番立場が弱いのは、サラかもしれない。
 黒剣を取り上げられてしまえば、サラは武力で騎士に勝てない。
 カリムなら、素手でも勝てるだろうけれど……。
 斜め前を歩くカリムの、がっちりした後姿を見つめながら、サラは華奢な自分の体と見比べ、肩を落とした。

 いくら少年のような格好をしていても、サラは女なのだ。
 この服を一枚脱がされれば、すぐにバレてしまう。
 砦の中には、女は一人も居ない。
 大会前、結界の張られた王城に乗り込むというプランに対して、厳しい口調で否定したアレクの声が蘇る。
 アレクが懸念したとおり……むしろより厳しい状況に置かれるかもしれない。

 サラは、あの問題を思い出し、独り言を漏らしかけた。

「もし、おと……」
「シーッ、しゃべらないで!」

 隣を歩いているクロルが、サラの耳元でささやく。
 砦に乗り込む前、クロルは「サラ姫は、僕がいいよって言うまで黙っててね」とだけ告げた。
 サラは、口をパクパクさせてゴメンと伝えると、手首の下に見える騎士服のおなかを見つめ、軽くため息をついた。

 アレが限界に達する前に、シシト将軍とは話をつけたいところだ。
 クロルの手腕に期待するしかない。

「さ、将軍様の元に到着だ」

 グリードが、緊張してこわばった笑顔を浮かべた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 すっ、進まない……お城に入って終了です。シシト将軍と、ピリリと辛いご対面させたかったのですが、しゃーないです。あ、シシト将軍の名前の由来は、もちろん『シシトウ』です。そんなタイプの人になります。ヒゲオヤジ、三人目です。今回は雑魚キャラなのでポイ捨て。しかしクロル君が同行してくれなかったら、ひどい目にあってただろうなあ。実際の戦場って、本国の国王とかより現場の大将が優先というのが、作者のイメージです。国王様はそれなりに大変だけど、戦友とはちょっと質が違うしね……。あまり戦争そのものには触れないように進んで行きます。サラちゃん現在千人の中に女子一人、こんなスゴイ逆ハーはねえです。いや、そんな展開にはしませんが。
 次回、シシト将軍と話し合い。クロル君の悪知恵がどこまで通じるか……サラちゃんはまた蚊帳の外です。

第四章(2)旅路の中で

第四章 女神降臨


 馬車は、再び戦場へ向けて出発した。
 王族にあれだけ敬意を払っていたグリードが、声を荒げるほどクロルを叱り飛ばしたのだが、その効果は芳しくない。
 王族というハンデを除いたとしても、温厚なグリードが小賢いクロルに口で叶うわけがなく、最後はなんだかんだ言いくるめられて同行を許可していた。
 戦場についてしばらく様子を見たら、再び馬車で強制送還されることになったが、その約束すらクロルは簡単にひっくり返してしまうのだろう。

 再び、幌の中におさまった三人。
 ただでさえ狭かった室内は、もうギュウギュウ詰めだ。
 クロルは転がった缶詰を片付け終わると、当たり前のようにサラの隣に寄り添って座った。

「あーあ、怒られちゃった」

 まったく悪びれずに舌をペロリと出したクロル。
 至近距離から放たれた可愛いすぎる小悪魔スマイルに、サラはトキメク胸をおさえた。
 今日のクロルは、初めて見る魔術師ローブ姿。
 丈も合わずぶかぶかのそれは、きっとまたエール王子から盗み出したのだろう。

「それにしても……このこと、ちゃんと誰かに言ってきたの?」
「皆の前で言ったじゃん。僕も戦場に行くって」
「言ってたけど……」
「まあ置手紙もしたし、大丈夫だよ。僕こう見えてタフだし」

 確かに、とうなずくサラと、同意を得て無邪気に笑うクロル。
 カリムがぼそっと「バカ王子」と呟くのも気にせず、ニコニコしている。
 幼少期、一般貴族として田舎で過ごした兄弟たちと違って、クロルはもしかしたら生まれて初めて王城の外に出るのかもしれない。

「でも、結界はどうやって抜けてきたの?」
「んー、ルリ姉が言ってたじゃん? 結界のどっかに穴が開けてあるって。探したらすぐ見つかったから、それもちゃんと手紙に書いといてあげたし」

 さもイイコトをしてあげたという満足気な笑顔に、サラは再び大きなため息をついた。

  * * *

 大して進まないうちに、車酔いしたと泣きついた自称タフガイなクロルは、カリムの魔術で少しだけ腰を浮かせながら言った。

「ところで、戦地の状況ってどこまで把握してるの?」
「昨日、国王たちから大まかな戦況を聞いて、あとはアレクから盗賊ルートの情報をちょっとね」
「ふーん。その盗賊ルートってやつ、僕にも教えてよ」

 サラは腕組みすると、自分の中で情報を整理した。

 シシトの砦は、もともと国境線よりずっとトリウム側に入った場所にあった。
 元々は国境エリアを守る、辺境伯のシシト氏の城だった。
 トリウム軍も、開戦当初はもっとネルギ側に陣を築いてたが、ネルギ軍に押されて少しずつ後退していった。
 今ではその城に篭城に近い形で立てこもり、結界が作れる騎士たちによってなんとか落城を阻止している。
 簡単に言えば『防戦一方』というのが、国王たちから聞き出した簡単な戦況だった。

「砂漠とオアシスを旅する盗賊たちが見た限りでは、とにかく砂漠化の進行が早くなってて、砦の周りはもう砂に覆われてるんだって。騎士にとって砂嵐を起こされたら目が利かなくなるし、外へ出て戦うのは難しいから立てこもるしかないみたい。あとは、ネルギ軍の魔術攻撃もそうとう強力みたいよ。大きな竜巻が起こってるのを、たびたび見かけるって」

 砦の広さがそれなりにあることが幸いし、トリウムの騎士たちは忍耐強く抵抗を続けている。
 生き残っている人数は約千人で、別途魔力の強い騎士を中心とした補給部隊が居る。
 我慢しきれずに打って出た騎士たちが、もうずいぶん亡くなってしまったのだと、グリードは悲痛な面持ちで語ってくれた。

「特に最近、ネルギの攻勢が激しくなってるみたいで……」

 サラは、口篭った。
 ネルギの美しい少女たちが、攻撃のエネルギー源となっているのだ。
 目や口を潰され、ただ殺戮のために戦地へ送られた少女たちの存在は、サラが直視したくなかったことの一つ。
 黙りこくったサラの代わりに、カリムが重たい口を開いた。

「王子には、正直に言おう。ネルギの魔術師団が操るのは、主に炎と風。熱風によって城壁を溶かしたり、余分な水を消費させたりする。また砂嵐を巻き起こし、砦そのものを砂に埋める戦略もある。ただし、そこまでの力がある魔術師は一握りで、残りの魔術師は水を呼ぶためだけに存在する。ネルギの魔術師は、完全なトップダウンで……トップは魔術師長でもあり、指揮官でもある“キール”だ」

 苦い表情のカリムを見て、サラは感じた。
 キール氏とカリムは、相容れない存在なのだろう。

「うん。良く分かった。ネルギの戦略は、主要な魔術師に頼ってる。その魔力が枯渇しては、しばらく攻撃停止。復活しては大規模攻撃をかける。それで今回は、そのトップを説得しよう……そういうことなんだね?」

 サラが不安げな面持ちでうなずくと、クロルは鼻で笑った。

「無理じゃないかなー。またノープランで突っ込むの? ネルギは、うちの国みたいに甘くないと思うよ」

 クロルはサラから視線を移し、正面に座るカリムを見つめた。
 同意を求めるような眼差しに、カリムは吐息混じりに答えた。

「サラ姫の顔は、残念ながら軍にも広まっていない。だから、サラが交渉することにメリットはほとんど発生しないだろう。そして……俺もキールとはほとんど接したことがない。彼は戦争が始まってすぐに戦地へ立って、一度も戻っていないから。正直、顔も良く分からないくらいだ。向こうも俺のことは、名前くらいしか知らないかもしれない」

 クロルに突っ込まれたことは、昨夜アレクとカリムにも言われたことだった。
 水戸黄門の印籠があればいいのに、とサラは思った。
 本音を言えば、少しだけ「あなたはもしや……サラ姫様ではっ? ヘヘー!」という展開を期待していたのだ。
 カリムは、背筋を伸ばしてクロルを見つめた。

「クロル王子に問いたい。ネルギ軍は危険だ。戦場へ行ったら、二度と帰れないと分かって旅立つものばかりだ。水を欲し、命を欲するその執念が、この戦いを互角に持ち込んでいると思う。長年積み重なった執念は、果たして“説得”という手法で覆るものなのだろうかと……」

 カリムは、珍しく饒舌だった。
 そして、誰よりも真剣だった。
 カリムの悲しみが伝播し、いつしか顔を伏せるサラ。

「それは、僕にも分からない。ただね、僕の武器は“言葉”と“知恵”だから……」

 力を持たないサラにも、それは同じだった。
 多少の武力と、黒剣の助力、そして魔術を受け付けない体質……それだけで、ここまでやってきた。
 一対一だったり、話の分かる相手だったり、なにより余裕のある生活という土俵の上で通用したことばかり。
 言葉を受け止める余裕の無い相手には、力で言うことを聞かせるしかないのか……。

 サラの思考は、深く暗い闇の中へと沈んで行った。

  * * *

 戦場への旅は、順調に進んだ。
 それなりに魔力があるグリードが居たことで、水や火などは贅沢に使えた。
 水については、この地がまだオアシスエリアということもあったが、戦地へ近づくにつれて水を呼ぶことは厳しくなっていく。
 大きなタライにお湯を張り体をすすがせてもらいながら、お風呂はそろそろオシマイだなとサラは思った。

 三度の食事も、主にグリードが作ってくれた。
 干物中心だったが、砂漠の旅を経験したサラとカリムにはまったく苦にならず、むしろご馳走感覚だ。
 一人クロルだけはなにやら唸りながらも、一生懸命食べていた。

 夜は幌の中の荷物をどかし、全員で川の字になって寝た。
 誰がサラの隣になるかで初日の夜は大いに揉めたが、最終的には壁、サラ、グリード、カリム、クロルという並びに落ち着いた。

 クロルがもっとも表情を輝かせたのは、やはり日中だ。
 電車の窓にかじりつく子どものように、瞳を輝かせて風景を眺めていた。
 時には、図鑑でみた動物や植物を発見したり、地質や鉱物の話をしてみたりと話題も豊富で、サラは旅の途中まったく飽きることはなかった。

 唯一、クロルが音を上げたのは、各食事の前に行われた訓練。

「そういえばクロル王子、このあいだ“体鍛える”って言ってたよね?」

 サラの一言に、クロルは若干腰が引けつつもうなずき……そこから、グリードとカリム、二人の一流騎士によるトレーニングが始まった。
 特に腹筋や背筋などの筋トレは、負けず嫌いでクールなクロルも、げんなりした表情を見せた。
 それでも、少しずつこなす回数を増やしているのはさすがの根性だなと、カリムとグリードは苦笑した。
 クロルの動きが止まるたびに、サラがこっそり「ハリセンボン」と呟いていたのは、二人には内緒のこと。

 たった三日と少しの旅だった。
 さまざまな課題を抱えたまま、馬車は戦地へと到着した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 あっさり戦地到着です。新キャラ出さないと言いつつ、シシトさんとキールさんには多少出ていただく予定。今回戦争について、少しだけ語らせてみました……皆さんなら、どうしたら良いと思いますかね。一応、この章の最後には作者なりの回答を出すつもりなのですが、非常に深くてギリギリまで悩んでしまいそうです。しかし、毎度副題がかなりテキトーになってしまいます。もっと『なにこれ?』的な面白いタイトル考えたいんだけど、なかなかピンと来ず。第一章のときはノリノリで考えてたんだけど、今となってはもっとも恥ずかしい……恥部です。3+27とか、もうアパッチのオタケビが飛び出そう。あのハイテンションな時期は二度と来ないような気がする。青春は一度だけ。(←名曲です)
 次回は、砦に入ってご挨拶。サラちゃんたちには、予想以上に厳しい風が吹きます。まあ、一瞬だけね。

第四章(1)旅立ちの朝

第四章 女神降臨


 パーティ終了後、リコだけを残してサラたちは領主館に戻った。
 リコは、そのままもうしばらくデリスの元で侍女修行をするとのこと。
 ほんの少し『人質』の匂いも感じたが、それならそれで構わない。
 サラが、この国を裏切ることは決して無いのだから。

 ナチルに作ってもらった滋養強壮系の夜食をつまみながら、サラはアレク、カリムとミーティングを行い、しっかり六時間ほど睡眠を取った後……朝がやってきた。

  * * *

 朝食をとっていたサラは、馬のいななきを耳にして玄関を飛び出した。

「グリードさん、おはようございます!」
「よっ、黒騎士殿。よく眠れたかい?」

 領主館前まで迎えに来てくれたグリードは、幌のついた二頭立ての馬車を操っていた。
 幌馬車のつくりは頑丈そうで、箱型の荷台の両サイドには窓が二つ。車輪の方をのぞき込むとバネもついており、なかなか乗り心地が良さそうだ。
 グリードのすぐ前で鼻を鳴らしている小柄な馬は、少し眠たげな表情で石畳をカシカシと蹴っている。

 サラは、以前良く配達に来てくれた、冷越酒店のおっちゃんの軽トラを思い出した。
 おねだりして、運転席や荷台に乗せてもらって遊んだっけ。

「ねえ、これって運転難しいんですか? そこ座ってみたい!」

 朝からハイテンションなサラに、サラを追ってきたアレクが、ポンと頭を叩く。

「サラ、遊びに行くんじゃねーんだ。もっと緊張感持てよ?」
「うー……はい。そーですね」

 手綱を握るグリードが苦笑しつつ言った。

「また今度、余裕があるときに教えてやるよ。とりあえず、この旅は出来る限り飛ばすから、勘弁な」

 素直にうなずいたサラは、荷物を持ってこようと再び門をくぐり玄関へ戻った。
 馬車の旅は、ラクタよりは早いもののけっこうな時間がかかると、昨夜教わったばかりだ。
 グリードが戦地を離れて以降、戦闘はより激化しているとの情報もあり、余計なことをしている暇はない。

「――っと」

 玄関を開けようとした同じタイミングで、内側から扉が開かれた。
 出てきたのは、カリムだ。
 朝はあまり機嫌が良くないカリムは、眉をひそめ仏頂面をしている。
 カリムの手は何かを掴み、肩の後ろへ回されていた。

「あっ、カリム。荷物持ってきてくれたんだ」

 笑顔で両手を差し出したサラを無言でスルーし、そのままスタスタと馬車の荷台へと向かう。
 運んでくれてありがとう……そう思ったサラは、違和感に気づいた。

 カリムの両手には、二つの大きな布製ナップサック。
 一つは、サラが昨夜旅の荷物を詰め込んだもの。
 もう一つは……?

「ああ、今回カリムも行くんだってさ」
「はぁっ?」
「アイツには負けたよ」

 笑い上戸なアレクが、駆け寄ってきたサラに白い歯を見せた。

「昨夜お前が寝た後、アイツと勝負したんだ。ナチルに審判やってもらったんだけど……アイツが俺を言い負かすなんて驚いたよ」
「どういうこと?」
「この話聞いたときから、俺がついてく予定だったんだけど、アイツに取られた。魔力もねーのに……ったく」

 どうやら、国王はアレクにも旅の供を打診していたらしい。
 アレクには仕事があるけれど、自治はリーズに、道場はカリムとナチルに任せればなんとかなる。
 その話を告げたところ、カリムが「俺も行く、絶対行く」と言い張り……ついには席を奪われたとのこと。
 勝負の内容は、ルール無しのディベート。
 第三者であるナチルを、より説得できた側の勝ち。

「アイツ、最後は自力で行くっつってたぞ。国王の許可証も無いのに、トリウムの人間が入れる場所かっつーの」
「カリム……ばか」

 こうして立ち話をしている間にも、カリムはグリードに丁寧な挨拶をし、すでに幌の中に乗り込んでしまった。
 田舎の電車のように、縦に開く窓を半分持ち上げ「早く行こうぜ」と声をかけてくる。
 そのとき、食べかけの朝食を包んでくれたナチルが、小さな手提げを持って玄関から出てきた。

 まだ少し暖かいベーコンエッグトーストの、香ばしい香りが漂う。
 手提げを受け取ったサラは、ナチルの瞳に涙が浮かんでいるのを見つけた。
 常に大人びたフリをしていた少女も、昨日から涙腺が壊れてしまっているのかもしれない。

 サラは「ありがと」と受け取ると、一度軽くナチルを抱きしめた。
 俺もーと言いつつ両腕を広げるアレク。
 サラが親愛の抱擁をしかけたとき、馬車から「早くしろっ!」の怒声が飛び、サラはゴメンと叫んでその腕をするりとかわした。
 そのまま馬車の荷台へ飛び込むと、カリムを半分おしのけて窓から顔を出す。

「サラ様、お気をつけて行ってらっしゃいませ! カリム様も!」
「サラ、カリム、元気でなっ!」
「うん、行ってくる!」

 ギシリと車体をしならせながら、サラとカリムの乗り込んだ馬車は、戦場へと走り出した。

  * * *

 車内は思ったより広く、そして狭かった。
 窓際のスペース以外は、全て物資が占めている。
 この幌の中で、大柄なグリードと三人、川の字で寝ることはできないだろうし、きっと荷物の中に寝袋が詰まれているのだろう。

 二人は黙って朝食の残りを食べ、その後は一番くつろげる体勢を求めて移動した。
 衣類の詰まった袋をクッションに、自分たちの荷物を背もたれにし、お互いが窓の下で足を伸ばして座る姿勢で落ち着く。

「でも、なんでカリムはついて来ようと思ったの?」

 サラの素朴な質問に、正面に座っていたカリムはふいっと顔を逸らした。
 ときおりガタガタと上下に揺れる馬車の中でも、カリムの周りはなぜか静かだ。
 伸びた髪と、整えられた眉、キリッとした目、そしてシャープになったあごのライン……完璧に整った戦士の横顔は、窓から差し込む朝日に照らされて美しい。
 そのまま型に流し込んで像にしたいくらいだ。

「ねえ、なんでよ?」
「……」
「答えないと、蝋人形にしちゃうぞー」

 サラの微妙な脅しにあっさり屈したカリムは、ため息とともに告げた。

「お前に、これ以上ネルギの咎を負わせたくない」
「どういうこと?」
「この問題は、俺たちが解決しなきゃならないんだ」

 ぶっきらぼうな口調とその内容は、癪に障った。

「なにそれ、なんで今さらそんなこと言うわけっ?」

 突っかかるサラから目を背けたまま、カリムは言葉足らずを自覚しつつ呟いた。
 その言葉が、ますます火に油を注ぐと知りながら。

「そもそもこの世界の事に、お前は首を突っ込みすぎなんだよ」
「あんたたちが、私をここに放り込んどいて、それはないんじゃないのっ!」
「それはっ……」

 本格的な口論がスタートしかけた、そのとき。

「あー、それはねっ」

 サラの右奥、ちょうどカリムとグリードがいる仕切りのあたりから、くぐもった人の声がした。
 カリムがとっさに立ち上がり、臨戦態勢をとる。
 二人が見つめる中、腰の高さほどまである大きな麻のズダ袋から、ゴロゴロと缶詰が降り……中から、薄茶色の頭がぴょこんと飛び出した。

「カリム君、サラ姫のこと守りたくてしょーがないみたいだよ?」
「――クロル王子っ!」

 サラの叫び声が届いたのか、急ブレーキをかけて止まる馬車。
 よろけたクロルが、サラの胸に飛び込んできた。
 ふわふわの栗毛を抱きとめながら、サラは大きなため息をついた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 ということで、旅のスタートです。道連れ二人、予想当たりましたでしょうか? クロル君は、やると言ったら絶対やるのです。缶詰に紛れ込むというのは、この世界では定説のようですが、缶詰工場の所在やら化け学的なツッコミはご容赦くださいまし。しかし、チャックが存在すればエスパーイトウ氏みたいなことをさせたのに残念。話を元に戻しましょう。カリム君とアレク様、どっちを連れて行くか迷ったのですが、自国の軍に対峙するというのに、責任感の強いカリム君が黙って見送るわけないなーと。アレク様とクロル君だと、毒舌キャラがかぶるから、という理由ではありません……ゴホゴホッ。今回のギャグは「蝋人形」です。ネタは当然デーモン閣下でございます。作者は東京タワーが大好きです。
 次回は、あっという間に戦場到着しつつ、戦地の状況についてライトに説明します。戦争はメインテーマではないので、なるべくあっさりと。

マグカップにキャラメルティー 本編

マグカップにキャラメルティ


 白いラウンドテーブルの上に、柄も大きさも違うマグカップが二つ置かれている。チビッコの方は、最近うちにやってきた新入り君。紅茶党の私のために、東京に住むお義姉さんがプレゼントしてくれた。表面にプリントされた、子猫が伸びをするシルエットが可愛らしい。
「なんか俺、みじめな気分……」
 廊下を兼ねる狭いキッチンから、ガラスのティーポットを手にした彼が歩いてきた。情けなさ全開の口調に私はクスッと笑いつつ、テーブルの上にランチョンマットを敷き直す。二つのマグカップは、布の上にお引越し。
「みじめって、どうして?」
 朝寝坊した彼の頭には、ぴょこんと寝癖が立ったまま。普段かぶっているクールな猫はどこへ逃げたのやら。糊の利いたスーツを着て「行って来る」と告げる紳士とはまるで別人だ。普段使いの太いフレームの眼鏡と、形の良いあごにツンツン伸びた無精ひげは……まあ、似合ってるから許すけど。
「だって、毎日朝から晩まで働いてるのに、たまの休日にお茶の一杯も淹れてもらえないなんてさー」
 ――カチン、ときた。
 毎日美味しい手料理&愛妻弁当まで食べておいて、お茶くらいで文句言うなんて生意気な!
 ラウンドテーブルの対岸に素早くまわりこみ、彼の腰めがけて軽くタックル。ティーポットが揺れて、開いた茶葉がふわりとジャンプする。「危ないからやめろよ」とすかさず雷様の声が落ちる。
 彼の弱点、わき腹へ伸ばしかけた指を慌てて引っ込めると、私は大きな背中の後ろに隠れた。ゴメンの代わりにギュッと抱きついてみる。洗いたてのTシャツからほのかに漂う花の香りが、鼻腔をくすぐる。柔軟材を香りのやさしいものに変えたのは、正解だったかも。
 微笑んだ私の唇から、ハミングみたいな言葉が零れた。
「だって、私が淹れるより美味しいんだもんっ。これって“適材適所”でしょ?」
 彼の口癖をまんまと盗んだ私。呆れたような溜息の裏側には、目尻にシワをいっぱい寄せたいつもの笑顔があるはず。そんな風に笑ってくれるなら、私は何でもしてあげる。カーテンの白さにも、曇り一つ無い窓ガラスにも気付いてくれないけれど、全部許してあげる。
「あと半年待ってね? 美味しいお茶、淹れられるようになるから」
 私の体温が移ったせいか、Tシャツの背中がじわりと汗ばんでいく。お茶が注がれるコポコポという音の後、猫背の向こうから「早く俺様の美味い茶でも飲め」と低い声が響いてきた。はーいと返事をしつつ、少し背伸びして日焼けした襟足にキスを落とすのは、ささやかなご褒美。後ろ髪が伸びてきたから、今度切ってあげよう。ベランダのミニトマトをどかして、ゴミ袋をかぶせた彼を置いて。嫌がったって止めてあげない。

 テーブルの上には、ほんのり湯気が立つキャラメルティーが二杯。シュガーポットもティスプーンも無し。
「砂糖はダメだぞ。あとお代わりもダメ」
「うー……分かった」
 私は椅子に腰掛けると、子猫のマグカップを手に取った。キャラメルの甘い香りに満たされる、二人の部屋。もうそろそろ、引越しの準備を始めなきゃ。

 お揃いのマグカップに戻るまで、あと半年。
 この可愛いマグカップを、小さな手のひらが握るのも、そう遠くない未来。


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【後書き】補足&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 冷蔵庫にゆずシャーベットという作品を書いたときに、登場人物の背景が描き切れなかった(あの短さなのでまあ仕方ないところも……)という反省点から生まれた作品です。ちょうどタイミング良く、イチャイチャした新婚さんキャラが居たので、使いまわしました。『拾い物』の弟夫婦です。ということは、マグカップをくれたのは拾い物主人公、半年後に生まれてくるのが……ということになります。こういうリンクの仕方を他の作品でも良くやるのですが、それは決して手抜きではありません。群像劇が好きだからです。手抜きでは(以下略)

※このカップルの背景が分かる『拾い物』も合わせてどうぞ。

マグカップにキャラメルティ あらすじ

マグカップにキャラメルティ


大好きなキャラメルティを、なぜか小さいマグカップで飲む私……。クソ甘い比喩てんこ盛りの作品です。一分間のラブストーリー。
※新婚カップルのイチャイチャを妄想したら、こうなりました。ラストに何かほのめかしてますが、ストーリーはほぼ甘いだけです。
※ファンタジー短編『拾い物』の番外編でもあります。

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第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(4)~

第四章 女神降臨


 牢獄は、予想以上に明るく綺麗だった。
 過去、王城の中に流行り病が蔓延した際に作られた隔離病棟だったものを、キレイに改装したらしい。

 十二畳ほどのワンルームタイプの個室が連なり、中にはトイレとバスルームもついている。
 通路に面する壁は無く、代わりに鉄格子が嵌められていること以外は、一般的な客間に近いつくりだ。
 生活に必要な水は、上のフロアの貯水タンクから流し込まれる仕組みになっていると、エールが解説してくれた。

 明かりは魔術で灯されたものではなく、本物の火が使われている。
 小さな通風孔から入る風が、ロウソクの炎を揺らす。

「この中では、魔術は使えないんだ。俺と国王を除いて」

 結界を張るにあたって、条件に一切の魔力を失わせることを付与したという。
 サラにとっては、魔術を無効化するなどごく簡単なことだが、普通の魔術師にとっては非常に難しく、緻密な組み立てが必要になるという。
 結界内で発せられた魔術があれば、即同等の魔術を自動的に発生させ、互いをぶつけ合うことで消去する、というしくみらしい。

「ただし、光と闇は別格だ。他の魔術ではおさえられない。月巫女には、国王が真名をもって魔力の行使を禁じた」

 エールの説明に、サラは黙ってうなずいた。
 月巫女は、国王の命令を守るだろう。
 鎖に繋がれた月巫女が解き放たれるとしたら、それは国王の身に何かが起こったとき……。
 思考を巡らせるサラの耳に、クロルのヒソヒソ声が届いた。

「さっ、あの奥だよ」

 連なった無人の個室を複数通過した突き当たりに、二つの部屋が残された。
 サラとコーティは顔を見合わせると、その手前の部屋をのぞき込んだ。
 中に居たのは、侍従長だった。

 カーペットの敷かれた室内で、ソファもベッドもあるというのに、なぜか床に転がり眠っている。
 腕には、ソファに転がっているクッションの一つを抱えて。
 動物園の動物を観察するようで、サラの胸は苦い想いで満たされる。

「侍従長……あんなに痩せていらっしゃったんですね……」

 侍従長の服装は、市民たちが着る普段着と同じ、生成りの綿シャツに長ズボン。
 寝転んでずれあがった袖から、小枝のような腕が伸びている。
 しかし、眠っている本人の表情は穏やかだ。
 ずっと額に浮いていた横ジワも、眉間の縦ジワも消えている。
 サラとコーティは、静かに眠る侍従長を起こさないように、黙って見守っていた。

「では私は、ここで……」

 ささやいたコーティは、静かに王子たちの方へ去っていった。
 振り向くと、王子たちは遠く扉の手前まで下がっている。

 月巫女に会うときは、自分一人で。
 それは、最初にサラが提示した条件だった。
 ゴクリと唾を飲み、深呼吸を三回してから、サラは最奥の部屋へ向かった。

  * * *

 ずっと、気になって仕方が無い存在だった。
 こんな事件が起こっても、それは変わらない。
 なのにいざ対面するとなると、心の中に冷たい北風が吹きつけるようで、サラは足がすくんでしまう。

 パーティ会場で、アレクが「さっ、お前の宿題片付けてこうぜ」と背中を押してくれなかったら、本当にここまで来られたかもわからない。
 静まり返る牢獄に、自嘲が漏れそうになって、サラは慌てて手のひらで口を覆った。
 アレクや、扉の向こうで待つ人たち、今頃熾烈なバトルを繰り広げているカリムたちのことを思うと、サラの凍りついた足は自然と前へ進み始めた。

 各部屋を仕切る壁は分厚く、大人が両腕を広げたほどの幅がある。
 壁を通過し、最後の部屋の前にたどり着くと……そこには静寂があった。

 月巫女は、鉄格子に背を向けて机に向かっていた。
 本を読んでいるようだ。
 サラが来たことには気付いているはずなのに、微動だにしない。

 美しい銀髪は、サラよりも少し長い程度のショートボブに切り落とされている。
 丸坊主にさせられることは免れたものの、あの美しかった長い髪は処分されてしまったという。
 魔力も相当削られてしまったことだろう。

 今後も、彼女の髪が伸びるたびに、国王が切りにくる。
 食事も着替えも、なにもかもを国王に頼る生活が始まっている。

『月巫女……あなたの望みは、叶ったの?』

 サラの言葉は、声にならなかった。
 それなのに。

『いいえ。まだ叶っておりません』
「――っ!」
『あなたは、私に聞きたいことがあるのでしょう……?』

 サラの心に、直接響くウィスパーボイス。
 封じられたはずの闇の魔術なのか、それとも何か他の手段なのか。
 冷静にからくりを考える隙を与えず、月巫女はサラに話しかけてきた。

『私が精霊王にお会いしたのは、あの夜が初めてです。私は、あなたの知りたい答えを持っていません』
『月巫女……本当は、私の心を読めるの?』
『いいえ、読めません。ですが、あなたの思考くらいなら察することができます』

 暗に“単純”と言われたようで、サラはがっくりとうなだれる。
 背中を向けたままの月巫女が、少し笑った気がした。

『精霊王は、私が森へ行く前に、すでに森を出ていらっしゃったのです。自らの意思で……と、私は前任の者より伝えられております』

 精霊の森とは、不思議な場所だ。
 一度森に受け入れられ、その後自らの意思で森を出た者は、二度と帰れない。
 彼らを統べる王ですら、立ち去った者として跳ね返すのだ。
 精霊王が探しているのは、森へ帰る方法なのかもしれない、とサラは思った。

「ありがとう」

 サラは、呟いた。
 声に出たのか、心で告げたのかは分からない。
 たったこれだけのことで、サラの心の棘は消え去り、気持ちは未来へと切り替わった。

 サラが立ち去る足音を聞きながら、月巫女は微笑むと……手にしていた絵本を開いた。

  * * *

 パーティ会場へ戻ったときには、既に勝負の決着はついていた。

「くそっ……卑怯な手使いやがって!」
「負け犬の遠吠えか? 見苦しいぞ」

 苛立ちをぶつけるように、酒……ではなくオレンジジュースをジョッキで飲み干し、ガリガリと氷を噛み砕くリグル。
 騎士たちが飲まないと言っている限り、自分も飲めないという律儀な性格から、酒という逃げ場は無い。
 その会話のタイミングで、ちょうど会場に戻ったサラが、瞳を輝かせながら声をかけた。

「カリム! 勝ったのね、おめでとっ!」
「サラ!」
「――サラ姫っ!」

 カリムが密かに楽しみにしていた勝利の抱擁……それを邪魔したのは、大きな秋田犬。
 自分の図体のデカさも気にせず、ふたまわりも小柄なサラに、ガバッと抱きついた。
 鼻面をサラの肩にぐりぐりと押し付けるリグルは、どう見てもカリムより年上には見えない。
 というか、クロルより年下のチビッコのようだ。

 泣きつくリグルの王子シャツやズボンには、あちこちに泥汚れがついている。
 きっと、足技かなにかで地面に転ばされたに違いない。
 ツンツンと剣山のように立った短い黒髪を、イイコイイコするサラ。
 その横で、エールとクロル、そしてアレクが「やっぱりね」と苦笑した。

「リグル王子……騎士は、負けた相手にどうするの?」

 サラの低い声が、リグルの脳みそを直撃する。
 その一言で、リグルはサラの肩から顔を上げると、すっくと立ち上がった。
 踵をきっちり揃え、回れ右の動作をして、カリムに向き合う。

「カリム殿。今日の俺は、負けを認めよう。いつか、貴殿に再挑戦する権利を与えて欲しい」

 自分よりでかい図体で、サラに泣きついたかと思いきや、急に騎士然として頭を下げるリグル。
 カリムは目をしばたたかせると、戸惑いを隠せずに「ああ、分かった」と言った。
 リグルは歓喜の雄叫びをあげながら、今度はカリムに飛びついた。

「犬だな……」
「懐きすぎだよ、リグル兄……」

 兄弟の台詞に紛れて、ルリが「私もっ……いや、無理です……」と呟いたのを、傍に居たデリスは聞こえないふり。
 アレクは「やっぱ面白えな、この国は」と豪快に笑った。
 仇敵アレクをチラリと見つめたコーティは「まあ、笑顔はなかなか……いやっ、そんなことはありません」と、頭をぶんぶん振っていた。

  * * *

 パーティの間にも、国政は進んでいた。
 国王に呼ばれたサラは、一人の意外な人物を紹介された。
 それは、サラに騎士道を教えてくれた、あの緑の瞳の騎士。

「よっ、黒騎士ボーズ!」

 大会当時より、もうワントーン日焼けした笑顔は、まるでサーファーそのもの。
 すっかり伸びた無精ひげが、爽やかなオヤジスマイルに良く似合う。
 当然、騎士服にはあまり似合っておらず……熟年歌手のステージ衣装のようだ。

「緑の……えっと」
「グリード。名前くらい覚えてくれよな、ボーズ」

 グリーンでグリード、うん覚えやすい。
 サラが一人納得しているところに、国王が声をかけてきた。
 国王の後ろには、魔術師長、文官長、騎士団長が整列している。

「サラ姫、彼をこの旅の供に加えてやってくれないか? 戦地のことにも詳しいし、こき使ってくれてかまわない」

 国王の言葉に、サラは苦笑しつつも、強くうなずいた。
 一人で行くと告げた手前、誰かを供にとは言えないサラにとっては、グリードは強い味方だ。

「えー、俺がちょうど戦地へ戻るタイミングと重なって、一緒に行けるなんて、ラッキーだったな?」
「はいっ、よろしくお願いします!」

 サラは、堪えきれずに思わず笑い声を上げた。
 あまりにも演技がかったその台詞は、きっと国王に一字一句指示されたに違いない。
 国王は、サラの笑顔を見ながら、眩しげに目を細める。
 グリードは、サラの肩を叩きながら告げた。

「一応、移動用の馬車も用意してもらった。戦地までは三日ほどで着くだろう……あ、馬の扱いは慣れてるから、安心してくつろいでいてくれ。明朝、太陽が地平線から顔を出す頃に、領主館まで迎えに行ってやる」

 馬車には、必要な食料や衣料品、補給物資も少し乗せられるという。
 これもまた、国王なりの配慮だ。
 サラのためではなく、戦地にいる騎士たちのためにと。
 再度丁寧にお礼を言ったサラに、国王は……言葉を選びながら、慎重に告げた。

「もう少し落ち着いたら、魔術師たちも戦地へ向かうことになる。サラ姫は、それまでトリウム軍内で待機していてくれても構わない」

 サラは、鳶色の瞳を見上げた。
 この瞳を初めて目にしたのは、黒騎士として戦い抜いた直後。
 あのとき、国王が笑ってくれたから、サラは旅の終わりを実感した。
 そして今は……出発の合図。

 国王を見上げた後、右手を左肩に添えながら、騎士として優雅な礼を一つ。

「その前に、決着をつけてみせます。吉報をお待ちください」

 魔術師が、騎士たちと手を取り合ってネルギを攻める日はそう遠くない。
 この豊かな国が、砂漠の国を完膚なきまでに叩き潰す前に、私はやり遂げてみせる。

 これからぶつかる相手は、ネルギ軍。
 その向こうには、無邪気に闇を撒き散らす少女がいる。

 サラは、澄み切ったブルーの瞳で、これから向かう戦地を思い描いた。
 吹く風は乾ききり、舞い上がる砂が視界を霞ませる荒野。
 肌を焦がす太陽は陰り……月が全ての光を覆い尽くすだろう。
 そのとき自分は力尽き、地に伏しながらあのひとを待つのだ。

 枯れ果てた荒野が、自分の旅の終着点となるのかもしれない。
 それでも――。


「オレは、負けない……運命を、変えてみせる!」


 凛々しくも美しい一人の少年騎士を前に、国王は静かに、その頭を垂れた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 プロローグ、予想以上に長くなりました。本当に申し訳ないです。このお詫びは、本編をなるべく短くすることでなんとか……なるといいなー。八月中に完結させたかったんですが、もう無理かも。ううっ。オレは負けない……運命変えてみせるっ! 完結させたるっ! と強がりはスルーしつつ、今回のポイントおさらい。緑の騎士サン、ようやく名前つきました。またテキトーに……でも覚えやすいのが一番だよね? しかし深緑なジュート君のことは、ビリジアン君にしなくて良かったです。月巫女さんは絵本読んでました。クロル君が元の位置に戻した……アレですね。このネタは最終章へ持ち越し。
 次回から、旅のスタートです。今回の道連れは、もう二人ほど。誰を連れてくかは……もうバレてるかな? とにかく移動はスピーディに行きますよっ。

第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(3)~

第四章 女神降臨


 サラとリグルの手により、カリムがある程度の制裁を受けた頃を見計らって、クロルが声をかけた。

「おーい、そろそろいい?」

 床に足を伸ばして座り込み、壁にもたれかかったカリムが、ほっとため息をつく。
 チッと舌打ちしつつ、カリムから離れるサラとリグル。
 クロルは、いつもどおりのクールな表情で話しはじめた。

「僕はあの日、予選が始まるのを物見の塔からずっと見てたんだけど、その中に挙動不審なキノコ頭が居てね……」
「ちょっと、余計なことはいいから!」

 思わず突っ込んだサラに、まあ大事なとこだから黙っててよと、軽くいなすクロル。

「隙あらば女の子の魔術師に擦り寄ろうとして逃げられる、危険なキノコ……よりもっと挙動不審なヤツが居たら、それは注目しちゃうよね? あの中に、刺客かと思うくらい殺気を身にまとった男がいたんだ。一番最後に会場へやってきた、二人の騎士なんだけど」

 サラは、その台詞にピンときた。

「まさか、あの、ファースを襲った……」
「うん、たぶんそうじゃないかなーと」

 勝手に腰をまさぐる、サラの右手。
 そこに黒剣は無いけれど、サラの頭にはダイスの姿が再生された。
 犯人探しのラスト、自分はこんな質問をしたのだ。

『我は命じる……カリムを襲った犯人を、見定めよ』

 サラの言葉を受けて、ダイスはすぐに消えた。
 それはちょうど、車椅子の二人が退席した直後。
 ダイスは、ちゃんとヒントを与えてくれていたのだ。

「リグル兄さん見てて思うけど、騎士ってみんなバカがつくほどお人好しだよねー。トップに居る人のせいかなあ」

 あちこちに皮肉という名の火種を撒き散らしながら、クロルは笑う。
 未だ怒りがおさまらないリグルが、猫の子のように首根っこを掴むと「いや、騎士道のマジメな教えのせいかな?」と慌ててごまかすクロル。

「それにしても、たかが“武道大会の優勝”なんてモノに、騎士道って負けるもの?」

 たかが優勝者の二人が睨む中、話を逸らされたリグルはぼんやり考えつつ答える。

「そういわれれば、俺もバルトもおかしいと言ってたんだ。彼らが騎士として、そこまで堕落したのかって……」
「そうだよね。だから彼らも“薬”の被害者なんだろうね」

 国王が、ため息とともに大きくかぶりを振る。
 エールは押し黙って靴先を見ている。
 ルリは犯人を知って、淡い夢から醒めたようにギュッと唇を噛み締めている。

 被害者のカリムが、「まあ誰だって、道を踏み外すときはあるんだろ」と、小さな声で許しを与えた。

  * * *

 再びパーティ会場へ戻ったサラたち。
 国王は、魔術師長、文官長、騎士団長を呼びつけ、なにやら相談を始めた。
 デリスは、ルリの脇にぴったりとはりつき、大事な姫君の視線の先にいる男を凝視している。
 リコとリーズは、舞台袖で仲良く料理をつついているし、幻の勇者アレクは騎士や魔術師から引っ張りだこだ。
 そして、エール、リグル、クロルはサラの元へ。

「サラ姫! アイツ、いったい何者だよっ!」

 リコとリーズの近くで、一人モクモクと料理を食べているカリムを指差し、吠えまくるリグル。
 サラが「そんなの、剣を交わせば分かるんじゃないの?」と、美味しい餌を放り投げると、バウワウと叫んで飛んでいった。

「アイツは、魔力は低くてパワーで押すタイプか……リグル兄と一緒だね」
「ああ、でも今のリグルでは勝てないな。身軽さが違う」

 試合前だというのに、冷静なジャッジをする兄弟。
 サラは、リコが持ってきてくれたロースとビーフをもごもごと咀嚼しつつ、頭を縦に振った。

 武道大会に出られなかったカリム。
 サラの優勝を喜びながらも、内心焦れていたのは分かっていた。
 きっとこの短期間で、アレクにみっちりしごかれたことだろう。
 王城では修行をサボってしまった今のサラにも、果たして勝てる相手かどうか……。

「それで、本当にアイツ何者?」

 パーティ開始直後のように、サラの腕にまとわりつきながら、クロルが問いかけてきた。
 大きな肉塊を飲み込んで満足したサラが、次の塊にフォークを突き刺しつつ、笑顔で答える。

「何者って……本人も言ってたでしょ? カナタ王子の側近。ネルギでは一番腕が立つ剣士だよ」
「そうじゃなくって、アイツはサラ姫の……」
「クロル、お前は余計なことを言いすぎだ」

 クロルの言葉を遮ったエールが、吐息を漏らしながら、サラを見つめて呟いた。

「彼には、あらためて礼を言わなければな。もしもルリの命が絶たれていたら、今頃俺は……闇に飲まれて、とっくに命を失っていたかもしれない」
「エール王子……」

 口から漏れかけた励ましの言葉を、サラは飲み込んだ。
 エールは自力で立ち直ろうとしている。
 そこに苦しみが伴うのは、当たり前のことなのだ。

 とりあえずパワーをつけさせるべしと、サラがフォークを刺した巨大な肉塊を差し出そうとしたとき。

「サラ姫にも、礼を言わなければいけないな。君の髪がこんなに短くなってしまったのも俺の責任だ。リーズを連れてきてくれたことも、感謝している。あとは、あの緑の」
「――ワァァァッ!」

 突然サラが叫んだせいで、全員の視線が集まる。
 サラの側には、床に座り込むエール。
 いつも引き結ばれている薄めの唇からは、ねじ込まれた肉とフォークがぼろんと飛び出している。

「なっ、なんでもありませんからっ! ゴメンナサイね……オホホホッ」

 不自然極まりない、裏返った笑い声をあげるサラに、クロルの視線が刺さった。

「ふーん……エール兄、サラ姫……僕に、何か隠し事があるみたいだね?」

 サラは「さて、そろそろ侍従長に会いに行こうかなー」と鼻歌まじりにささやき、エールはひたすら肉を噛んでいた。

  * * *

 侍従長と月巫女が居る場所へは、少人数で向かった。

 案内役はクロルとエール。
 リグルはカリムとのバトルのため、訓練場へ向かった。
 こちらの用事が済んだら見学に行こうと思いつつ、サラたちは地下牢へと歩む。
 そこに着いてきたのが……一組のカップル。

「おい、王子様。このバカ女、なんとかならねえ?」
「バカとおっしゃる方が、本当のバカという格言がございます。そのようなご発言は、勇者としての品位を疑われかねませんので、お控えになられたほうがよろしいのでは?」

 アレクと、コーティだ。

「だいたい、あなたがなぜ“幻の勇者”と呼ばれているか、お考えになられたことはあります? パーティをすっぽかすなんて大人気ないことをされたと知る前から、私の中では“幻”でした。なぜならあなたより強い方が、不運な結果であの場を去っていたのですからね……まさに幻の優勝というところでしょう」
「あー、うるさい! 俺は王子様と話したいんだよ! てめえは黙ってろ!」
「そうやってごまかされるところが、思慮の浅い……魔術師ファース様との埋められない差に繋がっているのでしょうね。あなたのような方が勇者とは、残念で仕方ありません。今後は“幸運の勇者様”と呼ばせていただくことにしましょう」

 こちらのバトルは、コーティの圧勝。
 毒舌波状攻撃を操る者同士の対戦だが、やはり愛のレベルが違いすぎる。

「ねー、君たちうるさいから、帰ってくれない?」

 サラのため息と同時に、クロルが後ろを振り向いて言った。

「申し訳ありませんっ。あまりにもこの幸運の勇者が目障り……いえ、この話はまた後日にいたしますわ」
「後日なんてねえっ!」
「あら、そのようなところもまた、幸運を呼び込む秘訣なのでしょうか。やはり敵わない相手からは逃げるが勝ちということ……素晴らしい戦法ですわね」

 クロルも、負けた。
 サラは、ふくれっつらで押し黙るクロルを見て、珍しいこともあるものだと首をかしげた。
 もしかしたら、先日コーティを危機に陥れてしまったという、罪悪感があるのかも……?

 じっと見つめるサラの前で、ふくらんだ白い頬がすうっと縮まり……氷の微笑みが現れた。
 アシュラ面が、切り替わったのだ。

「そろそろ、本当に大人しくしてくれないと……怖いよ?」

 ついに、本気を出したクロルの仲裁に、ピタリと止まる舌戦。
 はい、怖いです……と思いつつも、実はそのクロルが恐れるのが、隣で穏やかな笑みを浮かべるエールだということも、サラは良く知っている。

 パーティの前に、クロルから回収したお守りを手渡したときは、本当に怖かった。
 「これは……いったい誰が?」と問いかけたエールは、テレビの中から這い出てくる悪霊のようで……。
 サラが、エールの横顔を見上げながら「あの長い黒髪で顔を覆ったら……」と、ホラーなイメージを膨らませかけたとき。

「さ、着いたよー」

 ずいぶん深く階段を降り、その後も三角形をした王城居住エリアの中をぐるりと一周半ほど進んだ。
 通路の先に現れたのは、一見行き止まりとも思える、そびえ立つ鉄の壁だった。
 鉄の壁の中央には、ぴったりと閉ざされた鉄の扉が見える。

 侍従長と月巫女が居るこの地下牢は、現在強力な結界で封鎖され、エールと国王にしか開けられない。
 そして、物理的な鍵は国王とクロルが管理している。
 リグルは、うっかり無くすか騙されて盗られかねないという理由で、管理にはノータッチだ。

「侍従長は、言葉が話せない。でも人の感情には敏感だから、あまり怒ったり悲しんだりしないようにな」

 クロルが鍵を開ける横で、エールが念を押す。
 強くうなずく、サラとコーティ。
 二人とも事件の後、侍従長に会うのは初めてだ。

 アレクは「俺は部外者だし、ここで待ってるわ」と言って、扉の中には入らずヒラヒラと手を振る。
 なぜここまで着いてきたのかといえば、たぶんサラの身を案じてのこと……。
 コーティと馬鹿げた会話を続けていたのも、きっとそのせい。

「アレク、ありがと! 待っててね!」

 サラは振り向きざまに、飛び切りの笑顔を向けた。
 扉の中に吸い込まれていくサラの後姿を見送ってから、アレクはようやくクールな表情を崩した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 なんだか、書いてて楽しくなってしまいました。やっぱり、このくらいの緩さがいいなー。ていうか、この話本当にちっこい伏線多すぎるような……最終的にツジツマ合いますようにと、七夕さまにお祈りしておきました。さて、今回のメインディッシュは、肉です。ああ、肉が食べたい。肉やその他料理について、もっと細かい描写をしようと思ったけど、あまりの長さに却下。あと、今回のフィーリングカップルは、アレク様とコーティちゃんでした! この組み合わせもどーよ? 作者としては、第一印象最悪なアイツ……みたいなベタさが好きです。(これはチビ犬でも使いましたが) コーティちゃんとは、年齢的に釣りあう独身男子があまり居なくてねー。というか、ここしか無いなと。まあ、どうなるかは最終章のお楽しみ。
 次回は、プロローグようやくラストです。ついにサラちゃん、月巫女さんとご対面。その後、旅の道連れ一人決定でシメ。

第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(2)~

第四章 女神降臨


 パーティ会場に入ったアレク、リーズ、カリムは、そのまま壇上に上がった。
 顔見知りへの挨拶まわりをしてたナチルも加わり、リコもその場に呼ばれた。
 シャイなリコは、侍女服のスカートを握り締めながら、かなり緊張した面持ちでうつむいている。
 ナチルとリコについては、既に皆が良く知っているということもあり、名前を言って頭を下げただけで、奥へ引っ込んだ。

 サラプロデュースの、裏サプライズが始まる。
 三人のにわか王子が、舞台左手、ルリ姫の脇に並んだ。

 アレクは、幻の勇者と自治区領主、二つの顔を使い分けて来たが……今は、一人の王子だった。
 完璧な猫かぶりスマイルと勇者の肩書きに、若い侍女たちは頬を紅潮させて見つめている。
 手の届かない王子より、手の届きそうな平民……黒騎士も幻の勇者も、この国の女子にとっては手近系アイドルポジションのようだ。

 アレクの隣に立つリーズは、いつもより背筋を伸ばしつつも、「弟でーす」といつも通りの軽い挨拶を一言。
 のほほんとした癒し系キャラだが、やはり王子服パワーでキラキラ度がアップしている。
 特に、両サイドに目つきの悪い男が並んでいるので、ひょろりと背が高く笑顔の優しげなリーズは、それなりに素敵な王子に見える。
 大工仕事で筋肉がつき、少し日に焼けたのも逞しさアップのポイントかもしれない。

 最後に挨拶したのが、カリムだ。
 睨むと底冷えするようなアレクの三白眼と違い、苦痛に耐えるような、いらだたしげな少年の目つき。
 実際、カリムの心には大きな葛藤があった。

 自分が襲われたあの事件で、事情を聞きに来ていた騎士たちとは面識もあり、良くしてもらった感謝の気持ちはあった。
 しかし、このような形で対面するとなれば別だ。
 彼らは仲間ではなく、敵なのだから。
 そして今自分は『敵国』の中枢にいる……自国の代表として。

 鼻からゆっくりと息を吸い込み、肺のすみずみまで空気を取り入れると、カリムは出来る限りの落ち着いた声色で話し始めた。

「ネルギ国第一王子筆頭補佐官、カリムと申します。このたびは」
「――キャアッ!」

 突然の、サラの悲鳴。
 カリムが何事かと声のほうを向いたとき、視界が赤いカーペットの上に小さな塊を見つけた。
 椅子から崩れ落ち、はかなく倒れ伏せる妖精のような少女。

 とっさに床は下りたサラは、ルリの上半身を抱きかかえた。
 壇上の後方に下がっていたデリスが、真っ青になって駆けつける。

「大丈夫だ、すぐに治す」

 いつの間にか近づいていたエールが、右手をルリの額にそっと当てて、治癒の魔術を施した。
 息を詰めて状況を見守っていた人々は、震える睫毛がゆっくりと持ち上がっていく姿に、安堵のため息を漏らした。

「ルリ、どうした……?」

 至近距離で自分を見つめるエールと、胸の前に回された黒騎士の腕、両脇にはデリス、リグル、クロル。
 その向こうには、腕組みをしている国王。

「あ……私……ごめん、なさい」

 血の気の失せた表情が、なんとも痛々しい。
 サラは「具合が悪いなら、医務室へ」と告げ、うなずいたリグルがお姫様抱っこを試みようと、腕を伸ばしたが……その手は、細い指先で乱暴に払いのけられた。

 爪の先が当たってピリッと痛みを放つその手を握り締め、呆然とするリグル。
 その目は、信じられないものを捉えた。

 ふわりとなびく髪と、床を跳ねるドレスの裾。
 青ざめた陶器のような肌を、一気にピンクに染めながら、一人の男の胸に飛び込んでいく可憐な妹。
 相手も、驚愕に目を見開いている。
 自分の胸にぴったりと密着する妖精を前に、カリムはボソリと呟いた。

「……てめー、誰だよ」

 一瞬、会場はシンと静まり返った。
 思わず顔を上げた妖精は、その瞳に映る険を確認すると再び倒れ……静寂はパニックへと変わった。

 きっとルリ姫は、カリムを気に入るに違いない。
 サラの仕掛けた裏サプライズは、成功しすぎてしまった。

  * * *

「申し訳、ありません……父様、お兄様……皆……」

 王族専用の控え室にある、豪華な革張りソファーに体を沈めながら、ルリが呟く。
 パーティ会場を一旦抜け出したのは、国王、王子たち、デリス、サラ、そしてゲストの四名とリコ。
 当然、カリムも混ざっている。
 部屋の隅、自分から一番遠くに陣取って、不機嫌そうな表情で壁際にもたれかかるカリムを見つめながら、ルリは意を決したように顔を上げた。

「実は私……武道大会予選の日に、暴漢に襲われたんです」
「バカなっ!」

 叫んだリグルを羽交い絞めにしながら、エールが続きを促す。

「ルリ、まさかこの城内で……なわけはないよな?」
「はい、あの日私はお忍びで城を出ました。その直後です」

 涙を堪えながら淡々と話すルリ。

「仲良くしていた侍女に、私は城下の祭りが見たいとねだったのです。いつものように我侭とあしらわれてしまうかと思ったら、その侍女が本当に手引きしてくれて……初めて、この城から出たんです」
「お前が結界を抜けたなら、俺は察知するはずだが?」

 エールの厳しい追求に、ルリは押し黙ると、ある言葉を漏らした。

「結界には、穴があけてあるのだと言われました。そこを通り抜ける便利な“薬”もあるのだと」
「飲んだのかっ!」

 リグルが再び叫んだ。
 耐え切れ無くなったルリは、透明な涙をポロリと零した。

「ゴメンナサイ……外の世界を、見てみたかったんです。すぐに侍女とはぐれてしまって、戻らなきゃと思ったときはもう遅くて……そのとき、助けてくださったのが、あの方です」

 ルリの視線は、再び部屋の隅へ。
 涙で潤んだ視線を受け、カリムはばつが悪そうに頭をかいた。

「悪いけど、俺は何も覚えてない。女の顔を覚えるのは苦手なんでね」

 すぐ傍で様子を見ていたリコが、ほんのり赤くなったカリムの耳を見つけて、笑いをかみ殺す。
 あっさり否定され、沈んだ表情のルリが、か細い声で話を続けた。

「私には、とうてい治せない傷を負われて……私は誰かに助けを求めました。その後、私の記憶は曖昧になってしまって、気がついたら侍女に連れられて、王城に戻っていました。きっと、変な薬を飲んでしまったせいで、夢を見たのだろうと思いました。そう思い込もうとしていたんです。だけど、あなたを見たときに、夢ではなかったと知りました。私の胸は震え、心は嵐のように乱れて……」

 ルリの涙は止まっていた。
 涙の代わりに、つぶらな瞳に浮かんだ淡い煌めきは……。

「ふーん。ルリ姉……コイツに惚れたね?」

 その場にいた誰もが、絶句した。
 再び意識を失いかけるルリと、氷の微笑を浮かべる小悪魔クロルをのぞいて。

  * * *

 ルリが白い喉を鳴らして飲んでいのは、どろりとした緑色のお茶。
 エールの薬でもある……サラの髪の毛茶だ。
 これをこしらえるために髪を切ったサラは、複雑極まりない表情で髪をいじりながら、美味しそうに飲み干すルリを見ていた。

 薬を飲んだのは一度きりだし、もう大丈夫と主張するルリに、リグルが無理やり飲ませた。
 もしかしたら、ルリの心に灯ったモノを、ごまかそうという気持ちもあったのかもしれない。
 大きくなったらお兄様と結婚する、と抱きついてきた幼いルリの姿が、リグルをほんの少し涙ぐませていた。

「もう皆、落ち着いたかな?」

 お前のせいでという、ほぼ全員からのツッコミの視線を華麗に交わすと、名探偵モードになったクロルは、てきぱきと話を進めていく。

「僕、前から思ってたんだけどさー。ルリ姉もしかして、侍従長に目をつけられてたんじゃないの?」

 部外者のアレクたちが居るのも構わず、クロルはあっさりとその名を出した。
 ルリは、細い指先を唇に当てながら、少し考えるように目線を揺らした後、首を縦に振った。

「確かに、侍従長にはときどき言われてたの。でも、小さなことよ? 私が定期的にバラ園でお茶会するのを、皆の仕事の邪魔になるから止めろって……」
「うん、そうだよね。エール兄が狂い切らないのも、誰かが赤い花に近づくのも、侍従長にとってはすごく面白くなかったんだろうね」

 クロルの語る内容を受け止めながら、サラは深いため息をついた。
 ルリを嵌めたという侍女も、きっと薬で操られたのだろう。
 こんなことは、他にもあるのかもしれない。
 まだ、事件は終わっていないのだ。

「あとさ、リグル兄?」
「なんだよ……」

 ルリの頭が置かれているソファのひじかけに両手を乗せ、力なく座り込むリグルに、クロルが言った。

「僕、ルリ姉を襲った犯人、分かっちゃったかも」
「――はぁっ?」

 飛び起きたリグルのせいで、ルリの横たわるソファ……いや、部屋全体がずしりと揺れた。

「その前に、確認しなきゃね」

 黙ったまま腕組みしつつ、成り行きを見守る国王。
 一重の目を細めながら、冷静に状況を判断するエール。
 動揺のせいか、汗だくのリグル。
 ただ目を丸くして、クロルを見あげるルリ。
 そして、彼らのやりとりを傍観するだけのサラたち。

 皆が注視する中で、涼しげな表情をしたクロルは、颯爽と部屋の隅に歩み寄った。

「お前……えっと、何て言ったっけ? カリブ?」
「カリムだ!」

 わざとだ……と、サラは思った。
 小姑じゃなくて、姉の邪魔をする弟の場合は何て言うんだろう。
 しかし、このシスコン王子たち……特にクロルは、きっとカリムの天敵になるに違いない。

「君の記憶力がとんでもなく悪いせいで、事件の解決がこんなに遅れたけれど……まあ、ルリ姉を守ってくれたことだけは感謝してもいいよ」

 カリムの瞳が、一気に戦闘モードへ変化した。
 殺気を察知して、今まで大人しくしていた、一人の男が動いた。
 目の前の小柄な少年へ向かって、伸ばされかけた腕が、いつのまにか別の腕に締め付けられている。

「まーまー、王子様も許してやってよ」

 片手でガッチリと腕を取ったまま、伸びかけの長い前髪をぐしゃりとかき混ぜる大きな手。
 カリムが絶対に逆らえない、兄貴分。
 ニッと笑ったアレクが、可愛い弟分を叩きのめす爆弾を投下した。


「こんな老け顔だけど、カリム君はまだ十八才だからさっ。女の子は、胸しか見てないんだって!」


 兄貴分の腕の中で、カリムはぐったりと力尽き……固まっていた全員がすかさず反撃ののろしを上げる。
 胸……と呟きながら、ドレスの胸元からのぞく谷間に手を当てるルリと、無言でハンカチをルリの胸元に広げるデリス。
 「最低っ」と叫び、殺意を込めて睨みつける黒騎士と、同じく殺気立つリグル。
 国王とエールは失笑し、クロルはお腹を抱えて大爆笑。
 アレクは、怒りを露にするサラを見て、してやったりのニヒルな笑み。

 リーズとリコは、いざというときには猫に頼ろうねとアイコンタクトを取った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 はい、とうてい終わりません。プロローグ、あとニ話分……。さて、今回の裏サプライズ、予想されてた方はいらっしゃったでしょうか? いたらエライというか、天才! けっこうな伏線置いてるこのお話ですが、さすがに第二章からは時間が経ってしまい……まさに記憶力との勝負です。第二章ってなんだっけという方は遠慮なく読み直してください。作者羞恥プレイですが……そろそろ慣れてきました。ルリちゃんとカリム君のカップリング、どーでしょ? 作者的には、口数少なくて偉そうな日本男児と大和なでしこ、に見せかけて肝っ玉母さんのルリちゃんは、いい感じと思ってます。カリム君のハートはまだサラちゃんにあるので、後はルリちゃんの胸……じゃなく、腕の見せ所。シスコン王子を巻き込む陰で、一人漁夫の利を狙うアレクさまは狡いオトナです。
 次回は、クロル君の簡単謎解き後半と、地下牢探検編。もう一つの意外なカップリングにもご期待くださいませ。うふ。

第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(1)~

第四章 女神降臨


 舞台上で抱き合うデリスとナチルに全員が目を奪われる中、サラは二人の脇をすり抜けそっと階段を下りていた。
 開かれた扉を背でおさえるリコに近づき「やったね!」とささやきあう。

 赤い花の跡地で、デリスが呟いた娘たちの名前の中に『ナチル』の一言を拾ってから、サラはすぐにリコへ相談したのだ。
 そして、このサプライズの準備をした。

「ナチルにも、後で事情を聞かなきゃいけないけど……もう少し後でいいよね」
「はい……本当に良かったです……」

 サラの呟きに、リコは嗚咽交じりに返事をする。
 小さなナチルが、ずっと胸の奥に閉じ込めていた気持ちを、思う存分解放させてあげたい。
 デリスにも、今まで悲しい涙ばかり流した分、今は嬉し涙を流させてあげたい。

 少しずつ状況を飲み込んでいった会場内にも、ナチルを知る侍女や魔術師たちを中心に、すすり泣きの声が広がっていった。

  * * *

 ナチルのハンカチが二人の涙でびっしょりになった頃、パーティは再開した。

 舞台から降りたナチルには、魔術師長をはじめ、昔馴染みの大人たちが取り巻いた。
 特に、あの気難しい魔術師長が笑顔を浮かべていることに、サラは心底驚いた。
 魔術師長の小さな瞳はぎょろりと見開かれ、少し黄ばんだ歯と上の歯茎がくっきりと出る……かなり恐ろしげな笑みだが、ナチルは嬉しそうに目を細めている。

 デリスは「一度顔を洗ってまいります」と退席した。
 国王と王子たちも、ナチルを中心にできた人だかりを、感慨深げに見守っている。
 デリスの感情にシンクロしたのか、泣きじゃくっていたルリ姫は、リグルになだめられてようやく落ち着いたところだ。

 サラはといえば、リコと一緒に扉の前で立ち話中。

「ねえ、ちょっと遅いんじゃない?」
「そうですね……誰かが抵抗しているのかもしれませんね……あっ、足音が聞こえてきました!」

 リコがよいしょと言いつつ、魔術を使いながら扉を押し開けた。
 重厚な木製の扉の奥は、音楽隊が荷物を置いたり着替えたりする控え室に繋がっている。
 音楽隊のメンバーはこの王城に勤めているわけではなく、貴族が主催するイベントを中心に、あちこちへ飛び回っており、今日は来ていない。
 代わりに控え室に居るのは、図体のデカイ三人の男。

「くそっ……なんで俺までこんな格好を!」
「まあいいじゃねーか。美味いモン食って機嫌直せって」
「そーだよ。久しぶりに愛しのサ」
「てめえっ!」
「こらこら、武器が無い今の俺らは、こいつには敵わねーぞ?」
「ゴメンゴメン。まあ今日は楽しもうよ、ね?」

 それは、リコにだけ聞こえた会話。
 ムフフといやらしい笑いを漏らしたリコに、サラがツッコミを入れようとしたとき、廊下の角からその姿が見えた。

「アレク! カリム! リーズ!」

 待ちきれず、出迎えに駆け出すサラ。
 リコも慌てて後を追う。
 扉が大きな音を立てながら閉まると、その閉ざされた空間は懐かしい空気に包まれた。

 薄暗い廊下の中で、再会を喜びはしゃぐサラ。
 王城に来てから何日も経っていないというのに、少し涙ぐんでしまうほど嬉しい。
 リーズとは先日会ったけれど、仕事が溜まっているからと、慌しく去ってしまったし……。

「アレク、カリム……元気だった?」

 サラのたっての希望もあり、三人は特別に、王城への入場とパーティへの参加を許可された。
 アレクは、ナチルの保護者として。
 カリムは、サラと同じくネルギの代表として。
 リーズは、エールの専属魔術医として。

 見違えるほど“男前”になった二人を見上げながら、サラは少し照れ笑いを浮かべた。

  * * *

 王城の結界は、未だに緩められていない。
 城門近くに陣取り、常に刺客を識別していた月巫女も、もう役目を解かれた。
 暗部に光が当たった結果、今この王城は新たに信頼と希望を得て、少しずつ開かれようとしている。
 サラの信頼する三人が、生まれ変わった王城の最初の客だ。

「ああ。俺たちは相変わらずだ」

 サラの短くなった髪をくちゃくちゃにかき混ぜながら、アレクが言う。
 人を見下すような三白眼も、口より先に手が出るのも相変わらず。
 クロルの過剰なスキンシップのせいか、王子たちに次々と求婚されたせいか、異性との接触に抵抗感が薄れたサラは、アレクから頭を撫でられるくらいでは動じず……むしろホッとする。

「黒騎士フィーバーのおかげで、道場も満員御礼。第三道場の建設も始まったし、店も増えてきたし、自治区はどんどん変わってるよ」
「兄さん、ほどほどにしてよね。俺このまんまじゃ本当に“棟梁”って呼ばれるようになっちゃうよー」

 情けないリーズのツッコミに、思わず声をあげて笑うサラとリコ。
 エールへの治療係もしばらく必要だし、リーズが盗賊の砦に戻れるのはいつのことやら。

 くすくす笑うサラの頭から、アレクの手をさりげなくどけるカリム。
 薄暗い中でも、日に焼けた浅黒い肌と、輝く白い歯が印象的だ。
 少し髪が伸びたせいか、頬の辺りがシャープになった気がする。
 野生的な鋭い眼光は相変わらずだけれど、サラを見下ろすその瞳には愛情が溢れている。

「俺は、強くなったぞ。手合わせしようぜ、サラ」
「うん、いいよ。カリム王子」

 サラの切り返しに、カリムの顔色はみるみる赤くなっていく。
 思わず噴出すリコ。

「カリム……王子って……あははっ!」
「てめー、リコ! これ以上笑ったらぶっ殺す!」

 ウサギのようにぴょこんと飛び跳ねると、するりとリーズの背に隠れるリコ。
 カリムのあしらい方など熟知している。
 リーズが、胸ポケットから頭をのぞかせるスプーンに手をかけると、すかさず距離を取った。
 今日のスプーンも、金と銀のドレス&レースのヴェールをかぶっておめかし済みだ。
 どうやら、リコがお裁縫の練習も兼ねて、二匹の衣装を着々と増やしているらしい。

「まあまあ、いいじゃない。すっごく似合ってるから。カッコイイよ!」

 サラは褒め言葉と、ニコニコ笑顔でカリムの腕を引っ張る。
 言葉に詰まり、大きな手のひらで口元を覆うカリム。
 袖についた金色の房飾りが、サラの目の前でピラピラ揺れた。

 三人が着ているのは、どこをどう見ても立派な……王子服だ。
 先日エールに会いに来たリーズが、あまりにも小汚い格好をしていたことにショックを受けたデリスが、「あのような服装で王子に面会することは、二度と許しません!」と言った。
 その発言を受けて、国王が三人に用意したのが、この服だ。

 純白詰襟の上着は丈が長く、膝のあたりまで伸びている。
 リコがアバウトなサイズを報告しただけだが、直接採寸したかと思うくらいのピッタリサイズ。
 金のボタン、金のチェーン、金の房飾りが高級感を演出し、膝下を引き締めるブーツは国王の履いているものとお揃い。

 ナチルに怒られなければ、無精ひげを放置するようなアレクとカリムも、今日のお肌はつるつるだ。
 ナチルとリコによって、髪も眉毛も整えられて、ちょっとだけお粉も叩かれている。

「三人とも、とっても素敵……」
「ええ……本当に」

 人というものは、これほど見た目で変わるのかと、サラは感心しつつ三人を見比べた。
 あのリーズですら、ちょっと頼りなさげだけれど、ちゃんと王子に見える。
 リコの目には、残念ながらただ一人しか映っていないようだが。

 サラは、弾む気持ちを抑えきれずに言った。

「さ、行こう! 皆を王城の人たちに紹介するから!」

 一つの予感を胸に、サラは自らその重い扉を押し開けた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 いやーな展開になりました。話がどんどん長くなる……みゅいーんと伸びるスライムのように……。ただ「わーい、再会っ。久しぶりー」というだけで一話使ってもーた。なぜだろう。人数多いせい? まあ、前回濃厚だった反動ってことでご容赦ください。次回はついに主要メンバー勢ぞろいです。誰がどの会話してるのやら、ひどい混線状況になってきました。作者の書き分け能力も限界数値振り切れ気味です。この先、何人かは黙らせよう。とりあえず、このプロローグのメインキャラはカリム君になります。
 次回、プロローグラスト……とはいきません。見通し甘すぎました。サラちゃんプロデュースの裏サプライズは意外な方向に?

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2009.07.17【 第四章 女神降臨

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2009.07.16【 第四章 女神降臨

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第四章(6)和解

2009.07.15【 第四章 女神降臨

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第四章(5)逆転への布石

2009.07.14【 第四章 女神降臨

  部屋を出るとすぐ、シシト将軍は冷酷な瞳で告げた。「使者殿には、ひとまず牢でお待ち願いましょう。今度こそ本当に魔術師の援軍が来るのならば、その際には処遇を見直してもかまいません。ああ、その前に全身を調べさせていただきます」「シシト将軍!」 無言でうつむいたままのクロルに代わり、グリードが噛み付いたが、視線一つで黙らされてしまう。 逆らうものは決して許さない……高みから見下ろすような眼光...全文を読む


第四章(4)シシト将軍

2009.07.13【 第四章 女神降臨

  サラたちは、砦の西側に位置する会議室へ連れてこられた。 複数開けられたあかりとりの小窓からは、やわらかな西日が差し込む。 いつのまにかずいぶん時間が経っていたようだ。 会議室と言っても、特に机や椅子が並ぶわけでもなく、六コースあるプールくらいのサイズの、がらんとした部屋だった。 室内の中央に、両手を拘束されたサラとカリム、二人に心配げな視線を送るグリード、一人飄々とした表情のクロルが並んだ。 四...全文を読む


第四章(3)砦の事情

2009.07.12【 第四章 女神降臨

  砦の少し手前で止められた馬車を降りて、サラが真っ先に漏らした言葉は「大きい」だった。 荷台から飛び降りたカリムとクロルも、その巨大な要塞を見上げた。 シシトの砦は、盗賊の岩山とは比べ物にならない規模だった。 トリウムの王城より大きいかもしれない。 遠目に見ると、乾いた大地にそびえ立つ巨大な柱のようにも思える。「ひとまず俺一人で行ってくるから、ちょっとここで待っててくれ」 今までにない固い声色から...全文を読む


第四章(2)旅路の中で

2009.07.11【 第四章 女神降臨

  馬車は、再び戦場へ向けて出発した。 王族にあれだけ敬意を払っていたグリードが、声を荒げるほどクロルを叱り飛ばしたのだが、その効果は芳しくない。 王族というハンデを除いたとしても、温厚なグリードが小賢いクロルに口で叶うわけがなく、最後はなんだかんだ言いくるめられて同行を許可していた。 戦場についてしばらく様子を見たら、再び馬車で強制送還されることになったが、その約束すらクロルは簡単にひっくり返して...全文を読む


第四章(1)旅立ちの朝

2009.07.10【 第四章 女神降臨

  パーティ終了後、リコだけを残してサラたちは領主館に戻った。 リコは、そのままもうしばらくデリスの元で侍女修行をするとのこと。 ほんの少し『人質』の匂いも感じたが、それならそれで構わない。 サラが、この国を裏切ることは決して無いのだから。 ナチルに作ってもらった滋養強壮系の夜食をつまみながら、サラはアレク、カリムとミーティングを行い、しっかり六時間ほど睡眠を取った後……朝がやってきた。...全文を読む


マグカップにキャラメルティー 本編

2009.07.10【 マグカップにキャラメルティ

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マグカップにキャラメルティ あらすじ

2009.07.10【 マグカップにキャラメルティ

 大好きなキャラメルティを、なぜか小さいマグカップで飲む私……。クソ甘い比喩てんこ盛りの作品です。一分間のラブストーリー。※新婚カップルのイチャイチャを妄想したら、こうなりました。ラストに何かほのめかしてますが、ストーリーはほぼ甘いだけです。※ファンタジー短編『拾い物』の番外編でもあります。→ 【本編へ】 → 【Index(作品もくじ)へ】...全文を読む


第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(4)~

2009.07.09【 第四章 女神降臨

  牢獄は、予想以上に明るく綺麗だった。 過去、王城の中に流行り病が蔓延した際に作られた隔離病棟だったものを、キレイに改装したらしい。 十二畳ほどのワンルームタイプの個室が連なり、中にはトイレとバスルームもついている。 通路に面する壁は無く、代わりに鉄格子が嵌められていること以外は、一般的な客間に近いつくりだ。 生活に必要な水は、上のフロアの貯水タンクから流し込まれる仕組みになっていると、エールが解...全文を読む


第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(3)~

2009.07.08【 第四章 女神降臨

  サラとリグルの手により、カリムがある程度の制裁を受けた頃を見計らって、クロルが声をかけた。「おーい、そろそろいい?」 床に足を伸ばして座り込み、壁にもたれかかったカリムが、ほっとため息をつく。 チッと舌打ちしつつ、カリムから離れるサラとリグル。 クロルは、いつもどおりのクールな表情で話しはじめた。「僕はあの日、予選が始まるのを物見の塔からずっと見てたんだけど、その中に挙動不審なキノコ頭が居てね&h...全文を読む


第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(2)~

2009.07.07【 第四章 女神降臨

  パーティ会場に入ったアレク、リーズ、カリムは、そのまま壇上に上がった。 顔見知りへの挨拶まわりをしてたナチルも加わり、リコもその場に呼ばれた。 シャイなリコは、侍女服のスカートを握り締めながら、かなり緊張した面持ちでうつむいている。 ナチルとリコについては、既に皆が良く知っているということもあり、名前を言って頭を下げただけで、奥へ引っ込んだ。 サラプロデュースの、裏サプライズが始まる。 三人のに...全文を読む


第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(1)~

2009.07.06【 第四章 女神降臨

  舞台上で抱き合うデリスとナチルに全員が目を奪われる中、サラは二人の脇をすり抜けそっと階段を下りていた。 開かれた扉を背でおさえるリコに近づき「やったね!」とささやきあう。 赤い花の跡地で、デリスが呟いた娘たちの名前の中に『ナチル』の一言を拾ってから、サラはすぐにリコへ相談したのだ。 そして、このサプライズの準備をした。「ナチルにも、後で事情を聞かなきゃいけないけど……もう少し後でいい...全文を読む


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