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第二章(20)背水の陣

第二章 王城攻略


太陽に照らされ、熱を増していくコンクリの床。
多くの観衆の罵声を浴びながら、サラはそこに立っていた。

卑怯者という言葉も聞こえたが、サラは対戦相手へのブーイングに違いないと思い込んでいたので、「コイツやっぱり観客にも嫌われてるんだな。ざまあみろ」と、勝気な瞳で目の前の大男を睨んだ。

『では、これから2回戦を行いますが、その前に、特別ルールをご説明します!』

審判であるバリトン騎士には、すでにルールを伝えてあった。
サラと剣闘士の大男は、バリトン騎士に近づいていく。
一回戦と同じように、サラは指輪をはずし騎士へ渡した。

そして……

腰の黒剣をベルトから取り外し、それも預ける。

バリトン騎士の心配げな視線に、サラは大丈夫とうなずいた。
同じように、剣闘士も、お飾り程度の指輪と短剣を騎士に渡す。
サラは男を観察した。

確かに良く鍛えられた体だ。
腕も足も長く、威力がありそうだ。
でも、全然男らしいとか素敵だと思えないのはなぜだろう。

薄汚れた上着の前ボタンを1つしかかけず、必要以上に胸をはだけさせたその姿は、品位のかけらもない。
剣と指輪の存在が、かろうじて男を戦士のように見せていたのだと、サラは気づいた。
もしも『騎士の品格』という本を書くなら、指輪と剣は必須と強く主張した方がよさそうだ。

剣闘士の目は、獲物を捕らえた蛇のように細められ、乾いた唇を舌なめずりで潤している。
きっとこの男は、サラを思う存分いたぶるつもりだろう。
弱い者を追い詰める、狩りを楽しむような目つきだ。

サラは、同じ大男でも一回戦のヤツよりもさらに嫌いなタイプだと感じ、ねっとりと絡みつく視線を振り払うように元の位置へと駆け戻った。


指輪と武器を預かった騎士が、観衆に追加されたルールを伝える。

『今回は両者から1つずつのルールが出て、互いに承諾されました。1つ目はこちらの騎士より、魔術の封印が。2つ目は、こちらの剣闘士より、武器の封印が!』

その瞬間、会場はどよめいた。

一回戦でサラが勝利したのは、どう考えても剣のおかげだった。
スピードを生かし、剣を相手の急所へ突きつけるというサラの必勝パターンは、当然剣抜きではありえない。
アレクたちはもちろん観客もそれを察し、飛び交っていた罵声の代わりに困惑の声が上がった。

一回戦のように、魔術を得意としない2名がお互いに魔術を封印したところで、力の差は変わらない。
しかし、今回はまったく違う。
拳1つで戦える者に対して、剣に頼る者が武器を取り上げられては、力のバランスが一気に崩れてしまう。

サラのことを、暗殺者の一味扱いで好き勝手を言っていた観客たちも、とたんにサラへと同情的になる。
リコは「なによ!さっきまで悪者扱いだったのに!」と文句を言っているが、観客たちは誰も聞いてはいないだろう。

カリムは、苛立ちの限界だった。

どうして俺は、今ここに居るんだ?
お前と共に立つのは、俺でありたかったのに。
そんな不利な戦いをさせるのに、俺は何もできないのか……

爪が食い込むほど、きつく手のひらを握り締めながら、カリムは神に祈った。
どうかサラが、苦しい思いをせずに、この戦いを乗り越えられるようにと。

 * * *

観客たちが想像したとおり、戦いは一方的なものになった。

「そらっ!」

空気を切り裂くハンマーのように、堅く重い剣闘士の拳が、サラへと容赦なく放り投げられる。
男の表情には笑みさえ浮かんでいるようだ。
サラの2倍はあるだろうその顔は、複数の痣や切り傷の痕が残り、男の戦いの歴史を見せ付ける。
こんなか弱い子どもに負けるはずがないという自信に満ちた表情だった。

サラは、身をかがめて拳をかわすと、一瞬バランスを崩しかけ、コンクリの床に手のひらをつく。
そのまま前方へと転がり、立ち上がると同時に大きく跳躍し、敵から離れた。
何本ものピンでしっかり留まっているヅラは、前転程度では取れないのは確認済みだったが、サラは少しヒヤリとした。

この戦いでは、擦り傷1つ負うのも許されない。
簡単に魔術で治せる傷を治さずに次の試合に出れば、今まで隠してきたことが露呈しかねないからだ。
サラは自分の手足をチラッと確認した後、すぐに後ろを振り返り敵の位置を確認する。
50メートル四方というスペースを活かし、なるべく離れた場所へと駆け出した。

この剣闘士は、大柄な割には攻撃スピードも速い。
少し距離を置いたところで、すぐに追い詰められてしまう。

しかも、ヤツはまだ遊んでいるのだ。
なぜなら、まだ攻撃に右腕しか使っていないから。
左手も、もちろん両足も、ヤツの武器に違いない。
さっきだって、サラが前転で逃げようとしたとき、もし男が右足でローキックを入れれば、ヒットしていた可能性もある。

サラの息は、少しずつ上がり始めた。
戦闘エリアの端から端へと逃げ回っているサラと、ほぼ中央に陣取りサラを追い詰める剣闘士では、スタミナの消耗頻度が違うのは当たり前だった。

観客たちは、息を呑んで戦いを見守っている。
獲物であるサラと、狩人である剣闘士、どちらに同調しているのかは一目瞭然だった。
剣闘士の鉄拳が落とされるたび、すばやく身をかわすサラに、観客たちもホゥと吐息を漏らす。

ちょこまかと逃げ回るサラに苛立ちを強めていった剣闘士は、遊びはそろそろ終わりだと言わんばかりに、サラの小柄な背を追って走り出した。
再び戦闘エリア隅で、サラは剣闘士の拳の射程距離内に入った。

「ほら、逃げないと当たっちまうぜっ?」

男の拳が、避けきれなかったサラの左頬をかすった。
ズキリと歯痛に似た痛みが走る。
マスクのおかげで見えないだろうが、軽く痣になったかもしれない。

「こっちも行くぜっ!」

右の次は、左。
とっさに首を後方へ逸らしたサラの左ボディーを狙って、今度は右足の蹴りが繰り出される。

「クッ……」

サラは体を後ろに傾けたまま、襲い掛かる剣闘士の右足を、自分の左足で蹴り返した。
そのまま蹴りの勢いに乗って、全身を後方へと吹き飛ばす。

「ちぃっ!」

蹴りを防がれた剣闘士は、勢いあまって床を転がったサラを追う。
詰め寄った剣闘士は、ふらりと力なく立ち上がったサラに、右ストレートを放つ。
しかしその右は、あくまでも誘いの一撃。
サラの避けるだろう軌道の上に、覆いかぶせるように、左フックをねじ込んだ。

サラには見えない角度から繰り出されたその拳に、剣闘士は勝利を確信した。

 * * *

すぐ後ろは、戦闘エリアの縁。
逃げ回り続け、疲労からずしりと重くなった体が悲鳴を上げている。
息が上がりすぎて、心臓が破裂しそうだ。
勝利の咆哮と共に、容赦なく男の拳が降ってくる。

駄目だ、逃げられない……

絶望に打ち負けそうになる心に、誰かの声が響いた。


『大丈夫。避けられる』


そのとき、サラの瞳には、普段見えないはずの風景が映し出されていた。
それは、男の拳の軌道。

なぜだろう?
この男の動く先が、はっきり見える。

流れる水の上を舞う木の葉のように、ゆらりゆらりと、剣闘士の拳をかわしていくサラ。

そう、次は、ここに来る。

顎の手前に両手をかざすと、予想通りそこに男の拳が飛んできた。
サラは、力の乗った男の左手をやわらかく包み込み、そのまま後方へ飛んだ。
宙返り一回転し、また着地。
サラにダメージは無い。

サラの瞳には、大男の次に繰り出す技が、白い靄のように見えていた。

「くそっ……」

男が次に仕掛けた右ストレート、左ローキックのコンボ攻撃も、紙一重のところでかわし、さらに重ねられた左アッパーも、手のひらでふんわりと受け止められる。
攻撃を受け止めた勢いに乗り、サラの細い体がくるりと独楽のように回る。
そして、気づくと無傷のまま剣闘士の傍を離れている。

拳も蹴りも、すべて受け止められてしまう。
サラの打撃吸収という技に、剣闘士は困惑を募らせていった。

男の中では、もうとっくに勝負は決まっていたはずだった。
前半は充分遊ばせてもらったし、さっさとこの貧弱な少年を叩きつぶして、次の試合に備えるはずだったのに。

なぜこいつは、倒れない?

次第に焦りだした剣闘士は、ケガをさせてはいけないというルールが頭から飛んだのか、致命傷になりかねないような勢いの突きや蹴りを矢継ぎ早に繰り出した。
しかし、当たらない。
いや、当たっても、すべて受け止められてしまうのだ。

まさか、俺の攻撃を予知しているのか?

馬鹿馬鹿しいと男は頭を振って、拳のスピードを上げた。

 * * *

息をつくこともできないような緊張感が、コロセアム全体を包んでいた。
剣闘士の男が、必死で攻撃を続けていることは、観ているものにもよくわかる。
しかし、技を受ける側の少年を見ると、まるで最初から示し合わせた舞踏のようにも見えるのだ。

男の攻撃を避け、時にはやわらかく受け止め、受け流すサラ。
体が無意識に動くままに任せながら、サラは自分の心と対話していた。
正確には、サラの心の中にはっきりと息づく、一振りの剣と。

訓練中、何度もこれと同じ、いやもっと鋭い攻撃を受けてきた。
剣を抜くなという縛りの中で、アレクやカリムの一切手を抜かない拳と対峙してきたのだ。
いつも懐にあった黒剣は、サラの心に共鳴し、サラが恐ろしいと思うたびに震えていた。

そんな臆病な自分が、訓練を重ねるうちに少しずつ変わっていった。
信頼できる仲間の攻撃を受け続けるうちに、いつのまにかサラの心は戦いを恐れなくなっていた。
サラが吹っ切れると、懐の剣もただ穏やかに寄り添う存在になっていた。

『離れていても、一緒にいるんだよね』

サラの腕が、足が、敵の攻撃を予知するかのように動き、止めていく。
アレクやカリムの剣を止め切った、あの日のように。

当たり前のように、剣闘士の攻撃を跳ね返していくサラの心に、もう1つの声が響いた。

『相手を傷つけない、ただ止めるだけの剣。それじゃ勝てないよ?』

うん、分かってる……

一緒に、戦おう!

サラが、心の声に強く答えたとき。
防戦一方だったサラが、初めて剣闘士に牙をむいた。

 * * *

剣闘士の重い拳を受け止めながら、旋回するサラ。
もう数え切れないくらい、繰り返されたパターンだった。

そのときサラは、旋回を止める角度を今までと少し変えた。
男に背を向けるのではなく、向き合う方向へ。
サラは、男の死角である左後方へとすばやく回り込み、そのまま男の懐へ飛び込みんだ。

叩き込んだのは、華奢なサラの右腕。

自分の腹に、深々と突き刺さったそれを見て、男は一瞬細い目を見開いたが、すぐにフッと笑みを浮かべる。

「お前の攻撃なんざ、蚊に……」

鼻で笑いかけた男の表情が、みるみる曇っていく。

「黙れ」

サラは男の懐から飛び退ると、そのままゆっくりと前のめりに崩れ落ちていく男を見守った。

人間の体には、急所といわれる部分がいくつかある。
急所とは、絶対に鍛えることの出来ない場所。
そんな急所の1つが、みぞおちだ。

普通の突きであれば、この剣闘士には耐えられたかもしれない。
だが、サラの突き出した腕には、特別な暗示がかけてあった。

この腕は、堅く鋭いあの黒剣なのだと。

あたかも剣についた血のりを落とすように、サラは右腕をぶるりと振るった。

頭に血が上りすぎたのか、戦闘エリアの淵ギリギリに居たことを忘れたのも、男の敗因。
ぐらりと前へ傾いた体を立て直そうと、必死で踏ん張る男の太ももを、サラの右足が狙った。
太もも中央にある急所へ、容赦なくピンポイントでつま先がねじ込まれた。

耐え切れずよろめいた男の体。
冷静なサラは、さらに別の急所である向こう脛への蹴りを繰り出した。

それが、駄目押しの一撃だった。

最後の蹴りに意識を失いかけた男は、重力に逆らえぬまま、場外へと吸い込まれていった。


次の瞬間、サラの勝利を告げる鐘の音が、静まり返る会場に響き渡った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ようやく大会2回戦終了です。雑魚2タテとなりました。あっさり。全国の大男のみなさま、どうもスンマセン。大男苦手なんですよねー。格闘技とかもあんまし好きではないです。相撲とかも。あと唯一読めない人気マンガがグ○ップラー某ってやつで……あの大男の筋肉がもう無理です。食わず嫌いでゴメンナサイ。あっ、だからバトルシーン苦手なのかも。まあこの話バトル野郎系兄さんは読まないだろうけど……。合気道やってる知人に聞いたんですが、自分の腕カッチカチ的な暗示攻撃けっこういけるらしいので、か弱い女性の皆様もヘンタイに襲われた際はぜひ。(本当は金○が一番早いらしいです)
次回は、準決勝でようやく好青年とクリーンな戦いです。ほっ。瞬きする間にあと2試合書き終わっちゃうといいな……
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第二章(19)不穏な噂

第二章 王城攻略


トトカルチョ会場でもあるコロセウム前。
一回戦の結果が発表されると、見守っていた大多数の観衆から失望のため息が漏れた。

番狂わせだったのが、第二試合のサラ勝利。
しかし、対戦相手の男もさほど前評判は高くなかったため、大穴同士がつぶしあった程度だ。
問題は、不戦敗の2試合だった。

会場に姿を見せることができなかった騎士2人は、予選時に「今年こそ頑張れよ!」と住民たちから声をかけられるほど、高名な騎士だった。
トトカルチョでもかなりの人気を集めていたため、彼らに賭けた者たちは一斉に非難の声を上げた。

2人はなぜ、出場できなかったのか?
疑問と不満をぶつけられる対象となった受付の騎士たちは、押しかける住民への説明に苦慮していた。
知らぬ存ぜぬを繰り返す騎士の対応に業を煮やした住民たちは、勝手に憶測をしはじめる。

『決勝トーナメント出場者の中に、犯人がいる』

そんな噂が町中に流れるのを、誰も止めることはできなかった。

 * * *

実際に、2人の騎士が襲われたのは昨夜遅く、場所は市場通りに程近い路地裏だった。
時間が遅いとはいえ、お祭りムードは最高潮。
住民も観光客たちも陽気に酒を飲み、決勝トーナメントの対戦表をつまみに一晩中騒いでいた。
酔っ払いが、ふらりと足を踏み入れた路地裏に、2人の騎士は重なりあうように倒れていたという。

喧騒の間隙を突くように行われた犯行。
誰にも見つからず、手際よく、手練の騎士2名に再起不能の怪我を負わせた犯人は、まだ見つかっていない。
襲われた騎士は重症で、まだ話が聞ける状態ではなかった。
騎士たちが、どうやってその場所に呼び出されたかも、わからぬままだ。

王城を守る騎士たちにとっても、被害者の2名は同僚や先輩に当たる人物だった。
絶対に犯人を捕まえたいという気持ちはあるが、見知らぬ旅人を含めこれだけの数の人間が一同に集まる中、捜査は困難を極めた。

昼間に一度聞き取りを終えた騎士たちが、再度カリムの元を訪れたのは、サラがすでに布団に入ってしまった後のこと。
カリム襲った男たちと逃げた女も、何らかの関連があるかもしれないと、一縷の望みをかけての再訪だった。

「ではカリムさん、あなたの助けた女は、どんな人物でしたか?」

カリムが聞き込みを受けていたのは、領主館のダイニング。
キッチンの奥では、ナチルが明日の観戦用にと、弁当の下ごしらえ中だ。

アレクは一応責任者として、カリムの脇に座っている。
質問されるたびに、言葉足らずなカリムのフォローをしてくれるので、カリム自身が実は犯人一味だという、ありがちな疑いはかけられずにすんでいた。
もっとも、ここにやってきた3人の騎士は、昼間の惨状を実際に見ているので、カリムが犯人側の人物とは露ほども思っていないのだが。

「女は……若い女だったとしか」

困惑するカリムの様子に、捜査担当の騎士3名も顔を見合わせる。
普段から、人の容姿には関心が薄いことが災いした。
フードをかぶった男たちも、ヴェールをつけた女も、記憶の中ではもやがかかるようにかすんでいる。
背中の痛みなら、すぐにでもくっきりと思い出せるというのに。

「では質問を変えます。なぜ女が”若い女”だと判断できたんです?」

カリムは、その質問にぴくりと体を震わせた。
きょろっと、軽く目線を動かした。
今、近くにはアレクしかいない。
騎士たちにに真剣な表情で見つめられ、カリムは覚悟を決めた。

「それは、声と……む、胸の、形で……」

みるみる顔を赤く染めていくカリム。
その頭をワシワシなでて、「お前、大事なとこはしっかり見てんだな」と、アレクは大笑いした。
アレクにつられて、騎士たちも思わず苦笑する。

チッと舌打ちし、拗ねて顔を背けたカリムが目にしたのは、いつの間にか傍に寄っていたナチルの笑顔。
ナチルは、カリムの耳元に「サラ様が先に寝てくださっていて良かったですわね?」とささやき、邪気を含んだ妖猫の瞳で微笑んだ。

 * * *

一回戦の8試合、実質6試合が終わり、会場には10分ほど休憩のアナウンスが流れた。
コロセアム内の観客席も、各試合の内容についてというより、不戦敗となった騎士に対する疑惑の声で埋め尽くされている。

プラチナチケットを入手したのは、やはり貴族とその親類や出入り業者などがメイン。
出場予定だった2人の騎士ともつながりがある人物が多いだけに、怒りや不安も大きいのだろう。
それだけ強い騎士が倒されたということは、今この街に危険人物が紛れ込んでいるということだ。
しかも、その一味が出場者の中に居るかもしれない。

「優勝候補で、元筆頭魔術師のファース様も、襲われたらしいぞ」

誰がどこから聞きつけるのか、数々の新しい噂が飛び交う。
おとなしく座っていたカリムだったが、住民たちの負の感情の連鎖を目の当たりにし、戸惑った。
アレクは三白眼を細めながら、さりげなく噂に聞き耳を立てている。

リーズは、不安がるリコを慰めていたが、同時にサラのことも気遣っているようだ。

なぜかというと……

「あのマスクの男、怪しいんじゃねーか?」
「ああ、さっきの試合の剣さばき見たぜ。ありゃ暗殺者のそれだろう」

試合の行われる舞台を中心に、円形に囲む階段状の観客席。
一部に上がった疑惑の声は、次々と真横へ飛び火し、一周して戻ってくるころにはそれが真実となっていた。

第一試合が流れた直後には、すでに噂は蔓延していた。
根も葉もない噂のおかげで、実際にサラが登場したとき、客席からはサラに対する罵声が飛んだのだった。
なんとなく怪しそうだからという理屈での、聞くに堪えない汚い言葉が。

真実を知る一握りの人間が反論したところで、動き出してしまった群集には勝てない。
アレクの目が「何も言うな」と告げていたため、カリムたちはぐっと我慢した。
サラの圧勝には胸がすっとしたが、同時に暗殺者呼ばわりの声も高まり、喜びに水をさされた。


しかし、カリムとは別のエリアでは、別の噂もかすかに持ち上がり始めていた。

「お母様、もしかしてあの方は……」
「ええ、そうかもしれないわね。勇者さまのお席にも、あの方がいらっしゃらないみたいだし」

この世界ではかなり貴重なアイテムである双眼鏡を覗いていた母親が、ほうっと吐息をついた。

どんなに見た目の印象を変えても、ごまかせないものがある。
長い間、好意とともに見つめてきた相手だからこそ。

「アレク様ったら、ずるいわ!きっと黒騎士様に賭けるために、私たちに内緒にしたのよ!」
「こら、勇者様のことをそんな風にいわなくてよ。きっと何かお考えがあったのだわ」

残念ながら、母親よりも娘の方が、女の勘は鋭かった。

 * * *

会場の異様な雰囲気は、幸運なことに控え室には一切伝わってこなかった。
無事初戦をクリアし落ち着いたサラは、再び指にはめたリコの指輪を見ながらアリガトと心で呟いた。

これは、リコがアレクにもらった、初めてのプレゼントだ。
きっと誰にも触れさせたくないと思っていたに違いない。

最初はカリムのを貸してもらおうと思ったけれど、明らかにサイズが合わなかったので、仕方なくリコに相談したのだが、リコは快く貸してくれた。
指輪に触っていると、リコの向ける全幅の信頼が伝わるようで、サラは勇気付けられた。

「なあ、お前。マスクの小僧!」

サラは、ゆっくりと顔を上げる。
声をかけた男の目線では、顔を上げられたところでサラの表情はまったく見えず、不気味さを強めるだけだ。

男は、一回戦を不戦勝した、サラの次の対戦相手だった。
一回戦の大男と雰囲気は似たタイプだが、より肉体は鍛えられ、軽く小ぶりな短剣を腰に挿した正統派の剣闘士だ。
素手による打撃攻撃が得意だろうことは、データにも出ていたし、服で隠れていない手や腕の筋肉を見ればすぐに分かる。

「お前、また例の条件を出すつもりじゃねぇだろうな?」

男の太い指が、サラの指輪を指し示した。

「そうしたいと思っていますが?」

迷わず答えたサラは、再び指輪を見つめた。
男は、細い目をさらに細めて、ぺろりと舌なめずりした。

「お前がわがまま言うなら、俺からもひとつ、条件を出してもいいだろ?」

うなずいたサラに、男はククッと妙に甲高い声で笑った。
嫌な笑い方だなと、サラはマスクの奥で眉をひそめた。

「おい、貴様!」

控え室に居るのは、たったの8人。
空いた椅子の目立つこの部屋で、存在感を放つ男が2人いた。

1人は、アレクがもっとも危険視していた魔術師の男。
フードに隠れて見えにくいが、年齢的には30前後といったところか。
魔術の強さだけでなく、体格も良いことが黒い布越しに伝わるが、その強さは隠されたままだ。

そして、もう1人。
予選当日に戦場から戻ってきたばかりという、騎士の男。

彼は、サラにも年齢が読めない。
20代のようにも、40代のようにも見えるのは、若々しい笑顔と同時に現れる深い笑いジワのせい。
戦地を経験したとは思えないくらい、その表情は太陽のように明るく、日本のプロスポーツ選手を彷彿とさせられる爽やかさだ。

明るいグリーンの瞳と、日に焼け赤茶けた短髪。
騎士として決して恥ずかしくない、むしろお手本のようにカッチリとした戦闘服がよく似合っている。
バリトン声の騎士とは旧知の仲らしく、親しげに会話していた様子からも、サラは勝手に好印象を持っていた。

その騎士が、サラの目の前に立つ大男の肩に手をかけ、厳しい表情でにらんでいる。

「貴様が何を条件にするつもりか、今ここで言ってみたまえ」

大男は、へらりと愛想良く笑いながらも、肩にかけられた手を強く振り払った。

「部外者が五月蝿いんだよ!騎士様はすっこんでろ!」

なあ、坊主?と同意を求める大男には目もくれず、サラは騎士に頭を下げた。
騎士は、大男に振り払われた手を横に振り、気にするなというポーズを見せる。
この人にはちゃんと向き合わなければならないと、サラは思った。

「お気遣い、ありがとうございます。しかし、元々は私の言い出したわがまま。相手の方にも同じようにルールとしたい条件があるなら、受けるのが道理ですので」

サラの態度は、よほど見た目とのギャップが大きかったのだろうか。
それとも、マスク越しにくぐもったその声に、鈴の鳴るような心地よい響きを感じ取ったのか。

騎士は、一瞬言葉を失ってサラを凝視し、その後ふっと笑みを漏らした。

「分かった。頑張れよ。では……準決勝で戦おう」

長い時間剣を持ち続けてきたであろう、硬くこわばった騎士の手がすいっと差し出され、サラの差し出した白く小さな手と重なった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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今回、和みシーンとしてカリム君の羞恥プレイ入れてみましたが、どーでしたでしょうか?萌え……はやっぱ無理?むしろ妖猫萌え?あと、前回の犯人当てクイズ、もうちょっとヒント出してみました。アホ系も含めて回答募集中です。本編の方は……また心理戦で終わってもーた。技量の無さでスンマセン。しかし、人の噂って本当に怖いよなー。幸いサラちゃんにはいっぱい味方がいるし、そのうち疑いは勝手に晴れるのでご安心を。緑の瞳の騎士さま、なかなか好青年ですが、バリトン騎士さまと一緒で名前付けるに至らず。どっかでまた出せそうだったらそのときに。
次回、このムカツク大男とサラちゃんの対戦です。かなり苦しい戦いになりますが、最後はまたあっさ……いや、お楽しみにということで。

第二章(18)決勝トーナメント開始

第二章 王城攻略


キノコ騎士の姿を見ようと騒ぐ野次馬たちをすり抜け、無事カリムに出場者受付まで送り届けてもらったサラ。
別れ際にカリムから頑張れと強く背中を叩かれたサラは、「まったく馬鹿力……本気で痛いっつーの」と呟きつつも、士気を高揚させて出場者控え室へ入った。

ドアを開けると同時に、先に集まっていたライバルたちがじろりとサラを睨んだが、サラは視線を気にせず空いている椅子に座った。

無責任な群集に比べれば、出場者たちはまだマトモだ。
サラの見た目で笑ったり何か言うような者はいない。
何か変装せざるをえない理由があるのだろうと、慮ってくれているのかもしれない。

獣が爪を研ぐように淡々と、剣や指輪の手入れをする男たち。
サラも、先ほどの羞恥プレイを忘れるべく、精神を集中する。
朝一番のミーティングで頭に叩き込んだ、対戦相手のデータを記憶から引き出していく。


一回戦の相手は、アイツだ。
サラの視線に気づいているだろうが、そんなそぶりも見せず、1人鼻歌交じりで自分の大剣を磨く男。
きっと、初戦は楽勝と思っているに違いない。

典型的な、剣闘士……いや、ゴロツキだな。
剣闘士というものは、肉体を鋼のように鍛え、拳そのものを武器とし、剣などの道具にはあまり重きをおかない。
サラの対戦相手の男は、一見剣闘士タイプに見えるが、大剣を大事そうに扱っているし、たぶん盗賊のように実戦で腕を磨いてきた人物だろう。

彼の剣を見ると、盗賊の倉庫を思い出す。
サラが何度も手にした、リサイクルレベルの古い剣。
刃こぼれして切れない代わりに、威力のある重い剣だ。
あえて皮膚を切らないためにあの剣を選んだとしたら、見た目よりは賢い人物なのかもしれない。

サラは、アレクの言葉を思い出しつつ、戦略を練っていく。

『いいか、サラ。戦い方は、お前自身が考えて決めるんだ』

アレクが手伝ったのは、相手の情報を分析するまでだった。
戦略や戦術に関しても、細かい指導を受けるとばかり思っていたサラは、ドキリと心臓を高鳴らせた。
知らず知らず、前回優勝者のアレクに甘えようとしていたことに気づかされた。

データを信じるなら、ヤツは魔力に頼るタイプではない。
だが、指輪もつけているところを見ると、カリムのように補助系の魔術が多少使えるのかもしれない。

サラは、そっと自分の右手を見た。
中指には、シンプルなシルバーのリング。
その中央に、小ぶりな黄金の宝石がついて、光を反射しきらめいている。
黄金は、風の精霊の宿る証だ。

魔力を持たないサラだが、あえてリコから風の精霊の指輪を借りてきていた。
これが、サラの考えた大事な戦略だった。

 * * *

「では、今から1回戦第一試合を行う。出場する2名、前へ!」

唐突にドアが開けられ、聞きなれたバリトン声の騎士が現れた。
おのおの集中していた出場者たちが、瞬時に顔をあげる。

「おや、あっさり一勝とは、ラッキーなこった」

控え室に居たのは、14人。
2名の欠場が出たのだ。

ややガラの悪い大柄の剣闘士は、敵が現れなかったため不戦勝となったのを素直に喜んでいた。

「あのっ」

控え室入り口付近で、他の騎士に何やら命じていたバリトン騎士に、サラは思い切って尋ねた。
他の参加者も、サラの行動に注目している。

「ここに来ていない2名は、いったいどうしたんですか?」

それは、ここに居る全員の疑問だった。
バリトン騎士は、大きくため息をついた後、1人1人の目を覗き込むようなしぐさをしてから言った。

「欠場した2名は、昨日何者かに襲われたそうだ。治癒が間に合わなかったのだろうな」

可哀想にと騎士の表情が語っていた。
2人とも、前回の大会でも決勝トーナメントに勝ち残った、人気も実力も兼ね備える騎士だった。

サラは”襲われた”という言葉に、カリムのことを思い出し、びくりと体を震わせる。

「あー、そういや俺も襲われたなぁ」

一番奥に陣取っていた、黒いローブの男が声をあげた。
軽く撃退してやったけどと言いながら、手にした杖をバトンのようにくるくる回す魔術師。

彼こそが、アレクが苦みばしった表情で「要注意人物」と告げた男だ。
不戦敗となった2名の騎士と同じく、前回の決勝トーナメント出場者でもある。
サラが順当に勝ち進めば、決勝戦の相手となるだろう。

前回決勝トーナメントに進出した実力者だけが襲われ、大会を欠場するような目に合うなんて、あきらかに不自然すぎる事件だ。
いったい何の得があって、そんな事件を起こすかといえば……

自然と、全員の視線は不戦勝となった剣闘士に集まった。

「おいおい、俺は何もしてないぜ?」

不戦勝を勝ち取った剣闘士の男が、筋肉質の太い腕を組みながら、ニヤリと下卑た笑いを浮かべる。
他の出場者は、男の言葉にノーリアクションだ。
疑わしいと思ったところで、証拠も何もないのだから。
もう1人の不戦勝候補は、あまり気の強そうではない騎士で、やや青ざめた表情でぶんぶんと首を横に振っている。

サラとしても、予選を勝ち抜いたこのメンバーを疑いたくはなかった。
ただ、万が一カリムが襲われた事件と繋がるとしたら、サラは絶対に許せないと思った。

武道大会に出場することも、自身の能力も、なるべく隠してきたサラと違って、カリムは道場でもその強さを周囲に見せ付けていた。
街には『幻の勇者の弟子から、今年は剣士が1人出場するらしい』なんて噂も流れたほどだ。

もしも、優勝を狙う出場者の思惑によって引き起こされた事件だとしたら。
カリムが狙われた理由としては、決しておかしくない。

襲われた女を助けさせるというベタな設定で、狙った獲物をおびき寄せ、冷酷に刃を向ける暗殺者集団。
そんなイメージが浮かびかけたところで、サラは慌てて打ち消した。

……ううん、考えたって仕方ない。

この中に卑怯な人間がいたところで、関係ないんだ。
私は全員を倒して優勝するんだから。

 * * *

いよいよ一回戦の第二試合が始まる。
サラの出番だ。

第一試合が流れたためか、コロセウムの中は異様な雰囲気だった。
登場した2人に対して、明らかなブーイング、いや怒声のような恐ろしい声が浴びせられる。
1人1人の言葉ははっきり聞こえないが、正々堂々と戦えと叫んでいるように思える。
きっと、不戦敗で敗退した騎士の情報は、すでに観客たちに流れているのだ。

サラは、なるべく観衆を見ないようにうつむきながら、闘技場の中心へと進んだ。
50メートル四方の、硬いコンクリで形作られた正方形の台座が、バトルエリアだ。
台座の端には階段もあったが、1メートル弱の段差くらい、サラはひょいっとジャンプして飛び乗った。

その中央には、相撲の土俵のように、二本のアンダーラインが引いてある。
サラは、片方のラインに立つと、対戦相手の男と向かい合い目線を交わした。

あらためて、バリトン騎士から観衆に向けて勝敗ルールが伝えられた。

・台座から下に落ちること
・床に倒れ10秒起き上がらないこと
・ギブアップの意思を口頭で告げること

ルールの補足として、失格の条件も告げられた。

・武器は、剣1本と、指輪または杖どちらか1個まで
・治癒の魔術ですぐに治せないレベルの怪我(骨折や、縫合が必要な傷)をさせないこと

「何か質問は?」

儀礼的なやりとりなのだろう。
答えを聞かず、試合を始めようとするバリトン騎士に、サラは歩み寄った。

「1つ、よろしいでしょうか?」

バリトン騎士の耳元にサラがささやくと、騎士は少し眉をひそめたものの、コクリとうなずいた。
対戦相手の大男は、いぶかしげにサラの行動を眺めている。

主審である騎士の許可が下りたので、サラは大男に向き合って、腹に力をこめた低い声で言った。

「オレは、なるべく魔力を使いたくない。お互い、魔術を封じて戦うってルールはどうだ?」

台座の四隅に立つ副審の騎士はもちろん、目の前の大男も驚愕に目を見開いている。
小柄なサラは、風の魔力でスピードアップし、逃げ回りながら好機を狙ってくると思い込んでいたからだ。

目の前の少年騎士からは、臆する様子は見られない。
大男はこの提案を、自分への挑発と受け取った。

「へえ。ひよっこ坊主がオレと腕力勝負か。いいだろう……」

サラが風の指輪をはずすと、男も指輪をはずして、各々バリトン騎士に預けた。
間近で見る大男は、サラの嫌いなタイプだった。
黄色い歯にヤニをつけ、無精ヒゲをはやした顔でニヤニヤと笑っている。
濁ったグレーの瞳には、あからさまな侮蔑の色が見える。

指輪を預かったバリトン騎士が、魔術を使ってそのマイナールールを観衆へと伝えた。
数千人はいるであろう観衆は、シンと静まり返った。

「では、位置について!」

確かにこの男、腕力はそれなりにあるのかもしれない。
背負った大剣の柄を後ろ手に握り締めると、まったく重さを感じさせず、まるでおもちゃを扱うように一瞬で抜き去った。

サラは軽く目を閉じ、開始の合図を待った。


「始めっ!」


腕に馴染んだ相棒の大剣を頭の上に振りかざし、男が一歩前へ足を踏み出したとき。
フッと、首元に吐息がかかるのを感じた。

吐息かと思ったそれは、サラの黒剣が起こしたかすかな風。
男の視界に入ったのは、自らの首を刈ろうと牙をむく、刃の煌めきだった。


「どうする?これ以上、戦うか?」


小さな、しかし殺気を帯びた少年騎士の声が、男の耳元に届いた。
高く上り始めた太陽の光を跳ね返す、美しく研がれた宝剣を見つめ絶句していた男は、かすれ声で「まいった」と告げた。


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キノコちゃん、本当に強かったんですねー。よかったよかった。え?バトル短すぎって?ダイジョブダイジョブー!……はい、ごめんなさい。ところで優勝候補つぶしを行った犯人、分かったかなワトスン君?犯人はこの中にいる!じっちゃんのナニかけて?(←ちょっと字面変えたらエロくなるという例文)もちろん作者はわかってますよ。それはお前だ、サラ!なっ、なぜ私がそんなことを?お前は昨日、早めに布団に入ったと言ったが、部屋にはイビキをかいて眠る音を流したカセットテープとピアノ線と5円玉が……(以下略)※本当に犯人分かった方はこっそりメールください。マジで当たってたらスゴイっす……
次回は2回戦行きます。またサラちゃん、嫌いなタイプと対戦。今度はもうちょっと戦闘時間長くなります。はー、プレッシャー。その前にちょい和みシーンあり?

第二章(17)トトカルチョ

第二章 王城攻略


カリムの大怪我という事件のせいで、サラ予選突破へのお祝いはなんとなく先送りされてしまった。
昨夜も激励会があったし、明日は大事な決勝トーナメントだからと、サラは早めに床についた。
体もだるいが、なにより瞼がどっしりと重い。
夕食中も、ナチルに氷嚢を作ってもらって冷やしておいたし、明日には腫れも引くはずだ。

それにしても、ここまで目が腫れるほど泣きじゃくったのは、久しぶりだった。
小学生の頃、学校で瞳の色をからかわれたとき以来かもしれない。
男子たちから「ガイジン」と囃し立てられ、悔しくてどうしていいか分からなくて、学校から一番近かった馬場先生の病院へ大泣きしながら駆け込んだっけ。

馬場先生は、サラに思いもつかないような答えをくれた。
それ以来、馬場先生はサラの心の師匠だった。

今ここに馬場先生がいたら……

ううん。考えちゃいけない。
明日のために、今日はもう眠ろう。
明日も早起きして、アレクと対戦相手の分析をしなきゃだもんね。

お日様の匂いのする布団を頭からかぶると、サラは目を閉じ、おやすみなさいと呟いた。

 * * *

翌朝、サラが月光仮面グッズを小脇に抱えてダイニングへ行くと、すでに全員が揃っていた。
当たり前だが、カリムも元気そうにコーヒーを飲んでいる。
サラと目が合うと、ようと言って片手をあげた。
サラは笑顔で答えながら、キッチンに立つナチルに「私はホットミルクティーね」と声をかけ、テーブルの定位置に腰掛けた。

こうして朝早くから集まったのは、アレクの召集がかかったから。
本当は、昨夜のうちにやっつけてしまう予定だったが、サラがあまりに疲れた表情をしていたので、アレクが翌朝にしようと言ったのだった。

全員がじっと見ているのは、王城から配布された決勝戦のトーナメント表だ。
昨夜遅く、城下町全体に配布されたらしい。
印刷技術の変わりに「転写」という便利な魔術があるため、欲する住民全員が入手できるほどの量がばら撒かれたそうだ。

トーナメント表には、出場者の名前は書いていない。
アルファベットに似た記号が振ってあるだけだ。
当然サラには読めないし、その紙を見ただけでは、自分の試合が誰と何番目なのか分からない。

「サラ、お前の出番は2試合目だぞ」

アレクが、こっち見ろよとトーナメント表をひっくり返す。
サイズとしては、A3くらいの大きな紙。
裏面には、16分割された枠と、枠内に出場者の似顔絵、略歴、得意技などが書かれている。

サラには、文字はほとんど読めないのだが。

「あの、この絵は……」

金色の丸いカサに、黒いジク。
精悍な騎士、狡猾そうな魔術師、いかつい剣闘士に混じって、ぽつりと1つキノコがあった。

「キノコ……」

サラが呟くと同時に、アレクを筆頭としたかけがえのない仲間たちが、盛大に噴出した。

「あっ、アレクさまっ、ちょっと、笑いすぎ……くっ」

今にもこぼしそうなほど、ミルクティーをカタカタ震わせながら運ぶナチル。
リコもカリムも、サラと目線を合わせようとしない。
リーズだけが、やけに同情的な視線だった。

サラは、ふと思い出す。
昨日の予選会後、そういえばバリトン声騎士の隣に背の高い騎士がいて、せっせと何かを書いていたと思ったが、きっとサラの似顔絵だったのだろう。
今まで気づかなかったけれど、アレクやリーズあたりの目線から見ると、きっと金髪のもっさりヅラと黒いマスク部分しか見えないのだ。

ああ、私は自分の姿を美化していたのかも。
月光仮面とか仮面ライダーとか、日本人だから覆面ヒーローに慣れていただけであって。
この世界の人にとっては、今の私ってただのキノコなんだ。

「お前、よくこのカッコでがんばったなぁ」
「アレクがやらせたんでしょっ!」

笑いすぎて涙をこぼしながらサラをねぎらうアレクに、サラは思わずツッコミを入れた。

「でも、よくやった。これでオッズは最高だ」

目尻の涙をぬぐいながら、アレクはサラの黒髪をわしわしとなでる。
ようやく気持ちが落ちついたリコが、サラの手元にあるヅラを見ないように気を使いつつ、書かれている内容を教えてくれた。

サラの似顔絵の下には、簡単なプロフィールが書かれている。
昨日の予選後、サラが告げたほぼそのまま。

・匿名騎士A(15才)
・攻撃タイプ:武術メイン(武器:剣)
・得意技 スピードと身のこなし

「いくら”武力やスピードに自信あり”と書いてあっても、キノコじゃ説得力無いだろ」

アレクは、心底おかしそうに笑いながら言う。
他のメンバーも、アレクに釣られてまた笑いのツボを押されてしまう。

きっとリーズは、こんな経験を何度も乗り越えて、あの温厚キャラに成長したに違いない。
サラはもう、アレクのおもちゃにされて、いちいち傷つくのはやめようと悟った。

 * * *

城下町の商店にとっても、武道大会は5年に一度のかきいれどきだ。
人手は倍増し、露店の商品も飛ぶように売れていく。
普段は売られない、珍しい宝石やアイテムも出回るので、単に買い物のために訪れる者もいるそうだ。

そして、街の中でもっとも盛況な一角が、決勝トーナメント会場であるコロセウムだった。

「うわー、すっげー人っ」

サラは男の子の声で呟いたが、マスクのせいでカツゼツが悪く、もごもごとくぐもって聞こえる。
リーズがサラの声を拾って、そうだねと相槌をうった。

サラは中学2年の夏を思い出していた。
どこを向いても人しか見えない。
まるで、夏祭りの花火会場へ向かう駅のような混雑っぷりだ。
案内係の騎士たちが、交通整理に声を張り上げている。

プラチナチケットを持つ者だけでなく、多くの住民や観光客でにぎわうその場所。
実は、政府主催で行われるトトカルチョの申し込み場だった。
そもそも決勝トーナメントを観戦できない住民の不満を解消するために、政府が考えた苦肉の策だったトトカルチョが蓋を開ければ大当たりで、毎年恒例の目玉企画に育った。

1人100口までという制限内なら、誰でも参加できる。
コイン1枚握り締めてやってくる子どもから、従業員総出でMAXの100口ずつを賭ける貴族まで、城下町に集った全員が参加するといっても過言ではない。
このトトカルチョのために、トーナメント表の無償配布が行われるのだ。

会場整理だけでなく、賭け金の管理やオッズの発表などにも、大量の役人や騎士が投入される。
多少コストをかけても、賭け金が増えることで政府の財布も潤うのだから、担当する役人たちもやる気満々だ。

もちろん、賭ける方も真剣そのもの。
掛け率しだいでは、10年は遊んで暮らせるほどの金を入手できる。
5年前、アレクは自分の勝利に相当の金額を賭けたので、その資金も使って自治区を運営してきたそうだ。

「今年は単純に、観客として楽しめそうだな」

アレクは、腰にぶら下げた袋から、4枚の紙を取り出した。
プラチナチケットだ。

例のアレク大ファンな貴族女性のはからいで、4枚もの観戦チケットを分けてもらえた。
ナチルは例のごとく留守番で、アレク・リコ・カリム・リーズの4人が、観客席からサラを応援することになった。

本当ならそのうち1席は、リーズではなく、サラのために用意された席。
事前に「幻の勇者の弟子である黒騎士が、武道大会に出場するらしい」という噂が広まりかけたが、アレクが「あいつは未熟だから今年は出さない」と火消しに回った。

実は、こうしてキノコに化けて出場しているのだが……

サラは、チケットをくれた貴族女性にも、後でお詫びをせねばと思った。

 * * *

ちょうど観戦する者と、トトカルチョに参加する者が分かれる地点で、アレクは立ち止まった。

「サラ、お前は出場者受付……あの裏口へ回れ。俺たちはここで掛け金を払っていくから」

全員が、MAXの100口ずつサラに賭けるのだ。
頑張ってこいよと、サラの肩をポンと叩いたアレクの目はキラキラと輝き、漆黒の瞳にはくっきりと円&ドルマークが見える。
こうなったアレクには逆らえないと悟ったサラは、しぶしぶうなずいた。

せめてリコだけでも、受付まで付き添ってくれないかな……

チラリとリコを見ると、守銭奴のように表情を輝かせているアレクを見て、目をハートマークにしている。
リーズは、悪いなというように苦笑しつつ、ポリポリと頭をかいた。

「俺、送っていくよ」

カリムが言ってくれたので、不安いっぱいだったサラは手を叩いて喜んだ。
唯我独尊モードのアレクに逆らうなんて、きっと昨日心配をかけた罪滅ぼしのつもりなのだろう。

「こいつ、かなり目立つんで」

気がつくと、サラたちの周りには少しの距離を置いて、多くの住民たちが集まっていた。

『あの金髪頭、やっぱそうじゃない?』
『チビだし、腕力もなさそうだし、弱そうだなぁ』
『オッズも最低だし、大穴狙いは避けておくか』

いつのまにか噂の的になっていたサラは、マスクの奥の頬を真っ赤に染めた。
そこへ、とどめの一撃。


「うわ、あれ本当に似顔絵のまんまだよ!」
「かなりキモいんだけどー!」


小奇麗な女の子たちの集団が、サラを指差してキャッキャと笑った。

これが、前に馬場先生が教えてくれた、羞恥プレイってヤツですか!

サラはカリムの腕をガシッと掴むと、裏口方面へダッシュした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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早く試合に入りたいのに、ついキノコネタで引っ張ってしまいました……。美少女主人公にこんな格好させて、ちょっぴり反省。セーラー服と機関銃で戦わせたらカッコよかっただろーて。サラのかぶってるヅラは、マッシュルームカットで前髪も後ろ髪もちょい長めなタイプです。ビートルズ風?実際にそんなヅラ見たことないけどイメージで。目出し帽もマンガとドラマでしか見たことないけどイメージで。「(ファンタジーだから)いいんだよ……」(←夜回り先生)羞恥プレイって、美少女キャラに言わせてみたかったんですが、萌え……ませんね。スンマセン。
次回こそは本当に一回戦行きます。インド人嘘つかないです。引っ張った割にはあっさ……いや、読んでいただけると嬉しいです。

第二章(16)事件の結末

第二章 王城攻略


見事に初陣を勝利で飾り、16名の枠に残ったサラ。
敗れた者たちは、それぞれ口惜しそうに顔をゆがめ、リベンジを誓いながら訓練場を去っていく。
会場を去る者の中にはひげも居て、残ったサラに気づくと「俺の分も頑張れよ!」と豪快な笑顔を残した。

16名と運営メンバーの騎士だけがたたずむ訓練場。
喧騒はおさまったものの、戦いはまだ続いていた。

決勝進出者たちの体からは、静かに燃える青い炎が立ち上っている。
これがオーラというやつなのだろうか?
サラは、オーラが見えるという日本のタレントのことを、もうインチキとか言っちゃイカンなと思った。

 * * *

サラたちは、予選のルールを説明したであろう騎士によって、決勝トーナメントの説明を受けていた。
説明を聞かせる対象が少なくなったため、魔術は使われない。
サラは、イイ声110番レベルな騎士のバリトン声に聞き惚れた。

まずは全員が、自分の得意なジャンルを自己申告する。
武道大会運営スタッフにより、予選時の戦い方と比較の上で内容が吟味された後、今晩中には組み合わせが発表されるそうだ。

確かに、対戦相手がどんな攻撃を得意とするのかしだいで、結果は大きく変わるだろう。
遠隔攻撃が得意な魔術師が、長剣一本の騎士と戦っても、きっと観客には面白くない結果になる。
観客のことも考えて、バランスの良い組み合わせになるなら、単なるくじ引きよりは妥当な方法かもしれない。

サラは、なかなかの好青年風なバリトン騎士に「魔術は不得手です」と告げた。
騎士はいぶかしげにサラの全身を見たが、確かに指輪も杖も所持していない。
予選の戦いぶりからも、きっと身のこなしやスピードが売りなのだろうと判断した騎士は、ペンを走らせつつ「行っていいぞ」と呟いた。

帰り際、王城正門近くの木陰に身を隠したサラは、決勝に残ったライバルの顔ぶれを、こっそりとチェックした。
剣と魔術が使えるタイプの騎士が7名、魔術師が5名、剣にも拳にも自信がありそうな剣闘士とゴロツキが3名。
プラス、ひょろっこい月光仮面マスクの少年騎士ことサラ。

自分の申告したデータが正しいと判断されれば、最初の2戦はきっと武力勝負になるだろう。
サラは、これから繰り広げられる死闘を想像し、ぶるりと武者震いした。

 * * *

サラは城門を出るとすぐ、窮屈な変装グッズを取り去った。
オアシスの風が、蒸れた髪や頬をくすぐり、とても爽快だ。

「ふーっ、やっぱ素顔は気持ちいいや」

ふと、手に持ったマスクとヅラに鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでみるサラ。
少し汗を吸ってしまったが、まあ明日1日くらいは我慢できるだろう。
この戦闘服も明日また着るから、早くうちに戻って着替えなきゃ。

上機嫌でそんな行動をとっていたサラだが、町の方から人の気配を感じると、一気に顔を青ざめさせる。
せっかく正体を隠そうと気をつかってきたのに、なんて無防備なことをしちゃったんだろう!
この劇的ビフォーアフターを誰かに見られなかったかと、サラがきょろりと目線を動かす。

すると、城門ちかくの街路樹にもたれかかるように立つ、1人の色白小柄な少女が見えた。

「リコ!」

サラは、満面の笑みで駆け出した。
リコは、つぶらな瞳に涙を浮かべて、サラに手を振った。


サラが勝ち残ったことは、既にひげからでも聞いていたのだろうか。
開口一番、サラは言った。

「サ、フラン様、おめでとうございます!」
「ありがと、リコのおかげ!」

サラは、本心からそう思っていた。
オアシスに着く前の自分では、到底あんな戦い方はできなかったから。
この2ヶ月はとても苦しい時間だったが、すべて自分の糧となった結果の勝利だった。

そこには、リコが居て、アレクと、カリムも……ん?

カリムのことを思い出したサラは、そういえばさっきの予選にカリムの姿があっただろうかと思い返した。
リコは、耐え切れなくなったのか、瞳の縁からぽろりと涙を1滴こぼした。

「落ち着いて、聞いてくださいね?」

リコの涙を見て慌てかけたサラは、ぐっと息を飲んだ。
心臓がどくどくと早鐘を打つ。
これからなにか、嫌なことを言われるのだ。

「今、カリムが……危篤です」

リコの言葉の意味が理解できず、サラの頭に”危篤”の文字がただの記号として舞う。

なぜ?
意味が分からない。
ついさっきまで、元気で、一緒にいたのに?

とりあえず、一緒に病院へ行きましょうと言われ、サラはリコに手を引かれるまま歩き出した。

 * * *

自治区の一角にあるその病院は、小ぎれいな木造の建物だった。
日本育ちのサラから見ると、小さな診療所といった規模だ。
ドアを開けると、ツンとした消毒液の匂い。
こちらの世界でも、病院の匂いは変わらないんだなと、サラはぼんやり考えていた。

長椅子が4つ並ぶだけの閑散としたロビーには、アレク、リーズ、ナチルがいた。
アレクたちの表情は決して明るくないが、サラを見ると大丈夫というように、コクリと深くうなずいた。
ちょうど一足先についたひげとエシレが、寄り添いながら奥の病室へ入っていく。
サラとリコも、無言で後を追った。


病室の引き戸が、カラリと軽い音を立てて開いた。
サラの視界に映ったのは、古いパイプベッドに、真っ白いシーツ。
ベッドの上には、静かに横たわるカリム。
パイプベッドは、あきらかにカリムには小さすぎ、太く鍛えられた腕や足がパイプの隙間から飛び出している。

上半身裸で、薄いタオルケットをかけられて瞼を閉じている。
カリムは、今まで見たことないくらい衰弱し、精気の無い表情だった。
青を通り超して土色に見えるほど顔色は悪いが、呼吸は落ち着いているようで、スースーと静かな音が響いていた。

「おい、どーしちまったんだよ、カリム……」

ひげが沈痛な面持ちで呟くと、エシレはその背中を白い手でさすった。
リコが、事情を説明するので行きましょうと、皆に病室を出るよう促した。

 * * *

「ああ、サラ。予選突破おめでとな。ヒゲオヤジもお疲れ」

無理に明るい声を出したのだろう、アレクは口の端を上げるように、不自然な笑顔を浮かべている。
サラたちは長椅子に腰掛け、アレクの言葉を待った。

「カリムは、暴漢に襲われた女を助けて、返り討ちにあった」

本人が起きなければ詳しいことはわからないがと言いつつ、アレクは自嘲する。
アレクたちは、貴重な当事者であるその女を、取り逃がしてしまっていた。
女は、城壁近くを散策していた通りすがりの観光客に「自分を守ってケガをした人がいる」と告げ、現場まで案内するとそのまま姿を消したという。

1つ目の奇跡は、その通りすがりの観光客が、少しだけ癒しの魔術が使えたこと。
彼の魔術によって、カリムは背中の短剣を取り除かれ、薄皮一枚残して傷を塞がれたことで出血が止まり、九死に一生を得た。
通りすがりの観光客は、カリムの衣服から大会参加証を見つけ、王城の騎士へと報告。
すぐに身元確認のために、自治区領事館へと連絡が入った。

ちょうど、ナチルが館に止まっていたことが、2つ目の奇跡。
ナチルは、風の魔術を使ってすぐさまアレクへ正確な情報を伝えてきたのだ。

そして、カリムにとって3つ目で最大の奇跡が、リーズの存在だった。
アレク、リコと一緒に街をぶらついていたリーズは、風に乗って届いたナチルの声を聞いた瞬間、人を超越したスピードで走り出した。
アレクより一足早く現場に到着したリーズは、誰もいない路地裏で1人息も絶え絶えで倒れるカリムを見つけると、しっかりと抱きしめた。

「大丈夫、生きてる。できる限り治すからね」

いつもどおり穏やかな笑顔をカリムに向け、ポケットから銀のスプーンを取り出す。

それを見ている人間は、誰も居なかった。
静寂の中、リーズは初めてその秘められた能力を発揮した。


『銀の妖精ギーンよ、我は命じる。カリムの傷を全て消し去れ!』


銀のスプーンからは癒しの光が溢れ、カリムの体を繭のようにふんわりと包み……光が消えたとき、カリムの体の外傷はすべて消え去っていた。
リーズは、カリムの血みどろになった服を脱がし、古傷も含めてカリムの肌に傷が無いことはくまなく確認した。

しかし、カリムは意識を取り戻さなかった。
すでに、あまりにも多くの血を流してしまったから。

 * * *

リーズの後を追い、全力で現場へと駆けつけたアレクは、徐々に近づく血の匂いに酔いそうになった。
いざ現場にたどり着いたとき、その目に映ったのは、べっとりと赤黒い血だまり。
狭い路地を埋め尽くすほど広がったそれを、アレクは踏むことができなかった。

カリムの血で全身を汚しながら、絶望に顔をゆがめてカリムを抱きしめるリーズに、アレクはかける言葉を失い、その場に跪いた。
アレクは一瞬、カリムの死を覚悟した。

はあはあと大きく息をつきながら、最後に駆けつけてきたリコは、その光景に頭がぐらぐらと揺れた。
リーズの腕の中でぴくりとも動かないカリムと、跪くアレク。
周囲に漂う、吐き気をもよおすほどの血臭。

今自分が倒れるわけにはいかないと、必死で意識を保ったリコは、この先カリムが運ばれる病院の場所を確認した後、予選が終わるサラを待っていたのだ。

その後すぐに、王城の騎士たちがやってきた。
最初にカリムの応急処置をした通りすがりの観光客が、あちこち駆け回って手配してくれたのだ。
簡単な現場検証が行われた結果、カリムの肩に刺さっていた剣は、貴重な証拠として持ち去られたのだが。

「あの剣には、魔力の痕跡があった」

アレクはギリッと、奥歯を噛み締める。
稀に見る優秀な生徒だったカリムが、単なる暴漢にここまでやられるわけがない。
相手はたぶん、なんらかの意思を持ち行動していた輩だったのだろう。

暗殺者という言葉を匂わせるものの、はっきりとは言わないアレク。
アレクは蘇る悔しさに言葉が詰まり、口ごもった。

そこまで大人しく聞いていたサラは、胸の奥で何かが爆発するのを感じた。
立ち尽くすアレクに飛びつき、その胸にしがみついた。


「どうして!どうしてカリムが、こんな目にっ……!」


アレクの胸に額を押し付けて、逞しく硬いその体に、強く握った拳をドンドンと何度も打ち付ける。
暗殺とか、戦争とか、今までイメージとして描いていた言葉が、サラの胸に暗く深い闇となって流れ込んでくる。

これは、誰の罪なの?
私が、こんなに時間をかけてしまったから?
牢獄に放り込まれるのも覚悟で、もっと早く王城へ向かっていればよかったの?

「サラ、落ち着け。ここは病院だ。騒ぐとカリムが起きちまうぞ?」

冷静ながら温かいアレクの声に、サラの声は小さくかすれ、嗚咽が混じり始める。
リコもナチルもひげも、まだカリムと出会ったばかりのエシレですら、涙を止めることはできなかった。

リーズは、沈痛な表情でそっとその場を立ち去った。

 * * *

ロビーにいた全員が、声を封じられたかのように沈黙していた。
とりあえず着替えましょうと、ナチルは嗚咽を漏らし続けるサラの肩に手をかけ、普段着一式を差し出した。
カリムの着替えと合わせて、館から持ってきたらしい。
サラは、ただ黙ってナチルの導くままに、空いている病室へと向かった。

サラが着替え終わると同時に、リコが飛び込んできた。

「カリムの意識が!」

サラは病院だということを忘れ、カリムの病室へと駆け出した。
ドアが開け放たれたままの病室には、皆勢ぞろいしていた。

「カリムっ!」

サラが悲痛な声でその名を呼ぶと……


「よっ、予選勝ったんだってな?」


ベッドの上で上半身を起こし、「やったな、おめでとう」と元気いっぱいで笑うカリムがいた。
刺されたと聞いてはいたものの、その上半身には本当に傷1つ見えない。
そもそも、ついさっきまではあんなに顔色が悪かったのに、今はなんというか、健康優良児そのものだ。

「あの、なんだか……元気そうだね?」

散々泣いて腫れた瞼のサラが、泣き笑いのような複雑な表情をしたので、カリムはゴメンと言って頭を下げた。

 * * *

リーズはポケットのスプーン猫をよしよしとねぎらうように撫でると、こっそり病室を出た。
後ろ手にぴしゃりと病室のドアを閉めたと同時に、スプーンズが話しかけてくる。

『しょーがないよ、ダーリン。慣れてなかったんだからさっ』
『うんうん。ちょっとだけ、言葉選ぶの間違えちゃったんだよね?』

アレク、リコ、ナチルの3人に、スプーンズの声が聞こえてやいないかと、リーズは閉じられた病室のドアをちらっと気にした。

カリムが襲われた現場に駆けつけたとき、リーズは気が動転していたのだ。
治癒を司る銀の妖精に「カリムの傷を消せ」と命じたが、本当なら「カリムの体を元通りに治せ」と命じるべきだった。
妖精としては、主の命には素直に従うだけ。
それが片手落ちだったとしても、決して間違いとはいえないし、指摘する権利も義務も無い。

かくしてカリムは、表面上の傷だけをキレイに治されて、血の気を失ったまま病院に担ぎ込まれることとなった。


泣きじゃくるサラの姿を見ていられなくなったリーズが、胸に無力感を抱きながら、1人カリムの病室へ入ったのはついさっきのこと。
死人のようなカリムの表情をしばらく見守っていたリーズが、ふと思いついたように呟いた。

「なあ、彼の失った血を取り戻すことはできないのかな?」

胸ポケットでカチャカチャと音を立てながら、スプーンズは言ったのだ。


『そんなの、簡単だよね?』
『うん、ぜーんぶ元通りになあれって言えばいいんだもん』


絶句するリーズに、スプーンズは快心の一撃を与える。


『てゆーかさ、なんで最初からそう命じなかったの?』
『あたし、傷を消せって言われたから、それしかしなかったんだよ?』


その後すぐに、体調万全で予選会に臨んでいた朝一番のカリムが、見事に復活したのだった。

カリムを完治させたリーズは、実は魔術の命じ方が片手落ちで……とは言えず、つい「スプーン猫の特殊な魔術で、自分の血液をカリムに移した」と、ちょっとカッコイイ嘘をついてしまった。
リコは若干顔色の悪いリーズを見て「なんてイイヒト!」と今度は感動の涙を流したし、カリムは深々と頭を下げ、命の恩人とリーズを敬った。

真相に薄々気付いたアレクは、後でお仕置きだなと密かに笑った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
最強魔術師リーズ君、初の大活躍シーン……のはずだったんだけど、なんともヘタレなオチになってしまいました。頑張ったのに誰も見てないし、めちゃ要領悪いです。アレク様、サラちゃんを泣かせたことに怒り心頭。カリムを救ったことと相殺で、ほんのちょっと意地悪する程度で勘弁してあげるのでしょう。この辺もいずれ番外編扱いかなぁ。くだらない度MAX系になりそうな予感(悪寒)。なんやかんや箱入りだったサラちゃんとカリム君も、戦いをリアルに意識したことで、一皮剥けたことでしょう。あと、通りすがりの観光客さんは、先日誤字脱字を指摘してくださった通りすがりさんへのお礼キャラでした。
次回は、再び大会へ。決勝トーナメントで、吹っ切れた月光仮面サラちゃん元気ハツラツに戦います。その前にプチ笑いシーンあり?

第二章(15)サラの初陣

第二章 王城攻略


「もう!カリムの馬鹿!やっぱり男ってイザってときに弱いんだから!」

なかなか戻って来ないカリムに業を煮やしたサラは、いつかの砂漠と同じ台詞を呟く。
ただでさえ珍妙ないでたちだというのに、城門付近でいつまでもうろうろしているサラを、明らかに怪しむ受付係の騎士2人。
その視線に耐えかねたサラは、しぶしぶと王城の奥へ進んだ。

 * * *

予選会場は、王城に仕える騎士の訓練場。
ちょうど野球のグラウンドくらいの広さで、多くの騎士たちが日々踏みしめた固い土と、一部に武術の訓練をするための芝生のスペースがある。
さらに奥には厩舎があり、乗馬訓練も行われているようだ。

厳しい規律を守り、国と王族に命をささげる王城の騎士たち。
今、そんな騎士たちのかわりに訓練場を埋めているのは、全国から集まった腕自慢の猛者たちだ。

サラがざっと見たところ、半分ほどが騎士、三分の一ほどが魔術師、残りは盗賊なのかゴロツキなのか、とにかく目つきも身なりも悪い男たち。
サラのように華奢な少年はいないが、魔術師の中にはか細い女性もちらほら混じっている。

突然カリムとはぐれて不安になったサラは、仲間を求めるように女性魔術師の近くに寄っていったが、怪しいマスクの男を警戒したのか、逆に彼女らはじりじりと距離をあけていく。
サラは「確か大澤パパがくれた本に、人は見た目が何割……とかいうのがあったな」と、遠い目をした。


『予選参加者の諸君!注目せよ!』


突然、大きな声が鳴り響いた。
サラは、寺の鐘を鳴らした後のような、ワアーンという不快な余韻を耳の奥に感じ、とっさに両手で耳を閉ざした。
きっと魔術を使って、全員に声が届くようにしているのだろう。

『ただいまより、予選のルールを伝える!一度しか言わないので良く聞くように!』

1.この訓練場を自ら出たもの
2.別の参加者に、癒しの魔術で復元できない傷を負わせたもの
3.剣1本、指輪または杖1つ、合計2つ以上の武器を隠し持ったもの

この条件に当てはまった参加者は、即失格となる。
受付時に同じ言葉と、魔術師による簡単なチェックを受けていたため、この場にいる参加者たちはまだ落ち着いている。

サラは、再度確認するように、自分の懐に差した黒剣をぐっと握りしめた。
胸ポケットには、リーズから渡されたお守りがある。

昨日みんなに配られた小袋の中身が、あの日切り落とした自分の髪だと聞いたとき、サラは正直「オエー」と思った。
袋を指でつまんでみて、ザリッとした髪の束の感覚がすると、背筋がゾゾッとする。

髪の毛って、頭から生えてるときはいいけど、抜けたとたんに不気味な存在になるのはなぜだろう?
こんなものに、不思議な効果があるなんて、とうてい信じられないけれど……

サラは胸ポケットをまさぐると、小袋の存在を確認して、吐息をつく。
魔力ゼロのサラには、小袋の恩恵などわからないが、一応持っておくようにとアレクから言われていた。
ひげからは、盗賊たちがとても喜んだこと、なにより頭領が気に入っていたことを聞いてしぶしぶ受け入れたのだが、本音としては「そんな気持ち悪いもの捨ててよ」と言いたかった。

そういえば、ひげもこの会場にいるんだっけ。
アイツでもいいから、ちょっと一緒に居て欲しいなぁ。

サラはきょろきょろと周囲を見回すけれど、とうてい人探しができるような状況ではない。
背が高くごつい男たちに囲まれ、サラは完全に埋もれてしまっている。

予選にエントリーしたのは、230名。
決勝トーナメントに残れるのは、たったの16名。

『では、これから予選の内容を伝える!』

会場脇に控えていた監視員を兼ねる王城の騎士たちが、一斉に動き出した。
各自、ワゴンを押しながら近づき、参加者1人1人に水の入ったグラスを渡していく。
サラもグラスを1つ渡されると、なみなみと注がれた水をじっと見つめた。

なんだろう。
これを口に含んで、にらめっこ勝負でもさせようって?

チープなお笑い番組にありがちな絵を想像するサラの頭に、責任者からルールを告げる声が響いた。


『このグラスを壊してはいけない。水を空にしてもいけない。残った16名を勝利者とする!』


始め!という合図と同時に、片手を封じられた猛者たちのサバイバルゲームが幕を開けた。

 * * *

予選のルールをいち早く解釈したのが、一握りの魔術師たち。
防御魔術に自信があるそれらの魔術師は、瞬時に自らの体を包む結界を張った。
体をつつむ水の膜を作る者や、土ぼこりを巻き上げて目くらましをする者、固い壁を作り出す者など。

腕力で結界を破るのは、それなりに骨が折れる作業だ。
魔力が消費され弱まるまで、時間をおくしかない。
防御系魔術がそれほど得意でないものや、武力系に頼る騎士たちなど、大多数は結界を張った魔術師をひとまず無視することにした。

手当たりしだい、自分の近くに居た相手に剣や槍で襲い掛かる騎士。
攻撃魔術で、騎士たちのグラスを狙う魔術師。
相手にケガをおわせないよう、ピンポイントで手元を狙っていく。
しかし、攻撃に集中しすぎると自分の手元がおろそかになってしまう。

要領の悪い者、運に見放された者は、実力が出しきれないまま次々と脱落していった。


開始の合図とともに、サラのすぐとなりでも戦闘が起こった。
うっかり利き手にコップを持ってしまったのか、剣を抜けずに立ち尽くした騎士が、風の魔術を操る魔術師の男に体を倒されてコップの水を派手にぶちまけた。

水が、ぴしゃりとサラの靴先にかかる。
サラが顔を足元に向け、再び上にあげると、してやったりという表情の中年魔術師がいた。
魔術師は、先ほどと同じように、サラに向けて指輪をはめた手のひらを突き出した。

風の精霊が、魔術師の召喚に従い、立ち尽くすだけの獲物へと襲い掛かかった。

「……?」

男は、目を瞬かせた。
いったい夢でも見たのだろうか?
風の精霊たちが、目標を失ってゆらめいている。

狙ったはずの華奢な少年騎士は、いつのまにか魔術師の視界から消えていた。


サラは、戦闘を避けてすばやく動きまわりながら、考えていた。
自分の弱点は、物理攻撃のみ。
力の強そうな騎士の近くにいるのは危険だ。

逆に、魔術師に狙われることは平気。

というか……

「あんたら、セコいんだよっ!」

小声で叫ぶサラの声は、喧騒に紛れて誰の耳にも届かない。

強さを競い合うべきこの武術大会で、防御一辺倒の魔術師たちがいる。
賢い戦略なのかもしれないが、サラには気に入らなかった。

そうやって、自分だけは守られた場所に居ながら、戦い合うライバルたちを高みの見物か。
そんなの、私が許さない。

サラは、腕力がありそうな騎士やゴロツキたちをスピードで撒きながら、結界を張ってのんびりとたたずむ魔術師の背後に近づいていく。
油断しきった彼らは、魔力を持たないサラの気配に全く気付かない。

サラが手を伸ばした先には、魔術の結界の壁。


『フッ!』


触れると同時に、サラは素早くその場を離れた。
残されたのは、自分の術が突然消えて、慌てふためく魔術師。

良いカモを見つけたとばかりに騎士の剣が飛び、無防備な魔術師のグラスが打ち抜かれる。
がっくりとヒザをついた魔術師は、結界が破られた真の理由を知ることはなかった。

 * * *

王城の左翼にそびえる塔からは、騎士たちの訓練場がよく見える。
少年は、薄いブラウンの目を輝かせながら、まるで天まで届くかのような怒号と熱気を放つその場所を眺めていた。

「どうだ?今回の予選は」

背後から声をかけられ、少年は嬉しそうに振り返った。

「ああ、5年前と似たような展開だよ」

この様子では、あと半刻もたたないうちに、決着がつくだろう。
何百人いようが、何千人いようが、本当に強いのは一握り。
一握りの、神から選ばれし勇者が、平凡な人間たちをあっという間に蹴散らしていく様が、少年の興味を掻きたてる。

「残りそうなのは、ちょっと見ただけで分かるよね」

あのでっかい長剣を持った騎士と、今魔術師を殴り倒した剣闘士と……
こういう時は、頭で考えずに体が動くような、脳みそ筋肉の馬鹿が強いんだ。

くすくすと邪気の無い笑みを浮かべる少年をたしなめるように、男は呟いた。

「そういう言い方をするから、お前は誤解を受けるんだ」

男は少年の隣に並ぶと、そろそろ人がまばらになってきた訓練場を見やった。
そして、1人の人物に目を留める。

「おい、あのすばしっこいのは……」
「ああ彼ね。僕が一番注目してる大穴君」

まるで気配を消すように、人の背中へ回っては消えを繰り返し、戦わずして生き残っている1人の小柄な男。
いや、あれは少年だろうか?
腰には抜かれていない剣があるので、魔術師ではなく騎士なのだろう。

「ほら、そろそろ決まるよ」

少年は、冷たい微笑によってその美貌をさらに際立たせる。
”氷の王子”という通り名は、トリウム国民なら赤ん坊以外は誰もが知っていること。

最後の1人、しぶとく結界を張っていた魔術師が、騎士の剣によって術を破られ跪いた。
その魔術師の背後には、隠れるのが得意なあの少年騎士がいる。
ああやって、結界を張る魔術師を盾に、逃げ回って勝利を掴んだのだろう。
非力な少年としては、悪くない戦略だ。

「僕、あの金髪の少年騎士に賭けてみよっかな」
「馬鹿なこと言うな、もう行くぞ!」

えー、絶対大穴なのにと文句をたれる少年の首根っこを捕まえて、男は塔を立ち去った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
天下一……じゃなくて、武道大会予選の回でした。展開ちと甘いですが、チャチャッと終わらせたくてさ。スポーツ系漫画でも、雑魚と戦う地区予選とかダラダラ長いとイラツクでしょ?タッ○みたく、ようやく長い予選終わったと思ったら次のページで全国大会も終わってるという手もあるけど……あれは別格ですが。この先の決勝トーナメントもサクサク行きますよっ。(バトルシーン苦手だからやないかーい!ハッハッハッハ……スンマセン)最後の1シーンだけ、やらしく第三章の伏線風に。
次回、ついに決勝トーナメントが始まります。といいたいとこですが……その前に、あの痛いネタを片付けておきましょう。
※明日新パソコン到着です。うまく繋がることを祈りつつ。

第二章(14)剣の痛み

第二章 王城攻略


薄いカーテン越しの眩しい朝日で、サラは目が覚めた。
いつもはギリギリまで寝ていて、リコにやさしく……最後は容赦なく叩き起こされているサラにしては、珍しいことだ。

うーんと大きく伸びをして、カーテンを開けめいっぱい朝日を浴びる。
光を浴びることで人間の体内時計はリセットされるのだと、何かの本で読んでから、朝日のシャワーはサラの大事な習慣だ。

それにしても、昨夜の激励会は本当に面白かった。
乱入した2人の盗賊には驚かされたけれど、なんだかんだ気分転換できた。
屋敷に戻るとバタンキューで、夢も見ずにぐっすり眠れたはずなのだが、やはり無意識に緊張しているのだろうか。

カーテンを閉め、寝巻き代わりのワンピースを脱ごうとして、サラはふと思った。

昨日もらった変装……じゃなくて戦闘服、どこで着たらいいのかな。
まさかこの屋敷から、月光仮面が出ていくわけにもいかないだろうと、サラはベッドに座り込んだまましばし思い悩んだ。

 * * *

予選当日、つまり決勝トーナメント前日の城下町は、昨夜より一段とパワーアップしていた。
人の波は統率の取れていない蟻の行軍のようで、とうてい真っ直ぐには進めない。
サラたちもその流れに巻き込まれてしまった。
こんなことなら、ちょっと遠回りだけれど裏道を選べばよかったと思うが、後の祭りだ。

「予選会場へ行く者は右端を通るように!それ以外の者はなるべく道をあけて!」

騎士が2人、ロープを操りながら人の流れをコントロールしようとするが、勝手に押されてしまうのだから仕方ないと開き直った観光客の集団には、焼け石に水だった。

サラとカリムは、アレク、リコ、リーズにガードされながら、なるべく道の右端を歩いていく。
ナチルは、彼女を狙う刺客の存在を恐れて、屋敷で留守番だ。
きっと今日明日は、王族を狙う暗殺者たちも活気付くのだろう。
今この瞬間にも、絶好のチャンスと舌なめずりしているのかもしれない。

でも、そんなことはさせない。

サラは、一昨日行われた最後の訓練を思い出す。
アレク、リコ、カリムを敵にまわしての、3対1の実戦。
何度も打たれ、倒れて、それでも立ち上がり、ようやく手にした勝利がサラの自信の源だ。
ようやく見えてきた王城を見やりながら、サラは考えた。

サラ姫にとって、私は単なる駒の一つ。
私が和平を掴み取るか、刺客の罠が成功するか、どっちに転んでもいいやと思っているはず。
だけど、私は絶対に勝つよ。
正々堂々と戦ってね。

その決意に満ちた真剣な表情は、もっさりした金髪ヅラと怪しいマスクに隠され、誰にも伝わらなかった。

 * * *

いつもの3倍もの時間をかけて、ようやく予選会場である王城正門前に到着した5人。

「一旦、ここでお別れだな」

アレクは何も言わず、サラとカリムの頭を、いつものようにぐしゃぐしゃと乱暴になでた。
ヅラがズレそうになり焦るサラを見て、またくすくすと笑い始めるアレク。
リーズがたしなめても、サラの顔を目の端に入れただけで、プッと噴出してしまう。

本当に笑い上戸なんだからと、サラはアレクを睨んだ。
もしかしたら、単に面白がってこんな変装をさせたのではと疑ってしまうくらい、アレクは遠慮なく笑っている。

「サラ様、どうかお気をつけて。カリムも」

サラ様を守ってねと、瞳に力をこめてカリムを見つめるリコ。
カリムは、こくりとうなずいた。

カリムの服装は、いつも道場で着ている生成りの練習着のまま。
それくらいの方が、リラックスして大会に望めたのかもしれないと、サラは自分の変な格好を見ながら思った。
サラの戦闘服を縫い上げたリコも、そのヅラとマスクが無かったらどんなにステキだろうと想像し、現実のサラを見て大きなため息をついた。


アレクとリコが名残惜しそうに去った後、気合いを入れなおして城門の脇の受付へと向かうサラ。
開始時間より少し早めについたので、今なら並ばずに受付を済ませられそうだ。
2人は、城門に向かって歩き始めたのだが。

不意にカリムが立ち止まり、「ちょっと先に行っててくれ」とサラから離れた。
それは、砂漠の旅でよく行われたやりとり。
でも、トイレなら城の中にもあるはずだし、カリムは少し1人になりたいのだろうとサラは思った。

なんだかんだ、カリムも緊張しているのかもしれない。
いつも仏頂面だからわかんないけど、案外繊細なんだな。

サラは、わかったよと苦笑して、単身受付へと向かった。

カリムはサラが城門へ入るのを見届けた後、くるりと踵を返すと、今来た城下町とは違う城壁沿いの道へと歩みはじめた。

節くれだったその手には、昨日リーズから渡された光のお守りが握りしめられていた。

 * * *

強力な結界で守られた王城周辺は、城下町とはうってかわって静けさに包まれていた。
それでも、この街を初めて訪れた無知な観光客集団が、おしゃべりしながら興味本位で城に近づいてくる。
そんな観光客たちを避けながら、ぶらぶらとあてどなく歩くカリム。

リコの望みどおり、サラを守る。
そのことに異論は無い。
しかし、カリムが感じるのは、まったく別の考えだった。

もしかしたら、自分もリコと同じ立場ではないだろうか?

一昨日の夜、サラは強かった。
中途半端な気持ちでは、守るどころか自分が足手まといになりかねない。
大会中はなるべく離れて、お互い別のやり方で優勝を目指すべきかもしれない。

自分の取るべきスタンスを決めたカリムは、元来た道を戻ろうとした。


『キャーッ……!』


カリムの耳は、かすかな女の悲鳴を捕らえた。
尋常ではないその声色に、とっさにカリムは駆け出した。

体が、羽が生えたように軽く感じる。
アレクの指導はさすがで、体調的には今がピークだ。
それなりに体重のある自分が、風の魔力に頼らずにこのスピードで走れることが、カリムには信じられなかった。

冷静に自分の力を分析する一方で、ガンガンと鐘が鳴らされるように心臓は激しく動く。
これは、今までに感じたことの無い胸騒ぎ。
左手に握りしめたお守りを通じて伝わってくる、わけの分からない予感が、カリムを急き立てていた。

『……ヤッ!』

再び、女のかすれた悲鳴が聞こえた。
声の方へと、ぐちゃぐちゃに道を曲がり、民家の庭を突っ切り。
辿り着いたそこは、城壁からさほど離れていないものの、人気のまったく感じられない路地裏だった。

黒いマントの男が2人、女を組み伏せている。
女は1人の男に後ろから羽交い絞めにされ、口を塞がれてくぐもったうめき声を上げている。
女の正面に立つもう1人の男が、ベールをかぶった女の顔を斜め下からのぞき込むと、ニタリと笑った。

笑みと同時に、繰り出される短剣。


「やめろっ!」


カリムは叫びながら、短剣を持つ男に突進した。
体当たりしたカリムだが、思っていたような手ごたえはなかった。
男はカリムがぶつかる直前に、ひらりと体をかわすと、手にした短剣をカリムの背中に容赦なく突きたてた。

「ぐうっ……」

鋭い痛みが、カリムの全身をこわばらせる。
目の前で火花が散るような、チカチカした光の点滅が見える。

まずい。
これは意識が飛ぶ前兆だ。

男が次の攻撃に移ろうとしたのを察したカリムは、痛みを忘れ自分の背中に力を入れる。
カリムの体に深く突き刺さった短剣がうまく抜けず、武器を失った男は、ひょいっと身軽に飛び退りカリムと距離を置いた。

すると、女を羽交い絞めにしていた男が、チッと舌打ちして女を放り出す。
同じ短剣を振りかざしながらカリムに襲い掛かってくる男の姿が、カリムにはスローモーションのように見えた。
早く剣を抜かなければと焦るものの、ちょうど右肩を刺されたため、利き腕の右手にはまったく力が入らない。

女はガタガタと震えながら、路地の真ん中にへたり込んでいる。


どうする……どうすればいいっ!


それは、無意識に行われた。
カリムは、左手で握りしめていたお守りを、天に向かい突き上げていた。

次の瞬間、カリムの左手は小さな太陽へと変化した。


「くそっ……光の魔術師かっ!」


神々しいほどに眩しい光が放たれ、塀に囲まれた薄暗い路地を照らす。
カリム自身も、眩しさに目をやられ、視力を失った。

 * * *

カリムが目を閉じていたのは、どのくらいの時間だったのだろうか?
手の中の光は小さな礫へと変化し、やがて何事もなかったかのように消え去っていた。
視力を取り戻したカリムが周囲を見渡すと、すでに男たちの姿は無かった。
このお守りに宿るという光の精霊の力を、カリム自身の魔力と勘違いしたのだろう。

カリムの視界に映るのは、おびえきった女が1人。
ベールのせいで顔は見えないが、上等な布地の服を着た若い女だった。
きっと、観光にでも訪れた地方貴族の娘なのだろう。
供とはぐれたのかもしれない。

「おい、無事か?」

腰が抜けたのか、座り込んだまま呆然とカリムを見上げる女に、カリムは声をかけた。
女はその声で我に帰ったのか、泣き声混じりの悲鳴をあげた。


「人をっ……手当てができる者を、呼んでまいりますっ!」


そういや、初めて剣で切られたのか、俺……

ドクドクと脈打つ背中から、何か熱いものが湧き出て、カリムのシャツの背中を濡らし、べったりと皮膚に張り付く。
シャツが受け止めきれなくなった分はボタボタと地面へ落ち、カリムの足元に血溜りを作っていく。

最初から、聖剣で切りかかっていけば良かったんだ。
それができなかったのは、自分の甘さだ。

畜生、痛えな……

ほっそりとした女の後ろ姿が、遠く小さくなっていく。
ゆっくりと暗幕が下りるように、カリムは意識を手放した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ようやく予選開始……と思ったらその前に、カリム君名誉の負傷でリタイヤです。訓練頑張ったのにゴメンよー。けっこう重傷ですが、このままぽっくりとはいかないのでご安心を。つかようやくカリム君活躍させられてホッ。某消防士マンガによると、男の子は本当に痛くても痛いって言わないらしいと聞いて、こんな感じになりました。第一章では無口で地味ムッツリな小僧っこだったけど、多少は面目躍如?
次回は、本当に本当に予選に入ります。もしサラちゃんがここであっさり負けたら……ま、王道なので、たぶんトントン進むはず?
※通りすがりさんから、誤字脱字のご指摘&夢中で頑張るAQにエールを一言いただきました。感謝です!

第二章(13)再会と、2匹の猫

第二章 王城攻略


城の真上に、華麗な花火が上がった。
城下町の人々は皆歩みを止め、空一面に広がる色とりどりの光に歓声をあげる。

サラは「たーまやー」と心の中で呟きつつ、久しぶりに見る花火を堪能した。
中学2年生の夏、お母さん&パパたちと夏祭りに行って以来の花火。
去年は受験生だったから、季節のイベントは誕生日とクリスマスだけだった。

いろんなことを我慢して、せっかく受かったのにな……

「サー坊、花火見えた?」

サラの斜め後ろから、リーズが声をかけてくる。
満員電車のような人ごみのなかでも、リーズの頭はぴょこんと飛びぬけていて、目印に便利だ。

「うん。見えたよっ」
「なーんだ。俺、肩車してやろうと思ったのに」

そんなにチビじゃないやい!と、サラはリーズの胸を軽く殴るフリをした。

 * * *

サラたち6人は市場通りをぶらぶらした後、少し裏通りに落ち着ける店を見つけた。
あまりの人の多さにもみくちゃにされた6人は、ややぐったりしながら席についた。

武道大会は5年に一度のお祭りと噂には聞いていたけれど、ここまで盛況とは思わなかった。
経験者はアレクとナチルだけ。
ナチルはその頃あの過酷な境遇にいたが「武道大会では……稼がせていただきました」と恥ずかしそうに言っていたので、まあそれなりに楽しく過ごしたようだ。

「では、サラとカリムの健闘を祈念しまして……乾杯っ!」

朝一番で出場申請を済ませたサラとカリムに、皆がグラスを寄せてくる。
サラは「ありがとっ」と言って、カチンをグラスを合わせると、中身のジュースを豪快に一気飲み。
リーズの音頭で始まった宴会は、大いに盛り上がった。

アレクは、多少の酒では酔わないようで、酔っ払って口を滑らせがちなリーズを下ネタでいじっている。
出場しないことになったリコは、ちょっとだけアルコールの入ったカクテルを注文し、慣れないお酒でほんのり赤くなっている。
普段は柱の影からそっと眺めるだけのアレクを、今は目をとろんとさせて凝視しているが、たぶんアレクは気付いていないだろうし、リコも覚えていないかもしれない。

カリムは、アレクたちのやり取りを適当に聞き流しつつ、ジンジャーエールをチビチビ飲んでいる。
気が効くナチルは、料理を取り分けたりお代わりを頼んだり、たまにアレクへ鉄拳をお見舞いしたりと、見事な采配。
サラも、美味しいものを食べて笑って、緊張や不安に押しつぶされそうな心を解放していった。


食事もあらかた片付き、会もそろそろお開きという頃に、サラはナチルから声をかけられた。

「では、ここでサー坊様にプレゼントがありまーす」

響き渡る拍手の音で他の客からも注目され、サラはちょっと照れながらナチルの差し出す紙袋を受け取る。
袋を開けてみると……

「うわっ!」

入っていたのは、黒く艶やかな生地の騎士服だった。

サラは今まで、オアシスの男が普段着ているのと同じ、だぼっと生地がたるんだTシャツのような上着に、幅広のハーフパンツを着て過ごしていた。
いずれも、麻と綿が混ざったような、ゴワゴワして強い生地。
こんな高級そうな生地を触るのは、この世界に来てから初めてだ。
実際に城を守る騎士によく見られる、豪華な飾りはついていないが、その分シンプルで充分カッコイイ。

「実は、ワタシとリコ様で縫ったんですよ」
「ありがとう!嬉しい!」

サラは丁寧に畳まれていた服を広げる。
すると、服の間からバサリと何かが落ちた。

「あっ、それもつけてくださいね?」

それは、金髪のカツラだった。
アレクが、サラが噂の黒騎士だと対戦相手にバレないように、わざわざ取寄せてくれたとのこと。
さらに袋の底には、なにやら説明文のついた黒い布。
リコに読み上げてもらったサラは、しばし絶句した。

『空気は通すが砂は通さない!3層構造で丈夫長持ち!砂漠のお供に……顔面ガード帽(色:ブラック)』

目から下全体を覆い隠す、いわゆる目出し帽だった。

「いろいろ、ありがと、ね……」

どうやらサラは、前回大会のアレク以上に、怪しい騎士として戦わなければならないらしい。

 * * *

サラが「月光仮面セット」と名づけた、その変身グッズを紙袋にしまっているとき。
背後から誰かが近寄ってくる気配がして、サラは戦闘モードで振り返った。

「おっ!やっぱりおめーらか!」

そこにいたのは、意外な人物だった。
サラの救いの神こと、あのひげもじゃ盗賊だ。
相変わらず立派なひげをもじゃらせて、ニヒルな笑みを浮かべている。

「ヒゲオヤジ!」
「よー、アレク。5年ぶりじゃねーか!」

立ち上がったアレクを、ガッシリ抱きしめたと思いきや、整ったアレクの顔に張り手を一発。
メガネをかけていたらきっと吹っ飛ばされて壊れただろう、かなりの威力だ。
アレクもお返しにと、ひげもじゃのアゴに拳骨アッパーを返す。

「痛えな」
「ああ、こっちもだ」

頬とアゴをさすりながら、2人は満足そうに笑いあった。
これが盗賊流のあいさつということなのだろう。
いや、リーズが若干引いていたので、この2人限定のあいさつなのかもしれない。

リーズとカリムは、大きくゴツい手でワシワシと頭を撫でられ、サラとリコは「姐さんとお嬢ちゃんも元気そうだな」と微笑まれた。
かなりガサツだけれど、なかなかイイヤツだ。
ひげもじゃに会うのは初めてのナチルが、いつもどおり丁寧に挨拶すると、ひげは少しそわそわと後方を気にした。

「アレク、このちびちゃんが、もしかしてお前の……」

ひげもじゃが何か言いかけたと同時に、リーズがひっと息を飲んだ。


『アーレークー……』


地の底から響き渡るような声とともに、ひげもじゃの後方に1人の女性が現れた。
一見、盗賊の仲間とは思えないような、ゴージャスなドレスを身にまとった美貌の女性だ。

真紅のタイトなドレスは、彼女の体にぴったりとまとわりつき、深いスリットからのぞくスレンダーな白い脚がなまめかしい。
美しいシルバーの髪が豊かに波うち、大きく開けられたドレスからのぞく胸の谷間へと垂らされている。
リコを軽く凌駕するそのボリュームに、サラは目が点になった。

彼女はアレクを睨みながら近づいてくる。
アレクと同じ漆黒の瞳には、怒りの炎が燃えているようだ。

「あんた、幼女のメイドを囲ってるって、本当だったのね!」

カツカツと、ブーツのかかとを鳴らしながら、歩み寄る女性。
元々背の高い彼女は、ブーツのヒールによってさらに上げ底され、アレクと同じくらいの目線だ。
サラが人生で初めて見る、妖艶で雌豹タイプの美女だった。

「エシレ!」

アレクは逃げようとしたが、しばし硬直したことが時間のロスとなり、あっさり美女に捕まった。
アレクのシャツの襟元が、美女の力強い腕で引き寄せられ……

「お仕置きよっ!」

アレクの顔と美女の顔が、ぴったりと密着した。


サラは、初めて至近距離で見る”生うにうにチュー”に、目が釘付けになった。
ショックで思考停止していたリコが、何秒か遅れで悲鳴を上げかけたが、その直前にリーズが爆弾発言を落とす。

「いいかげんにしろよ、エシレ姉さんっ!」

こんな公共の場でと、しかめ面のリーズ。
アレクから顔を離した美女は、「私にそんな生意気なことを言う口はどれかしら?」と呟き、リーズにもアレクと同じお仕置きをくだす。
精気を吸い取られたのか、アレクはテーブルにつっぷして動かない。

美女はリーズが涙目でゴメンナサイと言うまで拘束した後、ゆっくりとリーズから顔を離し、サラたちに微笑んだ。

「さ、ワタシと次にあいさつしたいのは、だぁれ?」

サラとリコは顔を引きつらせ、カリムはそっとひげもじゃの影に隠れた。
ナチルだけは、けろっとした表情で「アレク様のお姉さまなら、私も容赦しませんわ」とファイティングポーズを作った。

 * * *

エシレは、現在27才。
アレクとリーズの姉、つまりおばちゃんの子どもつながりだ。

「んじゃあらためて、カンパーイ!」

明日があるからとしぶるアレクを姉の権威で押さえつけ、なし崩しで2次会がスタートした。
ひげもじゃは、盗賊内トーナメントを勝ち抜いて、明日から始まる武道大会に参加することになったと嬉しそうに報告してきた。
現在ひげもじゃの一番の恋人であるエシレは、観光を兼ねてくっついてきたそうだ。

「気付いたら、こいつが荷物の中に入ってたから、さすがの俺もちびりそうになったぜ」

旅の荷造りを手伝うからと、ズダ袋に重い缶詰をみっちり詰め込んだエシレは、出発直前にその缶詰を抜いて、自らが袋に納まったという。
かなり無茶な話だが、もしかしたら例のアメリカンな挨拶と同様に、このへんも盗賊ニアンジョークで、ちょっと大げさなのかもしれない。

「だって、可愛い弟たちに会いたかったんだもの」

ひげのひざの上に座り、その首に細い腕をからませて、もじゃっとしたあたりに頬を埋めながら話すエシレを、案外タフなリーズ以外は直視できずにいる。

「へー。でもせっかくなら、姉さんも出場申請すればよかったのに。魔力強いんだからさー」
「いやよ。私、野蛮なこと嫌いなのっ」

白く細い指で、ついっとひげの胸元をなぞりながら、エシレは答える。
金髪ヅラの前髪のスキマから見ていたサラは、「あなたの態度がすでに野蛮ですよ」とツッコミたかったが、エシレのうにうにチュー攻撃を恐れて口をつぐんだ。

「リーズ、あんたは出ないの?そのスプーン……」
「わぁっ!」

落ち着いて会話していたリーズが、突然慌てだす。
バタバタと長い両腕を振って、何かをごまかそうとしているしぐさが、明らかに怪しい。
ひげは、ひざのうえのエシレを軽く片腕で抱きなおして向きを変えると、ズボンのポケットから何かを取り出した。

「そういや、ちょうど明日の朝お前んとこ寄ろうと思ってたんだ。手間がはぶけたな」

ひげが差し出したのは、5つの小袋。
ちょうど手のひらサイズの、黒い巾着袋だ。

「リーズ、お前これ頭領の部屋に忘れてっただろ?」

頭領という単語にビクッとして固まったリーズは、恐る恐るその小袋に手を伸ばす。
リーズ流の定番おしゃれアイテム、ポケットチーフならぬポケットスプーンが、カチャリと音を立てた。

「いいなぁ。これ私も欲しいな」
「俺の分、大会が終わったらお前にやるよ」
「ホント?嬉しい……」

イチャイチャし始める恋人たちと対照的に、リーズの表情は固い。
酔いはすっかり覚めてしまったようだ。
この小袋を砦に忘れてしまったことが、それほどマズイことだったのだろうか?
心配げに見守るメンバーに、リーズはガバッと勢い良く頭を下げた。

「ゴメン、リコ!これがあったら、君も大会に出られたかもしれなかったのに!」

こんなものに、一体どんな力があるというのだろう。
サラは、小袋を凝視する。
リーズは、アレク、ナチル、カリム、リコ、そして最後にサラへと、小袋を配った。

サラが小袋を手にとっても、何も変わらない。
だが、他の4人は違った。

カリムは、落ち着いてはいるものの、怪訝そうに眉根を寄せながら小袋を摘んでいる。
アレクとナチルは、手にしていた箸を取り落とし、リコは目をまん丸にしてリーズを見つめた。

いや、正確にはリーズの胸元を。


『ダーリンたら、本当にうっかりさんなんだからぁ』
『今の今まで、本当に忘れてたんでしょー。まったくぅ』
『でも、そんな抜けてるとこも好きだな』
『あっ、あたしだって好きだもん!』


状況を察したリーズは、リコをチラッと見て言った。

「えっと、このスプーンはね、実は……」

歯切れが悪いながらも、一生懸命言葉をつなぐ。

「そう、実は、光の妖精の……」

リコは、ゴクリと唾を飲み込む。


「飼ってた猫が、いたずらで変化させられたんだ!」


なあ、猫ちゃん?

リーズが胸元のポケットをさわさわ撫でる。


『そ、そうだ……にゃん。あたしたち、本当は猫にゃん』
『光の妖精に、いたずらされちゃったの……にゃよ』


アレクは、肩を震わせたかと思うと、他の客が驚くくらいの大爆笑。
リコは「やだっ!カワイイっ!」と瞳をキラキラ輝かせた。
ナチルは「世の中には不思議なこともあるものですわね」と、感心しきりでうなずく。

サラは、彼らの台詞の意味がさっぱり分からず、同じように不思議顔のカリムと首をかしげ合った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ヒゲ、また出してしまいました。名前あったんだけど、ヒゲという愛称で通すことに。新キャラは姉でした。そうです、ヒゲとボインにしたかったんです!こんな風にテキトーに決まっていく、この物語の主要キャラ……。沈黙を守っていたスプーンズ、お守りパワーでついに解禁です。これでようやくリコちゃんのリーズヘンタイ度ダウン。でもヘタレ扱いは変わらず。正直に言って引かれちゃうのが怖かった少年ボーイなリーズ君でした。好きな子の相談相手ポジションってなんだかんだ気楽だしね。サラとカリムは魔力が足りなくてスプーンズの声は聞こえず残念。ちなみになぜ猫なのかというと、銀のスプーンという猫餌から。
次回、今度こそ大会スタート。まずは予選をどう切り抜けるか……の前に、姉さん事件です!カリム君の身に何かが起こる?

第二章(12)夕暮れの道場にて

第二章 王城攻略


夕暮れと同時に見学者は帰宅し、潮が引くように道場は静けさを取り戻す。
サラは、熱気がひいていく道場を見渡しながら、今までのこと振り返った。

なんだかこの2ヶ月弱、すごくすごく濃い時間だった。
サラ姫に召喚されて、過酷な砂漠の旅で死にかけて、盗賊に拉致されて……ジュートと出会った。
オアシスの国についてからは、自分の未熟さと戦って、リコやカリム、アレクという”戦友”ができた。

「サラ、飯行かないのか?」

道場に立ち尽くすサラに、声をかけてきたのはカリムだ。
代謝が良いカリムは訓練時に大量の汗をかくため、今では朝昼晩と3回お風呂に入る。
今日は少し暑かったので、夕食前に一風呂浴びたようだ。

「うん……考えてたの。なんだか、いろんなことがあったなと思って」

そうだな、と同意して、カリムは道場の畳に寝転んだ。
せっかくキレイにシャンプーしたのに、また髪にホコリがついてしまうよと、サラは言いかけてやめた。

カリムは自分の見た目とか、自分がどう見られているかには、まったく無頓着なのだ。
道場へ来る少女たちの一部は、確実にカリムファンなのだか、未だに会話どころか目線すら合わせようとしない。
それだけ、訓練に集中しているということだ。

カリムは仰向けになったまま、軽く目を閉じて呟く。

「アレクが、サラに感謝してたぞ」

男同士だからか、かなりの時間をペアで訓練したからか、アレクとカリムはずいぶん仲良くなった。
サラは、初対面の2人の様子を思い出して、クスリと微笑む。
2人はこっそりつるんで、夜の城下町へ遊びに行ったりもしているらしい。
置いてきぼりをくらったリーズが「ズルイよ兄さ~ん」とまとわりついている光景をたびたび見かける。

アレクは、大人だし、とても優しい。
一度懐に入れた者には面倒見がよくなるところは、とっても盗賊らしいなとサラは思った。
きっと私やリコのことも、懐の深いところまで受け入れてくれているはずだ。
なぜなら、サラたちは「俺のことは遠慮なくアレクって呼べよ」と命令されたから。

未だにリコは、アレクを呼び捨てにすることに戸惑っているようだ。
うっかり「アレクさん」と呼んでは、アレクから拳骨まんじゅうと、たまにセクハラ攻撃をくらっているが、リコはかまってもらって心底嬉しそうだ。
セクハラされてはしゃぐリコを見るたび、サラは心の中で「いやん、まいっちんぐ」とアテレコしていた。

きっとリコは、アレクが好きなんだ。
アレクの方は、リコを妹分として可愛がっているように見えるけれど……

アレクはなかなか本心を見せないので、実際はどうなのか、サラには分からなかった。
普段はマジメな話をしようと思っても、すぐセクハラでかわしてしまう。

アレクが真剣になるのは、この道場に居るときだけだ。

サラの心に浮かぶのは、ずっと自分を見守ってくれていた、指導者としてのアレクの眼差し。
サラは、もう一度道場を見回しながら、訓練のことを思い出していた。

 * * *

攻撃系の魔術を受け止めることができるようになったサラは、翌日パートナーチェンジした。

「次に武力の確認を行う。サラ、カリム、お互い聖剣で打ち合え」

覚悟していたこととはいえ、やはりサラの心は恐怖に震えた。
風の聖剣を構えたカリムの強さが、何よりその闘志が、びりびりと空気を伝わってサラの心を震わせた。

カリムの存在を怖い、傷つけられると思った瞬間。
サラに、スイッチが入った。

初めて黒剣をアレクに向けたときと同じ。
自分の理性が封じられ、黒剣と同調していくのを止められなかった。
そのままカリムへと攻撃を加えたサラは、剣術では一歩も二歩も上をいくカリムを、確実に追い詰めたのだ。

『ダメだ、サラ。そこまでだ』

気付いたときは、止められた黒剣と、至近距離に悲痛な表情のアレクがいた。
激しく打ち合うサラとカリムの剣の中心に、アレクの聖剣が挟まり、どちらの動きをも止めていた。
よほど無理な体勢をさせられたのか、アレクは「俺もう年なんだから、こきつかうなよ」と苦笑した。

あのとき、アレクが間に入ってくれなければ、サラはきっとカリムを切りつけ、傷を負わせていただろう。
アレクから隙があると指導を受けたカリムは、今まで見たことがないような、険しい表情をしていた。
サラはまた土下座して謝ったが、カリムはサラの体を乱暴に抱き起こし、「俺の力不足だ」とだけ語った。


その後サラは、何度もカリムと剣を交わした。
自分の方が、黒剣を支配していると実感できるまで。
黒剣の力とサラの肉体が上手く同調したとき、その太刀筋は美しく、軌跡が残像に見えるほど早かった。
剣のスピードに振り回されずにすんだのは、地道な基礎訓練のたまものだろう。

サラが黒剣を操れるようになると、アレクから次の指令が下される。

「サラ、カリムの攻撃を避けずに受けてみろ」

カリムはアレクに反論しようとしたが、これもサラの能力確認のためと察したのか、しぶしぶうなずいた。

「いいよ。遠慮なくやっちゃって」

サラは、目を閉じてカリムの剣の衝撃を待った。
魔術訓練のときと同じように、自分の心を強く持ち、怖がって襲いかかろうとする剣を押さえ込んだ。

魔術ではダメージを受けないサラも、直接攻撃では普通の人間と同じようにダメージを受ける。
黒剣も、サラの意識の支配下では、沈黙する。
確認したかったのは、その2点。
そして、サラはケガを負った。

ケガといっても、右肩に大きなアザができた程度なのだが、2~3日は触れると飛び上がるほど痛かった。
唇を噛んで謝罪するカリムに、サラは「お互い様だよ」と笑った。
あのときから、カリムとの信頼関係も、ゆるぎないものになったような気がする。

「お前の弱点は物理攻撃だな。剣を最大限活かして、全ての攻撃をかわせるようになれ」

アレクの激が飛ぶ中、サラはカリムと戦い続けた。
時には、剣を奪われたという想定で、素手による攻撃も行った。
合気道でカリムを投げてみると、アレクもカリムも「その技は何だ?」と詰め寄ったので、サラは慌てて「ネルギ王族に伝わる奥義です」と微妙な説明でごまかした。

その後、リコやナチルとペアを組むことで、癒しと補助系の魔術をすべて体験した。
どんな種類の魔術でも、魔力を持たないサラには効果が無い。
ただ、癒しやスピードアップなどの補助魔術も跳ね返せると気付いたときは、アレクも「お前を味方にすると便利だな」と面白がっていた。

 * * *

最後の課題は、アレクとの対戦。
今までとは違って、容赦ない魔術攻撃を受けた。

ぶつけられた魔術の一部を吸収し、威力を減らした上で、一部を跳ね返す。
武道大会で強力な魔術師と当たったとき、魔術反射で相手に深刻なダメージを与えて、失格にならないために。

相手がどんな種類で、どんな威力の魔術を放つのか、瞬時に見極めるだけでも至難の業。
その上、どのくらい吸収するかも判断しなければならない。

吸収するには、サラが相手の存在そのものを受け入れることが必要だ。
サラは何度もアレクを傷つけながら悟った。
リコの魔術を受け止めることができたのは、長い旅を共にしてきた親友だったから、すんなりと上手くいったのだ。


『戦うことは、相手を信じること』


初対面の、しかも自分への敵意を振りかざす武道大会の対戦相手に、そんなことができるのだろうか?
アレクは苦悩するサラを叱咤し、サラが力尽きて倒れるまで訓練に付き合った。


さまざまな角度から行われた訓練で、サラの能力は少しずつ明らかになっていった。

サラが操りやすい魔術は、火、風、光。(攻撃系)
逆に操りにくい魔術は、水、木、土。(防御系)

操りにくいとはいえ、防御の魔術や結界も、サラが相手の体に直接触れただけで消えてしまうことも分かった。
アレクは「お前の力、刺客とかヤバイ人間に利用されかねないから、このことは極秘に」と真剣な表情で言った。

ちょうどその頃から道場が騒がしくなってきたので、サラの訓練は基礎体力と素早さを上げるセルフトレーニングが中心となった。

「魔術師と対戦する場合も、魔術を放たれる前に相手を打撃で倒すように」

アレクはさも簡単そうに命じてくるが、求められるスピードや体力は尋常ではない。
サラの体は毎日悲鳴を上げ続けた。
箸を持つだけで痛みを感じるほどの筋肉痛を繰り返した結果、着実に体は引き締まり、動きが軽くなっていった。

明日は、第二道場がオープンする。
こちらの道場は完全クローズドとなり、大会前の総仕上げだ。
剣士、魔術師と、それぞれが攻撃・防御の魔術を合わせて使ってきたときの、細かなシュミレーションを確認する。

卒業試験は、アレク、リコ、カリムが敵となり、3対1で戦うこと。
この3人に勝利できたなら、サラは誰をも凌駕する強さを身につけたことになるだろう。

 * * *

「サラ?」

ぼんやりと回想していたサラに、寝転んだままのカリムが、首だけこちらを向いて声をかける。
サラは「ゴメン、ぼーっとしちゃった」と微笑んだ。

この道場に足を踏み入れたとき、私は本当に弱かった。
アレクには、いろいろなことを教わったし、どんなに感謝しても足りないくらいなのに。

「そうそう、アレクが私に感謝って、どうして?」

しいて言えば、果物屋のオジサンが、毎日美味しいフルーツをくれるきっかけを作ったくらい?

サラが首を傾げながら問いかける。
カリムは、くすんだ天井の木目を見つめながら、アレクの気持ちを代弁した。

「アレクにとって、この自治区で一番の課題は、人種差別だったんだ」

サラを中心として、広がっていった交流の輪。
一番驚いていたのが、アレクだった。

見かけによらずシャイなアレクにとって、サラの王子キャラは衝撃的だったらしい。
アレクは、サラが気軽に女子モテしたり、怒った親が怒鳴り込んできても逆に取り込んでしまったりするたびに、内心カルチャーショックを受けていたそうだ。
そして、貴族でも荒っぽい自治区の男でも態度を変えず、笑顔で接するところを見てきた。

「きっと王宮で、悪意にさらされることなく純粋に育ったのだろうと、アレクは言ってたぞ」

カリムはくすっと笑い、つられてサラも笑った。
自分が身代わりの姫であることは、まだアレクたちには内緒だ。
無事に王城へ行き、使命を遂げたら打ち明けようとサラは決めていた。

「もうすぐ、大会だな」

心地よい体の疲れが、カリムの頭を麻痺させているのだろうか。
今日のカリムは、いつになく饒舌だ。
サラはうなずくと、カリムの隣にごろんと寝転んだ。
訓練中は何度も痛い思いをさせられたこの畳が、今はやわらかくサラの体を受け止めてくれる。


武道大会のことを考えると、サラの胸はツキンと痛む。
昨日リコに起こった、悲しい出来事。
アレクから、今のリコでは大会で勝つことはできないからと、戦力外通告を受けてしまったのだ。

3人の中では、1人実力の足りないリコ。
全員同時参加の予選中、サラはきっとリコをかばってしまうだろう。
それを見越したアレクは、足手まといになるくらいなら出場はあきらめろとリコに告げた。
サラとカリムは何も言えず、道場を飛び出したリコを見送った。

そして、今朝。
一晩泣きあかしただろうリコは、まだ赤く腫れぼったい瞳のまま、笑顔で言い放った。

「ハッキリ言っていただいてありがとうございました。これからはサラ様のサポートに徹します」

と。

リコはこの国に来てから本当に強くなったと思う。
人は、自分以外の誰かのために、こんなにも変われるんだね。

ねえ、ジュート。


「……私も、少しは変わったかな?」


思わず口に出てしまった、ジュートへの言葉。

カリムは「ああ、たぶんな」と呟いて、横に寝転んだサラの手をそっと握った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
全体、サラちゃんの回想風にしてしまいました。だって話がなかなか進まないんですもの……作者の技量の無さでスンマセン。鬼アレク様の指導っぷりちゃんと描けなくて残念。リコちゃんのドキドキ片思い&まいっちんぐっぷりも。だけど、カリム君の勇気ある行動だけは書きたかったんです。大学サークルorゼミ合宿経験者の皆さま!こんな甘酸っぱい経験ございますでしょーか?なんとなく夜に気になる子と2人っきりになれて、語りモード入って……うっぷす。カリム君には手をつなぐくらいがせいいっぱい。それを親愛ゆえの励ましと受け取る小悪魔サラ。頭はジュートのことでいっぱい。あー甘じょっぱ。
次回、第二章ラストに向けてこれから大会突っ走ります。作者趣味のあのキャラ&新キャラ登場予定です。

第二章(11)自治区の変化

第二章 王城攻略


道場の中は、活気に満ちていた。
いつもどおりペアになり、対戦形式で訓練をするリコとカリム。
2人のすぐ隣では、アレクが厳しい表情で腕組みをしている。
リーズは、改装物件の床板張り替えに精を出しているという。
今ではボランティアの住民たちから「棟梁」と呼ばれ、頼りにされているそうだ。

サラは1人、ホフク前進という、いたって地味な基礎訓練をこなしていた。
道場の畳の端から端を、ズルリズルリと行ったり来たり。

そして……


『キャー!』
『黒騎士さまーっ!』
『ステキっ!』


大きな窓ガラスには、顔と顔をギュウギュウにくっつけながら、道場の中をのぞき込む少女たち。
毎日夕方になると、大量の女の子たちが、この道場に押しかけていた。

サラは、這いつくばった姿勢のまま、彼女たちに爽やかな笑顔を向けた。

 * * *

リコの協力によって、サラがなんとか魔術をコントロールするコツを掴むことができたのは、オアシスの国に辿り着いてから10日後のこと。
あのときは、普段仏頂面のカリムまで、目に涙を浮かべながら喜んでくれた。
アレクも、サラとリコの頭を撫でて「よくやった」と何度も繰り返した。

頑張った2人へのお祝いと、日頃から家事を一手に引き受けているナチルへのねぎらいを兼ねて、食事会をしようとアレクから提案があり、サラたち6人は喜び勇んで町へ繰り出したのだ。


夕暮れの賑やかな市場通りは、到着した日と変わらず活気に満ちている。
仲間とのおしゃべりを楽しみつつ、のんびり歩いていたサラだったが、途中から奇妙なことが起こりはじめた。

……なんだか、自分たちの周りに人が集まってくるような?

最初は、前回の武道大会優勝者であるアレクを見て、周りが騒いでいるのかと思った。
自治区の領主だし人気者なんだなと思いつつも、違和感は消えない。
なぜなら、騒いでいるのは、成人になるかならないかの少女ばかりだったから。

頭にカゴを乗せた大人の女たちは、すいっと通り過ぎていくのに、まだ幼い少女たちの反応は違う。
目をまんまるくして立ち止まったと思ったら、連れ立って歩く友人とひそひそ話をした後、サラたちの後をそっとついてくる。
まるでハーメルンの笛吹き男のように、小さな女の子ばかりを惑わせながら進む、サラたち一行。

アレクは、ずいぶん小さい女の子に人気があるのねぇ。
まあ、前回の武道大会優勝者だし、すでに町は盛り上がりつつあるのかもしれないな。

そんなことを考えつつ、斜め前を歩くアレクの背中を見つめたサラは、通りの向こうに見覚えのある店を見つけた。

「あっ、なあリコ、あのお店!」

サラが指差したのは、トリウム到着初日、頭に乗せるカゴを借りた果物店。
地球でも食べたことのないような、とてもジューシーで甘い桃をくれた、優しいオジサンのお店だった。
口の中に果汁の記憶が蘇るようで、サラはネクターのようにねっとりとした視線を店頭に立つオジサンに送った。

サラに促されて店を見たリコは、軒先に意外なものを発見する。
それは、1枚の垂れ幕。


『美味しくて強くなる、黒騎士の食べた桃』


難しい文字の読めないサラは、「な、帰りにまたあの桃買って行こうよ」と無邪気に話しかけてくるが、リコはピシリと固まってしまいノーリアクションだ。
すると、店頭で接客していた店主がこちらに気付き、大きな袋を持って駆け寄ってきた。

「おい!黒騎士さまじゃねぇか!」

あんたどこにいたんだよと、満面の笑みで話しかけてくる店主。
まるで旧友にバッタリ再会したかのようだ。
店主は、日に焼けた愛嬌たっぷりの顔をくしゃくしゃにしながら、サラに「ほら、また桃やるよ」と、たくさん桃が入った布袋を差し出した。

サラが目をぱちくりと瞬かせつつも、まあくれるものはいただこう、据え膳食わぬは男の恥と、手を伸ばしたとき。
突然、周囲から黄色い歓声が沸きあがった。

「やっぱり!」
「あれが黒騎士さま!」
「絶対そうだと思ったんだから!」
「噂より全然ステキ!」

サラたちの後をついてきた女の子集団は、果物屋のオジサンを押しのけて、一気にサラを取り囲んだ。

 * * *

今日の夕食も、美味しくて栄養バランスの良いナチル特製の料理と、デザートには定番になったフレッシュな果物。
もうすっかり顔なじみになった果物屋のオジサンが、毎晩必ず届けに来てくれる品物だった。

もちろん、お金は一銭も払っていない。
オジサンは、ガッハッハと豪快に笑いながら「勝手に宣伝に使わせてもらってるんだ、こいつら売れ残りだから気にすんな」と、カゴに山盛りのフルーツを押しつけて帰る。
ナチルも当初は戸惑っていたがすぐに打ち解けて、フルーツを使ったデザートのレシピについてなど、仲よさげに世間話をしている。

オジサンの来訪を迷惑に思っているのは、リコだけだ。

「黒騎士さまー!」
「サフランさまー!」

実はサフランというのが、サラの男子名。
天使母と同じく、サラは適当にインスピレーションでつけてしまった。
こんな風に、可愛い少女たちに呼ばれるなら、もっとカッコイイ名前をつければよかったと思う。

例えば「サラマンダ」とか。
もう1つ思いついた「サラダマキ」よりは良かったけど。
サフランと呼ばれるたびに、カレーライスが食べたくなるな。
今度、ナチルに頼んで作ってもらおうかな。

サラが黄レンジャーなことを考えている間、リコは「あんたたち邪魔!」と女子に怒鳴っては、「なによブスッ」とブーイングを受けていた。

かしましい女子軍団と対等にやりあうリコを見て、本当にたくましくなったもんだと、サラは感心していた。


毎日夕方頃、フルーツの配達に訪れるオジサンの傍らには、何十人もの少女たちが、ピーチクパーチクと騒ぎながらついてくる。
日が暮れる前の30分程度、オジサンがナチルと立ち話をしている間に、少女たちは道場に張り付いて、窓の外からサラを応援するのだ。

リコは、あんなの応援じゃなくて邪魔なだけとぼやいたが、女子モテに慣れているサラは全然平気だ。
むしろ少年騎士として慕ってくれる少女たちに、「いつもありがとう」と紳士を装って声をかけたり、プレゼントを受け取ったり、交流を楽しんでいる。
プレゼントのお礼に、騎士めいたしぐさで少女の手の甲に口付けたりと、なかなかのなりきりっぷり。

アレクとカリムは、そんなサラたちを見て「緊張感足りねぇ」「俺には無理」と渋い顔で目配せをするのだった。
少女たちが黒騎士に夢中のように見えて、実は「いつも奥にいるあの2人もカッコイイよね!」とささやきあっていることには、気付いていなかった。

 * * *

黒騎士の影響は、思わぬ波紋を広げる。

少女たちが道場に来るようになってから数日後、次の変化が訪れた。
夕方になると、必ず連れ立ってどこかへ出かける子どもたちを心配した親たちが、こっそり後をつけてきたのだ。

「危険な自治区へ行くなんて!」と怒り心頭な親たちだったが、噂の黒騎士サラを目の当たりにし、優美な挨拶1つで心を奪われてしまった。
よくよく見れば、アレクは領主として堂々たる態度だし、砂漠の国の王宮で王子の側近として育ったカリムは品がよく、リコも王女の侍女だけに聡明で愛らしい。
犯罪者の巣窟と恐れ、敬遠してきた自治区というイメージは、少しずつ崩れはじめていた。

領主であるアレクは、そんな状況に戸惑いを隠せずにいた。
領主になってから5年、自治区の治安を改善し、城下町との関係修復に努めてきたが、ほとんど成果は上がらずにいたからだ。
突然降ってわいた黒騎士ブームをきっかけに、自治区が変わったことがようやく城下町の住民に知られようとしていた。


さらに数日後、決定的な出来事が起きる。

「ワタクシの娘を、誑かしたのはどなた?」

お供をずらりと引き連れてやってきたのは、上位貴族の女性。
自分の娘がお忍びで出かけるのを問い詰めて、ここまで辿り着いたという。
ふんわりと広がったスカートのすその後ろで、髪をくるりと巻いて結い上げた可愛らしい少女が「黒騎士さま、ゴメンナサイ」とうなだれていた。

自治区に対する強烈な悪印象をもった貴族の女性は、サラたちの弁解を聞いてもそのレッテルを変えない。
責任者として仕方なくアレクが自己紹介したとき、それは起こった。


「まさか、あなたは勇者様では……」


貴族の女性が、動揺に美しい睫毛を震わせて、口元を覆っていた扇をバサリと落とす。
女性の表情は、サラを見つめる少女たちと同じものだった。

実は、前回の武道大会でアレクは”正体不明の騎士”として出場していた。
優勝後、王に望んだことの1つが「自分は故郷に帰った」という噂をばらまくこと。
自治区の住民にも徹底して戒厳令を敷いたアレクは、二度と見ることのできない幻の勇者として、観覧していた者に強烈な印象を残していた。

「あの勇者さまとお会いできるなんて、ワタクシ……」

5年前、貴重なプラチナチケットを得て勇者の活躍を目の当たりにしたこの貴族女性は、そんな話をマシンガントークで語った後、感極まったのかワンワンと泣き始めた。
娘も、お供の男たちも、唖然として貴族女性を見つめている。
サラは彼女の落とした扇を拾いあげ、そっとハンカチを差し出しながら、やはりアイドルは人気絶頂期に引退すべきだなと思った。

当事者のアレクはといえば、見たこともないくらい苦い顔をしながら「俺がここにいることは内密に」と伝えると、女性は涙で化粧が崩れた顔をきっぱりと上げ「女神に誓って誰にも言いません」と宣言した。
しかしそんな約束を、娘である小さな少女が守れるわけがない。
「誰にも内緒よ?あのね……」と、貴族の子女を通じて広まった噂は、当然親世代の耳にも届く。

それからというもの、貴族の中にも「幻の勇者に逢いたい!」という熱が高まった結果、大勢の供を連れて貴族様一行が来館するようになったのだ。

一気に道場の見学者が増えたため、自警団が整理に借り出された。
ぶっきらぼうながら親切な自警団の若者に、貴族は惜しみなくチップを払い、その金を手にした自警団の若者は城下町に降りて買い物をする。
わざわざ城下町へ降りるのも面倒だろうからと、果物屋の店主が仲間を誘って、定期的に行商にくるようになる。

失業者が溢れ、少しの農業で成り立っていた自治区に、初めて商業が生まれた瞬間だった。

 * * *

こうして一部に支持され始めた自治区だが、まだまだ一般には悪者の巣窟として怖がられていた。
自治区の変化が一般に広く知れ渡ったのは、黒騎士ブームから約1ヶ月後。
1つの幸福な事件がきっかけだった。

見学中にうっかり転んだところを、自警団のマジメな若者リュウに助けられた下級貴族の娘ユッケは、ささやかな恋に落ちる。
当然、身分差があると反対するユッケの両親。
そこで、リュウの仲間である自警団メンバーと、黒騎士ファン仲間の少女たちが一致団結して、見事ユッケの両親を説得し、第一号のカップルが誕生したのだ。

この身分差ロマンスは、瞬く間に貴族や城下町の若者たちに広まり、吟遊詩人によって歌となり、トリウム国全体へと広まっていった。


「私たちの結婚式には、ぜひ仲人としていらしてくださいね!」


幸せいっぱいのリュウとユッケに「黒騎士様のおかげ」と喜ばれて、サラは少し照れたのだった。


また、改築作業が一段落したため、解放された子どもたちが、ようやく道場に戻ってきた。
窓越しに見える身奇麗な少女たちを気にして、少しでもいいところを見せようと、剣や武道の訓練にも力が入る。
見学していた城下町や貴族の子どもたちは、その様子を見て「自分たちもやりたい」と言い出した。

将来は我が子を騎士や魔術師にと願う親たちは、「幻の勇者さまに指導してもらえるなら」と、アレクに交渉を持ちかけてきた。
既に開き直っていたアレクは、活気付いてきたこの街のさらなる発展のためにそれを了承。
改築したばかりの建物は、アレクが図書館にと考えていたが、あっさり第二道場になることが決まった。

子どもたちが通うならばと、自治区へ繋がる道の舗装や街灯設置などのインフラ整備が、貴族たちの出資によって急ピッチで進められた。
自治区の失業者たちは、ボランティアではない仕事を喜び、気合いを入れて作業に勤しんだ。

サラは、メガネの奥の瞳を嬉しそうに細めながら作業を見守るアレクに、そっと耳打ちした。

「この道沿いに、サクラの木をたくさん植えましょうよ」

日本で見逃してしまった、あのサクラが見たい。
それはサラのわがままだったが、アレクは「お前は天才だな」と言って、サラの髪をクシャリと撫でた。

サラの提案で、ベンチも複数置かれたその道は「サクラの散歩道」と呼ばれ、自治区初の観光名所となった。


こうしてさまざまな交流が生まれ、どんな立場の人間でも平等に楽しめる場となった自治区の道場は、子どもたちの笑い声が溢れる、城下町の憩いの場となっていった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃんモテもですが、アレク様の統治っぷりについても触れておきたかったのでこんな話に。サラちゃん王子扱いですが、皆本気で恋してるわけじゃないので、もし女子とバレてもきっと人気は変わらないのでしょう。しかし人と人が関わって、幸せが伝播するのはヨイコトです。うむ。ってこの話、ヒューマン系だったんかい。ユッケちゃんとリュウくんは、小説を読もう版の感想ページに即コメントしてくれた2人の勇者へ、ささやかなお礼を兼ねて。モチベーション上がりました!ありがとです!(もし問題アリでしたら変更するので遠慮なく言ってくださいね……)
次回、一気に大会直前まで進めます。訓練についてまとめ部分がありーの、カリム君ガンバリーノ。ガンガンスピードアップしてきますよ。

第二章(10)魔術を支配する日

第二章 王城攻略


サラの薬指の絆創膏が取れたのは、トリウム到着後10日目。
その朝、いつもどおり道場に集まった4人に、アレクは告げた。

「今日から俺は、お前ら3人をつきっきりで指導することにした」

だからお前、俺の代わりに行ってこい。

ポンッと肩を叩かれて、ポカンと口を開けるリーズ。

突然道場の裏口が蹴破られ、威勢良い掛け声とともに盗賊ばりにムキムキマッチョな自警団メンバーが数人駆け込んできて、ひょろっとしたリーズを抱えて走り去っていった。
でかい男が、さらにでかい男にお姫さま抱っこで運ばれていく様子は、見送っていた3人の哀れみを誘う。
「うわあああー」という叫び声が、あっという間に遠く消えて行った。

「あいつは器用だから大工に向いてるし、なにより今はここに居ても100%役立たずだからな」

心底愉快そうに笑うアレクを見て、サラは鬼……いや、兄だなと思った。

 * * *

朝日の当たる道場には、サラ、リコ、カリムの3人が残った。
閑散とした道場にはもう慣れたが、1人減っただけで寂しさが増したような気がする。

通常なら、遊びたい盛りのちびっ子たちにとって、たまり場であるこの道場。
生意気で反抗的な子どもたちも、今だけはアレクの命令に従って、おとなしく改築作業を手伝っているという。
仲間が王城に監禁されるというショッキングな事件のせいだった。
助けに来てくれたアレクに、しばらく頭が上がらないらしい。

「なぜ子どもにも作業をさせるんですか?」

それこそ役に立たないだろうに、というクールなカリムの問いに、アレクは確信犯の笑みを浮かべて答えた。

「親のいない子と、子を無くした親が一緒にいると、そのうち本物の親子みたいになるんだよな」

何か達成可能な1つの目標を与えて、住民が団結して取組むことで、自治区には一体感が生まれていく。
それだけで、トラブルや犯罪も少なくなるという。
頭領の受け売りだけどな、とアレクは苦笑したが、実際に成果をあげているのは充分凄いことだとカリムは思った。

便乗して、サラも質問する。

「あの、アレクさんは、頭領にいつから指導を受け始めたんですか?」

特に、女の扱いってやつは……

一番聞きたい部分は言葉にできず、1人もじもじするサラ。
カリムはそんなサラを見て、トリウム到着日の夜のことを思い出す。
サラから「女の扱いって、具体的にはどんなこと?」と質問され、言葉に詰まり逃げ出した自分。

この女は、変なところで好奇心旺盛なんだよな。

そわそわと落ち着きの無さそうなサラを見ると、妙に胸の鼓動が強くなる気がして、カリムはそんなはずないと頭を振った。

落ち着き無いサラとは対照的に、アレクは淡々と答える。

「ああ、物心つく頃にはもう頭領にくっついて、書類整理なんか手伝ってたかもな」

アレクとジュートの見た目は、少しジュートが年上に見える程度。
物心つく頃って、いったい何才?
サラは、4才のアレクと5才の頭領が仲良く書類に向かうところを想像し、めちゃめちゃカワイイかもと一人頬を染めた。

「そういえば、頭領って何才なんだろ……」

独り言のように呟いたサラに、アレクはここだけの話だが、と前置きした。

「俺が生まれた頃から、頭領の見た目はほとんど変わらない」

だから、頭領が何才なのかは誰にも分からない。
盗賊たちの中でも、頭領は人間じゃねぇと噂するヤツがいる。
まあ頭領のおかげで今の俺たちがいるんだから、そんなの些細な問題だがな。

アレクは、そんなのたいしたことじゃないだろ?と、達観したような大人の表情を見せた。

 * * *

アレクの発言内容がどこまで本当か、はかりかねているリコとカリム。
サラは、アレクの言葉をじっくり咀嚼した。

現在アレクは24才。
その頃頭領はもう、25才くらいだった。
となると、今の年齢が……

50才!
ラインオーバーだ!

サラは、馬場先生から教わった「年の差30才、それがロリコンライン」というルールを思い出し、一人苦悩する。
当時小学生だったサラは指折り数えながら「じゃあ、馬場先生とサラはロリコンじゃないね!」と無邪気に喜び、馬場を大いに満足させていた。

でもジュートは見た目若いし、なんたって精霊王だし……
万が一すごい年で、ロリコンって後ろ指さされても、私はかまわないな……
自分が先におばあちゃんになって、死に水とってもらうのは申し訳ないけど……
もしかしたら、そうやって短命な人間たちの生死を、大昔から見守ってきたのかな……

とめどなく、妄想を膨らませていくサラ。

そんなサラの表情を、アレクはチラッと盗み見た。
ブルーの瞳が涙で潤んでいく姿は、アレクの胸に罪悪感を湧き上がらせる。

きっとサラは思いのほかショックを受けたのだろうと、アレクは勝手に推測した。
「年齢のことは頭領本人に聞け」と、軽くかわせば良かったはずなのに、なぜ俺はサラにこんなことを言ったのだろう?
俺はもしかして、頭領からサラを引き離したいのか?

いや、そんなことはないと、アレクは自分への疑問を打ち消した。


頭領の見た目が変わらないことは、ある意味盗賊内のタブーと言ってもよい。
そのことには誰も触れないし、頭領が自分から言い出すこともない。
直球で聞いてみたのは、きっと自分くらいかもしれない。

まだ小さな子どもだった頃、アレクは無邪気に「どうしてとうりょうさまは、としをとらないの?」と尋ねたことがあった。
頭領は困ったように笑って、アレクの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
頭領の表情から、ああこの話はしてはいけないんだと悟った。
緑の瞳を曇らせて、頼りない少年のような表情で告げた台詞を、アレクははっきりと覚えている。

「頭領は、自分の成長が止まった理由を、こう言ってたよ」

サラを少しでも安心させようと、アレクは頭領から聞いた台詞をそのまま伝えた。


『魔女の呪いのせい』


当時も、そして今も、その台詞が何を意味するかアレクには分からない。
子どもだった自分の追及を、おとぎ話に例えることで、やわらかく煙に巻こうとしたのではないかと受け取っていたのだが。

「……っ!」

サラの体が、一気に凍りつく。

魔女の呪いは、サラを悲劇へと導くキーワード。
まさかこんなところで、その言葉を耳にするなんて。

「さあ、そろそろ訓練を始めようか」

雰囲気を変えるように手をパン!と打ち鳴らし、張り上げられたアレクの明るい声。
サラは悪夢を追い払うように、かぶりを振った。

今はまだ、そのことを考える時期じゃない。

自分のやるべきことは、まず王城を攻略することなのだから。

 * * *

訓練10日目にして、ついにアレクからの直接指導がスタートする。
どんな内容になるのかと、サラたちはいつもの黒板前に体育座りをして、アレクの指示を待つ。
アレクは、サラの瞳を見つめながら、簡単な質問を投げた。

「もしリコとカリム、2人が川で溺れていたら、先にどっちを助ける?」
「リコです」

一切迷わず、サラ即答。
リコは歓喜し、カリムはちょっと……いやかなり凹んだ。

「リコ、お前もサラを助けたいか?」
「はい!もちろんです!」

リコの答えに、アレクは深くうなずく。

「では、先に魔術の方からいこうか。サラとリコ、ペアになって」

単に組み合わせを決めるだけなのに、意地悪な質問をするなよと、カリムは内心愚痴った。
そんなカリムを見て、アレクは「お前も次だからな。先に見たらめげるかもしれんが……ま、頑張れよ」と意味深な言葉を吐いた。


リコに命じられた訓練内容に、すぐ隣で聞いていたサラは顔を青ざめさせた。

「今から、癒し以外の、攻撃系の魔術をサラにぶつけてもらう」

様々なパターンの魔術をサラにぶつけて、サラがどのレベルまで耐えられるのか、もしくはどのレベルまで反射するかを確認していく。
もし反射が起こればリコはケガを負うだろうが、水の魔術が得意なら自分の受けた傷は自分で治せと、冷静に命じるアレク。

サラの脳裏に描かれたのは、あの光の矢。

「ダメ!嫌です!」

サラが女の子の声で、悲鳴のような声を上げる。
アレクは、黒い瞳に冷酷な色を宿し、サラに告げた。

「お前はこのままだと、いつか誰かを傷つけるだろう」

武道大会では一発退場、いや死人が出るかもなと、鼻で笑った。
サラは、爪が手のひらに食い込むほどぐっと両手を握りしめ、屈辱に耐えた。

確かに今のサラは、中身の見えないブラックボックスだ。
このまま武道大会に出て、いきなり魔術師と対戦しようものなら、きっと恐ろしい結果になる。
今のうちに、訓練として攻撃魔術を受けておかねばならない。
正論なのは分かる……だけど。

苦悩するサラの隣で、リコも表情をこわばらせている。

リコ自身も、魔術の訓練で仲間から攻撃を受けたことはある。
だが、サラのような未知数の能力には出会ったことがない。
自分の攻撃魔術が、サラの体に触れるだけでも心苦しいというのに。
さらに、その魔術が何倍にも膨れ上がり、報復として自らに向かってくるとしたら……

イメージするだけで、足がすくんでしまう。
リコの背中を、冷や汗がツッと流れていく。

しかし、2人の感情を無視するような、有無を言わさぬ命令が下った。

「リコ、強さをちゃんと調整して、ごく弱い魔術から始めろ」

いつものシャープながら穏やかな笑顔は、一切無かった。
こんな無慈悲なところが、頭領の愛弟子たる所以なのかもしれない。
リコは覚悟を決め、サラに微笑んだ。

「サラ様、私は大丈夫です。これでも水の精霊には好かれているんですよ?」

癒しの魔術は得意なんですと、ささやいたリコの笑顔は、晴れた空のようにクリアだった。
今まで見たリコの表情で一番キレイだと、サラは思った。

 * * *

嫌だ……

やっぱり怖いっ……!


『バシュンッ!』


リコが放ったのは、ごく小さな炎の塊。
塊がサラの体に当たった瞬間、油を得たように炎は勢いづく。
大きさは2倍以上に膨れあがり、リコへと叩きつけられる。

痛みに倒れるほどのダメージは無いが、タバコを押しつけられたような局所的な火傷が発生し、リコはうめき声を上げる。
痛々しい笑顔で「大丈夫ですよ」とサラに声をかけては、水の精霊の魔術で作りたての傷を治していく。

何度も何度も、同じことが繰り返された。
なのに、サラの中で魔術に対する恐怖は消えてくれない。
元々魔術など存在しない国で産まれたのだから仕方ない、自分のせいじゃないと、サラは心の中で言い訳する。

サラの心は魔術への恐怖に慣れることはなく、回数を重ねるたびに消えるどころか増してくる。
それは『またリコを傷つけてしまう』という恐怖。
増幅された恐怖心は、すべて跳ね返る魔術に乗り移り、サラの意思とは裏腹に相手を深く傷つけてしまう。

それでもリコは、サラに魔術をぶつけるのを止めなかった。


「カリム、余所見している余裕があるのか?」


刃のつぶれた剣の腹を、容赦なくカリムの二の腕に叩きつけるアレク。
痛みでぐうっと声を漏らし、カリムは倒れそうになったが、なんとか気力で支えた。
汗をびっしょりかいた肌には、練習着の白いTシャツがへばりつき、あちこちにうっすらと血がにじんで赤い斑点模様を描いている。

カリムにとっても、こんなに苦しい訓練は初めてだった。

すぐ隣で繰り返し発せられる、リコの悲痛なうめき声。
カリムは、訓練前にアレクが言った意味深な台詞を思い出し、舌打ちをした。
カリムもリコも、サラを思いやる気持ちがあるからこそ、この訓練には向いていない。
自分を鬼にしなければ、サラに剣を向けることはできないから。

俺はサラを、傷つけたくないんだ。

カリムは、自分の想いをハッキリと自覚した。

自分が好きだと思った女と戦い、傷つけること。
戦場で顔の見えない無数の敵を倒すのと、どちらが苦しいのだろうか?

「くそっ!」

ハンデとして、利き手を封じたままカリムと対峙するアレク。
1本取れれば、リコと交代というルールだ。

カリムは、早くリコの代わりになりたいと願いながら、アレクへ向かって剣を払った。
しかし、軽くかわすアレクの足取りに乱れはない。
心が乱れたカリムの剣筋は粗く、アレクが目を閉じても避けられるほど単純だった。

これはもう少しリコちゃんに頑張ってもらうことになるかなと、アレクは素直で繊細なリコに心の中で詫びた。

 * * *

いったいどのくらいの時間が経ったのだろうか?
道場全体が、薄暗くなってきたように感じる。
陽が傾いたのか、それとも自分の頭が朦朧としているせいなのか、サラには分からなかった。

アレクの放った光も、癒しの風も、怖くなかった。
サラ姫の黒い支配の魔術だって、受け止められたのに。

炎が目の前に迫るたびに、サラはジュートを襲った光の矢のことを思い出していた。
どんなに心が嫌だと叫んでも、逃げられない。
繰り返されるこの悪夢からは、どうしたって逃げられないのだ。

ならば、そこから少しだけ、顔をあげてみることにした。
顔をあげれば、リコの笑顔が見られるから。

「もう少し……強くして」

癒しの魔術が済んだリコに、サラはかすれ声で伝える。

「はい、サラ様」

リコの投げる炎は、マッチをすった程度だった1投目に比べると、軽く2回りは大きい。
徐々に大きさを増すよう要求しているのは、アレクではなくサラ自身だ。

自分の練習台として、傷つくことをいとわないリコ。
何度炎に撃たれても「大丈夫」「平気」と笑う茶色の瞳が、あまりにも綺麗で。
サラは心の底から、リコを愛しいと思った。

リコの笑顔に触れるたび、サラの心は少しずつ変化していく。
深い霧のように心を覆っていた恐怖が薄れ、目の前の少女への愛で満ちていくのが分かる。

ああ、分かったよリコ。
私が怖がったり拒絶するとき、必ず魔術は跳ね返る。
魔術を受け止めるか、跳ね返すかは、きっと私の意志しだいなんだ。

リコが、再び手のひらをサラに向け、炎を放った。

激しく燃え盛る炎が目前に迫っても、サラはもう何も感じなかった。
アレクから投げられた光を受け止めたときのように、穏やかに見つめているだけ。

この火は、もう怖くないよ。
きっと、ただの灯りだから。
そして、リコのくれたプレゼント。

炎に向かって、サラは大切な物を受け取るように、微笑みながら両手を伸ばした。


『ジュワッ……』


初めてリコは、体の痛みを覚えなかった。
放った炎はすべてサラの体に受け止められ、パチパチと火花を散らせながら、消えてなくなった。


「サラ様、やった!」
「リコっ!」


駆け寄った2人は、固く抱き合った。

盗賊の砦で抱き合ったときの、何倍もの喜びと信頼を心に抱いて。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
「今日から俺は」って使いたかった台詞です。あと「朝日の当たる道(場)」も。100%自己満足。ロリコン……じゃなくて、魔女の呪い登場についてヒトコト。あまり謎解きみたいに言うと「その程度で謎?オチ見えてるし」なんて賢い方にツッコまれかねないので、この辺はつるっと流しそーめん読み推奨。訓練かなり痛かった。これドMじゃなきゃ無理。ここまで追い詰められなきゃ人間成長しないのか?作者もこたつから出ない限り……いや、それは考えるまい。
次回は、もう辛い訓練脱出!ヤター。レベルアップした黒騎士さまの王道カリスマモテと、ちょっとハートフルな小話にご期待ください。

第二章(9)諸刃の剣

第二章 王城攻略


サラの特殊能力が発露した後、アレクは心底疲れきったような表情で「今日はもう解散」と宣言した。
アレクは、なかなか立ち去ろうとしないサラの頭をぽんと叩くと「続きは明日な」と言った。
いつもどおりの軽い口調だったので、サラは少しだけ気分が浮上した。

サラたちにとっても、長い一日だった。
道場のドア付近に控えていたナチルに案内され、男湯と女湯に分かれて風呂に入った4人は、久しぶりに贅沢な湯船つきのお風呂を満喫した。
4人とも、その日は夢も見ずにぐっすりと眠った。

 * * *

その夜アレクは、自室のベッドに腰かけながら、考えをめぐらせていた。

目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、あの白い光。
光に包まれたサラの、泉のような瞳のブルー。
彼女の体にまとわりつく、光の精霊たち。

サラの能力は、驚異的だった。
見識の広いアレクだが、あんな力は見たことも聞いたことも無い。
誰も知らない未知なる能力。
神の領域と言っても過言ではないかもしれない。

自分は臆病なのだろうか?
否、あの光を見てしまった者なら、畏怖しないヤツはいないだろう。

「たった1人を除いて、かな……」

アレクは、なぜ頭領がサラに興味を抱き、サラを所有したがったのか分かる気がした。
彼は、特別な才能や能力がある者を好むから。

平凡な者はできる限り庇護し、数が集まれば1つの集合体としてコントロールする。
盗賊たちは、彼のために生きる働きアリのようだ。
そして、無個性な働きアリ集団の中から、次代の女王アリが出現することを楽しむのだ。

頭領本人には、そのつもりは無いのだろう。
しかし、接する者から見ると彼は別格なのだ。
はるかな高みに存在する神のように……

つい考えが逸れてしまい、アレクは両手でペチペチと頬を叩く。
今は、サラのことだ。

アレクは、机の引き出しからノートとペンを取り出すと、考えをまとめ始めた。

1.サラは、魔術が使えない。(魔力ゼロ)
2.サラは、魔術を跳ね返す。
3.サラは、跳ね返した魔術を増幅させる。

書いていて、気付いたことがある。
黒剣を向けられたときのこと。

「ある意味、跳ね返されたとも言えるな……」

盗賊としてさまざまな剣を見てきたアレクが、初めて目にした黒く美しい聖剣。
その力を、アレクは推測した。

4.サラは、物理的攻撃も跳ね返す?(黒剣の能力?)

剣については、明日以降検証してみなければなんともいえない。
黒剣を持つサラと対峙した時のことを思い出したアレクは、あながち大ハズレではないだろうと感じていた。

きっとサラは、自分への武術、魔術、両方の攻撃に対抗できる特殊能力を持つのだろう。
この推測が正しければ、彼女は強い。
攻撃を受ければ、自分へのダメージの変わりに、自動的に相手へとダメージを与えることができるのだから。

「問題は、発動条件だな」

どこでサラの能力のスイッチが入るのか。
それを見極めなければ、彼女の能力はきっと……諸刃の剣となる。

5.サラは、治癒魔術がきかない。(弱点)

例えば、後方から毒矢で撃たれたとき、サラは防げるのだろうか。
毒だけでなく、あらゆる攻撃で試さなければならない。
軽い怪我をするたびに、他の挑戦者たちは癒しの魔術で回復できる。
サラに、癒しの魔術がまったく効かないとしたら、一切ダメージを受けずに勝ち抜かなければならないということになる。

「ああ、なんてやっかいな弟子を持っちまったんだ、俺」

まだ2ヶ月ある。
サラには少しキツイ修行になるだろう。
自分を真っ直ぐ見返す、あのブルーの瞳が怒りで曇るかもしれない。

でも……

「弱点も関係ないくらい、強くしてやるよ」

ノートとペンを机の上に放り投げると、アレクはそのままベッドに倒れこみ、眠りについた。

 * * *

あれから5日が経った。
ナチルのおかげで、充実した食事が提供されることもあり、サラたちは落ち着いた生活を送れるようになった。
だが、長い旅の中で衰えていた筋肉が完全に戻るまでは少し時間がかかる。

4人に対して、しばらくはストレッチや走り込みなどのプログラムで個々に基礎体力を上げていくようにと、アレクは指示した。
1人1人に『今日のノルマ』と書かれた紙を渡すと、「また夜には顔出すから」と告げ、あっさりと立ち去ってしまう。

日中道場を使うのは、居候している4人と、家事の合間に顔を出すナチルだけ。
朝と夜にアレクが顔を出し、プログラムの進捗チェックと目標確認を行う。

実は今、アレクはかなり忙しいらしい。
孤児院の脇に空き家が出たので、そこを改築して自治区の施設にしようと提案し、住民に承認されたところだった。
道場が改築されたときと同じく、手の空いている住民のほとんどが作業に借り出されているという。

サラは、淡々とプログラムをこなしながらも、不安を隠しきれなかった。
時間は刻々と過ぎているのに、アレクはサラに何も言ってくれない。

サラが特殊能力を見せつけた翌日。
朝の光が差し込み、畳の青臭い匂いが立ち込める道場で、サラは自分の弱点を嫌というほど自覚させられたのだ。

左手薬指に巻かれた白い包帯を見つめて、サラはフッとため息をついた。

 * * *

その朝、寝ぼけ眼のサラに、アレクは突然言った。

「ちょっとだけ、噛み付いてもいいかい?」

サラはもちろん、サラ以外のメンバーも、全員が引いた。

「すっ……吸うんですかっ!」

「血ぃ吸うたろか」という地球ギャグを思い出して、思わず叫んだサラ。
メガネの似合う美形なアレクが、以前映画で見た吸血鬼ドラキュラ伯爵とかぶり、サラは両手で首をガードしながら後ずさる。

「何を言ってるんだ?」

呆れたように呟きながら、アレクはスッと至近距離に詰め寄った。
昨日カリムへ接近したときと同じ素早さ。
あらためてそのスピードを見せ付けられ、サラはおびえつつも感心した。

音も無く忍び寄るなんて、まるで忍者だ。
忍者でドラキュラだなんて、キャラが斬新すぎる。

アレクは長い腕を伸ばして、困惑するサラの左手を取った。
あからさまに警戒した表情のサラ。
冷や汗でしっとりした手のひらを感じ、アレクはクスッと笑った。

「バカだな。お前に治癒の魔術が効くか確認するんだ」

細くやわらかく、吸い付くようなサラの指。
逃げられないようにギュッと掴んで、アレクはその整った顔を、薬指に寄せた。
ちょうど薬指の、第二関節の先。
エンゲージリングの宝石が光るところへ。

サラは、少しカサついてあたたかい、アレクの唇を感じた。

『プツッ』

手を振り払う隙はなかった。
アレクに噛み付かれたサラの指から、小さく皮膚が裂けた音がした。

至近距離で見るアレクの顔は、学校の美術室にあった彫像のようだ。
美しいその顔が、サラの指からゆっくり離れていく。
それを見送った頃、ようやくサラの指を鈍痛が襲った。

「痛っ……」
「悪いな、うまくいったらすぐ治してやる」

言いながら、アレクは自分の唇に移ったサラの血を、ペロリと舐める。
砂漠の姫の血はなかなか美味いなと言って、妖艶に笑うアレク。
「ええ、ワタシの血はワインでできてますから」と、地球の女性タレントのようなことを考えつつ、サラはズクズクと鼓動が響くような痛みにじっと耐えた。

サラの薬指には、プクッと赤い血が膨らんで、宝石のように艶めいている。
膨らみきった宝石は表面張力を失い、ツッと流れてポタリと床に落ちた。

ああ、後でナチルに掃除してもらわなきゃ。

サラがぼんやり考えたとき、体全体を包むような空気の動きを感じた。
例えるなら、真夏の部屋に、ムワッと生ぬるい風が吹き込むような感覚。
不快ではないものの、決して快適ともいえない。


「やはり、効かないみたいだな」


サラの指に、変化は無い。
アレクは、水の精霊の癒しを行ったが、精霊たちはサラの指に少しまとわりつくものの、傷に届くこともできずあっさりと霧散してしまった。
傷口からはとめどなく真紅の血が流れ、指を伝ってはポタポタと落ちていく。

腕を組んで、なにやら考えているアレク。
サラは慌てて怪我した箇所を唇で包み、これ以上床が汚れるのを防いだ。
口の中に広がる、苦い血液の味。

砂漠の旅で、ラクタの血を飲もうとしたことを思い出したサラは「ギリギリ有りかも」と呟いた。

 * * *

一連のやり取りを見ていたリコ、カリム、リーズは、サラの弱点をはっきり認識した。
特に、リコとカリムのショックは大きかった。

もしもあの砂漠でサラが倒れていたら?
きっと、自分たちには何もできなかった。
例え自らの命を贄としても、サラには治癒魔術が一切効かないのだから意味が無い。

よくよく考えれば、気付くチャンスはあったのだ。
例えば、砂漠へ出発する前、サラに風の精霊の浮力が与えられなかったとき。
不思議に感じつつも、きちんと確認せずに見過ごして、その後も不注意から水と食料をあっさり奪われた。
運良く盗賊が現れなかったら、サラの命は砂漠に消えていただろう。

リコは、心の中で「ごめんなさい」とサラに謝罪した。

昨日のサラは、あまりにも強く眩しすぎた。
サラがまるで1人で何でもできる女神のように見えて、強く惹きつけられる反面、小さな胸が痛むのを止められなかった。

リコは、サラの存在に寄りかかり過ぎている。
自覚はしているけれど、実際に強いサラを目の当たりにして、また落ち込んでしまった。
こんなちっぽけな自分など、サラには要らない人間だと。

でも今は、違う。

強くて眩しくて、まるで女神のようで……だけど弱いサラ。
サラを守ることが、自分の使命だ。
これからは、自分がサラの盾になるのだ。

今度こそ絶対と、リコは心に誓った。


アレクが「今日はあまり動かすなよ」と言いつつ、手際よくサラの指に包帯を巻いていく。
その様子を、心を煮えたぎらせながら見守るカリム。

カリムは、リコとほぼ同じことを考えていた。

その心の温度は、リコよりも熱かった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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サラちゃん天才で最強と思いきや、攻撃力MAX、防御力ゼロという極端な子でした。こういう極端キャラがRPGに居たら、自分なら使わないかなー。勇者、戦士、黒、白というベーシックな配置が好きな自分はアイテムコンプ狙って攻略本活用する小市民。しかしカリム君、自覚薄ながら初恋中らしい。絶対タイプじゃないと思ってたんだけどな……若い男女が一緒にいるだけで盛り上がる、大学サークル合宿的恋愛?忍者ドラキュラ君ことアレク様もかなり興味津々で、逆ハーレム警戒警報。でもサラちゃんは一途なのでご容赦を。
次回、地味な訓練はスットバス……ってわけにもいかないか。リコちゃんついに一皮剥けるか?ドMな方にはお勧めな展開かも。

第二章(8)光を操るもの

第二章 王城攻略


サラの耳に届いた「ごめん、降参」という、アレクの呟き。
突然テレビのスイッチが入ったように、サラの視界は色を取り戻す。
瞳に映るのは、両手をあげて一歩、二歩とゆっくり体を引きつつ、心底困ったように苦笑するアレクの姿。

「もう何もしないから、ね?」

サラは、何のことかと首を傾げて、自分の伸びた腕を見つける。
その先には、黒剣の柄。

いつのまに握ったのだろう?

手がじっとりと汗ばむ感覚がした。
勇気を出して柄の先を見つめると、美しい刃がむき出しになっている。
さらに刃の先がどこを向いているか分かり……

サラは「ギャッ!」と叫ぶと、剣を放り出してしまった。

その後、必死で畳に額をこすりつけて土下座するサラを、4人がかりでなんとかなだめたのだった。

 * * *

サラが落ち着くのを見計らって、アレクは「やっぱり今日は講義だけね」と言った。
サラの剣についてはさておき、言うべきことを言うことにしたようだ。
しょんぼりして肩を落としたサラ。

なぜ自分は、アレクに刃を向けたのだろうか。
ただ、アレクの瞳から「何かされそうだ」という直感を受けただけだ。
たったそれだけで真剣を向けるなんて、過剰防衛もいいところだ……

サラに気にすんなと声をかけてから、アレクは道場の畳側の端に4人を集め、黒板の前で武道大会の説明を始めた。
4人は大人しく、黒板前に並んで三角座りした。
小学校の授業のように、肩を寄せ合ってアレクの講義を見守る。

暗くなってきた道場には、アレクの炎の魔術によって、黒板の周りだけに灯りが点された。
まるでガスバーナーのような、強く青白い灯りだ。
ロウソクの赤く揺らめく炎より、もっともっと温度が高いだろうその灯りをみて、サラはきっと強力な魔術なのだろうと思った。

「では今から、武道大会について説明を行う」

少しかしこまり、指導する立場にふさわしい口調で、アレクは話し始めた。

武道大会は、今から2ヶ月後。
すでにお触れは全国へと広まっており、腕に少しでも自信のある者は、王城へ出発する準備に取り掛かっている。
中には敵国である砂漠の国の民もいるそうだ。

以前は、精霊の森の向こうに続く大陸からも多くの参加者が訪れたが、今はほとんど存在しない。
精霊の森が、砂漠の水枯渇と同じスピードで増殖し、L字の形の半島の出口を覆ってしまったからだ。
あたかも、オアシスの国と砂漠の国を、その先の大陸から隔離するように。
専門家も原因が分からず、首をひねっている。

オアシスに閉じ込められた大陸出身の商人には、故郷への想いが募り森に飛び込んだ者もいたが、皆死んでしまった。
妖精の森に立ち入った人間は精神を病み、狂い、自ら命を絶つのだ。
森の中でどんな恐怖が彼らを襲ったのか、知る者はいない。

しかし、まれに大陸側からオアシスにやってくる人物がいた。
森の向こうの国には特別な力を持つ巫女がいて、その巫女の力を得て森を行き来することができるのだそうだ。
今回の武道大会にも、巫女の力を借りた挑戦者がやってくる可能性もある。

武道大会は、それほど魅力的なイベントなのだ。
優勝者が手にするのは、地位と、名誉と、願いが1つ。
死者を蘇らせたり、トリウム国を脅かすこと以外なら、ほとんどの願いが叶えられるという。

 * * *

アレクの顔に見合わない太い指が、黒板に数字を綴った。

『200→16』

参加者は約200名。
200名全員で予選が行われ、一気に16名へと削られるらしい。
勝ち残った16名は、翌日に1対1のトーナメント戦を行う。
4回対戦して勝利すれば、見事優勝となる。

トーナメントの会場は、王城に隣接するコロセウム。
チケットを購入すれば一般の住民たちも観戦できるが、観覧席は入手困難なプラチナチケットだ。
人気の理由は、もちろん世界一の勇者誕生を見届けられること。
そして、王族の観戦だった。

普段目にすることができない、偉大なるトリウム国始祖の血脈。
唯一、5年に1度の武道大会決勝戦だけは姿を現わすとあって、国を愛する国民の誰もが、その席を奪い合うのだという。
もちろん、刺客の存在も忘れてはならないのだが、そのときばかりは城全体を包む結界をゆるめ、王族の周囲のみをより強固な結界で覆っての観戦となる。

「トリウムの王族は、国民にとって神にも値する、特別な存在だ」

アレクは、実際に彼らを見たときの印象を交えつつ、トリウム王族について説明した。

数々の武勇伝を持つ、英雄王こと現トリウム王。
聡明で、筆頭魔術師でもある第一王子。
武力が高く、騎士団長を務める第二王子。
美しい容姿と文才で、人気のナンバーワンの第三王子。
そしてオアシスの妖精と呼ばれる、可憐な王女が1人。

「そういえば、君にも通り名があったな、サラ?」

アレクは、記憶を探りながら呟く。

「えっと、確か……」

しばし考え込んだアレク。
リコのやや裏返った甲高い声が、道場に響く。

「わ、ワタシ知ってます!砂漠の黒いダイヤです!」

リコは、勇気を出して授業中に手をあげた内気な小学生のように、アレクを上目遣いで見て「ほめてほめて」と目線で訴えかける。
アレクはリコに微笑みかけ、リコは再び天にも昇る心地になった。

サラは「うん、石炭だね」と思ったが、何も言わずスルーした。

 * * *

そこまでアレクの話を大人しく聞いていたサラだが、ふと疑問を感じた。
確かにこの武道大会は大きなイベントで、国民的なお祭りなのだろう。
だけど、時期が時期なのに?

「アレクさん、今は戦争中なのに、そんなに盛り上がっていいんですか?」

ややとがめるような口調のサラに、アレクはうなずく。

5年前も、中止にしようという声が出たものの、国民の希望で実施されることになった。
国民は皆、戦争によってささくれ立った心を埋めてくれる、刺激的なイベントを求めているのだ。
集ってくる猛者たちも、この時ばかりは戦争のことは忘れて楽しむし、敵である砂漠の民も例外ではないだろう。

ただ、戦争の影響がまったくないわけではない。
前回の武道大会も戦時下だったため、本来500名程度の参加者が集うところが、半分以下になってしまった。

参加者が減っても、レベルが下がるという期待はできない。
このときばかりは、戦場に赴く戦士たちからも、腕に覚えのあるものが一時戻ってくるからだ。
今頃戦場では、戦士の層が薄くなることにそなえて、砦の増強に尽力しているだろう。

「出場者の中でもっとも恐ろしいのは、戦場から戻ってくる者たちだ」

5年前にアレクが苦戦したのも、そんな戦士たちだった。
戦場で、命のやり取りをした者から発せられるオーラには、盗賊として実戦を経験していたアレクも思わずひるんだという。
サラは、訓練や試合と違うであろうその戦いに思いを馳せ、ぶるっと身震いした。

神妙な面持ちの4人に、アレクはフッと強気な笑みを見せる。

「俺の見たところ、お前らの実力はこんなもんだ」

アレクは、黒板の残りスペースの一番上に『戦闘能力』と書き、カリムやリコに簡単な質問をしながら、文字を書き込んでいった。
サラには読めない文字があるので、隣のリコに解説してもらいつつ、知識を頭に叩き込んでいく。


◆サラ
武力 上の下
魔力 ゼロ
装備 聖剣(能力不明?)

◆カリム
武力 上の中
魔力 下の中 風(戦闘スピードを高める程度)
装備 聖剣(風の加護)

◆リコ
武力 下の下
魔力 上の下 火(炎の攻撃)・水(氷の攻撃、水の癒し)
装備 指輪(水の加護)

◆アレク
武力 上の上
魔力 上の上 火(攻撃)・水(癒し)・木&風(攻撃補正)・土(防御補正)・光(発光程度)
装備 聖剣(火の加護)指輪(火の加護)


「どーだ、オレ様の強さが良くわかるだろ?」

自信満々な笑顔だが、事実なので決してイヤミに見えない。

カリムは、自分とアレクの評価を見比べて、そのダークブラウンの瞳に闘志を宿した。
アレクレベルの人間が参加するとしたら、今の自分では勝てないということだ。

たった2ヶ月で埋まるのか?
いや埋めなければならない。
祖国と、自分を信じて送り出してくれたカナタ王子のためにも。

 * * *

「武道大会における絶対のルールは、相手を再起不能にしないこと。癒しの魔術を行っても復元しないダメージを与えたものは、即失格となる」

だが、とアレクは続けた。

「前回も、その失格って不名誉な宣告が、決勝トーナメントで3度ほど出たんだ」

気を失うか、倒れて10秒起き上がれなければ、戦いは終わる。
しかし、予選を勝ち抜くほどの強者同士が全力でぶつかるとなれば、お互い手加減はできない。
打ち所が悪く、死んだ参加者も1人いたという。

ケガや死を回避するのも、本人の実力のうち。
相手の能力を見極めて、勝てないと思えば早めにギブアップを宣言するかない。
ルールで定められる、移動範囲と決められた線を自ら越えるのも有効だ。
それすら叶わぬまま一瞬で再起不能になった者もいたが、運が悪かった、実力不足だったと噂されるだけ。

「前回失格になったヤツら、また3人とも確実に出てくるだろうな」

まあ死んでなければ、とアレクは笑ったが、聞いていた4人はまったく笑えない。

優勝を逃した者や失格となった者にも、5年後リベンジのチャンスは平等に与えられる。
アレクとほぼ同等、いやそれ以上の実力があるライバルもいたという。
武術と魔術との相性や、優勝候補同士が当たるというクジ運にも助けられた、とアレクは当時を回想しながら言った。


シビアな現実をつきつけられ、3人の心はぶるりと震えた。
特にリコの顔は、緊張で青ざめている。

そんなリコの様子をみて、リーズはぐっと腹に力を入れて声をあげた。

「兄さん、オレっ!」
「お前はダメだ」

覆いかぶせるように、アレクはきっぱりと言い放つ。
なぜ、という言葉が出ずに、リーズは悔しそうに唇を噛み締めた。

「分かっているだろう?お前にこの大会は、役不足だ」

しゅんとして、立てかけたひざの間に顔を埋めるリーズ。
1人蚊帳の外のリーズを、サラとリコはかわいそうに思った。
カリムだけは、いぶかしげにリーズを見つめていたが、次のアレクの言葉に集中を取り戻す。

「ただし、お前らに可能性がないわけじゃない。伸びしろはたっぷりあるんだ」

アレクは、チラッとサラを見てから、黒板の一番下に書いた言葉は。


『特殊能力』


サラは、腰に戻った黒い剣を、無意識に握りしめた。

「例えば、オレの特殊能力は炎の魔術の強化だ」

敵に追い詰められたときなど、アレクの髪は炎をまとったかのように、真紅に染まるという。
炎の精霊に好まれるその色が現れることで、アレクの魔術は格段に強まる。

「例えばサラ、君にもそれが、あるんじゃないのか?」

サラは、戸惑いに揺れる瞳でアレクを見上げた。

 * * *

確かにサラには、魔力の代わりになるような、特殊能力がある。
サラは、体育座りの姿勢のまま、恐る恐る尋ねた。

「アレクさんは、頭領から私の力のこと、どこまで聞いているんですか?」
「いや、何も?その剣のことも知らなかったくらいだ」

きっと、サラが運命の剣探しに熱中しているころには、伝達係がウマを駆りアレクの元へ向かっていたのだろう。
あのことは、知らないのだ。
でも、一体何て説明したら良いのだろう?

アレは悪い夢だったのだと、軽く現実逃避な刷り込みをしていたサラは、頭をぶるぶると振った。
嫌だ、思い出したくない。

何か方法は無いだろうか……

サラは、アレクの背後に書かれた、1つの言葉を目に留めた。
それは『癒し』という文字。

「あの、アレクさんは、人を傷つけない魔術も使えますよね?」
「そりゃ、いろいろ使えるけれど?」

軽く切り替えしたアレクに、サラは覚悟を決めて言った。

「では私に、そういう魔術をかけてみてください」

凛と響く声。
サラは、そっと立ち上がる。
座り続けていたお尻が少ししびれていたけれど、緊張でそれどころではなかった。

アレクは不思議そうに目を細めたが、すぐに右手をサラへ突き出して、その手のひらを広げた。
リコ、カリム、リーズは、アレクとサラを見比べながら、不安げな表情で見守る。
これから、何か大変なことが起きるような予感がした。

サラへと向けられたアレクの右手。
そこから現れたのは、一筋の光。

リコは、ゴクリと息を飲み込んだ。

ああ、ここにも光を操る人がいる。
王宮にいたときは、サラ姫の側近魔術師だけが使えると噂に聞いたが、実際に見たことはなかった。
光の魔術なんて、おとぎ話だと思っていたのに。
世界は、なんて広いんだろう。

リコ達が瞬きもせずに見つめる中、放たれた光は、ゆっくりとまばゆい軌跡を残しながら進む。
そして、ふんわりと優しく、サラの体を包み込んでいった。

短くなったサラの髪が、キラキラと輝きを放つ。
アレクには、自分をまっすぐ見つめるサラの瞳が、朝の光を映すオアシスの泉のように見えた。

次の瞬間。


『跳ね返れっ!』


サラの願いと共に、サラを包んだ光は霧散する。
同時に、サラへと放たれた何倍もの強い光が、アレクを襲った。


自分の体を包む、強烈な閃光。
一瞬にして、視界が白一色に染まる。

あまりの眩しさに、アレクは強く目を閉じた。
横で見守っていた3人も、突然現れた閃光を避けようと、腕や手のひらを目の前にかざした。

1人だけ視界のクリアなサラは視線を落とし、自分の体をじっと見つめた。

そうか、やっぱりそうなんだ。
私は受け入れなくちゃいけない……この不思議な力を。


「私の特殊能力は、たぶん、魔術を跳ね返すこと、かな?」


ついでにちょっと増幅されちゃうみたいねと、大きな瞳をきらめかせ、魅惑的に微笑んだサラ。
ようやく目を開けることができたアレク、そして座っている3人も、驚愕に言葉を失った。

サラの全身には、光のカケラがきらめいてまとわりついている。
雲の切れ間からこぼれる月の光に照らされたように、ほのかな発光を続けるサラ。

光をまとうその姿は、まるで壁画に描かれる空の女神のように神秘的だった。

4人は長い時間、魂を奪われたような表情でサラを見つめていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
石炭なサラちゃんの才能キラキラ編part2でした。聖剣+魔術倍返しで、サラちゃんそーとー強いです。あと今回地味にリーズ君もキラキラさせてます。「役不足」の意味を取り違えてるサラ&リコですが、その大会はお前には簡単すぎるよってことです。一番賢いカリム君だけ気付きかけてます。なんて、こーして補足しなきゃわかりにくいエピソードもありますが、ストーリーサクサクのためご勘弁を。(つっても、今回説明調長すぎたかも……今後はもうちょいコンパクトにいきます)
次回、順調なサラちゃんに弱点発覚?男子2人も、だんだん振り回されてるのを自覚しつつ……

第二章(7)黒剣を抜くとき

第二章 王城攻略


シリアスな話題のせいで、せっかくのお茶とケーキは、あまり味が分からなかった。

手馴れた様子でお茶の片付けをしたナチルは、お風呂の準備をするからとダイニングを出ていった。
アレクは、しばらく名残惜しそうにサラをねめまわしていたが、眉をひそめて睨みつけるサラとリコ、そしてリーズとカリムの冷たい視線を受けて、ようやく諦めた。
触診による体の確認の代わりに、剣だけでも見せて欲しいと言ってきたので、サラたちは再び道場へと向かった。

 * * *

長い廊下を歩きながら、サラは考える。

武道大会というものは、一体どのくらいのレベルなのだろうか?
果たして自分が出場して、優勝できるのだろうか?
アレクが前回の優勝者ということだが、今の自分の実力は、アレクの足元にも及ばないだろう。
あのカリムが、いいようにあしらわれてしまう程なのだから。

「アレクさん、質問していいですか?」

サラは黙っていられず、軽い足取りで先頭を行くアレクに駆け寄って、隣に並んだ。
並んでも、自分の頭は彼の肩のあたり。
まるで自分がとても子どものように思えて、サラは少しでも背を高く見せようと、背筋を伸ばした。

「うん?なんだい?」
「武道大会とは、一体どのような内容なんでしょうか」

分からないことだらけのサラは、質問の意図が伝わるかどうか不安に思い、右側を歩くアレクの顔を見上げた。
あまりに不安げな表情をしていたのだろうか、アレクはくすっと笑ってサラの髪を撫でた。


あ、なんかこのしぐさ、知ってるかも。


サラが思い出したのは、ジュートの緑の瞳と、長い指。
彼女の髪を触るその指が、手のひらのぬくもりが、ジュートを彷彿とさせる。
甘い想いがひととき蘇り、サラの心を熱くする。

とまどって瞳を伏せたサラと、その後ろ姿をじっと見守るリコ。
リコの表情は、凍り付いている。

詳しい話は道場でねと、アレクがサラの耳元に唇を寄せてささやくと、もう見ていられないといった苦い表情で、リーズが声をかけた。

「兄さん、姐さんにあまり近づかないでよー」

この屋敷に来て初めて、リーズはサラを”姐さん”と呼んだ。
リーズは、サラとアレクに駆け寄ってくる。
サラの左側に立ち、「姐さん、ちょっとゴメン」と言いながら、サラの腕を引っ張ってアレクから離そうとした。
アレクは少しむっとした表情で、サラの右腕を掴んで、離すまいと引っ張る。
普通の家よりゆったりして広い廊下だが、体の大きな男2人を含む3人並列にならぶと、廊下の幅いっぱいだ。

サラは、両手をリーズとアレクに引っ張られたまま、なんだか大岡裁きみたいだなと思った。
このまま、腕を持ち上げてくれたら、捕まった宇宙人になれるのに。

かなりのん気なサラに対して、リーズは焦ったような表情で、アレクを説得しようと声をあげる。

「オレ頭領に頼まれてるんだから」

何を頼まれているかは、あえて言わないリーズ。
文脈から、なんとなく察したリコ、カリム、そしてアレク。

一人理解できなかったサラは、きょとんとして左側のリーズを見やる。
リーズは兄の顔色を伺いながら、慎重に言葉を選んだ。

「あー、姐さん。頭領からの伝言」


『他の男に近づいたら、その男をぶっ殺す』


まさに、快心の一撃。

アレクは、ビクッとしてサラの右腕を放り出した。
リーズもそっとサラの左腕を放す。

サラは口から魂が抜け出たように、ぽかんと大口を開けて立ち止まり、慌てて追いついてきたリコにふらりと寄りかかった。
かなりのショックを受けたようで、真っ赤な顔で瞳をうるませるサラ。
リコは、そんなサラを見て、筋違いに嫉妬したことを恥じた。

そうだ、サラは、あの頭領に夢中なのだ。
確かにアレクは、ほんの少し頭領に似ているように見えるけれど……

すぐに立ち直ったアレクは、弟のことをジトリと睨みつけて黙らせてから、ニヤリと笑う。


「へえ、そりゃ面白い。ますます近づかなくちゃ」


アレクは楽しそうに呟きながら、その黒い瞳を挑戦的に輝かせた。
そして、リコにもたれかかるサラを、長い腕で抱きしめた。

リコごと。


「兄さん!本気で頭領にチクるよっ!」


怒っていても、笑っているようにしか見えないリーズが叫ぶ。

前に憧れのサラ、後ろに恋するアレクの腕を感じて、もうリコはこのまま死んでもいいとさえ思った。

 * * *

リーズの地道な努力と、カリムの「とっとと行こうぜ」というクールな発言により、廊下に発生したピンク色の空気は、なんとか元に戻された。

リーズは、道場に着くまでの短い時間で、アレクが盗賊時代に頭領の側近ポジションにいたことを簡潔に話した。
武術、魔術、政治やリーダーシップ、そして女の扱い方まで、すべて頭領から学んだことだという。
才能のあったアレクは、頭領の愛弟子として、ずいぶん可愛がられていたそうだ。
これまでのアレクの言動を思い返し、妙に納得した3人だった。

サラに沸いたのは、一つの疑問。

女の扱い方って、一体どんなことだろう?
こういうとき馬場先生がいたら、なんでも教えてくれるのにな。
そうだ、後でカリムに聞いてみよっと。

カリムは、急に背中がぞくっとして思わず後ろを振り向いたが、当然何も見えなかった。


道場へと向かいながら、サラの想像は加速していく。
もしかしたらジュートは、アレクを盗賊の後継者にと考えていたのでは?
盗賊たち1人1人と仲良くなったわけではないが、アレクは一般市民でなく盗賊たちに対しても、充分上に立つ素質があるように見える。

探し物が見つかったら、きっとジュートは森へ戻るだろうから。

そして、そのとき私は……

一人思案顔のサラに、アレクが声をかけてきた。

「さて、さっそくだけど、君の実力が知りたい」

いつの間に、道場の中へと足を踏み入れていたのだろう。
サラは慌てて姿勢を正すと、低く澄んだ声で「お願いします」と言い、深く一礼した。

本来なら、道場に足を踏み入れる前に行わなければならない、神聖な行為を忘れてしまった。
サラは、気を引き締めなければと、頭を振ってジュートの面影を心から追い出した。

「よし。まずは、その剣を見せてくれるかな?」

適度に鍛えられたサラの細くしまった腕が、腰に差した黒剣へとなめらかに動く。
剣に触れると同時に、少しぼんやりしたところのある、とびきり可愛い美少年のサラが、一気に戦士の顔つきに変わる。

アレクは、軽くうなずいて、サラが差し出す黒剣に手を伸ばした。

サラの青い瞳と、アレクの黒い瞳がぶつかる。
黒剣が、アレクの手に渡ろうとしたその刹那。

黒剣にはめ込まれた宝石が、光を放った。


『ジャキッ!』


鋭い金属音とともに、黒剣の鞘が、道場の床に落とされた。

アレクも、見ていた3人も、その姿に言葉を失った。


サラのすらっと伸びた腕は、黒剣の柄をしっかり握りしめている。
薄暗い道場の窓からは、かすかに差し込む夕暮れの光。
剣先はその光を受け止め、鈍く輝いている。

アレクをまっすぐ見つめるサラの姿勢は、剣の道を目指す者が、まさに手本とするそのもの。
伸びた背筋、軽く曲げられたヒザ。
適度に力の抜けたしなやかな腕が、まっすぐに相手へと向かい、その腕から繋がる剣先はアレクの喉元へ。

一瞬たりとも目をそらすまいと、決意に光る瞳。
ざわめく周囲の声も、一切聞こえない。
自分の心すら、消え去っている。

存在するのは、自分の体とこの剣、そして目の前の敵だけ。


急所に鋭い剣先を突きつけられて、アレクは驚愕に眼を見開いたまま、しばらく息を張り詰めていた。

アレクが考えたのは、ほんのちょっとしたいたずら。
剣を受け取る振りをして、サラの体を拘束しようとたくらんだのだ。


可愛い女の子が相手だからと、油断したのだろうか?
まさか、自分が、この道場で?


あたかも、剣の魂が乗り移ったかのように見えるサラに、アレクは自然と目を細めた。
戦いを前に、静かに美しく輝くサラの瞳。

サラは、相手を傷つけることをいとわぬ、一振りの剣となっていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃん、黒剣に乗り移られてもーた。聖剣パワーすげっ。超人アレク様も魅入られてます。ヤバイ。このままオートマチックに逆ハー展開の匂いが。あれ苦手なんだよなー。でもそれも王道ってやつか?まあ百戦錬磨な遊び人キャラにも、安易に近づくとケガする相手はいるってことで。プラス根っ子には頭領へのライバル意識もあり?
次回、サラちゃん再び隠れた才能発揮……今度は魔術編です。魔術の設定ゆるいんですが、あまりしっかり覚えなくていいレベルがちょうどいいよね?(手抜きしてない?とかいーわーなーいーのー)

第二章(6)王城攻略の条件

第二章 王城攻略


「さあ皆さん、お茶の用意ができましたよ」

紅茶と美味しそうなシフォンケーキをカートに乗せて、ガラガラと音を立てながら近づいてきたナチル。
サラは、隣に座っているリコと手を取り合って、歓喜の声をあげた。

アレクは、普段よりさらにきつく、本気で怒りをにじませるような目つきでサラを見て、ボソリと言い放った。

「君、本当は、女の子だったんだね?」

アレクの言葉に、ハッとしてサラが口を噤むが、もう遅い。
こんなことにならないよう、旅の途中ずっと男言葉と態度を刷り込んできたというのに。
ああ、恐るべし甘い物マジック。

サラがガックリしていると、器用にケーキを取り分けながら、ナチルが言う。

「アレク様、あなた頭領様から、事情をお聞きになっていらしたのでは?」

あーなんだと納得しかけた、サラは、ふと違和感を感じて小首をかしげる。
初対面の時のアレクは、道場で自分を「坊や」と呼んで、体を触ろうとしてきたような?

「でも、道場では私のこと、坊やって……」

先ほどとうってかわって、ニヤニヤと笑うアレクと目が合う。
からかわれたことに気付いたサラは、顔を少し赤くしてアレクを睨んだ。

あれって、マジでセクハラする5秒前!

サラは、可愛らしいナチルの過激なツッコミを思い出し、なんとか溜飲を下げる。
リコは、サラ様に触れようとするなんて100年早いわ!と、恋する相手に初めて敵意を向けた。
リーズは、怒れるリコの表情を見て、ダイニングテーブルの下で軽くガッツポーズを作った。
カリムは、弱点と指摘されたあの部分を、一体どうやって鍛えれば良いのか考えていた。

 * * *

そんな4人4様な感情に、気付いているのかいないのか、アレクは飄々として続けた。

「うん。本当は知ってる。ゴメンね。これから少し君の事聞いてもいいかな?」

アレクの瞳にあったからかうような色は消え失せ、代わりに冷酷な治世者の色がちらつく。
サラは、真剣な表情で、こくりとうなずいた。
お茶を配り終えたナチルが、そっと席を外そうとするが、サラは一緒に聞いてくださいと声をかけた。

「私は、ネルギ国の王女サラです。トリウム王と和平交渉をするために来ました」

今は、こんな少年みたいななりですが、とサラは微笑む。
もし彼女の髪が長く、王女にふさわしいドレスを身にまとえば、それはきっと誰もが目を奪われる美しさになるだろうと、アレクは目を細めた。

「少年の変装は、旅のためだけかい?」

そういえば、とサラは思う。
過酷な旅を想定して、また決意を表明するために髪を切ったが、穏やかな旅の道中、あまり髪を切ったメリットは感じていない。
もちろん、女だと気付かれれば、何者かに襲われていたかもしれないという懸念はあるのだが。

むしろこれから、トリウム王城に乗り込むときに「姫らしく見えないから」と門前払いされては困る。
サラは、早まったかと、少し顔色を暗く沈ませた。

「いや、それは正しかったと思うよ」

アレクの口調は今までとは違い、真剣みを帯びている。
サラも他の皆も、集中する。

「君にはこれから、男として、やってもらわなければならないことがある」

サラがいぶかしげに眉根を寄せると、アレクは1口お茶をすすり「皆も冷めないうちにね、ナチルも自分の分を用意して」と言った。

 * * *

和やかなはずのティータイムが、シンと静まり返っている。
ときおり、カチャリと食器が音をたてるだけで、皆の注目を集めてしまうほどの静けさが漂う。

アレクは、真剣な表情を崩さずに、サラにとって大事な情報を告げた。

「現在、王城は完全に封鎖されていて、特別な許可を受けた者以外は一切入れない」

王城の魔術師による強力な結界がはってあり、城壁に触れようものなら結界に弾き返され、衝撃で大怪我をおってしまうそうだ。
城壁に触れずとも、近づいただけで見張りの騎士が飛んできて、容疑者扱い。

そういえば、市場通りはあんなに賑わっていたのに、少し城に近づくと一気に人通りが少なくなったなと、サラは思い出す。
アレクは、捕まった者がどうなるかを、淡々と語った。

身元や目的が確認できなければ、いやおう無く牢獄に叩き込まれるのは、小さな子どもであっても同じ。
昨日も、遊び半分で城に近づいた孤児院の子どもを引き取るために、城へ行って役人にぺこぺこと頭を下げてきたのだと、アレクはやるせなさそうに言った。

真っ裸にされ、魔力を封じる鎖に腕・足・首をつながれ、冷たい牢獄の床に転がされていた少年の姿を、アレクは冷静な表情で伝えた。
いくらサラが正式な書状を持って訴えたとしても、最初に対応する人物は、マニュアルに従うしか能が無い。
サラが傷つかずに王に面会できる可能性は、ゼロに等しい。

「だから、独りで王城に向かったり、強引に乗り込もうなんて思っちゃいけないよ」

もし、王城の役人に顔が売れているアレクが付き添っても、王まで辿りつくのは難しいという。
なぜなら、アレクは元盗賊であり、トリウム国民ではないから。
今の猜疑心のカタマリのような状況なら、トリウムでかなり上位の貴族が仲介したとしても、難しいかもしれない。

アレクの言葉は、なんとかなるのではと楽観視していたサラたちの心に、冷水を浴びせた。
今、トリウム王城は、戦場と同じなのだ。

そこまでの状況になった理由は、王族を狙う暗殺者の増加だった。

 * * *

戦争が始まってからというもの、耐えることの無いネルギの刺客。
以前、ネルギ王族ではない和平の使者が訪れた日もそうだ。
トリウム王城側も、正式な使者の来訪ということで、一時結界を緩めたとき、そこに隙が発生した。
使者が色よい返答をもらえずに去ったと同時に、ネルギの暗殺者集団が城壁を乗り越えて現れ、警備の騎士が複数殺された。

それをキッカケに、ほんのわずか残っていたネルギへの信頼はもろくも崩れ去り、王城は結界による完全封鎖の措置をとった。
戦争に勝利するまで、その結界が解かれることは無いという。

サラは「ああ、サラ姫がやりそうなことだな」と思い、表情を暗くした。

今でもリアルに思い出せる。
自分が暗殺者に仕立て上げられようとした、あの朱色の床の間。

魔力を持たないサラにとっても、あのときの頭の中に暗い闇が侵食してくるような感触は、吐き気をもよおすくらい気分が悪かった。
イメージすると、腐臭までもが蘇るようで、サラは紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた。


そんな状況では、どうやって使命を遂げれば良いのだろう?
ネルギに向かいたくて動けない商人のように、状況が変わるまで自分もここに足止めをくらってしまうのか。
刻々と、戦場では命が失われ、人々の暮らしは悪化しているというのに。

サラが、無力感にギュッと瞳を閉じたとき。
ちょうど正面に座っていたリーズが、机の下でちょいっと足をつついてきた。
顔を上げると、飛び込んでくる心配そうなまなざし。
ただでさえ瞳の色がまったく見えないくらいの細い目が、ますます細くなっている。

サラは、思わず微笑み返すと、今までの旅を思った。

そうだ、今の自分は、かなり幸運な状況だ。
もし盗賊の仲間にならなければ、そんな大事な情報は得られなかった。
そのまま城へ向かってしまい、暗殺者扱いで捕らわれていたかもしれない。
または、国境を越えることすらできなかったかも。

大丈夫、母のノートではこの先……


「王に会える方法が、たった一つだけある」


サラは、再びアレクに注目する。
アレクは、ニヤッと笑って、その睨みつけるような鋭い瞳を光らせた。


『武道大会に出場し、優勝すること』


4人は、ハッとして背筋を伸ばし、アレクの瞳を見つめた。
アレクが見事使命を成し遂げ、この街の領主になってから、ちょうど5年。
また今年も、全国民が夢中になる国内最大のお祭りが始まるのだ。

アレクは、4人の顔をゆっくりと見回し、最後に再びサラの顔を見つめた。

「今から君には、男としてしっかり武道の腕を磨いてもらうから」

覚悟しろよと、道場主としての顔をのぞかせながら、厳しくも優しい声色で告げるアレク。
サラは、青い瞳を輝かせ、力強くうなずいた。


しかし、アレクが続けて「だから後で、体触らせてね?」とウインクしたため、サラは背筋にぞくっと悪寒が走り、次の瞬間ナチルの食べていたケーキが、アレクの顔にクリティカルヒットした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ほのぼのから、一気にシリアスへ、そして王道な少年マンガ的バトルイベント発生しーの、またいつものセクハラオチ、というジェットコースターな展開でした。スピードーもっともっと早い!と、真心でも聴きながら読んでください。というか、ちょっと長くなっちゃったので後半カットしました。スンマセン。
次回、サラちゃんたちの修行スタート。アレク様の指導(エロ抜き?)で、サラちゃんの隠れてた才能が開花……となります。お楽しみに。

第二章(5)強さを求めて

第二章 王城攻略


リーズの爆弾発言後「あら、そろそろ煮えたみたいですわ」と、何事もなかったかのように作業を再開したナチル。
サラとカリムも、ぎこちなく「では食器の用意を」と立ち上がる。

リコも慌てて後を追ったが、その視線はナチルから離れない。
鼻歌を歌いながらお鍋をかき混ぜるナチルの、穏やかで可憐な横顔を眺めた。

 * * *

リコは、ナチルの生い立ちに、誰よりも深く同情していた。

幼くして両親と離され、王宮で魔術師として訓練を受けながら育ったリコ。
境遇がナチルと少し似ているようだが、実際はまったくちがう。

リコにとって、王宮生活で辛いことといえば、わがままな王女の嫌がらせくらい。
両親は健在で、ときどき会いにきたが、なんとなく違和感とよそよそしさを感じずにいられなかった。
ただそれだけで、リコは傷つき、落ち込んでいた。
もちろん、食べることに困ったのは、つい数日前の砂漠の旅が初めてだ。

同情が、本当におこがましいくらい、ナチルの生い立ちは悲しかった。
しかし、ナチルと自分の違いはそれだけではない。

リコには、大きな夢などなかった。
今は「戦争を止める」と言っているが、ただサラの夢に乗っかっているだけ。
サラの考えに同意し、サラのために力を使うというのは、リコにとって「自分の価値」を見出すことができる、お手軽な方法だと思う。

そして何より違うのが「強くなりたい」という貪欲さ。

強い人間に憧れつつも、自分には何かが欠けていることを、リコは痛感していた。
サラを守ると口では言っていたものの、守られてきたのはリコの方だ。
実際に、守れるような実力もない。
オアシスへの旅路も、毎日休まず鍛錬するカリムやサラを、食事の仕度をするという理由で、そっと見つめるだけの自分。

見ているだけなのは、努力するって辛いことだから。
努力しても、才能の無い自分を見つけてしまうくらいなら、最初からやりたくないと逃げていたから。


ああ、そうか。
なぜ私は、あんなにリーズのことが気に入らなかったのか、今わかった。
リーズは、逃げている自分を自覚させる存在だったんだ。

だってリーズは、頑張れるところはしっかり頑張っているから。
旅の仲間の中で、すべてにおいて中途半端なのは、リコだけ。

だけど、自覚したくなかったから。
リーズのことを「あいつはダメで使えないヤツ」って、自分より下に見ることで、安心しようとしていた。
逃げているのは、自分だけじゃないんだって。

私は、なんて嫌な人間なんだろう……


「リコ?ぼんやりして、どーしたの?」


大きなスープ皿を抱えながら、心配げに見つめるサラの青い瞳。
その中に、自分への信頼の色を見つけ、リコは「なんでもないです」とささやいた。

大丈夫、まだ、取り戻せる。
この瞳が、私を軽蔑の色で見つめる前に、気付いてよかった。


「リコ様、お疲れでしたら少し休まれては?」


ナチルも、丸くクリッとした瞳で、リコを素直に気遣ってくる。
こんなにけなげで可愛い子を、本気で嫌いになれるわけがない。

何も言わないものの、カリムもリーズもリコを気遣っているのが分かる。
リーズは、自分が倒れそうなくらい辛そうな顔をしている。
声をかけたくて、でも遠慮して、口を開けたり閉じたりしているのが、ちょっとオカシイ。

みんなに、置いていかれたくないな。
私もこれから可能な限り、アレク様に鍛えていただこう。
せめて努力だけでもナチルに並ばなければ、あの人を見つめる資格なんて無いわ。

強く、なりたい。
あの人の目に止まるくらい、強く。

ナチルに対するかすかな嫉妬を、心の奥に押しやって、リコは自分の指にはめられた魔道具の指輪を硬く握りしめた。

 * * *

楽しく満ち足りた食事の後、一度部屋へ行って荷物をほどき、着替えてから再びダイニングへ集うことになった。
あてがわれた部屋に入ろうとしたとき、リコに声がかかる。

「あの、リコちゃん?」

振り返らなくても分かる。
低くやわらかなイントネーションは、リーズだ。

「なに?」

少し言葉が冷たく放たれるのは、仕方が無い。
リコは今、少し1人になりたかったから。

「ちょっと、一言だけ伝えたくてさ」

リーズは少しうつむき、目線をリコから外して、後ろ頭をポリポリとかいた。
もう覚えてしまった、困ったときのしぐさ。
猫背で自身がなさそうなリーズは、アレクと並ぶと一回り小さく見えたが、やはり背が高い。
リコの首が痛くなるほど顔をあげなければ、目線を合わせられない。

リーズは、無意味に両手をグーパーさせながら、しばらくもじもじしている。
苛立ったリコが、立ち去りかけたとき。

「リコちゃん、もしかしたらさっき、落ち込んでた?」

サラとカリムは、すでに部屋に入ってしまっている。
廊下には、リーズとリコしかいない。
リーズの声も限りなく小さく、耳の良いリコにしか聴こえないサイズだ。
なのにリコは、きょろきょろとあたりを見回してしまった。

いや、そうじゃないんだと、リーズは独り言のように呟いて、また後ろ頭をかく。
何かすごく、言いにくいことを言いたいようなそぶり。
リーズは意を決したように顔を上げると、リコをまっすぐ見つめて、告げた。

「俺、リコちゃんに、誰か好きな人ができたら、応援するよ」

リコは、ビクッと体を震わせて、瞳を見開く。
瞳に映ったのは、旅の間ずっとリコをフォローしてくれた、細くて優しい瞳。
どうして?という言葉が、思わずこぼれそうになったけれど、ぐっと飲み込んだ。

「ああ、何も言わなくていいから。俺、リコちゃんの味方だよ」

それだけだから、と言い捨てて、立ち去ろうとしたリーズ。

「待って!」

思わず、踵を返したリーズの、シャツの背中を掴んでいた。
今言わなければ、意地を張って2度と言えなくなってしまうような気がした。

「こっちこそ、ゴメンね!」

人に信頼されるって、優しい言葉をかけられるって、なんて嬉しいことなんだろう。
リーズは、本当にいいひとだ。
馬鹿にしてた自分が、一番馬鹿だった。

リーズは、なぜリコに謝られたのか分からず、首から後ろだけ振り向いた姿勢のまま、きょとんとしてリコを見下ろしている。
リコは、泣き笑いのような笑顔で、リーズに「ゴメンじゃなくて……ありがとう」と言った。

 * * *

サラたちが少し部屋でくつろいでから、再び食堂へ戻ったとき、ちょうどアレクが帰ってきた。
後片付けをしていたナチルが、お茶とデザートの用意をいたしましょうと、再び台所に立つ。
アレクは、さほど運動したわけではないだろうに、たいそう疲れたようなため息と足取り。
サラの右斜め前の空いている席にドスンと座り、そのままテーブルに突っ伏した。

アレクが入ってきたとき、トレードマークのメガネが無かったので、サラは一瞬別人かと思ってしまった。

「あれ?メガネはどうされたんですか?」

思わず質問したサラ。
ああ忘れてたなと、アレクは顔をあげて、腰にぶら下げた袋からメガネを取り出した。
特に視力が悪くてかけているわけではなさそうだ。

不思議そうに小首をかしげるサラに、アレクはふっと笑みをこぼす。
このメガネは特別なメガネでね、と言ったアレクの表情から、サラは何か悪寒を感じた。

「このメガネつけると、見えちゃうんだよね」

例えば、といいながら、アレクは顔に似合わないごつい指で、メガネをかけた。
素顔からにじみ出ていた、武道に秀でた戦士のたくましさがややゆるみ、一気に顔立ちのシャープさがひきたつ。

アレクは、ニヤリと笑いながら、女子2名の方を向く。
まずは、リコの方。
ゆったりとした衣装の奥にある豊かな胸のあたりを、アレクは真剣に見つめた。
あたふたと慌ててサラやリーズをみやるリコに、グラリとめまいを起こさせる一言。

「うん、君はかなり、あるね」

TKO秒殺で撃沈したリコ。

次は、じーっと、サラの胸の辺りへ。
目つきが悪く睨んでいるようにも見えるが、口からは穏やかに「うんうん、なるほどね」という意味深な言葉が紡ぎだされている。

その結果。

「うん、君にはまったく無いね!」

2人連続TKO秒殺。
サラは涙目で、この世界に来てからもう何度目かの、リベンジの誓いを立てた。

 * * *

その後カリムに「少しだけあるかな」と言って、カリムにも悪寒を与えたアレクは、1人笑顔でメガネが入っていた袋をまさぐると、はいこれお土産と、手のひらを差し出す。

アレクの手土産は、指輪が2つ。
精霊の加護をうけられる、マジックアイテムの指輪だった。


この世界の魔術は、精霊の加護を受けて行う。
自分の体内の魔力を指輪や杖に集め、精霊に命じることで魔術が発揮されるのだが、どの精霊の加護を受けるかによって、使える魔術の種類は大きく変わる。

火(攻撃)
水(防御)
木(攻撃補助)
風(攻撃補助)
土(防御補助)

この5つが、魔術師が加護を受けられる主な精霊だ。

光(オールマイティ)

というものもあるが、使える魔術師はほとんどいないという。


砂漠の旅の前に、カナタ王子からその説明を聞いてはいたが、実はあのときちょっと眠かったので、各魔術の詳細は記憶していない。
実際に魔術を見たこともあまりないので、なにがどれくらいすごいのか、基準もわからない。
リコが以前ジュートの魔術を見て顔面蒼白になっていたときも、サラは「まあ、キレイ」ってなくらいしか感じなかった。

サラは、魔術というものにあまり興味が無かった。
自分が使いこなせないというのも、大きいだろう。
光の矢のことをあまり思い出したくないという、メンタル的なガードも無意識にかけられていた。

対して、魔術師であるリコと、魔術の恩恵を受けているカリムは、真剣そのもの。

「カリム、君は風の加護に頼りすぎているようだ。剣を振った後に体がふらつくことがあるだろう?素早さも大事だが、まずはもっと土の力を取り入れた方がいい」

その方が下半身が安定するから、剣の威力も上がるし不意の攻撃も避けやすくなると、しごくマトモなアドバイスをおくりながら、カリムに指輪を渡した。
2つの指輪のうちの、茶色っぽい宝石がついた1つを差し出されたカリムは、神妙な顔つきで受け取る。

実は、カリムが子どもの頃に憧れていたのが、トリウムで行われる武道大会だ。
ネルギが戦争を起こすまで、密かにカリムはその舞台に立つことを夢見て、鍛錬を続けていた。
アレクが優勝をさらったというエピソードを聞き、こうしてアドバイスを受けたことで、初対面の最悪なイメージが一気に塗り替えられていく。

カリムはアレクに熱い視線を送りながらコクリとうなずき、つけていた風の指輪を抜いて、土の指輪をはめなおした。
アレクは、よしよしというように、カリムの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
次は、リコの番だ。

リコは、自分が何を言われるのだろうかと、小柄な体をより小さく縮ませる。

「君、ええと、リコちゃんだっけ?」

名前を呼ばれた。
それだけで、リコの胸ははちきれそうなくらいいっぱいになった。

「君は、魔力がかなりあるようだね」

このメガネつけてると人の魔力が見えるんだと、アレクはさっきの意味深な台詞の解説をした。
街に出て、大勢の人物を一気に視界に入れるときなどは、目が疲れてしまうので外しているとのこと。
あーそういう意味だったんだと、サラは手でほっと胸をなでおろし……自爆、そして再度リベンジを決意する。

リコは、ぽやんとしてアレクを見つめていた。
アレクに話しかけられ、しかも魔力を誉められたことで、緊張と興奮は頂点に達していた。
顔を真っ赤にしてうつむいたリコに、アレクが差し出したのは、薄い黄色の宝石がついた風の指輪。
水の精霊の魔術が得意で、常に水の指輪をつけているリコにとっては、意外なチョイスだ。

いったい、どんな理由があるのだろう?


「リコちゃん、なんか普段からトロそうだから、これつけてみてね」


リコ、本日2度目のTKO。

リーズはおたおたしながら「大丈夫だよ、リコちゃんのちょっとトロいとこ、俺は好きだよ」と、さりげなく告白したが、リコの耳にはまったく届いていなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
リコ根暗だけど、普通の子は自信無くて悩むよね?作者もこーみえて悩んでます。もう大人なのにこんな中身でいいのか……体は大人、中身は子供。逆コナンです。しかしリーズはイイヤツだ。前回自らシモネタ振ったのは、リコのための話題チェンジ目的でした。一方、気配り神経ゼロなアレク様のメガネはぐりぐりメガネ。筋少聴きつつ読んでください。何か嫌なものを見てもそれは人生の修行さー。
次回、再びサラ視点中心で、物語は一歩先へ。今まで人物&背景紹介的な流れだったんで、この先なるべくスピード上げてきますね。弱いはずのサラちゃんが、実は……才能キラリな王道シーンにご期待を。
追記。某別サイト版、本日ユニークアクセスが2000人突破しました。どうもありがとうございます!9日という短い期間でこれだけ多くの方に読んでもらえて、まさに気分は太陽がハッピー、輝いてラッキー(byハッピー・ラッキー・デイ。えんくみ)です。ついでにご感想などもいただけると……いや、贅沢は言うまい。完成度まだまだの試験作ですが、今後ともよろしくです。m(__)m

第二章(4)ナチルの過去

第二章 王城攻略


【前書き】また全体的にちょいシモな部分があります。アレク登場時は、もうこの手のネタを避けて通れないのか……苦手な方はご注意を。


リーズによる、偉大な兄アレクの人物紹介は、現在の仕事内容へと移った。

この屋敷は、アレクが統治者として暮らすようになった5年前に、大がかりな改築が行われた。
それまでは、貴族たちのささやかなパーティやダンス、音楽などに使われていた屋敷奥の大ホールを、畳張りの道場に変えたのだ。
自警団メンバーたちを中心に、アレクが今度は何をしてくれるのかと集まった大勢の住民によって、ほとんど経費をかけずに完成したらしい。

サラは、今自分がいる空間全体を、ゆっくりと眺めた。
古い柱と、少しゆがんだ窓枠、水平とはいえない畳もある。
道場を形作るすべての素材から、住民たちの愛情が伝わってくるようで、なんだか感動的だ。

広さからすると、サラが通っていた遠藤家の道場の4~5倍程度はあるだろうか。
柔術を訓練する畳床と、剣の訓練をするコンクリート床に分かれている。
壁際には、練習用に刃を潰した剣や、先を丸めた槍が、キチンと整列して立てかけてある。
各20組くらいはあるだろう。

この道場を使い、アレクは師範として、普段から住民にさまざまなことを教えている。

騎士に憧れる若者には、キツイ訓練と上下関係を。
魔術師に憧れる子どもたちには、礼儀作法と魔術を。
女性には、護身術と美容体操を。
さらに老人には、長生き健康体操を。

アレクが特に注力しているのが、生徒の才能を見出して伸ばし、自分の手で誰よりも強い剣士を育てることだという。
それはきっと真実なのだろうと、サラはアレクの様子をチラ見した。

カリムを立たせたり、寝転ばせたり、うつ伏せにしたり、仰向けにしたり。
鍛えられたその体を余すところなく触りまくり、腰の聖剣を勝手に奪い振り回して「お前は俺に弟子入り決定」と、満面の笑みでカリムの頭をバシバシと叩いた。

カリムは、仰向けに寝かされたまま、なんだかうつろな表情をしている。
リーズの長い説明も、耳に入っているか疑わしい。
サラはかわいそうにと思ったが、旅の途中に、自分もよく彼にそういう表情をさせていたことには気付いていない。

手ごたえに気を良くした様子のアレクは、次の獲物を探すように視線を動かした。
その視線が止まったのは、サラだ。

カリムには及ばないものの、それなりに鍛え上げているサラの方へと、その触手ならぬごつい両手を伸ばす。
ビクッとして、一歩後ずさるサラ。

「怖がらないでいいんだよー、坊や。優しくしてあげるからね……」

メガネを光らせながら、じわりと近づいてくるアレク。
逃げられるような隙は、一切感じられない。
アレクの長く引き締まった腕が、サラの肩へと伸ばされる。

サラが思わず、女の子の声色で叫び声を上げかけた、その瞬間。


「なにやってんじゃ、このエロ領主ー!」


白と黒の混ざった色をした物体が、目にも止まらぬ速さで飛んできて、アレクの頭を直撃した。
アレクはその衝撃をモロに受けて、サラの足元にバタリと倒れる。

飛んできた物体は、女の子だった。
勢いをアレクの頭でうまく殺し、ふわりと器用に足から着地。
唖然とするサラが、女の子を見下ろすと、彼女はニコッと子猫のように愛らしく微笑んだ。


「ようこそ、当邸宅へ。私コレの専属メイドをしております、ナチルと申します」


丁寧に深くお辞儀をした、黒いワンピースに白いフリルのエプロンをつけた、ツインテールの小柄な少女。
コレと呼ばれたアレクが、まだ諦めつかないようにサラの足へと伸ばした手を、ぐにっと力強く踏みつけた。

 * * *

屋敷の客人たちは、ナチルとともに玄関脇のダイニングへと移った。
砂漠から来た3人は、まだショックが冷めやらぬ表情をしている。
リーズだけは、慣れているのか立ち直りが早いのか、セクハラ中やはり何も聞こえていなかったカリムに向かって、先ほどの話をかいつまんで伝えなおしている。

しばらく倒れていたアレクは、ナチルが夕食の話をし始めると「俺ちょっと出かけてくるから、夕飯いらない」と言い捨て、道場に直結している裏口から屋敷を飛び出していった。
アレクの後ろ姿を消えるのを確認してから、ナチルはサラたちに向き直った。

「私、ちょうど夕食の買い出しに行っておりまして、エロ領主ことアレク様と先に顔を合わせてしまわれたこと、心から謝罪いたします」

これからも、決して二人きりにならないよう気をつけてくださいねと、サラの手をとり上目づかいに見上げる少女。
こげ茶色のくりっと丸い瞳と、ふんわりした栗色の髪を耳の上で2つにまとめたツインテール、そして目鼻立ちのハッキリした色白な顔をした、まさに子猫のような美少女だった。
どこかで徹底的にマナーを学んだであろう、かしこまったその口調やしぐさも、お人形のように可愛らしい。

サラが、少し顔を赤くしながらうなずいたとき、サラのお腹からキュルッと大きな音が鳴った。

「まあ、すぐにお食事をご用意しましょう。今日は皆さんのためにお肉もお魚もたっぷり仕入れてきましたので」

ウインクしたナチルを、4人全員が目にハートを浮かべて見つめた。


ダイニングには、2人暮らしでは大きすぎるくらいの広いキッチンが併設されており、4人は夕食作りを手伝った。
料理は得意だったサラが、するするとジャガイモの皮を剥いていく。
その横では、リコが泣きながら玉ねぎの下処理。
上手に魚をさばくのはリーズで、段取りと味付けを確認するナチル。

カリムは、料理というものに取り組むのは初めてだった。
何をやっても失敗するので、すぐに仕事を干されてしまい、リコから「そこに立ってると邪魔」とまで言われて、大人しく皆の脇に座っていた。
サラは手を休めないまま、そっとカリムを観察してみる。

旅の前には、カリムを無表情で感情表現に乏しい人物だと思っていたけれど、本当はそうじゃない。
王宮では、感情を表に出さないようにと意識していたみたいだから、それが癖になってしまったのかもしれないな。

旅の途中、カリムは常に気を張り、皆のフォローに必死だった。
サラとリコにとって、なんだかんだ言いつつも、頼れるリーダーだったことは間違いない。
でも、今のカリムは、拗ねてしょんぼりとした少年のように見える。

サラが「カリム、この皮剥いたじゃがいも、4等分にしてくれる?」と声をかけると、無表情で「ああ」と言ったものの、そのお尻には喜んでパタパタ振られるしっぽが見えるようだ。
だんだん、年相応に見えてきたカリムを、サラは孫を見るおばあちゃんのように、目を細くして見つめた。

リコは、そんなカリムの耳の先を見て、ああまたカリムの欲求不満度が上がったなと、内心おかしくてたまらなかった。

 * * *

「あとは、煮えるのを待つだけなので、皆さんはお座りになってくださいませ」

料理の仕上げをしながら、ナチルは「手伝ってくださりありがとうございます」と、丁寧にお辞儀をした。角度は、最敬礼の40度。
伸びた背筋と、エプロンの上でそっと重ねられた手のひらが、とても上品で優雅だ。

こんなに小さな少女なのに、その態度も言葉遣いも、あまりに大人びているのは何故だろう?

「ねえ、ナチルはどこでその礼儀作法を身につけたの?」

サラが何の気なしに訪ねると、ナチルは「あまり面白い話ではありませんが」と前置きしてから、自分の複雑な生い立ちを語った。


ナチルはまだ10才。
幼くして、天涯孤独の身となった。
ちょうどネルギとの戦争がはじまった頃に生まれたナチルだが、騎士だった父は戦死し、母もショックで病となり、後を追うように亡くなった。

そのような立場の子どもたちは、当時珍しくなかった。
しかし、突然の戦争による動揺で、トリウムの政治は麻痺状態に陥っていた。
孤児の子どもたちは、政府から手を差し伸べられることもなく、追い詰められ、市街地から徐々に自治区方面へと追いやられていった。

大人の保護を受けられなくなった孤児たちは、自然と集まり一緒に暮らすようになる。
廃屋へと転がり込み、市場でくず野菜をもらったり、時には盗みをしたりしながら肩を寄せ合って暮らしていた。
その間には、餓死したり、大人の浮浪者に襲われたりと、ずいぶんな数の仲間が亡くなったそうだ。

ところが、5年前にアレクが現れてから、状況は一変する。
ナチルは他の子どもたちと一緒に孤児院に入り、ようやく人間らしい生活をおくれるようになった。

孤児院できちんと教育を受けたナチルは、魔術の才能を見出される。
たった5才のナチルだったが、その魔力は大人の魔術師に匹敵するほどのレベルだった。
一緒に訓練する他の子どもたちを凌駕していたため、困った教師は王城へ相談。
幼くとも戦力になりそうだと判断された結果、ナチルは孤児院から王城へ預けなおされた。
そこでナチルは礼儀作法を学び、王に仕える正式な魔術師を目指す道へと進んだ。

魔術師になるという夢が実現したと思った矢先、運命は再び暗転する。
訳あってナチルは、政府の権力者の怒りを買ってしまった。
命を狙われたナチルは、自治区、いやこのトリウム最強の男であるアレクの元に逃げ込んで、一命を取り留めた。
アレクの治癒魔術が無ければ、命を落としていただろう大怪我だった。

そして、まだ諦めていないはずの刺客から身を守るために、現在はアレクの屋敷でメイドとして暮らしながら、同時に一番弟子として武術・魔術の訓練を受けているそうだ。

 * * *

ぐつぐつと煮えるスープを味見しながら、ナチルは言った。

「やはり、あまり愉快ではない話になってしまいましたね」

シン、と静まり返った食堂。
聞いていた全員が、その過酷な生い立ちに、言葉を発することができなかった。
ナチルは、黙り込んでしまった4人を見て雰囲気を和らげるように、くすりと笑って言った。

「だから私、アレク様にはとても感謝しておりますの。そのお礼に、アレク様をマトモな人間に戻そうと、日々努力しているところなのですわ」

その台詞に、皆がなごみかけた瞬間、すかさずリーズが反論。


「あー、たぶん無理だよそれ」


だって、兄さんが初めてしゃべった言葉は、ママじゃなくて○んこだったらしいから。


可憐な乙女3人は、ピシリと石化する。

カリムは、先ほど「お前、こいつももっと鍛えなきゃダメだぞ?」と言われながら、触られまくった自分のそこを思い、ガックリと肩を落とした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
どーだ!メイドっ娘!幼女!ツインテール!……はぁはぁ。別にそういうので興奮するような趣味はありませんが、王道ファンタジー狙ったら出さなきゃいかんのかなと。しかし悲惨な過去話になっちゃったな。こーいう重いとこは、さくっとシモなオチでカバーっす。
さて、次回。リコちゃんの悩みは深まりつつも、実力まだまだの3人にアレク様の手ほどきスタート。手取り足取りでムフフ……とならないように気をつけます。

第二章(3)リコの初恋

第二章 王城攻略


【前書き】美形男子なセクハラキャラが、ライトなこと言ったりやったりするので、シモ苦手な方はご注意を。


大通りから、少し王城へと近づいたところで、露店はまばらになり人通りも減ってきた。
リーズは手馴れたように、街路樹に隠れて目立たない小道へと右折、そして何個目かの交差点を左折し、また右折、さらに左折。
うっかり街で悪目立ちしてしまい反省したサラは、黒いフードを目深にかぶってリーズの案内に大人しく着いていく。
あまり周囲をきょろきょろ見ることはしていないが、街並みが徐々に暗く沈んだものになってきたことが分かる。

城の正面に広がる市場通り周辺とうって変わって、10分ほど進んだこのエリアの雰囲気は下町そのもの。
もし火事があったら、逃げられるだろうかと心配になるような、住宅の密集地帯だった。
まあ、この国は湿度が高く、気温も年中安定して温暖なので、日本の冬のようにはならないだろうけれど。

「着いたよ。とりあえず、ここが旅の目的地」

迷路のような一画を過ぎた先に、周囲の小さくごちゃごちゃ立ち並ぶ住宅とは比べ物にならない、大きく立派な石造りの門が現れた。
その特別目立つ邸宅の前で、リーズは立ち止まり、勝手知ったる我が家のようにするりと門をくぐっていく。
なんだかんだ一日歩き通してくたくたになっていたサラは、ようやく休めるかなと、ホッと吐息をついた。

 * * *

この街の住宅は、湿度が高いため木造住宅が多い。
特にこの家は、かなりの古さに見えるが、質の良い木材を使っているようで、渋くくすんだこげ茶色の扉や柱の古さが逆に重厚さや落ち着きを感じさせる。
建物の高さはそれほど高くないようで、背の高いリーズは腰をかがめながらドアの中に入っていく。

カリムが後に続き、ちょっと頭を下げながら建物の中へ。
サラとリコも、おそるおそるドアをくぐった。

「おーい、兄さん、着いたよー?」

玄関の靴は脱がず、建物の中へずんずんと進んでいくリーズ。
木のぬくもりが感じられるテーブルや、布張りのソファが並んでいる、居心地の良さそうなダイニングを抜け、奥の客間と思われる等間隔のドアが並んだ廊下を抜け、さらに奥へ。
家はかなりの奥行きで、相当な豪邸だとサラは感じた。

天井からの採光があるため、屋内は外観に比べると明るく広々としており、ドアの合間には風景画が飾られている。
土足で暮らす家なのに、磨かれた木目の床はピカピカに輝いており、とても清潔だ。
一体どんな人物が暮らしているのだろうか?
サラは、元盗賊とはいえちょっと素敵なロマンスグレーが現れるのではないかと、期待に胸を膨らませながら、リーズの後を追う。

長い廊下をまっすぐ進んだ一番奥の突き当りには、両開きになるタイプの大きな2枚の扉。
白い紙に筆で書いた、達筆な文字の張り紙が貼ってある。


『このとびら、あけるべからず』


立ち止まり、言葉もなく顔を見合わせるサラたち。
開けたら大変なことになるような、でも開けてみたくてたまらないような、いやーな感じの文句だ。

3人からつつかれて、意を決したようにドアを開けるリーズ。
その頭の上に、バフッと四角い物体が落ちて、リーズの頭上で弾んでから床に転がった。

「よっ、リーズ。久し振り。ずいぶん白髪が増えたな」

頭から白い粉をかぶって、がっくりと肩を落とすリーズ。
まるで老人になった浦島太郎のようだ。

遠慮なく大笑いしながら「引退間近のじいさんが来たかと思ったぞ」と言ったのは、この部屋の中に居た人物。
サラがこの世界に来て初めて出会った『細フレームメガネの男』だった。

 * * *

その男は、元盗賊とは思えないような、なにやら優雅な雰囲気の男だった。
肌が白くて背が高いところは、リーズが兄と呼んだだけあって、確かに似ている。
しかし、普段から体を鍛えているのか、長い手足には程よく筋肉がつき、手の甲には打撃系の攻撃を続けた者が作る固いコブが見える。

また、糸のように細くてややたれ目のリーズに比べて、男の目は印象的だ。
いわゆる三白眼、常に睨んでいるような、力強い漆黒の瞳。
表情が柔和なので分かりにくいが、サラの本能が、この男はヤバイと警鐘を鳴らしている。
カリムもやや緊張した面持ちで、男がリーズをからかう様子を見守っている。


リコはこのとき、メガネをかけた男性というものを、生まれて初めて見た。
なぜか強く「あのメガネをはずして、黒い瞳を見つめてみたい」と思ったのだけれど、同時になぜ自分がそんなことを思うのだろうか?という疑問が湧き上がり、一人パニックに陥りかけていた。

リコの白い頬が、サーッと赤くなっていくのを、頭をぐりぐりなで回されながらも、リーズはしっかり見ていた。
マズイと思ったリーズは、ジタバタと小さな子どものように抵抗するが、ガッチリとリーズの首を抱えた兄には敵わない。

「ところで、リーズ。そろそろお客様を紹介してくれないか?」

背はでかくなったがあっちはどうだとか、そろそろどー○ー卒業したのかとか、ひとしきりリーズを言葉でいじった男は、涙目で赤面したリーズを見て満足したのか、興味の矛先をサラたちに向けた。

魔力が宿るかのような黒い視線が向けられ、ゆっくりと頭の先から足の先まで、3人をなめるように見つめる男。
そのときサラは「やっぱメガネっていい……」とぼんやり見つめ、カリムはあからさまな敵意を瞳に宿してにらみ返し、リコは視線を外しうつむいて白い肌を真っピンクに染めた。

3人を見つめる男の視線は、ある一点で止まる。


「オレ、お前気に入ったわ」


足音ひとつさせず、男がスッと近付いたのは……


カリムの前。


あまりの素早さに、カリムは完全に遅れをとった。
しかし、攻撃を受けるかと全身を緊張させたところに、やってきたのは大きく硬い、男の手のひら。

カリムは、美形の大男にべたべたと体中をなでさすられていた。

「うん、いい体だ。少し上半身の筋肉を抑えて、足腰の鍛錬を増やすといいな」

さわさわと、カリムの腰から臀部、太ももへと手のひらをすべらせたアレクは、満面の笑みだ。
リーズは、カリムに同情的な視線を向けつつ、あきれたように言う。

「兄さん自己紹介くらいしろよー」
「めんどくせー。しばらく一緒にいりゃ、わかんだろ?」
「あー、じゃあもう俺から適当に紹介しちゃうよ?」

彼の名は、アレク。
リーズの2才年上の兄で、現在は特別自治区と呼ばれる、この広大な下町エリアの統治者だった。

 * * *

特別自治区とは、砂漠の国でいえば、王宮近くの難民街のような場所だ。
約10年前、戦争の始まりとともに静かに広がり始め、今ではここだけで1つの町と言えるくらいの規模になった。
正直なところ、ガラの悪い連中が集まる、危険な街だ。

王城と城下町を守るはずの騎士たちも、このエリアには近づかない。
複雑に入り組んだ道を覚えることすらできていないという。
だから、自治区エリアで起こる事件は、自分たちで解決する。
住民たちによる自警団が見回ることで、犯罪やトラブルの解決を行っているという。

そもそも、このエリアに住むものは、商売に失敗し財産を失ったもの、親を失った子ども、元盗賊をはじめとした移民、捕虜や奴隷くずれのものなど、貧しく苦しい立場のものばかり。
戦争をきっかけに、住民が増えることで、トラブルは増加していった。

その頃から、被害者がどんなに訴えても、騎士が解決に動くことはなかった。
住人全員が犯罪者扱いなのだから、仕方がない。
城下町の騎士たちは「監視すれど関与せず」という暗黙のルールを作っていた。


犯罪者たちの住む街として、城下町の人間のみならず、商人さえも近づかないこの街。
だが、そんな街を、愛している人物もいた。
この屋敷は、以前このエリアを治めていた下級貴族の屋敷だ。
前の領主は、貴族の威厳がありつつも騎士道を重んじる人格者だったため、一時はこの屋敷が被害者の駆け込み寺のようになっていたという。

ところが、立派な父に対して、息子の方はさっぱりダメで、この荒れきった街が自分の手に余るとみると、父親の死をきっかけに街を逃げ出していった。
その後、街は一時的な混乱に陥った。
力のあるものが、力のないものから、好きなだけ搾取してよいというルールが定着しかけていた。

たまたま引退した盗賊じいの様子うかがいに、アレクが街を訪れたのはちょうど5年前、19才の頃。
たった19才の青年が、その後この街を激変させる。

偉大な先人である盗賊じいが、傍若無人な若者グループに虐げられ、肩身狭く暮らしている。
その様子を見て憤慨したアレクは、半ば盗賊化しかけていた若者グループのリーダーをタイマンで秒殺。
力がルールだと信じていた若者たちは、けた外れに強いアレクへと一気に傾倒し、アレクがこの街に残るならという条件で、自治体の自警団メンバーとなることを約束。
街は平穏を取り戻したそうだ。


アレクはそこで終わらせず、さらに突っ込んで行動した。
街の現状や歴史を書類にまとめ、雇われ貴族の管理には限界があること、そしてこのエリアを特別自治区として自分たちで管理させて欲しいと主張。
頭の固い役人に門前払いされると、5年に1度開かれる国家的イベント『世界最強の勇者』を決める武道大会に乗り込んで、見事優勝。

優勝商品代わりに、王へ直談判し、街の整備と親のいない子が暮らせるだけの補助金をもぎ取ってきた。
自治区の住民は、アレクを歓喜の大声援で迎え、感謝の涙を流した。
そのときアレクは、盗賊の砦に戻ることをしばし諦めたのだという。

アレクは街の英雄となり、自動的にこの広い自治区の領主となった。

 * * *

「アレク兄さんは、小さい頃から本当に強くてねー。ずっと兄さんを見てきたから、俺は別に強くなくても生きていけるかなって、思っちゃったんだよね」

はは、と乾いた笑いを浮かべるリーズ。

リコはリーズをチラリと同情的に見た後、すぐにアレクへと視線を戻す。
まだカリムの肉体に興味津々で、腕を持ち上げたり足を抱え上げたりしているアレク。
胸の動悸が苦しくなったリコは、手のひらで胸元の布地をギューッと握りしめた。
うつむいたまま、前髪の隙間からアレクをチラリと覗き見ては、また動悸を抑えるために視線を外すの繰り返し。


こんなにかっこよくて、しかも強くて、賢くて、人望もあって……

なんて素敵な人なんだろう……


リコは、アレクの容姿にばかり目が向いて、彼の口から紡ぎだされる、かなり恐ろしい台詞の数々がまったく聞こえていない。

サラはというと、リーズの糸目なたれ目がおばちゃん譲りだとしたら、アレクの容姿は父親ゆずりなのだろうと思った。
そして、カリムにぺたぺたセクハラしつつ発する、流暢でノンストップなやや下トークの方は、完全におばちゃんの遺伝子だなと、心の中で深くうなずいた。


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ゴメンナサイ。こんな人いないって分かってるけど、好きなんです……ちょいシモが。経験豊富な大人のエロカッコイイ男子、リコみたいな初心な娘っこは一発でしょう。サラはパパたちのおかげで慣れてます。アレク様武勇伝、回想シーン風で1個の話にしたかったけど、ストーリーサクサクのためカット。説明調な文章が長くてスマンです。
次回、そんなエロカッコイイ系メンズに対抗できる?またまた王道な美形キャラ登場です。

第二章(2)黒剣の騎士

第二章 王城攻略


4人がトリウムの城下町に到着したのは、ほぼ予定通り、20日後の夕方だった。
『軟弱スプーン男』とリコがこっそりあだ名をつけた、旅の案内役リーズは、3人を一応満足させるだけの結果は残していた。

リーズは歩きがてら、オアシスの国トリウムの情勢から、地域の風土、住民の生活環境、この先3人が街についたあとの注意点などを、わかりやすく角度を変えながら説明してくれた。
また、柄の悪い人間がうろつくような危険なエリアをうまく避けつつ、愛想よく国境の警備隊検問を通り抜け、清潔な宿と美味しい食事処を見つけ、途中からはカリムとともにサラやリコの荷物をシェアしてくれた。

旅が終わる頃「こいつは、軟弱だけれど貧弱ではないわね」と、リコはあまりフォローにならないことを思った。
不意に、リーズの胸ポケットのスプーンが揺れて、ガチャガチャと音を立てる。
リーズは長い首をぐいっと下に傾けると、スプーンに向かってブツブツと独り言を言い始めた。

旅の間、何度この不気味な光景を見たことだろう。


仕事をこなすという点では多少認めたものの、スプーン男のヘンタイ度は100%のままだった。

 * * *

城下町へ辿り着いたとき、サラは思わず女の子気分で歓声をあげそうになった。
日本の女の子なら、誰しも浴衣やお祭りが大好きだが、この世界の女の子も同じだろう。
サラはもちろん、生まれて初めて”大きな街”という場所に来たリコも、興奮した様子を隠せない。

王城へと続く一本道と、それを横切る何本もの横道は、碁盤の目のように整っている。
それらの道の中でも、市場大通りと呼ばれる十字の道は、街路樹が並んだ美しい通りで、幅が広いため街路樹脇には様々な店がぎっしりと並ぶ。

ネルギの王宮近くに広げられた市場の、何十倍もの人の波。
街道沿いは、カラフルな布を売る店や、香ばしい匂いを漂わせる露店、竹トンボのようなおもちゃを実演する店など、多くの露店で賑わっていた。

その道のずいぶん奥、少し小高い丘の上には、中世の城を小ぶりにしたような、白く平たい王城。
城の周囲の高台には、小さいながらも小奇麗な、低層の住宅がひしめき合う。
砂漠の国にはない、異国情緒溢れる光景にサラは目を輝かせ、きょろきょろさせていた。
何度かこの城下町に来たことがあるというリーズは、サラとリコのために、少し歩くペースを落とした。

好奇心いっぱいのサラが、一番注目したのは、街を歩く女性たちだ。

女性たちが着ている衣装は、薄く白い長そでのワンピース。
胸元の布をドレープのようにたるませ、胸の谷間が見えそうなくらい開いたタイプの、オアシス住民の定番スタイル。
特に若い女性は、腰を皮ひもでシェイプしたり、太めの帯でしばってリボン結びしたりと、ささやかなオシャレを愉しんでいるようだ。

夕食の食材を買いに来たであろうか細い女性たちが、みな頭の上に大きなカゴを乗せ、オアシスのフルーツをてんこ盛りにしてもバランスよく歩き去るのを、サラは口をぽかんと開けて眺めた。
裾が長く歩きにくい服だというのに、あの裾を踏んでつまづいて、頭の上の荷物を転がすようなドジは居ないようだ。


颯爽と行きかう、オアシスの街の女たちを見て、サラはふっと空想をする。
もしサラの母がここにいたら、まずカゴを頭に乗せるというステップでつまづくだろう。
でもきっと「大丈夫、100回やってだめなら、1000回トライすればいいんだからね!」と笑って、またカゴを落っことすはず。

そのうちパパたちがやってきて、カゴを支えたり、母の腕の位置を直したり、またはカゴの形状を改良したりしはじめる。
もし成功したら、パパたちに甘やかされたことなどすっかり忘れて、まるで1人でできたとばかりに、得意げに笑うのだ。

『ハナを見ていると、小さなことにくよくよして、立ち止まってしまうのが馬鹿らしくなるよ』

何事にもそんな調子の母を見て、パパたちはよくそう言ていったが、サラも同感だった。

天使のような、母の笑顔を思い描きながら、ふとサラは気付く。
この世界に来てから今までずっと、サラは母のことを思い出すことがなかった。
パパたちのことも、サラ姫の嫌がらせでプレゼントを失ってから、ほとんど思い出していない。
初めてジュートを見たとき、ちらっと馬場先生に似てるなと思ったくらいだ。

私は案外、薄情な人間なのだろうか?
でも本当に、思い出す余裕なんてなかったの。

今まで起こってきたことは、サラの想像のはるか上を行っていたから。

 * * *

ようやく旅がひと段落して、ホームシックになる余裕ができたのだろうか。
一度思い出してしまったことで、サラの心の堤防は、あっけなく崩れ落ちた。

15年積み重ねてきた、母やパパたちとの思い出が、サラのこころに波紋のように広がり、頭の中を支配していく。
風が吹いて木の葉が揺れる様を見ただけでも、母の栗色の髪がふんわりとなびく姿が彷彿とさせられる。
サラの青い瞳に、うっすらと涙が浮かびかけた、そのとき。

「姐さ……じゃなくてサー坊、はいこれ」

散々打ち合わせしてきた”弟バージョン”の呼び方を忘れかけつつも、にこにこと害のなさそうな笑みを浮かべて、リーズが小ぶりのカゴを手渡してきた。
「とっとと返しておくれよー」と、街道沿いの果物屋の店主が叫んでいる。
きょとんと青い瞳を丸くして見返したサラに、リーズは少しだけ日に焼けた顔ではにかんだ。

「なんだか、やってみたそうだったから借りてきちゃったよー」

リーズの口もとからのぞく白い歯と、胸ポケットから頭を出したトレードマークのスプーンが、まるでタイミングを合わせたように、キラリと輝いた。
プッと噴出したサラは、OKと店主に手で合図を送ってから、邪魔な漆黒のマントのフードを取り外し、リコに手渡した。

だいぶ日が落ちてきたせいか、汗に濡れた前髪に当たる風がひんやりと冷たい。
リコは「サー坊気をつけてね」と、カリムは呆れたようにため息をつきながら、2人のやりとりを見守っている。

サラは、見た目よりずっと重い、木の枝を幾重にも組み合わせて編まれたカゴを両手で持ち上げて、頭のてっぺんに置いてみた。
手を離すことなど、とうてい無理な重さだ。
派手に落として、もしカゴを壊しては、店主に申し訳がたたない。
サラは、前髪の上にチラリと見える籠の底を、上目づかいにねめつけつつ、そおっと手を離した。

『ドサッ!』

案の定、落っことしてしまったカゴ。
相当頑丈にできているのか、ひしゃげることもなく、ただ土ぼこりをまとって転がっている。
「ああー」と、リコが残念そうな声を発した。

 * * *

人通りの多い街道の真ん中で立ち止まって、なにやら怪しい動きをしている旅人のグループに、通りすがりの者たちも、興味をひかれて足をとめる。
そこには、旅人定番のフード付きマントをまとった若者が3人。

1人は、やや無愛想な表情だが、彫が深く非常に整った顔をし、恵まれた体躯の剣士。
1人は、透きとおるような白い肌に、薄茶色のそばかすが愛らしい、小柄な魔術師の少女。
1人は、背が高くやせ形で、細い目がなんとも優しそうな雰囲気をかもしだす、商人風の青年。

その中心には、マントを脱いだ1人の少年。
手にしたカゴを、頭に乗せてはぐらりと傾け、時には落っことし……を繰り返している少年に、城下町の住人達は目を奪われた。

まるで、少女かと見まがうような、美少年だった。
160cm程度と、この街の男にしてみればやや小柄で華奢なその少年は、あどけない笑顔と相まって、まだ成人になる少し手前という年ごろに見える。

風に揺れる美しい黒髪と、意志の強そうなまなざし。
好奇心にきらめくブルーの瞳は、空の青をすくいとったように澄んでいる。
懐に差した黒い宝剣が、夕暮れの赤い光を受けて輝きを放つ。

少年は、細くしなやかな体を、右へ左へと上手に動かしながら、頭の上のカゴをバランスよく乗せ続ける。
女たちをマネて、カゴ運びをマスターしようと必死の少年の姿はあまりに愛らしく、立ち止まった街の住人たちも「いいぞー」「頑張れ」と声をかけた。

「よし!10秒キープ!」

道中リコと会話しながら訓練したおかげで、すっかり板についた少年そのものの低い声が、薄闇に包まれはじめたオアシスの街に響いた。
サラがガッツポーズし、頭の上のカゴを下ろしたと同時に、ワッと湧き上がる歓声。
サラの周りには、仲間3人のほかに、黒山の人だかりができていた。

カゴを貸してくれた果物屋の店主がしゃしゃり出て「よく頑張ったな坊主」と、サラの頭をなでたあと、甘く熟したモモのような果物を1つくれた。

 * * *

例の果物店のおやじが、抑揚をつけながら、大きな声をあげる。

「さて、こいつが黒騎士の頭に乗ったカゴだ!」

「キャー!」と湧き上がる、女の子たちの黄色い声。

サラがカゴ乗せをマスターしようと奮闘するその様子は、成人前のおませな女の子集団に見られていた。
彼女たちは少年を『黒剣の騎士様』と呼んで「この国で一番美しいと噂の第3王子クロル様と、どっちがカッコイイだろう?」と噂して回った。

その噂が噂を呼び、城下町東側の大通り市場には『黒い宝剣の美しい少年騎士』を一目見てみたいという若い女の子が殺到した。
もちろん、サラがそこに来るとは限らないのだが、暗く沈みがちな戦時下、突然現れた”手近な王子様”の存在は、少女たちのストレス解消に最適だった。

「この桃を黒騎士は食べてったんだ。お嬢ちゃんたちも1つどうだい?」

『黒騎士の食べた桃』の張り紙とともに、少年の美貌を讃える口上が好評を博し、果物店の売上は何倍にも膨れ上がったのである。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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自覚なし天使サー坊の活躍その1でした。もっとカッコイイことさせようとも思ったんだけど、果物屋のオヤジが先に思いついちゃってねー。寅さんさせたくなっちゃって。あんなアホなことしてても目立つサー坊はすごいってことで。しかしリーズ君は本当に空気の読める良い子です。が、彼にはさらなる受難が待ってます。
次回、第二章で1人目の強烈キャラ登場です。エロ男爵系メガネ男子1人放り込みますんで、お楽しみに&お気をつけて。

第二章(1)オアシスへの旅路

第二章 王城攻略


盗賊の砦からトリウムへの道のりは、徒歩で約20日間。
サラたち一行は、峠で一泊野宿をしたものの、その後は小さな村や集落で食糧や宿を確保しながら無事国境を越え、トリウムの王が住む城にほど近い、城下町に住む盗賊仲間の家を目指して進んでいった。
荷物をしょっての徒歩移動なため、歩みは遅いが、砂漠越えとは比較にならないくらい穏やかな旅だ。

 * * *

サラは、初日一昼夜かけて岩山の連なる峠を越えたときは、今回もキツイ旅になるのかと覚悟した。
しかし肉体的にきつかったのはそこまでで、その後道のりは平坦に、気候は温暖になり、風景には徐々に緑が増えていく。
砂漠の民が焦がれてやまないオアシスの国の美しい自然や風景に、サラはちょっぴり観光気分にひたった。

そして、国境に近づくころから、サラたちはちらほら他の旅人と顔を合わせるようになってきた。
声をかけてくる彼らの表情は、真剣そのものである。
皆、これからネルギへ向かうところだという。

砂漠に入るときのために、数頭のラクタを引き連れて、ある程度の団体グループで向かうのだそうだ。
ラクタの足に靴のようなものをはかせ、逃げ出さないよう縄で縛って引き連れている。
おとなしく愛嬌のあるラクタが、鼻息を荒くしたり、フルフルと頭を振って嫌がるところを見て、サラはちょっとかわいそうになった。

ラクタは乾いた砂地に強いが、硬い石や木の根があるような場所を歩くと、足の裏が傷つき痛がって進まないので、砂漠限定の動物だ。
本来、商人たちの移動手段はラクタではなく、もっと移動スピードの速い、ウマに似た動物だった。
砂漠の手前で、ラクタ貸しという商人に頼み、ウマを預かってもらいラクタに乗り換えるのが、戦争前までの商売のやり方。

しかし現在、その動物のほとんどはネルギとの戦争に駆り出されており、私的に利用できるのはかなり地位の高い貴族や、情報伝達を担う騎士に限られるという。
馬車を使った乗合バスのようなシステムもあったのだが、大陸中央を通るメインの街道が戦争により封鎖されてからは運行休止中。

砂漠の王宮へ出入りを許された、水やオアシスの特産物を取り扱う商人たち。
その多くは、現在荷物を抱えてトリウムの街に立ち往生しているという。

商人たちも、ラクタでの国境~砂漠越えにチャレンジしたいのはやまやまだが、戦闘エリアの拡大と、盗賊出現の噂により、金より命を惜しむ者も少なくない。
それでも、物資が欲しい砂漠の国の貴族たちからの報酬額がどんどん吊り上るため、危険を承知でチャレンジしようというグループが、何組か現れはじめたところだった。

ネルギから来たというサラたち一行は、これから砂漠へ向う旅人にとって、最新の情報を仕入れるまたとない好機。
サラが、砂漠にはすでに休憩できるような集落がほとんど残っていないこと、まれにサンドワームが水を求めて地上へ出ることなどを伝えると「可愛い坊や、ありがとう!」と足早に去っていった。

商人たちは、感謝の言葉とともに、食糧などの物資を情報提供のお礼にと渡してくれたため、サラたち一行は食糧補給にはほとんど困らずに旅が続けられたのだ。


そして、商人たちが最も喜んだ「今週のビックリドッキリ盗賊出没エリア情報」を伝えていたのが、サラたちの新しい旅の仲間である1人の男。


「ああ、いいことするって気持ちがいいなぁ!」


仲間を売ったことに気付いているのかいないのか、晴れ晴れとした笑顔で、うーんと両腕を空につき出して伸びをする。
そんな男を、サラは興味深げに、リコは眉をひそめて、カリムは興味なさげに、見つめていた。

彼の名前は、リーズ。
サラが心の中で”下っ端男”と名付けた男。
なぜか彼が、トリウムへの案内役として選ばれていた。

 * * *

サラたち3人が待つ部屋へリーズが現れたとき、サラはまた「あ、また下っ端男がパシらされてる」と、ちょっとひどいことを思った。
ところがリーズは頭領から直々に、サラたちの旅に同行する、大事な案内役を任されたという。
内心、ひげもじゃのような、もっと頼りになりそうな男が来てくれたらよかったのにと、サラは少し(そしてカリムは大いに)がっかりしていた。

リコも、自分が倒れたとき彼に介抱されたという恩も忘れ、サラと大差ない感想を抱いていた。
しかも一緒に旅を続けるにつれて、リコの中でのイメージは、坂道を転がり落ちる石のように悪い方へ傾いていく。

空に向かって「今日もいい天気だなぁ」とひとりごちるリーズを、リコは斜め後ろからいぶかしげに見つめ、その挙動を観察した。

リーズという男は、なんだかおかしなやつだ。
リコどころか、子どもでも勝てるであろう、微々たる魔力。
体もひょろ長く、カリムと並ぶとその差は歴然だ。
正面から見ると分からないが、真横に並ばせると体の厚みは半分しかない。

盗賊としての彼の仕事は、当然魔術師でもなく、戦士でもなかった。
めったに戦闘には参加せず、薄暗い峠のねじろで、家事や育児サポートなどの雑用をして暮らしてきたという。
リコたちのように、連れ去ってきた仲間候補を、あまり怖がらせずケアするのも、彼の主な仕事だった。
その経歴を聞いて、その貧弱なルックスにもメリットがあるのね、とリコは納得した。

不細工ではないが、糸のように細いタレ目と、まあまあ高い鼻、薄くやや大きめの唇。
少し茶色がかった黒髪は、きれいに短く刈りそろえられているが、それは自分で切っているらしい。
後ろ髪もまっすぐに切ることができるほど、手先が器用なことが特技だと、うれしそうに言っていたが、はたして大の男として、そんなことを自慢にしてよいのだろうか?

「あの、もしよかったら、リコさんも俺が切ってあげましょうか?」

と、髪を伸ばしかけのリコに禁句を言ってきたので、無言でツンとそっぽを向いたら、ものすごく落ち込んでしまい、ねとねと小声で謝り続けるので本当にうざかった。

22才というから、リコより5つも年上のくせに、腰の低さは4人の中でもダントツ。
珍しいオアシスの花や虫など、何か興味をひかれるものを見つけては「姐さ~ん」「カリムさ~ん」と報告に寄って行き、冷たくあしらわれては落ち込んで、リコの元に寄ってくる。

かわいそうだから、突き放さずに聞いてあげると、懐かれてしまったのか、おとなしい大型犬のようにニコニコしてついてくる。


『イイヒトだけど、頼りなくて会話がたいくつ』


それがリコの、リーズに貼った最初のレッテルだった。

 * * *

少し背は高いものの、屈強な盗賊たちにつきものの威厳やオーラがないリーズは、平凡な商人にしか見えない。
だが良く良く見ると、看過できない違和感のある場所が一点。

それは、マントの胸ポケットにある。

ポケットの入り口からのぞく、キラリと光る2つの物体。
金と銀のスプーンだ。

出発当日、あの待合室にやってきたときにも、それらは胸ポケットに入っていた。
数日旅する間も、ずっと。
たぶんスプーンの定位置を、あそこに決めてあるのだろう。
彼が動くたびに、カチャリと布越しにくぐもった音が聞こえたから。

地味で代り映えしない砂や岩ばかりの風景から、少しずつ緑が顔をのぞかせはじめたときから、彼はスプーンをときどき取り出すようになった。

そして今は、ポケットの丈をちょいちょいっと自分で縫い直し、スプーンのへら部分がしっかり外に出るようなデザインに変更。
マントが揺れるたびに、今にもポロリと落ちそうで落ちない、絶妙なバランスだ。

リコは、その違和感をスルーしようと努力したが、リーズが一歩歩くたびにカチャカチャと鳴る金属音が耳につくようになり、ついに我慢の限界となって尋ねた。

「ねえ、なんであんた、そんなところにスプーン入れてるの?」

リコが呆れてというか、もうかなり変人を見るように険しい目つきでいうと、リーズは少し困ったように笑って、額をポリポリとかいた。


「いや、この子らが外を見たいっていうからさー」


その返答の瞬間、リコの中でリーズは『100%ヘンタイ』と、レッテルが上書き保存されたのだった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
今回はちょっと平和に。嵐の前の静けさというヤツです……第二章、かなりの波乱展開待ってます。
「本当はスゴイのに、才能隠してて、好きな子にダメ男と思われてる」という匿名係長シチュエーションも、やっぱ王道でしょう。この話、そういうの盛りだくさんにしてきます。
次回、サクッと目的地に着くんですが、サラちゃんまた目立っちゃうことを。リーズ君はまた地味にフォロー係長。

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(後編)~

第二章 王城攻略


【前書き】今回も極甘モードあり。しかも今までよりもう半歩、大人のボキャ天な、ピンクしおりな、いや、ギルガメッシュナイトでイジリーな……そんな描写がありますので、ご注意ください。


サラの大切な人の胸を深く貫いた、光の矢。
息を詰めて、信じられないものを見るようにジュートを凝視するサラ。

ジュートは自分の胸を見て一瞬息を呑んだものの、すぐに穏やかな表情に戻り、サラに優しく声をかけた。


「大丈夫だ。光は俺を傷つけられない」


光の矢は、徐々に形を失い、キラキラとした残像となり消えた。
ジュートの羽織っていた白いシャツにも、小さな穴1つ開いていない。

大丈夫、なら、良かった。
なのに、どうしてだろう。
心が、彼の胸を貫いた矢の、幻を消さないのだ。

息を吸うのも忘れ、ジュートの胸を見つめていたサラの顔色は、白を通り超して、まったく血の気が感じられないほど青ざめている。
ジュートは「驚かせて悪かった」と謝って、彼女の短くなってしまった黒髪をくしゃりとなでた。

ああ、この唯我独尊な人も、悪いことをしたらちゃんと謝ることができるんだと、サラは冷静に思った。
なのに、サラの感情と連動してくれない熱い涙が、頬を零れ落ちてポタリと床に落ちた。

 * * *

すでに、旅の準備は完了している。
これからトリウムへ向かう3人は、控え室として与えられた小部屋の中で、トリウムまで道案内のために付き添ってくれるという人物を待っていた。

小部屋の中央にある、4人がけのテーブル。
座っているのは、カリムとリコだけだ。

サラは2人から少し離れた、部屋のドアと逆側の壁に寄りかかっている。
頭を、壁にめりこませるように傾け、体全体を斜めに傾かせて。
不自然としか言いようが無い姿勢だ。
まるで人と言う字の、寄りかかっている側の棒のよう。

カリムとリコは、サラがこの部屋に入ってきた瞬間から、何か様子がおかしいことに気付き、自然とアイコンタクトしていた。
サラが見つけてきた”運命の剣”は、美しくしなやかな彼女の黒髪のように細く鋭く、彼女の腰できらめいている。
大喜びで「どうよ私の剣!かっこいいでしょ?」なんて駆け寄ってくるかと思っていたのに。

戻ってきたサラは、目も口も半開きで、ふらふらと部屋に入り、そのまま机も椅子も通り超して奥の壁にぶつかり、その壁に頭をめりこませたまま、斜めに寄りかかって硬直。
リコが一度、おずおずと名前を呼びかけたものの、ぴくりとも動かない。

2人は、サラに何もいえなかった。
サラの瞳や頬の色を見て、何が起こったか、うすうす感づいていたから。

「……に……た」

ふいに、サラが呟いたので、リコとカリムはビクッと震えた。
古い木の椅子が、ギシリと嫌な音を立てたが、サラには聴こえていないようで、そのポーズを変えない。
耳が良いリコには、その台詞が聞こえてしまった。
聞き直そうと身を乗り出すカリムを視線でいさめ、首を横に振る。

「……みたいに……してた」

今度は、カリムにも聴こえた。

やはりカリムも、ノーリアクションを貫く。
しかし、その言葉からの連想を止めることはできず、カーッと熱が頭にのぼっていく。
カリムの顔全体に、じわじわと赤みが広がっていくのを見て、リコはまた良いネタ1個見っけと内心ほくそ笑む。

サラは2人の存在を完全に忘れ、先ほど起こったすべてを思い返していた。

 * * *

声も出さずに泣きじゃくるサラを抱きしめ、頭を撫でながら、ジュートはなぐさめる言葉の変わりに、剣の秘密を語ってきた。

あのダイスを作ったのは、森に住む光の妖精。
力の強いその妖精は、とにかくいたずら好きで周囲を困らせていた。
ついには、森の神殿に祭られていた、女神の聖なる剣と呼ばれる宝剣を、どこかに隠してしまったのだ。
必死で探した他の精霊たちも、まさか小さな石ころに変化させられているとは気付かず、結局は探すのを諦めたのだった。

ジュートが「ラッキーダイス」と名づけたその石が、まさか女神の聖剣だったとは、彼にも分からなかった。
ただ、その石を転がすと面白いことが起こると気付き、たまに遊び感覚で使っていただけだ。

深読みするなら、石は自分の封印を解いてくれる運命の存在を探して、転がり続けていたのだろう。
ジュートがサラを連れてくるという運命を察し、その道筋を辿らせるように、密かに画策していたのかもしれない。
小さな石ころ、もとい意思をもたない剣ごときに自分が操られていたかもしれないという想像は、ジュートの心に強い好奇心を沸きたてる。

サラは、なぜ自分も見抜けなかったほど強く頑なな、この聖剣の封印を解くことができたのだろうか?

「さっき、お前が剣の封印を解いたとき、魔力を消去するというより、跳ね返すような力を感じた。だから」

光の妖精のいたずらは、悪意あるいたずら。
ジュートは同じように、悪意あるいたずらの矢を、サラの胸に放ってみたのだ。

もちろんその矢がサラに刺さったとしても、かすり傷になる程度の力だったし、傷がついたならジュートの魔力ですぐに回復させるつもりだった。
跳ね返されたところで、光を完全に支配するジュートにとっては、痛くもかゆくもない。

完全な確信犯。
本来なら、この話を先にしてから試すべきだった。

だから悪かった、と何度も言ってみるのだが、サラは嗚咽を漏らして首を横に振った。


あのとき、サラには見えていたのだ。
悪意のある光の矢が、自分の体に触れたら、どうなるかということが。
光の矢が自分の体に触れると同時に、真逆の方向へベクトルを変化させること。
そしてジュートの胸に、死へと導く鋭さで向かっていくことを。

やめてって、思ったのに。
いかないでって。
あの人を、傷つけないでって、強く願ったのに。

でも、あれは止まってくれなかった。
私の思いは、関係ない。
ただ自動的に、サラを傷つけようとしたものへ、報復するだけ。

自分の意思ではどうしようもない力が、自分の大切なひとを、死に導く。

どうしてだろう。
それならいっそ、自分が消えてなくなりたいと、思ってしまうのは。


お願い、私があなたを殺すくらいなら。


あなたが私を……

殺してください……


瞳を閉じたとき浮かんだ光景は、サラの白いドレスの胸に咲いた、大輪の赤い花。

その映像が、あたかも今現実に起こっていることのようにくっきりと、サラの脳裏に広がる。
サラはブルーの瞳を大きく見開いたまま、意識を飛ばした。

 * * *

ジュートが強く抱きすくめても、くしゃくしゃと髪を撫でても。
頬や目じりに、そして唇に、羽が触れるような優しいキスを何度落としても。
そして耳元で「ごめん」「俺が悪かった」「泣かないでくれ」と甘い言葉をささやいても。
サラの見開かれた大きな瞳から、涙を止めることはできなかった。

抱きしめた彼のシャツの胸は、素肌が透けるほどサラの涙でぐっしょりと濡れて、鍛えられたその肌に張り付いている。
サラは声をあげず、ただ静かに涙を流す。
瞬きすることも忘れたように表情を変えないまま、サラはその黒く長い睫毛を濡らし続ける。

いろいろな色を見せる、彼女の青い瞳。
晴れた空を溶かしたように深く、ときには好奇心に輝き、気の弱さを見せるときは月のように暗く陰り、そしてジュートを見上げるときは淡い想いで滲ませる。
今その瞳は感情を見せず、ただただ透き通り、涙を湧きあがらせる泉のよう。

可愛らしい鼻やふっくらとした頬は真っ赤で、短くした髪の奥に隠れる白いうなじとのコントラストが眩しい。
触れるたび離れがたくなる唇は、無意識に声をあげまいとしているのか、ギュッと引き結ばれている。
抱きしめる腕に逆らわず、サラはしなやかな体を彼に預けてくる。

その姿やしぐさの全てが、愛おしかった。
けれど、一番愛しいのは、サラの太陽のような笑顔。

自分が泣かせたくせに、どうして涙を止めてくれないんだと、ジュートは苛立った。

「くそっ!」

ジュートは観念して「おまえのせいだからな」と掠れるような低く小さな声でささやいた。

もう少し、我慢しようと思っていたのに。
おまえがその髪を伸ばして、俺の元に戻るまでは。


ジュートは、サラの頬にキスをして、溢れる涙を唇でぬぐう。
涙の味を感じ、ジュートの胸は熱く高ぶった。

その熱情の導くままに、ゆっくりとその端正な顔を傾け、軽く唇を開いたまま、サラの赤く染まった唇へと近づけていく。


そっと、今までのように、サラのやわらかく熱い唇に触れて。

そのまま、サラの呼吸が止まるほど。

深く深く、くちづけた。


「……っ!」


自分の口内に、何かやわらかいものが入り込んでくる。
その強烈な違和感に、サラは意識を取り戻した。

視界に突然現れた、ジュートの長い睫毛。
その睫毛がフルリと動き、閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれていく。
艶やかに濡れてきらめく緑の瞳が現れ、サラの心臓をドクンと震わせる。

サラは、霞がかかったようにぼやけた頭で、今の状況を理解した。


ああ、これはもしかして……

私、大人のキスってやつを、されているのでは……


サラは超至近距離で、緑の瞳と見詰め合っている。
困惑に身じろぎするが、がっちりと腕の中に閉じ込められ、体がきしむほど強く抱きしめられて動けない。
一瞬、フッと唇が1センチ離れる。
甘い吐息がかかる距離で、ジュートは悪魔のように妖艶な笑みでささやいた。


「お前、目ぇ開けてんじゃねーよ」


再び瞳を閉じたジュートは、サラの唇に軽く噛み付き、再び彼女の唇を開かせる。
サラは、魔法にかけられたように、ゆっくり瞳を閉じながら思った。


『これって、うにうにしてて、まるでサンドワームみたいね』


サラがおかしなことを考えている間に、ジュートの手は、サラの頬から首筋をなぞり、そしてサラの肩へと、降りていく。


(……っ!!)

夢見心地だったサラは、ものすごい強さとスピードで、ジュートの体を思いっきり突き飛ばした。


「ダメっ!」


そこだけは!

リベンジするまで、待ってくださいっ!!


涙を止めて真っ赤になったサラを、再び抱き寄せたジュートは「お前の髪がもっと伸びて、ついでに……そこがもうちょいどーにかなるまで、待っててやるよ」と笑った。

 * * *

茶色くゴツゴツとした岩山は、ぱっと見ただけでは人間どころか生物が暮らしているようには見えない。
サラは、砦の出口から少し離れた砂地に立ち、その光景を目に焼き付けるように、目を細めた。

そこは、気のいい盗賊、いや家族たちの暮らす、素敵な隠れ家だ。
岩山のてっぺんを見据えながら、サラは思う。

あのあたりに、きっと彼はいるはず。
今頃、たまりにたまった書類を前に、ふくれっつらで机に向かっているに違いない。
また書類を倒して、雪崩れおこさなければいいけれど。
サラは、そんな想像をして、ふっと笑んだ。


サラをちょっとだけ大人に変えたあの行為の後で、彼は言った。


「一緒に行ってやりたいけど、俺にもやることが残ってるから」


光の精霊がまとわりつき、きらめく緑の髪。
エメラルドのように透き通る瞳の、精霊王。

彼は、どうしても見つけなければいけないものがあると言った。


「先に俺の探しものが見つかったら、お前に会いに行ってやるよ」


それは、盗賊たちが欲しがるような、伝説の宝だろうか。

あなたは、いったい誰?
あなたは、何を探しているの?
あなたは、私をどう思ってる?

聞きたいことは、何も聞けなかった。


あなたのこと、私はまだ何も知らないまま。

でも、きっとまた会えるよね。


サラは「早くー」と声をかけてきた仲間を追って、砂地の石を蹴り、力強く駆けて行った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
この話は、第二章のスタートでもあり、第一章のシメでもあります。精霊王君は一時退席ですが、まあ満足していることでしょう……うっぷす。皆さんも青汁飲んで口腔内リフレッシュを。
しかしあの「……」の話だけど、あのうにうに行為の意味がワカランと思うのは自分だけでしょうか?大人な経験者の皆さま、そー思わん?
次回から、トリウム王城攻略編に入ります。また強烈新キャラどんどん出るけど、まずは主要人物中稀少な地味顔キャラのあいつが活躍しますよー。

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(中編)~

第二章 王城攻略


カリムとリコの身支度は終わり、残すはサラの”運命の剣”探しのみとなった。
2人は、この先サラが戦うような状況にはならないだろうし、万が一のときも体力が回復した自分たちだけでなんとかなるから、剣探しは諦めるよう説得したが、サラは頑として聞かなかった。

「絶対見つけてやる!俺の運命の剣を!」

気分はすっかり、少年マンガのヒーローだった。

 * * *

そこまでいうなら良い方法があるぞと、サラはジュートの部屋に連れて行かれた。
つい昨日は、震えるリコと決意を胸に訪れた部屋。
同じ内装だというのに、なんだかまったく違う部屋に入ったように思えるのは、最初から光の精霊の力で明るく照らされているからだろうか。

サラはきょろきょろと室内を観察した。
間違い探しのように発見した、デスクの上の書類。
昨日の2倍、いや3倍ほどに膨れ上がっている。

積み上がった書類の一番上を、何の気なしにのぞき見ると『本日の宝探しゲーム勝敗表』と書いてある。
盗賊たちが、午前中は全員で遊んで過ごしたと聞いて、あまりの仲の良さにサラは唖然とした。
まさか自分の髪を巡って、鬼気迫る攻防戦が繰り広げられていたとはつゆにも思わない。
ゴツイ男たちが、楽しそうにフルーツバスケットや椅子取りゲームをする姿を勝手に想像して、サラはひとりクスクス笑った。

デスクの引出しを漁っていたジュートは、黒い布に包まれた小さな物体を取り出した。
布をめくると、そこからでてきたのは、角が丸く削れた、正方形の小さな石。

「これは、ラッキーダイス」

ジュートは、サラに見せるように手のひらの石を向けたあと、その石にフッと息を吹きかけると、うつむいて瞳を閉じた。
サラは、その整った横顔をねっとり見つめ、目の保養をする。

「我は命じる。サラの運命の剣を見定めよ」

その言葉に反応した光の精霊が、黒いダイスに集い、ダイスを発光させる。
ゆっくりと目を開くと、ジュートはダイスを床に放り投げた。
ダイスは放り投げられた勢いのままに、床を転がって開け放たれたドアの向こうへ。

「このダイスが、お前を運命の剣まで導くはずだ」
「わー、すごい便利ね!」
「ま、そんな剣がここにあればの話だが」

このままダイスが動かなくなれば、サラの運命の剣はここの砦には存在しないだろうといったジュートに「あるもん、絶対!」と反論して、サラはダイスの転がる先を見届けようと、部屋の外へ向かう。

ちょうど部屋と廊下との境目。
そこで、ダイスはピタッと止まった。
サラも足を止める。

突然ダイスの輝きが、一気に増した。
あたかも小さな太陽がそこにあるかのような、白い閃光。
サラも、ジュートも、あまりの眩しさに一瞬目をくらませた。


『ゴロゴロゴロッ!』


ダイスは、猛スピードで部屋へ転がりながら戻ってくる。
サラの靴の先にぶつかり、反動で跳ね返ったが、またサラへと転がり追突。

「えっ、えっ?」

サラが1歩足を引くと、今度はもう1方の靴先へ。
どんどん後退しても、その分距離を縮めて、ズンズンと何度も足へぶつかってくる。

「ジュート、何、これ?」

ジュートは、普段は細められているその目を少し見開いて「いや、俺にも」と呟き、頭を軽く横にふる。
もしかして命じ方に問題があったかと、ジュートはサラのそばに寄った。
腰をかがめてダイスを摘もうと、腕を伸ばすのだが。


『ゴロゴロゴロッ!』


ダイスは猛スピードで転がり、部屋の隅へ逃げてしまった。
チッと舌打ちして、ジュートが姿勢を戻すと、またそろりとサラに近寄り、靴先への突撃を繰り返す。
もう一度ジュートが「おい、逃げんなよ」と言いながら手を伸ばすも、結果は同じ。
ジュートは諦めて、サラから離れ、デスクの上に腰掛けた。

「何?私が気に入らないの?なんなの?」

ジュートが離れて安心したのか、ダイスはツンツンとサラの靴先に転がりつく。
どんなに足を引いても、追いかけてくるので、サラは途方にくれた。
しつこいダイスの動きに、徐々にキレてきたサラが、もうイヤっ!と叫んで狭い室内をぐるぐる逃げ回る。
始めは唖然としていたジュートも、喜劇のようなドタバタ追いかけっこに笑いを誘われ、デスクに腰掛けたままニヤついている。

サラは、堪忍袋の尾が切れ、立ち止まった。
ツンツンと足元をつっつくダイスを、細い指でつまみあげた。
ダイスが逃げずに大人しくしているのを見て、手のひらに乗せる。
すると、ダイスはまたピカッと光を発し、ただの石コロのように動かなくなった。

「一体どーしたの?ダイスちゃん」

床を転がり続けて、少しホコリっぽくなった黒い石。
サラは、至近距離でダイスを見つめる。
その時、サラの手のひらが、パチリと静電気のような音を立てた。


『ボムッ!』


突然の、爆発音。
サラは悲鳴をあげ、手のひらのダイスを床へ放りだす。
ダイスは黒い煙に包まれながら、床へと落下した。


『ガランッ!』


小さな石とは違う、何か重たいものが落ちたような、低く鈍い音が響いた。
サラが目を開くと、そこには黒光りする細身の長剣が、鞘に入った状態で転がっていた。

「ダイスちゃん……剣だったの?」

サラは、小首をかしげながら、ジュートに問いかける。
ジュートは、デスクに腰掛けて目を見開いてたまま、しばらく床に転がる剣を見つめていた。
動揺したジュートが動かした腕が当たったせいで、山積になっていた書類の束が、ばさりと落ちて床に広がっていた。

 * * *

元ラッキーダイスだった剣の鞘を抜いたサラは、その美しさに目を奪われた。
黒い鞘の中には、まるで光を閉じ込めたような、まばゆい刀身。
鍔の部分には透明な宝石が1つはめ込まれ、特別な輝きを放つ。
軽く振ってみると、重さはほとんど感じない。
それどころか剣を持っていない方の腕が重く感じるほどだ。

もう一度刀身のきらめきに目を細め、その美しさを心に焼き付けた後、サラは剣をゆっくりと鞘におさめた。
刀の長さは、サラの腕より少し短い程度で、理想の大剣とはいかなかったが、分相応で扱いやすい。
衣装の腰紐に挿したが、とにかく軽いため、歩いても邪魔にならない。
サラは、すっかりこの刀が気に入った。

「ダイスちゃん、君、本当はカッコよかったんだね」

こんなすごい刀を、私はもらってもいいのかな?
一瞬不安に思い、サラはジュートを仰ぎ見た。
ジュートは、なにやら首をかしげながら、刀を手に取ったり腰に挿したりする、サラの一挙手一投足を見つめている。

「サラ、お前このあいだ、自分には魔力が無いと言ったな。それは本当か?」

ジュートは床に散らばる書類を拾うこともせず、サラから少し離れたデスクに座ったまま、低く鋭い声で問いかけた。

「うん。強い魔術師に、お前は魔力が無いって言われたよ」

ジュートはその言葉に返事をせず、右手を頭の上でひょいっと動かした。
まるで、軽くキャッチボールをするようなしぐさで。
その手の平から、ボールではない何かが出てきた。

ジュートの手から、サラに向かって放たれたのは、1本の光の矢だった。


これは、自分を、傷つけるもの。


自分の目前に迫ってくる光を見つめ、サラは恐怖に身をすくめる。
この世界で初めて見る、悪意という意思を持った、光の化身。
なんだか頭が、ぼんやりとする。
鋭い矢が自分の胸に向かっていることに気付いても、指一本動かせない。

ダメだ、逃げられない。


『バチンッ!』


サラの胸に触れた瞬間、光の矢は小さな爆発を起こし、はじけて、消えた。
いや、消えたと思っていたそれは。


ジュートの胸に、突き刺さっていた。


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すみません、思ったより長くなってしまったので、いいとこで続く……という嫌がらせを。
ラッキーダイスちゃんの変身、作者もびびりました。どっかテキトーな隠し部屋にでも転がっていくと思ったら。不思議だ。
次回で、けっこうキ○クな精霊王君の出番はひとまずオシマイ。なのでご祝儀に、ちょい大人のムフフ的展開に……青汁準備必須。

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(前編)~

第二章 王城攻略


出発の準備と言っても、たいした荷物は無い。
……と思ったら、大間違いだった。
なぜなら、サラたちは大事な旅の荷物を、ほとんど砂漠に捨ててきてしまったから。

今頃あのかわいそうなラクタも、寝袋も、乾いた砂に埋もれているだろうか。
王宮を出てからというもの、何度か横目に眺めて通り過ぎてきた、あの小さな集落たちのように。

井戸の枯渇で家を捨てざるを得なかった砂漠の民は、現在王宮の近くで避難生活を余儀なくされている。
彼らの待遇は、人間として誇りを保てる最低レベルに見えた。
まさに、スラム化の一歩手前。
王宮は暴動を恐れて、監視の目を厳しくしている。

旅を、急がなければ。
どんなにこの岩山の砦が、居心地よくても。

大切なひとと、離れることになっても。

 * * *

盗賊の家族と認められたことで、必要なものはすべて、無償でゆずってもらえることになったサラたちは、広い倉庫の中で、乱立した背の高い棚の間をうろうろしつつ、おのおの必要なアイテムを選んでいく。
例のおばちゃん盗賊が、トリウムまでの道のりの説明とともに、周囲から浮かないような格好をしなきゃねと、かいがいしく商人風の衣装をアドバイスしてくれた。
いずれまた砂漠に戻ることになるだろうし、そのときは砦に寄っておばちゃんになにかお礼を渡そう。

今度の旅の設定は、トリウムへ仕入れに行ったまま帰ってこない商人の父を探す、けなげな3人兄妹。
カリムは兄、リコは姉。
サラは、一番下の息子となる。
頭が軽くなってスッキリしたサラは、またもやコスプレ気分で、少年の衣装を嬉々として選んでいた。

オアシスは温暖湿潤な気候なので、砂漠の衣装よりは薄着になる。
ぶかっと布をたるませて、その上からマントをかぶるスタイルだから、体の線は目立たないのだが。

「ねぇ、やっぱサラシとか要るかなぁ?」

サラは、後方の棚を漁っているリコに向かって、振り向きざまに質問する。
しかし、そこに居たのは、リコではなくカリムだった。
カリムは、サラの胸をチラリと見たあと、フッと皮肉めいた笑みを浮かべ、無言で立ち去った。

「なんか……むかつく」

2年後を見てろよ!

その日から、サラの毎日の腕立て伏せノルマは、100回から200回に増やされた。

「サラ様、ステキです……」

その後毎日朝晩、100回ずつの腕立て伏せを含む、恐ろしいボリュームのトレーニングをこなすサラを見つめて、ますます傾倒していくリコなのであった。

 * * *

最も時間がかかったのは、サラの武器選びだ。
少年になった自分に、ぴったりの剣が欲しい。

先日の砂漠の旅で、サンドワーム出現事件の後、サラは一度カリムの剣を触らせてもらった。
剣はとてつもない重量で、サラが両手を使って必死に踏ん張っても、落とさないようにキープするのが限界だった。

「この剣は、俺と契約した聖剣だから、俺にしか扱えないぞ?」

と言っていたが、サラにはその意味がピンと来なかった。
カリムはやれやれと肩をすくめて、剣について解説してくれた。

剣というものは、宝石や杖と同様に、精霊に好まれやすい。
精霊がついた剣は「聖剣」と呼ばれ、魔術的な攻撃力を付加された強力な武器となる。
あのサンドワームがたった一撃で倒れたのも、聖剣の力を借りたおかげだった。

そして、聖剣は選ぶものではなく、選ばれるもの。
剣と人間には相性があり、剣が持ち主を選ぶこともよくあるらしい。
剣に選ばれたなら、見た目の大きさや重さの問題は関係なく、その剣が最高の使い心地になるそうだ。

その説明を聞かされたとき、ひらめいた1つのイメージ。
大剣を背中に担ぎ、片手で振り回す流れの剣士、サラ。

うーん、いいねぇ。

武器のしまってある箱のなかで、一番巨大な箱の蓋を開け、サラはやる気マンマンで腕まくりをした。
大きくて古い、さもいわくのありそうな装飾の剣が、どっさり入っている。
重たいのもかまわず、1本1本両手で持ち上げては、振るってみた。

「私の運命の剣は……この剣では、ございませんっ!」

いちいち、決め台詞を言いながら、箱から取り出した剣を手にとっては、足元に放り投げていく。

ああ、なんだか楽しい。
どんな剣が、私を選んでくれるんだろう?
ウキウキしながら、上機嫌で剣をチェックしていったサラだが。
箱の剣はどんどん減り、両腕が疲労でパンパンになったころ、箱の中はついに空っぽになった。

無い!
1本も無い!
こんなにたくさんの中から、1本も見つからないって、どーゆーこと!

ふくれっつらで、取り出した剣をまたガチャンガチャンと乱暴に箱の中へ戻していく。
そして、ふと気が付いた。
剣に選ばれなかったのは、単に自分の実力不足のせいではないか?

カリムの剣さばき、すごかったなあ。
私はまだ、その域には全然達していない。
未熟者には、聖剣を持つ資格がないのかも。
魔力も無いし、この先もし怪物や敵が現れたら、いいとこなしか。

守られる側のお姫さまポジションということはすっかり失念し、サラはしょんぼりと肩を落とした。

「くっ……おまえやっぱり、面白い女だな」

肩を震わせて笑いながら現れたのは、サラの大切なひと。

 * * *

朝の、あの、あれから、まだほんの数時間。
サラは、内心ときめきながらも、再会を喜ぶそぶりもみせず、ジュートに悪態をついた。

「私の運命の剣があると思って期待してたのに、結局無いんだもん!こんなにたくさんあるのに!」

サラが唇を尖らせると、ジュートは「おまえ可愛いな」といって、サラのタコ唇にチュッとキスをした。

ギャッ!
また不意打ちですかっ!

真っ赤になって後ずさるサラを追って、ジュートは倉庫の壁際に追い詰める。

「そんな可愛いこと言うと、手放したくなくなるな」
「やっ、だめ、こんなとこで」

すぐ近くに、リコもカリムもいるのに!
ジュートはくすくすと笑いながら、至近距離で言った。

「可愛いけど、お前、ときどきバカだな」

ここ見ろよ、といって、ジュートは外して壁に立てかけられた、箱の蓋を指した。


『リサイクル。つかうな』


どうやら、サラが漁っていた箱は、使い古した剣のリサイクル用ゴミ箱だったらしい。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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ようやくサラちゃん視点。旅は準備中が一番楽しいと思うのは、ドラクエ好きに共通する認識ではないかと。宝箱全部漁って、一番強い武器防具装備で出発。これ最高。「ございませんっ」の決め台詞は、分かってると思うけどガキの使いオマージュです。
次回は、サラちゃん運命の剣との出会い。そして最後のキッス&バイバイバイ♪(byLR)……かな?

閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(後編)~

第一章 異世界召喚


どのくらい、硬直していたのだろうか。
「あと1分」の掛け声を聞いて、壁際に立ち尽くして食器棚を見つめていたリーズは、ようやく我に返った。
今、なんだかおかしな声を聞いたような気がするけれど、気のせいだろう。急がなきゃ。

再び食器棚の脇に這いつくばり、指先をスキマの奥にはわせようとしたリーズ。

「俺が落としたのは、ごく普通の使い込まれたステンレス製スプーンですよっと……」

さっきのは気のせい気のせい、と念じつつ、何の気なしに呟いたリーズの耳に、また小さな女の子の声が聞こえてきた。


『へえー。正直な人!あたし好きだな!』

『あっ、あたしだって好きだもん!』


再び固まるリーズ。


『『あなたに、あたしたちを、あ・げ・る!』』


リーズの手のひらには、いつのまにか金・銀・ステンレスと、3本のスプーンが握られていたのだった。

  *  *  *

3本のスプーンのうち、ステンレスのスプーンは制限時間ギリギリで引き出しに戻した。
しかし、金と銀のティスプーンは『ねえ、あたしたちを、あなたの胸のポケットに入れて?』とおねだりしてきたため、放心状態のリーズは、請われるままにその小さなスプーンを、シャツのポケットに入れて持ち帰ってしまった。

会場チェックが終わり、食堂には、次のチームが勢い良く飛び込んでいく。
一家はわいわいと成果を確認しながら、自分たちのねじろである部屋へ戻ろうとしていく。
しかし、リーズはついていかなかった。

意を決し、食堂脇の廊下に机をかまえてゲームの採点をしていた頭領に、おずおずと近づいたリーズ。
頭領は、一瞬ビクッとして頭を上げ、眼光を鋭く緑の瞳を光らせながら「リーズ、昼飯の後でそいつらもって俺の部屋にこい」と言った。
どうやら何も言わなくても、すべてお見通しのようだ。


その後、頭領の部屋。
リーズはこの砦で産まれ育って22年目にして、憧れの頭領の部屋への入室を許された。

「おまえ、面白いもの見つけたなあ」

リーズが差し出した、金と銀のスプーンを見て、頭領は大きく肩を震わせて笑った。

『王様なんで笑うのぉ?』
『あたしたちなんか変なことした?』

金と銀のスプーンが、頭領のデスクの上でコロリ転がりながら訴える。
どうやらスプーンの声は、ここにいる頭領と自分しか聞こえないらしい。

食堂を出る際「あんた結局、1つも見つけられなかったんだねえ、まったく頼りにならない子だよ」と、おかみさんにイヤミを言われたとき、

『うるさい、ばばあ』

とスプーン達が言ったため、リーズは張り手の1つや2つを覚悟したが、その言葉はおかみさんには聴こえていなかったようだ。

コロコロと動くスプーンを見ながら、リーズは小さい頃にオヤジさんから散々聴かされた「親の言うこときかない悪い子にはお化けが出るぞー」という台詞を思い出した。
いや、でも、これは怖くないしと、リーズはすぐにお化け説を却下した。

頭領は嬉しそうに、穏やかに微笑んでいる。
こんな表情は、盗賊の女が出産したとき、名前をつけるために赤ん坊を抱き上げる顔と同じだ。
リーズは不思議に思い、頭領に問いかけた。

「あの、頭領、このスプーンは一体……」

「ああこいつらは、光の妖精の子どもだ。双子みたいだな」

妖精は、いくつのも精霊が集まり長い時間をかけて融合し、一つの意思を持ったときに生まれる貴重な存在だ。
小さな人に似た姿で、とても小さく、背中に羽が生えていると、子どもなら誰もが御伽噺に聴かされる。
精霊の森には、それなりの数が暮らしているのだが、森を出ると力が弱くなるため、めったに森の外には出たがらないはずだったが。

「なぜおまえら、こんなところでこんな姿に?」

くつくつとおかしそうに笑いながら、頭領が尋ねる。

『あのね、ちょっとだけ探険しようと思ったら、迷子になっちゃったの』
『疲れて消えちゃうとこだったけど、ちょうど居心地良さそうなスプーンがあったから入ったの』
『そしたら、空も飛べなくなって、どこかに運ばれて、だれもあたしたちに気付かなくて』
『誰かの口にいれられるのやだし、上手に転がって、暗いところにずっと隠れてたんだよね』

小さなスプーンの大冒険話に、頭領は珍しく声をあげて笑った。
2本のスプーンも、くすくすと笑いながら、スプーンの柄を下にして、デスクの上に立ち上がった。
金銀2本のティスプーンは、くるくると回りながら光を放ち、楽しそうにおしゃべりを続ける。

『でも、それからだれも見つけてくれなくて、ふたりでおしゃべりして遊んでたの』
『あたしたちの声ちっちゃくて、すごく近づいてくれないと聴こえないし』
『そもそもあたしたち、人と話すの難しいしね』
『少しでもうそついたり、悪いこと考えるひとには、あたしたちの声聞こえないのよ』

そこまで話すと、スプーンの妖精は、くるりとリーズの方へ凹み部分を向けた。
やはり、アレが頭で、アソコが胴体、凹んでいる側が表なんだなと、夢見心地でリーズはスプーンの動きを見つめた。

『そしたら、初めてあたしたちの声、聞いてくれるひとが来たの。うれしかったあ』
『やっと連れ出してもらって喜んでたら、王様がいたからびっくりしたよね』

スプーンの妖精から、王と呼ばれる頭領。
頭領は、リーズに鋭い視線を向けると「この話は聞かなかったことにしろ、いいな」とささやき、リーズは夢見心地のまま、こくこくと何度も頭をふった。

そんなリーズの姿を見て、金と銀のスプーンは、キラリと顔(ヘラ部分)を輝かせた。


『ずっと森に帰りたいと思ってたけど、あたしダーリンとしばらくいるー』
『あっ、あたしも、あたしもー。ダーリンと一緒がいいっ』


ダーリン。

特別に好きな異性を意味する言葉だということは記憶にあるが、今まで人間の女からもそんな甘い言葉をささやかれた経験はない。
ああ、なぜ俺は、2本のスプーンからダーリンなどと呼ばれているのだろう?


『あたし、もっと遠くに連れてってほしいな。いろんなものが見てみたいの』
『うん。そしたらお礼に、あたしたちの力使わせてあげるよ?』
『今はスプーンから出られないけど、力はけっこう強いんだから、ね?王様?』
『王様、あたしたちの名前、ダーリンに教えてあげてもいい?いいよね?』


リーズはぽっかりと口を開けて、スプーンのくねくねした恥ずかしそうな動きを見つめる。
全身からは冷や汗が吹き出て、じっとりと衣類が濡れていく。
頭領が好きにしろと苦笑すると、スプーンはまた嬉しそうにくるくる回った。


『あたしキーン。おねえちゃんだよ』
『あたしギーン。いもうとなの』


そのまんまかよ、とツッコミたいところだったが、あまりの展開にリーズはただこくこくと頷くしかできず。


『敵をやっつけたいときは、心の中であたしの名前を読んでね?』
『ケガとか病気のときは、あたしの方だからね?』


はい、わかりました……


『あたしたちがいれば、ダーリンは人間だと最強なんじゃないかな?』
『よかったね、ダーリン。これでもうばばあに文句いわれないねっ』


はい、よかったです……


こうしてリーズは、下っ端男改め、人類最強魔術師となって、サラの旅のお供に加わることになったのだ。

人生何があるかさっぱりわからないもんだなぁと、かなりの長い間砦の盗賊たちは、リーズの華麗なる転職について語り合った。


そしていつしか話がうまいこと捻じ曲がり、砦の大食堂スプーン食器棚正面の壁には『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ』の絵画が飾られることになったのである。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
どーでしょう、この王道っぽいオチ。イイヒトは最後むくわれると信じたい小市民の夢です。スプーンズには別の名前もあったんですが、いつか某有名台詞を言わせたいと思ってこの手抜きネーミングに。
次回から、そろそろ旅出発方向へ進めようと思います。別れ際アマッ……かも。

閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(前編)~

第一章 異世界召喚


【前書き】第一章終了後(あのちゅー直後)、盗賊さん視点のところからスタートです。


「いいかい?1つたりとも見逃すんじゃないよ!」

サラいわく”おばちゃん”こと、一家を仕切るおかみさんが、ぷよっと太い腕を胸の前でくみ、屈強な男たちを前に声を張り上げる。
一家の男たちは『オー!』と気合いの入った声をあげる。
周囲の期待がどす黒い魔力となってにじみ出て、ずしんと肩にのしかかり、下っ端男ことリーズは1人ため息をついた。

  *  *  *

ここは、砦の大食堂。
今朝行われた、頭領による演説は、盗賊たちに今までにない興奮を巻き起こした。
現在も、その興奮が収まらない、いやさらに拡大中だ。

定期的に行われる集会は、盗賊たちが腕相撲トーナメントと並んで、もっとも楽しみにするイベントの1つ。
集会で語られる頭領の話は、とにかく面白い。
今までのテーマはといえば「新たな面白い商売のネタ」やら「戦闘で相手に隙を作らせるコツ」やら、はたまた「女を(または男を)喜ばせる○○」やら……

本来集会への参加は任意だったが、話を聞き逃すと聞いたやつらの何倍も遅れをとってしまう。
しかも、憧れの頭領の近くで、あの美しい顔をまじまじと見られる上、稀に話しかけられるラッキーな奴もいるとなれば、行かないバカはいない。
今じゃ盗賊たちは男も女も子ども関係なく、見張りと病気のやつを除くほぼ全員が参加する、でかいイベントだ。

しかし今回の集会は、かつてない衝撃的な展開だった。

あの頭領が……

「星の数ほど女の心を奪ってきたが、女に心を奪われたことは1度もねぇ」と豪語し、あらぬ欲を持った女が近づけば、氷のような視線一つで2度と近寄ろうという気を起こさせないほどのトラウマを与えてきた、あの頭領が。

ついに、たった1人の女を選んだのだ。

呆けたままの表情で、仲間2人に支えられながらふらふらと退出する彼女に、盗賊たちは一斉に『姐さんー!』『姐ごー!』と大声援をおくり、姐さんは顔を真っ赤にしてうつむくと、脱兎のごとく逃げていったっけ。

確かに姐さんは、おかみさんと同じ人間とは思えねえくらい、べっぴんさんだったけどさ。
どっちかってーと俺は、もう一人のコの方が……
リーズはぽっと頬を赤く染める。

あのコ、本当に可愛かったなぁ。
大きな目がうるうるしてて、下っ端パシリな俺のことも怖がっちゃうくらいおびえてて。
だっこして運んだときも、めちゃめちゃ軽くてやーらかくて……
男としちゃ、ああいうコ、守ってあげたいよな。
でもこれから、旅に行っちゃうんだよな。
また、会えるかな……

「なにやってんだい!早く行くんだよ!」

リーズは、おかみさんの張り手で夢(妄想)から覚める。
すでに開かれていた食堂のドアを見ると、慌てて飛び込んだ。

これから始まるのは、頭領が考えた最高にエキサイティングなゲーム。
リーズは、仲間から期待を託された、選ばれし勇者だった。

  *  *  *

ときどき頭領は、俺たちがワクワクするような遊びを考え付く。
姐さんたちがトリウムへ出発する準備のため退室した後、興奮冷めやらぬ俺たちは「おいてめーら、今日は昼まで仕事はやめだ。面白いゲームでもしようぜ」という頭領の言葉に、大きな歓声で答えていた。

「今回は、早いもん勝ちの宝探し。お宝は、今ここにあるコイツだ」

そういって、頭領は左手に掴んだ姐さんの髪の束を頭上にかかげた。
魔力がそれなりにある男たちはもちろん、魔力が微量しかない子どもにも見えたはずだ。

恐ろしいほどの光の粒。
いわゆる光の精霊たち。

黒髪そのものが光を放っているように見えるほどだった。
精霊たちは黒髪にもぐりこんだり、滑らかな表面を転がったり。
光の粒が、楽しそうにまとわりつきながら、キラキラと白く透き通る光を周囲に振りまいていた。

「こいつを懐にいれとくだけで、光の精霊の加護がうけられる。こりゃ面白いお宝だろ?」

その瞬間、会場内は殺人的な熱気につつまれる。

『欲しい……』
『欲しい……』
『欲しい……』

特に魔力が少ない者たちが、お宝を見つめ、瞳をぎらつかせた。
魔力が少ない者ほど、杖や指輪など魔力を増やすアイテムに対して貪欲だからだ。
まあ、中にはリーズのように「別に魔力少なくても、楽しく暮らせりゃいいや」という根性無しもいるのだが。

しかも、光の精霊のマジックアイテムなんてしろもの、レアなお宝探しが大好物の盗賊たちも、誰1人として見たことも聞いたこともない。

人間は、炎をランプに閉じ込めたり、水を桶に汲んだりはできる。
しかし、決して光を捕まえることはできない。
夜が来れば、全ての光を手放し、次の朝日を待つしかないのだ。
大陸のずっと遠くには、自ら光を放つという虫がいて、光の精霊の使者と大切にされているらしい。

人にとって、光は神の恵みであり、空を守る女神の化身だった。
そして、魔術師にとって、光を操ることは永遠の憧れだ。

光の精霊は力が強く、よほど力のある魔術師以外の命令はめったに聞かない。
光を放ったり稲妻を作るような、比較的簡単な魔術でも、光の精霊に命令を聞かせるのは難儀だという。
リーズたち盗賊も、それを軽くやってのける頭領の純粋な力に心酔している部分もある。

魔術でさえ難しいのに、杖や指輪に閉じ込めることは100%不可能で、光はマジックアイテムにはならないというのが常識だった。
もしあるとしたら、相当のお宝だ。

実際、光のマジックアイテムが存在するという噂は、たびたび盗賊の耳に入る。
光の精霊は気まぐれで、美しい宝石など、気に入った素材に寄っていくことがあるからだ。
しかし、長く止まることはなく、すぐに別のどこかへ飛び去ってしまう。

今までに見つかった『光の精霊を宿す宝石』と言われた伝説のお宝は、すでに精霊が去ってただの宝石になっているものばかりだった。
それでも、過去に光の精霊が魅せられたというだけで、国宝級のお宝となる。

しかしこの黒髪は。
気まぐれな光の精霊を、あっさりと魅縛してしまったのだ。

世界で唯一の、光の精霊を封じたマジックアイテム。
そんな前代未聞のお宝出現に、大食堂はまさに興奮のるつぼだった。
頭領は、こりゃきっちりルール決めなきゃ死人が出るなと、苦笑しつつも公正な宝探しゲームの内容を示したのだった。

  *  *  *

今回のゲームのルールはこうだ。

まずは、魔力の少ない子どもと、普段食堂で働く女たちが、それぞれの家族から一時抜けて、せっせとお宝作り。
「聖なる光の髪」(俗称:姐さんの黒髪)と名づけられたその髪を、小指の半分ほどの太さに小分けして編みこみ、1本の紐状にして、黒い小さな布袋に入れお守りの形にした。
普段身につけているだけでも使えるが、より大きな魔術の際は袋から取り出し、杖や手首に巻いて使う。

これが、合計100個も作れたらしい。
それらを、食堂内のどこかに隠す。

現在30組ある一家が、チームの単位となり、制限時間内に宝探しをする。
見つけたものはすべて持ち帰れるが、家族内でどう分配するかは、一家のルールで決める。
くじ引きでもよし、バトルでもよし、オヤジさんやおかみさんの独断で、落としたい女(または男)にやるでもよし。
30組が探しても見つけ出せなかったお守りがあれば、隠した側の女と子どもたちへ配られるため、隠す側も必死になる。


お守り作りの間に、一家の中からゲームに参加する代表5名が、話し合いによって選ばれる。
一家の代表であるオヤジさん達は、宝探しの順番を決めるために一度別室へ。

順番を決めるのは、いつもどおり幸運のダイスだ。
オヤジさんたち30名で円をつくって座り、その円の中心に頭領が幸運のダイスを放り投げて、ゲームの順番を決める。
頭領によると、このダイスはいたずら好きの妖精が作ったものだそうで、今もっともツキがある者の方へ転がっていくのだ。

さっそく、1回目のダイスが投じられた。
ダイスは、ハラハラ見守る人間をからかうように、あっちこっちバラバラの方向にしばらく転がり続け……最後はリーズ一家のオヤジさん前にぴたりと止まった。
その朗報が伝えられると、リーズ一家のメンバー達は、歓声を上げながらオヤジさんの元に駆け寄り、興奮する犬コロのように抱きついた。

全ての組の順番が決まったところで、再び一家はねじろにしている部屋へ集合し、作戦会議。
各チームに与えられた時間は5分。
5人のメンバーで、できるかぎりのお宝をさらって、ルール違反がないかチェックされた後に、次の順位のチームにバトンタッチする。
順番が後ろになればなるほど、すでに見つけられてしまった分のお宝が減っていて、見つけるのが困難になる。

短い時間で、どれだけ多くのお宝を発見できるか?
5人のメンバー選びが、勝負の決め手だ。

食堂で働く女たちから「荒らされるのは勘弁」との意見が出たため、ゲームの基本ルールに「出したものは必ず元の位置に戻すこと」が付け加えられた。
もし出て行くときに、モノの位置が変わっていたら、そのチームの戦利品は没収だ。
さらに、乱暴に探されてモノを壊されるのも困るとなり、誰かが皿1枚でも壊した時点で、チーム全員の権利を剥奪するという、厳しい罰則つきになった。

大雑把でけして気の長いほうではない屈強な男たちにとって、そのルールは足かせとなる。
しかし、大きな鍋や重いテーブルの下に隠されるとなれば、か弱い女では難しい。
悩んだ男たちの視線が、じわりじわりと一点に集まっていく。

その視線の先には、リーズがいた。

リーズは魔力も武力も無い分、とにかく手先が器用で気がきく男だ。
一家の掃除洗濯繕い物から、雑用パシリ肩叩きと、戦い以外のあらゆることを引き受けるなんでも屋。
ひょろっとした体格と、温厚な性格で、いじられることはあるものの、とにかく頼まれごとは誠実にこなすため、一家の信頼も厚い。

女たちからも「ねえ、○○って私のことどう思ってるのかなぁ?」などと、良く恋愛相談を受けている。
女から見たリーズは、あくまで安心安全なお友達で、異性として意識されることはほぼないという悲しい状況だが、リーズはそこもまいっかと思っている。

リーズは器用だし、そこそこ力もある……
人の気持ちを察するのも得意だし、隠すやつらの気持ちも分かるに違いない……

そんな理由から、光栄にも満場一致で、リーズは宝探しのメンバーに選ばれたのだった。
しかし一家の面々は、彼がプレッシャーにひたすら弱いということを、すっかり失念していた。

  *  *  *

食堂へ飛び込んだリーズは、大食堂を右斜め奥へとダッシュしていた。
事前打ち合わせにより、リーズはもっとも重要な、食器の入った戸棚エリアの担当。
皿やコップを素早く移動させ、棚の奥や引き出しの中を探してみるものの、小さな黒い袋はなかなか見当たらない。
焦るほど動作が雑になり、腕を棚板にぶつけて、そのたび食器がガチャンと音を鳴らす。

「こりゃあ難しいぞ」

リーズがため息をついたとき、入り口ドアの方から「あと3分」の掛け声がかかった。
戦利品ゼロでは、おかみさんに何を言われるか……
ぶるりと体を震わせたあと、リーズはスピードアップのために、なるべく壊れにくいものが入った引き出しをどんどん探そうと決め、スプーンやフォークの置いてある食器棚に飛びついた。

そこで、焦っていたリーズは、小さなティスプーンを1本、床に落としてしまった。
カラン!と乾いた音を立てたスプーンは床ではねかえり、大きな食器棚の足の隙間から奥へと転がっていく。

リーズの顔色はサーッと青くなる。
全て元通りにするというルールにより、あの細い隙間のスプーンを取り出さなければ、一家は失格になってしまうのだから。
スプーン1本くらいなくなったところで、証拠を見つけるのは難しいのだが、この盗賊の掟である『ルールを破る者には死を』が徹底されているため、すぐに自己申告しなければ後で発覚したとき命はないだろう。

リーズは床に這いつくばり、必死で隙間の奥のスプーンに手を伸ばした。
ああ、こんなところで自分のひょろ長くて貧弱な腕が役に立つとは。
あとほんの少しでもリーズの腕が太かったら、または短かったら、その隙間の奥まで手は入らなかっただろう。

スプーンの感触を求めて、リーズは手のひらをぺたぺたと棚の下の床に這わせていく。
硬い金属質の棒が指先に触れ、リーズはそれを摘もうとした、そのとき。


『あなたの落としたのは、金のスプーンよね?』

『ちがうわよ、銀のスプーンだったら!そうでしょ?』


棚の下の奥から響いてきた小さな声。

逃げ足だけは早いリーズは、その瞬間、腕を引いて食器棚から飛びのいた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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さて、ようやく王道ファンタジー(だよね?)になってきましたよ。ピュアキャラ主人公が無意識に生み出す奇跡に一般人もう夢中……いいねー。どうやら頭領、サラちゃんの黒髪に一目惚れしたようです。その話はまたいつか番外編で。
次回、ダメダメな下っ端君がいきなり……さて、どこまでビッグになるか、乞うご期待。

閑話1 ~青少年カリム君の、不愉快な日常~

第一章 異世界召喚


【前書き】ちょっと健全な青少年の妄想……的な内容になってます。夢オチなのでリアルではないですが、クダラナイ度MAXです。


俺の夢に、最近よくこの女が出てくるのは、一体なぜなんだろう?
確かに顔はちっと整ってるだろうけど、やせっぽちで胸だってねえ、姫の身代わりのくせにガサツで常識知らずで、時々ヘンタイで……

そうだ、こんな感じで……

  *  *  *

「ねぇ、カリム?」

ああこれは夢だ。


「私と、一緒に寝て?」

夢だろ?


「カリムの、筋肉好き」

夢だよな?


「カリム、体温高くてあったかい」

夢だって、絶対!


「カリムの……」

夢だって言ってくれよ!

(……)


「お○っこも……」

夢夢夢夢夢……

(……ぃ)


「あったかいよ?」

夢だーーー!!!

(……ぉぃ)


「カーリム?」

てめーは夢魔だ!怪物だ!

(……ぉい)


「ねえ、ちゅーしよ?」

(……おい!)


「するかボケー!!!」


ガバっと起き上がった瞬間、俺の顔面は、何かもじゃもじゃとしたものに接触した。
そのもじゃの中の、何かふっくらやわらかいものが、俺の唇に当たったような気がする。

「てんめぇ……」

そこには、日焼けした顔を真っ赤……を通り超して、ドス赤黒く染めて、額に青筋を立てたひげもじゃがいた。

「てめえの分まで部屋がねーからって、俺の寝床半分貸してやったらよ……」

ひくひくと、赤い唇をひきつらせながら、ヒゲは俺のシャツの胸倉を掴んだ。


ああ、殺られる。

絶対、逃げらんねえ。


「どんだけエロい寝言ぬかしとんじゃー!!」


その後、俺は盗賊オヤジの年季入り拳骨ボコボコにくらって、ヒゲの部屋を追い出された。

「欲求不満は、女で解消しろっ!!」

痛かった。
でもこれが、オヤジの愛のムチってやつなんだろうな。
オヤジという存在が居ないまま育った俺は、イテーと呟きながらも、なぜかちょっと胸が熱くなったのだ。

  *  *  *

しかし、その時偶然早起きして、ヒゲの捨て台詞を立ち聞きしていたリコに、

「カリム君はー、だれのことでー、どんだけ欲求不満なんでちゅか~?」

と、しばらくまとわりつかれたことで、俺の胸の温度は一気に急降下したのだった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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どーしてもヒゲが出したかったんです。ヒゲは黒と赤ってイメージで。しかしカリム君は、第二章以降ではイカスキャラ予定だったんだけど、こんなヘタレ、いや健康優良児なネタは想定外?彼は別にサラちゃんのこと特別好きとかじゃないはずです。たぶん。この直後にサラ生ちゅー見て鼻血直前でしたというオチ。
次回は、ドッキドキ王道ファンタジー下克上バージョン目指します!常に目指してますが特濃4.2レベルで。

第一章 エピローグ ~天使を待つ男の、愉快な日常~

第一章 異世界召喚


桜並木が鮮やかに咲き誇り、学生を中心とした花見客で盛り上がる、T市の春。
T駅前のロータリーにも、数本の桜が植えてあるが、すでに枝の半分以上には緑色に染められている。

桜は、新入生の象徴でもある。
この春から、高校生になるのを楽しみにしていた、天使のように愛らしい少女は、校舎の桜を見ることはなかった。

  *  *  *

「馬場若先生!」
「あっ、はい。なんでしょう?」

いつも馬場のボケを華麗にスルーしてくれる、50代のイカス女性看護士松田さんから呼ばれて、馬場は窓際から目をはずした。
馬場先生と呼ばれると「ああ、父を呼んでいるのかと思いましたよ」と、若先生と呼ばれると「ああ小児科の若松先生のことかと」と、いちいちシャレでかわしているうちに、このスペシャルW呼びが定着してしまった。

「もう、いつも若先生は、隙あらば窓際でボケーっとしちゃって!」

窓際一郎ってあだ名つけちゃいますよ!あーカタカナのイチローの方じゃないですよ、漢字の一郎の方ですからね!と、ブツブツ言いながら去っていく看護士、馬場が求める16文ツッコミの相方にふさわしい貫禄だ。

もうすぐ、あのロータリーで天使を見つけてから、16年。
あの日の光景は、一秒単位、何度でも頭の中で再生できるくらい、強烈に焼きついている。
僕の腕のなかで、初めてその青い瞳をひらいた天使。
いや、腕じゃなくて僕の(勤務している病院の)ベッドの中で、かな?

「馬場若先生!」
「あー、いやいや、僕は窓際一郎といいますが、なにか……」

窓から目線を外すと、そこにいたのは熟年看護士ではなく、彼の天使だった。

「ね、松田さんのモノマネ、どう?似てた?」

栗色の柔らかな髪は、今日はひとくくりにして、銀の花模様が美しいバレッタでとめてある。
後れ毛がこぼれたうなじの白さがなまめかしい。

しかし、顔立ちはまだまだ20才そこそこと言っても通じるくらい幼い。
光の加減で淡いブルーに見える大きな瞳は細められ、小さくぽってりとした口元は得意げな笑みを浮かべている。

「あー、びっくりした。松田さんが天使に見えました。どうしたんですか、松田さん。イメチェンですか?ずいぶん若返りますねぇ。やっぱり女性は化粧と洋服で変わるって本当ですね」

彼女はむっつりと膨れて、やっぱり帰りますと言い放ち、きびすを返す。
天使は、ノリツッコミというコミュニケーション術を知らなかった。

  *  *  *

「はい、馬場医院特製、漢方ニガマズ、なんとか茶です、どーぞ」

つい調子にのって、ニガマズゲロンコピー……と続けそうになった。
ノリツッコミすらできない彼女には、その手のモアディープなシャレは通じないのだ。
本物の松田さんなら、あらじゃあわたしのブーブーエキスも加えてくださいなと言って、おしりを突き出してくるにちがいない。

安住ハナは、馬場が適当につけたお茶のネーミングに露骨に嫌そうな顔をしたものの、人に出されたものは残さないという良識があるため、恐る恐るその湯のみに口をつけた。

「あっ、普通に美味しい……」

眉根を寄せて、蕾のように閉じていたハナの表情が、一気に花咲くようにほころぶ。
馬場はこうやって、ハナに小さな嘘やトリックを仕掛けるのが好きだった。
最初に驚かせて、ちょっと怒らせて、でもその後で笑わせる。
一度にいろいろな表情を見たいから、最初から優しく甘くはしてあげない。

  *  *  *

「今日は、どうかしたんですか?」

お茶をすする手が止まり、そっとテーブルに置かれた。
馬場の専門はカウンセリングではないが、ハナはもう17年近く、馬場の最愛の患者を続けてくれている。

「どうかしたんですけど、言いたくないんです」
「どうして?」
「言ってしまったら、認めてしまうみたいで」
「なぜそう思うの?」
「私は怖くて、逃げて、いろいろな大事なものを捨ててきたこと」
「ん、そうなんだ?」
「なのに、私は一番大事なものを、そこに行かせてしまった」

私の罪の、後始末に。

呟くと、安住ハナはがっくりと肩を落とした。
泣いてはいない。
桜の咲きほこる頃から、毎日24時間涙を流し続け、もうそろそろ涙も枯れたころだから。

主語は語られなくても、察しがつく。
桜の咲くころ、新しい制服で学校に駆けていくのを楽しみにしていた、あの少女。

馬場は立ち上がり、安住ハナの肩を、背中側からそっと抱き寄せた。

「あなたは、彼女がどこへ行ったのか、知っているんですね?」

この質問も、もう何度目だろう。
彼女はこの問いかけに答えられたことがない。
パブロフの犬のように、号泣のスイッチにもなっている質問だ。

「ええ、でも、ちゃんと、っく、思い出せ、なくてっ」

いいんですよ、無理に思い出さなくて。
そういいながら彼女の背中をさするのも、定番のやりとり。

  *  *  *

「ハナさん、もしサラちゃんの行き先を思い出したら、一番先に、僕に教えてくださいね」

次の桜の季節に、間に合えばちょうどいいんですが。

「なぜ?次の桜の季節?」

鼻が真っ赤になっているハナさんは、小動物のように愛らしい。
彼女がお気に入りの、ふんわりハナ咲く鼻プルローションティッシュを差し出しながら、馬場はさらりと言った。

「ヒント。次のサラちゃんの誕生日には、16才でしょう?」

赤鼻のハナさんは、まだ答えが分からないというように、首をかしげる。

「では正解。次は、僕からエンゲージリングをあげて、プロポーズしようと思っていたんです」
「ばっ……馬場先生!」

鼻だけではなく、顔全体を真っ赤にしながら、ハナは立ち上がった。

「いいじゃないですか?僕はまだ独身だし、収入もそれなりにあるし、それに自覚していたかわかりませんが、彼女も僕を好きだったんですよ?」

きっと初恋なんじゃないかなぁ。
ときどき僕の元を訪れては、ぽーっと顔を見つめていたんですよね。
細いフレームのメガネが似合う人が好きとも言っていたっけ。
あとは、そうか、筋肉で締まったヤセマッチョが好きとも言ってたかな?
今から1年ジムで鍛えれば、彼女の理想の男になれるかもしれません。

「だから、早く思い出してくださいね、ハナさん?」

サラがお気に入りだったメガネを軽くかけ直して、馬場はハナに微笑んだ。

「思い出しても、ぜーったい馬場先生には教えません!」

ハナは、さっきまで泣いていたことなどすっかり忘れて、院長室を飛び出していった。

  *  *  *

ついさっきまでハナが座っていたソファに、馬場はそのぬくもりを確かめるように手のひらを触れてみたけれど、ひんやり吸いつく皮の感触しか帰ってこなかった。

泣いている彼女を元気付けるには、ちょっと怒らせてあげるのが一番。
きっと彼女は、あの男のところにかけこんで、馬場の愚痴を言いつけてはまあまあとなだめられているところだろう。

そろそろ「ロリコン」なんて言葉も覚えて、僕に投げつけてくるかな?
ブス専を皮切りに、スケベ、ヘンタイ、マザコン、ショタコン……いくつものスラングを彼女に仕込んできたことを思い出し、馬場は一人思い出し笑いをする。


でもね、ハナさん。
どうしても僕は、天使が欲しかったんです。
どうしても手に入らないなら、天使の娘を手に入れたいと思っても、いいじゃないですか?
天使の娘が、自ら僕の腕に飛び込んできてくれるなら、なおさらね。

ただ、今頃どこかで彼女は、憧れではなく、本物の恋を花開かせているような気がするんです。


だから、まだ、待つことを愉しませてくれませんか。


どうか、まだ、誰のものにもならないでくださいね、ハナさん。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
エピローグなのに、なぜか馬場先生が主役になってしまいました。医者キャラ=ヘンタイ度高いイメージになってしまうのは、お医者さんごっこという淫靡な単語のせいでしょうか。
裏主人公は、いつのまにか名前も出てしまった松田さんです。おばちゃんラブぱーと2。しかしモノホンのおばちゃんてこんなギャグ言うんかな?いつもこういうネタばっか考えてるんですけど、もしそーなら自分おばちゃん化自覚でややショック。
次回は、第一章ではイマイチ活躍の場が少なかった、カリム君の年相応ムッ○リな本音に切り込む問題作。ヒゲ好きもぜひ。

第一章(終)少年は緑の瞳を求める

第一章 異世界召喚


盗賊の砦で過ごす、最初で最後の夜。
サラは興奮で眠れずにベッドをゴロゴロ回転し続け、リコは緊張と疲れでガッツリと、そしてカリムは軽く悪夢にうなされながら、一夜を過ごした。

  *  *  *

翌朝、サラはリコとカリムに、頭領の協力を得られたこと、今日すぐにでもこの砦を出発することを告げた。
「けっこう、居心地良かったよな」と、珍しくカリムが感傷的な台詞を呟いた。

3人は、この岩山アジトで一番広いだろう大食堂で朝食を食べたあと、そのまま頭領の演説に付き合わされた。
テーブルと椅子をどかせば、ぎゅうぎゅう詰めでも、ほとんどの盗賊一家が集合できるスペース。

そこに、屈強な男をはじめとして、おばちゃんたち、若い女の子、子どもたちと、みんな頭領の言葉を聞くために、仕事の手を休めて集ってくる。
この朝の演説は、定期的に行われているらしく、前方で聞きたい一家は朝早くから食堂前に並ぶのだとか。
まるで、ライブハウスのようなシステムだ。

食堂裏の通路から、ゆっくりと、堂々と、頭領が歩いてきた。
頭領の後をしずしずと着いて来るサラたち3人は、盗賊たちの目には入っていないようだ。
きゃー、という女性の声を掻き消すように、地響きのような太く低い、怒声のような歓声が上がる。

『うぉぉー!』
『ドーウリョー!』

食堂前方に臨時でこしらえた演説台の上に、ジュートが軽く飛び乗り、いつもの挑戦的な視線を家族たちに投げかける。

「やろーども、調子はどうだ?」

『さいこー!』

サラは、見事なコールアンドレスポンスに感動した。
リコとカリムは、頭領のオーラを感じて、まだちょっとビクついているみたいだ。

「んじゃ今日は、みんなに1つ言っときたいことがある」

ざわざわと、騒ぎ出す盗賊たち。
サラ、リコ、カリムは、頭領の上がった演説台の脇に揃って、そわそわと成り行きを見守っている。
ジュートは「俺に任せろ」と言ってくれたから、へんなことにはならないと思うけど。

「お前ら、ここに上がってこいよ」

このお立ち台にですか!

  *  *  *

ここに今集まってる盗賊のみなさん、全員で結局何人なんだろ。
200?いや300くらい?

熱狂的を通り越して、信者みたいになっちゃってる奴らの前に立って、サラもさすがにちょっと膝がふるえる。
昨日より少し顔色が良くなったリコの手が寄ってきて、昨日のお返しとばかりに、サラの手をギュッと握りしめた。

「いいか!こいつら3人は、今日からお前たちの家族になる!」

盗賊たちは、よりいっそう大きくどよめいた。

「ただし、こいつらは、1個やることがあるんだ。大事な仕事だ。良く聴けよ」

シーンと静まり返る食堂。

「なあ、ネルギとトリウムの戦争は、いつまで続くんだろうな?」

少しざわっとなるが、頭領が睨みをきかせているため、盗賊たちはすぐに大人しくなり、次の言葉を待つ。

「トリウムに行ったじいさんたちは、このなんもねぇ岩山が、天国だったって泣いてたぜ」

豊かな国といわれるトリウムにも、戦争の影響はあるのだろうか。
無い訳がないだろう。
そして、元盗賊の老人たちは、移民扱いになる。
いったいどんな暮らしをしているのだろうか?

近い将来に自分もと言っていたおばちゃんや、ベテランの盗賊オヤジたちも、不安そうに頭領を見守る。

「だけどな、こいつら3人は、今からトリウムに行く!」

再び注目が、サラたちに集まる。
サラは、背中に隠したあるものに、そっと手を触れた。大丈夫。できる。

「トリウムに、何をしにいくんだ?サラ、言ってみろよ」

サラに勇気をくれる、緑の瞳。

うん、とうなずいて、サラは盗賊たちの方を向いた。
おなかに気合いをいれて、声の限りに叫んだ。


「私は!トリウムに行って、戦争を終わらせる!」


そして……


「みんなが苦しんだり、死ななくてすむ、幸せな世界を作るっ!!」


その瞬間。

静まり返った食堂から、この日一番の大歓声が上がった。

リコとカリムも、歓声に促されるように「頑張る!」「やってやる!」と叫んだ。

  *  *  *

歓声が静まるのを見計らって、サラはジュートに、背中に隠したあるものを差し出した。
一瞬、ジュートはぎょっとしたが、しっかりとそれを受け取った。
大きな、裁断バサミだ。
朝一番で、下っ端男にお願いして、借りて来た。

「頭領、私はこれから夢をかなえるまで、必要ないものは全て断ち切ります。だから」

サラは、一つにゆわえた髪の皮ひもをするりと解いた。
長く艶やかに光って、サラを天使に見せる、豊かな黒髪。
ジュートは、これからサラが言い出すことを察して、いいのか?とささやく。
サラは天使の微笑みと言われた、真昼の太陽のようにとびっきりの明るい笑顔で頷いた。

「私は、髪を切ります!男として、この先の旅を続けます!」

サラの声は、シンとした食堂に響いた。

この世界でも、女にとって髪は命の次に大事なもの。
特に魔術師にとっては、髪には精霊が宿るといって、めったなことでは切らないのだ。

リコは、自分の短い髪をそっとなでた。
サラ姫のわがままで、あんたは短い髪が似合うからと切られ続けた髪。
魔術の力が強いリコを妬んでのいやがらせだったことは、リコも気付いていた。

異界のサラ姫は、そうじゃない。
髪を切る理由は、そんなちっぽけなことじゃないんだ。

「カッコイイ……」

リコではない、誰か盗賊の女性がつぶやいた。
それをきっかけに、盗賊たちの歓声が地響きを起こすほどに湧き上がった。

「おいおい、てめーら俺んときよりうるせーじゃねーか」

さすがのジュートも、この盛り上がりには苦笑している。
そして、サラに向き合うと、ゆっくりとハサミを構えた。

サラがここまでねと耳の下をさすと、ジュートはサラの髪をひと束にまとめて左手に握り、その根本からざっくりと切り落とした。
長い髪はジュートの手に、ハラハラと中途半端な短い髪が床に舞った。
その様子を、リコは涙を浮かべて見つめている。

「ありがとう、あとでリコに整えてもらう。みなさんも!見届けてくれてありがと!」

頭領と、盗賊たちにむかって、2回ぺこりとお辞儀をしたサラは、決められたストーリーを見守るだけの天使から、夢を掴む羽を持った少年へと生まれ変わっていた。

  *  *  *

ジュートは、歓声が収まらない盗賊たちに向かって、ゴホンと1つ咳払いをする。

「あー、最後にひとついっとくけどなー」

場は静まり返り、注目を一身に集める若き頭領。
その瞳を、甘く揺らめかせながら、隣に立つ少女に微笑んだ。

そして。

左手に掴んだままの、サラの黒髪に一度、最初のキスを。

えっ、とブルーの瞳を見開いたサラを、空いている右手で抱き寄せて、短くなった髪にもう一度。

ラスト、頭が真っ白になって硬直する、サラの唇に。


「こいつは俺のもんだ。てめーら、惚れるんじゃねーぞ!」


最後の爆弾が、岩山に落とされた。

リコは、顔を真っ赤にしてキャーキャー叫んでいる。
カリムも、口元を大きな手のひらで覆って、動揺を隠しているが、耳の先が真っ赤だ。

そしてサラは。


この世界に来て、初めて。


ボロボロと、大粒の涙をこぼしていた。


  *  *  *


これからどんなことがあっても、私はこの緑の瞳を追い求める。

だから、待っていて。


いつかきっと、また髪を伸ばして、あなたの隣に女の子として立つ日まで。


(第一章 完)


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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第一章ラスト、極甘ジェットコースターファスタファスターでコースアウト着地したら盗賊もノリノリでえ?結婚式?みたいな感じになりました。自分のラブを、たくさんの人に祝福されるのは乙女の理想ですわね。なぜタイトルが「少年」なのかというと、語呂的に……有名少女マンガYさんのオマージュ風に。ひとまずここでシメますが、この先の話はまだ続きます。初小説アプなので、感想歓迎です。
次はエピローグといいつつ、馬場先生の番外編?自分的にはギャグに注目いただきたい回。(この直後の話がすぐ読みたい方は、先に閑話2へどーぞ)


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第一章(15)3+27の願い

第一章 異世界召喚


サラとリコは、再び最初に寝かされていた客室へと案内された。
リコは頭領の部屋で倒れてから、眠ったままだったので、下っ端男が抱き上げて運んだ。
「リコには絶対手を出させないで」と約束を取り付けたけれど、少し不安に思いつつ、下っ端男の後ろ姿を見送る。

あいつは頭領を相当怖がっていたし、命令は守るだろう。
いや、おばちゃんの方が、もっと怖がっていたような?
きっとこの社会も、男が動かしているようで、実際は女が強いという構図があるのかな。

部屋に入り、ベッドにごろんと寝転ぶと、洗いたての石けんの匂いがした。
さっきの身から出たじゃりじゃりは無いので、シーツを交換してくれたんだろう。
とても気がきく。
まるでお客さま扱いだ。

というか……

サラは、先ほどまでの、めくるめく昼ドラチックなやり取りを思い出して、ため息をついた。

  *  *  *

ベッドに寝転んだまま、細く柔らかな指先で、サラはそっと自分の唇をなぞる。
彼は、ここにたくさん触れてきた。

「口付けていい?」

と聞かれてから、何回も。

サラにとっては、物語で見たことしかない、初めてのキス。
呼吸をすることも忘れて、キスの嵐を受け止めるのが精一杯だった。
途中から苦しくて、全身の力が抜けて、彼の胸にもたれかかった。

やっとキスの嵐が止まったとき、サラは真っ赤な顔に涙目で、彼を睨んだ。

「ずるい……」
「なんで?」
「いい?って聞かれて、いいよって言ってないのに、した……」

彼はくくっと目を細めて笑った。
ゆるくウェーブがかかってやわらかそうな緑色の髪をかきあげながら、じゃあ代わりにお前の願いを聞いてやると言ったのだ。

動物脳のサラは、すかさず言った。

「じゃあ、30個聞いて?」
「ん?いやに多いな」
「だって、30回したもん。ホントはもっとよ。でも最後まで数えられなかったから」

なぜそんなことを言ったのか、サラは自分でも分からない。
右脳と左脳の入れ替わりがあってからの自分は、本気でアニマルじみていて、人間に戻ったサラからするとちょっと、いやかなりの別人だ。
細部まで思い出してしまい、1人赤面したサラは、布団の上をゴロゴロと転げまわった。

  *  *  *

「お前の声には、精霊の約束と同じ力がある」

だから仕方ないな、と彼は言った。
サラのお願いを、30個聞いてくれると約束したのだ。
さっそく1つ目のお願いをした。

「私と、リコと、カリムを、傷つけずに無事にトリウムまで連れていって」
「ああ、分かった」

目的を達成して、サラはホッと一息ついたのだった。
それと同時に、母の物語を思い出した。

ああ、そっか。
『説得』の中身は、これですか。
まさか、自分のファーストキスから、サーティスキス?までをささげて、味方につけさせるとは。
これは、もし分かっていたとしても、書けないかもしれない。

一瞬のん気に考えても、すぐに物語の結末を思い出し、サラは目を伏せる。
母の物語は、私の力で変えられるんだろうか?
あの、悲劇の結末を……

「2つ目のお願い、していい?」
「ああ、なんだ?」

サラの髪をいじり、時々口付けながら向けられる、緑色の、甘い視線。
自分がチョコレートだったら、あっという間に蕩けてしまうだろう。
サラは、これを板チョコ湯煎的熱視線と名づけた。

今なら、言えるかもしれない。
こんなに甘く熱く、私を見つめてくれるこの瞬間なら。

もしも私が悪いことをしても。
あなたにとって敵になっても。
あなたが私を嫌いになっても。

それでも。

私を……

私を、殺さないで。

言いかけて、口ごもった。

  *  *  *

口をぱくぱくと動かすけれど、サラは言葉を発することができない。
怪訝な顔をした彼に、サラは補欠で考え付いたお願いを告げた。

「あの……私に、あなたの名前を、教えて?」
「ああ、いいぞ。俺の名前は……」


『ジュート』


「ジュート?」
「ああ」
「ジュート、ジュート」
「うん?」

もう、駄目だ。
私はあなたに恋してしまった。
サラは、ぎゅっと目を閉じて、一番の願いを選択した。

「3つ目のお願い、いい?」
「なんだ?」

サラには、母の物語と今の自分の関係も、サラ姫の命も、この大地の運命も分からない。
分からないけれど、これだけは言える。

「もしも、私がこの世界から消えても……悲しまないで」

死ぬとは言えない、元の世界に帰るとも言えない。
だから消えると言った。
ジュートは、甘い視線から再び鋭く攻撃的な視線へと、瞳の色を変えた。

「大丈夫、あなたの近くには、きっと女神がいるから」

私は、消えてしまうかもしれないけれど。
悲しい決意を胸に、微笑んだサラを見て、ジュートの瞳の色は、とまどいを表すように揺れている。

  *  *  *

サラの言葉はあいまいな、謎かけのよう。
それとも、言霊をのせた予言だろうか。
ジュートはサラの髪を離すと、サラを両手で引き寄せ、胸の中に閉じ込めた。

「お前のお願いだから、聞いてやるけど……絶対消えるなよ。ここにいろ」

きゃー!

サラは、押し付けられた頬から彼の胸の鼓動を聴いて、舞い上がる。

頭の中に花畑が咲いて、その向こうに川が流れていて、その川の向こうにはおばあちゃんが手を振っている姿が見えたような気がした。
おばあちゃーん!

サラは抱きしめられたまま、現実逃避な妄想に浸った。
背の高いジュートは、そのまま頭を傾けて、彼女のつむじのあたりにそっと口付けを落とす。

その瞬間、サラは幸せな夢から覚めた。

やだっ!
節水シャンプーでつむじ付近ちゃんと洗えたかビミョーなのにー!

そんなサラの焦りにはまったく気付かず、彼女の艶やかな黒髪の触り心地を楽しみながら、ジュートは頭の上からささやく。

「次のお願いは?」
「えっと、もう無い……」
「おまえ、謙虚だな。もっとわがまま言えよ。おまえのわがままは面白い」

どこかで聴いた台詞を、ジュートはこれ以上無いほど甘く、ハスキーな声でサラの耳元にささやいてくるのだ。
再び、頭が感情モード、いや動物モードに切り替わった。

「じゃあ、あと27個言うね!」

サラは、ジュートの胸を手で押し返して、首をぐっとあげて、上目遣いで緑の瞳を見あげた。

ああ、こんなことを言ってしまうなんて。
やっぱり私、お母さんの子なんだ。


「あと27回……口付けして?」


きっと、このときの表情は、女の敵レベルでラスボス級の、最強小悪魔だったに違いない。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
いや、こんな展開を最初から考えていたわけでは……言い訳ですけどみたいな……。テーマソングは、メルティラブ@シャズナでぜひ。
次回、アマッ!でもちょっと涙?の第一章ラストです。目指したのは、学校へ行こうってテレビで、ちびっこ学生の主張がやけに泣かせるシーン。

第一章(14)運命のひと

第一章 異世界召喚


【前書き】ここから2回分、めちゃめちゃ甘くなります。恥ずかしい展開苦手な方は流し読みを。LはラブのL。


心地よい光に溢れる部屋のなかで、サラは頭領と呼ばれる男を見ていた。
男も、面白そうに目を細めて、サラを見ている。
その緑の瞳には、サラがどんな風に映っているのだろう。

ほんの数秒が、数分にも感じる、重い沈黙。

「お前の、名前は?」

男の低い声で、重い沈黙が破られた。
サラは、まだ警戒を解かないまま、簡潔に答える。

「私はサラ。あなたは?」

男が切り返す。

「お前は、魔力が無いのか?」

意味が分からないという風に首をかしげるサラを見て、男はふっと笑って言った。

「魔術師が名前を言うということは、相手に自分を使役する鍵をあたえることに等しい。おそらくそこのリコという女も、別に真名があるのだろう。だがお前は、嘘はついていないな」
「ええ、私には魔力が無い。だから本当の名前を言おうが関係ない」

男は、自分を怖がらないサラの態度を、ますます面白いと感じているようだ。
さっきよりいっそう目が細められる。

(これでメガネ……いや、そこじゃない)

サラは、案外自分は混乱しているのかもしれないと思った。

  *  *  *

「しかし、お前の声には、魔力と似た力があるようだな」
「は?」
「もっと話してみろ」

ゆっくりと、男はサラに近づいてくる。

「この黒髪も、精霊好みだな」

そして、サラの黒髪をひと房手に取ると、そこに口付けた。


『ホゲー!!』


サラは思わずジャイアン叫びしそうになったのを、全力で押さえ込んだ。

至近距離に、馬場先生を超えるレベルの好み男子が!
しかも、髪に触られた!
そういえば、15年生きてきたけれど、パパたち以外の若い男にこんなに接近されたことってない!
いや、ファミレスの痴漢がいたか!
でもアイツは人じゃなくて獣だから除外だ!

はぁはぁ、少し落ち着かなきゃ。

「あのっ」

サラは、意を決して、至近距離の男に話しかけた。

「なんだ?」
「もうちょっと、離れてください……」
「どうして?」
「だって、顔が近い……」

男は、緑の瞳を宝石のように煌かせて言う。


「お前は俺のものなのに?」


(いつどこでだれがなんじなんぷんなんじゅうびょうちきゅうがなんかいまわったときそんなことにー!)


サラの心臓はバクバクと嫌な音を立てている。
この絶妙なスピードで着実に近づいてくるストライクど真ん中の顔を、思い切り張り倒してここから逃げたら、私は助けてもらえなくなっちゃうかも?
でももう耐えられないんですけど、心臓が!

サラの動揺など意に介さず、男はそっと、サラの頬に手のひらを寄せ、そのままおでこへずらして前髪をかきあげた。

「お前の瞳は、不思議な色をしているな」

ああ。

もう、無理だ。

サラが常に意識している、冷静に論理的にと考える癖。
その瞬間、何もかもがはじけ飛んだ。

  *  *  *

そこからのサラは、感情で動く。
ただ、思ったことを素直に。

「あなたの瞳も、とてもきれいな緑」

サラは、ささやいた。
この世界で初めてサラ姫の声を聞いたときに、鈴が鳴るようだと思ったが、今目の前で薄く笑んでいる男も同じように感じたのだろうか。

「これがきっと、緑の森の色なのね」

次の台詞に、男は目を見開いて、サラの髪を手放す。
初めて、サラに対して優位な立場を忘れて、男はサラに攻撃的な顔を見せた。
この顔が、盗賊である男の本来の顔。
それでも美しいと、サラは思ってしまう。

「お前は、俺に会いたいと言ったそうだな。一体何を知ってる?何が目的だ?」

質問への回答は、簡潔に。

「ええ、会いたかった。あなたは私の運命のひと」

物語の姫が、死ぬまで恋して、裏切られた相手。
でも私は、本当にあの物語のサラ姫なのだろうか?

「私は、あなたに恋をするかもしれない」

今のサラには、まだ分からなかった。
だって、恋なんて物語でしか知らない。
このひとを見てドキドキするのは、見た目が好みだから?
まだ今会ったばかりで、言葉を交わしたばかりでしょ。

「でも、私にはやらなきゃいけないことがあるの」

男は、瞬きもせずにじっとサラを見ている。
その視線が鋭く痛くて、サラは目を伏せた。
長い睫毛が、ブルーの瞳に影を落とす。

「私の目的は、トリウム国の国王に会って、和平の調印を果たすこと。そのために、あなたに協力を求めにきました。私と仲間を、ここからトリウムへ連れて行って」

  *  *  *

サラは、もう迷っていなかった。
鈴の鳴るような声は、言霊を乗せて男の心に入り込んだ。
男は、挑戦的な視線をほどいて、穏やかに、楽しそうに笑った。
なぜ笑われたのか分からないサラは、きょとんとして男を見返した。

「お前の言い方、それ協力しろって言い方じゃないだろ」
「え……そうかな」
「お願いしますとか、なんでもしますとか、無いのか?」
「じゃあ、お願いします。なんでも……あの、常識的な範囲内で」

男は、もう一度サラに近づいて、黒髪に口づけた。
サラの心臓が、再び騒ぎ出す。

「口付けていいか?」

黒髪を手放さないまま、緑の瞳が輝きを放つ。

「もう、してるじゃないですか」
「いや、ここじゃなくて」

そして男は、ニヤッと笑って、サラの腰を引き寄せた。


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なんかもう……ごめんなさい。続きは想像にお任せとかにして逃げたいとこだったんだけど、それからどしたのっ?という話がもう1個。
次回、サラちゃん最強天然小悪魔化、ついに完了です。ヘルシア茶2リットルほどご用意を。

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第二章(8)光を操るもの

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第二章(5)強さを求めて

2009.04.15【 第二章 王城攻略

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第二章(4)ナチルの過去

2009.04.14【 第二章 王城攻略

 【前書き】また全体的にちょいシモな部分があります。アレク登場時は、もうこの手のネタを避けて通れないのか……苦手な方はご注意を。リーズによる、偉大な兄アレクの人物紹介は、現在の仕事内容へと移った。この屋敷は、アレクが統治者として暮らすようになった5年前に、大がかりな改築が行われた。それまでは、貴族たちのささやかなパーティやダンス、音楽などに使われていた屋敷奥の大ホールを、畳張りの道場に変...全文を読む


第二章(3)リコの初恋

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 【前書き】美形男子なセクハラキャラが、ライトなこと言ったりやったりするので、シモ苦手な方はご注意を。大通りから、少し王城へと近づいたところで、露店はまばらになり人通りも減ってきた。リーズは手馴れたように、街路樹に隠れて目立たない小道へと右折、そして何個目かの交差点を左折し、また右折、さらに左折。うっかり街で悪目立ちしてしまい反省したサラは、黒いフードを目深にかぶってリーズの案内に大人しく着いていく...全文を読む


第二章(2)黒剣の騎士

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 4人がトリウムの城下町に到着したのは、ほぼ予定通り、20日後の夕方だった。『軟弱スプーン男』とリコがこっそりあだ名をつけた、旅の案内役リーズは、3人を一応満足させるだけの結果は残していた。リーズは歩きがてら、オアシスの国トリウムの情勢から、地域の風土、住民の生活環境、この先3人が街についたあとの注意点などを、わかりやすく角度を変えながら説明してくれた。また、柄の悪い人間がうろつくような危険なエリア...全文を読む


第二章(1)オアシスへの旅路

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 盗賊の砦からトリウムへの道のりは、徒歩で約20日間。サラたち一行は、峠で一泊野宿をしたものの、その後は小さな村や集落で食糧や宿を確保しながら無事国境を越え、トリウムの王が住む城にほど近い、城下町に住む盗賊仲間の家を目指して進んでいった。荷物をしょっての徒歩移動なため、歩みは遅いが、砂漠越えとは比較にならないくらい穏やかな旅だ。 * * *サラは、初日一昼夜かけて岩山の連なる峠を越えたときは、今回も...全文を読む


第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(後編)~

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 【前書き】今回も極甘モードあり。しかも今までよりもう半歩、大人のボキャ天な、ピンクしおりな、いや、ギルガメッシュナイトでイジリーな……そんな描写がありますので、ご注意ください。サラの大切な人の胸を深く貫いた、光の矢。息を詰めて、信じられないものを見るようにジュートを凝視するサラ。ジュートは自分の胸を見て一瞬息を呑んだものの、すぐに穏やかな表情に戻り、サラに優しく声をかけた。「大丈夫だ。...全文を読む


第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(中編)~

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 カリムとリコの身支度は終わり、残すはサラの”運命の剣”探しのみとなった。2人は、この先サラが戦うような状況にはならないだろうし、万が一のときも体力が回復した自分たちだけでなんとかなるから、剣探しは諦めるよう説得したが、サラは頑として聞かなかった。「絶対見つけてやる!俺の運命の剣を!」気分はすっかり、少年マンガのヒーローだった。 * * *そこまでいうなら良い方法があるぞと、サラはジュート...全文を読む


第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(前編)~

2009.04.13【 第二章 王城攻略

 出発の準備と言っても、たいした荷物は無い。……と思ったら、大間違いだった。なぜなら、サラたちは大事な旅の荷物を、ほとんど砂漠に捨ててきてしまったから。今頃あのかわいそうなラクタも、寝袋も、乾いた砂に埋もれているだろうか。王宮を出てからというもの、何度か横目に眺めて通り過ぎてきた、あの小さな集落たちのように。井戸の枯渇で家を捨てざるを得なかった砂漠の民は、現在王宮の近くで避難生活を余儀な...全文を読む


閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(後編)~

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 どのくらい、硬直していたのだろうか。「あと1分」の掛け声を聞いて、壁際に立ち尽くして食器棚を見つめていたリーズは、ようやく我に返った。今、なんだかおかしな声を聞いたような気がするけれど、気のせいだろう。急がなきゃ。再び食器棚の脇に這いつくばり、指先をスキマの奥にはわせようとしたリーズ。「俺が落としたのは、ごく普通の使い込まれたステンレス製スプーンですよっと……」さっきのは気のせい気のせ...全文を読む


閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(前編)~

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 【前書き】第一章終了後(あのちゅー直後)、盗賊さん視点のところからスタートです。「いいかい?1つたりとも見逃すんじゃないよ!」サラいわく”おばちゃん”こと、一家を仕切るおかみさんが、ぷよっと太い腕を胸の前でくみ、屈強な男たちを前に声を張り上げる。一家の男たちは『オー!』と気合いの入った声をあげる。周囲の期待がどす黒い魔力となってにじみ出て、ずしんと肩にのしかかり、下っ端男ことリーズは1人...全文を読む


閑話1 ~青少年カリム君の、不愉快な日常~

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 【前書き】ちょっと健全な青少年の妄想……的な内容になってます。夢オチなのでリアルではないですが、クダラナイ度MAXです。俺の夢に、最近よくこの女が出てくるのは、一体なぜなんだろう?確かに顔はちっと整ってるだろうけど、やせっぽちで胸だってねえ、姫の身代わりのくせにガサツで常識知らずで、時々ヘンタイで……そうだ、こんな感じで……  *  *  *「ねぇ、カリム?」あ...全文を読む


第一章 エピローグ ~天使を待つ男の、愉快な日常~

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 桜並木が鮮やかに咲き誇り、学生を中心とした花見客で盛り上がる、T市の春。T駅前のロータリーにも、数本の桜が植えてあるが、すでに枝の半分以上には緑色に染められている。桜は、新入生の象徴でもある。この春から、高校生になるのを楽しみにしていた、天使のように愛らしい少女は、校舎の桜を見ることはなかった。  *  *  *「馬場若先生!」「あっ、はい。なんでしょう?」いつも馬場のボケを華麗にスルーしてくれる...全文を読む


第一章(終)少年は緑の瞳を求める

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 盗賊の砦で過ごす、最初で最後の夜。サラは興奮で眠れずにベッドをゴロゴロ回転し続け、リコは緊張と疲れでガッツリと、そしてカリムは軽く悪夢にうなされながら、一夜を過ごした。  *  *  *翌朝、サラはリコとカリムに、頭領の協力を得られたこと、今日すぐにでもこの砦を出発することを告げた。「けっこう、居心地良かったよな」と、珍しくカリムが感傷的な台詞を呟いた。3人は、この岩山アジトで一番広いだろう大食堂...全文を読む


第一章(15)3+27の願い

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 サラとリコは、再び最初に寝かされていた客室へと案内された。リコは頭領の部屋で倒れてから、眠ったままだったので、下っ端男が抱き上げて運んだ。「リコには絶対手を出させないで」と約束を取り付けたけれど、少し不安に思いつつ、下っ端男の後ろ姿を見送る。あいつは頭領を相当怖がっていたし、命令は守るだろう。いや、おばちゃんの方が、もっと怖がっていたような?きっとこの社会も、男が動かしているようで、実際は女が強い...全文を読む


第一章(14)運命のひと

2009.04.13【 第一章 異世界召喚

 【前書き】ここから2回分、めちゃめちゃ甘くなります。恥ずかしい展開苦手な方は流し読みを。LはラブのL。心地よい光に溢れる部屋のなかで、サラは頭領と呼ばれる男を見ていた。男も、面白そうに目を細めて、サラを見ている。その緑の瞳には、サラがどんな風に映っているのだろう。ほんの数秒が、数分にも感じる、重い沈黙。「お前の、名前は?」男の低い声で、重い沈黙が破られた。サラは、まだ警戒を解かないまま、簡潔に答え...全文を読む


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