砂漠に降る花 あらすじ
【 砂漠に降る花】
父親が誰か分からず産まれたサラは、天使と呼ばれる母ゆずりの容姿とブルーの瞳を持つ活発な少女だ。十五才の誕生日、母の書いた魔法の世界の物語を読んだサラは、突然異世界へと召喚される。身代わりの姫となったサラは、母の物語の主人公と同じ運命を進んでいく。
サラは、物語の悲しい結末を変えられるのか?
消えた母の記憶と、魔女の呪いの謎とは?
砂漠の国を舞台に、女神、魔女、盗賊、敵国の王子と姫など、様々な人物がサラの運命と交錯する長編ファンタジー。
(シリアスなようで、コメディ、ギャグ、こってり甘い逆ハー風ラブあり。主人公は徐々に強くなる下克上&主人公最強系の王道恋愛ファンタジー。かなり長編。PG12。本編完結済、番外編不定期更新)
【2010.7.10】番外編1・2公開再開しました。
→ 【本編へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
→ 【全目次一覧へ】
→ 【登場人物紹介へ】
→ 【完結記念アンケート(キャラランキング)へ】
※ランキングサイトに登録しました。(気に入っていただけたらぜひクリックを)
※その他お世話になっているサイトです。(クリックしても投票は入りません)

砂漠に降る花 登場人物紹介
【 その他(登場人物紹介他)】
【ご注意】ネタバレなるべく無しですが、ほんのちょっとでもストーリーの先が分かっちゃうの嫌という方は、まず本編を読んでからどうぞ。
<第一章>
●サラ(安住サラ):主人公、15才
母ゆずりの美貌と青い瞳を持つ美少女……なのに、中身は庶民感覚溢れるしっかり者。頼られると断れない、正義感の強い良い子。まれにうっかりしたときや、追い込まれたときなど、面白い行動をとる。恋愛にはオクテな純愛主義。地球人なので魔力無し?趣味は体を鍛えること。(特に胸筋)
※ネーミングの由来:キレイな黒髪という設定なので、シャンプーから
●ハナ(安住ハナ):主人公の母 推定33才
天使のような美形女子。元タレントで絵本作家。記憶喪失なため、ハナという名前と八月七日誕生日は自分で適当につけたもの。天然、小悪魔、ポジティブ、ちょいドジ、泣き虫など、ベタな少女マンガヒロイン要素多数。(作者的には、こういう女はあまり好きではないし、そんなヤツは存在しないと思っている)
※ネーミングの由来:単にタイトルから(発案時は主人公にと思っていた)
●五人の男:ハナに片思いする相手(ハナ主人公設定時、かぐや姫パクっちまえと五人に)
A安住 政治家(マジメ誠実)41才
B馬場 医者(ヘンタイメガネ)43才
C千葉 芸能界(無邪気アホ)41才
D大澤 マスコミ(インテリ地味)41才
E遠藤 警察(マッチョ寡黙)40才
とキャラ設定。それぞれ美形でモテる男だが、個性出すのにやや苦労。ヘンタイキャラ好きなため、Bが目立ち過ぎた。
※ネーミングの由来:当初は男ABCDEだったので、そのまんまテキトーにイニシャル化。D大澤だけ、大門からチェンジ。理由は語感がデーモン? 小暮? と連想して。
●サラ姫:ネルギ国王女 15才
サラのそっくりさん。かなり悪魔な女の子。魔力強め。良いことと悪いことの区別がつかない程度のお子様なので、やること残酷。兄王子のカナタにべったり。
●名無しの魔術師:サラ姫の手下
年齢性別不詳、魔力はネルギ国一。「サラ姫の命令は~? 絶対ー!」という王様ゲーム的キャラ。
●カナタ王子:ネルギ王子 20才
一見ステキだけど、所詮三男坊なので、ツメが甘く要領の悪い男子。サラ姫甘やかし度MAXと見えて、実は依存中? 恋愛する余裕無し。
※ネーミングの由来:第一章のキャラはほとんど、トマトジュースから。カリウムのカ、ナトリウムのナ、タは語呂が良さそうだったから適当に。ちなみにネルギ国はエネルギー、トリウム国はナトリウムから。
●リコ:主人公の侍女(ペット) 魔術師 17才
サラの間逆キャラ。ごく普通の感覚を残した女子を出したかった。自分にコンプレックスいっぱい。ある意味引き立て役っぽいが、現実ではこんなコが一番結婚早いんだよねーと作者は思う。第二章でありがちな初恋へ?
※ネーミングの由来:リコピンから
●カリム:主人公の番犬 剣士 18才
大人になりたいと背伸びしつつ頑張る少年。剣の腕はネルギ国一。誠実で寡黙だが、動揺すると素直な子どもっぽい部分が出てくる。健全なムッツリだが、恋愛より自分の夢を優先するタイプ。
※ネーミングの由来:カリウムのウを抜いた
●ジュート:主人公の好きな男 年齢不詳 見た目25才
盗賊の頭領、別名精霊王。緑の髪と瞳をもつ。全精霊を使役できるため世界最強。若くて美形でぶっきらぼうで唯我独尊でカリスマ性があり常に自信満々、と決めたものの、表現難しかった。盗賊が居なかったら大変だった。普段女は近寄らせないが、サラは別格。
※ネーミングの由来:ジュースのジュー+トマトのト。
●リーズ:盗賊の下っ端(下克上) 22才
地味で色白なもやしっ子。武力魔力ともにしょぼい。でも器用。イイヒト。空気読むなごみ系。素直な正直者なので福が。偉大な兄とおばちゃん母の影響で、いろんなことをまいっかでスルーする癖がついている。リコがお気に入り。
※ネーミングの由来:ピザ屋チラシの○○シリーズから。
●ちょい役(脇役)
ヒゲ(ひげもじゃ):盗賊の一人。カリムがお気に入り。
おばちゃん(おかみさん):盗賊の一人。リーズの母。いろんな意味で大人。
熟女看護師(松田さん):馬場のツッコミ担当
スプーンズ(キーン・ギーン):光の妖精の子ども リーズラブ
<第二章>
●アレク:リーズの兄 トリウム自治区領主 24才
エロカッコイイ大人キャラ。やることやる行動派。頭領であるジュートの愛弟子なので、カリスマ性抜群。強さは人類最強クラス。モテるし中途半端な年齢なので、恋愛観はライト。
※ネーミングの由来:エロキャラということで、ハーレクインから。
●ナチル:アレクのメイド 10才
小さくて、可愛くて、けなげで、ちとツンデレ。魔力強い。悲しい過去があり、誰もが応援したくなるちびっこ。料理上手でなんだかんだ相手を立てる大和撫子タイプ。恋愛ではアレクが反面教師に?
※ネーミングの由来:ナチュラルのュラ抜き。
●エシレ:アレク、リーズの姉 27才
ヒゲにまとわりつくボインな恋人。定番あいさつ(お仕置き)はうにうにチュー。実は魔力が強く、弟2人は姉に勝てたことが無い。
※ネーミングの由来:憧れの高級バターから
●ファース:天邪鬼魔術師 29才?
武道大会におけるサラの好敵手。見た目も中身も灰色。エキセントリックでヘンタイで天邪鬼と見せかけて、実は素直な良い子かもしれない。
※ネーミングの由来:新しいパソコンの説明書「ファーストステップガイド」から
●ちょい役(脇役)
バリトン騎士(審判の騎士):イイ声110番。それなりに大人な常識人。
緑の瞳の騎士(緑の騎士):サラのライバルの1人。マトモなモテ大人男子。
大男その1(野猿):サラのライバルの1人。頭悪い。でも気のいいやつ。
大男その2(筋肉バカ):サラのライバルの1人。頭悪い上にズルイ、いやなやつ。
チビ龍(チョビ):魔術師君に迷惑をかけつつも、可愛がられるペット。
<第三章>
●デリス:厳しいおばあちゃん トリウム王城侍女頭 60代
王城に勤める人たちの、影のボス。王と王族に尽くしてきたため、きっと独身だが、侍女たちは全員娘みたいなもんなので無問題。王族に怒れる数少ない人材。
※ネーミングの由来:ピザ屋チラシの”デリシャス”からシャ抜き。
●ゼイル国王:トリウム国王 あだ名は英雄王 42才
鳶色の瞳、ヒゲ、貫禄あり。でもやんちゃ。魔力も武力もかなりのツワモノ。当然激モテだが、なぜか独身貴族を貫いている。
※ネーミングの由来:先に決まった王子が○○ルのシリーズだったので、税金のゼイをつけた。
●エール王子:トリウム第一王子 筆頭魔術師 22才
黒髪ロンゲ、黒い瞳、一重。魔力強い。マジメで繊細で几帳面。やや根暗。作者はこういう細かい男を好きではない。しかし、殻を破れば別人格が……? 主人公から見るとコリー犬。
※ネーミングの由来:机に置いてあったティッシュのエリエールから。
●リグル王子:トリウム第二王子 騎士団長 20才
黒髪短髪、黒い瞳、二重、日焼けしてお肌小麦色。武力強い。めんどうなことは全部長兄に任せて、好きなことだけやってきただけに、単純素直なピュア男子。主人公から見ると秋田犬。
※ネーミングの由来:机に置いてあったポテチのプリングルスから。
●クロル王子:トリウム第三王子 あだ名は氷の王子 13才
茶髪茶目、主人公とためをはる色白美形女顔男子。賢すぎて狡い大人が苦手。単純なリグル兄が好き。特に女は裏表があるため姉以外信じていない。主人公から見ると洋猫オス(発情期)。
※ネーミングの由来:○○ルのシリーズになったので、腹黒のクロをつけた。
●ルリ姫:トリウム王女 あだ名は妖精 16才
茶髪茶目、主人公とためをはる美形女子。育ちのせいか、案外庶民的で妄想癖な乙女。父王とリグル兄を超えるレベルの、白馬の王子様待ち。主人公から見ると洋猫メス(発情期前)。
※ネーミングの由来:ルを使って2文字ということで適当に。
●月巫女:トリウム国王側近の魔術師 年齢不詳
色白細面美女。銀色の髪が腰の下まである。常に国王の傍にいるが笑ったことは無いらしい。本名は不明。
●コーティ:トリウム国一の女性魔術師 21才
くすんだブロンドの長い髪の、あっさり和風美女。主人公のお目付け役(監視?)。別名妹ちゃん。兄がらみの事件がきっかけで、魔術師ファース君ラブ。
※ネーミングの由来:机に置いてあったチョコパイの説明「チョココーティング」から。
●バルト:トリウム国の前騎士団長 32才
別名バリトン騎士。バリバリ騎士道走ってるお堅い青年。真面目だがイイヒト。第二章では登場回数多かったのに、名前ありませんでした。出世。
※ネーミングの由来:バリトンって読んでたから、適当に似た感じで。
●重鎮三名(名前ナシ)
侍従長:小柄短髪なオッサン。常に怒っている。王族を立派に育てるのが生きがい。
魔術師長:小柄ロンゲなオッサン。神経質。息子と死別し一人娘をエールの婚約者に。
文官長:小柄なオジーチャン。なぜかアロハシャツ風の服を着た、クワセモノ。
騎士団長:一番強い人がなる。物語の初めはリグル王子だった。
<第四章>
●グリード:トリウム騎士団の中堅。30代半ば
サラと第三試合で対戦した、緑の騎士。
大会では威風堂々系キャラだったけど、戦場ではやや負け犬下っ端扱い。
※ネーミングの由来:緑がグリーンだから、語尾だけもじった。覚えやすさ重視。
●シシト将軍:トリウム軍を率いる 40代半ば
見た目は鬼将軍だが、実は優しいところも……?
※ネーミングの由来:ピリッと辛いシシトウから。時に赤かったり青かったり。
●キール将軍:ネルギ軍を率いる 33才。
魔力はネルギ軍ナンバーツーの実力者。シスコン……?
※ネーミングの由来:目の前にあった『キンチ○ール』から。効きそうで実は威力が弱い。
●キース:キール将軍の義妹 18才
サラ似の美少女。大人しく見えておてんば、やんちゃ、そしてブラコン……?
※ネーミングの由来:『キー』が使いたかったので。キースへ○ングとは関係ありません。
●悪役魔術師:名前無し。見た目60才、実年齢たぶん40才弱
ネルギ軍ナンバーツー。『悪よのう』度は、この物語ナンバーワン?
<第五章>
●トリウム国王:名前無し。60才くらい。
寝たきりの、よぼよぼじーちゃん。なのにしぶとく生き残っているのは、権力への執着ゆえ?
●太陽の巫女:謎の人物……?
→ 【本編へ】
→ 【その他(登場人物紹介・アンケート他)もくじへ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
→ 【完結記念アンケート(キャラランキング)へ】

- 17:50
- 【その他(登場人物紹介他)】
- TB(-) |
- CO(-)
- [Edit]
砂漠に降る花 全目次一覧&おまけ
【 その他(登場人物紹介他)】
◆第一章 異世界召喚
第一章 プロローグ1 ~5人の男、天使と出会う~
第一章 プロローグ2 ~5人の男、恋に落ちる~
第一章(1)天使の娘
第一章(2)15才のサラへ
第一章(3)母のノート、異世界への扉
第一章(4)異界のサラ姫
第一章(5)滅びゆく砂漠の国
第一章(6)砂漠への旅と、新たな仲間
第一章(7)アクシデント
第一章(8)死への抵抗
第一章(9)救いの神の足音
第一章(10)盗賊
第一章(11)盗賊の砦
第一章(12)盗賊との交流、そして決戦へ
第一章(13)頭領の魔術
第一章(14)運命のひと
第一章(15)3+27の願い
第一章(終)少年は緑の瞳を求める
第一章 エピローグ ~天使を待つ男の、愉快な日常~
閑話1 ~青少年カリム君の、不愉快な日常~
閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(前編)~
閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(後編)~
◆第二章 王城攻略
第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(前編)~
第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(中編)~
第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(後編)~
第二章(1)オアシスへの旅路
第二章(2)黒剣の騎士
第二章(3)リコの初恋
第二章(4)ナチルの過去
第二章(5)強さを求めて
第二章(6)王城攻略の条件
第二章(7)黒剣を抜くとき
第二章(8)光を操るもの
第二章(9)諸刃の剣
第二章(10)魔術を支配する日
第二章(11)自治区の変化
第二章(12)夕暮れの道場にて
第二章(13)再会と、2匹の猫
第二章(14)剣の痛み
第二章(15)サラの初陣
第二章(16)事件の結末
第二章(17)トトカルチョ
第二章(18)決勝トーナメント開始
第二章(19)不穏な噂
第二章(20)背水の陣
第二章(21)騎士との誓い
第二章(22)敗北の予感
第二章(23)アレクの望み
第二章(24)天邪鬼な魔術師
第二章(25)武力縛り
第二章(26)新たなターゲット
第二章(終)金色の龍
第二章 エピローグ ~魔術師ファース君、受難の日~
第二章 閑話1 ~眠り姫を起こすのは、誰?~
第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(前編)~
第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(中編)~
第二章 閑話2 ~名探偵サラの事件簿(後編)~
第二章 閑話3 ~指さえも~
第二章 閑話4 ~魔術師ファース君の受難 part2~
◆第三章 王位継承
第三章 プロローグ ~伝言、キス、そして王城へ~
第三章(1)暴かれた秘密
第三章(2)王の策略
第三章(3)王位を狙う者たち
第三章(4)クロル王子の隠れ家
第三章(5)エール王子を覆う影
第三章(6)国王と魔女
第三章(7)リグル王子との試合
第三章(8)2度目の奇跡
第三章(9)魔女の住む部屋へ
第三章(10)嘘をついてはいけない
第三章(11)波乱のお茶会スタート
第三章(12)エールの苦悩
第三章(13)光の乙女の祈り
第三章(14)暴かれた魔女の正体
第三章(15)魔女の狙った獲物
第三章(16)エールの視線
第三章(17)包帯に舞い降りた小鳥
第三章(18)国王の狙い
第三章(19)魔術師の思惑
第三章(20)月巫女
第三章(21)消える王妃候補
第三章(22)クロルの洞察
第三章(23)サラ姫の役割
第三章(24)闇に囚われた者
第三章(25)つかの間の逢瀬(前編)
第三章(26)つかの間の逢瀬(後編)
第三章(27)闇を克服するために(前編)
第三章(28)闇を克服するために(中編)
第三章(29)闇を克服するために(後編)
第三章(30)会議スタート
第三章(31)閉ざされた未来
第三章(32)サラの涙
第三章(終)旅立ちの決意
第三章 エピローグ ~責任を取るのは誰?~
第三章 エピローグ2 ~竜と虎を飼いならせ!~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(1)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(2)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(3)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(4)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(5-1)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(5-2)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(6)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(7)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(8)~
第三章 閑話 ~名探偵クロルの事件簿(9)~
第三章 閑話2 ~妄想乙女コーティの恋人~
第三章 閑話3 ~名探偵クロル君の休息(1)~
第三章 閑話3 ~名探偵クロル君の休息(2)~
第三章 閑話3 ~名探偵クロル君の休息(3)~
第三章 閑話3 ~名探偵クロル君の休息(4)~
◆第四章 女神降臨
第三章 プロローグ1 ~サプライズパーティ~
第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(1)~
第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(2)~
第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(3)~
第四章 プロローグ2 ~再会がもたらすもの(4)~
第四章(1)旅立ちの朝
第四章(2)旅路の中で
第四章(3)砦の事情
第四章(4)シシト将軍
第四章(5)逆転への布石
第四章(6)和解
第四章(7)できることから
第四章(8)クロルの秘策
第四章(9)闇の魔術の可能性
第四章(10)銀の砂
第四章(11)天岩戸
第四章(12)少女の正体
第四章(13)情報収集
第四章(14)ネルギ軍本陣へ
第四章(15)キール将軍との対話へ
第四章(16)赤い瞳との決別
第四章(17)解放
第四章(18)足手まとい
第四章(19)劣勢
第四章(20)血に染まる瞳
第四章(21)光の向こうへ
第四章(22)女神降臨
第四章(23)女神の正体
第四章(終)最後の戦いへ
第四章 エピローグ ~砂漠への帰還(1)~
第四章 エピローグ ~砂漠への帰還(2)~
◆第五章 砂漠に降る花
第五章 プロローグ ~女神休憩~
第五章(1)トリウム王城の事件
第五章(2)状況確認
第五章(3)国王のワガママ
第五章(4)和平への道のり
第五章(5)国王の秘密
第五章(6)二人の巫女
第五章(7)月巫女の逆襲
第五章(8)神殿
第五章(9)リコの病状
第五章(10)妖精と女神
第五章(11)旅の準備
第五章(12)アレクの帰還
第五章(13)最後の晩餐
第五章(14)二度目の砂漠越え
第五章(15)モンスター制御
第五章(16)裏切りの覚悟
第五章(17)対面
第五章(18)戦争の引き金
第五章(19)サラ姫の告白
第五章(20)カナタ王子の告白
第五章(21)ネルギ国王の病状
第五章(22)国王を操るモノ
第五章(23)魔術師への興味
第五章(24)魔術師の告白
第五章(25)サラ姫の過去
第五章(26)召喚の真相
第五章(27)サラ姫との約束
第五章(28)消えたサラ姫
第五章(29)迫りくる死
第五章(30)繰り返されるゲーム
第五章(31)枝分かれした運命
第五章(32)冥界の縁
第五章(33)決死の抵抗
第五章(34)命を繋ぐ光
第五章(35)予言の成就
第五章(36)魔術師の望んだ未来
第五章(37)融合
第五章(38)砂漠の邂逅(前編)
第五章(39)砂漠の邂逅(後編)
第五章(40)運命の輪
第五章(41)青いダイヤ
第五章(42)砂漠に降るもの
第五章(43)希望の光
第五章(44)野獣のくちづけ
第五章(45)解き放たれた魂
第五章(終)旅の終わり、そして始まり
第五章 エピローグ ~三角の頂点(1)~
第五章 エピローグ ~三角の頂点(2)~
第五章 エピローグ ~三角の頂点(3)~
第五章 エピローグ ~三角の頂点(4)~
第五章 エピローグ ~三角の頂点(5)~
◆番外編
番外編1(1)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・前フリ~
番外編1(2)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その1
番外編1(3)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その2
番外編1(4)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その3
番外編1(5)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その4
番外編1(6)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その5
番外編1(7)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その6
番外編1(8)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・その7
番外編1(9)クロル王子、猫になる ~グルメ猫・後フリ~
番外編2(1)シャイニング☆ドラゴン ~前フリ~
番外編2(2)シャイニング☆ドラゴン ~その1~
番外編2(3)シャイニング☆ドラゴン ~その2~
番外編2(4)シャイニング☆ドラゴン ~その3~
番外編2(5)シャイニング☆ドラゴン ~その4~
番外編2(6)シャイニング☆ドラゴン ~その5~
番外編2(7)シャイニング☆ドラゴン ~その6~
番外編2(8)シャイニング☆ドラゴン ~その7~
番外編2(9)シャイニング☆ドラゴン ~後フリ~
番外編2.5 ~サラはなぜ“サラ”なのか?~
期間限定番外編 ~パーフェクトスター・パーフェクトスマイル~
◆おまけ(砂漠に降る花イメージフォトグラフィー)
※こんなお写真で雰囲気イメージしつつ(=拙い文章のスキマ埋めつつ)、ストーリーを愉しんでくださいませ。

ホンモノの砂漠……作者は御宿(月の砂漠)しか行ったことねっす。

ホンモノのらくだ……市原ぞうの国に居るって本当かな?

真昼の砂漠の空。この青が主人公サラちゃんの瞳の色?もうちょい曇り空な感じかなぁ。

砂に書いたラブ……純情乙女な主人公がやりそうな感じです。鼻歌はもちろん、かぼちゃワインで。

オアシスイメージ。ドボンと飛び込みたい感じ。ドレスのままで夜のプール飛び込む~。シブガキ。
※このまま一番下へスクロールすると、コメント欄があります。作品全体へのメッセージはこちらにもどうぞ。(アメブロ時代にいただいたコメントが見られます)
→ 【本編へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
→ 【登場人物紹介へ】
→ 【完結記念アンケート(キャラランキング)へ】
【ささやかなお願い】
この作品を気に入っていただけたら、ぜひ投票してくださると嬉しいです。



※「もっと書け! 書くんだAQー!」と叫びたい方は、こちらにも……。(一日一回)





※その他、登録させていただいているランキングサイトさんです。
【tentatively】【カテゴリ別小説ランキング】【FT小説ランキング】【0574】【xx】
【コメント大歓迎】
一言「読んだよ」でも残していただけると、作者感激してお返事書きます。誤字脱字のご指摘も嬉しいです。各話下のコメント欄か『BBS』もしくは『メールフォーム』へどうぞ。
※作者のプライベートにご興味があるという奇特な方は、日常ブログ『AQの小説裏話&ひとりごと』へ遠慮なく乱入してくださいませ。

- 18:16
- 【その他(登場人物紹介他)】
- TB(-) |
- CO(16)
- [Edit]
第一章 プロローグ1 ~5人の男、天使と出会う~
【 第一章 異世界召喚】
辛い……
苦しい……
助けて……
絶望を抱え、それでも女は走り続ける。
左手は、しっかりと彼女の下腹部にあてられたまま。
追いかけてくる暗闇から解き放たれたとき、彼女は光と色のちりばめられた、鮮やかな世界にいた。
* * *
T市駅前。土曜午後3時。
ロータリーには、数台のワゴン車が止まっている。
そのワゴン車を中心に、噴水もある広いロータリーを埋め尽くさんばかりの人人人。
今から、T市長選挙の立候補者による演説が始まるのだ。
立候補者は3名いた。
1人は大学教授。1人は弁護士。
2人とも50才を過ぎているためか、話がムダに長く、観衆の盛り上がりはいまひとつだった。
しかし、2人目の演説が終わる頃から、徐々に熱が高まってきた。
最後の候補者が現れるのを、今か今かと待ち望んでいる。
3人目の候補者は、若干27才の安住。
元役者の彼は、長年T市議会議員を勤めてきた父が先月亡くなったことをきっかけに、駆け込みで立候補を決めた。
学生の頃から舞台で活躍し、20代半ばからはその演技力が認められ、テレビドラマにも出始めた。
最近では準主役クラスの役をもらえている。
正統派の二枚目というよりは、若干三枚目の役が似合う、笑顔の爽やかな好青年。
そんな彼の転身を見届けようと押しかけたファンと、マスコミ陣。
マスコミ報道により、興味を持った市民。
人ごみに釣られて立ち止まった、大勢のヤジウマたち。
特に大きな問題もなく、産業もそこそこ発展しているT市の選挙は、安住の立候補により史上最高の盛り上がりを見せていた。
* * *
そんな様子を、斜め上から見下ろす1人の男がいた。
駅前ロータリー脇に立つ商業ビルの7階、窓際に立って見ているのは、医師の馬場だ。
「馬場先生、何さぼってるんですか~」
看護士に声をかけられても、馬場は振り返りもせず、さらりと言い返す。
「この人ごみじゃ、パニックになってけが人が出るかもしれないから、見守ってるんですよ~」
「はぁ……」
「この中にお医者さんはいませんか!はい私は医者です!って、一度はやってみたいな~と」
看護士は、馬場の中途半端なボケはスルーして、さっさと仕事に戻ってしまった。
ひとりごとを言わされてしまったことにも頓着せず、馬場は飽きずに窓際に立ち続ける。
駅前ロータリーにこれだけの人数が押し寄せたのは初めてで、まさに黒山の人だかりだ。
窓ガラスごしでも、市民の熱が伝わってくる。
馬場はそんな珍しい光景に、目を奪われていた。
幸い、この病院には優秀な医師が集まっており、院長の息子でもある馬場には、勤務中に息抜きできる程度の余裕があった。
これから始まる安住の演説を、特等席から拝んでやろう……
馬場もある意味、ヤジウマの1人である。
* * *
熱狂的な人ごみから少し距離を置くように、ワゴン車とは正反対の位置、駅側ガードレールにもたれかかる1人の男がいた。
安住の元マネージャーで、安住の所属していた大手芸能プロダクションの跡継ぎでもある千葉。
これから始まる演説を、誰よりも苦々しく思っているのが彼だ。
千葉は、安住の学生時代からの友人で、安住の役者生活を10年支えてきた。
ふと、初めて安住と出合った頃を思い出す。
大学のクラスで、自己紹介をしていた安住を見て目を奪われた千葉は、しつこく演劇サークルへ誘ったのだ。
『お前は声がいい。目に力がある。度胸もある。役者に向いてる』
でも顔はイマイチだが、と言うたびに、一言余計だろと、安住に殴られた。
それが2人の漫才として定着し、サークルには笑いが絶えなかった。
大学時代は、お互い舞台の上で役者として切磋琢磨したが、千葉は早々に役者としての才能を自ら見限った。
一方安住は、就職という選択肢を捨てて役者一本の道に進んだ。
千葉は、裏方として安住を励まし、悩みを共有し、仕事には誰よりも真摯に取り組んだ。
おかげで、少しずつ芽が出てきて、これからだったというのに。
『俺は政治家になる。もう役者には戻らない』
あの台詞を聞いたときの衝撃は、一生忘れられないだろう。
「くそっ」
恨むなら、安住の親父だ。
オレは安住を一生応援していこう。
そう決めて、忙しいスケジュールをやりくりし、この演説を見届けに来たのだ。
ワゴン車の前に詰め掛けてはしゃぐ女性たちを横目で見ながら、安住の最初のファンはオレだぜと、千葉はちょっと誇らしげに胸を張った。
* * *
「もう少し前に行けないか?」
と、真後ろにいるカメラマンに声をかけたのは、雑誌記者の大澤。
大澤はこの春、新聞社から雑誌社へ転職した。
転職してから、最初に担当する大きなニュースが、このT市長選挙だ。
T市は大澤の地元であり、体が弱ってきた両親のことを考えて、30才を前に転勤が無いという条件で転職先を探した。
雑誌の仕事は過酷だが、企画から編集までトータル、自分の力で動かせることはやりがいがある。
締め切りさえ過ぎれば、少しは時間的な余裕もできる。
実は新聞記者の頃から、安住とは面識があった。
安住の父へ取材を行ったときに、偶然居合わせた安住と意気投合し、たまに飲みに行くという友人関係なのだ。
おかげで、この選挙については、数々の裏話を聞けた。
安住の人生やキャラクターを深く掘り下げて伝えれば、他社の記事と一味違う、読み応えのある特集に仕上がることだろう。
選挙が終わったら、また安住を誘って飲みにでも行くか。
いや、安住市長は忙しくなるだろうから、ずいぶん先になるかな。
大澤は、安住の当選をまったく疑っていなかった。
* * *
鋭い眼光で、誰よりも冷静に観衆を見ているのが、警官の遠藤。
駅の改札脇にあるT駅前交番には、市内の警官が数名、応援にかけつけている。
遠藤は広範囲に視線を向けつつも、駅を利用する人のために道をあけるように「ここで立ち止まらないで」と野次馬たちに声をかけ続けている。
遠藤の仕事は、いつもなら道の案内、落し物の対応、酔っ払っいの介抱。
この選挙は、T駅前に赴任してからややゆるんでいた気持ちが引き締まるような、緊張感のあるイベントだ。
人気のある人物は、同時に恨みを買う可能性も高い。
安住のそばには彼が個人的に雇ったであろう警備員もいるが、この人ごみでは何が起こってもおかしくない。
もしくは、この群集がパニックにならないよう、監視せねばなるまい。
これから安住が現れれば、間違いなくワゴン車前に人が押しかける。
これが単に役者のパフォーマンスなら、強制的に解散させて終わりだというのに、選挙となるとそうはいかない。
まったく厄介なイベントだ。
遠藤がふっとため息をついたとき、ザワッと群集がどよめいた。
これから安住が登場する、その直前のマイクテストが始まったのだ。
一斉に、ワゴン車への注目が集まる。
車内から安住が現れ、ネクタイの位置を整えながら、やや緊張した面持ちで壇上に上がった。
テレビでは見られない貴重なスーツ姿に、女性ファンの黄色い声が飛ぶ。
安住はマイクの前に立ち、深々と一礼した。
ゆっくりと顔を上げて、にっこり微笑む。
発言前のその一呼吸で、観客ならぬ観衆の心をあっという間に掴んでしまった。
安住は、この日、この瞬間を待ち望んでいた。
学生時代、千葉の誘いに乗って俳優になったのも、本音をいえば、選挙演説での度胸をつけるため。
その後、一時は役者という仕事の魅力に取り付かれたが、父が死んで自分の夢の原点を思い出した。
俺は、この人たちと、この街を、支える人間になりたい。
安住は、眩しそうに目を細めながら、集まった観衆を端から端まで見渡した。
その視線が、ある一点で止まる。
安住の穏やかな笑顔がこわばり、切れ長で一重の目が、驚愕に見開かれる。
彼の表情に気付いた群集も、一瞬息を詰める。
「危ないっ!」
マイクを通じて、安住の声が晴れた空高く轟いた。
* * *
その直前、駅前商業ビル7階の窓を開け、身を乗り出して安住の登場を待っていた医師の馬場は、1人の不審人物を見つけていた。
汚れた作業着姿で紙袋を抱えた、1人の男。
なんてことはない、土建屋のオッサンにもみえるが……
違和感は、男の荷物にあった。
紙袋は、ふつう片手にさげるので、抱えるものではない。
両手で抱えなければならないような、何か壊れやすい物を持っているのか?
それとも……
その男が、気配を殺しながらロータリーに近づくことに、馬場以外に気が付いたものは誰もいなかった。
男は群集の最後尾につけると同時に、紙袋から何かを取り出して掴み、大きく振りかぶった。
暗く憎悪に満ちたほほえみを浮かべて。
「危ないっ!」
「ダメっ!」
マイクの声に、もう1つ女の声が重なる。
男の振り上げた右腕にしがみつく、1人の少女。
男は全身をこわばらせ、奇声をあげながら腕にしがみつく少女を振り払った。
少女は弾き飛ばされて倒れ、頭をアスファルトに強く打って動かなくなった。
たまたま近くにいた元マネージャー千葉が、男に掴みかかるが、暴れる男に振り切られた。
そこに警官遠藤がかけつけ、男をがっちりと取り押さえる。
記者大澤もかけつけ、その一部始終をカメラマンとともに見守る。
医師馬場は「急患が出たぞ!」と看護士に声をかけ、病院を飛び出す。
男はそのまま現行犯逮捕された。
この日の演説は中止となり、半ばパニックに陥りかけていた観衆は、警察の指示で解散させられた。
少女はすぐに駅前病院に担ぎ込まれたが、その後数日間意識を失ったままだった。
その少女が、世間を騒がせる時の人となるのは、もう少し後のこと。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
登場人物紹介な回でした。くどくて話進まなくてスミマセン。次回はちょこっと天使モテ系な進展あります。
この先本編に入っていくと……非常にライトですが、戦争とか死とかに触れています。あと甘い恋愛につきもののキッスあり、大人キャラに(美少女キャラにも?)ちょい下なオヤジギャグ言わせたりしているので、隅々まで爽やかな魔法ファンタジーをお好みの方はご注意を。何か危険な描写がある回は、前書きで警告させていただきますので。

第一章 プロローグ2 ~5人の男、恋に落ちる~
【 第一章 異世界召喚】
T駅前病院。
集中治療室から出たばかりの少女は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
今日は良い天気だ。
T駅前には、この病院が入っている商業ビル以外に高い建物は無く、絶景とは言いがたいものの、そこそこ遠くまで見渡せる。
遠くの山には緑が生い茂り、特に高い山の頂付近には白く靄がかかっている。
彼女はその様子を間近で見てスケッチしたいと思った。
目覚めてから、彼女の世界は、この狭いけれど快適な病室だけ。
彼女は、記憶を失っていた。
* * *
最初の記憶は、病室で目を開けたときに、優しそうな医師に顔を覗き込まれたことだ。
「目が覚めましたか?痛いところはありませんか?」
そのとき彼女は、軽い頭痛と、吐き気と、だるさを覚えた。
なのについ「大丈夫です」と答えてしまった。
彼女の表情が痛みを訴えていたのを見つけた医師は、ごまかしたってわかってるんだぞとばかりに、彼女の前髪をくしゃっと撫でて苦笑した。
「あなたは一週間も眠り続けていたんですよ」
彼女は、そう言われて驚いた。
確かにずっと同じ姿勢でいたせいか、身体を動かそうとすると、関節がきしむような痛みを感じる。
「私はあなたの担当の医師で馬場といいます。少しお話ができそうですか?」
馬場は、今度こそ正直にうなずく少女を見て、ほっとため息をついた。
細いシルバーフレームのメガネをくいっと上げて、やや長めの前髪をかきあげる。
そのしぐさが、細く長い指が、男性なのにとてもキレイだと、彼女はすこし見とれた。
「君にはこれからまた少し検査をしたり、入院をし続けてもらわなきゃいけないんだけど、その前に先日の事件について聞かせろと警察がうるさくてね」
今までの口調とはガラリと違う、ぶっきらぼうな言い方に、彼女は目を見開いた。
一件、知的で優しそうに見えるけれど、性格はそうではないのかもしれない。
それとも、よほど警察が嫌いなのだろうか。
もう少し待たせちまえばいっか、と言いながら、馬場は彼女の顔を覗き込んできた。
馬場のメガネの奥にある、少し奥二重で、長い睫毛が見える。
その奥の黒い瞳は、好奇心のためかキラキラと輝いている。
なんだか少女が目覚めて嬉しいというより、面白いおもちゃを見るような視線だ。
「とりあえず、君の名前から聞かなくちゃ。君は持ち物が何もなかったからね」
彼女は、少し目線をあげて考える様子を見せたあと、首を振った。
「わかりません」
「は?」
「名前……というか、何から何まで全部わかりません」
その後、馬場は慌てて「とりあえずもう一回寝ろ!いや、眠ってください。また来ます」と言い、病室を飛び出していった。
* * *
その後の入院生活は、楽しくもないが、たいくつでもなかった。
この病院で若先生とも呼ばれている、28才の馬場は案外面白い人だ。
容姿は知的でクールで、眼鏡が似合う、まさに医師そのもの。
笑顔は優しいけれど、少し人をからかうような、皮肉っぽい笑い方をする癖がある。
なにより、問題というか面白いところが、毒舌発言だ。
どうやら看護師さんや患者たちの中には、馬場先生に会うと一目惚れする人が定期的に現れるものの、大半は性格を知ると去っていくらしい。
過去、キレイな看護師さんに好きだと告白されたとき「俺ブス専だから無理。ブサイクに整形してくれたらいいよ」と言って断ったというのは、この病院のベテラン看護師さんから聞いた馬場先生武勇伝の1つだ。
この”ブス専”というのも、彼女が記憶している貴重な現代用語である。
馬場先生や看護師さんは、彼女にたくさんの話題を持ってきてくれる。
不安定な立場の彼女へ向けられた好意でもあるが、いろいろな話題を通じて、彼女の失われた記憶が刺激できないかとたくらんでいるようだ。
今のところ、その効果は芳しくない。
かろうじて日本語が理解できるものの、読み書きもおぼろげだし、社会常識にもうとかった。
まだ鈍い痛みをはなつ頭の後ろのたんこぶと一緒に、ごっそりと大事なものが抜けてしまったのだろうか。
しかし、彼女の淡くブルーがかった瞳に映る花は、とても美しい。
花を見ていると、それだけでなんだか安心する。
生きているって、幸せなことだ。
こうして美しい花や風景を眺めて、優しい人たちと会話をして、病院の美味しいご飯も食べられる。
だけど、このままずっと入院しているわけにもいかないだろう、と彼女は思った。
生きていくには、お金というものが必要だ。
お金は働いて稼ぐもの。
しかし彼女は、普通の人ができることが、何もできないのだ。
今のところ彼女は、ある人の好意でここにいる。
それは「T市市長」の安住だ。
さっぱり覚えていないものの、一応安住を守ったという形になるその事件。
確かに彼女のおかげで、安住は暴漢から逃れられたと、新聞や雑誌の記事でも読んだが、記憶が無いせいか実感はわかない。
安住は傷ついた彼女をいたわってくれた。
そして、彼女の記憶が戻るまでの後見人を名乗り出てくれた。
なんだか少し過保護なところはあるけれど、とても良い人だ。
例えば、彼女のいる病室は個室なので、普通の部屋よりお金がかかると聞いて、せめて普通の部屋にと言ってみたが、即却下されてしまった。
どうやら安住は、お金に困っている人ではなさそうだ。
だからといって、いつまでも甘えていられるほど、彼女の神経は図太くない。
* * *
「おっ、今日は起きてるか、よかった」
ちょうど考えていたときに、その人がやってきた。
丁寧な2回のノックと、いつもシワ1つ無い紺色のスーツに、ビシッとしたネクタイ。
笑顔がとても爽やかな、好青年だ。
寝ていることが多かった彼女にとって、きちんと起きて安住と会話をするのは、まだ両手の指に足りない。
安住も先日見事市長に当選したばかりの忙しい立場で、ちょっと立ち寄っては花を置いて帰る、ということが続いていた。
安住は毎回見舞いにくるたびに、豪華な花束やお菓子を抱えてくる。
いただく花は見事だったが、やはり3日ほどで枯れてしまうのがさみしい。
彼女は少し長く起きていられるときは、花をスケッチして過ごしていた。
さっそく見せてあげなくちゃ、でもその前にと、彼女はベッドの端に膝を揃えて腰掛け、ぺこっとお辞儀をした。
「いつもお花をいただいて、あと……ここの支払いもしてくださって、ありがとうございます」
「当たり前だよ。そんなことで、気を使わなくていい」
くしゃくしゃっと笑顔になりながら、彼女の頭をなでる。
大きくてごつごつした手は温かい。
役者だったころに、剣を握ってのスタントシーンもあったとのことで、彼の手には豆がいっぱいできている。
「これからは握手ダコができそうだ」と苦笑していたが、今はとにかくたくさんの人と会い、握手をしまくっているらしい。
「君は俺の、命の恩人なんだからね」
事件のことは、警察からも何度か聞かれたが、彼女は覚えていないとしか言えなかった。
馬場先生含め目撃者が多数いたため、彼女の証言はそれほど大事ではなく、最近はほとんど現れなくなったが。
記憶が無いということは、自分の存在の土台がぐらついているような、奇妙な感覚だ。
目を閉じたら、全てが消えてしまうような気がする。
自分がここに存在していることが不思議でたまらない。
会う度に「君のおかげ」と言ってくれる安住の言葉は、彼女に存在意義を感じさせてくれる、嬉しい言葉だ。
頭をなでられた彼女が嬉しさを表情に表すと、安住は照れたように視線を外した。
耳の先が少し赤くなる。
彼女はまだ、自分の特別な容姿に気付いていない。
安住は、自分を暴漢から守った彼女を初めて間近で見たとき、言葉を失った。
天使が自分を守ってくれたのではないかと思ったのだ。
背中の真ん中まである髪は栗色で、ふんわりとやわらかい。
透き通るような白い肌、大きな瞳、すっと伸びた小さな鼻と、口紅をつけているような赤くつややかな唇。
まるで全てが高級な人形のように整っている。
そして、彼女を人形ではなく魅力的な人間へと変えるのが、その瞳だった。
少しブルーがかった、グレーの瞳が、長いまつげに彩られて、くるくると変わる感情を伝える。
安住もそれまで美しい女優をたくさん見てきたが、こんなに魅力的な女性にあったことはない。
いったい彼女は何才なんだろうと思う。
素の表情だと18~20才くらいに見えるが、笑顔になるともう少し幼さを感じる。
会話はまだおぼつかないようで、しゃべるとより幼く見える。
内面的にはしっかりしているし、こんな状況でも不安な様子を見せない、いや見せまいと気丈に振舞っているところから、いわゆる箱入り娘ではなく、それなりの経験をしてきたのだろうが。
なぜ、あの瞬間に彼女があの場所に現れたのかは、彼女の記憶が戻らない限り、誰にも分からない。
もしかして、自分を守るために天界から降りてきた天使ではないかと、安住はときどき少年のような空想をしてしまうのだ。
* * *
そのとき、病室のドアがガコンと音を立てた。
彼女に見入っていた安住は、思わずチッと舌打ちした。
「今日は、君に会いたいってヤツを連れてきたんだ。入れていいかい?」
彼女がうなずくのを見て、来いよと声をかけると、2人の男が入ってきた。
元マネージャー千葉と、雑誌記者の大澤だ。
「初めまして。会えるの楽しみにしてました」
と微笑んだのが、大澤。
きちんとしたスーツを来て、手には小さく可愛らしい花束をもっている。
背が高く少し華奢な体格だが、適度に日焼けした笑顔とさらさらの黒髪の、優しげな青年だ。
花が似合う男性というのも珍しいなと、花束を受け取りながら彼女は思った。
続けて大澤の名刺と雑誌を1冊渡されたが、その雑誌を見ても彼女にはピンと来なかった。
どうやら人気のある大衆向けの雑誌らしい。
「おおっ!安住の天使ちゃん!」
と言って、すぐ安住から頭を叩かれたのが、千葉。
大澤と違ってポロシャツにジーパンと、ラフな格好をしている。
茶髪の髪は短く刈り込んでいて、明るい印象だ。
そして、彼も俳優になれるのではと思うくらい、顔立ちが整っている。
やはり名刺をもらい、少し仕事の説明を聞いた。
千葉の話は、仕事のネタからすぐ脱線して、彼の日常の小話になってしまった。
「ここ2日寝てないから、頭まわんなくてゴメン」とのことだったが、彼女は面白くてくすくす笑ってしまった。
2人とも、安住とは同学年で仲の良い友人とのこと。
だから信頼していいと言われて、ちょっと人見知りがある彼女は肩の力を抜いた。
ひととおり自己紹介を聞いたあと、3人は病室のイスに腰かけた。
彼女は「私、まだ名前が無いんで、君とかお前とかテキトーに呼んでください」とシュールな自己紹介をして、3人を苦笑させた。
「君は働きたいと思っているらしいね」
安住が切り出した。
彼女が戸惑いながらもうなずくと、安住は彼女から視線をはずして、両脇に陣取った友人2人をチラリと見た。
千葉にわき腹をつつかれて、しぶしぶ切り出す。
「僕は、君1人くらい働かなくても食べさせられるから、無理しなくてかまわないんだよ?」
とことん優しい口調の問いかけにも、彼女は首を横に振る。
「というか、働くなら僕の秘書という立場でも」
そこで「違うだろ!」と千葉、大澤両者からツッコミが入り、安住は苦い顔で告げた。
「君がもし働きたいなら、この2人が協力したいそうだ」
うんうんと、大げさに首を振る千葉と、ぜひと頭を下げる大澤。
2人も、すでに彼女のファンだった。
天使のようだと言われてもうなずける彼女の容姿と、目の当たりにした勇気ある行動、そして記憶喪失というショッキングな状況。
どれもが刺激的だった。
彼女のような逸材を見逃すわけにはいかない。
大澤は、社会的意義のある企画になるのでぜひ取材させて欲しいといい、千葉は、うちの事務所に入ってくれたらガッポリ儲からせてやるよと言った。
どちらの話も良く分からなかったが、少しでもお金が稼げるならと、少女は承諾した。
千葉と大澤がやったと声をあげ、安住がやれやれと肩を落とした。
本当は彼女を世間の好奇の目にさらしたくなかったが、もしかしたらマスコミに露出することで彼女の身内が名乗り出るかもしれないという説得に負けたのだった。
* * *
「こら、病室で騒がないように」
ノックもせずにドアが開けられ、馬場が入ってきた。
続けて警官の遠藤もやってくる。
そんなに広くは無い病室が、最後に体格の良い遠藤が入るともういっぱいだ。
遠藤は、見舞いもかねてときどき彼女に会いにきていた。
自分が事件を止められなかったことに責任を感じているらしく、主に非番の日に訪れては、何度も彼女に謝罪の言葉を告げる、律儀な性格だった。
実は、遠藤が彼女に会いにくる行動には、律儀さとはまったく別の感情もあったのだが、そのことに本人はまだ気付いていない。
彼女が初めて遠藤に会ったとき、非常に貫禄があるため30代半ばかと思ったが、実はこの5人の中では最年少の25才と聞いて驚いた。
そのリアクションが失礼だったとすぐに謝ったのだが、本人は言われなれているし、仕事柄年上に見られたほうが好都合だからと笑ってくれた。
普段笑わない感じの強面な男性が笑うと、とても魅力的だなぁと、そのとき彼女は思った。
この5人の男たちは、彼女の見舞いを通じてすでに顔見知りになっている上に、同年代ということもあり、なんだかんだ打ち解けているようだ。
馬場はちらりと遠藤を見てから、彼女のそばによって「例の件で話がある」とささやいた。
ベッドに腰かけていた彼女は、例の話ね……と考えながら、5人の男性の表情をじっとみてみる。
皆それぞれ、彼女のことを真剣に気にかけてくれている。
信頼できると、心の中で再確認した。
「先生、安住さんは私の後見人になってくれるし、千葉さんと大澤さんはお仕事をくれるっていうんです。だからみなさん揃っているときに、ちゃんと伝えておきたいんです」
馬場は眼鏡の位置を直しながら、何も言わずため息をついた。
彼女はそれを肯定と受け取り、5人の男性を前に、天使のように微笑んで言った。
「どうやら私、おなかに赤ちゃんがいるみたいです」
彼女の病室は、しんと静まり返った。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
天使というか天然な母の話は、いったんコレでオシマイ。まだ可愛くてボンヤリしてお花が好きな良いコ、という程度しかキャラ出てないんですが、実際そんだけで殿方に惚れられるかね?大黒マキ様的には「選ばれるのは結局何にもできないお嬢様」と言っているので、きっとそうなのでしょうということで。
次回から本編です。もう娘産まれてます。すくすく美少女に育ってます。思春期モテシーンもありで。対して男性陣、一気にオッサンになってます。

第一章(1)天使の娘
【 第一章 異世界召喚】
春先の爽やかな風を受けながら、Tシャツ姿の少女が走ってくる。
軽やかな足取りだが、実際は相当なスピードだ。
肩から斜めにかけたスポーツバッグが、腰の位置でポンポンと跳ねるけれど、まったく気にするそぶりはない。
ハーフパンツから伸びた細い足は、すらりと長く引き締まっている。
すれ違った人は、一瞬立ち止まり、振り返って彼女をもう一度見てしまうような美少女。
少女は高級住宅街エリアの瀟洒なマンションに駆け込むと、入り口の警備員にぴょこんとお辞儀をする。
ポニーテールに結わえた黒髪が、さらりと横になびきながら通りすぎていく。
そんないつもの光景を、警備員はにこやかに見送った。
* * *
指紋認証でロックをはずし、エレベーターを使わずに非常階段をダッシュで3階まで駆け上がると、階段脇の部屋の玄関チャイムを押した。
「よし!門限クリア!」
ハァハァと大きく肩で息をしつつ、玄関ドアのロックが開くのを待った。
カチリというロック解除音を確認して、重厚なドアを開ける。
満面の笑みで少女を迎えたのは、彼女の母親だ。
「はぁ~い、サラちゃんただいまっ」
「ただいまは私!お母さんはおかえりでしょ!」
まあいいじゃない細かいことは、と笑った母は、まるで少女のように若く可愛らしい。
少女の名前は、安住サラ。十五才。
父親は不明。
母親はいわゆるシングルマザーだ。
しかしサラの家庭は、普通と少し、いやかなり違う。
まずは、母が有名人だということ。
母の名前は安住ハナ。
本名というか、芸名というか、ペンネームというか。
花が好きだからハナにしたと言っていた。
母の仕事は絵本作家で、ときどきエッセイなども書くことがある。
若い頃はタレント業もしていたそうだ。
当時の熱狂的なファンは健在のようで、いまだにバレンタインやクリスマスには、大量のプレゼントが届く。
タレント時代は「天使」というコピーがついていたようだが、天使は年をとらないらしい。
サラが中学生になった頃から、二人は良く姉妹に間違えられるようになった。
最近、通りすがりのナンパ男に、娘であるサラの方が姉と間違えられたのは、さすがにショックな出来事だったが、とうに母の身長を追い越してしまったサラは、この母だから仕方が無いと諦めた。
* * *
「ちょうどお夕飯できたとこよっ」
普段着のジャージにエプロン、そして片手にフライパン、片手におたまという姿の母を、サラはしみじみと見つめる。
こんなに地味な服装なのに、キラキラと輝く少し青みがかった瞳に見つめられると、まあ天使のように見えなくもない。
「わざわざフライパンとおたまもって出迎えなくてもいいから。そもそもフライパンにおたまは合わないし」
いちいちツッコミが必要なほど、天然キャラな母をもったサラは、年のわりにはしっかり者に育ったと自負している。
ローファーを脱いで、ホコリを払って、シューキーパーを入れて、靴箱へ。
手を洗ってうがいをして、汗をかいたシャツを手早く着替えてダイニングへ向かう。
すると、調理の仕上げをしながら、母が声をかけてきた。
「今からパパたちみんな来るって」
「えっ、全員?」
「そうなの。珍しいわね」
サラに父親はいないが、父親もどきなら居るのだ。
しかも五人も。
* * *
一人は、安住パパ。
特殊な事情の母を引き取り、後見人として16年も見守ってくれている。
このT市の市長を16年続けるほど、市民から絶大な人気がある。
そろそろ国会議員になってはと勧められているが、本人にそのつもりはないらしい。
毎回サラにお菓子を、母に花をもってくる、笑顔の爽やかな天然フェミニストっぷりが人気の理由だろう。
一人は、馬場先生。
パパと呼ぶと語呂が悪いと怒られるから、先生と呼んでいる。
市内の大きな総合病院の先生をしていて、男性の患者さんからも目の保養と言われる美人さん。
いつも怠けているようで、実は凄腕らしく、遠く海外から患者さんがやってくるくらいの名医だ。
ちょっと毒舌なので、たまに母を固まらせているときがあるが、サラにとっては大人の事情ってやつを教えてくれる良い先生だ。
一人は、千葉パパ。
芸能事務所に勤めていて、元役者だった安住パパと、うちの母のマネージャーをずっとしてくれてた。
母の恋人と一時噂されたこともあるくらい、二人並ぶとお似合いだが、本当のところは不明。
この間専務になってからは現場を離れて、いつも偉い人とお酒を飲んでいる酔っ払いオヤジ。
酔っ払うと、母には「タレントに戻れ」サラには「役者になれ」としつこいけど、話が面白いのでたまに晩酌につきあってあげている。
一人は、大澤パパ。
市内にある出版社で、雑誌の編集長をしている、一番インテリなパパ。
見た目は細身で繊細なイメージだけれど、世界各国、ときには戦地へも取材へ行くほどタフだ。
校了後は必ずうちに遊びにきて、しかも大量のお土産をもってきてくれる。
とくに本のお土産は楽しみで、お勧めの本についてとか、いろんな話をするのが楽しみで仕方ない。
母の絵本の一番のファンでもあり、新作が出ると必ずべた褒めな評論をして、母を照れさせている。
一人は、遠藤パパ。
市の警察署につとめる刑事さん。
実家が道場で、小さい頃からずっと、遠藤じいと一緒に武道を教えてくれている。
悪いことをしたときは厳しく怒ってくれる、でも普段は優しい、一番パパらしい人。
サラの門限を決めたのも、実は遠藤パパだ。
母は遠藤パパの脅しに弱いので、1分でも過ぎると告げ口して、その翌日の練習はかなり厳しくなる。
おかげで同年代の女子……どころか男子にも負けないくらい発達した運動神経と、カニ割れした腹筋はサラのヒソカな自慢になっている。
* * *
サラはこの五人が一堂に集まることを考えて、冷蔵庫を開けてみた。
案の定、お酒の買い置きはたっぷり。
ただ、おつまみが少しが足りなさそうだ。
「お母さん、ビールのおつまみ足りないから買ってくるよ」
「本当?じゃあよろしくね」
お財布をもらって、近くのコンビニへダッシュ。
サラは、普段の移動でもダッシュしている。
それは、遠藤パパの徹底的な指導のたまものだ。
鍛錬にもなるし、実際一人でいるときはよく変なヤツに声をかけられるから、ダッシュが便利だ。
小さい頃から、サラの容姿は母に良く似ていて、本当に天使のようだと何度も言われた。
ただ成長するにつれて、父親の遺伝子が台頭してきたのか、眉がしっかり目元はキリッと、意思の強そうな顔立ちになってきた。
それはそれで「カッコイイ」と、今度は女子からモテるようになった。
武道で鍛えられた体と、すっと伸びた背筋、正義感の強い性格もあり、中学時代のバレンタインはモテる男子を抑えて記録的な数のチョコをもらってしまった。
母との共通点は、少し青みがかった瞳の色。
まっすぐコシのある黒髪は、たぶん父親の影響だろう。
* * *
どこの誰かも分からない父親のことを考えると、サラは少し憂鬱になる。
母が「安住パパを暴漢から守る」という事件のせいで記憶を失ったとき、すでに私はおなかに居た。
結局、いまでも母の記憶は戻らないままだから、どんな人が本当の父親なのかは全くわからない。
母がその経験を本にしたり、タレントとして有名人になっても、母の身内や、父親が名乗り出ることはなかった。
少し海外の血が混じっているような瞳だし、もしかしたら母は日本人ではないのかもしれない。
何事にもポジティブな母は「きっと海外に住んでる家族のところまで、情報が行き届かなかったのよ」と言っている。
パパたちもずいぶん探し続けてくれたけれど、サラも母もそれほど気にしていない。
記憶喪失だった母にとって、辛い時期を支えてくれたパパたちが、本当の家族のようなものだ。
もちろん、サラにとっても。
誰の子か分からないサラのことを、実の子のように愛してくれた。
サラは、周囲から多少奇異の目で見られても負けないくらい、強い心を得たのだ。
これは馬場先生からこっそり教えてもらったのだが、中には母の容姿が人並み以上に整っていることから、何らかの犯罪によってできた子ではないかという嫌な噂を流す人もいたそうだ。
大澤パパや遠藤パパは、まったく根拠が無い妄想だと一蹴してくれたし、そんな噂をサラに教えた馬場先生を殴ってくれたが、千葉パパは「ありえないことも無いな~。俺も何回か酔った勢いで……いや、嘘だけど」と笑っていた。(そして馬場先生より多く殴られていた)
その後、噂を流した悪意のある人物を、安住パパがつきとめて報復したらしいとも、こっそり馬場先生が教えてくれた。
実は一番怖いのは、安住パパかもしれない。
* * *
そんな感じで、このT市は、母とサラにとって強い味方がいる、とても住みやすい街だ。
母が一人で外出するときには、こっそりSPがついているということも、馬場先生から教わった。
母は気付いていないようだけれど。
サラ自身も、ときどき監視の気配を感じている。
長く武道をやっているせいか、意思をもった視線には敏感なのだ。
過保護だと反発したい気持ちもあるが、まあ特殊な家庭環境だし、パパたちが心配性になっちゃうのは仕方が無いかもね、とサラは素直に感謝の気持ちで受け止めていた。
しかし、これから高校生になるサラが、もし恋愛でもしたらいったいどんな騒ぎになるだろう。
よほど根性のある彼氏じゃないと、舅軍団なパパたちの攻撃に耐えられないかもしれないな。
コンビニでお酒をカゴに放りこみながら、そんな想像をしてクスッと笑った。
「あの、ここのコンビニには良く来るんですか?」
唐突に、見知らぬ男子から話しかけられて、サラはぴくっと体を緊張させた。
もし何かされそうになったら、相手に反撃できる態勢をとる。
ファミレスのトイレ前で、いきなり男に抱きつかれた経験もあり、明るい店の中だからと安心はできない。
「はい?」
相手の顔を見ると、いきなり抱きつくようなヘンタイには見えず、サラは少し警戒を解いた。
こざっぱりした制服姿に野球部らしいアルファベットロゴ入りのスポーツバックを抱えた、こざっぱりした身なりの男子学生だ。
少しニキビのある、日焼けした顔は、なかなか整っている。
しかもどうやら、サラが春から通う学校の人らしい。
これは失礼にならないように逃げなければ。
「いや、ごめん。前にも一度ここで見かけたことがあって」
彼は顔を赤くし、短い髪をバリバリっとかきながら「何言ってんだろ、オレ」と呟いた。
イイヒトだけに困っちゃうな、とサラは思った。
こんな展開も、今までに無かったわけではない。
小学校高学年から、中学の三年間、学校で知らない男子から告白もされたし、街でもよく声をかけられた。
普段着だと、大人びた顔立ちから、少し年上に見られるようだ。
小学生のときは「私小学生ですけど」というのが、簡単で痛快な撃退法だったが、すでにその手は使えなくなっている。
「T学院の方なんですね?」
サラが話しかけると、男子学生はうなずいた。
よほど照れくさいのか、サラとは目線を合わせないまま。
「春から後輩になるので、よろしくお願いします」
サラは「では急いでいるので」と一礼して、会計を済ませ、コンビニを出てダッシュした。
猛スピードで走り去っていくサラの後ろ姿を、男子学生は「中学生だったのか……」と呟きながらぼんやり見送った。
来週には、学校で再会できる。
桜の下に立つ、制服姿の彼女をイメージして、彼は胸をときめかせていた。
しかし、どんなに探しても、彼が学校でサラの姿を見つけることはできなかった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。(携
帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃんはモテモテです。こんな子いねーがーとなまはげが探しても見つからないと思います。
次回はサラちゃん運命の日。天使ママンにも頑張ってもらいます。
けっこう誤字脱字文体間違いあるかも……もし見つけたら基本スルー推奨、愛情たっぷりな方はどうぞ遠慮なく愛のムチ(ご指摘)ください。

第一章(2)15才のサラへ
【 第一章 異世界召喚】
お酒と食事の準備を終えた頃に、玄関チャイムが鳴った。
出迎えたサラを待っていたのは、5人の”変なオジサン”たちの、満面の笑みだった。
「ちょっと早いけど、ハッピーバースデー、サラ!」
面食らったサラは、すぐに大爆笑した。
全員が、宴会グッズの鼻メガネをつけていたのだ。
発案者は当然、千葉パパである。
「実は、サラちゃんのお誕生日会も兼ねてたの」
リビングで迎えた母も、いたずらっこのよう微笑んだ。
* * *
さすがに恋する母にオカシな姿は見せられないのだろうか、5人とも鼻メガネはしっかり外してから家にあがってきた。
料理やカンパイの前にプレゼントを渡されて、さっそく開けてみたサラは年相応にはしゃいだ。
高校生はもう大人だからと、アクセサリーや時計など、今年はちょっと素敵なプレゼントばかり。
千葉パパだけは「大人になる必要なし!」と、相変わらずぬいぐるみシリーズだ。
ちなみに遠藤パパがくれた指輪は「殴るときに武器にもなるから」との補足付。
プレゼントとは別に、わざわざ有名店で買ってきてくれたチキンやケーキ。
母の数少ない得意料理であるシチューとサラダ。
そして大好きなパパたちに囲まれて、誕生日会は盛り上がった。
それぞれ忙しい5人が、日程をやりくりしてくれたことを思うと、サラは胸がいっぱいになった。
* * *
パパたちが帰って、お風呂に入って、あとは寝るだけとなったサラは、机の上のプレゼントにもう一度手を伸ばす。
ベッドの上に、あらためてプレゼントを並べてみた。
事前に打ち合わせしたのか、指輪、ブレスレット、ネックレス、腕時計と、アイテムは見事にかぶらず、調和が取れたデザインのものだった。
もう一度、プレゼントされたアクセサリーをつけてみる。
パジャマでは雰囲気が出ないので、さらに気合いを入れて高校の制服に着がえた。
鏡の中には、長い髪を下ろして、少し大人っぽく変身した自分が浮かび上がる。
小脇にテディベアを抱えると、ミスマッチ感がちょっとしたコスプレ風に見えて、サラはふふっと笑った。
3月ギリギリに産まれたサラは、もうすぐ15才になる。
そして、パパたちの片思い歴も、15年。
こんな素敵なおじさんたちが、いまだに全員独身なのは、母に恋しているせいだ。
8/7生まれと勝手に決めた母の年齢は、推定33才。
見た目はもっと若いし、恋愛を諦めるような年じゃない。
見つめただけで男を恋に落としておきながら、どんなアプローチも天然で撃退してしまう母は、パパたちに恋する女性からみると最強の小悪魔だ。
でもなんとなく、母は恋愛という感情を自ら手放しているようにも思える。
たまにそんなことを母に言うと、母は決まって「サラちゃんが大人になるまで、お母さんはサラちゃんだけのものよ」と切り返すのだ。
実際、サラが大人になるまで母は結婚しないつもりなのかもしれないけれど、そんなこと気にしなくていいのに。
私はもう充分愛情をもらったから、母には自分の幸せを見つけて欲しい。
だから、5人のパパでも、他の人でも、母を恋に落とせる男がいたらそれは本物だし、絶対応援する。
でも。
もしかしたら、記憶の底に沈んだサラの本当の父を、想い続けているのかもしれない。
母はいつも変わらず笑顔でポジティブな天使キャラだから、ときどき分からなくなるけれど。
きっと今まで、辛いこともあったに違いない。
だって、子どもを作るっていうのは、人生の一大事だ。
それが、望んだものであっても、万が一望まなかった結果であっても。
子どもをつくった相手のことを全て忘れてしまった母は、幸福なのだろうか、不幸なのだろうか。
子どもができたと分かったときは、まだ産まないという選択ができる時期だったと、馬場先生から聞いた。
お母さんは、どうして私を産もうと思ったんだろう。
私は、お母さんのおかげで、いまとても幸せだ。
だから、お母さんにも幸せになって欲しい。
ぎゅっとテディベアを抱きしめて、そんなことを考えた時、ドアをノックする音がして、サラは慌てて涙が浮かびかけた目をごしごしこすった。
* * *
「サラちゃん、ちょっといーい?」
「どうぞ」
返事すると、お風呂上りで髪を濡らしたままの母が入ってきた。
「あら、似合うじゃない」
1人でコスプレしていたところを見られて、ちょっとサラは恥ずかしくなった。
そのとき、母の前髪からポタッと水滴が垂れたのをみて、照れ隠しのように母の肩にかかったタオルで濡れた髪をワシワシこすった。
「もうお母さんてば、ちゃんと乾かさないと風邪引くよ」
「ふふ、本当にサラはしっかりした子に育ったわねぇ」
さすが私の子、と母は自慢気に言って、じっとサラの顔を見つめた。
そしてふっと、手にもった1冊のノートに視線を落とした。
珍しく、少し沈んだ表情。
不思議に思ったサラは、母の髪をふく手を止めて様子をみる。
「どうしたの?」
「なんだか、サラちゃんが本当に大人になっちゃって、お母さんちょっとさみしいんだ」
笑顔で言ったけれど、心は笑っていない。サラはそんな気がした。
「実は、サラちゃんに読んでもらいたいものがあって」
差し出されたのは、ずいぶん日にちが経って色あせたノートだった。
表紙には、ちょっとヘタクソな古い母の字で「15才のサラへ」と書いてある。
「これを書いたのは、サラが生まれてすぐなの。お母さんのつくった物語1作目」
サラはびっくりして、母の顔をまじまじと見つめる。
そんなものがあったなんて、初めて聞いた。
母の作品マニアにとっては、かなりのお宝アイテムだろう。
しかし、なぜタイトルが『15才のサラへ』なのだろうか?
「15才になる前に、これを読んでおいてね。まだ言葉が下手な頃に書いたものだから、それは大目にみてちょうだい」
「うん、わかった。読んでみるね。ありがと」
サラが真剣な表情でうなずくと、母はひとつ大きなことを成し遂げたように、安堵のため息をもらした。
「じゃあ、おやすみなさい」
そして部屋を出るときに、母はそっと呟いた。
「サラ、愛してる。世界で一番よ」
それが、この世界でサラが聞く、母の最後の言葉になった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ゴメン、ママン。スマン、ママン。そのうちまた会わせてあげられるかも?会えない時間が愛育てるはず。オッサンは一旦バイナラです。
しかし実母が実際にこんなこと言てきったら、死期が近いのかと疑っちゃいますわね……日本の小市民家庭には「愛してる」=「さようなら」の意。シュールだ。安住家はセレブだから違います。
次回は、ついに異世界落ち!こっからしばらくサラちゃん受難の日々ですが、その苦労は後で報われる……かも?

第一章(3)母のノート、異世界への扉
【 第一章 異世界召喚】
サラは、母のノートを手に取った後、そのまま机に向かった。
制服姿のまま、ヒザの上にはテディベアを乗せて。
まるで、何かに急かされるように、一気に物語を読み込んだのだった。
その話は、児童小説というカテゴリーになるのだろうか。
ファンタジックな、剣と魔法の世界が舞台だった。
* * *
主人公は、砂漠の国の姫。
名前はもちろん、サラ姫だ。
サラ姫に母はおらず、父である王様と、病弱な王様の代わりに国を治める兄王子と暮らしている。
長く続く隣国との戦争を終わらせるために、和平の使者となったサラ姫が、砂漠を越える旅をするところから、物語は始まる。
旅の途中、さまざまな困難がサラ姫を襲った。
とくに、砂漠の盗賊にさらわれたときは、絶体絶命のピンチだった。
しかし、サラ姫が盗賊の頭領を説得したことで、盗賊は味方になってくれた。
そのときサラ姫は、この頭領に恋をしてしまうのだけれど、大事なことを何も言えずにそのまま別れてしまった。
盗賊の協力で隣国についたサラ姫は、なんとか王様に会うことができた。
和平の願いを聞いた王様は、サラ姫に難題をつきつける。
「戦争をやめるためには、3人の王子のうちの誰かと結婚せよ」
3人の王子の誰も選べなかったサラ姫は、怒った王によって「それなら自力で戦争を止めてみせよ」と言われ、戦地の最前線へと送られてしまう。
傷ついた両国の戦士を止めようと無理をして、サラ姫は戦火の矢に晒される。
そこに現れるのが、その世界の空を守る守護者といわれる、翼のある女神だった。
女神の奇跡によって、戦いはおさまり、サラ姫は一命をとりとめた。
傷を癒し隣国にもどったサラ姫だったが、今度はこの大地にかけられた魔女の呪いの話を聞かされた。
魔女の呪いがとけなければ、再び戦争が起きてしまう。
砂漠のどこかに住むという魔女を見つけ出して、呪いをとくようにと王から頼まれたサラ姫は、再び祖国に戻った。
たくさんの人の協力から、少しずつ情報を集めて、魔女の呪いの真実にせまったそのとき。
サラ姫に、悲劇が襲った。
魔女の呪いによって、もっとも愛しい人の手によって、サラ姫は命を終えてしまう。
ただ、サラ姫の死をきっかけにして、長く大地にかけられ続けた魔女の呪いはとけるのだった。
幸福に包まれた世界に、女神が降り立った。
その傍らには、サラ姫が恋した盗賊の頭領。
彼は本当は盗賊ではなく、この世界の大地を守る、精霊の森の王だった。
女神と精霊の森の王は、この平和を永遠のものにするために、いつまでも寄り添い続ける。
というシーンで、物語は終わった。
* * *
一気に読みきったサラの手は、震えていた。
サラ姫の年齢は、15才だ。
決して明るい話ではない。
苦難の末に殺されてしまう、悲劇の姫。
大学ノート1冊の半分にも満たないくらいの短い話で、母が言ったとおり、つたない文章だった。
しかも、たくさんのエピソードが歯抜けになった、あらすじだけを追いかけたようなストーリー。
そんな話を、なぜ母は書いたのだろう。
私が産まれた直後に、15年後の私に見せるために。
わざわざ、私と同じ名で。
なぜ……?
ノートを閉じて引き出しにしまうと、じっとりと汗ばんだ手で、サラはひざの上のテディベアを抱きしめた。
なぜだか寒気が止まらなかった。
部屋に1人いるのに、誰かにじいっと見られているような、嫌な感じがする。
早く着替えて、布団へ入って寝てしまおう。
そう思って立ち上がったとき、サラは激しい頭痛に襲われた。
* * *
ぐらぐらと世界が揺れてみえるほどの、強いめまい。
体が凍えるような冷気に包まれる感覚。
突然、頭の後ろを強く殴られたような衝撃があり、サラはぐうっとうめき声をあげた。
自分の体に何が起こったのか分からず、その場に倒れこむ。
倒れた先には、床が無かった。
暗く底の無い穴に吸い込まれるように、どこまでも体が落ちていく感覚。
目を開けても、閉じても、暗闇しかない。
これは夢だ、そう思いたかった。
でも、腕の中にはぎゅっと抱きしめたままのテディベアがいる。
やわらかい感触が、これは夢ではないと訴えているようだ。
意識を手放すこともできないほどの恐怖感の中で、サラは鈴が鳴るような、可愛らしい少女の声を聞いた。
『みぃつけた』
その声は、サラの声。自分の声だった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
憧れの異世界オチの瞬間を書けました。安い夢1個叶って満足。
母のノートは、実はちょい未完成。後でつじつま合わせるの大変かも……
しかし、落ちた先には……ゴメン、サラちゃん。フカフカ天蓋ベッド&好みど真ん中王子って展開にしてあげられず。まあそれはもうちょい後でのお楽しみ?

第一章(4)異界のサラ姫
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】無邪気で残酷なワガママお姫さまが出てきます。ごく軽いんですが、暴力描写苦手な方はスルーしてください。
頬を打つ強い衝撃。
何度も、何度も、手加減なく打ち付けられ、サラは痛みとともに目覚めた。
「あら、ようやく起きたのね」
せっかくの顔を潰すところだったと、彼女は笑った。
鈴が鳴るような澄んだ笑い声。
サラが、本当に楽しいときに笑う声と、同じ。
いや。
サラは、目の前で楽しそうに笑う少女を凝視した。
これは自分だ。
では、ここにいる自分は誰だ?
* * *
「突然呼び出して、ごめんなさいね」
ひとしきり笑って気が済んだのか、少女は上目遣いにサラを見上げた。
今になって、サラは頬以外にも体が痛いことに気が付いた。
体が、重い。
自分の意思で動かせない。
その理由は、すぐに分かった。
両手首には、太い鎖がまきつけられ、腕を開いた状態で壁に固定されている。
少し動かすとジャラリと音がして、手首にじくじくと痛みが走った。
「暴れないでね。あなたの体に傷をつけたくないの。なるべく」
少女は、サラの頬をそっとなでた。
形良く伸ばした爪で、キーッと頬の皮膚をえぐるように。
この少女は、自分を傷つけることを躊躇しない。
今までに感じたことのない恐怖の中で、サラはとにかく状況を確かめようとした。
目をきょろきょろ動かすと、そこは薄暗い6畳ほどの小部屋だった。
四面の壁に1本ずつ、ろうそくの炎がゆらめいている。
そして、目の前の少女の後ろには、黒いフードを目深にかぶった小柄な人物がいた。
童話に出てくる魔法使いのように、曲がった腰と、床についた木の杖。
その杖の先端、朱色の床の上には、円形によく分からない文字が書き込まれた図が描かれている。
ここは、魔法や呪いをかける部屋なのだ。
自然に体がぶるりと震えて、サラの腕の鎖が鳴った。
* * *
サラが何かを理解するのを感じたのか、目の前の少女は嬉しそうに後ろを振り返った。
「ん、大成功ね!さすが私の魔法使い!大好き!」
「ありがとうございます、姫さま」
うつむいて姿勢を変えないまま、聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をする、魔法使いといわれた老人。
その声は、男か女かも判断できない、しゃがれた声だった。
はしゃぐ少女は、瞳を輝かせながら、サラの顔を覗き込んできた。
ふわりと、少女がつけている香の匂いが鼻をくすぐる。
この陰惨とした、生ゴミをはるかに超える嫌な腐臭が漂う部屋には、そぐわない。
少女の身なりは、姫と呼ばれるそのものだ。
やや胸のあいた、純白のやわらかそうなドレス生地に、細かいピンク色の花びらが幾重にも重ねられたデザイン。
スカートのすそはふんわりと広がり、ウェディングドレスのように豪華だ。
そして、黒髪は高く結わえてまとめ、後れ毛をくるくるとカールさせて頬に散らせている。
少し化粧をしているものの、顔立ちは毎日鏡で眺める自分そのもの。
違うのは、ただ1点。
瞳の色が、少女は黒いだけで、サラのように青みがかかってはいない。
光の加減でそう見えているのだろうか。
そんな細かいことに気をとられていると、少女は少し落ち着いたのか、サラに向かって得意げに話し始めた。
「国中からね、私に似ているって女を捜したのよ。でも、全員だめだったの。ちっとも似てない。それなのに似てるって言われていることが悔しくて、全員目を潰して贄にしちゃった」
「姫さま」と、しゃがれた声がいさめるように響いた。
少女はごめんなさい、と可愛らしく舌を出した。
* * *
話が理解できない。
頭のなかで、何度も、少女の話をリピートしてみるけれど。
「ちゃんと話すわね。私はサラ。この国の王女です。サラ姫と呼んでね」
すっとスカートの端をつまみ、小首をかしげるようにお辞儀をした彼女は、とても愛らしい。
なのに、その黒い瞳に見つめられるだけで、全身を寒気に包まれ鳥肌が立つ。
「私の国、ネルギ国は砂漠の端にあるの。砂漠って、水が無いと生きていけないでしょ?だから水がたくさん出るっていう隣国のトリウムが欲しいなって」
サラ姫は、サラを見ているようで、見ていない。
夢見るような瞳で、可憐に微笑みながら話し続ける。
「お兄さまに言ったら、国民も魔術師も頑張ったけどやっぱり無理で、逆にそろそろこのお城のお水も足りないっていうの。私、お風呂に花をたくさん浮かべるのが好きだから、困るのよね」
だから、思ったの……
トリウムの王様を、直接殺しちゃえばいいんだって……
いつの間にか、サラ姫の手の平が、サラの頬に触れていた。
ぼんやりと、頭に霞がかかったように、サラ姫の姿がにじみ、投げられた言葉がぼやける。
脳の処理が追いつかない。
でも、意識を失うほどではない。
「あら?あなたって……魔法が効かないのね?」
サラの言葉が、急にくっきりと響いてきた。
何かをされかけたんだと気付いたものの、サラにはどうすることもできない。
後ろにたたずむ魔法使いに同意を得るようなしぐさをして、魔法が使えないんだったらはずしてあげると、サラ姫はサラの手首をきつく縛り上げていた鎖をほどいた。
途端に力が入らなくなった足が崩れ、サラは朱色の床にへたり込む。
紺色が美しかった新しい高校のセーラー服は、黄土色の壁に何度もこすり付けられて、薄汚れていた。
赤黒くアザになった手首にも、指や胸元にも、パパたちからもらった誕生日プレゼントのアクセサリーは、1つもない。
テディベアもいない。
「この者は、異界から呼び寄せましたゆえ、魔力をもたぬのも道理かと」
老人の声に、サラ姫はぷうっと頬を膨らませる。
黒い瞳が、狂気にきらめいてサラを睨みつけた。
思わずサラが身をすくめると、サラ姫は「まあいいわ、これだけそっくりなんだし。許してあげる」と、あっさり視線を外した。
ホッとしたサラが、あらためて首周りや手首を気にし続ける姿を見て、サラ姫は「そうだ、あなたの世界の宝飾品、なんだかみすぼらしいから捨てちゃったわ」と笑った。
* * *
いろいろなことが一度に起こって、サラの思考はそろそろ停止寸前だった。
放心状態のサラを見て、サラ姫は小さい子どもを諭すように、自分の立場を繰り返し伝える。
「もう1回言うわね。お父さまが寝込んでらっしゃって、お兄さまはお忙しいの。そろそろお城の水が足りないから、戦争はやめにして、譲ってくださいってお願いしてみることになったの。でもサラは行きたくないの。だから、身代わりになる子を探したのよ」
でもこの国には見つからなくて、私の魔法使いに頼んで異界から呼び寄せてもらったのよ。
サラ姫が、嬉しそうにはしゃいで言った、その時。
「サラ!ここを開けろ!」
男の鋭い声が響いて、奥の扉がガタガタと音を立てた。
「お兄さま!」
頬を赤く染めたサラ姫が、勢い良く扉に飛びついて、鍵を外した。
飛び込んできたのは、背が高くシャープな顔つきの剣士だった。
右手に大降りの剣を持ち、その刃がろうそくの明かりを跳ね返してギラリと光る。
剣士は殺気のこもった視線をサラに向けたが、一瞬でその殺気は消えた。
「サラ……が、2人?」
サラを見つめ、剣を持たない左腕に絡みついたサラ姫を見て、またサラを見て、を繰り返す。
2人を見るたびに、余裕の無い厳しい表情が徐々に崩れ、穏やかに変わっていくのが分かった。
「カナタ王子、わたくしが召喚した、サラ姫の身代わり、異界の姫でございます」
魔力がありませぬゆえ手枷は外しておりますと、魔法使いが独り言のように小さな声で呟いた。
* * *
「ダメじゃないか、大きな術を使うときは、先に報告しないと。何があったのかと心配したぞ」
王子ははぁっと大きなため息をつくと、左腕に絡み付いて子犬のように擦り寄るサラ姫の頭をなでた。
「でも大成功だったわ!この子を私の変わりにトリウムに行かせればいいのよ、ね?」
上目遣いでおねだりするサラ姫の腕をほどくと、王子はサラに近寄って、片膝を床についた。
剣はサラに向かって水平の向きで床に置き、右手は左肩に。
形式ばっているが、優雅な雰囲気の王子がするとはまってしまう。
王子の姿は、サラが子どもの頃に読んだ、アラビアの童話に出てくる王子そのもの。
やや長めの黒髪にかかった、宝石つきの髪飾りが、端正な顔立ちの王子をより華やかに彩っている。
衣装は、白くたっぷりした布を巻きつけたような、不思議なデザインだ。
水が少ない地域で、洗濯がしやすいデザインなんだろうかと、サラは関係ないことを思った。
「異界の姫よ。このたびは、我が妹のわがままに巻き込み、申し訳ございません。我が名はカナタ。ネルギ王国の第一王子です。あなたのことは、私が責任を持って無事にもとの世界へ」
「なりませぬ!」
ドンと床を突く杖の音と、老人のしゃがれ声が、王子の声にかぶさった。
サラは、老人が大きな声を出せることに驚きながらも、実はこの魔法使いの老人はかなりの力を持った人物ではないかと思った。
その声から、年齢とは関係ない、何か力強いオーラのようなものを感じた。
「この召喚には、サラ姫の命を」
その一言だけで、カナタ王子の顔色は青ざめ、柔和な表情はこわばった。
ばかなことをと呟くと、眉根をよせて苦しそうにサラを見つめた。
「サラを、妹を今失うわけにはいかない……異界の姫よ、申し訳ありません。この国を救うことにご助力いただきたい。理由は後日ご説明いたします」
そうでしょ。そうするしかないでしょ?
くすくすと笑い声が響いた。
自分と同じ声。
でも違う声。
それからサラは、”異界のサラ姫”と呼ばれることになった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
落ちたらイタタタ……な展開でゴメンナサイ。床の色が朱色の理由は、イタイことがあっても掃除しないでいいからです。でも匂っちゃうけどねー。
王子&姫表現、ちょい手抜きました。風景とか衣類とか顔立ちとか、あのへんの細かい描写ちょっと苦手ですけどみたいな?ジェットコースターストーリー目指してますけどみたいな?
で、次回はサラちゃん、ちょっとずつ立ち直っていきます。最初どん底ならあとは上がるだけ。

第一章(5)滅びゆく砂漠の国
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】ちょっと魔法系で、大きな効果あげようと思ったら、それなりに犠牲が……というごく軽い表現があります。ご注意を。
サラが『サラ姫』となり、7日が過ぎた。
その間、カナタ王子、サラ姫、そして名前の分からない魔術師の老人から特訓をうけた。
まずは読み書き。
幸い話し言葉はある程度通じるようだが、文字ははっきり読めない。
ひらがなに、見たことの無い記号が混じる。
その記号部分は、日本語の漢字部分にあたるようだ。
ひらがな部分だけでも、簡単な文書は読めるので、あっさりと文字の勉強は免れた。
さらに、この国の姫としての立ち居振る舞いも身につけた。
簡単にいうと、サラ姫そのものになることが求められた。
食事のマナーなど、マニュアルを頭に叩き込めば身につけられることはともかく、サラ姫の行動は真似することができなかった。
なにせ自分とは、思考がまったく違うのだ。
7日間ずっとサラ姫と寝食をともに過ごし、サラ姫の行動やしぐさ、口調を真似るようにと魔術師の老人から言われ続けたが、ついにはそれを諦めた。
深窓の姫君であるサラ姫の情報は、隣国トリウムはもちろん、ネルギ国内にもほとんど出回っていないので、浅いモノマネレベルでも問題はないだろうとのこと。
サラ姫は、自分と本当に似ているサラの存在が、本音では気に入らないらしく、サラが魔術師から容赦なく叱責され、硬い杖で背中を打たれるたびに「ばかね」と嬉しそうに笑った。
* * *
王宮でも、ごく限られた人物としか顔を合わせていないサラが、唯一まともな人物と認識したのは、カナタ王子だ。
召喚後すぐに、病床で意識が無いという王への面会に付き添ってくれたとき、一瞬サラ姫が離れたすきに、この召喚の目的を説明をしてくれたことも、サラのモチベーションに繋がった。
今回あの魔術師は、失敗するとサラ姫の命を失うことを条件として、サラを呼び寄せたそうだ。
ネルギ国最高の魔術師とはいえ、もっとも大事なサラ姫を贄として差し出さなければ、サラを呼び寄せられなかったくらい、難しい魔術だった。
なぜそれほどまでに、難しい魔術を実行したのか?
理由は、トリウム国へ向かった和平の使者が「王族の訪問で無い限り信じるにあたわず」と返答してきたことだ。
ネルギの王族は近年、次々と原因不明の病で倒れ、今では国王と、カナタ王子、サラ姫の3人しかいない。
王は現在病床にあり、ベッドから上半身を起こすこともできない。
それ以前に、話しかける言葉を認識しているかも分からないくらいだ。
となると、残るのはカナタ王子かサラ姫。
現在、王の代わりにほとんどの政務をこなすカナタ王子が使者になっては、この国の政治は立ち行かなくなる。
それ以前に、もしカナタ王子の命が奪われたら国はおしまいだという側近たちの懸念もあり、カナタ王子は王宮から一歩も出られない状況にあった。
消去法で、白羽の矢はサラ姫にたった。
しかしサラ姫は、深窓の姫君だ。
まだ15の成人を迎えたばかりの、幼く肌の白いなよやかな姫に、過酷な砂漠の旅ができるわけがない。
例の魔術師を含め、側近たちは断固反対した。
なにより、サラ姫には彼女にしかできない大事な役割があった。
現在病床の王は、サラ姫の問いかけにだけ反応し、短い言葉を返すのだ。
王と会話をし、王の言葉を伝えることが、サラ姫の重要な仕事だった。
サラが王に面会させられたのは、王がサラにも反応するのではという、ささやかな期待もあったから。
しかし、見た目だけそっくりなサラが話しかけても、王が反応しないことを確認して、カナタ王子は酷く落ち込んだようだった。
「病床にあるとはいえ、王の存在や指令は絶対。若干20才の私には、まだこの国の運営すべては荷が重いのです」
苦しい事情を聞かされ、なぐさめの言葉をかけようとしたとき、サラ姫が飛び込んできて、サラをけん制するように王子にまとわりついてきたのだった。
* * *
サラは、短い時間でこの国の事情を、ほぼ把握していた。
重要な立場のサラ姫には、カナタ王子も側近たちも、何も言えない。言わない。
無茶なことを言っても、苦笑しながらあしらう程度だ。
カナタ王子も、サラ姫のわがままを可愛いものと受け入れていることがわかる。
異界から来たサラから見て、それがどんなに残虐な恐ろしい行為であっても。
今、この国では、サラ姫は巫女のような立場なのだろう。
神である国王の言葉を、唯一聞きだせる存在。
しかも、国で一番の魔術師を従えて、自分の思うままに操れる、影の権力者だ。
カナタ王子も努力はしているのだが、数年前までは王も2人の兄王子も健在だったため、サラ姫と変わらないくらいわがままに、気楽な生活を送っていたらしい。
しっかりした言動の合間に、誰かに頼って生きてきた人間の甘さや弱さが感じられる。
「異国のサラ姫、あなたを元の世界にお返しするためには、サラが召喚時に命じた契約を遂げること。つまりサラの身代わりとなってトリウム国へ行き、和平を成し遂げるしか方法がないのです」
カナタ王子は、危険な旅になるだろうと言った。
そして、サラには選択肢が他に無いことも。
サラを呼び寄せた魔術は「サラ姫の身代わりとなり、ネルギ国とトリウム国を和平に導く者を求める」という召喚条件だった。
サラが行かないなら、サラを元の世界へ返すための魔術が必要だ。
それには、再びサラ姫の命という強大な贄が必要。
しかし、サラ姫の命は「サラの呼び寄せ」に使われていて、別の魔術には使えない。
代わりの贄となる人物がいれば良いが、サラ姫の命が必要なほど大きな魔術の贄となれるような存在はいない。
この召喚の目的である「トリウムとの和平」が成されれば、契約は完了する。
サラ姫の命は、再び魔術の贄として使えるようになるため、サラを元の世界へ返す魔術も可能になるという。
サラは「行きます」と言わざるを得なかった。
* * *
そしてサラは、カナタ王子から、この国や大陸の地理、歴史、今おきている水不足と戦争の状況、トリウム国の内政についてなど、社会面を学んだ。
大澤パパの影響でもともと政治経済に強かったサラは、サラ姫に睨まれ続けるという強い緊張の中でも、しっかり知識を吸収していった。
砂漠の国ネルギは、この大陸の東の端に位置する半島の、細長い国だ。
地球と違って海はなく、北・東・南を霧にかこまれている。
その霧の向こうに何があるかは誰も知らず、冒険に挑んで帰ってきたものも居ないそうだ。
L字型の半島の、西側に隣接するのは、オアシスの国とも言われている、トリウム国。
戦争が起こるまでは、両国の関係は良好で、商業も盛んに行われていた。
しかし少しずつ、確実に、ネルギ国の井戸が枯れてきた。
井戸が枯れれば、食物も育たず、人は減るばかり。
水を得ると同時に、疲弊していく国民の不満の矛先を変えるために、ネルギ王はトリウムへの戦争を開始した。
トリウム国の北部には、精霊が住むという緑の森があり、そこがトリウム国の水源と言われている。
その水源をひとりじめしているトリウムが悪いという理屈だ。
* * *
サラ姫は「民は、トリウムには溢れるほど水があると言えば、喜んで戦いに行くのよ」と補足のように言っていたが、その言葉は確かに正しい。
生きるために、水を得にいくというのは、戦争の大儀になるだろう。
ネルギには多くの優秀な魔術師がいて、魔術師が軍を率いたことで、開戦当初は優勢だった。
しかし、トリウムは資源の豊富な国だけに、砂漠の民のしかけた戦いにも抵抗できるだけの力がある。
戦争が長引くにつれて、国の中枢も焦りだす。
戦って奪いとるより、水も国力も尽きる方が早いかもしれないと判断したのが、つい最近のこと。
この国の滅びは近づいていた。
和平の使者が、最後の頼みの綱だった。
サラは大まかな話を聞いた後、内心「どんな国でもトップがアホなら国は滅びるのね」と思った。
もう10年も病床に臥しているというあのネルギ王が、国の姿を実際に見ることは無いだろう。
自らは現場に立たず、戦争というシミュレーションゲームをしているようなものだ。
国民は振り回されて、苦しめられて、死んでいくだけ。
サラ姫が『召喚』に踏み切る前に、国内で集めたというサラ姫似の少女たちも、現在は戦地にいる。
きっと美しかったであろう少女たちは、サラ姫の姿を見て、その行為を知ってしまったがために、目をつぶされ、口を利けなくして戦地に送られた。
少女たちの末路は、大きな攻撃魔法の贄になることだと聞いて、サラはその日の食事を戻してしまった。
サラ姫と同じ、贅沢な食事だから、そんなことはしたくなかったのに。
* * *
この戦いを止めるためには、本当にサラの力が必要なのだろう。
母の物語のサラ姫と同じように、小さな胸に決意を秘めて、サラは『サラ姫』として砂漠へ旅立つことになった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラ姫ちゃん、実はお仕事もしてました。(仕事量)ちょっとちょっと(なのに)特別なオンリーワン♪こんな仕事ないかなー。
世界観も、こんなんで良かったのか。あまり政治経済得意でないひとが書くとこうなりますという反面教師にしてください。
地理わかんなくても話はサクサク進むんで、もう全然読み飛ばしてくれてOKです。
次回は、超重要人物2名登場です。地味に女子モテあり。

第一章(6)砂漠への旅と、新たな仲間
【 第一章 異世界召喚】
サラの進む砂漠への旅には、道連れがいた。
まずは「ラクタ」という砂漠のらくだが4頭。
地球のらくだよりは背がひくく、どちらかというとロバに似ているが、背中にはしっかりとコブがある。
そのうちの3頭には人が乗り、もう1頭は荷物用だ。
サラも乗り方をしっかりマスターした。
ラクタ乗りの訓練は、7日間の勉強の中で唯一楽しめた。
* * *
残り2頭に乗るのは、侍女と戦士。
侍女はリコという、17才の少女だ。
白い肌にそばかすがかわいらしい、いつもはにかんでいるような温厚で大人しいリコは、サラ姫お気に入りの侍女の1人。
なぜサラ姫がリコを手放したかというと、侍女の中で一番魔力が高かったからだ。
万が一サラたちが襲われたときに、魔術で対抗することも必要だと、カナタ王子から説得されて、しぶしぶうなずいていた。
実際リコがサラ姫に仕えていても、退屈がるサラ姫に花火やシャボン玉を出してみせるくらいの仕事しかなかったらしい。
リコ自身も、危険な旅ということよりは「王宮の外に出られる」という期待に胸を膨らませていた。
わずか3才のときに魔力を発揮し、すぐに王宮へ送られて、それ以来外へ出たことはなかったという。
ラクタ乗りの訓練はリコも一緒だったが、ラクタから落ちたリコを気遣うと、
「異界のサラ姫は、本物のサラ姫と違って、イイヒトですね」
と、こっそり耳元でささやいた。
お互いサラ姫には、かなりひどい仕打ちをされていたため、あっという間に仲良くなった。
出発前日には一緒にお風呂に入った。
といっても、リコはあくまでサラの侍女として、体や髪を洗ったりすいたりする仕事の訓練としてだが。
サラにはあって、サラ姫には無いものが、青みがかった瞳と、もう1つ。
それは硬くひきしまった筋肉。
とくに割れた腹筋と、力こぶカッチカチという地球ギャグには、リコは目を丸くして絶句していた。
お風呂上りに、調子にのって武道の形を見せると、リコの興奮はピークに達した。
真っ赤な顔で「命に代えてでも、強く美しい異界のサラ姫をお守りいたします」と、手をギュッと握られて熱く語られたため、サラはあらためて女子にモテるという自分のキャラを思い出したのだった。
* * *
旅の道連れのもう1人は、戦士のカリムだ。
年齢は18才とのことだが、どう見ても20代後半という落ち着きっぷり。
カリムは、カナタ王子の側近中の側近だった。
常にカナタ王子の傍に控えており、カナタ王子の作業をサポートし、時には国政のアドバイスもするという重要人物。
魔力はそんなにないが、剣の腕は国内ーで、カナタ王子の暗殺を何度も食い止めたという。
そんな大切な人を旅に連れ出していいのかとサラは戸惑ったが、カナタ王子は、サラが赤面するようなことを言ってのけた。
「本来なら、私かサラが行かねばならない旅。あなたはいつも謙虚で、愛らしくて、信じられないくらい強い方です。こんなときくらい我がままになってください。愛しい女性のわがままは、嬉しいものですよ」
そのとき、いつもサラ姫にするように、サラの頭をなでたので、サラはびっくりして背の高いカナタ王子を見上げた。
その目には、サラ姫に向けるのと同じくらいの愛情を感じた。
たった7日間の関係だけれど、サラはカナタ王子の信頼を得たこと、そして大事な側近を旅に同行させてくれることに感謝したのだった。
当のカリム本人は、ラクタ乗りの指導をしてくれたときに初めて会話をしたが、サラと特別仲が良くなったわけではなく、単に大事な姫の替え玉という程度の扱いだ。
口調は丁寧だが、あくまで事務的で、打ち解けようというそぶりはない。
サラの方から、少しくだけた口調で話しかけても「はい」とか「個人的なご質問にお答えすることはできません」しか返ってこない。
まあ長い旅の途中で、それなりに打ち解けていくに違いないとサラは思った。
* * *
最後の1頭には、大事な水と食料、衣類など日用品の大半を積んだ。
自分たちも少しずつ、水と食料を鞄に小分けしてつめたが、ラクタに乗せられる荷物には限界がある。
体重の重いカリムの分は、サラとリコが分担した。
出発当日の昼間は、涼しい王宮の木陰で旅のシュミレーション。
太陽が傾き、風が少し涼しく感じてきた午後、3人は砂漠の旅装束である、フードつきの白いマントをはおり、ラクタに乗り込んだ。
サラとリコは、一目では少年と見まがうような、ぶかっとしたシャツとズボン姿だ。
これも、女と見ると襲い掛かるような不埒な輩への、ささやかな目くらまし。
サラの履いている靴の底には、王の印がある和平文書が隠されている。
出発前に水を飲めるだけ飲んだ。
これから、上手く進めば10日、長くて14日の旅がスタートする。
手を振って見送る者もなく、静かな旅の始まりだった。
その出発を、王宮から少し離れた木陰からそっと伺っている者がいたことに、3人は気付かなかった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ようやく出発かー。長いですこの話。もっとファスタファスターで行きます。
新キャラや新動物の名前が考え付かず。そしてラクタ……すみません、手抜きしすぎたか。
次回、サラちゃん疲労でだんだんイイカンジに可愛く壊れてきます。裏テーマ、目指せ母レベルの小悪魔ってことで。

第一章(7)アクシデント
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】一瞬だけ、ウニウニ系軟体モンスターが出てきます。軟体足無し生物苦手な方はご注意を。
砂漠でのラクタの旅は、過酷だった。
暑い日中と、寒い夜間に、こまめに休憩を取りながら少しずつ進む。
その方が、ラクタの体力の消耗が防げるらしい。
風が吹くときも、あまり進めない。
ラクタの目や口に砂が入ると、繊細な性格のラクタは進むのを嫌がるのだ。
しかし、進まなければ水も食料も補給できない。
サラは、空腹と喉の渇きを常に感じながらも、ぐっと我慢してラクタの背に乗り続けた。
お尻は擦れて真っ赤になっているだろう。
ラクタが1歩進むたびにチリチリと痛む。
緊張させ続けている、肩と腕と足の筋肉がつらい。
一方、サラより体力の無いリコは、自分の体が軽くなる風の魔術を使って耐えていた。
魔術というものは、自分にかけるより人にかける方が難しく、リコも自分にしかかけられない。
万が一のときのために魔術の消耗を控えておかなければならないためだ。
あまり魔力の無いカリムも、風の精霊の加護を受けた剣と指輪を持ち、ごく簡単な風の魔術が使えるらしい。
この旅でも、ラクタへの負担を軽くするために自分に魔術をかけている。
純粋に、自分の体力のみで旅をしなければならないのは、サラだけだ。
ほんの1ミりでもお尻が浮かんでくれたらいいのにと、魔術にまったく縁が無いサラは悔しく思った。
* * *
今日はもう5日目だ。
サラは、カリムに質問した。
「進み具合は、順調なの?」
「順調かといえば、そうなのでしょう」
この問答は、毎晩の休息前に必ず行われる。
カリムの言う順調は、想定内という意味だろう。
3人とも疲れているとはいえ、体調は悪くないし、ラクタにも故障などトラブルは無い。
ただ、サラが聞きたいのはどの程度進んだのかということだ。
あたり一面、砂漠。見渡す限りの砂山。
何度砂山を越えても、緑色の物体は1かけらたりとも見当たらない。
全身砂にまみれてじゃりじゃりし、鼻の中も口の中も、当然じゃりじゃり。
いくら体をすっぽり覆うマントがあっても、いつの間にか砂が入り込んでくる。
肌もすっかり乾ききってガサガサだ。
口の砂は、唾液も出ないので吐き出せない。
会話をすると喉がいがらっぽく、咳き込みそうになる。
もし順調に進んでいて、10日で目的地の国境につけそうなら、もう少し水を飲んでもいいのではないか?
サラは、その台詞を何度も言おうとして、理性でおさえた。
カリムもリコも、砂漠越えは初めてだ。
知識として地形を叩き込み、太陽や星の位置から進行方向を確認するだけ。
今どこにいるかなんて分からず、サラの質問に答えられるわけがない。
何が起こるかわからない状況では、食料は節約して余裕を保ちながら進むのは当たり前だ。
* * *
「ちょっと失礼してきます」
リコが2人から少し離れた。
おトイレは、サラもリコも、もう慣れた。
少し砂を掘って穴をつくり、そこにマントをかぶせるようにしゃがみこんで……
「私は寝る準備を」
カリムは、4頭目のラクタの背中から、3人分の寝袋を取り出す。
この世界にチャックなんてものはないから、もぞもぞとミノムシのように袋に入り込むのだが、重たいわりに保温性が悪く、夜はあまりにも寒くてちっとも寝付けない。
どうせなら、3人分の大きい寝袋を作って、身を寄せ合って眠った方がいい。
もしトリウムで無事に使命を果たして帰ることができたら、帰りの旅までにこの寝袋は縫い直そうとサラは思った。
いや、もしかして寝袋を縫い直すよりも……
「カリムって、筋肉あるし、体温高そうだよね」
サラは、思いついたことをそのまま口にした。
「ちょっと試しに、今晩一緒に寝てみない?」
寝袋を並べていたカリムが、一瞬固まった。
魔術師に打たれたアザの痛みも忘れて、サラはすっかり元の口調にもどっている。
もちろん発想も、深窓の姫君のものではない。
「あっ、それはずるいですサラ様!」
おトイレから帰ってきたリコが、砂に足をもつれさせながら駆け戻ってきた。
リコはかなり耳が良いらしい。
それとも、聞き耳も魔術のひとつなのだろうか。
「サラ様と一緒に寝るのはワタシです!」
リコは、カリムを睨みつけながら、ちょっとずれた主張をした。
カリムは無言で、寝袋の中に1人入ろうとする。
「待ってカリム、一緒に寝ようよ。寝袋破いてお布団にすれば」
そこまで言ったサラは、ぴくんと身体を振るわせる。
サラの表情を見て、カリムもリコも、すかさず周囲を見渡した。
* * *
「誰っ!」
砂に楔を打って止めていたラクタは、既に足を折りたたんで眠っていた。
3頭はそのまま。
しかし、荷物を積んだ1頭は、首から血を流して息絶えている。
ついさっきまで生きていたのに。
その傍には、砂と薄闇に紛れるようにうごめく奇妙な物体があった。
ドラム缶くらいの大きさで、横に波打つように動いている。
少しずつ、砂の中に沈んでいくようだ。
「くそ、サンドワームだ!」
カリムが叫ぶと同時に、懐から剣を抜き出し、うごめく物体に襲い掛かった。
瞬きする間に、距離を一気に詰める。
ギョワッという怪物の声が響く。
断末魔の声だ。
「サラ様!大丈夫ですか!」
リコが駆け寄ってきて、サラの体を抱きしめたが、サラは放心してカリムを見つめていた。
剣先を振るって、怪物の体液を落とし、剣を鞘にしまうカリム。
サラは、恐怖に固まっていたのではなかった。
カリムの、あまりの素早さと太刀筋の正確さに見惚れていたのだ。
サラも道場で少し剣を習ったが、そんなものとは比較にならないスピードと威力。
これが、風の精霊の加護というものなのだろうか。
ペチペチとリコに頬を軽く叩かれて、サラはぷるっと首を振った。
「大丈夫、少し驚いただけ」
リコは安心したものの、ちょっと名残惜しそうにサラの頬から手をを離した。
「さっきの、あれはなに?」
戻ってきたカリムに聞くと、カリムは申し訳ありませんと苦い表情で呟いた。
どうやら、サラには黙っていたものの、この砂漠には巨大なミミズのような怪物が出るようだ。
しかし、本来ならその生物は暗闇を好むため、砂の中に深くに隠れたまま生きている。
「地下の水不足で、地上へ出てきたのでしょう。水を入れた皮袋は運よく他の荷物に紛れた1つを残して、残りの3つはすべて空ですし、それでも足りずにラクタの血液を飲んでいたようです」
サラもリコも、言葉が出なかった。
順調だった旅は、5日目の夜から、順調でなくなってしまった。
リコは、サンドワームの死骸の近くから、少しだけ魔力を感じたような気がしたが、気のせいだろうと頭を振った。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃん寒いの苦手です。しかもまだまだ子ども。
アイツは、うー、気持ちわるっ……自分が苦手なくせに。でも砂地といえばアイツじゃね?でっかいサソリが血ーすーたろかでも良かったか?
次回、サラちゃんかなり壊れます。白衣の天使と聞いて、すかさずエロな妄想しちゃう人にはぜひ。

第一章(8)死への抵抗
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】シリアスな場面ですが、後半主人公がちょっと下……なことを言います。伏字なので超ライトです。
サンドワームに襲われた後、サラたちは生き残ったラクタ3頭と、物資の使い道を考え直した。
日程的には、荷物を捨てて、3人がラクタに乗るわけにはいかない。
結局3人が交代で、といっても主にカリムが、荷物を積んだラクタを引くように徒歩で進んだ。
スピードが遅くなる分、進む時間を増やさなければならないので、6日目の夜からは、休憩時間を削っていった。
またサンドワームが出たら危険なので、夜の見張り当番も決めた。
* * *
9日目。
疲労がたまりすぎて、ムダな会話はできなくなっていた。
1日3回ごくりと飲み込めるくらいだった水の量は、舌をしめらせる程度に減らし、ほし肉をかじるだけの生活。
サラが毎日の鍛錬でキープしていた筋肉も、衰えてきた。
筋肉が落ちたことで、夜の冷えはより厳しくなり、ほとんど眠れず目を閉じるだけだ。
肌には、触りたくない。意識したくもない。
なぜかというと、手の甲を見たときに、まるで老婆のようにシワが寄っていたのを見てしまったからだ。
とにかく水分不足が、生死ギリギリのところまできている。
それでも、リコもカリムも何も言わず、少しでもサラに多くの水と食料を回そうとするから、サラは歯を食いしばり、口の中に石ころを入れて耐えた。
石ころという異物を感じて、少しでも唾液が出ればと思ったが、焼け石に水だ。
* * *
夜になり、サラはカリムに質問した。
「順調なら、あと1日で国境でしょ?」
「ええ、順調なら」
「だったら、残りの水と食料をある程度消費して、残りは小分けして、寝袋と衣類を捨てて、3人でラクタに乗ろうよ」
この発言は、火事のときにベランダから飛び降りようというレベルの、見当違いな提案なのだろうか。
ラクタ1頭分のロスをフォローするために、徒歩を余儀なくされたカリムは、どれだけ体力を削ったのだろう。
サラも、リコもだが、カリムが一番限界のように見えた。
「わかりました。今の私が徒歩でついていけば、ラクタの3倍の時間がかかってしまいますからね」
提案が受け入れられたことにホッとして、サラは不安そうなリコと視線を交わす。
「では私はここに止まりますので、お二人で先に進んでください」
ギョッとして、サラは立ち上がった。
乾いた喉からは、ヒューヒューと掠れる声しか出ないけれど、思い切り叫ぶ。
「あんたバカじゃないの!」
「カリム様!それはあまりにも!」
悔しいけれど、砂漠の旅を甘くみていたのは事実だ。
サラが、一番水を飲み、食料を食べている。
残りの水と食料を見ると、もう3人が明日明後日生きていくのが限界だろう。
それでも、カリムが自ら死を選んで、リコと2人生き延びるという選択肢はありえない。
だったらあと1日2日、全力で進むしかない。
誰かが力尽きて倒れるまで……
* * *
そのとき、カリムが立ち上がったので、リコが声をかけた。
「カリム様、どちらへ」
「失礼。小用です」
サラがのぞき見たカリムの表情は普段と変わらず、本当か嘘か分からない。
少し頭を冷やしに行くのかもしれない。
でも、もしかしたら、そのまま1人遠くへ去っていくのかもしれない。
自ら死を選ぶ人は怖い。
なぜか、自分が死ぬことより怖い。
サラは恐怖に震えた。
「カリム、待って」
サラは、静かに声をかけた。
振り向いたカリムは、サラのブルーの瞳に縫いとめられ、目をそらせなかった。
「なんですか?」
「本当に小用?ひとりで遠くへ行ってしまうんじゃないの?」
「さすがに、お二人を騙してそれはしません」
「本当に?」
「はい」
「絶対?」
「しつこいな、本当だ」
何度も念をおされて、カリムは少しむっとして答えた。
すでにカリムの中で、サラは姫ではなくなっているが、サラの方も一向に気にしていない。
サラは、その答えを聞いてにっこりと笑った。
水分不足で顔はしわくちゃだけれど、美しい微笑みだった。
「だったら、ここでして」
一瞬、無表情で固まる、カリムとリコ。
「は?」
「姫さま?」
サラは、うふふと笑った。
「どうして気が付かなかったんだろう。お○っこは、99%の水分と1%のアンモニア。私の国では飲○療法というのもあるらしいし、ちょっと特殊なマニアの中にはそんな行為で興○する人もいるって馬場先生も言ってたような?」
2人には、サラの使った言葉の半分も理解できなかったが、なんとなく言いたいことは分かった。
「さあカリム、するなら私の口に向かってして?」
小首を傾げて可愛くおねだりするサラ。
カリムは、首を横に振りながら、後退った。
このときから、カリムはサラに頭が上がらなくなった……と懐かしく回想するのは数年後のことである。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
なんでこんな展開にしたのか、自分でも??とにかくすぐ死ぬっていう奴は悲しい。どんなもの飲んでも食べても生きてりゃいいことあるさ!という青春メッセージが伝えたかったような……。
次回は、ついにアレが来ます。作者も忘れてたアレ。そう、ラブの足音。

第一章(9)救いの神の足音
【 第一章 異世界召喚】
「男って、本当にいくじがないんだから!ねえ、リコ?」
サラは不満気に呟いた。
同意を求められたリコは、焦りながらも反射的に頷き、カリムはそっぽを向いた。
* * *
結局、サラの提案の、最初の方は採用された。
残りの水と食料を、ほんの1食分だけ残して、3人で分け合って食べた。
そして案外ずっしりと重量のある寝袋と、予備の衣類や医療品など、余計な荷物をすべてを捨てた。
3人でラクタに乗って、ラクタを潰さない程度に行ける限り進む。
ラクタそのものは、自分のこぶの中にためてある栄養分で、14日分くらいは飲まず食わずでも生きていけるというから、本当に偉い。
この際、サンドワームを見習って、ラクタを1頭潰してみんなで食べてもいいな。
生肉は危険かもしれないけれど。
生き血すするのも、美味しくないかもしれないけれど。
サンドワームが飲めて、人間様が飲めないわけがないもんね。
あ、いっそサンドワームを捕まえて食べてみるか。
マッ○のハンバーガーも、アレ系だって噂があったし。
ぐちゃぐちゃに潰してミンチにして、火であぶったら案外美味しかったりして。
「サラ姫さま……」
「ん?なぁに、リコ?」
「お考えが、すべて口から出ております」
カリムは聞いていない振りをしているが、きっと聞こえていたのだろう。
少し顔色が青ざめている。
* * *
11日目。
もう、手持ちの食料は無い。
自分たちとラクタの力が尽きるまで進むのみ。
握力がなくなったサラは、ラクタの操縦を諦めて、ぐったりとラクタにもたれかかっている。
カリムのラクタと縄でつないであるので、勝手に変な方向へは進んだりしないが、繋がれたラクタは少し歩きにくそうだ。
日が昇って、落ちて、薄闇につつまれても、そのまま進む。
もう、サラの独り言も聞こえなくなっていた。
リコはサラの声が聞こえなくなったことを心配していたが、リコ自身にもサラを気遣うような余裕はなく、ラクタの上で体を起こしているのがせいいっぱいだった。
もしもサラが力尽きたら、リコは魔力の全てをつぎ込んで、サラに治癒の魔術を使う覚悟だ。
リコの魔力はとうに尽きていたが、自分の命を贄として水の精霊を召喚することはできる。
水の精霊の癒しを与えれば、サラはもう数日生き延びることができるはずだ。
カリムは、サラの意識があるかどうか、何度も声をかけて確認しながら進む。
カリムも、サラの意識がなくなったときには、少ない魔力と自分の命、そして相棒でもある聖剣と交換で、彼女を救おうと考えていた。
しかし、砂が少し硬くなってきたから、もうゴールは近いはずだ。
どうか私たちに、神のご加護を。
絶望の中で、ささやかな希望にすがりながら、カリムは神殿に描かれた翼のある女神をイメージし、心で祈った。
* * *
「ああ、そういえば」
サラが、気力を振り絞って、ラクタから身を起こした。
しかし、その行為で力尽きたのか、次の瞬間にはまたラクタにもたれかかってしまった。
「サラ姫さま?」
「余計なことを話す体力があるなら、黙っていろ」
まだ心配そうなリコと、もうすでにサラの発言を意味の無いものと決めてかかっているカリム。
サラは、ぼんやりした意識の中で、ふっと笑った。
そうだ、なんでこんなに大事なことを、今まで忘れていたんだろう。
「とう……く」
サラの声はかすれて聞こえない。
リコとカリムは、仕方なくラクタの歩みを遅らせて、サラに近づいた。
「とう……く……くる……」
「は?遠くに来る?」
カリムは聞き返す。
「とうぞくが、くるよ……」
カリムは眉をひそめて、リコに聞いたか?と目配せをした。
「サラ姫さま、どういうことですか?」
サラはぐったりしたまま、いっそ来るならきやがれと思った。
その声を、神は聞き届けたのだろうか。
突然進行方向から砂埃が上がり、複数のひづめの音が聞こえてきた。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
サラちゃん美少女設定が……いや、死にかけるとどんなカワイコチャンもこーなるはずだ。母ノート(カンニングアイテム)もすっかり忘れてるし……
ラクタが好きになってきました。彼らはみんな男の子で2コブです。名前はまだ無い。
次回、サラちゃんがヒゲにアレコレされる回……天然小悪魔の勝利目指します。

第一章(10)盗賊
【 第一章 異世界召喚】
盗賊は8人いた。
全員が、戦いを生業とし、血に飢えた目をしている。
腰には左右に1本ずつの長剣と短剣。
やや距離を残したまま、円形になって3人を取り囲み、短剣を投げつけるタイミングをはかっている。
カリムは舌打ちした。
今の状況で、8人の盗賊を倒せる自信は無かった。
もしラクタが襲われるというアクシデントがなければ、リコの魔術と自分の剣で撃退することもできただろうが。
どうする?
カリムは剣術は得意でも、実戦の経験は少ない。
こんな状況で、冷静な判断をするには経験が足りなかったが、必死に頭を回転させた。
じりっと、盗賊たちがにじり寄ってくる。
ただ単に、自分たちをなぶり殺しにしても、手に入るのは疲れ切ったラクタが3頭だけだ。
きっと生きて3人を連れて行くに違いない。
大人しく捕まるのが正解か……
カリムが、降参の意思を示そうと、腰の聖剣にかけた手をはずそうとしたとき、ラクタにぐったりと寄りかかっていたサラが、パッと顔を上げ、叫んだ。
「あっ!」
その勢いで、頭のフードがはずれる。
皮ひもで一つに束ねた、サラの長い黒髪が零れ落ちた。
* * *
盗賊たちは、いきなり動いた人物に一瞬臨戦態勢になったものの、その顔を見て、声を聞いて、ニヤッと笑いあった。
「坊主かと思ったら、女じゃねえか」
「しかも、けっこうな上玉だぜ?」
カリムは、思わず頭をかかえたくなった。
捕まったら、結局サラもリコも女とばれるだろうし、今ばれたところで同じだろう。
しかし、この状況で自らばらすヤツがいるか?
「ね、頭領って、だれ?」
サラは、盗賊たちに向かって身を乗り出そうとして、バランスを失い、ボタッとラクタから落ちた。
「リコ!」
「リコッ!」
リコとカリムは、訓練したとおり、サラのことをリコと呼んだ。
これもサラはしぶしぶ承諾したことだが、何か問題が起こったときには、サラとリコは立場を入れ替えることになっていたのだ。
慌ててラクタを降りようとしたリコは、盗賊たちの制止命令で固まる。
「俺を縛ってもいい!彼女を介抱させてやってくれ!」
カリムは剣を捨て、両手を挙げた。
盗賊たちは目配せした後、そのうちの1人が前に進み出た。
「そこのお嬢ちゃんは、魔術師だろう。指輪を全部取って、こっちに投げるんだ」
リコは慌てて指輪を外す。
杖や指輪は、魔術師にとって魔力を集約するために必須のアイテムだ。
これがなければ、魔術は発動できない。
反撃の芽は、全て摘まれてしまった。
* * *
カリムの捨てた剣と、リコの指輪を回収したあと、盗賊たちは2人をうつぶせに寝かせ、両手を後ろ手に縄でしばった。
ラクタから落ちたままぴくりとも動かないサラには、盗賊たちもさすがに縄をかけなかった。
「おい、起きろ」
8人組の中でも、命令系統のトップにいると思われる、ひときわ眼光の鋭く、日に焼けた顔一面にヒゲを生やした大男が、サラに近づき足蹴にする。
ううーん、とうめいて、サラは目を開けた。
「おい、水が飲みたいか?」
大男の問いかけに、サラは答えなかった。
代わりに言った。
「なんだか、目がかすんで、良く見えないの」
近づいてくる男に、問いかける。
「あなた、頭領さん?」
サラの視界に映るのは、輪郭のぼやけた、ひげもじゃの大男だ。
こんなに顔のでかい男は、みたことがない。
いや、テレビで見たプロレスラーと、お笑い芸人にも居たかもしれない。
本当に私は、このひげもじゃを、好きになるの……?
でも、ヒゲを剃ったら案外イケメン的な展開も……
「俺は……違う」
サラはぼやけた頭で、あーこの人じゃなくて本当に良かったと、かなりのん気なことを思った。
* * *
ひげもじゃ男の近くに、残りの7人も集まってくる。
サラはもう一度、頭領はだれだと尋ねた。
盗賊たちは戸惑ったように顔を見合わせる。
どうやら、このメンバーの中には頭領がいないようだ。
縛られた苦しい体勢で、カリムはそのやり取りを冷静に観察していた。
彼らはこう考えているのだろう。
この女は、めったに見かけないレベルの上玉だ。
もしかしたら、頭領を知っているのかもしれない。
頭領の知り合い、または頭領がすでに目を付けていた女だとしたら、今ここで手荒に扱うのはまずい。
「ねえ、頭領に、会わせて……」
その言葉を最後に、サラは意識を失った。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ヒゲ出しました!ヒゲラブ!サブタイトル「ヒゲ」と迷ったし!(嘘)
あそこでサラちゃんが「お水のみたいょ」って言ったら、奴は口移しで……じょりっ。そっちでも良かったか。
次回は、サラちゃんたちようやくごく貧生活脱出です。ラブの準備は身だしなみからってことで。

第一章(11)盗賊の砦
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】後半、大人キャラおばちゃんがちょい下?生物?保健体育?な話しますが、苦手な方は長文「」内スルーしてください。
サラが意識を取り戻したのは、砂漠で盗賊に捕まってから数時間後。
気付いたら、簡素なベッドが1つ置かれた穴倉の中だった。
岩山を掘ったか、天然の洞窟を四角く削り取ったような、ごつごつとした岩肌に囲まれた小部屋だ。
サラは起き上がって、コキコキと体の関節を動かしてみる。
特別、体に痛みはない。
ラクタから落ちたときに、右の肘を打ったようで、鈍い痛みがあるが、所詮ラクタの背の高さは1メートル程度だし、やわらかい砂の上に落ちたのでたいしたケガではない。
意識が無かったから、荷物のように何かに乗っけられて運ばれてきたのだろうが、それなりに丁重に扱われたようだ。
女だということもバレたし、もしかしてと思ったが、衣服の乱れもないみたいなので、サラはほっと胸をなでおろした。
* * *
身体検査を終えた後、サラはきょろっと部屋の中を見渡した。
自分の枕もとの小さなテーブルに、あるものを見つけると・・・サラはしゃがれた声で叫んだ。
「み……みみずっ!」
みが1つ多かったことも、今のサラは気付かない。
サラの理性を飛ばしたのは、1リットルほどの水が入った大きな水差しと、陶器のグラス。
その水差しの方を素早く掴み、ぐびぐびと一気に飲んだ。
途中でガホッと咳き込んで、口から溢れた水で布団が濡れても、気にしない。
飲んで飲んで飲まれて飲んで……すべて飲み終わると、サラは水差しを置いて大きくため息をついた。
ああ、水がこんなに美味しいなんて!
生きていて本当によかった……
老婆のようにシワシワだった肌が、蘇るようにハリを取り戻していく。
がさつく指で顔に触れるが、あの恐ろしいシワのくぼみは感じられない。
もう鏡を見ても大丈夫だろう。
心底満足したサラは、もう一度布団にぱふっと倒れこんだ。
ベッドはフカフカとも言えないが、当然砂よりやわらかく、なにより清潔だった。
少しじゃりじゃりするのは、自分の髪や体からでた砂だろう。
身から出た砂……いや、サビか……
そんなことを考えていると、穴倉をふさいでいた板の一部がガコッとはずれた。
サラはその瞬間、半分夢心地だった目が覚めた。
盗賊っ?
板には1人が屈んで入れるくらいの穴があいている。
そこからひょっこり顔を出したのは……
「サラ様っ!」
「リコ!」
涙を大きな瞳いっぱいに浮かべたリコが、小部屋に飛び込んできた。
2人は、有事には入れ替わるという約束も忘れて、何度も名前を呼び合い、無事の再会を喜び抱き合った。
しばらく抱き合った後、リコはそっとサラをはなし、ブルーの瞳を覗き込んだ。
サラも、リコがきっとあまり良くない情報を告げるのだろうと覚悟を決める。
「リコ……いや、サラ様。聞いてください」
リコは、サラのことを普通に呼んだ。
きっと、板の向こうでは、盗賊の誰かが聞き耳をたてているのだろう。
もう入れ替えなんて小細工は必要ないくらい、自分たちの情報は盗賊たちに筒抜けなのだと、サラは悟った。
* * *
「私たち、これからお風呂に入って、食事を取らせてもらえます」
思いがけない言葉に、サラは猜疑心いっぱいでリコを見つめた。
捕虜や奴隷扱いになるだろう自分たちに、こんな高待遇が待っているわけが無い。
「その後で、私たち、盗賊の頭領に引き合わされるそうです」
再び涙をにじませたリコ。
サラは、自分が意識朦朧としながら、盗賊たちに何を聞きたかったのか、ようやく思い出した。
「サラ様が、なぜあの状況で、盗賊の頭領に会いたいと言われたのか、私には分かりません。でも……私はサラ様を信じています」
サラの手を握りしめたリコの手は、震えていた。
リコだって、普通の女の子だ。
本物のサラ姫に仕えて、ずっと王宮で過ごしてきたんだから、盗賊なんて知らないに決まっている。
サラだって知らないけれど。
乱暴で残忍で、砂漠で死んでいたほうがマシくらいのひどい目にあうかもしれない。
でも。
サラは、リコの手をそっとはずすと、もう一度抱き寄せて、ささやいた。
「大丈夫、リコのことは、私が守る」
リコは、サラ様は男前過ぎですよと呟いて、泣き笑いを浮かべた。
* * *
その後、風呂だと言われて連れて行かれたのは、岩山の中の階段をぐるぐると下りて行った先。
盗賊の1人に目隠しをされ、手を縄で縛られて連れて行かれた。
盗賊のグループには女性もいるらしく、風呂の入り口で女性に引き継がれ、縄や目隠しをとり、何日も着たきりの汚れた服をぬいで、湯殿へ進む。
風呂といっても湯船につかる訳ではなく、蒸し風呂で汗を流して、布で垢をこすって、最後にお湯を少しかけるだけという節水タイプだ。
当然髪の長いサラは、その程度のお湯では足りない。
肩につかない程度の髪のリコが、バシャリと頭にお湯をかける姿を横目で見ながら、サラは「髪が短いと、省エネ節水シャンプー可能か」と羨ましく思った。
お風呂にいる間、恰幅の良い下町おばちゃんタイプの盗賊は、大人しい2人のことを、すでに新入りの仲間と思ったらしく、親しげに話しかけてきた。
「あんたらみたいな若くて可愛いお嬢さんは、奴隷として売られないだけマシだよ。ここの頭領は人間ができてるからね。男たちも乱暴者だけど気のいいやつだよ、あああっちの方も乱暴だけどきっとすぐになれるさ。もちろん子どもができても売らずに面倒みてくれるからね。誰の子か分からないんで、全員の子として育ててるんだよ。あたしの子も確か10人、いや11人だったかな?難産だったのは1人目だけで、あとはすんなり出てきたよ。なんならあたしがとりあげてやるから、心配しないでいいさ。あたしなんて、1人目は生んでたあたしが自分でとりあげて、へそのおちょんぎったんだからね。その子は女の子だったんだけど、健康に育って今じゃ12人の母親さ。いや、13人だったっけ?みんなそれくらいポコポコ産んで、誰も皆家族みたいな感じで楽しくやってるよ」
というようなことをずっと言い続けて、リコをドン引きさせていた。
* * *
一方サラはというと、案外真剣におばちゃんの話を聞いていた。
おばちゃんが産んだ子どもが10人、いや11人?
そのうちの半分が女の子として、5人としよう。
5人の女の子が育って、またそれぞれ産んだ子どもが12人、いや13人?
そのうちの半分が女の子として、6人としよう。
今この盗賊の中に、おばちゃんルートで何人の女がいるでしょーか?
正解は、
(考え中っ)
(考え中っ)
(考え中っ)
……そうだね、36人だね。
さらにそれと同等以上の男がいる。
おばちゃんの年齢的からすると、孫にあたるまだ小さい子ども達もたくさんいるはず。
この浴室の広さからみても、かなりの大所帯に違いない。
しかも高齢になった盗賊は、トリウムに捨てられるそうだ。
捨てられるというのは、おばちゃんの「そろそろあたしも捨てられる年かねえ、まあそれも楽でいいっちゃいいけどね」という文脈からして、本当は送り出されるということだろう。
老後は、過酷な盗賊稼業を引退して、便利な街に住み移るということだ。
決して高齢社会にはならず、安定したピラミッド型。
ある意味、理想的な社会だ。
* * *
サラは、舌がのってきたおばちゃんに対して、さらに気持ちよくさせるような大げさな相槌をうち、さりげなく質問を投げかけ、着々と盗賊たちの情報を入手していく。
どうやら、この岩山はもともとネルギ国家が運営していた鉱山だった。
ずいぶん昔に鉱石が取れなくなり、誰もいなくなった跡地に、一握りの盗賊が住み着いたのが始まり。
そして、重視すべきは水だ。
捕虜に水差し1杯の水を簡単に与えられる。
節水といっても、手桶に何杯かのお湯も使える。
この鉱山のどこかに、豊富な水脈があるに違いない。
水は、盗賊の資金源にもなっているはず。
物販で資金が稼げるから、盗賊は無理な強奪や奴隷の売買をしなくても、この場所を守るだけで繁栄していく。
女に風呂を使わせたり、まだ働けない子どもを養える程度には。
砂漠で倒れた旅人をさらって、仲間に加えていくのは、血が濃くなるのを避けるためか、新しい知識や発想を取り入れるため?
盗賊たちは、自分たちの理想の国家を構築していく過程にあるのかもしれない。
それらを考え、コントロールしている人物がいる。
やっぱり私、頭領に会うのが楽しみだ。
不安いっぱいのリコをよそに、サラは少しだけウキウキしていた。
* * *
その頃カリムは男湯で、ひげもじゃの男から「おめえ、なかなか見込みあるぜ」と言われ、肌がヒリヒリするほど体をこすられていたのだった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
人間も動物だということを言いたかった……わけではないんだけど。おばちゃん好きです。
サラちゃんはちょっとずつ脳みそ復活してきてます。外見もやっとね。カリムは……ゴメン、ヒゲ出したかったの。
次回、祝サラちゃん天使ルッキン復活。マジで恋する2回前?

第一章(12)盗賊との交流、そして決戦へ
【 第一章 異世界召喚】
水分を摂り、お風呂で体を磨いて12日分の汗と垢とホコリを落としたサラは、すっかり天使のようなサラ姫にもどっていた。
着替えに渡された服は、簡素なエプロンタイプの茶色いワンピース。
下着もあったが、さすがに胸のサイズが合わずにブカブカだ。
風呂場でチラ見した、おばちゃんの胸を思い出すと、サラはしょーがないなと思った。
リコも、ほぼ同じ格好をさせられているが、胸が余った様子はない。
サラはリコに背を向け「2年後リベンジ、2年後リベンジ……」と自己暗示をかけた。
* * *
お風呂上りのリコは、白い肌をさらに青白くさせて、少し震えていた。
「リコ、寒いの?」
サラは、やさしくリコの肩を抱きながら、声をかける。
サラの方が、リコより身長が10センチほど高いため、サラの頬にリコの髪がふんわりとあたりくすぐったい。
岩肌はしめって、ひんやりとした冷気を発している。
それでも、砂漠の夜よりは全然温かいけれど。
悪いけどルールだから、と再び目隠しと手の拘束をされた2人は、階段を上がりぐるぐると歩かされ、食堂につれてこられた。
目隠しをはずされると、眩しい光がさしこみ、2人は目を細めた。
ずいぶん時間の感覚が狂っていたけれど、もう昼近くなのだろう。
天上に空いた岩山の隙間から、明るい太陽が見えている。
ちょうど岩が屋根になり、雨風は防げる。
天井も高く、天然の採光ができて、心地の良いスペースだ。
そこには、大きなテーブルと小さな木の切り株が並べてある。
だいたい60席くらいはあるだろうか。
隅には予備の切り株も積まれており、きっちり並べれば、もう少し座れるかもしれない。
家族という単位のチームを作り、ローテーションで食事をとるのだと、おばちゃんは笑顔で言った。
* * *
適当な席につくと、おばちゃんが2つの丼をもってきた。
少しの肉と、野菜くずを煮込んだ、シチューだった。
12日ぶりの、まともな食事だ。
しかも温かい食事。
2人は、無言でガツガツと食べた。
途中からスプーンですくうのもおっくうになり、丼を傾けて直接すすった。
おかわりいるかい?の誘いにも、無言で頷いた。
「うちに来た子は、みんなこうだよ」と、おばちゃんは困った風にぶつぶつ言いつつも、なんだか嬉しそうだ。
この待遇、このご飯で、きっとみんなこの盗賊が好きになる。
ここにずっといたい、家族になりたいと思ってしまうんだろうな。
サラは、ちょっとだけ盗賊の仲間になった自分を思い浮かべて、慌ててかぶりを振った。
母の物語が、本当に予言として書かれたものなのか、サラにはわからない。
でも、実際に盗賊は現れた。
そして、この盗賊のくだりはまだほんの序章に過ぎない。
なによりサラには、成し遂げなければならない使命がある。
ここで気を抜いちゃいけないんだ。
サラが、一人真剣な眼差しでうなずいたとき、同じタイミングでおばちゃんが「もういっちょいく?」と声をかけたので、おばちゃんは細っこいのに良く食べる子だねと笑った。
食事をたらふくいただき、甘いお茶まで飲ませてもらって、リコの緊張はだいぶ取れてきたみたいだ。
サラは、リコの手を握って歩きながら、おばちゃんからまたバトンタッチした案内係の盗賊の男の分析をしていた。
まだ年齢も若いし、ひょろっこいし、威厳も無い。
きっと下っ端に違いない。
食堂にやってきた下っ端男は、小奇麗になってワンピースを着た可憐な2人を見ると、しばらく見惚れて固まっていた。
「なにやってんだよ!とっとと行きな!」とおばちゃんに怒られて、かなりびびってた様子だし、おばちゃんの何番目かの息子かもしれないな。
* * *
ぐるぐると歩かされながら、少しずつサラは迷路の全体像を把握していく。
下の方に地下水脈があるとしたら、下のエリアは風呂と洗濯場、そして水を汲む作業場だ。
湿気が案外多いから、岩山の上に行くほど寝室がメインになるだろう。
食堂から見える太陽の位置からすると、この岩山は南向きだ。
ネルギとトリウムの国境のあたり南方面には、たしか山脈があった。
砂漠からトリウムに入る直線距離上の国境エリアは、戦闘の最前線で、現在はシシトの砦をめぐる攻防が繰り広げられている。
本当なら、シシトの砦を避けて、北側の湿地帯、精霊の森の端ぎりぎりを通り抜けていく予定だった。
計画とは反対に、南側にずれてしまったのか。
まあ、おばちゃんの話からすると、ここの盗賊はトリウムに安全に辿りつくルートもコネも持っているに違いない。
あとは、どうやって盗賊の頭領を説得するかだけれど。
サラは、母の物語を思い出す。
確か……
「説得して、味方にした」の1行……
母よ!大事なとこをはしょらないでくれ!
サラが涙目になったとき、ここだと合図があり、目隠しと手枷を外された。
* * *
「なんだよ、泣いてたのか」
下っ端男が、儚げな美少女であるサラの涙にうろたえた。
リコもサラの涙にビクッとして、もらい泣きしかけている。
「あー、お願いだから、泣かないで。頭領は、泣く女が一番嫌いなんだ」
サラは外された手を顔にもっていき、ひっくひっくと泣きまねをした。
「ほかにっ、頭領のっ、嫌がることってっ、なにっ?」
「そうだな、あとはうるさいとか、意味分からんとか、考えりゃわかるだろとか、よく仲間に怒ってるとこ聞くぜ。さ、これで顔ふけよ。早く覚悟きめて部屋入れよ?」
下っ端男は、サラに小奇麗なハンカチを渡すと、慌てて階段を下りていった。
ここは1本道だから、もう2人にしても逃げられないし、自分が泣かせたと思われるとまずいのでとっとと退散したのだろう。
ふむふむ。
数秒考えて、サラは「沈黙は金、ベートーベンは赤」作戦で行こうと決めた。
1.絶対うるさくしない。
2.必要なこと以外しゃべらない。
3.聞かれたことには明瞭簡潔に答える。
リコに「今のはウソ泣き。私がしゃべるからリコは黙ってて。泣いたらだめよ」とささやいて、サラは頭領の部屋の扉をあけた。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
初めてサラちゃんのバディ系ネタ……その後胸筋トレに力入れていきます。これ後日談予定。(嘘)
タイトルの決戦は、戦いじゃなくて、ドリカムの方です。こっから甘くて吐きそうな怒涛のジェットコースター展開覚悟してください。
「ベートーベン」のとこは、個人的なオマージュなので、ピンと来た方以外はスルー推奨で。
次回、ついにサラちゃんのお相手キャラ登場です。だんだん甘くなってくので、しょっぱいオヤツのご用意を。

第一章(13)頭領の魔術
【 第一章 異世界召喚】
頭領の部屋の中は、砦の頂上に近い位置にあるというのに、予想に反して窓がなく、薄暗かった。
目隠しを外されてから、しばらく明るい廊下にいて光に慣れていた目は、一気に暗闇に塞がれた。
目を凝らしても、薄くグレーの膜がかかったようにしかみえない。
おかげで、蝋燭の灯りの先に居る男の顔は、よくわからない。
向こうからこちらの2人は、良く見えているはずだ。
サラは、リコの華奢な手を握りしめながら、暗がりに目が慣れるのを待った。
* * *
部屋の中は、8畳ほどの広さだ。
座り心地の良さそうな木製で布張りのイスに、男が腰かけている。
その手前には、大きなテーブルと、積み上げられた書類の山。
こんなロウソクの灯りだけで、書類を読むなんて、目を悪くするんじゃないだろうか。
それとも……
精霊の加護で、灯りは関係ないとか?
大地を見守る、緑の森の精霊王。
森は、人間が足を踏み入れると気が狂ってしまうという、精霊たちだけの楽園。
そんな緑の森に住むはずの男が、なぜこんな緑のない岩山で、盗賊の頭領なんかをしているんだろう。
男が立ち上がった気配がして、サラはその疑問を頭からおいやった。
「ようこそ、我が砦へ」
低く甘い声が、闇を震わせて響き渡る。
男はテーブルを横切り、2人の方へ近づいてくる。
さすだに盗賊だけあって、足音はいっさい聞こえない。
黒い服を着ているのか、黒い影が近づいてくるようにも見える。
「少し暗いな」
その言葉と同時に、室内に光の粒が舞い込んできて、白く輝く灯りを放った。
「嘘……光の、魔術……」
リコは、サラに黙っていろと言われたことも忘れて、呟いていた。
光の魔術は、光の精霊の加護を受けなければ使えない。
光の精霊は、精霊のなかでも一番位が高く、そう簡単には召喚に応じてくれないから、普通の魔術師は、炎の魔術で灯りを調節するのだ。
それを、ほんのひとことで操ってしまう。
光の精霊たちが、男の命令に喜んで飛び回っているのがわかる。
リコは、ありえない光景を見せ付けられたことで、盗賊というより魔術師として、目の前の男に強い畏怖を覚えた。
怖い。怖い。怖い。
あまりの恐ろしさに、顔が上げられない。
もし男の姿を直視したら、自分の心はいったいどうなってしまうのだろう。
リコの体は、カタカタと震えだした。
「ふーん、そっちの女は、魔術師か。こいつらが見えるってことはそこそこの力はあるみたいだな」
男は、ほんの少し興味を引かれたように、リコに近づいた。
* * *
サラは、不思議な魔術に心を奪われつつも、冷静に頭領と呼ばれる男を観察した。
白い光に溢れた部屋の中で、目の前の男の顔はくっきり見える。
(くそー……めちゃめちゃカッコイイ!)
想像していたとおり、いや想像以上に整った顔立ちの男だ。
軽くウェーブがかかった、深い緑の髪、同じ色の瞳。
ややつりあがった、切れ長の目。
すっと通った高い鼻と、薄い唇。
優しいというよりは、冷酷な印象を受けるくらいの、少し日本的な顔立ち。
盗賊稼業の親玉と言っても、ひげもじゃのような筋肉隆々の男くさい体格ではなく、背が高いけれどどちらかというと痩せている。
しかし、薄い布地の服の下から、胸筋がほどよく盛り上がっているのが分かる。
服で隠れていない二の腕も、硬く引き締まっている。
(いや、一般に受けるというより、単に私の好みってこと?)
誰にも言ったことは無いが、サラの好みは馬場先生の顔だった。
常々、馬場先生がもう少し背が高くてマッチョだったら、すごくステキなのになと思っていた。
(あー、頭領にメガネかけさせたら、絶対似合うかも……)
* * *
サラがそんな不埒なことを考えている間に、力のある魔術師のリコに興味をしめした頭領は、リコに近づいていく。
うつむいてぎゅっと目を閉じ、細かく震えているリコは、サラがいたわるように手を握り返しても表情を変えない。
横顔は、青ざめきっていて、今にも倒れそうだ。
その様子から、いつものリコではないと、サラは感じる。
魔術師同士で、何か共鳴しているものがあるのだろうか。
頭領が、リコのあごに手をかけて、無理矢理上を向かせたとき、リコの緊張はピークに達した。
そのまま意識を失って、崩れ落ちる。
おっと、と呟いて、頭領は片手で軽くリコを支え、そっと床に降ろした。
リコ!と叫びたかったサラは、ぐっとこらえて、リコの脇にしゃがみこみ、額に手をあてる。
特に熱くも冷たくもない。
熱があるとか、そういうたぐいのものではないのかもしれない。
魔術は、精霊の力を借りて行うものと聞いた。
その精霊たちの頂点に君臨するのが、この男なのだ。
繊細なリコは、この男の底知れない力を察したのではないかと、サラは結論付けた。
私の我がままで、こんなとこに連れてきて、本当にゴメン。
後でちゃんと、暖かいベッドに寝かせてあげるからね。
リコを楽な体勢に寝かせなおしてから、サラはすっと立ち上がり、気合いを入れて頭領をにらみつけた。
リコを守るためには、私が戦わなきゃならない。
サラは、頭領の言葉を待った。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
長かったけど、頭領こと精霊王出せました。サラちゃん見た目だけですでに落ちてます。あまー……おえっぷ、となる前に、リコちゃん寝てもらおうという展開になりました。
次号からあまあまです。恥ずかしさに叫んでもOKな個室へどうぞ。

第一章(14)運命のひと
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】ここから2回分、めちゃめちゃ甘くなります。恥ずかしい展開苦手な方は流し読みを。LはラブのL。
心地よい光に溢れる部屋のなかで、サラは頭領と呼ばれる男を見ていた。
男も、面白そうに目を細めて、サラを見ている。
その緑の瞳には、サラがどんな風に映っているのだろう。
ほんの数秒が、数分にも感じる、重い沈黙。
「お前の、名前は?」
男の低い声で、重い沈黙が破られた。
サラは、まだ警戒を解かないまま、簡潔に答える。
「私はサラ。あなたは?」
男が切り返す。
「お前は、魔力が無いのか?」
意味が分からないという風に首をかしげるサラを見て、男はふっと笑って言った。
「魔術師が名前を言うということは、相手に自分を使役する鍵をあたえることに等しい。おそらくそこのリコという女も、別に真名があるのだろう。だがお前は、嘘はついていないな」
「ええ、私には魔力が無い。だから本当の名前を言おうが関係ない」
男は、自分を怖がらないサラの態度を、ますます面白いと感じているようだ。
さっきよりいっそう目が細められる。
(これでメガネ……いや、そこじゃない)
サラは、案外自分は混乱しているのかもしれないと思った。
* * *
「しかし、お前の声には、魔力と似た力があるようだな」
「は?」
「もっと話してみろ」
ゆっくりと、男はサラに近づいてくる。
「この黒髪も、精霊好みだな」
そして、サラの黒髪をひと房手に取ると、そこに口付けた。
『ホゲー!!』
サラは思わずジャイアン叫びしそうになったのを、全力で押さえ込んだ。
至近距離に、馬場先生を超えるレベルの好み男子が!
しかも、髪に触られた!
そういえば、15年生きてきたけれど、パパたち以外の若い男にこんなに接近されたことってない!
いや、ファミレスの痴漢がいたか!
でもアイツは人じゃなくて獣だから除外だ!
はぁはぁ、少し落ち着かなきゃ。
「あのっ」
サラは、意を決して、至近距離の男に話しかけた。
「なんだ?」
「もうちょっと、離れてください……」
「どうして?」
「だって、顔が近い……」
男は、緑の瞳を宝石のように煌かせて言う。
「お前は俺のものなのに?」
(いつどこでだれがなんじなんぷんなんじゅうびょうちきゅうがなんかいまわったときそんなことにー!)
サラの心臓はバクバクと嫌な音を立てている。
この絶妙なスピードで着実に近づいてくるストライクど真ん中の顔を、思い切り張り倒してここから逃げたら、私は助けてもらえなくなっちゃうかも?
でももう耐えられないんですけど、心臓が!
サラの動揺など意に介さず、男はそっと、サラの頬に手のひらを寄せ、そのままおでこへずらして前髪をかきあげた。
「お前の瞳は、不思議な色をしているな」
ああ。
もう、無理だ。
サラが常に意識している、冷静に論理的にと考える癖。
その瞬間、何もかもがはじけ飛んだ。
* * *
そこからのサラは、感情で動く。
ただ、思ったことを素直に。
「あなたの瞳も、とてもきれいな緑」
サラは、ささやいた。
この世界で初めてサラ姫の声を聞いたときに、鈴が鳴るようだと思ったが、今目の前で薄く笑んでいる男も同じように感じたのだろうか。
「これがきっと、緑の森の色なのね」
次の台詞に、男は目を見開いて、サラの髪を手放す。
初めて、サラに対して優位な立場を忘れて、男はサラに攻撃的な顔を見せた。
この顔が、盗賊である男の本来の顔。
それでも美しいと、サラは思ってしまう。
「お前は、俺に会いたいと言ったそうだな。一体何を知ってる?何が目的だ?」
質問への回答は、簡潔に。
「ええ、会いたかった。あなたは私の運命のひと」
物語の姫が、死ぬまで恋して、裏切られた相手。
でも私は、本当にあの物語のサラ姫なのだろうか?
「私は、あなたに恋をするかもしれない」
今のサラには、まだ分からなかった。
だって、恋なんて物語でしか知らない。
このひとを見てドキドキするのは、見た目が好みだから?
まだ今会ったばかりで、言葉を交わしたばかりでしょ。
「でも、私にはやらなきゃいけないことがあるの」
男は、瞬きもせずにじっとサラを見ている。
その視線が鋭く痛くて、サラは目を伏せた。
長い睫毛が、ブルーの瞳に影を落とす。
「私の目的は、トリウム国の国王に会って、和平の調印を果たすこと。そのために、あなたに協力を求めにきました。私と仲間を、ここからトリウムへ連れて行って」
* * *
サラは、もう迷っていなかった。
鈴の鳴るような声は、言霊を乗せて男の心に入り込んだ。
男は、挑戦的な視線をほどいて、穏やかに、楽しそうに笑った。
なぜ笑われたのか分からないサラは、きょとんとして男を見返した。
「お前の言い方、それ協力しろって言い方じゃないだろ」
「え……そうかな」
「お願いしますとか、なんでもしますとか、無いのか?」
「じゃあ、お願いします。なんでも……あの、常識的な範囲内で」
男は、もう一度サラに近づいて、黒髪に口づけた。
サラの心臓が、再び騒ぎ出す。
「口付けていいか?」
黒髪を手放さないまま、緑の瞳が輝きを放つ。
「もう、してるじゃないですか」
「いや、ここじゃなくて」
そして男は、ニヤッと笑って、サラの腰を引き寄せた。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
なんかもう……ごめんなさい。続きは想像にお任せとかにして逃げたいとこだったんだけど、それからどしたのっ?という話がもう1個。
次回、サラちゃん最強天然小悪魔化、ついに完了です。ヘルシア茶2リットルほどご用意を。

第一章(15)3+27の願い
【 第一章 異世界召喚】
サラとリコは、再び最初に寝かされていた客室へと案内された。
リコは頭領の部屋で倒れてから、眠ったままだったので、下っ端男が抱き上げて運んだ。
「リコには絶対手を出させないで」と約束を取り付けたけれど、少し不安に思いつつ、下っ端男の後ろ姿を見送る。
あいつは頭領を相当怖がっていたし、命令は守るだろう。
いや、おばちゃんの方が、もっと怖がっていたような?
きっとこの社会も、男が動かしているようで、実際は女が強いという構図があるのかな。
部屋に入り、ベッドにごろんと寝転ぶと、洗いたての石けんの匂いがした。
さっきの身から出たじゃりじゃりは無いので、シーツを交換してくれたんだろう。
とても気がきく。
まるでお客さま扱いだ。
というか……
サラは、先ほどまでの、めくるめく昼ドラチックなやり取りを思い出して、ため息をついた。
* * *
ベッドに寝転んだまま、細く柔らかな指先で、サラはそっと自分の唇をなぞる。
彼は、ここにたくさん触れてきた。
「口付けていい?」
と聞かれてから、何回も。
サラにとっては、物語で見たことしかない、初めてのキス。
呼吸をすることも忘れて、キスの嵐を受け止めるのが精一杯だった。
途中から苦しくて、全身の力が抜けて、彼の胸にもたれかかった。
やっとキスの嵐が止まったとき、サラは真っ赤な顔に涙目で、彼を睨んだ。
「ずるい……」
「なんで?」
「いい?って聞かれて、いいよって言ってないのに、した……」
彼はくくっと目を細めて笑った。
ゆるくウェーブがかかってやわらかそうな緑色の髪をかきあげながら、じゃあ代わりにお前の願いを聞いてやると言ったのだ。
動物脳のサラは、すかさず言った。
「じゃあ、30個聞いて?」
「ん?いやに多いな」
「だって、30回したもん。ホントはもっとよ。でも最後まで数えられなかったから」
なぜそんなことを言ったのか、サラは自分でも分からない。
右脳と左脳の入れ替わりがあってからの自分は、本気でアニマルじみていて、人間に戻ったサラからするとちょっと、いやかなりの別人だ。
細部まで思い出してしまい、1人赤面したサラは、布団の上をゴロゴロと転げまわった。
* * *
「お前の声には、精霊の約束と同じ力がある」
だから仕方ないな、と彼は言った。
サラのお願いを、30個聞いてくれると約束したのだ。
さっそく1つ目のお願いをした。
「私と、リコと、カリムを、傷つけずに無事にトリウムまで連れていって」
「ああ、分かった」
目的を達成して、サラはホッと一息ついたのだった。
それと同時に、母の物語を思い出した。
ああ、そっか。
『説得』の中身は、これですか。
まさか、自分のファーストキスから、サーティスキス?までをささげて、味方につけさせるとは。
これは、もし分かっていたとしても、書けないかもしれない。
一瞬のん気に考えても、すぐに物語の結末を思い出し、サラは目を伏せる。
母の物語は、私の力で変えられるんだろうか?
あの、悲劇の結末を……
「2つ目のお願い、していい?」
「ああ、なんだ?」
サラの髪をいじり、時々口付けながら向けられる、緑色の、甘い視線。
自分がチョコレートだったら、あっという間に蕩けてしまうだろう。
サラは、これを板チョコ湯煎的熱視線と名づけた。
今なら、言えるかもしれない。
こんなに甘く熱く、私を見つめてくれるこの瞬間なら。
もしも私が悪いことをしても。
あなたにとって敵になっても。
あなたが私を嫌いになっても。
それでも。
私を……
私を、殺さないで。
言いかけて、口ごもった。
* * *
口をぱくぱくと動かすけれど、サラは言葉を発することができない。
怪訝な顔をした彼に、サラは補欠で考え付いたお願いを告げた。
「あの……私に、あなたの名前を、教えて?」
「ああ、いいぞ。俺の名前は……」
『ジュート』
「ジュート?」
「ああ」
「ジュート、ジュート」
「うん?」
もう、駄目だ。
私はあなたに恋してしまった。
サラは、ぎゅっと目を閉じて、一番の願いを選択した。
「3つ目のお願い、いい?」
「なんだ?」
サラには、母の物語と今の自分の関係も、サラ姫の命も、この大地の運命も分からない。
分からないけれど、これだけは言える。
「もしも、私がこの世界から消えても……悲しまないで」
死ぬとは言えない、元の世界に帰るとも言えない。
だから消えると言った。
ジュートは、甘い視線から再び鋭く攻撃的な視線へと、瞳の色を変えた。
「大丈夫、あなたの近くには、きっと女神がいるから」
私は、消えてしまうかもしれないけれど。
悲しい決意を胸に、微笑んだサラを見て、ジュートの瞳の色は、とまどいを表すように揺れている。
* * *
サラの言葉はあいまいな、謎かけのよう。
それとも、言霊をのせた予言だろうか。
ジュートはサラの髪を離すと、サラを両手で引き寄せ、胸の中に閉じ込めた。
「お前のお願いだから、聞いてやるけど……絶対消えるなよ。ここにいろ」
きゃー!
サラは、押し付けられた頬から彼の胸の鼓動を聴いて、舞い上がる。
頭の中に花畑が咲いて、その向こうに川が流れていて、その川の向こうにはおばあちゃんが手を振っている姿が見えたような気がした。
おばあちゃーん!
サラは抱きしめられたまま、現実逃避な妄想に浸った。
背の高いジュートは、そのまま頭を傾けて、彼女のつむじのあたりにそっと口付けを落とす。
その瞬間、サラは幸せな夢から覚めた。
やだっ!
節水シャンプーでつむじ付近ちゃんと洗えたかビミョーなのにー!
そんなサラの焦りにはまったく気付かず、彼女の艶やかな黒髪の触り心地を楽しみながら、ジュートは頭の上からささやく。
「次のお願いは?」
「えっと、もう無い……」
「おまえ、謙虚だな。もっとわがまま言えよ。おまえのわがままは面白い」
どこかで聴いた台詞を、ジュートはこれ以上無いほど甘く、ハスキーな声でサラの耳元にささやいてくるのだ。
再び、頭が感情モード、いや動物モードに切り替わった。
「じゃあ、あと27個言うね!」
サラは、ジュートの胸を手で押し返して、首をぐっとあげて、上目遣いで緑の瞳を見あげた。
ああ、こんなことを言ってしまうなんて。
やっぱり私、お母さんの子なんだ。
「あと27回……口付けして?」
きっと、このときの表情は、女の敵レベルでラスボス級の、最強小悪魔だったに違いない。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
いや、こんな展開を最初から考えていたわけでは……言い訳ですけどみたいな……。テーマソングは、メルティラブ@シャズナでぜひ。
次回、アマッ!でもちょっと涙?の第一章ラストです。目指したのは、学校へ行こうってテレビで、ちびっこ学生の主張がやけに泣かせるシーン。

第一章(終)少年は緑の瞳を求める
【 第一章 異世界召喚】
盗賊の砦で過ごす、最初で最後の夜。
サラは興奮で眠れずにベッドをゴロゴロ回転し続け、リコは緊張と疲れでガッツリと、そしてカリムは軽く悪夢にうなされながら、一夜を過ごした。
* * *
翌朝、サラはリコとカリムに、頭領の協力を得られたこと、今日すぐにでもこの砦を出発することを告げた。
「けっこう、居心地良かったよな」と、珍しくカリムが感傷的な台詞を呟いた。
3人は、この岩山アジトで一番広いだろう大食堂で朝食を食べたあと、そのまま頭領の演説に付き合わされた。
テーブルと椅子をどかせば、ぎゅうぎゅう詰めでも、ほとんどの盗賊一家が集合できるスペース。
そこに、屈強な男をはじめとして、おばちゃんたち、若い女の子、子どもたちと、みんな頭領の言葉を聞くために、仕事の手を休めて集ってくる。
この朝の演説は、定期的に行われているらしく、前方で聞きたい一家は朝早くから食堂前に並ぶのだとか。
まるで、ライブハウスのようなシステムだ。
食堂裏の通路から、ゆっくりと、堂々と、頭領が歩いてきた。
頭領の後をしずしずと着いて来るサラたち3人は、盗賊たちの目には入っていないようだ。
きゃー、という女性の声を掻き消すように、地響きのような太く低い、怒声のような歓声が上がる。
『うぉぉー!』
『ドーウリョー!』
食堂前方に臨時でこしらえた演説台の上に、ジュートが軽く飛び乗り、いつもの挑戦的な視線を家族たちに投げかける。
「やろーども、調子はどうだ?」
『さいこー!』
サラは、見事なコールアンドレスポンスに感動した。
リコとカリムは、頭領のオーラを感じて、まだちょっとビクついているみたいだ。
「んじゃ今日は、みんなに1つ言っときたいことがある」
ざわざわと、騒ぎ出す盗賊たち。
サラ、リコ、カリムは、頭領の上がった演説台の脇に揃って、そわそわと成り行きを見守っている。
ジュートは「俺に任せろ」と言ってくれたから、へんなことにはならないと思うけど。
「お前ら、ここに上がってこいよ」
このお立ち台にですか!
* * *
ここに今集まってる盗賊のみなさん、全員で結局何人なんだろ。
200?いや300くらい?
熱狂的を通り越して、信者みたいになっちゃってる奴らの前に立って、サラもさすがにちょっと膝がふるえる。
昨日より少し顔色が良くなったリコの手が寄ってきて、昨日のお返しとばかりに、サラの手をギュッと握りしめた。
「いいか!こいつら3人は、今日からお前たちの家族になる!」
盗賊たちは、よりいっそう大きくどよめいた。
「ただし、こいつらは、1個やることがあるんだ。大事な仕事だ。良く聴けよ」
シーンと静まり返る食堂。
「なあ、ネルギとトリウムの戦争は、いつまで続くんだろうな?」
少しざわっとなるが、頭領が睨みをきかせているため、盗賊たちはすぐに大人しくなり、次の言葉を待つ。
「トリウムに行ったじいさんたちは、このなんもねぇ岩山が、天国だったって泣いてたぜ」
豊かな国といわれるトリウムにも、戦争の影響はあるのだろうか。
無い訳がないだろう。
そして、元盗賊の老人たちは、移民扱いになる。
いったいどんな暮らしをしているのだろうか?
近い将来に自分もと言っていたおばちゃんや、ベテランの盗賊オヤジたちも、不安そうに頭領を見守る。
「だけどな、こいつら3人は、今からトリウムに行く!」
再び注目が、サラたちに集まる。
サラは、背中に隠したあるものに、そっと手を触れた。大丈夫。できる。
「トリウムに、何をしにいくんだ?サラ、言ってみろよ」
サラに勇気をくれる、緑の瞳。
うん、とうなずいて、サラは盗賊たちの方を向いた。
おなかに気合いをいれて、声の限りに叫んだ。
「私は!トリウムに行って、戦争を終わらせる!」
そして……
「みんなが苦しんだり、死ななくてすむ、幸せな世界を作るっ!!」
その瞬間。
静まり返った食堂から、この日一番の大歓声が上がった。
リコとカリムも、歓声に促されるように「頑張る!」「やってやる!」と叫んだ。
* * *
歓声が静まるのを見計らって、サラはジュートに、背中に隠したあるものを差し出した。
一瞬、ジュートはぎょっとしたが、しっかりとそれを受け取った。
大きな、裁断バサミだ。
朝一番で、下っ端男にお願いして、借りて来た。
「頭領、私はこれから夢をかなえるまで、必要ないものは全て断ち切ります。だから」
サラは、一つにゆわえた髪の皮ひもをするりと解いた。
長く艶やかに光って、サラを天使に見せる、豊かな黒髪。
ジュートは、これからサラが言い出すことを察して、いいのか?とささやく。
サラは天使の微笑みと言われた、真昼の太陽のようにとびっきりの明るい笑顔で頷いた。
「私は、髪を切ります!男として、この先の旅を続けます!」
サラの声は、シンとした食堂に響いた。
この世界でも、女にとって髪は命の次に大事なもの。
特に魔術師にとっては、髪には精霊が宿るといって、めったなことでは切らないのだ。
リコは、自分の短い髪をそっとなでた。
サラ姫のわがままで、あんたは短い髪が似合うからと切られ続けた髪。
魔術の力が強いリコを妬んでのいやがらせだったことは、リコも気付いていた。
異界のサラ姫は、そうじゃない。
髪を切る理由は、そんなちっぽけなことじゃないんだ。
「カッコイイ……」
リコではない、誰か盗賊の女性がつぶやいた。
それをきっかけに、盗賊たちの歓声が地響きを起こすほどに湧き上がった。
「おいおい、てめーら俺んときよりうるせーじゃねーか」
さすがのジュートも、この盛り上がりには苦笑している。
そして、サラに向き合うと、ゆっくりとハサミを構えた。
サラがここまでねと耳の下をさすと、ジュートはサラの髪をひと束にまとめて左手に握り、その根本からざっくりと切り落とした。
長い髪はジュートの手に、ハラハラと中途半端な短い髪が床に舞った。
その様子を、リコは涙を浮かべて見つめている。
「ありがとう、あとでリコに整えてもらう。みなさんも!見届けてくれてありがと!」
頭領と、盗賊たちにむかって、2回ぺこりとお辞儀をしたサラは、決められたストーリーを見守るだけの天使から、夢を掴む羽を持った少年へと生まれ変わっていた。
* * *
ジュートは、歓声が収まらない盗賊たちに向かって、ゴホンと1つ咳払いをする。
「あー、最後にひとついっとくけどなー」
場は静まり返り、注目を一身に集める若き頭領。
その瞳を、甘く揺らめかせながら、隣に立つ少女に微笑んだ。
そして。
左手に掴んだままの、サラの黒髪に一度、最初のキスを。
えっ、とブルーの瞳を見開いたサラを、空いている右手で抱き寄せて、短くなった髪にもう一度。
ラスト、頭が真っ白になって硬直する、サラの唇に。
「こいつは俺のもんだ。てめーら、惚れるんじゃねーぞ!」
最後の爆弾が、岩山に落とされた。
リコは、顔を真っ赤にしてキャーキャー叫んでいる。
カリムも、口元を大きな手のひらで覆って、動揺を隠しているが、耳の先が真っ赤だ。
そしてサラは。
この世界に来て、初めて。
ボロボロと、大粒の涙をこぼしていた。
* * *
これからどんなことがあっても、私はこの緑の瞳を追い求める。
だから、待っていて。
いつかきっと、また髪を伸ばして、あなたの隣に女の子として立つ日まで。
(第一章 完)
→ 【次の話へ】
→ 【第一章もくじへ】
→ 【Index(総合もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
第一章ラスト、極甘ジェットコースターファスタファスターでコースアウト着地したら盗賊もノリノリでえ?結婚式?みたいな感じになりました。自分のラブを、たくさんの人に祝福されるのは乙女の理想ですわね。なぜタイトルが「少年」なのかというと、語呂的に……有名少女マンガYさんのオマージュ風に。ひとまずここでシメますが、この先の話はまだ続きます。初小説アプなので、感想歓迎です。
次はエピローグといいつつ、馬場先生の番外編?自分的にはギャグに注目いただきたい回。(この直後の話がすぐ読みたい方は、先に閑話2へどーぞ)
【ささやかなお願い】
この作品を気に入っていただけたら、ぜひ投票してくださると嬉しいです。



※「もっと書け! 書くんだAQー!」と叫びたい方は、こちらにも……。(一日一回)





※その他、登録させていただいているランキングサイトさんです。
【tentatively】【カテゴリ別小説ランキング】【FT小説ランキング】【0574】【xx】
【コメント大歓迎】
一言「読んだよ」でも残していただけると、作者感激してお返事書きます。誤字脱字のご指摘も嬉しいです。各話下のコメント欄か『BBS』もしくは『メールフォーム』へどうぞ。
※作者のプライベートにご興味があるという奇特な方は、日常ブログ『AQの小説裏話&ひとりごと』へ遠慮なく乱入してくださいませ。

第一章 エピローグ ~天使を待つ男の、愉快な日常~
【 第一章 異世界召喚】
桜並木が鮮やかに咲き誇り、学生を中心とした花見客で盛り上がる、T市の春。
T駅前のロータリーにも、数本の桜が植えてあるが、すでに枝の半分以上には緑色に染められている。
桜は、新入生の象徴でもある。
この春から、高校生になるのを楽しみにしていた、天使のように愛らしい少女は、校舎の桜を見ることはなかった。
* * *
「馬場若先生!」
「あっ、はい。なんでしょう?」
いつも馬場のボケを華麗にスルーしてくれる、50代のイカス女性看護士松田さんから呼ばれて、馬場は窓際から目をはずした。
馬場先生と呼ばれると「ああ、父を呼んでいるのかと思いましたよ」と、若先生と呼ばれると「ああ小児科の若松先生のことかと」と、いちいちシャレでかわしているうちに、このスペシャルW呼びが定着してしまった。
「もう、いつも若先生は、隙あらば窓際でボケーっとしちゃって!」
窓際一郎ってあだ名つけちゃいますよ!あーカタカナのイチローの方じゃないですよ、漢字の一郎の方ですからね!と、ブツブツ言いながら去っていく看護士、馬場が求める16文ツッコミの相方にふさわしい貫禄だ。
もうすぐ、あのロータリーで天使を見つけてから、16年。
あの日の光景は、一秒単位、何度でも頭の中で再生できるくらい、強烈に焼きついている。
僕の腕のなかで、初めてその青い瞳をひらいた天使。
いや、腕じゃなくて僕の(勤務している病院の)ベッドの中で、かな?
「馬場若先生!」
「あー、いやいや、僕は窓際一郎といいますが、なにか……」
窓から目線を外すと、そこにいたのは熟年看護士ではなく、彼の天使だった。
「ね、松田さんのモノマネ、どう?似てた?」
栗色の柔らかな髪は、今日はひとくくりにして、銀の花模様が美しいバレッタでとめてある。
後れ毛がこぼれたうなじの白さがなまめかしい。
しかし、顔立ちはまだまだ20才そこそこと言っても通じるくらい幼い。
光の加減で淡いブルーに見える大きな瞳は細められ、小さくぽってりとした口元は得意げな笑みを浮かべている。
「あー、びっくりした。松田さんが天使に見えました。どうしたんですか、松田さん。イメチェンですか?ずいぶん若返りますねぇ。やっぱり女性は化粧と洋服で変わるって本当ですね」
彼女はむっつりと膨れて、やっぱり帰りますと言い放ち、きびすを返す。
天使は、ノリツッコミというコミュニケーション術を知らなかった。
* * *
「はい、馬場医院特製、漢方ニガマズ、なんとか茶です、どーぞ」
つい調子にのって、ニガマズゲロンコピー……と続けそうになった。
ノリツッコミすらできない彼女には、その手のモアディープなシャレは通じないのだ。
本物の松田さんなら、あらじゃあわたしのブーブーエキスも加えてくださいなと言って、おしりを突き出してくるにちがいない。
安住ハナは、馬場が適当につけたお茶のネーミングに露骨に嫌そうな顔をしたものの、人に出されたものは残さないという良識があるため、恐る恐るその湯のみに口をつけた。
「あっ、普通に美味しい……」
眉根を寄せて、蕾のように閉じていたハナの表情が、一気に花咲くようにほころぶ。
馬場はこうやって、ハナに小さな嘘やトリックを仕掛けるのが好きだった。
最初に驚かせて、ちょっと怒らせて、でもその後で笑わせる。
一度にいろいろな表情を見たいから、最初から優しく甘くはしてあげない。
* * *
「今日は、どうかしたんですか?」
お茶をすする手が止まり、そっとテーブルに置かれた。
馬場の専門はカウンセリングではないが、ハナはもう17年近く、馬場の最愛の患者を続けてくれている。
「どうかしたんですけど、言いたくないんです」
「どうして?」
「言ってしまったら、認めてしまうみたいで」
「なぜそう思うの?」
「私は怖くて、逃げて、いろいろな大事なものを捨ててきたこと」
「ん、そうなんだ?」
「なのに、私は一番大事なものを、そこに行かせてしまった」
私の罪の、後始末に。
呟くと、安住ハナはがっくりと肩を落とした。
泣いてはいない。
桜の咲きほこる頃から、毎日24時間涙を流し続け、もうそろそろ涙も枯れたころだから。
主語は語られなくても、察しがつく。
桜の咲くころ、新しい制服で学校に駆けていくのを楽しみにしていた、あの少女。
馬場は立ち上がり、安住ハナの肩を、背中側からそっと抱き寄せた。
「あなたは、彼女がどこへ行ったのか、知っているんですね?」
この質問も、もう何度目だろう。
彼女はこの問いかけに答えられたことがない。
パブロフの犬のように、号泣のスイッチにもなっている質問だ。
「ええ、でも、ちゃんと、っく、思い出せ、なくてっ」
いいんですよ、無理に思い出さなくて。
そういいながら彼女の背中をさするのも、定番のやりとり。
* * *
「ハナさん、もしサラちゃんの行き先を思い出したら、一番先に、僕に教えてくださいね」
次の桜の季節に、間に合えばちょうどいいんですが。
「なぜ?次の桜の季節?」
鼻が真っ赤になっているハナさんは、小動物のように愛らしい。
彼女がお気に入りの、ふんわりハナ咲く鼻プルローションティッシュを差し出しながら、馬場はさらりと言った。
「ヒント。次のサラちゃんの誕生日には、16才でしょう?」
赤鼻のハナさんは、まだ答えが分からないというように、首をかしげる。
「では正解。次は、僕からエンゲージリングをあげて、プロポーズしようと思っていたんです」
「ばっ……馬場先生!」
鼻だけではなく、顔全体を真っ赤にしながら、ハナは立ち上がった。
「いいじゃないですか?僕はまだ独身だし、収入もそれなりにあるし、それに自覚していたかわかりませんが、彼女も僕を好きだったんですよ?」
きっと初恋なんじゃないかなぁ。
ときどき僕の元を訪れては、ぽーっと顔を見つめていたんですよね。
細いフレームのメガネが似合う人が好きとも言っていたっけ。
あとは、そうか、筋肉で締まったヤセマッチョが好きとも言ってたかな?
今から1年ジムで鍛えれば、彼女の理想の男になれるかもしれません。
「だから、早く思い出してくださいね、ハナさん?」
サラがお気に入りだったメガネを軽くかけ直して、馬場はハナに微笑んだ。
「思い出しても、ぜーったい馬場先生には教えません!」
ハナは、さっきまで泣いていたことなどすっかり忘れて、院長室を飛び出していった。
* * *
ついさっきまでハナが座っていたソファに、馬場はそのぬくもりを確かめるように手のひらを触れてみたけれど、ひんやり吸いつく皮の感触しか帰ってこなかった。
泣いている彼女を元気付けるには、ちょっと怒らせてあげるのが一番。
きっと彼女は、あの男のところにかけこんで、馬場の愚痴を言いつけてはまあまあとなだめられているところだろう。
そろそろ「ロリコン」なんて言葉も覚えて、僕に投げつけてくるかな?
ブス専を皮切りに、スケベ、ヘンタイ、マザコン、ショタコン……いくつものスラングを彼女に仕込んできたことを思い出し、馬場は一人思い出し笑いをする。
でもね、ハナさん。
どうしても僕は、天使が欲しかったんです。
どうしても手に入らないなら、天使の娘を手に入れたいと思っても、いいじゃないですか?
天使の娘が、自ら僕の腕に飛び込んできてくれるなら、なおさらね。
ただ、今頃どこかで彼女は、憧れではなく、本物の恋を花開かせているような気がするんです。
だから、まだ、待つことを愉しませてくれませんか。
どうか、まだ、誰のものにもならないでくださいね、ハナさん。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
エピローグなのに、なぜか馬場先生が主役になってしまいました。医者キャラ=ヘンタイ度高いイメージになってしまうのは、お医者さんごっこという淫靡な単語のせいでしょうか。
裏主人公は、いつのまにか名前も出てしまった松田さんです。おばちゃんラブぱーと2。しかしモノホンのおばちゃんてこんなギャグ言うんかな?いつもこういうネタばっか考えてるんですけど、もしそーなら自分おばちゃん化自覚でややショック。
次回は、第一章ではイマイチ活躍の場が少なかった、カリム君の年相応ムッ○リな本音に切り込む問題作。ヒゲ好きもぜひ。

閑話1 ~青少年カリム君の、不愉快な日常~
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】ちょっと健全な青少年の妄想……的な内容になってます。夢オチなのでリアルではないですが、クダラナイ度MAXです。
俺の夢に、最近よくこの女が出てくるのは、一体なぜなんだろう?
確かに顔はちっと整ってるだろうけど、やせっぽちで胸だってねえ、姫の身代わりのくせにガサツで常識知らずで、時々ヘンタイで……
そうだ、こんな感じで……
* * *
「ねぇ、カリム?」
ああこれは夢だ。
「私と、一緒に寝て?」
夢だろ?
「カリムの、筋肉好き」
夢だよな?
「カリム、体温高くてあったかい」
夢だって、絶対!
「カリムの……」
夢だって言ってくれよ!
(……)
「お○っこも……」
夢夢夢夢夢……
(……ぃ)
「あったかいよ?」
夢だーーー!!!
(……ぉぃ)
「カーリム?」
てめーは夢魔だ!怪物だ!
(……ぉい)
「ねえ、ちゅーしよ?」
(……おい!)
「するかボケー!!!」
ガバっと起き上がった瞬間、俺の顔面は、何かもじゃもじゃとしたものに接触した。
そのもじゃの中の、何かふっくらやわらかいものが、俺の唇に当たったような気がする。
「てんめぇ……」
そこには、日焼けした顔を真っ赤……を通り超して、ドス赤黒く染めて、額に青筋を立てたひげもじゃがいた。
「てめえの分まで部屋がねーからって、俺の寝床半分貸してやったらよ……」
ひくひくと、赤い唇をひきつらせながら、ヒゲは俺のシャツの胸倉を掴んだ。
ああ、殺られる。
絶対、逃げらんねえ。
「どんだけエロい寝言ぬかしとんじゃー!!」
その後、俺は盗賊オヤジの年季入り拳骨ボコボコにくらって、ヒゲの部屋を追い出された。
「欲求不満は、女で解消しろっ!!」
痛かった。
でもこれが、オヤジの愛のムチってやつなんだろうな。
オヤジという存在が居ないまま育った俺は、イテーと呟きながらも、なぜかちょっと胸が熱くなったのだ。
* * *
しかし、その時偶然早起きして、ヒゲの捨て台詞を立ち聞きしていたリコに、
「カリム君はー、だれのことでー、どんだけ欲求不満なんでちゅか~?」
と、しばらくまとわりつかれたことで、俺の胸の温度は一気に急降下したのだった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
どーしてもヒゲが出したかったんです。ヒゲは黒と赤ってイメージで。しかしカリム君は、第二章以降ではイカスキャラ予定だったんだけど、こんなヘタレ、いや健康優良児なネタは想定外?彼は別にサラちゃんのこと特別好きとかじゃないはずです。たぶん。この直後にサラ生ちゅー見て鼻血直前でしたというオチ。
次回は、ドッキドキ王道ファンタジー下克上バージョン目指します!常に目指してますが特濃4.2レベルで。

閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(前編)~
【 第一章 異世界召喚】
【前書き】第一章終了後(あのちゅー直後)、盗賊さん視点のところからスタートです。
「いいかい?1つたりとも見逃すんじゃないよ!」
サラいわく”おばちゃん”こと、一家を仕切るおかみさんが、ぷよっと太い腕を胸の前でくみ、屈強な男たちを前に声を張り上げる。
一家の男たちは『オー!』と気合いの入った声をあげる。
周囲の期待がどす黒い魔力となってにじみ出て、ずしんと肩にのしかかり、下っ端男ことリーズは1人ため息をついた。
* * *
ここは、砦の大食堂。
今朝行われた、頭領による演説は、盗賊たちに今までにない興奮を巻き起こした。
現在も、その興奮が収まらない、いやさらに拡大中だ。
定期的に行われる集会は、盗賊たちが腕相撲トーナメントと並んで、もっとも楽しみにするイベントの1つ。
集会で語られる頭領の話は、とにかく面白い。
今までのテーマはといえば「新たな面白い商売のネタ」やら「戦闘で相手に隙を作らせるコツ」やら、はたまた「女を(または男を)喜ばせる○○」やら……
本来集会への参加は任意だったが、話を聞き逃すと聞いたやつらの何倍も遅れをとってしまう。
しかも、憧れの頭領の近くで、あの美しい顔をまじまじと見られる上、稀に話しかけられるラッキーな奴もいるとなれば、行かないバカはいない。
今じゃ盗賊たちは男も女も子ども関係なく、見張りと病気のやつを除くほぼ全員が参加する、でかいイベントだ。
しかし今回の集会は、かつてない衝撃的な展開だった。
あの頭領が……
「星の数ほど女の心を奪ってきたが、女に心を奪われたことは1度もねぇ」と豪語し、あらぬ欲を持った女が近づけば、氷のような視線一つで2度と近寄ろうという気を起こさせないほどのトラウマを与えてきた、あの頭領が。
ついに、たった1人の女を選んだのだ。
呆けたままの表情で、仲間2人に支えられながらふらふらと退出する彼女に、盗賊たちは一斉に『姐さんー!』『姐ごー!』と大声援をおくり、姐さんは顔を真っ赤にしてうつむくと、脱兎のごとく逃げていったっけ。
確かに姐さんは、おかみさんと同じ人間とは思えねえくらい、べっぴんさんだったけどさ。
どっちかってーと俺は、もう一人のコの方が……
リーズはぽっと頬を赤く染める。
あのコ、本当に可愛かったなぁ。
大きな目がうるうるしてて、下っ端パシリな俺のことも怖がっちゃうくらいおびえてて。
だっこして運んだときも、めちゃめちゃ軽くてやーらかくて……
男としちゃ、ああいうコ、守ってあげたいよな。
でもこれから、旅に行っちゃうんだよな。
また、会えるかな……
「なにやってんだい!早く行くんだよ!」
リーズは、おかみさんの張り手で夢(妄想)から覚める。
すでに開かれていた食堂のドアを見ると、慌てて飛び込んだ。
これから始まるのは、頭領が考えた最高にエキサイティングなゲーム。
リーズは、仲間から期待を託された、選ばれし勇者だった。
* * *
ときどき頭領は、俺たちがワクワクするような遊びを考え付く。
姐さんたちがトリウムへ出発する準備のため退室した後、興奮冷めやらぬ俺たちは「おいてめーら、今日は昼まで仕事はやめだ。面白いゲームでもしようぜ」という頭領の言葉に、大きな歓声で答えていた。
「今回は、早いもん勝ちの宝探し。お宝は、今ここにあるコイツだ」
そういって、頭領は左手に掴んだ姐さんの髪の束を頭上にかかげた。
魔力がそれなりにある男たちはもちろん、魔力が微量しかない子どもにも見えたはずだ。
恐ろしいほどの光の粒。
いわゆる光の精霊たち。
黒髪そのものが光を放っているように見えるほどだった。
精霊たちは黒髪にもぐりこんだり、滑らかな表面を転がったり。
光の粒が、楽しそうにまとわりつきながら、キラキラと白く透き通る光を周囲に振りまいていた。
「こいつを懐にいれとくだけで、光の精霊の加護がうけられる。こりゃ面白いお宝だろ?」
その瞬間、会場内は殺人的な熱気につつまれる。
『欲しい……』
『欲しい……』
『欲しい……』
特に魔力が少ない者たちが、お宝を見つめ、瞳をぎらつかせた。
魔力が少ない者ほど、杖や指輪など魔力を増やすアイテムに対して貪欲だからだ。
まあ、中にはリーズのように「別に魔力少なくても、楽しく暮らせりゃいいや」という根性無しもいるのだが。
しかも、光の精霊のマジックアイテムなんてしろもの、レアなお宝探しが大好物の盗賊たちも、誰1人として見たことも聞いたこともない。
人間は、炎をランプに閉じ込めたり、水を桶に汲んだりはできる。
しかし、決して光を捕まえることはできない。
夜が来れば、全ての光を手放し、次の朝日を待つしかないのだ。
大陸のずっと遠くには、自ら光を放つという虫がいて、光の精霊の使者と大切にされているらしい。
人にとって、光は神の恵みであり、空を守る女神の化身だった。
そして、魔術師にとって、光を操ることは永遠の憧れだ。
光の精霊は力が強く、よほど力のある魔術師以外の命令はめったに聞かない。
光を放ったり稲妻を作るような、比較的簡単な魔術でも、光の精霊に命令を聞かせるのは難儀だという。
リーズたち盗賊も、それを軽くやってのける頭領の純粋な力に心酔している部分もある。
魔術でさえ難しいのに、杖や指輪に閉じ込めることは100%不可能で、光はマジックアイテムにはならないというのが常識だった。
もしあるとしたら、相当のお宝だ。
実際、光のマジックアイテムが存在するという噂は、たびたび盗賊の耳に入る。
光の精霊は気まぐれで、美しい宝石など、気に入った素材に寄っていくことがあるからだ。
しかし、長く止まることはなく、すぐに別のどこかへ飛び去ってしまう。
今までに見つかった『光の精霊を宿す宝石』と言われた伝説のお宝は、すでに精霊が去ってただの宝石になっているものばかりだった。
それでも、過去に光の精霊が魅せられたというだけで、国宝級のお宝となる。
しかしこの黒髪は。
気まぐれな光の精霊を、あっさりと魅縛してしまったのだ。
世界で唯一の、光の精霊を封じたマジックアイテム。
そんな前代未聞のお宝出現に、大食堂はまさに興奮のるつぼだった。
頭領は、こりゃきっちりルール決めなきゃ死人が出るなと、苦笑しつつも公正な宝探しゲームの内容を示したのだった。
* * *
今回のゲームのルールはこうだ。
まずは、魔力の少ない子どもと、普段食堂で働く女たちが、それぞれの家族から一時抜けて、せっせとお宝作り。
「聖なる光の髪」(俗称:姐さんの黒髪)と名づけられたその髪を、小指の半分ほどの太さに小分けして編みこみ、1本の紐状にして、黒い小さな布袋に入れお守りの形にした。
普段身につけているだけでも使えるが、より大きな魔術の際は袋から取り出し、杖や手首に巻いて使う。
これが、合計100個も作れたらしい。
それらを、食堂内のどこかに隠す。
現在30組ある一家が、チームの単位となり、制限時間内に宝探しをする。
見つけたものはすべて持ち帰れるが、家族内でどう分配するかは、一家のルールで決める。
くじ引きでもよし、バトルでもよし、オヤジさんやおかみさんの独断で、落としたい女(または男)にやるでもよし。
30組が探しても見つけ出せなかったお守りがあれば、隠した側の女と子どもたちへ配られるため、隠す側も必死になる。
お守り作りの間に、一家の中からゲームに参加する代表5名が、話し合いによって選ばれる。
一家の代表であるオヤジさん達は、宝探しの順番を決めるために一度別室へ。
順番を決めるのは、いつもどおり幸運のダイスだ。
オヤジさんたち30名で円をつくって座り、その円の中心に頭領が幸運のダイスを放り投げて、ゲームの順番を決める。
頭領によると、このダイスはいたずら好きの妖精が作ったものだそうで、今もっともツキがある者の方へ転がっていくのだ。
さっそく、1回目のダイスが投じられた。
ダイスは、ハラハラ見守る人間をからかうように、あっちこっちバラバラの方向にしばらく転がり続け……最後はリーズ一家のオヤジさん前にぴたりと止まった。
その朗報が伝えられると、リーズ一家のメンバー達は、歓声を上げながらオヤジさんの元に駆け寄り、興奮する犬コロのように抱きついた。
全ての組の順番が決まったところで、再び一家はねじろにしている部屋へ集合し、作戦会議。
各チームに与えられた時間は5分。
5人のメンバーで、できるかぎりのお宝をさらって、ルール違反がないかチェックされた後に、次の順位のチームにバトンタッチする。
順番が後ろになればなるほど、すでに見つけられてしまった分のお宝が減っていて、見つけるのが困難になる。
短い時間で、どれだけ多くのお宝を発見できるか?
5人のメンバー選びが、勝負の決め手だ。
食堂で働く女たちから「荒らされるのは勘弁」との意見が出たため、ゲームの基本ルールに「出したものは必ず元の位置に戻すこと」が付け加えられた。
もし出て行くときに、モノの位置が変わっていたら、そのチームの戦利品は没収だ。
さらに、乱暴に探されてモノを壊されるのも困るとなり、誰かが皿1枚でも壊した時点で、チーム全員の権利を剥奪するという、厳しい罰則つきになった。
大雑把でけして気の長いほうではない屈強な男たちにとって、そのルールは足かせとなる。
しかし、大きな鍋や重いテーブルの下に隠されるとなれば、か弱い女では難しい。
悩んだ男たちの視線が、じわりじわりと一点に集まっていく。
その視線の先には、リーズがいた。
リーズは魔力も武力も無い分、とにかく手先が器用で気がきく男だ。
一家の掃除洗濯繕い物から、雑用パシリ肩叩きと、戦い以外のあらゆることを引き受けるなんでも屋。
ひょろっとした体格と、温厚な性格で、いじられることはあるものの、とにかく頼まれごとは誠実にこなすため、一家の信頼も厚い。
女たちからも「ねえ、○○って私のことどう思ってるのかなぁ?」などと、良く恋愛相談を受けている。
女から見たリーズは、あくまで安心安全なお友達で、異性として意識されることはほぼないという悲しい状況だが、リーズはそこもまいっかと思っている。
リーズは器用だし、そこそこ力もある……
人の気持ちを察するのも得意だし、隠すやつらの気持ちも分かるに違いない……
そんな理由から、光栄にも満場一致で、リーズは宝探しのメンバーに選ばれたのだった。
しかし一家の面々は、彼がプレッシャーにひたすら弱いということを、すっかり失念していた。
* * *
食堂へ飛び込んだリーズは、大食堂を右斜め奥へとダッシュしていた。
事前打ち合わせにより、リーズはもっとも重要な、食器の入った戸棚エリアの担当。
皿やコップを素早く移動させ、棚の奥や引き出しの中を探してみるものの、小さな黒い袋はなかなか見当たらない。
焦るほど動作が雑になり、腕を棚板にぶつけて、そのたび食器がガチャンと音を鳴らす。
「こりゃあ難しいぞ」
リーズがため息をついたとき、入り口ドアの方から「あと3分」の掛け声がかかった。
戦利品ゼロでは、おかみさんに何を言われるか……
ぶるりと体を震わせたあと、リーズはスピードアップのために、なるべく壊れにくいものが入った引き出しをどんどん探そうと決め、スプーンやフォークの置いてある食器棚に飛びついた。
そこで、焦っていたリーズは、小さなティスプーンを1本、床に落としてしまった。
カラン!と乾いた音を立てたスプーンは床ではねかえり、大きな食器棚の足の隙間から奥へと転がっていく。
リーズの顔色はサーッと青くなる。
全て元通りにするというルールにより、あの細い隙間のスプーンを取り出さなければ、一家は失格になってしまうのだから。
スプーン1本くらいなくなったところで、証拠を見つけるのは難しいのだが、この盗賊の掟である『ルールを破る者には死を』が徹底されているため、すぐに自己申告しなければ後で発覚したとき命はないだろう。
リーズは床に這いつくばり、必死で隙間の奥のスプーンに手を伸ばした。
ああ、こんなところで自分のひょろ長くて貧弱な腕が役に立つとは。
あとほんの少しでもリーズの腕が太かったら、または短かったら、その隙間の奥まで手は入らなかっただろう。
スプーンの感触を求めて、リーズは手のひらをぺたぺたと棚の下の床に這わせていく。
硬い金属質の棒が指先に触れ、リーズはそれを摘もうとした、そのとき。
『あなたの落としたのは、金のスプーンよね?』
『ちがうわよ、銀のスプーンだったら!そうでしょ?』
棚の下の奥から響いてきた小さな声。
逃げ足だけは早いリーズは、その瞬間、腕を引いて食器棚から飛びのいた。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
さて、ようやく王道ファンタジー(だよね?)になってきましたよ。ピュアキャラ主人公が無意識に生み出す奇跡に一般人もう夢中……いいねー。どうやら頭領、サラちゃんの黒髪に一目惚れしたようです。その話はまたいつか番外編で。
次回、ダメダメな下っ端君がいきなり……さて、どこまでビッグになるか、乞うご期待。

閑話2 ~ある下っ端盗賊の、華麗なる転職(後編)~
【 第一章 異世界召喚】
どのくらい、硬直していたのだろうか。
「あと1分」の掛け声を聞いて、壁際に立ち尽くして食器棚を見つめていたリーズは、ようやく我に返った。
今、なんだかおかしな声を聞いたような気がするけれど、気のせいだろう。急がなきゃ。
再び食器棚の脇に這いつくばり、指先をスキマの奥にはわせようとしたリーズ。
「俺が落としたのは、ごく普通の使い込まれたステンレス製スプーンですよっと……」
さっきのは気のせい気のせい、と念じつつ、何の気なしに呟いたリーズの耳に、また小さな女の子の声が聞こえてきた。
『へえー。正直な人!あたし好きだな!』
『あっ、あたしだって好きだもん!』
再び固まるリーズ。
『『あなたに、あたしたちを、あ・げ・る!』』
リーズの手のひらには、いつのまにか金・銀・ステンレスと、3本のスプーンが握られていたのだった。
* * *
3本のスプーンのうち、ステンレスのスプーンは制限時間ギリギリで引き出しに戻した。
しかし、金と銀のティスプーンは『ねえ、あたしたちを、あなたの胸のポケットに入れて?』とおねだりしてきたため、放心状態のリーズは、請われるままにその小さなスプーンを、シャツのポケットに入れて持ち帰ってしまった。
会場チェックが終わり、食堂には、次のチームが勢い良く飛び込んでいく。
一家はわいわいと成果を確認しながら、自分たちのねじろである部屋へ戻ろうとしていく。
しかし、リーズはついていかなかった。
意を決し、食堂脇の廊下に机をかまえてゲームの採点をしていた頭領に、おずおずと近づいたリーズ。
頭領は、一瞬ビクッとして頭を上げ、眼光を鋭く緑の瞳を光らせながら「リーズ、昼飯の後でそいつらもって俺の部屋にこい」と言った。
どうやら何も言わなくても、すべてお見通しのようだ。
その後、頭領の部屋。
リーズはこの砦で産まれ育って22年目にして、憧れの頭領の部屋への入室を許された。
「おまえ、面白いもの見つけたなあ」
リーズが差し出した、金と銀のスプーンを見て、頭領は大きく肩を震わせて笑った。
『王様なんで笑うのぉ?』
『あたしたちなんか変なことした?』
金と銀のスプーンが、頭領のデスクの上でコロリ転がりながら訴える。
どうやらスプーンの声は、ここにいる頭領と自分しか聞こえないらしい。
食堂を出る際「あんた結局、1つも見つけられなかったんだねえ、まったく頼りにならない子だよ」と、おかみさんにイヤミを言われたとき、
『うるさい、ばばあ』
とスプーン達が言ったため、リーズは張り手の1つや2つを覚悟したが、その言葉はおかみさんには聴こえていなかったようだ。
コロコロと動くスプーンを見ながら、リーズは小さい頃にオヤジさんから散々聴かされた「親の言うこときかない悪い子にはお化けが出るぞー」という台詞を思い出した。
いや、でも、これは怖くないしと、リーズはすぐにお化け説を却下した。
頭領は嬉しそうに、穏やかに微笑んでいる。
こんな表情は、盗賊の女が出産したとき、名前をつけるために赤ん坊を抱き上げる顔と同じだ。
リーズは不思議に思い、頭領に問いかけた。
「あの、頭領、このスプーンは一体……」
「ああこいつらは、光の妖精の子どもだ。双子みたいだな」
妖精は、いくつのも精霊が集まり長い時間をかけて融合し、一つの意思を持ったときに生まれる貴重な存在だ。
小さな人に似た姿で、とても小さく、背中に羽が生えていると、子どもなら誰もが御伽噺に聴かされる。
精霊の森には、それなりの数が暮らしているのだが、森を出ると力が弱くなるため、めったに森の外には出たがらないはずだったが。
「なぜおまえら、こんなところでこんな姿に?」
くつくつとおかしそうに笑いながら、頭領が尋ねる。
『あのね、ちょっとだけ探険しようと思ったら、迷子になっちゃったの』
『疲れて消えちゃうとこだったけど、ちょうど居心地良さそうなスプーンがあったから入ったの』
『そしたら、空も飛べなくなって、どこかに運ばれて、だれもあたしたちに気付かなくて』
『誰かの口にいれられるのやだし、上手に転がって、暗いところにずっと隠れてたんだよね』
小さなスプーンの大冒険話に、頭領は珍しく声をあげて笑った。
2本のスプーンも、くすくすと笑いながら、スプーンの柄を下にして、デスクの上に立ち上がった。
金銀2本のティスプーンは、くるくると回りながら光を放ち、楽しそうにおしゃべりを続ける。
『でも、それからだれも見つけてくれなくて、ふたりでおしゃべりして遊んでたの』
『あたしたちの声ちっちゃくて、すごく近づいてくれないと聴こえないし』
『そもそもあたしたち、人と話すの難しいしね』
『少しでもうそついたり、悪いこと考えるひとには、あたしたちの声聞こえないのよ』
そこまで話すと、スプーンの妖精は、くるりとリーズの方へ凹み部分を向けた。
やはり、アレが頭で、アソコが胴体、凹んでいる側が表なんだなと、夢見心地でリーズはスプーンの動きを見つめた。
『そしたら、初めてあたしたちの声、聞いてくれるひとが来たの。うれしかったあ』
『やっと連れ出してもらって喜んでたら、王様がいたからびっくりしたよね』
スプーンの妖精から、王と呼ばれる頭領。
頭領は、リーズに鋭い視線を向けると「この話は聞かなかったことにしろ、いいな」とささやき、リーズは夢見心地のまま、こくこくと何度も頭をふった。
そんなリーズの姿を見て、金と銀のスプーンは、キラリと顔(ヘラ部分)を輝かせた。
『ずっと森に帰りたいと思ってたけど、あたしダーリンとしばらくいるー』
『あっ、あたしも、あたしもー。ダーリンと一緒がいいっ』
ダーリン。
特別に好きな異性を意味する言葉だということは記憶にあるが、今まで人間の女からもそんな甘い言葉をささやかれた経験はない。
ああ、なぜ俺は、2本のスプーンからダーリンなどと呼ばれているのだろう?
『あたし、もっと遠くに連れてってほしいな。いろんなものが見てみたいの』
『うん。そしたらお礼に、あたしたちの力使わせてあげるよ?』
『今はスプーンから出られないけど、力はけっこう強いんだから、ね?王様?』
『王様、あたしたちの名前、ダーリンに教えてあげてもいい?いいよね?』
リーズはぽっかりと口を開けて、スプーンのくねくねした恥ずかしそうな動きを見つめる。
全身からは冷や汗が吹き出て、じっとりと衣類が濡れていく。
頭領が好きにしろと苦笑すると、スプーンはまた嬉しそうにくるくる回った。
『あたしキーン。おねえちゃんだよ』
『あたしギーン。いもうとなの』
そのまんまかよ、とツッコミたいところだったが、あまりの展開にリーズはただこくこくと頷くしかできず。
『敵をやっつけたいときは、心の中であたしの名前を読んでね?』
『ケガとか病気のときは、あたしの方だからね?』
はい、わかりました……
『あたしたちがいれば、ダーリンは人間だと最強なんじゃないかな?』
『よかったね、ダーリン。これでもうばばあに文句いわれないねっ』
はい、よかったです……
こうしてリーズは、下っ端男改め、人類最強魔術師となって、サラの旅のお供に加わることになったのだ。
人生何があるかさっぱりわからないもんだなぁと、かなりの長い間砦の盗賊たちは、リーズの華麗なる転職について語り合った。
そしていつしか話がうまいこと捻じ曲がり、砦の大食堂スプーン食器棚正面の壁には『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ』の絵画が飾られることになったのである。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
どーでしょう、この王道っぽいオチ。イイヒトは最後むくわれると信じたい小市民の夢です。スプーンズには別の名前もあったんですが、いつか某有名台詞を言わせたいと思ってこの手抜きネーミングに。
次回から、そろそろ旅出発方向へ進めようと思います。別れ際アマッ……かも。

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(前編)~
【 第二章 王城攻略】
出発の準備と言っても、たいした荷物は無い。
……と思ったら、大間違いだった。
なぜなら、サラたちは大事な旅の荷物を、ほとんど砂漠に捨ててきてしまったから。
今頃あのかわいそうなラクタも、寝袋も、乾いた砂に埋もれているだろうか。
王宮を出てからというもの、何度か横目に眺めて通り過ぎてきた、あの小さな集落たちのように。
井戸の枯渇で家を捨てざるを得なかった砂漠の民は、現在王宮の近くで避難生活を余儀なくされている。
彼らの待遇は、人間として誇りを保てる最低レベルに見えた。
まさに、スラム化の一歩手前。
王宮は暴動を恐れて、監視の目を厳しくしている。
旅を、急がなければ。
どんなにこの岩山の砦が、居心地よくても。
大切なひとと、離れることになっても。
* * *
盗賊の家族と認められたことで、必要なものはすべて、無償でゆずってもらえることになったサラたちは、広い倉庫の中で、乱立した背の高い棚の間をうろうろしつつ、おのおの必要なアイテムを選んでいく。
例のおばちゃん盗賊が、トリウムまでの道のりの説明とともに、周囲から浮かないような格好をしなきゃねと、かいがいしく商人風の衣装をアドバイスしてくれた。
いずれまた砂漠に戻ることになるだろうし、そのときは砦に寄っておばちゃんになにかお礼を渡そう。
今度の旅の設定は、トリウムへ仕入れに行ったまま帰ってこない商人の父を探す、けなげな3人兄妹。
カリムは兄、リコは姉。
サラは、一番下の息子となる。
頭が軽くなってスッキリしたサラは、またもやコスプレ気分で、少年の衣装を嬉々として選んでいた。
オアシスは温暖湿潤な気候なので、砂漠の衣装よりは薄着になる。
ぶかっと布をたるませて、その上からマントをかぶるスタイルだから、体の線は目立たないのだが。
「ねぇ、やっぱサラシとか要るかなぁ?」
サラは、後方の棚を漁っているリコに向かって、振り向きざまに質問する。
しかし、そこに居たのは、リコではなくカリムだった。
カリムは、サラの胸をチラリと見たあと、フッと皮肉めいた笑みを浮かべ、無言で立ち去った。
「なんか……むかつく」
2年後を見てろよ!
その日から、サラの毎日の腕立て伏せノルマは、100回から200回に増やされた。
「サラ様、ステキです……」
その後毎日朝晩、100回ずつの腕立て伏せを含む、恐ろしいボリュームのトレーニングをこなすサラを見つめて、ますます傾倒していくリコなのであった。
* * *
最も時間がかかったのは、サラの武器選びだ。
少年になった自分に、ぴったりの剣が欲しい。
先日の砂漠の旅で、サンドワーム出現事件の後、サラは一度カリムの剣を触らせてもらった。
剣はとてつもない重量で、サラが両手を使って必死に踏ん張っても、落とさないようにキープするのが限界だった。
「この剣は、俺と契約した聖剣だから、俺にしか扱えないぞ?」
と言っていたが、サラにはその意味がピンと来なかった。
カリムはやれやれと肩をすくめて、剣について解説してくれた。
剣というものは、宝石や杖と同様に、精霊に好まれやすい。
精霊がついた剣は「聖剣」と呼ばれ、魔術的な攻撃力を付加された強力な武器となる。
あのサンドワームがたった一撃で倒れたのも、聖剣の力を借りたおかげだった。
そして、聖剣は選ぶものではなく、選ばれるもの。
剣と人間には相性があり、剣が持ち主を選ぶこともよくあるらしい。
剣に選ばれたなら、見た目の大きさや重さの問題は関係なく、その剣が最高の使い心地になるそうだ。
その説明を聞かされたとき、ひらめいた1つのイメージ。
大剣を背中に担ぎ、片手で振り回す流れの剣士、サラ。
うーん、いいねぇ。
武器のしまってある箱のなかで、一番巨大な箱の蓋を開け、サラはやる気マンマンで腕まくりをした。
大きくて古い、さもいわくのありそうな装飾の剣が、どっさり入っている。
重たいのもかまわず、1本1本両手で持ち上げては、振るってみた。
「私の運命の剣は……この剣では、ございませんっ!」
いちいち、決め台詞を言いながら、箱から取り出した剣を手にとっては、足元に放り投げていく。
ああ、なんだか楽しい。
どんな剣が、私を選んでくれるんだろう?
ウキウキしながら、上機嫌で剣をチェックしていったサラだが。
箱の剣はどんどん減り、両腕が疲労でパンパンになったころ、箱の中はついに空っぽになった。
無い!
1本も無い!
こんなにたくさんの中から、1本も見つからないって、どーゆーこと!
ふくれっつらで、取り出した剣をまたガチャンガチャンと乱暴に箱の中へ戻していく。
そして、ふと気が付いた。
剣に選ばれなかったのは、単に自分の実力不足のせいではないか?
カリムの剣さばき、すごかったなあ。
私はまだ、その域には全然達していない。
未熟者には、聖剣を持つ資格がないのかも。
魔力も無いし、この先もし怪物や敵が現れたら、いいとこなしか。
守られる側のお姫さまポジションということはすっかり失念し、サラはしょんぼりと肩を落とした。
「くっ……おまえやっぱり、面白い女だな」
肩を震わせて笑いながら現れたのは、サラの大切なひと。
* * *
朝の、あの、あれから、まだほんの数時間。
サラは、内心ときめきながらも、再会を喜ぶそぶりもみせず、ジュートに悪態をついた。
「私の運命の剣があると思って期待してたのに、結局無いんだもん!こんなにたくさんあるのに!」
サラが唇を尖らせると、ジュートは「おまえ可愛いな」といって、サラのタコ唇にチュッとキスをした。
ギャッ!
また不意打ちですかっ!
真っ赤になって後ずさるサラを追って、ジュートは倉庫の壁際に追い詰める。
「そんな可愛いこと言うと、手放したくなくなるな」
「やっ、だめ、こんなとこで」
すぐ近くに、リコもカリムもいるのに!
ジュートはくすくすと笑いながら、至近距離で言った。
「可愛いけど、お前、ときどきバカだな」
ここ見ろよ、といって、ジュートは外して壁に立てかけられた、箱の蓋を指した。
『リサイクル。つかうな』
どうやら、サラが漁っていた箱は、使い古した剣のリサイクル用ゴミ箱だったらしい。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ようやくサラちゃん視点。旅は準備中が一番楽しいと思うのは、ドラクエ好きに共通する認識ではないかと。宝箱全部漁って、一番強い武器防具装備で出発。これ最高。「ございませんっ」の決め台詞は、分かってると思うけどガキの使いオマージュです。
次回は、サラちゃん運命の剣との出会い。そして最後のキッス&バイバイバイ♪(byLR)……かな?

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(中編)~
【 第二章 王城攻略】
カリムとリコの身支度は終わり、残すはサラの”運命の剣”探しのみとなった。
2人は、この先サラが戦うような状況にはならないだろうし、万が一のときも体力が回復した自分たちだけでなんとかなるから、剣探しは諦めるよう説得したが、サラは頑として聞かなかった。
「絶対見つけてやる!俺の運命の剣を!」
気分はすっかり、少年マンガのヒーローだった。
* * *
そこまでいうなら良い方法があるぞと、サラはジュートの部屋に連れて行かれた。
つい昨日は、震えるリコと決意を胸に訪れた部屋。
同じ内装だというのに、なんだかまったく違う部屋に入ったように思えるのは、最初から光の精霊の力で明るく照らされているからだろうか。
サラはきょろきょろと室内を観察した。
間違い探しのように発見した、デスクの上の書類。
昨日の2倍、いや3倍ほどに膨れ上がっている。
積み上がった書類の一番上を、何の気なしにのぞき見ると『本日の宝探しゲーム勝敗表』と書いてある。
盗賊たちが、午前中は全員で遊んで過ごしたと聞いて、あまりの仲の良さにサラは唖然とした。
まさか自分の髪を巡って、鬼気迫る攻防戦が繰り広げられていたとはつゆにも思わない。
ゴツイ男たちが、楽しそうにフルーツバスケットや椅子取りゲームをする姿を勝手に想像して、サラはひとりクスクス笑った。
デスクの引出しを漁っていたジュートは、黒い布に包まれた小さな物体を取り出した。
布をめくると、そこからでてきたのは、角が丸く削れた、正方形の小さな石。
「これは、ラッキーダイス」
ジュートは、サラに見せるように手のひらの石を向けたあと、その石にフッと息を吹きかけると、うつむいて瞳を閉じた。
サラは、その整った横顔をねっとり見つめ、目の保養をする。
「我は命じる。サラの運命の剣を見定めよ」
その言葉に反応した光の精霊が、黒いダイスに集い、ダイスを発光させる。
ゆっくりと目を開くと、ジュートはダイスを床に放り投げた。
ダイスは放り投げられた勢いのままに、床を転がって開け放たれたドアの向こうへ。
「このダイスが、お前を運命の剣まで導くはずだ」
「わー、すごい便利ね!」
「ま、そんな剣がここにあればの話だが」
このままダイスが動かなくなれば、サラの運命の剣はここの砦には存在しないだろうといったジュートに「あるもん、絶対!」と反論して、サラはダイスの転がる先を見届けようと、部屋の外へ向かう。
ちょうど部屋と廊下との境目。
そこで、ダイスはピタッと止まった。
サラも足を止める。
突然ダイスの輝きが、一気に増した。
あたかも小さな太陽がそこにあるかのような、白い閃光。
サラも、ジュートも、あまりの眩しさに一瞬目をくらませた。
『ゴロゴロゴロッ!』
ダイスは、猛スピードで部屋へ転がりながら戻ってくる。
サラの靴の先にぶつかり、反動で跳ね返ったが、またサラへと転がり追突。
「えっ、えっ?」
サラが1歩足を引くと、今度はもう1方の靴先へ。
どんどん後退しても、その分距離を縮めて、ズンズンと何度も足へぶつかってくる。
「ジュート、何、これ?」
ジュートは、普段は細められているその目を少し見開いて「いや、俺にも」と呟き、頭を軽く横にふる。
もしかして命じ方に問題があったかと、ジュートはサラのそばに寄った。
腰をかがめてダイスを摘もうと、腕を伸ばすのだが。
『ゴロゴロゴロッ!』
ダイスは猛スピードで転がり、部屋の隅へ逃げてしまった。
チッと舌打ちして、ジュートが姿勢を戻すと、またそろりとサラに近寄り、靴先への突撃を繰り返す。
もう一度ジュートが「おい、逃げんなよ」と言いながら手を伸ばすも、結果は同じ。
ジュートは諦めて、サラから離れ、デスクの上に腰掛けた。
「何?私が気に入らないの?なんなの?」
ジュートが離れて安心したのか、ダイスはツンツンとサラの靴先に転がりつく。
どんなに足を引いても、追いかけてくるので、サラは途方にくれた。
しつこいダイスの動きに、徐々にキレてきたサラが、もうイヤっ!と叫んで狭い室内をぐるぐる逃げ回る。
始めは唖然としていたジュートも、喜劇のようなドタバタ追いかけっこに笑いを誘われ、デスクに腰掛けたままニヤついている。
サラは、堪忍袋の尾が切れ、立ち止まった。
ツンツンと足元をつっつくダイスを、細い指でつまみあげた。
ダイスが逃げずに大人しくしているのを見て、手のひらに乗せる。
すると、ダイスはまたピカッと光を発し、ただの石コロのように動かなくなった。
「一体どーしたの?ダイスちゃん」
床を転がり続けて、少しホコリっぽくなった黒い石。
サラは、至近距離でダイスを見つめる。
その時、サラの手のひらが、パチリと静電気のような音を立てた。
『ボムッ!』
突然の、爆発音。
サラは悲鳴をあげ、手のひらのダイスを床へ放りだす。
ダイスは黒い煙に包まれながら、床へと落下した。
『ガランッ!』
小さな石とは違う、何か重たいものが落ちたような、低く鈍い音が響いた。
サラが目を開くと、そこには黒光りする細身の長剣が、鞘に入った状態で転がっていた。
「ダイスちゃん……剣だったの?」
サラは、小首をかしげながら、ジュートに問いかける。
ジュートは、デスクに腰掛けて目を見開いてたまま、しばらく床に転がる剣を見つめていた。
動揺したジュートが動かした腕が当たったせいで、山積になっていた書類の束が、ばさりと落ちて床に広がっていた。
* * *
元ラッキーダイスだった剣の鞘を抜いたサラは、その美しさに目を奪われた。
黒い鞘の中には、まるで光を閉じ込めたような、まばゆい刀身。
鍔の部分には透明な宝石が1つはめ込まれ、特別な輝きを放つ。
軽く振ってみると、重さはほとんど感じない。
それどころか剣を持っていない方の腕が重く感じるほどだ。
もう一度刀身のきらめきに目を細め、その美しさを心に焼き付けた後、サラは剣をゆっくりと鞘におさめた。
刀の長さは、サラの腕より少し短い程度で、理想の大剣とはいかなかったが、分相応で扱いやすい。
衣装の腰紐に挿したが、とにかく軽いため、歩いても邪魔にならない。
サラは、すっかりこの刀が気に入った。
「ダイスちゃん、君、本当はカッコよかったんだね」
こんなすごい刀を、私はもらってもいいのかな?
一瞬不安に思い、サラはジュートを仰ぎ見た。
ジュートは、なにやら首をかしげながら、刀を手に取ったり腰に挿したりする、サラの一挙手一投足を見つめている。
「サラ、お前このあいだ、自分には魔力が無いと言ったな。それは本当か?」
ジュートは床に散らばる書類を拾うこともせず、サラから少し離れたデスクに座ったまま、低く鋭い声で問いかけた。
「うん。強い魔術師に、お前は魔力が無いって言われたよ」
ジュートはその言葉に返事をせず、右手を頭の上でひょいっと動かした。
まるで、軽くキャッチボールをするようなしぐさで。
その手の平から、ボールではない何かが出てきた。
ジュートの手から、サラに向かって放たれたのは、1本の光の矢だった。
これは、自分を、傷つけるもの。
自分の目前に迫ってくる光を見つめ、サラは恐怖に身をすくめる。
この世界で初めて見る、悪意という意思を持った、光の化身。
なんだか頭が、ぼんやりとする。
鋭い矢が自分の胸に向かっていることに気付いても、指一本動かせない。
ダメだ、逃げられない。
『バチンッ!』
サラの胸に触れた瞬間、光の矢は小さな爆発を起こし、はじけて、消えた。
いや、消えたと思っていたそれは。
ジュートの胸に、突き刺さっていた。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
すみません、思ったより長くなってしまったので、いいとこで続く……という嫌がらせを。
ラッキーダイスちゃんの変身、作者もびびりました。どっかテキトーな隠し部屋にでも転がっていくと思ったら。不思議だ。
次回で、けっこうキ○クな精霊王君の出番はひとまずオシマイ。なのでご祝儀に、ちょい大人のムフフ的展開に……青汁準備必須。

第二章 プロローグ ~運命の剣を探せ!(後編)~
【 第二章 王城攻略】
【前書き】今回も極甘モードあり。しかも今までよりもう半歩、大人のボキャ天な、ピンクしおりな、いや、ギルガメッシュナイトでイジリーな……そんな描写がありますので、ご注意ください。
サラの大切な人の胸を深く貫いた、光の矢。
息を詰めて、信じられないものを見るようにジュートを凝視するサラ。
ジュートは自分の胸を見て一瞬息を呑んだものの、すぐに穏やかな表情に戻り、サラに優しく声をかけた。
「大丈夫だ。光は俺を傷つけられない」
光の矢は、徐々に形を失い、キラキラとした残像となり消えた。
ジュートの羽織っていた白いシャツにも、小さな穴1つ開いていない。
大丈夫、なら、良かった。
なのに、どうしてだろう。
心が、彼の胸を貫いた矢の、幻を消さないのだ。
息を吸うのも忘れ、ジュートの胸を見つめていたサラの顔色は、白を通り超して、まったく血の気が感じられないほど青ざめている。
ジュートは「驚かせて悪かった」と謝って、彼女の短くなってしまった黒髪をくしゃりとなでた。
ああ、この唯我独尊な人も、悪いことをしたらちゃんと謝ることができるんだと、サラは冷静に思った。
なのに、サラの感情と連動してくれない熱い涙が、頬を零れ落ちてポタリと床に落ちた。
* * *
すでに、旅の準備は完了している。
これからトリウムへ向かう3人は、控え室として与えられた小部屋の中で、トリウムまで道案内のために付き添ってくれるという人物を待っていた。
小部屋の中央にある、4人がけのテーブル。
座っているのは、カリムとリコだけだ。
サラは2人から少し離れた、部屋のドアと逆側の壁に寄りかかっている。
頭を、壁にめりこませるように傾け、体全体を斜めに傾かせて。
不自然としか言いようが無い姿勢だ。
まるで人と言う字の、寄りかかっている側の棒のよう。
カリムとリコは、サラがこの部屋に入ってきた瞬間から、何か様子がおかしいことに気付き、自然とアイコンタクトしていた。
サラが見つけてきた”運命の剣”は、美しくしなやかな彼女の黒髪のように細く鋭く、彼女の腰できらめいている。
大喜びで「どうよ私の剣!かっこいいでしょ?」なんて駆け寄ってくるかと思っていたのに。
戻ってきたサラは、目も口も半開きで、ふらふらと部屋に入り、そのまま机も椅子も通り超して奥の壁にぶつかり、その壁に頭をめりこませたまま、斜めに寄りかかって硬直。
リコが一度、おずおずと名前を呼びかけたものの、ぴくりとも動かない。
2人は、サラに何もいえなかった。
サラの瞳や頬の色を見て、何が起こったか、うすうす感づいていたから。
「……に……た」
ふいに、サラが呟いたので、リコとカリムはビクッと震えた。
古い木の椅子が、ギシリと嫌な音を立てたが、サラには聴こえていないようで、そのポーズを変えない。
耳が良いリコには、その台詞が聞こえてしまった。
聞き直そうと身を乗り出すカリムを視線でいさめ、首を横に振る。
「……みたいに……してた」
今度は、カリムにも聴こえた。
やはりカリムも、ノーリアクションを貫く。
しかし、その言葉からの連想を止めることはできず、カーッと熱が頭にのぼっていく。
カリムの顔全体に、じわじわと赤みが広がっていくのを見て、リコはまた良いネタ1個見っけと内心ほくそ笑む。
サラは2人の存在を完全に忘れ、先ほど起こったすべてを思い返していた。
* * *
声も出さずに泣きじゃくるサラを抱きしめ、頭を撫でながら、ジュートはなぐさめる言葉の変わりに、剣の秘密を語ってきた。
あのダイスを作ったのは、森に住む光の妖精。
力の強いその妖精は、とにかくいたずら好きで周囲を困らせていた。
ついには、森の神殿に祭られていた、女神の聖なる剣と呼ばれる宝剣を、どこかに隠してしまったのだ。
必死で探した他の精霊たちも、まさか小さな石ころに変化させられているとは気付かず、結局は探すのを諦めたのだった。
ジュートが「ラッキーダイス」と名づけたその石が、まさか女神の聖剣だったとは、彼にも分からなかった。
ただ、その石を転がすと面白いことが起こると気付き、たまに遊び感覚で使っていただけだ。
深読みするなら、石は自分の封印を解いてくれる運命の存在を探して、転がり続けていたのだろう。
ジュートがサラを連れてくるという運命を察し、その道筋を辿らせるように、密かに画策していたのかもしれない。
小さな石ころ、もとい意思をもたない剣ごときに自分が操られていたかもしれないという想像は、ジュートの心に強い好奇心を沸きたてる。
サラは、なぜ自分も見抜けなかったほど強く頑なな、この聖剣の封印を解くことができたのだろうか?
「さっき、お前が剣の封印を解いたとき、魔力を消去するというより、跳ね返すような力を感じた。だから」
光の妖精のいたずらは、悪意あるいたずら。
ジュートは同じように、悪意あるいたずらの矢を、サラの胸に放ってみたのだ。
もちろんその矢がサラに刺さったとしても、かすり傷になる程度の力だったし、傷がついたならジュートの魔力ですぐに回復させるつもりだった。
跳ね返されたところで、光を完全に支配するジュートにとっては、痛くもかゆくもない。
完全な確信犯。
本来なら、この話を先にしてから試すべきだった。
だから悪かった、と何度も言ってみるのだが、サラは嗚咽を漏らして首を横に振った。
あのとき、サラには見えていたのだ。
悪意のある光の矢が、自分の体に触れたら、どうなるかということが。
光の矢が自分の体に触れると同時に、真逆の方向へベクトルを変化させること。
そしてジュートの胸に、死へと導く鋭さで向かっていくことを。
やめてって、思ったのに。
いかないでって。
あの人を、傷つけないでって、強く願ったのに。
でも、あれは止まってくれなかった。
私の思いは、関係ない。
ただ自動的に、サラを傷つけようとしたものへ、報復するだけ。
自分の意思ではどうしようもない力が、自分の大切なひとを、死に導く。
どうしてだろう。
それならいっそ、自分が消えてなくなりたいと、思ってしまうのは。
お願い、私があなたを殺すくらいなら。
あなたが私を……
殺してください……
瞳を閉じたとき浮かんだ光景は、サラの白いドレスの胸に咲いた、大輪の赤い花。
その映像が、あたかも今現実に起こっていることのようにくっきりと、サラの脳裏に広がる。
サラはブルーの瞳を大きく見開いたまま、意識を飛ばした。
* * *
ジュートが強く抱きすくめても、くしゃくしゃと髪を撫でても。
頬や目じりに、そして唇に、羽が触れるような優しいキスを何度落としても。
そして耳元で「ごめん」「俺が悪かった」「泣かないでくれ」と甘い言葉をささやいても。
サラの見開かれた大きな瞳から、涙を止めることはできなかった。
抱きしめた彼のシャツの胸は、素肌が透けるほどサラの涙でぐっしょりと濡れて、鍛えられたその肌に張り付いている。
サラは声をあげず、ただ静かに涙を流す。
瞬きすることも忘れたように表情を変えないまま、サラはその黒く長い睫毛を濡らし続ける。
いろいろな色を見せる、彼女の青い瞳。
晴れた空を溶かしたように深く、ときには好奇心に輝き、気の弱さを見せるときは月のように暗く陰り、そしてジュートを見上げるときは淡い想いで滲ませる。
今その瞳は感情を見せず、ただただ透き通り、涙を湧きあがらせる泉のよう。
可愛らしい鼻やふっくらとした頬は真っ赤で、短くした髪の奥に隠れる白いうなじとのコントラストが眩しい。
触れるたび離れがたくなる唇は、無意識に声をあげまいとしているのか、ギュッと引き結ばれている。
抱きしめる腕に逆らわず、サラはしなやかな体を彼に預けてくる。
その姿やしぐさの全てが、愛おしかった。
けれど、一番愛しいのは、サラの太陽のような笑顔。
自分が泣かせたくせに、どうして涙を止めてくれないんだと、ジュートは苛立った。
「くそっ!」
ジュートは観念して「おまえのせいだからな」と掠れるような低く小さな声でささやいた。
もう少し、我慢しようと思っていたのに。
おまえがその髪を伸ばして、俺の元に戻るまでは。
ジュートは、サラの頬にキスをして、溢れる涙を唇でぬぐう。
涙の味を感じ、ジュートの胸は熱く高ぶった。
その熱情の導くままに、ゆっくりとその端正な顔を傾け、軽く唇を開いたまま、サラの赤く染まった唇へと近づけていく。
そっと、今までのように、サラのやわらかく熱い唇に触れて。
そのまま、サラの呼吸が止まるほど。
深く深く、くちづけた。
「……っ!」
自分の口内に、何かやわらかいものが入り込んでくる。
その強烈な違和感に、サラは意識を取り戻した。
視界に突然現れた、ジュートの長い睫毛。
その睫毛がフルリと動き、閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれていく。
艶やかに濡れてきらめく緑の瞳が現れ、サラの心臓をドクンと震わせる。
サラは、霞がかかったようにぼやけた頭で、今の状況を理解した。
ああ、これはもしかして……
私、大人のキスってやつを、されているのでは……
サラは超至近距離で、緑の瞳と見詰め合っている。
困惑に身じろぎするが、がっちりと腕の中に閉じ込められ、体がきしむほど強く抱きしめられて動けない。
一瞬、フッと唇が1センチ離れる。
甘い吐息がかかる距離で、ジュートは悪魔のように妖艶な笑みでささやいた。
「お前、目ぇ開けてんじゃねーよ」
再び瞳を閉じたジュートは、サラの唇に軽く噛み付き、再び彼女の唇を開かせる。
サラは、魔法にかけられたように、ゆっくり瞳を閉じながら思った。
『これって、うにうにしてて、まるでサンドワームみたいね』
サラがおかしなことを考えている間に、ジュートの手は、サラの頬から首筋をなぞり、そしてサラの肩へと、降りていく。
(……っ!!)
夢見心地だったサラは、ものすごい強さとスピードで、ジュートの体を思いっきり突き飛ばした。
「ダメっ!」
そこだけは!
リベンジするまで、待ってくださいっ!!
涙を止めて真っ赤になったサラを、再び抱き寄せたジュートは「お前の髪がもっと伸びて、ついでに……そこがもうちょいどーにかなるまで、待っててやるよ」と笑った。
* * *
茶色くゴツゴツとした岩山は、ぱっと見ただけでは人間どころか生物が暮らしているようには見えない。
サラは、砦の出口から少し離れた砂地に立ち、その光景を目に焼き付けるように、目を細めた。
そこは、気のいい盗賊、いや家族たちの暮らす、素敵な隠れ家だ。
岩山のてっぺんを見据えながら、サラは思う。
あのあたりに、きっと彼はいるはず。
今頃、たまりにたまった書類を前に、ふくれっつらで机に向かっているに違いない。
また書類を倒して、雪崩れおこさなければいいけれど。
サラは、そんな想像をして、ふっと笑んだ。
サラをちょっとだけ大人に変えたあの行為の後で、彼は言った。
「一緒に行ってやりたいけど、俺にもやることが残ってるから」
光の精霊がまとわりつき、きらめく緑の髪。
エメラルドのように透き通る瞳の、精霊王。
彼は、どうしても見つけなければいけないものがあると言った。
「先に俺の探しものが見つかったら、お前に会いに行ってやるよ」
それは、盗賊たちが欲しがるような、伝説の宝だろうか。
あなたは、いったい誰?
あなたは、何を探しているの?
あなたは、私をどう思ってる?
聞きたいことは、何も聞けなかった。
あなたのこと、私はまだ何も知らないまま。
でも、きっとまた会えるよね。
サラは「早くー」と声をかけてきた仲間を追って、砂地の石を蹴り、力強く駆けて行った。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
この話は、第二章のスタートでもあり、第一章のシメでもあります。精霊王君は一時退席ですが、まあ満足していることでしょう……うっぷす。皆さんも青汁飲んで口腔内リフレッシュを。
しかしあの「……」の話だけど、あのうにうに行為の意味がワカランと思うのは自分だけでしょうか?大人な経験者の皆さま、そー思わん?
次回から、トリウム王城攻略編に入ります。また強烈新キャラどんどん出るけど、まずは主要人物中稀少な地味顔キャラのあいつが活躍しますよー。

第二章(1)オアシスへの旅路
【 第二章 王城攻略】
盗賊の砦からトリウムへの道のりは、徒歩で約20日間。
サラたち一行は、峠で一泊野宿をしたものの、その後は小さな村や集落で食糧や宿を確保しながら無事国境を越え、トリウムの王が住む城にほど近い、城下町に住む盗賊仲間の家を目指して進んでいった。
荷物をしょっての徒歩移動なため、歩みは遅いが、砂漠越えとは比較にならないくらい穏やかな旅だ。
* * *
サラは、初日一昼夜かけて岩山の連なる峠を越えたときは、今回もキツイ旅になるのかと覚悟した。
しかし肉体的にきつかったのはそこまでで、その後道のりは平坦に、気候は温暖になり、風景には徐々に緑が増えていく。
砂漠の民が焦がれてやまないオアシスの国の美しい自然や風景に、サラはちょっぴり観光気分にひたった。
そして、国境に近づくころから、サラたちはちらほら他の旅人と顔を合わせるようになってきた。
声をかけてくる彼らの表情は、真剣そのものである。
皆、これからネルギへ向かうところだという。
砂漠に入るときのために、数頭のラクタを引き連れて、ある程度の団体グループで向かうのだそうだ。
ラクタの足に靴のようなものをはかせ、逃げ出さないよう縄で縛って引き連れている。
おとなしく愛嬌のあるラクタが、鼻息を荒くしたり、フルフルと頭を振って嫌がるところを見て、サラはちょっとかわいそうになった。
ラクタは乾いた砂地に強いが、硬い石や木の根があるような場所を歩くと、足の裏が傷つき痛がって進まないので、砂漠限定の動物だ。
本来、商人たちの移動手段はラクタではなく、もっと移動スピードの速い、ウマに似た動物だった。
砂漠の手前で、ラクタ貸しという商人に頼み、ウマを預かってもらいラクタに乗り換えるのが、戦争前までの商売のやり方。
しかし現在、その動物のほとんどはネルギとの戦争に駆り出されており、私的に利用できるのはかなり地位の高い貴族や、情報伝達を担う騎士に限られるという。
馬車を使った乗合バスのようなシステムもあったのだが、大陸中央を通るメインの街道が戦争により封鎖されてからは運行休止中。
砂漠の王宮へ出入りを許された、水やオアシスの特産物を取り扱う商人たち。
その多くは、現在荷物を抱えてトリウムの街に立ち往生しているという。
商人たちも、ラクタでの国境~砂漠越えにチャレンジしたいのはやまやまだが、戦闘エリアの拡大と、盗賊出現の噂により、金より命を惜しむ者も少なくない。
それでも、物資が欲しい砂漠の国の貴族たちからの報酬額がどんどん吊り上るため、危険を承知でチャレンジしようというグループが、何組か現れはじめたところだった。
ネルギから来たというサラたち一行は、これから砂漠へ向う旅人にとって、最新の情報を仕入れるまたとない好機。
サラが、砂漠にはすでに休憩できるような集落がほとんど残っていないこと、まれにサンドワームが水を求めて地上へ出ることなどを伝えると「可愛い坊や、ありがとう!」と足早に去っていった。
商人たちは、感謝の言葉とともに、食糧などの物資を情報提供のお礼にと渡してくれたため、サラたち一行は食糧補給にはほとんど困らずに旅が続けられたのだ。
そして、商人たちが最も喜んだ「今週のビックリドッキリ盗賊出没エリア情報」を伝えていたのが、サラたちの新しい旅の仲間である1人の男。
「ああ、いいことするって気持ちがいいなぁ!」
仲間を売ったことに気付いているのかいないのか、晴れ晴れとした笑顔で、うーんと両腕を空につき出して伸びをする。
そんな男を、サラは興味深げに、リコは眉をひそめて、カリムは興味なさげに、見つめていた。
彼の名前は、リーズ。
サラが心の中で”下っ端男”と名付けた男。
なぜか彼が、トリウムへの案内役として選ばれていた。
* * *
サラたち3人が待つ部屋へリーズが現れたとき、サラはまた「あ、また下っ端男がパシらされてる」と、ちょっとひどいことを思った。
ところがリーズは頭領から直々に、サラたちの旅に同行する、大事な案内役を任されたという。
内心、ひげもじゃのような、もっと頼りになりそうな男が来てくれたらよかったのにと、サラは少し(そしてカリムは大いに)がっかりしていた。
リコも、自分が倒れたとき彼に介抱されたという恩も忘れ、サラと大差ない感想を抱いていた。
しかも一緒に旅を続けるにつれて、リコの中でのイメージは、坂道を転がり落ちる石のように悪い方へ傾いていく。
空に向かって「今日もいい天気だなぁ」とひとりごちるリーズを、リコは斜め後ろからいぶかしげに見つめ、その挙動を観察した。
リーズという男は、なんだかおかしなやつだ。
リコどころか、子どもでも勝てるであろう、微々たる魔力。
体もひょろ長く、カリムと並ぶとその差は歴然だ。
正面から見ると分からないが、真横に並ばせると体の厚みは半分しかない。
盗賊としての彼の仕事は、当然魔術師でもなく、戦士でもなかった。
めったに戦闘には参加せず、薄暗い峠のねじろで、家事や育児サポートなどの雑用をして暮らしてきたという。
リコたちのように、連れ去ってきた仲間候補を、あまり怖がらせずケアするのも、彼の主な仕事だった。
その経歴を聞いて、その貧弱なルックスにもメリットがあるのね、とリコは納得した。
不細工ではないが、糸のように細いタレ目と、まあまあ高い鼻、薄くやや大きめの唇。
少し茶色がかった黒髪は、きれいに短く刈りそろえられているが、それは自分で切っているらしい。
後ろ髪もまっすぐに切ることができるほど、手先が器用なことが特技だと、うれしそうに言っていたが、はたして大の男として、そんなことを自慢にしてよいのだろうか?
「あの、もしよかったら、リコさんも俺が切ってあげましょうか?」
と、髪を伸ばしかけのリコに禁句を言ってきたので、無言でツンとそっぽを向いたら、ものすごく落ち込んでしまい、ねとねと小声で謝り続けるので本当にうざかった。
22才というから、リコより5つも年上のくせに、腰の低さは4人の中でもダントツ。
珍しいオアシスの花や虫など、何か興味をひかれるものを見つけては「姐さ~ん」「カリムさ~ん」と報告に寄って行き、冷たくあしらわれては落ち込んで、リコの元に寄ってくる。
かわいそうだから、突き放さずに聞いてあげると、懐かれてしまったのか、おとなしい大型犬のようにニコニコしてついてくる。
『イイヒトだけど、頼りなくて会話がたいくつ』
それがリコの、リーズに貼った最初のレッテルだった。
* * *
少し背は高いものの、屈強な盗賊たちにつきものの威厳やオーラがないリーズは、平凡な商人にしか見えない。
だが良く良く見ると、看過できない違和感のある場所が一点。
それは、マントの胸ポケットにある。
ポケットの入り口からのぞく、キラリと光る2つの物体。
金と銀のスプーンだ。
出発当日、あの待合室にやってきたときにも、それらは胸ポケットに入っていた。
数日旅する間も、ずっと。
たぶんスプーンの定位置を、あそこに決めてあるのだろう。
彼が動くたびに、カチャリと布越しにくぐもった音が聞こえたから。
地味で代り映えしない砂や岩ばかりの風景から、少しずつ緑が顔をのぞかせはじめたときから、彼はスプーンをときどき取り出すようになった。
そして今は、ポケットの丈をちょいちょいっと自分で縫い直し、スプーンのへら部分がしっかり外に出るようなデザインに変更。
マントが揺れるたびに、今にもポロリと落ちそうで落ちない、絶妙なバランスだ。
リコは、その違和感をスルーしようと努力したが、リーズが一歩歩くたびにカチャカチャと鳴る金属音が耳につくようになり、ついに我慢の限界となって尋ねた。
「ねえ、なんであんた、そんなところにスプーン入れてるの?」
リコが呆れてというか、もうかなり変人を見るように険しい目つきでいうと、リーズは少し困ったように笑って、額をポリポリとかいた。
「いや、この子らが外を見たいっていうからさー」
その返答の瞬間、リコの中でリーズは『100%ヘンタイ』と、レッテルが上書き保存されたのだった。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
今回はちょっと平和に。嵐の前の静けさというヤツです……第二章、かなりの波乱展開待ってます。
「本当はスゴイのに、才能隠してて、好きな子にダメ男と思われてる」という匿名係長シチュエーションも、やっぱ王道でしょう。この話、そういうの盛りだくさんにしてきます。
次回、サクッと目的地に着くんですが、サラちゃんまた目立っちゃうことを。リーズ君はまた地味にフォロー係長。

第二章(2)黒剣の騎士
【 第二章 王城攻略】
4人がトリウムの城下町に到着したのは、ほぼ予定通り、20日後の夕方だった。
『軟弱スプーン男』とリコがこっそりあだ名をつけた、旅の案内役リーズは、3人を一応満足させるだけの結果は残していた。
リーズは歩きがてら、オアシスの国トリウムの情勢から、地域の風土、住民の生活環境、この先3人が街についたあとの注意点などを、わかりやすく角度を変えながら説明してくれた。
また、柄の悪い人間がうろつくような危険なエリアをうまく避けつつ、愛想よく国境の警備隊検問を通り抜け、清潔な宿と美味しい食事処を見つけ、途中からはカリムとともにサラやリコの荷物をシェアしてくれた。
旅が終わる頃「こいつは、軟弱だけれど貧弱ではないわね」と、リコはあまりフォローにならないことを思った。
不意に、リーズの胸ポケットのスプーンが揺れて、ガチャガチャと音を立てる。
リーズは長い首をぐいっと下に傾けると、スプーンに向かってブツブツと独り言を言い始めた。
旅の間、何度この不気味な光景を見たことだろう。
仕事をこなすという点では多少認めたものの、スプーン男のヘンタイ度は100%のままだった。
* * *
城下町へ辿り着いたとき、サラは思わず女の子気分で歓声をあげそうになった。
日本の女の子なら、誰しも浴衣やお祭りが大好きだが、この世界の女の子も同じだろう。
サラはもちろん、生まれて初めて”大きな街”という場所に来たリコも、興奮した様子を隠せない。
王城へと続く一本道と、それを横切る何本もの横道は、碁盤の目のように整っている。
それらの道の中でも、市場大通りと呼ばれる十字の道は、街路樹が並んだ美しい通りで、幅が広いため街路樹脇には様々な店がぎっしりと並ぶ。
ネルギの王宮近くに広げられた市場の、何十倍もの人の波。
街道沿いは、カラフルな布を売る店や、香ばしい匂いを漂わせる露店、竹トンボのようなおもちゃを実演する店など、多くの露店で賑わっていた。
その道のずいぶん奥、少し小高い丘の上には、中世の城を小ぶりにしたような、白く平たい王城。
城の周囲の高台には、小さいながらも小奇麗な、低層の住宅がひしめき合う。
砂漠の国にはない、異国情緒溢れる光景にサラは目を輝かせ、きょろきょろさせていた。
何度かこの城下町に来たことがあるというリーズは、サラとリコのために、少し歩くペースを落とした。
好奇心いっぱいのサラが、一番注目したのは、街を歩く女性たちだ。
女性たちが着ている衣装は、薄く白い長そでのワンピース。
胸元の布をドレープのようにたるませ、胸の谷間が見えそうなくらい開いたタイプの、オアシス住民の定番スタイル。
特に若い女性は、腰を皮ひもでシェイプしたり、太めの帯でしばってリボン結びしたりと、ささやかなオシャレを愉しんでいるようだ。
夕食の食材を買いに来たであろうか細い女性たちが、みな頭の上に大きなカゴを乗せ、オアシスのフルーツをてんこ盛りにしてもバランスよく歩き去るのを、サラは口をぽかんと開けて眺めた。
裾が長く歩きにくい服だというのに、あの裾を踏んでつまづいて、頭の上の荷物を転がすようなドジは居ないようだ。
颯爽と行きかう、オアシスの街の女たちを見て、サラはふっと空想をする。
もしサラの母がここにいたら、まずカゴを頭に乗せるというステップでつまづくだろう。
でもきっと「大丈夫、100回やってだめなら、1000回トライすればいいんだからね!」と笑って、またカゴを落っことすはず。
そのうちパパたちがやってきて、カゴを支えたり、母の腕の位置を直したり、またはカゴの形状を改良したりしはじめる。
もし成功したら、パパたちに甘やかされたことなどすっかり忘れて、まるで1人でできたとばかりに、得意げに笑うのだ。
『ハナを見ていると、小さなことにくよくよして、立ち止まってしまうのが馬鹿らしくなるよ』
何事にもそんな調子の母を見て、パパたちはよくそう言ていったが、サラも同感だった。
天使のような、母の笑顔を思い描きながら、ふとサラは気付く。
この世界に来てから今までずっと、サラは母のことを思い出すことがなかった。
パパたちのことも、サラ姫の嫌がらせでプレゼントを失ってから、ほとんど思い出していない。
初めてジュートを見たとき、ちらっと馬場先生に似てるなと思ったくらいだ。
私は案外、薄情な人間なのだろうか?
でも本当に、思い出す余裕なんてなかったの。
今まで起こってきたことは、サラの想像のはるか上を行っていたから。
* * *
ようやく旅がひと段落して、ホームシックになる余裕ができたのだろうか。
一度思い出してしまったことで、サラの心の堤防は、あっけなく崩れ落ちた。
15年積み重ねてきた、母やパパたちとの思い出が、サラのこころに波紋のように広がり、頭の中を支配していく。
風が吹いて木の葉が揺れる様を見ただけでも、母の栗色の髪がふんわりとなびく姿が彷彿とさせられる。
サラの青い瞳に、うっすらと涙が浮かびかけた、そのとき。
「姐さ……じゃなくてサー坊、はいこれ」
散々打ち合わせしてきた”弟バージョン”の呼び方を忘れかけつつも、にこにこと害のなさそうな笑みを浮かべて、リーズが小ぶりのカゴを手渡してきた。
「とっとと返しておくれよー」と、街道沿いの果物屋の店主が叫んでいる。
きょとんと青い瞳を丸くして見返したサラに、リーズは少しだけ日に焼けた顔ではにかんだ。
「なんだか、やってみたそうだったから借りてきちゃったよー」
リーズの口もとからのぞく白い歯と、胸ポケットから頭を出したトレードマークのスプーンが、まるでタイミングを合わせたように、キラリと輝いた。
プッと噴出したサラは、OKと店主に手で合図を送ってから、邪魔な漆黒のマントのフードを取り外し、リコに手渡した。
だいぶ日が落ちてきたせいか、汗に濡れた前髪に当たる風がひんやりと冷たい。
リコは「サー坊気をつけてね」と、カリムは呆れたようにため息をつきながら、2人のやりとりを見守っている。
サラは、見た目よりずっと重い、木の枝を幾重にも組み合わせて編まれたカゴを両手で持ち上げて、頭のてっぺんに置いてみた。
手を離すことなど、とうてい無理な重さだ。
派手に落として、もしカゴを壊しては、店主に申し訳がたたない。
サラは、前髪の上にチラリと見える籠の底を、上目づかいにねめつけつつ、そおっと手を離した。
『ドサッ!』
案の定、落っことしてしまったカゴ。
相当頑丈にできているのか、ひしゃげることもなく、ただ土ぼこりをまとって転がっている。
「ああー」と、リコが残念そうな声を発した。
* * *
人通りの多い街道の真ん中で立ち止まって、なにやら怪しい動きをしている旅人のグループに、通りすがりの者たちも、興味をひかれて足をとめる。
そこには、旅人定番のフード付きマントをまとった若者が3人。
1人は、やや無愛想な表情だが、彫が深く非常に整った顔をし、恵まれた体躯の剣士。
1人は、透きとおるような白い肌に、薄茶色のそばかすが愛らしい、小柄な魔術師の少女。
1人は、背が高くやせ形で、細い目がなんとも優しそうな雰囲気をかもしだす、商人風の青年。
その中心には、マントを脱いだ1人の少年。
手にしたカゴを、頭に乗せてはぐらりと傾け、時には落っことし……を繰り返している少年に、城下町の住人達は目を奪われた。
まるで、少女かと見まがうような、美少年だった。
160cm程度と、この街の男にしてみればやや小柄で華奢なその少年は、あどけない笑顔と相まって、まだ成人になる少し手前という年ごろに見える。
風に揺れる美しい黒髪と、意志の強そうなまなざし。
好奇心にきらめくブルーの瞳は、空の青をすくいとったように澄んでいる。
懐に差した黒い宝剣が、夕暮れの赤い光を受けて輝きを放つ。
少年は、細くしなやかな体を、右へ左へと上手に動かしながら、頭の上のカゴをバランスよく乗せ続ける。
女たちをマネて、カゴ運びをマスターしようと必死の少年の姿はあまりに愛らしく、立ち止まった街の住人たちも「いいぞー」「頑張れ」と声をかけた。
「よし!10秒キープ!」
道中リコと会話しながら訓練したおかげで、すっかり板についた少年そのものの低い声が、薄闇に包まれはじめたオアシスの街に響いた。
サラがガッツポーズし、頭の上のカゴを下ろしたと同時に、ワッと湧き上がる歓声。
サラの周りには、仲間3人のほかに、黒山の人だかりができていた。
カゴを貸してくれた果物屋の店主がしゃしゃり出て「よく頑張ったな坊主」と、サラの頭をなでたあと、甘く熟したモモのような果物を1つくれた。
* * *
例の果物店のおやじが、抑揚をつけながら、大きな声をあげる。
「さて、こいつが黒騎士の頭に乗ったカゴだ!」
「キャー!」と湧き上がる、女の子たちの黄色い声。
サラがカゴ乗せをマスターしようと奮闘するその様子は、成人前のおませな女の子集団に見られていた。
彼女たちは少年を『黒剣の騎士様』と呼んで「この国で一番美しいと噂の第3王子クロル様と、どっちがカッコイイだろう?」と噂して回った。
その噂が噂を呼び、城下町東側の大通り市場には『黒い宝剣の美しい少年騎士』を一目見てみたいという若い女の子が殺到した。
もちろん、サラがそこに来るとは限らないのだが、暗く沈みがちな戦時下、突然現れた”手近な王子様”の存在は、少女たちのストレス解消に最適だった。
「この桃を黒騎士は食べてったんだ。お嬢ちゃんたちも1つどうだい?」
『黒騎士の食べた桃』の張り紙とともに、少年の美貌を讃える口上が好評を博し、果物店の売上は何倍にも膨れ上がったのである。
→ 【次の話へ】
→ 【Index(作品もくじ)へ】
【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
自覚なし天使サー坊の活躍その1でした。もっとカッコイイことさせようとも思ったんだけど、果物屋のオヤジが先に思いついちゃってねー。寅さんさせたくなっちゃって。あんなアホなことしてても目立つサー坊はすごいってことで。しかしリーズ君は本当に空気の読める良い子です。が、彼にはさらなる受難が待ってます。
次回、第二章で1人目の強烈キャラ登場です。エロ男爵系メガネ男子1人放り込みますんで、お楽しみに&お気をつけて。
