第五章 砂漠に降る花

Index ~作品もくじ~


さまざまなジャンルの掌編集です。
文字数は~四千(原稿用紙~10枚)で、オチには毎回苦労させられています。
(一部PG12・R15の作品がありますので、ご注意ください)

高校二年生の香夏は、毎日が部活中心に動いていた。
その夏、香夏に悲劇が襲う。
心を壊しかけた香夏に近づいてきたのは、クラスメイトの秋都だった。

女子高生の優奈は、王子様を求めるピュアな乙女。
理想が高すぎてなかなか彼氏ができない。
そんな優奈がひた隠しにする存在が、キモイ兄・健一だった。
兄を紹介せよと友達に迫られた優奈は、密かに兄の改造計画を実行した!
(ポップで笑える学園ラブコメです。キモ兄の変身をお楽しみください)

百五十センチ弱の身長と、大きな目がコンプレックスの私、相川千夜子。
隣のクラスの俺様系男子・サヤマには、『チビ犬』扱いでからかわれる毎日。
そんな私に突然起こった、小さな事件……犯人は、いったい誰?
クラス中を巻き込む、サヤマの推理が始まった!
(ライトな謎解きをベースに進む、ミステリ要素ありのベタ甘ラブコメです)

「どうして自分の好きな人は、他の誰かを好きなんだろう?」
情熱的な香夏、不器用な秋都、一途な千晶、臆病な理久。
切ない片思いが連鎖する、高校生男女四人の恋愛群像劇です。
※ピュアな少女漫画オムニバス風ラノベ。青春要素も強め。
(短期連載、五章分、三月改め四月完結予定です)

高校二年生の秋都は、昼休みを毎日屋上で過ごす。
心に負った傷を癒せぬまま、遠くから密かに香夏の姿を見つめ続けている。
香夏という鮮烈な存在が、秋都の心を少しずつ浸食して行く。

高校一年生の千晶は、凍てつく放送室の窓から外を眺める。
そこに見える景色が、自分を苦しめると分かっていても、目を逸らせない。
幼馴染の理久や、双子の妹、秋都の存在が千晶の心を揺さぶる。

何気ない暮らしの中で感じる様々な形の愛を、なるべく短い言葉で綴ってみました。
文字数は四百~二千(原稿用紙1~5枚)程度です。
百個目指して細々と更新していきます。
(一部PG12程度の作品がありますので、ご注意ください)

さまざまなジャンルの短編集です。
文字数は四千~四万(原稿用紙10~100枚)で、たぶん掌編よりは読み応えがあるかと。
(一部PG12の作品がありますので、ご注意ください)

五人の男の前に突然現れた、謎の美少女……。
月日は流れ、少女は母へ、そして娘のサラは十五歳の誕生日を目前にしていた。
誕生日パーティーの夜、母から渡された一冊のノート。
そこに書かれた不思議な物語を読んだサラは、突然異世界に召喚される。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

誓いを胸に、男装の騎士として敵国へ乗り込んだサラ。
迎え入れてくれた盗賊の仲間からは、厳しい現実を突き付けられる。
国王に面会するためには、三ヶ月後に開かれる武道大会で優勝するしかない。
サラの過酷な戦いが始まった――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

本編読了された方は、よろしければアンケートにご協力くださいませ。
いただいたご感想にも、必ずお返事させていただいておりますので、ぜひ。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

国王に面会したサラは、ついに自分の正体を明らかにする。
すると母の予言通り、国王から和平に欠かせない“条件”が提示された。
相手は、ひとくせもふたくせもある三人の王子。
サラが見たのは、彼らを取り巻く不吉な魔女の影……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

王城に巣食う魔女の影を、見事に取り払ったサラ。
次に目指すのは、荒野と化した戦場の砦。
忍び寄る魔女の足音に怯えながらも、サラはたった一人で戦地に立つ。
ついに、全てを闇に染める“皆既日食”が始まり……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

不安定な身体を持て余しながらも、サラはオアシスの王城へ戻る。
そこで知らされた、衝撃の事実。
謎の全ては、砂漠の王宮で明かされる。
大切な仲間の命を救うため、再び砂漠を目指し旅立ったサラの運命は――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

戦いが終わった直後、クロル王子が見た不思議な夢とは?(番外編1)
またもやクロル王子の見た夢は、とんでもない話で……。(番外編2)
※以上、三月までの限定公開中。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

天使と呼ばれる母に良く似た美少女のサラ。
十五才の誕生日、母の書いた物語を読んだサラは、突然異世界へと召喚される。
予言された悲しい結末を蹴飛ばすため、身代わりの姫となり旅に出たサラの運命は……?
(番外編1は、途中から別タイトル『グルメ猫』に。番外編2は『シャイニング☆ドラゴン』になります。いずれも3月までの限定公開)
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【全目次一覧】もございます。

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第五章 プロローグ ~女神休憩~

第五章 砂漠に降る花


 快調に空を飛び続けたサラは、だんだんとその高度が落ちていくことに気付いた。
 飛びたいという気持ちはあるのに、体は重く翼も追いつかない。
 これは……。

「ガス欠っ……」

 プスプスと音を立てるイメージで、サラはオアシスの雑木林に墜落した。
 ギリギリまでパラシュートのように羽を広げ、木に当たる瞬間に閉じたので、痛みはほとんど無い。
 しかし、今まで消そうにも消えてくれなかった背中の翼は、単なる肩甲骨へと変わっていた。

「うー……これじゃただのセクシーな人になっちゃうよっ」

 イブニングドレスのように破れた背中を、とりあえず長い髪で隠しつつ、サラはもう随分近くに見える王城を目指して歩き出した。
 靴で大地を踏みしめ、木々の香りや葉ずれの音を五感で受け止めながら歩くのは、空を飛ぶのとは違う趣がある。
 とはいえ、サラは空腹と疲労感で、オアシスの散歩を楽しむ余裕などは無かった。

「ていうか、良く考えたらこのまま城下町に入るのは問題アリかも」

 薄汚れてボロボロとはいえ、特徴的な黒い騎士服。
 超ロングになったとはいえ、黒髪とこの顔。
 アレクファンの上級貴族の少女から、トリウム城下町の黒騎士ファンクラブには「サラが実は女だった」ということはバレている。

「つかまったら、ちょっとメンドクサイなぁ」

 普段は女子モテ大歓迎のサラだが、今はまずい。
 雑木林を抜け、人が行き来する街道に出ると、サラは長い髪の頭頂部をなるべく前へと梳かし、有名ホラー映画の幽霊を装った。
 通り過ぎる旅人や住民は、ボロボロの服と顔が見えないほどの長髪、そして「ウラメシヤー」という危険な呟きに恐れおののき、誰も近寄ってこない。

 その擬態がちょっとだけ面白くなってしまったサラの頭には、通りすがりの誰かに食べ物を恵んでもらって燃料チャージするという発想はうまれなかった。

  * * *

 城下町が近づくにつれて、サラは怪しい擬態が返って目を引くと気付いた。
 この町には、自警団が居るのだ。
 彼らに目をつけられて職務質問され、「実は黒騎士でした」とバレては恥ずかしすぎる。
 サラは、なるべく人通りの少ない裏道を進み……そのうち、生来の方向音痴能力を発揮し、気付けば歩きなれた自治区にたどり着いていた。

「ここまで来たら、とりあえず領主館へ寄っていこう。一度着替えて、お風呂入って、ナチルにご飯……」

 サラのお腹はすでに鳴る元気もなく、洗面器のように凹んでいる。
 砂漠の旅では、もっと強烈な飢餓感があったのだが、そこまでは行かない。
 ピークを通り越せば平気になるのに、この中途半端さがやけに苦しい。
 わずかに残る“人間”としての体力を使い、サラは通り過ぎる自治区住民の視線を振り切るように、領主館へ向かい走った。

「着いた着いたよー!」

 木星に到着した人類のように、見慣れた門構えの館に駆け込んだサラ。
 ドアを開けると、天使のように愛らしい少女に出迎えられた。
 長い髪をツインテールに結び、黒いワンピースに白いフリフリエプロンを身につけた、正統派メイド姿のナチルだ。

「サラ様! どうなさったんですか、その髪は……」
「ごめん、詳しい事情は後でっ。まず何か食べさせて。その後お風呂、着替えてもう一回ご飯っ!」

 サラの剣幕に、ナチルは慌ててキッチンからリンゴを呼び寄せる。
 皮も剥かずにジューシーなそれへかぶりついたサラは、歯茎から血が出ることも気にせず一気に完食。
 ちょうど良いタイミングで、ナチルが戻ってきた。

「サラ様、お風呂の用意ができました。着替えは同じもので良いですか?」
「同じのでいいんだけど、ちょっと加工して欲しいの」

 サラはナチルに背中を向け、ビリビリに破れた布地を見せながら言った。

「背中に、これくらいの穴が開くように、切ってもらっていい?」
「はあ……分かりました」

 ナチルが腑に落ちないという表情をしたので、サラは騎士服を持ってきてもらい、切ってもらう場所を説明した。

「じゃあお風呂いただくね」
「行ってらっしゃいませ……あ、そのカツラはどうします? 外していただけたら洗っておきますが」

 浴室へ歩きかけたサラは、ベタな漫才師のようにズッコケる。
 どうやらナチルの中で、サラ=ヅラという認識が出来ているらしい。
 いきなり髪が伸びるという超常現象を、リアリストなナチルに説明するのも面倒なので、サラは論より証拠とアレを見せることにした。

「あのねナチル。驚かないでね?」

 サラは、まず長い髪を持ち上げて、白いうなじと背中を見せた。
 ナチルはそれだけで、大きな目を落っことしそうなくらい見開いている。

「サラ様……一体どんな毛生え薬を?」
「うん、その説明の前に、ちょっと見てて欲しいんだけど」

 破れたのは騎士服と、その下に着ていたインナーのTシャツ、そしてサラの胸を覆っていた下着の紐も切れていた。
 下着が無くても前面側に影響がほとんど無いというのが悲しいのだが、今のサラにとっては楽なことかもしれない。
 もしヌーブラが……と考えそうになったサラは、頭をぶんぶん振って邪念を追い払い、気合を入れた。

 ――いざ、リンゴパワーで……出でよ、白い翼っ!

『プヒッ!』

 出てきたのは翼ではなく、食物繊維の影響で活発になった腸から……だった。

  * * *

 こぢんまりとした湯船に体を沈めながら、サラは独り言を呟いた。

「なんで出なくなっちゃったんだろ、女神パワー」

 先ほどは、とんだ失態を見せてしまった。
 ナチルの笑いを噛み殺した表情を思い出し、サラはじゃぶんと頭のてっぺんまでお湯に浸かった。
 口からぷくぷくと空気を吐き出すと、もずくのように水面を覆う髪の毛が揺れる。
 重たいし、邪魔だし、見るだけで気持ちが悪い。
 ショートカットと節水シャンプーの素晴らしさを再確認しつつ、サラはお湯から上がった。

 脱衣所には、サラの指示通りに背中が大きくVの字にカットされた騎士服と、同じように切られたシャツが置いてあった。
 単にカットしただけで、特にボタン等は無いため、簡単に開いたり閉じたりする。
 それを着込み、脱衣所のドアを開けると、すぐにコンソメスープの良い香りが漂ってきた。
 長い廊下を走りぬけ、ダイニングに飛び込む。

「ナチル、ありがとっ! イイニオイ……」

 用意されたのは、熱々のラザニアとスープに、野菜サラダ。
 肉もチーズもたっぷりだ。
 サラが頼んだのは「高たんぱく・高脂質・高カロリー・そこそこビタミン」という、ナチルにとっては呪文のようなリクエスト。
 ナチルはその卓越したメイド力によって、ご主人様の意味不明な台詞の行間を読みとってくれた。

 がっついて舌を火傷しそうになるサラに、はしたないですよとデリスの娘発言をしつつも、オレンジジュースを注いでくれる優しいナチル。
 本当は王城で正式な魔術師として暮らしても良いはずなのに、アレクのためにこの領主館に残ると言った。
 サラは一瞬「もしや、ナチルはアレクのことを……」と考えたが、何も言わずともナチルは「それだけはありません」と非常に心外といった苦々しい表情で告げたので、純粋な善意なのだろう。

「ほーひへは、はれふは?」

 サラの質問を正確に理解する賢さは、まさにクロル並だ。

「アレク様は……王城へ行かれております」

 必要以上のことを言わない聡明さも、サラにとって好ましいものだった。
 この街に戻ろうと思ったときから、分かっていたことだけれど……サラは自分のパワーを満タンにしてから取り掛かりたかった。
 目の前のエネルギー源をすっかり胃の中におさめ、大好きなミルクティーとシフォンケーキを出してもらいながら、サラは詳しい説明を聞いた。

 できるなら、聞かずにいたかったその話を……。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 若干スピードダウンして、ぼよよんモードなプロローグとなりました。サラちゃん、美少女で女神様なのに……ごめんね、こんな変な子にしてしまって。女神様だって、人間だもの。出すものは出すのだということです。あとは、メイドキャラってやっぱファンタジーの王道……ナチルちゃんとイチャつかせたかったので、この展開にしました、という訳ではないのです。本当ですよー。そして、ナチルちゃんとご主人様のラブは全否定しておきました。ナチルちゃんの好みは……まあこの話もそのうち出てくるということで、お楽しみに。今回のネタ補足は「着いたー~木星」ですかね。こちら『たま』のさよなら人類という曲からです。『りんごをかじると血が出る』は、昔の歯磨き粉のCMから。あれ衝撃的でした。
 次回は、王城に向かう前にちょこっとナチルちゃんからの説明があり、お城に移動して、いざ国王様の元へ。
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第五章(1)トリウム王城の事件

第五章 砂漠に降る花


 テーブルの上には、白い陶器のポットと手縫いのティーコゼー。
 サラとナチルは向かい合い、淹れたてのお茶とケーキをつついている。
 ナチルのお皿に乗ったケーキは、サラのそれより半分以下のサイズなのに、まったく減らない。
 席についてから、しばらくうつむいていたナチルは、兎の耳のようなツインテールを揺らしながら顔を上げた。

「本日、王城で一つの事件が起こりました。それは……」

 珍しく口ごもるナチルに、サラは紅茶をすすりつつ、穏やかに促した。

「――リコのこと、だよね?」
「サラ様っ……」

 悲痛なその表情が、サラの推測を肯定していた。

  * * *

 ナチルは、そのつぶらな瞳を潤ませながら、概要を教えてくれた。

「私は、それを直接見ていません。一緒にいらっしゃったのは、デリス母様だけだったそうです。リコ様は王城が暗闇に包まれたとき、突然……国王様を襲われたそうです。国王様にはすぐ手当てがされ無事だったのですが、リコ様は……」

 サラが、一緒にお茶をしようと強引に誘ったのは正解だった。
 奥ゆかしいナチルは、いつも皆から一線引いて、キッチンカウンターの前に行儀良く立っている。
 今日もそのまま会話をしていたら、きっと床に崩れ落ちてしまっただろう。
 なるべく明るい声色で、サラは投げかけた。

「それで、アレクとリーズは今リコの傍に居るのね? 他に何か変わったことは無かった?」
「はい……ネルギからの刺客が、闇に紛れるように何人か侵入したそうです。ただ、事前にクロル王子が城門の強化を徹底して指示されていたため、大事には至らず」
「そう、良かった」
「その刺客は、皆ことごとく捕まるか、捕まる前に自害したそうです。中には封鎖中の王城へ出入りを許可されていた、古くから馴染みの商人なども居たらしく……王城は、動揺を隠せておりません」

 ナチルは動揺を隠せない。
 落ち着こうとカップへ伸びた指が、震えるもう片方の手で包まれる。
 このままカップを持てば、中身を零してしまうと判断して。

 サラは微笑みながら腕を伸ばし、ナチルのもみじのような手を握った。
 刺客に襲われるという事件は、まだナチルの心に深い影を落としているのだ。

「まあ、クロル王子流に言えば『一気に膿が出て良かった』ってことね」

 ナチルはサラの台詞に目を丸くし、そうですねと笑い返してくれた。
 震えが止まったようで、サラは柔らかいその手を離す。
 少し温くなったお茶をすすりながら、サラは考えた。

 クロルは賢いし、闇の魔術が使えるから、何かを察していたに違いない。
 そして、王城内部に入り込んだ人間ですら、信じていなかった。
 人は、うわべだけ取り繕うことなど簡単にできるのだ。
 だからこそ……心から信頼していた相手が裏切ったとなれば、ショックを受けるのは当たり前だ。

「リコのことは、クロル王子も懐いていたから……私だって、気付けなかった」

 真実を見抜けないのは、それを見たくないから……クロルはいつもそう言っていた。
 サラは、リコを信じていたかった。
 クロルも、もしかしたら信じたいと思っていたのかもしれない。

「リコ様は……いいえ、この話は王城で直接お聞きくださいませ。私も実は、クロル王子からの『サラ様がこちらに立ち寄られるかもしれない』との伝言を受けて戻ってきたのです。今から一緒に王城へ参りましょう」

 相変わらず手回しの良すぎるクロルに、サラは苦笑しつつもうなずいた。

  * * *

 夕焼けが、美しいオアシスの街を赤く染める。
 城下町の活気は変わらないのに、どこか沈んで見えるのは、やはり自分の心象が現れているのだろうか。
 この息苦しさも、視界の狭さも……。

「サラ様、大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ」

 サラは笑顔を作ったが、隣にいるナチルには届かない。
 嘆息したサラは、自分の口から漏れた熱い息が、顔まわりの皮膚をじっとりしめらせるこの不愉快さをあらためて思い出した。
 木を隠すには森へ……そして黒騎士は隠すには、黒騎士の中へ。
 未だに衰えを知らない、人気のパーティグッズ『黒マスク&キノコヘッド』を装着した姿で、サラはナチルと共に王城へ向かっていた。

 つい最近から『開かれた王城』をキャッチコピーに、生まれ変わったトリウム城。
 怪しいサラがセットだったが、ナチルが居たこともあり、すんなりと入城を許された。
 城門をくぐった後は、知らせを受けたバルトが出迎えに飛んで来た。
 渋いバリトン声を、もう一オクターブは低めて、バルトはサラに頭を下げた。

「サラ姫様には、このたび……」
「ああ、硬い話は後にしましょ。とにかく国王様に合わせて。アレクたちにも」

 サラは、建物に足を踏み入れたところで、初めてマスクを脱ぎ、長く伸びた髪を披露した。
 残念ながらというべきか、バルトのリアクションはナチルと同じだった。

「サラ姫様……そちらは、なんとも美しいカツラで」
「ヅラじゃないっ!」

 やや立腹したサラは、常に便利グッズを持ち歩いているナチルに皮ひもを一本もらって、歩きながらざっくりと髪をひとくくりにまとめた。
 本当は切ってしまいたかったけれど、サラにとって必要なくても女神に必要なものならば、簡単に失くすわけにはいかない。
 バルトは、サラのうなじの白さに見惚れつつも、その生え際を見て目を丸くした。

「これはなんと……地肌に直接髪を植え」
「増毛じゃないっ!」

 ツッコミに対してペコペコ謝るバルトを横目で睨みつつ、サラは自分の長い黒髪を忌々しげに摘んだ。
 翼も満足に出せない今のサラが「私、女神になっちゃって髪が伸びたんです」なんて……言えるわけがない。

 王城内には「一足先にサラが戻ってくる」という伝言だけがまわり、戦地で何が起こったかまでは伝えられていなかった。
 ぼんやり考えながら歩いて、後宮の入り口まできたときには『クロルの策略』という結論に落ち着いた。
 小生意気な笑みと共に「こんな楽しいこと、簡単にバラすわけないじゃん」とささやく声が聞こえた気がして、サラは「戻ってきたらデコピンだな」と決意した。

  * * *

 国王の自室を訪れるのは、今回が二度目だ。
 後宮への入り口で、バルトと別れデリスに案内役がバトンタッチされてから、サラは事件の詳細を初めて聞かされた。

「リコ殿は、最後まで抵抗していました。それなのに、私は……」

 サラが戦地へと旅立ったのは、ちょうど四日前だ。
 それ以降は、国王にお茶を淹れるのがリコの仕事となった。
 理由は、あくまで国王が望んだからであって、デリスは単に国王の希望に沿うように後押ししただけだ。
 リコが選ばれた理由を、デリスは二つ取り上げた。

「一つは、ネルギ王宮の情報を聞き出すためです。ああ、聞き出すと言っても無理にではなく、あちらの習慣や人々の暮らしぶりなどを伺っては、両国が速やかに和解するためのアイデアを考えられておりました。まずは一般市民どうしの交流から進めていきたいとおっしゃって」

 サラは、国王の考えに共感しうなずく。
 戦地へ旅立った自分を信じていてくれたからこそ、そうやって和平への歩みを止めず、水面下で動こうとしてくれていたのだろう。
 リコだって、心から喜んで協力したに違いない。

「もう一つ……国王様は、サラ姫様のお話をお聞きになっていました。どのように出会ったか、砂漠の旅の様子、自治区での生活ぶりなど。それは楽しそうに二人で話していたのですよ。私が安心するくらいに打ち解けて……」

 サラとデリスの後ろをちょこちょこ付いてきたナチルが、小さな声で「私も聞かれました。サラ様のこと」と呟いた。
 サラは顔を赤くしながら、フカフカの絨毯を見つめる。
 自分の居ないところで自分の話をされているとなれば、さすがに恥ずかしい。
 デリスはそこで一息つくと、決意したように顔を上げサラを見つめた。

「三日間、そのような毎日が続きました。私は今日も同じように、リコへ国王様への昼食とお茶の用意を命じました。しかしリコは、珍しく嫌がったのです。私は昨夜何か粗相でもしたのかと問い詰めたのですが、リコは理由は無い、なんとなく行きたくないと言いました」

 彼女が言いそうな台詞だと、サラはその姿をイメージしながら思った。
 リコは本来大人しく、とても口下手なのだ。
 信頼する相手や、目上の人間に逆らう……そんなことができるはずがない。
 結局、単なるワガママと判断され、国王の部屋に向かわされたという。

「ただ、あまりにも顔色が悪かったので、私も念のためにと付いていったのです。それが不幸中の幸いだったのでしょう」

 デリスはそこで話を一度区切ると、首を横に振りながら大きなため息をついた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 またもや中途半端なところで切れてしまいました。すみません。少女に何が起こったか……という回の前半でした。久々キノココスプレをさせてみましたが、これもヒドイな……第二章の後半はずっとこの格好で、カッコイイ風にバトルさせてたなんて。いや、だからこそ脱いだらカッコイイ黒騎士が出てくるというギャップが活きるのさ……。あとは、ヅラと増毛のボケツッコミ。バルトおじさんみたいな素直な人は、ベタなギャグの相手としてぴったりです。あー、その後は楽しいシーンが減ってゆく……またちょっとシリアスモードです。ナチルちゃんが可愛いことくらいしか癒しがねぇです。
 次回、国王様の部屋にようやく到着です。事件の後半を明らかにしつつ、サラちゃんの方からも少し報告事項を。

第五章(2)状況確認

第五章 砂漠に降る花


 ほんの数時間前、世界を覆った突然の暗闇。
 それは、このトリウム王城も例外ではなかった。
 皆既日食の間、太陽の輪郭が現れるまでは、一切の魔術が使えなくなったという。
 当然結界は消え、暗闇の中で炎を灯すこともできず、一時城内は騒然となったのだとデリスは語った。

「私には見えました。あの子の瞳が赤く染まり、体からは黒い悪魔が出でて国王様に襲い掛かるのを……私は止めるどころか、一歩も動くことはできませんでした。あの子は私の悲鳴に一瞬自我を取り戻したようで、泣きながら……自らに悪魔の攻撃を向けたのです」

 皆既日食は、闇の魔術だけがこの世界を支配する、特別な時間だった。
 リコに植えられた悪魔の種は、ただそのときを待っていたのだ。
 善良なリコに寄生した虫のように。
 サラは、顔色を悪くするデリスに、なるべく静かな声色で尋ねた。

「それで、国王様とリコは?」
「はい、私はすぐに助けを求めて部屋を出ました。たまたまエール王子とリーズ様がお近くにいらして、暗闇が消えると同時に治癒を。国王様は会話ができるくらいには安定しています。リコは……命に別状は無いものの、寝ている時間が多いようです」

 サラが軽く安堵のため息を漏らすと、デリスはサラと別の意味でため息をついた。

「申し訳ありません、サラ姫様。私は今、嘘をつきました。本当は、誰よりも先にあの女……月巫女が飛び込んできたのです。暗闇の中、国王様を取りまく悪魔を消し去り、リコにも治癒の魔術をかけて……」

 サラが、出発前に訪れた地下牢。 
 国王とエール王子が尽力を注いだ封印の魔術も、皆既日食が崩してしまった。
 それが幸運な結果をもたらした。

「そう……月巫女には、感謝しなくちゃね」

 デリスは、複雑な心境だろう。
 大切なひとを死に追いやった憎むべき相手が、いまや命の恩人になってしまったのだから。
 サラの台詞に「はい」とうなずくデリスは、本当に強い女性だと思った。

  * * *

 もうそろそろ国王の部屋に着くというところで、デリスは言った。

「目が覚めた国王様は、私に“全てを許せ”とおっしゃりました。リコのことも、あの女のことも……私は思ったのです。私の中の消えない恨みが、此度の闇を招いたのではないかと……」
「デリス、それは考えすぎ。自分を責めないで。気付かなかったのは、皆同じなんだから。私だって……」

 昨夜のことを思い出し、サラの胸はしめつけられるように痛んだ。
 目覚めたキールが、サラに大事なヒントを残してくれていたことに気付いたのは、翼を広げ空から王城を眺めたとき。
 キールは、サラ姫が『黒髪黒目の少女に、闇の魔術を仕込むことは楽だ』と告げた。
 つまり、楽ではない比較対象があった……黒髪黒目でない相手にも魔術をかけたのだ。

「私も本当は、ネルギ王宮を出るときに、闇の魔術をかけられそうになったの。たまたま私は、魔術を受け付けない体だったのだけれど……」

 考えれば、すぐに分かることだった。
 魔力が少なく、サラ姫と面識の無いカリムですら、念のためとクロルに『銀の砂』を飲まされていたのだ。
 魔力も強く、サラ姫の侍女だったリコに『暗殺』の指令が下されていることくらい、想像に難くない。
 それを確認しなかったのは、リコのためじゃなく、自分のため。

「私はリコのことが好きだから、リコが暗殺者だなんて考えたくなかった。考えたくないから、目を背けていたの……」

 デリスもナチルも、サラの言葉に「サラ姫様のせいではない」と慰めの言葉をかけた。
 サラは泣き笑いを浮かべて、優しい二人に応えると、意識を未来へと切り替えた。

「ごめんなさい。それで、国王様は無事なのね? お話できるくらいには」
「はい。ただ少し精神的なショックが大きかったようで……しばらく政務はエール王子に任せるそうです。明日にはリグル王子とクロル王子も戻ってくるでしょうし、もうこのまま引退されてはとお勧めしているんですが、絶対イヤだと聞かなくて」

 デリスは、少しだけ笑った。
 引退したいと主張する国王と、まだ早いと留めるデリスの言い争いは、サラも耳にしたことがあった。
 ところが、今回の件で主張は逆転してしまった。
 クロルの天邪鬼は、この二人から受け継がれたものかもしれないと、サラは思った。

「そして、リコの意識は……なんといいますか、とても申し上げにくいのですが」
「子どものようになってしまったのね?」
「サラ姫様……」

 ご存知だったのですね、と力なく呟くデリス。
 サラは首を横に振った。
 あてずっぽうだったけれど、この勘は外れないという確信があった。
 空からトリウム王城を見つめたときに、女神の勘がそう告げたから。

「とにかく、命が助かっただけでも良かったと思うの。本当ならリコも……」

 成功しても、失敗しても、自害するように仕組まれたプログラム。
 それが闇の魔術の恐ろしいところだ。
 ネルギ軍のアジトに倒れ、命を落としたあの魔術師の姿を思い出し、サラは胸を痛める。
 彼が“赤い瞳”を引き受けてくれたことで、キール将軍の命が助かり、ひいてはキースの幸福も守られた。

 自分が良く知る人物が助かれば、他の犠牲を良しとする……そんな利己的で“人間的な”発想を、サラは仕方ないと無理やり受け入れるしかなかった。
 あまりの辛さに唇を噛み締めると、サラの腕が後方からツンツンと引っ張られた。

「リコ様が助かったのは、月巫女様の処置と……サラ様のおかげですよ」

 ナチルが、白いハンカチにくるんだ何かを取り出した。

「これは、リコ様を介抱したときに見つけたものです」

 そこには、焼けただれ黒いゴミ屑と化した……小さな黒い小袋があった。
 もはや原型を留めてはいないが、確かにサラの髪の毛だった。

「リコ……ゴメンね」

 力になれなかったと思っていた。
 デリスの抱く後悔は、サラの心にもあったのだ。
 少しでも自分が役に立ったのなら……肌身離さず持っていたそれが、リコの命を救ってくれたとしたら、本当に良かった。

 サラは一粒涙をこぼした。
 それは硬い宝石ではない、やわらかい水滴の涙だった。

  * * *

 一刻も早く、リコに会いたい。
 はやる気持ちを抑えながら、サラはまず国王の間へ足を踏み入れた。
 順番を間違えてはいけないのだ。
 最初にすべきことは、事実と状況を確認することなのだから。

「国王様……ただいま、戻りました」
「サラ姫、よくぞ無事で」

 国王は、サラと食事を取ったリビングと部屋続きのベッドルームに居た。
 若干顔色は悪いものの、つい四日前と変わらない笑みを浮かべて、ベッドの上に横たわっている。
 髭剃りを怠っていたのか、立派なヒゲはあごからもみ上げへと広がり、口ひげも唇を半分以上隠していてワイルドさがアップ。
 髪型も整えられておらずボサボサで、ぴょんとツノが立っている姿は、良く似た別人のようだ。

 サラは、国王の姿を観察するとともに、キングサイズをゆうに越える幅と厚みのベッドを見つめた。
 憧れのトランポリンができそうだ。
 それ以前に、とっても寝心地が良さそう……。
 国王はサラの視線の先を辿ると、クッキリした鳶色の瞳を少年のように輝かせて笑う。

「サラ姫、ここで寝てみたいなら、一緒に寝てもいいぞ?」

 さあここへ、と自分が半身ずれて、薄い羽布団を持ち上げる。
 食欲が満たされ、あとは睡眠欲……という状況のサラは、思わずごくりと唾を飲んだ。
 デリスが、背中の後ろにナチルを隠しながら「子どもの前で何を!」と叱ったため、国王様と添い寝という夢は儚くも消えた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 国王様と添い寝……すんません、寝不足でつい妄想オチにしてしまいました。伏線&回収ともいえないようなネタでしたが、実はリコちゃんが刺客でしたという話。バレバレ系です。第一章で仕込んだネタはヒドイな……。サラちゃんは抜け抜けなのですが、クロル君はうすうす気付いていたらしい、というエピソードは今後ちょろっと。そして、月巫女さんが案外大活躍でした。デリスばーちゃんも心境複雑です。サラちゃんは月巫女好きなので若干ホッとしつつ。月巫女さんについては、作者の中で『魔性の女』ですね。アリエスの乙女(←古い)のような……シーンによっては敵にも味方にもなる気まぐれなお猫サマ。そして国王様命は変わらず。この先も大事なポジション担ってもらう予定です。
 次回は、国王様の体験談。サラちゃんまたからかわれキャラに……何気に吹っ切れた国王様もやや暴走気味で。シリアスな話もアリです。

第五章(3)国王のワガママ

第五章 砂漠に降る花


 サラが到着してからというもの、国王は「一緒に寝よう」からスタートし、熱っぽいから額に手を当てろやら、呼吸が苦しいから胸をさすれやら、喉が渇いたから水を飲ませてくれだの……まさにワガママ放題だった。
 ジワジワと繰り返される微エロ系の攻撃が実を結び、ナチルへの教育上の配慮をしたデリスを廊下に追いやることに成功した。

  * * *

「ようやく二人きりになれたな、サラ姫」
「国王様……意外と、元気ですね」
「そう見えるとしたら、それはサラ姫が一緒に居てくれるからだよ」

 ベッドサイドに置いてあったスツールに腰掛けたサラは、デリスとナチルが準備してくれたお茶を飲みつつ、小粋な口説き文句と笑顔をスルーする。
 サラは、だんだん国王の意図が理解できてきた。
 こういうことをする人を知っている。
 もっとも、彼はまだ本当に子どもなので、可愛げはあるのだが。

「国王様、たまーに病気になって、お母さんに甘える子どもみたいですよ?」

 要は、心細いのだ。
 サラ自身も、めったに寝込まない健康優良児だったため、たまに体調を崩すとなんだか世界が自分をおいてけぼりにするような不安を感じた。
 自分がいなくても世界は回るということを、国王はようやく実感したのだろう。
 ほんの少し前までは、自分が大黒柱だっただけになおさら。

「早く元気になってくれなければ、デリスも王子たちも困りますよ。もちろん私だって」

 欲しい言葉をもらえたせいか、国王は含み笑いを浮かべると、ワガママを封印し自力で上半身を起こした。
 サラは、手にしたティーカップをサイドボードに置いた。
 歩きながら後ろ手にくくった皮ひもが緩んでしまったから、長い前髪が少し頭を下げるだけで零れてくる。
 一度解いて縛りなおそうとしたところ、ハラリ解けたところで国王に「そのままで」と言われてしまった。

 太陽が沈み、ランプの明かりのみという薄暗い室内でも輝く黒髪。
 国王は、指を伸ばして触れた。
 サラの二倍は太く、乾いてささくれだった指先が、滑らかな感触を愉しむように行き来する。
 指が動くたびにベッドが波打ち、衣擦れの音が響く。

「今だけはサラ姫が俺の母か……それも悪くないな。たまには病になることにしよう」

 サラは、このオッサン……と文句を言おうとして、グッと堪えた。
 今のサラは、反省謝罪モードで通さねばならない。
 なぜなら、サラの部下でもあり仲間でもある人物、ひいてはバックにいるネルギ国が、トリウムの国王の命をおびやかしたのだから。

「そういわれれば、サラ姫の髪や手に触れていると、なぜだか安心するな。まるで母なる女神に抱かれているようだ」
「――にょっ?」

 国王のさりげない比喩表現に、サラは挙動不審な叫び声をあげた。
 クロルが伝言したわけでもなく、月巫女が心の声を聴き取ったわけでもないのに、なんという鋭さ。
 動揺して挙動不審に目線を動かすサラに、国王は「どうした?」と裏の無い言葉を投げかけてくる。
 サラは愛想笑いをしながら、なんでもありませんと言った。

 この国へ舞い戻ってきたときは、そのまま王城へ飛んで行ってもかまわないくらいに開き直っていた。
 しかし、一度普通の人間に戻ってしまうと、なるべく隠さなければならない秘密のように思えるから不思議だ。
 秘密といっても、明日には王子二人が戻り、すべてを報告してしまうのだけれど。
 できれば、その前にこの国を立ちたい。

「国王様、そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか?」

 サラは、自分の髪をもてあそぶ指先を掴まえると、そっと降ろした。

  * * *

 手の中からすり抜けていったサラの髪を残念そうに見つめながらも、国王はその表情を為政者のものへと変えた。
 サラもそんな国王に対峙し、気合を入れなおす。
 国王が、中途半端に背中の枕に寄りかかる姿勢から、もう少し体を起こすべくベッドの上をずりっと移動したとき、サラは見てしまった。

 先ほどまで眠っていたせいで、腰紐が緩んだのだろうか。
 国王の寝間着であるオフホワイトのガウンの胸元は見事にはだけ、厚い胸板がモロ見えだ。
 盛り上がる胸筋と、ダークブラウンの胸毛を直視してしまったサラは、手のひらで口元をおさえながら「せくしーびーむ」と小声で呟いた。

 所在なさげに、椅子の上でもじもじお尻を動かすサラ。
 そのリアクションを見て、何かを誤解したのか、国王は声のトーンを落とした。

「ふざけてすまなかったな、サラ姫。もしリコ殿を見舞いたいならば先に」
「いいえ、それは後でかまいません」
「では、小用でも?」
「いや、それも……」

 真っ赤になったサラは、脳内を駆け巡る百八つの煩悩を振り払うべく立ち上がった。
 一度背筋を伸ばして直立し、指を体の前で重ねると、できる限り深く頭を下げる。

「国王様。まずはきちんと状況をお聞きしたいのです。その前に、リコの件はお詫びを」

 サラは「顔を上げろ」と三度言われるまで、その姿勢を崩さなかった。
 もしリコの手にかかって国王の命が奪われていたら……想像するだけでぞっとする。
 リコには今も、エール、アレク、リーズという、この国では最強クラスの魔術師がついているし、命に別状が無いなら解決すべき優先順位は身内以外からだ。

「リコの罪は私の罪です。私が、どんな処罰でも引き受けます」
「サラ姫……」
「ただ、少しだけお待ちいただきたいのです。リコや、他のネルギ国民を刺客へと仕立て上げた人物は、私の手で捕まえてみせます」

 宣言した言葉には、またもや精霊が宿った。
 国王は黙って一度うなずくと、大きなため息と共に苦笑した。

「サラ姫は、すぐに姿を変えるのだな。母のようにも、女神のようにも、戦士にも」
「すみません、もしかして怖い顔してました?」

 緩んだ空気の中、サラは両手で頬を覆った。
 自分でも、スイッチが入る瞬間が分かってきた。
 そのボタンを押されると、キャラが変わってしまうのだと。
 普通モード、女神モード、黒騎士モードの三つがコロコロと。

「まあ、どのようなサラ姫も、俺から見れば十分可愛らしいが」

 サラが「あしゅら面……」と考える間に、国王様のスイッチも押されていた。

「実は、サラ姫にはぜひ着てもらいたい服があるのだが……今回の罰として、それを用意しておこう」
「なっ、なんでしょう?」
「あのナチル嬢と同じ服を。今度この城へ戻ってきときは、サラ姫は一日俺の専属メイドだ」

 ベッドの上、先ほどまで芳しくなかった顔色はだいぶ良くなり、名案とばかりにあごひげをしゃくる。
 どうやら国王様は、正統派のメイドがお好きなようだった。

  * * *

 とりあえず一日メイドの件を承諾したサラは、国王のペースに呑まれてたまるかと、黒騎士モードのスイッチを押した。
 まずは日中、戦場で起こった出来事について切り出す。

「すでに報告があったかと思いますが……ネルギ軍は撤退し、もうこの国からは居なくなりました」
「ああ、本当によくやったな。どのような手法を取ったのかは確認していないが……よもやまた無茶をしたのではあるまいな、サラ姫」

 切り返された言葉に、サラは顔を引きつらせながら微笑む。
 白くふっくらとした頬の筋肉がぴくぴく動くさまを見て、国王はこれみよがしなため息をついた。
 サラはごまかし笑いを浮かべたまま、先ほども使った嘘を繰り返した。

「少しだけ無茶しましたが……おかげで、私の秘められた魔力が開花したのですよ」

 先ほど国王は、見事な長髪になって現れたサラに向かって、一言「頭に怪我でもしたのか?」と聞いた。
 間接的に『ヅラか?』と聞かれたことに、サラは脱力しつつも説明してみせたのだ。
 魔力が無いはずだった自分が、ピンチに陥った瞬間に魔術師として覚醒し、その副作用でなぜか髪が伸びてしまったのだと。
 嘘と本当の境界線ギリギリな話だったので、サラはよどみなく語り終え、実際現場を見ていない国王は、内心マユツバながらもそれを受け入れるしかなかった。

「少しだけ、か……サラ姫の世の中の姫君たちとはだいぶ尺度が違うし、相当危険な目にあったのでは」
「まあいいじゃないですかっ。こうしてピンピンしてますし、終わり良ければすべて良しですよっ」

 眼光鋭く睨みつける国王。
 実際に顔の形も分からなくなるくらい殴られ、闇が覆ったときは一度命を落としたことをほんのり思い出し……サラは「カーッカッカ」と不自然な笑い声をあげてごまかした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 すみま千円……国王様とイチャイチャしたくなってしまいました。甘えたくなったっていいじゃない、王様だもの。メイド好きだっていいじゃない、王様だもの。大事なことなので二回言いました。サラちゃんの『ムフッ☆メイド体験記』は、当然終了後の番外編ボックスへポイッ! ああ、早くそこへ辿り着きたい……。進まないのは夏のせいです。作者のせいではありません。頭の中に『おっととっと夏だぜ』が回るため、筆が止まります。ちょっとだけ報告などのシリアスシーンもありましたが、今回はおふざけで。補足ギャグは『あしゅら面』ですね。彼はきん肉マンでもっとも好きな超人なので、あちこちで使わせてもらってます。「カーッカッカ」という笑い声もたまりません。しかし、実際作者は部屋で笑ってみたのですが、かなりの難易度でした。悪役の定番「キョーッキョッキョ」とどっこいどっこいです。声優さんってスゲー。
 次回から、どんどんシリアスモードに入っていきます。まずは国王様と和平案について真剣しゃべり場的トークを。

第五章(4)和平への道のり

第五章 砂漠に降る花


 顔に『無茶しちゃいました』と書いたように、わざとらしい引きつり笑いを浮かべるサラの顔を訝しげに見つめた国王は、ふっと息をついた。

「まあ、その話はまた落ち着いたらゆっくり聞くとしよう。ともかく問題は、まだ残っている。しかも、ネルギ国内部にあるということだな?」

 話が早そうだと、サラも表情を引き締めた。
 ここからが、本題なのだ。

「はい。この戦いを始めたのも、ネルギ軍を闇の魔術で支配したのも、リコを……暗殺者を送り込んだのも、すべてはネルギ国に住む“魔女”の存在ゆえ」

 広くは、禁呪である闇の魔術を操る者を指す『魔女』という言葉。
 しかしこの国の王族は、その言葉に強烈な反応をする。
 エール王子が魔女を憎む理由は、サラも直接聞いてなるほどと理解できたが、この国王の反応も尋常ではない。

「そう、か……砂漠には魔女が住むのか」

 魔女という言葉を聞いた瞬間、国王の顔色は青ざめ、汗をかき乱れた前髪に隠れた額には青筋が浮き立つ。
 怒りや憎しみが湧き、悲しみがそれらすべてを押さえ込む……そんな表情だった。
 国王は気持ちを切り替えるように髪をかきあげると、あごひげをしゃくるいつものポーズで言った。

「以前、サラ姫とも少しだけ話したことがあったな……戦争の後にするべきことを」
「はい」
「サラ姫は、民間人の交流が必要と説いた。それは確かに正しい。しかし、大前提として整わなければならない土壌がある」

 国王の表情は、長く政治に携わってきた政治家のそれに変わっていた。
 まだリグルには無い、冷徹な感情。
 シシト将軍も強く示していた……守るべきものを見極める瞳だとサラは思った。

「根本的な問題……それが水だ。我々は、ネルギに一方的な施しをするつもりはない。彼らが水の問題を解決しない限り、両国に温和な交流はありえない。分かってくれるだろうか、サラ姫」
「はい……国王様」

 戦争が始まったそもそもの発端が、水の枯渇だった。
 少しずつ進行する砂漠化に何の手も打たず、水を持つトリウム側が莫大な費用をかけて、稀少なオアシスの水をネルギに提供する……それでは和平の意味がない。
 単に、ネルギがトリウムの属国になるだけだ。
 そして、不満に思う両国の国民は、再びぶつかるだろう。

「両国の王族が血をまじえ、どちらの国に寄ることもない人物が公平に統治する……最初に描いた理想はそこだった。しかし、いかんせん時間がかかる。その間にも、両国の関係は悪化していくだろう」

 申し訳ない気持ちいっぱいで、サラは頭を下げた。
 両国の関係と、国王はさも対等なように言うが、実際問題を抱えているのはネルギ側ばかりなのだから。

  * * *

 ニセモノの姫として、サラは国王たちを謀った。
 それなのに、国王を筆頭にこの国のひとたちは、寛大な気持ちでサラを迎え入れてくれた。
 その恩義に応えるためにも、サラは考えなければならないと思った。
 今が、見たくない現実と向き合うときなのだ。

「まず私がなすべきことは、戦争を止めることだと思います」

 しかし、ネルギに戻り魔女を罰したところで、この物語は終わりではない。
 スタート地点に戻るだけだ。
 サラは、盗賊の砦で宣言した自分の台詞を思い出した。

『みんなが苦しんだり、死ななくてすむ、幸せな世界を作る』

 リアルに起こっていた戦闘は、戦争という名の問題にとって氷山の一角でしかない。
 この世界での戦いは、魔術が中心になる分、被害の出る範囲が狭められる。
 実際ネルギ国民にとって、戦争は身近なものではなかった。
 ごく少人数、戦地で命を落とした者とその関係者以外は、まるで他人事というのが現状だろう。
 むしろ大多数の戦地へ行かない国民にとっては、希望の光だ。

「砂漠の国が、どうやって水を得ればよいのか……残念ながら、今の私には妙案が思いつきません」

 水と緑に溢れるオアシスを、我が物にできるかもしれない。
 戦争が終わるということは、そんな微かな希望の光が消えるということだ。
 絶望が蔓延する前に、代わりの希望を打ち出さなくてはならない。
 人として生きていくために最低限の水と食料しか得られず、希望をも失えば、国民は疲弊し息絶えていくだろう。

「しかし、勝てる見込みの無い戦争を続けて、ニセモノの希望を与え続けるくらいなら……私は、国民に真実を告げるべきだと思います」

 サラは呟きながら、昔のことを思い出していた。
 世界を飛び回り、戦地を訪れていた大澤パパに聞かされた戦争の話。
 戦争とは、始めるよりも終わらせることのほうが、何倍も大変なのだと教えてくれた。

 サラが真剣に話を聞いているときに限って、馬場先生が乱入してきた。
 あのときは「結婚も一緒だぞー。籍を入れるより別れるときのほうが何倍も大変なんだ」と言って、大澤パパを呆れさせていたっけ。
 馬場先生は、戦争も小さな悩みもひっくるめて『物事は案外シンプルなのだ』ということを伝えたかったように思う。

「サラ姫の考えを聞こうか?」

 国王の瞳に気圧されることなく、サラはその目を見返した。
 個人的な感情をすべて排除し、考えうるもっともスマートな解法を口にした。

「現在、ネルギ軍は戦闘を放棄し、政府に対するクーデターとも言える動きを始めました。トリウムからも人を送り、これを機にネルギの政治へ介入されると良いでしょう。その際は、戦犯をはじめとして好戦的な人間は徹底的に排除します。また、同時に一般市民には水や食料を今より少しだけ多く与え、再教育を開始します」

 トリウムは敵ではなく、救いの神なのだと。
 むしろ、敵は自分達を窮地に追いやったこの国の政治家だと。
 潤沢ではない水を湯水のように使い、戦地へ行くことも無く、ゲームのように国を動かす彼らの実情を伝える。
 当然噴出するだろう国民の怒りを静めるために、なんらかの処罰が必要になるかもしれない。

「実際の政治は、トリウム側から送り込まれた人物が行うと良いかもしれません。情勢が落ち着いたところで……ルリ姫とカナタ王子が結婚すれば、2つの国は1つになります。そして、サラ姫は……」

 サラは、そこで口ごもった。

  * * *

 脳裏には、カナタ王子に見せる甘えた笑顔と、悪魔のように無邪気な笑顔、二人のサラ姫がくるくると入れ替わり現れる。
 もしあのまま、王宮の奥深くで小さなワガママを言い続けながら暮らすなら、それでかまわない。
 何かの方法を見つけて、闇の魔術を封じることができれば、非力なサラ姫は脅威ではなくなるだろう。
 もしかしたら、カナタ王子と同じように、トリウムの王子と結ばれることだって……。

 そこまで考えて、サラはため息と共に頭を振った。
 自然と視界が揺らぐのを感じながら、サラは告げた。

「サラ姫は、戦犯です。彼女は闇の魔術を操り、トリウムへ何名もの刺客を送り込みました。またネルギ国民も多数“贄”として戦地へ。指示をしたのは病床のネルギ国王かもしれませんが……その罪は、決して軽くありません」

 話しながらも、サラは別の誰かが自分の体を乗っ取り、この冷酷な言葉を発しているような気がした。
 戦争責任が誰にあり、どんな処罰を与えるのか……そこで甘さを見せることは許されない。
 いくらサラが「守りたい」と思っても、犯してしまった罪は償わなければならないのだ。

「サラ姫は、敏い子だな」

 国王はベッドから出て立ち上がると、うつむいてしまったサラの頭を優しく撫でた。
 サラの頭上から、国王の低い声があたたかい雨のように降ってくる。

「君のために誓おう。和平後もトリウム国は、ネルギ国民の意思をなるべく尊重する。富める者も貧しい者も分け隔てなく、同じ量の水を公平に分け与えよう。しばらくは無償の援助という形でかまわない。しかし、その先のこと……自分の国のことは自分たちで決めるんだ。それが可能かどうか、まずは見極めて欲しい」

 サラは「ありがとうございます」と呟きつつも、焦燥を感じていた。
 ネルギの政治にトリウムが介入しないなら、誰にどんな責任があるのか見極め、この先どうやって水を確保していくのか……全ては、ネルギ政府に委ねるということだ。

 まず戦争については、責任のたらいまわしが発生するに違いない。
 もしかしたら、意識の途絶えがちな病床の国王一人に擦り付けられるかもしれない。
 水についても、すぐに結論は出ないだろう。
 トリウムの温情にすがるだけでは、死や飢えが無くなる代わりに、希望も削られる。

 サラの耳に『ほら、やっぱり終わらせる方が大変だろう?』と、馬場先生の声が聴こえた気がした。


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 しんどいですー。戦争モノの本やドキュメントはけっこう見ている方なのですが、自分で話にしようとするとまったく別物と分かりました。あまり深く触れないようにと思っても、さすがにこの程度は……はーしんど。今回笑えるシーンがまったく無いです。馬場先生だけが希望の光。しかし、シンプルに考えようと思っても、なかなかそうならないですわ。裁判員制度も始まりますが、人が人を裁くということは難しいことだと思います。とはいえ『考えることをやめた』(カーズ様)では、逃げになってしまうし……とりあえず、サラちゃんと作者はもう少し悩むことにします。
 次回から、ちょっとまた方向性の違う話に入っていきます。国王様の秘密暴露。当然いやーんな恥ずかしい秘密……ではありません。シリアスもう少し続きます。はー。

第五章(5)国王の秘密

第五章 砂漠に降る花


 サラのシュミレーションは、砂漠化の問題を解決すべく深まっていく。
 しかしどんな選択肢を辿っても、今ある条件だけでは行き止まりにぶつかってしまう。
 悩ましげに遠くを見つめるサラに、国王が苦い表情で語りかけてきた。

「先に言っておくが、砂漠の向こうまで物理的に水を運ぶのは不可能に近い。ひとまず魔術師を派遣して、水を呼ばせるしかない……それでも、ネルギ国民がすべて満足できる量には届かないかもしれない」

 それでは完全に片手落ちだと、サラは思った。
 いずれ、ネルギ国民は必ず思うだろう。
 もっと水をよこせ、と。
 サラの頭には、そう思わせないように意識を操作すること……ごくわずかな水の施しを「ありがとうございます」と言わせるレベルまで洗脳することくらいしか、合理的な方法がみつからなかった。
 それが、根本的な解決とは程遠いことは、分かっていたけれど。

「もしどこかに見つかっていない水脈があれば、あるいは……」

 国王の、力無い呟きが聞こえる。
 そんなことがあれば最高だが、希望的観測に基づくアイデアに頼るわけにはいかない。
 何か良い方法があるはずではないかと、考え続ける。
 もっとスマートな方法が、何か……。

「何か良い方法は、ないのでしょうか? 砂漠に水を生み出す方法が……」

 ネルギに水が沸いて、それを新生ネルギ政府主導で効率的に分配できたなら、ネルギには戦う意味が無くなる。
 自分たちの土地から沸いた水なら、誰かを恨むことも無く、穏やかに暮らしていけるだろう。
 ペットが餌を与えられるように、トリウムのお情けで生き延びていくことが、解決とは思えない。

「そうだな。その点は、我が国も看過できない。砂漠化を止めなければ、いずれこの国も飲み込まれ滅びるだろう。森も増殖している中で、大陸へ逃げ延びる方法も今のところ見つかっていないしな」

 そこまで話すと、国王はサラから離れ再びベッドの縁に腰掛けた。
 国王の息が荒いのは、気のせいではない。
 サラはその姿を見てようやく、本当は立ち上がるのが苦痛なくらいのダメージを受けていたのだと知る。

「国王様、長くすみません。もうそろそろお休みになってください」
「いや、大丈夫だ」
「ダメです。とにかく寝てください」

 苦笑した国王は布団の中に潜り込み、代わりにサラにもう少し近づくように言った。
 スツールを少しずらし、国王の元へとにじりよるサラの瞳をのぞき込みながら告げた言葉は、意外なものだった。

「サラ姫、俺は君に黙っていたことが一つある」
「黙っていたこと、ですか?」
「ああ……サラ姫が明日までここに留まるなら良いが、すぐにでも砂漠に旅立つなら、聞いて欲しい」

 真っ白いシーツの上の国王は、先ほどまでの生気を失い、頭を枕に沈めたまま力なく呟いた。

「俺は、もしかしたら……“魔女”を知っているかもしれない」

 息を呑むサラに、国王は口の端を上げてみせた。
 本当は悲しいのに無理やり取り繕うとする、あの笑顔だった。

  * * *

 国王は、隠し切れない悲しみをたたえた瞳で、横たわったまま斜め上にあるサラの顔を見つめている。
 サラは椅子から立ちあがり、ベッドサイドに膝をついた。
 国王が、自分を呼んでいるような気がして。
 先ほどフザケ半分で額に手を触れ、熱をはからされたときより、もっと近くへ。

「サラ姫の瞳の色は……似ている」

 伸ばされた大きな手のひらが、サラの片頬を包んだ。
 その手の熱さが、サラの心に激しい熱を思い出させる。
 サラは、こんな顔をする国王を見たことがあった。
 初めて国王と二人で会ったとき……国王が昔話をしてくれたあのときだ。

「あれは、青い瞳の女だった」

 サラの心臓が、ギュッと縮んだ。
 国王の暗くくぐもった声が、心の琴線に触れた気がした。
 全てを飲み込むような、その想いの名は……絶望。
 弟を凄惨な事件で失ったと告白したときに、国王はその感情を吐露したのだ。
 目の前の国王の気持ちが、あのときと同じように、サラの気持ちにシンクロする。

「何があったんですか? そのひとと……」

 自分以上に悲痛な面持ちのサラに気付き、国王はそのおでこを軽く指で弾いた。
 多少なりとも衝撃から守ってくれる前髪は、もう無い。
 軽くといえど鍛え上げられた国王の太い指は、クロルの細い指で弾かれるのとはレベルが違う。
 サラが思わず「イタッ!」と叫ぶと、国王は本気の笑みを漏らした。

「サラ姫、もしかして嫉妬してくれたのか?」
「えっ……まっ、まさか!」

 鳶色の瞳には再び生気が宿り、日に焼けた顔にくしゃっとシワが寄る。
 豪快な笑い声に、サラは小突かれた額をおさえながら「心配して損した……」と呟いた。
 そういえば、前も同じような展開になって、サラはこの部屋から脱兎のごとく逃げ出したのだと思い出しながら。

「もう国王様、ふざけないでちゃんと話してください!」
「怒ったサラ姫も可愛いぞ」
「もうっ!」

 母親を求める子どものように、国王はサラの頬に触れ、髪を撫でた。
 からかうような笑みを見て、サラはさっきみたいな顔をされるよりはマシだなと、国王のプチセクハラを我慢した。

  * * *

 国王は、いつもサラの近くまで降りてきてくれるけれど、本当は大人だ。
 弱さを見せそうで、スッと隠してしまう。
 それを吐き出せる相手は、デリスなのだろうか?
 それとも、国王を救ったあの銀の髪の巫女だろうか……。

「おっと、ずいぶん時間が経ってしまったな。またデリスに叱られかねん……簡単に言おう」

 ベッドの中で首を傾け、後方にある窓の外を見やると、国王は再びクールで厳格な“国王”の顔になる。
 太い眉をくっと上げ、サラの瞳を見つめながら言った。

「青い瞳と言っても、サラ姫の色とは違う……空の色ではなく、もっと深い湖のような色をしていた」

 サラはそういわれて、指先で自分の瞼に触れる。
 この世界に来てからは、とにかく青い瞳だと言われ続けてきたけれど、ずいぶん長く鏡をのぞき込んでいないので本当の色は分からない。
 水鏡では、瞳の色までは鮮明に見えない。
 しかし、地球にいたときはもっと……。

「あの女のことは、誰も知らない。今となっては、夢だったような気もする」

 国王の話に、サラは集中し直した。
 夢と語りながらも、国王の表情は今まさに心の傷口が開き、生々しい血を流しているように映る。

「いや、俺は確かに出会ったんだ。月巫女が居なければ、夢幻と思いこもうとしていただろうが」

 熱に浮かされたような、焦点の合わない目をしながら、国王は語った。
 同じような台詞を、ルリ姫が言っていたことをサラは思い出す。
 夢のような出会い。
 その言葉の意味することが、サラには分かってしまった。

「俺が前に、精霊の森の神殿へ行った話は、覚えているだろう?」
「はい。覚えてます」
「あの話には、一つだけ嘘があった。いや、嘘ではなく“言わなかった”ことが……」

 国王の見る夢に誘われるように、サラはあの日の記憶を探った。
 王弟から逃れた国王は、精霊の森へ足を踏み入れ、心の闇に打ち勝って神殿へたどり着いた。
 褒美に何か一つ、欲しいものを手に入れられると言われて、国王は月巫女を連れ帰ったのだと聞いた。

「神殿には、二人の巫女が居たんだ。月巫女と、その姉……“太陽の巫女”が」

 その言葉を聞いた瞬間、サラの心臓が激しい痛みを訴えた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ようやく出せました。最後の重要人物・太陽の巫女さまです。最終章で出てくるなんて遅すぎる……後出しジャンケンみたいな展開ですみませんっ。今までも国王様は、サラちゃんの青い目にぴくんぴくん反応してたのですが、伏線にもならないようなレベルでございました。『太陽と月』の童話もここらへんに繋がってきます。うまく繋がるかは微妙ですが……。あと次回でもうちょい説明ありますが、国王様にはサラちゃんじゃなく本当に好きな人が居たという話でした。好きというか強烈すぎて忘れられないというか。サラちゃんのことは実際可愛がっているし、「あわよくば」(エロ男爵さま風に)という気持ちはありましたが、真剣さは王子たちの一段下になりますね。その辺突っ込んでいただいた読者さまには、納得いただける答えになれば幸いです。
 次回は、太陽の巫女さまのお話をもう少し。あとは、誰かが乱入してきます。

第五章(6)二人の巫女

第五章 砂漠に降る花


 初めて聞いた『太陽の巫女』という言葉が、サラの心に嵐を巻き起こした。
 無意識の海から湧き上がる津波のような激情が、サラの意識を飲み込もうと襲い掛かる。
 あまりの苦しさにうめき声が漏れそうになり、サラは騎士服の胸を掴み必死で耐えた。
 国王はサラを見ているようで、見ていない。
 サラの瞳を透かして、遠い過去を見つめながら語り続けた。

「あれは、名のとおり月巫女とは対照的な女だった。神殿に着いたとき、俺の姿はボロボロで……息も絶え絶えで転がりこんできた俺に、あの女は癒しの魔術を施しながら『貧民』と馬鹿にしたな。傷が癒えたら、適当な宝石を放り投げて『それでも持って出て行け』とあっさり追い出そうとするわ……」

 初めて誰かに伝えるその思い出話は、幸福に満ちていた。
 国王の表情が穏やかで柔らかいものに変わっていく。
 サラの心臓も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。

 むしろ、国王の話す楽しげなエピソードから風景が想像できて、微笑ましい気持ちになる。
 この威厳たっぷりな国王が、小娘から若造扱いを受けるなんて、面白すぎる。
 サラの笑い声が聞こえたことで、国王もようやくサラ自身に焦点を戻し、笑った。

「巫女の態度があまりにも気に食わないから、俺は言ってやったんだ。『欲しいのはお前だ』と。あいつは驚いて椅子からずり落ちて……そう、先日のサラ姫みたいに見事にひっくり返っていたな」
「ちょっ、その例えは要りませんからっ!」

 赤くなったサラに、国王は愛しげな視線を送る。
 国王が、サラの瞳を見つめるとき、別の誰かを重ねて見ていることはもう明らかだった。
 国王の心には今でも、森で出会った美しく気高い巫女姫が住んでいるのだ。
 だからこそ国王は、月巫女を選べなかったのだろう。

「森から持ち帰れるものは、たった一つ。しかし、俺には“姉と離れたくない”と訴える妹を、そこへ置き去りにすることはできなかった。二人は双子で、生まれたときから常に一緒だったという。本来神殿の巫女は一人だが、例外的に二人で遣わされたと言われるくらい、互いを補完しあう存在だった。結局、俺はその二人の姉妹を城へ連れ帰った……それがどんな結果をもたらすか、知らずに」

 再び表情を曇らせる国王。
 サラは肌がけの上に投げ出され、固く握り締められたその拳を包んだ。
 そこからは、あの夜と同じ。
 国王は捨てられた子犬のように、すがりつくような瞳でサラを見つめた。

「太陽の巫女と、月巫女……約束を破って二つの宝を持ち帰った俺に、“女神”は罰を与えたのかもしれない」

 サラの背中が、ズクッとうずいた。

  * * *

 神殿を出て、森の中からトリウム王城へと必死で逃げて来た道を戻るその道中は、楽しく和やかなものだったという。
 しかし、城下町に着く頃には雰囲気が一変。
 町は殺気に溢れ、夜だというのに松明を手にした人びとが、道という道を覆っていたという。

「俺は下町で暮らすうちに、それなりの友人を得ていた。俺が逃げている間、事情を察した彼らが貴族へ顔のきく商人たちと意思疎通をはかり、ある程度の仲間を集め結束していた。冷遇されている貴族とともに、弟へ反旗を翻そうと狙っていたんだ。俺はマズイと思った。弟には腕の立つ魔術師が付いていて、彼らは国民だろうが容赦なく排除するだろうと」

 国王に同調した市民たちが革命を起こす寸前に、国王は舞い戻った。
 市民グループの代表は、国王が生きていたことを喜んだ。
 森を抜けた国王の魔力は増し……何より二つの宝を見つけていたことが、国王の立場を確固たるものにした。
 彼らは、旗を掲げ声高に主張したのだ。
 自分たちが真の王と認める人物は、女神に祝福を受けた『英雄』であると。

「しかし、俺は武力で革命を起こすことを望まなかった。弟への負い目が、まだ残っていたんだ。なるべく穏便に和解する糸口を探るために、俺は弟と密談の場を設けた。そして、話し合いは成功裏に終わった。成功することは最初から分かっていたんだ。なぜなら」
「太陽の巫女は、未来が視えるから……そうですね?」

 サラは、再び荒れ狂い始めた心を必死でおさえるように、国王の手を強く握った。
 国王の秘密は、一つの結末へと導かれていく。

「そうだ。太陽の巫女は未来を、月巫女は過去を読む。彼女は予言したんだ。俺がこの国の国王になることを」

 何の問題も無い。
 虐げられた国王が、自力で掴んだ勝利だ。
 なのに、国王の目頭には深いシワが寄り、口からは色濃いため息が漏れる。

「二人の巫女の力を、俺は女神が与えた全能の力だと思っていた。だから気付くことができなかった。巫女の予言には、致命的な欠陥があることを」
「欠陥、ですか?」
「ああ……彼女たちは他人のことしか分からない。自分自身のことは視えないんだ。だからあれだけ驚いたんだな。神殿で俺が、彼女を望むと告げたときに」

 明るい口調の中に漂う悲劇の匂いに、サラの体は震えた。
 国王は、そっと瞳を閉じた。

「その夜、あの事件は起こった。弟たちは無残な最期を遂げた。太陽の巫女はこの王城から姿を消し、月巫女だけが残った。生き残った唯一の目撃者……筆頭魔術師の女は、気が触れてしまった。ただ『魔女が現れた』と言い残して」

 国王の閉じられた瞳からは、透明な一筋の滴が流れ落ちた。

  * * *

 サラの体が、カタカタと勝手に震えだす。
 振動にあわせて、長い髪が小刻みに揺れる。
 ほの暗い開かずの間の最奥、不自然に黒ずんだ壁の色が蘇る。

 あの場所に、彼女は居たのだ。
 嫌がる一人の女をおさえつける、複数の男たち。
 彼女の憎悪に満ちた青い目が、真紅へと色を変えたとき……。

「――イヤッ!」

 サラは、思わず叫んだ。

「サラ姫っ?」
「嫌……嫌なの……嫌……」

 死ねたら良かったのに。
 あのとき、あの男たちを全員殺して、そのまま……。
 それはできない。
 自分にはやらなければならないことがあるから。
 何を?
 それは、この世界を――。

「滅ぼすのよ……裏切るくらいなら、全てを……」

 自分の声ではない誰かの声が、サラの唇を無理やりこじ開けて溢れ出した。
 直後、苦しげな嗚咽へと変わる。

「サラ姫、大丈夫かっ!」

 自分の肩を揺さぶる男の手が、気持ち悪い。
 これ裏切り者の手だ。
 血塗られた手。

 サラは、ゆっくりと顔を上げる。
 はだけたガウンと、乱れた髪、褐色の肌にじっとりと汗をまとわりつかせた男が、なぜ生きているのか分からず、サラは小首を傾げた。
 まあいいや。
 これでようやく、終わらせることができる。

 サラの狂気に満ちた笑みに、国王が背筋を凍らせたそのとき。

「――やめなさいっ!」

 鋭い痛みが、サラの頬に走った。
 猛スピードで繰り出されたのは、骨ばった華奢な拳。
 それが、サラの頬にめり込んでいた。

「あら……私、生まれて初めて人をグーで殴ってしまいましたわ」

 ニュッと伸びた右腕を引っ込めて、「失礼いたしました」と告げる無表情な美女は……月巫女だった。


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 うう……サラちゃん発狂しかけてしまいました。女神様モードになると、どうも誰かの気持ちにシンクロしやすくなるようです。過去もミエマスミエマス……。そのピンチを救ってくれたのが、月巫女さま! 国王様の身の危険を察知し、彼を守ることにだけ命を賭ける乙女……ん? ちょっとカッコイイぞ。悪役だったはずなのにおかしいな。ということで、ぶっちゃけ過去話編でした。太陽の巫女さんは、作者が本当に好きなタイプの女子です。いわゆるツンデレなんだけど、賢そうに見えてどっか抜けてる。残念ながらサラちゃんには、ツンデレ要素が無いんだなー。しかも『どっか抜けてるように見えて、ときどき賢い』というキャラなので、太陽の巫女さんとは微妙に違います。機会があればちょっと長めの番外編で、若かりし頃の国王様&太陽の巫女がメインの、神殿攻略編が書きたいっす。
 次回は、月巫女さん乱入でサラちゃん大混乱。そろそろ暴露話も終盤です。月巫女さん、もっと壊れるかもしれません。

第五章(7)月巫女の逆襲

第五章 砂漠に降る花


「サラ姫様、その行為には何の意味が?」

 国王の寝室に敷かれた、毛足が長くモコモコのカーペット。
 そこに額をこすりつける土下座スタイルのサラを見下ろしながら、直立不動の月巫女は冷たすぎる声を降らせた。
 ベッドの上から隣室へと移動した国王は、サラのために温かいお茶を淹れ直しつつも、開かれた寝室の中をのぞき込むと、呆れたような口調で言った。

「サラ姫。本当にもういいから、勘弁してくれ」

 肺の空気を全て押し出すような、恐ろしく長いため息を耳にして、サラはそろりと顔を上げた。
 月巫女に殴られた頬の痛みは、サラがとっさに手のひらを当てると、きれいさっぱり消えてしまった。
 もっと痛いままにしておけば良かったと、サラは思う。
 自我を失った自分は、こともあろうか国王様に危害を加えようとしたのだから……猛省必須。

「しかしお前はまた、牢を勝手に出て……これでは幽閉の意味が無いな」
「申し訳ありません」

 しゃあしゃあと言ってのける月巫女に、悪びれた様子は一切無い。
 顔を上げ立ち上がったサラは、自分のすぐ脇に立つ月巫女の細い足首と、細身の白いワンピース、そしておかっぱの髪、感情の無い表情と、順繰りに見つめた。
 この人にも、礼を言わねばなるまい。

「あのっ、月巫女……さん、私……」
「次は、殺します」

 月巫女は、嘘をつかない。
 その声はサラが今まで耳にした何よりも恐ろしく……サラは「キャン!」と鳴いて尻尾を丸めた。
 ちょうど国王が「さあ二人とも、お茶にしよう」と声をかけてくれたので、これ幸いとばかりにサラはその場からトンズラした。

  * * *

 国王、月巫女と、一つのテーブルにつきお茶を飲む。
 考えてみればとんでもないシチュエーションなのだが、今のサラにそれを気にする余裕などなかった。

「止めてもらって、助かりました。私本当にどうしてあんなこと……」

 サラは、あらためて二人に頭を下げた。
 国王が苦笑しつつ「もういいから」と言ってくれたけれど、サラはまだショックが覚めやらない。
 立ち上る熱い湯気の中に顔を埋めながら、鼻をスンスンとすすった。
 心が闇に支配される……その恐怖を思い出し、一瞬身震いする。

「あなたの感情は、視えないけれど読みやすい。利用することは容易いのです」

 冷たすぎる口調は、ドライアイスから立ち上る煙のようにサラを包む。
 月巫女の悪行をすっかり失念し、ひたすら恐縮するサラに、国王が声をかけた。

「俺があんな話をしたからいけなかったんだな。すまなかった。誰にも言うべきではないと思っていたのだが……」
「いいえ、それはっ。砂漠に居る“魔女”が、本当に国王様の探している人物なら、そのことは知っておかなければならないので」

 舌が火傷するのも構わず、サラはぐびっとお茶を飲んだ。
 お茶を飲んでお茶を濁す……そんな言葉が思い浮かび、ようやく『元の自分に戻った』感覚になる。
 隣にいる月巫女の視線は冷たいが、それもいつもどおりだ。

「とにかく、これから私はネルギへ戻ります。ネルギ軍の支援やリコのためもありますが、魔女のことも……全ての鍵があの国にあると思うので」

 今頃カリムたちも、ネルギへ向かって出発したはず。
 サラにとって『赤い瞳』という言葉しかヒントが無かった魔女の姿が、より鮮明にイメージできていた。
 魔女は、感情によって瞳の色を変えるのだ。
 月巫女の姉ならば、ビジュアル的にもそれなりに若く美しい女性だろうけれど……。

『あなたの、想像される通りではないかしら』

 サラは、口に含んだお茶をスプラッシュ寸前で飲み込んだ。
 咳き込む背中をさりげなくさすりながら、月巫女に瞳を細めながら微笑む。

「サラ姫様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ですわよっ」

 月巫女の視線は、まさに怜悧な刃物のようだ。
 サラが油断すれば、斬り付けて来る。
 または、こうしてからかってくるのだ。

『なぜ突然っ!』
『読めてしまうのですから、仕方ありません』
『普通に口で言ってくれたら!』
『傷ついていらっしゃる国王様の前で、その話はできません』

 視線で会話する二人に気付かず、国王は珍しいものを見るように、サラにじゃれつく月巫女を見つめた。

  * * *

 ショートボブになった月巫女と、超ロングになったサラは、髪の長さだけではなく立場も逆転してしまったようだ。
 国王にとって都合の悪い台詞だけ、心話で語りかけてくる月巫女に、サラは何度もお茶を吹かされそうになった。

「最初は俺も、太陽の巫女は大陸へ逃げたと思っていた。先日の武道大会の後、ファースから報告を受けるまでは」
「それは、どんな内容だったんですか?」
「大陸には、巫女たちの母親が居るんだ。その母親が居る国はどうやら奇妙な……まあ、話が長くなるからそれは置いておこう」

 苦笑する国王に、サラはなんとなく相槌を打った。
 今は聞かない方が良い……聞いたらさらに話がややこしくなる、そんな予感がした。
 自分の母親の話題だというのに、月巫女はノーリアクションでお茶を口にする。
 自分の心はバレバレなのに、サラに月巫女の心を読むことはできなかった。

「魔女が大陸に居ないとすれば、この半島のどこかに居ることになる。ちょうどあの頃から精霊の森の増殖が始まって、単に逃げる機会を逸したのかもしれないが」

 一度森に受け入れられ、自らそこを旅立った者は、やはり二度と入れないのだ。
 太陽の巫女も、月巫女も……。

『精霊王も、ですね』
『読まないでくださいっ』
『あと、私は別に戻りたいなどとは一切考えておりません』
『だから、読まないでってば!』

 サラは、ツンとすました月巫女の涼しげな顔を一べつすると、国王に向き合った。

「魔女が、まだこの国に居るという可能性は無いんですか?」
「それは……分からない」
『そんなことが分かっていたら、国王様の手腕があればとっくに見つけております』

「もー、うるさいなっ!」

 突然かんしゃくを起こしたサラに、とりあえず「すまん」と謝る国王。
 サラは「いえっ、国王じゃなく私の耳元にハエが……オホホ」と笑ってごまかした。

『この銀バエっ! もう私に話かけないで!』
『分かりました。せっかく“姉の話”を詳しくお伝えしようと思ったのですが……残念です。もうサラ姫様には話しかけません』

「えっ……?」

 その後、サラがいくら心で話しかけても、月巫女は全て無視した。
 最初は「ねーねー」と甘えておねだりし、「もうイイッ!」と逆切れし、最後は「ごめんなさい」と真摯に謝ってみた。
 結果、月巫女はどんなときも嘘をつかないキャラなのだと知った。

「うーっ、イライラするっ!」
「おい、サラ姫? どうしたんだ」

 国王が、サラの七変化に戸惑いの表情を浮かべるものの、サラの頭は月巫女攻略でいっぱいだった。
 正攻法でお願いしてダメなら、からめ手で攻めるしかない。
 嘘をつかないということは……。

「――そっか! 国王様、ちょっとこの人借りますねっ!」

 サラは、月巫女のワンピースの袖を掴むと、強引に立ち上がらせる。
 それでも口を開かない月巫女を、部屋から引っ張り出した。
 後ろ手にドアを閉めると、サラは月巫女に最高級の笑顔を向けた。

「あなたが私に話しかけないなら、私から話しかけて、あなたは“答える”だけってのはどう? それならいいでしょ?」

 サラのひねり出した『このはし渡るべからず』のトンチ的発想に、月巫女は少し眉根を寄せて「仕方ありませんね」と呟いた。
 よりくだらない二の矢三の矢を考えていたサラは、ほっと胸をなでおろす。
 月巫女は「これ以上くだらない問答に付き合わされたくありませんので」と、冷たく言った。


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 どうでしょう、こんな月巫女さま。完全にキャラがおかしくなってきました。無口でクールで利己的な美女……利己的なのは一緒なのですが、クールに「殺す」と言われるとギャグになるのですね。サラちゃんと案外(漫才の)相性良いです。しかし、まさか月巫女さまを『銀バエ』扱いするとは、このサラちゃんの口の悪さはいったいどこから……馬場先生か。月巫女さんが活躍したせいで、国王様の影が薄くなってもーた。サラちゃんはまた土下座だし、シリアスな雰囲気もどこへやら。しかしこういう展開が一番好きなのです。残念なのは、やはり話が進まなくなるということ……だ、大丈夫さっ。目指せ八月中完結! ちなみに大陸の向こうの話は、すべて聞かなかったことにしてくださいませ。続編は未定中の未定であります。
 次回は、月巫女さまとツーショットで、神殿の巫女さまのお仕事について少し。その後リコのお見舞いへゴー。

第五章(8)神殿

第五章 砂漠に降る花


 適当な空き部屋に月巫女を連れ込むと、サラは堂々と話しかけた。

「ちょっと! さっきの話ちゃんと教えて!」
「ずいぶん乱暴ですね……やはりあなたは国王様には相応しく無い」
「――私、国王様狙ってませんから!」

 サラが必死の形相で迫ると、月巫女は一瞬少女のようにきょとんとした顔でサラを見つめた後、「冗談ですよ」と笑った。
 こんな風に笑う月巫女を初めて見たサラは、驚きのあまり部屋の隅までザーッと後退る。

「あなたも、冗談なんて言うのね……」

 あの鉄面皮で、一分の隙も無い月巫女が笑うなんて、今にも天変地異が起こりそうだ。
 しかし、嘘はつかないけれど冗談は言うというのも微妙な線引きだなと、サラが自分の強引なトンチも忘れて考え込んだとき。
 月巫女は、さらに爆弾を落とした。

「冗談くらい言いますよ。私はまだ“人間”ですから……ね、女神様?」

 サラは、その場にぺたりと座り込んだ。
 壁に押し付けた背中の生地がずれて、むき出しの肩甲骨が冷たい壁面に触れ、サラは「ヒャッ!」と飛び上がる。
 本人さえも、すっかり忘れていたその事実……。
 怯えつつ、サラは聞き返した。

「あなた、なぜそれを知って……」
「私たち巫女は、本来神の声を聞く者。あなたの声を聞くことは、私の使命の一つですから」

 まあ女神様がこんなに単純な方とは思いませんでしたけれど、とさりげなく嫌味を混ぜつつ、月巫女は笑う。
 サラには、月巫女の態度が豹変した理由がようやく分かった。
 月巫女にとって、サラは国王を狙う敵から、守るべき身内ポジションになったのだ。
 それを自覚していて……月巫女は今までサラをいじって遊んでいたのかもしれない。

「あーもういいや。“女神”として聞きますよ。あなたが知っていること、全部教えて」
「かしこまりました。ただ、私が知ることもそれほど多くありませんので、ご容赦ください」

 からかい混じりの口調をあらため、いつもどおり流麗なささやき声で、月巫女は話し始めた。

  * * *

「そもそも私たちのように、精霊の森へ送られる巫女は“神殿の巫女”と呼ばれております。神殿の巫女は我らが聖なる母より選ばれし者。決して途絶えてはならないと……」

 サラは、月巫女の口から紡がれる小難しい説明を、ザクザク噛み砕きながら理解していった。
 月巫女を含め、精霊の森に派遣される巫女は、母親のお腹に居るときから「次はアンタね」と予言を受けて生まれるらしい。
 予言が発生すれば、今まで精霊の森に閉じ込められていた巫女が出て来られる。
 次代の巫女は、十五歳の成人になるタイミングで森へ行き、前任の巫女は引継ぎをして去る……とてもシステマチックだ。

「私と姉も、前任の巫女より聞かされたことは、ほんのわずかです。森を統べる精霊王さまがいらっしゃらないこと、神殿からはなるべく出てはならないこと。食事を取らなくても命には関わらず、年齢もほとんど進まないということ。そして……万が一、普通の人間が神殿を訪れたときは、欲しいものを一つだけ授けること」

 神殿の巫女とは、まるで竜宮城の乙姫さまのようだ。
 あの童話だと、乙姫さまは「開けるな」と言いつつ危険な玉手箱を授けるというかなりの悪女。
 しかしこの世界に玉手箱はなく、代わりに宝石など本当に欲しい宝物がもらえるのだから、なかなか悪くないな、とサラは思った。
 もちろん、カメを助ける以上の苦行を乗り越えねばならないのだが。

「あの森には、時間という概念がありません。姉と私は、神殿の地下に広がる『大図書館』で本を読んで過ごしていました。大図書館には、主にこの世界のなりたちや神話関連の本が収められております。その広さは地の底まで届くと言われており、どれほど時間があっても読みきれることはありません」

 前任の巫女曰く、それらの本を読みきる前に次の巫女が来てしまうので、読みたいものから急いで選ぶように言われたらしい。
 マンガ喫茶に引きこもって暮らすようで、なかなか楽しげだ。

「マンガキッサ……とは?」
「ちょっと、私の心は読まないでいいから!」

 この人の前では、迂闊な妄想はできないとようやく察したサラは、あらためて月巫女の話に集中する。

「務めを果たした後、神殿の巫女は森で得た能力……闇の魔術と、大図書館で得た深い知識を用いて、国の運営に関わっていきます。そのため、巫女に選ばれることはその家にとって大変名誉なことです」

 私の家も……と言いかけた月巫女は、なぜか口篭った。
 女神の勘が、「そこは突っ込まない方がいい」と告げたため、その話題をスルーした。
 月巫女は、話を続ける。

「長きに渡りそのような慣習が続いてきたおかげで、私と姉が生まれたときはずいぶん“不吉な巫女”と騒がれたものです。通常、巫女に選ばれるのはただ一人。双子が巫女になったことはありませんでした」

 レントゲンなど無いこの世界で、巫女になれる『女の子』の誕生を言い当ててきたのは、『聖母』と呼ばれる占い師のような人物。
 人間より数倍も長く生きる彼女は、初代の巫女ではないかと言われているが、真相は定かではない。
 国営の中枢におり、民からの信頼も厚いという。
 ところが双子が生まれた時は、その聖母を糾弾する声が上がるほどの騒ぎになったそうだ。

「しかし、私と姉は二人で一人……そのような結論になり、二人一緒に森へ送られました。姉と私は正反対の力と気質を持っていましたので。姉の外見も性格も、私とは似ていません。巫女としての本質は同じなのですが」

 そこまで話した月巫女は、不意に表情を翳らせる。

「私たちは、森に残るべきだったのかもしれません。精霊王様も戻らず、神殿には誰も居なくなってしまった。その後のことは……女神様もすでにご存知のとおりです」

 サラは、先ほど国王に打ち明けられたばかりの痛ましい話と……リプレイされたおぞましい映像を思い出しかけ、慌てて頭を振った。
 今は冷静さを失うべきではない。
 なるべく多くの事実を知って、対策を立てなければならない。

「今も、森の神殿には誰も巫女が居ないと思われます。巫女の入れ替わりのためには、前任の者が神殿への道を開かなければなりませんので。巫女が居ないことが、もしかしたら……いいえ、それ以上のことは、私には分かりません」

 月巫女はそこまで語ると、役目は果たしたというように優雅な一礼を残し、「ではこれで」と部屋を出て行った。 

  * * *

 一度国王に挨拶をしてから、サラは後宮入り口に待機しているデリスとナチルの元へ急いだ。
 毛足が長くやわらかい絨毯を、新しい革靴で踏みしめながら、サラは考える。

 生まれた双子の巫女。
 神殿へ導かれた国王。
 誰もいなくなった神殿。

「森の増殖……闇の魔術の氾濫……砂漠化……」

 バラバラのピースを一つずつ重ねていくように、サラは考える。
 偶然というにはタイミングが良すぎる。
 かならずどこかでリンクしてくるはずだけれど、まだ情報のピースが足りない。

 一瞬脳裏をよぎったある可能性も、すぐに打ち消された。
 魔女は、まだこの世界に居るのだ。
 砂漠のどこかに身を潜め、赤い瞳を隠し持つ美しい女性を、一刻も早く探し出さなければならない。

 太陽の巫女が、闇の魔術を使う魔女だということは、どうやら間違いなさそうだ。
 月巫女は確信が持てないのか言葉にしなかったけれど、太陽の巫女はこの国を狙っているのだ。
 特に、自分を平和な神殿から連れ出した国王を。
 だからこそ月巫女は、国王に近づこうとする女を、必要以上に警戒していたのではないか?

「なんて……またデリスに怒られちゃうな」

 サラは自嘲した。
 月巫女をかばいたくなるこの気持ちは、きっと女神のものだ。
 何かを守るために何かを切り捨てる……月巫女にとって、この王城は戦地と同じだった。
 しかし、切り捨てられた側に罪が無いなら、月巫女の行為は過剰防衛でしかない。
 いくら敵が、恐ろしい魔女だったとしても……。

「全てを、滅ぼす……か」

 サラは、不安にうずく胸をおさえながら、太陽の巫女が残した強烈な怨念の中にヒントを探った。
 さっき、一瞬シンクロした魔女の願いは、皆既日食のときに感じたそのものだった。
 この世界を全て、森で埋め尽くす。
 生命を育む太陽を隠し、暗闇の中に赤い花だけを灯して……。
 あのとき見えた景色はやけに幻想的で、美しいと思えた。

「それでも、間違ってる」

 人間も動物も、生きているということはキレイなことばかりじゃない。
 それでも、短い命を必死で生き抜く姿こそが、美しいと思えるから。
 私は、魔女を止めなければならない。

 サラは顔をあげると、大事な友人の元へと急いだ。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 太陽の巫女ネタ、一旦終了です。けっこう長くなってしまった。その割には中身が薄……ううん、いいの。ギャグは癒しだから。今回も無理やりねじ込んでしまいました。ちょっぴりね。あと、何度も言いますが大陸の話はスルー推奨ということでよろしくお願いいたします。伏線っぽいサワリがあっても、その先はノープランですので。神殿の巫女さまの、楽しいマンガ喫茶ライフはいいですねー。ご飯は食べても食べなくても良し、たまにドリンクバーで紅茶花伝ミルクティでも補給できれば……ん? 神殿にドリンクバーは無いって? こりゃまた失礼(←単なる昭和ギャグなので割愛)結局、巫女さまが何のためにそこへ呼ばれるのかは分からずですが、その辺はまた今後の展開しだいでちまちまと。
 次回は、ようやくリコのところに到着します。えらい時間がかかってもーたー。薄情な主人公でスマン!(ちなみに明日は、ホラー企画作品のアップがあるので、更新時間ちょい早め予定……の予定……)

第五章(9)リコの病状

第五章 砂漠に降る花


 サラは、少しだけ自惚れていたのかもしれないと思った。
 リコのことを、自分なら治せるのではないかと。

「リコ……リコっ! 起きて!」

 ふっくらとした頬は痩せこけ、色白だった肌は病的に青くなり、唇はかさついて青紫色に変色している。
 医務室のベッドに横たわるリコは、サラの呼びかけにピクリとも動かない。
 意識が無いかと思えば、唐突に目を開き、水や食料を欲したりする。

「サラが呼んでも、無理か」

 アレクが落胆を隠さず呟くと、すかさずリーズが「兄さんっ」とたしなめる。
 リコはたまに寝返りをうち、体がかゆければ掻き、欠伸をしながら起き上がり、トイレにも一人で行く。
 倒れてから数時間、まるで人間の言葉を解さない動物のように過ごしているのだと、ずっと付き添っていたアレクが説明した。
 話を初めて聞くサラと、そのことを既に知っているエール、リーズ、ナチルは、皆同じように悲痛な表情で沈黙した。

  * * *

 基本的な体力や目に見える怪我は治せても、魂についた傷は直せないことは、サラも十分過ぎるほど知っている。
 地下牢で見た侍従長の姿と、リコの姿がどうしても重なる。
 もしリコが一生このままだったら……?
 最悪の想像をしかけたところで、サラは深いため息とともにリコの傍から離れた。
 そのとき、少しよろめいた体を背中からふわりと抱きとめたのは、エールだった。

「大丈夫か? サラ姫」
「ああ、ごめんなさい。大丈夫」

 エールとリコも、リーズを通じてある程度仲良くなっていたようだ。
 国王が倒れる中、仕事を放り出してここにいることがその証拠だった。
 もしくは、サラがリコを目覚めさせると期待して……その後に事情を聞こうと待ち構えていたのかもしれないけれど。

「エール王子から見て、リコの症状はどう思うの?」

 サラは少し意地悪だと自覚しつつ、その質問を投げかけた。
 母の呪いはもちろん、月巫女や侍従長に操られたということも、エールにとってはあまり思い出したくない記憶だろう。
 案の定、エールは顔色を若干悪くし、軽く唇を噛み締める。
 シンと静まり返る病室に、エールの低い声が広がった。

「俺が駆けつけたとき、リコ殿は全身に裂傷を負い倒れていた。闇が引いてすぐ、リーズと俺で手分けして治癒を。しかし、目を覚まさなかった。念のためサラ姫の髪も飲ませてみたが、それも功を奏さず……」
「そう……あなたは、あの“闇”は平気だった?」

 サラが問いを重ねると、エールは逆にサラが支えてあげなければならないほどぐらつく。
 それでも足を床に縫いとめ、力を入れて踏みとどまった。

「俺にとってもあの闇は、本当に恐ろしかった。魔女も月巫女も、全てを超越するような偉大で邪悪な力を感じた。偉大と評したのは、もしかしたら俺の中にまだ巣食い続ける闇がそう思わせたのかもしれない」

 エールの台詞には、自身が闇に囚われた経験者としての重みがあった。
 サラは、エールに力強くうなずいた。

「私も戦地であの闇を見て、心を奪われそうになったの。人は誰しも、あの闇に捕まる可能性があるのだと思う……」
「まっ、そりゃそーだな」

 不意にアレクが乱入してきた。
 重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、おどけた口調でサラとエール二人の肩を抱く。
 相手が王子様だろうと頓着しない、相変わらずの野生的なコミュニケーションだ。

「なあサラ、俺が睨んでる犯人教えようか?」
「アレク……?」

 アレクは、背の低いサラの耳に挑戦的な三白眼を近づけると、内緒話でもなんでもない音量で告げた。

「リコは、ある男から狙われてたんだ。リコがこのままなら、そいつはそれで構わないと思ってるのさ。そいつはいつも、リコのことを『小さい動物みたいでカーワイー』と、涎を垂らしながら見ていたんだ。むしろ今の物言わぬリコに対して『もしこのままなら自分が一生世話してもいい』なんて邪な考えを持ってる。その理由は、普通の人間だったリコには既に振られ」
「――兄さん?」

 効果音に『ゴゴゴゴゴ……』という音が聞こえそうなくらい迫力のあるリーズが、睨み付けているようにも笑いかけているようにも見える表情で、アレクの上着の首根っこを掴まえて後方へ放り投げた。

  * * *

 サラとエールが真面目な会話を、アレクとリーズが不真面目な会話している間にも、ナチルはせっせと働いていた。
 先ほど領主館から運んできたリコの私物を解き、リコの目の前に一つ一つかざしていく。
 リコは、それらの何にも反応しなかった。
 あれだけ大事にしていた、焼け焦げたお守りにさえ。
 その様子を見守りながら、サラはエールに尋ねた。

「月巫女の髪でも、駄目なの?」

 最後の頼みの綱と思ったその発言にも、エールは黙って首を横に振る。

「デリスの話によると、リコ殿は自分自身に攻撃を仕掛けたとのこと……贄と器と対象を、一手に引き受けたとしたら、かなりの損傷を受けているはず。難しい状態と考えておいた方がいい」
「そう、分かった。ありがとう」

 リコに見せるアイテムが無くなり、広げた荷物を片付け始めるナチルがベッドサイドから離れるのを見て、サラは再びリコの傍に近づいた。
 ベッドの脇に立って腰を屈めると、その頬を撫で、柔らかなブラウンの髪をかきあげた。
 自らの長い黒髪をリコの胸の上に垂らし、卵のようになめらかなその肌に、『女神』の祈りを込めながら、いくつかついばむようなキスを落としてみた。

 唇が離れた直後、無反応だったリコの頬にうっすらと赤みが戻るものの、しばらくするとまた元の青ざめた顔に戻ってしまう。
 圧倒的な闇に、少しの光があっけなくかき消される……そんな反応だった。
 その闇は、確実にリコの内部から染み出していた。

「リコの魂に、消せない傷がついた……そういうことなのね?」

 固く閉じたリコの睫毛が動かないことを確認すると、サラは振り返ってエールを見上げた。
 力なくうなずくエールに、サラは涙を堪えながら強気な笑みを向けた。
 リコは、大丈夫だ。
 他の刺客たちと違って、こうして冥界へ旅立たなかったことが、リコの勝利への布石。
 得体の知れない魔女とは違って、リコに魔術の種を仕込んだ人物がどこにいるかは、もう分かっているのだから。

「私が、絶対助けてあげる」

 リコが眠るその姿を瞳に焼き付けながら、サラがささやいたとき。

『はいっ!』
『絶対ですっ!』

「――えっ?」

 それが、女神サラとスプーン猫こと光の妖精、初めての会話だった。

  * * *

 もしかしたらこの場にいる誰よりも、リコのことを心配しているのかもしれない。
 それを見せないように、いつもどおりののんびりとした態度を貫き、表面上は気丈に振舞うリーズ。

「さっき言ったばっかりだろっ! お前らがしゃべりだすとヤヤコシイから黙っていろって」

 胸ポケットから取り出したのは、『ご主人様』からの受けた命令を破ったペットが二匹。
 睨み付けているようにも、笑いかけているようにも見える表情で、リーズは言った。

「後で遊んでやるから、今は大人しくしててくれ、な?」
『だってぇー』
『ご主人様のいぢわるっ』

 完璧にご主人様を舐めきっているそれは、猫耳のついた着ぐるみをかぶった、二本のスプーンだ。
 しかしサラの目には、スプーンと同化した手のひらサイズの小さな少女が二人に見える。
 背中からトンボのような薄く横長の羽を二枚ずつ生やし、耳の先が少しとんがった、雪のように白い肌のミニチュア美少女だ。
 ただし、服装はあくまで猫の着ぐるみなのだが……。

「フィギュア……?」

 サラの地球用語は、当然誰にも通じない。
 けれどそのスプーンは、サラの興味関心が自分たちに向けられていることを察した。
 感激した二匹は、興奮を隠せずに、リーズの手のひらの上でくるくると回る。

『嬉しいですっ。光の乙女とようやくお話できるっ!』
『光の乙女じゃないよっ、もうこの方は私たちの……』

『――めが』
「ちょっと待ったーっ!」

 サラは黒騎士らしい俊敏な動きで、リーズの手からスプーン二本を奪い取った。

『お願い、まだ黙っててっ!』

 心話で話かけると、妖精たちもなんら違和感なく同じように返してくる。

『どうしてですかぁ?』
『すぐバレますよぉ?』

 ぐっと言葉に詰まったサラは、可愛らしい小さな妖精の可愛くないツッコミに視線を泳がせる。
 奥ゆかしくドアの近くで待つナチルの姿をチラッとを確認すると、うっすら頬を染めた。
 背中の肩甲骨を後手に触りながら、サラは頬を染めつつ言った。

『それは……はずかしいから……』

 二本のスプーンが、カチャリと頭突きをしながら『女神様って乙女だねー』と笑い合った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 リコちゃんお見舞い編ですが、シリアスからの逃げがここでも発揮されてしまいました。いつまでもしんみりしてらんねーっす。とりあえず、リコちゃんを治せる(?)のは本物サラ姫しかいないということだけは判明させました。ついでに盗賊兄弟チラッと慣れ合わせて、地味キャラ王子は地味なまま……そして、作者が大好きな正直者ペット・スプーンズとの初絡み。スプーンちゃんはどう考えてもツッコミ側なので、月巫女さま同様サラちゃんとの相性は抜群。×-GU(以下復唱なので略) どうも、ダブルボケタイプの漫才が苦手なので(止まらないボケの連鎖で押すのは良しですが)、サラちゃんの周囲にはツッコミキャラがおのずと増えていってしまう……。サラちゃんよりさらに(←この単語良く使うのに、この話では紛らわしいので使えません)ボケなのが、天使ママとリグル王子ですね。二人に対しては、サラちゃんも慣れないツッコミ側にまわります。って、こんな後書きでええんかのぅ?(←作者は常に一人芝居中)
 次回、スプーンズとちょっとおしゃべりしてから、砂漠へ向けて出発します。本当にようやく……。

第五章(10)妖精と女神

第五章 砂漠に降る花


 サラが二本のスプーンを手のひらに乗せたまま、一人顔色を赤くしたり青くしたりする姿に、その場に居たメンバーが不思議そうに顔を見合わせる。
 髪が伸びた理由とともに、サラが『魔術が使えるようになった』ことも、すでにナチルから説明を受けていたが、スプーンと心で会話できるとまでは聞いていなかった。
 それに気付かないまま、サラは妖精に話しかける。

『ねえ、私っていったい何なの? あなたたちは知ってる?』

 二人の妖精はアゴに手をかけ首を傾げ、まるで鏡に映したかのようにそっくりなポーズをとると、唇を尖らせながら言った。

『あたしたちは、女神様のこと“めがみさま”って感じるだけですぅー』
『こうしてくっついてると、キラキラで気持ちよくて……はぁー』

 くたびれたOLが二人、温泉に浸かったときのように、妖精はサラの手のひらにゆっくり倒れた。

  * * *

 天井に向けて広げたサラの左手の上で、金と銀の髪を持つ小さな妖精が幸せそうに寝転ぶ。
 女神パワーについて、何か有益な情報が得られるかと思っていたサラは、内心「チッ、つかえねー」と女神らしからぬ舌打ちをした。
 しかし、二人の妖精は「はー極楽極楽」「たまにはご主人様から離れるのもいいわねぇ」と、リゾート気分を満喫している。
 月巫女とは違って、意図的に話しかけない限りはサラの声も聞こえないようだ。
 今にもこっくり舟をこぎかねない妖精に、サラはもう一つだけ確認する。

『あなたたちは、リコのこと……闇の魔術のことどう思う? やっぱり光の魔術じゃ治せないものなの?』

 寝転んだ姿勢のまま、妖精は顔を見合わせると、目を伏せた。

『あたしたちは、強すぎる闇にはとっても弱いんです……』
『エール王子もですが、リコの魂も今は暗い闇の中に……』

 サラは、昼間の皆既日食を思い描いた。
 あのとき闇に隠された太陽は、リコの心と同じなのかもしれない。
 日食なら時間が経てば終わるけれど、リコの心は終わることのない暗闇に包まれているのだ。

『女神様、あたしたちリコのこと助けてあげたいって思うの……』
『リコの体を守ってあげることはできるから、付いていてあげたいんですっ』

 熱いお風呂からあがるようにゆらりと立ち上がると、「一緒に連れてってください」とヘッドを下げるスプーン。
 サラは慈愛が溢れる瞳で『ありがと』と声をかけると、顔を上げた。
 一度ベッドの上のリコに目をやると、その青白い顔に先ほどはなかった苦悶の色が見えた。
 夜が近づくにつれリコを覆う闇も深まるのだと、サラはなんとなく察した。

 この先、日一日と月が満ちて、夜の明かりは力を増していくのだ。
 とにかく、サラ姫に会わなければならない。
 一刻も早く……。

「リミットは、満月かな……」

 女神の能力が自在に操れるなら、サラがその翼で一人砂漠に舞い戻る方が早い。
 しかし、能力の限界も分からず、唐突に力が切れる不安定な状態では、むしろリスクになる可能性も高い。
 やはり正攻法で、陸路を使うしかない。
 魔力でサポートし、馬とラクタを使って限界まで急いでも、砂漠の王宮まで片道十日、往復二十日はかかってしまう。
 体調が悪いリコを動かすのは心が痛むけれど……。

「やっぱり、連れて行くしかないかも」
「あのー、サー坊?」

 おずおずと、リーズが声をかけてきた。

「ああ、ごめん。妖精ちゃん借りて」

 サラがスプーンを返そうと手を差し出すと、リーズは一歩身を引いた。
 不思議に思ってもう一歩近づくと、また一歩下がってしまう。

「リーズ?」
「いや、なんか……サー坊が怖いんだけど」
「なにが?」

 きょとんとして首を傾げるサラに、手のひらの妖精が話しかけてきた。

『あのー、ちょっといいですかぁ?』
『女神様、後ろ後ろー』

 なんだか昭和のベタなお笑い番組みたいな展開に、サラが恐る恐る後ろを振り向くと……。

「――ぴゃっ!」

 奇妙な悲鳴と共に、サラの背中の羽がぷるっと震えた。
 握り締められたスプーンが『女神様って、面白いひとだねー』と笑い合った。

  * * *

 サラは、ほんの少しだけ女神パワーの仕組みが分かったような気がした。
 単に「女神パワー、オン!」みたいな掛け声やら気合いだけでは、せいぜいおならくらいしか出せない。
 心が何かを強く望んだときに……サラという人間のエゴが消え去ったときに、女神は現れる。
 あと、光の妖精に触れたことも、もしかしたら関係あるのかもしれない。
 戦地であれだけ力が安定していたのは、傍に精霊王が居たから……。

「あのー、みんな……くすぐったいんだけど……」

 勘が鋭くなっている今のうちに、女神の仕組みを整理しておきたいという希望は、参拝客の無礼な行為によって妨げられる。

「へえー、女神様の羽って鳥の羽と似てるんだなぁ。付け根はどーなってるんだ?」
「ちょっと兄さん、引っぱっちゃダメだって。せいぜい撫でるくらいで我慢しなよー」
「サラ姫が、女神様だったとは……ああこの神々しくも柔らかな肌触り……この羽を枕に眠りたい……」
「女神様の翼サイズは……と。うん、今度はもう少しお体にフィットした服を作れそうですわっ」

 眠っているリコを除き、残りの四人は……羽の玩具を目にした猫状態だ。
 リーズが声をかけるまでは、それこそ魂を抜かれたような態度を取っていたのだが。

『女神様、あたしたちを一回放して?』
『たぶん羽しまえるかもー』

 異常なテンションの四人の中で、もっとも冷静なリーズ。
 サラは手を伸ばして、リーズの胸ポケットにスプーンをねじ込んだ。
 その瞬間、一メートル大の翼は、白い残像を残して消えた。

「あー、良かった……」

 ホッとするサラに、不満げな三人と苦笑する一人の視線がぶつけられる。
 興奮状態がおさまり冷静さを取り戻した彼らは、サラにクールで明快な事情の説明を求めていた。
 サラは引きつり笑いを浮かべながら言った。

「あのね、私にも良く分からないんだけど、なんか、ときどき女神様に変身できる体になっちゃったみたい……」

 納得するにはほど遠いサラの言葉に、四人の眉の角度がつりあがる。
 それ以上は言えることが無く、サラはアハハと笑ってごまかそうとするが、四人の視線はますます冷たくなり、室内の温度も一気に冷えていく。
 冷や汗タラタラの女神を見ていられなくなったのか、無事我が家へ帰宅したスプーンズが補足をしたのだが……。

『今日のお昼で、この世界は滅びちゃうとこだったんだよー』
『女神様が救ってくれたんですよ、ねっ、女神様?』

 あたかも、時代劇のスケさんカクさんのような大げさ過ぎるフォローに、サラは「そんなことないよぉー」と慌てて手を振る。
 しかし、それを聞いてしまった面々は……悪代官一味のごとく、見事その場にひれ伏した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 さて、八月もすでに折り返し地点。サラちゃん、未だ王城から出られず。想定外です。もう八月完結ののろしをアチコチに上げてしまったというのに……いや、諦めたら試合終了だっ。今回のメインは、サラちゃん&スプーンズの交流と、みんなの前で女神様暴露。「シムラ後ろー」は一回使いたかったので、出せて良かったです。(王道ギャグをいくつ制覇できるか……それも今作品の大事なテーマでありますっ)話が進まなかったので、あまり書くことが無いなあ。補足するとしたら、女神様が現れたときの態度で、エール王子がむっつり系だってバレたことくらい? アレク様は何気に分析魔だし、リーズ君はとにかく兄命のツッコミマシーン。ナチルちゃんは衣装係魂に火が。あー、こんなことばっか考えてるから進まないんだな……。
 次回は、ついに(やっと)王城脱出。平坦な旅はあっさりこなして先を急ごうと思います。

第五章(11)旅の準備

第五章 砂漠に降る花


 平身低頭する皆になんとか顔を上げてもらったサラは、国王の気持ちをようやく理解することができた。
 王城を追い出され、しばらく一般市民として暮らして……戻ってきたら神やら英雄やらと持ち上げられ、さぞかし居心地が悪い思いをしたことだろう。
 サラは、スプーンズに『もう余計なこと言わんといてやっ!』となぜかエセ大阪弁でけん制しつつ、面を上げた全員に複雑な半笑いを向けた。

「まあ、私は今までと何も変わらないから、皆も普通にして? 問題も解決したわけじゃないし、ね」

 口にしながら、サラは本当にそのとおりだと思った。
 今頃カリム達は、大きな決意を胸に砂漠へ向かって進み始めた頃だろう。
 こちらも気を引き締めなければならない。

  * * *

 サラは、国王の部屋で解いたままにしておいた黒髪を結びなおし、皆にこれからの目的を告げた。

「私は今から、リコを連れて砂漠へ戻ろうと思うの。リコを治せるかは分からないけれど、術をかけた人はそこに居るはずだから」
「めが……サラ姫、戻るというのは、その翼で?」

 名残惜しそうにサラの背中の辺りをチラリと見つめながら、エールが問いかける。
 サラは、エールの期待に満ちた瞳を見て、なんとなくばつが悪いような気持ちで首を横に振った。

「残念だけど、今の私には女神の力が使いこなせない。だから、また馬車を用意して欲しいの。リコも連れて行くつもりだから、できるだけ広くてあまり揺れない車があったら嬉しい」
「分かった。すぐに手配させよう」
「ありがとう」

 エールは力強くうなずくと、目を伏せて何やら小さな声で呟き始めた。
 早速魔術で伝言を飛ばし、旅の手配をしてくれているようだ。
 サラはその細面な顔から、自分と同じ長く手入れされた黒髪、そして痩せた体と、視線を上から下へと動かしていく。

 光の妖精の力を持ってしても、未だ闇の魔術の支配から逃れられていないエール。
 病的なまでに白く、痩せた頬が痛々しい。
 それでも、あの赤い花の広場でサラが命を救おうとしたときよりは、だいぶマシになっていると思う。
 食事もしっかり取るようになったし、肉体的な強さは取り戻しつつある。
 ただし、傷ついた魂そのものを癒すには、もう少し時間がかかるのだろう。

 ふと、戦場で出会ったもう一人の優秀な魔術師を思い出し、サラは考えた。
 どう考えても、キール将軍の方が過酷な環境に置かれていたのに、二人を見比べるとエールの方が若干頼りなげに見えるのはなぜだろうか?
 見た目ではなく、体から湧き上がる生命力のようなものが違う……そんな気がした。

 必要なのは、自分で闇を克服しようとする力だと、ジュートは教えてくれた。
 もしかしたら、キール将軍が赤い瞳から逃れられたのは、キースが戦地に送られてきたからかもしれない。
 彼女を助けたいと願う気持ちが、または『国を変えたい』と高く掲げた理想が、闇を追い払う。
 つまりは、希望が必要ということだ。
 サラはエールに歩み寄り、至近距離からその顔を見上げてささやいた。

「エール王子、今度ここへ戻れたら、あなたの望みを一つ叶えてあげる。何か私にして欲しいことはある?」

 女神サラの甘い誘惑に、エールはめまいを感じよろめいた。

  * * *

 上目遣いで見つめられ、エールは白い頬をみるみる赤く染めていく。
 隣に立つアレクが「おい王子様、何考えてんだよっ!」とツッコミを入れるものの、紅潮した頬はなかなか戻らない。

「いや、俺は別に、何も……」
「遠慮しないで。国王様にも一つ、同じ約束をしてきたから」
「父様に?」
「うん。戻ってきたら“一日専属メイド”してあげるって」

 無邪気に微笑むサラを見て、ピシリと硬直する男性三名。
 特にエールは、尊敬してやまない父の願いをリアルに知って、かなりのダメージを受けたようだ。
 困ったり動揺したときの癖になった……左胸のホタル入りケースを握り締めて、ウーンと唸り声を上げている。
 一人本物のメイドであるナチルは、サラを舐めるように見つめながら「女神様にメイド服を用意しなければっ」と、また別の意味の欲望を露にする。

「私にできることなら、何でもいいよ?」

 にこにこしつつエールを見上げるサラ。
 サラの笑顔に魅入られるエール。
 見詰め合う二人、特にうっすらと邪念を感じさせる表情のエールに、アレクが「王子様、なんか邪なこと考えてねーだろーな」と小声でツッコミを入れると、エールは夢から覚めたようにビクリと体を震わせた。

「俺の望みは……いや、今はまだいい。何も思いつかないんだ」
「そう、分かった。じゃ考えといてね」

 誰かと、未来の約束を交わす。
 たったそれだけで、驚くほど生気を取り戻していくエール。
 その変化を目の前で見せ付けられて、サラは「これは良い方法を見つけちゃったかも」と一人ニヤついた。

 何も変わらないと言われても、光をまとう長い黒髪と純白の翼を見てしまった者には、サラのニヤけた笑顔も神々しい微笑に脳内変換されて映る。
 特に、ショートカットのサラしか見たことが無いエールとアレクには、ギャップが大きかった。
 美しい長い髪が、黒騎士や少年といったサラの印象をひっくり返す。
 二人が眩しげに目を細めてサラを見つめる中、サラは次の目的を達成するべく動いた。

「ねえ、リーズ」

 サラが近づいても、リーズはもう逃げなかった。
 それどころか「なに? サー坊」と笑いかける余裕すらある。
 幼少期から強烈キャラに囲まれ、散々もてあそばれてきたせいか、動揺が表に現れないし異常に打たれ強強いタイプ……本当に強い人というのはリーズみたいな人のことかもしれない。
 サラはクスッと笑うと、先ほどからせわしなくグーとパーを繰り返している、リーズの手をとった。

「お願い。今から私と一緒に、砂漠へ行って欲しいの」

  * * *

「サラっ!」
「サラ姫っ!」

 リーズの両隣から、同時に声上がる。
 その声色で、二人の気持ちはサラにも十分伝わった。

「来て欲しいのはリーズだけ。国王様の調子が悪いのに、大事な立場のエール王子は連れていけないよ。そもそもネルギは危険な国だし、王子様なんてバレたら大変だから……ね?」

 軽く唇を噛んだエールが、わかりましたと呟いて頭を下げた。
 もう一人、血気盛んな勇者が名乗りを上げる。

「じゃあ俺はっ!」
「アレクには、自治区のこともあるでしょ? あとは、リーズの代わりにエール王子の治癒を任せられる人が要るし……光の魔術を使える人って、他に居ないから」

 サラが言葉を重ねる毎に、アレクの目つきは鋭くなり、不満が心に溜まっていくのが見て取れる。
 何と言って説得したらよいのか分からず、サラが途方にくれかけたとき。
 一隻の助け舟ならぬ、巨大な黒船がやってきた。

「どうぞ連れて行ってくださいませ。“幸運の勇者”さまを」
「――コーティ!」

 音も無くドアを開け部屋に入り込んできたのは、美しいマットなブロンドを揺らした美女だった。
 笑顔で迎え入れるサラと対照的に、アレクはその姿を見て一気に機嫌を悪くする。
 顔をしかめながら、嫌味攻撃を一ターン。

「盗み聞きとは趣味が悪いな。いつから話を聞いていた?」
「諜報活動は立派な仕事です。それ以前に、野蛮な方から大事なエール王子やサラ姫を守るのも私の役目ですし、見守るのは当然のこと。あともう一点、あなたごときがエール王子の治癒をなさるとは笑止千万」

 太刀を軽く一振りしただけのアレクは、見事な三倍返しを食らい、がっくりと肩を落とした。
 アレクを“口撃”で黙らせたコーティは、サラに歩み寄り丁寧に頭を下げた。

「サラ姫様。こうして体調も戻りましたし、私も光の祝福を受けた身です。ソコのアレより余程役に立ちますので、どうかエール王子のことは私にお任せください」
「自治区のことも、心配ありませんよっ。ぶらぶら遊びまわっている領主様より、私の方がよほど役に立ちますからね」

 便乗するように、ナチルが余裕たっぷりな笑みを浮かべて発言した。
 女神モードなサラには、二人が『アレク大好き』と訴えているように見える。
 大きな手でこめかみを抑えるアレクと、二人の天邪鬼で可愛らしい小悪魔を見比べて……サラは笑った。


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(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ようやく出発の準備が整いました。メンバーは、第四章では置いてけぼりで腐ってたアレク様&何気に人類最強なリーズ君です。やっぱ旅のメンバー選ぶのってRPGっぽくて楽しい。今回のメインは、サラちゃんへのお願い妄想? エール王子のお願いは、むっつりなキャラだけあってややシモな方向へ行ってしまったので、考え中ということでお茶濁しました。残りの王子二人も帰ってきたら「ズルイ」と言い出すはずなので、番外編は四つ分になりそうです。サブタイトルは『ああっ女神様っ』あたりで……あ、パクりじゃなくてオマージュですよー。あと、最後に可愛い女子のほんのりラブを書けて幸せ。どうもイチャイチャより意地っ張り天邪鬼な片思い系シチュエーションが好きらしいです。とりあえずアレク様とコーティちゃんの番外編も決定です。(まずは本編完結……ガンバリマス)
 次回は、あっさり旅を進めて行きます。まずは盗賊の砦へゴー。アレク様は五年ぶりの里帰りです。

第五章(12)アレクの帰還

第五章 砂漠に降る花


 エールが用意してくれた馬車は、サラが数日前に戦場へと旅立ったときとほぼ同じタイプだった。
 壁面にみっしり積み上げられた物資には、水を入れるタンクと長期保存できる乾物が多く、それらはサラたちの分はもちろん、途中飢えた民が居たら配布するようにと配慮されたものだ。
 馬車の中心には、横たわるリコ。
 その両サイドには、アレクとサラ。
 リーズはといえば、器用なタチだけに、満場一致で馬車の操縦係となった。

  * * *

「それにしても、アレクってば本当に?」
「ああ、成人したとき以来……かな」
「お父さんもお母さんも、心配してないの?」
「母親はあの性格だし、父親は誰だか分かんないからなあ」

 あっという間に苦手なシモ系の話題に転がり落ちかけ、サラは額の汗を拭いつつ小窓の外を眺めた。
 もうとっぷり日は暮れたというのに、馬車が走り続けていられるのは、ひとえにリーズの……従える二人の妖精のおかげだ。
 ちょうど車のライトのように、二本の明るい光線が道を照らす。
 おかげで暗闇に弱い二頭の馬も、安心して農道を走れる。

「そういえば、サラの家族の話って聞いたことねぇな」
「ええっ……そうだっけ?」

 長い脚をリコにぶつけないように折り畳んだアレクが、小窓から差し込む月明かりを受けて瞳を輝かせる。
 月が良く似合うこの人は、もしかしたら闇の魔術を使いこなせるタイプかもしれないと、サラは女神の勘を働かせた。
 もし盗賊の砦に残っていたら、何人もの女性から求愛されて大変だったかも……。

「おい、サラ。また飛んでるぞ?」
「はわっ! ごめん……」

 右脳と左脳が入れ替わるのが、サラと女神の切り替わりに似ていると気付いてから、サラはなるべく理性を保とうと努力しているのだが……つい月や大地に目を向けてしまうと、女神モードに切り替わる。
 そういえば聞こえは良いものの、単に『ぼんやりモード』と言っても過言ではないのだが。

「うんと、私の家族だよね。お母さんが一人と、お父さんが五人」
「――はぁっ?」
「あっ、イカガワシイ想像しないでよ? お父さんは、全員血のつながりは無いの。本当のお父さんは誰だか分からないんだ。お母さんが記憶喪失になっちゃって、そのときには私がお腹の中にいたの」

 アレクは「なんか複雑そうだな」と苦笑した。
 サラが先に釘をささなければ、父親がその五人のうちの誰か分からないような行為をしたなんて、盗賊ルールの解釈をしたに違いない。

「お母さんは、見た目私に似てるって人もいれば、逆っていう人もいたなあ。髪の色と眉毛と、あと性格は全然違うかも。お母さんはふんわりしてて、お父さんたちからは“天使”って呼ばれてたから」
「へー、天使ねぇ……それは一度お目にかかってみたい」
「無理だよー。お母さんは異世界にいるんだもん。私もそこから呼ばれ」
「おい、ちょっと待て」

 出発前、コーティとナチルにやり込められたときと同じ……いや、もっと深く眉間にシワを寄せ、アレクはサラを三白眼で睨みつける。
 その迫力にびびったサラは、後退りしようとして、すぐ後ろの物資に阻まれた。

  * * *

「その話、誰がどこまで知ってるんだ」
「あ……そういえば、アレクにはちゃんと言ってなかったっけ?」
「聞いてねーし」
「えっと、カリムとリコと……あとバレちゃったクロル王子、きっと月巫女と、薄々国王様あたりも……もちろんネルギ王宮の皆さんも、かな?」
「てめえっ!」

 サラがリコを気にして人差し指を唇に当てると、アレクはわなわなと肩を震わせ、囁き怒鳴り声を上げた。

「なんでそんな大事なことを言わねーんだっ!」
「だって、ニセのサラ姫だってバレちゃうし……」
「お前は信頼できるかできないかの判断もつかねーのかっ?」
「アレクのことは、信頼してるよ……ただちょっと、言いそびれちゃったっていうかぁ……」

 サラの本音が飛び出したところで、アレクは中腰になり長い腕を伸ばすと、サラの髪をショートカットの時のようにぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

「ばーか。言い訳すんじゃねーよ。正直に謝れ」
「はい、ゴメンナサイッ!」

 この髪すぐくちゃくちゃになるから、梳かすの大変なのにーと唇を尖らせるサラに、アレクは怒っているように見せかけて愛情タップリの視線を向けてくる。
 アレクの気持ちがダイレクトに伝わって、サラはちょっとお尻のあたりがむずがゆくなった。

「本当だよ? アレクにはちゃんと言おうと思ってたんだから。ただ、オアシスに着いてから想像以上にいろんなことがあって……」
「ああ、分かったよ。それで? お前は一体どこから来たんだ?」

 サラは、そういえばあの好奇心の塊のようなクロルに、そのことを良く突っ込まれなかったなと思い出す。
 なんだかんだ、クロルにも大きな事件の解決と戦場へ行くなんて無茶があったから、単にその話を忘れていたのかもしれない。

「私が来たのは“地球”っていう星。ここと似てるけど、そうじゃないところもある。たぶん、過去にこの世界と繋がっていて、枝分かれした未来の一つ……って、アレ?」

 ぺらぺらと饒舌に語るサラは、自分でも何を言っているのか分からず混乱した。
 くちゃくちゃにされた長い髪を指でかきあげ整えながら、猫がグルーミングをするように落ち着きを取り戻そうとする。

「なんか、お前の言ってる話はデカ過ぎて、俺にはわからん」
「アハハ……私にも、良く分かんない」

 女神は、いつ生まれてどこまで知っているのか……。
 今のサラには計り知れないけれど、もしかしたらこの先の未来が、再び地球とリンクすることもあるのかもしれないと思った。
 過去は過去、未来は未来。
 未来のことは、今生きているたくさんの人たちが、ひとつひとつ選択をして築いていくものだから。

  * * *

 行きの行程では、徒歩で二十日間。
 帰りは、馬車を突っ走らせて四日間。
 途中デコボコ道もあったけれど、スプーン二人で驚きのパワーが発揮され、道は馬が走りやすいように平らにならされた。
 盗賊の砦に到着したとき、さすがに馬はへとへとになっていたけれど、サラが鼻面を撫でてあげると元気良くいなないた。

「サー坊は動物とも会話できるのかあ……女神様ってスゴイね」
「会話まではしてないしっ!」
「あ、そっかあ。ごめんごめん」

 相変わらずぼんやり癒し系なリーズに先導され、サラたちは砦の入り口へと連なる迷路のような岩山を進んで行った。
 相変わらず意識の無いリコのことは、真っ先にリーズがお姫様抱っこしようとしたものの、兄が力技で奪い取った。
 その理由は……。

『女避け』

 の一言。
 細い目を最大限に細めて、不満を露にしていたリーズも、入り口が見えたとき……その光景を見て引き下がった。

「キャアー!」
「アレク様ー!」
「お帰りなさいませっ!」

 アレク凱旋の報を既に聞いた盗賊の女人たちが、砦の入り口前にズラリと並んでいた。
 その数、およそ二百人。
 中にはナチルより小さい幼女までいる。
 彼女たちの姿を見て、アレクは「入り口からは出るなってのに……まったく」と、リコの体を必要以上に自分へ密着させつつ大きなため息をついた。

「おい、サラ。もうちょっと俺から離れてくれ」
「ん? どーして?」
「今の俺は“純愛キャラ”で行くんだ。女二人以上イケると思われたらマズイ。あいつら全員押しかけてくる」
「へー……それって面白そうっ!」
「あっ、バカ、やめろって」

 サラが茶目っ気を出してアレクの腕に絡みつくと、一度リコに対する怨念で埋め尽くされた砦入り口から、「キャー!」「私もっ!」と盛大な歓声が上がった。
 リーズはといえば、「やっぱり兄さんは置いてくれば良かった」としょんぼり呟き、スプーンズにひたすらフォローという名の褒め殺しを受けていた。


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 はい、あっという間に四日分進めました。本当はもうちょっと時間かけようと思ったんだけど、城でもたついた分ハイスピードで。久々に、アレク様との交流シーンです。気さくなお兄ちゃんキャラなので、サラちゃんも超リラックスモード。リラックスしすぎてうっかり女神モード混じりましたが……良く似ているようでちょっぴり違うパラレルワールドってほんとに便利だなー。そういう設定じゃなきゃ、まずサラちゃん異世界の会話&コミュニケーションからスタートしなきゃいけんかった。もちろん、魔術で『翻訳こんにゃくー』みたいなのもアリなのですが、どっちがベタだろうと思って、よりベタ(楽チン)な方にしました。というのも、異世界から人を呼び寄せたのは、たぶんサラ姫が始めてなので、翻訳グッズもありえないということで……浅いようで深い、異世界召喚の世界。(しかし、このストーリーは浅いです。潮干狩りにもってこい!)あ、今回スピード上げて割を食ったのはリーズ君でした。いつも脇役でゴメンよっ!
 次回は、盗賊の砦でちょっとだけくつろいで、すぐ出発。今ならカリム君たちに追いつけるかなー。

第五章(13)最後の晩餐

第五章 砂漠に降る花


 アレクフィーバーという名の手厚い歓迎を受けながら、サラたちはリーズの先導で岩山の迷路道を登り切り、入り口まで到着した。
 意図的に配置された似たような形状の岩が、角度によって微妙に形を変えてみせるため、真っ直ぐ進んでいるつもりがいつのまにか砦の裏側へ抜けてしまう……人間モードのサラ一人では確実に辿り着けないだろう。

 ふもとを見下ろすと、案外傾斜も高さもある。
 かなり小さく見える馬車には、すでに数名の盗賊の男たちが群がっている。
 厩舎は別の場所にあり、そこでケアをしてくれるとのことで、サラは一安心した。
 今晩はここに泊まり、リコをお風呂に入れゆっくり休ませ、翌朝日の出とともに出発する……そんな手はずになっていた。

 出迎えのかしましい女子軍団は、アレクが一言「てめーら邪魔」と発言すると、蜘蛛の子を散らすように砦内部へと去っていった。
 開けっぴろげで若干のわずらわしさは感じるものの、そういうサッパリしたところが盗賊たちの良いところだと思う。
 何事にも直球を投げ、打ち返されたらそこでさっぱり諦める態度は清々しい。

 王城と同等レベルの結界を越え、砦の中に一歩足を踏み入れると、その中は別世界だ。
 暗がりの中に松明がたかれる、巨大な穴倉の世界。
 しかし、アレクを歓迎するためか、清掃は行き届き、壁際には摘みたての小さな花が飾られている。
 パステルカラーの花びらを見て、サラがホッとため息をついたとき……雰囲気は、一変する。

「――隙アリっ!」

 柱の向こうから飛び出してきた人物が、目にも留まらぬ速さでアレクに殴りかかった。
 避けようと身を屈めたアレクは、腕の中のリコがつっかえて角度が足りない。
 結果、頬ではなく額へ拳を受け……ずるずるとその場に座り込んだ。
 次の瞬間、リーズの腹に回し蹴りが炸裂。
 とっさに後方へ飛んで衝撃を回避したつもりのリーズも、やはり久々の砦ということを忘れていたのか、後ろの岩肌に背中から激突……そのまま壁に背をつけて座り込む。

「さ、これで邪魔者は居なくなったわよ、サーラちゃん!」
「エシレさん……」

 サラは、自分に抱きつき頬にキスをする女豹エシレに、なんとも言いがたい微妙な笑みで応えた。
 人類最強は、もしかしたらこのひとなのかもしれない。

  * * *

 いつもどおり食堂へ案内され、おばちゃんの愛情手料理ランチをいただきながら、サラはあらためてこの家族関係を不思議に思った。
 サラの隣には、アレクとリーズ。
 リコは一人、食堂に程近い客間に寝かされている。
 おばちゃんが「任せときなっ」と、おかゆを手にウインクした顔が、目の前の美女と似ても似つかず……当然、アレクともリーズとも似つかず。
 きっとあの性格で、あちこちの男子を押し倒したのだろうとサラは推測した。

「それにしても、サラちゃんがこんなにベッピンさんになってて、おねーさんビックリ!」

 ねえ、ダーリン? と小首を傾げるしぐさは、清純な乙女そのもの。
 しかし、服装はといえば、パンチを繰り出しただけでパンチラするほど、深い切れ込みの入ったチャイナ服風ドレス。
 胸元のボリュームも相変わらずで、サラは目のやり場に困った。
 そんな彼女の太ももに手を添え、立ち上る真紅のメスフェロモンをガッチリ受け止める……ヒゲオヤジは本当に豪気な男だ。

「そうだな。髪型一つで変わるもんだなぁ……その髪また切るときは、俺らにも分け前寄越せよ?」

 サラは、二人の会話の噛み合わなさに、長く続けられる男女交際のコツを嗅ぎ取った。
 エシレの問いかけに、まず共感を示す。
 しかし「ぺっぴん」にまで同意すれば、今度は嫉妬させてしまうので逆効果だ。
 さりげなく話題を変えつつ、頼りがいがある盗賊の主張も混ぜ込む……ヒゲめ、お主も悪よのう。
 サラが悪代官気分でニヤニやとヒゲに笑いかけるのをスルーし、ヒゲはサラに言った。

「そういや、一昨日アイツが来たぞ。なにやら大所帯で」
「へっ? 誰ですか?」
「カリムだよ。あの小僧、いっちょまえに指揮官の顔つきになってやがった。ここの装備やら物資の予備、あらかた持ってかれちまったぜ」

 ガハハッと豪快に笑うヒゲに、サラは涙ぐみながら頭を下げた。
 カリムには、辛い役割を押し付けてしまった。
 あれだけボロボロで崩壊寸前のネルギ軍を率いて、砂漠を越える……そんな夢のような話を、着々と実行しているのだ。
 なにより、カリムの実直さがヒゲを動かした。
 見知らぬ女を守ろうとして、生死の境をさまよったあのシーンを、ヒゲもエシレも見ていたのだから。

「じゃあ、カリムはまだこの近くに?」

 うつむいてしまったサラの代わりに、アレクが尋ねる。
 ヒゲは、目の前の特大ビールジョッキの中身を飲み干すと、ドスンと音を立ててテーブルに置いた。

「あいつら……面白い目つきしてやがったぜ。体は疲れ切ってるのに、目だけギラギラさせてよ。ああいう奴らの動きは早い。馬車もいくつか貸してやったし、もう今頃砂漠の手前まで着いてるはずだ」

 同じルートを辿るなら、明日サラたちが馬車で出発すれば、明後日には砂漠を少し進んだあたりで合流できるかもしれない。
 一度合流して皆の様子を見たら、またすぐに別れなければならないけれど……。

「しかし、歩きでの砂漠越えはキツイぜ。何人か、体が弱ったヤツはうちで預かったが……さすがに騎馬やらラクタまでは全員分用意してやれないしな」
「いいえ、物資をお借りできただけでも十分です。ありがとうございますっ!」

 サラは立ち上がって、ヒゲに深々とおじぎをした。
 隣のエシレが「女の子たちをお風呂に入れてあげたのアタシー」と主張したので、サラは笑いながらエシレにも頭を下げた。

  * * *

 その晩、盗賊たちがささやかな歓迎パーティを開いてくれた。
 残念ながら頭領は不在だったが、サラはそのことをなんとなく勘付いていたため、特別ガッカリはせず……ほんの少しガッカリした。
 あちこちをブラブラしている風来坊な頭領の代わりに、カリスマ性抜群のエシレと尻に敷かれつつも頼もしいヒゲが、盗賊たちをしっかり纏め上げている。

 そして何より、胃袋という弱点を掴んでいるおばちゃんが、影の支配者なのだろうとサラは思った。
 普段の食生活は限りなく質素なものにし、仲間の誰かが大きな戦利品を得るなど、特別な日はとびきりスペシャルなメニューになる。
 丸焼きチキンだの、丸焼きブタだの、丸焼きウシが並ぶ会場には、飢えた獣モードの盗賊たちが殺到した。
 おばちゃんたちは手馴れた様子でコントロールし、人数制限と入れ替えが効率よく行われる。

 そしてサラは、久々の“姐さん”気分を味わった。
 サラの周りに挨拶をと並ぶ列は絶えず、中には「握手してください」「髪を触らせてください」などというフトドキモノも居たが、サラの隣に陣取ったエシレから刃のような視線を受けて、すごすごと撤退した。
 サラの逆サイドにはアレクが居たが、お酌を狙う女性陣が長蛇の列を作ったため、途中で「あー、めんどくせえ」の捨て台詞を残し、その場を去ってしまった。

 アレクが去って空いた席には、リーズが詰めた。
 アレクとは正反対で、リーズの周りにはまるっきり華が無い。
 どちらかというとひょろっとした、リーズと似たようなモヤシ系の若者たちが集い、大出世のお祝いとともに、そのコツをマスターすべく質問攻めにする。
 パーティの前に見た、キッチン奥の立派過ぎる壁画……大魔術師として威風堂々たるリーズと、今隣であたふたしているリーズのギャップに、サラとスプーン二匹は笑った。

 終盤、サラは何人か顔を覚えている少女……“苺ちゃん”たちと再会した。
 エシレにこっそり聞いたところ、彼女たちはサラのことをはっきり覚えていないらしい。
 それなのに、気になって仕方が無いという様子でチラチラ見てくる。
 盗賊の皆に、女神の話が知られるのも億劫だなと思い、サラは苺ちゃんたちには微笑を返すだけに留めた。
 サラの記憶だけでなく、拉致された後の記憶も薄いと聞いて、なんとなくホッとしながら。

 その後お風呂でエシレに背中を流され、すやすやと眠るリコの姿を確認してから、サラは床に就いた。
 王城でも、戦地でも、こうして温かく迎え入れてもらえることに感謝しつつ、サラは四日ぶりの深い眠りへと落ちていった。
 そして、夢の中で一人の人物と出会う。

『サラ……サラ……』
『……ジュート?』

 エメラルドのような光り輝く髪と瞳、彫りが深く端整な顔立ち、無駄なく引き締まったしなやかな体躯。
 何より、サラへ呼びかけるその声は甘く艶めいた特別なもの。
 夢でも会えたことに喜びを感じながら、サラはその胸に顔を埋めた。

『これから俺が言うことを、良く聞いて欲しい』
『うん、なぁに?』
『お前が向かう先で、もし誰かが“死”を選ぼうとしたら……何があっても止めて欲しい』
『……どういう、こと?』
『お前には分かるはずだ。俺たちの、歩むべき道が……』
『待って、ジュート!』

「――待って!」

 叫んだサラは、自分の声で目が覚めた。
 岩肌をくり貫いた通風孔も兼ねる小窓からは、眩い朝の光が差し込んでいた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 嵐の前の静けさ的な回になりました。最後の晩餐といっても、別にこの中の誰かが裏切るとかいう伏線はありませんが。内容的には、盗賊さんたちイイヒトだなというだけの、またあまり進まない展開になってしまいました。こうやって彼らが楽しく生活していることにも、意味はあるのです。とにかく『世界を救うべし!』みたいな話になっちゃうと、一般の人たちの顔が見えなくなってしまうので、ときどきは庶民の暮らしっぷりを入れて、物語に深みを……はい、嘘です。この先のしんどいシーンを前に尻込みする、一匹のエビ……それが作者です。カリム君滞在時には出してあげられなかったエシレ姉さんと、たまにはモテさせてあげたいリーズ君をちょっとだけ。あれがモテているのかは謎ですが。そして、常に影が薄い精霊王様も幻で登場。ちくしょー、意味深なこと言いやがって……はー、どうしよう。(←本音漏れ)
 次回は、砂漠へ出発します。あっという間にカリム君たちに追いついて、いざ王宮へ!

第五章(14)二度目の砂漠越え

第五章 砂漠に降る花


 縁起が良いのか悪いのか分からない、微妙な夢で飛び起きたサラは、誰よりも早く出発の準備を終えた。
 寝ているリコの横顔を確認した後、一人食堂へ向かう。
 ドアを開けた途端、活気ある調理の音が響いてきた。
 朝日が昇るずいぶん前から作業していたようで、既におばちゃんたちによる朝食の支度もすでに佳境だ。

 戦場のような特大キッチンのすみっこにお邪魔し、サラはその手早い調理技術を盗み見た。
 ほとんど手元を見ずに剥かれる野菜の皮。
 その皮も、目にも留まらぬ早業で千切りにされ、キンピラへ加工されていく。
 本当に使えないクズ部分のみ、汚れた鍋を拭うなどの作業に使われた後バケツへ放り込まれ、その後は飼っている動物や植物の肥料へまわる。

 水が豊富なため、食器洗いや洗濯が楽にできるという条件を除けば、クロルが考案したシシトの砦のリサイクルシステムと重なる部分が多かった。
 ポイントは、無駄を極力失くすこと。
 これは、単純だけれど実践するのはそう簡単じゃない。

 砂漠の向こうにも当然導入されるべきシステム……でも、もしかしたら今すぐには難しいかもしれないとサラは思った。
 これはあくまで余裕のある人間、手馴れている人間だからできること。
 今、コップ一杯の透明な水も手に入らず、切羽詰った状態にある砂漠の民には、まずその余裕を与えてあげることが優先なのだ。

 ベテランおばちゃんたちの、魔術のような手さばきをじっくり見学した後は、もう少し奥へ。
 調理スペースを抜ける途中、スプーンのある食器棚正面の壁には『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ』の絵画が飾られている。
 夕べも見たそれは、あまりにも実物のリーズとかけ離れていて……サラはアレクと同じくらい爆笑させてもらった。
 視界に入れると、また笑い袋のスイッチが入りそうなので、なるべく見ないようにしながら進む。

 奥の配膳スペースでは、たおやかな白い手を持った苺ちゃんたちが、せっせと盛り付けを手伝っていた。
 リーダーのおばちゃんが、作業の合い間に「頑張れっ! 一番早くキレイに仕上げたグループに、ご褒美だよ!」と声をかけた。
 笑顔で元気良く「ハイッ!」と返事する苺ちゃんたち。
 決して楽しいとは言えない労働も、小さなご褒美があるだけで痛快なゲームへと変わるのだ。

 ご褒美の中身が気になったサラが、朝食後おばちゃんに確認したところ、「指名した男と一晩過ごせる権利」と聞いて……彼女たちの逞しさに脱帽した。
 今はまだお嬢様然とした苺ちゃんたちも、次に訪れるときは立派に熟した女盗賊になっているに違いない。

  * * *

 一晩しっかり休んだ馬も、サラたちも、王城を出発したときくらいの体調に戻っていた。
 リコの顔色もさほど悪くない。
 しゃべったり人物を認識することはできないものの、時には馬車の中で目を開き、きょろきょろと周囲を見渡すくらいの元気もある。
 十年弱ぶりの古巣を堪能したアレクも、当然元気いっぱい……かと思いきや、「夜這いが……」と呟いて押し黙った。
 サラは、それ以上触れず、そっと寝かせてあげることにした。

 徐々に草木が枯れ、大地が砂に覆われていく。
 日が暮れる前には、車輪が空回りしてしまうくらいの砂地に到着していた。
 あちこちに、不自然に地面が掘られた形跡がある。
 カリムたちもこの場所で一休みし、そう遠くない場所にいるはず……と思いつつ、サラはそのこんもり盛り上がった砂の小山を踏まないように歩いた。

 夕焼けを背に、ベージュ一色の砂漠を見つめていると、一人馬車で周囲を散策していたリーズが駆け戻ってきた。

「おーい、サー坊、兄さん、お待たせっ!」

 リーズは、一人ではなかった。
 連れてきたのは、サラが見知らぬ盗賊の三人組だ。
 ヒゲほどではないが、立派なもじゃを生やし、堂に入った姿勢でラクタを操っている。
 リコを膝の上に乗せたまま、ぼんやり座り込んでいるアレクも、ようやくその鋭い瞳を薄く開く。
 三十代くらいに見えるその盗賊たちが、「よおっ、アレク! 久しぶりじゃねーか」と声をあげたところを見ると、それなりに立場が上のグループなのかもしれない。

「リーズ、これって……」
「事前に打ち合わせして、待っててもらったんだ。砂漠の入り口で、ラクタに乗り換えるって」

 危なっかしそうに見えて、実はバランス感覚抜群なリーズが、ラクタのこぶの間からぴょんっと飛び降りた。
 残りの盗賊たちも軽やかにラクタを降りると、しゃがませて少し水を飲ませる。
 ラクタのお尻には、必要な荷物がきっちり積まれていた。
 内緒にされていたことが、嬉しくもあり、悔しくもあり……サラはリーズを軽く睨みつけた。

「てっきり徒歩で行くんだと思って気合い入れてたのに……先に言ってよねっ」
「ごめんごめん。ギリギリまで、ラクタを手配できるか微妙だったからね。砦で飼ってた分は、全部カリムたちに貸しちゃったし、この近くの商人に交渉したんだ」

 リーズは爽やかに告げると、ラクタに装着された荷物袋からバスタオルを細くしたような長い布を取り出す。
 まだ半開きの目をしたアレクと協力し、リコをラクタに乗せて慎重にくくりつけていく。
 その紐は、昨夜自分で縫ったらしい。
 リコが落ちないようにというだけでなく、リコの肌が傷つかないように、なるべく厚手の生地を使って。

 サラは、そんなリーズの頼りがいのある行動に目をみはった。
 常に最悪のケースを想定して、余計な期待は持たない……リーズの強さを垣間見た気がした。
 そういえば、砦からオアシスへ向かうときもスマートな案内だったし、なにより自治区の建築工事でもリーズの才能は発揮されていた。
 リーズの良いところを再発見して上機嫌になったサラは、その薄っぺらい背中をバシッと叩き、江戸っ子口調で言った。

「さっすが棟梁! 手際がいいねえっ!」
「おい、サー坊っ! その呼び方やめろって!」
「ははっ、棟梁様、これからも建て直しの方よろしくなっ」

 ようやく目が覚めたのか、弟いじりのチャンスを嗅ぎつけたのか、アレクが便乗して褒め殺しにかかる。
 焦っているのはリーズ一人。
 なにせ、そこには事情を知らないギャラリーが三人も……。

 その後、砦に帰った三人の盗賊は、こんな噂をばら撒いた。

『どうやら、時期“頭領”はリーズに決まっているらしい。ああ、確かにナンバーツーのアレクと“姐さん”がそう言ってたんだ、間違いねぇ。リーズはこの組織を立て直すつもりらしいぞ』

 その後、食堂に飾られた絵画のタイトルには『金と銀のスプーンを従える偉大な魔術師リーズ(次期頭領)』と、補足の一言が付け加えられた。

  * * *

 ラクタに乗った四人は、日の暮れかけた砂漠をハイペースで進んで行った。
 なにしろ、ここには人類最強クラスの魔術師が二人も居るのだ。
 魔力が安定しないサラも、風を受けお尻を浮かせることはできるし、その分ラクタの負担も軽くなる。
 また、前回の旅でとにかく邪魔だった、ズシッと重いばかりの寝袋は消えた。

 行きがけにサラが『寝袋寒いし重いー』と文句をつけていたのを聞いて、ジュートの指示で軽量コンパクト寝袋が開発されていたのだ。
 それは身内の商人を通じて販売され、現在かなりの利益を上げているという。

「ついでに、これも本当は俺らの商品……よっと」

 アレクがマントの内側から何か黒いモノを引っ張り出し、「風が強くなったらかぶれよ?」と手渡してきた。
 それは、武道大会でサラがかぶらされていたあの覆面マスク。

「えーっ! これも『盗賊印』メーカーだったのっ?」
「俺たちがあれだけの人数食ってくには、盗賊家業だけじゃ成り立たねーからな。ああ、家業っつっても狙うのは悪い奴らだけ。そいつらが奪った獲物を横取り……じゃなく取り戻して、本当に大事なモノはちゃんと持ち主に返すんだ」

 当然、返さないモノもあり、お礼として何かをもらうこともあり……とは、皆まで言わずとも理解できた。
 天然資源の水は、いつ枯渇するか分からないものの、このご時世では立派な商材だ。
 砦の近くには農地も開拓し、家畜も飼っている。
 農業あり、工業あり、そして広い意味での警備というサービス業あり、物販もしているから流通もある。
 何より彼らは『家族』というくくりを大事にしているため、決してタテワリにはならない。

 盗賊ってスゴイと、サラはあらためて思った。
 そして、この目の前でニヤニヤ笑っている、盗賊ナンバーツーの男も……。

「昨日はやけに待遇いいなと思ったけど、あれってもしかして、単に私が頭領の……だからじゃなくて?」
「そういうこと。サラが売り上げに貢献してくれた御礼も兼ねてなっ」
「もー! アレクのずるっ! 詐欺師!」

 ラクタの上で、覆面マスクを握った手を振り回すも、笑いながら遠ざかるアレクには当たらない。
 リコの乗ったラクタのケアに集中していたリーズも、アレクの発言を補足してくる。

「戦争が始まってから、砂漠越えの旅人が減っちゃってねー。あれ本当に不良在庫でどーしようかと思ってたんだけど、サー坊のおかげで無事在庫処分できて助かったよ。しかも最近じゃファッションアイテムとして別のカラーも売れてるっていうし、黒騎士サマサマだね」
「リーズまで……そんな純朴そうな顔してっ」

 サラがぷうっと口を尖らせたとき、前方で大きな砂煙が上がった。
 一瞬、三人は顔を見合わせる。

「――行くぞ、サラッ!」
「リーズはリコを見ててっ!」
「分かった、気をつけてー」

 アレクとサラは、ラクタの胴を強く蹴飛ばした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 今のところ、まだ楽しい砂漠の旅です。今回で、盗賊さんたちの暮らしっぷりが、だいぶ伝えられたような……作者もこんな社会で暮らしたいなーという夢を詰めてみました。ちょっと、日本の高度経済成長期の家族経営企業ってイメージです。中盤では、あまり目立たず地味キャラナンバーワンのリーズ君をヨイショしてみました。地味だけど気がきいて、なにより仕事ができる男……実際リアル日本だとモテまくりに違いありません。この世界では残念な結果ですが。まあリーズはリコちゃん一筋だから、モテなくてもOKでしょう。そして、第二章でしつこくやってたリフォームは、ここで『棟梁』の小ネタを使うためだけに配置してました。一個お題消化! なんて自己満足……他の伏線ちゃんと拾えっちゅーねん。アレク様ぼんやりについては……作者もノーコメントで。
 次回、カリムたちと合流します。が、ちょっとしたトラブルが……まあアッサリ解決して先を急ぎます。

第五章(15)モンスター制御

第五章 砂漠に降る花


 遠目に大きな砂の塔のように見えたものは、近づくにつれて巨大な砂の竜巻と分かった。
 アレクと並んでラクタを走らせるサラは、自分の背中をぴりぴりと緊張させた。

「サラッ、見えてきたぞ!」
「うん!」

 戦地で、上空から廃墟の街を見下ろしたときのことを、サラはふと思い出す。
 巣穴からワラワラと出てくる、黒く蠢くアリにも見えた、ネルギ軍の魔術師たち。
 今の彼らは、サラの同志だ。
 彼らを襲う者がいたら、それはサラにとっても敵でしかない。

 危機感は十分ある。
 当然使命感も。
 それなのに、翼が開く気配がまったくしない。
 何者かが、サラの体に鎖を巻きつけたかのように、自由がきかない。

「何か変っ……」

 五百人あまりの集団からつまはじきにされたように、戦力にならない人間たちが後方にひとかたまりになっている。
 ほとんどが高齢者と少女たちだ。
 彼らを守るべく、防御魔術に長けた魔術師たちがドーム状の水の膜を作る。
 それは、この水の少ない砂漠ではあまりにも弱く、一秒ごとに形を歪めながら縮んでいく。

「彼らはリーズに守らせよう。俺らは前線へ!」
「分かった!」

 異常現象を恐れるラクタを結界付近に乗り捨て、サラとアレクは魔術師たちを掻き分けて前へと進む。
 突然現れたサラたちに目を留める余裕もないくらい、切羽詰っているようだ。
 砂を踏みしめて走るサラは、状況を把握すべく周囲を見渡した。

 砂が巻き上げられるのは、風の魔術のせいだ。
 それを起こしているのは、ネルギ軍の魔術師たち。
 高く舞い上がったその砂の奥……つまり、地面の中に彼らの目的があった。
 風を操り穴を掘ったかと思えば、すぐに炎を地中へと放つ。
 熱と砂に自らの肌が焼けていくのもかまわず、砂煙を吸い込むことも気にせず、攻撃力のある魔術師たちは術を繰り出し続けていた。

 そんな彼らをからかうように、砂からランダムに現れるモノは……。

「――サンドワーム!」

 サラが叫んだとき、おろしたての革靴の足元に、こぽりと小さな穴が開いた。

  * * *

「サラ、どけっ!」

 アレクが、左の腰に差した細身の曲剣を抜き、サラの足元から触手を伸ばしたサンドワームの体を切り裂く。
 銀色の三日月がサラの靴先を駆け抜けると共に、暗い土色をしたサンドワームの体が一部切り離された。
 残った本体がずぶずぶと砂に潜る間、切れ端は青黒い体液を砂に飛び散らせてぴくぴくと痙攣している。

 ちょうど大人の腕ほどの太さで、五十センチ程度の長さに千切れた、一匹のサンドワーム。
 これが胴体なのか、枝分かれした触手の一部なのかは分からない。
 そのグロテスクな見た目に、背筋にゾクリと悪寒が走る。
 アレがもし、自分の足に巻きついていたら……そんなイメージをしてしまったサラは、その残骸が転がる場所から飛び退いた。

「最悪っ……きもちわるいっ」
「なんだよこいつら……おい、サラ。やばいぞ」

 アレクは、切り捨てたはずの触手を、曲剣の先端で指し示した。
 サラは、今自分が飛びのいた場所に転がっている、サンドワームの破片を見つめた。
 すでに体液の流出は止まり、切断された傷口も消えている。
 確かに切れ端だったものが、むずむずと動き始め、長さを伸ばし……一匹のサンドワームへと成長していく。
 瞬時にアレクが炎の魔術をぶつけると、その生まれたての小さなサンドワームは消し炭になった。

「少しでも体の組織が残ってりゃ、こいつら生き返るのか」
「私、カリム探してくる! アレク、リーズを呼んで来て!」

 最小限の伝言を頼み、サラは砂に足を取られながら必死で駆け出した。
 まるでたちの悪い、もぐら叩きゲームのようだ。
 サンドワームは砂の中を自在に移動し、人の足元で頭を出しては食らいついてくる。
 頭にはぽっかり開いた丸い口と尖った歯が並び、噛み付かれればかなりの痛手だ。
 その目的は……。

「水が、足りないのかも」

 ラクタの血液を求めたように、ヤツラは人間の血を求めているのだ。
 となると、水を与えれば大人しくなるかもしれない。
 しかし、この植物の育たない乾いたエリアで、大量のサンドワームを満足させるだけの水を生み出すのは厳しい。
 砂漠は、風や炎との相性が良いエリアなため、カリムかキール将軍あたりがこの戦法を指示したのだろう。
 しかしいかんせん、一匹ずつ見つけ出して叩くしかないのだから、効率が悪すぎる。

「カリムッ! どこっ?」

 攻撃系の魔術師たちは、自分の足元に這いよる敵を見つけ出すので手一杯だ。
 怪我をした人間を運ぶために、彼らと砂埃の合い間を縫うように動き回っている人物が数名。
 その中に、カリムがいるはず。

「カリムッ!」

 サラの叫び声に、砂煙の中で聖剣を構え仁王立ちする、一人の男が振り返った。

「――サラッ?」
「いたっ!」

 砂から飛び出すサンドワームを「ひゃっ!」と叫んで避けながら駆け寄るサラに、カリムは戦地には似合わない、微かな笑みを浮かべた。

  * * *

 カリムたちとは、もっと落ち着いて合流したかったのだけれど、仕方がない。
 顔中から流れ出でる汗のせいで、砂埃をめいっぱい張り付かせて泥人形のようになったカリムに、サラは手早く状況確認をする。

「コイツラ、一体どうしてこんなに出て来たのっ?」
「俺に分かるか!」

 ぶっきらぼうで簡潔な答えと共に、カリムは砂地から頭をひょっこり覗かせたサンドワームを一薙ぎで倒す。
 サラは「剣じゃ増殖するっ」と叫ぼうとして、その声を飲み込んだ。
 なぜか、カリムの剣に払われたサンドワームは、そのまま動きを止めた。
 つい数分前にアレクが薙ぎ払ったサンドワームは、悪意を口から滴り落ちる唾液に滲ませながら、自動的に体を再生させたというのに。

「動かない……ていうか、逃げてる?」

 カリムの手にする鈍い銀の聖剣で切られたサンドワームは、全く違う動きをみせる。
 斬られた先から体液をボタボタ垂らしながら、怯えたように砂の中へもぐりこもうとくねくねしている。
 しかし体が千切れたせいで上手く行かず焦って、砂を体にまとわりつかせて擬態するのが関の山だ。

「どうして、カリムの剣だとコイツラ大人しくなるのっ?」
「俺に分かるか!」

 二度目の簡潔な答えを耳にしながら、サラは全体をみやる。
 理由は分からないにせよ、カリムの剣がヤツラを大人しくさせるなら……と一瞬考えたサラは、あちこちで起こる戦闘を見てその考えを捨てた。
 一人の人間が一匹ずつ倒して、この数では間に合うわけがない。
 そのうち魔力も体力も尽きて、やられるのがオチだ。

 サラが考えている間にも、カリムは近くにいた魔術師をサポートして、サンドワームに聖剣を突き立てる。
 カリムの右手には、サラの手には握ることがやっとな太さの、聖剣の束。
 そして、強く握られた左手からはみ出し、キラキラと眩しく輝くモノは……。

「カリム、あんたなんでそれ握ってるのっ?」
「俺に分かるか……いや、なんとなくだっ!」

 訂正したカリムの言葉を聞いて、サラは閃いた。
 一瞬で決着をつける、勝利の解法が。

「カリム、今ダイス持ってたらちょうだいっ」

 その言葉に、カリムは今さら気付いたかのように丸腰のサラを見つめ、左手に握った“女神の涙”を一度しまうと、代わりに小さな石ころを取り出した。
 手を伸ばしてサラが受け取ると同時に、石ころはサラの意思を察知し、一振りの美しい剣へと姿を変える。
 カリムがその華麗な変貌に目を奪われた刹那、足元がおろそかになった。

「来たよっ!」
「――っ」

 今までどおり振るわれた、風を巻き起こすカリムの聖剣が……今度は、沈黙した。
 切り刻まれてなお、勢いを損なわずに襲い掛かってくるサンドワームと、別の固体へと生まれ変わろうともがく切れ端。

「ビンゴ! カリム、その宝石絶対放さないで!」

 サラは叫びながら、黒剣を抜いた。
 薄暗い黄土色に包まれる視界の中でも、決して輝きを失わない、美しく怜悧なサラの相棒。
 心の中で、「ごめん、一匹だけ協力して?」とささやきかけると、黒剣が「了解」と言うようにキラリとその刃先を光らせた。
 同調するように、サラの目は黒騎士の目に変わる。
 たった今カリムが切り捨てた切れ端……その成長するサンドワームに、サラは黒剣の先を向けた。

「……んんっ?」

 決して賢い生き物とは言えないサンドワームも、何かを察したのだろうか。
 カリムの足元に忍び寄ろうとした、そのスモールサイズなサンドワームは、「ギョギョッ!」という奇妙な鳴き声と共に、地面の中に逃げてしまった。
 サラはもう一度黒剣を見て、その束に埋め込まれた、薄闇でも輝きを放つ女神の涙を左手の指でなぞる。

「これはやっぱり、女神様……かな?」

 一度剣を抜いただけで、サラの周囲からサンドワームはあらかた去った。
 ひとまず黒剣を鞘にしまったとき、サラは「さーぼぉー」というくぐもった声を耳にした。
 サラが振り向くと、頭に黒いマスクをすっぽりかぶった、ひょろ長いマント姿の男がふわふわと雲の上を歩くように近寄ってくる。
 しかし、実際そのスピードは普通の人間の全力ダッシュにも劣らない。
 スルスルと木の葉の上を歩く忍者のように近づいたそのアヤシイ大男は、そのままサラの腕に飛びついた。

「リーズ?」
「さささサー坊、おおお俺、むむむ虫ってかなり苦手なんだけど……あ、兄さんには結界の方お願いしてきたよ」
「オッケー。すぐ片付けてあげるから、スプーンちゃん貸してっ」

 ブルブルと震えるリーズの薄っぺらい手が、マントの中から二本のスプーンを取り出す。
 サラはそれをひったくると、「お願いっ、女神様っ!」と念じながら、二匹の妖精を包んだその手を、天高く掲げた。

  * * *

 サンドワームと格闘するネルギ軍魔術師を横目で見つつ、結界を維持していたアレクは、見てしまった。
 太陽が完全に地平線の向こうへ消えるその直前、眩い朝日のような光が砂漠に差し込むのを。
 光を浴びると同時に、体からは発していた魔力が溶けて消え……強固に張った結界はあえなく消え去った。
 それでも、アレクの心に焦りや動揺は生まれない。
 砂のタワーを作り上げていた、宙を舞う砂も流れて消え、残った場所には……女神が居たのだ。

 カリムも、リーズも、必死でサンドワームと格闘していたその他の魔術師たちも、ただ口をあんぐり開けて上空を見上げる。
 一度目にした姿とはいえ、やはり二度目も神々しさは変わらない。
 むしろ『夢ではないのだ』という感慨が強く湧き上がってくる。
 もっとも飛んでいる本人はといえば……。

「ふーん。こんなにいっぱいいたんだ。キモッ!」

 飛び上がったサラの目には、砂の中のサンドワームたちの姿がはっきりと見えていた。
 いくら地面の中に隠れていようとも、彼らの姿は薄く透けて見える。
 もぞもぞと必死で体を動かし、地中深くにもぐりこもうとしているヤツラに向かって、サラは叫んだ。

「あんたら、覚悟しぃやーっ! これ以上暴れたら、ハンバーグにして食ったるわっ!」

 女神の台詞は、豪快だった。
 聞いていた人間たちは、全員が固まった。
 唯一動じず、額をおさえ深いため息をついたカリム。
 そして、サラの手の中では二本のスプーンが『女神様っ!』『ステキー!』とはしゃいだ。


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 サンちゃん(愛称つけてみました)大暴れの巻となりました。リアルに考えると気持ち悪い系のモンスターですが、ちょっとグロ可愛いっぽく。可愛い? え、そんなこたねー? せっかくカリム君たちと合流できたっつーのにバタバタの修羅場です。とはいえシリアス度はまだまだ低く、余裕たっぷりですが。(グロく書きたくなかったのでこうなった……) サラちゃんの変身シーンは、某ヒーロー系な感じで。決め台詞は、岩下志麻さんの極妻の名台詞から拝借しました。ハンバーグは、第一章から……お食事中の方、本当にどーもすみません。リーズ君と同じく、作者もあんなんが目の前に来たらもうBダッシュでトンズラします。こうしてコメディタッチに書いてる分には、脳内補正がきいて平気なのですが。しかし、女神様パワーって本当に絶大で楽チンだなー。まさに『主人公最強』ってヤツですわ。ズルいけど王道。
 次回は、カリムたちと落ち着いて話した後、今度こそ王宮へ。待ってる人らも戦々恐々?

第五章(16)裏切りの覚悟

第五章 砂漠に降る花


「コレに懲りたら、もう二度と出てくるんじゃねーぞっ!」
『今度リーズに近づいたら燃やすっ!』
『今度リーズに近づいたら凍らすっ!』

 うにうに系モンスターは、どうやら光の魔術が苦手らしい。
 地面を透過するほど思いっきり光を当てて地中深くに追いやり、たっぷり脅しをかけた後、サラは少し翼を畳んで滑るように地上へ降りた。
 目指したのは、皆の輪から少し離れたところに立ち尽くしている、怪しい目出し帽の男。
 サラが降り立つと同時に、その場所には半径十メートルほどの人垣ができたが、サラは気にせず翼をハタハタして砂を落とし、リーズにスプーンズを返した。

 予想通り、サラがスプーンを手放すことが、女神モード終了のスイッチとなった。
 音も立てず背中の翼が消える。
 魔力が弱い者にも、サラの体が発光して見えるほど眩い光のオーラが、ぼんやり薄れていく。
 固唾を呑んで見守っていたギャラリーたちは、そこでようやくホッとため息をついた。

「サー坊、おつかれー。凄かったよ」
「スプーンちゃんたちのおかげだよ。自分じゃなかなか力が出せなくて」
「だったら、サー坊がずっと持ってる? この子たち」

 胸ポケットにしまったばかりのスプーンズを、再び取り出そうとするリーズ。
 おしゃべりな彼女たちが、リーズの提案に珍しく沈黙している。
 サラは、慌てて首を横に振った。

「ううんっ。本当は一人でできるようにならなきゃいけないから。それに……」
「それに?」

 サラは、それを自分の口から言うのも無粋だと思って、ごまかし笑いした。
 スプーンズは、誰よりもリーズが大好きなのだ。
 その想いを、女神サラは限りなく“恋”に近いものと判断したけれど、本当のところはどうなのか分からない。
 聞いたところで『あたしたちにもよくわかんなーい』と、あいまいな答えが返ってきそうだ。

 はっきり分かるのは、いつもリーズの胸に居る……ただそれだけで、彼女たちは計り知れない力を得ているのだということ。
 いくら女神モードの自分でも、またはジュートであろうとも、リーズの代わりにはなれない。
 リーズの胸で充電してくれているからこそ、女神モードのスイッチとなりえるほどの力を持つのだ。

『あっ、あたしたちは、別に……ねえ?』
『うん、女神さまのお役に立てるなら……』

 遠慮がちに呟く声が胸に届いて、サラはふふっと笑った。
 スプーンたちは「リーズが望むなら」と、肝心なところでは遠慮してしまうのだ。
 あまりの可愛らしさに、孫をあやすおばあちゃんのような目でリーズの胸ポケットを見つめると、サラはにんまり笑った。
 うにうにの残骸が残る砂漠で、ほのぼのした気分になりかけたとき、サラの名を呼ぶ男たちの声が聞こえた。

「あっ、カリム! アレク! キール将軍っ」

 人ごみを掻き分けてやってきた三人に、サラは明るく声をかけ手を振った。

  * * *

 本格的な、砂漠の夜が迫ってくる。
 日中かいた汗が急速に冷えていくのを感じながら、サラたちは簡単なミーティングを行っていた。
 後方では、怪我人への対応と乱れた隊列を立て直す作業が進む。

「行き道でサンドワームと遭遇したのは、もしかしたらラッキーだったのかもしれない。砂漠に入る前から、サンドワームが出たときの対応については打ち合わせができていたんだ。魔力の強い魔術師を最前列にし、慎重に進んだ。しかし、あれほどの数で来るとは思わなかった……俺の、ミスだ」

 カリムの言葉が、そこで一度途切れる。
 姿を見せた月を見上げ、乾いたタオルで顔の汗と砂埃を拭いながら、大きなため息をつく。
 涼しくなってきたというのに、拭ったはじから浮かぶ汗の玉が、カリムの心を表しているようだ。
 サラが、カリムの責任感の強さに胸を打たれていると、キール将軍がスマートにフォローした。

「私は、カリム殿より魔物の情報を聞けたことが、仲間の命を救った最大の要因と考えています」

 そこでアイコンタクトを取る二人。
 短い旅の間に、ずいぶんと仲良くなったようだ。
 年の差はあれど、二人ともドがつくほど真面目なタイプだけに気が合うのだろうと、サラは思った。

「カリムもキール将軍も、本当に頑張ったと思うよ。一人も犠牲者が出なかったし、怪我した人も魔術で治ったし。物資も奪われなかったしね」

 サラが背伸びして、よしよしと二人の頭を撫でると、薄暗がりの中でもその頬が赤く染まるのが分かった。
 女神モードの名残で、サラが思いついたことを即実行するその無邪気さに、緊張していたキール将軍もようやく笑みを漏らした。
 そして、意を決したように瞳を光らせた。

「サラ姫様。カリム殿に魔物の存在を伝えられる前から、私は薄々感じていたのです。この砂漠に一歩足を踏み入れたとき、確信しました。何者かに狙われているのだと。それは……同じく魔物にとらわれた経験のある私だからこそ、分かったことかもしれません」

 横で黙って話を聞いていたアレクとリーズが、意味が分からないというように首を傾げる。
 しかし、サラには十分理解できた。

「私が“女神アイ”で見た感じだと、サンちゃんたちは――」
「おい、サラ。意味が通じねーから普通に言え」

 すかさずツッコミを入れてくるカリム。
 サラは、カリムにツッコミの才能を見出しつつも「ごめん」と言って言い直した。

「えっと、女神様になって空から見てみたらね、サンドワームが土の中にどのくらいいて、どんな暮らしをしてるか、そしてどんな気持ちなのかまで分かっちゃったんだっ」
「へえー。サー坊……いや、女神様ってすごいなぁ」

 声を発したのはリーズで、残り三名は押し黙る。
 サラは気にせず話を続けた。

「サンドワームちゃん、略してサンちゃんたちは、水不足の犠牲者でもあるんだよ。ただ、明るい場所も苦手だから、水を求めるならより地中に深く潜った方が楽なの。それがなぜ地上へ向かったか……私は、キール将軍と同じニオイを感じた」

 ぴくり、と震えてサラを凝視するキール将軍。
 緩んだ気持ちを引き締めるように、前歯を下唇に食い込ませる。

「闇の魔術、ですね」
「うん、きっとね」

 口にしなくても、それを行った人物の意図は分かった。
 自分の駒でなくなったネルギ軍は、もうお払い箱なのだ。

  * * *

 その後、ネルギ軍と分かれたサラたちは、暗闇の中を進んでいた。
 サンドワームが現れたこと……闇の魔術に触れてバランスを崩したのか、小康状態だったリコが苦しがり始めたからだ。
 先行するメンバーは、サラ、アレク、リーズと、ネルギ軍をキール将軍に任せたカリムが加わり、リコも合わせて5名となった。

 前には、サラとカリムが並走する。
 後ろには、リコを挟む形でアレクとリーズがぴったり付いてくる。
 馬車移動の時と同じように、リーズの胸からは前方に向かって光りが放たれ、月明かりだけでは怖がるラクタも日中と同程度のスピードで歩みを進めてくれる。
 ラクタを走らせつつ、サラはカリムに話しかけた。

「もう、ネルギ軍が戦地から撤退したことは、王宮に伝わってるんだよね?」
「たぶんな……キール将軍によると、軍には常に腕の立つ情報部隊か張り付いていて、政府からの指示を伝えたり、時には物資を運んできたらしい。その彼らの姿が見えないということは、すでに王宮に戻って対策を練ってるんだろ」

 指示と言っても中身は単なる叱咤激励、運ばれてくる物資とは、ほんのわずかな食料と……贄たちだったという。
 サラは、ずいぶん離れてしまった場所にいる、苺ちゃんたちの存在を思った。
 盗賊の砦に残った子たちと同じ目をした彼女たちを見て、サラは安心したのだ。
 共通するのは『絶対生き抜く』というパワー。
 その思いさえあれば、きっと大丈夫だと。

「もう、この先王宮の皆は全員敵かもしれない。もしかしたらカナタ王子も……カリム、どうする?」

 今頃王宮には、『軍がクーデターを起こし乗り込んでくる』とでも情報が流れていることだろう。
 戦うことを知らず、ゲームのように指示を出すだけだった王宮の参謀たちは、恐れ戸惑っているに違いない。
 なにしろ、ネルギの中で力のある魔術師たちのほとんどが、軍に所属しているのだから。

「俺たちは、剣を振るう前にやるべきことがある。まずは、話し合いだ」

 女神モードの名残で、闇の中でも視界がクリアなサラは、視界の隅に巨大な建物をとらえていた。
 トリウム王城とは違い、高さは無いものの横に広く連なる、白亜の宮殿。
 表面がのっぺりとして見えるのは、その建物全体を高い砂防壁で覆われているからだ。
 壁の中には、貴重な井戸が何本もあるというのに、周辺で暮らす人々に振舞われることはない。

「話し合えるなら、ね……」

 呟きつつ思い出すのは、鳶色の瞳を持つ国王の過去だった。
 クーデターを話し合いで解決すべく、二人の巫女を引き連れて乗り込んだ、若かりし日の国王。
 話の中では、決して弟を責めなかったものの、彼が殺された原因は明白だ。
 赤い瞳をした太陽の巫女……彼女の抱いた憎しみを、繰り返してはならない。

「ねえ、カリム。話し合いの席についた途端、誰かに……例えばカナタ王子に斬りかかられたらどうする?」

 サラは、クロルのように『カリムにとって、最も言われたくないこと』を投げた。
 心に直接語りかけるような、淡々としたサラの問いかけに、カリムはずっと考えないようにしていたその可能性を、ようやく受け入れる。
 光が照らし出す先を見据えながら、カリムは考えた。

 異界から身代わりの姫を呼び出したことも、年端も行かぬ少女たちを贄として送り込むことも、勝ち目の無い戦いを続けさせたことも、カナタ王子に責任が無いとはいえない。
 実行したのは妹だとしても、責任者としてそれを監督すべき立場だったのだから。
 例えその実態が、傀儡だったとしても。

「カナタ王子は、何も知らなかったはずだ。もし、全てを承知の上でこんな茶番を……いやそれでも、あの方は聡明だし説得すれば」
「じゃあ、カナタ王子が“私に”斬りかかってきたら、どうするの?」

 都合のいい推論に逃げることは許されない。
 サラの迫った選択に、カリムは青ざめながら、震える低い声で告げた。

「もしそんなことがあったら……俺はカナタ王子を、全力で止める。あの方を傷つけたとしても」

 サラは、小さな声で「ありがとう」と呟いた。
 そして、サラ自身も覚悟した。
 国王に聞いたあの話も、見てしまった映像も、夢に現れたジュートも……全てがサラへの警告。
 あの建物の中には、必ず裏切りが存在するのだと。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 更新遅くなりすみませんっ。シリアスモード直前なのもあり、ギリギリでいろいろ手直しを……。最後の会話を、どうしても上手く入れられなくて。ああ、つるつると書けたギャグシーンとは大違い。今回前半は、サンちゃん後始末ネタでした。スプーンズのパワーの秘密は、酵素……ではなく恋であります。ちびっこが近所の優しいお兄ちゃんに『大好き』と言うような、可愛らしいものですが。あと、サンちゃん出没にまたもや闇の魔術……この設定も便利だ。サンちゃんたちは、いくら操られていたとはいえ、さすがに一介の魔女より女神様の方が怖いということで。そして、ラスト。カリム君に覚悟を迫るのを、淡々と描写するのに一苦労でした。裏切りとかいうとまたヘビーなので、あまりドロリッチにならないように進んで行こうと思います。
 次回は、本当にようやく王宮へ。サラちゃん、約5ヶ月ぶりにサラ姫とのご対面っ。

第五章(17)対面

第五章 砂漠に降る花


 体が軽いことと、夜でも明るいためラクタの調子が良く、サラたち一行はたったの三日間でネルギ王宮へと辿り着いた。
 約五ヶ月ぶりの古巣となるカリムは、感慨深げにその砂に埋もれかけた城壁を見つめている。
 初めて訪れたアレクとリーズは、せわしなくあちこちへと視線を動かしては「ふーん」「へえー」とうなずき合う。
 アレクの瞳は、好奇心と警戒心が半々。
 リーズの瞳は細すぎて、サラが見ても感情はさっぱり分からなかった。

「もう、この付近には人が誰も居なくなったんだね……何本か生き残ってた木も枯れちゃったし」

 城壁の手前で、サラはラクタを引く歩みを止めた。
 出発前の光景を思い出しながら、間違い探しをするように、視界に映るものを一つずつチェックしてみる。
 サラたちが出発したときには、砂漠側にもちらほらとヤシの木が生え、避難住民の生活の跡が見えたのだが、今はもう全て砂にかき消されていた。
 一周するのに何時間かかるか分からないほど長い城門の、砂漠側ではない方角にある程度回り込めば、きっと難民キャンプがあるのだろう。

 テントタイプの簡素な住居を与えられた難民たちは、設営場所が砂に埋もれるたびに、少しずつ場所を移動していくのだ。
 わずかの水が出る、貴重な水源を追いかけて。
 それは逃げ水のように、近づいては消えてしまうのだけれど。
 サラは大きく首を振ると、自分のすぐ背後に立ち、サラの体に影を落とすカリムを見上げ言った。

「ところでカリム、私たち普通に入れてもらえるのかな?」
「……つったって、忍び込む訳にもいかねぇだろ」

 サラは再び前を向き、自分の身長の三倍ほどもの高さで連なる立派な石垣を見上げた。
 女神になれば、こんな壁は楽々飛び越えられるし、一人ずつならなんとか連れていけるかも……。

「うーん、さすがにこの子たちは連れていけないな」

 サラが手にした手綱の先にある、まつ毛と顔の長い愛嬌タップリなラクタを見つめたとき。

「おいおい、今さらそんな初歩的な話してるのか?」

 ラクタ三頭の綱を引いたアレクの呆れ声に、サラは「その通りです」とは言えず、お口にチャック&スマイルゼロ円で切り抜けた。
 アレクの後を追ってきたリーズは、ラクタから降ろしたリコを抱きかかえ、その体にスプーンの癒し魔術を当てている。
 サンドワームと遭遇して以降、微熱が続いているリコ。
 ときおり苦しげなうめき声を上げる姿を見て、サラは決意した。

「よし、とにかく正々堂々と行こう。私たち、何も悪いことしてないんだから!」
「サラ……そっちは裏門だ」

 女神の勘ではなく、人間サラの勘が、どうやら正々堂々を拒みたがっているらしい。

  * * *

 警備の騎士と魔術師が立つ城壁正門では、カリムがスマートに入城手続きを済ませてくれた。
 ラクタを門番に預けると、王宮から知らせを受けて若い魔術師がダッシュしてきた。
 その魔術師に率いられ、サラたちは王宮を目指した。

 城壁の中はそれなりに緑があり、湿気を含んだ風が吹きぬける。
 真昼だというのに、木陰の下を抜けるときは気温差で涼を感じるほどだ。
 そこはリコ、カリムと出会い、懸命にラクタ乗りの練習をした広場だった。
 三人並んで休憩をした、ヤシの木陰が懐かしい。

 召喚されてから旅立つまでの一週間は、もう訳が分からずパニック状態で、言いつけられたことをこなすだけで精一杯だった。
 今、サラも、カリムも、そして眠っているリコも……皆変わった。
 そして、頼れる仲間たちが居る。
 高揚するサラの心臓の音は、踏みしめる大地の音より大きく鳴った。

 広場が終わり、十段ほど階段を昇った先にあるアーチ型の正門をくぐったところで、現れた男性騎士二名、女性魔術師一名によって、サラたちは足止めされた。

「お持ちの剣や武器を、お預けください」
「貴様ら、俺のことを誰だか知っているのか?」
「はい、カリム様。カナタ王子の命ですので」

 カリムは、一瞬サラに視線を向ける。
 サラが、右手で『オーケー』のサインを出すと、カリムは愛用の聖剣を差し出した。
 アレクとリーズも、しぶしぶ手持ちの剣を差し出す。
 カリムたちには騎士が、サラとリコには女性魔術師がついて、衣服に何か隠していないかを手探りでチェックするという念の入れようだ。

「では、良いでしょう。カナタ王子とサラ姫がお待ちです。こちらへどうぞ」
「ああ、急いで案内してくれ。病人がいるんでな」

 出会った当時と変わらない、慇懃無礼なカリムの口調。
 事実上この国のトップであるカナタ王子の側近であっても、今のカリムはやはり不審者……いや、謀反人扱いなのだ。
 こんなに愛国心溢れる人はいないというのに。

 悔しさに歯軋りしつつも、サラはぐっと堪えて何も言わず、黙って案内係に付いて行った。
 当然カリムも、アレク、リーズも無言だ。
 トリウム王城と違い、あまり手入れが行き届いていない大理石の床には、等間隔で開け放たれた窓から砂が吹き込み溜まっている。

 足を踏みしめる靴ザリザリという音。
 そして、その靴音以上に大きく響くのは、リーズの胸で荒い呼吸を繰り返すリコのうめき声。
 この王宮に到着してから、いっそう具合が悪くなったように見えるのは、気のせいではないだろう。

「では、我々はここで」

 案内役が唐突に立ち止まった場所は、サラが旅の前には訪れたことが無い部屋だった。
 高い天井まである、両開きのガッシリした鉄製の扉が、ギギギと嫌な音を立てながら開いた。

  * * *

 カナタ王子、サラ姫、そしてサラ姫の側近魔術師が、白地にねずみ色のマーブルを描く石造りのテーブルに座っている。
 その正面に着席したのは、カリム、サラ、アレク、リーズの並びだ。
 カナタ王子は、出発前と変わらない。
 人の良さそうな、甘いマスクを完璧な笑顔に固定して、カリムやサラをねぎらった。

「よく無事で戻ってきたな。正直……ここまで上手く進むとは思わなかった。礼を言おう。異界のサラ姫、カリム。そして、リコと……」
「アレクとリーズです」

 サラが名前を紹介すると、カナタ王子は微笑みながら労いの言葉をかける。
 その瞳になんら曇りは見えず、サラはほっと胸をなでおろしていた。
 当然、カリムはもっと安堵していたはずだが、サラが横顔を盗み見ても、その表情が固く強張ったまま崩されることはない。

「カナタ王子、私から先にご報告をさせてくださいませんか? トリウム国王より、いくつかの提案を受けているのです」
「ああ、言ってくれ」

 カナタ王子は、サラ姫の側近魔術師にメモを取るように指示すると、正面に陣取ったサラへと前のめりの姿勢で耳を傾ける。
 サラは、なるべく簡潔にポイントを伝えた。

「私たちは砂漠を越えた後、国境で暮らす彼ら……アレクとリーズたちの仲間に助けられ、無事トリウムへ。国王との面会を果たし、和平への説得に成功しました。当然、水の確保はある程度約束いただいております。条件が折り合いしだい停戦調印へ進むかと。あとは――」

 サラは、テーブルの下に隠れて見えない、ポケットの中に手を突っ込んだ。
 手のひらよりずいぶん小さい『石ころ』を握り締めながら、サラは報告した。

「ネルギ軍……キール将軍を含め生き残った者全員が、戦地からこちらの王宮へ向かっています。もう数日で到着するでしょう」

 その言葉を聞いて、カナタ王子の顔からは笑みが消えた。
 サラ姫は自分には関係ないといった、ガラスのビー玉みたいな瞳で見ているし、その隣の魔術師に関しては、ひどい猫背と分厚いローブによりその表情を伺うことはできなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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すみませんっ! イベントがあり遅くなりました! 後日少し手直ししますねっ! (後書きも含め)

第五章(18)戦争の引き金

第五章 砂漠に降る花


 自軍が手ぶらで戻ってくる。
 それは『戦争に負けた』と等しく、否が応でも現実を直視させられる答えだった。
 特にカナタ王子は、椅子の上でほんの少し震えているように見えた。
 サラは目を逸らさず、トリウム国王と軽くすり合わせた今後の方針を語った。

 現在の水不足が解消されるまでは、トリウムの魔術師による援助を受けられること。
 そのためには、この国の政府が開かれたものにならなければならないこと。
 厳しい状況の中、特権階級として贅を尽くしてきた人物は、その高みから引き摺り下ろされる。
 王族も例外ではなく、むしろ率先してその姿勢を示して欲しい、とサラは伝えた。

「この案は、カナタ王子やこの国の求めるものとは違うかもしれません。しかし、私はこれも立派な和平の形であり、互いが譲歩できるギリギリの落としどころだと思います」
「ああ、分かっている」

 答えるカナタ王子の声には、苦痛の色が混じる。
 サラは、言葉を重ねた。

「むしろ、感謝すべきではないでしょうか? 本来なら、なんら落ち度の無いトリウムへ一方的に攻め入ったこの国が、責任を取らされるべきところを“属国にはしない”と言ってもらえたのですから」
「――分かっている!」
「カナタ王子っ!」

 黙って聞いていたカリムが、腰を浮かせ声を荒げる。
 サラは『カナタ王子に殺気は無い』と感じていたため、大人しく席についていた。
 それでも、ズボンの腰についたポケットの中に右手を突っ込み、ダイスを握り締めたまま。
 もし何かあれば、自らの意思で黒剣を手にする覚悟だった。

 空いている左手で、サラはカリムの背中を軽く叩き「まあ、落ち着いて」と声をかけた。
 サラの発した言葉は、当然カナタ王子の耳にも入る。

「いや、すまない……その通りだと、思う」
「この際ですから、お聞かせいただけませんか? カナタ王子のお考えを」

 なるべく温和に、微笑みかけながら促したサラに、カナタ王子の瞳に浮かぶ焦りは薄れていった。
 それと反比例するように、カナタ王子を横目で見上げるサラ姫の方には、苛立ちが募っていくようだ。
 サラに似ている……瞳の色を除いて瓜二つなサラ姫は、徐々にその意思の強そうな黒い眉を吊り上げ、柔らかく白すぎる頬を膨らませていく。
 サラ姫の変化を、サラはもちろん、アレクとカリムもじっと見守っていた。

  * * *

 カナタ王子から、緊張は抜けたようだ。
 同時に、生気も抜けたように肩を落とした。

 サラが出発する前に見たアラブの王子様そのものの正装をしているため、魔術師のローブと同じように体の線は見えない。
 それでも、特別に痩せたようにも見えないし、瞳の色が赤く染まっているわけでもない。
 何も変わらないはずなのに、サラの目には何かが足りない……抜け落ちてしまったように思えた。

 今と同じように、サラの髪は長く艶やかだった。
 その頭を、本物の妹のように撫でてくれたあの大きな手を思い出す。
 胸がツキンと痛んだとき、カナタ王子は大きく頭を振り、乱れた髪をかきあげながらフッと笑った。

「取り乱してすまなかった。ただ、驚いたんだ。どうやらトリウムという国は、私が思っていた状況と違ったようだ」
「どういうことです?」
「トリウムには、豊富な水脈がある。その元はトリウムの北にある精霊の森だ。森は地下に水をたくわえ、この大地を潤す」

 サラは、カナタ王子の言葉にうなずいた。
 この大陸の水源が森にあるということは、この世界に召喚されてすぐ、カナタ王子から教わったことだ。
 チラッと横を見ると、カリムはもちろん博識なアレクも、異論は無いというように軽くうなずいている。

「水脈の流れを、トリウムは無理に変えた……その結果この国は水不足に陥ったのだと、私は聞かされていたんだ」

 サラはもちろん、カリムやアレクたちにとっても初めて聞く話だった。
 カナタ王子がうつむき、その瞳に長い睫毛が影を落とすのを見つめながら、サラは『誰かが純粋なこの人に嘘を吹き込んだ』と察した。
 口調をなるべく和らげながら、サラは問いかけた。

「そんな話は初めてお聞きました。私はトリウムへ行き、実際の戦地も見てきましたが、そんな情報は一切ありませんでした。しかし、なぜそのことを事前に言ってくださらなかったのです?」

 真摯な鳶色の瞳の国王や、一癖も二癖もある王子たちの顔が思い浮かぶ。
 彼らに騙されたとは思えない。
 しかし、そんな噂があることだけでも事前に知っていたなら、トリウムの皆やジュートに会ったときに、詳しく聞くことができたのに。
 サラが唇を噛んで思案している間に、ずっと黙っていたカリムが静かに口を開いた。

「カナタ王子、そのような荒唐無稽な……失礼、その話をどなたからお聞きになられたのです? そして、なぜそれを信じたのですか? この大地の水脈の流れを変えるなど」

 神の、いや悪魔の所業……と言いかけて、カリムは口をつぐんだ。
 顔を動かさずに、視線だけを真横へ向けてみる。
 長く美しいサラの黒髪とその健康的な横顔が、カリムの波立った心を穏やかに変えていく。

「俺……私は、この異界のサラ姫と同じように、自分の目でトリウムという国を確認してきました。彼らも我々と同じように、迫り来る砂漠化に怯えていたのです」

 カナタ王子は、数秒押し黙る。
 口を開こうと顔を上げては、またうつむくというしぐさを数度繰り返した後、意を決したように大きなため息をついた。

「これは、夢だったのかもしれないと思う。私にそれを教えてくれたのは……」

 突然カチャリ、と金属音がした。
 リーズが膝の上に乗せたリコに、スプーンをかざしたのだ。
 汗の噴き出す額にスプーンを置き、直接リコに癒しの魔術をかける。
 跳ね上がった体の熱を、少しでも下げるために。

「――カナタ王子、すみませんが、なるべく簡潔におっしゃってくださいませんか?」

 カナタ王子が、『医師』と名乗ったリーズの動きを見て顔つきを変えた。
 リコの表情を見れば、彼女に何が起こっているかくらいは分かる。
 カナタ王子は口を強く引き結ぶと、生気を取り戻した力強い瞳でサラを見つめた。

  * * *

「私にそれを伝えたのは、一人の女だ。美しく、燃えるような赤い瞳を持った……」
「――っ!」

 思わず声が出そうになったサラは、ぐっと生唾を飲み込み動揺を押さえ込んだ。
 カナタ王子の隣では、サラ姫がふわーとアクビをする。
 その顔を一睨みすると、サラは続きを促した。

「私がその女に出会ったのは、小さな子どもの頃だ。戦争が始まる前で、サラが生まれる少し前だった。まだ国王の体は病魔に侵されておらず、母……王妃も兄弟たちも居た。ある夜、眠っていた私の枕元にその女が立った。私を揺り起こすと、女はこう言ったんだ。『これから、この国に水は出なくなる。その理由は、オアシスの国のせいだ。だから早くあの国の王を殺して、水の湧く森を奪い取らなければならない』と」

 女の形良い小さな唇が紡ぎ出したのは、呪いの言葉。
 その赤い瞳は、憎悪に燃えていたという。
 小さなカナタ王子にその一言を告げると、彼女は去った。

「その女のことを、私は夢だと思っていたんだ。その後、女の予言どおりこの国の井戸が枯れ始めて、国王は戦争を決意した。後で分かったことだが、国王も同じ女の夢を見たと言った。国王は『あの女の言ったことは内密に』と言い、私はずっとその約束を守ってきた」

 この世界には、指きりげんまんの変わりになるような、一つの言い伝えがある。
 口から放たれた言葉は風になり、女神の元へ届けられる。
 だからこそ、簡単にできない約束を言葉にしてはならない。
 そして、約束を破ると女神に裁かれる。

「つまり、カナタ王子の中では“悪いのはトリウムの方だ”ということになっていたのですね?」

 苛立ったサラが早口で投げた言葉に、カナタ王子は怯えと困惑の表情を浮かべた。
 律儀で純粋なカナタ王子は、子どものようにそれを信じていたのだろうか?
 当時はもういい年をした国王も、見知らぬ女のたわ言を信じて戦争を仕掛けるなんてありえない。
 女の言葉には闇の魔力が宿り、知らず国王とカナタ王子を操っていたのだろうか……?

「国王もカナタ王子も、冷静に考えればお分かりになるはずでは? 本当に水が必要なら、友好関係を保ったまま“水を分けて欲しい”と依頼した方がどんなに話が早かったか。こんなに犠牲を出す前に」
「ねえ、ちょっといいー?」

 糾弾しかけたサラの声を、良く似た声が遮った。


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 まずは陳謝! 楽しみにしていただいていた皆様、大変申し訳ありませんっ! エンディングを目前にして、作者の「こんな(あっさりな)終わらせ方でええんか?」という迷い発生により、長らくお待たせしてしまいました。毎日更新、八月完結の夢がっ……く、九月中には絶対に! さて、今回から真相解明編に入りました。まずは戦争のきっかけについて。第一章ではまるっきりスルーしてしまった(涙)砂漠の国の情報を、どこまで盛り込もうかと思ったのですが、とりあえず迷信深いということを強調。サラ姫が巫女係してるとかいうあたりも含め、リアリストには話が通じにくい国です。魔女ッ子こと太陽の巫女さんが、この国を訪れていたことはとりあえず予定通り。この後、どうやって展開させていくかで大いに悩みました。そして……ちょっと予定より長くなってしまったー。もう少しお付き合いくださいませっ。
 次回は、サラちゃんvsサラ姫の対決を少し。その後、カナタ王子との話をひと段落させます。リコちゃんはしばらく苦しいまんまです。ゴメンよっ。

第五章(19)サラ姫の告白

第五章 砂漠に降る花


 ずっとだんまりを決め込み、話を聞いているのかいないのかという態度を取り続けていたサラ姫が、初めて言葉を発した。
 アレクとリーズが、瞳を見開いてサラ姫を見つめる。
 サラ自身には客観的な自分の声というものが分からないのだが、たぶんこのリアクションからするに、声質もサラとそっくりなのだろう。

「もう私いいかなぁ? 私には関係無い話だし」
「サラ」
「だって退屈なの。ねえ、行きましょ?」

 とがめるようなカナタ王子の声も気に留めず、サラ姫が自分の隣に座る魔術師に声をかけて立ち上がった。
 うつむいた姿勢を崩さず、ひどく腰の曲がった魔術師がサラ姫に付き従おうと腰を浮かせかける。
 そのとき、サラの感情が爆発した。

「ちょっと、待ってよ。本題はこれから!」

 ガタン、と大きな音を立てて座っていた椅子が傾いだけれど、サラは気にしなかった。
 立ちあがったサラとサラ姫は、ほぼ同じ目線だ。
 相対したサラは、数か月前とは立場が変わっていることに気付いていた。
 自分はもう、一方的に利用されるだけの存在ではないのだと。

「サラ姫に、聞きたいことがあるんだけど」

 沈黙が訪れれば、否が応でも聞こえるリコの苦しげな息遣い。
 サラの我慢も限界だった。
 しかしサラ姫は、横髪を手入れされた指先でくるくると巻きとりながら、不機嫌極まりないといった風の低い声で呟く。
 カナタ王子にささやく甘い声とは雲泥の差だ。

「なに? 何か用?」
「リコを治して!」

 言った傍から、サラの心の熱を奪う正反対の感情が湧きあがった。
 この展開はマズイ、ともう一人の自分が警告を発するけれど、もう止められない。
 当然、横に居た三人の仲間も同じ気持ちらしく、驚きを隠さぬままサラを凝視している。

 事前の打ち合わせで、気まぐれなサラ姫をその気にさせる方法を、念入りに相談していたのだ。
 まずは常識があり温厚なカナタ王子を落として、彼から説得してもらうしかないと。
 サラたちが言ったところで、望むような答えは返ってこないから。
 北風と太陽の話をあれだけ深く考えたくせに、サラは北風になってしまった。

「何を言ってるのか、分からないんだけど」

 サラ姫は、黒い瞳を細めながら、指に巻きつけた髪をするっとほどいた。
 天窓から差し込む光を受けて淡い輝きを放ちながら、しなやかな黒髪が揺れる。
 きっとサラの髪も、同じように輝いているのだろう。
 それなのに、互いの抱く感情は正反対なのだ。

「言いたいことがあるなら、どうぞおっしゃって?」

 なよやかな姫らしい口調と裏腹に、好戦的な獣のように光る瞳に見つめられ、サラは奥歯を噛みしめる。
 男性陣は、二人の間に飛び散る火花に目を奪われている。
 サラ姫の横に寄り添う魔術師は、サラ姫のドレスの裾のあたりへ視線を向けたまま黙っていた。

  * * *

 瞳の色だけが違う二人の少女が、大きなテーブルを挟んで対峙している。
 しかし分が悪いのは、サラの方だ。
 焦燥のせいで青い瞳が乾き、パチパチと何度も瞬きを繰り返す。

「リコに、闇の魔術をかけたでしょう?」
「知らないわ」

 くっきりした眉尻を上げ、黒い瞳を細めたサラ姫はフンと鼻で笑いながら、降ろした長い髪を手で払った。
 そのしぐさに合わせて、繊細な刺繍が施されたドレスの袖が、金魚の尾のようにヒラヒラと揺れる。
 一つ一つの行動が、サラの心をささくれ立たせるように優雅だった。
 苛立つ気持ちをどうしてもセーブできず、サラは甲高い声で叫んだ。

「嘘つかないでよ! 私がここに来たときに、同じことをしようとしたじゃない!」
「うるさいわねぇ。知らないってば」

 既にサラの劣勢を察しているのか、返答は揺るぎない。
 サラは一度うつむいて一呼吸置くと、横目でリコを見つめた。
 リーズの胸にくたりと頭を押しあて、栗色の髪に汗のしずくをまとわりつかせている。
 スプーンの魔術がどのくらい効いているのかも、もう分からない。
 吹きすさぶ嵐のような感情を抑え込み……サラは、折れた。

「サラ姫……お願い、せめてどうしたらいいかだけでも教えてっ」

 胸の前で両手を組み、上目づかいで懇願するサラ。
 サラ姫はクスクスと楽しそうな笑い声を上げると、笑みを崩さないまま鈴が鳴るような声でささやいた。
 サラを挑発する、最高の言葉を。

「さあね。でも私は本当に知らないの。壊れたおもちゃの直し方なんて」
「――っ!」

 テーブルを挟んでいなければ、とっさに手が出てしまっていたかもしれない。
 サラは、右のこぶしにダイスを握りしめたまま、左の掌でその手をなんとか止めた。
 サラの二の腕には、左からカリムが、右からアレクの手が伸びる。
 ごわつく騎士服の上からでも、その手のぬくもりが感じられる気がした。
 流石に見ていられなくなったカナタ王子が、サラ姫を一喝する。

「サラ。やめないか」
「ついでに言うと、あなたの帰し方も最初から知らなかったの。ごめんなさいね」
「サラ!」
「この子の肩を持つお兄さまなんて、嫌いよっ」

 唖然として硬直するサラを一べつすると、サラ姫は踵を返し出て行った。
 人の心を踏みにじるその台詞とそぐわない、天使のように愛らしい笑みを浮かべて。
 魔術師が、サラ姫の行動をフォローするように「そろそろ国王さまとの面会時間ですので」としゃがれ声で言い残し、足音を立てず滑るように後を追った。
 去り際、フードの奥にチラリとのぞいた口元は引き締められ、たるみ切った頬の深いシワが濃い影を落としていた。

  * * *

「すまない……本当に、申し訳ない」

 今まで聞いたことのない、魂を吐き出すような深い溜息とともに、カナタ王子がサラたちに頭を下げた。
 そのまましばらく顔を上げてくれないので、サラは「もういいです」と言ってしまった。
 頭痛を堪えるように額に手を当てたカナタ王子の態度からは、苦しみよりも諦めの割合が大きい。
 端々で目につくカナタ王子の受け身な態度は、時間をかけて培われたものなのだろうとサラは思った。

「サラがあんなに非礼な態度を取るとは……しかも、異界のサラ姫、あなたのことも」
「いえ、それはいいんです。カナタ王子のせいじゃありませんから、謝られても困りますし」

 サラ姫が居なくなったことで、サラは愛想笑いを止めた。
 カリムは無表情のままだし、アレクとリーズは静かな怒りを内包したような厳しい目でカナタ王子を見つめている。
 リーズの介抱が功を奏したのか、それとも魔術をかけたサラ姫が退席したせいか、リコはやや落ち着きを取り戻したようだ。
 うめき声はスゥスゥという寝息に近いものになっていて、サラは少し安堵しつつ椅子に腰かけなおした。

「カナタ王子、先程サラ姫がおっしゃったことは本当ですか?」

 カリムが、尋ねた。
 感情を無理やり押し殺しているせいか、声が若干震えている。
 一瞬カリムの視線を追ったカナタ王子は、テーブルに両肘をつき、頭を抱え込むような姿勢で漏らした。

「私には、サラのことは分からない。ただ、あの子は……嘘はつかない、と思う」
「……そうですか」

 カナタ王子の答えを聞かなくても、サラには薄々分かっていた。
 サラ姫は、月巫女と似ている。
 無邪気に自分の望むものを手に入れようとする、子供のような人だ。
 善悪の区別がつかない分、純粋な欲望からくる言動はストレートで、嘘をついて人を陥れることはしない。

「じゃあ、リコを治すにはどうしたらいいの……」

 サラがポツリと漏らした呟きに、その場はお通夜のように静まり返る。
 カナタ王子のように、頭を抱えたい気持ちになりながらも、サラは自分を叱咤激励した。
 行き詰ったからといって、このまま投げるわけにはいかない。
 リコは今も、必死で戦っているのだから。
 浮かびかけた涙を意志の力で留めるサラの脇から、やけにぶっきらぼうな声がした。

「なぁ、王子さんよぉ……アンタ、あの姫君に何か弱みでも握られてるのか?」
「アレク?」
「兄さんっ」

 サラが口を開く前に、カリムとリーズが同時に突っ込んだ。
 アレクはといえば、少し顎を上げ普段の三白眼を封印して、感情の見えない目でカナタ王子を見ている。
 今ここに居る人間の中で、一番冷静なのがアレクかもしれないとサラは思った。
 それは、一番心を揺さぶられる要素がない、ある意味第三者だから。

「別に、そんなものはない」

 カナタ王子は背筋を伸ばすと、ふいっと視線を反らした。
 硬化しかけたカナタ王子の殻を、アレクがシニカルな笑みと残酷な言葉で突き破ろうとする。

「へぇ。じゃあ他の何か……そうだなぁ、例えば“負い目”とか?」

 アレクのぶっきらぼうな言葉に、カナタ王子は言葉を詰まらせる。
 それは『イエス』という返事に他ならなかった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 更新時間がオカシイことに……すんません。反省だけなら猿でも出来る……(←昭和CMネタ) 直しても直しても、なかなか納得行くものが書けないのですよー。まさに爆風のようなスランプ。恐るべしっ。今回は、サラ姫が思ったように動いてくれず。本当はもっと小生意気にと思ったのですが、横に最愛ラブのお兄さまが居るからちょっぴり控えめ。しかし貫禄増したサラちゃんにはライバル意識ダダ漏れ……まったく難しいキャラです。第一章では書きやすかったのになぁ。サラちゃんも、サラ姫に対しては憎たらしいけど憎み切れないという複雑メンタル。しがらみのないアレク様が一番スルッと動いてくれました。王子様の秘密はおいおい。
 次回は、今後のことを相談しつつ、サラ姫を追い詰めていきます。本当にそろそろエンディング方面へ進まねば。

第五章(20)カナタ王子の告白

第五章 砂漠に降る花


『カナタ王子は、サラ姫に負い目がある』

 アレクのぶしつけな指摘にみるみる青ざめ、小刻みに体を震わせるカナタ王子。
 その姿が、サラの沸騰しかけた頭を急激に冷やしていく。
 いくら可愛い妹でも、たった一人生き残った大事な家族でも、カナタ王子は譲りすぎだ。
 可愛く思うならなおさら、将来二人で国を支えていくために厳しく育てる方が、カナタ王子の生真面目な性格にはマッチしている。
 なのに、そうしないなら……そこには、理由があってもおかしくない。

「カナタ王子、何か事情が?」
「言えない……言っても仕方がない」

 信頼関係が築けているはずのカリムの静かな問いかけも、無下にシャットアウトされた。
 問題発言を投げつけたアレクは、なぜか一人したり顔だ。
 アレクの意図することが分からず戸惑うサラと、カナタ王子から拒絶され眉根にシワを寄せるカリム。
 不安げなサラの視線に、アレクが再び口を開こうとしたとき。

「兄さん?」

 アレクの奥から、いつも通りののんびりした声がかかった。

「今それを聞き出すことで、何かメリットがあるの?」
「リーズ……」
「優先順位は戦争の決着。リコのことはその後。姫君の秘密を暴いてる余裕なんて無いだろ?」

 サラの目には、華奢で頼りないはずのリーズの横顔が、とても頼もしく見えた。
 このメンバーの中で一番リコを心配していて、心を乱してもおかしくないリーズが、一番落ち着いている。
 いや、本当はそうじゃないのに、必死で抑えている……。
 リーズに制されたことを、いつものようにからかいで返さず口を噤んだアレクも、同じことを考えていたのかもしれない。

「そうですね。カナタ王子、さっさと戦後処理の問題を片づけましょう」

 サラは、再び立ち上がった。
 先ほどとはうって変わり、心は穏やかに凪いでいる。
 焦る気持ちが消えたわけではないけれど、落ち着くほど見えてくるものがある。
 和平を決定づけることは、多数の民を救うだけでなく、サラに架せられた重石を取り除くのだ。
 そもそもサラがこの世界へ召喚されたのは、和平を成立させることなのだから。

「和平成立のためには、やはり国王様にお会いするのが手っ取り早いかな。うん、ちょうどいいかも。サラ姫が立ち会っている時間でなければ、国王様はずっと寝ているのでしょう?」
「サラ殿……しかし」
「しかしも“かかし”もありません!」

 うっかり母が良く使っていた言葉が漏れて、サラはクスッと笑った。
 なぜか時代劇が大好きで、サラは「おばあちゃんみたい」と言いながらも、その言葉や知識を刷り込まれてしまったのだ。

「善は急げ。今すぐ、行きましょう!」

 リコの病が簡単には治らないのと同じように、サラが元の世界へ帰れる見込みは薄くなった。
 それでも、サラは笑っていられた。
 サラ姫とは違うサラの力強い笑顔につられたのか、カナタ王子はようやく出会った頃のように、サラを真っ直ぐ見つめてうなずいた。

  * * *

 結局部屋を出たのは、サラとカナタ王子だけだった。
 リーズは「リコの容体が落ち着いているし、今は動かしたくない」との理由で。
 アレクは、先程の挑発的な問答でカナタ王子の不信を買ってしまったため、いわずもがな。
 最後までついてきたがったカリムも、頑ななカナタ王子の拒絶を崩せなかった。

「カナタ王子、最近の国王様はどうなんです?」
「ああ、特に変わらないよ」
「そうですか……」

 王宮の深部へ進むにつれ、靴の裏が砂を踏むこともなく、絨毯の色も鮮やかな緋色に戻っていく。
 壁に飾られた装飾品は、以前より減ったようだ。
 臣下も侍女も減り、広い廊下や建物内にまったく物音がしないことが、サラには何となく奇妙に思えた。
 騒々しく活気に満ちあふれたトリウム王城と、無意識に比べてしまっているのかもしれない。

「サラが……妹がもし扉に封印をしていたら、中に入れないかもしれない。もしそうだったら申し訳ないが」
「ああ、大丈夫です。ぶち破ります」

 衣擦れの音が、一瞬ぴたりと止まった。
 口をポカンと開けるカナタ王子の、子どもみたいな隙だらけの表情が珍しく、ついサラは笑ってしまった。

「すみません。言い方を間違えました。私には、たぶんその扉を開けることができますから、心配無用です」
「そうか……しかし君は、なんというか、ずいぶん変わったね?」
「変わりもしますよ。こんな過酷な目にあったら」

 再び歩き出した二人。
 サラの溜息混じりの嫌味に、カナタ王子は大きな背中を丸めてしゅんとする。
 吹っ切れたサラは、若干女神モードも入りつつ、カナタ王子の腕をバシバシと叩いた。

「気にしないでください。私、この世界に呼ばれて良かったって、心から思ってるんです。最初は不安でわけが分からなくて……でも、カリムや、リコや、アレクたち、トリウムの人たち……たくさんの大事な仲間に出会えました。今では元の世界よりもこの世界の方が、私の中の比重は大きいんです」

 帰りたくない。
 帰ってなんかやらない。
 この世界で、絶対幸せになってみせる。

 そう告げたサラの笑顔に、カナタ王子はしばらく見入っていた。
 そして最愛の妹にするように、ポンポンとサラの頭を二度叩いた。

「君は、強いな」
「大事な人のためなら、いくらでも強くなれるんですよ」

 女神にだってなれる……とは言えず、サラはお茶を濁すようにアハハと笑った。
 カナタ王子は、サラを愛情に溢れる潤んだ瞳で見下ろしながら、ポツリと呟いた。

「俺も、本当は強くなりたい。今からでも、間に合うだろうか……?」
「カナタ王子?」

 自分のことを初めて『俺』と呼んだことを、サラは違和感なく受け止めた。
 堀の深いアジアンテイストの顔立ちに良く映える、赤い宝石の髪飾りが揺れて、サラに近づく。
 サラの耳元に息がかかるくらいの距離で、カナタ王子はささやいた。

「俺は、本当は王妃の息子じゃない。国王が妾に産ませた子供なんだ」

 国王の落とし胤。
 サラは至近距離でカナタ王子を見ながら、自分もそんな嘘をついたことがあったなと、なぜか遠い昔のことのように思い出していた。

  * * *

 国王の療養する私室へ向かう足取りは、おのずとペースダウンする。
 それは、カナタ王子の告白が続いたせいだった。

「俺には、兄が二人、姉が二人、弟が一人居た。弟は産まれてすぐに亡くなったけれど、兄と姉は戦争が始まるまでは生きていて……正直に言うと、俺は一人除け者だった。妾腹の子だと冷遇されて育ったんだ。でも俺はいっそ気楽で良かった。国王はとても恐ろしかったし、兄弟は誰が王位を継ぐかで幼いころから争ってきたから」

 自分の身の回りに起こる理不尽な出来事を、全て受け入れる癖があるカナタ王子。
 その土壌は、生まれたときから整っていたのだ。
 神妙な面持ちで聞き入るサラに、カナタ王子はうつむき靴先を見ながら、言葉を重ねていく。
 恐らく、誰にも告げたことのない言葉を。

「戦争が始まり、十年前には国王が倒れ、王妃は亡くなった。その頃から次々と兄弟も……俺は、全員自滅したのだと思っている。それぞれが他の兄弟に対して疑心暗鬼になっていた。誰かが死ぬたびに、生き残った人間が犯人ではないかと疑われた。兄弟で殺し合って……最後は、蚊帳の外だったはずの俺とサラだけが残った」

 そこでサラは、浮かんだ疑問を率直にぶつけた。

「どうしてサラ姫は、その争いに巻き込まれなかったんですか? カナタ王子が無事だった理由は分かりましたけど」
「サラは……なぜか王妃に疎まれて育ったんだ。サラ殿が召喚された地下室のことは、覚えているかい?」

 心臓が、早鐘を打ち始める。
 朱色の床の間の、あの禍々しい空気をなるべく思い出さないようにしながら、こくりとうなずいた。

「王妃が亡くなるまで、サラはあの部屋に幽閉されて育った。俺は、自分より虐げられているサラの存在に救われてきたんだ。幼いサラが何をさせられていたか、薄々分かっていながら……」

 カナタ王子の瞳は強く閉じられ、目じりのふちから一筋の涙が零れ落ちた。
 拭いとろうと頬に伸ばしかけた手を、サラは途中で止めた。
 この感情を抱くのは、初めてじゃない。
 自らの罪で傷を負った人に対して、安易に同情することは逆効果になりかねない。
 誰かにすがるのではなく、自力で立ち直るしかないのだから。

「すまない。こんな話を聞かせてしまって」
「サラ姫は、戦争の道具にさせられていたんですね……」

 話を打ち切ろうとしたカナタ王子は、サラの台詞に再び目を閉じた。
 サラの耳には、自分の発した声がやけに冷たく響いた。
 装飾品のほとんど置かれない、ガランとした灰色の廊下の隅にまで届くその声は、カナタ王子の心にも沁み入ったのだろうか?

「サラ姫の幼すぎる行動も、人を道具のように扱うところも、全ては周囲の大人がそうさせたもの。カナタ王子は、それを分かっていながら放置してきた。そうですね?」
「……ああ、その通りだ。アレクという男の言った通り、俺はサラに負い目を感じている。生まれたばかりの、一番周囲の愛情が欲しい時期に、一人にさせてしまったことを」

 カナタ王子は、決定的な言葉を口に出さない。
 誰かと『話してはいけない』と約束でもしたのかもしれないけれど……。
 膿を出すなら、全部出させなければ。

「カナタ王子、サラ姫は周りからこんな風に呼ばれていたんじゃないですか? “呪われた子”または“魔女”と……」

 何も答えないことは肯定。
 カナタ王子の素直さが、その時ばかりはなぜか憎らしく思えた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 今回は、がっつり告白です。サラ姫ちゃんの秘密をある程度。こういう虐待っぽい話は、苦しいけれど目を逸らしちゃイカンと常々考えている作者であります。無関心な社会が特に問題かと。まあ、この話は完全フィクションなので温度温めですが。サラちゃんも、サラ姫に同情しまくり。これは月巫女さんと同じパターンですね。リコを暗殺者に仕立て上げたことは許せないにしろ、そうなった理由をさかのぼって考えると、結局悪いのは誰? みたいなところへ辿り着いてしまいます。女神様のスタンスは基本博愛ということで。友愛は違う方ですね。(←と、さりげなく時事ネタを入れてみたりして) さて、今回のサラちゃんは一部ババ臭かったです。時代劇好きは母由来という設定でした。演歌好きも……ま、フィクションですから。
 次回、二人はサラ姫たちのところに乗り込みます。こっちの国王様は……第一章ではほとんど触れずにスルーしてしまいましたが、今度はさすがにしっかりと。

第五章(21)ネルギ国王の病状

第五章 砂漠に降る花


 サラ姫の境遇を聞いて、サラの胸には再び嵐が巻き起こった。
 高ぶる心を抑えながら、今聞いたばかりの話を整理する。

 きっとサラ姫は、生まれてすぐに『闇の魔術』を使えることが分かったのだろう。
 だから王妃に“魔女”として疎まれ、幽閉された。
 しかしすぐに戦争が起こり、サラ姫の能力は“使える”と判断されたのだ。

 それからというもの、幼いサラ姫は闇の魔術を駆使し、刺客を生み出し続けた。
 おもちゃで遊ぶように、無邪気に……。
 幽閉されたサラ姫の映像が鮮明に思い浮かぶのは、女神の見せたあの映像と同じものだろうか。

「月巫女も……」
「サラ殿?」
「ううん、なんでもありません」

 サラは、中途半端な笑顔を作りつつ、首を横に振ってみせた。
 サラ姫と月巫女が、サラの中で一つに重なる。
 同じように呪われた子として生まれた月巫女には、彼女の力を打ち消すくらい明るい太陽があり、いつも傍にいてくれた。
 結果的に周囲から二人で一人と扱ってもらえたから、幸せな暮らしができたのだ。

『太陽と月は、もともと一つだった』

 サラの記憶から、あの童話のフレーズが浮かんだとき、その部屋の扉は現れた。

  * * *

 重厚で巨大な木の扉は、それまで通り過ぎてきた他の部屋とは違い、繊細な模様が一面に彫られている。
 モチーフは、一枚には鳳凰、もう一枚には龍。
 巨大な龍を見上げたサラは、お守りから現れた金色の龍の存在を思い出した。
 案外面倒見のよさそうな魔術師ファースに育てられ、今頃はぐんぐん大きくなっていることだろう。

「今なら、あの子もちゃんと見えるのになぁ」
『――コンコン』

 サラの独り言に、カナタ王子が扉を叩く音が重なった。
 内側からの反応は無い。

「サラ、いるんだろう? 私だ。ちょっと開けてくれないか?」

 何度もしつこくノックし、声をかけてもノーリアクション。
 結界の魔術が施されているらしく、カナタ王子が全力を使って強引に扉を押すもののビクともしない。
 顔を真っ赤にして、必死にトライし続けるカナタ王子を横目で見ていたサラは、もうそろそろいいだろうと声を張り上げた。

「サラ姫! 聞こえてるんでしょう? 猶予はおしまい! 開けますよっ!」

 サラが手を触れると同時に、反発しようとうごめく力を感じる。
 しかしサラは、その程度の魔力をコントロールする術はすでに身につけている。
 抵抗もむなしく、その扉はギギギときしみながらサラの細い腕に押しやられた。
 カナタ王子は、自分が体当たりしても開かなかった扉と軽々それを開けるサラを見て、目を丸くしている。
 そんなカナタ王子に構わず、ずけずけと部屋の中に押し入っていくサラ。
 何かの術を使っていたのか、祈りを捧げていたのか分からないが、部屋の中央には床に膝をつけたサラ姫が居た。

「お兄さま、と……あなた……」
「強引な真似をして、ごめんなさいね?」

 先程、サラ姫が笑ったように優雅に、サラは履いてもいないドレスの裾をつまんでお辞儀のポーズをとった。
 それは『サラ姫をお手本にせよ』と、横にいる魔術師に仕込まれたしぐさ。
 今のサラにとっては、嫌味そのものでもあった。
 ごめんと口では謝りながら、真逆の感情を顔に出すのは、サラ姫の十八番なのだから。
 さすがに気付いたサラ姫は、ぷぅっと頬を膨らませて立ち上がる。

「あなた何をしに来たの? 邪魔なんだけど」
「サラ。国王はいつ目覚めるんだ? この……サラ殿と私から、国王に今度の相談がしたいんだ」

 サラの代わりにカナタ王子が、目的を簡単に説明する。
 サラ姫は、隣にいる魔術師と目配せし合った。
 何かがピンと来たサラは、二人の様子を水も漏らさぬようにじっと観察する。

 室内は、あの地下室のように薄暗かった。
 さほど広くはない部屋に、閉ざされた窓。
 四方の壁に焚かれたかがり火の煙が充満し、視界は悪い。
 燃える炎が酸素を奪っているのか、少し息苦しい。

 以前、一度だけ訪れたときはもっと明るかったはずだ。
 サラの背丈ほどもある大きな窓は、開けば中庭に面するバルコニーに繋がっていて、そこから眩しい光が差し込んでいた。
 しかし今は、バリケードで覆われたように、黒く分厚いカーテンで閉ざされている。

「お兄さま……今じゃなきゃ、ダメなの? また後で起こしてあげるから。ねっ?」

 今度は、カナタ王子とサラが目配せする番。
 子どもから脱皮できていないサラ姫は、隠し事ができない。
 隣に居る性別不詳の老魔術師は、先程は手にしていなかった杖を持ち、腰を曲げてそこにもたれかかりながら立ちつくしている。

「ああ、今すぐだ」

 カナタ王子の今までになく鋭い視線は、サラ姫に諦めの溜息をつかせた。

  * * *

 国王は、室内の隅に置かれた天蓋付きのベッドに横たわっていた。
 サラとカナタ王子は、国王の表情が見える距離まで近づく。
 カナタ王子は「変化が無い」と言ったけれど、それは身近な人間だから……そう感じるくらい、サラの目に映る国王は、明らかに痩せていた。
 それとも、ここでもまた生気あふれるトリウム国王と比べてしまっているのだろうか?

「今起こしたら、お兄さまが……まいっか。私が守ってあげればいいのよね」

 素直なサラ姫は、思ったことをそのまま口にする。
 サラは鼻から深く息を吸い込み、右手はズボンのポケットへ入れた。
 国王が起きたら、カナタ王子の身に何かが起こるのだ。
 警戒するサラを気にも留めず、サラ姫は国王の枕元へと歩み寄る。
 その華奢な背中に、しわがれた声が投げかけられた。

「姫さま。本当に、よろしいのですか?」
「うん、もういいわ。どうせ軍がもうじき戻ってくるんでしょ? 面倒だからそこから選べばいいのよ」

 一体何を、と問いかける言葉は、サラの胸の奥で弾けた。
 サラ姫が国王の額に口づけるた瞬間、国王の目はカッと見開かれた。
 その瞳が、ぎょろりと一回転して……サラたちの方向に止まった。

「――っ!」
「国王……?」

 サラも、隣にいるカナタ王子も、息を飲んだ。
 国王の瞳は、片方はサラ姫と同じく漆黒。
 もう片方は……血を流したような深紅。

「魔女の眼っ!」
「ああ、騒がないでよ。うるさいなあ」

 手慣れた様子で、サラ姫は国王の背に手を当て、その上半身を支えるように起こした。
 国王は口元をだらしなく緩め、そのオッドアイでただ一人の人物を見ている。
 サラの隣に居る、カナタ王子を。

「だーめ。お兄さまだけは駄目よ。また他の人を用意してあげるから、大人しくしていて?」

 サラ姫が、国王とカナタ王子の間に割り込みながら、いつもよりゆったりとした口調で語りかける。
 年下の子どもに言い聞かせるように。
 異常さに身震いしたサラは、硬直するカナタ王子の腕を掴んだ。

「大丈夫ですか?」
「あっ、ああ……すまない」

 国王に、いつもの“暗示”をかけ終わったのか、サラ姫が振り返った。
 赤い炎を受けて、その黒髪が燃え盛る太陽のように輝く。
 サラ姫の瞳にも、暗い炎が見えた気がした。

「ちょっとあなた、お兄さまに触らないで!」
「あ、ゴメンっ」

 カナタ王子につられたのか、反射的に謝ってしまったサラ。
 白く滑らかな砂漠の王子服の袖を離し、一歩後退った。
 今この空間を……特に、悪魔の傀儡となった国王をコントロールしているのは、サラ姫なのだ。
 彼女を動揺させては、悪魔が野に放たれる。

「お兄さまには、言わなきゃって思ってたの。この人……国王さまに贄が必要なんだけど、もうこの王宮には魔術師が居なくなっちゃったでしょう? だから、軍が戻ってくるなら何人か連れてきて欲しいの」

 サラ姫の発した言葉の意味は、カナタ王子には伝わらなかった。
 カナタ王子は、首を軽く横に振りながら、サラと同じ位置へと一歩下がった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 さて……またもや一日ズレでお届けしました。申し訳ありませんっ。どうぞ、思う存分「ドジでのろまなガラパゴスゾウ亀め!」と罵ってください。お話の方は魔女サラ姫、大活躍の回でした。サラちゃんの同情もこっぱミジンコ。(←作者が考えたギャグではありません。こういう漫画があるのです) 久々のサラ姫節(支離滅裂トーク)を思い出しつつ書きましたが、いかにブラック過ぎずカワイゲを残すか、というのが悩んだ部分です。こういうキャラをヤンデレというらしいのですが、書き始めの頃はそんな単語も知らず……好きな人を好きすぎてボコるとか、好きな人と二人きりになりたいから周囲をボコるとか。ミザリーは好きなのですが、リアルに居たら「ノォー!」と叫んであっさり殺される脇キャラな自分であります。サラちゃんはそう簡単にはやられませんが。
 次回は、このへんの事情をもう少し詳しく。といっても、サラ姫ちゃんの説明なので、話半分理解できるかくらいですが。

第五章(22)国王を操るモノ

第五章 砂漠に降る花


 サラは一瞬、自分がなぜここにいるのだろうと思った。
 端正な顔を歪め、今にも崩れ落ちそうなほど体を震わせているカナタ王子。
 そんなカナタ王子を見つめる人物が、自分のほかにもう二人。

 一人は、赤い目を持つ国王だ。
 瞳は極限まで見開かれ、赤と黒、オッドアイの目玉がぎょろりと飛び出している。
 もう一人は、カナタ王子の立ち位置を気にするサラ姫。
 媚を売るように潤んだ瞳で瞬きを繰り返し、思いついたようにカナタ王子の隣に立つサラを睨みつけてくる。
 そしてサラ姫の斜め後ろ、捻じれた木の杖をつき己の存在を消すように立ちつくしていた老人が一人、ホウッと溜息をついた。

「姫さま。そのご説明では、カナタ王子には分かっていただけないのでは?」

 いつも耳にしているノイジーなしゃがれ声に、警戒心を少し緩めたサラ姫は、はーいと間延びした返事をし、再び語り出す。
 サラがこの世界へ呼び出されたときと同じように、思いつくまま、率直な話を。

  * * *

「国王様はね、誰よりも強い力を欲しがったの。だから、この瞳を一つ譲り受けたらしいのね。でも、元々の魔力が足りないから倒れちゃったの。しょうがないから、魔力が強い他の人を探して、この瞳をたまに移動させてあげたの。他の王族の人はみんなすぐ変になっちゃったけど、あの黒髪の男の人はちょうど相性が良かったのよね」

 当時を思い出したのか、くすくすと嬉しそうに笑う。
 その唇が宝石のように赤く艶めいて、オレンジ色の光を受けても白すぎる手が際立った。
 サラは、もうこの場所に迫っているだろうキール将軍を思い出す。

「そのときには、国王様もずいぶんくたびれちゃってたみたいで、とりあえずあの人を仮の宿主にして戦場に行かせたの。瞳だけときどき呼び戻してたんだけど、それだけで戦地で何が起きてるかはまるで自分が直接見に行ったみたいに分かって……本当に便利よねえ。でも最近、その人が拒絶しちゃったから、国王様のところに勝手に帰ってきちゃったの。定期的に他の人に移してあげないと、国王様の体がどんどん弱っちゃう。だから、戻ってくる軍の魔術師を贄に欲しいの。分かってくれた?」

 唇に人差し指を当て、ときおり考え込むように上を向きながらも、サラ姫は一気に語った。
 サラは、すぐ傍に居るカナタ王子の横顔を見上げた。
 カタカタと震える体を両腕で抱きしめるようにし、奥歯を噛みしめながらサラ姫を見つめている。
 いや、サラ姫の奥に潜む、悪魔の瞳を。
 ショックから立ち直ったことを示すように、意志の力でクッと目尻が上がった瞬間、それを察知した魔術師が声を上げた。

「カナタ王子さま。サラ姫さまは、あなただけには害をなさないようにと」
「――ふざけるな!」

 カナタ王子の怒鳴り声に、サラ姫はびくんと体を跳ね上げた。
 声をかけた魔術師も、溜息とともに再び口を閉ざしうつむく。
 衣装のせいで相変わらず鼻より上は見えないが、魔術師の口元も強く引き締められている。
 この事態を、憂えているのだろう。
 しかしサラと同様に、どうすることもできない。

 問題は国王を中心とした王族の中で発生し、発端である国王は既に人ではない。
 解決すべき人物は、カナタ王子しか居ないのだ。
 大きな瞳に涙を滲ませ、動揺を抑えつけるように不自然な笑みを浮かべたサラ姫が、兄へと歩み寄っていく。
 一歩近づけば、目的の人物も一歩下がるので、二人の距離は縮まらない。

「お兄さま、どうなさったの?」
「サラ、お前は今まで何をっ……王妃も、兄弟も、そうやって殺したのかっ? 臣下たちもっ!」
「だって、この人がいいって言ったから」
「止めるべきだろう! なぜ俺に言わずに!」

 二人のやり取りを見ているうちに、サラの心に底知れない不安が渦巻いてきた。
 サラ姫の表情が、微笑みから痛みへとシフトしていくにつれ、その後方に居る赤い瞳の輝きが増していくのだ。
 あの瞳は、より魔力を吸える宿主を求めて、舌舐めずりをしている……そんな風に思えた。

 戦場とこの王宮を一瞬で移動する、闇の扉。
 音を立てずに、そっと開かれようとしている。
 気づいているのは、サラだけだ。
 特に、ターゲットにされた人物は、別のことに夢中だから。

「だってお兄さまがっ……」
「――カナタ王子、離れて!」

 サラの右手に握りしめられた一粒の石が、瞬きする間に美しい宝剣へと変わる。
 鞘を足元へ放り投げると同時に、サラは目には見えない『何か』を斬った。
 固く豆のできた手のひらに馴染み過ぎる剣の柄から、自分の腕の延長のように真っ直ぐ前へと伸ばされた剣先が、一つの目標を捉え輝く。

「私には、あんたの攻撃は効かない」

 サラは、強大な獲物を前に、地を這うような低い声で呟いた。
 同時に、空いている左手を背中へ回し、何かを払うように動かした。
 それは、カナタ王子に『出ていけ』という合図。
 サラと黒剣の睨みを受けて、国王に宿った赤い瞳が少しだけ怯んだ、今しかない。
 再び、あの瞳に封印を施すには――。

「サラ姫、早く国王を抑えて。出来る?」
「……あっ、うん」

 サラを中心点として、聡明で大柄な男はその場から去り、短慮で華奢な少女は部屋の奥へ。
 たった二人の兄妹……今まで寄り添いながら生きてきた二人が、初めて別の方向へ進んだ。

  * * *

 まったく『和平の話』どころではない。
 全ての前提が崩壊しかねない展開だった。
 交渉すべき相手が……単なる器に成り下がっているなんて。

 国王の枕元に立ったサラ姫の指示により、赤い瞳は閉ざされた。
 瞼を閉じた国王は、疲れ果て生気を奪われた白い顔をしている。
 緩んだ口元からは涎が垂れ落ち、今にも力尽きそうなただの老人にしか見えない。
 国王の命の炎を、今も赤い瞳は燃やし続けているのに、サラにはそれを止める手立てが分からない。

 サラは大きく息をつき、放り投げた黒剣の鞘を拾うと、それを定位置の左腰に差した。
 国王への処置を終えたサラ姫が、泣きだしそうな表情のままサラの一挙手一投足を見つめている。

「安心して。あなたたちに危害は加えないから」

 サラが動くたびに、長い睫毛を小鳥の羽のように震わせているサラ姫を見て、サラはほんの少し砕けた口調で告げた。
 その微笑は、サラ姫と似て非なるもの。
 壁際の炎に負けない瞳の青が煌めき、揺るぎない口調は人の心を落ち着かせる。

「この剣が斬るのは、邪悪な存在のみ。そういう風にできてるの」

 女神の剣では、普通の人間は斬れない。
 昔から知っていたようにするりと出てきた言葉に、心に住む別のサラ……普通の少女であるサラが「そうなのっ?」と驚き、もう一人のサラ……黒騎士のサラが「なるほど」と妙に納得している。
 一人でトリオ漫才をしているような複雑な感情に、サラは思わず苦笑いした。
 そしてサラ姫は、サラの言葉を聞き終わると同時に、ぺたりと床へ座りこんだ。

「ねえ、なんでお兄さまはあんなに怒っていらっしゃったのかしら? 私、お兄さまがあんな大きな声を出すの、初めて見た……」

 カナタ王子が居なくなったせいか、サラ姫のサラに対するライバル意識はずいぶん弱まったようだ。
 すがる様な瞳で見上げられて、サラは頭を抱えたくなった。
 どうもこのお姫様は、物事を自分で考えるという発想に行きつかないらしい。
 深層の姫君……この王宮に召喚されて、わずか一週間滞在した間に何度も思ったその言葉が蘇る。
 呆れ半分、同情半分で、サラは溜息混じりに告げた。

「あなたねえ、自分で少しは考える癖つけなさいよ」
「だって、分からないんだものっ」

 ついに、つぶらな瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
 まばたきするたびに、ぽたぽたと落ちるその雫は、まるで女神の涙のように美しい。

「もぉ……泣かないでよ」

 こんな風に泣くのはズルイけれど、サラは泣いている女の子を放っておける性質ではない。
 ゆっくりサラ姫に歩み寄り、その傍らにしゃがみこむと、ズボンのポケットからハンカチを取り出した。
 ふんだくるようにその白いハンカチを奪い取り、サラ姫は両目を覆う。
 デリスからもらった大事なハンカチだ。
 サラが「それ後でちゃんと返してよっ」と言うと、サラ姫はチーンと鼻をかんで応えた。


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 もしかして……大幅改稿、パートツー。大変申し訳ありませんっ! と、何度土下座して謝れば良いものか。大筋は出来ているのですが、ついつい立ち止まってしまいます。もっと良いエンディングはねーがーと……ひょっとしたらこれって『長編完結させたくない病』というヤツなのだろうか。「敵は本能にあり!」って、そんな余計なバトルはイラネー! 勇気を出して立ち向かいますっ! さて、今回のお話はサラ姫ちゃんと国王様の背景暴露編でした。赤い瞳さんはとっても便利だけど、持ち主の命を縮めていく……まさに悪魔の契約っぽい王道設定です。ちょっとサラちゃんもビビるくらいの強敵。いわゆる『ラスボス』ってヤツですね。サラ姫ちゃんが制御しているので、まだ大人しくしててくれてますが、この先どうなることやら?(また話変える可能性有り。毎日更新→ほぼ毎日に変更ということで……ヘタレでスンマセンッ)
 次回は、お話にならないサラ姫ちゃんから、ストーリーテラーは側近魔術師さんへ。もうちょっと実のある暴露話を。

第五章(23)魔術師への興味

第五章 砂漠に降る花


 ハンカチには、オアシスの妖精ことルリ姫にもらった、バラの香水が沁み込んでいた。
 ほのかでいやみの無い花の香りに包まれたせいか、サラ姫はいつもの調子が戻ってきたようだ。

「ねえ、あなたの言うとおりにあの人寝かせたんだから、教えて。お兄さまは、どうして怒っていらっしゃったのっ?」

 鼻をすすりながらうなずくサラ姫の脇にしゃがみこみ、額がくっつくほど至近距離で見つめ合いながら、サラは一言ずつ区切るように伝える。

「あのねえ……サラ姫にも、大事な人がいるんでしょ? カナタ王子とか、この魔術師さんとか」

 解けかけた皮ひもから零れた横髪が、座ったサラ姫のドレスの上にかかる。
 それを豪快に払いのけながら、サラは強い口調で告げた。

「カナタ王子にも、そういう人がいるの。サラ姫と国王様以外にもたくさんね。それが理解できないなら、カナタ王子の気持ちは一生分からないと思うよ?」
「でも私は、お兄さまだけ居ればいいのにっ」
「だからー、それじゃ暮らしていけないでしょ? あなたたちの食べるものや、飲む水が足りないから、戦争が起こったんでしょう。それを用意してくれる人たちが居なきゃ、生きていけないでしょ?」
「だってそんなものは、勝手に用意されてくるものっ。わざわざお兄さまが大事にする必要なんて無いわっ」

 まるで、玩具をねだる子どもを説得するようだ。
 サラが何を言おうと、泣きべそ顔で「だって」と返される。
 困り果てたサラは、サラ姫のすぐ後ろに要る魔術師へ、助けを求める視線を送ってみた。
 愛用の杖に体を預けたまま、腰を曲げ佇んでいた魔術師は、バッとうつむき顔を背けた。

「――っ!」

 その瞬間、サラは驚きの声を上げかけた。
 フードの向こうに隠れてしまった魔術師の顔を見透かすように、目を見開いて凝視する。
 サラが見つけたのは、火傷のような痕だった。
 いつもそうして隠しているその顔の上部、顔の三分の一ほどを覆うケロイド状の皮膚。
 ちょうど額から頬の上部にかけて、黒ずみただれた皮膚が赤黒く盛り上がり、目はほとんど潰れていた。

「もしかして……あなたの目は、見えていないの?」

 口をついて出た言葉にギョッとし、サラはとっさに両手で口を覆った。
 もちろん、飛び出た言葉が戻ることは無く、後の祭りだったのだが。
 魔術師は観念したように、ゆっくりと顔をサラの方へ戻した。
 見上げるサラは、厚ぼったく歪んだ両の瞼が貝殻のように閉ざされているのを確認した。
 しかし、その下に隠されている瞳からは……強烈な意志を感じた。

  * * *

 サラと魔術師に突如発生した、緊張感漂う無言のやりとり。
 それを意に介さず、両者の間に座るサラ姫は、だってだってと相変わらずぶつぶつ呟いている。
 サラは、自分の不用意な発言が、魔術師を傷つけてしまったせいかもしれない……まずはその非礼を詫びなければと、謝罪の言葉を探した。
 しかし口をついて出たのは、サラ自身も予想外の台詞だった。

「――あっ、思い出した!」

 突然漏れた独り言に、うなだれていたサラ姫がビクッとして顔を上げる。
 サラは気にせず、ポンと膝を打った。
 記憶の底から波紋のようにゆらめいて浮かんできたのは、目の前のサラ姫みたいに悔し泣きしていた、過去の自分。

 人の親と比べたことはないけれど、子どもの頃からしつけは厳しかった方だと思う。
 おっとりしているようで言うときは言う母と、個性的な五人の父、そして道場で様々な大人に囲まれて育ったせいだ。
 好奇心の塊だった小さな頃から、基本の基本として刷り込まれたのは、人の身体的特徴……特に怪我や病気には安易に触れてはいけないこと。
 もし触れるとしたら、それなりの人間関係を築いた後、しかるべきタイミングで。

 自分が瞳の色をからかわれたとき、どんな風に撃退したのかを、サラは鮮明に思い出した。
 サラは、こう言ってやったのだ。

『まずは、あたしと仲良くなって。あたしのことを、ちゃんと知ってよ。仲良くなった後だったら、目が青いこと言ってもいいから』

 サラの発言が予想外だったのか、あからさまに動揺したその相手は、案外素直にうなずいた。
 そして仲良くなった後で、からかった理由を「本当は、ただ仲良くなりたかっただけ」と打ち明けてくれた。

 そう、簡単なことなのだ。
 気になるのなら、まずは『仲良くなりたい』と言えばいい。
 自分なりの答えを見つけたサラは、目の前の相手を真っ直ぐ見上げながら、なるべく丁寧に柔らかな声色で伝えた。

「ごめんなさい。先程は、あの……うっかり不躾な質問をしてしまって。ただ気になったんです。あなたのことが。もしさしつかえなければ、教えてくださると嬉しいんですが……」

 たどたどしい付け焼刃の敬語に、サラは少し赤くなりながら、瞳を閉じたままの魔術師を見詰めた。
 正直今までは、サラ姫の付属品のように感じていた。
 実際この魔術師も、そう見られるように仕向けていたはずだ。
 でもさっきの表情は、そうではなかった。
 国王やカナタ王子とのやりとりのせいか、サラ姫のこぼした涙のせいかは分からないけれど、ひた隠しにしてきた素顔を見られるという失態をやらかした。

 そして今も。
 魔術師は、驚きとともにサラの言葉を受け止めている……その気持ちが、なんとなく伝わってくる。
 かぶっていた強固な仮面は、外れかけている。
 サラの視線に耐えかねたのか、魔術師は半ば放心したように、吐息混じりで口を開いた。

「――はい、その通りでございます。この目は物を捉えてはおりませぬ。しかし心の目……魔力で物を感ずることはできますゆえ、この王宮で生きていくには十分」
「そう……ありがとう」

 ざりざりと、音質の悪いカセットテープから流れるような低い声は、男か女かすら分からない。
 テレビで見た、声帯を摘出した俳優さんのような声だと、サラは思った。
 その声を聞いたサラの心に、魔術師に対する新たな興味がニョキッと芽生えた。
 感情で動くサラは、思いついた言葉を止められない。

「ねえ、魔術師さん。あなたに、お願いしたいことがあるんです」

 サラは、ニヤッと笑いながら考えた。
 この魔術師は、サラ姫の側近中の側近だ。
 サラ姫が赤ちゃんの頃から、幽閉されていたという彼女の世話を任されてきたという。
 大きな隠し事をされていたカナタ王子より、むしろこの魔術師の方がサラ姫のことを……サラ姫に限らず、もしかしたらこの国の現状を、最も深く理解している人物かもしれない。
 いや、そうに違いない。

「あのっ、先程サラ姫から聞いた話……国王やこの国に起こった出来事を、あなたの視点からもう一度聞かせてもらえませんか?」
「……そのようなこと、わたくしの口からは」
「もしもあなたが、この国の現状を憂えているのなら……教えてください。私は全てを解決するために、この世界へ呼ばれたのですから」

 サラの鋭い視線を心の目で受け止めた魔術師は、微動だにしない。
 ただ、手にした木の杖の先端を、より力強く握りしめた。

  * * *

『いいかい、サラ。人の心は、手に現れるんだよ。顔が笑っていても、口が良いことを言っていても、その手が何をしようとしているかを観察すれば、本音は全部丸見えだ』

 そんなことを教えてくれたのは、馬場先生だった。
 小さなサラは「手ぇ見せて?」と周りの大人たちにねだり、馬場先生の教えが正しいと確信した。

 安住パパは政治家だから、握手のし過ぎで右手だけカチカチ。
 千葉パパは芸能界の裏方だから、いろんな物を運ぶから、いつも結構汚れている。
 大澤パパは編集さんだから、ペンダコがぽっこり。
 遠藤パパは警察官だから、皮が分厚くてガッチリ。
 馬場先生はお医者さんだから、いつも着ている白衣みたいにキレイな手だった。

 サラは、自分の手のひらを見つめた。
 豆だらけで、手の甲は砂漠の旅の間にかさつき、短く切りそろえられた爪の間にも砂が入りこんでいる。
 すぐ傍にあるサラ姫の手は、まさに白魚のようで、握りしめたままの純白のハンカチと比べてもそん色ないほどの美しさだ。

 そして、今サラの目の前に立つ盲目の魔術師は……見たことも無いほど多数のシワが刻み込まれていた。
 青黒い血管が浮き出た手の甲には、内側から染み出した黒い斑点模様がまだらに描かれている。
 長い年月、苦労を重ねた手だとサラは思った。
 やせ細って骨と皮しか残っていない……そんな手が、なぜこんなに力に満ちあふれて見えるのだろう?
 この魔術師の手には、弱さと強さが混在している。

「もっと早く、あなたといろいろ話しておけば良かった」

 ぽつりと漏れたサラの言葉が、二人の間の緊張を一気に緩めた。
 思わず笑みが零れたサラに、魔術師も今までとは違ったリアクションを返す。
 逃げるのではなく、受け止める方向へ。

「まったく異界のサラ姫さまは……やはり、本物のサラ姫さまとは似ても似つかぬ。サラ姫さまは、そのようなことはおっしゃいません」

 返された皮肉に対して、素直にむっとする。
 思えば召喚された直後から、この魔術師はサラに対して手厳しかった。
 全てにおいてサラ姫優先で、教育や用事を言い付けるとき以外まともに会話をしたことがない。
 その厳しさ……思いやりの無さは、デリスから受けた教育と比較すると一目瞭然だ。

「サラ姫になれって、簡単に言いますけどねえっ。私には、あれが精一杯だったんです。あんなひどい目にあわされて、すぐに知識を詰め込めって言われても無理に決まってるでしょ!」
「そうやって文句をおっしゃるときだけは、サラ姫さまと良く似ておりますよ」
「もうっ! いいから、本題に入りますっ」

 サラは、しゃがみ込んだ姿勢がキツくなり、サラ姫の隣にどっかりと座り込んだ。
 ようやく涙を止めたサラ姫も、何かを期待するように瞳を輝かせながら魔術師を見上げている。

「病人が待ってるので、あまり時間はかけたくありません。今から私の質問に答えてください」
「ええ、分かりました」

 こうしてやりとりしてみると、良く分かる。
 この人は、決してサラ姫の世話をするロボットではなかったのだということが。
 だからこそ……逃がさない。
 一度ふうっと深呼吸をしてから、サラは乾いた唇を開いた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 すみません。今回も、あんまり進みませんでした。第一章の描写不足を補うべく、回想シーンたっぷりのエンディングとなっております。のろのろ……もしや、ノロノロウィルスに感染中っ? ……という微妙なボケはさておき。名無しの魔術師さんとの触れあいベースな回でした。まずはうっとうしいサラ姫ちゃんを黙らせて。前回で強さを、今回優しさを出してみせたので、貧弱で依存癖なサラ姫ちゃんはすでに落ちたも同然です。次に老魔術師もロックオン。子どもサラちゃんの伏線一個拾えました。ほっ。いぢめ相手に『あたしと仲良くなれ』というセリフは、作者の「こんなちびっこ居たらかわええのぅ」というお婆ちゃん妄想の産物であります。あと、馬場先生のありがたい教えも。笑顔と口ばっかりの人は信用ならんってことです。で、この魔術師さんは相当な苦労人です。ビジュアルはちと怖いんだけど、けっこういい人風?
 次回は、魔術師さんの告白編。今度こそ暴露話を……。過去の王宮に何が起こったか、ある程度の情報を出してしまう予定です。サラちゃんは地味に聞き役。

第五章(24)魔術師の告白

第五章 砂漠に降る花


 国王の間とはいえ、カーペットの毛足は短く粗末なものだった。
 オアシスの国との違いをお尻で感じつつ、サラは目の前の人物を見上げた。
 童話から抜け出したような、一人の年老いた魔術師。
 手にした赤褐色の杖には捻じれや窪みが走り、壁際の炎に照らされ幾筋もの陰影を作っている。

 なんとも不気味な形状の杖だが、この魔術師にはとても良く似合う。
 杖の代わりに毒りんごでも持てば、もっと似合うかもしれない。
 そんな失礼なことを考えてしまう自分をいさめるように首を振ると、サラは魔術師に問いかけた。

「じゃあ、最初の質問ね。あなたは、いつこの王宮に来たの?」
「はい……ちょうどサラ姫さまが、お生まれになる少し前でございます」

 シワが寄り垂れ下がった頬の肉が、言葉に合わせてわずかに上下する。
 ほとんど口を開かずにもごもごとしゃべるため、魔術師の声は聞きとりにくい。
 しかし、低くしわがれた声のトーンは一定で、落ち着いている。
 魔術師は、再び冷静さという仮面をつけたようだ。
 サラは、それを崩してやりたいと思った。

 テレパシーでも伝わったのだろうか?
 童話に出てくるお姫様キャラが、サラの狙いをあっさり実行してくれた。

「へえー、そうだったの。もっと古くからここに居たのかと思ってたわ」

 サラ姫の漏らした一言に、魔術師はぴくりと口元をひきつらせた。
 サラは「今さらかよっ!」と突っ込みそうになるのを、ぐっと我慢した。
 迂闊なことを言って、またサラ姫がキャンキャン騒ぎ出すと、うるさくて話が進まなくなる。
 彼女の横顔を睨みつけるだけにとどめ、溜息をつきながら視線を戻したサラは、その変化に気付いた。

 魔術師の閉じられた瞼の奥で、何かが燃えている。
 それは、先程サラが顔をのぞき込んでしまったとき一瞬だけ見せた、強烈な意志の発露だった。
 ひた隠しにしてきた感情のダムが、決壊するような……。
 サラは、すかさず次の質問を口にした。

「では、あなたはなぜこの王宮に?」
「そういえば、そうよねえ。ここに居たって、なーんにも楽しいことなんてないもの」

 サラの質問に、サラ姫も興味津々といった様子で言葉を重ねてきた。
 このお姫様はやはり人格的には魔女レベルだ……と、サラは頭を抱えたくなった。
 そんなことも知らずに、長年自分の世話をさせてきたのかと。
 しかも、やらせてきた仕事を『楽しくない』と断言してしまうとは!

 カナタ王子の次に大事なはずの人物も、サラ姫にとってはただの便利な道具扱い。
 人として認めてなどいなかった。
 だとしたら、単なる侍女であり、捨て駒扱いだったリコを救おうなんて発想が起きるわけがない。
 少しでもサラ姫の心を解きほぐし、リコのことを……と目論んでいたサラは、完全に打ちのめされた。

 サラが、今も別室で苦しんでいるであろうリコを慮り、溜息をつきかけたそのとき。
 凛と響く誰かの声が、サラの耳に飛び込んできた。

「もう、真実をお話しする時が訪れたのかもしれません……」

 それは、確かに目の前の魔術師が発したもの。
 口調のみならず、声の質が明らかに変わった。
 まるで別人のように、若々しい声。
 サラも、サラ姫も、唖然として魔術師を見つめた。

  * * *

 捻じれた細い杖の役目は終わった。
 曲がり切ったはずの腰を真っ直ぐ伸ばしたため、その杖へかけられる負荷は消えた。
 軽々と杖を持ちあげ、口をしっかり開きながら、魔術師は言った。

「わたくしがこの城に来たのは、ある目的のためでした。一人の女の命令に従ったのです」

 魔術師は、どうやら女性だったようだ。
 掠れる声は変わらないものの、トーンは一オクターブ上がり、耳に心地よい旋律を奏でる。
 ハスキーボイスがウリの女性ロック歌手を思い浮かべながら、サラは魔術師の話に聞き入った。

「その女は、生まれたばかりの赤ん坊を抱いていました。わたくしは、その子を連れてこの王宮へ入るようにと……」

 サラ姫は、ゆっくりと体を傾け、サラの方へと身を寄せた。
 天変地異を予期した動物のように、頼りなげに震える瞳は、魔術師をとらえて離さないまま。
 ドレスからむき出しの素肌の白さや、首周りの細さに戸惑いつつ、サラはその細い体へと手を伸ばす。
 安心させるようにそっと肩を抱くと、サラ姫は一瞬身をすくませたものの、サラの腕を振り払うこと無くそのままじっとしていた。

「赤ちゃんを連れてここに来るようにって、何の目的で?」
「その赤ん坊を、国王の子として育てるように……国王には既に話をしてあるからと、そう言って女は消えたのです」

 たったそれだけで、サラは誰が何をしたのかを薄々理解した。
 単なる確認作業として、問いかける。

「その女の特徴は?」
「……両の眼を血のように赤く染めた、美しい女でした」

 七人の人間の血を吸って、赤く染まった瞳。
 幻で見たシーンを思い出しかけたサラは、無意識にサラ姫を抱く腕に力を入れた。
 腕の中の儚い姫も、サラの騎士服の胸にすがりつき、体を押し付けてくる。

「じゃあ、その赤ちゃんは……?」

 サラが重ねた質問に、魔術師はゆっくりとうなずきながら、手にした杖の先をサラに向かって伸ばした。
 正しくは、サラが抱き寄せている姫君へ。
 鈴が鳴るような声が、サラの腕の中から放たれる。

「嘘……嘘でしょ?」
「申し訳ありません。この話は固く口止めされておりましたゆえ」
「私は、ネルギの王族じゃないの? 国王の子でも、あの王妃の子でもないの?」

 魔術師は、黙って首を縦に振る。
 サラはもたらされた新たな情報を整理しようと、懸命に頭を働かせた。
 でも、窒息しそうな息苦しさの中で、頭がうまく回らない。
 窓を開けた方がいいと思いながらも、しがみつくサラ姫をひきはがすことができない。

「ええっと、ちょっと待って。サラ姫の話はあとで聞いてあげる。ともかく、サラ姫が王族の血筋じゃないことは分かった。魔術師さん、そのときの話をもう少し詳しく教えて? 女とどんな会話をしたの?」
「……あの女は、サラ姫さまのことを誰の子とは言いませんでした。ただ“自分の魂を受け継ぐ者だ”と言っておりました。そして“自分を解放する者だ”と」

 潰れて見えないはずの目が、サラ姫に向けられた。
 慈しむような、憐れむような、複雑な感情とともに。

  * * *

 サラ姫は、赤い瞳の魔女……太陽の巫女の連れてきた娘だった。
 魔女が言ったという『魂を受け継ぐ』の言葉が、血を分けた娘という意味なのかはわからないけれど。
 単に、闇の魔術の才能を持った娘を見つけ、攫ってきたという可能性もなくはない。

「でも、なぜ魔女はそんなことをしたの? わざわざ自分の跡継ぎになる子を、他人に預けるなんて……」

 自問自答をするように、焦点の合わない瞳で呟いたサラに、魔術師からの返事は無かった。
 言葉というものを大事にする魔術師は、確証の無いことは口に出さないのだ。
 サラは唇を強く噛みしめ、その痛みをもって思考をクリアにすると、順を追って考えた。

 まず魔女は、カナタ王子と国王の夢に現れた。
 もしかしたら、その他の王族の枕元にも立ったのかもしれないが、真相は分からない。
 はっきり分かっているのは、国王とカナタ王子に『水の枯渇』を予言し、戦争をけしかけたというだけだ。
 それだけじゃなく……。

「そっか。国王と魔女は、もっと細かい話をしてたんだ。例えば、実際に戦争が始まったらどうやって戦えば良いのかを」

 幼く純粋なカナタ王子には、話が通じないと判断したのかもしれない。
 しかし野心家の国王とは、話がうまく噛み合った。
 そう考えたとき、サラの視界がぐにゃりと歪んだ。
 思わず息を呑んだサラの耳に、誰かの声が聞こえてきた。

『――あの国を滅ぼしてくれるなら、国王様に良いものを授けましょう』

 それはきっと、魔女の声。
 灰色の煙に包まれた幻の中、若かりし頃の血気盛んな国王と、赤い瞳の魔女の横顔がぼんやりと見える。
 幻の中の魔女は、片方の目に手を触れ、その手を国王の瞼へと向けた。
 国王と魔女は、そんな風に契約を結んだのだ。
 理解すると同時に、その幻は跡形も無く消え去った。

「なるほどね……魔女は、国王に“闇の魔術”という強力な武器を与えたんだ。一つは、赤い瞳。もう一つは……サラ姫」

 闇の魔術を司る赤い瞳は、魔性の塊だ。
 制御できなければ、身近な人物の命を食い散らかす。
 下手をすれば、譲り受けた国王も含め、この国を内側から滅ぼしてしまいかねない危険な存在となる。
 だからもう一つ、それを制御するアイテムが必要だった。
 それが、サラ姫なのだろう。

 サラは、なんとなくトランプのカードを思い浮かべた。
 赤い瞳が誰よりも強いキングなら、サラ姫はジョーカー。
 その二つが上手に働けば、あの英雄王が率いるオアシスの国にも打ち勝てたかもしれない。

 しかし、国王の体は赤い瞳の力に耐えられず、サラ姫は国のためではなく自分の快楽優先で動いた。
 結果が、このありさまだ。
 周囲の人間は振り回され、殺され続けた。
 結局戦争が起こって得をした人間なんて、どこにも居やしないのだ。

「闇の魔術の代償は、大きいってことね……」

 サラの言葉に、魔術師は何も言わず……微かに頭を縦に動かした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 告白シリーズ第三弾。ようやく、サラ姫ちゃんの裏話まで辿り着きました。しかしまだまだ意味不明なところも多いのです。なるべく順を追って、小出しに進めていこうと思います。詰め込み過ぎると、二時間サスペンスの犯人自白みたいになっちまうし……。今回は、笑える部分無しのシリアスシーン連続でした。突っ込みどころは、サラ姫ちゃんのドライっぷりくらいでしょうか。サラ姫ちゃんは、サラちゃんと対照的な存在というキャラ設定なのですが(サラちゃんが小天使、サラ姫ちゃんが小悪魔)、このシーンではどーにも身動きとれず書きにくい。理由は、名無し魔術師さんのせいです。何かを含んで押し黙るような大人しいキャラは苦手っ。それって作者が単純ってことなんですけどね……。そーいや、この手のキャラはこの物語では初登場かもしれん。大人しいカリム君やリコちゃん含め、残りのキャラはそれなりに弾けてくれてます。というか、弾けさせてしまった。特に月巫女さん、ゴメン。あんなはずじゃなかったキャラです。名無し魔術師さんもそーなるか?
 次回は、もう少し動きを出していきます。ぷるぷるしてた小悪魔サラ姫ちゃんの反撃スタート。そして、あのひとも……。

第五章(25)サラ姫の過去

第五章 砂漠に降る花


 寝たきりの国王は、既に呼吸を止めているのではないかと思うくらい静かだった。
 サラと魔術師が黙ってしまうと、じりじりと短い命を燃やす四つの松明の音しか聞こえない。
 この部屋の空気は、少しずつ淀んできたようだ。
 火事の時など床の方に酸素が溜まるという話を思い出したサラは、それを取り入れるように頭を下げ、低い位置から深く息を吸い込み、魔術師への質問を続けた。
 過去を振り返って、ぼんやりしている余裕は無い。

「サラ姫を、その女から託されて……この王宮でサラ姫を育てながら、あなたはいろいろな出来事を見てきたのよね?」
「はい」
「最初、サラ姫は幽閉されてたって聞いたんだけど」

 腕の中で大人しくしていたサラ姫が、ヒュッと息を呑むと、サラにしがみ付いてきた。

  * * *

 華奢な体が、檻から出された兎のように小刻みに震えている。
 何か嫌なことがあったのだろう……そう思いながら、労わるように絹糸のような細い髪を一撫ですると、サラ姫の体の強張りは幾分かやわらいだ。
 サラが「この話続けても大丈夫?」と尋ねると、「ええ」とか細い声が返ってくる。
 よしよしと頭を撫でながら、サラは話を続けた。

「サラ姫は、なぜそんな目にあわされたの? 曲がりなりにも国王の子だって口裏を合わせたんでしょう?」
「全ての発端は王妃でした。王妃は、カナタ王子の弟にあたる末の王子を溺愛されておりました。一度離れた国王さまのお心が戻ってきた、その象徴が末の王子だったのでしょう。そんなときにサラ姫さまが現れたのですから、そのお気持ちは……」
「それは、確かにキツイかも。せっかく戻ってきたはずの国王が、また別の女と浮気して子ども作ってたなんて……」

 サラは、王妃の顔を見たことがない。 
 それでも、ちょうど目の前にいる魔術師と姫君のせいか、「鏡よ鏡」という有名な台詞を呟く、真っ赤なルージュをひいた童話のキャラを思い浮かべた。
 自分の美しさも幸福も信じて疑わなかった、悲しくも哀れな女性。

「王妃も当初は、サラ姫さまの存在を女の子だからと許容されていたのです。ところが、サラ姫さまがその御身に秘めた魔力を表に出されはじめた頃に、末の王子が不慮の事故でお亡くなりになったのです。それが引き金になりました」
「それって、サラ姫のせいじゃないんでしょう?」
「ええ、もちろんでございます」
「ずいぶん、タイミングが悪かったのね」

 自分の愛する男を奪われた、その証明であるサラ姫。
 誰の子か分からないその幼子は、闇の魔術の使い手だった……。
 子どもを失った悲しみが、行き場を失って憎しみへと変わり、幼いサラ姫に向かったのだろう。
 気持ちは、分からなくもない。

「でも、王妃がサラ姫を閉じ込めるとき、国王は反対しなかったの?」
「はい。むしろその方がサラ姫さまにとりましても、都合が良かったのです。王妃の手の者かと思われますが、サラ姫さまを狙う輩がおりましたので」

 この魔術師も、嘘をつかないタイプの人だ。
 言葉尻に「思う」とついていても、それは真実に違いない。
 サラは、ため息混じりに呟いた。

「王族って、本当に大変……」

 どんな世界でも、一つの国をめぐる跡目争いは珍しいものではない。
 隣国であるトリウム国王と王弟も、兄弟でありながら泥沼の争いを繰り広げてきた。
 ただ、争いと平和は交互にやってくる。
 今の王子たちの仲の良さは、国王が自分と同じ轍を踏ませたくないと努力してきた結果なのだろう。
 四人の個性的な王子たちの顔が思い浮かび、沈みかけたサラの心は少し浮上した。

「うん、分かりました。では次の質問ね。幽閉されていたときは、どんな風に過ごしていたの?」
「外に出ることは叶いませんでしたが、比較的自由に。その後すぐに広まった、サラ姫さまにまつわる噂のおかげで、王妃も侍女たちも、サラ姫さまには近寄らなくなりました」
「噂、ねえ……カナタ王子にも聞いたけど、サラ姫は“魔女”と呼ばれたんでしょう?」

 魔術師は、黙ってうなずいた。
 なぜか『魔女』という存在は、この世界で非常に忌み嫌われている。
 過去、ヨーロッパで魔女狩りなんてことが起きた時代に、少し似ているのかもしれない。
 でも、現代日本で育ったサラにとっては、なんてことのない言葉だ。
 余程恐ろしいのは、小さな女の子を『魔女』に仕立て上げてしまう、周囲の人間たちの方なのだから。

  * * *

 魔術師は、救いを与える言葉を紡ぐ。
 聞かせる相手はサラではなく、うつむいてしまったサラ姫の方。

「その噂に恐れをなさず……唯一人カナタ王子だけが、サラ姫さまに会いに来てくださいました」

 目を閉じれば、情景が浮かぶようだ。
 そこは、悲しい幸せに満ちた箱庭。
 閉ざされた薄暗い部屋の中、男の子の訪れを待ち焦がれる、小さなサラ姫。
 兄姉から虐げられ傷ついては、サラ姫の元を訪れるまだ幼いカナタ王子。
 兄から与えられる愛情が、本当は“同情”や“憐れみ”だったとしても、それが純粋な愛であることは間違いない。

「でもその噂は、別に根も葉もないってわけじゃないのよね?」

 サラの追及に、魔術師はこくりとうなずいた。
 時はサラ姫を、放っておいてはくれなかった。
 国王に宿る赤い瞳が、サラ姫をその美しい箱庭から、血塗られた戦いの舞台裏へと追いやった。

「サラ姫は、闇の魔術でどんなことをしてきたの?」
「初めは、無意識に物を取り出したり消したりと、お遊びの延長のようなものでした。言葉を覚えられてからは、人の口にした偽りを言い当てるようになりました。すると国王の命により、罪人たちが罪を裁かれる際、サラ姫さまに面会するようになったのです」

 月巫女の姿を思い浮かべながら、サラはうなずく。
 物ごころついたばかりの可愛らしい女の子に、隠していた本音を暴かれる……それはきっと大人にとって屈辱的なことだろう。
 それ以上に、畏怖するはずだ。
 罪を暴かれるということは、その先に死が待っているのだから。
 もしも罪を犯していないとしても、サラ姫を見て、その能力を知ってしまった者の末路は決まっている。

「人の心を視るだけじゃなくて、サラ姫にはもっと強い力があったのよね」
「はい。その後サラ姫さまは、人の心を意に沿うように変えることもできるようになりました」

 力が無く役に立たない者は、目と耳と口を塞がれ、贄として戦場へ送られる。
 多少力がある者は、洗脳され暗殺者に仕立て上げてから、オアシスの国へ向かわせる。
 サラ姫は、自我が確立する前から思うままに人を裁き操り、ゆえに“魔女”と呼ばれるようになってしまった。

「惨いことを……本当は周りの大人が止めなきゃいけなかったのに」

 呟いたサラは、キュッとしがみつくサラ姫の手の動きで確信した。
 国王は、幼いサラ姫を虐待していたのだ。
 軽く想像するだけで、サラの胸は締めつけられるように痛む。

「わたくしには、何もできませんでした。ただ、サラ姫さまを見守ることしか……」

 サラは、魔術師を見上げながら思った。
 この魔術師は、近くに居たからこそ、ずっと苦しんできたのだろう。
 魔術師の声は少しずつ掠れ、幕をひくようにトーンを下げていく。

「力が使いこなせるようになったサラ姫さまは、幽閉を解かれました。国王の“赤い瞳”は平時固く閉ざされ、サラ姫さまの命がなければ力を出すことができない……それゆえ、サラ姫さまのお立場も命も守られてきたのです。それから先のことは、もうご存じかと……」

 語るべきことは出しつくしたとでもいうように、魔術師は軽く頭を下げる。
 腕の中のサラ姫も、ほぅっと熱い吐息をついた。

  * * *

 赤い瞳を得た国王は、サラ姫を戦争のための道具としてしか見ていなかった。
 逆の見方をすれば、道具として使えるからこそ、サラ姫は生き延びることができた。
 魔術師の説明に納得しかけたサラは……慌てて言葉を発した。

「えーと、ちょっと待って。その、国王の病気のことと、亡くなった人たちのことも教えて?」

 サラは、ここにクロル王子を連れてこなかったことを、初めて後悔した。
 闇の魔術に関するデータを集めたがっていた彼なら、この聴きとり調査に嬉々として取り組んだだろう。
 時に優しく時に辛辣に言葉を操り、テキパキと作業を進めていくに違いない。
 いちいち感情を揺さぶられてしまうサラは、刑事に例えるなら、かつ丼を差し出す係がお似合いだ。

「しつこいようでゴメンナサイ。でも私はリコのことを助けたいの。そのためには、闇の魔術にかかった人がどんな風に変わったのか知りたい」

 当初の目的を思い出したサラがそう告げると、大人しくしていたサラ姫が不意に顔をあげた。

「なんでそんなに、あの侍女のこと気にするの? どうでもいいじゃない」

 サラ姫の不機嫌そうな口調の理由を察し、サラは頭を痛めた。
 この感情は、いわゆる嫉妬ってやつだ。
 サラに懐いてくれたのはいいけれど、今度は独占欲を出してくる……本当に子どものままのピュアなお姫様。
 構っちゃいられんと笑顔でスルーしつつ、サラは魔術師に話しかける。

「例えば国王さまだけど、このままじゃ長くは持たないんじゃない? サラ姫の力でも、なんとか助けられないものなの?」
「それは……」
「この人も、どうでもいいっ。今までだって、お兄さまが“生きてて欲しい”って言ったから、そうしてあげてただけだもの」
「今はサラ姫に聞いてるんじゃないの、ちょっと黙ってて」

 ぷぅっと頬を膨らますサラ姫の頭をぽんぽんと叩いて、サラは魔術師の意見を待った。
 魔術師は少し迷うように、左側に置かれた国王のベッドへと視線を向ける。

「……難しいのではないかと。サラ姫さまには、これの力の行使を抑えることはできても、力そのものを止めることはできませんので」

 魔術師の回答は、サラの想定通りだった。
 サラは、ベッドに横たわる国王から漂う、死臭のようなものを感じ取った。
 近いうちに、国王の体という器は壊れてしまうだろう。
 解き放たれた赤い瞳が、何を目指すのか……サラは、それも薄々理解していた。

 赤い瞳は、人を死に至らしめるために生み出された悪魔。
 最初から、人の手におえるような存在ではないのだ。
 これの目的は、ちっぽけなこの国をどうこうすることではなく、この世界を壊すことなのだから。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 大幅改稿が続いております。予定変更ばかりで申し訳ない……陳謝っ。一回アップしてから筋を変えることだけはしたくないので。(誤字は変えてます。ご指摘歓迎……こちらも陳謝) さて今回は、サラ姫ちゃんの過去編でした。といっても、だいたいは予想通りという感じではないかと思います。話を整理する意味もあるのですが、過去の回想シーンばかりなので、動きが無く淡々と進み……辛いっ。バトルやシリアスシーン以上に辛いです。もっと弾けたい! と、この気持ちは近々爆発する予定であります。ずっとビビってたサラ姫ちゃんですが、かなり過激な虐待を受けたようです。その辺は詳しく書くとヘビーなのでご想像にお任せ。暴力は連鎖する、それを断ち切る勇気を持ちましょうというのが、作者の訴えたいメッセージであります。(と、とってつけたように真面目なことを言ってみる。説得力無し?) 
 次回は、調子出て来たサラ姫ちゃんとサラちゃんの掛け合いが楽しくなる回。ついでに、魔術師さんもぽろっと何かしてしまうかも?

第五章(26)召喚の真相

第五章 砂漠に降る花


 サラは今まで聞いた“赤い瞳”のデータを、頭の中で簡単に整理してみた。
 キーになるのは、やはり支配者であるサラ姫だろう。

 赤い瞳を操ってみせたことで、国王の信頼を得たサラ姫の立場は、幽閉される身からかしずかれる姫へと劇的に変わった。
 そして、サラ姫を虐げたという王妃と王妃の子どもたちが死に絶えた。
 死の遠因はさておき、直接の原因ははっきりしている。
 国王の体への負担を軽くするために、赤い瞳を一時的に移植する行為のせいだ。

 サラは、戦場で倒れた魔術師を思い出した。
 あの男は、赤い瞳に乗り移られてから、一日と持たずに死に絶えたのだ。
 しかもサラへのあの虐待は……本当に狂っていたとしか思えない。
 思いだしかけたサラは、寒気を抑えるように、柔らかく暖かいサラ姫の体を抱きしめた。

「王族たちは、赤い瞳に操られたけれど……結局は、自分たちがもともと心に抱え込んでいた闇に負けたのよね。その後、キール将軍という赤い瞳と相性の良い相手が見つかって、彼を戦場へ送った。定期的に神託……赤い瞳を呼び戻すことで、国王は戦地の状況を確認し、指示を出していた」

 魔術師は無言でうなずき、サラ姫はうつむいたまま何も言わず黙っている。
 過去の話ではなく赤い瞳の話なのに、サラ姫の態度に若干の怯えが見えるのは、何かまた別に辛い記憶があるからかもしれない。
 赤い瞳を従え、闇の魔術を操る側とはいえ、彼女も闇に囚われる人間……闇の魔力の源は、自らの暗い心なのだから。

「その後は、双方に決め手を欠くまま戦争は長引いて……ネルギは通常の軍による攻撃だけではなく、トリウム王族の暗殺を狙うようになった。でもあの国にも魔女……闇の魔術を使える能力者が居たから、暗殺はなかなか成功しなかった」

 サラの言葉に、サラ姫が忌々しげに唇を尖らせる。
 サラ姫にとって、きっと月巫女は目の上のたんこぶのような存在だったのだろう。
 この世界の歴史を第三者的に眺めてみれば、二人とも悪女度はどっこいどっこいなのだが。

「そして最後は……ここからは、私も直接見てきているけれどね。サラ姫、あなたは“偽物の王女”という和平の使者を仕立て上げた。でも本当は、王女の存在なんて単なるカモフラージュ。狙いは、王女付きの侍女と言う暗殺者を送ること。ねえ、合ってる?」
「……はい、その通りでございます」

 語気鋭く言い放ったサラに、渋々といったていで魔術師が返事をする。
 サラは、そこでふっと一息ついた。

  * * *

 どうして自分だったのか、とサラは思う。
 この世界に自分が呼ばれたことは……とても理不尽だ。
 感情を抑えられないまま、とげのある口調でサラは魔術師を問い詰める。

「本当に、どうしてわざわざそんな手の込んだことを? この世界の女の子に、“あなたはサラ姫だ”って暗示をかけて、身代りに仕立てたら良かったんじゃない? 最初の話じゃ、私を呼び寄せるのってかなり大規模な召喚魔術だったっていうし、もし失敗したら“贄”にさせられたサラ姫だって危なかったんでしょ?」

 高度な魔術が失敗したらどうなるか?
 それは、オアシスの国でも、幾つかの事例を見てきた。
 侍従長のように赤ん坊に戻るか、エール王子やリコのように魂を傷つけられて苦しむか、赤い花の広場に隠された大勢の人のように命を落とす……。

「今さらそのことを責めてもしょうがないって分かってる。私もこの世界へ来たことは、後悔してない。ただ、知ってしまったからにはもう見過ごせない。リコのことも、戦争のことも、赤い瞳のことも……サラ姫の罪も」
「あなたさまを呼び寄せたのは、このわたくしです。全ての責任は、わたくしにあります」

 怪訝そうに眉根を寄せるサラに、魔術師は深々と頭を下げた。
 先程杖に寄りかかっていた角度より、もっと深く。
 魔術師にとってこの行為は、騎士が膝をつき頭を下げるのと同じように、心からの贖罪を意味するのだろう。
 顔を上げた魔術師は、サラに対して……微笑んだ気がした。

「真実を、お伝えいたします。わたくしは、“サラ姫さまに似ている者”を、異界から呼び寄せたのではありません」
「――どういうこと?」

 気を持ち直したサラ姫も、サラと同じように魔術師へ鋭い視線を向ける。
 感情と行動が直結するサラ姫は、すかさず言い放った。

「ちょっと、あなた何企んでたわけっ? 私そんなこと聞いてないっ!」
「はいはい、サラ姫は黙ってて」

 サラがいいこいいこと頭を撫でると、サラ姫は子犬のようにウーッと唸って口を閉ざした。
 だいぶ懐いてきたその姿を見て、サラと魔術師が同時にため息をつく。
 その瞬間……二人の心がシンクロした。
 サラには、魔術師の召喚条件が分かった気がした。

「もしかして……?」
「わたくしには、この国が戦いに敗れるような気がしてならなかったのです。だから、願いました」

 目を見開いて凝視するサラに対して、間を置きながらゆっくりと、魔術師は言葉を選びながら真実を告げた。
 サラに対しても、サラ姫に対しても、誠実に。

「異界のサラ姫さま。あなたを呼び寄せたのは、唯一つの目的のためです。どうか……可哀想なサラ姫さまを、この世界からお救いくださる方を、と――」

  * * *

 魔術師の告白を聞いたサラとサラ姫は、思わず顔を見合わせた。
 鏡に映したような二人。
 魔術師によって召喚された人物を見て、サラ姫は勝手に勘違いをしたのだろう。
 自分の身代わりとなって敵国へ乗り込み、暗殺を果たしてくれるのに最適な人物を呼び寄せたのだと。
 本当は、そうではなかったのだ。

「サラ姫を“贄”にするなんてリスクを冒しても、召喚魔術を行った理由……なるほどね」

 サラがはあっと厭味ったらしい溜息をつくと、再び魔術師は深々と頭を下げる。
 そしてサラ姫は、混乱を隠せないままサラと魔術師とを大きな瞳で交互に見詰めている。

「もし召喚に失敗しても、いずれこの国もろともサラ姫は滅びてしまう。そうなるくらいなら、一発逆転してやろうってことでしょ? どうせ呼び寄せるなら、単なる偽物じゃなくて“サラ姫”を助けてくれる救世主サマを呼び寄せようってことだったのね」
「はい。おっしゃるとおりでございます。わたくしも驚きました。まさかあなたのような方がやってくるとは」
「――私が見つけたのよっ」

 不意に甲高い声を上げたサラ姫が、サラの胸の布地を掴んでいた手を開き、そのままサラの背中へと回す。
 見た目に似合わない強烈な締めつけに、サラは「オエッ」とうめき声を上げた。

「暗闇の中で、この子がキラキラ光ってたの。だから捕まえたのっ。私がっ!」
「はいはい、分かったからちょっと、腕緩めてよっ」
「うーっ……」

 そろりと外された手の片方には、まだ白いハンカチが握られている。
 自分にそっくりなくせに、小さな子どものようなサラ姫の態度に、サラはうっかり笑ってしまった。
 しかし、そんな場合ではないと再び気を引き締める。
 リコのこともそうだけれど、まだ問題は解決していないのだ。
 サラの、魔術師への質問は続く。

「それで、あなたは戸惑いながらも、身代わりの姫として私をトリウムへ送り出した。その後、私が居ない間にこの王宮の中で特に問題は無かった?」
「はい、特に何も……」
「あの日……月が太陽を覆い隠したときも、何も起きなかった?」

 再びサラ姫は、サラの体に抱きついた。
 魔術師も、手にした杖を小刻みに震わせている。

「何か、あったのね?」
「分かんないっ! 分かんないけど、ただ暗くなって怖かっただけ!」
「……わたくしは、サラ姫さまのお側におりました。カナタ王子さま含め、他の方は皆別室に。その間、わたくしは意識を失っていたようで、何も覚えていないのです」

 動揺しまくる二人が、何かを隠しているようには見えなかった。
 単に暗闇に恐怖しただけ……サラは、その言葉通りに受け取った。

 あの皆既日食は、赤い瞳が暴走することを許された僅かなチャンスだった。
 サラ姫も、もしかしたらリコがあんな状態になるとは思っていなかったのかもしれない。
 しかし、リコにかけられた闇の魔術は、死の魔術であることは間違いない。
 成功しても、失敗しても、リコは……暗殺者は死ぬ運命なのだ。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 ヒーッ。またもや間があいてしまいました。もう言い訳は止めます。いろいろあって長編の進みが……三本くらい枝分かれしたルートの一本をようやく選んで、これをアップします。もうこの三人のお話終了にしようと思ったけど、もうちょっとだけ……すんません。今回の目玉商品(?)は、サラちゃん召喚の真相でした。単純にそっくりさんを呼んだわけじゃなく、サラ姫溺愛な魔術師さんが、サラ姫を助けてくれる人を呼び寄せたということでした。そっくりさん探すくらいで、わざわざ大事なお姫様の命をかけるわけがない、ということで……この辺も一応謎というか伏線の一つだったのですが、まあ些細な部分です。あとは、便利だけどメンドクサイ、赤い瞳サンの能力まとめ。頭混乱した作者のために……という意味も無くは無い。ラリホーかかってます。
 次回は、今度こそ三人のお話完了編。これから赤い瞳サンをどーするっぺ? という相談です。三人寄れば文殊の知恵……というわけにもいきませんが。

第五章(27)サラ姫との約束

第五章 砂漠に降る花


「不思議ね……こんなにいろいろなことがあっても、私はあなたたちを憎むことができない」

 感情に欠陥でもあるのだろうか?
 何人もの人間を道具にし、使い捨てにしてきたというのに。
 大事な親友のリコを、苦しめた相手だというのに。
 自嘲混じりの笑みを漏らしたサラに、サラ姫はきょとんとした丸いビー玉みたいな目を向ける。

「しつこいようだけれど、本当にリコを助ける方法は分からないのね?」
「ええ。だって私、今までそんな失敗したことなんて無いんだもの。死ぬべき人が生きてるなんて、驚いたわ」
「死ぬべきとか言わないっ!」

 サラの形相があまりに恐ろしかったのか、サラ姫は首をすくめて「はーい」と素直に返事する。

「でも、本当のことよ? 魔術がかからなかったあなた以外で、私が失敗するなんて初めてだし」
「そう……だったらしょうがないわ。別の方法を探す」

 サラが思案顔で呟いた『別の方法』という言葉に、サラ姫が反応した。

「ねえ、私を殺すの?」

 リコや他人を玩具のように扱うだけじゃない。
 サラ姫は、彼女自身の生にも頓着しないのだ。
 それくらい麻痺していなければ、きっと人の命のやりとりなどできないのだろう。
 だけど……。

「――アホかっ!」
「痛っ!」

 思わず叫んだサラは、目の前の悪い子に、気合いを入れた母直伝デコピンの刑を処した。
 サラ姫の、どこをとっても白い肌の中、おでこの一部だけが淡い桜の花びらのように色づく。

「何するのよっ!」
「もう、人の命を粗末に扱わないって言いなさい!」

 噛みつこうとしたサラ姫は、サラの勢いに呑まれて尻尾を丸める。
 上手から攻撃してもダメなら、下手に。
 媚びるような上目遣いの視線で、サラに許しを請う。
 きっとカナタ王子ならば、この潤んだ瞳とわなわな震える唇を見て、すぐに許してしまうのだろう。
 しかし、そうは問屋がおろさない。

「早く言いなさい!」
「ええー……」
「“もう人の命を粗末に扱いません”よっ、早くっ!」

 再び、デコピンの構えを取ったサラに屈したサラ姫が、ふくれっ面でもごもごと告げた。

「……もう人の命を、粗末に扱いません」
「良くできました」

 呟きながら、額の真中に今度はサラの唇がふわりと落とされる。
 サラが母からされたように、優しく、心まで包み込むように。

「いーい? 人を傷つけたり、死なせたりするのは悪い子のすること。そういうことはもう言わないしやらないの。やろうとする人が居たら、止める側に回りなさい。分かった?」
「……はい」
「約束したからね?」
「……はぁい」

 ふくれっ面のまま、再び胸に飛び込んできたお姫様を抱きしめながら、サラは「この“しつけ”をするために、もしかしたら自分はサラ姫の元に呼び出されたのかもしれない」と思った。
 二人を見守っていた魔術師は、何か肩の荷が下りたかのように、ほぅっと息をついた。

  * * *

 話はあらかた終わったというのに、サラ姫はサラにくっついたまま離れない。
 それを引きはがすでもなく、好きなようにさせながらも、サラは「今自分には、緊張感が足りない」と思った。
 迫りくる日食を意識しながら戦場へ旅立ったときのように、漠然とした不安が、サラの心を焦らせる。
 自分が何か、大きな忘れ物をしているような気がして、きょろきょろと視線をさまよわせた。

 その視線が止まった先には、赤い瞳を抱えて横たわる国王。
 大人しく寝ていると分かっていても、どうしても気になってしまう。
 早くあれを封じなければ、再び世界は闇に閉ざされる……しかし、今はサラ姫のコントロールに頼ること以外に良い方法が思いつかない。

 この凶悪な存在は、サーカスのライオンみたいなものだ。
 今はサラ姫という調教師に従っているが、いつその牙を剥くか分からない。
 目の前に美味しい餌がちらつけば、豹変する。
 先程、新たな器候補のカナタ王子を見つけたときのように……。

「ねえ魔術師さん。もしこのまま……国王が亡くなったら、赤い瞳はどうなってしまうの?」

 サラは自戒しつつ、慎重に言葉を選んだ。
 どんな人物であろうとも、今生きている誰かが「死んだら」と考えることは不謹慎だし、サラ姫にも近いことを戒めたばかり。
 しかし今はそれを考えなければ、話が先に進まない。
 少しためらった後、魔術師は口を開いた。

「それは――」
「バカねぇ。そんなの決まってるじゃない。今の器から離れて、次の器に移るだけよ?」
「だからサラ姫は黙ってなさいっ」
「いひゃっ!」

 柔らかいほっぺを軽く摘んでやると、サラ姫はその白い頬をお餅のようにぷくっと膨らませる。
 じゃれあう二人のやりとりを見ながら、魔術師は淡々と答えた。

「肉体の死と魂の死には、少しだけ時間のずれが起こります。サラ姫さまのおっしゃる通り、肉体が死を迎えると同時に、次の器としてもっともふさわしい相手の魂へ乗り移るでしょう。これは魂へと取り付くものですから」
「その、移動するときって、赤い目玉が飛んでくわけ?」
「バァカ。そんなわけないでしょ。虫じゃないんだから」
「もう、黙っててよっ!」

 再びサラ姫の頬を摘み、みゅーんと横に引っ張る間に、魔術師から「瞬間移動」という回答がもたらされ……サラはその手を止めることも忘れて考え込んだ。

  * * *

 赤い瞳は、常に人の体という器を求める。
 そして器には適正度があり、もし合わない場合は短期間でその肉体を滅ぼしてしまう。
 もし今カナタ王子がそんなめにあったら……この国は崩壊するだろう。
 サラは、ぷにぷにと触り心地が良いサラ姫の頬を離し、その黒い瞳を覗き込んだ。

「次の器って、勝手に決まっちゃうの? それともサラ姫が選ぶの?」
「……」
「ねえってば」
「……」

 デコピンに続く二度のほっぺつねりですっかり拗ねたサラ姫は、サラに摘まれ少し色付いた頬を抑えながら、ふいっとそっぽを向いている。
 なんとも可愛らしい天邪鬼っぷりに、サラは思わず失笑した。
 しかし残念ながらサラは、天邪鬼キャラにはそれなりに免疫があるのだ。

「ふーん、じゃあいいや、魔術師さん教え」
「――そうよっ。私が選ぶの!」
「やっぱり、元々の魔力が強い人の方がいいの?」
「……」
「……魔術師さん?」
「それもあるけど、それだけじゃ拒絶しちゃうこともあるの。今まで馴染んでた体に近い人とか、魂の質が近い人が合うみたいよっ」
「拒絶って、どうなるわけ? ……魔術師さん」
「頭オカシくなっちゃうのっ。誰か殺したり、自分で自分のこと殺そうとしたりね」

 サラ姫の素直さを微笑ましく思いつつも、もう一人のサラが冷静に考えを巡らせる。
 過去に起こったという、王妃や王子たちの連続する死の原因は、赤い瞳との相性が合わなかったから。
 でもやっぱり、それだけじゃなくて……。

「サラ姫、あなた国王の身代りになってくれる器、自分の気に入らない人から選んで行ったんでしょ」
「……」
「ねえ、魔術師さん?」
「そうよっ。でも、仕方がないでしょう? 最初は私だって、どんな人が相応しいのか良く分からなかったんだから。それに……邪魔だったし」

 再びふくれっ面を作るサラ姫の頬を、つねる気は起らなかった。
 代わりにサラは、深いため息を、サラ姫の前髪が揺れるくらいの風速で吐き出した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 ぷにぷに……まだ続きます。赤井瞳さん(擬人化)の説明。予想以上に長いです。うう……精根尽き果てた。とりあえず、この後書きはあとで直します。
 次回こそ、ようやく動きアリの予定です。本当に。

第五章(28)消えたサラ姫

第五章 砂漠に降る花


 サラ姫が恣意的に選んできたという、赤い瞳の器。
 理由は、国王を延命させるためだけれど……過去の話を聞いた限りでは、サラ姫にとって国王は「いつ死んでくれても構わない」存在でしかない。
 戦争という目的のために、共闘していただけ。
 それ以前に、カナタ王子が国王を敬い、頼りにしてきたというのも大きいだろう。
 カナタ王子のためなら、サラ姫は労力を惜しまない。

 いずれにせよ、国王は“死に体”でしかない。
 この国を陰で操ってきたのは、やはりサラ姫なのだ。
 サラは、愛らしくも恐ろしい小悪魔に、最後の質問をした。

「一度赤い瞳の器になって、相性が合わなかった……魂が傷つけられた人が、その後助かる可能性は?」
「さあ……そんな人は見たことないから、分からないわ」

 そこで、サラの考えは振り出しに戻った。
 サラは「教えてくれてありがとう」と言いながら、軽くお辞儀をする。
 顔を上げたときには、すっかり意気消沈して呟いた。

「結局、リコを助ける方法は分からずじまい、か……」

 月巫女の銀髪パウダーは、リコにかかった呪いには効果がなかった。
 戦地でキースや苺ちゃんたちを救えたのは、風邪をひいた相手に栄養剤を飲ませたようなもの。
 リコやエール王子みたいに、魂を傷つけられた人とはレベルが違う。
 二人は、大病を患っているのだ。

 こうしてリサーチしてみても、今のところ『魂が傷つく』という病に効く薬は見当たらない。
 ジュートが残してくれたヒントのように……リコ自身が、自分の中の闇に打ち勝つのを願うしかない。
 それはもしかしたら、精霊の森に迷い込んだ人間が生き延びる確率に近いのかもしれない。
 そして……自分にできることは、何も無い。

「まあ、リコのことはまた後で考える。とりあえず、和平はカナタ王子と進めちゃいましょう。当面の問題は、もう一つ……国王の体がいつまで持つか」

 サラは『次の器探し』と言い掛けて、止めた。
 人の命を“器”というモノ扱いするのは、どうしてもためらわれる。
 それでも、誰かにその役割を担ってもらわなければ……赤い瞳は無差別に人に取り付き、悪意を撒き散らすのだ。

「ねえ、サラ姫。いっそあなたがあの赤い瞳をもらって、自分でコントロールしたらどう?」
「無理よ。あいつ、私が近づくだけで怖がって逃げちゃうもの」

 まるで猫の子を扱うように言うと、サラ姫はクスッと笑う。
 サラは軽い頭痛を感じ、溜息とともにこめかみを抑えた。

「とにかく、誰か相性のいい人探してよ。頭がオカシクならなくて、死んじゃわないくらい強い人」
「探すのは構わないけどぉ……急がないと、あの人の体もたないわよ?」
「……あと何日くらい?」
「さあ。もって数日ってところじゃないかしら?」

 サラの脳裏に、今もこの王宮へ向かって行軍を続けているだろう、キール将軍の姿が思い浮かんだ。
 もう一度彼に受け入れてもらう……一瞬だけそんな想像をして、サラはあまりにも残酷だとそれを打ち消した。

  * * *

 赤い瞳を受け入れるということは、自分の命をすり減らす行為だ。
 誰かに押し付けるなんて考えられないし、考えたくもない。

「あーもう、メンドクサイっ! 何かいい方法無いわけっ? 誰か、アレを受け入れてくれる人はいないのっ?」

 叫んだサラを、くりっとした黒目がちな瞳が見上げた。

「居るんじゃない? 一人」
「はぁっ? 誰よ」
「最初にアレを持ち込んだ女」

 なるほど、とサラは手を打った。
 もらったものは、丁重にお返しすればいいのだ。

「それナイスアイデアかも」

 そういえば、小さい子どもって意外と鋭い意見を言うことがあるなと、若干失礼なことを考えつつ、サラ姫の頭をぐりぐりと撫でまわした。
 あっちこっち振り回されつつも、結局は『魔女探し』がサラの旅の目的になるようだ。
 現時点では、魔女の行方についてはノーヒントも同然なのだが……。

「まったく、RPGじゃないんだから……」

 ゲームの世界の方がよっぽどシンプルかもしれない、とサラは思う。
 世界を救うために、どこかに居るという悪の権化を探し出して倒す、という流れは一緒だ。
 ある町へ行けば、魔物が暴れているなどのイベントが発生。
 それを解決すれば、次の町へとつながる扉の鍵が貰える。
 次の町へ行ったら、また別のイベント。
 多少うろうろしたところで、エンディングへ至る王道ルートのヒントは散りばめられている。

 それに比べて、自分の旅はなかなかに複雑だ。
 魔法使いの手により『お姫様を助けて、世界を平和にせよ』と呼び出された勇者の自分。
 世界を平和にする……そのためには、戦争を仕掛けた“魔女”を探さなければならないという。
 この水不足が魔女の呪いなのか、魔女は単に未来を予知しただけなのかは分からないけれど、ともかくこのまま魔女を放っておけば、問題は片付かない。
 手を替え品を替え、ねちっこくオアシスの国を狙うだろう。

「とりあえず、魔女を見つけなきゃいけないのよねぇ。どこにいるかなんて、知らないんでしょ?」
「知ってたら、とっくに呼び出して文句言ってるわよ。こんな役立たずをよこして……」
「……なぁに? どういう意味っ?」
「なんでもなーいっ」

 サラ姫が漏らした『役立たず』の意味は、きっと敵軍を一瞬で蹴散らすほどの力が無かったことを指すのだろう。
 日食のとき、赤い瞳が何をもたらしたか……あの、死と静寂に包まれたモノクロの世界を知らないから言えることだ。
 しかもサラ姫はずっと赤い瞳の支配者だったから、存在そのものを甘く見ているのかもしれない。
 この存在の恐ろしさを知れば、真剣に願うはずだ。

「アレを、早く“封印”しなくちゃ……」

 サラの口から、ぽろりとそんな言葉が漏れた。
 言わせたのは、サラの中に眠っているはずの……翼を持つ女神だ。
 もっとヒントが欲しいと願ったものの、サラが意識するほど女神の存在は遠のいていく。
 砂漠の蜃気楼のような、サラの中の女神。
 追いかけることを諦めたサラは、再び人としてできる限りの知恵を絞るべく頭を働かせた。

 サラの旅の終着点、いわゆる“ラスボス”が太陽の巫女であることは、間違いない。
 そしてサラ姫は、太陽の巫女が残していった大事な鍵。
 魔女が自分の後継者と予言し、この国に託していった人物。
 彼女は今、こうしてサラが和平へと動くことを、どう思っているのだろう?
 もし魔女が、どこかでこの様子を見ているのなら……。

「もしかしたら、魔女はまた現れるかもしれない。邪魔者を消すために」

 呟いたサラは、自分の言葉がなんだか不吉な予言のように思えて、少しだけ身震いした。
 それを耳にした魔術師もサラ姫も、サラの言葉に怯えの表情を浮かべた。

  * * *

 魔女の行方についても、サラの中ではいずれ片づけなければならない宿題のポジションに置かれた。
 ずっと同じ姿勢で座りこでいたため、お尻の感覚が無くなってきたサラは、うーんと両手で伸びをしながら言った。

「とりあえず、もうあなたたちから聞きたいことはだいたい聞けたし、私は一回リコたちのところに戻ってみるわ。サラ姫は、カナタ王子にちゃんと謝りなさい?」
「――ああっ!」

 臆病な子犬のように、サラの腕の中にすっぽり収まっていたサラ姫が、突然大声を上げて立ち上がった。
 サラの渡したハンカチを、鼻をかみ終わったティッシュのように無造作に放り出すと、魔術師の方を向いて叫んだ。

「もう信じられないっ。なんであんなに大事なことを、ずっと黙ってたの!」
「サラ姫、さま……?」
「お兄さまのことよっ!」

 サラも魔術師も、サラ姫が何を言いたいのか分からず、顔を見合わせる。
 興奮したサラ姫は、顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「お兄さまが、私と血が繋がって無いなんて!」

 ああそのことか……と、なんとなく納得するサラ。
 あまりにも多岐に渡る深い話をしたおかげで、すっかり頭から飛んでいた。
 それは、魔術師も同じだったらしい。
 小さく縮こまりながら「申し訳ありません」ともごもご呟き続けている。

「――私に隠し事するなんて、許せない!」

 サラ姫にきつく叱責され、しゃんと伸びていた腰を丸めながらうつむく魔術師。
 お年寄りを……しかも数少ないサラ姫の理解者に対する態度としては、本当に子ども過ぎる。
 サラは呆れながら言った。

「あんたねえ、自分だってカナタ王子に隠し事して怒られたんでしょ? それを棚に上げて」 

 なだめようとした言葉が、喉に張り付いて止まった。
 サラ姫の形相は、先程までと明らかに違う。
 急に凄味を増したサラ姫の周りには、プラスチックを燃やしたときのような黒い靄がまとわりつき、陽炎のように揺らめいて見える。

「それを早く知ってたら、遠慮なんてしなかった……!」

 ギリギリと唇を噛みしめ、拳を握りしめ、感情を剥き出しにして魔術師を睨みつけるサラ姫。
 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
 美しい人を例えるときの慣用句が、サラの脳裏を過ぎり……同時に打ち消された。
 目の前に咲くこの花は、確かに何物にも代えがたい美しさを持つ。
 しかし、この美しい花は……もの凄く危険だ。

「――お兄さまっ!」
「ちょっと、サラ姫待って!」
「サラ姫さまっ……」 

 細すぎるドレスの腰へ飛びついたサラの腕をすり抜けて、サラ姫は“何もない空間”に消えた。
 サラは、今と同じようにの目の前から消えた、一冊の童話を思い出す。
 それは闇の魔術の……空間移動。

「――ねえ、サラ姫はあんなこと、いつもできたのっ?」
「いいえいいえ、初めてですっ!」

 篝火がじりじりと燃え続け、そろそろ燃え尽きるほんの一歩手前まで来た、薄暗い部屋。
 激しく動揺する魔術師の右手奥。
 すきま風も入らないこの密室で、何かがゆらりと蠢いた。


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 ようやく動きだしました。が、今回も三人の会話ベースで。サラちゃんのRPGもそろそろ佳境というか、ぐるぐる回って結局元のお城へ戻ってきた感じですね。しかし、赤井瞳ちゃんの所属レーベルはなかなか決まりません。スカウトしてきた社長に一旦預けるっぺ、というのが結論でした。もうこの話長過ぎて、後半サラ姫の逆切れに、作者ですら「え、なんで?」と思わされてしまいました。そーいや、そんな話も何話か前に出てたっけかー。しかし、ブラコンな妹が「えっ、あたしとお兄ちゃん、本当の兄妹じゃないの?」なんて展開は、一昔前の少女漫画ですわねえ。これもある意味王道。そしてサラ姫ちゃん、ラブパワーでいきなりの能力覚醒。さて、どうなることやら……。
 次回から、かなりの急展開に入っていきます。ジェットコースターに乗った気分で、多少のガタツキは見ないフリしつつ楽しんでいただければと思います。

第五章(29)迫りくる死

第五章 砂漠に降る花


『まったく、サラ姫は詰めが甘いなぁ』

 心の中に、巻き戻されたテープのように聴こえたのは、いつか聞いたクロルの嘲笑。

『そこにある脅威に、また目を瞑ろうとしたね? 僕ならきっと――』
「分かってるっ……!」

 サラの叫びが、水底のように暗い部屋を切り裂いた。

  * * *

 異変に気付いたのは、魔術師よりもサラの方が先だった。
 最初は、空気の歪み。
 消えたサラ姫の香……ほんのりと甘い香りが残るその部屋にそぐわない、微かな悪臭。
 続いて、奇妙な唸り声。

 もしかしたら常人の感覚ではない部分で、サラだけが反応したのかもしれない。
 現にこうして目の前の“ネルギ最強”といわれる魔術師ですら、全くと言ってよいほどサラの気持ちを分かってくれないのだから。

「……なぜ、こんなことに?」

 問いかけたサラの声なき声に反応したのは、自分の中に住む女神の感覚。
 サラ姫の行動……突然発動した強力な闇の魔術が、どうやら呼び水になったらしい。
 空間移動の際、サラ姫という支配者はこの世界から一瞬消えた。
 赤い瞳を陰へと追いやる憎き太陽が、一時隠されたのと同じこと。

 偶然が重なり、大人しく眠りについていた魔物は目覚めてしまった。
 寝息も立てず身じろぎもせず、こん睡状態だった国王が、ゆっくりと瞳を開く。
 暗闇に血を溶かし込んだような、あの赤い瞳を。

「魔術師さん、逃げて……ううん、それじゃダメだ……」
「どうされました……?」
「お願い。サラ姫を見つけてきて……きっとカナタ王子のところだから。私は、これを止める」

 同じ姿勢で長く座りこみ、しびれかけた太ももを握りこぶしで強く叩くと、サラは一点を睨みつけながら腰の黒剣に手を伸ばした。
 サラの視線の先を追い、それを見つけた魔術師は、手にした杖を取り落としかける。
 魔術師の心の目にも、あの赤はこの世の異物として映ったのだろうか。

「ありえませぬ……一体、なぜ……」
「早く行って。お願い。あと、普通の人はこの建物から避難するよう魔術で流して。私の連れにもそう伝言して。皆を守って欲しいと」
「ですがっ」
「――いいから早く!」

 鬼気迫るサラの叫びに、弾かれたように部屋を飛び出していく魔術師。
 後姿を見送ることもできず、サラは“それ”の挙動を見張り続ける。
 魔術師は、腰を伸ばすことはできても走ることはできないらしく、ガツガツと床を叩く不揃いな杖の音が聴こえる。
 その音が瞬く間に遠ざかり、静寂が戻ったところで、サラは無意識に止めていた呼吸を再開した。

 吸い込む空気は沼の畔のように淀み、微かな腐臭はツンと鼻をつく刺激臭に変わった。
 その臭いが、目に見えない微粒子となり、この王宮全体を包むように漂い始めたことが分かる。
 誰にも気づかれず静かに、太陽へと迫った月のように……。
 剥き出しの顔や首、そして呼吸と共に体内へとねっとりとまとわりつく、その“何か”の気配をかき消すべく、サラは無理矢理明るい声を出した。

「あんた、本当にシツコイよね……」

 手のひらから、汗が滲みだす。
 取り落とさないように力を入れ直しながら、サラは最も得意とする正眼の構えをとった。
 黒剣の先でじわりと力を蓄えて行く、その生き物の挙動を見守る。

 もう“これ”は、人間ではない。
 今から、国王の体という名の殻をまとった、毒蛾の羽化が始まるのだ。
 暗闇に粉まみれの分厚い羽を広げ、触れる者を死に至らしめるための、厳かな儀式……その準備が整った。

  * * *

 サラの中に潜む女神が、痛いくらい心臓を鳴らし警鐘を発する。

「あんたの、好きなようにはさせない……」

 あくまで強気に呟いてみるものの、サラの口の中は乾き切り、声は掠れた。
 全身の皮膚は粟立ち、抑えようとする気持ちを振り切って勝手にカタカタと震え出す。
 剣先を、相手の急所へと向ける正眼の構え……真っ直ぐ伸ばした腕の先には、常に危機を乗り越えてきた相棒の黒剣がある。
 サラの心が恐怖に支配されれば、剣は自動的に相手を倒すべく動いてきた。
 しかし今、相棒は……微動だにしない。

「宿主を変えて、あっちこっち寄生しながら生き延びて……一体、何なの?」

 サラの問いに、女神が応える。
 死が、足りないのだ。
 コレが完全に目覚めるには、まだもう少し。
 今はまだ、人間の肉体という器を借りなければ、この地上では生き延びることができない。

「なるほど、人の体は、太陽から身を隠すためのマントってことね……」

 呟くサラの声が波紋のように広がる中、それは覚醒した。
 関節を一切曲げない、人間らしからぬ動きでゆらりと体を起こす国王。
 まるで、誰かが上から操っている人形のような動きだった。
 ベッドの上で上半身を起こし、首を捻じ曲げてサラを見るオッドアイ。
 肉体はもう腐り落ちる寸前だというのに、ただその瞳だけが、爛々と輝いている。

 過去、変質者に襲われたときのことを、サラは思い出していた。
 恐怖や死は、誰にでも突然起こる不可避な現象だ。
 もしもそれを予知してしまったら……果たして人の心は平静を保てるものだろうか?

 サラは、一つの事実を察してしまった。
 逃げたくても、逃げられない。
 自分は、赤い瞳に殺されるだろう。

 足は完全に強張り、冷たい絨毯に縫いとめられたように動かない。
 背中を向けたら、きっと終わる。
 心を手放してしまいたいくらいの恐怖に、サラの全身は感覚を失っていく。
 それでも、サラの中の女神は、サラの口を使いながらサラに真実を語り続けた。

「封印が綻んでから……長い時間をかけてゆっくりと、人々が少しずつ狂っていくように、あんたはこの世界に不安という感情をばら撒いていった。その不安のせいで、誰かの死を求める人間が現れて……今度はそれを利用して、闇の魔術を広めたのね。そのうち、呪われた双子の巫女が神殿へ。その巫女を、トリウム国王が森から連れ出す。あんたは、そうやってあの森を――」

 話しながら、サラの脳裏に一つのキーワードがよぎった。

『封印の巫女』

 なぜ、森に聖なる乙女が入れ替わり立ち替わり、決して途切れないように送られてきたのか。
 それは森の奥深く……神殿の地下から繋がる大地の底。
 いわゆる『冥界』に、この禍々しい邪神を封じてきたから。
 神殿に生命が置かれる限り、コレは地上には出られなかったのだ。

「そっか……あなたが、全てを仕組んだのね」

 鎌首をもたげる死神のように、ゆっくりと国王は立ち上がった。

  * * *

 恐怖に押しつぶされそうになる人間のサラを、女神のサラが支える。
 自分の声には、精霊が宿る。
 そう言ってくれた偉大な精霊王の言葉を支えに、サラは語り続けた。

「神殿から巫女が消えて、あんたはようやく地上へ出て来れた。そしてきっと、王弟へ取りついたんでしょう。でも本当のターゲットは、太陽の巫女だった。だからあんな酷い事件を起こして、太陽の巫女の心を壊してまんまと取り付いて、オアシスから砂漠へ……ミツバチが花粉を運ぶみたいに、あんたはこの場所へ運ばれてきた。そうでしょう?」

 スプリングの効いたベッドの上で、ゆらゆらと左右に揺れながら、周囲へと目を配る国王。
 生まれたての雛鳥のように貪欲に、自分の居る世界を認識しようとしている。
 その姿が、黒い靄に包まれ霞んで見えない。
 それとも、靄に取り込まれているのは、自分自身だろうか?
 剣を握っていることも分からないほど、既に皮膚の感覚は麻痺してしまった。

 この靄が肌に触れ、呼吸と共に体内へ入ることは……マズイ。
 頭では分かるのに、サラの体は言うことを聞かない。
 ただ荒い呼吸を繰り返しながら、木偶の坊のように立ちつくすだけだ。

 唯一まともに機能している耳には、ガツンガツンとハンマーで叩かれるくらい大きく、心臓の鼓動が鳴り響いている。
 こめかみから頬、顎の先へと汗が伝い落ちていくのを、拭うこともできない。

「あんたの狙いは、地の底から這い出て、この地上を支配すること。闇に浮かぶ月が、太陽を手に入れたい……なんて馬鹿なことを」

 サラが言い終わった瞬間、国王はベッドの上で一歩足を踏み出した。
 スプリングの厚いベッドは、人が一人身動きした程度ではきしりと音を立てるくらいが関の山だ。
 それなのに、今目の前のベッドは、一人のしょぼくれた老人の足で……粉砕された。

「――っ!」

 息を呑むサラの視界が、赤に染まる。
 当然、人間の足がそんな力に耐えられるわけがない。
 国王自らの足も、くるぶしのあたりでありえぬ方向へ折れ曲がった。

 肉のほとんどつかない、国王のやせ細った足。
 骨が皮をあっけなく突き破り、周囲には血液が放射線状に飛び散る。
 それに視線を向けた国王は、あたかも要らない枝葉を切り落とすように、折れた左足を引き千切り放り出した。

 引きちぎられた生々しい左足の傷は、国王が手をかざしたほんの一瞬で塞がれてしまった。
 国王は、長さが変わったアンバランスな足で、サラの方へ一歩踏み出し……当たり前のようにバランスを崩した。
 無表情のまま立ち止まると、腕を斜め下へ伸ばし、自ら引き千切って床に転がした足の先を拾い上げる。
 それを、短くなった足の切り口に押し当てると……。

「なんでっ……!」

 サラの目の前で、奇跡が起こった。
 ビデオを巻き戻すように、傷がみるみる消えてゆく。
 一度失われたものが、何事も無かったかのように時間を巻き戻し、命を吹き返す……その様子を見ながら、サラは再び呟いた。

「……わかった。サンドワームを操ったのは、あんたね?」

  * * *

 目を開けているのに、サラにはその映像がはっきり見えた気がした。
 国王の中に宿り、サラ姫の支配下に置かれた間は、好き勝手に動けない。
 しかし、戦地とこの王宮を往復する間に、わずかな隙ができるのだ。
 その瞬間を逃さず、赤い瞳は地中に住むサンドワームへ指令を出しサラたちを襲わせた。
 いや……。

「本当は、私を狙ってたんだ。女神が宿る“器”を……」

 行き道では、一匹のサンドワームをけしかけるのが精一杯だった。
 しかし、つい先日の大量発生は……。

「あんたの力も、強まってるんだ……でも、残念だったね。サンちゃんはあんたの命令より、女神様の方が怖いってさ!」

 叫びながらサラは、祈った。
 もしも自分が“サラ姫”を救うために呼ばれたのなら――。

「お願い! 女神っ……来て!」

 心からの祈りにも、サラの中の女神は羽をもがれたように動かない。
 その理由が、サラには漠然と理解できていた。
 それは、恐怖という感情。
 すでにサラは、赤い瞳に屈していた。
 自らの死が迫りくることを、悟ってしまっていた。

 思えば月食のとき、サラは何も恐れてはいなかった。
 肉体を極限まで痛めつけられ、半ば意識を飛ばしていたことが功を奏したのかもしれない。
 ただ降りてくるその神々しい存在に身を預け、心を重ね、思うままに時空を超えて世界を渡った。
 その女神が、今は現れない。
 現れる気がしない。

「いやだ……来ないで……」

 触れるものを皆、死に追いやる禍つ神。
 繋げた足をずるりずるりと足を引きずり、闇を身に纏い赤い瞳をてらてらと光らせながら、一歩ずつ近寄ってくる。 
 それはサラの残りの命をカウントする足音。
 もう十秒、九秒、八秒……。

「サラ姫……ジュート……誰かっ……!」

 後退りどころか、もう呼吸すらもできない。
 硬直した体を動かせと命じる隙も無いくらい、心は恐怖という名の闇に染まる。
 封印から解き放たれ、この広大な世界を支配すべく闇の翼を広げる邪神と、女神の力を解放することも叶わず震えるだけの人間の娘。
 その二つの存在が交差したとき、何が起こるかなど……分かり切っている。

「……皆、ごめん」

 サラが最後の言葉を放つと同時に、手にした黒剣を振り降ろした瞬間、四隅の炎が燃え尽きた。
 意識の全てを赤に染める痛みと、崩れ落ちる体を感じながら、サラは……冥界への門を開いた。


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 おまたせしました。抵抗むなしくあっさりジ・エンドです。こんな最終回、どうでしょう? かまいたちの夜っぽくないですか? ……非難轟々ですわね。スミマセン。今回の進展は封印の巫女さんでした。森の神殿の地下に、もともと赤い瞳さんは封印されてたんですねー。でも、巫女さんが居なくなってしまったので、わーいわーいと外に出て来たのです。とはいえ、太陽の巫女さんの計らいで何故か(この辺はまた後で)サラ姫の支配下に置かれてしまって文句たらたら。敵認定したサラちゃんを、サンちゃんで攻撃。単純です。そして最後はリビングデッド……ホラーは苦手なので描写はあっさりと。そして、女神モードになれなかった人間サラちゃんも死亡。振り返ってみても、今回はかなり変な話でした。
 次回、死んじゃったサラちゃんの一人芝居。一気にギャグモード全開で、楽しく死後の世界を過ごします。転んでもただでは起きない主人公……そして、たぶんこの話は10月に突入します。土下座っ!

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