第三章 王位継承

Index ~作品もくじ~


さまざまなジャンルの掌編集です。
文字数は~四千(原稿用紙~10枚)で、オチには毎回苦労させられています。
(一部PG12・R15の作品がありますので、ご注意ください)

高校二年生の香夏は、毎日が部活中心に動いていた。
その夏、香夏に悲劇が襲う。
心を壊しかけた香夏に近づいてきたのは、クラスメイトの秋都だった。

女子高生の優奈は、王子様を求めるピュアな乙女。
理想が高すぎてなかなか彼氏ができない。
そんな優奈がひた隠しにする存在が、キモイ兄・健一だった。
兄を紹介せよと友達に迫られた優奈は、密かに兄の改造計画を実行した!
(ポップで笑える学園ラブコメです。キモ兄の変身をお楽しみください)

百五十センチ弱の身長と、大きな目がコンプレックスの私、相川千夜子。
隣のクラスの俺様系男子・サヤマには、『チビ犬』扱いでからかわれる毎日。
そんな私に突然起こった、小さな事件……犯人は、いったい誰?
クラス中を巻き込む、サヤマの推理が始まった!
(ライトな謎解きをベースに進む、ミステリ要素ありのベタ甘ラブコメです)

「どうして自分の好きな人は、他の誰かを好きなんだろう?」
情熱的な香夏、不器用な秋都、一途な千晶、臆病な理久。
切ない片思いが連鎖する、高校生男女四人の恋愛群像劇です。
※ピュアな少女漫画オムニバス風ラノベ。青春要素も強め。
(短期連載、五章分、三月改め四月完結予定です)

高校二年生の秋都は、昼休みを毎日屋上で過ごす。
心に負った傷を癒せぬまま、遠くから密かに香夏の姿を見つめ続けている。
香夏という鮮烈な存在が、秋都の心を少しずつ浸食して行く。

高校一年生の千晶は、凍てつく放送室の窓から外を眺める。
そこに見える景色が、自分を苦しめると分かっていても、目を逸らせない。
幼馴染の理久や、双子の妹、秋都の存在が千晶の心を揺さぶる。

何気ない暮らしの中で感じる様々な形の愛を、なるべく短い言葉で綴ってみました。
文字数は四百~二千(原稿用紙1~5枚)程度です。
百個目指して細々と更新していきます。
(一部PG12程度の作品がありますので、ご注意ください)

さまざまなジャンルの短編集です。
文字数は四千~四万(原稿用紙10~100枚)で、たぶん掌編よりは読み応えがあるかと。
(一部PG12の作品がありますので、ご注意ください)

五人の男の前に突然現れた、謎の美少女……。
月日は流れ、少女は母へ、そして娘のサラは十五歳の誕生日を目前にしていた。
誕生日パーティーの夜、母から渡された一冊のノート。
そこに書かれた不思議な物語を読んだサラは、突然異世界に召喚される。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

誓いを胸に、男装の騎士として敵国へ乗り込んだサラ。
迎え入れてくれた盗賊の仲間からは、厳しい現実を突き付けられる。
国王に面会するためには、三ヶ月後に開かれる武道大会で優勝するしかない。
サラの過酷な戦いが始まった――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

本編読了された方は、よろしければアンケートにご協力くださいませ。
いただいたご感想にも、必ずお返事させていただいておりますので、ぜひ。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

国王に面会したサラは、ついに自分の正体を明らかにする。
すると母の予言通り、国王から和平に欠かせない“条件”が提示された。
相手は、ひとくせもふたくせもある三人の王子。
サラが見たのは、彼らを取り巻く不吉な魔女の影……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

王城に巣食う魔女の影を、見事に取り払ったサラ。
次に目指すのは、荒野と化した戦場の砦。
忍び寄る魔女の足音に怯えながらも、サラはたった一人で戦地に立つ。
ついに、全てを闇に染める“皆既日食”が始まり……。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

不安定な身体を持て余しながらも、サラはオアシスの王城へ戻る。
そこで知らされた、衝撃の事実。
謎の全ては、砂漠の王宮で明かされる。
大切な仲間の命を救うため、再び砂漠を目指し旅立ったサラの運命は――。
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

戦いが終わった直後、クロル王子が見た不思議な夢とは?(番外編1)
またもやクロル王子の見た夢は、とんでもない話で……。(番外編2)
※以上、三月までの限定公開中。
※【総合もくじ】&【全目次一覧】もございます。

天使と呼ばれる母に良く似た美少女のサラ。
十五才の誕生日、母の書いた物語を読んだサラは、突然異世界へと召喚される。
予言された悲しい結末を蹴飛ばすため、身代わりの姫となり旅に出たサラの運命は……?
(番外編1は、途中から別タイトル『グルメ猫』に。番外編2は『シャイニング☆ドラゴン』になります。いずれも3月までの限定公開)
※目次の続きは『Next』ボタンを押してください。【全目次一覧】もございます。

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第三章 プロローグ ~伝言、キス、そして王城へ~

第三章 王位継承


顔に貼り付けた続けた笑顔により、無表情でもほうれい線がくっきりと現れる今日この頃。
サラの優勝お祝いイベントも、ようやく残すところあと1つとなった。

「サラ様、お疲れ様です」
「ああ、鉄人の入れてくれるお茶が今の私の癒し……」

サラの前に、定番のロイヤルミルクティがそっと差し出された。
領主館のダイニングには、甘いキャラメルの香りが漂う。
少し前に日本で食べた”生キャラメル”をリクエストしたところ、似たような素材で似たような味をあっという間に再現してくれたナチルを、サラは鉄人と呼んでいた。

「今日も……大変な人気でしたわね」

小鍋に入れたキャラメルをかき混ぜる手を止めず、ナチルがキッチンから声をかけてくる。
無言でお茶をすすっていたサラが、盛大なため息をついた。

「もう、アイドル引退したいよー。普通の女の子に戻りたいよー」
「はいできましたよ。夕食前ですし、少しだけですよ」

くすくすと笑いながらナチルが運んできたものは、できたて熱々とろりなキャラメルを冷たいアイスクリームの上にかけた贅沢なオヤツ。
サラの愚痴は、一時強制ストップとなった。


サラが珍しく愚痴りたくなったのには、訳がある。
それは……

「おっ、また美味そうなもの食ってるな」
「サー坊の考えるオヤツ、いつも美味しいんだよねー」

道場から戻ってきたのは、アレクとリーズの兄弟だ。
リコとカリムは、まだ道場の後片付けにこき使われているに違いない。
なんせ、窓ガラスは割れ、飾られた花も軽食もドリンクも……めちゃくちゃにぶちまけられたのだから。

本来ならリーズが「俺やっとくよ」というイイヒト展開になるのだが、今のアレクにはスプーン猫の監視が必要ということだろうか。
サラの対面に座り、同じお菓子をリクエストする2人。
背が高く色白の、スタイルの良いあの人物を思い出し、サラは再び大きなため息をついた。

「まったく、今日は最悪な一日だったな」

サラが10口ほどで食べる量を、丼をかっこむように一口で放り込んだアレク。
口をもごもごさせつつ「おかわりー」なんて言うから、なんて贅沢なとサラはショックを受けた。
リーズは、サラより謙虚にちびちびと味わって、オイシイネーと言いつつその細い糸目をさらに細めている。

この兄弟を足して2で割れば……

いや、あの人を足して、3で割ったなら……

「今日のアレ、気にしなくていいからね?」

サラの思考が漏れているのだろうか、猫背を丸めたリーズがそっと身を乗り出して言った。
気にしてたら生きて行けないし、と続けた台詞は、まさに達観した仙人のようだ。

 * * *

自治区の住民プラス、武道大会前に見学の常連だった少女たちとその親御さんが一同に集った、今日の道場主催パーティ。
かしましい少女たちによるファンクラブ結成宣言の後、簡易ステージの上にあがったサラに、住民たちからプレゼントが渡されるという会のクライマックスで事件は起こった。

前日のパレードで預かったという城下町の住民分と合わせて、トラック1台分と言っても過言ではないほどのプレゼントをもらったサラは上機嫌。
すぐ横で見ていたアレクも、ちょっぴり熟したマダムから多数の貢物をもらい、ホクホク顔だった。
ついでに、数名の女子から心のこもったプレゼント&愛の告白を受けたカリムは、若干ムッツリしていたが。

ファンからの貢物タイムが終わる頃、砦に帰る前のひげ&ボインのカップルもやってきた。
2人で選んだという必殺下着人シリーズ(ヒモパン等)をプレゼントされつつ、サラはこんなことを聞かれたのだ。

「サラちゃん、うちの頭領さまに、何か伝えたいことはある?」

ボインことエシレ姉さんは、相変わらずの露出度ギリギリガールズな衣装で、その姿はまるでビーナスのように美しかった。
ジュートのことを思い出したのと、エロ過ぎる美女を至近距離で見たのと、どちらのせいだかは分からないが、サラは「うわっ」と叫び、慌ててエシレの体を離した。

壇上で行われた美女との内緒話と、明らかなサラの態度の変化に、道場を埋め尽くしていた黒騎士ファンの少女たちがざわついたが、動揺したサラの耳には入らなかった。

ドキドキする胸を押さえつつ、サラは頭を働かせる。

ジュートへの伝言か……
すっかり忘れていたけれど、もしかしたらあのことを、伝えておいた方がいいのかもしれない……

「あの、じゃあ1つお願いします」

サラは背伸びをして、エシレの耳元に唇を寄せた。

「もしかしたら、この先私には”トリウムの王子と結婚する”という噂が流れるかもしれませんが、どうか気にしないで欲しいと……」

エシレがぽってりとした唇を引き結び、怪訝そうな表情をする。
サラは、やはり手紙で伝えればよかったかと、少し後悔した。
突然こんな予言めいたことを言われても、戸惑うのは当たり前だろう。

エシレは、形の良い顎に手を当てて、少し考えるようなしぐさをした後、うんうんと1人うなずいた。

「分かったわ……でもね、私から1つアドバイス」

高いヒールの靴をぐらつかせることなく操るエシレは、腰をかがめてサラに顔を近づけてくる。
真剣な表情に、何事かとサラが身構えると……

「そんな言い方じゃ男は食いつかないわよ?」
「はあ?」
「こういうことでしょ?」

エシレは、ひじき大漁のマスカラ&アイシャドウに彩られた大きな瞳で、パチリとウインクした。


『トリウムの王子にアタシの○○を奪われそうだから、今すぐココへ来て○○して』


なんですか、そのエロ超訳はー!

サラが顔を真っ赤にしてうろたえると、エシレは「可愛い」と呟いて、サラの唇に……


『うにうにうにうに……』


次の瞬間、道場が倒壊寸前になるほどの怒号と悲鳴が沸きあがった。
満足げに微笑んで「バァイ!」と手を振るエシレを、ひげが荷物のように抱えると、窓ガラスをぶち破りあっさりとトンズラした。
サラは、腰砕けになりへなへなと座り込みつつも、あの逃げ足さすが盗賊……と、感心していた。

その後のパニックについては、サラも思い出したくない。

「あの女ブッコロス!」とアシュラ面怒りに変身したアレクを、リーズとカリムが懸命に押さえ込み。
「私もキスのプレゼントを!」と殺到する女子たちを、リコとナチルが結界でなんとかガードした。

興奮したパーティ参加者たち&アレクが道場内を荒らしきる頃、リーズが提案した”サラの握手会”という緊急企画により、ようやくその場は納まった。
なぜか握手の列のラストに並んだアレクは、サラの頬にキスし「しょーがねーからこれで許してやる」と、意味不明な主張をしたのだった。


「それにしても、サー坊は、みんなの前でキスされる運命なのかねー」


あははと笑うリーズと、また苛立ちを募らせたのか「アイスだアイスだ!アイス持って来い!」と乱暴に怒鳴るアレク。

悲劇も嫌だけど、そんな運命も嫌だと、サラは再び脱力した。

 * * *

翌朝、サラは1人王城前に立っていた。
きっちり”国民への義務”を果たしたサラを、バリトン騎士とその部下たちが爽やかな笑顔で出迎えた。
王城へと足を踏み入れたサラは、この先起こるであろう出来事を想像し、軽く武者震いした。

大丈夫、私はちゃんと、みんなのところに帰るよ……

サラが握り締めたのは、リコからもらった新しいお守り。
リコをずっと守ってくれた、水の指輪が入っている布袋だ。
昨日もらったプレゼントは全部嬉しかったけれど、一番嬉しいもの1つだけを持っていくことにした。

城門から真っ直ぐ、城内への入り口へと向かうバリトン騎士に着いて歩きながら、サラは昨夜の出来事を思い出していた。


夜は、内輪だけのお祝いをしてもらった。
領主館のみんなは、サラにとってすでに家族も同然だ。
この世界に召喚される前、お母さんとパパたちに誕生日を祝ってもらったときのように、温かく優しく、満ち足りた時間だった。

パーティでモテモテだったカリムに、アレクが「なあ、どの女と付き合うんだ?やっぱり胸で選ぶのか?」とセクハラオヤジ発言したり。
酔っ払うと空気が読めなくなるリーズが「へー、カリムは女の子を胸で選ぶんだー。若いねー」と便乗し、カリムを真っ青にさせていたっけ。

リコとナチルは、サラの両脇に座って、いつの間にかメイクのレッスンを始めた。
生まれて初めてメイクというものをした結果、まるで宝塚男役のように変身させられたサラは、リコとナチルに絶賛された。
カリムが「似合わない」と言ったので、ではお姫様風にと第二ラウンドへ。

サラがメイクの実験台になったのは、リコが「手に職をつけたい」と言い出したのがキッカケだった。
もしかしたらこの旅が終わっても、リコは砂漠の国に戻らないつもりなのかもしれない。
あのわがままなサラ姫と、閉ざされた王宮で暮らすことを考えれば、自由があり恋するアレクもいるこの国に居たいと願うのは当然だろう。

カリムは……砂漠の国へ帰るだろう。
リコと違って、政治の重要な立場を任されている人物だし。
なによりカリムは、カナタ王子を裏切るようなことは絶対しないはず。

もしも和平交渉が成立したら、砂漠への旅はカリムと2人になるのかな。
盗賊の砦までは、リコやアレクたちも着いてきてくれるかもしれないけれど。

盗賊の砦でジュートと再会し、世話になった人たちにお土産を渡し、笑顔で砂漠へと見送られる……
そんなシーンをぼんやりと想像したサラは、慌てて首を振り「動かないでください!」と真剣な女子2人に怒られた。

仕上がった2回目のメイクの結果、男性3名が呆けた表情でサラを見つめたので、リコとナチルはがっちり握手した。

 * * *

城内に入る前「害意が無いことは分かっているが念のため」と言われ、サラは肌身離さず持っている相棒の黒剣をバリトン騎士に預けた。

「ありがとう。剣はパーティ後に返却しよう。さあ、こちらへ着いてこい」

歩きなれた様子のバリトン騎士に、サラはおとなしくついていく。

初めて足を踏み入れる城内は、荘厳な雰囲気だった。
1歩ごとに足が沈み込むような毛足の長い絨毯と、数々の彫刻がなされた柱、壁の絵画や花、そして天井から吊るされるシャンデリア。
吹き抜けの螺旋階段を昇り、太陽光の差し込む長い廊下を抜け、また次の階段を昇る。

もう何メートル歩かされたか分からない。
あまりの広さに、サラは圧倒された。
砂漠の王宮では、決められたエリアしか移動できなかったが、もしかしたらこの城のようにずっと奥まで続いていたのかもしれない。

この豪華な城で、サラはどのくらいの時間を過ごすことになるのだろう。
母の予言の通り、もしもあの条件を突きつけられるとしたら、しばらくは出られない。
出られたとしても、行く先は戦地だ。
戦地へ行くなら、自分は死を覚悟しなければ……

サラが深く考え込みながら歩いていくと、到着したのは1枚のドアの前。

「中には侍女頭がいる。ここからは彼女の指示に従うように」

バリトン騎士に促され、サラは重いドアを開け中に入った。
中に居たのは、60才くらいの女性と、10~20代の若い女性が4名。
いつもナチルが着ているものより少し落ち着いたデザインの、ワンピース型メイド服を着ている。

背筋がしゃきっと伸び、長い白髪をひっつめた老齢の女性は、隙の無い動きで一礼をした。

「黒騎士様、侍女頭のデリスと申します。今後ともお見知りおきくださいませ」

ナチルを彷彿とさせられたサラが思わず微笑むと、若い侍女たちがキャアと叫び、早速デリスに怒られていた。

サラは、室内をぐるりと見渡した。
南向きなのか、大きなテラスから光が充分差し込むその広々とした部屋は、天蓋つきのいわゆるお姫様ベッドと、白を貴重としたシンプルな家具が置かれた、居心地の良い空間だった。
もしかしたら、この部屋がサラの部屋になるのかもしれない。
この世界に来て、一番の好待遇になりそうだなと、サラは1人ニヤついた。

サラが心の余裕を保てたのは、そこまでだった。

「では、黒騎士様には、今からこちらのご衣装に着替えていただきます」

デリスが差し出したモノを見て、サラは固まった。

「……本当にこれを、着るんですか?」
「ええ。王のご意思ですので」

サラは、戸惑いを隠さずに、しつこく尋ねる。

「……本当の本当に?」
「ええ。王のご命令ですので」

ニッコリと、老獪な笑みを浮かべるデリス。
サラは、この王城での暮らしが一筋縄では行かないことを予感した。


戦闘服の代わりにと渡されたのは、漆黒のシルク生地に黒い羽があしらわれた、1枚の瀟洒なドレスだった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
ようやく王城の中に進みました。RPGで例えると、村一個経てようやく隣国の城か……でも、魔術師君が言ってたように、ここは2国しかない閉ざされた世界なので、ペース的にはこんなもんでしょう。広さは四国くらいかな?その辺は読者さまの想像にお任せ。(←という名の逃げ)エシレ姉さんのメッセンジャー&ちゅーは、最初から予定してた強制イベントです。アレク様、俺だってそこにはしてないのにと妙な嫉妬が。サラちゃんの女装……じゃなくて男装解除も予定通り。トリウム王なかなかの眼力です。デリスさん、初の老人キャラだけど活躍するかは未定。
次回、王城でのパーティ開始。王族もいるし、貴族の皆様も……いきなり黒騎士改め暗黒天使な女子サラ登場でパニックルーム必至。今すぐさあキスをしよう~♪
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第三章(1)暴かれた秘密

第三章 王位継承


王城内の大ホールには、5年前をはるかに超える人数が集っていた。

「先日の武道大会は、本当に凄かったなあ……」
「ああ、私は直近の5回分を見ているが、盛り上がったという意味では今回が一番だ」

残念ながらトトカルチョには破れてしまったが、と貴族男性が言うと、話を聞いていた仲間の貴族たちが次々と彼に同意の握手を求めにやってきて、最後は大きな笑い声が上がった。

 * * *

このパーティに参加できるのは、身元の確認できる貴族のみ。
ほとんどが、武道大会を観覧した顔ぶれだった。
騎士や魔術師、政治を動かす文官たちも顔をそろえている。

国の重鎮がこれだけ揃うシチュエーションは、5年ぶりということもあり、久しぶりに顔を合わせる者どうし、思い出話や武道大会の話に花が咲く。

音楽隊や雑用を行う侍女たちも会場脇に控え、王城の料理人が腕を奮った食事などの準備もすでに整っている。
足りないのは、王族たちと、全員が待ち焦がれるあの勇者だけだ。

武道大会を見た者や、パレードに参加した者たちは、黒騎士の華麗な戦いと優美な振る舞いについて、一部誇張を交えつつも止まらないおしゃべりに興じていた。

「静粛に!」

王族専用の入り口ドアが開かれ、カツリと杖の音を立てながら現れた老齢の侍従長が、しゃがれながらも威厳のある声で叫んだ。
20名からなる音楽隊が、国歌を演奏し始める。
やがて王族たちが登場した。


まず現れたのは、国王ゼイル。
よほど上位の貴族でなければ、顔を拝むことも叶わない人物だ。
今日は機嫌が良いのだろうか、射抜くような鳶色の瞳は細められ、たくわえた髭の下の厚い唇がかすかな笑みを浮かべている。

王が壇上に立つと同時に、音も無く現れた巫女が、王の1歩後ろに控えた。
一度も切られたことはないだろう銀色の髪は腰の下まで伸ばされ、シャンデリアの光を受けて輝いている。
はかなくも美しいその存在に、誰もが目を奪われてしまう。
彼女がもしも王の隣に立ったなら、誰もが王妃としてふさわしいと認めるだろう容姿だ。

重厚な国家の演奏に歩調を合わせながら、次々と会場に入ってくる、3人の王子。
王の左隣から、筆頭魔術師である第一王子エール、騎士団長の第二王子リグル、未成年だがいずれ文官長になる第三王子クロルが並んだ。
純白のドレスに身を包んだ、妖精のように可憐な王女ルリは、少し遅れて王に駆け寄りその右隣へ。

王族全員が揃ったところで、音楽はフェイドアウトした。
会場に居た数百名は、間近で見る王族たちの麗しい姿に、ほうっと吐息を漏らした。

 * * *

厳かに進むように思えた祝賀式だったが、侍従長の挨拶を遮るように発せられた国王の一言で、全てがぶち壊しになった。

「本日は、堅苦しいことは抜きだ!皆大いに飲んで食べて、この喜びを分かち合おう!」

ワッと歓声が上がり、音楽隊が再び演奏を始めた。
予定にはない無礼講宣言に、侍従長が顔を赤くして王へと駆け寄ってくる。

「王よ!これだけの人数が集まる中、このような……」
「よいよい、今宵は何も起こらぬわ」

なあ巫女よ?と振り返った王に、巫女は涼やかな髪を揺らし一礼する。
控えめながらも恐ろしい魔力のこもった巫女の視線を受け、侍従長は沈黙した。
笑わない巫女と対照的に、国王はくっきりした二重の下の鳶色の瞳を輝かせ、やんちゃな少年のような笑みを浮かべている。

宣言後すぐに、堅苦しい上着を脱ぎ捨てた第三王子クロルは、いつものように兄へと擦り寄った。
次兄リグルは背が高いため、爪先立ちになり、こそこそと内緒話を持ちかける。

「なあ、リグル兄、今日の父様は何か変じゃない?」

クロルの顔立ちはあまりにも整いすぎて、怜悧な刃物のような冷たい人物と良く言われるが、リグルから見た弟は充分感情表現が豊かだ。
リグルは素直に自分を慕ってくれる弟を、目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。

「ねえ、リグル兄様、今日のお父様ってちょっと変よね?」

少し遅れてルリが駆け寄り、クロルと反対側の耳に、同じことを話しかけてきた。
可愛い弟と妹に左右から見あげられ、リグルは仕方なく国王へと歩み寄る……と見せかけて、長男であるエールの元へ。

力の強い魔術師の証である、その美しく長い黒髪に隠された耳元に囁くのは、弟たちと同じ台詞。
だが、語尾に少し迷いが滲んだ。

「なあなあ、エール兄、今日の父様は何か変……なのかな?」

剣を打ち合うことだけに神経の全てを使うリグルにとって、このような腹の探りあいはもっとも苦手とする分野だ。
何か困ったことが起これば、筆頭魔術師として、また王の後継者として常に王の傍にいるエールの意見を聞いてみるというのは、リグルの常套手段。
弟たちも、直接エールに聞けばよいものを、なぜかいちいちリグルを通すものだから、伝言ゲームのように話がややこしくなるケースもままあるのだが。

「さあな。俺には国王の考えることは分からないよ」

兄弟の中で1人だけ、父王のことを”国王”と呼ぶエールは、かなり生真面目だ。
そんなところも尊敬しているリグルなのだが、時には融通がきかない堅物とも思えてしまう。
素直に感じることを言ってくれればいいのに、確証がないことはすべて言葉にせず飲み込んでしまうのだ。

じっと熱い視線を送っても、上着の袖についているピラピラした布飾りをツンツン引っ張っても、クールな表情を一切変えない兄。
リグルは、王をチラリと見るものの、直接話しかける勇気は出ず、すごすごと元の位置へ戻った。

何の収穫も得られなかったリグルに、グラスを掲げたクロルが「リグル兄さんの無駄足に乾杯」と嫌味を言った。
クロルより少しだけ背の高いルリは、クロルの手にしたグラスを奪い取ると、口の達者な弟を睨みつけた。

「クロル、生意気なこと言ってるならアンタがお父様に聞いていらっしゃいよ!」
「嫌だね。だったら魔女でも誑かして聞き出す方がマシー」
「ちょっと、こんなところで魔女なんて言葉出さないの!」
「いいじゃん、陰で言われるより本人に聴こえた方が」

きょうだい喧嘩を始めかけた2人を、兄が諌めるのもいつものパターン。

「クロル、人の悪口を言うのはやめろと何度言ったらわかるんだ?」

リグルのバトルスイッチが入り、クロルの柔らかな頬が恐怖に引きつる。
慌てて逃げようとするが、兄に武力で勝てるはずもなく、あっさり捕まってしまった。

「いてっ!」

栗色の髪に隠されたおでこの真ん中を狙って、リグルの太い指が弾かれた。
暴力反対と呟くクロルの猫ッ毛頭をくちゃくちゃにかき回し、こめかみにグリグリと拳骨が当てられて、ようやく兄の制裁が終了する。
しょうがないわねと、涙ぐむ弟の乱れた髪の毛を手ぐしで整えるルリ。

1匹の大型犬と2匹の猫がじゃれあうようなやり取りを、横目に見ながら苦笑する兄エール。
現在、兄弟とは少し距離を置いているエールだが、一緒にふざけあっていた幼少期を懐かしく思い返すくらいには仲が良い。

国王は、王子たちやゲストの様子を盗み見ながら、これから起こるハプニングに彼らがどんな顔をするかが見物だなと、こっそり笑みを漏らした。

 * * *

宴もたけなわというタイミングで、国王の耳に侍従長からある言葉が告げられた。
国王が無言でうなずくと同時に、侍従長は音楽隊へと合図を送る。

ホールに響き渡ったのは、勇者のパレード時にも演奏された曲。

貴族たちは、今夜のメインゲストの登場に胸躍らせた。
パーティ会場に来ていた、黒騎士のオッカケである上位貴族の少女とその母親も、試合後に初めて見る黒騎士の姿を待ちわびながら、ホール前方の壇上にある王族用入り口ドアに注目していた。

興奮していたのは、王子たちも同じだ。
あの試合を、あの龍を目の前で見せられて、意識しない者はいないだろう。

「あーあ、あのときリグル兄が止めなきゃ、僕も大金せしめてたのに」

1人リラックスして呟くクロルだが、名指しされたリグルも、他の兄弟たちも、それを構っている余裕はなかった。


第一王子エールの脳裏には、あの巨大な黄金の龍が鮮やかに蘇る。
魔術師ファースの力を誰よりも良く知っているからこそ、あの男を倒した黒騎士への畏怖は強かった。
王を守るための結界を強めながら、エールは黒騎士が現れるドアを凝視した。

第二王子リグルは、黒騎士の流れるような美しい剣さばきをイメージする。
うまく行けば、手合わせするチャンスが作れるかもしれないと、気分を高揚させてドアが開くのを待った。

魔力も武力も少ない第三王子クロルは、兄2人ほど黒騎士に興味は持てなかった。
自分が生まれる頃にこの国を出て行ったという、伝説の魔術師ファースへも、特別な感情は無い。
ただ普段と微妙に違う王の態度から、何か面白いことが起こるのかもしれないと感じ、氷の微笑を浮かべた。

王女ルリの心は、張り裂けんばかりだった。
もしかしたら、黒騎士が望むものは、自分の存在かもしれない。
優勝直後、こっちを見ていた気がするし。
彼に求婚されたらどうしよう……と、乙女な妄想で胸を高鳴らせていた。


「今大会の勇者、入場!」


侍従長の張りのある声で、勢い良くドアが開かれた。

 * * *

勇者を迎える演奏は、すでに終わっている。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、ホールは静まり返っていた。

ドアの向こうは薄暗く、15才にしては小柄な黒騎士の姿は、闇に隠れて見えない。
黒い服を着た人物が、少しずつ光の中へと歩んでくるのを、観客たちはもどかしい思いで見つめていた。

初めに声をあげたのは、王女であるルリ。


「え……ええーっ!」


慌てて手のひらで口元を押さえたが、もう遅い。
この場に侍女頭のデリスが居たら「姫様、なんとはしたない!」と睨まれるだろう失態。
エールがルリに注意しようと口を開きかけ……そのまま表情を固める。
リグルは、意味が分からず「え?女装?まさか?」と呟いた。

クロルだけは、王の意図を察し……淡いブラウンの瞳を好奇心にきらめかせた。


黒く柔らかな羽が散りばめられた、瀟洒なドレス。
広く開いたその胸元には、大粒のダイヤをあしらったネックレスが光る。
スレンダーな体に張り付くような光沢のある生地が、細い腰の位置から下はフワリと広がり床へ流れる。
短い髪は白い花の髪飾りでまとめられ、まるで長い髪を結い上げたように見える。

なにより際立つのは、透けるように白い肌。
雪の中に咲く一輪の花のように、紅をさされ艶めく唇。

誰一人、目を逸らせなかった。
頬をうっすらとピンク色に染めながら、うつむき瞳を伏せてゆっくりと会場に入ってきたのは、まぎれもない……美しい少女だった。
しかしその顔は、ここに居た全員が知るあの人物に他ならない。

少女は王の前まで歩むと、貴族たちを背にし、王へと向き合った。
深く一礼した後、スッと顔を上げ、ブルーの瞳を真っ直ぐ目の前の人物に向けた。


「本日は私のために、このような会を開いていただき、どうもありがとうございます」


鈴が鳴るような軽やかな声が、ホール全体に響いた。

遠目に見ていた黒騎士ファンの少女は、母のドレスの裾を強く掴み、ショックに気を失いそうになるのを必至で堪えた。
母親は、お気に入りの扇子を、パサリと床に落としたことにも気付かない。
他の貴族たちも、唖然として目の前の美少女を見つめている。


「ようこそ、勇者よ。本日はゆっくりとくつろぎ、愉しみたまえ!」


国王は、いたずらが成功した少年のように、声を上げて笑った。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
暗黒天使サラちゃん登場シーンでした。というか、この回は王子&姫の紹介がメインだったのですが、どんな感じか伝わったかしら。なんかもうキャラ増えすぎて……あー、どうしよ。もうちょい各キャラの描写入れようかと思ったけど、苦手……いや、展開スピード考えて、まあオイオイってことで。(そのうち誰か絵師さんと仲良くなって、キャライラストでも描いてもらいたいけど……今は空想力で補ってくださいまし……)今回の会話で、予選を見てたのが誰だったか分かりましたよね。仲良し設定なリグル&クロル君でした。妖精ルリ姫ちゃんは、妄想乙女……作者の思うとおりに動いてくれるナイスキャラです。ちょっぴり黒騎士に憧れてたのに残念。
次回、サラちゃんの正体ドーン!お願いエイッ!そんで……またみんなビックリージャンボな展開になる予定です。もちろんサラちゃんは覚悟してる、例の話ね。

第三章(2)王の策略

第三章 王位継承


 王の隣に用意された席に座ったサラは、次々と話しかけてくる貴族たちに笑顔で対応していた。
 縦一列、ずらりと並んだ貴族たちの先頭に立った人物の台詞は、ほぼ決まってこの一言。

「まさかあの黒騎士が、このような美しい女性だったとは!」

 サラが、花の髪飾りを揺らせながら「ありがとうございます」と礼をすると、貴族たちは赤くなり口ごもってしまう。
 後ろに立つ順番待ちの貴族に背中をつつかれ、最後は強引に横にどかされると、また次の貴族から同じ台詞を聞かされる。
 サラは、再び笑顔で一礼。

 サラの口元にできたほうれい線は、深くなるばかりだ。

 * * *

 音楽隊が、蛍の光ポジションにあたるだろう切なげなメロディーを演奏する中、ようやく貴族たちは去った。
 名残惜しそうな表情で、サラの方を振り返りながら。
 一部、サラと顔見知りの人物は最後まで残り「黒騎士様、またお会いしましょう!」と、笑顔で手を振っていた。


 アレクに武道大会の観覧チケットをくれた、あの上位貴族の母娘が目の前に現れたとき、サラは内心動揺した。
 ずっと隠していた秘密がバレたのだ。
 特に、少女の方は自分を男として、あんなにも慕ってくれていたのに。
 嘘つきとなじられても仕方が無いと覚悟した。

 ところが、少女はサラの想像と逆のリアクションを取った。
 サラと目が合った瞬間、そのつぶらな瞳から涙をポロポロとこぼしたのだ。

 可愛らしい女の子の涙を見ると、サラにはあのスイッチが入るらしい。
 決勝後のリコにしたように、少女にごめんねと囁き、抱き寄せ、頬をこぼれ落ちる雫を唇で吸い取った。
 その行為後、顔をゆでダコのように真っ赤にしてふらつく少女を抱きとめた母親は、サラと我が子を交互に見つめながら楽しそうに笑った。

 そんなサラのフェミニストっぷりを、横目で見ていた王族たち。

 第一王子エールは、正真正銘女であると確認した上で、黒騎士への警戒をほんの少し緩めた。
 第二王子リグルは、全力での手合わせが難しくなったことに落胆し、肩を落としていた。
 第三王子クロルは、黒騎士の行動にへえとかふーんとか呟きつつ、貴族たちを観察している。
 王女ルリは、笑顔を維持しつつも、無残に砕け散った妄想の後始末に必死だった。


 貴族たちが去った後には、この国に仕える騎士、魔術師、文官たちの重鎮だけが数名ずつ残った。
 サラをこの会場へと案内した侍女頭デリスの指示で、貴族たちが退席していく僅か数分のうちに、ビュッフェ等の片づけが終わっていた。

 これから、約束の時間が始まるのだ。

 * * *

 王は椅子から立ち上がると、サラの正面へと歩いてきた。
 武道大会で見たとおり、いやそれ以上の威厳がある。
 王が一歩足を踏み出すたびに、穏やかだった空気が冷たく引き締まっていくようだ。

 砂漠の国で、病に伏せていたあの王とは、何もかもが違った。
 王の瞳の光や、鍛えられた体から発せられるオーラを見れば分かる。
 こんな人が守る国を、簡単に奪い取れるわけがないのだ。

 サラは胸に手を当てる。
 薄い生地が幾重にも重なりあうドレスの胸元に仕込んだあの書状。
 ようやく渡せるときがやってきた。

「では、勇者よ。汝の望みを告げよ」

 王は、サラの前に立ち、座ったままのサラと目線を合わせた。
 見下ろされる形になったサラは、鳶色の瞳に込められた力が強まったのを感じた。
 サラはごくりと息を飲んだ。

 礼儀作法など考えられぬままに立ち上がったサラは、胸元へと手を入れる。
 一瞬、魔術師と騎士がピクリと緊張したが、取り出されたものは武器ではなかった。
 保護の魔術がとっくに消え、よれてボロボロになった書状を、サラは王へと差し出した。

 王は何か考えるように、たくわえた口ひげを指でこすると、サラの差し出した書状を受け取った。
 やや乱暴にその書状を開き、目線を一瞬斜めに走らせ……

「なるほど。そういうことだったのか」

 呟いて、また笑い声をあげた。

 王子たちも、部下たちも、なにより王のすぐ斜め後ろに立つ美しい女性も、王の笑い声にもう何度目かの強い違和感を感じていた。
 彼らは、このような公の場で、王の笑顔など見たことが無かった。

 彼らにとって王とは、神と同等の存在。
 何よりも優先され、敬われ、畏怖されるのは、その雄々しさとこの国を支えてきた実績ゆえ。
 今見せる笑みも、くだけた口調も、彼らの神たる理想の国王像にひびを入れるものだった。
 今日は何かが起こる……そんな予感に、彼らは体を固くしていた。

 そして、次の王の台詞により、彼らの緊張は頂点に達する。


「砂漠の黒いダイヤか……確かに、その黒髪は宝石をも霞ませるな」


 王は、輝くサラの黒髪と、胸元の宝石を見比べながらうなずいた。
 サラは、その変なあだ名やめて欲しいと思いつつも、ようやく使命を果たせる時が来たのだと、心を引き締めた。
 砂漠の国の王宮で習ったとおり、ドレスの裾をつまみ、深々とお辞儀をした。


「私の名前は、ネルギ国王女サラ。トリウム国へ、和平の書状を届けに参りました」


 顔を上げたサラの表情は、気高く、そして凛々しく、まさにあの日の黒騎士そのものだった。

 * * *

 「黒……いや、サラ姫様、よろしければこちらをどうぞ」

 女装ならぬ男装解除させられたときから、なんだかんだ気を張っていたサラ。
 侍従長と名乗る老人から冷たい水が渡されると、一気に飲み干した。
 サラの一挙手一投足を見守っていた騎士や魔術師は、その行動にようやく緊張を解いた。

 やましい謀があるなら、きっとこちらから差し出された飲み物には、安易に口をつけない。
 実際、以前王城にたどり着いた和平の使者は、一切の食事や飲み物を「この国の食事は口に合わない」と拒否したのだ。
 試したはずの行為だったが、何も考えずに「お代わりくださいっ!」と満足げなサラを見て、周囲の人間は毒気を抜かれていた。

 その間に、書状は王の手から王子へ、そして文官長、騎士長、魔術師長へと回されていった。
 ネルギ国王の印と共に、サラの身柄を保証することと、和平交渉を望むことの2点が記されただけの簡単なものだ。
 なのに、1人1人がかなりの長時間、その書状を眺めていた。


 トリウム国王は、ようやく肩の荷が下りたサラを労うように、優しく声をかけてきた。
 2人並んで座っているのだから、小さな声でも構わないのだが、わざと国王は声を張り上げる。

「それにしても、砂漠の奥深くに隠されていると噂に聞いたなよやかな姫君は、このような勇ましい人物だったとはな」

 仲良くなろうとしてくれているように感じたサラは、少し砕けた口調で切り替えした。

「私もまさか、男装して武道大会に出場するだなんて、砂1粒も思いませんでしたよ」

 それどころか、今こんな不思議な世界でお姫様することになるなんてね……

 拗ねたようなサラの表情に、王はくすくすと笑う。
 自分が笑うたびに表情を凍らせる人物が、すぐ傍に控えていることには気付かずに。

「その衣装は、急ごしらえの割には良く似合っているな」
「そういえば、このドレスを用意してくださったのは国王だと伺いましたが……」

 サラは、胸元をふわふわと綿帽子のように包む黒い羽を指でつまみ、素晴らしいデザインだと改めて思った。
 もしも、ルリ姫の着ているドレスのような胸強調系のデザインだったら、悲しいことに「スクープ! 黒騎士、女装姿でパーティへ」と、週刊誌に取り上げられてしまったかもしれない。
 羽をいじりながら、ずっと聞きたかったことをサラは思い切って質問した。

「なぜ、私が男ではないと分かったのですか?」

 約3ヶ月もの間、あれだけの人数の前に露出して誰一人疑わなかった、完璧なサラの男装。
 気づいたのは、直接胸に触れた魔術師だけだったのに。

「それは……なんとなく、な」

 国王は、椅子の背もたれの向こう側に、ちらりと視線を送った。
 サラが身を乗り出して国王の視線の先を向くと、表情を強張らせていた側近の女性が、長い銀髪を耳にかけ、軽く会釈した。
 そのやり取りの意味が分からず、サラは首を傾げる。
 もしかしたら、あの美しい女性は特別な魔術が使えて、人の性別を判断できたりするのかもしれない。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 国王は、立ち上がった。
 手招きして呼び寄せたのは、近くでサラの様子を伺っていた、3人の王子と姫だった。

 * * *

 軽い挨拶だけは済ませていたのだが、こうしてフリートークするのは始めてだ。
 サラは、なんと言ったらよいか分からず、目の前に並んだ4人の姿を順番に見つめた。

 上の王子2人は、黒目黒髪。
 特に長男のエール王子は、魔術師だけあってその髪を長く伸ばし、今は皮ひもで一つに結わえてある。
 相手がサラに対する警戒心から、不審げに眉を寄せていることにも気付かず、少し前まで自分もあんな髪型だったなー、シャンプー楽だしもうロングに戻れないなーと、サラは懐かしく思った。

 次男のリグル王子は、他の王子たちと違い、健康そのものといった褐色の肌をしている。
 どことなくカリムに似た雰囲気を感じるのは、ストイックな武人のオーラ故か。
 エールと違って、二重まぶたのリグルの瞳は大きく見開かれ、間近で見る美しいサラの姿に釘付けになっている。
 サラは、リグルの半開きの口元からヨダレが零れ落ちそうなことに気付いたが、なんとかスルーした。

 三男のクロル王子と、ルリ姫は、茶目茶髪。
 クロル王子については、サラも噂を耳にしていたのですぐに分かった。
 「クロル王子と黒騎士、どちらが美少年か?」というバトルは、サラのファンクラブでは常に議論されていること。
 ついついライバル意識を燃やし「ああん?」とガン見してしまうサラに、クロル王子も冷ややかな視線を返してくる。

 ルリ姫は、やはり噂で聞くとおり、可憐な妖精そのもの。
 クロルと良く似た顔立ちではあるが、よりふっくらした女の子らしい顔つきで、やや目尻の下がった大きな瞳が印象的だった。
 思わず見とれたサラの脳裏に「なんでーこんなにぃーかわいいのかよー」という、ド演歌が流れかけ、サラは慌てて頭を振った。


 しばらく自発的な会話を待っていた王だったが、誰も一言も発しないため、業を煮やして話しかけた。

「ルリ、黒騎士が女で残念だったな」

 その台詞からワンテンポ遅れて、ルリ姫の顔がみるみる赤く染まっていった。
 「お父様のバカ!」と心の中で呟くも、絶対的な権力者である王にそんなことを言えるわけはなく、ルリはただ俯いて恥ずかしさに耐えることしかできなかった。

「エール、リグル、クロル。お前たちには、喜ばしい結果かもしれないぞ?」

 再び、いたずらを企む王は、ニヤリと笑うと、サラと王子たちを交互に見つめながら言った。
 サラが薄々覚悟していた、あの台詞を。


「和平にあたっては、1つ条件がある……それは、両国の王族が血を結ぶことだ」


 王を見つめ、呆然と立ち尽くす王子たち。
 何も聞かされていなかった側近たちも、衝撃を隠せずにざわつく。
 トリウム王は、ネルギ王族自身が来ない限り和平を進めないと突っぱねた理由を、あらためて説明した。

 もしもカナタ王子が来たなら、ルリ姫を。
 サラ姫が来たなら、3人の王子のうちの誰かを。


「和平は、サラ姫とここにいる王子、いずれかの婚姻を持って成立とする!」


 ひゅうっと小さく口笛を吹いた、1人余裕の第三王子クロル。
 他の王子2人、ルリ姫、そして覚悟していたはずのサラも、有無を言わせぬ王の宣告にただその鳶色の瞳を見つめることしかできなかった。

 * * *

 クロルは、偉大な国王の発言の裏にある意図を考えていた。
 サラ姫と彼女に選ばれた相手が、互いに好意を持ったなら、幸せな結婚になるだろう。
 しかし、和平のためだけに結婚という制度を利用するなら、それはサラ姫を人質としてこの国に留まらせるということだ。

 ま、僕には関係ないけどねと、クロルは仲良しごっこをしている2人の兄が争う姿をイメージし、ほくそえんだ。


「ああ、もう1人候補が居たな」


 まだ頭がうまく働かないサラの傍に寄った王。
 とまどいに揺れるサラのブルーの瞳を見つめ、フッと微笑んだ後、まるで一介の騎士のように跪くと、その白くやわらかな手の甲に口付けた。
 サラの脳裏に、カナタ王子の声が蘇る。


『右手への口付けは、忠誠と親愛を。左手への口付けは……』


 王は、固く分厚い武人の手で、サラの左手を強く握ったまま、上目遣いにサラを見上げた。


「この俺も、今は独り身だ。俺を選んでくれても良いぞ? サラ姫」


 母の予言には無い展開に、完全にパニックとなったサラ。
 手のひらといわず、全身の毛穴からドッと汗が吹き出てくる。
 餌を求める金魚のように、パクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返すものの、言葉が出てこない。

 言葉が出ないのは、王子や側近たちも同じだった。
 さすがのクロルも、今度ばかりは他の王子たちと同じように、固まっていた。

 そんな王子たちの表情を、面白そうに見つめる鳶色の瞳は、追加で爆弾を落とした。


「よし、サラ姫が選んだ相手を、この国の国王としよう!」


 俺を選んでくれれば、俺はもちろん嬉しい。
 王子たちを選んでも、俺は楽隠居できて嬉しい。

 立派なあごひげをしゃくりながら「一石二鳥だろう?」とささやいた国王は、英雄の名にふさわしい勇猛な笑みを浮かべていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 わーい。この物話で一番書きたかった殿方が、実は国王サマでした。ヒゲ&ダンディ!これ最強タッグだな。作者的には「ハイよろこんで!」って即答しちゃいたいくらいですが、そうは問屋が卸しません。サラちゃん、これから複数男子からの求愛攻撃に苦悩。しかし異世界召喚されていきなりこの展開になってたら、まさに正統派の逆ハーストーリーと呼べたんだけど……それだとアマすぎ夢物語すぎてなんだかなーと思うとこがあり、一章二章でサラちゃん頑張らせてみました。というか、三章は一瞬のご褒美タイムです。この先また波乱あるしね……。
 次回から、サラちゃん&王子たちの、もやサマ的ぶらり結婚相手探しの旅スタートです。ルリ姫だけは蚊帳の外でマコトにスイマメーンの巻。
※今回から、小説のルールブックにある”正しい書式”を意識してみました。過去の分もちまちま修正していく予定です。

第三章(3)王位を狙う者たち

第三章 王位継承


 王の宣言後、サラの立場は一気に変わった。
 ほんの1日ねぎらわれるだけの勇者から、未来の王妃へ。

 しかも、サラの選んだ相手が次期国王になるというのだから、王城中が上を下への大騒ぎだ。
 サラは自動的に、王城内に軟禁されることとなった。

 * * *

 ここは王城の再奥にある、いわゆる”後宮”にあたる場所。
 男子禁制の、完璧な女の園だ。
 国王には、妻である王妃どころか妾も居ないらしく、暮らしているのは女性魔術師や侍女ばかり。
 ルリ姫や、国王の側近である銀の髪の美女の部屋もある。

 サラは、特別なゲストが泊まる客室に落ち着いていた。
 窮屈なドレス、つま先の痛い細身の靴、お姫様メイクにヘアアレンジ。
 あのパーティから3日連続でそんな格好をさせられ、後宮に閉じ込められている。

 苛立ちを募らせたサラは、そっとドアを開いた。
 首から上だけ出して左右を確認すると、廊下へと身を滑らせる。

 左右に広がったワインレッドの絨毯。
 どちらが城門方面だったかなと、サラがきょろきょろ首を動かしたとき。

「サラ姫様?」

 廊下の角から、お茶の乗ったワゴンを押してやってきたのは、侍女頭のデリスだった。
 ワゴンの車輪をガラガラと鳴らして駆け寄ってきたデリスに、サラはばつが悪そうに口を尖らせて言った。

「あの、私……一度領主館に戻らせて」
「いけません」

 サラの部屋に出入りできるのは、限られた人物のみ。
 若い侍女は入れ替えられ、顔を見せるのは古参の侍女ばかりになった。
 特に侍女頭のデリスは、サラが王妃となるまでの身の回りの世話……という名の、王妃教育に乗り出したようだ。

「でも、私の仲間たちが心配し」
「ご心配なく」

 今日のデリスは、いつもはかけないメガネ付き。
 サラの台詞を最後まで言わせず、曇り一つ無いメガネをギラリと光らせる。
 小柄な老女のくせに、この威厳は一体何なんだろう。
 武道大会のライバル以上のプレッシャーだ。

 他の侍女から噂に聞いたところによると、国王の企みを事前に知っていたのは、このデリスだけだったという。
 それは、単なる侍女頭というだけではなく、この国を動かす影の実力者ということだ。

「じゃあ、リコ……私の連れてきた、ネルギ王宮の侍女だけは呼び寄せ」
「いいでしょう」

 サラは、一瞬否定されたかと思い「あれ?」と小首を傾げた。
 見下ろしたデリスの表情は、少し和らいでいた。

「すでに自治区領主様には、その旨伝えてあります。今日中にも侍女は到着するでしょう」

 サラには、デリスがちゃんと血の通った人間だったことに気づき、パアッと表情を明るくした。
 サラは思わずデリスに抱きつこうとしたが、素早い身のこなしでするりとかわされてしまった。

「サラ姫様。あなたは日ごろから行動が開放的過ぎるようですね。これから徹底的に……」

 サラは、再び冷酷な教育者の表情に変わったデリスに、一歩後退った。
 そのとき、慣れないヒールでドレスの裾を踏んづけ、ぐらりと後方へ体が傾いた。

「サラ姫様っ!」

 倒れつつも、サラは冷静に考えた。
 大丈夫、倒れたところでフッカフカの絨毯の上だし。


『フカッ……』


 ほらね、こんなにやわらかい……。

 やわらか……。

 ん?


「サラ姫様、あなた何をしてらっしゃるの?」


 サラを受け止めたのは、ルリ姫の豊かな胸だった。

 * * *

 サラの部屋に初めてやってきたルリ姫は、部屋の中をぐるりと見回して「狭いし、何も無い部屋ね」と言った。
 2人分お茶の用意をすると、デリスはあっさり下がってしまった。
 サラから見ると、広すぎて落ち着かない一流ホテルスイート並の部屋に、感じの悪いルリ姫と2人きり。

 妖精ルリ姫は、いつも淡い色の華やかなドレスを好むようだ。
 黒でシンプルなドレスが並んだサラ用のクローゼットを勝手に開けて「あなたって、ずいぶん陰気な色を好むのね」と呟く。

 それを用意したのは国王ですよとサラは言いかけ、とっさに口を噤んだ。
 この国では、国王は神と同等。
 国王のことを貶めるような発言は禁句と、初日の夜にデリスから何度も何度も言われていた。


 一通り室内チェックを終えたところで、ルリ姫はサラの座るテーブルの対面に腰掛けた。
 ルリ姫が歩く姿は、百合の花のようだ。

「ところで、サラ姫」
「はい……なんでしょう?」

 まだ湯気の立つティーカップを摘んだ指の細さ、美しく磨かれた爪に、サラはうっとりと見とれる。
 ちょっと真似して、優雅にお茶を飲む振りをしたサラだが、自分の手はまだまだ戦う者の手。
 全体的には細身なものの、関節がごつごつと太く、固くなった手の豆も目立つ。

 でも、この指を、あの人は好きだと言ってくれた……。

 サラが懐かしむように微笑んで、紅茶を口に含んだとき。


「それにしても……お父様は、幼女趣味なのかしら?」


 ルリ姫の言葉に、サラは口の中の茶を思い切り噴出した。
 お茶がドレスの裾にかかり、悲鳴を上げるルリ姫に、サラはゲホゲホとむせ返りながらゴメンナサイと言った。

 * * *

 デリスが飛んできて、簡単に染み抜きしてから……またルリ姫と2人きり。
 先ほどより何倍も気まずい気持ちで、サラは淹れなおしてもらった紅茶をすする。
 飲んでも飲んでも、喉が渇いて仕方ない。

 ルリ姫は、明らかに不機嫌な表情だ。
 そんな顔も可愛らしいと思えてしまう。

「まったく、あの黒騎士様がこんな失礼な小娘だなんて……信じられないわっ!」

 サラは、もう何度目かのゴメンナサイを繰り返した。
 なんなら今すぐにでもこのドレスを脱いで、クロゼットにしまってある着慣れた戦闘服に着替えて、この城を出てもかまわないのだが。
 しかし、まだバリトン騎士から黒剣を返してもらっていないので、城を出るに出られない。

 もしかしたら、黒剣は人質……モノ質にされているのかも。

「黒騎士様ならって、少し思っちゃった自分がバカみたい……」

 眉間にシワを寄せながら、ぶつぶつと独り言を呟いていたルリ姫は、残った紅茶をぐいっと飲み干すと、立ち上がってサラに指を突きつけた。

「とにかく、私はあなたがお父様と結婚するのは反対! ついでに、リグル兄さまもダメ!」

 サラは、ルリ姫の剣幕に驚きつつも、言われた内容を咀嚼する。
 ルリ姫は、王と第二王子のリグル様が好きなんだな。
 なんだか素直で可愛い人だ。

 サラより1つ年上の16才というルリ姫は、神秘的な見た目と違って中身はとても女の子らしい。
 一気に身近に感じたサラは、うんうんと孫を見守るおばあちゃんのようにうなずいた。

「ルリ姫は、お二人が好きなのね?」

 サラの言葉に、ルリ姫は白い頬を染める。

「そうよっ、2人は絶対にダメ! でも、エール兄様にはずっと昔から婚約者がいらっしゃるの。クロルはまだ13才よ。成人するまでは結婚できない。それ以前に、クロルは国王なんてめんどくさいポジションに興味がないの。だから、あなたには相手がいないということになるわねっ。王妃の座は諦めて、とっとと国へ帰ってちょうだい!」

 一気にまくし立てると、強気に微笑んだルリ姫。
 次の瞬間には、大きな瞳を見開いて「少し……言い過ぎたかしら?」とか細い声で続ける。

「でも、私は謝らないから!」

 ちょっと涙目で頬をぷくっと膨らませたルリ姫が、あまりにも可愛らしくて。
 サラには、あのスイッチが入ってしまった。

「では、ルリ姫。あなたが私の国へ来てくれますか?」

 ルリ姫の前に跪き、その小さな左手を取ったサラは、当たり前のようにその手の甲に口付けた。
 初めて受けた求婚の口付けに、高鳴る鼓動。
 めまいを起こしかけたルリ姫を真っ直ぐ見上げるのは、きらめくブルーの瞳。

 まるで、あの日の黒騎士がここに居るようだった。
 とてつもなく強いあの魔術師を倒し、流れる汗をぬぐいながら、自分のことを見据えた彼が。

 二人は、しばらく姫と騎士として見詰め合っていた。
 サラがルリ姫の手を離すと同時に、耳の先まで真っ赤になったルリ姫は、絨毯の上にペタリと座り込んだ。

 * * *

 サラはまた1人、少女をたぶらかしてしまったらしい。
 言いたいことを言い、部屋を出ていくかに思えたルリ姫は、本格的にサラの部屋に居座った。

「別に、あなたのこと嫌いとか、追い出したいわけじゃないのよっ。誤解しないでよねっ!」

 自ら紅茶のお代わりを注ぐルリの頬は、少しピンクに染まったままだ。
 なんだかだんだん、この王女が逞しく見えてきた。
 サラは、お茶を一口飲むと、その芳醇な香りに驚き「とても美味しいです」と微笑んだ。

 サラの視線を避けるようにうつむいたルリ姫は「そりゃ、お茶はずっと私が淹れる担当だったんだから……」と、怒ったような口調で呟く。
 その返事に違和感をもったサラは、尋ねた。

「王女様が、お茶を淹れられる担当なのですか?」

 花嫁教育の一環なのだろうか?
 不思議そうなサラの表情を見て、ルリ姫はようやく平静を取り戻したようだ。

「あなた、この国の王族について、何も知らないのね?」

 サラが素直にうなずくと、ルリ姫は「じゃあ教えてあげるわ」と、高飛車に言い放った。


「もともとお父様……国王は、ずっと独身なの。なぜか結婚されなくて。私も含めて王位継承者は皆、王の姉の子ども。私の本当のお父様は、普通の貴族なのよ」

 ルリ姫が語ってくれた話は、サラの知らないことばかりだった。

 国王の姉である王女は、恋仲になった一般貴族の男性へ嫁いで、3人の男の子と1人の女の子を産んだ。
 その貴族は、ちょうど国境エリアを所有地としていたことが悲劇となった。
 クロル王子が産まれた年に、父親は戦死。
 4人の幼い子どもを抱えた王女は、王城へ戻ってきたものの、しばらくして不慮の事故で亡くなってしまった。

 それから数年かけて、国王は側近たちを説得し、4人の子どもを自分の養子とした。
 正式な王位継承者として教育がスタートしたのが、第一王子エールの成人直前。
 ルリ姫が8才になる頃だったという。

 黒髪の父の血を強く受け継いだ兄2人は、魔力と武力を。
 栗色の髪の母に似た妹と弟は、知恵と美貌を。

 それぞれ才能と魅力を兼ね備えた4人は、徐々に王城内の反対派の心を溶かしていった。

「今まで、王位を継ぐのはエールお兄様というのが、暗黙の了解だったの」

 15才の成人を迎えたときから、警護をするという名目で王の傍へ寄り添い、帝王学を学んできた長兄。
 しかし、国王はまだ充分若く、この先実子をもうけないとも限らない。
 穏やかなように見える王城内は、次期国王の座を巡り、いくつかの派閥へと分かれたという。


 まずは、高齢の侍従長を筆頭とした、国王派。
 侍従長は、国王になんとか結婚してもらおうとさまざまな策を練ってきたが、すべて失敗に終わったらしい。
 特にこの数年は、国王の側近であり”月巫女”と呼ばれる銀の髪の女性との仲を取り持とうと画策してきたそうだ。

 第一王子エールを押すのは、魔術師団。
 現在、魔術師長の娘が、エールの婚約者におさまっている。
 魔術師長は、国王が引退するタイミングで自分の娘をエールと結婚させ、王妃とする腹づもりだ。

 第二王子リグルを押すのは、騎士団。
 しかし、第二王子は「エール兄を次期国王に」と公言しているため、表立った活動はできていない。
 誰にでも気さくに接するリグルは、国民や王城内のファンも多いので、騎士団はきっかけさえあれば彼を担ごうと狙っている。

 第三王子クロルを押すのは、文官庁。
 まだ成人前ながら、恐ろしい知略を用いてネルギ軍を撃退していくクロルに、誰もが心酔している。
 若い頃の国王に容姿が似ていることもあり、2年後の成人を待ちかねるている人間も多いという。

 * * *

 一通り説明し終えたルリ姫は、ふっと吐息をつき、冷めかけたお茶を飲んだ。

「なんて、けっこうドロドロした状況なんだけれど、私たちはそれなりに仲が良いのよ? 定期的にお茶会もしているしね」

 頭の中で話を整理していたサラは、慈しむような瞳でルリ姫を見つめた。
 なんとなく、彼女のポジションが分かったから。

「ルリ姫……あなたはずっと王子たちの間に入って、気を使ってこられたのですね?」

 父の死とともに王族となったルリ姫が、なぜお茶汲みを続けてきたのか。
 それは、3人の兄弟をお茶に誘うためだったのだろう。
 王位継承者となっても、兄弟が1つの椅子をめぐり憎しみ合うことがないように。

「そっ……そんなこと、私は考えてなかったわよっ! ただ、みんなが私にひどいことを言うから……」

 ルリ姫だけは、女だから要らない。
 早く大陸へ嫁いだ方がいい。
 あの森が、これ以上増殖する前に。

 心無い声を思い出し、悔し涙を滲ませたルリ姫の肩を、サラはそっと抱き寄せた。

 王城にいれば、優雅に楽しく暮らせるなんて嘘だ。
 ルリ姫の味方は、残された兄弟だけだった。
 だから、争って欲しくなかったのだろう。

 サラの胸にもたれかかったルリ姫は、夢見るような表情でささやく。

「お父様が、ルリに”大陸へは行かないでいい”って、言ってくださったの……」

 自分もワガママを言って、結婚していないのだからと。
 いずれ好きな男を見つけるまで、いくらでもここに居たらいいと。
 大陸から届いた”妖精”を所望する手紙を、すべて捨ててくれた。

「あとね、リグル兄さまが、いつもルリを守ってくれたのよ」

 無意識に自分をルリと名前で呼ぶルリ姫は、無垢な少女そのものだった。
 その背にサラの温かい手のひらを感じ、ルリ姫はいつしか自分の胸のうちをすべてサラに吐き出していた。

「だから私、決めてるの。絶対にリグル兄さまみたいな強くて優しい人と結婚するって」

 この世界では、ちょうど結婚適齢期を迎えているルリ姫。
 先日の武道大会を、誰よりも胸ときめかせて見守っていたらしい。

「もしもあなたが男だったら……ううん。リグル兄さまとはタイプが違い過ぎるわね」

 少し泣いてしまったことをごまかすように、照れ笑いしたルリ姫は、サラが見てもドキドキするような可愛らしさで。
 この笑顔を向けられては、どんな男でもイチコロなのではないだろうか。


 そう、例えばあのカタブツな男でも……。


 サラの頭に、リグル王子に雰囲気の似た1人の剣士の姿が浮かんだが、それは無いかと慌てて打ち消した。

 * * *

 その頃、領主館の道場では、訓練を終えたカリムが「ヘクチッ!」と大きなくしゃみをした。

 カリムは、寂しがったサラが自分のことを思い出しているのかもしれないと、ポジティブな勘違いで1人胸を熱くしていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 サラちゃん、ちょいツンデレなルリ姫とのラブラブタイムでした。この回のテーマは、王城内のどろどろ派閥説明……あーめんどくせ。もういいじゃん、じゃんけんで決めればさー。と、王様も思ってサラちゃんに放り投げたのかも。この状況でサラが決定権を持ったら、誰がどう出るかもう分かりますよね? あっちこっちで持ち上げたり足ひっぱったり、権力拡大を狙う側近たちも大変です。王子たちもなかなか難しい立場になりそう。妄想中のカリム君が一番幸せってことで。あ、サラの元に移動中のリコが一番幸せかな?
 次回から、本格的トキメモ始まります。まずは誰のところへ行こうかな~。一番落としにくそうなアイツにするかなっ。(←ゲームくりえ痛ー)

第三章(4)クロル王子の隠れ家

第三章 王位継承


 すっかり打ち解けたルリ姫がサラの部屋を出た直後、リコが到着した。
 お昼前には王城へ着いていたものの、女性魔術師から念入りに身体チェックを受けたため、遅くなってしまったそうだ。

 2日ぶりの再開を喜ぶリコだったが、サラの待遇や男装解除の理由を聞くと、一気に顔色を青ざめさせた。

「サラ様、結婚と言われても、あなたは異界の……その前に、あの盗賊の……ええっ?」

 混乱して目を白黒させながらサラを見上げたリコに、サラは疲れたような諦めの笑顔を見せた。
 リコに少し相談できるかと思ったが、すぐにデリスがやってきて「リコ殿、あなたには早速やっていただく仕事があります」と告げ、有無を言わせず引きずっていった。

 リコの部屋は、デリスの部屋の隣となったそうだ。
 これから厳しい”王妃付き侍女”の訓練が待っているだろう。
 サラは、自分にも厳しい王妃教育が待っていることを忘れ、合掌した。

 * * *

 食事も含めすべてを後宮エリアで行っていたサラに、王城内を自由に出歩く許可が出たのは、リコが到着した翌日だった。
 午前中とお昼は、デリス直々の王妃教育に当てられるのだが、午後~夜は好きなように過ごしても良いとのこと。
 サラは、どこか腑に落ちないような、誰かに踊らされているような感じがしつつも、与えられた自由にとりあえず喜んだ。

 手回しが良いことに、サラにはお目付け役があてがわれた。
 堅苦しいテーブルマナー授業付きのランチが終わった後、デリスが連れてきたのは、グレーのローブをまとった魔術師の女性。

「後宮を除いた王城内の散策には、この者が付き添います」

 ややくすんだブロンドヘアを持つ、サラより少し年上の落ち着いた女性だった。
 リコと同じく、この王城に勤める魔術師では、一番力が強いという理由で選ばれたそうだ。

「私はコーティと申します。サラ姫様、どうぞよろしくお願いいたします」

 昨日長時間ルリ姫を見ていたサラだったが、コーティのことも別の意味で美しい人だと思った。
 全体的にパーツが薄く、すっきりとした知的な顔立ち。
 控えめな笑みは儚げながらも、笑うと頬に浮かぶえくぼがかわいらしく、親しみやすい雰囲気がにじみ出る。

「よろしくね、コーティ。早速だけれど、どこか面白いところへ連れて行ってくれない?」

 サラの、ある意味姫らしくないくだけた態度にコーティは戸惑ったようだが、すぐに「では、良いところがございます」と言った。
 魔力が強いだけでなく、頭も良い女性なのかもしれないと、サラはコーティのことを好ましく思った。


 長い廊下を歩きながら、コーティは自己紹介をしてきた。

「実は私も、この王城に仕えるようになってまだ日が浅いのです」

 市井で家事手伝いをして暮らしてきたものの、大人になってから魔力に目覚め、王城に魔術師として正式採用されたのはほんの数ヶ月前のこと。

「ずいぶん前に父と兄が亡くなり、その後は体の弱い母を介護してきたのですが、先日その母も亡くなってしまって……住み込みで働ける仕事を探していたので、こうして国に雇ってもらえて助かりました」

 サラは、淡々と語るコーティを横目で見た。
 女性にしては背が高く、サラと目線はほとんど変わらないが、そのときのコーティはなんだかとても小さくか弱い少女のように見えた。

 介護というものは、半端なく大変らしいという知識だけはある。
 いろいろなことを犠牲にしなければならないとも。
 そこまで大事にしてきた家族が亡くなってしまったということは、どんなにショックな出来事だろうか。
 しかも、家族が誰もいなくなってしまったなんて。

 サラの目に映るコーティは、病的なほどに痩せて見えた。
 魔術師の定番であるローブが、体の上でだぶついて、ひらひらと揺れている。
 辛い思いを抱えているのかもしれないとサラは思ったが、深い話に入る前に目的地へ到着してしまった。

「ここが、私の一番好きな場所なんです」

 元々方向音痴のサラは、随分遠くへ歩いて来たということしか分からなかった。
 気づけば、ヒールの踵が引っかかる毛足の長い絨毯エリアから、コツリと足音が響く石畳の塔へと進んでいた。
 人の腕力では微動だにしないだろう、両開きの大きなドアが、コーティの魔術によってで開かれる。

「うわあ……すごい!」

 足を踏み入れたサラは、広い空を見上げるように顔をあげ、感嘆の声をあげた。
 中央が吹き抜けとなった塔の中は、上から下まで全ての壁が、本で埋め尽くされていた。

「ここがトリウム国の、大図書館です」

 本好きのサラは驚喜したが、その直後文字の読めない自分にあらためて気づき、肩を落とした。

 * * *

 5階建ての塔は、一番広い1階が一般書置き場だ。
 月の半分は、市民にも開放される。
 今日は開放日ではないので、人気はほとんど無く静かだった。

 2階以上は、貴族しか手に取ることのできない専門書が並んでいる。
 そして最上階の5階は、王族でもめったに入ることのできない場所。
 魔術師数人がかりの、強い結界魔術で遮られているという。

 サラは「子ども向けに書かれたトリウムの歴史書を読みたい」とリクエストし、コーティに本を何冊か選んでもらった。
 できれば『マンガ・トリウムの歴史シリーズ』みたいなので、ルビ入りの本があれば良いのだけれど……。
 しかし、コーティが持ってきたのは、すべてサラの読めない記号入りの本。
 この世界に、石ノ森章太郎先生は居ないらしい。

 ひらがなしか読めないことを言いそびれ、ちょっと恥ずかしく思ったサラは「やっぱり自分で探してみるね」と、コーティから離れた。

 たまたま調べ物に来ていた貴族が、サラの姿を見てバサリと本を落とすが、サラは気にせずうろうろした。
 カラフルな背表紙の薄い本が並ぶ棚を見つけると、小さな子どもでも届くくらい低い位置にある本を適当に抜いてみた。


『たいようとつき』


 その本は、童話のようだった。
 女神の涙の伝説を思い出したサラは、これにしようと決めた。

 ちょうど肩を叩かれたので、コーティが来たのかと笑顔で振り向くと……。


「こんなところで何してるのかな? 黒騎士サマ」


 そこに居たのは、サラのライバル。
 ルリ姫に似ているけれど、もっともっと嫌味な表情を浮かべた、第三王子クロルだった。

 * * *

 長い階段を昇り、クロルに強引に連れてこられたのは、図書館4階の休憩室。
 といっても、一般市民はもちろん貴族も入ることができない、王族専用の部屋だ。
 特別な呪文を呟いて鍵を開け、部屋にサラを招き入れたクロルは「僕の隠れ家へようこそ」と言った。

 隠れ家の中は、4畳半程度の狭さだった。
 この部屋を作らせたのは僕なんだよと、少年は自慢する。

 黙っているだけで怒っているようにも見える、サラより2つ年下のくせに態度のでかい王子。
 何をしゃべらせても嫌味と自慢にしか聴こえないのは、サラがそういうレッテルを貼ってしまっているせいだろうか?

 小さなテーブルと、折り畳み椅子を2つ並べると、クロル王子はサラに座るよう促した。
 テーブルセットを並べると、もうスペースはいっぱいになる。

 部屋の端には簡易ベッドが置いてあり、枕元にはふせられた本が1冊。
 壁際の小さな棚にはオヤツがぎっしり。
 確かにこの隠れ家は、狭いながらも居心地がいい。

「ちょうど、黒騎士サマと話したいと思ってたんだよね」

 嬉しそうな笑顔だが、どうも作り笑いにしか見えないクロル王子。
 さっきの台詞を聞いてしまったせいだろうか。

 この部屋に着いていくことは許されないと察したコーティは、あっさり「一階入り口でお待ちしていますね」と告げて去っていった。
 クロルは、コーティの後姿を見送りながら言った。

「ふーん。バカばっかりの魔術師にも、多少は気が利くヤツがいたんだな」

 ルリ姫と同じ薄茶色の瞳を細めたクロルは、ツンとすました洋猫のようだ。
 サラは「もしこいつが猫なら、きっと缶詰タイプの餌しか食べないだろうな」と思った。


 クロルは、魔術で水を呼び、炎でお湯を沸かすと、サラに紅茶を淹れてくれた。
 ルリ姫の淹れてくれたものよりは味が落ちるものの、紙コップで飲む紅茶もそれなりに美味しく感じる。

 ふーふーと息を吹き、美味しそうにお茶をすするサラをまじまじと見つめながら、クロルは呟いた。


「まさか、父様が幼女趣味だとは思わなかったよ」


 サラは、昨日の教訓を活かせなかった。

 口に含んだ紅茶を噴出したサラは、小さなテーブル越しのクロルに、思いっきりしぶきを浴びせていた。

 * * *

 サラは、年上だという理由では補いきれないアドバンテージを与えてしまった。
 むっつりと黙り込むクロルに、謝って、なだめて、褒めそやして……土下座寸前でなんとか許してもらった。

「こんな変な女、俺は絶対”お母さま”なんて呼ばないからなっ」

 サラは、スイマセンと呟いて頭を下げた。
 少ない魔力を使って、クロルはもう一度お茶を淹れなおしてくれた。
 口は悪いが、態度は意外と優しい。

「あっ、あとリグル兄にも近づくなよ! 兄さんの相手は僕が見つけるんだからね」

 なんだか昨日とそっくりな展開だなと、サラは内心おかしく思った。

「クロル王子は、お二人が好きなのね?」
「当たり前。あ、でもエール兄も無駄だよ」

 それは、婚約者がいるから。
 昨日、ルリ姫はサラにそう説明したのだが、クロルは違った。

「あの陰険魔術師オヤジが、自分の娘王妃にして、あわよくば自分の孫を国王にしようなんて身の丈完全オーバーな野望抱いてる限りね」

 サラは驚いて、目を見開く。
 昨夜、ベッドの中でサラが推測していたことを、クロルはあっさり告げた。

「ああ、僕が言いたかったのは、さっき一緒に居たあの女も信用ならないってこと。この城の魔術師は全員、黒騎士サマを殺すつもりだと思った方がいいよ?」

 サラは、ぽかーんと口を開けてクロルを見た。
 アホヅラ……と、クロルは内心呆れた。

 決勝トーナメントの黒騎士は、クロルも少し認めるくらいはかっこよかった。
 それ以前に、予選でひと目見たときから、自分はこいつを認めていたんだ。
 さすがに女だとは思わなかったけれど。
 このドレス姿も、男の女装にしか見えないしね。

 クロルがかなり失礼なことを考えている間に、サラは気を取り直した。
 口を引き結び、クロルをブルーの瞳でじっと見据える。
 その表情は、姉のルリをも超えるほどの、鮮烈な美しさだ。
 先ほどまでのアホヅラとのギャップは激しく、クロルは一瞬サラに心を奪われた。

 サラは、パチパチと瞬きをした後、極上の笑みを浮かべた。


「クロル王子って……私の好きなタイプ!」


 その笑顔をしっかり見てしまったクロルは、とっさに目を逸らした。

 心臓の音を、やけにうるさく感じながら。

 * * *

 クロルの性格は、初恋相手の馬場先生に似ている。
 毒舌で皮肉たっぷりだけれど、絶対に嘘はつかない。

「言いにくいこと言ってくれて、ありがとね!」

 不都合な事実を隠そうとする人物が、一番やっかいだ。
 例えば、サラが小学生の頃クラスでいじめられていたときに「先生には言わない方がいいよ」と止めた女子とか。

 問題を無視したり、うやむやにごまかす人間は、何事にも直球なサラとは対角のポジションにあった。
 そんなタイプと同じ組織に入れられれば、ぶつかるのも当たり前だ。
 しかし、その手の輩は「べつに」と何事もない振りをして、表面上の平穏を求める。
 その間に、問題はどんどん進行していくというのに。

 そうだ、今だって問題は確実に進んでいるのだ。
 クロル王子に指摘してもらってよかった。

「クロル王子は、私が誰とも結婚せずに、和平が成り立つと思う?」

 それは、クロルにとっても難しい質問だった。
 クロルが唯一”考えが読めない”と恐れているのが、父王だったから。

「分からないけれど、相当難しいと思うよ。父様が一度言ったことを覆すってほとんど無いから」
「じゃあ、私は誰かと結婚するしかないってことね……正直、誰が相応しいと思う?」

 サラの瞳は、真剣そのものだ。
 このことは、昨夜どんなに考えても答えが出なかった。

 もし国王を選んだら、一番波風は立たないのかもしれない。
 しかし、サラが求めるのは結婚相手ではなく、共犯者だ。
 形だけの結婚をして、和平を成し遂げて、その後サラを解放してくれる人。

 偽装結婚を承諾してくれる相手は、一体誰なのか。
 あの切れ者な国王に、とうていそんな提案が通るとは思えない。

 第一王子エールは、一番王位に近い存在。
 王になりたいという気持ちもあり、婚約者がいるという事実から、サラの提案に乗ってくれるような気もしていた。
 しかし、すでにサラを敵視しているだろう魔術師たちのことを考えると、エールに近づくのはハードルが高そうだ。

 第二王子リグルは、優しい性格という噂だし、サラの頼みを聞いてくれるかもしれない。
 だが、優しい性格ならなおさら、一時でも兄から王位を奪うようなことをするだろうか。

 この目の前のクロルなら、もしかしたら一番話が早いかもしれない。
 でも、彼はまだ13才だ。
 和平が正式に成立するまで、2年待たなければならない。

 あの予言を覆すなら、今がチャンスだ。
 仮でもいいから、一刻も早く和平を成立させたい。
 いっそ、王子たち全員に本音を伝えて、協力を仰いでみようか。

 サラが、自分の考えにのめり込みそうになったとき、クロルがポツリと言った。

「一番国王に相応しいのは……リグル兄だ」

 整ったクロルの表情が、苦しげに歪められた。
 その表情に、クロルの本音が垣間見えた気がした。

「エール兄は、魔術師の手先だ。信用できない。リグル兄は信用できる」

 サラは、テーブルの上で固く握られたクロルの手をとった。
 一瞬泣きそうな顔で、サラを見上げたクロル。
 力の入ったその華奢な指を、豆だらけの指で1本ずつほぐしていく。

 指がほどけて力の抜けたクロルの頭に、サラは手を伸ばした。
 その細く柔らかい薄茶色の髪に触れ、やさしく撫でる。
 やめろと反発するかと思ったクロルは、猫のように目を細め大人しく撫でられていた。

「クロル王子は、とても良い子だね」

 本当は、エール王子のことも好きなんだ。
 本当は、自分の力でこの状況をなんとかしたいんだね。

 王になりたい、エール王子。
 王にさせたい、魔術師たち。

 魔術師を警戒するクロル王子の判断は、なんとなく正しいような気がする。
 このままでは、確実にエール王子とクロル王子は対立するだろう。
 そうなったら、ルリ姫の努力が水の泡になってしまう……。

 とにかく一度、エール王子と会ってみた方がいいかもしれない。

「いろいろ教えてくれてありがとう。私、エール王子と話してみるね」

 サラが笑って立ち上がると、クロル王子は慌てて引き止めた。

「あの、待ってサラ姫!」
「なに?」

 サラの黒いドレスの袖を掴んだクロルは、出会った当初の強気な表情を取り戻していた。

「魔術師のほかにも、注意すべき相手がいる」

 クロルの言葉は刃となり、サラの胸を貫いた。


『この王城には、魔女がいるんだ』


 呆然と立ち尽くしたサラのドレスを離すと、クロルは「国王に近づくときは、呪われないように気をつけて」と皮肉げな笑みを浮かべ、じゃあまたねと立ち去った。

 しばらく隠れ家で佇んでいたサラは、パシンと両手で頬を叩くと、入り口で待つコーティの元へ向かった。

 テーブルの上には『たいようとつき』の絵本が残された。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 サラちゃんとクロル王子のラブラブ図書館デート……というより、商人&悪代官デート? クロル君、皮肉屋だけど良い子です。賢すぎて大人をあまり信用できなくなっちゃったとこもアリ。本音と建前使い分けるタイプの人、作者も苦手。幸いサラちゃんは本音ダダ漏れタイプなので、クロル君もすんなりオープンマイハートしてしまいました。でもまだラブには1歩手前。コーティちゃんは、例の妹ちゃんですね。幸せに……と思ったら、なぜかスパイ活動中?魔女っ子ネタもちらっと出てきましたが、またこの辺はおいおい。
 次回、サラちゃん2人目のエール王子とデート。こいつもかなり捻くれてて手ごわいタイプです。普通の女子なら……ですが。

第三章(5)エール王子を覆う影

第三章 王位継承


 図書館の壁にかけてある時計を見ると、夕食の時間まではまだ少し余裕があるようだ。
 エール王子と会えるなら、早めに会ってしまおう。

 サラは、図書館入り口近くの壁に寄りかかり、本を読みながら待っていたコーティに声をかけた。

「コーティ、お待たせ!」

 よほどその本に夢中になっていたのか、コーティはサラの声に飛び上がって驚いた後、恥ずかしそうに顔を赤らめながら本を背の後ろに隠した。
 その落ち着きの無い態度が今までとは違いすぎて、サラは気になった。

「ん? 何の本を読んでたの?」
「いえ……サラ姫様にお見せするようなものでは……」
「あっ、怪しいなあー。見せて見せて!」
「サラ姫様、これは、本当にちょっと……」

 いくら力の強い魔術師でも、黒騎士サラのスピードに勝てるわけがない。
 逃げようとするコーティの前に立ちふさがり、フェイントをかけて背中側にくるりと回りこんだサラは、その本の表紙を見て……一気に脱力した。

 コーティの指の間から見えたのは、サラの良く知る人物。

 非常にうさんくさい、その笑顔は……


「ゴメンナサイ、私……ファース様のファンなんですっ!」


 どうやら、転写イラスト集『魔術師ファースのすべて~レジェンド・オブ・ファース~』は、この図書館でも人気の1冊らしい。
 コーティは「決勝戦では、サラ姫様のこと応援できませんでした、申し訳ありません!」と、まったく必要の無い懺悔をした。

 * * *

 今向かっているのは、国王の居るフロアにある執務室。
 警備の騎士や魔術師に、いちいち微笑んで王女な会釈をしつつ、サラたちは進んだ。
 ファースのことをカミングアウトしたコーティは、何か吹っ切れたようだ。
 今までの控えめな態度とうってかわって、サラに積極的に話しかけてきた。

「あのファース様と”互角”に戦ったサラ姫様のことは、本当に尊敬しております」

 あくまでも、サラが勝利したということは認めたくない口ぶりだ。
 彼女も実は、大会に出場していたそうだ。
 残念ながら予選で敗退してしまったが、良い経験になったとコーティははにかんだ。

「予選の試合から、ファース様は他の参加者とは違いました。あの軽やかな身のこなしは天翔る神馬のごとく……」

 その後も延々と続くのは、いかに魔術師ファースが強くて、優しくて、カッコイイか……。
 サラが乙女の妄想でお腹いっぱいになった頃、2人は目的地に到着した。

「私はまた、こちらの廊下でお待ちしておりますね。お仕事中ですので、その点ご配慮くださいませ」

 サラはうなずくと、重厚なドアを開けた。
 すぐ近くには王の間があるこの部屋で、1人政務をこなしているのは、第一王子エールだ。
 風の魔術で、サラが来ることは知らされていたらしい。
 サラがひょっこり顔を覗かせると、エールは無表情ながら「どうぞ」と声をかけてきた。

 執務室と聞いて、サラはジュートの部屋を思い出していた。
 薄暗く雑然とモノが置かれた棚。
 大きなデスクに、うず高く積まれた書類。
 そのイメージは、エールの部屋でガラガラと崩れ去った。

「ずいぶん広くて、キレイな部屋ですねえ」

 きょろきょろと、好奇心いっぱいで明るい部屋の中を見渡すサラ。
 自分に与えられた客間よりひとまわり小さい程度の広さで、人1人が作業をするには充分なスペースだった。

 壁に並ぶのは、ファイルに閉じられ番号をふられた膨大な書類。
 デスクの上には、小さなファイルケースが置いてあるものの、その他には何も無い。
 デスクとは背の低いパーテーションで仕切られた向こうには、商談用スペースだろうか、ソファーとローテーブルが見える。
 窓辺に飾られた細身の一輪挿しと花も、シンプルでセンスが良い。

 ジュートの部屋と違って、隙が無い部屋だ。
 この部屋は、エール王子の性格を現しているのかもしれない。
 そうだとしたら……手強いかも。

 エールは、手にしていた羽ペンをデスクに転がすと、落ち着きのないサラにソファへ座るよう促した。
 ドレスのシワを気にしつつ、サラはソファに腰掛ける。
 エールが正面に座ると同時に、カップ&ソーサーがふわふわと飛んできて、サラとエール王子の前に舞い降りた。
 中には当然、熱々の紅茶が入っている。

 やっぱり魔術ってすごいと、サラは感動した。
 ナチルは「お食事やお茶は手を動かしてこそ心がこもるのです」と、サラの前でこの手の魔術らしい魔術を見せてくれなかったが、これぞ地球人サラの思い描く魔術だった。

「エール王子、スゴイです! お茶美味しいっ」

 ごくごく簡単な魔術に興奮するサラのことを、エールは軽く珍獣を見るような目つきで見つめた。

 * * *

 サラがお茶のお代わりをねだると、エールは軽く引き受けてくれた。
 その間、会話は一切無い。
 いつの間にかエールは、机の上に転がしたはずの羽ペンと書類を魔術で取り寄せ、サラにまるっきり気を使わずに、難しそうな表情でペンを走らせている。

 サラは、自分がこの人物からあまり好印象をもたれず、むしろ警戒されていることを感じていた。
 状況を打開するには、自分から話しかけなければならないが、いったい何を話せばよいやら。

 日本でよくやるように、お天気の話でもしてみるか。
 しかし、この国では暑さ寒さもあまり変わらず、時々雨が降る程度だし。
 突然「今日もこの国は良い天気ですね」と言ったところで、変人扱いされそうだ。

 頭を悩ませたサラは、1つ良いことに気が付いた。
 さっきお腹いっぱいにさせられた、あの話。

「あの、エール王子は、この国の筆頭魔術師と伺いましたが……」

 ようやく顔を上げたエールは、涼やかな一重瞼の瞳でサラを見つめた。
 長い黒髪の後れ毛が、はらりと頬に落ちる。
 クロル王子やルリ姫のように特別な美形でもなく、リグル王子のように愛嬌も無いけれど、なぜか惹きつけられる瞳だった。

 瞳の魅力は、リコやコーティ、そしてグレーの瞳の魔術師にも感じたもの。
 これが、力のある魔術師の証拠なのだろうか。
 だとしたら、ジュートの緑の瞳は……。

 ピンク色の思い出に浸りかけたサラは、目の前の射抜くような視線に背筋を伸ばす。

 そうだ。
 ぼんやりしている場合じゃない。

「私が対戦した魔術師ファースさんとは、面識があるんでしょうか?」

 どうやらサラは、地雷を踏んだらしい。
 エールはサラの言葉に、明らかに苛立ちの表情を浮かべた。

「サラ姫は、この国の魔術師のことを、何も知らないようですね」

 昨日から言われまくっている、その台詞。
 なんだかサラは、自分が単細胞生物のように思えてきた。
 サラが正直に「知りません、教えてください」と言って頭を下げると、エールは敬語を止めて言った。

「筆頭魔術師とは、指名制だ。彼は、俺の魔術の師だった。国民なら誰もが知っていることだ」

 言葉尻に滲む、ほんのりと温かい感情に気づき、サラはエールの瞳を見つめる。
 それはあのお別れの日、魔術師ファースに見た郷愁とも通ずる感情。
 もしかしたらこの2人は、相当仲が良かったのかもしれない。

 しかし、次の言葉でエールの雰囲気は180度変わった。

「だが……彼は俺を裏切った」

 ギリッと奥歯をかみ締める音が聞こえた気がした。

 * * *

 あまりにも苦しげなエールの声色に、サラは思わず尋ねていた。

「一体、何があったんですか?」
「それは、君には言えない」

 エールが、強い感情をあらわにしたのはその時だけ。
 その後は、サラの苦手な”うわっつらの笑顔”を貼り付けた人形のような顔に戻ってしまった。
 サラがどんなに話しかけても「さあ」とか「へえ」しか言わなくなり、最後は「そろそろ仕事に戻りたいんだが」と言った。

 サラは、仕方なく立ち上がった。

「また、会いに来ますよ……」

 社交辞令の才能が無いサラは、かなりネガティブな態度が出てしまったのかもしれない。
 しかし、それは仲良くなりたかったのに失敗したという意味の落胆だ。
 対して、エールから返って来たのは、サラ以上に社交性のカケラも無い言葉だった。

「もう来ないでいい」

 さすがにカチンと来たサラは、座ったままのエール王子を見下ろし、強気に睨みつけた。

「私と仲良くしなければ、あなたは国王になれないっていうのに?」
「君に頼らなくても国王にはなれるさ。君を追い出せばいい」

 サラには、エール王子の途切れた言葉の続きが聞こえた気がした。


 和平など要らない。
 ネルギを滅ぼすのは時間の問題だ。


 深く暗い影を落としたエールの瞳は、何か邪悪な魔物に取り付かれているように澱んでいる。
 サラは、エール王子の胸倉を掴み、強引に立ち上がらせた。
 あまりにも乱暴なその行為に、エール王子は瞳を見開き、サラを凝視した。

 背が高いエール王子を、今度はサラが見上げる番。
 クロル王子の専売特許である、美しく怜悧な笑みを浮かべながら、サラは告げた。

「あなたは、人が死ぬところを見たいの?」

 この人も、砂漠の王宮の国王と同じか。
 駒のように人間を動かすのか。

 非難のこもったサラの視線にも、エール王子は屈しない。
 サラの手を振り払うと、一歩二歩と下がり、締め付けられゆがんだローブの首元を整えながら言った。

「君こそ、戦場なんて知らずにぬくぬくと育って来たんじゃないのか?」
「ええ、そうよ。だけど私は、あの砂漠を旅して来た」

 世界を超えて、精一杯努力して、必死でこの旅を続けて来たんだ。
 戦争の無い平和な世界を作るって、皆にも約束したんだから。


「何の私怨があるのか知らないけれど、私の夢を邪魔するなら……許さない!」


 サラの声は低くなり、鋭い視線は黒騎士のものに変わった。
 魔術師ファースを倒したあの瞳を、エール王子は初めて正面から見た。
 窓から差し込む光を受け、泉のようにきらめくブルーを。

 エール王子はサラから目を逸らすと、苦みばしった表情のまま、再びソファへ座った。
 サラは、もう一度エールに歩み寄りながら、冷酷な声色で告げた。

「あなたがこの和平を反故にするつもりなら、私はあなたの敵に回る」

 ドレスが汚れることも気にせず床にひざをつき、エールの顔を斜め下から覗きこむサラ。
 エールは、サラの視線を感じても、うつむき顔を背けたまま。
 サラは、その白い手のひらを伸ばし、ソファに投げ出されたエールの左手をそっと包んだ。

 触れられた手の温もりに驚き、顔を上げたエールが見たのは、1人の天使。


「もしもあなたが、私と同じ道を選ぶなら……私はあなたと、結婚してもいい」


 鈴が鳴るような軽やかな声が、エールの心を優しくくすぐり、風のように通り過ぎていった。
 踵を返したサラの後姿を、エール王子はぼんやりと見送った。

 * * *

 バタンと音が鳴るくらい強くドアを閉め、サラは執務室を出た。
 部屋の中でのやり取りを察していたのか、コーティはエール王子の沈痛な面持ちで頭を下げてきた。

 とりあえず夕食は自分の部屋でと言ったサラを送り届けながら、コーティはあるエピソードを語った。
 サラが少しだけ、エール王子への印象を変えるような話を。

「エール様には、他の何にも変えられない望みがあるのだそうです」

 あくまで先輩の魔術師から聞きかじった話なのですがと前置きして、コーティは言った。

「エール様のお母様が亡くなった話は、聞いていらっしゃいますか?」
「ああ、確かずいぶん前に不慮の事故でと……」
「そうですね……でも、エール様はそれがただの事故ではないと考えられているのです」


『魔女の呪いで、殺されたと』


 サラは、自分の胸がドクドクと嫌な音を立てるのを感じ、ドレスの胸元をギュッと握り締めた。

 魔女の存在とは、いったい何なんだろう。
 まるでこの国に巣食う悪魔のようだ。

「その魔女というのは……一体何者なの?」

 コーティは、悲しげに眉を寄せて、首を横に振った。

「分かりません。この国に住むとも、砂漠に居るとも、または森の向こうへ逃げたとも言われています。エール王子は、魔女を見つけ出して……」

 断言せずに口を噤んだコーティ。
 それ以上は聞かなくても、容易に察することができた。

 王になり権力を持てば、魔女狩りもしやすくなるだろう。
 砂漠の国を自分の領土にしてしまえば、なおさら。
 ただし、そこには何の罪もない一般市民の犠牲も伴うはず。

 どうすればいいのか、分からない。
 判断するにはもっと深く、この国のことを知らなければならない。

「教えてくれてありがとう、コーティ。やっぱり部屋に戻るのは止めるね」

 サラは、強い意思を持って告げた。


「今から、国王に会いに行きます」


 全ての謎を解くために、一番手っ取り早い道を、サラは選んだ。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 トキメモ……ん? なんか今までに無い空気の悪さ。全部魔女っ子のせいです。作者のせいじゃねーのです。根暗なエール君&ドロンドロンな呪いは、国王様が払拭してくれることでしょう。タイトルの『覆う影』は、イ○スマスを覆う影という怖すぎる本から。これのシリーズを小学校低学年のときに親から買い与えられた作者、見事ホラー嫌いになりました。が、こうしてドロッとしたネタも考えるってことは刷り込まれてしまったということか。人生は刷り込みなんだよベイベー♪(←正しくはすりこ木)ついでにドリトル先生、シートン動物記、ずっこけシリーズも読んでたせいで、今こんなお話書いてます。
 次回、サラちゃんパーティ以来の国王様とご対面。国王様の第三の目、また開きます。めずらしくサラちゃんが振り回される話。口直しにゴーヤのご用意を。

第三章(6)国王と魔女

第三章 王位継承


 さすがに国王相手では、サラもすんなり面会とはいかなかった。
 近くの空き部屋を借りて、コーティと2人時間をつぶすことになり、サラは……また乙女の妄想をたんまり食べさせられた。

 そろそろ吐く寸前というところで、救いの神ならぬノックの音。

「失礼いたします」

 銀色の長い髪を揺らしながら入ってきたのは、国王の側近美女だ。

「あらためまして、サラ姫様にはご挨拶を。私のことは、月巫女とお呼びくださいませ」

 姿形も見目麗しい女性だが、一番心惹かれるのは、美しい髪だった。
 彼女が動くたびに、月の光がキラキラと部屋中に振りまかれるようだ。

 サラは、思わずその髪に触れようと手を伸ばしかけ……ギリギリのところで自重した。
 最近の自分は、とにかく危ない。
 美味しそうな獲物を見ると、すぐに手を出したくなってしまう。
 なるべくアニマルモードにならないよう、サラはブツブツと念仏を唱えながら自戒した。

 サラの葛藤に気づいているのかいないのか、月巫女は「サラ姫様のみ、こちらへいらしてください」と無表情で告げた。


 サラが連れてこられたのは、王の間ではなかった。
 隣接する、王のプライベートスペース。
 開かれたドアをくぐると、目の前には立派な大理石のテーブルがあり、サラが思わず目を瞠るほどの豪華なフルコースが並べられていた。

「やあ、サラ姫。待たせて悪かったな」

 まさか、サラを待たせた30分程度で、これだけのゴージャスディナーを用意するとは。

 驚き、そして笑顔に変わるサラの表情を見た国王は、いたずらがまんまと成功した子どものように笑った。
 嬉しいサプライズに、サラは上機嫌で席へとついた。

 いつの間にか、月巫女は姿を消していた。

 * * *

 テーブルマナーもさほど気にせず、楽しい食事だった。
 さすが国王の食事だけあり、日本で食べた有名フレンチを超えるほどハイレベルな味だ。
 サラは満悦し、フォークとナイフを置いた。

「ご馳走様でした! とっても美味しかったです」
「そうか、良かった。テーブルを片付けてから、茶を淹れよう」

 本来なら侍女がするべき仕事を、今日は国王が手ずから行った。
 あの国王がホストとして動いてくれるという贅沢感が、サラの乙女心をくすぐる。

 ああ、悪くない。
 ていうか、最高。
 お姫さま扱いって、こんなに心地良いものなんだな……。

 頬をほんのり染め、ふわふわした気持ちで、サラは目の前でかいがいしく働く国王を見つめた。

 国王は、クロル王子と似ていると言われれば、確かにそうかもしれない。
 日に焼けた肌と、長めの前髪、そして立派なヒゲに隠れているが、国王は相当の美形だ。

 そして、顔かたちの造作が霞んでしまうくらい、目力がスゴイ。
 国王の瞳は、魔術師ファースの灰色の瞳と同じくらいの威圧感がある。
 鳶色の瞳が瞬きするたびに艶めいて、サラは目を逸らせなかった。

 国王が指輪をはめた右手を軽く振るだけで、手際よくテーブルの食器をまとめワゴンに並べていく、風の精霊たち。
 作業は流れるように、スピーディに行われる。
 サラは目の前のマジックショーに、感嘆のため息を漏らした。

 この国の王族は、けっこう1人で何でもやるタイプなのかもしれない。
 ひらひらとエイのように飛んできた濡れタオルが、キュキュッとテーブルをふきあげる間に、国王は部屋に備え付けのミニキッチンに立ち、サラにお茶を入れてくれた。

「この茶は、庭園の花を乾燥させて作ったものだ。今度庭園を見に行ってみるといい」

 お湯を注いで1分ほど待ち、ポットの茶葉が充分開いた頃に、国王はサラのカップにお茶を注いでくれた。
 差し出されたカップからは、少し甘い花の香りが立ち上る。
 サラはうっとりと目を閉じて、香りを堪能してから、お茶を一口飲んだ。
 口腔内から心の中へと広がる香りの効果で、先ほどまで考えていたややこしい問題が、解けて消えるようだった。

 サラが「美味しい」と吐息を漏らすと、その様子を正面から見つめていた国王も笑みを浮かべる。

 しかし、途中まで一般貴族としてそこそこ庶民的な暮らしをしてきたという王子たちはさておき、この国王までもがそんなことをするとは不思議だ。
 しかも、ルリ姫のお茶に負けないくらい、このお茶も美味しい……。

「国王様も、ご自分でお茶を淹れたりされるのですね」

 サラがぽろりと漏らした疑問に、国王はカップの湯気の向こうで微笑んだ。

「俺も若い頃は、町で1人貧乏暮らしをしていたからな」

 その台詞に、サラは驚いた。
 また口の中のお茶がスプラッシュマウンテンしそうになったが、なんとか気力で飲み込んだ。

「ええっと……王様が、町で1人暮らしですか?」

 しかも、びんぼーって言ったよね?

「何を驚くことがある? サラ姫だって、つい先日まで町で暮らしてきたのだろう?」

 確かにと納得しかけたサラだが、慌てて首を横に振った。

「それとこれとは話が別ですよ。お忍びで遊びに行くくらいならともかく、1人暮らしって……」

 普通なら、許されないはずの行為だ。
 危険も伴うだろうし、側近たちが止めないはずがない。

 サラの疑問に、国王は質問で返してきた。

「サラ姫は、俺のことを何も知らないんだな?」

 その台詞に、サラはがっくりと肩を落とした。

 ええ、私は単細胞なミドリムシです。
 何も考えず、ただべん毛で動いてます。

 軽く落ち込むサラに、国王は自らの生い立ちを語った。
 英雄と言われるようになった、その理由を。

 * * *

「元々、俺は王位を継ぐつもりはなかった。俺よりずいぶん優秀な弟が居たからな」

 少し冷めかけたお茶のポットを、国王は大きな両手で包み込んだ。
 魔術で温め直し、サラにお代わりを注ぎながら、唇の端を上げて形だけの笑顔を作った。
 本当に楽しそうな表情しか知らなかったサラは、初めて見る国王の冷笑に驚いた。

「正確に言うと、俺は弟に頭が上がらなかった。こんなことも全部、弟に強要されてやり始めたことだった」

 きっかけは、ささいな兄弟げんか。
 優秀な兄と常に張り合おうとする勝気な弟は、けんかの中で一生消えない傷を負ってしまったという。
 兄が、自らの溢れる魔力に気づかなかったせいで。

「それ以降、俺は弟の家来……いや、奴隷のように過ごしていたな」

 自分だけが罪を背負うなら、それでも良かった。
 しかし、自分の卑屈な態度がますます弟の心を壊し、関係を悪くしていくことに気づいた。
 病に伏せる両親も、完全に弟のいいなりだった。
 いつしか弟は時期国王と呼ばれ、こびへつらう輩がとりまき、苦言を呈する者は失脚させられた。

「あれはもう、20年近く前のことだ。衝動的にこの王城を飛び出した俺は、しばらく身分を隠して町に隠れ住んでいたんだ。あの”自治区”にな」

 しかし、弟の追っ手がやって来て……俺は森に逃げ込んだ。
 自殺するつもりはなかった。
 ただ、生きるのに飽いていたのは確かだった。

 真剣に耳を傾けるサラに、国王は問いかけてきた。

「森に入ると、何が起こるかは知っているかい?」

 なんとなく、とサラが答えると、国王は苦しげに眉根を寄せた。

「森で突きつけられるのは、自分の弱さだ」

 繰り返される、あの日の映像……。
 俺の魔力が暴走し、幼い弟を襲うあのシーン。
 血飛沫を浴びて立ち尽くす俺に、弟が「痛い」と泣きながらすがり付いてくる。

 父と母を病に落としたのが弟ではないかという疑惑も、俺はずっと見ない振りをしてきたんだ。
 父王も王妃も、やせ細った体で「お前のせいだ」と叫びながら、俺を攻め立てた。
 その後、家族も部下も国民も、なにもかもが死体となって、俺に襲い掛かってきた。

 彼らの体はぐちゃぐちゃに溶け、俺を覆いつくしながら叫んだ。

 お前のせいで、この国は滅びるのだと……。

 * * *

 悲痛な告白に、サラは息もできなかった。

 ふと気づくと、テーブルの上には固く握られたいかつい拳が2つ。
 こんなところも、クロル王子と似ているなと、サラは思った。

 サラはそっと立ち上がり、テーブルを回って向こう側へ。
 クロルにしたのと同じように、国王の大きな手を包むと、その指を1本1本ほぐした。
 国王はその手のぬくもりに驚き、鳶色の瞳を細めてサラを見つめた。

「王様、でもこの国はとても豊かで、私は町の人たちが幸せに暮らしているのを知っていますよ」

 サラの澄んだ声が、国王の胸に染み渡る。
 ありがとうと呟くと、サラの手を握り返したまま、国王は話を続けた。

「森で苦しんだ俺を救ったのは、唯一信頼できた……姉の存在だった」

 あなたは、誰にも縛られることはない。
 ただ、好きなことをすればいい。
 いつか、この城を出なさい。
 そして、もっと広い世界を見てきなさい。

 そういって、俺の背中を押してくれた、優しい人。

「気がつくと、俺は森の中央の”神殿”と呼ばれる場所に居た」

 トリウム国で行われる5年に一度の武道大会は、ある伝説がモチーフになっている。
 それは、精霊の森の神殿に辿り着けた勇者は、たった1つだけ願いを叶えることができるというもの。

「そこで俺は……」

 夢見るように語っていた国王が、ふと我に帰ったように瞳の力を取り戻す。
 強く握り締めていたサラの手を、すまないと言って離した。

 サラは、うっすらと残った太い指の痕をチラリと見つめると、大丈夫と首を横に振る。
 座ったままの国王は、そんなサラのしぐさを見てほっと息を漏らし……再びうつむいた。

「ずいぶんと話が反れてしまったな。俺は森の神殿から生きて戻り、それゆえ”英雄”と呼ばれるようになった。その後、国民の後押しを受けて、国王の座についたというわけだ」

 国王の脇に立ったまま、サラはその柔らかい髪を見つめていた。
 この人が下を向く姿は、なんだか似合わない。

 その理由はきっと……。

「あの……弟さんは、どうされたんですか?」

 王弟などという存在は、この国に着いてから聞いたことがない。
 国王の両親が亡くなったことは、想像がつくけれど。

 顔を上げた国王は、サラ姫はずいぶん聴き上手だなと笑い……ギュッと目を閉じると、激白した。

「弟は、俺が帰ってからすぐに、死んだ」

 半ば予想していたものの、国王のあまりにも悲痛な声色に、サラは動揺した。
 前髪に隠されたその表情を確認しようと、ひざをつく。

 国王の瞳は固く閉じられ、その目の縁には光る雫があった。


『弟は、魔女に殺されたんだ』


 サラの心は”魔女”の言葉にも揺るがなかった。
 ただ目の前の英雄が見せる涙を、見たくないと強く願った。

 サラは両腕を伸ばすと、国王の柔らかい髪に触れ、その逞しい体を腕の中に引き寄せていた。

 * * *

 ああ、神様。
 なぜ自分は今、こんなところでこんなことをしているのでしょう?

 正気に戻ったサラは、自分のとった行動が信じられず、固まっていた。

 この腕の中に居るのは、あの偉大で立派で英雄な、国王様だ。
 サラを突き放すこともせず、じっと抱かれるままになっている。
 こんなところも、クロル王子にそっくりだ。
 ただ、この王様は洋猫ではなく、でっかいゴールデンレトリバーだが。

 もじもじするサラに気づいたのか、腕の中の国王はくすくすと笑い出した。

 サラは真っ赤になって、腕を解き、体を離した。
 この人は、すぐ立ち直っていたに違いない。
 そのまま何もせずじっとして、サラのことを試していたのだ。

 サラがブルーの瞳で睨みつけると、国王は楽しそうに声をあげて笑った。
 そして、目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、椅子から立ち上がり、立てひざをついたままのサラを軽く抱き上げた。
 小さな子どものように抱っこで立ち上げてもらったサラは、ますます顔を赤くする。

 国王は、サラを抱き上げた腕をそのままに、耳元に唇を寄せた。
 そのとき軽く触れたヒゲが、サラの頬をくすぐったが、告げられた内容に気をとられてそれどころではない。


「魔女は……今ここにいる」


 まさかと表情を曇らせたサラに、国王は思い切り甘く、優しく、ささやいた。


「今ここに……俺の心を盗んだ、可愛い魔女がね」


 逞しく大きな腕が、今度はサラの体を包み込んでいた。


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 はい、トキメモ! あー……もうやだ。なんだコレ。恥ずかしすぎる。国王様ゴメン。本格的な幼女趣味キャラに仕立て上げてしまいました。サラちゃん的には年齢差ロリコンライン内なのでOKということで……。さて、精霊の森はホラー映画体感装置でした。そんなとこが本当にあったら、作者はできるだけ遠くへ逃げます。一目散です。妹ちゃんことコーティなんて、あっという間に兄にやられて「ノーー!!」と叫んでグチャッとなってジエンドになりそう。オエップ。あと、魔女って誰だよという話ですが、それはこの先ちょっとずつ。
 次回は、トキメモ最後の一人リグル王子とデート。場所はもちろんアソコです。サラちゃん、久々の男装&バトルでストレス発散?

第三章(7)リグル王子との試合

第三章 王位継承


 夕べはほとんど眠れなかった。
 しかし、誰にでも朝は平等にやってくる。

「サラ様っ! おはようございまーす!」

 元気いっぱいで部屋に入って来たのは、昨日到着したばかりのリコだ。
 この国の侍女服を着せられ、伸ばしかけの髪をお団子にくくっているリコの可愛い姿が……なんだか何重にもぼやけて見える。

 眠い……。

「さっ、起きましょう! それで、こちらに着替えてください!」

 ペチペチと頬を叩かれ、サラは再び目を開ける。
 目の前でヒラヒラと振られている戦闘服を見て、サラは自分が領主館にいるのかと勘違いした。

 そっか、夕べのアレは……夢だったんだ。

「今日の授業は無くなりました。代わりに、リグル王子が訓練場にお呼びですから」

 サラは体を起こし、寝不足の目をこすると、ベッドの上で大きなため息をついた。

 ああ、やっぱり夢じゃなかった……。

 * * *

 サラは冷たい水を1杯もらい、もそもそと戦闘服に着替える。
 ドレスと違って侍女のサポートは要らないので、本当に楽だ。
 着替えつつも、一晩中広いベッドで連続腹筋記録にチャレンジしながら考えたことを頭の中でまとめてみた。

 まず、魔女の呪いについて。
 魔女に殺されたと噂の人物は、王の姉である王子たちの母親、そして王弟。
 いずれも、ずいぶん昔の話のようだ。
 当時のことを知る人物がいれば、もう少し詳しいことが分かるかもしれない。

 国王にも……ちゃんと聞きなおそう。
 なんとなく最後、アレで、はぐらかされてしまった気がするし。

 魔女の現在の居場所は、まるっきり不明。
 エール王子も探しているけれど、まだ見つかっていないみたい。
 クロル王子が何か知っているような口ぶりだったから、今度捕まえたら聞いてみよう。
 すんなり教えてくれるか分からないから、今日リグル王子と仲良くなって、協力してもらおうかな。

 あとは、次期国王について。
 エール王子は、ちょっと問題あり。
 あの頑なな態度や、魔術師と組んでいる理由を、少し調べてみなければ。
 クロル王子と、たぶんリグル王子は、前評判だとあまりやる気はなさそうだ。
 このまま国王が王座に居座るなら、一番良いんだけど……。

 そこまで考えたサラは、国王の顔を思い出し、頭をぶんぶんと振った。

「思い出しちゃイカン!」

 口では命令するものの、体が言うことを聞かない。
 サラの左手は、そっと頬を撫でていた。

 つるんとして、やわらかい頬の感触。
 ぷにぷにと摘んで、にゅーっと引っ張って、パチンと叩いても、国王の感触は消えない。

 昨夜、国王はサラを抱きしめて、頬に口付けた。


 パニックに陥ったサラを助けてくれたのはアレクだった。
 正確には、アレクの施してくれた魔術。

 サラの左頬に口付けて、そこに貼られたフィルムに気がついた国王は、硬くてごつい手のひらでサラの頬を包むと、少し熱を加えてからペリッとはがしてきた。
 そんなものがくっついていたことすら忘れていたサラだったが、「怪我でもしたのか? もう治っているみたいだが」という冷静な国王の声で、目が覚めた。

 いや、そのときはまだ夢心地だったのかもしれない。
 国王の胸を押しやると、サラは心の赴くままに叫んでいた。


「ダメですっ、王様、幼女趣味になっちゃいますっ!」


 国王は一瞬固まった後、今までに無いくらい苦しそうに……笑った。
 お腹を抱えて笑い泣きする国王に、サラは「もう帰ります!」と、ご馳走様も言わずに部屋を飛び出したのだ。

 いつの間にか廊下で待っていたコーティが、真っ赤になって涙ぐむサラを見て、おろおろとしていた。
 どうしたのと聞かれても、何でもないと答えるしかなかった。

 * * *

 もんもんと考えていたサラだったが、姿見の前に立つと意識が変わった。
 完璧な、少年の姿。
 黒騎士になりきるように、サラは強気な表情を作った。

 こうなったら、リグル王子との試合でストレス発散するしかないな。
 リグル王子には、申し訳ないことになるかもしれないけれど。

 サラが鏡に向って不敵に微笑んだとき、ノックの音と同時に勢いよくドアが開けられた。

「サラ姫ーっ! 起きた……の……」

 飛び込んできたのは、オアシスの妖精ことルリ姫。
 今日のドレスは淡いイエローだ。
 小さな宝石が散りばめられた胸元の生地が、朝日を受けてキラキラと輝いている。

 サラは微笑んで、挨拶した。

「おはようございます、ルリ姫。今日のあなたは、まるで風の妖精のように美しい」

 ドア付近で立ち尽くすルリ姫の足元に跪き、右手の甲にキス。
 ほぼ無意識に行われた、黒騎士時代の習慣だった。

 ルリ姫は、サラに手をとられたまま、その場にパッタリと倒れた。


 羽のように軽いルリ姫を、お姫さま抱っこで自室のベッドに運んだサラは、その足で騎士の訓練場にやってきた。
 もちろん、コーティも一緒だ。

 宿舎と訓練場のゲートが見えるあたりで、コーティは意外なことを言った。

「あの、サラ姫様……私はここで待っていますので、この先はお一人でお進みください」
「どうして? どうせなら、一緒に訓練しようよ」

 明らかに怯えた表情を見せるコーティは、早口で言った。

「実は……ここだけの話ですが、王城の騎士と魔術師は、非常に関係が悪いのです」

 そう言われると、サラにも思い当たるフシがある。
 武道大会には魔術師の参加者も居たのに、運営側は騎士ばかりだった。
 サラが王城に仕える魔術師を見たのは、パーティの際に重鎮と簡単な挨拶をしたときだけ。
 あとは、このコーティだけだ。

「私も、上の者から、騎士との接触を控えるよう言われていますので……」

 歯切れの悪いコーティの言葉から、サラは「これが縦割り行政ってやつか」と納得した。
 無理を言って、コーティの立場を悪くしては可哀想だ。
 しかし、理由くらいは聞いておかなければ。

「ねえ、その理由は……」
「すみません、失礼します!」

 猛ダッシュで逃げていくコーティを見送ったサラに、後方から声がかかった。

「よお、黒騎士。待ってたぜ」

 騎士服に身を包んだリグル王子が駆け寄りながら、明るく爽やかな笑みを見せた。

 * * *

 リグル王子に腕をつかまれ、引っ張られながら連れてこられたのは、訓練場脇の備品倉庫。
 この中から何でも良いから好きな剣を選べと言われて、サラは戸惑った。

「オレは、黒剣しか使いこなせないぞ?」

 黒剣は、未だ返してもらえていない。
 バリトン騎士を呼び出そうとしても、忙しいやらナンやらで、会ってもらえない。
 完全に策略の匂いがするものの、サラは今のところ放置していた。
 王位継承や魔女のことなど、優先して考えるべきことがあったから。

「ああ、悪いな。では俺もこの中から選ぼう」

 黒剣のことをスルーして、リグルは自分の聖剣を乱暴に放りだすと、壁際に吊るされた訓練用の粗悪な剣から適当なサイズのものを選ぶ。
 選びながら鼻歌が飛び出すほど、リグルが嬉しそうだったので、サラは諦めのため息をついた。
 黒剣ほどではないものの、それなりに細身で手ごろな剣を選ぶと、リグルの後を追って闘技場へ向かった。


 黒騎士と騎士団長が立ち合うと、噂でも流れたのだろうか。
 武器を選んだサラたちが闘技場につくと、若手の騎士を中心に大勢のギャラリーが囲んだ。
 数百人ほどいる騎士の中には、武道大会でみたことのある顔も混ざっている。

 顔見知りと言っても、あのときと今では何もかもが違う。
 あのときのサラは、あくまで一般人の挑戦者。
 今は……憎むべき敵国の王族なのだ。

 ギャラリーたちの表情はなるべく見ないようにし、サラはリグルに向き合った。

 真剣な面持ちで見守る騎士仲間をバックに、迷いの無い視線をぶつけてくるリグル。
 朝日に照らされた褐色の頬には、魔術で治し切れなかった傷跡がうっすらと浮かび上がる。
 リグルの鋭気に満ちた黒い瞳が、サラのブルーの瞳を捕らえて離さない。

 剣を手にすれば、雑念は消える。
 リグルはきっと、そういうタイプなのだろう。

 この試合で、すべてが変わるとは思えない。
 けれど、今の私にできることは、全力で立ち向かうことだけ。

「黒騎士。俺が望むのは全力の試合だ。下手すると、お前を傷つけるかもしれん」

 サラは、その台詞に黙ってうなずく。

「今この時だけは、お前を男と見る。では……行くぞ」

 高く掲げられ、ギラリと光るリグルの剣を目にしたとき、サラの心に黒剣の魂が宿った。


『ガキンッ!』


 打ち付けられる、一度目の刃。
 黒剣よりは重さを感じるものの、こうして違和感無くリグルの攻撃を受け止められることに、サラは安堵した。
 右へ左へと、繰り出すたびに、手に馴染んでくる細身の剣。
 サラは、この剣でも充分戦えるという手ごたえを感じていた。

 リグルの戦い方は、やはり緑の瞳の騎士と似ている。
 ただ真っ直ぐに、正確に、力で押してくる剣だ。
 若さが表れるのか、緑の騎士よりは乱雑な剣筋だが、その分手数も多くパワーが強い。
 サラは、リグルの剣の威力に、じりじりと後退していった。

 慣れない剣を使っているというハンデは同じ。
 先に剣を使いこなせた方が、勝利を掴むはず。
 サラの選んだ剣の魅力は、軽さと長さ。

 サラは、緑の騎士と戦ったときに思いついた、もう一つの方法を試してみようと思った。

 リグルの剣筋を、ある程度見極めたところで……。


『今だ!』


 サラは、両手で強く掴んでいた剣から、そっと左手だけを離した。
 剣を握る右腕を手前にし、体はリグルに対して半身に。
 その姿勢になったことで、剣の攻撃範囲が一気に半分に削られる。

 サラは、そのまま体を数センチ後方へ反らせた。
 前髪と鼻先にかする距離で、振り下ろされたリグルの大剣。
 まさに紙一重だった。

 次の瞬間、つま先に力を入れて前へ踏み込み、思い切り右腕を前方へ伸ばす。
 サラの剣先が、背の高いリグルの喉元へ届いた。


「まいった……」


 その黒い瞳に悔しさを滲ませて、リグルは呟いた。

 * * *

 試合が終わると同時に、リグルは別人のように穏やかな表情になった。

「いや、黒騎士……お前強いな! こんな細っこいのに、どこからあんな力が出るんだ?」

 闘技場の脇に並ぶベンチに腰掛け、サラは遅い朝食をとっていた。
 試合を見守っていたリコが「お疲れさまでした!」と、タオルと合わせて差し出してきたものだ。
 当然リグル王子の分は無く……サラは、マネージャーと交際するサッカー部キャプテン気分を味わった。

 もしかしたら、これを作ってくれたのはリコ自身かもしれないと思いつつ、サラは微妙な味のサンドイッチにかぶりつく。

 リグルはといえば、味を感じる余裕など無さそうだ。
 さっきから、ものすごい興奮っぷりでサラに話しかけてくる。

「お前の師匠って、あの幻の勇者なんだろ? 会場に来てたってのは聞いてたんだけど、アイツとも手合わせしたかったなあ」

 リグル王子も、国王や他の王子たちと同じく、サラが出会ったことのないタイプの男性だった。
 サラと話しているようで、きっとサラのことは考えていない。
 考えているのは、自分がいかに強くなるかだけ。

 リグル王子を動物に例えると……うん、秋田犬だ。

 そう思うと、でかい男が尻尾をフリフリしているようで、カワイク見えないこともない。

「リグル王子には、師匠がいらっしゃるんですか?」
「ああ……お前も良く知ってるヤツだよ。バルトだ」

 名前を言われて首を傾げたサラに、リグルは武道大会の審判長だったヤツと言った。
 そういえば、バリトン騎士はそんな名前だったかもしれない。
 バリトンとバルト、どっかで混ざっちゃったのかな?

 しかし、この国の戦士たちは、引退が早いのだろうか。
 魔術師ファースが気まぐれに出て行ったのは仕方ないとしても、バルトはまだ若そうに見えたけれど……。

「騎士団長というのは、筆頭魔術師と同じように指名制で引き継がれるんですか?」

 サラが素朴な疑問を口にした途端、和やかな空気にピシリと亀裂が入った。
 急に表情をキツクした秋田犬……ならぬリグルは、サラから目を反らすと、遠くを見つめるように言った。

「黒騎士……お前、騎士のこと、何も知らないんだな?」

 サラは、もそもそとサンドイッチを噛みながら、何も言わずうなずいた。

「だったら仕方ないが……ここでは魔術師って言葉は出さない方がいいぜ? あいつらだって、我慢の限界なんだからな」

 先ほどまでギャラリーをしていた騎士たちが、訓練に勤しむ様子を見つめながら、リグルは呟いた。
 サラは、意味が分からずきょとんとする。


「前騎士団長のバルトが引退したのは一昨年……魔術師にやられたせいだ。あいつら、絶対許さねえ」


 先ほどサラに負けた瞬間より、もっともっと悔しげに、リグルは顔を歪ませた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 国王様の魔手から、サラちゃん何とか逃れてました。アレク様のかけた男避けお呪いの効果だったのかも。ホッ。この話では、サラちゃん一途純愛路線ですからねっ。いくら国王様が迫ったって、ムダムダムダ……です。作者はイエスフォーリンラブ、ですが……。今回、久々黒騎士モードでリグル王子とのラブラブガチンコバトルデート! 誰がなんと言おうと、これはデートですよ! それにしても、バトルシーンがこんなもんで済むって何て楽チンなんでしょう。といってもちょっと文字数取ったので、甘ラブは次回に持ち越し。ゴメン。
 次回、急展開です。テレレレッテッテレー♪ サラちゃんキラキラ度UP! トキメモ度UP! サラはリグル王子を手に入れた。……という感じです。

第三章(8)2度目の奇跡

第三章 王位継承


 剣を打ち合わせる音が絶え間なく響く、この訓練場。
 日が高くなり、徐々に気温も上がってきたようだ。
 気温以上に暑く感じるのは、隣に座るこの人の発するオーラのせいかもしれない。

 気持ちを切り替えるように、ふっと空を見上げたリグルは、サラに質問した。

「黒騎士……サラ姫は、これだけの戦力差があっても、どうしてトリウムが勝てないか分かるか?」

 その台詞に、あらためてここが敵国なのだと思い知らされたサラ。
 静かに首を横に振り、うつむいた。
 鈍いように見えて案外細やかな性格のリグルが、慌ててぺこりと頭を下げた。

「ゴメン、キミにとっては嫌な話になるかもしれないが……聞いて欲しい。トリウムがいつまでも勝てない理由は、ネルギが強いからじゃない。この国に問題があるからだと俺は思っている」

 魔術師は、この戦争に一切出陣しない。
 騎士たちには、どうしてもそれが理解できなかった。
 業を煮やしたバルトは、騎士団長として「ネルギの魔術師軍団に対抗するなら、こっちも魔術師を出すしかない」と、国王に訴えたという。

「バルトが襲われたのは、その直後だ。魔術師を糾弾したことの他に理由が無い。どんなに強い癒しの魔術をかけても傷は治らず、バルトは剣を持てない体になった。犯人は、今も見つかっていない」

 再び感情が高ぶったリグルの額から流れた汗が、彼の騎士服の肩にポタリと落ちた。
 それが一瞬涙のように見えて、サラは胸が痛んだ。

 穏やかに見えるこの国に、一体何が起こっているというのだろう。
 カリムが襲われた事件や、魔術師ファースの事件で、警備の騎士たちが妙に熱心だったのは、こうした前例があったからかもしれない。

 リグルは、不安げに見つめるサラに軽く笑いかけると、再び視線を落とした。

「父様は、軍の揉め事は自分たちで解決しろって放置だ。俺だって、エール兄には何度も直談判した。でもこの戦いに魔術師は必要ないの一点張り。俺たちは、不利な状況と分かっていても、国境の民を守るべく戦うしかなかった。魔術師はこの王城でぬくぬく暮らしながら、騎士たちが次々と戦死することを喜んでる。これで騎士の勢力が削られるってな」

 ずっと、心の中に抱え込んできたのだろう。
 淡々と続く独白に、サラはただ耳を傾けることしかできなかった。
 縦割り行政なんてレベルではなく、対立は深刻なようだ。
 怯えるように逃げたコーティの態度の意味が、ようやく分かった気がした。

「逆に、俺たちが負けていないのは、クロルが……文官たちが知恵を尽くして戦略を考えてくれているからだ。新しい砦の設計や、効率的な武器の開発やなんかをさ」

 サラは、今まさに砂漠との国境エリアで続いている戦いを想像した。
 その戦いは、魔術と科学の戦いに似ているのかもしれない。
 もしもトリウム側に魔術師が加わり、防御魔術を駆使しつつの戦術が取れるなら、すでに結果は出ているだろう。


 一気に語ったリグルは、流れる汗を袖でぬぐうと、苛立ちを吹き飛ばすように足元の石ころを蹴った。
 サラは、話の核心をつくような質問をする。

「一体なぜ魔術師は、戦争への参加を避けるんでしょうか?」

 リグルは、悲痛な表情でサラを見つめた。

「俺は単純だからな。分からないんだ。魔術師の思惑も……最近のエール兄も」

 救いを求めて、すがりつくようなリグルの瞳。
 サラは、ただその瞳を見つめ返すことしかできなかった。

 * * *

 騎士たちは休憩も取らず、真剣に訓練を続けていた。
 リグルの話を聞いたサラは、彼らの鬼気迫る表情から「いつか近い未来、戦場へ行く」という、覚悟を感じ取った。
 サラはその光景を見つめながら、考えていた。

 騎士たちにとっては、敵国の姫が1人現れたところで、大差が無いのかもしれない。
 実際サラには、サラ姫の刺客を追い返すこともできず、戦地での攻撃を止めさせる権限も無い。

 和平への道のりは、まだ遠い。
 国王に書状を渡したときは、確かに掴んだと思ったものが、まるで砂のように指の隙間から零れ落ちていく。
 今の自分にできることは、いったい何だろう?

 感傷に浸っていたサラの頭を、ポンッと叩く大きな手の感触。

「サラ姫、ごめんな。今の俺、弱すぎだ」

 会ったばかりの女の子に弱音吐くなんてと、リグルは苦笑した。
 ベンチに座っていても、見上げるほど背の高いリグル。
 その手が聖剣を握れば、サラはきっと勝てないだろう。

 リグルは、充分強い。
 そして、優しい人だ。

 皆の前では明るい振りをして、本当は深く傷ついているこの人に、私はどんな言葉をかければいいのだろう。

 リグルの一番の理解者だったバルトさんは、すでに騎士団を離れ、管理側に納まっているという。
 リグルが騎士団長を継いだのは「年齢や立場は関係なく、もっとも腕の立つ者が長となる」という騎士団の掟にのっとった、メンバー総当りの試合に勝利したからだ。
 結果、若干20才のリグル王子が、これだけの数の騎士たちをまとめあげている。

 しかし、剣の腕と人の上に立つことは、違うはずだ。
 騎士団長の仕事の中には、戦死の報を受けることや、死者の代わりに戦場へ送り込む者を決めるなんて作業も含まれるという。
 リグル王子にとっては、苦しい作業だろう。
 自分自身が戦場に行くことは、決して許されないのだから。

 バルトさんがもしここにいたなら、リグル王子をどんな風にサポートするだろうか?

 バルトさんが……。

 ん?

「あの、バルトさんって、少しは魔術が使えます?」
「は?」

 サラの唐突な質問に、深く考え込んでいたリグルは、眉間にシワを入れたまま聞き返す。

「武道大会の時に見た限り、バルトさんってあまり魔術は得意じゃないみたいでしたけれど……」
「ああ、バルトは魔力がほとんどないはずだ。使えるのは簡単な水の魔術くらいかな」

 水の魔術!
 やった!

「今すぐ、バルトさんをここに呼んでもらえますか? あと、私の侍女のリコも!」

 サラは、国王並にいたずら心いっぱいな笑顔を作った。

 * * *

 すぐに準備は整った。
 呼び出されたバルトは、バツが悪そうに「黒剣は……」と言い訳しようとしたが、サラは首を横に振ってそれを制した。

 息を切らせながら駆けつけたリコに、サラは自分の横髪を摘みながら「あれ持ってる?私の……」と質問した。
 リコは、侍女服のスカートのポケットから、小さな黒い袋をそっと差し出した。

 それは、サラの髪のお守り。
 リコが肌身離さず持っていてくれて助かった。

 サラは、首にかけていたネックレスを外す。
 そこには、ペンダントヘッドの代わりに、指輪がつけられていた。
 元々リコが持っていた、水の指輪だ。

 これをサラが持ち込んでいたことも、ラッキーだったと思う。
 この指輪には、特別強い水の精霊の力があるから。

 訓練していた騎士たちは、一体これから何が起こるのかと、サラたちの周りに集まってきている。
 リグルとバルトも、不安げに顔を見合わせた。

 サラは、指輪とお守りをバルトに渡しながら言った。

「この2つのアイテムは、バルトさんの魔力を補強します。その全部の力を使って……私に、癒しの魔術をぶつけてください」

 サラの命じる行為の意味が分からず、首を傾げるバルト。
 リグルは、ふざけているのかと突っかかりかけたが、サラの瞳を見て言葉を失った。

 意思の強さを映し出すように、きらめくブルーの瞳。
 まるで戦神のように、凛然たる表情。
 光の中で真っ直ぐ前を向く彼女は……誰よりも気高く美しかった。

「ああ、分かった」

 サラの瞳の力に気圧されたバルトは、渡された指輪をつけた。
 小さな指輪は第一関節までしか入らなかったが、サラはそれで良いとうなずくと、バルトから少し距離をとった。

 バルトは、指輪をはめた手のひらを、サラへの方へと伸ばした。
 もう片方の手には、サラのお守りを握り締めて。

「水の精霊よ……」

 魔力の少ないバルトは、それを補うための長い詠唱を始めた。
 癒しの魔術が使えるといっても、簡単な擦り傷を治す程度の力しかない。
 バルトは、いつものように、細かい霧のシャワーが出てくるイメージをしていた。

 しかし、バルトの手のひらは、予想に反して淡く発光し始める。
 その光が飽和したとき、手のひらから放たれたのは……。

 淡く透き通る、1匹の水龍だった。


「……っ!」


 動揺するバルトが、これ以上ないほどに目を見開いた。

 これは、夢だ。
 まさかこの自分が、龍なんてモノを呼び出せるわけが無い!

 動揺するバルトを置き去りに、手のひらから生まれた龍は人の背丈ほどのサイズまで膨れ上がると、地を這いながら一気にサラへと向った。

 見守っている誰もが、瞬き一つできなかった。

 水龍は口を閉じたまま、サラの体にじゃれつくようにぐるりと巻きつく。
 そのまま再び発光し、空気に溶けて消えるかと思われたが……。


『――跳ね返れ!』


 サラの感情が、爆発した。
 サラを包む透明な熱の塊が、一気に温度を上げる。

 それを見ていた者は、思わず息を呑んだ。
 水龍が成長している。
 バルトを一飲みにできるほどの大きさへ。

 獰猛な瞳を細め、長い体をくねらせながら、巨大な龍は立ち尽くす騎士へと戻っていった。

 恐怖に目を閉じたバルトを包んだのは、痛みとは真逆の心地よい感触。
 それは、太陽のように輝く癒しの光だった。


 目には見えないけれど、サラは心で感じていた。
 癒しの魔術が、サラの願いを受けて、騎士の体の奥へと染み込んでいくことを。

 * * *

 再現された、あの日の……いや、それ以上の奇跡。
 バルトも、リグルも、他の騎士たちも、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

「さ、脱いでみて?」

 ニコニコと満足げに笑うサラは、魂が抜けたように立ち尽くすバルトに「はい、バンザーイして」と、子どもの着替えを手伝うように指示をする。
 背の高いバルトに悪戦苦闘し、最後はリコに手伝わせながら、サラがようやくバルトの上着を脱がせると、バルトの背後にいた騎士の1人が叫んだ。

「バルト様の、あの傷が、消えてる!」

 バルト自身、すぐには理解できなかった。

 闇討ちに会ったのは、自分に隙があったからで、後悔しても仕方が無い。
 ただ、この時期に騎士団を離れるわけにはいかないと思った。
 だからこそ、恥を忍んで第一王子エールに頭を下げて、癒しの魔術をかけてもらったのだ。

 しかし、願いは叶わなかった。
 エールの魔術をもってしても傷は消えず、肩より上にあがらなかった腕。
 背中に醜い痕を残し、服を着るたびに激痛が走ったこの腕が……今、こんなにも軽く動いているのだ。

「良かったね、バルトさん!」

 無邪気に微笑むサラに、バルトはおぼつかない足取りで近づくと、崩れ落ちるように跪いた。
 驚くサラの右手を引き寄せ、かさつく唇で口付ける。
 そのまま、左手を腰に差した剣へ。

 二度と振ることはできないと頭では分かっていても、どうしても手放せなかった自分の聖剣。
 ずっと手入れを怠らなかったため、研ぎ澄まされた刃。
 サラの手を離さぬまま、バルトは愛する剣に2度目のキスを落とした。

「我は誓う。己の魂すべてを捧げ、黒騎士……サラ姫様への、永遠の忠誠を」

 それは、王妃という立場の女性にのみ捧げられる、神聖な誓いだった。

 立ち上がったバルトは、気持ちがうまく言葉にならず、瞳に涙を浮かべながら頭を下げた。
 見守っていた若い騎士たちも、涙を流していた。

 そして、その場にいた騎士全員が、サラに対してバルトと同じ行為を繰り返し……気づけば、日は高く昇っていた。

 * * *

 最後に残ったのは、リグルだった。
 サラの足元に跪き、その黒い瞳を挑戦的に輝かせる。
 今朝、サラを黒騎士と呼び、真摯な姿勢で立ち向かってきたあの瞳だった。

「俺……皆とちょっと違うことして、いいか?」

 最初は照れまくっていたサラも、何百人という騎士に忠誠を誓われて、すっかり抵抗が無くなってしまっていた。

「はい? いいですよ?」

 何か、王族ならではのやり方があるのだろうか。
 不思議に思いつつ、差し出したサラの右手を、リグルはそっとどけた。

 リグルが手に取ったのは……サラの左手。
 ためらいがちに触れられた唇は、やけに熱かった。

 サラは、驚愕に目を見開き、リグルを見詰めた。
 リグルは日に焼けた顔を赤く染め、照れくさそうに微笑んだ後、すっと表情を引き締めた。

「サラ姫。俺は、国王よりも弱い。エール兄のように力も無いし、クロルのように賢くも無い。だが……」

 サラは、自分の体が震えるのを感じた。

 国王に言われたときとは、何かが違う。
 この人から、瞳を反らすことはできない。


「どうか俺を、選んで欲しい。俺は……国王になる!」


 どうしよう。
 胸が苦しい……。


 周囲の騎士たちから湧き上がった大歓声も、耳に入らなかった。

 サラは、ただリグルの手の熱さを、その真剣な眼差しを、心で受け止めるのが精一杯だった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 敵国に乗りこんだはずのサラちゃんですが、ここに来てキラキラパワーで一気に味方増えました。盗賊&オアシス国民&騎士で、数だけだと魔術師軍団に対抗できるかなー。直情系な秋田犬リグル君は「ご主人様みっけたワン!」と思ったら即プロポーズです。ていうか、実は女装サラちゃん見たとき(ヨダレ垂れたとき)から一目惚れだったのかも。実はバリトン騎士ことバルトさんも、サラちゃんにほんのりラブです。でもラブ通り越して神聖視しちゃって手は出せません。そのことが、後々何かにつながる……かな? あと今回、初めての試みをしてみました。そう……”――”(せん)を使ってみたのです! ちょっとまだ使い方分かってま――。(←センと読む?)
 次回から、トキメモデートもう1周。特に、まだ落とせてない2人にグッと近づいてきます。全員落とすまで終われないこのゲーム……じゃなくて第三章。魔女っ子ネタもアリで。

第三章(9)魔女の住む部屋へ

第三章 王位継承


 リグル王子がサラに求婚したという噂は、その日のうちに王城全体に広まった。
 怒り心頭でサラの部屋に飛び込んできたルリ姫は、脳みそが耳から漏れたようなサラの態度に、なぜか「大丈夫よ」と励ます側に回ってしまった。

 夕方になっても、戦闘服姿のまま部屋の壁に頭をのめり込ませるように寄りかかりながら、「あー」「うー」と意味不明な声を出しているリビングデッドなサラに、肝っ玉ばあさん侍女デリスから、新たな指令が下った。

「サラ姫様。クロル王子から夜食のお誘いでございます。とっととお風呂に入って、ドレスにお着替えくださいませ」

 デリスに付き添っていたリコは、すっかり手下として洗脳されたようで、「さ、サラ姫様行きましょっ!」と、サラの体を遠慮なく引きずっていった。

 * * *

 サラが呼びだされたのは、図書館の隠れ家ではなく、クロルのプライベートルームだ。
 クロルの部屋に自由に出入りできるのは、リグル王子とルリ姫だけ。
 教育係のデリスはもちろん、クロル王子お気に入りの賢くつつましい侍女ですら、無断で入ることは許されないという。
 クロルの部屋は、侍女たちから密かに”秘密基地”と呼ばれていることを、サラはデリスに引きずられながら聞いていた。

 しかし、秘密基地とは一体どんな部屋なんだろう……。

 デリスは、お風呂に入ってもまだぼんやりしたままのサラを、なんとか部屋の前まで連れて行き、倒れないように片腕で抱え込んだままドアをノックする。

「クロル王子、サラ姫をお連れしました」

 しばらく待つが、返事が無い。

 失礼いたしますと口に出しつつも、デリスがドアの下部を蹴飛ばした。


『ピコンピコンピコン』
『ウィーン……』
『キュルキュルキュルッ……カチリ』


 お役ごめんと、デリスはドアの奥に居るであろうクロルに会釈し、さっさと引き返していった。
 サラは、デリスの後姿を見送りつつ、その奇妙な音を聞いていた。

「やあ、いらっしゃい」

 自動的に開かれたドアの奥には、脚のクロスされたコンパクトな折りたたみ式ダイニングテーブルセットと、その奥に腰掛けたまま手招きするクロル王子。
 テーブルの上には、美味しそうな料理がのった大皿が7~8枚。
 暖色のランプに照らされた、白いレースのテーブルクロスが眩しい。

 美しいのは、そこまでだった。

 相変わらず美形オーラが眩しいクロルの背後には……部屋の天井まで達するほどの鉄くずの山。
 窓には一級遮光レベルのカーテンが引かれ、すぐそばには図書館から持ち込まれたらしい大量の本が詰まれている。
 カーテンを開けようものなら、盛大な雪崩が起こるだろう。
 ベッドルームへと繋がるドアも、積み上げられた本の奥にあり、その手前にはやはり折りたたみ式の簡易ベッドが置いてあった。

 サラは、クロルの性格がなんとなく理解できた気がした。

  * * *

 今日の夕食も、昨日と負けず劣らず豪華だった。
 昼食を食べ損ねたサラは、肉米肉米肉野菜の割合で、ジューシーな肉と炊きたてご飯をガツガツとかきこむ。
 大皿に盛られた肉の8割は、サラの胃袋へ。

 その姿を見て、クロルは辛らつに言った。

「サラ姫って、姫らしくないよね。むしろ完全に庶民だよね」

 はい、その通りです。
 イエスウィキャン。

 正直に答えかけたサラは、慌てて「姫です! どう見ても姫!」と否定した。
                                                
 演技がかったその台詞に、クロルは眉をしかめる。
 そして唐突に、今日呼び出した目的を告げた。


「あのさあ……リグル兄、どうやって落としたの?」


 お茶の次は、お米粒だった。

 サラの口から飛び出たモノを頭から浴びたクロルは、怒りを通り越した無表情で「あのへんの引き出しにタオルあるから、これ拭いて」と告げた。

  * * *

「これ片付けて」
「あっ、はい、クロル様」
「次はお茶」
「あっ、はい、クロル様」

 元々食の細いクロルだったが、サラのスプラッシュ攻撃により、食欲は完全に無くなった。
 サラをアゴでこき使いつつ、食事の片付けやお茶の用意、ついでに散らかった床のゴミ拾いをさせ、その後肩をもませて、ようやく臨時メイド扱いから解放した。

 しゅんと背中を丸めるサラが、自分の淹れたお茶の香りにささやかな癒しを求める姿を、クロルは隅々観察する。

 今日の午後、前騎士団長バルト経由で文官長から聞かされたのは、信じられない話だった。

 あのリグル兄が、サラ姫にプロポーズした。
 しかも、騎士たちの前で「王になる」と宣言したという。
 クロルがどんなにけしかけても「俺には無理だよ。国王にはエール兄がなるべきだ」と譲らなかったのに。

 クロルは、サラがごくりとお茶を飲み込んだタイミングを見計らい、先ほどの話の続きをする。

「ねえ、さっきの質問。リグル兄に何したの?」

 ゴホゴホと咳き込むサラは、少し日に焼けたて赤くなった頬を両手でおさえる。

「別に、私は何も……」
「何もしないで、あの頑固なリグル兄が考えを変えるとは思えない」

 訝しげなクロルの視線を受けて、サラはテーブルの影に少しでも隠れようと、ますます猫背になる。
 無駄な抵抗だと言わんばかりに、クロルは身を乗り出してサラを睨んだ。

「色仕掛け……なわけないよね。キミ、色気なんて全然無いし」

 はい、その通りです。
 イエスウィキャン。

 縮こまって貝になるサラに、クロルは諦めのため息をついた。

「でもいい仕事したよ。僕はずっと前から、リグル兄が次期国王に相応しいと思ってたからさ」

 リグルは、自分のことを知らな過ぎる。
 あの明るさも、行動力も、優しさも、強さも……何もかもが、国民の望む国王像に当てはまるということを。
 そして、父王であるゼイルも、密かにそれを望んでいることを。

「あの、クロル王子……聞いてくれる?」

 一人納得しようとしていたクロルに、サラはおずおずと話しかけた。
 その表情が、やけに憂いを帯びているように見えて、クロルは首を傾げる。

「私、本当は……結婚なんてしたくない」

 このまま2人が結婚し、リグルが国王となれば、不穏な動きを見せている魔術師勢力を抑えることができる。
 そのシミュレーションに、サラの気持ちが含まれていないことに、クロルは初めて気づいた。

 ごめんなさいと頭を下げたサラは、明快な理由を求めるクロルに「誰にも言わないで欲しい」と前置きして、そっと告げた。


「私が欲しいのは、和平だけなの……この国の王妃には、なれない」


 本当なら、リグルに対して告げるべき言葉だった。
 または、国王に対して。
 今こうして内緒話のように暴露したのは、懺悔の代わりかもしれない。

 リグルの想いが、自分の心を動かしたから。

 あのとき、リグルは国王になるべき人物かもしれないと思ってしまった。
 自分が彼を選べば、それが簡単になされるのだとわかっていた。

 でもきっと、リグルが求めるのはそういうことじゃない。
 偽装ではない、本物の結婚なのだ。

「ふーん。それで?」

 クロルが返してきたのは、冷静な一言。
 くっきりとした二重の瞳を猫のように細め、腕組みしながらサラを見詰めている。
 長めに伸ばした前髪の隙間からのぞく薄茶色の瞳が、すべてを見透かすように光った。

「驚かないの?」
「うすうす気づいてたからね」

 ニヤッと笑ったクロルは、次の言葉でサラを絶望に突き落とした。


「キミ、本当は男だろ。もしかして、サラ姫の双子の弟?」


 いいえ、違います。
 ノーウィキャント。

 サラは力を失い、くたりとテーブルに突っ伏した。

  * * *

 部屋を出たサラとクロルは、ある場所へと向っていた。
 人気の無い廊下を歩きながら、サラはまた転ばないようにスカートの裾を持ち上げながら、ちょこちょこと小走りでクロルの後をついていく。

 先ほど、双子の弟説を必死で否定したサラだったが、クロルから「じゃあ何者?」と聞かれて、思わず口ごもった。
 まさか異世界から呼ばれてきたなんて胡散臭すぎるし……なによりこれだけ敵味方が入り混じる中で、安易にニセモノとばらすことは危険だ。
 伝えるなら、自分の安全が保障され、なおかつ和平が成されるという確約の元でなければ。

 鋭いクロルはサラが何か隠していることに気づいたが、何も言わなかった。
 その代わりに、こうしてサラを連れ出したのだ。

 進んで来たのは、薄暗い石畳の塔。
 図書館のある塔とは、また別の場所らしい。

 薄暗い塔には明かりもなく、頼りになるのはクロルが手のひらから出している炎の魔術だ。
 それが、どう見ても人魂にしか思えず、サラはびくつきながらクロルに問いかけた。

「あの……どこに行くの?」
「教えない」

 スタスタと早足で歩くクロルを慌てて追いかけたサラは、炎を浮かべていない方の手を掴んだ。
 サラが履かされたヒールのおかげで、少しだけ背が低くなっているクロルは、突然握られた手にぎょっとしてサラを見上げる。
 傍から見ると、かなり恐ろしいガンつけ目線だが、サラはもう慣れてしまった。

「ねえ、もっとゆっくり歩いて?」
「分かったから、手離せよ」
「イヤ……」
「はあっ?」

 涙目のサラを見て、クロルは盛大なため息をついた。

 この男女とは、どうもかみ合わない。
 自分がこうして睨みつければ、たいていの人間は引くというのに。

「このままクロル王子が逃げたら、私ここで迷って、二度と自分の部屋に帰れないもん!」

 クロルは再びため息をつくと、一方的に掴まれたサラの手を、ちゃんと握手の形に握りなおした。
 ホッと笑顔になったサラ。

 その隙をついて……ダッシュ!

「クロル王子いっ……!」

 うわーんと泣き叫びながら追いかけてくるサラに、クロルは久しぶりに声を上げて笑っていた。

  * * *

 クロルのシャツの背中を掴んだまま、サラは大人しく着いていく。
 「シワになるから離せよ」というクロルの抗議も無視し、もう絶対絶対この手を離さないと主張して。

 クロルは、そんなサラの態度が面白くて仕方がない。
 クロルが突然歩調を速めるたびに、ビクッと震えるサラは、ベランダに飛んでくる小鳥のようだ。
 餌をまいて小鳥を呼び寄せては、飛び立たない程度に驚かせるという微妙な遊びを良くしていたなと、クロルは懐かしく思い出した。

「さ、着いたよ」

 クロルが立ち止まったのは、塔の階段を上り詰めた、小さな扉の前。
 人魂に照らされるクロル王子の表情は、まるで血が通わないマネキンのようだ。

 サラは、何か嫌な予感がして、クロル王子に尋ねた。

「ここは、一体……?」
「この部屋は”審判の間”という。別名は開かずの間……」

 揺らめく炎の灯り。
 クロルは、その薄茶色の瞳を赤く染めた。


『ここには、魔女が住むと言われている』


 クロルは「僕がこの部屋の鍵を持っていることは、誰にも内緒だよ」とささやくと、ズボンのポケットから古びた鍵を取り出し、その部屋の扉を開けた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 クロル王子と、楽しいディナーデートの巻でした。クロル君みたいに、キレイめだけど実はオタクとかって意外性あるキャラは書きやすいです。サラちゃん、どじっ子メイドごっこの後はお化け屋敷デート! 絶対デート! 普段強すぎなサラちゃんですが、ホラーは苦手です。作者も苦手。こんなときは「どろんどろん♪どろんどろん♪」と口ずさむとなんかごまかせます。(←某芸人さんのネタ)サラちゃんがおかしくなった時の「あー」「うー」という意味不明な呟きは、大平元首相から拝借。
 次回、このお化け屋敷で何かが起こる……ついに魔女っ子が出てくるかと思いきや、ほんのりイイカンジのラブ方面に?

第三章(10)嘘をついてはいけない

第三章 王位継承


 サラには、苦手なモノが2つある。
 1つは、夏に良く現れる黒い虫。
 もう1つも、夏の風物詩といわれるもの。

「クロル王子……待って……」

 お約束な『ギギギギギ……』という蝶番のきしむ音。
 クロルの魔力と腕力ギリギリで開かれた重い鉄製ドア。
 その向こうには、完全な暗闇が広がっている。

「嫌なら1人でここにいたら?」

 躊躇せず、すたすたと入っていくクロル。
 サラは手を離すことができず、引きずられるように室内へ足を踏み入れた。

  * * *

 月明かり一筋すら届かないこの闇は、部屋に窓が無いせいだ。
 どのくらいの年月閉ざされていたのか、強烈なカビ臭が鼻につく。
 サラは、クロルのシャツを握っていない手で自分の鼻と口を抑えたが、焼け石に水だった。

 隊長……菌が……今まさに肺胞に到達しました……。

 震えるサラが、ミクロの決死圏な妄想をしているのと正反対に、クロルはやけに明るい声を出す。

「へえ……初めて入ってみたけど、案外広いんだなあ」

 クロルは、好奇心いっぱいで部屋の中を見渡した。
 図書館のある塔と作りは同じなので、その最上階と考えれば妥当なのだが、本が置かれていない分だけ広く感じる。
 元々通風孔があったのか、壁の高い位置には定間隔で鉄板が打ちつけられているが、その板も錆びてボロボロだ。
 天井にも壁にも、他には何もない。
 通常取り付けられるはずの蝋燭立てすらない。

 図書館は、本が傷まないようにと、なるべく日光を排除されるのは分かるが、この場所は……。


『幽閉』


 その言葉が浮かび、クロルは一人うなずいた。
 地下牢には入れられないような重要人物を、ここに閉じ込めていたのだろう。
 命の危険にさらされた人物が、逃げ場として使っていた可能性もある。

 王族の住むエリアの奥……つまり、厳重な警備を通り抜けた先にあるのも、開かずの間として長く放置されていることも納得できる。
 国王のみが、この部屋の鍵を持っていたことも。

 少なくとも数年は、ここが使われた形跡はなさそうだが……。
 もしくは、使えなくなった理由があるのか?

 手のひらの炎にはめいっぱい力を注ぎ込んでいるのだが、いかんせん魔力が弱く、アルコールランプ程度の大きさにしかならない。
 腕を伸ばして、炎を四方の壁際へと向けながら、より奥へと歩みを進めていく。

 サラの視力は、両方2.0だ。
 見たくないと思いながらも、顔を覆った指の隙間からつい見てしまった。
 部屋の奥の壁に残る、黒ずんだ汚れを。


「いや……あっちはいや!」


 サラが思いきりシャツの背中を引っ張ったので、クロルは首がしまった。

「ちょっ……僕のこと殺す気?」
「ごめん。でもやだ……やなの」

 本気で嫌がるサラに、クロルはしぶしぶ部屋の中央で立ち止まった。
 自分を掴むサラの手を「とりあえず、歩きにくいから一回手を離して」と言い、サラに向き直った。
 怯えきったサラはしばらく抵抗したが、「灯り消すよ?」と言われ、慌ててクロルのシャツを離した。
 代わりに、クロルの手をガッチリ握る。

 1人で部屋の奥へ進むつもりだったが、サラが一緒では無理らしい。
 クロルは、手汗でびっしょりになったサラの手を握り返しながら、苦笑した。

「何をそんなに怖がるの? ただの部屋だよ。何も置いてないしさ」

 まがりなりにも年下のクロルがあっさり言ったので、サラはそうよねと呟くと、無理やり笑顔を作った。
 その顔が見事に引きつったブス顔だったので、クロルはプッと噴出した。
 クロルは、あえてサラの嫌がりそうなことを言ってみる。

「あーあ、魔女の部屋って言うからには、拷問道具でもあるかと思ったのに」
「やめてよっ……」

 クロルが発言するたびに、サラはその距離を縮めていく。
 手を繋ぐだけから、腕組みし、より密着する形へ。
 今なら抱きしめても何も言わないだろうなコイツ、とクロルは思って……我に返る。

 ――なんで僕が、この女を抱きしめなきゃならないんだ?

「おい、サラ姫の弟!」
「はいっ!」

 思わず元気よく返事したサラに、クロルは意地悪げな表情を浮かべた。

「この部屋で起きた事件のこと、キミは知ってる?」

 ぷるぷると、大きく首を横に振るサラ。
 炎に照らされ、サラの短い黒髪が跳ねるたび光を放つ。
 この髪が伸びたら、エール兄より綺麗かもしれないとクロルは思った。

「これは、古参の侍女から聞いた話なんだけれどね……」

 クロルは、妙にゆっくりとした低い声色で、語り始めた。

  * * *

 まだこの大陸が、平和だった頃の話。

 国王ゼイルの弟には、親衛隊と呼ばれる7人の守り手がいた。
 当時の魔術師たちから、力の強い順に選ばれた7人。
 筆頭魔術師は、女だった。

 それは、国王が精霊の森を攻略し、国民を引き連れて凱旋した夜のこと。
 英雄となった国王を追い出したという事実が、王弟たちを追い詰めていた。

 国王に入城を許す前に、魔術師たちと王弟はいつも謀をするこの部屋に集った。
 女魔術師1人を除いて。

 少し遅れて呼び出された女魔術師は、王弟から残酷な宣告を受けた。

「兄を陥れる策略を考え、実行したのはすべてお前だ。反逆罪でお前を処刑する」

 女魔術師は、なぜと泣いた。
 彼女は、王弟を愛していたからだ。
 そして、王弟も彼女に愛を告げていた。

「それは、お前の真名を手に入れるため……お前を操るための嘘だよ」

 王弟と6人の魔術師は笑った。
 そしてこの部屋で、女魔術師は王弟に殺されてしまった。

 死ぬ間際に、女魔術師は呪いの言葉を1つ残した。


『私の魂は永遠にここへ留まる。この部屋で嘘をついた者は、無残な最期を遂げるだろう』


 その後王弟と6人の魔術師は、数年ぶりに戻ってきた国王と面会した。
 兄弟の対立を仕掛けた人物が判明したため、その者を処分したと告げて、あらためて英雄となった兄に忠誠を誓った。
 もちろん、それは真っ赤な嘘だった。

 その日の深夜、事切れている王弟と6人の魔術師の遺体が発見されたという。

 この塔は封鎖され、この部屋は開かずの間と呼ばれるようになった。

  * * *

 クロルの腕がしびれるほど、強く抱きついていたサラ。
 聞きたくないけれど、聞かなければならない、重要な話だった。

「じゃあ……魔女というのは、もう亡くなった人なのね?」

 サラはかすれる声で問いかけて、1つの矛盾に気づいた。
 確か国王の姉、クロル王子たちの母親も、魔女に殺されたという話だったような?

「それがね、この事件にはもう1つ、有力な説があるんだ」

 クロルは、怖がりながらも食いついてくるサラに、くすりと笑みを漏らした。

「殺されたはずの女魔術師の遺体は、見つからなかったそうだ。つまり、死ななかった可能性がある」

 サラの体にびっしり立っていた鳥肌が、ようやくおさまった。
 やっぱり、生きている人より死んだ人の方が、断然恐ろしい。
 霊には対抗できないけれど、生きている人相手ならなんとかなるかもしれないし。

「呪いではなく、実際に王弟たちに手を下して復讐したとしても、女魔術師がその後どうなったかはわからないけどね。しばらく王城内に隠れて、暗殺者として生きてたって話もある。そのターゲットには、王の姉……僕の母親も入っていたっていうけれど、それはどうかなと思うよ」

 クロルの口調が、少しだけ柔らかくなった。

「理由はね、魔女の呪いが振りかかったのは、王に仇なす者ばかりだったから。王弟を担ぎ上げようとした残党とか、邪な理由で王妃の座を狙う女とかね」

 ある意味、父様にとってはキツイ呪いだったのかもね。
 自分の婚約者が、次々と死んでいくんだから。
 おかげで父様はずっと独身だし、迂闊に妾も作れない。

 赤く揺らめく光に照らされて、冷笑するクロル。
 サラは、なんだか話の雲行きが怪しくなっていくのを感じた。

 国王の婚約者って、もしかして……?


「そう、キミはもう、魔女の呪いを受けているんだ……」


 だから、近づくなって言ったのに。
 キミは夕べ、国王と2人で会ってしまったんだってね。

 フフ……と不気味な声色で笑いながら、クロルは手のひらの炎を消した。
 暗闇の中、クロルの限りなく低い声が響く。


「この部屋で、嘘をつく事は許されない。さあ、キミの……」


 話を続けようとしたクロルは、自分の腕にかかっていた重みが突然無くなるのを感じた。

 サラは、クロルの足元にパッタリと倒れていた。

  * * *

 熟睡していたサラは、ほんのりと温かいものが、自分の頭の下にあることに気づいた。

 ああ、湯たんぽだ。
 湯たんぽ枕なんて珍しい。
 ちょっと固いけど、悪くないな……。

 寝返りを打とうとしたサラの耳元に、不機嫌な低い声が届いた。

「ねえ、いい加減に起きてほしいんだけど?」

 そこは、記憶に新しい魔女の住む部屋。
 サラが枕にしていたのは、クロル王子の太ももだった。
 サラは、ドレスの袖で口元の涎をぬぐいながら飛び起きた。

「ゴメンナサイ! 夕べあまり良く眠れなかったから……」

 クロルの話を聞いていて、恐怖のあまり気を失った。
 それなら、まだいい。
 可愛らしいと言えなくもない。

 しかし、真実はいつも1つ。


『昨日の寝不足がたたって、話の佳境でうっかり寝入った』


 我ながら、失礼にもほどがある。
 しかも、ちゃっかりクロル王子に膝枕までしてもらい……そのズボンに涎まで垂らすなんて……穴があったら入りたいとはこのことだ。

「でも、ちゃんと話聞いてたからねっ。私、国王様にヨコシマな気持ちで近づくつもり無いし、ダイジョブダイジョブー!」

 ははっと乾いた笑いを浮かべるサラを、クロル王子はむっつり膨れて睨んだ。

 どうしてこの女は、こうやって自分の思惑を裏切りまくるのだろう。
 このコントロール不能さは、リグル兄以上だ。
 目を閉じていれば、それなりに見られるのに……。

 クロルは、すやすやと眠り込むサラを、ずっと見詰めていた。
 初めて見たその無垢な寝顔は、とうてい男には見えなかった。
 これまで、長い間黒騎士として過ごしてきたというし、男らしいしぐさや態度が癖になっているのかもしれない。

 こんな風に鋭い目つきじゃなくて、もっと笑えばいいのに。

 クロルは、また変なことを考えている自分の頭をぶんぶん振ると、苛立ちをぶつけるように言った。

「それで? 結局キミの正体は何なの?」
「だから言ったじゃない、弟じゃないって」

 時間にすると数分程度だが、熟睡したことでサラの頭はスッキリしていた。
 この部屋では、嘘をつかなければいいのだ。
 だとしたら、私は嘘をついていない。

「質問を変えるよ。キミの目的は何?」
「それも言ったよ。和平を成し遂げることだってば」

 本格的に苛立ってきたクロルは、つい勢いで聞いた。

「じゃあキミは、リグル兄が……好きなの?」

 少し余裕を取り戻していたサラは、再び追い詰められる。

 この部屋では、嘘をついてはいけない。
 私は、リグル王子のことを……。

「――うん、好き」

 澄み渡る空の下、熱情を込めて自分を見上げていたあの瞳。
 サラは、リグル王子の告げた言葉を思い出し、吐息をついた。

  * * *

 クロルは、その返事を予想していたはずだった。
 それなのに、心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
 胸の痛みに気を取られて、うっかり手のひらの炎を消してしまった。

 再び、部屋は暗闇に包まれる。
 静寂の中で、サラの小さな声が響いた。

「でも……クロル王子も、好きだよ」

 クロルは、炎を出せなかった。
 自分の顔に、血が上っていくのを感じていたから。

「なっ、何言ってんだよっ!」

 暗闇の中、サラの表情は見えない。
 分かるのは、繋がれた手のぬくもりだけ。

「クロル王子は、私の望みを叶えてくれる?」

 クロルは手のひらを開き、小さな灯りをともした。
 先ほどまで熱かった自分の感情が、冷たい炎となり燃えているような気がした。

 こいつも、他の女と一緒か。
 自分に擦り寄って、利用しようとするのか。


「ただ和平に協力してくれるだけでいい。結婚相手は誰でもいいの……なのに……」


 瞬きしたサラの瞳から、こぼれ落ちた雫。
 クロルの気持ちは、また反転した。

 サラがなぜそこまで思い詰め、涙を零しながらも和平を求めるのかは分からない。
 ただ、願いの行き先を見届けてやってもいいような気がした。

「その相手は、リグル兄じゃダメなの?」
「うん……多分、ね」
「理由は?」
「私には、本物の王妃になる資格は無いから……」

 その返事で、クロルはサラがどんなことを言われたのか、理解できた気がした。

 やっぱり、リグル兄はこいつに惚れたんだ。
 パーティの時から、様子がおかしかったもんな。
 その前に、決勝戦で黒騎士が顔を見せたとき……いや、あの予選を見ていたときだって、リグル兄の視線はこいつに……。

 それは、僕も一緒……か。


「いいよ……僕が、結婚してあげる」


 再び消された、小さな灯り。

 クロルは握られたままのサラの左手を両手で包むと、ゆっくりと引き寄せ、羽が触れるように軽く口付けた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 クロル王子とお化け屋敷……ただのスキンシップ過多なイチャイチャデートのはずが、ラスト意外な方向へ転がりました。これまだ隠れ家デートの翌日なんだよなー。たった2回のデートでクロル君ゲットか。早すぎ? ありえへん世界すぎ? ま、リグル君に比べるとそんなにヘビーではないプロポーズでした。ヘビーすぎると引かれるという好事例。でも国王様&クロル君、一見ライトに見えて実は一途なので、この先どーなることやら。魔女っこの正体も出てきたけど……侍女の噂ってとこが信用ならないなと、作者も思いつつ書いてます。そうそう、「ミクロの決死圏」は人間がミニサイズになって体の中を探検するという古い映画です。細かすぎて伝わらないボケが多くてスンマセン。
 次回は、ルリ姫主催の王族限定お茶会にサラちゃん飛び入り参加。弟2人のプロポーズ話聞いて、クールぶってるエール王子の嫉妬心にも火がつくか?

第三章(11)波乱のお茶会スタート

第三章 王位継承


 その朝、1時間ほど早起きしたルリ姫。
 眠い目をこすりながら侍女を呼び出し身支度をすると、サラの部屋を訪れた。
 おかげで、今日の髪型は横髪だけを編み込み花飾りで止めた、一番シンプルなもの。
 化粧もほとんどしていない。

 早朝を狙ったのは、昨夜リコというサラ姫の連れてきた侍女から、「特にイベントの無い日は、この時間なら比較的マトモなサラ様にお会いできますよー」と聞き出していたから。
 それでも、ルリは若干びくついていた。

 サラの部屋をノックしようとして、右手を握り締めたまま少し考える。

「ちょっと……ちょっとだけ」

 ごめんなさいと呟くと、サラの部屋のドアノブをゆっくりと回した。
 いつもどおり、鍵はかかっていないようだ。

 少し東向きなサラの部屋。
 薄く開けられたドアの隙間から、ほのかに明るい光が差し込んで来た。
 これなら、部屋の中にいるサラには気づかれないだろう。
 ルリは、少しずつドアを開いていく。

「……ち……に……ん」

 耳に届いたのは、魔術の詠唱に似た声。
 今までほとんど聞いたことのない、苦しげなあえぎ声交じりの、サラの声だった。

 この中で、何か恐ろしいことが……。

 震える手で、もう少しだけドアを開いて、片目で室内を覗き込む。
 夜明け直後の淡い朝日を受け、サラのシルエットがうっすらと確認できる。

 サラは、床の上にうつぶせで寝かされ、両手を背に回して頭を持ち上げた……なんとも奇妙な姿勢だった。

 これって……。

 ――魔術で、拘束されている?


「サラ姫っ!」


 部屋の扉を開け放ち、飛び込んだルリ。

「きゅうひゃくにじゅうなな、きゅうひゃくにじゅうは……あれっ、ルリ姫、いつのまに?」

 寝巻き用ワンピース姿のサラは……背筋を鍛えていた。

  * * *

 呆然と佇むルリの脇を、侍女服のリコが「あ、いらしてたんですね。おはようございまーす」とにこやかに声をかけながらすり抜けて、濡れタオルで手際よくサラの汗をふき取り、定番の黒いドレスを着せた。

「それにしても、今日は朝から激しすぎですよ。また何かあったんですか?」

 サラの短髪を器用に結い上げながら、リコは質問する。
 一度風呂に入ったらいいのではないかというくらい、サラの体からは汗が噴出していた。

 リコにはお見通しだった。
 サラがストイックに自分の体を痛めつけるときは、何かあったときなのだということは。

「うん……夕べ、ちょっとね……」

 曖昧に答えたサラは、怪訝そうな表情のリコから目を反らすと、ドアの前で立ち尽くしているルリに声をかけた。

「あっ、そういえばルリ姫!」
「な、何かしら?」

 唐突に声をかけられ、気を取り直したルリが、緩んだ口元を引き締めながら王女の微笑みを見せる。

「私が……筋トレ1000本やってるの、リグル王子には絶対内緒ですよ?」

 あの試合の後、サラは黒騎士魂に火がついていた。

 緑の瞳の騎士にも、リグルにも、勝てたのは運が良かっただけだ。
 正統派の打ち合いでも、負けたくない。
 いつか、リグルには再試合を申し込まなければ。
 黒剣を取り戻して、リグルにも自分の聖剣を持ってもらって。
 もしそれで負けたとしても、我が人生に悔い無し。

 サラが自分の野望を熱く語る姿を、うっとりと至近距離で眺めるリコ。
 再び口元をゆるめ、ぼんやりと虚ろな目で見つめるルリ。

 果てしない夢を熱く熱く語り終えたサラは、もう1つの裏目標も心の中で確認する。
 
 腕立て伏せだけは、もう少しノルマを増やさなければ。
 ダンベルを取り入れてもいいかもしれない。
 この間、騎士たちの倉庫にいくつか使えそうなアイテムが転がっていたから、今度リグルかバルトに言って、貸し出してもらおう。


 昨夜の肝試し……よりも、クロルの”弟疑惑”に思いのほかダメージを受けていたサラは、ルリ姫のドレスの胸元をチラリと見て、アレで1才差かと呟いた。

「ところで、ルリ姫は普段どんな食生活を……」
「ああ、私ようやく理解できました」

 サラの質問を遮ると、ルリはいつもの妖精スマイルを浮かべた。

「あなたが、珍じゅ……とても稀有な存在だってこと」

 一瞬失礼な単語が飛び出しかけたものの、笑顔で上手に取り繕ったルリ。
 リコは、ルリが言いたかったことをなんとなく察し、サラへと同情的な視線を送った。

「ときにサラ姫、今日の午後は何かご予定があるのかしら?」

 サラが、リコの顔を見ると、リコは首を横に振る。

「特に決まった予定は無いみたいです」
「じゃあ、あなたには来ていただきたいところがあります」

 ルリが告げた場所は、国王お気に入りの花畑があるという、城の中庭だった。

「今日は、毎月恒例のお茶会です。あなたを特別ゲストとしてご招待いたします」

 丁寧に用意された詳細地図付きメッセージカードを受け取りつつ、サラは思った。
 このお茶会でも、なんだか一波乱ありそうだと。

  * * *

 午後3時。
 ガッツリ勉強し、お昼ごはんをモリモリ食べ、ちょっと昼寝をしてきたサラの体調はすこぶる良好。
 何があっても耐えられる……いや、耐えなければと心に近い、その花園へ足を踏み入れた。
 人よりずっと背の高い木が多い茂り、果実や木の実も栽培されているそこは、小さな森と言っても過言ではない。

 どうやら、森の中にバラが咲き誇るテラスがあり、そこが4人で行う定例お茶会の場所らしい。

 サラは、渡された地図の通りに進んだはずが……何度も曲がる場所を間違えた。
 森を『ダンジョン』と名づけ、マッピングしつつ進んでいったことで、やや日が傾きかけた頃にようやく目印のバラ園に辿り着いた。

「ごめんなさい、遅くなりましたっ!」

 適度に日差しが当たるその場所には、テラコッタタイルが敷かれ、白いラウンドテーブルが置かれている。
 テーブルの上には、レースのテーブルクロス。
 広げられた数種類のお菓子とサンドイッチ、ティーポットにカップ。

 なかなか本格的なアフタヌーンティっぷりだ。
 これらはすべて、ルリ姫が用意したという。

「あら、サラ姫、遅かったじゃない」

 ルリは立ち上がると、サラの手を取り空いている席へとエスコートしてくれた。
 サラはペコペコ謝りつつ席に着くと、ルリ姫が淹れてくれる紅茶の、甘い花の香りを思う存分吸い込んだ。

 ――うん、落ち着いた。

 サラの右隣には、ティーカップを差し出してくれたルリ姫。
 左隣では、クロル王子が微笑んでいる。
 そして正面やや左手には、硬い表情のリグル王子。
 正面右側に、無表情のエール王子。

 サラが紅茶を飲む姿を、やけに真剣に見つめるクロル。
 満足したように頬をゆるめながら、サラがカップをソーサーに置いたタイミングで、クロルは話しかけた。


「サラ姫、昨日は怖がらせちゃってゴメンね?」
「あっ……うん、平気」


 サラは、落ち着いたはずの心臓が騒ぎ、頬が熱くなっていくのを感じる。

 昨夜、サラの左手に口付けた後から、クロルの態度は明らかに変わった。
 それまでの、気まぐれな洋猫のような態度から……理想の王子様に。

 魔女の部屋を出て、後宮の入り口まで送り届けたクロルは、本当に優しくて優雅で。
 別れ際には、サラの手に再びキスをして、極上の笑みを浮かべながら、サラが部屋に入るまで手を振っていてくれた。

 あれは、やばかった。
 今もやばいけど……。

 無駄にキラキラした王子スマイルを真横から向けられ、サラは初めて自分が女の子たちにどんな罪深いことをしてきたかを自覚した。
 そんなクロルの笑顔とサラの態度を見て、明らかに不審がる3人。

「おい、クロル……お前昨夜サラ姫に何したんだ?」

 怖がらせたという単語から、どんなイメージをしているのか、リグルが攻撃的に瞳をきらめかせた。
 口篭るサラと対照的に、クロルは饒舌になる。


「ああ、そういえば言い忘れてたっけ。僕、サラ姫と結婚することにしたから」


 クロルはサラの左手を取ると、長い睫を伏せて顔を近づけ、皆の前で堂々と口付けてきた。
 サラはもう、顔を上げることができなかった。

「おっ……お前……いや、ちょっと待て。お前はまだ13だ。早まるな」

 自殺志願者を止める警官のように、リグルが言う。
 エールとルリは、お茶にむせてゴホゴホと咳をしている。

「あ、それね。もう問題ないんだ」

 クロルは、キラキラ100%王子スマイルで、サラの手をとったまま告げた。

「今日の午前中で、法律変えてきたから。結婚は、男子に限り年齢制限無しになったよ」

 女の子の年齢制限は、幼女趣味持ちがいるからなかなかねー。
 本当は、結婚時の年齢差は20才までって盛り込みたかったんだけど、父様が目敏く見つけて却下されちゃったよ。


「だから、サラ姫。僕と結婚しよっ。今日にする? それとも明日?」
「ダメだ! サラ姫は俺の嫁だ!」


 椅子を倒しながら勢いよく立ち上がったリグルが、サラの手を撫でていたクロルの胸倉を掴み、強引に引き離す。
 クロルは乱暴な兄の行動にもまったく動じず、冷笑を返すのみ。
 珍しく慌てた様子のエールが、二人の間に割って入ろうと動いたとき、うっかり自分のカップを倒した。
 テーブルクロスに染み込むお茶を拭こうとしたルリの、ピラピラしたドレスの袖口が、自分のカップにじゃぶっと浸かり、悲鳴があがる。

 こうして、柔らかな午後の日差しを受けた穏やかなティータイムは、サラの登場と同時に修羅場へと変わったのだった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ちとスランプ気味なので、なかなか話進まずスンマセン……。とりあえず「ケンカをやめて~2人を止めて~」な、王道ラブコメ風にエピソードにしてみました。オタク……じゃなく職人系クロル君、思い込んだら行動力発揮します。というか、じわじわ囲い込み漁? 作者が以前、若くして結婚した友達(男)に理由を聞いたら「彼女の親に寿司をおごられた。2回連続」と言われて納得したことを思い出しつつ。あと、サラちゃんの筋トレ1000回は、大好きだった少女漫画のワンシーンから。『月刊きみとぼく』という超マニアックな雑誌で連載してた……あー、マンガの話は長くなっちまう。その辺の情報、日常ブログに書いておきます。
 次回はお茶会後半戦。弟2人にやられっぱなしのエール王子、そろそろ逆襲に入る……かも?

第三章(12)エールの苦悩

第三章 王位継承


 この国の王子たちは、みんな頑固だ。
 逆に言えば、みんなしっかりと自分の意思を持ち、それを貫き通すパワーを持っている。
 その結果、1つのモノを奪い合えば、こういうことになるのだ。

「ね、サラ姫? 結婚相手は僕だね?」
「いや、俺だよな? こいつより先に言ったし」

 すでに落ち着いているルリは、淡々とお茶のお代わりを淹れている。
 ドレスの染みは、エールの魔術であっさり取り除かれた。
 あわせて、テーブルクロスの染みも。

 サラは、それらの作業を一瞬でこなしてしまったエールに、尊敬の眼差しを向けていた。

 木に変装するだけかと思っていた木の魔術も、実は便利なものだった。
 エールが人差し指を一振りしただけで、どこからかねこじゃらし風の植物とシャボン草が飛んできて、お茶で汚れた生地をトントンと叩くように染み抜きし、その後水の魔術、風の魔術のコンボですすぎ&ドライ。
 良く考えたら、あの小さなナチルが領主館の家事を一手に引き受けられるのも、こういう手が使えるからかもしれない。

 エールはといえば、最初は弟たちに割って入ろうと頑張っていたが、今は椅子に座りなおしクールな表情で熱いお茶を飲みなおしている。

 無表情のように見えるけれど、本当は……。

「先に言った? たったの半日だよ? それだけで優先権主張するわけ?」
「ああそうだ。こういうことは早いもの勝ちだ」

 サラが都合よくスルーしてきた2人の会話に、突然エールが乱入した。

「そうか、だったら最優先権は俺にあるようだな」

 フードを外し、立ち上がったエール。
 長い黒髪が、風をはらんで揺れている。
 一重の奥の瞳が、傾き始めた太陽を受けて、強く光った。

 その目を見て、お互いの胸倉を掴みあっていたリグルとクロルが、素早く手を離す。
 一度うなずいたエールは弟たちから視線を外すと、その威圧的な瞳をサラへと向けた。

「サラ姫、正直に答えてください」
「はいっ!」

 のん気にクッキーをポリポリかじっていたサラは、緊張して背筋を伸ばした。
 無表情か、苦笑か、冷笑。
 その3つしか見たことがなかったサラに、初めて柔らかく優しい笑みが向けられる。

 感情があまり表に出ない人と思っていたけれど、もしかしたらこの人って……。

 怒ると……怖いタイプ?

「国王はさておき、この3人の中で一番早く、結婚の約束をしたのは誰ですか?」
「え、えっと……」
「忘れたなら言いましょう。君は一昨日の午後、俺の部屋に来て言ったはずだ。”俺と結婚したい”と」

 突然の爆弾発言に、リグル、クロル、ルリの3人は目を丸くしてサラを見つめた。
 サラは、必死でそのときの会話を思い出そうとする。

 そういえば、ぶち切れてアニマルモードになって、そんなことを言ったような、言わないような……。

「ということは、この兄弟の中での最優先権は俺にあるということで、よろしいですね?」

 サラの返事を待たずに、エールは優雅な身のこなしで椅子を避け、唖然とするルリの背後からサラの元へ。。
 リグルの次に背が高いエールは、サラに近づくと腰を屈め、耳元でささやいた。

「今から少し、二人でお話しましょう。いいですね?」

 有無を言わせぬ口調と、鋭い眼光に負けて、サラはうなずいていた。

  * * *

 テラスから連れ出されたサラは、昨夜と同じような展開に涙が出そうになった。
 うっそうと生い茂る森の最深部へ向かって、どんどん進んでいくエール。
 サラは、足元に生えた草木に注意しながら、ドレスの裾を摘んでちょこちょこと小走りで追いかける。

 懐かしの”2ショット”ってヤツに無理やり持ち込んだくせに、エールは思いやりのかけらもなく、長い足と風の魔術で、すべるように滑らかに進んでいく。
 徐々に引き離されていくサラは、もうドレスはいいやと手を離し、ダッシュで追いついた。

 そのローブの裾を掴もうと、手を伸ばしたとき……。


『ベシャッ!』


 ――転んだ。


「サラ姫っ!」

 一貫してサラに冷たかったエールもさすがに慌てて、倒れたままのサラを抱き起こす。
 幸い、やわらかい土の上だったおかげで、サラに傷はなかった。
 しかし、ドレスは悲惨な状態になってしまった。

 エールは、涙目で自分を見上げるサラに苦笑すると、再び木、水、風のクリーニング魔術コンボを披露した。


 バラ香りが完全に消えた頃から、別の花の香りが漂い始めた。
 テラスから茨の道を抜けたところに、小さな広場があった。

 敷き詰められた芝生に、木のベンチと、古いブランコ。
 周囲には色とりどりの花が咲き誇る花壇。
 まるで、楽園のような場所だった。

「とても素敵なところですね!」

 さっきまで泣きそうだったのに、あっさり機嫌良く微笑むサラを見て、エールは瞳を細めた。

「ここ、実は俺の隠れ家なんだ。子どもの頃は、良く家出してこのベンチで過ごしてたよ」

 エールは、風雨にさらされてくすんだベンチから砂埃を吹き飛ばすと、その上に腰掛けた。
 サラも、大人しく隣に座る。
 日差しに背を向ける角度だと、色白なエールの顔色はひどく青ざめて見えた。

「俺はずっと、逃げたていたかった……」

 ぽつりと呟いた言葉。
 隣に居るサラは、エールの視界に入っていない自分を感じていた。
 だからこそ、今漏らした一言は、エールの本音なんだと思った。

 両親を早くに亡くしてから、長男として兄弟を支えつつ、王位を狙ってきたというエール。
 その心労は、並大抵のものではないだろう。
 サラは、少し頼りなさげに見えるエールの手を握ろうとし……躊躇した。

 人の心に深く入り込もうとしてしまうのは、良くない癖だ。
 いつまでこの国に居るかも分からないのに。
 責任も、取れないのに。

「エール王子……私をここに連れ出した理由を、教えてくださいますか?」

 サラはなるべく事務的に聞こえるように、言葉を選んだ。
 エールは、驚いたようにサラの顔を見ると、少し皮肉げに笑った。

「別に。この場所を見せたかった。俺の妃となる女に、ね」
「ふざけないでくださいっ」

 明らかな嘘と分かる、エールの言葉。
 カチンときたサラは、隣に座るエールを睨みつける。

「私のこと、追い出す算段をしてるんでしょう?」
「今はもう考えてないよ」
「婚約者だっていらっしゃると!」
「ああ、書面だけ交わして1度も顔を見たことがない女がいたかもな」

 サラの疑問は、ことごとくかわされてしまう。
 この人は、とても賢い人だ。
 直球で質問したところで、まともな答えは返ってこないだろう。

 そういえば、こんな天邪鬼な人が1人いたなと、サラは思い出した。
 この王子は、弟子として天邪鬼も引き継いでしまったのかもしれない。

 そこまで考えて、サラは気づいた。
 自分を追い出すとか、戦争を続けるとか、師匠を憎んでいるような発言の裏には、きっと逆の気持ちが隠れていることに。

 サラは、ケンカ腰の態度をあらためた。
 クールダウンも兼ねて、大きく深呼吸すると、両手を木のベンチに当て、ヒールで歩き回って疲れた足をぶらぶらと揺すりながら考え込む。

 足を動かすたびに、ドレスの裾がまとわりついてうっとうしい。
 無意識にその邪魔な布を掴み、ひざが見えるところまでぐいっと持ち上げた。
 この世界に、ミニスカートというものが存在しないとも気づかずに。

 いきなり現れた、サラの細く引き締まった白い肌に、エールは目を見開く。
 淑女とは程遠いサラの態度に、エールは思わず呟いた。

「君……あの頑固な弟2人を、どうやって落としたの?」

 その瞬間、サラの片足から靴が脱げて吹っ飛び、傾斜のついた芝生の上を果てしなく転がっていった。

  * * *

 木漏れ日の色は、少しずつ赤みを増していく。
 あまりのんびりしている時間は無いだろう。

 それなのに、なぜかエールは笑いながら、自分の足でサラの靴を取りに行ってくれた。
 王子らしく一礼してサラの前にひざまずくと、どうぞお姫様とささやいて、そっと履かせてくれた。

 思わぬシンデレラプレイに、サラの頬も真っ赤に染まり……。
 エールの視線から逃げるように、横を向いた。

「なんだか、分かった気がするよ」

 サラを見上げながら、エールはくすくすと楽しそうに笑った。

「なっ、何がですかっ?」

 ありがとうも言い忘れたことに気づかぬまま、サラがぶっきらぼうに切り返すと、エールはその姿勢のままで告げた。

「弟たちが、君にプロポーズした理由が、ね」

 ええ、私にも分かりましたよ。
 こんな珍獣は、王子たちの周りには1人も居ないでしょうから、よほど物珍しかったに違いありません。

 不満げに口を尖らせるサラを、エールは面白そうに見つめる。
 その視線が、再びサラの足元へ落とされた。

「君に言われたことを、あれからずっと考えていた」

 サラは、エールの口調が変わったことに気づき、表情を引き締めた。
 サラの足元にうずくまり、視線を落としたエールの顔は見えない。
 またドレスが汚れるのも気にせず、サラはベンチから降りると、エールの傍にしゃがみこんだ。

「君は、俺に”私怨”と言った」

 艶のある真っ直ぐな黒髪が、風になびく。
 また怒りの感情が表れたのかと思ったが、覗き込んだエールの瞳は影り、暗く沈んでいた。

「その通りだと思った。俺のすべては、あの女に縛られていると。そこから逃れるためなら他人を犠牲にしてもかまわないと」

 エールの言葉を真剣に聞いていたサラは、その手が小刻みに震えていることに気づいた。
 無表情の奥に隠された、エールの葛藤。

「だけど、俺は止まれない。あの魔女を、探し出すまでは……止まることは、許されないんだ」

 ギリ、と噛み締められたエールの唇。
 皮膚が切れ、血が滲んでも止めない。

 エールになら、瞬きする間に治せるはずの傷。
 この人はいつも、こうやって自分の体を傷つけてきたのかもしれない。
 戒めのためなのか、他の誰かを傷つけたことへの懺悔なのか。

 自分の母親を殺したという魔女……2代前の筆頭魔術師を、エールは探しているのだ。
 自分のすべてをかけて。

 だとしたら、私は出来る限り協力する。
 もし魔女が砂漠に隠れ住むとしても、戦争で奪い取る以外に見つける方法はあるはずだ。

 サラの決意は、エールの次の台詞で覆された。


「俺には、もう時間があまり、ない……」


 うずくまっていたエールが、その体をぐらりと傾けていく。
 サラはとっさに腕を伸ばしたが、指先がマントに掠るだけだった。

 やわらかい土の上に倒れたエールは、唇から血を流したまま意識を失っていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 サラちゃんモテまくり竹内まりやワールドから、一気に急展開となりました。しかしネルトンって、何才くらいまでの読者さんに通じるのかしら……ツーショットとか、書いてて懐かしさに涙が。(←自分の年を実感……哀切)こんな風に強引に連れ出したら、タカさんもキャメラも黙ってないっすよー。しかし、ネルトンでは強気に出たもん勝ちって面も。なんだかんだ、いつもは小生意気な弟たちも、本気になったエール君には逆らえません。当然、優柔なサラちゃんも。
 次回は、サラちゃんパニクりつつも頑張ります。目の前で命の危機が発生したら、もうなりふり構ってらんないですよね。ねー、あおいちゃん?(←ナ○スあおい好き)

第三章(13)光の乙女の祈り

第三章 王位継承


 突然倒れたエール。
 サラは、尋常ではないエールの様子に、冷静に対応しなければと深呼吸をして震える体をおさえた。

 最初は単に熱でも出たのかと思い、額に手を当ててみて……あまりの冷たさに驚いた。
 凍死寸前という人間が、こういう体温になるのではないかと思ったくらいだ。

 サラは、エールの名を大声で呼び、その青白い頬を何度か叩いてみたが、その程度ではエールが瞳を開くことは無かった。
 以前、馬場先生に教わった緊急時の対応を思い出し、サラはエールの首筋にそっと触れた。
 指先で脈を測り、耳を近づけて呼吸を確認する。

 かすかに感じる生命の炎。
 ただ、1秒ごとに脈も呼吸も少しずつ弱まっているような気がする。

 サラの心臓が嫌な音を立てて、エールの呼吸の音をかき消した。

  * * *

 エールを背負って移動できないかと考えたものの、意識を失ったエールの体は想像以上に重く、担ぎ上げたサラはひざから崩れ落ちた。
 サラの力では上半身を抱えて後ろ向きに引きずるのが精一杯だ。
 その行為が、エールの命をますます削るような気がして、サラは移動を断念する。

 エールをこの場所に残して、サラだけでもバラのテラスへ戻るという選択肢もあるが、ただでさえ方向感覚の無いサラが真っ直ぐ辿り着ける保障はない。
 また迷ったりしたら、最悪の結果になる。

「誰か……リグル王子! クロル王子! ルリ姫っ!」

 3人の名前を叫んだサラは、早く来てと願いながら、ふとエールの台詞を思い出した。
 時間が無い……エールが告げた意味は、このことかもしれない。
 これはきっと、彼の持病なのだ。

 サラは、助けを求めて喉が潰れるほどの大声を出しながら、エールをやわらかな芝生に横たえ、マントを脱がす。
 その下のあまりにやせ細った体に、サラは嗚咽を漏らしかけた。
 この世界の病気がどんなものかは分からないが、この体を見れば深刻さは分かる。

 ――だめだ、泣いてる場合じゃない!

 エールのシャツをまさぐると、小さなピルケースを発見した。

 持病ならきっと薬を所持しているはずという勘が当たった。
 サラは震える手で小さなケースの蓋を開け、落とさないように慎重に、真珠のようにきらめく小さな丸い粒を一つ摘んだところで……固まった。

 意識の無いこの人に、どうやって薬を飲ませたらいいんだろう……。

「エール王子! ねえ、起きて! 薬飲んで!」

 先ほどより容赦なく、エールの頬を何度も叩いたが、エールは微動だにしない。

 その唇を無理に開かせ薬を押し込もうとするが、エールの舌先に留まってしまう。
 せめて水があればと思ったが、サラもエールも手ぶらで来てしまったし、花壇に水道などというものはない。
 この世界は、魔術を使えない人間に厳しい。
 コップ1杯の水を呼ぶくらい、子どもでもできるというのに。

 サラは絶望しかけて……エールのシャツの胸に、ぽたぽたと落ちる水滴に気づいた。
 蘇ったのは、今と同じくらい水を欲していた、あの砂漠の旅。

 あのとき自分は……どうしたらいいと思った?


 サラはエールから体を起こし、自分の左手薬指を見つめた。
 夕日を受けて潤むブルーの瞳には、覚悟の色を浮かべて。
 魔力も腕力も無い、無力な自分にも、たった一つできることがある。

 サラは、自分の薬指に唇を近づけると、ほとんど跡が分からないくらいキレイに治ったその古傷に、思い切り噛み付いた。
 痛みは、ほとんど感じなかった。

 もっと……もっと要る……。

 心の中で呟きながら、肉を噛み切るくらいに、サラは歯に力を入れる。
 舌は苦く鉄くさい血液の味に満たされ、そのえぐみのある味から逃れようと唾液も溢れてくる。

 サラは、右手に握った薬を、自分の口の中へ。
 役目を果たした右手は、そっとエールの唇に触れ、無理やりねじ込んで口を開かせる。

 そのまま躊躇せず、サラは自らの唇を、エールのそれに押し当てた。

 サラの瞳から涙が一滴零れ落ち、エールの頬を濡らした。

  * * *

「サラ姫っ!」

 かすかなサラの悲鳴を聞き、広場へと飛び込んできたリグルは、目の前の光景が信じられずに立ち止まった。
 一足遅れて到着したクロルも、言葉を失った。

 目にしたのは、芝生の上に寝転んだエールに、深く口付けるサラの姿。

「サラ姫……」

 お気に入りのドレスが破れたのも気にせず、必死で駆けつけたルリ。
 立ち尽くす2人の奥に、サラを見つけた。

 エールから顔を離し、ゆっくりと顔をあげるサラの頬には、途絶えることの無い涙の筋。
 その唇の端からは、真っ赤な液体が零れ落ちた。

 その姿は、童話にでてくる魔女そのもの。
 エールの命を狙う、悪魔。

 硬直する3人に、サラは一瞬微笑み……目を見開いたまま大量の涙を溢れさせた。


「ねえ……どうしたらいいの? 薬を3つも飲ませたのに、エール王子は目を覚まさないの……」


 固まっていたリグルとクロルが、エールとサラの元へ駆けつける。
 まるで死人のように青ざめ、かすかな呼吸すら途絶えがちなエールを見て、クロルは瞬時に治癒魔術を発動した。
 ルリも2人に遅れて駆け寄り、クロルの脇から僅かに使える癒しの魔術でサポートした。

 二人合わせても魔力は少なく、エールの意識は戻らない。
 母親の血筋である王族特有の強い魔力は、兄弟の1人、このエールに偏ってしまった。
 クロルとルリの魔力が尽きてしまったら、リグルが担ぎ上げて王城へ戻るしか手立ては無い。
 それまで持ちこたえることができるかはわからないけれど。

 リグルには、癒しの魔術は一切使えなかった。
 2人の邪魔にならないよう、1歩2歩と後退りながら、リグルは思い出していた。

 それは、城に来る前のことだ。
 まだルリは赤ん坊だったし、クロルは生まれていなかった。

 子どもの頃から冒険が大好きだったリグルは、木に登ったり剣を振り回しては、何度も怪我をした。
 両親や大人の魔術師に見つかると、もう外へ出してもらえないと怯えたリグルは、怪我を隠し平気な振りをして家へ戻った。

 しかし、両親すら騙せたリグルの怪我を、兄は全て見抜いた。
 しょうがないなと苦笑しながら、いつも魔術で治してくれたのだ。
 日中、すでに魔術師としての訓練を受けていたエールは、リグルの治療に魔力を使いすぎて、翌日には熱を出してしまう。
 それでも両親には何も言わず、「魔力のコントロールくらい覚えなさい!」と、自分の代わりに怒られてくれた。

 リグルは、自分の目がおかしいと思いたかった。
 エールの命の炎が、弱まっていくのが見える。
 あと僅かで、消えてしまう。

「嫌だ……兄さん……」

 どんなにケンカしても、対立しても……失いたくない!
 リグルの瞳からは、いつの間にか涙が溢れていた。

 そのとき、淡く揺れるリグルの視界に、夕日を受けて輝く黒髪が映った。
 エールの傍らで声をかけ続けていたサラが、立ち上がったのだ。

「クロル王子、ルリ姫、試してみたいことがあります」

 発せられたサラの声は、鈴が鳴るような少女の声ではなく、低く澄んだ黒騎士のもの。
 ドレスの袖を破り捨てて左手に巻きつけ、もう片方の袖で乱暴に涙をぬぐうと、首元からネックレスを取り出し、あの指輪をルリに渡した。

  * * *

「ルリ姫、この指輪をつけてください。そして、2人で私に向かって、癒しの魔術をぶつけてください」

 意味が分からず戸惑う2人に、リグルは声をかけた。

「頼む……サラ姫の言うとおりに!」

 リグルの真剣な眼差しを受けて、サラは深くうなずく。
 自分1人には力がなくても、みんなの力を集めれば、きっと……。


 固く繋がれた、クロルとルリの手。
 もう1つの手のひらは、サラへと向けられている。

 永遠に続くのではないかと思われた、魔術の詠唱。
 現れたのは、水と風で起こされた癒しのシャワー。
 細かい水滴が、2つの手のひらからサラの体へと伸びていく。

 お守りは無いので、龍は現れなかった。
 しかし、そのシャワーを浴びたサラの体は、水面に映る真昼の太陽のように輝きはじめた。
 光は、サラが降ろした金色の龍の光を彷彿とさせた。

 先ほどは、魔女のように見えたサラ。
 光をまとったサラの姿は、今は壁画に描かれた女神のように見えて、3人は瞳を逸らせなかった。


 充分な熱を体にまとわりつかせたサラは、心で強く祈った。
 どうか、この人の命を救って欲しいと。
 しかし、熱はサラの体から離れず、ただ温度を上げていくだけ。

 やはり、無理なのか。
 自分の力では、術を放った相手につき返すことしかできないのか。
 目の前に、こんなにも救いたいと願う相手がいるというのに!

 体温が上昇し続けるサラの顔は真っ赤になり、大量の汗が噴出す。
 しだいに頭の中まで熱くなり、思考がまとまらなくなってきたサラは……考えるのを止めた。


「エール王子……ねえ、起きて?」


 ひんやりと冷たいエールの頬に手のひらを当てるサラ。
 冷たい体を抱きしめ、髪を撫で、頬擦りする。
 そして、乾いた唇に、もう何度目かの口付けを。


「――起きなさい!」


 サラの体から溢れる光が、サラの命を受けて、一気にエールへと流れ込んだ。

 そのの光は、すべての生命を癒す奇跡。
 3人は寄り添いながら、その奇跡を瞳に焼き付けた。

 周囲を真昼のように照らし、本物の太陽が放つ赤をかすませ。
 木々の葉は光を受けてざわりと音を立て、花々は朝を迎えたように次々と咲き誇っていく。
 空からは鳥たちが舞い降り、ピチュピチュと可愛らしい音楽を奏でた。

 癒しの魔術をサラに送り続けていたルリは、限界を感じてその場にうずくまった。
 続けて、クロルも。
 2人の肩を抱きかかえるリグル。


「あ、目が覚めたのね……良かった」


 涙でぼやける視界の中、苦しげに眉根を寄せてうめいたエールが、ゆっくりとその黒い瞳を開くのを、3人は瞬きもできずに見守っていた。

 エールが自力でその上半身を起こすのと入れ替わりに、傍らに跪いていたサラの体は、ゆっくりと地面に吸い込まれていった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 サラちゃん、エセ魔女っ子(吸血鬼?)変化→女神さま変化と頑張りました。作者は、目の前で人が倒れたらとりあえずパニクリます。泣きながら吹雪の中へ駆け出したトオルのように……(←かまい達の夜というゲームの、バッドエンドの1つです)しかし、魔術ができないとこの世界本当に不便だなー。サラちゃん、3人目のうにうにちゅー体験ですが、脳内では神聖な救命行為ということで、女子のエシレ姉さんと一緒にノーカウント処理されてます。あ、今回のタイトルは好きなアイドル真野えりなちゃんから。
 次回、エール王子がそんなに貧弱貧弱ぅぅぅ……だった理由が明らかに。同時に、魔女っ子の話もどろっと。※今日は更新遅くなってスミマセン!コタツでうたたねしてもーた……。

第三章(14)暴かれた魔女の正体

第三章 王位継承


 その夜、お茶会メンバーは1人も欠けることなく、リグルの部屋へ集っていた。
 侍女に急いで作らせた簡単な食事を取っている間、5人にはほとんど会話がない。

 そのうち4人の目線は、チラチラと長い黒髪へ。

「――ああ、もう分かった! 謝る! ちゃんと説明する!」

 ついにガラスの仮面にヒビが入ったエールが、がばっと頭を下げた。
 普段冷静沈着なエールの顔は、見たことが無いくらい汗をかき、頬はほんのりピンクに染まっていた。
 先ほど、死の淵に立っていたことが嘘のような、健康的な色だ。

 サラは、「当然です」と呟きつつも、心底ホッとして息をついた。

  * * *

 サラの放った光が、エールの体を癒した直後。
 重症なのは、サラのほうだった。

 エールと入れ替わりに倒れたサラは、疲労と出血のせいで軽い貧血を起こしていた。
 光の癒しで、倒れる前のレベルまで回復していたエールが、サラの左手に巻かれた黒いドレスの切れ端を取り去ると……布にしみこんだ血液の量に、驚いた。

 すかさず左手に手をかざし、詠唱なしで最高級の治癒魔術をかける。
 しかし、サラの傷は治らない。
 魔術の種類を変えながら何度試しても、早い心臓の動きに合わせて、ドクドクと赤い血を垂れ流し続けるままだった。

「――魔術が、効かない?」

 エールの呟きを耳にすると同時に、ルリは「こっち見ないで!」と叫ぶと、ドレスの下につけていたペチコートを素早く脱ぎ、サラの左手にぐるぐると巻きつけた。
 パラのテラスへ戻れば清潔な布はあるけれど、まずはこのまま王城へ運んだ方が良いだろうというルリの意見に、全員がうなずいた。

 リグルは、軽々とサラを抱き寄せ、揺らさないよう慎重に走り始めた。

「エール兄さま! 王城の医師を中庭まで呼び出しておいて!」

 叫んだルリは、リグルの後を追って走り出した。
 意識を取り戻してすぐに魔術をつかったせいで、立ち上がることがせいいっぱいのエールに、クロルが「これは貸しだからね」と嫌味を1つ落としてそっと肩を貸した。


 エールの魔術による伝言で待機していた医師たちは、サラの指の傷を手早く縫いあげた。
 幸い傷口そのものは小さく、いずれ目立たなくなるだろうという台詞に、全員が大きな安堵のため息をついた。

「エール様……」

 医務室に居る数名のうち、一番高齢な医師がごく小さな声をかけ、思わせぶりに目配せをすると、エールはうなずいて小さな容器を差し出した。
 そしらぬ顔をして容器を受け取った医師が、隣接された薬剤倉庫へ向かうと、何事も無かったかのように再び医務室へ戻り、容器をエールに返す。

 サラへの応対でばたばたしている中、すべて無言で、さりげなく行われたそのやりとりだったが。
 クロルの目はごまかせなかった。
 サラの傷に包帯が巻かれ、作業を終えた医師たちが部屋を出るのを確認すると、クロルはエールのローブを引っ張った。

「エール兄さん。さっそくだけどさっきの借り返してもらうよ。エール兄の病気って、何?」

 うっと詰まったエールは、容赦なくぶつけられる強い視線から、目を反らす。

「ふーん……じゃ、いいや。まだ貸しとくよ。こっちから聞くし」

 氷の王子の、ブリザードのような視線を受けた医師の老人は、プルプルと体を震わせながら後退る。
 クロルが笑顔のままにじり寄り、壁際まで追い詰めると、医師は「申し訳ありませんが、エール様から固く口止めを……」とあっさり白状したため、再びクロルの視線はエールへと向かった。
 エールは気まずそうに目を伏せ、クロルの視線攻撃を避けながら、口を閉ざした続けた。

「私も……聞きたいです、それ」

 鈴が鳴るような声が、医務室に響いた。

 意識を取り戻したサラが、青白い顔で、クロル並の冷たい微笑を浮かべていた。

  * * *

 医務室を出て「今日はありがとう、助かった、じゃ!」という言葉を残し逃げようとしたエールに、サラは悪魔のような微笑を崩さずにささやく。

「でっかい貸しですわねえ、エール王子。私、あなたの命の恩人ですのよ? ありがとうではなく、理由を教えろと言ってるんです。こんな簡単なことで許してあげてもいいなんて、優しいでしょう? さあおっしゃって!」

 シェークスピア悲劇のように、演技がかったサラの台詞。
 しかし、リグル、クロル、ルリは、さきほどの口元から血を垂らしたサラを思い出し、背筋に寒気が走った。
 エールはといえば、サラの剣幕に気圧されながらも、最後まで抵抗をやめない。

「あ、ああ……でも今日は、皆疲れているだろうし、また今度……な?」
「リグルさん! クロルさん!」

 サラの……いや、黒騎士の鋭い声に、2人はハッとしてサラを見つめる。

「――少し、懲らしめてやりなさい!」

 こうして、エールを拉致したサラ姫ご一行は、一番近い宿屋……リグルの部屋へ駆け込んだのだった。


 消化の良いあっさりリゾット系の食事を終え、ルリ姫の美味しいお茶で一息ついたとき、執行猶予期間は終わったとばかりに、クロルが告げた。

「エール兄、謝るだけじゃ許さないよ? 今日は全部吐いてもらうから」

 冷酷な笑みを浮かべるクロルに、エール以外の全員が賛同の意思を込めてうなずく。
 エールは、降参と呟いて、ルリの淹れた健康増進ハーブティをすすると……話し始めた。

「俺の病は……いや、病ではないな。俺の魂は、魔術で蝕まれているんだ」

 サラはもちろん、王子たち全員も知らない話だった。

 飲んでいた白い粒は、薬ではなく特別なマジックアイテムだった。
 光の精霊が宿るという貴重な宝石を入手し、それを削った粉が混ぜ込まれたもの。
 数に限りがあるため、大事に使っているという。

「エール兄さん、それは、いつから?」

 王城内の侍女からは”氷の刃”とも呼ばれる、クロルの鋭い視線を受けたエールは、困ったように自嘲した。

「リグルは鈍いからいいけれど、クロル、ルリ……お前たちにはいつ見破られてもおかしくないと思っていたよ。距離を置いたけれど、こんな風にバレるなら最初から伝えておけばよかったな」

 鈍いと名指しされたリグルが、エール……ではなくクロルに食ってかかる。

「おい! お前ら俺に何隠してんだ!」
「知らないよー。エール兄に聞いてよ」

 じゃれ始める2人を見て、頬を緩めるエール。
 その表情は、まさに憑き物が落ちたようだ。
 家族想いで、優しいお兄さん……これが本当のエールの姿なのだと、サラは感じていた。

「ちょっとリグル兄さん、クロル! まだ話は終わってないでしょ!」

 ルリの言葉に、2人は大人しく椅子に座りなおす。
 切れ長の黒い瞳を細めながら兄弟を見守っていたエールは、微笑んでいた口元を徐々に無表情に戻し……最後は、ぐっと引き締めた。
 拷問に耐える囚人のような表情のエールに、なごみかけた空気が一瞬で引き締まる。

「リグル……みんな、黙っていてごめん……」

 この日、最初の爆弾発言が落とされた。


『俺は、魔女の呪いを受けたんだ』


 そこにいた全員が、驚愕に目を見開いて、エールを見つめた。

  * * *

 真っ先に気を取り直したのは、兄弟の中で一番聡いクロルだ。

「そっか……だから兄さんは、魔女を探してたんだね」

 一見冷ややかで、誤解されやすいクロルの視線。
 目をそらさず真っ直ぐ見つめ返すと、そこにはちゃんと温かみが混じっていることがわかる。
 こくりとうなずいたエールに、まだ理解できないという表情で、首を傾げる残りの3人。

「ごめん……ちゃんと説明するよ。俺は昔、魔女のかけた召喚魔術の贄になったんだ。その魔術は失敗して……俺の魂には、呪いが残ってしまった」

 失敗した召喚魔術の副作用……いわゆる”呪い”を解くためには、贄または魔術をかけた本人の命で購わせるしかない。
 つまり、魔女を探し出して命を差し出させれば、エールは助かるのだという。

 サラは、話を聞きながら全身に鳥肌が立っていくのを感じていた。
 考えたのは、エールではない人物のこと。
 砂漠の国で、今もワガママに楽しく暮らしているであろう、あの少女のことだ。

 サラがこの和平交渉に失敗したら、それは駒が1つ無くなるというだけの話……そう思っていたけれど。
 今の説明が正しいなら、サラの召喚時に贄となったサラ姫の魂は、まだサラと繋がっている。
 サラが和平に失敗したら、サラ姫の魂には、呪いが……。

 そんな想像をして青ざめたサラの耳に、エールの説明が届いた。

「ただ、俺の場合は特殊なケースだった。全ての召喚魔術でそうなるとは限らない」

 ――ああ、良かった。

 ホッと息をついたサラは……どうしてもサラ姫を憎めない自分に気づいた。
 勝手な理屈で自分を呼び寄せ、こんな過酷な環境に追いやった張本人。
 恨んでもいいはずなのにと考えかけたサラは、慌てて頭を振ると、目の前の会話に集中した。

「特殊って、どういう意味で?」

 目元に浮かぶ涙をハンカチでおさえながら、ルリが質問する。

「カンタンな話だよ。本来なら召喚魔術は、召喚する本人と、贄、そして対象物の3つが必要なんだ。リグルも勉強しただろ?」

 真剣に聞いているように見えて、その実小難しそうな話にギブアップ寸前だったリグルは、弟と妹の冷たい視線を受けて、大げさにうなずいた。

「ああ、そのくらい俺にも分かるぞ。えーと、例えば力の強い精霊を呼び寄せるには、まず力の強い魔術師じゃなきゃダメで、贄……この場合は指輪とか杖か? これも相当レベルの高いのアイテムを使うこと。最後に対象物は、呼び出した精霊を閉じ込めるなら、器として耐えられる高純度な宝石とか、または精霊をぶつける攻撃相手。……だっけ?」

 いつも堂々としているリグルが、おぼろげな知識を自信なさそうに語る姿が妙に愛らしく……サラはくすりと笑った。

「そう、正解。良く出来たな!」

 エールの微笑みに、パアッと顔を輝かせるリグル。
 本当にカワイイ犬……いや、人だなとサラは思った。

 今度はエールにじゃれつき始めたリグルの腕を引き寄せ、がっちり拘束したクロルは、「さっ、話を進めてよ」と促した。
 エールは、一息に語った。

「俺に魔術をかけた人物は、俺を贄として、俺の体に召喚対象を降ろそうとした。普通は2つ用意すべき道具を、1つで済まそうとしたんだ。その結果、贄として消費される俺の魂と、召喚対象の器として残されようとする体が反発して……結果、俺は生きながらえたけれど、この呪いを受けてしまったんだ」

 再び、静まり返る部屋。

 エールの魂を餌に、エールの体を乗っ取る……。
 水や光とは全く異質な、そのおぞましい魔術に、サラは再び血の気が引くのを感じた。

  * * *

 何一つ余計なモノが置いていないリグルの部屋は、ガランとして広いため人の声が壁面に反響する。
 逆に全員が黙ると、余計に静けさを感じる。
 静寂を破ったのは、やはりクロルだ。

「ふーん、なるほどね。それで、エール兄に降ろされた精霊って、何?」

 話が佳境に入ってきたのだろう。
 クロルの質問に、エールは困ったように笑うと「どうしても言わなきゃいけないか?」と返し……全員がヘッドバンキングばりに、ブンブンと頭を縦に振った。

「ああ、分かった。もう全て話すよ」

 エールは立ち上がると、クロルの傍へと歩み寄った。
 そして絨毯の上にひざまずくと、クロルの華奢な手を両手でそっと包み、深々と頭を下げた。
 これは、懺悔の姿勢。

 突然自分1人に向けられた懺悔に、怪訝そうな表情を強めたクロル。
 サラが見たこともないくらい深い縦ジワが、クロルの眉間にくっきり現れている。
 そんなクロルの表情は見ないまま、エールは呟いた。

「お前にはいつか……俺が死ぬ前には、伝えなきゃいけないと思ってた」

 縁起でもない台詞だったが、笑い飛ばすには事態は深刻すぎた。
 クロルだけでなく、リグルにも、ルリにも。

「俺に降ろされたのは、精霊じゃない。死んだ人間の魂……これは、禁呪だ」

 一瞬ピクリと眉を動かしたものの、クロルは冷静に促す。

「へえ……一体誰の?」

 エールは閉じた瞼の端から、すうっと涙を流した。
 懺悔の姿勢を崩さぬまま、エールは告げた。

「それは、俺たちの父親だ……」

 サラにも、その意味が理解できた。
 ああ、そうだったのか。
 だからあんなに、エールは苦しそうだったのか……。


「その魔術をかけたのは、母さんだ。魔女は……母さんなんだっ!」


 嘘だと呟く、リグルの掠れた声。
 カタカタと指を震わせながら、落ち着こうと冷めたお茶を口に含むルリ。

 エールに手を取られたクロルは、一度瞳を閉じて……開いたときには、淡いブラウンの瞳に決意の炎を宿していた。


「そう……じゃあ、母さんはまだ生きてるんだ。そして、次の”器”のターゲットは、僕なんだね?」


 耐え切れなくなったルリの零した大粒の涙が、ティーカップの中にぽちゃりと落ちた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 シリアスからコメディ(今回は大好きな水戸黄門!)、さらに一気にシリアスへ……このジェットコースターな落差どーでしょう。ということで、魔女さんの正体暴露編でした。予想ついてた方も居たかもしれませんが、被害者と思った人物が実は生きてて、本当の犯人だった……ベタです。ん? なんだろう、またかまい達の夜っぽい設定だ。コメディあり、ラブありで、この話案外カマイタチがベースなのかも? ラストは「俺が魔女×4」「こんなに魔女は要らんやろ!」「マ」「女」(←人文字)という、超新塾風オチってのもアリですかね。(←やりかねない)
 次回、クロル君のラスト発言の意味、だいたい分かったと思うけどオサライします。その後、もう一回サラちゃん&エール王子の2ショット。プロポーズ大作戦、ついに完了? ※また更新遅くなってもーたー。反省。別の短編いじってたらつい遅くなり、こっちも何度か書き直してたら時間が……orz(短編の方もなかなかの仕上がり。いずれ公開しますねー)

第三章(15)魔女の狙った獲物

第三章 王位継承


 ルリのすすり泣きと、リグルの慟哭。
 そして、この苦しみを1人で耐えてきたエールが、ようやく心を解放して静かに流す安堵の涙。
 サラも3人の涙を見て、悲しみにシンクロしていく。

 ただ1人、クロルだけは今までどおり。
 みんながなんとか現実を受け止め、心を落ち着けるのを見計らった頃に、ポツリと言った。

「母さん、か……悪いけど、僕はあまり思い出とか無いんだよね。だから泣けない」
「ああ、確かお前が2才になる頃だったな。母さんが死んだのは」

 クロルの傍らに座り込んでいたエールが、ローブの袖で涙をぬぐいながら立ち上がる。
 椅子に座ったままのクロルの視線が、エールを追って上目遣いに変わった。

 今はっきりと見える、クロルの薄茶色の瞳に浮かぶのは……かすかな悪意。

「エール兄さんが正直に言ってくれたから、僕も言うね。母さん……ていうかあの女、父さんが死んだときから狂ってたはずだよ。僕が、あの女の腹にいた頃からね。僕、胎児の頃の記憶があるんだ」

 もう聞きたくないというように、ルリは耳を両手で押さえて頭を横に振った。
 エールとリグルは、皮肉げに笑うクロルを凝視した。

「あの女が、自分の腹に何を話しかけてたか、全部じゃないけど断片的には覚えてるよ。”お父さんみたいな黒髪、黒い瞳、強い力を持って生まれて来い”って、ずっと言ってた。僕は、お父さんの生まれ変わりだからって。それが……いざ生んでみたら、自分にそっくりだったから、かなり怒ってたけど」

 サラは、イメージを膨らませていく。
 最愛の夫を無くし、幼い子ども達と戦地に取り残された元王女。
 サラは彼女の顔を知らないが、国王やクロルに似ているとすれば、かなりの美女だろう。
 精霊の森で国王の支えになったという、その穏やかな表情が失われ、狂気に歪む姿が……今こうして冷笑しているクロルと重なる。

「それからあの女が死ぬまで、僕は腕に抱かれた覚えは1度も無いんだ。侍女たちが代わりに育ててくれたから、別に不満は無いよ? 兄さんたちは、王城での暮らしに慣れるので精一杯だったろうしね」

 クロルは無邪気に笑ったけれど、その場に居た誰も、笑えなかった。

  * * *

 母親の愛情が一番必要な時期に、そうやって放り出されてしまったことが原因なのだろうか。
 クロルに張り付いた冷笑は消えない。

「ていうか、もうその頃には母さん、エール兄さんにしか興味無かったんだろうね。エール兄さんだけだろ? 父さんの血を受け継いでるのって。僕は父さんの実物って見たことないから分かんないけどさ」

 立ち尽くしていたエールが、無言でうなずいた。
 リグルもルリも、あらためてエールの姿形を見つめる。
 半ば呆けた表情のまま、リグルが呟いた。

「そうだな……俺は、髪と目の色は父さんと同じだけれど、魔力は無いし、何より性格が母さんに良く似てたらしいから」

 お転婆で、いつも当時の国王や王妃、侍女たちを困らせていたという王女。
 「森の向こうに行ってみたい」が口癖だったという。
 その願いを叶えようと、国王が15才の成人に合わせて大陸の国々に花嫁候補としてお触れをだしたところ、あまりの美しさに求婚者が殺到した。

 しかし既に王女は、身分違いの恋に落ちていたのだ。
 どんな立派な国の求愛も全て断り続け、両親や周囲を粘り強く説得し、最後は”妊娠”という既成事実をもって、彼女が一般貴族と結ばれたのは、適齢期をだいぶ過ぎた20才のとき。

 王城の生活よりは貧しいものの、愛する人と4人の子どもに恵まれ、彼女は幸せだったのだとリグルは語った。

「父さんは、穏やかな人だったよ。本当に、見た目も性格も、エール兄に似てる。だからって……エール兄のこと……器にしてっ……!」

 エールは、再び涙を流し始めたリグルの肩をそっと抱いた。
 先に悲しみを乗り越えた者として、弟と妹を導くために、エールは微笑んだ。

「そうだ。母さんは幸せだった。ただ……父さんのことを、愛しすぎてしまっただけなんだろうな。クロルの言うとおり、この城に移って来てからというもの、母さんは俺の傍から片時も離れなかった。俺が赤ん坊のクロルを放置していることを強く責めても、なんというか……異常な目つきで……」

『あなたが私を叱るその表情も、あの人にそっくりね』

 エールの脳裏に、まるで少女のように微笑んだ美しい母の面影がよぎる。
 その声も、瞳も……自分へ向けられる愛情の全てが、息子に対するものではなかった。

 ずっとうつむいていたルリが、ようやく顔を上げた。

「私……お母さんに、聞いたの。クロルが生まれてから全然会ってくれないから、無理やり部屋に押しかけて……なんだか変だった。邪魔するなって追い出されて」

 ルリの瞳から、新たな涙が零れ落ちる。

「その時、お母さんは言ったの。もうすぐお父さまに会わせてあげられるからって。私、意味が良く分からなくて……ね、リグル兄?」

 ルリの泣き顔を見て、力付けるように強くうなずくリグル。

「そうだな。良く覚えてる。俺は正直、母さんがルリを連れて父さんのところへ……自ら命を絶つつもりじゃないかって、思ったんだ。だから訓練をしばらく休んで、ずっとルリと2人、クロルの部屋で暮らしていた。エール兄さんは、力で母さんに負けないだろうし、大丈夫だと思ったんだ。その後すぐに母さんが亡くなって……悲しかったけど、少しだけホッとしてたんだ。まさかエール兄さんにそんなことを……」

 リグルは、握り締めた両手の拳を自分の膝に強く打ち付けて「ちくしょう!」と、王子らしからぬ言葉で……自分を責めた。

  * * *

 唯一人、部外者のサラ。
 冷静にならなければと自分に言い聞かせながら、今まで聞いた断片的な話を、頭の中でまとめてみる。

 クロル王子がお腹にいた頃に、王子達のお父さんが戦争で無くなった。
 王城へ移ってからの2年間、王女はたぶん正常ではない精神状態だったのだろう。
 亡くなったのは、自室の窓からの転落。
 事故死とはいえ、自殺に近かったのかもしれない。

 それが、11年前の話だ。

 当時、エール王子は11才。
 11才の少年が、母親の狂気を受けて魔術の贄となり、なんとか術を逃れて生きながらえた。
 それから10年以上……エールは、体を蝕む呪いと戦いながら、魔女となった母を捜し続けていたのだ。

 そこまで考えたサラの瞳に、再び涙が浮かびかけたとき、エールが呟いた。

「母さんが消えてから、俺はすぐにこの城を飛び出そうとした。いつまで生きられるか分からない体で、しかも、次はクロルが狙われると分かって、じっとしていられるわけが無いだろ? でも、失敗したんだ。王城から逃げようとした俺を、あっさり捕まえたのが……筆頭魔術師ファースだった」

『へえ……これは珍しい。お前の魂には、闇が混じっているな』

 新しいおもちゃを見つけたように、楽しそうに笑った筆頭魔術師。
 俺の頬をつねり、耳を引っ張り、伸ばした黒髪を持ち上げて……。
 「痛いな!」と叫んだ俺に、あいつは言った。

『痛いときは、泣いたっていいんだぞ? ボーズ』

 俺は、まんまとのせられて、悔し泣きした。
 あいつは、泣きじゃくる俺の頭を、ずっと撫でながら言った。

『なあ、世界は広いんだよ。今のボーズじゃ飯にありつくのすら難しいだろうな。ただ……それでも望むなら、俺が力を貸してやってもいいよ? その代わりに……』

 魔術師ファースは、貪欲な男だった。
 なぜ俺の逃亡を手助けしようなんて提案をしたのか、はっきり告げたのだ。

 ギブアンドテイクの関係だったが、俺はそれでも良かった。
 俺の負ったこの闇を、知ってくれている人間が近くにいるだけで、救われていたんだ。

 なのに……。

「ファースは、俺に何も言わずに出て行った。最悪なことに、俺を後継者に指名する書状を残してな。あいつがこの国を捨ててから、俺に出来ることは大幅に限られた。暗殺者から国王を守り、この城の結界を維持するだけで精一杯だった。せいぜい、魔術師たちに頭を下げて利用されて、見返りに光の精霊の宝石をかき集めてもらって……自分の延命のために、騎士たちをたくさん死なせた。最低だな……」

 1人考え込んでいたサラの頭に蘇る、ファースの笑顔。

「違う……そうじゃない!」

 突然サラが叫んだので、4人は驚いてサラを見つめた。

  * * *

 サラは、確信していた。
 エールの次に……もしかしたら、それ以上に、自分はあの魔術師を理解しているのだと。

「ファースさんは、意味の無いことなんて絶対にしない。あの人は見つけたのかも。森の向こうに、エール王子を救う何かを……」

 逃げた魔女なのか、呪いを解くマジックアイテムなのかは分からない。
 ただ、ファースは一度助けると言ったなら、何があっても絶対にやり遂げる人なんだ。

「それは違うよ、サラ姫。君はあいつの目的を知らないからね」

 サラの考えを、ファースはあの部屋で見せた冷笑とともに一蹴した。
 ファースへの憎しみを隠そうともせず、エールは皮肉げに笑う。
 教師が子どもに諭すような、優しいけれど一方的な口調で。

「あの男は、俺より大事なもの……国王を選んだんだ。いや、そうじゃないな。ずっと国王が匿ってた、ファースの前の筆頭魔術師……王弟事件の犯人をね。俺に魔術のスキルと、王城を出ても生き抜ける知恵を教える、その見返りが……あの女魔術師だった」

『……ある女が、国王に囚われている。そこは、王族しか入れない特別な結界が張ってある。その女と、俺を会わせてくれないか?』

 自信満々な態度で「ボーズはバカだなあ」とエールをからかっては大笑いしていた最強の魔術師。
 だからこそ、ファースの突然の変化にエールは驚いたのだ。
 苦しげに眉を寄せ、1つ1つ言葉を選ぶようにそっと告げるファースの瞳に、滲みかけた涙を見つけてしまった。

「それから、俺はファースに言われたとおり、女魔術師の囚われた部屋を探し出して、何度か逢引を手伝ったよ。やつれてはいたけれど、美しい女だった。魔術封じの腕輪を嵌められていた。それが無ければ、あの女はもっと早く逃げられたのかもしれないな」


 サラは、新たに発覚した事実に驚くとともに、冷静に事実を読み解いて、一度立てた仮説をリセットする。

 ――王弟事件。
 背筋が凍るような、あの部屋の澱んだ空気を思い出し、サラはぶるっと震えた。
 クロルに教わった話は、単なる噂話の域を出ない。
 全てを信頼することはできないけれど……。

「母さんが死んだとき、国王は珍しく動揺していた。その隙をついて逃げた元筆頭魔術師の女を、国王は見つけ出して連れ戻すよう命じた。確証は無いが、その女は国の暗部を知りすぎていたんだろう。ファースは……見つけても連れ戻すかは分からないな。その女にかなり入れ込んでいたみたいだから」

 サラは、その説明に納得した。
 いや、しようとした。

 理性を跳ね除けるように、サラは叫んでいた。

「違う、違うの、そうじゃないのっ……!」

 サラは、自分が心から魔術師ファースを信頼していることを自覚した。
 その信頼をすでに裏切られているエールと、話がかみ合うわけがない。
 エールの瞳には、あの日サラに向けた敵意が浮かぶ。

 それでもサラは、自分の直感を信じたかった。
 魔術師ファースは、エール王子をきっと大切に思っているはず。
 でも、ファースが取引してでも会いたがったその女魔術師も、大事なのかもしれない……。

 ――ううん、やっぱり違う。

 ファースは、何事も先を読んで、優先順位を決めて動く人だ。
 彼が何よりも優先するのが、大事な人の命。
 好きな女を追いかけるとか、たかが国王の命令なんてもので、あの天邪鬼が動くわけない!

 お互い一歩も引かず、睨みあうサラとエール。
 その対立を、ハラハラしながら見守るリグルとルリ。

 そして……ピリピリと緊張したその場の空気を、まるっきり無視する人物が1人。


「そっか、うん、わかった。あー、スッキリした!」


 クロルは、僕ってやっぱ天才っと呟きながら、1人くすくすと笑い出した。

  * * *

 全員が、理知的に輝くクロルの瞳に吸い寄せられる。
 過去や未来が入り混じるこの混沌とした現実から、クロルは何を見つけだしたのか。

「エール兄さん、僕はね……母さんが死んだところを確かに見たって人を知ってるんだ」

 事故死を装って、王城を逃げ出したという王子たちの母親。
 それが確かに死んでいるとしたら、また話が変わる。

「もしも母さんが死んだなら、その命をもってエール兄さんにかけられた呪いは解かれるはず……それが解けていないから、エール兄さんは”魔女はまだ生きている”と思っていたんだろう? でも、残念。母さんは本当に死んだんだよ」

 どういうことか分からない。
 分からないけれど……何か、嫌な予感に、サラの胸の鼓動は早まった。

 クロルは、自分を見つめる4人の顔をゆっくりと見回した後、結論を告げた。


「魔女は、成功したんだよ。禁呪ってやつをさ。死んだ人間の魂を冥界から降ろすより、生きた人間の魂を降ろした方が楽だって」


 クロルの笑みが深まるとともに、この部屋全体が冷気に包まれていくようで、サラは両腕で自分の体を抱きしめた。
 ズキズキと鈍い痛みを放つ左手の傷ですら、この空気の中で沈黙した。


「きっと魔女は、自分の肉体を捨てて、他の人間の体を乗っ取ったんだ。例えば……”元筆頭魔術師の女”あたりに、ね……」


 クロルの告げた言葉に……4人は、戦慄を覚えた。

 クロルは「今頃魔女は大陸で、婿探しならぬ贄探しでもしてるのかなー」なんて、他人事のように笑った。



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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ギャー! 魔女怖いよぅ……ていうか、全然話すすまないこの話が、どんだけ長くなるのかがもっと怖い……。予告してたエール君のリベンジまで辿り着けずスミマセン。しかしクロル君、どんだけ賢いんだって話ですよ。実際に赤ちゃんの記憶がある方もいるそうですが……クロル君がいてくれて良かった! 彼が居なかったら、単純ワンちゃんなリグル、甘えんぼ子猫なルリ、思い込んだら一筋な頑固エール、同じく頑固でフィーリング重視のサラ……謎は絶対解決しませんでした。ホッ。あと魔術師ファース君の想い人も登場。とても悲しい恋です。うっかりサラちゃんに浮気しかけたのは、作者的に許せる範囲かと。念のため補足すると、2人が森を抜けられたのは”死をも乗り越えられる強さ”があったからですね。(第二章閑話4妹ちゃん振られるの巻より)
 次回こそ、エール君とサラちゃん2度目のツーショット。そろそろ甘さを提供しましょう。苦いブラック無糖に飽きたら、極甘MAXコーヒーを無理やり提供いたします。(byAQカフェ店主)

第三章(16)エールの視線

第三章 王位継承


 クロルの推理からしばらくの沈黙を経て、ルリが呟いた。

「ごめんなさい、もう無理……これ以上は、考えられない……」

 その言葉をきっかけに、会合はお開きとなった。
 また近いうちに集まろうと約束して。
 このヘビーな話し合いで一番ダメージの少なかったクロルは、そうと決まると「あー、疲れた。じゃねー」と言い捨て、さっさと部屋を出て行った。

 クロルが出て行くのと同時に、手馴れた様子でお茶の片付けを始めるルリ。
 何か手伝えることはないかと近寄ったサラに、人差し指を立てて一喝。

「けが人は座ってなさい! というか、お茶会は片付けまでが主催者の仕事だから、気遣いはご無用よっ」

 大人しく元の席に戻ったサラは、見るからに高級なカップ&ソーサーをジェンガのように重ね、絶妙なバランスで流しへ運んでいくルリを見つめた。

 ドレスの上からエプロンをつけ、ミニキッチンに立つルリの姿は、女のサラから見ても最高に魅力的だ。
 顔が可愛いのはもちろん、出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでいるあの素晴らしいスタイル。
 そして、王女という立場にあっても失われない、労働や奉仕への熱い心。
 なにより、言いたいことはハッキリ言う、竹を割ったような性格……。

 無意識に、サラは呟いた。

「ああ、ルリ姫と結婚したい……」

 その後、猛スピードで片づけを終えたルリは、サラの顔を見ずに「私はこれでっ!」と退室した。

  * * *

 リグルの部屋に残ったのは、家主のリグル、エール、サラの3人。
 サラは、ルリと一緒に自室へ戻ろうと思っていたのに、アテが外れてしまった。
 この場所から後宮へ、迷わず辿り着ける自信は無い。

 エールかリグルに、後宮の入り口まで送ってもらおう。
 それとも、誰か侍女を呼んでもらおうかな。

「じゃ、そろそろ俺も」

 ちょうどエールが立ち上がったので、サラは送ってくれないか打診しようと、慌てて声をかけた。

「エール王子、あの……」
「いいこと思いついたっ!」

 サラが話しかけるのと同じタイミングで、テーブルに座ってなにやら考え込んでいたリグルが、突然両手をバシンと叩いた。

「エール兄っ、今日から俺は、エール兄の部屋で寝泊りするからな! もし突然発作が起きたら大変だし!」
「いや、要らない」

 あっさりと否定したエールは、足早に部屋を出ようとする。
 そのローブの裾を、リグルはとっさに掴んで引き止めた。

 ただでさえ腕力の強いリグルに引っ張られ、病み上がりのエールはバランスを崩すと、なすすべなく絨毯に転がった。
 柔らかい絨毯なのでダメージは無いが、靴についた土を落とすような気遣いの無いリグルの部屋だけあって、たった1日で汚れがたまる。
 黒いローブについた埃を払いつつ体を起こし、文句を言おうと口を開きかけたエールは……リグルの豪快な笑みとバキボキと鳴らされる指を見て、抵抗を止めた。

「分かった。とりあえず今晩一緒に過ごしてみて、うまく行きそうだったら、な?」

 青白い顔をしたエールが、真剣な男女交際には逃げ腰なプレイボーイ的提案をするも、リグルは最初の一言しか聞かずに「よっしゃ!」と大喜びだ。
 今まで距離を置かれていただけに、リグルはこうしてまた昔のように仲良くなれることがよほど嬉しいのだろう。
 2人のやり取りを見ていたサラは、以前テレビでやっていた大家族ドキュメントの反抗期兄弟の和解シーンを思い出し、よかったねえと呟いた。

「エール兄のためなら、多少の階段と廊下くらい我慢できるぜっ」

 リグルの部屋は、王族の部屋のある一画からはずいぶん離れている。
 元々は他の王子と同じく、王族専用の厳重警備エリアに部屋があったのだが、リグルが「いちいち階段を昇るのは面倒。訓練場に近い方がいい」と主張したため、この場所になったそうだ。

 そしてリグルの長所は、一度決めたらまっしぐらな、その行動力。

「では、後で侍女たちに簡易ベッドを持ち込ませ……」
「大丈夫! 確か医務室に余ったベッドがあったから、俺が持ってくよ!」
「いや、あのベッドは……」

 患者の……と呟くエールの言葉は、勢い良く部屋を飛び出して行った秋田犬リグルには届かなかった。

  * * *

 部屋にサラと2人で残されたエールは、若干の気まずさを感じていた。

 自分がどうやって助けられたのかは、庭園の広場から移動する間に、肩を貸してくれたクロルからしっかり聞かされた。
 時系列で整理されたクロルの説明は、非常に簡潔で分かりやすかった。

『サラ姫、最初はエール兄さんの顔殴ったんだろうね。兄さんの頬ちょっと腫れてたし。そのうち服脱がせて、薬を見つけたみたいだよ。でも彼女魔力無いから水が呼べなくて、代わりに自分の指噛みちぎって血と一緒に飲ませたみたい。あ、もちろん”口付け”でね。僕たちが到着したとき、まさにその場面だったから、本当にビックリしたなあ。サラ姫って実は痴女だったのかと思ってさ。そしたら、次の瞬間口からダラッと血を流すから、痴女じゃなく魔女が降りたのかと。でも、光の魔術でエール兄さんを治した時は、まるで女神だったな。あ、エール兄さんそのときもサラ姫に”口付け”されてたよ。良かったね』

 クロルは淡々と語ってくれたが、その眼は一切笑っていなかった。
 特に、口付けという単語には、やけに力が入っていた気がする。

 エールは、すぐ隣に大人しく座っているサラを、チラリと盗み見る。
 長袖のドレスの袖が左腕だけ無残に千切られ、のぞいた白い腕の先には、包帯の巻かれた手。
 一度顔と手を洗ったので、汚れてはいないが、黒いドレス全体は砂埃にまみれ、短髪を隠すための髪飾りは美しい黒髪から離れまいとするように、かろうじてひっかかっている。

 傷に巻かれていた包帯が緩んだのか、せっせと巻きなおしているその表情は、真剣そのものだ。
 片手しか使えないせいか、案外不器用なのか、上手に巻けず何度もやり直す姿がいじらしい。

 ――その傷をつけさせたのは、自分だ。

 サラに魔力が全く無いことは、エールにとって衝撃だった。
 力の差はあれど、あらゆる人間に宿るといわれる魔力。
 それが、治癒の魔術すら受け付けないなんて……そんな人物は見たことも聞いたことも無い。

 代わりに、サラが持つ能力は、非常に特異なものだった。

『人の放った魔術を、転移させる』

 エールは、決勝トーナメントの戦い方を見ていて、単に黒騎士は魔力が少ないのだろうと思っていた。
 少ない魔力をギリギリまで溜めこみ、強力なマジックアイテムの力を活用することで、あの爆発的なパワーを得たのだろうと。
 その予想は、完全に外れていたことになる。

 本来、一度魔術師の支配を受けた精霊は、他の存在から干渉されることはない。
 使命を遂げるか、遂げられずに消滅するか、そのどちらかだ。
 しかし、黒騎士……サラ姫は、精霊に使命を上書きするのだ。

 決勝戦の決め手となった金色の龍も、元々魔術師ファースの術により生まれた存在。
 それを一度受け止め、別の形に変えて放出し直すなんて、まさに神の域に達するような……。

 サラ姫は、もしかしたら神の声を聞く巫女姫なのかもしれない。
 砂漠の国は未開の地だし、このような不思議な力を持つ巫女姫がいてもおかしくない。
 なにより、サラ姫は神の御使いのように美しい……。

 そこまで考えたとき、エールの視線に気づいたサラが顔を上げ、不思議そうに小首を傾げた。

「エール王子?」

 エールは、ブルーの瞳に射止められた。
 無理やり視線をずらしたが、今度は高く澄んだ声を紡ぐサラの唇を見てしまった。
 ふっくらと柔らかく血色の良いその唇は、紅をさしていないというのにひどく赤い。
 慌ててうつむいたエールの視線が、サラの首筋、胸、腰へと移っていったとき。

 エールの心臓が、ドクリと強い音を立てる。

 エールは思わずサラに手を伸ばし……。


「その包帯貸せっ!」


 サラの手にぐっちゃり乗った白い布を、乱暴に奪い取っていた。

  * * *

 サラの近くに椅子を寄せて陣取ると、器用にするすると包帯を巻いていくエール。
 目下最大の課題が解決したサラは、上機嫌だ。

「そうだ、私エール王子に聞きたいことがあったんだ」

 エールはなるべくサラの笑顔を見ないように、手元に意識を集中させた。

「さっきバラのテラスで言ってたことって、本当ですか?」
「何のことだ?」
「私と結婚してくれるって」

 もう少しで巻き終わるというときに投げられた、サラの爆弾。
 呆気に取られたエールは、その手から包帯の残りを取り落とした。

 シュルシュルと一気にたるんでいく包帯を見ながら、サラは「あーあ」と呟いた。



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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 いきなりMAXコーヒーの前に、微糖ミルクな感じのお話でした。ええ……本当は、書いてて長くなってしまったので、途中で分けました。極甘は次回に先送りで、今回はライトなコメディ風に。がっちり打ち解けたことで、だんだん王子&姫が壊れ……くだけてきて、キャラが勝手に動くようになってきました。特にエール君、トラウマ系ポーカーフェイスでめんどくさいヤツだったけど、世話好きお兄ちゃんになってからは楽チンです。いつものように動物に例えると、コリー犬って感じ? 突然なぞなぞ『コリーが逆立ちすると、何になるでしょう?』 ヒントは業務用コピー機の……。(←スルー推奨)せっかくキャラ立ってきたんですが、もうそろそろ第三章はクライマックスです。フルスピードで! 勢いだけで!(←いいのか?)
 次回、サラちゃん視点に戻り、エール君に小さな奇跡を起こします。そしてついに、プロポーズ大作戦完了……となるか?

第三章(17)包帯に舞い降りた小鳥

第三章 王位継承


 包帯を巻き終わるまで黙っていろとエールに言われ、大人しくそのしぐさを見つめるサラ。
 至近距離で見るエールの髪は、艶やかでコシがあって、まるでシャンプーのCMに出てくるアジアン女優のようだ。
 
 サラの傷を押さない程度のちょうど良い圧力で、美しく均一に巻かれていく包帯。
 一重瞼の細い瞳は、真剣そのものだ。
 パーティで初めて挨拶したときは、無表情すぎて血の通わない人物という印象だったが、もうそんなことはない。
 エールの手は、こんなにも温かいと知ったから。

 精巧なプラモデルを組み立てるように、緻密な動きをみせる長い指は、とても細く骨ばっている。
 指先が動くたびに、手の甲にはくっきりと5本のラインが浮かび、しなびて張り付いた皮膚が影を作る。
 その手を見つめていたサラは、エールのマントに隠された尋常ではないくらい痩せた体を思い出し、一刻も早く解決策を考えねばと痛切に感じた。

  * * *

 サラは頭の中で、先ほどの話し合いで判明した事実を並べ、取り組むべき課題に優先順位をつけてみた。

 まず、最優先すべきはエール王子の体調だ。
 今は薬で抑えているというが、何度もあんな発作が起きては、体力は削られるばかりだろう。
 しかも、その薬も残り僅かだという。

 通常なら、触れれば消えるサラの能力も、エールには通じない。
 エールの魂には、魔女の作った見えない時限爆弾がセットされているのだ。
 それを外すことは、魔女にしかできない。

 魔女の操る禁呪について、エールはこう言っていた。

『別名、闇の魔術』

 火、水、木、風、土、光……6つしかないと思っていた魔術の7番目。
 人の心や魂を操り、時には穢すもの。

 サラ姫にかけられたあの洗脳魔術は、たぶん闇の魔術だろう。
 魔術師ファースが生み出した幻の龍も、水龍という話だったが、幻にするという点で闇の魔術をミックスしたものかもしれない。
 アレクの言っていた『七色のオーラ』という言葉もしっくりおさまるし。

 手のひらで直接触れなければ、魔術を無力化できないサラにとっては、闇の魔術は脅威だ。
 魔女は、特に恐ろしい。
 サラ姫のように人を操るくらいならまだしも、人の肉体を奪って乗り移るなんて……まるでホラーだ。

 幽閉されていた元筆頭魔術師に乗り移ったという、元王女。
 大陸へ逃げた後も、より魔力の強い人間、より若い人間の魂へと、次々取り付いていくだろうことは想像に難くない。
 そうやって生き延びて、いつか強力な力を持つ”贄”を見つけたなら、魔女は再びこの国へ舞い戻り、クロルの元へやってくる。

 最愛の人の血を引くクロルに、死者の魂を降ろすことができたなら。
 魔女は再び、恋をするのだろう。
 もしも魂というものに寿命が無いのなら、2人の魂は器を取り替えながら、永遠の時を生きる。
 他人の命や、我が子の命まで踏みにじりながら、愛を貫いていく……。

 ――そんなの、絶対に認めない!

 サラはほんの一瞬、緑の瞳を思い出して……そっと瞳を閉じた。

  * * *

 いつのまにか、考えが横道へ反れてしまった。
 サラは、再びエールの命を救う方法を考え始めた。

 確かに、闇の魔術は恐ろしい。
 ただ光だけが、唯一闇を抑えることができる……。

 サラは、できたら明日朝一番で、リコからお守りを借りようと思った。
 あれは光のマジックアイテムだというし、エールも持っているだけで少しは楽になるかもしれない。

 お守りの利用だけでは、効果は限られるだろう。
 できれば、光の魔術もかけてあげたい。

 呪いを受けてからというもの、エールは光の魔術がまったく使えなくなってしまったと言っていたし、いつものような増幅反射はできない。
 今日やったみたいに、別の人から魔術を受けて、それを自分で光に変換して、エールに……。

 ……あれ?
 なんだか突然、胸が苦しくなってきたような?

 サラは直感で、この方法を考えるのは後回しにしようと思った。


 あとは、エールの薬も補充しなければ。
 内面が侵されているなら、やはり内服できるアイテムの方が効果も高いのだろう。
 ただ、光の精霊系アイテムは貴重で、ほとんど存在していないとヒゲ盗賊もアレクも言っていた。
 今はエールに協力している魔術師達も、必死で探して見つからないというし。

 そんな、あるかどうかも分からないお宝を探すくらいならば……。

 空いている右手の指で、自分の前髪を摘んだサラ。
 そろそろ伸びて来たし、前髪切ってすりつぶして飲ませてみるか。
 もしそれが成功したら、いっそ丸坊主になっても構わない。
 髪の毛なんてどうせすぐ伸びるし、むしろ究極のエコ入浴を体験してみたいという気も……。

「おい、終わったぞ」

 サラは思考の奥深くに潜り込みすぎ、若干アニマル化していた。
 理性のストッパーが外れ、思いついたことをそのまま口にしはじめる。

「ありがとう。私、エール王子のために、坊主になるね!」
「……は?」
「ねえ、侍女のリコ呼んでもらっていい? 善は急げってことで、今から断髪式しましょう!」
「おい」
「本当に効くかは分かんないけど、一か八かってことで!」
「こら」
「もし効いたら、エール王子もう陰険な魔術師にペコペコしなくてすむし!」

 サラは瞳をキラキラさせながら身を乗り出して、閃いたばかりのプランを伝えた。
 しかし、サラの思惑に反して、エールはまったくそのプランに乗ってこない。
 むしろ、突然出くわした珍獣から身を守るように、じりじりと椅子を引き、サラから離れようとする。

 不満に頬を膨らませたサラは、論より証拠とばかりに、自分の前髪のツンと跳ねた1本を摘み、プチッと引き抜いた。
 リコは毎朝サラを起こした後、枕元や室内に抜け落ちたサラの髪をせっせと集めているようだし、魔力の強いエールになら何か伝わるだろう。

 サラの行動の全てが意味不明で困惑するエールに、サラは抜いた前髪を「はい、お宝」と言って差し出した。
 反射的に、手のひらをサラへ伸ばしたエール。

 あらゆる魔力を消去するサラの指から解き放たれた、1本の黒い髪の毛。

 それはエールの手のひらに触れると同時に……眩い光を放った。

  * * *

 目の前で見せ付けられた小さな奇跡に、エールが動揺して叫ぶ。

「――なんだ、これはっ!」

 当然、サラには何も見えない。
 ただ1本の黒い髪が、エールの手のひらにちょこんと乗っているだけ。

「なんだと言われても……私の髪ですが?」
「なぜ光る! なぜ金色なんだ!」
「どうやら、私の髪は光の精霊に好かれるらしいんです。あ、私には一切見えませんが」

 二の句がつけず、口を半開きに開けたまま硬直するエール。
 なんとか気力を振り絞り、質問する。

「じゃあ……これが、見えないのか?」
「はい、まったく見えません」

 エールは感極まったのか、ぶるぶると肩を震わせたかと思うと、耐えかねたように……大爆笑した。

 初めて聞くエールの心底おかしそうな笑い声。
 あの広場で、靴が転げたときの比ではない。
 驚くサラに、エールは目の端に浮かんだ涙をぬぐいながら尋ねた。

「サラ姫の国には、こんな虫がいるのか?」
「虫、ですか?」
「ああ、黒くて、爪の先くらいの大きさで、細い足が6本、羽があって空を飛び、体の一部が発光する」
「たぶん……ホタル、ですねえ」

 エールは笑いが止まらなくなったのか、自分の人差し指の先を見つめながら、くすくすと笑い続ける。
 そうか、ホタルというのかお前はと呟くと、怪訝そうな表情のサラに解説した。

「今、サラ姫の髪が光ったと思ったら、そこからホタルが飛び出してきたんだ。とても美しい光を放つ可愛い虫だ。大陸の奥にそんな生き物が存在すると噂には聞いていたが、砂漠の国にもいるとは知らなかった」

 サラは、エールの視線を追う。
 目に見えないホタルが、エールの人差し指の先から手のひらへとテクテク下りると、軽く飛んで鼻の先へ。
 くすぐったいなと笑うエールが鼻先に指を差し出すと、大人しくしたがったホタルは再び指の先へ……。

 小学生のとき読んだ演劇マンガで、小鳥を探すという演技をさせられた主人公が「タンスの上から小鳥が降りて来ないの……」と嘆くシーンを、サラは思い出した。

「これ、俺に懐いてるみたいだけど……俺がもらってもいいのか?」
「はあ。欲しいというなら、いいですよ? 何度も言いますが、私にはまったく見えないですし」

 エールは、サラから受け取った1本の黒髪と、その見えない虫を、大事そうにマントの中のピルケースにしまった。

「ありがとう。なんだか、生きる勇気が出てきたよ……」

 服の上からでも伝わる、胸の奥に灯る小さな光。
 10年間、迫り来る闇に抗うだけで精一杯だった自分に、初めて灯った希望の光だ。

 魔術師たちは、せっかく弱みを握り取り入った傀儡に死なれては困るとやっきになっている。
 戦争などそっちのけで、光の魔術が使える人間や、光の精霊アイテム探しに夢中だ。
 しかし、光の精霊は貴重で、簡単には見つからない。

 今ある薬が無くなれば、もう自分の命は尽きるのだと思っていた。
 誰のことも愛さぬまま、魔女を恨み、大勢の人間を死に追いやって、冥府へ向かうはずだった自分の運命を……この少女は、簡単にひっくり返してしまった。

 エールは椅子から立ち上がると、1歩2歩とゆっくり進み、サラの傍へ。
 そのブルーの瞳を見つめると、一瞬儚げな笑みを浮かべ、流れるようなしぐさで一礼。
 うつむいたまま腰を落とし、足元へひざまずいた。

「サラ姫……」
「ハイッ!」

 顔をあげたエールは、涼しげなその瞳にうっすらと涙を浮かべて、サラを見上げた。
 これから起こることを察したのか、サラの頬はすでにバラ色に染まっている。


「残りの命が尽きるまで……俺の全てを、君に捧げる。君の望みを、俺は必ず叶えてみせる。国王の椅子なんて要らない。ただ、君を守る権利を……!」


 丁寧に巻きなおされた包帯の上に、そっと小鳥がとまるように、エールの口付けが落とされた。
 布に遮られているはずの手の甲に、エールの唇の熱が伝わる。

 サラの瞳はぎゅっと閉じられた。
 それを合図に、泉のように溢れ出した涙。

 涙の雨は、エールが優しい言葉をかければかけるほど、その勢いを増した。


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 さ、たっぷり加糖ミルク入りMAXコーヒーいかがでしたか? ……え、甘すぎる? ではまたブラック無糖を……。(←旨い物~菊正宗ループの法則)エール君のプロポーズは「ホタルゥー」という感じの北国系な愛です。命の恩人への無償の奉仕+ほんのり初恋。ある意味バルト先生と似てるかもしれません。しかし全力でお守りします的な愛は、意外と侮れないと思う作者。うっかりエール君に「俺は死にましぇん!」と言わせようとして、シリアスシリアス……と我慢したエライ子です。ということで、これでプロポーズ大作戦終了! みなさんは次のコマンドどーしますか? 1.王の間へ、2.図書館へ 3.訓練場へ 4.政務室へ。作者はもちろん……そう、久しぶりのあのお方の元へ。そだ、小鳥のくだりは愛読書・ガ○スの仮面より。いろんな意味で傑作です。
 次回、国王様にもう一度会っときます。魔女っ子に乗っ取られちゃった可哀想な女子のこと聞かなきゃねー。そろそろ腹割って行きましょう。

第三章(18)国王の狙い

第三章 王位継承


 どんなにくたびれていても、どんなに寝不足でも、朝はやってくる。

「サラ様っ!」

 ドアをガンガンと叩いた後、勝手にドアを開けて飛び込んできたリコは、そのまま勢い良くサラのふかふか天蓋付きベッドへ飛び乗った。
 正確には、ふかふかベッドの布団の下に丸まっている、サラの上に。

「グエッ!」
「やだもう、朝からカエルの真似なんてして、サラ様ったらお茶目なんだからっ」

 ええ、そうです。
 現在カエルは季節外れの冬眠中です。
 どうか起こさないでください。

「サラ様、早く起きないと……大変なことになりますよ……」

 突然声色を変えたリコに、サラはびくりとして目を開けた。
 リコは、寝起きの悪いサラの正しい起こし方をマスターしていた。


 瞼がずしっと重いのは、昨日たくさん泣いてしまったせい。
 枕元には溶けきった氷嚢が転がって、枕をしっとり濡らしている。
 軽く指で触れると、ものすごく腫れているというわけではないが、きっとひどい顔をしているだろう。

 あくびの出たサラは、うっすら涙の浮かんだ目をこすろうとして、リコに「ダメです! こすったらひどくなりますよ」と止められた。
 ため息をつくサラに比べ、この王城が敵国とは思えないほどのびのび暮らしているリコは、肌つやも良く笑顔が眩しい。

「もー、眠いよー。昨日あんまり眠れなかったのにー」
「はい、さっさと着替えましょうね。今日は朝から大事な予定が入りましたので」

 サラは、容赦なく差し込む朝日と、明け方まで続けられた筋トレの筋肉痛に表情を歪めつつ、上半身を起こした。
 うっかりベッドの縁についた左手が、ズキリと痛む。
 一応プロに縫ってもらったし、薬も効いているので、我慢できないことはないのだが……。

 サラは、その包帯の白を見つめると、右手の指で髪の毛を摘んだ。
 エール王子の黒髪よりは細く柔らかいものの、艶やかで滑るような手触りだ。
 ショートカットにしてから、髪がからまることもなくなり、ますます健康的になっている気がする。

 この黒髪から龍やらホタルやらが飛び出すなんて、ここは本当に不思議な世界だ。

 おのずとサラの思考は、昨夜の出来事をなぞっていった。

  * * *

 昨夜、突然のプロポーズをきっかけに、張り詰めていた気持ちが緩んで大泣きしたサラ。
 泣きやまないサラに困り果てたエールは、簡単な魔術を使ったマジックショーを見せてくれたが、サラはその気遣いと優しさに、ますます涙が止まらなくなってしまった。

 ちょうどそのとき、医務室からリグルが戻ってきた。
 片手に大きなベッド枠、もう片方の手に大きなベッドマット、頭の上には折りたたまれた布団がでろーんと崩れかけた状態で乗っていた。
 しかも、口には作りたての氷嚢が咥えられている。

 あまりにも王子らしからぬその姿に、サラはようやく笑顔を取り戻したのだった。

 その後、サラは2人に付き添われて後宮へ。
 布団だけ持ってあげたエールは、「そんなに感動するマジックがあるなら、俺にも見せて」とリグルにバウワウ詰め寄られ、クールな視線を送っていた。
 サラに向ける、特別甘い視線とは対照的で……サラはなるべくエールを見ないように端っこを歩いた。

 エールは、昨日で変わったのだと思う。
 魔女に呪いをかけられる前の、本当のエールに。
 兄の態度の変化にギャンギャン噛み付きつつも、嬉しそうなリグルを見ていて、サラはほっとしていた。


「サラ様、またぼんやりして! はい、お水飲んでくださいっ」

 朝日のシャワーと冷たい水で、いつもならスッキリ目が覚めるはずのサラだったが、今日は魂が口から半分飛び出たままだ。

「サラ様っ! 今から、ここに大事な方が……」

 言いかけたリコが、ピクリと体を緊張させた。

「ああっ、もう来ちゃったかも!」

 耳の良いリコが、何者かの足音をキャッチした瞬間、リコは手ずからサラの身支度をすることを断念。
魔術でチンして作ったホットタオルが飛んできてサラの顔を強引にぬぐい、猫じゃらし歯ブラシがサラの口の中をもぞもぞと動き回る。
 同時に、風の魔術がサラの髪を梳かしつつ、ドレスを棚から呼び寄せて、秒速でサラの身支度を整えた。

 サラの体そのものには魔術は効かないが、サラが立ち上がったり口を開けたりすれば、そこに適切な魔術がやってくる。
 普段は見られない便利な魔法のオンパレードに興奮したサラは、ようやく目を覚ました。

「リコったら、また侍女魔術レベルアップしたねえ……」

 至れり尽くせりで着替えを終えたサラが、お姫さま気分でのんびりと飲みかけの水に口をつける。
 そのとき、ノックの音と共にデリスの声がした。

「サラ姫様、今から大事なお話があります。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「いや、もう少し……」
「はーい、どうぞー」

 慌てるリコの掠れる声にかぶさった、のん気な声。
 声量でサラが勝った結果、部屋のドアが開かれる。

 そこに居たのは……。

「おや、サラ姫。今日はとても可愛らしい寝癖だな」

 立派なヒゲが美しく整えられた、国王様だった。
 サラは手にしたコップを見つめると、危機一髪でキケンを回避した自分を褒めた。

  * * *

 目配せ1つでリコを追い出した国王は、サラのベッドサイドにあるテーブルセットに落ち着いた。
 いつかルリ姫とお茶をした、少し小ぶりなラウンドテーブルに、アールデコ調の白い椅子。
 今日は仰々しいマントをつけていないというのに、その椅子に大柄な国王が座ると、まるで子ども用サイズに見える。

 サラは、寝癖がピョンと立ったところに、手探りで髪飾りを刺してごまかすと、国王の正面に腰掛けた。
 朝食の用意を整え、そっと無言で下がろうとしたデリスに、国王が隣の椅子を引きながら声をかける。

「今日は、お前もここに……デリス」
「はい、国王様」

 サラは、3名腰掛けるならと、少し椅子の位置をずらした。
 そのとき、またうっかり左手を使おうとしてしまい、薬指の傷がズキッと痛む。

「……つっ!」

 思わず顔をしかめたサラに、国王が声をかけてきた。

「昨日はエールが迷惑をかけたようだな。その手の怪我のこと、親として謝罪しなければと。すまなかった」

 サラを見るとき、今まではうっすらと口元に笑みを浮かべていた国王。
 今日は強く引き結ばれ、口角が下がっている。
 ただそれだけで、国王の威厳は増し、近寄りがたい空気をまとう。

「あの、これは大丈夫です。ただ、国王様は、いったいどこまでご存知で……」

 おずおずと尋ねるサラに、国王はようやくいつもどおりの微笑を浮かべた。
 鳶色の瞳が少しだけ細められ、サラの部屋の窓から差し込む眩しい朝日を反射する。
 浅黒く張りのある肌に、少しだけ寄った目尻のシワが貫禄を感じさせる国王。

 オアシスの神と崇められるこの人物を、ついこの間の夜、私は……。

 あれ?
 この間っていつだっけ?

 サラは、毎日大変なことが起こりすぎて、曜日感覚がまったく無くなっている自分に気づいた。

 赤くなったり青くなったり、ころころ変わるサラの表情を見ていた国王は、定番のいたずらっこ的な笑みとともに瞳を輝かせる。
 少ししゃがれた渋い声で……あっさりと白状した。

「昨夜、クロルが俺の部屋を訪ねてきた。全て聞いたよ。エールだけでなく、うちの子ども達全員、サラ姫には世話をかけっぱなしのようだな?」

 そのとき、サラの心には寒風が吹きすさび、枯葉の舞い散る音がした。
 クロル王子なら、きっとあのクールでコールドな冷笑とともに、全てを包み隠さず打ち明けたに違いない。

「ついでに、今朝はエールが来て、同じようなことを聞かされた。より情熱的にな」

 サラの心には、何かが終わった音がした。
 例えるなら、晩秋の柿の木……舞い落ちる最後の一粒がボタリと落ちた音。

「そういえば、一昨日の夜はリグルが来て、エール以上に情熱的な話をしていったな」

 ううっ……。
 もう、勘弁してください。

 サラは顔を真っ赤にし、小柄なデリスよりも小さく縮こまった。

  * * *

 国王に勧められて、サラは用意された簡単な朝食に手をつけた。

 オレンジジュースを豪快に飲み干した国王は、大きな手のひらで口元をぬぐう。
 国王の隣で背筋をシャンと伸ばし、身じろぎもせず黙って腰掛けていたデリスが、「国王様、はしたない。ナプキンをお使いくださいませ」と発言すると、国王は「すまん」と苦笑する。
 まるで親子のようなやり取りに、サラは少し気が紛れた。

 朝食がひと段落する頃、国王は独り言のように呟いた。

「正直なところ、これだけ早く3人が決めるとは思わなかった。すべてサラ姫のおかげか……」

 片付けのために席を立ったデリスをチラリと見やると、国王は椅子から立ち上り、サラの方へとまわってきた。
 サラの傍らにひざまずき、白い包帯の眩しい左手を手にとりながら、強気な瞳でサラを見上げた。

「エール、リグル、クロル……全員俺にとってはかわいい息子だ。サラ姫、誰を選ぶ?」

 国王の瞳は、あのパーティで突然プロポーズされたときと同じ。
 表面上は、情熱的に見える。

 ――でも、3人の王子たちとは違う。

「国王、あなたは私を利用した」

 サラは、黒騎士の声で告げ、冷ややかな瞳で国王を見下ろしながら、その手を振り払った。
 指がズキリと痛んだが、サラの心の痛みよりはマシだ。

 きっと、この人のなかで、最初から結論は出ていたのだ。

「あなたは……ただ、選んで欲しかったんですね? 王子たちに、自らの意思で……」

 魔術師に強要されて、時期国王を目指していたエール。
 エールを気遣って、辞退していたリグル。
 クロルは最初から決めていたみたいだけれど……。

 何もかもを予期して、こんな馬鹿げた賭けを企んだとしたら……。
 この人は、ずるい人だ。


 サラの言葉に、国王はいたずらが大成功した少年のような、得意満面な笑みを浮かべた。


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 王様の仕掛けたゲームに、やっと気づいたサラちゃんでした。王様のゲーム……王様ゲー……いや、なんでもありません。なんか、奥様方がPTA会長を決めるときのやり取りを彷彿とさせられますなあ。総理大臣決めるときも一緒かも。派閥と資質の戦いって感じですわね。この話では、ちょうどサラちゃんという餌がやってきて、うまく3人を引っ掻き回してくれたので、王様が満足する結果になりました。肝心の嫁取りはさておき、王位継承者は無事決定です。魔術師団は「キーッ、なによ!」と悔しがることでしょう。
 次回は、怒り心頭のサラちゃんに追い討ちをかけるように、王様の黒いとこぶつけていきます。見た目だけでなく中身もクロル君と似ているという……。

第三章(19)魔術師の思惑

第三章 王位継承


 ドレス姿のサラと初めて顔を合わせた、あのパーティのときも、国王はこんな表情をしていた気がする。
 自分の思うとおりに事が進むという、絶対的な自信。

 なぜだろう、それを崩してやりたいと思ってしまうのは。
 3人の王子を騙した罰を与えてやりたい。
 そんなことする権利、私には無いと分かっているけれど……。

 サラは自分を見上げる国王から目を背け、悔しさに奥歯を噛み締める。
 その横顔をじっと見つめていた国王は、先ほど払いのけられたサラの左手へ再び指を伸ばした。

 包帯の上から、じわりと生温い熱を感じる。
 それは、国王の魔術の証。

「国王、私には魔術は……」
「いいんだ、俺がやりたいだけだから」

 優しい声色と困ったような笑顔に、今度はその手を振り払えなかった。
 謀ったこととはいえ、多少の罪悪感はあったのだろう。
 特に、まったくの部外者であるサラに対しては。

 サラは、ただ黙ってその熱を受け止めた。

 しばらくして気が済んだのか、国王はサラの手を離し立ち上がった。
 椅子に腰掛けるサラと、立ち上がった国王の身長差は、大人と子どものようだ。

「ひとつ、聞かせてくれないか?」

 天から降ってくるような、国王の低い声が響いた。
 小さな声がこの空間を支配し、サラの心の奥へも浸透していく。
 神様の声とはこんな音色なのではないかと、サラは思った。

 夢見るようにぼんやりと国王を見上げるサラに、降ってきたのは。

「サラ姫は、あの曲者ぞろいの王子たちを、いったいどうやって落としたんだ?」

 神様の問いに、サラはうまく答えることができなかった。

  * * *

 国王は、エールの事情を薄々感じていたという。

 母親の死、懐いていた魔術師ファースの失踪、そして近づく魔術師団。
 そもそも大人しく温厚なエールが、何かを諦めたような冷たい表情で「次期国王になる」と告げてから、国王もそれなりに悩んできたそうだ。

 しかし、国王としての命令も、父親としての言葉も、エールの心を動かすことはできなかった。
 サラが、この城にやってくるまでは、手立てがなかったのだ。
 その傷が癒えるのを待ちながら、エールの好きなようにさせてやることしか。

「本当に、ここまで面白……いや、うまく話が進むとは思わなかったんだ。俺が見たかったのは、魔術師長の反応だ。サラ姫の登場で、あっさり”婚約解消”の相談を持ちかけてきたときは、さすがの俺も笑いを堪え切れなかったぞ」

 いつも遠慮なく大笑いしているくせに……。
 
 どこまで本気か分からない国王の話を、サラはむっつり黙って聞いていた。

 国王はすでに自分の席に戻って、優雅にお茶を飲んでいる。
 その横には、相変わらず考えの読めない無表情のデリス。


 デリスが朝食を片付けて、戻ってきたのはつい先ほど。
 いつもガラゴロと引いているワゴンに乗っていたのは、焼きたてのスコーンと数種類の甘いジャムだった。

 サラは、国王の「冷めるぞ」の言葉に促され、しぶしぶとスコーンに手を伸ばした。
 何もつけずに一口かじり、香ばしい粉の香りと素朴な味にノックアウト。
 摘みたてフルーツを贅沢に使ったジャムを、次々と試していき、あっという間に全て平らげたサラの機嫌は、すっかり元通りだった。

 ああ、なんだか私、また謀られたかも……。

 節操の無い自分を軽く恥じつつ、サラは「ごちそうさまでした!」と国王に礼をする。
 その次に、デリスにも一礼。
 存在感を消すように、無言で椅子に腰掛けていたデリスが、かるく会釈を返す。

 30分でフルコースを用意することができる国王ならば、きっと話の流れを読んで、このタイミングで甘いものを出すようデリスに指示したに違いない。

 敗北感でうなだれるサラを見つめ、国王は笑みを漏らす。
 その柔らかい視線が、サラの口元で止まった。
 つい先ほどまでサラの左手に触れていた国王の逞しい腕が、今度はサラの頬へと伸ばされ……そっと、唇の脇をぬぐった。

「サラ姫、ジャムがついていたぞ」

 サラの前につきつけられた国王の指には、たぶんリンゴジャムと思われるゲル状物質がちょこんと乗っていた。
 恥ずかしさに、サラの頬はバラ色に染まる。

 言ってくれれば、自分で取るのにっ!

 サラが遅ればせながら、膝の上に広げたナプキンを使おうと意識を下に向けかけて……固まった。
 国王は、指についたものをペロリと舐め「うん、美味いな」と呟いた。

 すかさずデリスが「国王様、このようなことはワタクシが居ないときになさってください」と、不思議なツッコミを入れた。

  * * *

 続きがあるならワタクシはこれで……と立ち上がりかけたデリスを慌てて引き止めた国王。
 悪かったと呟くと、緩んだ表情を引き締めて、話の続きに戻った。

「サラ姫の活躍は、俺にとって嬉しい誤算だった。エールが目覚め、リグルが立つなら、もう俺は……お役御免だな」

 サラは、顔つきだけは真剣なものの、相変わらず軽い口調の国王を遠慮なく睨みつける。

 パーティで行ったサラへのプロポーズは、周囲に火をつけるためのパフォーマンスでしかなかった。
 サラが、あれだけ動揺させられたというのに。
 おかげで状況はずいぶん改善されたのだろうけれど、利用された側としては、やはり釈然としない。


 ともかく国王の狙いについては、理解できた。
 エールに取り付いた魔術師長を引き離すための、ちょっとした矛盾をつくってやっただけのこと。
 魔術師長には、サラを追い出すとか、殺すとかいう発想は無かったようだ。
 むしろ自分の娘を引っこめることで、エールを立て続けるという選択をした。

 サラの中で、大きく印象が変わった”魔術師”という存在。
 そもそも魔術師へのイメージを植えつけたのは、クロルだ。
 図書館の隠れ家で、クロルはサラにこんな言葉をぶつけたのだから。


『この城の魔術師は全員、黒騎士サマを殺すつもりだと思った方がいいよ?』


 魔術師長がそのつもりなら、婚約解消をする意味は無い。
 サラの存在を消してしまえば、すべて元通りになるのだから。

 魔術師長が、自分の娘を王妃にするという野望を諦めたのは、いったい何故なのか。
 エール王子の病状が悪化したためか。
 しかし、エールの命を危ぶんでいたとしても、現在戦争そっちのけで光の精霊アイテム探しにやっきになっているという話だし、まだ諦めてはいないはずだ。

 サラは、パーティで一度だけ顔を合わせ、にこやかに握手を交わした魔術師長を思い浮かべた。
 当時は先入観が無かったせいか、特に悪い印象は無い。
 侍従長ほどではないが、それなりに年がいっていて、小柄で大人しそうな人物だなと思った。

「国王、なぜ魔術師長は娘さんの婚約解消を選んだのでしょうか? エール王子の、病気のせいですか?」

 1人で悩んでも答えは出ない。
 サラは、思い切って質問してみた。

「魔術師長の娘は、まだ成人前だ。ずいぶん年が行った後にできた一人娘だからな……期待も大きかったのだろう。自分の後継者にと考えていた息子を、戦争で亡くしているから、なおさらな」

 国王の答えは簡潔だったが、サラはその言葉で魔術師長という人物がずいぶん理解できた。
 頑なに参戦を拒んだことも。
 思惑があるにせよ、エールの延命に尽力していることも。

 好戦的な騎士団と違って、この国の魔術師はそもそも穏やかな気性の人物が多いという。
 魔術師長も、防御系の魔術や、新たな魔術の研究などの成果が認められ、こつこつと上り詰めたそうだ。

 サラは、1つの結論を導いた。


『魔術師長は、サラの敵ではない』


 ではなぜ、クロルは『魔術師がサラの命を狙っている』と言ったのか。
 単にサラを怖がらせたかったのか、それとも……。

 クロルとのやり取りが、頭の中で詳細に再生されていく。
 サラの敵は魔術師だけではないと、クロルは言った。

 そして、クロルとの会話の中から、まだ解決されていない謎を見つけた。

「国王に近づくと……魔女に呪われる……?」

 ポツリと漏れたサラの言葉。
 反応したのは、国王ではなかった。


「サラ姫様、いけません!」


 突然立ち上がり、真っ青な顔で叫んだのは、デリスだった。


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 すみません、長くなったので中途半端なとこで切れました。というか、この先の展開を大きく書き直すことに……今回はちょっと不出来です。後で直すかも……。UP遅くなって本当にすみません。
 次回、国王様の暗部が明らかになります。どこまで明らかになるか……作者も悩み中。

第三章(20)月巫女

第三章 王位継承


 国王の「落ち着け、デリス」という言葉で、小さなため息をつき、何事も無かったかのように席へついたデリス。
 うまく隠しているようだが、良く見るとその体が小刻みに震えているのがわかる。
 デリスの細い肩を軽く叩くと、国王はサラに鋭い視線を向けた。

「魔女の呪い、か。サラ姫にそんな不謹慎なことを言うヤツは、1人しか思い浮かばないな……クロルだな?」

 国王の表情は、一切変わらない。
 変わらないのに……何故だろう、この業務用冷凍庫バリの寒さは。
 とりあえず、国王と別れたらすぐクロル王子に会いにいって、逃げろと忠告しなければ。

 怯えるサラが固まっている間に、国王は何事も無かったかのように立ち上がると、デリスが運んできたワゴンに乗せられたままの水差しを掴んだ。
 美しい女神と咲き誇る花々の模様が掘り込まれたガラスの水差しは、花弁1枚1枚の縁取りに宝石があしらわれた、特別なもの。
 中には7分目ほどの水が入っており、国王の手の動きに合わせて波のように水面を揺らす。

 その水差しをサラの目の前にかかげながら、国王は冷静な表情で告げた。

「サラ姫に問おう。今ここにある水は、1口飲めばどんな病をも治すという特別な水だ。目の前に、この水を欲している者がいるとしよう。さあ、この水を使うか? 捨てるか?」

  * * *

 唐突な謎かけに、話の流れが分からず混乱するサラ。
 国王の瞳に、何一つ陰りがないことを確認すると……じっとその水差しを見つめた。
 ちゃぷりと揺れる水は、窓から差し込む光を乱反射してきらめく。

 その光の向こうに浮かんだのは、先日倒れたエール。
 そして、病院のベッドで青くなっていたカリム。

 もしこの水が、本当にそんな不思議な効果を持つとしたら……。

「私なら、使います」

 国王は、サラの答えに静かな笑みを返す。

「では、もう1つ質問だ。この水を飲んで救われた者が、奇跡の水と呼ぶようになった。その人物は、これさえあればと頼り続けた。さあ、この水は必要だろうか?」

 問答の意味を考えずに、サラは素直に答えた。

「一度その水を隠すか、いっそ捨ててしまいます。世の中に起こる出来事には、良いことも悪いことも、すべて理由があると思うから……」

 サラは、水差しから目を逸らさず答える。
 この水がもし戦場や砂漠にもたらされたら、どのくらいの人が救われるのだろう。
 逆に一部の人だけがこの水を利用し、救われ続けるなら……。

「奇跡なんてものは、予想外に起こるからこそ奇跡なんです。その水が、本当に奇跡を望む者の手に渡らず、特定の人物のみに益をもたらすとしたら……単に所有者の欲望を埋めるための、便利な道具でしかありません」

 澱みなく答えるサラを凝視する国王。
 うつむいていたデリスも、いつしか顔を上げ、背筋を伸ばして真っ直ぐサラを見つめている。

「サラ姫のことを、クロルが気に入るわけだな……」

 国王の呟きに、サラは首を傾げる。
 水差しをそっとテーブルに戻すと、とってから手を離さないまま国王は言った。

「答えを言おう。今俺は、こうして奇跡の水を手にしている。すでに乱用していると言っても良いかもしれない。もちろん弊害もあるが、手放せずにいる……クロルの話はそういうことだ」

 まったくもって、意味が分からない。
 怪訝そうに眉をひそめるサラから、国王は少しばつが悪そうに唇を噛み締め、瞳を逸らした。

 サラは顎に手を当てて少し考えると、思いついたことをそのまま告げた。

「あの、1つお願いしていいですか?」
「なんだ?」

 サラは、自分のグラスに残っていたオレンジジュースを一気に飲み干すと、空になったそれを差し出した。

「私もそのお水、1口欲しいです。片手が使えないのって不便で……」

 無邪気におねだりするサラ。
 無言で顔を見合わせる、国王とデリス。

「あっ、もしかしてこの程度の怪我じゃ、ダメですか? これって乱用?」

 すみませんと慌てて謝るサラに、2人は……大爆笑した。

  * * *

 サラの勘違いにより、シリアスなムードはぶち壊しとなった。

「だいたい、王様が悪いんですよ! そんな分かりにくい例を使って、さも本当のことみたいに真剣に話すから……」

 白いナプキンで涙をぬぐいながら、国王はサラに「悪かった」と謝った。
 普段冷静沈着がウリのデリスも、このときばかりは笑いをかみ殺している。

「それで、その奇跡の水っていうのは、一体何のことなんですかっ! もう比喩は無しですよ!」

 赤っ恥をごまかすように、ぶっきらぼうに尋ねるサラ。
 ひとしきり笑ったおかげでスッキリしたのか、国王は軽く答えた。


「サラ姫もすでに会っているだろう……”月巫女”と呼ばれる女と」


 緩みきった雰囲気が、その単語を契機に、再び引き締まる。
 月巫女という言葉に、びくりと体を震わせとっさに目を伏せたデリス。
 サラは、豹変したデリスの態度を訝しく思いつつ、あの銀の髪が美しい女性を思い描いた。

 国王の部屋でディナーをいただいた日。
 初めて間近で見た月巫女は、美しすぎて……冷たい人形のような表情だった。
 会話しても、笑顔を作っていても、一切サラを見ていないような。

 クロルも、最初はそういう人物かと思った。
 でも、パーティで挨拶したとき、クロルはサラのガンつけに、侮蔑や挑発という人間味のある意思を返してきたのだ。

 見た目の美しさに目を奪われていたから、あまり気にならなかったけれど、月巫女は不思議な人だった。
 まるで目の前にある、この美しい水差しのような……。

 水差しの向こう、国王の手のひらがあごひげをしゃくるのが見えた。
 困ったり迷ったとき、国王はそんなしぐさをする。

「俺がかつて……精霊の森の神殿に辿り着いた話は、覚えているだろう?」

 サラは強くうなずくと、水差しの女神から視線を外し、目の前の国王に集中する。

「神殿に辿り着いた者には、褒美がつかわされる。俺は、何か1つだけ望むものを持ち帰って良いと言われた。宝石、宝剣、妖精がらみのマジックアイテム……数々の宝の中から、俺が選んだのが、あの”月巫女”だった。いや……本当は、強引に連れ帰ったんだ。精霊王が留守なのをいいことにな」

 国王は、だから罰が当たったのかもしれないなと、あの夜のように苦しげな表情で自嘲した。

  * * *

 月巫女は、もともと大陸のはるかかなたにある国の巫女姫だった。
 精霊を信仰するその国からは、定期的に巫女姫が遣わされ、一定期間森で暮らすのだという。
 森で多大な力を得てから、国へ戻った巫女姫は、その後国政の重要なポジションに就く。

 つまり国王は、他国の王女を攫ったようなものだ。
 それほどまでに望んだ、月巫女という女性は、いったい……。

「月巫女には、普通の魔術師には無い特別な能力がある。当時の俺には、確かに必要なものだった。それは”過去見”という……人の過去や記憶が読めるということ」

 その能力は、国王を数々の危険から守ったという。
 特に、王弟の残党がひしめく中、誰が本当の味方か分からないという状況で、信頼できる人間のみを選ぶために。

「もちろん、月巫女にも全てが読めるというわけではない。比較的読みやすいのは……言葉で告げられた嘘だ。特に、意図的につかれたもの」

 サラは、その言葉にピンと来た。

「じゃあ、私が女だとバレたのは……」
「そう、月巫女が読んだ……というのが、半分当たりだ。あの黒騎士はどう見ても少年だったから、本当に驚いたぞ」

 思い出したのか、国王は軽く笑む。
 一瞬明るさを取り戻した鳶色の瞳は、再び陰りを帯びた。

「軽い嘘、無害な嘘、善意の嘘……そういうものは、月巫女には読めない。もし読めたとしても、報復は受けない。彼女が捕えるのは、悪意のある嘘だ。王弟派の残党も、俺の命を狙う刺客も……捕らえたら、彼女は決して逃がさない」

 まるで漫画やドラマのような話だった。
 他人の考えていることが分かってしまう、特殊能力を持つ人物。
 人間の建前の奥に隠れた本音……見たくない人の暗闇を、いやおうなく見せ付けられるとしたら。

 あの人形のような表情になってしまうのも、理解できるかもしれない。

 ……ううん、問題はそこじゃない。


『報復』


 精霊の森と関わる者に、必ず降りかかる呪い。
 国王が森へ入ったときも、5年前に魔術師ファースの幻を受けて死んだという男も。

 自分自身の持つ暗闇に押しつぶされて……。


「――狂って、死ぬんですね?」


 国王は、サラの言葉に瞳を見開くと……深くうなずいた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 ずっとチラチラ出て気になる存在だった、月巫女さんの正体暴露編でした。べっぴんさんだけど、かなり怖い人です。でもお宝。ドラクエでいうと、呪い系アイテムみたいなもんか。能力数値高いけど自分にもダメージあり。それにしても暗いなー。もうちょっとこの暗い話続きます。本当はここに戦後処理の話も入れたかったんだけど、ますます暗い話になってしまってボツに。(いずれは触れなきゃなんないから、また後で)とにかく、ストーリー進行に関係無い話はなるたけカット! あ、明るくてくだらないボケ&ギャグはカットしません。むしろ入れ込みます。この話の前半にも無理やりコメディ入れてみたんですが……ちょっと苦しかったかも。ギャグは練らなければウケないという好事例でした。
 次回、月巫女ネタ後編。今度はデリスの告白メインです。ばーちゃんの愛がにじみ出る感じで。苦い話続きなので、ラストにチロルチョコ1個プレゼント。

第三章(21)消える王妃候補

第三章 王位継承


 サラの頭に、謎として残ったままだった、いくつかのキーワードが並べられた。

 固く閉ざされた、魔女の住む部屋。
 クロルがこっそり入手した、古い鍵。
 決して嘘をついてはいけない、審判の間。

 それらはすべて、魔女の呪いなんかじゃない。

「月巫女は、真実を映す鏡だ。俺は、目の前にいる人物が、自分を裏切るかもしれないと思えば、躊躇無くその鏡を掲げた。自分が正義だと言い聞かせながら……」

 拷問は、必要なかった。
 ただあの部屋に連れて行き、質問を1つ投げかけるだけでよかった。
 罪や偽りを自覚する者は、勝手に狂い死ぬ。

 人を裁いたとか、殺めたという罪の意識も無く、何人もの人間を”審判の間”へ送り込んだ。

「たび重なる裏切りの中で、俺は孤独だった。月巫女の能力は、確かに俺を救ったんだ。まるで”奇跡の水”のように……」

 サラは、先ほどの例えをようやく理解した。
 砂漠の旅人が水へと手を伸ばすように、圧倒的な孤独の中で、国王は月巫女に助けを求めたのだ。
 自分が生き延びるための貪欲さは、決して責められない。

 月巫女のおかげで、国王の下には信頼できる人材のみが残り、その結果戦時下というのに市民たちは穏やかに暮らしていられるのだから。

「月巫女に頼りすぎると、何か問題が……?」

 喉が渇ききり、掠れた声で先を促すサラに、よりしわがれた声が答えた。

「そこから先は、私がお話しましょう」

 ずっと震え続けていたデリスが、落ち窪んだ瞼の奥の瞳に決意を宿して、サラへと向き合った。
 
  * * *

 デリスに引き継がれた月巫女の話は、静かに始まった。

「国王様は、気づかなかったのです。国王様のためだけに動いていた月巫女が、自分の意思を持ち始めたことに……だから、私が審判の間へ行ったことも、国王様は一切ご存知でなかった」

 デリスは魔術師に拘束され、審判の間へと連れ去られた。
 当然そこには月巫女が居て、デリスは問われたのだ。


『王弟一派の生き残り、元筆頭魔術師の女がどこに居るか……あなたは知っていますね?』


「王弟事件……あの惨劇を発見したのは、当時侍女頭になったばかりの私でした。国王様とともに、王弟を探していて……」

 そこで一度、デリスは口篭った。
 何か嫌な記憶を振り払うように一度瞳をゆっくりと閉じ、深く息をつくと、再び話し出した。

「王弟の遺体の側には、まだ息の残っていた女魔術師が倒れていました。私は心の壊れたあの女を、憐れに思ったのです。国王様にもその話をし、匿っていただきました」

 しかし、月巫女は探し当ててしまった。
 精霊の森を出て、故郷の国を捨て、手を汚してきたのは、全て国王のため。
 その国王が、自分に嘘をついていることを。

「女魔術師の居場所を聞かれ、私は黙りました。すると、あの日亡くなった王弟や魔術師たちが、恐ろしい形相で襲い掛かって来ました。気がふれそうになった私を救ってくれたのは、国王様の存在でした。そして、私の大事な娘たち……」

 デリスは、独身を貫いている。
 娘というのはきっと、リコや他の侍女たちを指すのだろう。
 侍女たち本人には決して使わないだろうその愛称に、サラはデリスの想いを感じて、胸が熱くなった。

「私は、月巫女の呪いに打ち勝ちました。私を解放した月巫女は、その後も何事も無かったように国王様の側近として裁きを続けました。私はその出来事を、悪い夢と思いしばらく自分の胸に閉まっていたのです。月巫女は、国王様に必要な方なのだと」

 デリスは、礼儀作法の説明をするように、淡々と説明していく。
 うつむいている国王の表情は見えないけれど、何かを堪えるように強く拳を握り締めている。

「王弟派が一掃され、長く患っていた国王のご両親が亡くなった頃から、国は落ち着きを取り戻していきました。それなのに……私の周囲では、次々と恐ろしい事件が起こりはじめました」

 始まりは、1人の侍女の失踪。
 その侍女は、デリスの良く知る人物だったという。

 侍女達の多くは、地方に住む貴族や力のある商人の娘たちだ。
 礼儀作法や花嫁修業の一環として、この王城に短期間勤める。
 侍女の仕事を辞めるのは、決められた期間が過ぎて家へ戻るか、結婚をするとき。

 デリスを”お母さん”と呼んでいたその侍女は、身寄りのない下級貴族の娘だった。
 良く気のきく明るい侍女は、王城に勤める男性たちからの人気も高かったという。

 20才を超えても結婚を拒んでいた可愛い娘が、密かに国王へ好意を寄せていると知ったのは、失踪事件の少し前だった。
 もうそろそろ一人前だからと、国王へのお茶出しを任せたことが、彼女の運命を変えた。

「彼女は、国王様に声をかけられたとはしゃいでいました。お茶が美味しかったから、また来てくれと。私は、国王様が明るい彼女に興味を持ってくれたことを、喜びました。身分の差など関係なく、国王様には人を愛して、幸せになって欲しかったのです。なのに……彼女は消えました。どこへ行ったかは、未だにわかりません」

 普段は鈍いサラも、さすがに察することができた。
 きっと、お茶の支度をする侍女は、月巫女と会ったのだ。

 そして……国王への特別な感情を、悟られてしまった。


「それからというもの、侍女、女魔術師、貴族の娘……国王様の相手となるはずだった女性達が、次々と消えたのです。国王様の知らぬところで……」


 激情を抑えきれなくなったデリスが、再び肩を震わせる。
 国王は「もう良い、ありがとう」とデリスの背中を撫でた。

  * * *

 クロルが話してくれた噂話は、大部分が正しかったようだ。
 亡くなった侍女たちの行方は、恐ろしい噂として広まり、いつしかあの部屋は”開かずの間”と呼ばれるようになった。
 国王に対して少しでも邪な考えを持てば、冷酷な魔女に裁かれる部屋。

 不意に、1枚のタロットカードが思い浮かび、サラの体はぶるりと震えた。

 『ジャッジメント(審判)』

 カード意味は、復活、再生。
 翼の生えた大天使が、嘘をつかなかった7名の死者を蘇らせるというシーンが描かれたカード。
 しかし、逆位置になると意味は変わり……嘘をついた者の魂は、地獄へ落とされる。

 月巫女は、死と再生を司る、美しくも残酷な神。
 その審判からは、誰もが逃れられない。

 ――そうだ、人事ではないのだ。
 サラ自身も、すでに魔女の呪いを受けてしまったのだから。

「私も……試されたんですね。あの夜、国王の部屋へ呼ばれたときに……」

 あの日の月巫女は、本当に美しかった。
 サラは、月の光を映しこんだような、彼女の銀色の髪ばかり見つめていた。
 人形のような感情を見せない態度の裏で、彼女は冷酷に審判を下していたのだろうか。

 考えてみれば、パーティの時もそうだ。
 国王の傍らで、存在感を消すようにして、じっとサラを見つめていた月巫女。
 サラはあのときも、ただ純粋に和平だけを願っていた。

「私は、月巫女に認められたのでしょうか。邪な気持ちはないと……」

 暗殺者でも、王妃の座を狙う者でもない。
 そんなジャッジが下ったから、サラは今ここに居られるのかもしれない。

 しかし、その推測は国王の言葉によって覆される。

「サラ姫は、特別だ。魔力が無いと知って納得した。月巫女が黒騎士を見たときに”読めない”と言ったんだ。彼女が読めない相手がいるなんてと驚いたけれど……そういうことだったのかと」

 サラの脳裏に、決勝戦直後の国王の台詞が蘇る。

『勇者よ、お前は、何者だ?』

 その質問に何の疑問も抱かず、黒騎士と答えたサラ。
 国王の質問には、月巫女の過去見を手助けする意図があったのだろう。
 しかし、月巫女には読めなかった。

「君が女性だと気づいたのは、このデリスだよ。さすがに何人ものチビっ子をレディに仕立て上げてきただけある」

 国王様、とたしなめるデリスは、国王にとっても母のような存在なのだろう。
 ビジネスライクな月巫女との関係とは違い、温かみの感じられるやりとりに、サラはほっとした。

 得体の知れない黒騎士を、この城内に入れるかどうか。
 相談した国王に、デリスは一喝したという。
 「あの試合を見て、国王様の心には何も残らなかったのですか!」と。

「それでも……申し訳ないが、最初は君の事を警戒していた。デリスや他の侍女達を通じて、君の行動はほぼすべて見させてもらった。王子たちとどんなことがあったのかも。小賢しいまねをしたことを、許して欲しい」

 国王は、サラに対して深く頭を下げた。

 この城に来てから、サラはいろいろな意味で試されていたのだ。
 こうして穏やかに会話できている状況はそれこそ奇跡のようだと、サラは吐息を漏らした。

  * * *

 喉が渇いたサラは、目の前に置かれたままの”奇跡の水”をグラスに注ぐ。
 「本当にたくさん飲んで大丈夫ですね?」と念を押すサラに、国王もデリスも、口元を綻ばせた。

 冷たい水が喉から胃の腑へと落ちていくのを心地よく感じながら、サラは思った。

 昨日から今日にかけて、本当にいろいろな事実が分かった。
 ルリ姫じゃないけれど、頭がパンクしそうだ。

 疲れた表情のサラを気遣うように、国王は一気に語った。

「話の結論を言おう。デリスの忠告で、俺は暴走している月巫女に気づいた。すぐに審判の間を閉ざして、もう勝手に人を裁くなと言い聞かせた。それ以降、侍女や妃候補の失踪は止まった……俺自身、不用意に女を近寄らせないよう注意した」

 今、月巫女の視線は、身内ではなく外へと向けられている。
 主な役割は、ネルギからの刺客を捕らえること。
 商人や侍女、魔術師見習いとして、この城の結界を越えてくる人物は、必ず月巫女のチェックを通すという。
 その話だけ聞くと、まるで嘘発見器のようで便利だ。

「今では、嘘をついている者を捕らえても、すぐさま呪い……闇の魔術を放つことも控えさせている。月巫女は、俺の言うことだけは絶対に守るし、俺を裏切らない。どうしても……手放せないんだ」

 サラは、手のひらのグラスを握り締め、半分ほど残った水をちゃぽんと揺らした。
 水の揺らぎを見つめながら、サラは思い出す。

 さっき自分は、国王の問いになんて答えた?

 この便利な水を……月巫女を、隠すか捨てろと言った。
 その結果、悪いことが起こったとしても、それは運命だと。
 ”人の心を覗き見る”なんて奇跡を使いこなすなら、それは単に国王の欲望を埋めるための道具だと。

 それは事実かもしれない。
 けれど、使われるだけの月巫女にも、ちゃんと心があるのだ。

「だから国王は、誰とも結婚しなかったんですね……?」

 なぜ月巫女が、国王に黙って王妃候補を狙ったのか、サラには分かった。
 国王も、デリスも、分かっているのだろう。

 月巫女は、国王が好きなんだ……。

 サラが言いたいことを汲み取ったのか、国王は苦しげに表情を歪めながら告げた。

「俺は、月巫女に感謝している。でも、それだけだ。彼女を選ぶことは、できない……」

 国王が月巫女を解放しない限り、呪いが終わることはないだろう。
 しかし、義理堅い国王が、散々利用してきた月巫女を”要らなくなったから”と放り出すこともできない。
 そうして、薬だったはずの水が、少しずつ毒になっていくのだ。

 突然、デリスが立ち上がった。

「私は、許しません! あの女を……絶対に許さない!」

 デリスの悲痛な叫び声が、サラの胸を打った。
 気持ちを落ち着かせるような魔術でも発しているのだろうか、国王がデリスの背中を優しくさすりながら言った。

「今日の話はこのくらいにしておこう。本当なら、王位継承の話をしなければならなかったのだが……とりあえず”サラ姫の選んだ相手を国王に”という条件は撤回しておく」

 国王は、今後のスケジュールを事務的に伝えた。

 次期国王の公表は、3日後の定例会議。
 実際の譲位については未定だが、国王はなるべく早くと考えているらしい。
 その際、和平についても話し合いの場がもたれるという。

 サラにとっては、決戦の日となるだろう。
 それまでに、インプットした膨大な情報を整理して、対策を練らなければ。

 武者震いを抑えながら、サラは力強くうなずいた。

 デリスの肩を抱きかかえて立ち上がりながら、国王は置き土産に爆弾を1つ。

「ああ、そうだ。これで分かっただろう? なぜ俺が、君にプロポーズしたのか……月巫女の魔術が効かないなんて稀有な女を、俺が逃すと思うか?」


『覚悟しておけよ?』


 サラの頭はその一言でフリーズし、入力された情報は一瞬でデリートされた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 暗い話……悩み悩み書きましたが、どーでしょう。月巫女さんが一方的に悪いわけではないけれど、人を裁くってことは大変なことで、時に私情が挟まってミスジャッジして、結果誰かの恨みをかうというあたりが、ちょっと社会派……風? とにかく難しかったです。はー。”審判の間”の謎解明にタロットを利用させてもらったんですが、分からない方にはかえって難しい比喩になってしまったかもしれません。一言でいえば『嘘ついたら地獄に落ちるわよ』ってことです。嘘八百な作者はもう行き先決定してます。賽の河原でひたすら小説を書いては消され、書いては消され……ううっ。ラストは、予定通りのチロルチョコ1粒。国王様のオトナなラブゲーム味。やっぱ苦いよりは甘い方がいいですねー。
 次回は、久々にクロル君と隠れ家でツーショット。来るべき決戦に備えて、戦略練ります。隠してきたサラちゃんの秘密もついに……。

第三章(22)クロルの洞察

第三章 王位継承


 心労のせいか、疲労のせいか、それとも怪我のせいなのか。
 はたまた、国王の爆弾発言にやられたのか。

 寝不足続きのサラは、ふらりとベッドに倒れこみ……目が覚めたとき、部屋には眩しい朝焼けの光が差し込んでいた。

「あれ……国王が訪ねてきたのって……夢?」

 体を起こすと、ベッドの端からずり落ちかけていた毛布がどさりと床に落ちた。
 誰かが気を使って毛布をかけてくれたらしい。

 自分の姿は、窮屈な黒いドレスのまま。
 節々が痛いのは、きっと無茶な体勢で寝ていたせいだろう。

 きょろりと視線を動かすと、白いラウンドテーブルの上には、スコーンと小瓶に入ったフルーツジャムが並んでいる。
 1枚のメモが、ジャム瓶の下に挟まっていた。

『サラ姫様へ。気に入られたようですのでお作りいたしました。デリス』

 夜中に目覚めたときのためにと、置いてくれたのだろう。
 サラを起こさないように毛布をかけてくれたのも、きっとデリスに違いない。

 急におなかが鳴ったサラは、少し固くなったけれど充分美味しいスコーンにかぶりついた。

  * * *

 口の中の水分がなくなるこのモサモサ感がたまらんと、好みストライクど真ん中なスコーンをかじりつつ、サラは考える。

 うっかり寝込んでしまったせいで、与えられた猶予は残り2日。
 和平の成立に向けて、全力を尽くさなければならない。

 もし和平が成立しなければ、サラは戦場に送られるだろう。
 予言の力が、サラを戦地へ導くというなら、それでも構わない。
 けれど、あの結末だけは……ひっくり返してみせる!

「よし、まずは優先順位の確認からねっ」

 サラは、昨日クラッシュした脳内のデータベースを復旧させはじめた。
 ぐっすり眠れたおかげか、早朝の割りに頭の働きは悪くない。

「やっぱり一番気になるのは……エール王子のこと、かな」

 エールの体調については、当面はなんとかなるだろう。
 いざとなれば、サラが坊主になれば良いことだ。
 実際は、坊主にならなくても大丈夫そうな方法もありそうだし……。

 次に狙われているクロルのことも含め、根本的な問題解決は、やはり逃げた魔女を見つけることしかない。
 その点については、残念ながら魔術師ファース頼みだ。
 国王も、無事王位をリグルに譲った暁には、魔女探しに参戦するつもりだろう。

 私も、和平が成立した後なら、森の向こうへ行ってもいい。
 地球への帰還が多少遅れてもかまわない。

 というか……私は、本当に帰りたいのだろうか?

 地球には、お母さんも、パパたちも、友達もいる。
 けれど私はこの世界にも、たくさんの大事な人を見つけてしまった。
 どちらかを選べと言われたら……。

「うん……ひとまずこの問題は、棚の上に置いておこう」

 スコーンの隣に置かれた”女神の水差し”から、サラはぬるくなった水をグラスに移す。
 水差しが気に入ったサラの気持ちを汲み取り、国王がサラ用にと譲ってくれた。

 この水は、奇跡の水……。
 そう信じる気持ちが、きっと奇跡を呼び寄せるんだ。

 まるでビールをあおるように、奇跡の水を飲み干して、サラは独り言を続ける。

「さて、次の問題は……この国の王妃選び?」

 サラは、その問題も棚の上に置こうとして……なんとか踏みとどまる。

 国王が本気だということは、昨日の話で良く分かった。
 国王にとってみれば、月巫女は捨てるに捨てられない恩のある人物……つまり、姑のようなものだ。
 普通の嫁候補は、脅していびって近寄らせない。
 そんな鬼姑に抵抗できる図太い女が、この私。

 例え話で良く言われる「無人島で○○君と2人きりになったらどーする?」の通り。
 国王にとって、愛のある無しは二の次なのだ。
 その相手が多少年下だろうが、少年体型だろうが、珍獣だろうが、関係ない。

「……やっぱり無理だ」

 いくら国王が本気でも、王子たちが望んでくれたとしても、私は結婚なんてできない。
 それこそ、嘘をつくことになる。
 月巫女にも、国王を本当に好きだった女性にも、失礼なことだ。

 なんとか、結婚せずに和平を成立させる方法は無いものか……。

 スコーンが無くなって、ジャムが空になっても、サラの結論は出なかった。

  * * *

 その後、朝っぱらからお風呂に入り、リコの手伝いで身支度を整えたサラを呼びに来たのは、ブロンドヘアの美しい知的な美女コーティだった。

「今日は、図書館でファースさ……クロル王子がお呼びですよっ」

 久しぶりの再会だったはずが、まともに挨拶もせず、サラを図書館へと引きずっていくコーティ。
 図書館塔の入り口につくと、重いドアを片手で楽々と開いた。

「あ、私はここでファース様と”お話”していますので、サラ姫様もごゆっくり」

 恥ずかしそうに笑ったコーティに「ほどほどにね」と声をかけると、サラは重い足取りで階段へと向かった。


 4階に到着すると、クロルは隠れ家の前で腕組みして待っていた。

「ああ、サラ姫。遅かったね」

 仁王立ちするクロルは、サラと身長が変わらないというのに、やたら大きく見える。
 今日呼び出された理由をなんとなく察していたサラは、なるべく猫背になり、伸びかけの前髪の隙間からクロルを見上げた。

 普段は、柄の無いシンプルな白いシャツに、やはり動きやすさ最優先のハーフパンツ。
 それでも王子に見える気品たっぷりなクロルだが……。

「あれ? クロル王子、今日はなんだか……王子っぽいね?」

 ヘアワックスできっちり整えられた髪。
 襟の詰まったシャツには、ふんわり揺れる純白のリボンタイ。
 ダークグリーンのジャケットと、少し色の薄い膝上丈のズボンの裾には、レースの縁取り。
 少し踵のある黒い革靴で、足元はすっきりとまとまっている。

「これは……侍女にやられた」

 照れ隠しのためか、頬を膨らませてサラから視線を外すクロルは、珍しく年相応に見えて可愛らしい。

「すごく似合ってるよ! ステキ……童話に出てくる王子様みたいっ」

 白い頬を赤く染めたクロルが、はしゃぐサラの腕を掴み、ぶっきらぼうに隠れ家へと押し込んだ。
 すでに用意されていた折りたたみ椅子にサラを座らせると、クロルはサラを上から睨みつける。

「ところで……昨日は父様と、いろいろ楽しい話をしたみたいだねえ」

 正統派王子なクロルに、ロマンチック浮かれモード中のサラは、睨まれてもまったく気にせず。

「やっぱりクロル王子、そういう格好すると王様に似てるかも。まだヒゲ生えないの? それとも剃ってるの?」
「サラ姫、あのさあ」
「ていうか、クロル王子ってお肌めちゃめちゃキレイ……毛穴全然見えないし、ファンデーション使ってるみたいね」
「えっと、僕の話……」
「ちょっと触ってみていい? ダメ?」
「待って……うわっ!」

『ガタンッ!』

 椅子の倒れる音とともに、我に返ったサラ。

 自分の下に押し倒されているのは、まごうことなき美少年のクロル。
 そっと頬に触れた手のひらから、剥きたまごのようなつるつるの肌触り。

 慌てて飛びのいたサラは、この城に来て初めて、伝家の宝刀”土下座”を抜いた。

  * * *

「……僕、女に襲われたの初めてなんだけど」

 椅子に大人しく座り小さく縮こまるサラ。
 小さなテーブルを挟んで、仏頂面のクロルが見える。
 その鋭い視線を避けるようにうつむいて、サラは熱々のお茶をすすった。

「まあいいや。僕の嫁になる相手だしね……」

 その台詞に、口からお茶がピュッと出そうになり、サラは慌てて飲み込んだ。
 喉がヤケドしそうに熱く、ちょっぴり涙目になる。

「父様には悪いけど、僕って意外としつこいんだよね。だから……覚悟してよね?」

 にっこり笑う王子なクロルは、見た目どころか行動まで国王にそっくりだ。
 ヒリヒリする喉を手のひらで押さえながら、サラは思った。

 なんだろう、だんだんこの国から逃げられなくなってきたような……。

「ところで、本題に入っていいかな? 昨日のことなんだけどさ」

 亀が甲羅から首を伸ばすように、丸めていた背筋をピンと伸ばしたサラ。
 サラがチクってしまった、あのことを責められるかと思いきや。

「僕はね、ずっとあの月巫女が魔女だと思ってたんだ。別にそれは隠してなかったし、父様も知ってる……知ってて見ない振りしてる。馬鹿だよね」

 あ、僕が馬鹿って言ったことだけはチクらないでねと、クロルは笑った。

「クロル王子は、どこまで知ってるの? 昨日私が国王と話したこと……」
「うん、全部知ってるよ。サラ姫がただの水を飲むのに、やたらビビってたってことも」

 クロル王子の余計な一言が、サラに着実なダメージを与えていく。
 凹みかけたサラに、クロルはからくりを説明した。

「昨日のことも、他のことも、教えてくれたのは全部デリスなんだ。逆に僕のことも、デリスは父様に逐一報告してるみたいだけどね」

 どうやら、デリスは親子二代に渡って、幼少期から教育係として関わってきたらしい。
 単に教育というだけでなく、侍女という立場から細かい情報を拾って国王に届けることも、彼女の隠された使命。
 国王だけでなく、有益な情報は王子へも……。

「デリスは、僕に次期国王になってもらいたかったみたい。僕にはその気なかったんだけどね。あ、もちろん今はリグル兄を立てるってことで合意してるよ。別に彼女は仲間割れさせたいわけじゃないから」

 デリスはただ、この国を守りたいだけ。
 国王を、早く呪いから解放してあげたいだけ。

「僕は……デリスの希望も叶えたいんだ。デリスが父様の幸せを願うのは、彼女自身の夢だろうなって思うから」

 デリスは、王弟事件の生き証人だ。
 元筆頭魔術師の女を匿い、月巫女から呪いを受けながらも屈しない、強い女性。
 彼女の夢を叶えるために、協力できることがあるなら、やってあげたい。
 サラは、今朝食べた甘いジャムの香りを思い出しながら、切実に思った。

 ただ……。

「私も、デリスの話を聞いて思ったの。このままじゃ、国王も、月巫女も……幸せになれないって」
「サラ姫……」

 つぶらな目を丸くして、サラを凝視するクロル。
 てっきり、サラに同意の握手でも求めてくるかと思ったのに。

 クロルは、明らかにサラを馬鹿にしたような表情で、フッと笑った。

「君って、本当にお人よしだね。あの魔女相手にそんなんじゃ、足元すくわれるよ? 僕の忠告忘れたわけじゃないだろ?」

 クロルの冷笑攻撃をまともにくらって、サラは悔しさに歯軋りした。

 だって、月巫女は国王のこと好きなんでしょ?
 だからってライバルを呪ったりするのはオカシイけれど……。

 サラが反論しようと勢い良く顔をあげたとき、耳にかけていた横髪のおくれ毛が、ハラリと落ちた。
 頬をかさかさとくすぐる自分の黒髪に苛立ち、払いのけようとしたサラに、ある台詞が思い浮かぶ。


『ねえ、私の黒髪、キレイでしょう……あなたも、褒めてくれたわよね……』


 それは、サラのトラウマなホラー漫画『わたしの黒髪は良い黒髪』のワンシーン。
 好きな男に横恋慕し、相手を呪い殺した女の、悲惨な末路……。

「そうだね……同情の余地無し、ていうか、いつか報いが来るのかもね」

 ポツリと呟いたサラに、クロルはまったくと言ってうなずいた。

  * * *

 相手のことを深く知ると、つい心が寄り添ってしまうのは、サラの悪い癖だ。
 小学生のとき自分のことを苛めた男子も、後から片親同士ということが分かったとたんに、サラの怒りは消えた。
 同じ片親なのに堂々としているサラが羨ましかったのだと正直に告白されて、サラはあっさりと許した。

 物事には、必ず理由がある。
 それが納得できる理由なら、どんなことが起こっても仕方が無いと受け入れてしまう。

 サラをこの世界に召喚したサラ姫についても、あれだけ至れり尽くせりのお姫さま育ちだから仕方が無いと思った。
 月巫女のことだって……。
 理由があるから何でも許されるのかといえば、そんなことはないのに。

 自分が耐えられることなら、耐えてしまえばいいと思う。
 もしもサラが、砂漠でのたれ死んでも、月巫女に呪い殺されても、それはそれで仕方の無いこと。
 サラ姫や月巫女を恨むことはない。

 ……そう思うのは、理不尽な死を体験していないからだ。

 カリムが襲われた日のことを思い出して、サラは身震いした。
 もしもあのままカリムが死んでしまったら、こんな考え方はしていないだろう。
 どんな理由があろうとも、犯人のことを一生許さなかったはず。

 同じ気持ちを、デリスも抱いているのに。
 月巫女には、安易に同情しちゃいけない。
 罪は罪で、裁かれなければならないんだ。

「クロル王子は、月巫女のこと、どう思っているの?」

 おずおずと切り出したサラに、クロルは軽く答えた。

「諸悪の根源。あの女がいなくても、父様はこの国を変えられたと思うから。そもそも自分が絶対正しいと思い込んで、女神様気取りなとこが痛いね」

 そうかもしれないと、サラは心の中でうなずく。
 かすかに灯る月巫女への同情心を振り払って、サラは言った。

「じゃあ……彼女が、自分の罪を認めて、償うためには、どうすればいいと思う?」
「国王が君と結婚して、この国の世継ぎでも作ればいい」

 目の前で、自分の好きな男が、別の女と幸せな家庭を築く。
 確かに、それ以上辛いことは無いだろう。

「そんなこと……ダメ。できない」
「うん、僕もさせないよ」

 いつの間にか近づいていたクロルの手が、サラの右手をそっと握っていた。

「父様は、リグル兄に王位を譲った後、大陸へ向かうだろうね。月巫女はそれを追うはず。もしかしたらエール兄も行くかもね。サラ姫はこの国に残って、僕と結婚する。王妃って縛りが無ければ、この城に住まなくてもいい。砂漠に近い場所に別宅を建てて、たまには里帰りさせてあげる。どう?」

 自信に満ち溢れて、輝きを放つクロルの瞳。
 薄く笑んだ口元を打ち消すような、真剣そのものの眼差し。

 いつの間に、クロルはこんな表情を覚えたのだろう。
 可愛くてちょっと生意気な年下の男の子で、弟のようだと思っていたのに。
 触れられた手がやけに熱い。

「駄目……私は、帰らなきゃいけない……」

 クロルの手を振り払おうとして、強く掴みなおされる。
 痛みに眉を寄せるサラに、クロルはその整った顔を近づけながらささやく。

「正直に言おうね……君は、何を隠してる?」

 サラは咄嗟に身を引こうとするが、クロルに腕を掴まれて逃げられない。

「別に、何も……」
「言わないとキスするよ?」
「分かった! 言う! 言いますっ!」

 サラが叫ぶと、クロルは舌打ちしつつその手を離した。
 まだ鈍い痛みの残る左手で、サラは掴まれていた右手をさすった。
 
 もう、仕方が無い。
 クロル王子には、この際完全な共犯者になってもらおう。

「クロル王子……あの……驚かないでくださいね?」
「うん、ようやく白状する気になった?」


『君が本物のサラ姫じゃないってこと』


 にこにこと微笑むクロルに、サラは「参りました」と頭を下げた。


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 ようやくラブラブデートモード復活……でも大変でしたー。あちこち削ったんだけど、長くなってもーた。スタートダッシュで出遅れたクロル王子ですが、だんだん追い込みかけてきました。精霊王君が居なかったら、けっこうイイ線いってたかもしれないのに残念。そもそも単純直球なサラちゃんが、クロル君みたいな人に隠し事をできるわけが無いのです。国王様は……どーかな? ちなみにエール君、リグル君は、自分の気持ちでいっぱいいっぱいなので気づいてません。『私の黒髪~』が、まさかここでも出てくるとは! まったく伏線のつもりも無かったけど、いい塩梅に。この連載終わったらちゃんと書かなきゃ呪われそうだな……。
 次回は、ついに会議の前日。サラちゃんの身に何かが起こる……。第三章クライマックスの足音ヒタヒタ来てます。

第三章(23)サラ姫の役割

第三章 王位継承


 どうやらサラが”サラ姫”ではないことは、とっくの昔に気づかれていたらしい。

「君、自分の行動振り返ってみなよ。どこをどう見たら姫なの?」

 クロルの毒舌に、サラはその通りですと呟く。

「とりあえず、全部吐いてもらうからね」

 誰にも言わないという条件を念押しした後、サラはクロルに簡単な身の上話をした。

 サラ姫のそっくりさんとして、異世界から召喚されたこと。
 召喚の贄として、サラ姫の命が使われたこと。
 召喚条件である和平を実現しない限り、サラは元の世界へ帰れないこと。

 異世界召喚の話になったときこそ、クロルはぴくりと眉を動かしたが、それ以外は冷静だった。
 サラを見つめたまま、腕組みをして真剣に耳を傾けている。
 その頭脳は、きっとフル回転していることだろう。

「異世界から召喚された……か。なるほどね」

 話を聞き終わったクロルは、厚手の上着を脱いだ。
 後方へと乱暴に放り投げられるそれを、サラは似合っていたのにもったいないと思いつつ見送る。

「面白いな……うん、ようやく分かった。黒騎士の強さの秘密が」

 クロルの発見した秘密は、鋭い言葉の矢となって、サラの心に突き刺さった。

「君は、死ぬことが怖くないんだろう? 例えばこの世界の死が、元の世界へ戻るきっかけになると思ってる」

  * * *

 命を投げ出すような戦い方で掴んだ、紙一重の勝利。
 サラ自身は、気づかなかった。
 精一杯戦っていたつもりだったから。
 客観的に、冷静に見ていたクロルだったからこそ気づいた、サラの慢心。

 違うと否定したいけれど、できない。
 サラ姫にも、月巫女にも……何をされても平気と思ってしまうのは、クロルの指摘通りだった。
 この世界の全てから、自分は一歩距離を置いている。
 いつか無事に解放されるだろうと、根拠の無い自信を持っている。

 だからこそ余裕があったのだ。
 普通なら、発狂してもおかしくないような、この過酷な状況の中で。

「あ、責めてるわけじゃないよ? いきなりそんな状況になって、大人しく従ってこんなところまで辿り着いたこと、本当に尊敬するよ。むしろ、惚れ直したかも」

 クロルは無邪気に笑って、サラの包帯に、軽くキスを落とす。
 頭がうまく働かないサラは、クロルの刺激的な行為にもノーリアクションだ。

「てっきり、ネルギか大陸の方から連れてこられたのかと思ってたけれど、異世界か……どうしようかな。父様もまさか、そこまでは考えてなかっただろうなあ」

 サラの手元にある冷えてしまった紙コップのお茶を取り替えながら、クロルはぶつぶつと呟いている。

 サラの瞳に映るのは、空中から水球が現れ、炎に包まれて熱湯になるという、ごく簡単な魔術。
 こんなもの1つだって、本当なら死ぬほど驚くはずなのに。
 やけに順応性が高いと思っていたけれど、そうじゃなかった。

「私にとって、この世界で起こることは、全部夢でしかない……」

 呟いた言葉尻に、涙が滲む。

「目覚めれば、全部消えてなくなる、ただの幻……おかしいよね。みんなここで必死に生きてるのに」

 明るく言おうとした声は震え、笑顔は泣き顔に変わった。
 浅く吐息をつき、両手で顔を覆うサラ。

 クロルは、お茶を注ごうと魔術を繰り出していた手を止めた。
 パシャリと音を立てて、床に飛び散る生温いお湯を気にせず、サラの震える肩を静かに抱き寄せた。

「ごめんね。泣かせるつもりじゃなかった」

 クロルの胸のリボンタイが、ちょうど良いハンカチ代わりになって、サラの涙を吸い取っていく。
 抱き寄せられる腕の先が、サラの背中を優しく撫でてくれるのが心地よい。
 この手が、夢だなんて……そんなことがあるわけない。

「君が元の世界に帰りたいなら、僕は……協力するよ」

 思わず顔を上げたサラ。
 涙でぐしゃぐしゃになったその表情を見て、クロルは苦笑する。

「まずはさっさと和平を達成して、君にかけられた変な縛りを取っ払おう。ね?」
「クロル……王子っ……」

 サラの声は、しゃくりあげる喉につられて裏返る。
 クロルはサラの顔を見つめながら「ブサイク」と呟くと、涙の流れ落ちるその頬に、小さくキスをした。

  * * *

 クロル王子の隠れ家で、気が済むまで泣いて。
 その後、おろおろするコーティに連れられて部屋に戻ってから……一晩かけて、考えたくないことを乗せていた棚の上を整理した。

 私は、この世界を舐めてた。
 それを率直に反省して、この世界の全ての生命に土下座。

 長時間の土下座から立ち上がると、しびれる足で部屋の窓辺に歩み寄る。
 目の前に広がる、朝焼けの空と緑の大地見つめながら、サラは呟いた。

「決めた……もう、地球には戻らない……」

 戻れたら、それはそれで良し。
 戻れなくても構わない。

 ――私は、この世界で生きていくんだ。

 握りこぶしを作ったサラに、ドンドンとドアを叩く音とともに「サラ様、朝ですよー」と、リコの声が聞こえた。


 決戦前日。
 サラは普段よりいっそう気合の入った衣装を着せられ、デリスの付き添いの元でいろいろな人物と面会した。

 侍従長、魔術師長、文官長、そして騎士団長に返り咲くことが内定したバルト。
 彼らが、それぞれの取り巻きを連れて会いにきた理由は……。

『どうかサラ姫様は、○○様をお相手に選んでいただきますよう……』

 その○○様というのが、立場によって変わる。

 侍従長は、国王様。
 魔術師長は、エール様。
 文官長は、クロル様。

 唯一、騎士団長バルトだけは「リグ……いや、サラ姫様の選ばれる相手なら……」と、お茶を濁した。

「デリス……国王は、あの話無かったことにしてくれたんじゃないの?」

 白いラウンドテーブルにぐったりと体をもたれかけながら、サラはいそいそとお茶の用意をするデリスに問いかけた。

「国王様は、一度やると言ったことはやる方ですので、お疑いになりませんように。ただ……彼らは考えたのでしょう。次期国王にどなたが選ばれるかだけでなく、サラ姫様が選ばれる方も大事だと」

 デリスの言いたいことが分からず、サラは首を傾げる。

「つまり、サラ姫様と結ばれた方との間にできたお子様が、次の次のお世継ぎとして……」
「ちょっと待った!」

 想定外の話に、興奮して立ち上がったサラ。

「どうしてそんな話に……」

 デリスは、お茶を淹れる手を止めない。
 やわらかい湯気と、芳醇な花の香りが立ち込める。
 その香りを嗅いで、少し落ち着いたサラは、再び椅子に腰掛けた。

「簡単にご説明いたしましょう」

 サラの部屋に定番化しつつある、スコーンをつまみながら、サラはデリスの話を聞いた。

「この国の次期国王は、現国王の指名によって決まります。次期国王は、直系や実子に限らず、能力があると国王に見初められた者が選ばれるのです」

 もし、国王が見知らぬ誰かを連れてきて『この人物に国王を譲る』といえば、それは通ってしまう。
 そのくらい、国王の権限は強いのだ。
 「サラが選んだ者を、次期国王に」というふざけたルールが通ってしまうのも、国王の権力の強さゆえ。

 ただし、国王の決定に不服がある場合、部下達からストップをかけることもできる。
 今日訪れた4名の各部門長は、1人1票の拒否権を持ち、4名中2名の合意で再検討を促し、3名以上の合意が得られれば、国王の決定は覆せるという。

 しかし、その権利が使われることはほとんど無い。

「歴代国王は聡明な方ばかりで、異論を挟むような余地はありませんでした。もしも……亡くなった王弟が国王となっていたら、分かりませんでしたが……」

 現国王ゼイルは、その点抜かりない。
 姉の子どもである王子たちを、わざわざ養子に迎え入れるくらい、根回しはキッチリ行うタイプだ。

 そんな国王だからこそ、次期国王決定権をサラに投げたことも、何らかの意図があるはずと部下達は考えたようだ。
 国王自身は、単にエール王子と魔術師長を揺さぶるのが目的と言っていたが、深読みしようと思えばキリがない。
 しかも、会議前日にその条件を撤回するとなれば、部下達が混乱するのもあたりまえだろう。

「そこで、彼らは考えたのでしょう。サラ姫様のような稀有な力を持つ方のお子様が、次代のお世継ぎとなるならば、この国にとってプラスになると」

 口の端からボロリとスコーンのかけらが零れたが、気にする余裕も無い。
 サラは、再びぐったりとテーブルにつっぷした。

「もう一つ付け加えるなら……サラ姫様を”ネルギ国そのもの”と見る方もいるのではないかと。つまり、サラ姫様を得る方は、一国を得ると」

 ずいぶんきな臭いことを、淡々と告げるデリス。

「バカなことを……私には、そんな力は無いのに……」

 思わず呟いたサラだったが、ありえない話ではないなと思いなおす。

 サラが棚の上にあげていたことの1つが、具体的な和平案の中身だった。
 そのあたりは、明日以降、国王や文官たちと話し合えば良いと思っていたのだが……。

 オアシスの国から水を分けてもらう代わりに、砂漠の国はいったい何を差し出さなければならないのだろうか?

  * * *

 思い悩むサラの邪魔をするように、ドンドンと激しくドアをノックする音が響いた。
 それは、毎朝サラが耳にする音。
 「どうぞ」と答えると同時に、飛び切り明るいリコの笑顔が飛び込んできた。

「サラ様! あっ……デリス様、すみません。お客さまをご案内して参りました」

 また新たな重鎮が来たのかと、居住まいを正したサラ。
 ドアの隙間から、きょろりと顔をのぞかせたのは、なんとも懐かしい糸目の男だった。

「おっす、サー坊! いや、サラ姫様っ」
「リーズっ!」
「サラ姫様、はしたない!」

 キツイお叱りの声をスルーして、サラは邪魔なドレスの裾を豪快に持ち上げながら、リーズに駆け寄った。

「すげーな、サー坊がお姫さまに見えるや」

 えへへと笑うサラの頭を、よしよしと撫でるリーズ。
 隣に居るリコも、嬉しそうにリーズの糸目を見上げている。

 王城に来るというのに、いつもどおりの小汚い大工スタイル。
 腰につけたウエストバッグのポケットがスカスカなのは、大工道具を全て武器として取り上げられてしまったのだろう。

「今朝いきなり呼び出されて、ビックリしたよ。どしたの? サー坊?」

 どうも姫様という言葉が言いにくいらしく、リーズの口調は自治区に居た当時に戻っている。
 そんなところも、サラにとっては心地良かった。

「あれ? リーズに来て欲しいって伝言頼んだの、一昨日だったような……」

 サラが呟くと、隣に居たリコがそっと顔を反らす。

「リコ?」

 背の高いリーズが、腰を屈めてリコの顔を覗きこむと、リコは顔を真っ赤にしながら懺悔した。

「あの……アレクも一緒に、呼び出したんです。ちょっと顔が見たいなって……でも、許可が下りなかったみたいで……手間取らせちゃったんです、ゴメンナサイッ!」

 サラは、恋する乙女なリコのいたずらに「カワイイ!」と叫んでリコを抱きしめ……リーズは、胸ポケットのスプーン猫ズに「ドンマイ」と慰められていた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 いろんな話がちょこちょこと……幕の内弁当みたいな回になってしまいました。まずは、クロル王子とデートのシメ。キツイこと言わせて泣かせて、どさくさで抱きしめてホッペにちゅーさせてみました。なんとなくSなにほひ……まいっか。デリスばーちゃんとは、政治&戦後処理の話を少し。本当は王様とガッツリ話すはずだったけど、第三章ではこのくらいにしておきます。サラちゃんには、少しずつこの世界で生きていく覚悟をさせつつ。最後は、大好きな癒しキャラのリーズ君登場です。あー、一気になごむ……筆進む……という中途半端なところで、次回に続く。
 次回は、リーズ君ちょっぴり活躍の後、決戦前夜のサラちゃんを訪ねてくる怪しい人物が。ドキドキ。ロマンチック夜這いモード?

第三章(24)闇に囚われた者

第三章 王位継承


 明日に備えて早めに風呂と夕食を済ませたサラは、部屋で1人考えを巡らせていた。
 テーブルに置いたランプより少しは明るい、月明かりの当たる窓辺にもたれかかって。
 窓を開け放つと、夜になって冷気をはらんだ風が吹き込み気持ちが良い。

「ベランダがあればいいんだけれどな」

 不審者の侵入を阻止するため、この城は低層階の部屋にしかベランダは無く、サラは体を窓枠から乗り出すようにして、月明かりと星空を堪能した。

「とうとう、明日か……」

 サラは、薄闇に向かって呟くと、遠く見える星と自分の未来に思いを馳せた。

  * * *

 まず、最優先の課題だったエールの問題が、会議前に片付いたことは大きい。

 今日リーズを呼び出したのは、エールのためだった。
 リーズが飼っているスプーン猫には、強い光の力があることを思い出したから。

 2人を引き合わせたとき、エールはかなりのショックを受けていたようだ。

 突然現れた、自分より背の高いペンキまみれのつなぎを着た大工風の男。
 この城にそぐわない……むしろ怪しすぎるその男が、胸ポケットから可愛い猫型ワンピースを着せられたスプーンを取り出したときには、明らかに逃げ腰になっていた。

 サラは、エールの腕を掴みながら「大丈夫、怖くないから」と、注射を嫌がる子どもを宥めるようにキッチリ押さえつけた。
 その次の瞬間……サラにはまったく分からないのが悔しいが、かなり強い発光が起こったという。

『ごめん、ダーリン。あたしたちでも、さすがに魂の奥までは照らせないにゃー』
『でも体の表面に染み出してる闇は消しといたから、しばらくは大丈夫かにゃ?』

 光って喋るスプーン猫に強烈なショックを受けたエールだったが、すぐに気を取り直し、自分の体を見たり触ったり、手足を曲げ伸ばしする。
 その後、リーズとなにやら会話すると、ガッチリと硬い握手を交わした。

 リーズは、エール専属の呪い治療医師として、定期的に王城を訪れる約束をしたそうだ。
 帰り際に「今度、兄のアレクも一緒に連れて来ていいですか?」と聞いていたのが、サラの涙を誘った。


 エールに会ったついでに、サラは国王、リグル、クロルとも顔を合わせた。
 一言ずつしか話せなかったが、明日はサラにとって悪い結果にはならないという空気を感じて、サラは安心した。
 特に、クロルが「任せといて」と笑ってくれたので、サラの心はだいぶ落ち着いた。
 国王の背後には月巫女もいたけれど、サラと視線を合わせることはなかった。

 明日は、リグルが次期国王に任命される。
 それだけで、国中は大騒ぎになるだろう。
 和平の話や、ましてサラが誰と結婚するかなど、ひとまず忘れ去られるかもしれない。
 その間に、あの賢いクロルが、サラにとってもこの世界にとっても完璧ハッピーなプランを考えてくれるに違いない。

 もう、今日はゆっくり眠ってしまおう。

 サラは、窓辺から差し込む月の光を見上げ、女神様に「どうかよろしく」と心の中で呟くと、拍手を打った。

『パンパン!』
『コンコン!』

 サラの手が鳴る音にぴったり重なった、ドアをノックする音。
 サラは一瞬、キモを冷やした。

「誰っ?」
「私です。コーティです」

 寝間着の上からガウンを羽織り、急いでドアを開けると、見慣れたブロンド美女が微笑んでいた。

  * * *

 コーティを部屋に招き入れると、サラはラウンドテーブルに乗せたランプの灯りを強くした。
 てっきりコーティが炎の魔術で部屋を明るくしてくれるかと思ったが、コーティは微笑みながらサラのことを見つめているだけだった。

「どうぞ、座って?」
「ありがとうございます」

 コーティの手には、ティーポットが1つ。

「フルーツエードを作ってみたんです。サラ姫様はフルーツがお好きと伺ったので」
「へえー、それ飲んだこと無いかも……美味しいの?」
「ええ。季節のフルーツを数種類お水で割って煮詰めて、フルーツの甘みと風味を生かしたホットドリンクです。温まりますし、ぐっすり眠れますよ」

 サラは、ミニキッチン脇のワゴンから、ティーカップを2つ取り出して、テーブルにセットする。
 コーティの細い指が重そうなティーポットを難なく摘みあげ、ティーカップにフルーツエードを注ぐと同時に、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 一口飲むと、イチゴ、オレンジ、バナナ、リンゴ……ミックスジュースとフルーツティの中間のような、さっぱりとした甘みと酸味が広がる。
 なにより、舌の上から鼻の先へ抜けていくフルーツの香りが素晴らしかった。

「ありがと、すごく美味しい……。でも、いきなり訪ねて来るなんてどうしたの?」
「すみません。ひとつお聞きしたいことがあったので……」

 コーティの瞳が、赤いランプの灯を反射して揺らめく。
 いつも昼間に会うことが多かったが、夜のコーティはなかなか妖艶だ。
 恋人はとくに居ないと言っていたが、心の恋人・魔術師ファースのことを諦めれば、素敵な人がすぐに現れるに違いない。

「サラ姫様は……もし明日、王族の誰かを選べと言われたら、どなたをお選びになりますか?」

 唐突な質問に、サラは動揺して視線を落とす。
 羽織ったガウンの奥の肌が、じっとりと汗ばんでいく。

「な、なによ急に……」
「ずっとお聞きしたかったんです。教えてください」

 サラが顔をあげると、相変わらずコーティは微笑んだままだ。
 穏やかな表情とは裏腹に、その目は一切笑っていない。

 こんな表情を、どこかで見たことがあるような……。

「国王様、ですか?」
「えっ……」
「私は、エール王子が良いと思うんです」
「あの、コーティ……?」

 サラは何か嫌な気配を察して、椅子から立ち上がる。
 コーティも立ち上がり、白いテーブルをまわってサラに近づくと、その左手を掴み上げた。

「――痛っ!」
「ああ、ごめんなさい。怪我をされていたんでしたね?」


『死に損ないの、エール王子のために』


 サラの全身に、鳥肌が立つ。
 手の痛みは、恐怖にかき消されて感覚を失った。

「コーティ! 離してっ!」
「離しません。あと、叫んでも無駄ですよ。この部屋全体に結界を張らせていただきましたから」
「嘘! 私が触れると結界は消えるんだから!」
「ええ、知っていますよ。だから……」

 ギィ……と、ゆっくりドアの開く音がした。

 サラが首を捻じ曲げてドアを向くと、そこには。


「エール……王子……」


 暗く瞳を濁らせ、薄く微笑んだエールが「こんばんは、サラ姫」とささやいた。

  * * *

 エールが部屋の中に入り、ドアの鍵を閉める。
 ガチンという鍵のかかる音を合図に、コーティの手がサラから離れた。
 逃げるチャンスだと頭の中に警鐘が鳴り響くが、強張った体はその場に縫いとめられたように動かない。

 ドアの前にはエールが居る。
 窓は開け放たれているが、そこから落ちれば大怪我は免れない。
 他に逃げられるような場所は無い。

 戸惑うサラは、長い足をゆっくりと動かしながら自分に近づいてくるエールを見つめた。
 コーティと入れ替わりに、エールの長い腕がサラを捉える。
 スッと体を引いたコーティが、涼やかな声で告げた。

「今、私が結界を張りなおしました。私に触れない限り、助けは呼べませんね」
「どうして……何のつもり……?」

 エールは、サラの腕を後ろ手にひねり上げた。
 容赦ない締め付けに、うめき声をあげるサラの背を押して歩かせ、エールはサラをベッドの上へ押し倒した。
 うつぶせのサラを仰向けに転がすと、サラの羽織ったガウンの腰紐をほどき、サラの両手を上に持ちあげて手首を縛りあげる。

 それは荷物を取り扱うような、手馴れた作業だった。
 暴れるサラの足からは靴が脱げて、絨毯の上に転がった。

「何するの……エール王子っ!」
「うるさいわね……質問に答えるまで口を塞ぐわけにもいかないし、困ったわ……」
「コーティ! 一体何なの!」
「まあいいわ。とりあえず、あなたが国王様のものにならなければいいの……。エール王子でも構わないでしょう? あなたが怪我を負ってまで救いたいと想った相手なんだし」

 クスクスと笑うコーティは、その手を口元にあてた。
 上品なしぐさ。
 ローブの袖口がひじまで落ちるほど、白く細い腕。

 今、サラを上から押さえつけているこの手も、同じくらい細い。

 まさか……。

「闇の、魔術……?」

 サラの脳裏に浮かんだのは、死臭が漂う朱色の部屋。
 心の奥の大事な部分を壊すような、サラ姫の低い声。
 笑っているのに笑っていないあの黒い瞳が、月明かりに照らされるコーティのブラウンの瞳と重なった。

「どうでもいいじゃない、そんなこと。さあ、エール王子を選ぶと言いなさい。そして、この国を出ていくと」

 窓辺にもたれかかるコーティは、その白い頬をより青白く光らせながら微笑む。
 こんなことを、コーティが言うわけがない。
 こんなことを言う人は、1人しかいない。

「月巫女……」

 サラの呟きに、コーティの姿をした女は、不愉快そうに眉根を寄せた。
 微笑を消した分、痩せこけた頬がくっきりと影を作っているのが分かる。

 あのとき……コーティが痩せすぎていると感じたとき、何かすれば良かったんだ。
 クロルからも、散々忠告されていたのに。
 いつも明るくて、ファースを好きだと熱弁を振るうコーティが愛らしくて、私は見ない振りをしてしまった。

「コーティ……ごめん……」

 サラは、柔らかいベッドの上で寝転がり、窓辺に立つコーティを横目に見つめながら涙を零した。

「……エール!」

 苦しげに顔をしかめたコーティが叫ぶと、エールは感情の見えない瞳を細めて、サラを見つめた。

「サラ姫、私のものになると、言ってくれ」
「嫌っ!」

 これは、エールなんかじゃない。
 エールはこんなに冷たい目をしていない。
 なにより、サラのことを守りたいと言ってくれたエールが……こんなことをするわけがない。

「ならば、いたしかたない」

 エールは縛り上げたサラの腕を片手で押さえ、もう片方の手はガウンを引き剥がす。
 その下に着ているのは、薄手のワンピースと下着だけだ。

 エールの手が、そのままサラの胸元に伸びる。
 嵌めている指輪が落ちそうなほど、やせ細った指。
 それでも、この薄い布を引き裂くことなどたやすいはず。

「いや……やめて……」

 先ほどの飲み物に何か入っていたのだろう。
 鍛え上げられたはずのサラの体が、自分の意思に反してまったく動いてくれない。
 精一杯腕や足を動かそうとするが、鉛のように重い。
 気を抜けば、瞼も勝手に閉じようとする。

「やめて……お願い……」

 エールの指が、サラの首筋をゆっくりとなぞり、その胸を覆う布へと近づく。
 ひとくくりにされたエールの長い黒髪が肩越しに揺れ、サラの体へと落ちてきた。
 皮膚の感覚も鈍くなっているのか、エールの髪の毛先が皮膚に触れても、何も感じない。
 いつもなら、くすぐったがりのサラが黙っていられるわけがないのに。

 こんなのは、嫌……。
 嫌なのに、体も、心も、動かないの。

「……いや……」

 サラは涙を流しながら、ゆっくりと目を閉じた。

  * * *

 意識を失ってしまったのか、瞼を閉じてぐったりと横たわるサラ。
 エールはサラを拘束していた手の力を緩めると、一度その柔らかな頬を撫で、首を傾けてサラの首筋にキスを落とした。
 強く吸われたその部分は、チクリと痛みを訴える。

 ほんの一瞬だけ、サラの意識は戻った。

「助けて……ジュート……」

 呟いた言葉は、女神に届いたのだろうか。


「ああ、まかせろ」


 薄目を開けたサラの瞳に、幾度と無く夢見たあの緑色が、ぼんやりと見えた気がした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 はい、また王道でました。味方だと思ってた人が敵に操られちゃって、主人公大ピンチ! で、タイミング良く現れるヒーロー……はっ、恥ずかしい……。もうこの作品のことは『砂漠に降るベタ』とでも呼んでください。フルーツエードは、現在作者が飲みたいドリンク第一位です。ミックスジュース好きなのですがホットは飲んだこと無くて。新富町のフルーツパーラーで飲めるそうです。(アド街でやってた)ああ、フルーツエードどころか、ミカンの缶詰シロップの海に脳みそ溺れてます。いままでシチめんどくさい謎解きとか暗い話ばっかだったし、たまにはいいよね? OKまたは「ミカンの缶詰シロップは全部飲む」という方は、パチパチ拍手でもください……。
 次回は、久々サラちゃんダーリンとの逢瀬です。第三章で最大のご褒美タイム。苦いけど滋養強壮に良いうなぎの肝吸いでもすすりながら読んでください。

第三章(25)つかの間の逢瀬(前編)

第三章 王位継承


 夢を見ているのではないかと思った。
 自分にとって都合の良すぎる、幸せな夢を。

 サラは一度目を閉じ、再び開ける。
 大丈夫、まだ感覚は残っている。
 小さなランプの灯りだけが頼りだが、この室内で起こっていることを把握するくらいならできる。

 ――あの人が、ここにいる。

 涙でぼやける視界の中に、閃光が走ったような気がした。
 サラにも見えるくらい強い、光の精霊の束。
 盗賊の砦で見た、あの光だ。

 どさりと何かが床に落ちるような音と同時に、光は消えた。
 再びサラの視界は暗く霞み、かすかな灯りに頼らざるを得なくなる。
 唯一通常の感覚が残っている両耳が、心地よい音色を拾い上げた。

「よお、サラ。危ないとこだったな」
「バカ……」

 嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、サラにも分からなかった。
 ただ、溢れる涙が止まらなかった。

  * * *

 ジュートのことで心が埋め尽くされる前に、サラは確認しておかなければと、懸命に言葉を発した。

「ね……2人は、だいじょぶ……?」

 高さのあるベッドに寝転んだサラからは、床に倒れているであろう2人の姿は見えない。

「ああ、ちょっと気を失わせただけだから、すぐに起きるだろ」

 ジュートの言う”ちょっと”がどの程度なのか分からないが、命に別状は無いだろう。
 ホッと息をつくサラの瞳に、深く澄んだ緑色が飛び込んできた。

 いきなり、至近距離っ!

 その瞬間、サラの心拍数は、三分間走直後を越えた。
 もしも体が動かせるなら、ベッドの端までゴロゴロと転がって、壁と床の隙間に落ちていたかもしれない。
 ジュートはベッドに寝転んだサラの脇に腰掛けると、斜め上からサラを見下ろしている。

「サラ、お前何もされてねーだろうな?」

 そう、この瞳だ。

 闇の中でもくっきりと光輝く深い緑。
 切れ長の目にかかる、瞳と同じ色の柔らかい前髪。
 少し日に焼けた精悍な表情に張り付いた、皮肉げな笑み。

「うん……ジュート……私は、大丈夫」
「つかお前、簡単に俺の名前呼んでんじゃねーぞ?」

 その台詞に、サラの顔からは血の気が引いていく。

 ジュートの名前は、特別な名前。
 サラだけが教えてもらった……。

「ごめんっ……」
「バーカ、嘘だよ。もっと早く呼べっつーの。罰としてお前しばらくこのままね」

 えっと呟くサラの唇は、もう1つの唇で強引に塞がれた。

  * * *

 柔らかいベッドの上で、両腕を拘束されたまま、サラはただ目を閉じていた。
 淡いランプの灯りの中、聞こえるのは2つのかすかな吐息。
 ときおりギシリと鳴るベッドのスプリング。
 サラの服と、ジュートの服がこすれあう衣擦れの音。

 サラの短い髪を、細い首筋を、骨ばった背中を撫でていく、大きな手のひら。
 そして、唇からは、絶え間なく流れ込み続ける情熱。

 サラは、目を開けてしまうのが怖いと思った。
 これがもし夢だったら、神様は残酷だ。
 もしも夢だとしたら、どうか醒めないで。

「サラ……」

 低く掠れた声に呼ばれ、サラは恐る恐る瞳を開いた。
 睫に絡みついた涙が雫になって、こめかみの脇を流れ落ちていく。
 その涙を、少しかさついた熱い唇が掬い取る。
 そのままこめかみへ、頬へ、そして先ほどエールに痕をつけられた部分へと、唇は移動していく。

 皮膚感覚が少しずつ戻ってきたサラは、くすぐったさに少し微笑んだ。
 笑顔のサラを見つけて、ジュートも微笑む。

「ジュート……会いたかった……」

 声を振り絞ったけれど、麻痺した体では小さなささやきがやっとだ。
 でも、こんなに近くにいるこの人は、ちゃんとその声を拾ってくれる。

「ああ、俺もだ」

 その視線は、とろけるように甘くて。
 サラの思考は先ほどまでと裏返り、もう瞬き一つしたくないと思った。
 この手が動くなら深い緑の髪をかきあげて、この瞳をもっと近くで見つめたいのに……麻痺した体がもどかしい。

 サラは、ささやかなお願いを伝える。

「腕の紐……解いてもらえる……?」
「おっと、そろそろ時間かな」

 ――なにいっ!

「残念だけど、そう長居もできなさそうだ。お前の顔見れられて良かったよ。じゃなー」
「ちょっ……待って!」

 サラは、火事場の馬鹿力というものを、生まれて初めて発揮した。
 拘束されたままの手と違って、自由に動く足の片方がドライブシュート並にうねり、ベッドから降りようと背を向けたジュートのお尻にヒット。

「いてえ……」

 不機嫌そうにサラを睨みかけたジュートだったが……少し腰を屈めると、ニヤッと笑った。
 薬のせいで鉛化した足は、蹴り上げた角度のまま戻って来ない。
 サラのワンピースは、太ももまでめくりあげられ……。

「ふーん。お前いっちょまえに、黒い下着なんてつけ」
「バカァッ!」

 サラのスカートの中を覗き込んだジュートの顔に、もう片方の足がタイガーショット並の強さでクリティカルヒットした。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 うなぎは関東風に、一度ふっくら蒸してから炭火でじっくり焼き上げてと……。あっ、うなぎの肝吸いね! おまちどおさん! うん、苦い。今までで最強の苦さ。でもさっきまでベタベタに甘いミカン缶汁飲んでたから、中和されてちょうどいい……はー。一切話の進まない回でした。というか、ジュート君はサラちゃんのピンチを助けて、ちゅーして、役得すぎです。もっと蹴り入れてもいいくらいか。補足ですが、ドライブシュート&タイガーショットとは、キャプ○ン翼という昔のサッカー漫画の必殺技です。たぶんかなり痛いと思う。あとサラちゃんが履いてた下着は、例の”必殺下着人シリーズ”の1人……1枚です。もちろんヒモパンです。「シュリンッ!」と音も無く紐が解かれる日は……来ません。この話R指定NGですから。
 次回、ジュート君とのつかの間の逢瀬終了。次に会えるのは……いつかなー。(作者遠い目)可哀想なマリオネット・エール君もそろそろ起こさねば。

第三章(26)つかの間の逢瀬(後編)

第三章 王位継承


「ったく、俺の顔を足蹴にした女は、お前が初めてだぞ」
「靴、履いてなかっただけ、マシ……」
「かわいくねーなっ」

 ぼやきつつも、もう少し一緒に居たいというサラのわがままを叶えてくれたジュート。
 おかげで床に倒れている2人は、追加で一撃ずつ光の攻撃を食らって、すやすやと良くお休みになっている。

「かわいいこと言わねーと、その手解いてやんねーぞ?」
「あっ、ごめんなさい、神様仏様、ジュート様っ!」

 手首をきつく縛っていた紐を、微妙なおねだりで解いてもらったサラだったが、手が自由になったところで、ぐったりとベッドに横たわったまま動けない。
 ジュートが抱き起こしても、くたりと倒れこんでしまう。
 もちろん、治癒系の魔術も効かないので、自然とこの毒が消えるのを待つしかない。

 本来なら医者を呼びたいところだが、ジュートどころか倒れたエール王子たちもいるし、怪しまれること確実なシチュエーションだ。
 サラは、自分の体のことは無視して、ジュートとの逢瀬を楽しむことにした。

「ねえ、どうして、来てくれたの……?」

 久しぶりに会えた、恋しい相手。
 少しでも多く会話をしようと、サラは必死で口を動かす。
 歯医者で麻酔をかけられたときのように、うまく口が回らないけれど、気にしない。

 ベッドに腰掛け、サラの頬や髪を撫でながら、ジュートは苦虫を噛み潰したような表情をする。

「どうしてって……そりゃ、お前がエシレに変な伝言頼んだからだろ?」
「……変な?」

 うまく頭の働かないサラに、ジュートは忘れられないあの迷台詞を告げた。


『トリウムの王子にアタシの○○を奪われそうだから、今すぐココへ来て○○して』


 ――女の直感恐るべし。

 サラは、次に会ったらエシレのことを”師匠”と呼ばなければと心に誓った。

  * * *

 エシレの伝言を風の魔術で受け取ってから、ジュートは着の身着のまま砦を飛び出したという。
 サラ達が徒歩で20日かかった距離。
 そこを、ジュートは魔術を駆使して、ほんの3日ほどで駆けつけてきた。

「あの女……すっかり忘れてたなんてぬかしやがって。おかげでギリギリだったじゃねーか……」

 サラは、今更ながらジュートが来なかったらどうなっていただろうと、顔を青ざめさせた。
 ジュートのシャープな顎のラインを見つめながら、蹴飛ばしてゴメン……と、サラは心の中で殊勝に謝った。

「お前が抜けてんのは分かってた。ただ、男装だしアレクも居ると思って舐めてたら、なんでこんなことになってんだ?」

 話しながら、ジュートはみるみる不機嫌そうに眉をひそめ、唇を尖らせていく。
 サラの頬を優しく撫でていたはずの指が、いつの間にかムニッと摘んで引っ張っている。
 さすがに痛覚が刺激され、サラは「いひゃい」と言ったが、ジュートは聞いちゃいない。

「お前に近づく男はぶっ殺す……と思ったけど、さすがにこの国の王子じゃそうもいかねえな。アレクあたりなら遠慮しねーんだが……なんなら○○潰して再起不能に」

 サラには見えない角度の、床の一点を睨みつけたジュートが、緑の瞳に苛立ちを滲ませて立ち上がる。

「ちょっ、待ってっ」

 ジュートを止めようと伸ばしたサラの手は、半そでのシャツから伸びた筋肉質な腕をかすり、スルリと落ちる。

「お願い、この人には、何もしないで」
「なんだよ……お前、こいつのことまさか」
「好き……」

 吐息混じりのサラの声に、ジュートはびくりと体を硬直させる。
 サラは、めいっぱいの力で叫んだ。

「ジュートが、好き……好きなの……あなただけが、好き……!」

 ベッドの縁にぽたりと落ちたサラの手に、大きくて硬い手のひらが重なる。
 サラは、その手を握り返した。
 まるで唇を重ねたときのように、サラの心臓が早鐘を打つ。

 サラのブルーの瞳に、ようやく止まったはずの涙の泉が再び湧きあがる。
 涙腺を緩ませる理由が目の前に迫ってきて、サラの瞳からは透明な雫が筋になって流れ落ちた。
 ジュートの瞳からは険が取れ、珍しく困ったように眉尻が下がっている。

 どんなときも、あなたが好き。
 だから、信じて欲しい。

「好き……ジュートだけ……分かって……」
「ああ、分かったよ」

 サラの両方の瞼に、涙を止めるスイッチ代わりに優しくキスが落とされる。
 今更ながら、伝えてしまった台詞の恥ずかしさに、サラの頬は真っ赤になった。
 言われたジュートも、もしかしたら少し照れていたのかもしれない。

「さすがに、そろそろ行かなきゃな」

 サラからふいっと目を逸らすと、ジュートは乱暴に緑の髪をかきあげ、今度こそ本当に立ち上がった。
 月明かりに照らされたジュートの後ろ姿は、光をまとった野生の狼のように見える。
 サラの前髪が長くなったのと同じように、ジュートも後ろ髪が少し長くなった。

 離れていたのは、たった3ヶ月。
 次に会えるのは、いつなんだろう?

 もう少し一緒に……と口にしかけたサラに、容赦なく現実が突きつけられた。

「ところで、この城の結界張ってたのこいつだろ? 今この城完全無防備なんだけど」

 ――ええっ?

「ま、こいつの結界が消えたから、俺もすんなり入って来られたんだけどな」
「それ、マズイよっ」

 サラが冷や汗びっしょりになりながら「早く、エール王子起こしてっ」と叫んだけれど、ジュートは腕組みしつつサラと床に倒れたエールを見比べる。

「こいつが目覚めたら、俺のこと知られるけど……それ、いいのか? お前の体が戻ってから起こした方がいいんじゃねえ?」

 サラは、寝転んだまま、体のあちこちを動かしてみた。
 先ほどよりはだいぶマシになっているとはいえ、まだ自分の体はしびれたままだ。

 正直、今ジュートが居なくなって、また同じ目にあったら怖い。
 それ以上に、サラの体が回復するまでの間に、この城に何かあっては困るし。

「お願い。ジュートが良かったら、彼を起こして。私から、ちゃんと説明する」

 ジュートは大きく息をつきながら「分かった」と呟くと、倒れたエールに向かってしなやかな腕を伸ばし、手のひらから癒しの光を当てた。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
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 サラちゃん、ガンガン告白するの巻……。今度はパイナップルの缶詰ジュース風味。ああ、甘い……。もう甘いのはイイっす。久々に頭領君書いてるけど、こんな性格で良かったっけか? 男子キャラ多すぎて書き分けできてるか不安だ。どっちにしろ、真面目カタブツ系のエール君と話が合わないのは間違いないでしょう。コーティちゃんはすっかり存在忘れられてます。てか、ジュート君の中では石ころボウシ扱いです。(←ドラ○もん秘密道具。居るのに見えなくなるグッズ)補足ですが「神様仏様~」の台詞、本当は最後「稲尾様」です。分からない方はお父さんor野球ファンに聞いてください。サラちゃんは、パパたちの誰かに習ったということで。作者の年齢なんて、ちっちゃいことは気にすんなー。
 次回、目が覚めたエール王子、自分の失態ショックで凹みます。そりゃそーだよなー。ついでにジュート君に快心の一撃食らいTKO。残念。 ※語彙間違い修正しました! ご指摘いただいた匿名さま、感謝です!

第三章(27)闇を克服するために(前編)

第三章 王位継承


 目を覚ましたエールは、自分がまだ深い思考の海に溺れているのではないかと思った。
 薄闇の中で自分を覗き込む、見たことも無いような深い緑色の瞳が、そう思わせた。

 ――どこからか聞こえる、あの優しい声。

『精霊の森には、深い深い緑色の、まるで木漏れ日を映しとったような光る泉があるの。そこには、傷ついた動物達が集うのよ。その泉の水に触れると、どんな病気も治ってしまうんですって』

 さ、このお茶を飲みなさい。
 お母さんが、森へ行って汲んできたの。
 全部飲んだら、きっとお熱も下がるわよ。

 濃い緑色をしたそのお茶は、薬草が溶かされていて……ひどく苦かった。
 思わず顔をしかめたエールの瞳を覗き込みながら、彼女は良い子ねと、頭を撫でてくれた。

「母さん……」

 あの魔女のことは、一切思い出さないようにしていたのに……今、こうして記憶が鮮明に蘇るのはなぜだろうか。

「おい、寝ぼけてないでこの水飲め。お前の体から毒抜けるからよ」

 低く唸るような男の声に、エールは浅い夢から醒めた。
 至近距離で自分を見つめるその人物に、見覚えは無い。
 とっさに離れようとする体を、リグル並の腕力で捕まえられてしまった。

「いいからさっさと飲めっつーの!」

 猫の子のように首根っこを掴まれたエールは、目の前の男の突き出したコップから、無理やり大量の水を飲まされた。
 少しだけ光を帯びて見えるその水を飲み干すと、あの日飲まされた薬湯のように、エールの体は不思議と楽になった。

「ジュ……頭領、もうちょっと優しく……」

 もうだいぶ聞きなれた、鈴が鳴るような声を聞いて、エールは初めて自分の置かれた立場を理解した。

  * * *

 エールとサラは、ジュートが光の魔術をかけた水をしこたま飲まされた。
 部屋の隅には、コーティが寝かされたまま放置されている。

 エールには、即効性があったらしく、ジュートに抵抗するそぶりをみせるほど元気だ。
 サラは、先ほどの毒が多少薄まったような気がしたが、まだぐったりとベッドに横たわったまま。
 そんなサラを見つめると、悲痛な表情でエールは土下座した。

「サラ姫、すまない。俺は何も覚えていないんだ。この部屋に来たことも、君に何をしてしまったかも……」

 サラは「顔をあげて」とささやいたが、ゲンコツ饅頭を作ったジュートは、エールの後頭部を木魚のようにポクポクと叩いた。

「俺が間に合ったからいいけどなあ……あの紐が解かれてたら、てめえの命は無かったぞ」

 ……紐?

 サラは、手首を縛っていた紐のことを思い出して、文脈的に違うと心の中で打ち消し……。

「あっ……あんた、どこ見てんのよっ!」

 サラの手は、脳内ではスピーディに、実際はのそりと、ワンピースの裾へ移動した。
 先ほどスカートの中を覗かれたときに、きっとサラの太ももの脇にチラリと、2本の紐を見つけたに違いない。

「これは、エシレがっ、リコがっ!」

 パニックになってわめくサラをスルーして、ジュートは再びエールのローブの首根っこを掴む。
 無理やり顔を持ち上げさせると、その青ざめた顔に薄い唇を近づけて……。

 首筋に、強く口付けた。

「――っ!」

 慌てて、ジュートから離れようともがくエール。
 ジュートは薄い唇をぺろりとひと舐めし、笑った。

「おい、これでお前のしたことはチャラにしてやる。サラ、お前は真似すんなよ?」
「真似するかっ!」

 叫んだサラは、首を捻じ曲げてエールを見た。
 強烈なショックを受けたであろうエールは、熟れる前のトマトのような、赤いんだか青いんだか分からない、不思議な顔色をしていた。

 ああ、頭が痛い……。

 先ほどまで、ぐんぐんと回復の兆しを見せていたサラが、再び脱力して布団に顔を埋める。
 やっぱり、この頭領あっての、あの盗賊たちなのだ。
 目には目を、歯には歯を、拳には拳を、キスにはキスを……。

 首筋を手のひらで押さえていたエールは、わなわなと体を震わせたかと思うと、目の前のシャープな顔を睨みつけた。

「サラ姫には、すまないと思う……でも、お前はいったい何者だ!」

 真っ先に出てきてもおかしくないだろう疑問。
 サラが、なんと説明しようかと思考を巡らせる間に、エールを離したジュートが仁王立ちに腕組みした王様ポーズで答えていた。


「俺は、この女の――守護者だ」


 鋭い眼光が、エールの胸を貫いた。

 はるかな高みから見下ろされていると、エールは思った。
 こんな気持ちになったのは、初めて国王に面会したとき……いや、それ以上の圧倒的な存在感だった。

 深い緑の髪と、緑の瞳。
 月明かりの中でも、男の全身が光り輝いているのが分かる。
 この男に揺り起こされたときから、そのことは分かっていたのに。

 エールの体は、今更ながらカタカタと震え出した。

  * * *

 ネルギ国の巫女姫、サラ。
 彼女を守る守護者とは、もしや聖獣のたぐいではないだろうか。

 体つきは若干リグルより華奢な、ただの人間の男にしか見えない。
 しかし、その引き締まった体からにじみ出るのは、黄金の龍を超えるほどの恐ろしい魔力。
 エールは、その緑の瞳に魅入られ、言葉を失っていた。

 ジュートは放心状態のエールに笑みを向けると、その逞しい腕を伸ばし、エールのローブの襟元を掴んだ。
 先ほど痕をつけられた首筋が、かすかな痛みを放つ。
 思わず瞳を閉じたエールの耳元に、低くハスキーな声が響いた。

「もっと率直に言えば、この女は”俺のモノ”だ。今後近づいたら、ぶっ殺す」

 呆気に取られたエールは、サラの部屋の柔らかな絨毯にへたりこんだまま、その光景を見つめていた。
 しつこくねちこく、クロルにささやかれ続けた、あのシーン。
 確かにこれを間近で見せられたら、愚痴の一つも言いたくなるだろう。


 うにうにうにうに……。


 力で抵抗できないサラは、なすがまま。
 放心状態のライバルを横目に見ながら、ジュートはその甘い果実のような唇を、思う存分堪能した。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 はい、桃缶ジュースな回でした。ジュート君、やりたい放題です。王道っぽく”守護者”って言わせたかったんだけど……どっちかっつーと魔王っぽくなってきたような。今まで出番少なかったしまいっか。エール君&優しかった頃のママンエピソード、そのうち番外編でちゃんと書いてあげたいなあ。パピィ&マミィ(←心配性風に変えてみた)の身分差ラブ話でもいいかも。あっ、やっぱラブはしばらくイイっす! うっぷす。ところで皆さま、ヒモパンはお好きですか? ヒモパンについて、熟考の良い機会をお作りしました。日記の方で呟いてた壮大スペクタクルSF短編が(小一時間で)完成! ……モノカキ仲間に内容見てもらって案外好評だったのでUPします。ああ、これでまた作者のブランドイメージが、アホ方面へググッと移動してしまふ……まいっか言っとけマイッカー。
 次回、そろそろ魔王ジュート君退場。サラちゃん、次の逢瀬への伝言残します。そして怒涛のご都合主義クライマックスへ……。

第三章(28)闇を克服するために(中編)

第三章 王位継承


 無抵抗のサラをようやく解放したジュート。
 外側に大きく開かれたままの窓枠にもたれかかり、月光を背に受けながら、不敵に微笑んだ。
 長くのびた影が、座り込んだエールの体に覆いかぶさって、僅かな視界を狭める。

「……というわけだ。分かったか?」

 事態を見守るしかなかったエールの心も、靄がかかったように暗い。
 目を閉じ口を半開きにして、まるで人形のようにぐったり転がっているサラの横顔。
 そして、先ほどまで繰り広げられていたあの行為……。

 自分の唇も、確かにああなったのだとクロルに言われても、とうてい信じられなかった。
 意識が無かったときの話であり、他人事のように思っていた。

 こんな風に見せ付けられて、今更気づくなんて……。

 エールの心に、熱い炎のような感情が生まれる。
 湧き上がる激情。

 ――これは、嫉妬か?

 自覚すると同時に、そのような感情を抱く自分に戸惑い、持て余しかけたとき。

「ところでお前、そろそろ結界戻した方がいいんじゃねーの?」

 何のことかと一瞬首を傾げ……エールは勢い良く立ち上がる。
 両手を強く握り締め、その手のひらを地へ向かって突き出した。
 はめられた指輪からは、大地の精霊達が歓喜の声をあげながら床を伝い壁を駆け上り、城壁全体を包み込んでいく。

 横でこの得体の知れない男が「へー、やるじゃん」と呟く言葉がやけに耳に付く。
 なんだか首元が、むずがゆい。

 エールは集中しなければと、痛みを感じるくらい強く唇を噛んだ。

  * * *

 先ほど嫌というほど飲まされた輝く水のおかげだろうか。
 エールの体調は、すっかり回復していた。
 自分の調子が良いときの証拠に、エールの耳には城の隅々へと行き渡った精霊達の声がはっきりと聞こえてくる。
 どうやらこの城に異変はなさそうだ。

 エールは、自分の失策だったにせよ、何事も無かったことに安堵のため息をつく。
 脱力した体は、再び床の上へ崩れ落ちた。

「お前……こういうことは、よくあるのか? 記憶に無いことやらかすような」

 気遣うような声色で投げられた問いに、エールは逆光の中に佇む男を見上げた。
 さきほどまでの激情が嘘のように、心は静かだった。
 少し考えた後、業務について話すときのように、エールは冷静に答える。

「意識を失うことは、たびたびある。しかし、こんな場所で目覚めるなんて初めてで、正直戸惑っている」
「それは、俺が無理やり術を断ち切ったからだろう。この魔術師女も、何も覚えちゃいないだろうな」

 緑の瞳が示した先には、床に倒れて微動だにしないコーティがいた。
 エールはコーティの存在を、初めてしっかり認識した。
 とっさに駆け寄り抱き起こすと、口元に耳を寄せた。

 呼吸を確認するつもりが、エールは別のことに意識を奪われた。
 コーティは、呼吸の奥で何かを呟いていた。
 エールは、コーティの微かな呟きを聞き取ろうと集中した。

 その言葉は……。

「……お兄様……許して……」

 決して終わらない、繰り返される謝罪。
 どんな夢を見ているのか分からないが、コーティの心は闇に支配されかけているのだろう。
 迫り来る闇を拒絶するために、強く意識を閉じているように思える。

 そう感じたのは、自分もついさっきまで、コーティと同じ状態だったから……。

「ま、死ぬほどのことじゃねーよ。そのうち自然に起きるだろうけど、起こしたいなら言ってくれ」
「彼女を、早く起こしてやって欲しい……頼む!」

 ジュートはふんと鼻で笑った後、人差し指を立てて、指の先をくるりと回した。
 月明かりの筋からふわりと離れた光の粒が、その指の動きに合わせて舞い踊り、最後はコーティの体の奥へと消えていく。
 うめき声をあげ、ゆっくりとその瞳を開いていくコーティ。

「ん……頭、いたい……」

 ピリピリとこめかみあたりが痛むのは、もう慣れっこだ。
 兄が暴れた後、部屋で一晩中泣いて……泣きつかれて眠ってしまった後、必ずコーティはこの痛みを覚えていた。
 兄がいなくなっても、悪夢はたびたび現れ、コーティの頭に痛みを残した。
 ここ半年ほどは、落ち着いていたと思ったのに……。

 悪夢の余韻から抜け出そうと、コーティはパチパチ瞬きを繰りかえしてみる。

「暗い、真っ暗、暗い、真っ暗……暗い方が現実よね……それとも真っ暗が現実……?」
「……おい、コーティ?」

 その声を聞いて、自分が寝ているのは部屋の固いベッドではなく、誰かのやわらかい腕の中ということに気づいた。
 一瞬兄の顔が思い浮かび、コーティは体を強張らせる。
 それが、単なる悪夢の残像だったということは、次に降ってきた優しげな声で分かった。

「――大丈夫か?」

 コーティの視界に飛び込んできた、黒く理知的な瞳……。
 細く切れ上がった瞼の奥に湛えられた、膨大な魔力。

 この人は、まさか……。

「え……エール、王子?」

 それは、特別な会議の日に、魔術師仲間たちと遠目で見つめるだけの、まさに雲の上の人物だった。

  * * *

 今まで豆粒サイズ……頑張っても手のひらサイズでしか見たことが無かった人物。
 その人から、抱きかかえられている。
 その上、相手が心配げに自分を見つめてくる。

 想定外すぎる状況に、一人パニックに陥りかけるコーティは、このとんでもない事態の理由を探ろうと、記憶の海へダイブした。

 確か自分は、1人で部屋に居たのだ。
 今日の業務報告書と昨日の業務報告書と一昨日と……とにかく、溜め込んでしまった宿題を、泣く泣く片付けていたはず。
 壁際で微笑むファース様のお顔を一行ごとに見つめていたせいで、作業はちっとも進まず……そのうち夢の中へと入りかけて。
 部屋をノックする音で、目が覚めた。

 そうだ、誰かが私の部屋を訪ねてきたんだ。
 ただ、それが誰かまでは分からない。

 ゴクリ、とコーティは生唾を飲み込む。
 憧れたエール王子の艶やかな黒髪が、手を伸ばせば触れられるくらいの距離にある。
 なにより、この涼やかな黒い瞳が、私だけを映しているのだ。

 もしかして、この方は……。
 私に……夜這いを……?

 バクバクと動く心臓が、これは夢ではないと伝えている。

「気分はどうだ? 痛いところは無いか?」

 エールは、できる限りやさしい声で話しかける。
 目をぱちくりさせ、意味不明な言葉を呟いたかと思えば、顔を真っ青にしたり、真っ赤にしたり。
 普段彼女と関わることは無いが、常に取り澄ましたような薄い笑顔を貼り付けている、冷静で淡白な女という印象だった。

 コロコロ変わるその表情を見ながら、エールが不審げに眉を寄せたとき。
 ようやくうにうにショックから解放されたのか、ベッドの上で体を起こしたサラが「とりあえず、水をあげて」と声をかけた。

 同時に、コーティの心にも水がバシャッとかけられ、妄想の炎はあっさり鎮火した。


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 いや、すみません! 調子に乗って加筆してたらかなりの長さに……作者の頭の中がオカシクなってるということで、情状酌量の余地残してくださいませ。おかげでコーティちゃんが徐々に壊れてきてます。兄エフェクトからの解放を目指している中で、本来の自分を着実に取り戻しつつあるのでしょう。本来の自分は、控えめキレイめオトナめ美女……ではなかったようです。軟禁生活のお楽しみは妄想のみですから……しかも、あのヘンタイファース様ラブと言ってる時点で、こうなることは分かっていたような。でも、なんとなく幸せになってきたでしょ? ダメ? エール王子の方はそんなに単純じゃなく、むしろ複雑です。畏敬と嫉妬のバランスがシーソーゲーム中。あと、初めて男からキスされて実はパニクってるのがベースに。
 次回こそ、ジュート君退場です。ここまでひっぱるのは魔王の呪いか……。サラちゃんもようやくパニック脱出です。一度に何人も出て来て濃い話させると、視点変わりまくりで危険な回。

第三章(29)闇を克服するために(後編)

第三章 王位継承


 不遜な態度の男から「いつまで床に座り込んでるんだ?」と言われ、エールとコーティはテーブルへ移った。
 コーティは、上司の前に置かれたティーセットを、ワゴンの方へとさりげなく片付ける。
 まだ体がだるいサラは、ベッドの上にちょこんと座ったまま、3人のやり取りを見守っている。

 輝く水を死ぬほど飲まされ、ようやく体の力を取り戻したコーティは、緑の髪の男に目を奪われ……そして、心も奪われていた。
 コーティに凝視されていることなどまったく意に介さず、窓辺にもたれかかったまま、長い足を組み返すジュート。

「お前ら、自分が何をされたか、分かってるんだろうな?」

 まだ意識が混濁しているのか「これはやっぱり夢? こんなステキな方が存在するわけない……やっぱり目を閉じた方が現実?」と、ブツブツ呟いているコーティ。
 淡い月明かりを受け、瞳にほの暗い光を宿したエールは、ジュートの言葉にしっかりとうなずいた。

 人の心に踏み込み、恐怖を増幅させ、あまつさえ意識を完全に奪った上でその体を操る……それが、闇の魔術の一種。
 当然、禁呪である。
 まさかこうして、自分自身がかけられることになろうとは……。

「とりあえず、俺もできる限りのことはしてやる。お前ら、そこでしばらく大人しくしてろよ?」

 ジュートが手のひらをひらりと仰ぐように動かすと、月明かりの角度が変わった。
 捻じ曲げられた光のラインは、エールとコーティの2派に分かれて2人の体を包み込む。
 光を受けて、エールの胸の小さな灯りも嬉しそうに発光し返す。

 その光のやわらかさは、まさに世の理を外れるもの。
 大いなる女神に抱かれているようだと、エールは目を細めた。
 隣のコーティはといえば、再び意識を飛ばしかねないほど恍惚の表情を浮かべている。

「今こうして俺が光を与えても、お前らの心の闇は消せない。理由は……分かるな?」

 ハッと我に返り、緩んだ表情を引き締めるコーティ。
 焦燥を顔に出し、苦しげに息をつくエール。

 闇の魔術は、光の魔術でも消すことはできない。
 なぜなら、この闇はすでに魂と一体化しているから。

 いくら外から照らしてもらっても、闇はその裏側に隠れて生き延びる。
 月の見えない夜のように、自分の心が陰るとき、闇は再び表へと滲み出すだろう。

 「お前らは、何度でも使える便利な傀儡扱いだ」という、ジュートの言葉が胸に刺さった。

  * * *

 エールの右手は、自然と胸のポケットに添えられていた。
 俺はここに、希望の光をもらったはずだった。
 サラ姫のことを、命の限り守っていきたいと決意したはずだったのに。

「守護者殿……どうすればいい? 俺はもう、彼女を傷つけるようなことは、絶対にしたくないんだ」

 一見すると、自分とさほど年も変わらない、目の前の男。
 しかし、長く接するほど、彼が”異端”なのだということが分かる。
 見上げた先にあるのは、悠久の時を生き抜いてきたような、全てを見透かすような瞳だった。
 彼に比べて、今の自分はどんなに情けない顔をしているのだろうと、エールは心の中で自嘲した。

「お前の場合は、母親か……」

 唐突に告げられた言葉に、エールの体は硬直する。
 ついでのように「お前は兄だな?」とコーティに確認するジュートは、コーティの瞳に浮かんだ涙には気づかない。
 ジュートはゆるやかに歩み寄ると、2人の座るテーブルに両手をつく。
 腰を曲げ、2人と視線の高さを合わせながら、心の奥まで届くような低く掠れた声でゆっくりと告げた。

「いいか? 人の心は、変えられるんだ。お前たちの中の、闇に打ち勝て。それができなければ、お前ら……死ぬぞ?」

 2人の心に、嵐が起こった。

 愛する魔術師ファースを越えるほどの強烈な眼力を受け、ただその瞳を見つめ返すことしかできないコーティ。
 その瞳にじわりと浮かびかけた涙を、目の縁で必死に留める。

 蘇るのは、人生でたった一度だけ、本物のファースを捕まえたあの日のこと。
 まるで子どものように嗚咽を漏らしながら、日が暮れるまで泣いたというのに、その後自分はいったい何を変えたのだろう……。

 そう、泣いただけだ。
 兄が荒れた日の夜のように。
 先ほどまで見ていた悪夢のように。

 ――もう、泣くのは嫌だ。

 コーティは、新たに見つけた心の恋人に、決意と熱意を込めた視線を送り返した。

  * * *

 ジュートを真っ直ぐ見つめ返すブラウンの瞳とは対照的に、反らされたのは黒い瞳。

 自分は近いうちに死ぬ。
 そう覚悟して生きてきた10年だった。

 生への執着を少しずつ削ぎ取ってきたことが、エールの心を闇に捕らえる新たな枷。
 鎖に繋がれる生き方に慣れた動物が、突然自由を与えられたからといって、そこからすぐには逃げ出さない……むしろ、自ら鎖を求めてしまう。
 エールはそんな自分を自覚し、愕然とする。

 ようやく、魔女の飼い犬……傀儡として利用される人生から抜け出すチャンスが来たのだ。
 それなのに、エールは逃げた。

 しかし、逃げた先には……涙をたたえながら揺らめく、ブルーの瞳が待っていた。

「……お願い、エール王子」

 サラは、その整った顔をくしゃくしゃにしながら、慟哭した。

「私、あなたを助けたいの……お願い、生きて……!」

 サラの言葉に反応するように、エールの左胸が強く激しく輝いた。
 自分が一生を捧げると誓った女に、生きて欲しいと望まれている。
 それ以外に、どんな理由が必要なのだろう?

 ――俺は、生きる。

 エールは何も言わず、ただ一度うなずいてみせた。


 2人のやりとりを見て、あからさまに不機嫌そうな表情になったジュートは、野生の狼のように唸った。
 その苛立ちを察して、2人が瞬時に身を引いたと同時に……あまり頑丈ではなさそうなデザインのテーブルに、男のゲンコツが落とされた。
 ミシミシと嫌な音がしたが、さすがにその一発で崩壊までは至らず、エールは「腕力だけならリグルが上か」と、かるく安堵した。

「話は終わりだ。お前らもう出て行け! 俺とサラの逢瀬を邪魔すんな!」

 その台詞を最後まで聞くか聞かないかというタイミングで、ジュートの強力な魔術が放たれた。
 次の瞬間には、強制的に部屋を追い出されていた、エールとコーティ。

 目の前で勢い良く閉まった扉を見つめながらと、「サラ姫様の恋人でしたか……」と呟きがっくりと肩を落とすコーティ。
 エールは、長い前髪をかきあげながら、「まったく、ワガママな侵入者だな」と苦笑した。

  * * *

 再びジュートと2人きりになったサラ。
 先ほどまでは、うにうに星人でお口と心がいっぱいだったが、今は違う。
 暗い闇に囚われた2人のことを考えて、サラの頭はフル回転していた。

 サラの中に、恨みや憎しみという負の感情はほとんど無い。
 心の奥深くにはあるのかもしれないが、彼らのように明らかな闇は抱えていない。
 だから、解決策など見当も付かない。

 せめて、もっと食事を取らせて太らせることくらいしか……。
 ついでに自分の髪の毛も混ぜ込んでみるかと、サラは本格的な坊主への覚悟を決めた。

「ねえ、ジュート……もし私が坊主になっても、私のこと嫌いにならないよね?」
「はぁっ?」

 ジュートは額に手を当てながら、大きなため息をついた。

「相変わらずお前、意味わかんねーな……」

 サラは、ふふっと笑いながら立ち上がった。
 今更ながら、まだこの相手とはたった2回しか会っていないことを思い出して。

 僅かな時間だからこそ、大切にしなきゃいけないんだ。
 迷っている暇なんてない。

 サラは、ずっと疑問に思っていた言葉を、ついに口に出した。

「あの……ジュートには、本当に救えないの? 闇に囚われた人のこと……」

 光をあれだけ操るというのに。
 この世界で、最も魔力が強い存在なのに。

 そんな気持ちのこもったサラの問いかけに、ジュートは寂しげに笑った。

「悪いな。残念ながら今の俺には、できないことの方が多いんだ」

 サラは、ジュートが”今の俺”と言ったことが引っかかった。
 それは昔のジュートならできたかもしれないということ。
 なぜ……と言いかけたサラの耳に、ジュートの呟きが届いた。

「光の当たるその裏には、必ず闇ができる。闇を完全に消すことは……誰にもできないんだ」

 か細い声。
 陰りを帯びた瞳。
 ジュートも、何か心に抱えている闇があるのだろうか?

 常に自信満々な人だからこそ、そんな姿はやけに胸を締め付ける。
 サラは抱きしめてあげたくて、必死で手を伸ばした。

 ジュートは、おぼつかない足取りで歩み寄ろうとするサラを笑顔で出迎え、その腕の中に閉じ込めた。
 この腕の中にいることにずいぶん慣れたサラは、あたりまえのようにその広い背中へ腕を回す。
 白いラウンドテーブルには、1つの大きな影が映し出された。

  * * *

「これで、またしばらくお別れだな。サラ……お前の夢、叶えろよ」

 少し汗のにおいがするそのシャツに顔を埋めながら、サラは小さくうなずくと、瞳を閉じた。
 そのとき、サラの心の中に、1つのキーワードが浮かび上がった。


『光と闇』


 先ほどジュートが呟いたその言葉が、サラの頭の中で強く警鐘を鳴らす。
 その意味を求めて思考を深めていくと……サラの脳裏にある映像が現れた。

 それは、光のリング。
 真昼の太陽を覆う、暗闇。

「皆既日食……」

 以前テレビのニュースで見たことがあるだけの、その現象。
 いつも光の裏側へと隠れている闇が、ほんの一瞬だけ逆転する日。

「うん?」

 サラの呟きは、パズルのピースのようにばら撒かれる。
 自分自身も、何を口走っているのか分からず、サラは心に現れては消えるイメージの断片を拾っていった。

「砂漠の、砂嵐の中に、私がいる……女の人の、涙と……ジュート」

 映像の中のサラは、その場所に横たわっていた。
 見も知らぬその場所に、なぜ自分がいるのかは分からない。
 ただ、寝転んでいると分かるのは、砂を踏みしめながら近づいてくるジュートの足が、90度傾いて見えるから。

 履き潰しかけの薄汚れた革靴、細く引き締まった足首、強い脚力を支える足、麻を黒く染めた膝丈のズボン。
 立ち止まり、腰を屈めるジュートのズボンの裾から、角ばった大きな膝が現れる。
 そして、風を受けてはためく白いシャツの裾、適当に留められた胸のボタン、はだけた胸元からのぞく胸筋とキレイな鎖骨……。

 カメラのファインダーをのぞくように、少しずつ移ってゆく風景。
 太い首、シャープな顎のライン、薄い唇、形の良い鼻……そして、ずっと会いたいと願っていたその緑の瞳を見つけたとき……。

「光……ジュートに、光が降りて……」
「サラ?」

 サラは、ジュートのシャツの背中に回した腕を、そっと外した。
 サラを捕まえていたジュートも、腕を外す。
 冷たい月明かりの中で、2人は視線を絡め合った。

 無意識に、サラは微笑んでいた。
 まるで別人のように、凄艶な笑み。
 陶器のような白い肌の中に咲いた赤い唇が、月明かりの中で艶めいている。

「1つだけ、お願いがあるの……」

 その唇が紡いだ言葉には、確かな力が込められていた。
 サラの声は光の精霊へと変化し、ジュートの心を支配した。

「真昼の太陽が、闇に隠れるその時に……戦場に来て……私待ってる」

 言葉の意味は、分からなかった。
 だが、ジュートは「ああ、必ず」と言った。
 サラが「よかった」と呟き、いつも通り無邪気な笑顔を見せたことに、ホッと吐息をついた。

 ――もう、行かなければ。

 ジュートは一度窓の向こうをみやる。
 その行為に別れを察したサラが、笑顔を泣き顔に変えかけるのを、ジュートはやさしいキスで止めた。

 唇を離して、ささやいた言葉は。


「じゃあな、サラ……愛してるよ」


 一瞬、強く吹き抜ける風。
 力が抜け、その場に崩れ落ちても、もう抱きとめてくれる腕はなかった。

 窓枠に飛び乗ったジュートは、ふわりと窓の外へ消えていった。


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【後書き】↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたい方のみ反転を。
(携帯の方は「テキストコピー」でたぶん読めます)
 今日は週末記念でちょい長め……もう言い訳しません。これもひとえに作者の頭が(←言い訳)ということで、魔王様強制退場です。この捨て台詞みたいな告白、ひどすぎる。どいひー。サラちゃんに好き連呼されたときから、言わせよう言わせようと思ってたんですが、タイミングを逸し続けてこの場所に。たくさんの「好き」より一回の「愛してる」の方が10倍界王拳だと思う作者。ん? 意味ワカラン? んじゃ、歩兵10枚よりと金1枚……って、最近自分の使う比喩が年配のエリアだというショックな指摘があり……10個のケータイストラップより、1個のソフトバンクでか犬ストラップ! どーだ!(←すぐ古くなるネタ)サラちゃんの予言への流れは、唐突だけど仕方なく……これ以上話長くしてらんないので、ここはご都合主義万歳ってことで勘弁です。
 次回、ついに会議スタート。第三章クライマックス突入。主役はもちろん主人公……じゃなくて、賢いあの人?

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